最終章  桜の咲く頃に


 

「火星、か」

 惑星間航行船ムサシで2ヶ月の旅を終えて、フレイは火星の赤い大地を見下ろしていた。視線を転じれば火星軌道上の宇宙港に同様の航行船シナノが停泊しているのが見える。極東連合で建造されたこの外宇宙航行用戦艦は戦後、自力で海賊を排除出来る貨客船として働いていたのだ。大戦後、海賊が激増してしまい、軽武装の民間船では安全に火星まで辿り着けなくなってしまった為の処置であったが、少々贅沢すぎるという声は大きかった。まあその巨体は武装を減らせば十分な客室を確保できた為、貨客船としての問題は出なかったのだが。
 ヤマト級投入は海賊対策としては確かに大成功で、これ以降火星航路で海賊が出ることは無かった。世界最大最強の戦艦に真っ向から勝負を売るような命知らずな海賊など居なかったのだろう。

「さてと、何処に居るのかしらねあの馬鹿は」

 火星の赤い地表と、その周辺に浮かぶ多数のコロニーを見つめながらフレイは過去に思いを馳せていた。




 CE72年6月30日、あのユニウス7の戦いから2ヶ月ほどしてプラントと地球連合はユニウス7の残骸の近くで宇宙空母メネラオスを式場とした降伏文書への調印式を行った。これにより2年以上に渡って続いたこの戦争は公式に終戦した事になる。この際にプラントを含む地球圏全国家が締結した条約が発効され、こちらはユニウス条約と呼ばれることになる。
 この降伏は条件付の降伏で、プラントは大きな枷を嵌められたものの、なんとか内政自治権だけは確保する事が出来ている。またザフトも規模を制限されるものの、存続を許された。これは地球連合側の好意というわけでもなく、単にこれから起こるであろう内政上のさまざまな問題は自分たちで解決しろと突き放した結果である。また現行の評議会制も存続を許されているが、連合各国から派遣された領事は評議会の傍聴権を有し、彼らが何を協議しているのかを監視する事が出来るようになった。
 存続できるザフトの規模は、既に現時点の残存戦力がごく僅かであり、今以上の軍縮は求められなかった。ただ保有できる艦艇やMSといった基幹戦力は保有制限が加えられ、大量に保有する事は出来なくされている。それは自治組織が有する軍事力としては過剰であったが、自分たちの手を噛む事は出来ないという配慮が伺える規模に抑えられている。プラント側はこの点に難色を示したが、より重要な問題があったので受諾している。
 この条件の中でプラント側が何よりも激しく反発した事は、ヤキン・ドゥーエ要塞の接収と平和維持軍の駐留であった。要塞の接収だけならばこんな反発は呼ばなかっただろう。どのみち賠償と言われて持っていかれると思っていたからだ。だが地球連合はこれを接収はするものの持ち去る事はせず、プラントの傍に留め置き、平和維持軍の名目で艦隊が駐留すると言い出したのだ。これはプラントの喉元に突きつけられたナイフであり、誰の目にも分かる形での脅迫であった。
 だが結局、プラントはこの要求も丸呑みさせられる事になる。ザフトの存続が許された時にはホッとしたものだったが、地球連合はザフトの存在を無意味にしてしまうような悪辣な手を用意していたのだ。こんな近くに居ては、ザフトが残されてもプラントを守る事は出来ない。文字通りザフトは周辺航路を警備する宇宙警察的な仕事に徹しろと地球連合は言っているのだ。
 しかも地球連合はこの平和維持軍の駐留費の一部をプラント側に負担させてきた。自分を監視する番犬の餌代を払えと言って来たに等しく、プラント側の代表団は歯軋りして屈辱に耐えていた。


 プラントにさまざまな制約を課した降伏文書への調印が終わり、続いて新たな世界の枠組みを作るユニウス条約の締結も無事に終了し、世界には一応平和が戻った。世界各国は軍隊を本国に引き揚げ、過剰になった人員の整理も行われた。多くの志願兵たちが故郷へと帰り、故郷の復興に携わる事になったのだ。特に全土が戦場になったユーラシア西部、アフリカ、南米、東南アジアといった地域の被害は凄まじく、復興には長い時間がかかると見られている。

 この戦後復興の空気の中で、フレイたちはオーブへと戻った。トールとサイ、ミリアリアは大西洋連邦軍を除隊し、オーブに帰ってきた。フレイとカズィもオーブ軍を除隊し、ただの民間人に戻ろうとしたのだが、これには待ったがかかった。いまやオーブ軍でも数えるほどしか居ないMSパイロットであり、しかも前大戦指折りのエースパイロットのフレイ、そしてアークエンジェルで通信士を勤め、オーブ本土防衛戦でもその優秀さを遺憾なく発揮し続けたカズィ、どちらも組織として崩壊寸前のオーブ軍にとって喉から手が出るほど欲しい人材だったのだ。
 軍上層部から懇願された2人であったが、結局カズィはこの求めを拒否し、軍を去った。彼は映画監督になるという新たな道を見出していて、そっち方面の勉強がしたかったのだ。そしてフレイも大学に戻りたいという希望を持っていたのだが、カガリとユウナとアマギに泣きつかれた彼女は断り切れず、軍に席を残す事になる。ただし予備扱いであり、普段は大学に行って規定の訓練だけ受けに行くという形で妥協させている。有事にはすぐに現役復帰させれば良いというかなり無茶な手法であった。


 そして、生き残った人々は新たな生活を始めた。それから4年……。





「行ってきま――す!!」
「ステラ、今日は昼に宇宙港に行くのよ、分かってるわね!?」

 屋敷から勢い良く駆け出して行ったステラの背中にソアラが大きな声で呼びかけるが、聞こえているのかどうか。ソアラは手にしている箒を右手に持ち、左手を腰に当ててやれやれと溜息を漏らした。
 ステラは終戦後、プラントで受けた治療が成功し、晴れてフレイの元に引き取られていたのだ。引き取られたステラは戸籍上はフレイの妹なのに何故かソアラの元でメイド2号として働く傍ら、学校にも行く事になった。

国籍やらの手続きはステラがやってくる前に済ませていて、後はソアラが短期集中講義で必要な知識を詰め込むことで学力も不足を解決した。この際にステラの持つ教えられた事を完璧に再現出来るというスキルが大いに役立ったのは言うまでも無いだろう。
 いまでは山の上のお屋敷と呼ばれるようになったアルスター邸の坂道を下って市街地へと駆けてきたステラは、その途中で寝ぼけ眼をこすりながら肩にタオルを引っ掛けて歯ブラシを加えている男を見かけ、右手を上げて大きな声をかけていた。

「おはよ――、スティング――!」
「あん……おお、ステラか」

 スティングは歯ブラシを動かしながら目の前の道を駆けていく妹分にやる気無さそうに手を振って返事をしてやった。彼は戦後の強化人間の解放措置によってアズラエル財団の手を離れた後、マードックに誘われてオーブに店を出し、そのまま住み込みの店員として働かせてもらっていたのだ。
 マードックも戦後に軍を辞め、戦後の復興景気に沸くオーブで何でも直す修理屋を始めたのだ。スティングはアークエンジェル時代にメカニックたちに混じってメンテを手伝っていた際にマードックに手際の良さを褒められたのが縁だったと言えるが、スティングもマードックの好意を素直に受け、オーブに来たのだ。まあ頼るアテも無い彼にとって見れば、知人が近くに居るというメリットを捨てる理由も無かったと言える。
 今はマードックの仕事を手伝いながら、専門学校で資格を取ろうと頑張っている。彼も軍役を離れ、第2の人生を見つけられたのだ。

 ただ、大戦を生き抜いたブーステッドマンのクロトは助からなかった。ブーステッドマンはエクステンデッドよりも強化の度合いが大きく、治療の甲斐無く彼は帰らぬ人となった。かつての仲間たちが最期を看取りに集まったなかで、彼は最後の最後まで彼らしくあろうと務めていた。病床で見る影も無くやつれた自分を見て涙を見せる戦友たちに彼が最後にかけた言葉は「何泣いてんだか、馬鹿じゃないの?」であった。


 住宅地を駆け抜けたステラは、目指していた家に辿り着いてインターホンを押した。

「おはようございま――す、シン起きてますか?」
「あらステラちゃん、ちょっと待ってね、今開けるから」

 今の世情を感じさせる頑丈そうな門のロックが外れる音がし、門が開く。そしてシンの母親が出迎えに出てきてくれた。

「ごめんなさいね、あの子まだ寝てるのよ」
「何時もの事ですよ」

 困ったもんだという顔の母にステラはクスクスと笑いながら玄関で待つと告げるが、その直後に2階の方から威勢の良い声が聞こえてきた。

「この馬鹿兄貴、いい加減に出てきなさいよ、ステラさん来てるでしょ!」
「ちょ、ちょっと待て、まだ着替え終わってない!」
「たく、たまには時間通り起きろっての。そんなんじゃステラさんに愛想尽かされるわよ?」

 毎度の事ながら、シンはマユに起されている。アークエンジェルではそんな事は無かったのだが、これが彼の平和な日常であるらしい。そしてマユが2階から降りてきて、もうすぐ降りてくるからと済まなそうに言ってくるが、ステラにとっても何時もの事なので気にはしていなかった。




 オーブは再建が進むかと思われたが、この国はあの大戦後も戦乱から逃れる事は出来なかった。戦後の賠償請求で大洋州連合から幾つかの島と航路権、そして多額の賠償金をせしめる事が出来た。これは国境が首都から遠くになる事を意味しており、オーブにとって好ましい形になったと言える。
 また赤道連合、アルビム連合も同様に大洋州連合の領土を割譲されており、大洋州連合は北方の海域のほとんどを失うことになる。特にアルビム連合は渇望して止まなかった安定した大地を手にいれ、大喜びであった。世界各地のコロニーや、難民として各地に散っていた仲間たちを呼び集め、新たな国家の建設を始めている。
 最も、アルビム連合の位置は赤道連合、オーブ首長国から見れば大洋州連合に対する盾のような場所であり、もしこの国が復讐に出てきた際にはアルビム連合が犠牲となるのは火を見るより明らかであったが。


 そして、オーブは地球連合内における内戦、東アジア戦争には参加せずに済んだのだが、その後に起きたラクス紛争には巻き込まれてしまった。
 東アジア戦争は大戦中に起きたラクス・クラインの反逆事件に端を発する戦争で、戦後の調査でこのラクス派に東アジア共和国が支援を行っていた事実が公式に判明し、連合諸国が激怒したのだ。このラクス派は連合軍にも多大な犠牲を支払わせた憎むべき相手であったが、まさかそれに身内が加担していたとは。まあ連合上層部には周知の事であったが、戦中は余計なトラブルを増やす必要は無いとあえて黙っていたのだ。
 この事実はラクスに対する怒り以上に東アジア共和国への怒りを沸き立たせ、東アジア共和国に相応の賠償を求めたのだが、これを共和国側が拒否した為、大西洋連邦、ユーラシア連邦、極東連合、赤道連合の4ヶ国が東アジア領に侵攻を開始した。
 連合3大国の一角のプライドをかけて東アジア共和国は彼らを迎え撃ったのだが、この時東アジア共和国は、装備、戦術において完全に時代遅れになっていた。大戦の中にあって常に矢面に立とうとはせず、小競り合いに終始していたこの国は激戦を戦い抜いた他の2大国に置いていかれてしまっていたのだ。
 NJの為に頼みの戦略弾道弾は過去の遺物と化して意味を成さず、通常兵器による戦いを余儀なくされた東アジア共和国軍は北と東から押し寄せてくるMSの大軍に碌な抵抗も出来ずに揉み潰され、誰もが予想もしなかったほどあっさりと屈服させられてしまったのだ。
 まあ、彼らが装備するMSの大半は大西洋連邦供与のストライクダガーと、その模倣機であったので、大西洋連邦やユーラシア連邦、極東連合から見れば完全に時代遅れ扱いされるのも無理は無いのだが。


 この戦争のほかにも数え切れないほどの小さな民族紛争が世界各地で勃発していたが、それらは記録に留められているというレベルで、人々の記憶に残るような物では無かった。オーブでも2度ほど難民や反カガリ派による小さな反乱が生起したが、直後にオーブ軍主力によって鎮圧されている。この時代では良く起きる当たり前の騒動でしかなかったのだ。
 だが、その中で無視できず、危うく地球規模の騒乱になりかけた事件があった。それがラクス紛争である。
 大戦終結後、地球連合とプラントはラクス・クラインの処遇について話し合った。地球連合からすればプラント内の反抗勢力でしかなく、関係無い事柄なので処置をプラントに一任したのだが、プラントではこの件は揉めに揉めた。何しろ国民的アイドルであり、異常なまでのカリスマ性を誇るラクスだ。評議会もラクスの処刑には反対する声が大きく、かといって無罪放免にも出来ず、処分に困り果てていたのだが、そこにオーブからありがたい申し出があった。

「うちに政治亡命って形で預かろうか?」

 カガリはプラントにこう申し出て、エザリア議長はそれに飛びついた。国内に留め置けば必ず騒ぎが起きる、そんな厄介の種を引き取ってくれるというのだからこれほどありがたい話は無い。その見返りとして出すものは出させられたが、仕方の無い所だろう。
 こうしてラクスはオーブに亡命したのだが、その扱いは離れ小島にあるアスハ家の別荘に軟禁というものであった。この島から出ることを許されなくなった彼女はここで静に暮らす運命を受け入れており、時々船で訪れるカガリやフレイの来訪を楽しみにするという生活を送っていた。
 だが2年前、事件が起きた。オーブのラクスが軟禁されている別荘が襲撃され、ラクス・クラインが誘拐されてしまった。これはオーブの失態であり、必死の捜索が行われたのだが遂に発見される事は無かった、彼女の所在が判明したのはそれから数日後、宇宙のザフトからの連絡によってであった。

「旧ラクス派の残党が、デブリベルトの中で拠点を作って集まっている」

 この知らせが何を意味するのか、分からないマヌケは居ないだろう。ラクス派残党は再起の準備を整え、旗印であるラクスを奪還したのだ。奪還されてしまったオーブ軍の大失態で、連合諸国はオーブの無策を激しく叱責していたのだが、すぐにそれどころではなくなってしまう。宇宙だけではなく、地球の各所でもラクス派と思われる勢力の武装蜂起が起きたのだ。だが地球での騒ぎはラクス云々など関係ない民族主義者の決起ばかりで、ラクス派が彼らを支援し、焚き付けて暴走させたものらしい。
 この騒ぎの為に民族問題を抱えている地球連合諸国はラクス派の暴挙に軍を出すことが出来ず、事態の対処をプラントに押し付けることになった。プラント側としても下手に連合の介入を招く口実など与えたくはなく、この話は渡りに船であった。
 公式上ではラクス軍はザフトが遺棄されたままデブリベルトを漂っていたユーラシア所属の資源衛星β−Vを拠点とするラクス軍を殲滅、ラクス・クラインもこの時に戦死したとされている。だが全てはプラント側の発表であり、本当にラクス・クラインが戦死したのかどうかは疑われていた。プラント側にはラクス派とまでは行かなくとも親ラクスと呼べる人間には事欠かず、そういった人間に救出されて匿われている可能性を否定出来なかったのだ。
 記録には残されていなかったが、この戦いには大西洋連邦とオーブも密かに部隊を送り、ザフトと協力してラクス軍に当たっていた。フレイもこの戦いには参加しており、かつての戦友や敵たちと肩を並べてラクス軍の殲滅に尽力している。


 これらの事件とは別に、ユニウス条約に関わる騒動もおきた。この条約の中で大量に発生した戦争デブリに関する取り扱いも新たに定義され、地球連合が新たにデブリ回収の為の組織、回収公社を作り、全てのデブリを回収することにしたのだ。この条約発効と同時にそれまでジャンク屋に認められてきたデブリに関するさまざまな権利は剥奪され、収集したデブリは全てこの回収公社に引き渡さなくてはならなくなる。
 引き渡されたデブリは全て公社で買い取り、公社の施設で処分される。ただ兵器の類は全て各国の所有物なので、連合諸国はそれぞれに役人を派遣し、自国に送る物とここで解体、廃棄する物を分けることにしていた。些か面倒ではあるがこうしないと後でトラブルがおきかねない。
 だが、これにジャンク屋ギルドは激しく反発した。彼らにしてみれば大事な既得権を奪われるなど冗談ではない事だろう。だが彼らは、自分たちのおかれた状況を理解していなかった。戦争は既に終っており、今の地球連合をどうにかできる勢力は存在していない。そして地球連合の大半の国は、手当たり次第に兵器を拾い集めて適当に誰彼構わず売り払って武器を拡散させたジャンク屋に対して怒っていたのだ。特に深刻な民族紛争を抱えているユーラシアやアフリカ、東アジア、赤道連合などの国々は。
 ジャンク屋と繋がりがあったオーブなどは怒るジャンク屋を宥めようとギルド本部に使節を派遣して説得したりもしたのだが彼らは聞き入れず、それまで通りジャンクを集めようとしたのだが、それを連合のパトロールが阻止して衝突する事態が頻発し、遂には双方MSや艦艇まで持ち出しての武力抗争にまでエスカレートしてしまった。
 こうなれば地球連合側に遠慮する理由など何処にも無い。戦争が終結したとはいえまださほど時も経っておらず、装備も人員も余っている各国は軍事力を持ってジャンク屋をテロリスト認定して叩き潰す決定を下したのだ。

 連合各国がジャンク屋を潰す決定を下して3日後、ギルド本部は60隻、2個艦隊相当の大軍による攻撃を受け、ものの30分と経たずに制圧されてしまった。ジャンク屋たちは各々がMSや武装船を持ち出して抵抗しようとしたのだが、数と経験、訓練度、装備の全てで圧倒する大西洋連邦の大艦隊を相手にまともな勝負など出来る筈も無かった。一部の傭兵やベテランのジャンク屋は激しく抵抗して見せたようだが、個々の勇戦だけでは状況は覆せなかった。
 本部が急襲されたのとほぼ時を同じくして各地の支部やジャンク屋直轄の施設全てが連合軍の攻撃を受け、占拠されていた。抵抗に対しては容赦の無い実力行使が行われ、ステーションごと破壊されてしまった支部も少なくは無い。ジャンク屋というのは余程権力に屈するのが嫌いなようで、勝てるはずも無いのに無抵抗で軍を受け入れた施設は1つも無かったのだから。そしてそれは同時に、無血で片付いた場所が無かったという事を意味している。
 この戦いで多くのジャンク屋や傭兵がテロリスト容疑で逮捕される事になり、ジャンク屋ギルドは事実上瓦解した。この強攻策は世界中から非難を浴びる事になったが、この後に警察の徹底した捜査が行われ、マルキオ導師や旧ラクス派、さらにはザルクなどのテロリストたちとの繋がりが暴露されるとその声も小さくなっていった。

 ただ、逮捕されたジャンク屋の中にはリ・ホームなどの有名なグループの姿は少なく、その能力を生かして連合の包囲を掻い潜り、脱出した事は疑いようが無かった。だがその数は多くは無く、もはや何かが出来る訳でもないだろうと判断されたのだが、この過小評価が後に旧ラクス派の決起を早めたと言われ、非難を浴びる事となる。





 オーブはこの4年間で見違えるほどとはいかなくとも、戦災の跡を感じさせない程度には復興していた。カガリ代表の下でオーブは内政のユウナ、外交のミナ、相談役のホムラを軸として復興に努め、戦災の爪痕をゆっくりと癒していった。その象徴とも言えるのが破壊されたマスドライバー、カグヤの再建だろう。この宇宙への階段が再建されたことで、オーブは南アジアの宇宙への窓口としてのポジションを取り戻したのだ。
 オーブ軍は未だに戦争の痛手から立ち直ってはいなかったが、それでも多少は再建されていた。MSは未だにM1系が使われていて、次世代機は開発は進められているが予算削減の煽りを受けて余り進んでいない。エリカ・シモンズがM1の後継のM2と、全く違うコンセプトからくる可変機のムラサメの2機種の開発が行われているのだが、どちらも試作機がテスト中という段階だ。
 いまだ世界中はあの戦災からの復興に忙しくて他所に目を向ける余裕など無いから良かったが、もしまた戦乱が起きれば対処は難しいだろう。
 このオーブ軍には予備役扱いでフレイも席を置いていたが、この処置に伴いガーディアンエンジェル中隊の指揮官はモルゲンレーテから正式に軍に席を移したアサギ・コードウェル二尉に代わっている。オーブとしては数少ない実戦を潜り抜けたMSパイロットである彼女が残ってくれた事は朗報であったが、彼女は大戦で戦死したジュリとマユラの死を背負ってしまったようで、その事をカガリやフレイは心配していた。
 そしてユウナが本気で泣いて喜んだのが、あのアルフレット・リンクスが大西洋連邦軍を退役してオーブに来てくれた事だろう。大戦で自分の限界を感じ取った彼は、後をフラガとキースに託して大西洋連邦軍を退役して妻子の待つオーブに国籍を移し、そこでユウナの求めに応じてオーブ軍ニ佐として任官してくれたのだ。現在は教官として後進を育てている。


 

 その日の昼頃、フレイは普段の彼女らしくない地味めの服装で、僅かな手荷物で出国手続きを終えてベンチに腰を下ろしていた。その美しさは4年経って更に磨きがかかり、男なら振り返らずにはいられない美女に成長していた。その隣には先の大戦以来の友人であり、この国で一番偉い人間カガリ・ユラ・アスハの姿がある。彼女はオーブ奪還頃から伸ばし始めていた髪をその後も伸ばし続け、今では腰に届きそうなくらいになっている。化粧の仕方も上手くなり、だいぶ女性らしくなっていた。何故彼女が髪を伸ばすようになったかは、フレイとミリアリアしか理由を知らない。2人の背後には護衛兼荷物持ちとしてソアラも控えていた。
 キラの生存に関しては戦後2年ほど経って、フレイはごく身近な数人の友人にのみ告げていた。さすがにクルーゼや、彼らがやっている裏方仕事の事までは話していないが、あのユニウス7でキラが本当は戦死しておらず、そういう事にして貰っただけだということは伝えたかったのだ。
 この事を聞かされた友人たちはそれぞれにキラの相変わらずの自分勝手ぶりを怒り、帰ってきたら一発殴ってやると息巻いていた。特にカガリの怒りは凄まじく、キラが帰ってきたらそのまま墓場に直行するのではと周囲を不安にさせるほどだった。

「本当に行くのか、フレイ?」
「ええ、私は約束した間待ったもの。20までは待ってやるって約束したんだから」
「20まで待っても帰ってこなかったから、自分で探しに行くってのもなあ。姉の私が言うのも何だが、あんな甲斐性無しの馬鹿野郎は忘れて他の男捜したらどうだ。見合いの話は沢山来てるんだろ?」
「ええ、オーブの資産家や下級氏族が日参してるわ。全く良く飽きないわね」
「そりゃそうだろ、いまやアスハとサハクに次ぐオーブ第3位の資産家で、発言力は私らに引けをとらないんだからな。お前と結婚すりゃアスハやサハク、セイランと肩を並べる有力氏族に成り上がれるんだぞ」

 アルスターは氏族ではないが、実質的な力は有力氏族と肩を並べる物となっている。そんな彼女を狙ってオーブ国内の有力者たちはあれこれと策謀を巡らせているのだが、フレイ本人にその気が無い為に今の所全て無駄骨に終わっていた。愚かにも力技に出た家もあったのだが、力の差を思い知らされたあげくに潰されてしまった。それ以来馬鹿な事を考える家は無くなったのだが、鬱陶しいお見合い攻勢は勢いを増す事になり、フレイとソアラを辟易させる事になる。
 中には搦め手とばかりにフレイの義妹であるステラに目を付けた者も居たのだが、ステラは変わり者揃いのアークエンジェルクルーでも振り回される不思議娘だったので、やってきた連中もお手上げであった。
 フレイはそんな日々の中で4年間キラを待ち続けたのだが、遂にキラは帰ってくるどころか連絡1つ寄越さなかった。その事に腹を立てていたフレイは、20歳の誕生日を迎えると同時にキラを探す旅に出ることにしたのだ。

「アテが無い訳でもないのよ、キラと暫く一緒に居たって人に話を聞くことも出来たしね」
「良くそんな奴見つけたな?」
「まあ、ちょっとね。色々と変わった知り合いが多いのよ」
「相変わらず、お前の人脈は凄いな」
「それでね、キラはどうも火星に居るみたいなのよ」
「火星って、また随分遠くだな」
「ええ、だから帰ってくるのは早くても半年後ね」
「火星での居場所の目処は付いてるのか?」
「まあ大体、ね。全く何してるんだか」

 困った奴だと思わずにはいられないが、それもキラらしいと思ってしまう。カガリも同じ思いだったのだろう、顔を見合わせて2人は同時に笑い出してしまった。

「何笑ってんだお前ら?」
「あ、トール、来てくれたんだ」

 オーブ軍の士官制服に身を包んだトールが訝しげな顔で経っている。トールは大西洋連邦軍を退役後、オーブ軍に改めて入隊し、MS隊の再建を手伝う事にしたのだ。戦後の混乱後、1年たって士官学校に入校させてもらい、1年の教育を経てオーブ軍ニ尉として配属されている。
 今ではオーブ軍を代表するエースで、教導パイロットとして活躍を続けている。

「全く、俺が最後かと思ったら誰も居ないじゃないか。皆来るのかな?」
「しょうがないわよ、忙しいんだし。そういえばミリィはどうしてるの?」
「フリーカメラマンになって世界中飛び回ってるよ。フレイの出発には間に合わせるって言ってたから、来ると思うんだけどな」
「そっか、ミリィも大変なんだなぁ」

 ミリアリアは戦後、ジャーナリストを目指して大学の学科を変え、写真の勉強をした後にフリーカメラマンに転身し、世界各地で写真を取り続けている。その写真は時々手紙と一緒にオーブに居るフレイたちの下にも郵送されてきて、未だに続く戦乱と復興の努力を教えてくれている。まあ、駆け出しの新米の為に年中金欠のようで、援助を懇願してくる事もしばしばなのだが。
 それでもついこの間ユーラシアの雑誌社から初めて契約を取り付けたらしく、手紙からもかなり張り切っている感じが伺え、皆で彼女の成功を喜んだものだ。

 トールに最近のオーブ軍MS隊の様子を尋ねていると、今度はサイとカズィがやってきた。サイはモルゲンレーテ社に技術者として就職し、カズィは映画会社で頑張っている。

「よおフレイ、とうとう行くんだって?」
「行方不明の彼氏を探しに火星になんて、今時映画のネタにもならないよ」

 サイが心配そうな顔で、カズィが呆れた顔でそれぞれにフレイの身を案じてくれている。今キラが居る場所はかなり危険なのは分かりきってるのに、そこに自分から飛び込むなどただの馬鹿でしかない。
 2人を出迎えたフレイに後ろからソアラがシンたちが来た事を告げてくる。見ればシンとステラ、マユが必死に走ってきていた。

「うおおお、ど、どうにか間に合った!」
「シンが悪い!」
「馬鹿兄貴が悪い!」
「な、何だよ、俺のせいか!?」

 なにやらまた揉めている。どうやらまたシンが妹関係で余計な事をしたのだろう。マユは可愛い少女で結構人気があるのだが、ヤバイ兄貴が居る事で有名で近寄ってくる男は滅多に居なかった。稀にやって来る気骨ある奴は例外無く兄貴によって葬り去られている。
 この嫉妬団のような兄に遂にマユは怒りを爆発させ、以後シンに対するマユの対応はかなり雑な物へと変わっている。兄以外に対しては昔ながらの穏やかな物なので、シンに対してだけ意識してそうしているのだろう。誰もが認めるシスコンのシンにこれは効果覿面で彼はおもいっきり落ち込んでいたのだが、だからといって彼の妨害行動が止む事は無かった。
 困り果てたマユはどうしたら良いかとフレイやステラに相談しに行ったこともあるのだが、2人も馬鹿に付ける薬など知っている筈も無かった。

「お嬢様、そろそろシャトルの時間ですので、ゲートに行かれた方が」
「そっか、じゃあ暫くお別れだね」
「おお、なるべく早く帰って来いよ。火星にもうちの窓口はあるから、いざとなったら駆け込んでくれ」
「フレイさん、火星土産楽しみにしてますからね」
「いい加減にしろお!」

 シンが何時ものようにマユの怒りの鉄拳で宙に舞い上がり、ステラが毎度の事ながら吹っ飛ばされたシンを抱き起こしている。

「うぐぐ、マユ、少しは手加減してくれないとそのうち俺が死ぬだろ……」
「むしろ何で死なないのよ!?」
「駄目マユ、余り殴ったらシンがまた勉強した事忘れちゃう」
「殴らなくっても忘れます、兄貴は真性の馬鹿なんですから!」
「大丈夫、シンも頑張ればきっと出来る」

 シンはステラと一緒の大学に進むべく猛勉強中であったのだが、完全記憶とまで言われるステラの学習能力にシンが付いていくのは容易ではなく、かなりオーバーワーク気味であった。
 もっとも、ユウナ辺りからは士官学校に入らないかと誘われていて、こちらはユウナの推薦が貰えるのでほぼ確実に入校できる。将来を考えたらこちらも選択肢だと言えるだろう。
 そんな3人を見ながら、トールとサイとカズィはおかしそうに笑っていた。

「何だかマユちゃん、だんだんとフレイやカガリに似てきてないか?」
「ああ、あの手の早さといい、腕っ節といい、似てるかもな」
「将来が心配だよねえ」
「どういう意味よ!?」
「そりゃどういう意味だ!?」

 失礼な事を言う男どもにフレイとカガリが同時に反応し、言い争いを始めようとした所をソアラが再度時間が来たと促して無理やり割り込み止めさせる。そしてフレイはソアラから渡された旅行鞄を手に、シャトルの搭乗口へと歩いていった。それを見送っていたカガリたちはフレイの姿が見えなくなるまで見送り続けていて、彼女の姿がゲートの中に消えると、外からシャトルの打ち上げを見送ろうと歩き出した。
 宇宙港から伸びるカグヤ・マスドライバーの長いレールを窓から眺めていたサイは、感慨深げに感想を漏らす。

「でも、よくカグヤがたった4年で再建出来たよな」
「アメノミハシラが体当りしたあと、連合各国に再建資金出せと迫ったら、カグヤの再建に手を貸すから軌道ステーションは連合各国の共有物にしようって言ってきたのさ。それで人と機材と金がすぐに集まった」

 戦後、オーブは地球を救ったアメノミハシラの再建を考えたのだが、連合諸国はそれに難色を示した。軌道ステーションをオーブだけの占有物とすれば戦後のオーブの発言力が増しすぎる。それを恐れた各国は代案としてカグヤ・マスドライバーの再建を手伝い、代わりに新たな軌道ステーションは地球連合で共同管理するという案を提示した。
 オーブは、特にミナはこの案に難色を示していたのだが、結局はマスドライバーの再建の方が優先された為、連合諸国の提案に応じる事にした。どのみち打ち上げ施設が無ければ軌道ステーションの価値は大幅に低下してしまうのだから。
 そのカグヤに打ち上げシャトルが設置され、発射体制に入る。次にフレイに合えるのは半年後か1年後かと皆で話していると、大きな声で自分たちを呼びながら走ってくる女性がいた。

「ごめーん、間に合わなかった!?」
「遅いぞミリアリア、フレイはもう乗っちまったよ」
「あ〜、これでも急いだんだけどなあ。モーニングサンライズの担当がしつこくって時間食っちゃったのよ」
「カメラマンってのも大変なんだな」

 そのまま勢い良く駆け込んできて手すりに倒れこんだミリアリアは暫く肩で息をしていたが、なんとか顔を上げると打ち上げ準備に入っているシャトルにカメラを向けた。

「行く前に全員で撮っておこうと思ったんだけど、こうなったらシャトルを撮ってやるわ」
「いや、それ意味あるのか?」
「良いのよ、帰ってきたら渡してやるんだから」

 何だか悔しそうにミリアリアに皆は大きな声で笑い出した。相変わらず彼女は変な所で意地っ張りのようだった。




 戦後の世界で最大勢力を維持し続けた大西洋連邦は、いまや地球連合の盟主としての地位を確固たる物にしていた。ヤキン・ドゥーエに艦隊を置き、接収されたカーペンタリア基地も自分の物とした大西洋連邦に逆らえる国はもう地球には存在していなかったのだ。
 そして、かつて共に戦った懐かしい人たちは今もそれぞれの場所で頑張っていた。
マリュー・ラミアス中佐は戦後、新造艦の艦長への道を自ら断り、技術部へと戻っている。このまま軍令系に留まってエリートとして日の当たる道を進めとハルバートンにも勧められたのだが、マリューはもう部下を死なせるのに疲れたと言って断ってしまった。そして去年、ムウ・ラ・フラガ少佐と結婚した。
 ナタル・バジルール少佐はドミニオン喪失の責任を問われて1年ほど辺境の基地に飛ばされていたが、その後は宇宙軍大学で教官となり、後進の指導に当たっている。彼女の操艦と戦術が評価されての栄転だった。ただ1つ問題があるとすれば、生徒たちの大半が彼女より年長だったという事か。キースとは4年間遠距離交際を続けていて、未だに結婚の話は出ていないらしい。
 ムウ・ラ・フラガ少佐は戦後も暫く病院生活が続いたものの、1年ほどで退院する事が出来た。その後は半年のリハビリを経た後、本国でアグレッサー部隊に配属されて各地を回っている。
 キーエンス・バゥアー大尉は戦後、再評価されたMA部隊の再建に力を注いだ。ウォーハンマーは戦後に量産化され、大西洋連邦の主力MAとなった。ただNJCの大量生産はコストの高騰を招くという事で従来のバッテリー型となっている。これに続くさまざまなMAの開発も行われており、大西洋連邦はMSから再びMAに戻ろうとしているかのようであった。




 宇宙に上がったフレイはその後3日ほどでプラントに到達した。ここにあるジェネシスが今では本来の用途、外宇宙用の一次加速装置として使われていて、プラントは火星航路の地球側の駅としての役割を与えられている。既に連合に接収されている機材であるが、整備や運用などは未だにここで使うほか無い代物なのだ。一応同様の施設をラグランジュポイントで建設してはいるので、そちらが完成すればジェネシスは解体されるか、移動して予備か何かにされるだろう。
 ジェネシスにはムサシが出港準備状態で待機しており、ジェネシス宇宙港にはプラントコロニーからの貨客便が入っている。フレイはアプリリウス1で一泊したあと、明日の出航に間に合うようにジェネシスに行く予定であった。
 アプリリウス1宇宙港から市街地に出たフレイはソアラが手配してくれたホテルに向かう前に、ホールで待ち合わせている人を探した。プラントはまだ前大戦の傷跡が濃く、住民の反地球感情は根強い物がある。そんな所に行くのだからフレイは信用できる相手に迎えに来てもらう事にしていたのだ。
 暫く周囲をきょろきょろとしていたフレイは、探していた白い軍服を身に付けて柱に寄りかかっている高級士官を見つけ、声をかけて近付いていった。

「イザーク、出迎えご苦労様」
「ふん、やっと来たか。全く、俺にこんな雑用をやらせるとは良い度胸だな」
「仕方ないじゃない、連絡取った時に今のプラントをか弱い女性が1人で歩くのは危ないって言ったのはあなたでしょ?」
「お前のどこがか弱いんだ、俺はナチュラルの女がと言ったんだ」

 イザークは呆れた顔をしつつ、フレイを先導するように歩き出した。

「プラントはまだ敗戦のショックから立ち直っていないんだ。巨大な戦後賠償も重くのしかかってるし、国内の若手は激減してしまってるからな」
「アスランからも聞いてたけど、相当酷いんですってね」

 戦後のプラントは滅茶苦茶だった。幾つものプラントコロニーが居住不可能と判断されて遺棄され、膨大な犠牲者を出した本土決戦の後、プラント国内は荒れに荒れた。屈辱的な降伏の条件と巨大な賠償、そして100万を超える犠牲者はプラントに回復困難な打撃を与えていた。特に10代後半から20代の若者の戦死者が多く、将来に暗い影を投げかけている。
 そこに今度は地球から引き揚げてきた復員兵が新たな問題を生み出した。戦場神経症を患っていた彼らはプラントに戻っても簡単に社会復帰する事が出来ず、数々の事件を引き起こしてしまったのだ。遺伝子操作をしても精神が強化される訳ではなかったようだ。
 ただでさえ困窮していたプラントに彼らを隔離し、正常な状態に戻すまでゆっくりメンタルケアしてやる余裕などある筈もなく、またその必要性への理解も無かった為に多くの兵士がそのまま民間に復帰し、社会問題と化したのだ。
 その後も混乱は長く続き、今日に至っても回復してはいない。プラントからは戦前の秩序と豊かさは失われてしまったのだ。
 イザークはフレイを車に案内し、彼女を助手席に乗せると自ら運転して何処かへと向かいだした。

「まあ、新議長に就任されたデュランダル議長のおかげで少しずつ良くはなってきてるんだがな。中々のやり手だよあの方は」
「うちのカガリ代表も言ってたわ、食えない奴だってね」

 エザリアは戦後暫くして引責辞任していて、その後はグルードが議長代理を務めていたのだが、半年前に新たな評議員の選出が行われ、その中からギルバート・デュランダルが新議長に選ばれていた。
 彼の指導でプラントは着実に復興軌道に乗ってはいたが、優秀な指導者の出現は地球連合の警戒心を煽ってもいた。

「そういえば、他の皆はどうしてるの。アスランは去年からスカンジナビアの駐在武官やってるのは知ってるけど」
「ああ、どいつも元気だよ。あれから色々あったけどな」

 大戦終結後、アスランはザフトの高官になるという話を蹴ってアカデミーの校長に戻っていった。理由があったとはいえ、反逆したという事実に変わりは無く、自らその責を受けなくてはいけないといけないと考えたとされている。だが彼を知る者たちはそんな大した理由ではなく、中央のゴタゴタから離れてコタツ暮らしに戻りたいという願望が優先しただけだろうと思っていた。
 そんな彼の穏やかな日々は長くは続かず、ラクス紛争の勃発に際して自ら志願して前線に戻り、彼自身の手でラクス・クラインに引導を渡した。その後彼はラクスの死から逃れるかのようにスカンジナビア王国の領事館付き駐在武官として地球に行ってしまう。今も彼はスカンジナビアに居るのだ。

 イザーク自身は特務隊の解散に合わせてジュール隊の編成を命じられた。とはいえ船もMSも碌に無い、形ばかりの部隊であったのだが。何しろ残存している船は片手で数えるほど、MSも稼動100機程度と、かつてのザフトの姿は何処にも無いほどに消耗してしまったのだから。
 フィリスはそのままイザークの副官を今も続けている。流石のイザークもいい加減気付いていると思うのだが周囲の者たちに言わせると進展は余り見られないらしい。
 ディアッカは戦後も本国防衛隊の教導隊に残り、後進の育成に努め続けた。彼もここでの仕事にやりがいを感じていたらしく、原隊復帰を強く希望していたのだ。新たにジュール隊を編成したイザークからは慰留を望まれていたのだが、彼はそれを断り別の道を選んだのだ。とはいえ同じプラントの中に居る者同士、顔を合わせる機会は多く、互いに酒を交えながら愚痴を言い合っているそうな。

「なあディアッカ、そろそろ嫉妬団も活動休止かなあ」
「何言ってやがる、まだまだこれからだろ。変な敵も増えてきてるし」
「でもフィリスの監視がきつくてさあ、あいつひょっとして俺が団長って気付いてるんじゃないかなあ?」
「そんな訳無いって、俺たちの変装は完璧だ」
「……完全に酔ってますね、2人とも」

 カウンター席で自分がすぐ隣に座ってるのに何でこんなことを相談してるんだろう、この2人は。と思いながら、フィリスはカクテルを傾けていた。全く、何時になったら止めてくれるのだろうか。



 ジャックとエルフィ、シホは本国防衛隊に編入され、新たな部隊を編成していた。かつて特務隊がザラ隊と呼ばれていた頃には新兵であった彼らも、今ではすっかりベテラン扱いをされている。ラクスを忘れられないアスランを諦めたエルフィはジャックの申し出を受ける事にしたらしいのだが、シホが遂に宣戦布告をし、ジャックを巡る三角関係が生まれている。だがまあアスランを巡るような剣呑とした物ではなく、ジャックが20になる頃にどちらかを選ぶという事で合意したらしい。決められてしまったジャックは困り果てて先輩格のアスランに人生相談にいったりしたらしいが、これは思い切り間違っている選択だろう。

「ジャック、だから伝票は溜め込むなって何時も言ってるでしょうが!」
「エ、エルフィさん、そんなに怒らなくても。まだ十分間に合いますし」
「駄目よエルフィ、こういうことは日頃からきちんと躾けておかないと」
「うう、ありがとうシホ。エルフィもこれくらい優しければ……」



 ルナマリアとレイはアカデミーで教官をやっていた。アスランを追っかけたルナマリアがレイを引き摺っていったというのが真相らしく、レイはかなり不満顔でアカデミーにやってきたらしい。だが狙っていたアスランがすぐにスカンジナビアに行ってしまったので、彼女の目論見は崩れてしまった。
 その後も2人は教官を続けていて、鬼のホークと理屈のバレルと渾名されるようになったとか。

「それでルナ、今日は何処で奢ってくれるんだ?」
「あん、何の話?」
「焼肉カップレースってお前が言い出したんだろ。奢ってくれるんだろ?」
「いや、あれは日頃食べてる焼肉に感謝の意を表しただけでね」
「おい?」
「ああ、分かった分かった、じゃあ第2回焼肉カップレースではどちらかが奢るという事で」
「2度目は無い!」



 オリバーとアヤセはそのままイザークの誘いを受け、ジュール隊に参加している。まだ経験も浅い2人は特に誘いがかかる事も無く、そのままイザークの元に残ったのだ。フレイは2人とは一度しか会った事は無いが、イザークの話によると将来有望なパイロットであるらしい。

 タリア艦長はかつての乗艦だったミネルバを賠償艦として接収されてしまい、今はナスカ級高速艦を旗艦とするタリア隊を編成している。アーサーやメイリンといったミネルバのクルーたちはタリアと共にそちらに移動し、今も共に仕事をしていた。すでに艦隊再建計画は進められていて、戦訓を反映して若干の改良が施されたミネルバ級が量産される事になっているので、それが配備されればそちらに乗り換える事になるだろう。
 パトリク・ザラやシーゲル・クライン、パーネル・ジェセックといった老人たちは戦後処理を終えると同時に政界を引退した。パトリックとシーゲルは健康上の理由から政界に留まり続ける事が困難となり、ジェセックはこれからは若者の時代と言って身を引いてしまったのだ。
 ユウキ司令はそのまま本国防衛隊で指揮をとり続けている。マーカスト提督は弱体化したザフト宇宙艦隊の司令官として今も頑張っていた。かつてプラントを支え続けた人々は、ある者は去り、残った者はそれぞれの場所で今も頑張っていたのだ。


 そしてザルクの生き残りたちは今も牢獄に居た。あの戦いの後、アンテラは生き残りたちには降伏を勧めながら自らは最後まで投降する事は無く、戦場に散っていった。あの特務隊の面々を次々に戦闘不能に追い込んだ末にアスランのナイトジャスティスと一騎打ちになり、互いに装備を使い果たすまで戦った後にアスランに敗れ去った。だがアスランに言わせれば自分が勝ったのではなく、アンテラがわざと負けたらしい。

「最後の最後になって、アンテラさんは大きく隙を作ってきたんだ。それまで一度も見せなかったのにだ。俺はそれを疑う余裕も無くなってて、気がついたらビームサーベルを突き立ててたんだ」

 あれだけ強力な仲間を連れていたアスランでさえ生き延びるので精一杯だったということらしい。それを聞かされたフレイは強すぎるだろと思ったが、まあ戦闘用コーディネイター立ったという事であるし、ユーレクのような例もあるのでそういう人も稀に居るのだろう。もし自分たちの方に来てたら全滅させられていたかもしれない。
 アスランに言わせれば、自分たちの大半が無力化されたのに誰1人死なずにすんだのはアンテラが殺さないよう配慮してくれたおかげらしい。最後の最後まで彼女は自分の甘さを捨てられなかったのだろう。
 逮捕されたザルクの生き残りたちは全員死刑が宣告されていていたのだが、国内には反地球感情の高まりなどもあって彼らへの同情論が出てきており、未だに執行されずにいた。それは地球上では幾らでも先例を見つけられる事態であり、やがてナショナリズムが異常に高まって国全体が暴走していく事になるのが常だ。プラントが同じ轍を踏むかどうかは分からないが、多分同じ道を行くのだろう。
 それはつまり、もう一度戦争が起きる可能性が高い事を意味していたが、そんな事はフレイたちが気にするような事ではないだろう。その辺りを考えるのはカガリたちの仕事だからだ。




 プラントを出立したムサシは2ヶ月かけて火星へと到達した。途中で2度ほど海賊船らしき船の追跡を受けたが、流石に主砲の射程内に入ってくることは無かったので予定が遅れる事も無く、無事に火星に着いている。
 思えば火星に行くことになったのも、全てはあの男の情報のせいだった。終戦の際にキラと共に姿を消した男、ラウ・ル・クルーゼが突然連絡を取ってきたのだ。
 オーブ内の小さな喫茶店に自分を呼び出したクルーゼに、私は最初まさかと思い、本当に彼が喫茶店でコーヒーを飲んでいる姿を目にして2度驚愕させられたものだ。

「ク、ク、ク、クルーゼさん、まだ生きてたんですか?」
「相変わらずさらりと言葉のナイフを振り回すな君は。それと、今の私はネオ・ロアノーク大佐という名前と肩書きを貰っていてね」

 クルーゼはサングラスをしているだけの姿で、私に向かいの席を勧めてきた。仕方なく勧められるままに席に腰を下ろし、店員に紅茶を注文してどういうことなのかと問いかける。

「それで、そのノアローク大佐が何の用なんです。というか、寿命ほとんど残ってないんじゃなかったんですか?」
「いや、あれから色々あって今はアズラエルの元で私兵をやっていてね。ファントムペイントいう部隊で指揮官をやらせてもらっているよ。キラ・ヒビキがくれた紹介状は中々の物だったよ」
「……まあ、再就職おめでとうと言っておきますが、それより今聞き捨てならない名前が出ましたよね?」

 キラ、という名前に私は身を乗り出し、その反応が面白かったのかクルーゼは口元を綻ばせ、コーヒーカップをソーサーに戻した。

「火星だよ、私は半年前までそこにいたのだ」
「火星って、何でそんな所に?」
「私とキラはこの3年間、ずっとアルカナムを追っていてね。まあ色々あって手掛かりを追いに火星にまで行ってしまったのだよ。その後私はアズラエルに呼び戻されて地球に帰ってきたという訳だ」
「それじゃ、キラは今も火星に?」
「……悪いが彼との約束でね、居場所を言う訳にはいかんのだよ」
「いや、もうほとんど言ったも同然じゃないですか?」

 何言ってんだろうこの人は、と私は思った。いっそこのままソアラに命じて拉致って情報吐かせようかなどと物騒な事も考えてしまったが、クルーゼも別に本気で黙っているつもりはなかったのか、ポケットから一枚の紙を取り出してテーブルの上を滑らせてきた。

「これは?」
「アレックス・ディノという男が、私が火星を離れる前にいた住所だ」
「良いんですか、教えないという約束なんでしょう?」
「私はアレックスの住所を教えただけだよ。君が探していたキラ・ヤマトなどという死人の居場所は、オーブの墓地を探せばあるのではないのかね?」

 何だかキラみたいなこと言うようになったな、と私は思ったが、礼を言ってメモを受け取った私はソアラに頼んで火星への便を手配してもらい、こうして火星にまでやって来たのだ。




 火星の軌道ステーションに降り立ったフレイは、とりあえず予約していたホテルで荷物を預けると早速キラを探す為にメモに書かれていた住所のあるコロニーを目指した。クルーゼの情報ではキラはここで火星のテラフォーミング計画の仕事をしながら、アルカナムの残滓を追っているらしい。この4年間の間に2人は3人の残党の継承者を発見し、2人を殺害、1人を捕らえてアズラエルに引き渡していたらしい。
 2人は戦後すぐにアズラエルと連絡を取り、彼に協力を求めたらしい。これを受けてアズラエルは2人に支援を行うようになり、裏側で非合法な活動に従事していたそうだ。実際、アルカナム関係以外の仕事も結構やらされていたそうで、クルーゼは何も言っていなかったが、多分ヘンリーなども関わっていたのだろう。
 その後、クルーゼはマルキオに対する猟犬として呼び戻され、世界中を飛び回っていると言っていた。未だに生きていられたのはアズラエルがそれまで使っていたものよりも優れた成長抑制剤を支給してくれたからで、あと少し生きていられるそうだ。あのラクス紛争の影にもマルキオ導師の影があったそうで、今では連合全体がテロリストとして彼の行方を追っている。

「結局、10億人以上死んでも世の中は何も変わらなかったって事なのよね」
「は、何か仰られましたか?」
「あ、独り言ですから気にしないでください」

 タクシーの中からフレイは視線を市街地に向けている。ここから見える景色はヘリオポリスのように何処までも続く壁が続く、コロニーの中独特の景色だ。
 火星の居住区は火星の周辺に浮かんでいる沢山のコロニーが全てだ。テラフォーミングが進められてはいるが、人が住めるようになるのはまだ何十年も先の話だ。今は火星に二酸化炭素の大気を作り、気温を上げて水を掘り出すという作業をしているそうだ。この計画にはアルスター家も出資しているので、一度視察も兼ねて火星に降りてみるのもいいかもしれない。
 しかし、火星はとにかく物価が高い。何しろ全てを地球からの輸送に頼っているので仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、輸送費がとにかく凄いのだ。しかも火星に住むマーシャンたちはプラントのコーディネイター同様に地球への帰属意識が薄く、何かときな臭い物を感じさせてくれている。幾多の戦場を潜り抜けて磨かれてきた勘がフレイにそれを教えてくれていた。


 そして、住所に書かれていたちょっと古ぼけたアパートにフレイはやってきた。桜の木が目印だと書いてあるので一目で分かり、一階の表札には確かにクルーゼの教えてくれたアレックス・ディノという名前があるが、手紙が沢山押し込まれていて暫く帰っている様子がない。仕事が忙しいのか、既にここを引き払っているのか。
 一度職場の方に確認してみようか、と考えていたら、背後から声をかけられた。

「アレックスさんに何か御用ですか?」
「え、あ、はい、そうなんで……すが……?」

 振り返ると食材などが詰まった籠を持っている、自分と同い年くらいの女性と、両手に籠を下げている何処かで見た男がいる。なんと言うか、買い物帰りの恋人か若夫婦とでもいった姿だ。男の方は自分と視線が合った途端、口をあんぐりと開け両手に下げていた籠をドサリと落としてしまっている。そして私は、奥底から込み上げてくる熱い思いを抑えられなくなっているのを自覚していた。

「キ、キ、キ、キ……」
「フ、フレイ、どうしてここに?」
「あら、アレックスさんのお知り合いの方ですか。あ、フレイさんってひょっとして?」

 女性は何かを思い出したような顔をしていたが、そんな事はどうでも良かった。そんなもの気にしている余裕などとっくにフォボス辺りに投げ捨てている。

「キラ、これはどういうことかしら。何時まで待っても帰ってこないと思って探しに来てみれば、わざわざ火星まで来て女作ってるなんてねえ?」
「あ、あの、それはその、き、期限まで後1年無かったっけ?」

 それは、私の既に箍が外れていた蓋を一瞬にして吹き飛ばす一言であった。

「あ、あれ、ひょっとして、もう5年経ってたっけ。まだ4年だとばかり?」
「……キラ、私たちがヘリオポリスを追い出された時、私たちは幾つだったかしら?」
「え、ええと、僕が少しして16歳だったから、君が確か1つ下だったから15歳で……ユニウス7の戦いが翌年の4月頃で、フレイは確か3月生まれだから……」

 どうやら頭の中で誤差が修正されたらしい。だんだんとアレックスと名乗る男の顔色が青ざめていく。自分が死刑執行書類に舌でサインしていた事を自覚できたのだろう。
 2人の言い争いを見ていた女性が流石に不味いと感じたのか、フレイを宥めようと話しかけてくる。

「あ、あの、フレイさんでしたか。私はこのアパートの大家で、アレックスさんとは貴方が思ってるような関係では……あの、聞いてますか?」

 彼女の精一杯の努力は、この状況を打開するのに何の役にも立たなかったようだ。フレイは怒りで頭に血が上り、アレックスは恐怖で完全に竦みあがっている。2人ともすっかり視野狭窄状態で全く聞こえていなかった。

「あ〜ん〜た〜は〜、懲りずに彼方此方に女ばかり……しかも私の年まで間違えてるなんて、もう許せない!」
「ま、待ってくださいフレイさん、誤解です、勘違いです、暴力で解決なんて野蛮だよ。ここは落ち着いて部屋でお茶でも飲みながらゆっくりと話し合うべきだってっ!」
「やかましい、この浮気者ぉぉ!!」
「だ、だから話を聞いてえぇぇぇ!!」

 アレックス・ディノと名乗っていた男が悲痛な叫び声を上げた直後、フレイがキラの動体視力でも捕らえられぬ速さでポケットから取り出したスコップが一閃し、彼は涙の尾を引きながらコロニーの中心軸めがけて飛んでいってしまった。

「キラの、大馬鹿ぁ!!」

  腰まで伸びた赤い髪を揺らしてフレイははにかんだような笑顔でスコップを思いっきり振り抜き、愚かな青年は空高く舞い上がっていく。そんな2人の間を、再会を祝福するように散りだした桜の花びらが舞い降りていた。


 

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