第23章  新しい道

 


 キラとフレイが別れたという噂はたちまち艦内を駆け巡った。カスタフ作戦で受けた傷を癒している最中であり、アークエンジェルはまだ暫く動く事が出来ない。だからこの手の噂は暇な乗組員によって広まるのが早かった。当然ながらその事はマリュ−やナタルの耳にも入ったが、特に気にはしなかった。マリュ−は事情を知っていたし、ナタルは他人の色恋沙汰にかまけている暇はない。
 だが、この噂を無視できない者達もいた。ヘリオポリスの学生達である。この話をカズィから聞かされたサイは驚きのあまり眼鏡をずり落としてしまった。

「フレイが、キラと別れた!?」
「う、うん、なんでもフレイの方から別れ話を持ちこんだみたいだよ」

 カズィの話を聞いたサイはどうしても理解できなかった。何故、どうしてフレイがキラと別れるんだ。どうして・・・・・・

 この噂を聞きつけたのはトールとミリアリアもだった。

「フレイがキラと別れた!?」
「嘘、なんでよ?」

 食堂でそれを聞いたトールとミリアリアは顔を見合わせた。だが、2人ともどこか納得してしまう部分もある。あの2人はあのまま付き合っていたら絶対に壊れてしまっていただろう。別れた方が良かったのだ。
 だが、食堂に入って来たキラを見た時、2人は改めて顔を見合わせてしまった。今日のキラはまるでこの世の終わりが来たかのように暗い雰囲気を漂わせ、眼の下には黒々とした隈を作っていたから。

「キ、キラ?」

 ミリアリアが声をかけると、キラはこちらを見た。

「何、ミリィ?」
「だ、大丈夫なの、酷く疲れてるみたいだけど」
「大丈夫だよ、まだ大丈夫だから」

 キラは弱々しい笑みを浮かべ、食事のトレイを持って1人別のテーブルに腰を降ろす。どうやら相当ショックだったらしい。あの状態で敵と遭遇したりしたら何もできずに落されかねない。

「キラ、大丈夫かしら?」
「失恋に付ける妙薬なしだからなあ。こればっかりは」

 トールも打つ手なしという感じで肩を竦める。トールは内心ではそれがフレイの選択だった訳だと納得しながらも、どうしたものかと考えてしまう。キラとフレイが別れたのは間違ってないと思うけど、あのキラを見てしまうとどことなく自分の判断に自信が持てない。例え間違った関係でも、キラにはフレイが必要だったのではないだろうか。と、今では思えてしまうのだ。

「本当、難しいな」

 男女の関係というものは難しい。これで良かったと思えるのに、キラはより深く傷付いてしまっている。キラも間違った関係だと気付いてた。フレイも自ら別れたのだからそれに気付いていたのだろう。なのにこの結果だ。

 食堂で悩んでいると、今度はフレイが入ってきた。中をきょろきょろと見回し、こちらを見て近づいて来る。自分たちに用があるらしい。

「あ、トール、ここにいたわね」
「俺に、なにか用?」

 どうしても声に不機嫌さが出てしまう。今のキラを見た後ではフレイに好感を持てという方が無理だろう。ミリアリアに至ってはあからさまな敵意を向けているくらいだ。だが、フレイは気にした風もない。

「ザグレブ基地に敵のMSが近付いてるわ。ジン3機にザウートが1機。私も迎撃に出撃するけど、トールにも念の為戦闘配置につけって艦長が」
「迎撃に出るって、キラは?」
「私のデュエルに戦車隊で十分に撃退できる数よ。ストライクは本格的な整備をするから動かしたくないんだって。試作品を無理に使ってるから、あっちこっちガタが来てるらしいし。それに、キース大尉も出てくれるから」

 フレイは簡単に事情を説明してくれた。艦長の命令では逆らう訳にもいかないし、トールはミリアリアに断って席を立った。そのままフレイに付いて食堂を後にする。
 食堂から十分に離れた所でトールはフレイに問い掛けた。

「フレイ、お前、なんでキラと?」
「・・・・・・別れたかって事ね」

 フレイは足を止めずにトールを見た。その表情にトールは内心で驚く。これが、こんなに穏やかで、空虚な笑みを浮かべるフレイは見た事がないからだ。

「私が全部悪かったのよ。キラを傷付けると分かってて近付いたんだもの」
「利用する為にかい?」

 トールの言葉にフレイは足を止めた。表情に驚きが走る。

「なんで、それを?」
「いや、ちょっとした推理だよ。君の様子が変わったのはお父さんが死んだ時からだったからね。サイもその頃から君の様子をおかしいと言い出してたし、多分お父さんの敵討ちが目的なんだろうって思っただけさ」
「・・・・・・・当たりよ。よく考えたわね」

 重苦しい溜息をついて、フレイはトールから視線を逸らした。そして言い難そうに語る。

「でも、もう大丈夫よ。私はもうキラを利用したりしないから。これからは自分で続きをやる事にしたから、もうキラを苦しめる事はないわ。キラには私がいなくてもカガリやみんながいるし、大丈夫よ」
「・・・・・・本当にそう思うのか。おまえはそれで良いのかよ?」
「ええ、思うわよ。私だって、本当はキラと、コーディネイターと一緒になんか居たくなかったんだからっ!」

 叫ぶように言うと、フレイはパイロットルームに駆けて行ってしまった。残されたトールは去り際に見せたフレイの辛そうな顔に後を追う気力を奪われて立ち竦んでいる。そして、少し離れた所から今にも壊れそうな声が聞こえた。

「そんな、フレイ・・・・・・」
「なっ!?」

 驚いて振りかえると、食堂に残ってた筈のキラが居た。身体は小刻みに震え、顔は蒼白になっている。
 トールが驚いて硬直していると、キラは覚束ない足取りで後退りだした。

「僕は・・・・・・嘘でも良いから・・・・・・一緒に居て欲しかったのに・・・・・・」
「キ、キラ・・・・・・・お前」
「僕は・・・・・・僕は・・・・・・」

 キラはトールの前から駆け出してしまった。残されたトールはやりきれない感情を拳に乗せて壁に叩きつけた。

「馬鹿だよ、キラも、フレイも、大馬鹿だ。変な意地張りやがって。変な思い込みなんかしやがって」

 例えそれが間違っていたとしても、何時の間にかそれがかけがえのない絆となってしまう事があるのだという事を、トールは初めて実感した。例えお互いを傷付けあうだけでも、キラにはフレイが、フレイにはキラが必要だったのだ。だが、それがようやく分かった時にはすでに手遅れだったのだ。
 トールは通路の壁に背中を預けて、右の掌で顔を覆いながら空虚な声で笑い出した。何が友人だ。2人を観察して、何かやれると意気込んで、分かった気になって。結局何も分かってなかったじゃないか。この先2人がどうなっていくのか、もう分からない。もう自分には何もできないだろうから。

 

 

 ロッカールームから出てきたフレイは、そこで意外な人に出会った。

「サイ?」
「久しぶりだね、フレイ」

 サイだ。何故彼がここに居るのだろう。どうやら自分に会いに来たらしいが、今更私にどんな用があるというのだろう。

「フレイ、聞いたよ。キラと別れたんだって?」
「あなたもなの。噂が広まるのは速いのね」
「何でだよ、フレイ!?」

 サイはフレイの肩を掴もうとしたが、フレイをそれを躱してサイから離れた。

「私とキラの事よ。あまり詮索しないで欲しいわ」
「だけど、君は!」

 そこまで言って、サイは口をつぐんだ。君は、何なのだろうかとフレイは思ったが、それを聞くより早く放送がかかった。

<アルスター准尉、出撃10分前です。格納庫へ急いでください>

 放送を聞いたフレイはサイの脇を抜けて歩き出した。そんなフレイにサイが声をかける。

「フレイ!」
「ごめんなさい、出撃だから」

 これ以上サイの声を聞きたくなかったフレイは格納庫へと駆けて行った。それを見送ったサイは肩を落とし、床に視線を落す。そして、小さな声で言いたかった事を吐き出した。

「なんでキラから離れたんだ。君は、あいつの事が好きなんだろ」

 

 

 格納庫に来たフレイは、待っていたキースにいきなりどやされた。

「遅いぞ、何をしてた!」
「す、すいません!」

 キースの傍まで来たフレイは慌てて頭を下げた。キースは僅かに表情を緩めると「もう良い」と言って顔を上げさせる。

「今度の敵は大した事はない。ジンが3機にザウートが1機なら、デュエル1機でお釣りが来る程度の相手だ。俺が上空から支援するから、気楽に行け」
「気楽って言っても、これが2度目の実戦なんですけど」

 フレイは苦笑した。気楽にやれなどと言われても無茶な話だからだ。キースは小さく笑いながら自分の失言を認め、素直に謝った。そして、懐から1つのペンダントを取り出してフレイに渡した。

「持ってけ、お守り代わりだ」
「お守り、ですか?」
「ああ、まだ開けるなよ。どうしても怖くなったら開けて中を見るんだな。多分お前を助けてくれる」

 キースの言葉に不思議そうにペンダントを目の前にかざし、首を捻った。一体、この中に何があるのだろうか。気にはなるが、開けるなと言ってるのだから開けない方が良いだろう。

「さてと、それでは行くか。死ぬんじゃないぞ」
「はいっ」

 キースの激励に頷いて、フレイはデュエルに乗りこんだ。訓練も数えればもう幾度このコクピットに収まっただろうか。こうして2度目の実戦へと挑むというのに、ここには不思議な安心感がある。これが愛機を得るという事なのだろうか。

 出撃したフレイはさっそく戦車隊と合流して基地の前方へと進出した。上空にはキースのスカイグラスパーを含む戦闘機隊がいる。そのまま予定地域で待機していると、前方にジンとザウートの構成部隊が現れた。機動力を確保するためか戦車は伴っていないようだ。

「見つけたわ、ジン4、ザウート1。情報より1機多い!」
「アルスター准尉、我々はここから砲撃を加える。やつらが近付いたら頼むぞ!」
「任せてください」

 戦車隊の隊長の言葉に元気よく答えて、フレイはデュエルのシステムをバトルモードに移行した。ビームライフルとシールドを構え、近付いてくるジンを狙う。向こうもこちらに気づいたのか動き回りだした。
 戦車隊の砲撃が開始され、着弾の土煙が視界を遮る。だが、フレイは敵がまだ健在だという事を確信していた。

「殺ったか!?」
「いえ、まだです!」

 フレイは迷うことなくビームライフルを放った。すると、まるでそこに来るのが分かっていたかのように煙の中からジンが飛び出してきた。飛び出してきたジンが右肩を直撃されて大きく仰け反る。そこに更に2発目、3発目を撃ち込んで止めを刺した。

「よし、1機堕とした」
「よくやった准尉!」

 いきなりジン1機を撃破したフレイに戦車隊長が喝采を上げる。だが、まだ敵はいるのだ。キースからの通信がフレイの耳を打つ。

「フレイ、ジン3機が同時に来るぞ。それと、ザウートが狙ってる。動け!」
「わ、分かりました!」

 言われてフレイはデュエルを走らせた。すぐに大口径砲弾が着弾し、照準が付けられてる事を知る。

「俺がザウートを仕留める。お前はジンを殺れ!」
「はい、気をつけてください!」

 フレイはデュエルをジンに向けて走らせた。気付いたジンが重突撃機銃を向けて撃ってくるが、そんなものを気にする必要は無い。フェイズシフト装甲を展開している以上、76mm弾くらいでは掠り傷にもならないのだ。この着弾の衝撃にさえ耐えられれば致命傷にはならない。
 ジンをロックオンするとフレイは迷わずトリガーを引いた。ビームがジンに吸いこまれ、これを一撃で破壊してしまう。そこで足を止めて次の目標を探した。キラならすでに次の相手を決めているのだろうが、フレイにはそこまでは無理だ。
 幸いにして残る2機のジンは戦車隊が押さえ込んでくれている。自分が狙われる事は無かった。

「後2機で終わりね」

 フレイは落ちついて近い方のジンをロックオンし、ビームライフルを放った。相手も動き回ってるせいで1射目は外れたが、構わずに続けて撃ち続ける。4射目でジンの右足を捕らえ、地面に転倒させる事が出来た。残るは1機と考えてそちらを向いたが、最後の1機は全力で逃げだしてしまっていた。

「逃がすもんですか!」

 フレイは追い掛けようとしたが、キースに止められた。

「よせフレイ、敵は撃退した。もう十分だ!」
「キースさん、でも!」
「追撃の必要は無い!」

 叩き付けるように言って、キースは一方的に通信をきった。フレイは渋々ライフルを降ろし、デュエルを転んでいるジンの傍まで歩かせる。コクピットが開いてないからパイロットはまだ中だろう。死んだかと思ったが、駆けつけてきた歩兵がハッチを開けて中に入り、1人のパイロットが引きずり出されてきた。どうやら生きているようだ。
 フレイはデュエルを降りてそのパイロットに歩み寄った。フレイはキラとラクス、スコットしかコーディネイターを知らないから、一度見て見たいという興味があったのだ。回りには武装した兵士がいるし、襲われる事も無いだろう。
 だが、フレイはそこで信じられないものを見た。連合の兵士が捕まえたザフトのパイロットに数人がかりで暴行を加えていたのだ。

「ちょっと、何をしてるのよ!?」
「あ、これは、アルスター准尉ですか」

 軍曹の階級章をつけた兵士が敬礼をする。どうやら向こうはこっちを知っているらしい。だが、今はそれどころではない。

「何をしてるのよ。捕虜の虐待なんて!」
「大丈夫ですよ、コーディネイターはこれくらいで死んだりしません」

 軍曹は嘲るような目でジンのパイロットを見た。そのパイロットは自分と同じくらいの年で、ヘルメットを脱がされた顔には暴行の傷痕が生々しい。それを見たフレイは痛ましさを感じてしまった。だが、その目の前でその少年にまた蹴りが入れられる。その一撃で少年は横向きに転がった。

「けっ、これだけやってもまだ生きてやがる。化け物ってのはこいつらの為の言葉だな」
「ああ、本当に便利な体だよ」

 軽蔑混じりにパイロットを見下ろす兵士達。兵士はコーディネイターの頑丈な体が災いして未だに意識を失っていないらしい。そこにさらに一撃を入れようとする兵士を見て、フレイの中でなにかが切れた。

「止めて、もう止めてっ!」

 フレイの叫びに兵士達の動きが止まり、怪訝そうな顔でフレイを見る。

「何故でありますか。所詮コーディネイター、敵ですよ?」
「捕虜なんでしょ。だったら捕虜らしく扱いなさいよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 軍曹は困った顔でフレイを見ている。内心では何を甘い事を言ってるのかと思っているのだろう。だが、相手は准士官で、昨日は勲章まで貰っているのだ。流石に無視する事もできないと考えたのだろう。渋々手を出すのを止めた。

「もう良いわ、早く任務に戻りなさい」
「はっ、我々は周囲の警戒に戻ります。この男には拘束具を付けてありますから大丈夫とは思いますが、気を付けてください」
「分かってるわよ」

 フレイはもうこれ以上この兵士達と話をしていたくなかった。ナチュラルの醜さを見せつけられている気がするから。そして、彼らの醜さは自分の醜さでもあるのだ。散って行く兵士達を見送った後、フレイはデュエルから備品の医療キットとミネラルウォーターのドリンクを取り出してきてその兵士の手当てをはじめた。兵士は怯えていたが、フレイは構わずに傷を拭いていく。

「暴れるんじゃないわよ。もし変な動きしたら撃つからね」

 傷についた泥を拭きとったあと、消毒をしていく。ジンのパイロットはそんなフレイを不思議そうに見ていた。その視線に気づいたフレイが露骨に眉を顰める。

「何よ?」
「い、いや、なんで手当てなんかしてくれるのかと思って・・・・・・」
「煩いわね。気紛れよ。私だって何が楽しくてコーディネイターの手当てなんかしなくちゃいけないのよ」

 ブツブツと文句を言いながら、それでも手を休める事はない。消毒を終えて無針注射器で鎮痛剤を投与する。これで痛みがだいぶ和らぐ筈だ。

「これで楽になるはずよ。これ以上の手当てはここじゃできないから、軍医にでも看てもらうのね。そろそろ憲兵が来ると思うから」

 フレイは医療キットを纏めると立ち上がった。そのままデュエルに戻ろうとする。だが、その背中に声がかけられた。

「お、おいっ」
「何よ、まだ何か用なの?」

 フレイは振り返った。ジンのパイロットは言い難そうに顔を背けた後、小さな声をだした。

「あ、ありがとう。助けてくれて」
「・・・・ふん、コーディネイターでも礼を言うのね」
「あ、当たり前だろ!」

 向きになって言い返してくるパイロットに、フレイはおかしさを感じて僅かに口元を綻ばせた。コクピットに医療キットを戻し、レーダーで周囲を確認する。どうやら敵はいないようだ。帰ってくる反応は味方のものばかりで、未確認の反応はない。フレイは安堵すると、外に出て空を見上げた。友軍の戦闘機が何機か何機か旋回しているのが見える。この辺りが味方の勢力圏である事をなによりも如実に表している光景だった。 
 そのまま暫く待っていると、憲兵の乗ったジープがやってきてジンのパイロットを連行していった。これから尋問して情報を吐かせるのだそうだ。あとは自分にはどうする事も出来ないので黙って見送るが、去り際にジンのパイロットが自分に頭を下げるのが見えた。

 

 

 

 迎撃戦が終わって、フレイは基地へと帰還してきた。デュエルのオートプログラムで歩かせるだけだから楽な仕事だ。キラが改良してくれたOSは本当に凄い。自分のような素人でもこれだけ戦えるのだから。デュエルの基本性能がジンに対して圧倒的という事もあるだろうが、これだけ上手く動いてくれるのはキラのおかげなのだ。

「・・・・・・結局、私はまだキラに守られてるってことなのかな」

 少なくとも、この機体を使いこなせるようになるまではそうなのだと思う。だったら、少しでも早くこの機体を使いこなせるようにならなくてはならない。それが自分の為でもあるし、キラへの贖罪にもなるだろう。自分が強くなれば、それだけキラの負担が減るのだから。

 


 この後、フレイは更に3度の戦闘を経験し、ヨーロッパに来てからのMS撃墜スコアは合計で12機に達するという活躍をしていた。これは空前絶後の数字だが、迎撃に出たMSがフレイのデュエルだけであった事、敵がジンやザウートばかりであったこと、常に5機前後という少数であったことなどが理由だった。フレイは戦車隊や航空機の支援を受けられたので、終始有利に戦えたのだ。ザフトは最後までこのデュエルの性能を舐めていたのか、それともそれだけの戦力が無かったのか、最後まで纏まった数をぶつけてくる事は無かった。
 そして、その活躍からフレイは連合内で1つの名前を送られる事になった。目を引く鮮やかな赤い髪と美しい容姿から、「真紅の戦乙女」と呼ばれるようになったのだ。ヨーロッパ方面軍の兵士達がフレイの活躍を称える為に付けた異名らしいが、付けられた方の心境は複雑だった。
 アークエンジェルの格納庫で整備兵達が話しているのを聞いたフレイは、その名前におかしさと同時に奇妙な納得をしてしまったのだ。

「真紅の戦乙女、戦士を戦いへと導く女ね。私にはピッタリかも。真紅ってのは赤い血ってことかしら。血に塗れてる私をよく現した名前よね」

 小さな声で笑いながら、フレイは人気の無い展望室へと足を運んだ。そしてベンチに腰掛け、じっと手を見る。別になんともなってはいないが、フレイにはそこに赤い血糊がこびり付いているような気がしてならなかった。その罪の意識に体がカタカタと震え出す。ようやく自覚が出てきた。自分は人を殺しているという自覚が。
 両手で身体を抱き抱えるようにして震えを押さえようとしたが、そんなことで押さえる事はできない。そしてその脳裏に、前に基地で見た敵兵の持っていた写真が、前に助けたパイロットが思い浮かんだ。

「は、ははは、ははは・・・・・・・。何よ、私、何やってるのよ?」

 ついこの間まで戦争なんて遠い世界の出来事だった筈なのに、何時の間にかMSに乗って敵兵を殺している。自分が殺した兵士にだって家族はいたはずだ。父の復讐をする為に敵を殺すのは当然だと思っていたのに、奪われる苦しみを誰よりも知ってる筈の自分が、今は他人の大切な人を奪っている。馬鹿げている。何でその事に今まで思い至らなかったのだろうか。
 いつか、あの写真の少年が兄の敵を討つために武器を手に自分のように戦場に出てくるのかもしれない。

「殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで最後には何が残るのよ。何も残らないじゃない」

 キラは守る為に戦うと言っていた、力さえあれば全てを守れると。あの時に感じたその言葉への疑問にフレイは再びぶつかった。力だけで全てが守れるのだろうか、そうとは思えない。力はただ奪うだけものだから。

 フレイが1人で震えていると、いきなりその肩を誰かに叩かれた。心臓が止まるかのような驚きとともに振りかえると、そこにはキースがいた。

「よう、どうしたんだ、こんな所で?」
「キ、キースさん」
「顔色が悪いな。何かあったのか?」

 キースが心配そうに顔を覗き込んでくる。フレイは少し身を引いた。

「な、なんでもありませんよ」
「大人を甘く見るなよ。そんな顔してれば誰だって気付く」

 苦笑混じりに返されてしまい、フレイは暫く悩んだ後、自分の考えていた事をキースに話した。フレイの話を1通り聞き終えたキースはなるほどと頷き、そっと外の景色に目をやった。懐から安物の煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。

「・・・・・・フレイ、お前は運が良いのかもしれないな」
「え?」

 それはどういう意味なのだろうかと聞き返そうとしたが、何故か言葉にできなかった。キースの顔がまるで一気に老け込んだかのような疲れを見せたからだ。

「・・・・・・お前の辿ってる道は、俺と同じだ。俺も戦争が始まった頃に家族をザフトに殺されてな。それで軍に入った。復讐の為に」
「そうだったんですか」
「軍に入った俺は狂ったように戦場を求めたよ。一人でも多くのコーディネイターを道連れに死んでやるって決めてたからな。まあ、そんな状態が半年も続いたか」

 キースは昔を思い出しながら、ゆっくりと煙を吐き出した。

「だがなあ。復讐心なんてもんを持続させるのは難しいんだ。俺が随分昔に月のメビウス部隊にいた頃、何かと世話をしてくれた上官がいてね。その人が俺を正気に戻しちまってな。そうしたら自分のしている事が怖くなった。殺してきたコーディネイターの返り血が見えるようでな。狂ったように手を洗ったり、悪夢にうなされる日が続いたよ」
「それは・・・・・・」
「もう戦う事はできないと思ったんだが、俺はメビウスに乗りつづけた。復讐心で戦う気にはならなくなってたが、仲間達の為に戦おうって気にはなれたからな。それに、これ以外に食っていく当ても無かったし」

 キースは懐からパスケースみたいな物を取り出すと、それを開いてフレイに見せた。その中には優しそうな中年の男女とキース、そして・・・・・・・。

「この娘は、私?」
「よく似てるだろ。アネットって言うんだ。俺の妹さ」

 寂しげに笑うと、キースはパスケースをしまった。

「白状するとな、俺はお前に妹を重ねてた。お前を見てると妹が帰ってきたような気がしてな」
「それで、いろいろ私のことを気にかけてくれてたんですか」

 マリュ−がキースが自分のことを心配してくれていると言っていた。最初は教え子だからだと思っていたのだが、なるほど、そういう理由があったわけだ。

「俺は半年かかって復讐の空しさを知った。今でも身体に染みついた狂気は完全には消えてないんだ。特にコクピットに収まるとな、自分の命なんかどうでも良いと思える時がある」
「でも、そんな風には見えませんけど?」
「表に出ないだけで、自分では自覚があるんだ。だが、お前は引き返せる。こんなに早く気付けたんだ、だからまだ間に合う」

 キースはフレイの頭にポンと手を乗せた。フレイはその掌から伝わってくる暖かさに不思議と気が落ち着くような気がした。

「いいか、これは経験者の言葉として聞け。復讐だけに身を委ねるな。常に自分を見失うな。自分を支えられる、正気でいさせてくれる何かを見つけろ」
「正気で、いさせてくれる何か、ですか?」
「そうだ、復讐にかぎらず、憎悪や狂気に身を委ねるというのは正気を無くすという事だ。それはただの殺戮マシーンでしかない。自分は人を殺しているという自覚を無くしたら、その身体から血と硝煙の臭いが消える事はないぞ」

 キースの目には何時になく真剣な光が宿っている。この人も自分と同じように復讐の炎に身を焦がし、そしてその痛みに狂ったのだろうか。
 それにしても、マリュ−といいキースといい、この艦にはおせっかいな人が多すぎる。こんな私を親身になって心配してくれるんだから。この人たちが居なければ、あるいは復讐に身を落とし続けられたかもしれないのに。
 フレイは滲んでくる涙を右腕の袖で拭った。

「・・・・・・ずるいですよ、大尉は。自分に出来なかったことを私にさせようだなんて」
「子供を導くのは大人の務めさ。なんたって経験が違うからな。俺もそうだった。リンクス隊長って言ってな。もう50近いのにメビウスを駆る「生涯現役」が口癖な凄い人だよ。昔はフラガ少佐の上司で、メビウスゼロにも乗ってたらしい。筋骨隆々で、渋くてカッコイイ、俺が3番目に尊敬する人さ」

 ニヤリと笑うキース。そして、頭に置いた手を離した。

「何かあったら、何時でも相談しにこい。俺は勿論、艦長もきっと力になってくれる。お前は1人じゃないよ」
「・・・・・・・はい・・・はいっ」
「よし、飯でも食いに行くか。その後でまた訓練だ。そろそろ味方との細かい連携や戦術も覚えないとな。トールの実機訓練もある。お前がサポートしてやれ。戦術に関しては後で最高の教師を紹介してやる」
「はいっ!」

 この時、フレイは心からの感謝を込めてキースに返事をした。復讐という澱んだ底無し沼に沈もうとしていた自分に、マリュ−とキースは手を差し伸べてくれたのだ。そして自分を掴み上げてくれた。もう一度日の当たる場所へと。その事は感謝してもし足りないくらいだ。この恩には全身全霊で報いなければならないだろう。

 だが、この後紹介された戦術教官を見た時、フレイはその時の感動を忘れ去ってキースを呪ったのである。

「バゥアー大尉から話は聞いている。アルスター准尉、これから暫く一緒にがんばるとしようか」
「バ、バジルール中尉・・・・・・」

 実技面のキースと並ぶスパルタ教師、バジルール先生の誕生であった。


後書き
ジム改 さて、壊れた人間関係は、新しい人間関係を生み出していきます
カガリ フレイはキースが支える訳か
ジム改 他にもマリューやナタルもいるな
カガリ で、私には?
ジム改 キサカがいるじゃないか。彼は何でも出来るスーパーマンだぞ
カガリ いや、あれはパス
ジム改 なんで?
カガリ あいつと一緒だと、余計に影が薄くなりそうだから
ジム改 贅沢な奴め
カガリ とりあえず、キラかフレイと絡ませろ。そうすれば出番が増えそうだ
ジム改 カガリ、そんなに出番出番言ってると、まるで脇役みたいだぞ
カガリ ・・・・・・・・・・・・
ジム改 あれ、どうした?
カガリ お前がそうしたんだろうがあ!

ただいま、カガリさんの拳が光って唸っております。少々お待ちください

カガリ はあ、はあ、まあこれくらいで勘弁してやる
ジム改 そうかい(結構平気)
カガリ なんであれだけ殴ったのに平然としてられるんだよ!?
ジム改 甘いな、一体今までどれだけボコボコにされたと思っているのだ?
カガリ くそっ、カノンの美坂香里とかか。あっちは武闘派が多いからな
ジム改 他にも色々とねえ(しみじみ)
カガリ そうだよなあ。栞もかなり危なかったし、何よりあのジャムおばさんが・・・・・・
ジム改 よ、よせカガリ、それ以上言うな!
カガリ へ、何でだよ?

その時、カガリの肩を誰かが叩いた。不思議そうに振り返ったカガリの前にはあのジャムが

??? はい、どうぞ♪
カガリ ギニャアアアアアアアアア!!
ジム改 馬鹿な奴、キジも鳴かずば撃たれまいに
??? ジム改さん、私の出番は何時ごろなんでしょう?
ジム改 それはまだ極秘事項だから喋っちゃ駄目!!

 

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