第25章  一歩を踏み出して

 


 アークエンジェルはザグレブ基地で傷を癒し、十分な補給を受けてついにヨーロッパを離れた。このまま真っ直ぐにシベリアかイングランドを突破してアラスカへ向うという手もあるのだが、流石に敵の勢力を考えると無謀なので諦め、代りに南東へと向かってインドのマドラス基地を目指すことにした。ここには大西洋連邦の基地があるのだ。そこで補給を受けた後、オーブ近海を抜けて一気に北上、アラスカへ逃げ込もうという計画だ。
 空の旅を続けるアークエンジェル。その中での生活も新しい段階へと入っていた。キラとフレイが別れ、フレイはキースやマリュ−、ナタルといった主要スタッフとの関係を深めている。仕事上の付き合いだというのは分かるのだが、頼る人を無くして孤独に追いこまれてしまったキラと比較すると、その立ち回りの良さに狡猾な女という印象が生まれるのは避けられなかった。
 無論、事情を知る、もしくは察している幾人かの人物はこの状況に心を痛めているが、ある者はあえてなにも語らず、ある者はフレイに何も言わなくて良いと釘を刺されていた。
 この為に、フレイとヘリオポリスの仲間達との距離はますます離れてしまった。特にミリィとの関係は断絶と言ってもいい程だ。仕事ではお互いに話はするが、双方とも明らかに仕事だから、以上のものではないという態度が見え見えで、周囲にかなり悪い雰囲気を撒き散らしている。
 キラはと言えば、こちらはフレイに対する怒りを内心に押さえこみながら暗い空気を纏っており、人を寄せ付けなくなっている。整備兵たちでさえキラに近付くのを避けるようになり、キラと口を聞くのはマードックかフラガ、キース、カガリくらいになっている。今日も格納庫でカガリとキラが話していた。

「なあ、本当にお前、最近暗すぎるぞ」
「うん、そうかもね」

 キラは生返事を返しながらストライクの調整を進めている。カガリは溜息をつくと更にキラに話し掛けた。

「お前、フレイと別れて何日たつと思ってるんだよ。いいかげんに立ち直れよ」
「・・・・・・そう簡単には割り切れないよっ」

 キラは寂しげな笑顔を浮かべた。寄る辺を無くした、とでも言うのか、その顔にはまるで覇気というものが感じられない。何時ものカガリなら怒鳴りつけてでもシャンとさせるのだが、今のキラにはそれが出来ない。事が失恋というカガリのもっとも苦手とする分野なだけに、どう扱って良いか分からないのだ。

「あいつの方から別れたんだろ。なのに何で怒らないんだよ。落ちこんでばかりでさ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「なあ、キラッ」
「・・・・・・これでも、かなり怒ってるんだけどね」

 静かで、何かを押し殺したような声で返事をする。それだけだった。
 もくもくと仕事に打ちこむキラにこれ以上話し掛けても無駄だと悟ったカガリは仕方なくストライクから離れた。アレでは付ける薬も無いだろうから。
 だがしかし、アレでは鬱陶しくて堪らない。キラを振って平気な顔をしているフレイは許せない。だが、あいつを殴ればキラは怒るだろう。それが分かるだけに余計に歯痒いのだ。

「本当に馬鹿な奴だ。あんな自分勝手な奴に振られて落ちこむなんて」

 それだけ言い残すと、カガリは格納庫を後にした。ああいう状態の奴と付き合ってるとこっちまで気が滅入るからだ。
 だが、格納庫から出ようとした時、そこで1番会いたくない相手と顔を合わせてしまった。なにやら本を読みながらこちらに歩いてくるフレイを見つけたのだ。フレイを見た途端にカガリの中でなにかが弾けてしまう。
 カガリはフレイに近付くと声をかけた。

「おい!」
「えっ?」

 驚いて本から顔を上げると、そこにはカガリがいた。なにやら凄く怒っているように見える。

「あ、カガリ、なにか用?」
「ああ、用がなければ誰がお前なんかに話し掛けるかよ」
「な、なによ、いきなり?」
「いいからちょっとこっちに来い、聞きたい事がある!」

 カガリはフレイの腕を掴むと人の入ってこないパイロットルームに連れ込んだ。そこでカガリは訳の分からないという顔をしているフレイの胸倉を掴みあげると、そのまま壁に押しつけた。

「お前、なんでキラを振ったんだよ。あいつの何が不満なんだ!?」
「・・・・・・・・・・・それは」

 フレイは顔を逸らした。流石に誰彼構わず言いふらせるような内容でもない。だが、その態度がカガリには気に食わなかったのだろう。胸倉を締め上げる手に力が込められた。

「答えろよ!」
「・・・・・・私には、キラの傍にいる資格が無いからよ」
「なんだよ資格って。人を好きになるのに、そんなもんが必要なのかよ!」
「いるのよ。そして、私にはそれが無いの」

 一切の迷いを感じさせない返答に、カガリは次の言葉に詰まってしまった。何を言えばいいのか分からない。ただ、フレイが本心から言っていることだけは分かった。カガリは理屈ではなく、感情で理解するタイプだから。
 だけど、納得できないものは納得できない。カガリは先程よりは勢いを弱めてもう一度問いかけた。

「なあ、お前、キラが嫌いになったわけじゃないのか?」
「違うわ。キラが嫌いな訳じゃない」
「だったら!」

 勢い込んだカガリだったが、フレイの目に思わず息を飲んでしまった。その目は、深い悲しみと、愛しさと、諦めを同時に映していたから。その危うい美しさにカガリは掴み上げていた手を離してしまう。
 フレイはカガリが手を離した隙にカガリの前から離れた。そして、服を整えると部屋から出ていこうとする。その背中にカガリがもう一度声をかけた。

「おい、フレイ!」
「・・・・・・カガリ、キラをお願い。あの子、凄く寂しがり屋だから、傍にいてあげて」

 それだけ言い残して、フレイは部屋を出ていった。残されたカガリはフレイの言った言葉を反芻し、首を捻る。

「キラが寂しがりやって、あいつ、何時も1人で何でもこなしてるじゃないか。そんな訳無いだろ」

 だが、さっきのフレイが嘘を言ったとも思えない。あんな目で頼み込んできたのだから。だけど、ならどうして自分が付いていてやらないのだ。嫌いじゃないなら自分が傍にいいてやればいいのに。

「資格が無い、か。なんなんだよ、それは」

 自分には分からない。嫌いじゃないのになんで別れなくちゃいけない。別れた後もキラの事を心配してるなら、自分で何とかすれば良いのに、なんで私に頼んだりする。あの2人の間に何があったのだろうか。キラを問い詰めても答えるとは思えない。となると、他に知ってそうな奴を当たるしかないのだが、フレイと関係が深い奴というと・・・・・・・

「艦長は不味いよな。副長も苦手だ。となるとキースだが、あいつに借りを作るのもなあ。サイなら知ってるかも」

 まずは安全牌からいこうと思ったカガリはサイを求めてサイ達の部屋を目指した。幸いにサイは自室のベッドに腰掛けて本を読んでいた。

「おい、入ってもいいか?」
「ん、なんだ、カガリか」
「私で悪かったな」

 カガリは不満そうに口を尖らせながら部屋に入ってきた。どうやらサイ以外に人はいないらしい。カガリはサイと向かい合うように椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

「なあ、お前は、なんでキラとフレイが別れたのか、知らないか?」
「・・・・・・なんでそんな事を聞きたがる?」

 本から顔を上げたサイは怪訝そうに問いかけた。カガリは少し困った顔でさっきのフレイとの話を聞かせる。それを聞いたサイはやっぱりかと呟き、重苦しい溜息を吐いた。カガリはそれはどういう意味かと問い質すと、サイは気乗りしない様子で語り出した。

「フレイは、キラの事が好きなんだよ」
「おかしいじゃないか。好きならどうして別れたんだ?」
「俺にも分からない。ただ、最初にフレイがキラに近付いたのは別の理由だったと思う。最初は好きでもなんでも無かったみたいだ。それが何時の間にか本当に好きになってたんだろうな」
「じゃあ、その好きじゃないのに近付いたって辺りに理由があるのかな?」

 カガリは神妙な顔で考え出した。だが、サイは気乗りしないらしく、また本に視線を落とす。それを見てカガリは気分を害したようで、いささか刺のある声で文句を言った。

「何だよ、お前も一緒に考えろよ」
「興味無いよ」
「じゃあお前は2人があのままでいいってのかよ!?」

 声を荒げるカガリに、サイは勢い良く本を閉じるとキッとカガリを睨みつけた。

「お前に何が分かる。フレイは、元々は俺の婚約者だったんだぞ!」
「・・・・・・・え?」
「それがいきなりフレイが離れていって、納得出来ない感情をやっと押さえられるようになったんだ。頼むから俺を巻き込まないでくれ!」

 サイの激情混じりの言葉に、カガリはそれまでの勢いが嘘のように肩を落とし、しおらしくなった。

「ご免、そんな事知らなくて」
「・・・・・・いや、俺の方こそ怒鳴ったりして悪かった」

 サイもまた勢いを無くし、本を置いてカガリを見た。カガリも困り果てた顔をしている。

「フレイが何を考えてるのか、俺にも分からない。知ってるとしたらキラか、キースさんか艦長だろう。フレイは2人にいろいろ相談してるみたいだし」
「だけど、キラは論外として、あの2人が教えてくれるとは思えないぞ。特にキースは締める所はちゃんとしてるしな」
「・・・・・・じゃあ、どうするんだ?」

 サイの問い掛けにカガリは悩みこんでしまった。結局、教えてくれそうな相手がいないのだ。サイも当てが無く、2人は延々と考え続ける事になる。そして、サイは1つの決意を固めていた。自分にも決着を付ける時が来たのだと。

 

 


 その頃、トールはキースに2人の事を相談していた。自分はどう関わって行けば良いのか、それがもう分からなくなってしまったから。

「キースさん、俺は、どうしたら良いんでしょう?」
「どうしたらって言われてもな。そもそも、トールは2人をどう思ってるんだ?」

 これが1番の問題なのだ。2人をどう思っているかによって、これからどう関わって行けば良いのかが変わってくる。トールはキースの問い掛けに、言葉に詰まったが、渋々という感じで口を開いた。

「キラと別れたフレイの判断は、間違って無かったとは思います。父さんを殺されたフレイの気持ちは分かりますし、同情しますが、それでキラを恨むのは筋違いですから。フレイがそれに気付いて、キラに謝罪したのは良かったと思ってます」
「ふむ、それで、その後は?」
「・・・・・・今更ですが、キラにはフレイが必要だったんじゃないかと思います。別れるのは仕方ないにしても、もう少しやり方があったんじゃないかと・・・・・・・今みたいな断絶じゃなくて、友達に戻るとか」

 でも、ならばどうすれば良かったのかと問われたら、トールにも答える事は出来ない。別れなければ良かったとは言えない。あのまま一緒に居るのが2人にとって良い事だとは思えない。
 トールの答えを聞いたキースは、ポンとトールの肩を叩いた。

「そこまで考えてるなら上出来だ。正直、お前達は全員キラとフレイを見限ったかと心配してたんだがな」
「ミリィは完全にフレイを見限ってますね。サイもフレイを嫌いになってる様に見えます。カズィは、我関せずですね」
「・・・・・・賢い選択だな。カズィは」

 キースはやれやれと溜息をつき、トールにフレイの決意と、彼女を取り巻く環境を教えた。フレイの決意と、自分たちが彼女を支えている事を。それを聞かされたトールは流石に驚いていた。

「あのバジルール中尉までフレイを?」
「まあ、お前達が考えているより、フレイの味方は多いって事さ。何しろ艦長はあの性格だし、俺はフレイを気に入ってる。バジルール中尉にフレイを任せたの俺だよ。おかげで随分鍛えられてるみたいだがね。その内CICに座るフレイが見られるかもよ」
「ま、まさか、そんな事は無いでしょう?」
「分からんぞお。バジルール中尉は『やるからには、私の全てを彼女に叩き込みます!』と息巻いてたからなあ。気が付いたら大化けしてるかもしれんぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 トールは、フレイが決して馬鹿でも、物覚えが悪い訳でもない事を思いだし、ゾッと身震いした。もし、フレイがCICに座って指示を出すようになったら、アークエンジェルの命運は・・・・・・・

「ま、まあ、その事は置いとくとして、俺に何が出来るのかです」
「そうだな、とりあえずキラとフレイ、2人に今までと変わらず接してやってくれ。フレイはとりあえず目前の課題をこなすのに手一杯で、他の事に気を回す余裕は少なそうだから、キラの方を優先的に」
「は、はい。でも、キラは俺達を避けてるみたいなんですけど」

 困った顔をするトールに、キースは困った顔になった。

「そこまでは俺にもどうしようもないしなあ。頑張ってくれとしか言えん。一応、俺も頑張るけどな」

 なんだか肝心な所で頼りないキースに、トールはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 フレイも部屋に戻ってきた。部屋に残していたトリィが飛んできて肩に止まる。何時でもキラの部屋に帰れるように扉を開けておいた時期もあったのだが、一向に戻ろうとしないのでもう放っておいている。どういう訳かは分からないが、自分を主人だと思い込んでしまっているらしい。でも、帰ってきて出迎えてくれる声があるというのは嬉しいものだ。

「トリィっ」
「ただいま、トリィ」

 フレイはトリィを肩に乗せたまま抱えていた資料をサイドテーブルに置いた。ナタルのスパルタぶりはキースを凌ぐほどで、毎日が地獄のような日々なのだ。

「ふう、これじゃ体が持たないわ」

 椅子に腰掛けて少しだけグッタリした後、シャワーを浴びてベッドに入った。明日もまた地獄のような訓練と勉強があるのだ。少しでも体力を回復させないといけない。シーツを被って寝ようとする。
 だが、目を閉じても脳裏に浮かぶ姿に苦しめられる。何故、もう彼の所には戻れないのに、諦めると決めたのに、未練がましく思い出してしまう。
 それでも暫くするとうとうとしてくる。だが、そうなると決まって悪夢にうなされて目が覚めてしまう。あのデュエルとの戦いが、今でも恐ろしい。あの時は本当に殺されると思ったのだ。
 キラと別れてから、もうずっとこんな日々が続いている。でも耐えなくてはならない。これは、自分には丁度いい責め苦でもあるから。キラの分まで恐怖に震えれば良い。

「・・・・・・キラ、今頃どうしてるかなあ」

 私がいなくなって清々してるだろうか。それとも寂しくて1人で泣いてるのだろうか。何となく後者という気がする。キラは本当に泣き虫だったから。でも、きっと大丈夫。キラにはみんなも、カガリもいる。すぐに私の事なんか忘れて元気になれる。

 どれほど時が立っただろうか、扉が開いたような気がした。そちらを見ると、そこにキラが立っている。

「キラっ!?」

 驚いてベッド上に起き上がる。だが、そこに彼の姿は無かった。慌てて辺りを見回してもキラの姿は無い。そもそも扉のロックはちゃんとかかっている。

「キラ・・・・・・・・・・」

 私は馬鹿だ。あんなに酷い事をしたのに、まだ彼を吹っ切れないでいる。いるはずの無いあの人が見えるなんて。忘れなくちゃいけないのに、目を閉じればあの人の顔ばかりが浮かんでくる。もうあの時は取り戻せないのに。

「・・・・・・私は・・・・・・私は・・・・・・」

 シーツを体に巻いてきつく握り締める。寒かった。室温は適温に保たれている筈なのに、酷く寒かった。
 上半身を起した私に気付いたのか、トリィが飛んできて私の前に止まった。軽く首を傾げる姿は見ていて可愛いが、今はどうしても彼の姿を思い出させてしまう。その頬を熱いものがつたり落ちると、もう止める事はできなかった。

「トリィ、私、私・・・・・・どうしたらいいの・・・・・・・」

 涙を流しながらトリィに問い掛けるフレイ。答えなど期待してはいない。ただ、話す相手が欲しかったのだ。壊れそうな心を繋ぎとめるために。


 それからも2人の間に漂う、何処となく歪な空気は少しづつ艦内を侵食していた。何しろ主力とも言えるストライクとデュエルのパイロットなのだ。2人を完全に無視する事も、切り離す事も出来ない。そのくせ2人とも仕事中は普通に会話しているのだ。仕事の話し以外は一切しないが。仕事以外ではフレイはキラを避け、キラはフレイを見ると苦々しい顔になる。キラはフレイに怒っているのだというのが周囲の見解だった。
 ただ、何処となくおかしいのだ。その空気がうつったのか、CICのミリアリアまでがギスギスした空気を撒き散らすようになり、近くに座るサイやトノムラ、チャンドラに冷や汗をかかせている。
 今も訓練中だというのに、まるで殺気寸前のようなヤバイ空気を漂わせているミリアリアの様子をチラリと見たトノムラが背後のサイに小声で問いかけた。

「お、おい、一体何があったんだよ。何時もこの調子じゃ堪らんぜ」
「俺にも分からないんですよ。艦長は何か知ってるみたいですけど、聞いてみますか?」
「冗談はよせって」

 小声で語り合う2人。ミリアリアに気付かれないよう自分の仕事をしながらやっているのだから大したものだ。この空気にはマリュ−もナタルの気付いているはずなのだが、今の所2人はなにも言っていない。キースもなにも言わないから情報は完全にシャットアウトされてしまっており、さまざまな憶測が艦内を満たしている。その多くがフレイを非難する類の物だが、とうのフレイがその噂を否定していないのでより事態は悪い方向へと進んでいるのだ。 
 デュエルを降りてきたフレイはキラの声を聞き、そちらに顔を向けた。MSベッドの方からキラがやってきたのだ。カガリと楽しそうに話している。楽しそうなキラを見たのは本当に久しぶりだ。自分といる時には本心から笑ってはくれなかったから。
 あの笑顔は今はカガリのものだ。自分はキラを手放してしまったのだから。もう自分はキラの隣にいることはできないけど、こうしてキラの笑顔を見ることはできる。それでいいのだとフレイは自分に言い聞かせていた。
 だが、よく見ればキラの笑顔にやはり翳りがある事に気付けただろう。無理に笑っていると。それに気付けないまま、フレイはまたキラの前から去っていってしまう。
 訓練を終えて戻ってきたフレイはMSから降り、整備兵に必要な事を話し合うと誰とも顔を合わせることもなくパイロットルームへと消えて行く。何時も通りの事なのだが、それまでが何時もキラと一緒だっただけに違和感が離れない。

「フラガ少佐、何があったんですかねえ。いろいろと悪い噂は飛び交ってますが」

 マードックがスカイグラスパーの整備をしているフラガに問い掛けたが、フラガは肩を竦めるだけだった。

「俺にも良く分からないんだよ。話し掛ければちゃんと返事もするし、笑いもするからな。ただキラと会話をしないだけでさ。別れたばかりだっていうならしょうが無いんじゃないか?」
「まあ、そいつは分かるんですがね」

 マードックは頭を掻きながらぼやいた。

「付き合うこっちは堪りませんや。縒りを戻せとは言いませんが、せめてもう少し仲直りしてくれないっすかねえ」
「まあなあ。俺もやり辛いってのはあるんだけどな」

 フラガも似たような感想を抱いていたようで、苦い表情をしている。まったく、子供達に何があったのやら。
 この後はキラは休憩に入るが、フレイはそのままナタルの元で勉強会の筈だ。ナタルが自室を使用して行っているこの勉強会は流石のフラガも介入できない聖域であり、ナタルがどういう教育をしているのかは未知である。また、フレイがどういう生徒なのかも分からない。
 この疑問に挑戦した勇者が幾人かいたのだが、全員志半ばで倒れている。その中で数少ない生存者であるK氏は後にこう語っている。

「見たんだ。あの副長が伊達眼鏡をかけてハリセンを持っているのを・・・・・・グハァ!」

 ただ、K氏は日頃の言動と行動に少々問題があるためと、この時はもはや息絶え絶えだったという事もあり、この話の信憑性は疑問符をつけられている。また、K氏は回復後、何故かこの時の事を一切語ろうとはしなかったため、真相は完全に闇の中となってしまっていた。


 だが、誰が想像し得たであろうか。このK氏の語った内容が、紛れもない真実であったなどとは。
 ナタルは何故か自室に持ち込んでいる小型スクリーン上に戦況図を示し、生徒に問い掛けた。

「アルスター准尉、このように3方を囲まれた場合、君ならどうする?」
「え、ええと、この場合だと、まず正面のジン部隊を私とキラで叩いて、そのまま左右どちらかの各個撃破に・・・・・・」
「馬鹿者!」

 スパァンと小気味良い音を立ててハリセンがフレイの頭を打った。音は大きいが大して痛くないこのアイテムは女性を叱るには丁度良いのだ。フレイは両手で叩かれた頭を押さえて痛そうに顔を顰め、ナタルは伊達黒縁眼鏡をかけ直す。

「アルスター、お前はナポレオンにでもなったつもりか!?」
「で、でも、ストライクとデュエルならジン3機くらい一瞬で片付けられますよ?」
「その間にアークエンジェルが教われたらどうするつもりだ。包囲された時は一度下がって十字砲火を避ける事を考えろ」
「は、はぁい」

 しゅんとなってしまうフレイ。ナタルはそんなフレイを見て僅かに口元を綻ばせた。自分と較べれば10も年下の少女だが、こうしてマンツーマンで指導しているとだんだんと情が移ってくるものなのか、最近はこの少女の反応を見るのが楽しくなってきている。この娘は本当に感情がすぐに表に出る。感情を制御する術を学んでいないのか、とにかく喜怒哀楽が表に出るのだ。
 なおも暫く戦術パターンの勉強が続けられた。時計の針がどんどん回っていく。時折行うコンピューターでの戦術シミュレーションではナタル自らが対戦相手となってフレイを指導しているが、思いのほかフレイの成長は早い。覚えが良いらしく、応用力もある。何よりタイミングを見分ける戦術眼は確かなものがあった。ナタルからして見ればまだまだなのだが、自分の動くタイミングを正確に見切られた時などは冷やりとさせられる場面もある。
 それをどれだけ続けたか、フレイに集中力が落ち始めたのを見て取ったナタルは肩の力を抜いた。

「もう良い、休憩にしようか」
「え、でも・・・・」
「ただがむしゃらにやれば良いというものでもない。休憩をいれたほうが総合的な成果は上がるものだ」

 そう言うとナタルは自分で紅茶を淹れ、お菓子を沿えて持ってきた。ナタルがお菓子好きだというのは艦内のクルーではフレイとキースしか知らないナタルの隠された一面だ。最初は自分も驚いたものだが、ナタルの部屋には実に沢山のお菓子がある。聞いたところによると、ブカレストの街でかなり買い込んでいたらしい。なんでもキースを荷物持ちに使ったそうだ。前にキースが疲れた顔で教えてくれた。
 ナタルはフレイと向かい合うように椅子に腰掛けると、紅茶とお菓子をフレイの前に置いた。

「しかし、君もいろいろと大変なようだな」
「え?」

 レモンを数滴垂らしていたフレイは、ナタルの問い掛けによく分からないという顔をした。ナタルは紅茶を一口啜るとソーサーにカップを戻す。

「艦内に流れている噂、君も聞いているのだろう。まあいろいろあるようだが、どれも君を悪く言うものばかりだ」
「・・・・・・仕方ありませんよ。悪いのは私なんですから」
「ふむ、私もキース大尉に聞いた時は驚かされたがな」

 ナタルの性格上、このような噂を聞けば黙っていられる訳も無く、フレイを捕まえて問い詰めたのだ。結局フレイは語ろうとはしなかったのだが、後にフレイの変わりにキースが教えてくれたのだ。

「あの時、志願したのも裏にはそういう事情があったのだと知った時は、流石に呆れたよ」
「すいません」
「しかし、あの時言った言葉は嘘ではないのだろう。本当の安寧を得たいからというのは。だから君はデュエルに乗っている」

 ナタルの言葉にフレイは頷いた。いろいろと嘘を塗り固めた自分だが、戦争を終わらせたいという気持ちだけは本物だ。だからキースやフラガのシゴキにも、ナタルの講義にも必死についていっているのだ。幾度かの実戦を経験する事でその実力をメキメキと伸ばしている。流石にザフトのGと戦える程ではないのだが、それでも最近は戦力の1つとして考えられるようになっている。
 フレイの成長はナタルにとってもありがたい事なので、自分もキースの求めに応じてフレイを教育している。物覚えのいい生徒は教えていて面白く、この教師生活も何となく気に入ってしまっている。別にハリセンの感触に味をしめてしまったなどという事はない。断じてない。
 少し強調気味に見えない誰かに自己主張しているナタルを不思議そうに見ていたフレイだったが、ふと思いついた質問に悪戯心を刺激された。僅かに口元が邪なカーブを描く。

「そういえばバジルール中尉、1つ質問があるんですが?」
「あ、ああ、何だ、何か分からないことでもあったか?」

 先の講義の質問だろうと思ったナタルは紅茶を啜りながら先を促した。

「中尉って、25歳ですよね?」
「・・・・・・なんだ、いきなり。まあそうだが」
「キースさんは22歳ですよね?」
「ああ、その筈だが」

 何でそんな事を聞くのか分からないでいると、フレイがとんでもない事を言い出した。

「バジルール中尉って、年下好みだったんですね」

 ナタルは口にしていた紅茶を吹いてしまった。鼻に入ったのか激しく咽ている。

「な、な、なにを・・・・・・」
「うふふ、だって、キースさんに聞きましたよ。2人で街にショッピングに行ったんでしょう」
「あ、あれは、買い置きの菓子が無くなったから買い足しに行っただけで!」
「そういう理由で連れ出したんですよね〜」
「ア、 アルスター、余り大人をからかうんじゃない」

 ナタルは露骨に焦りを浮かべながらフレイを窘めたが、ことこういう問題では堅物のナタルにはフレイは強敵過ぎる。フレイはクスクス笑いをしながらナタルの胸元を見て、またからかう口調で話し掛けた。

「でも、そのペンダントってキースさんの贈り物ですよね。ずっと身に付けてて、キースさん喜んでましたよ」
「な、な、な、な、な」

 顔を真っ赤にして言葉にならない言葉を漏らし続けるナタル。その分かり安すぎる態度にフレイは笑いを堪えられなかった。最初の頃は厳しいだけの怖い人だと思ってたのに、こうして付き合ってみると実はとても可愛い人だということが分かる。キースが惚れるのも納得出来るのだ。


 フレイはキラと別れて、あるいは正解だったのかもしれない。キラと別れて自分のやるべき事を見据えた彼女は、新たにマリュ−、ナタル、キースという、キラよりも遥かに包容力と強さを兼ね備えた人たちと縁を結ぶ事が出来たのだから。3人ともフレイの相談役として、良き人生の先輩として、技能を教えてくれる教官として得難い能力を持っているし、人間的にも優れている。
 この3人と居ると、自分がどれだけ幼稚で、何も知らない子供だったかを自覚させられてしまう。恋人を殺されながらも戦い続けたマリュ−。孤児であり、養ってくれた家族さえも皆殺しにされるという過去を持つキース。厳格な軍人の家系に生まれ、生まれた時には将来を軍人と決められていたナタル。誰もが自分などより遥かに辛い人生を歩んでいる。この人達から見れば自分の苦悩など大したものとは映らないのかもしれない。
 この3人といるフレイは、何時の間にか自分が格下だという事を受け入れられるようになっていた。この認識が、フレイを頑なに覆っていた殻の1つを破る事になる。そして、それがフレイの急成長の始まりであった。

 志願したあの日以来、フレイは普通に笑う事ができなかった。そのままここまで来て、結局キラとの間違った関係には自ら終止符を打ってしまった。だが、おかげで今は笑う事が出来るようになった。父を失った悲しみもマリュ−やキースに慰められたおかげか、今ではだいぶ薄れている。
 だが、その一方でキラと距離を取ってしまったために、フレイはキラの状況に気付いていなかった。自分が離れれば解放されると思っていたのに、キラが自分が離れた為に逆に精神的に追い詰められ、今にも壊れそうな自分を抱えて苦しんでいる事に気付いていなかった。キラが弱く、脆い存在だと気付いているのはフレイだけなのに、そのフレイが離れてしまったために誰もキラの変化に気付いていないのだ。
 フレイ以外の誰もキラの弱さを知らない。この事が事態を少しづつ、だが致命的なまでに深刻化していったのである。

 



後書き
ジム改 ふう、暫くはフレイに頑張ってもらわねば
カガリ 私が珍しくたくさん喋っている
ジム改 そんなに感動せんでも
カガリ でも、なんで相談相手がサイなんだ? フレイにまでお願いされてるし
ジム改 うむ、本編ではお前らは全く喋ってないからな。SSでくらい喋らせたかったのだ
カガリ つまり、本編での不満を解消したかったと?
ジム改 うむ、本編だと喋るキャラが固定していてつまらなかったからな
カガリ で、私とサイ、フレイ、バジルール中尉か
ジム改 まあそういう事だ
カガリ でも悔しい、早く私メインの話を書け!
ジム改 まあ待て、もう少しかかるのだ
カガリ 暫くはキラとフレイ、アスランで進むのかよ
ジム改 影で陰謀をめぐらせてるラクスもいるけどねw
カガリ どいつもこいつも。この話には普通に良い人はいないのか?
ジム改 ううむ、トールやエルフィは普通に良い人だな
カガリ 言い換えると、2人しかいないのかよ?
ジム改 あんな良い奴、滅多にいないよ。キースやマリューだって良い人だが、影があるし
カガリ 私は良い奴じゃないのか?
ジム改 お前はまだお馬鹿過ぎるから
カガリ こら待て、誰が馬鹿だ?
ジム改 いずれ分かる。実は作中、お前さんはとんでもない間違いを犯してるのだよ
カガリ 間違い?
ジム改 そう、間違い。まあ、そのうち分かるさ
カガリ 何だろう?
ジム改 では次回、「戦う意味とは」 久々の戦闘中心で、フレイの強さが初めて証明されます
カガリ なんで私じゃなくフレイがMSに乗るんだよう(イジイジ)
ジム改 やかましい。キャラの立ち位置が被って影が薄くなるより良いだろうが
カガリ そうだけどさあ、せめて私もNTに
ジム改 お前は種割れるじゃん
カガリ 本当に割れるのか? お前、私の種割れ見て「意味ねえ」とか言ってなかったか?
ジム改 ・・・・・・・・・・・・・・・・・(ダッシュで逃げる)
カガリ こら待て、お前まさか!?(全力で追いかける


 

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