第30章  優しさと狂気

 


 友軍の基地に帰って来たアスランはイージスから降りて仲間たちの出迎えを受けた。ミゲルが、ニコルが、ジャックが、エルフィが滑走路にまで迎えに出てくれている。何故かフィリスの姿までがあった。

「やあ、心配かけてすまない」
「すまないじゃないだろ」

 ミゲルが少し怒った顔で文句を言う。余程心配してくれてたのだろう。アスランは素直に頭を下げた。

「悪い、ミゲル」
「まったく、これからは迷子になんかなるなよ」

 ミゲルはやれやれといった顔でアスランを窘めた。アスランがそれに答えようとしたが、それよりも早くエルフィがアスランに抱き着いてきた。そのままパイロットスーツにしがみつきながら泣き出している。

「馬鹿、隊長の馬鹿、みんな心配してたんですから―――っ!」
「わ、悪かった。だから泣き止んでくれ」

 焦りまくるアスラン。それを見てミゲルとジャックとフィリスの目が光ったような気がした。ミゲルとジャックがわざとらしいくらいに大袈裟に肩を竦めて見せ、フィリスが腕を組む。

「ああ、やってられねえよな。こっちは必死に探しまわってたのに、隊長さんは女の子といちゃいちゃですか」
「ああ、なんだか気温が上がったような気がしますねえ」
「ミ、ミゲル。ジャック!?」
「これは問題ですね、次のラクスへの手紙に書いておかないと」
「フィ、フィリスまで!?」

 胸で泣く女の子を懸命にあやしながら、アスランはとんでもない事を言い出した3人に悲鳴のような声を上げる。それを見てミゲルとフィリスは笑い出した。どうやら3人でアスランをからかっていたらしい。
 ニコルが困った顔でようやく仲裁に入った。

「ほらほら3人とも、そんなにアスランを苛めちゃいけませんよ」
「ニコル、お前だけは俺の味方なんだな」

 もう泣き出さんばかりに追い詰められていたアスランは、ニコルの助け舟に心底感謝した。だが、その船は泥舟であったことをすぐに悟る事になる。

「いえ、このまま放っておくと何時までもからかってそうでしたから。いいかげん周囲の視線が痛いんです」
「・・・・・・それが理由か?」
「そうですよ」

 他に何があるんですと言いたげなニコルの答えに、アスランは誰も自分の苦悩など理解してくれないのだと悟った。
 悲しそうにしているアスランをくすくすと笑いながら、ニコルはもっと重要な話を切り出した。

「それではアスラン、あなたは休んでてください。僕達はこれから出撃ですから」
「出撃って?」
「足付きを発見しました。すでにイザーク達は出ています。僕達もすぐに出ますよ」
「それじゃあ俺も!」
「駄目ですよ、アスランのイージスはこれから点検がありますし、アスランも疲れてるでしょう。休んでてください」

 すでにアスランのイージスは整備工場へと運ばれている。それを見たアスランは渋々ニコルの言葉に従った。

「分かったよ。だが、無理はしないでくれよ」
「大丈夫ですよ。今回はイザークからフィリスさんも借りてますから」

 どうやら彼女が残ってるのはアスランの穴を埋める為の応援だったらしい。アスランはニコル達を見送ると、基地施設に入っていった。自分に出来る事はもう彼らの帰りを待つ事だけなのだから。

 

 


 アークエンジェルに帰って来たフレイはまだ落ち込んでいるキースを懸命に宥めていた。見ていて困ってしまうほどに落ち込んでいるから。

「キ、キースさん、元気だして下さいよ。スカイグラスパーはきっとマードックさん達が完璧に直してくれますって」
「あーあ、フレイが壊すから」
「トール、あなたまで余計な事を言わないでよ!」

 だが、鬱陶しいくらいにどんよりしているキースはなかなか復活しない。キースがようやく復活してきたのは実に5分後の事であった。フレイとトールはグッタリと疲れた顔でキースの脇に腰掛けている。

「まあ、お前が無事で良かったよ。ザフトには捕まらなかったんだな」
「いえ、捕まりましたよ。解放されただけです」
「そりゃ運が良かったな。相手の気紛れに助けられた訳だ」

 キースは良かった良かったと何度も頷いている。フレイはそんなキースを見ながら、アスランの事を話す事は止めようと思っていた。変わりに別の事を口にする。

「キースさん、私、もう一度キラと話してみます」
「いいの、フレイ?」

 トールが少し心配そうに聞いてくる。キースもどういう心境の変化かと思いながらフレイを見ていた。

「私、やっぱりまだ間違ってたんです。私がキラと別れれば全てが解決すると思ってたけど、そうじゃなかったんです。キラが何を求めてて、私に何が出来るのか。それをきちんと話し合おうと思います」

 フレイの出した答えに、トールとキースは顔を見合わせた。そしてその意味を理解すると、驚いた顔でフレイを見る。その顔には驚きよりもむしろ恐怖が滲み出ていた。

「そりゃ結構な事だが、何があったんだ?」
「フレイが、そんなにまっとうな事を言うなんて」

 なんだか失礼な驚き方をしている2人を、フレイは腰に手を当ててジロリと睨んだ。

「ちょっと、どういう事、それは?」
「い、いや、なんでも無い」
「そうそう、なんでも無いよ」

 冷や汗浮かべて誤魔化そうとする2人。なんだか最近のフレイはバジルール中尉みたいに迫力が出てきたなあと思ってしまうのだ。戦術を教えてもらううちに彼女の影響を受けているのだろうか。

 なんとも失礼な2人にフレイが更に文句を言おうとした時、格納庫に見知った人達がやってきた。

「やあ、無事だったようだな、アルスター准尉」
「心配しておりました」
「クリスピー大尉、軍曹、みんな」

 やってきたのは第11機械化中隊の兵士達だった。それに、難民の子供達や馴染みの整備兵達の姿もある。そして、彼等を押し分ける様にナタルが前に出てきた。

「無事だったか、アルスター」
「バジルール中尉」
「みんな、心配していたぞ。艦長も、キース大尉もフラガ少佐も、整備兵達も、ケーニッヒ准尉も、私もな」
「・・・・・・・私が、みんなに?」

 フレイは意外そうに呟いた。自分が艦内で嫌われている事くらいは知っていた。だから、誰も自分の心配などしていないのではないかという不安があったのだ。だが、それは自分の思い込みだったらしい。現に、こうして沢山の人が自分の生還を喜んでくれてるではないか。
 内から込上げて来た安心感に感極まったフレイは、嬉し涙を流しながらナタルに抱きついてしまった。抱き付かれたナタルは驚いたが、すぐにその体を優しく抱いてやった。その姿を見てキースが「バジルール中尉はフレイのお姉さんみたいだな」などと評し、周囲から多数の賛同の声が上がる。ナタルはキースを困った顔で見たが、特に文句をいう事は無かった。

 

 


 落ち付いたのか、仲間達の前を辞して艦内へと消えていくフレイを見送ったキースとトールは、これから何が起きるのかに注目しようと思った。とにかく、これでまた何かが動くだろうから。
 トールは格納庫の脇に備え付けられている艦内通信機でミリアリアを呼び出した。戦闘管制のミリアリアとはパイロットという事もあって疑われる事なく繋いでもらえる。モニターに出た恋人の顔に、トールは笑顔で語り掛けた。

「ミリィ、フレイは元気そうだぜ」
「そう、よかった」
「あとな、もう1つ面白い事がありそうだよ。フレイ、キラともう一度話し合うってさ」
「フレイがキラと?」

 ミリアリアが意外そうな顔をする。これまでキラを避けていたフレイの態度から考えれば、無理もあるまい。

「これでどうなるか分からないけど、きっと何かが変わるよ。フレイの奴、凄く良い顔してたからな」
「そうなんだ」
「ミリィも、フレイと話したらどうだ?」

 トールの薦めに、ミリアリアは何も答えられなかった。これまで散々酷いことを言ってきたのに、今更気安く話し掛けるのもどうかと思ってしまう。ミリアリアもまた、フレイの陥ってしまった陥穽に落ちてしまっているのだ。
 答えられないでいるミリアリアに、トールは少しだけ呆れた。そして、その背中をそっと押してやる。

「フレイは言ってたよ、話し合おうって。黙ってちゃ何も始まらないんだよ。ミリィ、君もフレイと話してみなよ。話さなくちゃ、何も伝わらない」
「トール、でも・・・・・・」
「俺もそう思うよ、ミリィ。君も勇気を出して」

 トールの励ましに、ミリアリアは小さく頷いた。

 

 

 だが、フレイはいきなりキラの所へは行かなかった。彼よりも先に、どうしても話さなくてはいけない人がいるから。フレイの足は医務室へと向いていたのだ。そこにいる筈だから、話したい人が。
医務室に入ると、何故かカガリがいた。

「カガリ、あなたどうしてここに?」
「フレイか、無事だったんだな」

 カガリは複雑そうな顔で自分を見ている。無事だったのは嬉しいが、やはりこいつは嫌いだと言いたいのだろう。フレイはカガリの前まで来ると、ベッドに横たわる人を見た。

「・・・・・・・・・傷の具合はどう、サイ?」
「良さそうに見えるか?」
「そうね、喋れるのが不思議ね」

 フレイはくすくすと笑うと、隣に立つカガリを見た。

「カガリ、悪いんだけど、サイと2人にしてくれないかしら」
「何でだよ。私がいちゃ邪魔なのか?」
「ええ、だから、お願い」

 珍しくはっきりと言って来るフレイに、カガリはどうしたものかとサイを見た。するとサイも頷いた。

「頼むよ、フレイの言う通りにしてやってくれ」
「お前まで・・・・・・・ああもう、分かったよ!」

 カガリはなんだかつまらなさそうに部屋を後にした。それを見送ったフレイは椅子を引っ張ってきて腰掛ける。

「キラと喧嘩したんですって?」
「ああ」
「ミリィが言ってたわ。私の事でキラに食って掛かったんですってね」
「はははは、ミリィもお喋りだな」

 サイは笑い出した。その様子がフレイには痛々しく見えてしまう。私が一方的に傷付けた筈なのに、この人はまだ私の事を心配してくれている。本当に良い人だ。もしこの人と一緒に歩めるなら、私は幸せになれるだろう。でも、私はその道を選べない。例えそれが茨の道だと分かってても、困難しか伴わない道だと分かってても、私はその道を歩むと決めたのだから。

「・・・・・・久しぶりね、2人でこうしているのも」
「そうだな、昔はフレイがすぐに甘えてきてたからな」

 昔という言い方に、フレイの胸がずきりと痛んだ。ほんの数ヶ月くらい前の事なのに、もう随分昔の事のような気がする。だけど、今日はこのくらいの事で黙る訳にはいかないのだ。言わなくてはいけないのだから。

「サイ、私は、私は・・・・・・・・」

 サイはじっと待っていた。フレイが何を言いたいのか、それが分かっているかのように、じっと待っている。そして、フレイはついに迷いを振りきるように言った。

「私は、キラが好きなの。彼と一緒にいたいの。だから、ごめんなさい。私は、あなたとは・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「詰ってくれても良い、罵倒してくれても良い。土下座しろと言うなら土下座でもなんでもするわ。あなたを一方的に振るんですもの。でも、私はもう自分の気持ちに嘘は付かないって決めたから。だから、ごめんなさい」

 サイは身動ぎもせずそれを聞いていた。そして、痛みを堪えて右手でフレイの頬を撫でた。戸惑うフレイに、サイは小さく頷いて、あの何時もの優しい声で語りかけてきた。

「やっと、言ってくれたな」
「えっ」
「分かってたんだ、フレイがキラを好きなんだって事は。最初は違ったみたいだけど、砂漠を抜けた頃から少しずつフレイの様子が変わっていったからな。はっきり確信できたのは君達が別れた頃かな」
「サイ・・・・・・」

 悲しそうな顔をするフレイに、サイは頭を左右に動かして気にする事は無いと伝える。そして、少し遠い目をした。まるでここではないどこかを見ているような、そんな目を。

「俺は、君を本当に好きだったのかどうか、言い切れる自身が無いんだ。もしかしたらキラへの優越感だけだったのかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アークエンジェルに乗ってからは、あいつの凄さばかり見せつけられて、自分がどんどん情けなく思えてきた。せめて君を彼女にしているという事で、あいつの惚れてる君を傍に置くことで自分を満足させてたんだ。フレイを取り戻そうとしたのも、キラへの対抗意識のが大きかったと思う」
「そうだったんだ。じゃあ、ストライクに乗ったのもキラへの対抗意識だったのね?」

 フレイの質問に、サイは頷く事で答えた。同時にフレイの中の疑問も氷解していく。あのストライクの事件以来、サイは自分に関わろうとはしなくなった。自分に執着があるならそう簡単に諦めるとは思えないのだが、あれ以降のサイは完全に自分から距離を置いてしまっていた。
 そして、自分もサイの事を本気で好きだったのかと問われれば、やはり答えられなかっただろう。結局、自分たちの繋がりとはその程度でしかなかったのだ。それと気付かないままに共に歩んでいれば、そのままゆっくりと絆を作り、本当の恋人となっていけたかもしれないが、自分たちは気付いてしまったのだ。

「でも、正直言うと悔しいんだ。俺には、君を惹き付けておけるだけの魅力が無かったって事だからな。どれだけ頑張ってもキラには敵わない。俺は、あいつが羨ましいよ。あいつは何でも持ってる」

 サイの言葉に、フレイは穏やかに反論した。

「それは違うわ、サイ。キラは何でも持ってるわけじゃない。ううん、きっとキラはそれを疎ましく思ってる」
「それは、どういう事だい?」
「キラは、自分が違う者だという事を知ってるわ。自分はコーディネイターで、ナチュラルじゃない。自分はこんな力を持ってるから回りから恐れられてしまうってね。キラは、何時も1人なのよ」

 そうなのだ。彼と同じMSパイロットになってみてよく分かった。整備兵も、フラガ少佐も、艦内の誰もがキラを「コーディネイターのパイロット」として見ている。確かにみんなキラを仲間だと見ている。だけど、それはキラ・ヤマトという意味でではない。パイロットとしてなのだ。
 そのことにキラは苦しんでいる。それにサイでさえ気付いてはいない。トールは気付いているのだろうか。

「・・・・・・キラはなんでも持ってるように見えて、実は何も持ってないのかもしれない」
「どういう意味だい?」
「そのままの意味よ。キラは確かに凄いけど、それが今の彼になんの役に立ってるの。力があるからMSに乗せられて、人殺しをしてる。力があるから回りに便利な奴だと思われてる。力があるから、回りから怖がられてるのよ?」
「・・・・・・・怖がられる、か」

 サイは最近のカズィの態度を思い出す。思えばカズィはキラに対して、常に一定の距離を置いているようだったが、あれはキラがコーディネイターだからという恐れから来ていたのではないだろうか。それが今ではより健著となり、カズィは間違い無くキラを怖がっている。そして、恐らくは艦内のクル−の大半はキラに恐れを抱いているだろう。
 これまで気にしたことも無かったが、考えてみればクルーで仕事以外でキラに話し掛けるのはフラガとキース、マードックくらいのものなのだ。他のクルーがどうして話し掛けないのか、考えてみれば分かりそうなものなのに。強過ぎる存在は、周囲に恐れられるだけなのだ。

「いくらMSに乗れても、キラは人殺しになんか向いていないのよ」
「そうかもな」

 サイもそれには頷いてしまう。自分の知るキラは、確かに人殺しになんか向いてはいなかった。それが何時の間にか、キラがMSに乗るのは当たり前だと思うようになっていたのだ。
 自分は何を考えていたのだろう。キラの友人だと自分で思い込んでいて、その実はキラを利用することしか頭に無かった。キラはMSに乗って戦うのが当たり前。友人を闘わせる事が当たり前だなどと、どうして今までおかしいと感じなかったのだろうか。
 そして、自分達がこれまで疑問にも思わなかった事を、フレイはおかしいと感じていたのだ。結局フレイは、今では誰よりもキラに近い場所にいるのだろう。コーディネイターを誰よりも嫌っていた筈のフレイが、今では誰よりもあいつを理解している。
 フレイのコーディネイター嫌いの理由が「父親がコーディネイターを嫌いだから、自分も嫌い」というものである事を知っているサイは、フレイがキラを理解できた訳を、何となく分かっていた。彼女は、頑固な偏見を持っている訳ではなくて、ただ、何も知らなかっただけなのだ。だから、キラというコーディネイターと触れ合って、どういうものかを知った事で、彼女は理解し、受け入れてしまったのだろう。


 サイがそんな事を考えていると、いきなり艦内に警報が流れた。それに続いて放送が流れる。

「敵接近、ブリッツ、バスター、デュエル、シグーが4機、未確認機2機、急速接近中、総員第1級戦闘配備!」

 放送に驚いたフレイは椅子を蹴って立ちあがった。

「敵が来たの!?」
「フレイ、君は早く行け、デュエルに乗るんだろ」

 サイは無理して半身を起して、フレイを見た。その顔には心配そうな色が浮かんでいる。

「帰ってこいよ。君はまだ、あいつに好きだって言ってないんだろ」
「・・・・・・うん、言ってないわ」
「じゃあ、帰ってこなくちゃな」
「うん、うんっ!」

 フレイは大きく頷くと、医務室から出た。そして、格納庫に向おうとした所でいきなり呼び止められた。

「おい!」
「え?」

 振り向けば、医務室の壁に寄りかかるようにして立っているカガリ。その顔は戸惑いと僅かな賞賛を含んでいる。

「悪いけど、話は聞かせてもらったよ」
「・・・・・・盗み聞きとは、あまり良い趣味じゃないわね」
「そいつは謝るよ」

 カガリはフレイの前まで来ると、僅かに顔を逸らしながらぼそぼそとフレイに謝った。

「その、悪かったな」
「何がよ?」
「いや、そのな、今まで酷い事言っちまってたからな」
「別に気にしてないわ。全部本当の事だもの」

 これがカガリの美点だ。自分が間違っていたと認めれば、相手が誰であれ素直に謝ることが出来る。この素直さと表裏の無さは、万人に好感を持って迎えられるカガリの資質なのだろう。
 だが、それが悪い方向に向くこともある。俯くフレイに、カガリは今度こそ気持ち悪そうな声をだした。

「しっかしなあ、しおらしいお前って、本当に見ていて気味が悪いな。なんかフレイって感じがしないぞ」
「何よそれ、あんた私をなんだと思ってる訳!?」

 カガリの酷い言葉にフレイが腹を立てて怒鳴った。だが、その途端にカガリがニヤっと笑って大きく頷いた。

「そうそう、やっぱこっちの方がフレイらしいや」
「あ、あんた、私に喧嘩売ってるのかしら?」
「ああ、気にすんなって。これでも褒めてるんだから」
「どこをどう聞いたら褒めてるのよ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴るフレイ。だが、その顔はどこか笑っていた。カガリはすでに笑いを堪えている表情だ。しかし、このやり取りでフレイはあることを忘れていた。通信機から飛び出してきた怒声がそれを思い出させる。

「こらあああ、どこだフレイ、さっさと格納庫に来い、出撃だぞっ!」
「キ、キースさん!?」
「ああ、こりゃ相当怒ってるな」

 まるで人事のように言うカガリに、フレイは恨めしげな目を向けた。

「あんたのせいでしょうが。責任とりなさいよね!」
「何言ってるんだ。遅れたのはお前だろ!」
「いいわよ、あんたに絡まれてたってキースさんには言い訳するから!」
「ちょ、ちょっと待て。お前、私を売る気か!?」
「道連れと言って頂戴!」
「お前なあ!」

 医務室の前でいがみ合う2人。キースに呼ばれてもなお言い争ってる2人の所に、今度はキースの罵声以上に恐ろしい人がやってきた。

「こんな所で何をやっているのか、カガリ・ユラ。アルスター准尉っ!!」
「「バ、バジルール中尉っ!?」」

 2人は同時に硬直した。怒れるナタルは天災にも等しいほどの災厄である事は、アークエンジェルのクルーならば誰もが知っていることだ。ナタルはジロリとフレイを見ると、底冷えしてくる怖さを含んだ声で問いかけた。

「アルスター、君は出撃の命令を聞いてなかったのか?」
「い、いえっ!」
「ではさっさと格納庫に行け!」
「はいっ!」

 まるでカタパルトで打ち出されたかのようにその場から消え去るフレイ。ナタルはまだ憤懣収まらない顔で今度はカガリを見た。

「さてと、次は君だな」
「あ、あははははははは・・・・・・・」
「ふむ、だが、君はパイロットでは無いし、別に軍属でもない。私が処分を決めるというのもおかしな話だな」

 考えこんだナタルの漏らした言葉に、カガリは目に見えて安堵した。どうやらお咎めを受けなくてすみそうだ。だが、それは甘かった。ナタルは顔を上げるととんでもない事を言い出したのだ。

「私が決めることでもないな。君の処分は責任者のキース大尉に任せるとしよう。とりあえずはいつも通り艦橋に座っててもらおうか」
「ちょ、ちょっと待て、なんでキースが私の責任者になる!?」
「君はキース大尉の管轄だからな」

 何を分かりきったことを、とでも言いたげなナタルの答えに、カガリは愕然としてその場に膝を付いた。そして、確実に訪れるであろう地獄に頭を抱えて唸りだしたのである。

 

 


 格納庫に来たら、パイロットスーツも着ずに腕を組んで怒っているキースがいた。フレイを見ると物凄い声で怒声を叩きつけて来る。

「フレイ、貴様、呼んでからどれだけたったと思っているっ!!」
「す、すいません!」

 キースの前まで来たフレイはペコペコ頭を下げてひたすら謝った。なんだか最近謝ってばかりという気もするが、とにかく謝った。キースはまだ不機嫌そうではあったが、今はこれ以上叱っている状況でもない。

「もういい、さっさとデュエルに乗りこめ!」
「了解!」

 フレイは適当な敬礼をするとデュエルの方に駆けて行こうとして、ふと足を止めてキースを振りかえった。

「キースさん!」
「何だ?」
「これ、ありがとうございました。すっごく役に立ちましたよ」

 フレイは胸元からペンダントを取り出してキースに見せた。それを見てキースは僅かに表情を綻ばせる。フレイは嬉しそうにそれをしまうと、デュエルの方に駆けて行ってしまった。
 それを見送ったキースは煙草を取り出すと、それに火を付けた。どうせ自分のスカイグラスパーはまだ動けないのだ。そこで寛いでいると、忙しそうなマードックが面白そうな顔で近付いてきた。

「どうしたんですかい、お嬢ちゃんは。帰ってきてから、随分と良い顔をしてるじゃないですか」
「きっと、吹っ切れたんだろ。いろいろさ」
「吹っ切れたって、何が?」
「そうだなあ、青春の痛みと苦しみって奴かな」

 分かるようで分からないことをいうキースに、マードックは怪訝そうな顔をしながらも、もう1つの用件を済ますことにした。

「まあ良いですがね。あと、大尉」
「何?」
「格納庫は禁煙ですぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 キースは無言で煙草の火を指で揉み消した。

 

 

 コクピットに入ったフレイは艦橋に通信を繋いだ。すぐに管制のミリアリアが出る。つい昨日に喧嘩をしたばかりの相手なのでお互いに気まずい。だが、仕事なのだから私情を挟む余裕はないのだ。

「ミリィ、デュエル出れるわ」
「了解、装備を持ってカタパルトへ入って。今日はキースさんは出れないから、注意して」
「分かったわ」
「・・・・・・・それと、フレイ」
「何?」
「トールから全部聞いたわ。あなたとキラの事」
「・・・・・・そう」

 フレイはトールが話したという事に特に怒りを感じる事は無かった。何時までも秘密にしておく事は出来ないだろうと思ってたし、ミリアリアならその内気付くだろうという考えもあった。
 だが、次のミリアリアの言葉は、フレイの思っていたものとは違っていた。

「・・・・・・正直、まだ気持ちの整理がつかないけど、あなたがキラの事を真面目に考えてる事だけは分かったわ。だから・・・・・・だから、ちゃんと話しなさいよ。それでキラときちんと決着をつけたら・・・・・・・」

 続きを言えないでいるミリアリアに、フレイはクスリと笑うと頷いた。

「行ってくるね、ミリィ。帰ったら紅茶でも飲みましょ。ティーパックにもお菓子にも心当たりがあるから」
「どこにそんな物があるのよ?」
「ふふふ、それは秘密よ」

 フレイは久しぶりにミリアリアの前で笑えたような気がした。そして、デュエルをカタパルトへと移動させた。

「フレイ・アルスター。デュエル、行きます!」

 出撃するデュエル。すでに敵は来ているらしく、グゥルに乗ったデュエルやバスターの姿がある。フレイはだいぶ慣れてきたデュエルを地面に着地させると、すぐに走らせて森に入った。その直後に自分が降りた所を幾つもの火線が貫いていく。

「やっぱり狙ってきたわね」

 フレイはビームライフルで上空を飛ぶMSを狙った。大木が丁度良い遮蔽になってデュエルを隠してくれる。フレイはナタルの教えてくれた事を実践していた。ナタルはこう教えてくれたのだ。

「いいか、アルスター。地上戦では空を飛ぶ方が絶対的に有利だ。デュエルは地上を二次元的に動く事しか出来ないが、空を飛べれば三次元的に動く事が出来る上に、こちらを撃ち下ろす事が出来る。これと撃ち合うならまず遮蔽をとる事だ。身を隠して狙撃しろ。デュエルの装甲を信じてこちらの動きを止め、少しでも命中率を上げるんだ」

 空を飛ぶザラ隊のMSは、姿の見えなくなったデュエルに苛立っていた。

「畜生、あのデュエルはどこに行った!?」
「ジャック、落ちついて。動きが単調よ」

 苛立っているジャックにエルフィが声をかけたが、それは少し遅かった。森の中から放たれたビームがジャックのグゥルを撃ち落としたのだ。グゥルを失ったジャックのシグーは地上へと落ちて行く。

「ジャックっ!」

 エルフィはビームの発射地点を重突撃機銃で掃射し、グゥルに搭載されているミサイルを放った。着弾の炎が上がり、その中に動く影を見つける。

「見つけた、デュエル!」

 それに照準を付けたが、なんとデュエルはスラスターを全開にして空に飛びあがってきた。突然の事に驚くエルフィ。

「嘘、デュエルが飛んだ!?」

 咄嗟に銃突撃機銃を放つが、それは機体表面に火花を散らすだけでなんの効果も無かった。
 フレイのデュエルはビームサーベルを抜くと、エルフィのシグーに切りつけた。身を捻ってなんとか胴体への直撃を避けたが、左腕を丸ごと持っていかれたうえに、足場のグゥルまで破壊されてしまう。

「キャアアアアアアッ!」

 悲鳴を上げて落ちていくエルフィのシグー。地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。フレイはそれを確認するとビームサーベルを戻し、ライフルを構えた。

「とりあえず2機ね。さっすがデュエル、シグーなんか相手じゃないわ」

 フレイは気がついていなかった。自分が実戦を経験するごとに急激にその力を伸ばしている事に。今撃ち落としたジャックとエルフィは確かに経験が浅いが、それでもその実力を買われてザラ隊に配属されたエリートだ。普通に考えればフレイが敵う相手ではない。
 ヨーロッパではまともにデュエルの性能を引き出せないどころか、機体のおかげで辛うじて生き残れたという程度だったのに、今ではデュエルの性能をきちんと引き出している。機体を使いこなしている。
 ナチュラルでありながら脅威的な成長だが、これには精神的な要因も含まれていた。実戦慣れしてきた事で焦る気持ちが消え、落ちついて敵を見れるようになった。機体操作にも自信が出てきた。そして何より、アスランとの出会いによってキラへの問題に対する自己嫌悪と自己否定が昇華された事が大きい。精神的な負担が減って余裕が生まれたフレイは、その潜在能力を少しずつ発揮させはじめたのだ。そう、フラガやキースさえ驚かせた、その秘めた力を。

 次の目標を探そうとしたフレイは、ふと感じた物凄い殺気に慌ててそちらを見た。それは負の意識の固まり。焦りと怒りと、寂しさと恐れ、そして異常なまでの殺意。それらが交じり合った酷く危険な存在がそこにいる。その危険な気配の元は、ストライクだった。

「キ、キラ・・・・・・なんで。あなた、どうしたのよ?」

 信じられなかった。キラがこんな暗い殺意に身を委ねるなんて。これは、まるでパパが死んだ頃の私のようだ。
 そこまで考えた時、フレイはキースの話を思い出した。

「憎悪や狂気に身を委ねるという事は正気を無くすという事だ。それはただの殺戮マシーンでしかない」

 そうだ、そんなものはただの殺戮マシーンでしかない。今のキラはそうなろうとしている。ストライクから伝わってくるキラの痛みが、悲しみがそれを教えてくれる。キラは、寂しさと辛さに押し潰されてしまったのだ。
 狂気に付かれたストライクが、目の前で撃ち落とされ、地面に叩き付けられたシグーのコクピットにビームサーベルを突き刺した。正気のキラなら絶対にやらないような攻撃だ。

「駄目、駄目よキラ、そんなのは駄目。あなたはそんな人じゃない!」

 フレイはデュエルをストライクへ向けた。彼を止めなくてはいけない。自分はキースとマリュ−、ナタル、トールに救われた。おかげで私は正気に戻る事が出来た。今度は、私がキラを助ける番だ。



後書き
ジム改 再びザラ隊、ジュール隊と激突するアークエンジェル
カガリ フレイ、かなり強いな
ジム改 グリアノス戦でその強さは分かってたと思うんだが?
カガリ でもさあ、ザラ隊のメンバー2人が一瞬だぞ?
ジム改 既にフレイはNTに覚醒している。その実力はキースを超えてるぞ
カガリ ・・・・・・キースって、弱いのか?
ジム改 キースが弱いわけじゃない。フレイが強くなっただけ
カガリ 酷い話だな
ジム改 まあそう言うな。キースより強い奴なんて結構いるし
カガリ 待てこら!
ジム改 まあ強さは良いとして、フレイの周辺はやっと落ち着いてきた
カガリ サイと私、ミリィか
ジム改 これで残すはキラのみだ
カガリ だけどキラ、壊れてないか?
ジム改 うむ、とっくに壊れている。今のキラは文字通りのバーサーカーだ
カガリ なんでこいつだけ壊れてるんだよ!
ジム改 フレイが離れたせいではないかと
カガリ まあ、本編でもフレイがいなかったら多分壊れてただろうけどさ
ジム改 さて、バーサークしているキラは因縁あるイザークたちと激突する事に
カガリ シャトルの敵を討つってか?
ジム改 今のキラなら可能だろうな。何しろ敵を殺すのに忌避感が無い
カガリ 怖いぞ、それは
ジム改 怖いよ。暴走したキラを止めるのは大変だろうな
カガリ アスランはいないんだよな?
ジム改 機体は修理中だからねえ。元々試作機で鹵獲品だから壊れたら中々直らない
カガリ だから盗んだ物を使い回すなというんだ
ジム改 鹵獲品も有効利用できれば使えるんだけどね。試作品じゃあねえ
カガリ では次回、暴走したキラが暴れまわります
ジム改 いよいよ迫る決着の時。生き残るのは誰だろうか
カガリ 私は大丈夫だよな?
ジム改 さあ?

 

 

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