第32章  笑顔の約束

 


 ぶつかりあうキラとフレイ。ストライクとデュエル。あってはいけない筈の戦いが、今起きていた。
 キラはSEEDを発動し、フレイの動きを容易く見切り、機械のような正確さで攻撃を加えている。これに対してフレイは異常とさえとれる先読み機動と反応速度で対抗していた。キラはフレイが動いてからでしか反応できないが、フレイはキラが動く直前にその動きを感じ取る事が出来ている。どうしてかは分からないが、ヨーロッパ戦で起きるようになった第六感とでも言うのか、直感のようなものが更に強くなってきている。いや、すでに直感とは呼べないかもしれない。フレイはすでに自分の力の使い方を感覚的に理解していた。
 集中力を高めることで得られる異常な感覚。周囲を立体的に知覚し、あらゆる変化を感じ取る。それどころか相手の瞬間的な未来の動きさえ読み取る事を可能とするこの力を発動すると、同時に相手の動きさえ緩やかに見えてくるのだ。ただ1人、この力を知っているらしいフラガは『戦闘感覚』と呼んでいたが、フレイにはただの便利な力以上のものではない。少なくともこれが無ければ、自分はキラと項まで戦う事は出来なかっただろう。
 もっとも、フレイは自分がまだ、全ての力を使いこなせている訳ではないことも理解していた。人の思念や感情を見る力などは、未だにどうしてなのかは分からないのだ。能動的に全てを操れる訳でもないらしい。
 だが、それでもまだキラの方が強い。戦いはなんとかフレイがキラに倒されないでいるという状況だ。フレイはストライクを捕らえられない自分の不甲斐なさに歯軋りした。
 それでも、この不思議な感覚がフレイをキラと戦えるレベルにまで高めている。不思議な力のおかげで反応が異常なほど速くなってもいるのだ。凄まじい強さを持つキラに引き摺られる形でナチュラルでは有り得ないほどの速さを見せるフレイに、見ていたマリュ−が唖然とし、キースは賞賛の声を漏らした。

「な、何よ、あの動きは。あの娘、本当にナチュラルなの?」
「凄まじいな」

 勿論フレイはナチュラルだ。だが、ただのナチュラルとは言えないだろう。今のフレイが感じている不思議な感覚は、コーディネイターにさえ備わっていないものだから。

「流石キラ、さっき戦ったブリッツなんか問題にならないくらいに強い!」

 その機動、射撃の正確さ、放たれる殺気と威圧感、全てが桁外れだ。フレイ自身の体も無理な機動を繰り返した事によって悲鳴を上げだしている。フレイは知らなかったが、コーディネイターの標準を遥かに上回るキラの動きに付いて行くというのは、ナチュラルには殺人的な負担を要求する事なのだ。フレイはこの動きに付いていけるというだけで賞賛されるだろう。
 キラは感情の篭らない目で動き回るデュエルを見ていた。いや、1つだけ感情が浮かんでいる。その目にはハッキリとした怒りが浮かんでいる。その怒りの眼差しでキラはフレイのデュエルを睨んでいた。
 速い、さっき戦ったデュエルとは比較できないほどに速く動く。

「速い、これがフレイの実力なのか」

 だからフレイは離れていったんだ。こんなに強いから。これなら確かに自分で敵がとれるかもしれない。でも、それじゃあ僕はどうすれば良い。ただ利用されるだけ利用されて、用が無くなったら捨てられた僕の気持ちはどうすれば良い。この孤独はどうすれば埋められる・・・・・・・。

「僕は、僕は・・・・・・・・何の為に戦えばいいんだああ!?」

 フレイのデュエルめがけてビームを撃ちまくる。だが、その射撃は僅かに正確さを欠いており、フレイに余裕を持って躱されてしまった。
 フレイはキラの変化を察し、表情を曇らせた。

「キラ、何をそんなに苦しんでるの、何をそんなに不安がってるの?」

 フレイにはキラの苦悩が伝わってきていた。ストライクの装甲を通して感じるこの不安な心に、フレイは焦りの色を濃くした。どうすればキラを止められる、ストライクを止められる? 明らかにキラのストライクは自分よりも強いのだ。

 続けざまに放つビームライフルの射線を見切り、回避して距離を詰めてくるストライク。フレイはビームライフルを腰のアタッチメントに固定するとビームサーベルを抜いた。コクピットの中で操作レバーを握る手に汗が滲む。あのキラと近接格闘戦をやって、勝てるものだろうか。
 ストライクもビームサーベルを抜いて斬りかかってきた。シールドを前に出してそれを受けとめ、力任せに押し返す。押し返した所をビームサーベルで斬りかかったが、これはあっさりと躱わされてしまった。
 すでにバッテリー残量も残り少なく、フェイズシフトも何時まで持つやらというところだ。バッテリーが尽きれば機体は動かなくなり、キラに嬲り殺される事になる。しかし、バッテリー効率はストライクよりもデュエルの方が上の筈であり、本来ならストライクはもうとっくにフェイズシフト・ダウンしてる筈なのだ。なのにこちらが追い詰められているということは、答えは1つしかない。フレイは生唾を飲みこんでその事実に戦慄した。

「バッテリー消費が極端に少ないって事。そんな効率的な戦い方が出来るっていうの、キラは?」

 恐ろしい想像にフレイは小さく震えた。キラはやはり化け物なのだろうか。自分にはそんな事は絶対にできない。
 そのフレイの苦悩に答えるかのように、上空からフラガのスカイグラスパーが援護してくれた。撃ち下ろされる大口径砲弾の直撃の閃光がストライクを包む。砲弾は明後日の方向に弾かれたが、ストライクの姿勢は大きく崩れた。

「フラガ少佐っ!」

 フレイが歓喜の声を上げた。それに答えるかのようにフラガから通信が入る。

「お嬢ちゃん、早くそこを退け。アークエンジェルの攻撃が来る!」
「りょ、了解!」

 デュエルがスラスターを全開にして後方に跳び下がる。それを待っていたかのようにアークエンジェルから放たれた24発のミサイルがストライクに降り注いだ。

「ちぃぃ!」

 キラは舌打ちしてミサイルを迎撃したが、ナタルの指揮で放たれたミサイルの軌道パターンは今のキラでさえ冷や汗をかくほどに完璧なものだった。どこに逃げても直撃弾を食らってしまう。
 アークエンジェルではナタルが次弾装填を終えてストライクの動きを待っていた。

「いいか、アルスター准尉の援護を第1に考えろ。ストライクのバッテリーを消耗させるのが狙いだ」
「ですが、もしストライクのフェイズシフトが落ちたところに当たったら!?」
「このままだとデュエルを落とされるぞ。ヤマト少尉は本気だ!」

 ナタルは叩き付けるように言って反論を封じこめた。再びミサイルが発射され、ストライクの周辺に着弾の土煙が上がる。そして、土煙の中から出てきたストライクがこちらにビームライフルを向けているのが見えたとき、ナタルは思わず目を見開いた。

「艦長!」
「右に回避っ!」

 ストライクからビームが放たれ、右舷の側面に直撃する。幸いラミネート装甲に吸収されたが、この一撃がナタルの覚悟を決めさせた。

「どうやら止まらないようだな、彼は」
「中尉、何をするつもりですか!?」

 ミリアリアが驚いた顔でナタルに講義の声を上げる。だが、ナタルは鋭い視線だけでミリアリアを怯ませた。

「もはや彼は敵だ。ゴッドフリート照準!」
「ナタルっ!?」

 マリュ−も悲鳴のような声を上げるが、ナタルはそれを黙殺した。彼女の目にはすでにストライクは敵と映っているのだ。艦橋の誰もがナタルの命令に驚愕している。そして、カガリが予備シートから立ち上がってナタルに講義した。

「お、お前、何考えてるんだ。あいつは仲間だろう!?」
「では、どうすれば良いと言うんだ。彼は通信も信号弾も無視しているのだぞ?」
「やりようはあるだろ。ゴッドフリートなんか撃ったら、ストライクが消し飛んじまうぞ!」
「敵となるならばやむを得ないだろう!」
「そういう問題じゃないだろ!」
「では、ヤマト少尉を止めてみろ!」

 ナタルの要求に、カガリは悔しそうに黙りこんでしまった。どうやっても自分にキラを止める手段は無い。カガリの反論を封じこんだナタルが再び命令を下そうとした時、通信機からフラガの制止する声が聞こえてきた。

「待て、もう少し待ってくれ!」
「フラガ少佐、ですが・・・・」
「もう少しお嬢ちゃんに任せてみてくれ。フレイなら、なんとか出来るさ」
「・・・・・・根拠はあるのですか?」
「根拠って言うか、まあ、アーマー乗りの勘かな」

 またかとナタルは思ったが、この勘はよく当たるので余り強い事も言えない。そして、それに続くようにおかしくて堪らないという声でフラガが言った。

「それになあ、あれだけ恥ずかしい台詞を吐けるんだ。何とかするさ」
「・・・・・・恥ずかしい台詞?」

 マリュ−が良く分からないという顔で聞き返すが、フラガはにやっと笑うだけで教えてはくれなかった。フラガだけは聞いていたのだ。あのフレイの自分勝手極まりない惚気台詞を。
 だが、続いて放たれたビームが艦橋の傍に着弾してしまった。その部位はラミネート装甲ではなかった為、爆発の衝撃が艦を揺るがしてしまう。座席から立ち上がっていたカガリはその振動に足を取られてしまった。

「うわっ!」

 そのまま転倒し掛けたが、咄嗟にキースが背中から抱き止める事で事無きを得た。

「大丈夫か、カガリ?」
「・・・・・・あ、ああ、何とも無い」
「そうか。危ないから椅子に座ってろ。怪我するぞ」

 カガリを抱き止めたカガリをそのまま椅子の方に押しやり、キースは再び正面を見据えた。ストライクとデュエルが戦うという、悪夢のような戦場を。
 この時、キースは戦場に気を取られていたので、自分を見つめる1つの視線に気付いていなかった。もし気付いていたら流石のキースでも困惑を隠し切れなかったに違いあるまい。この時、キースに羞恥混じりの戸惑った視線を向けていたのは、カガリだったのだから。

 

 


 フレイは消耗し、朦朧としてきた頭で機体を動かし続けていた。頭の中には何となく何時までたっても止まろうとしないキラへの不満が渦巻いている。自分が悪いのは分かっているのだが、いいかげんキラへの腹立ちが出てきているのだ。
 だが、それ以上にもう戦いを止めたかった。キラと戦いたくない、傷つけたくない、銃を向けたくない。どうして分かってくれないんだろう、私はキラと戦いたくないのに!

「キラ・・・・・・・もう、いいかげんにしなさいよね。辛いのは、あなただけじゃないのよ!」

 頭の中に彼のイメージを思い浮かべる。目の前にいるあれはストライクじゃない。キラなのだと。すると、ストライクの姿がぼやけ、キラのイメージが重なってきた。彼の息遣いさえ聞えてくるような気がする。
 そして、彼の狙いが伝わってくるような気がする。キラが次に何を狙っているのかが分かる。キラが目の前にいるような錯覚さえ覚える。

「キラ、もう終わらせよう。こんな戦いは!」

 キラの狙いが分かる。彼の動きが見える。フレイはデュエルを走らせ、再び格闘戦に持ちこんだ。もはやお互いにビームライフルを使う余裕も無い。互いに機体をぶつけ合い、シールドでビームサーベルを受け、イーゲルシュテルンを放つ。
 だが、この戦いはナチュラルであるフレイには決定的に不利だった。衝撃が来る度、フレイの身体にはダメージが蓄積していくからだ。
 フレイは朦朧としてくる意識を必死に繋ぎとめ、キラのストライクを見た。

「・・・・・・もう止めようよ。こんな事しても、みんなが傷付くだけだよ!」

 フレイはヘルメットを脱ぐと、ビームサーベルを捨てた。そしてシールドを前にして真っ直ぐにデュエルを突っ込ませる。突然動きを変えたデュエルにキラは戸惑い、一瞬迎撃が遅れた。フレイはデュエルをそのまま体当たりさせ、勢いに任せてストライクを地面に押し倒した。

 押し倒されたストライクの中でキラは小さく悪態をつきながらデュエルを押し返そうと思ったが、ストライクが反応しないことに気付いた。計器類を確かめ、バッテリー残量がゼロになっていることを確認したキラは舌打ちしてコクピットの外に出る。
 外に出たキラは、フレイもデュエルから降りているのを見た。彼女は自分の方にゆっくりと歩いてきている

「キラッ!」
「・・・・・・・フレイ」

 近付いてくるフレイを見て、キラは一歩、2歩と後ずさっていく。その顔に浮かんでいるのは、焦りの色だった。

「キラ・・・・・・もう良いの、もう戦わなくて良いのよ」
「なんでだよ、なんでそんな事言うんだよ。フレイは言ったじゃないか。コーディネイターを殺せって!」
「キラ・・・・・・・」
「殺してやるさ、何人でも。アスランでも、誰だろうと殺してやるさっ!」

 キラは激高した。フレイに向って、血を吐くような叫びを発した。それが今のキラの全てなのだろう。殺すこと、ただそれだけが彼を支えている。
 フレイは悲しかった。こんな事を言ってしまうキラが。そして、自分が憎かった。彼をここまで追い詰めてしまったのは、間違い無く自分なのだ。

「・・・・・・・キラ、あなたは」
「来るな!」

 キラは拳銃を抜き、自分へと向けてきた。

「それ以上近付くな、フレイ!」
「キラ・・・・・・」

 だが、銃口を向けられてもフレイは足を止めなかった。一歩一歩、確実に近付いてくる。キラは遂に引き金を引いた。銃弾がフレイの右頬を掠め、頬に赤い筋を作る。その痛みにフレイは顔を顰めた。

「近付くなって言ってるだろ!」
「キラ、もう良いのよ。もう止めよう」
「言うなあぁ!」

 近付いてくるフレイにキラは続けて銃を撃ったが、訓練をした事も無く、しかも平静を欠いている今のキラが正確な射撃など出来るはずもなく、銃弾はフレイの体を掠めるに留まっている。
 掠った銃弾に右足を、脇腹を傷つけられながらも、フレイはキラへと向かって歩いた。キラはすでに銃が空打ちしている事に気付くことなく引き金を引き続け、近付いてくるフレイを止めようとしている。そんなに彼女が怖いのだろうか。
 フレイはキラの前まで来ると、無傷の左手でキラの頬をそっと撫でた。

「もう良いの、キラ。私は、もう誰も憎んでなんか無い」
「嘘だ、そんなの・・・・・・君は、僕を・・・・・・・」
「もう良いの。だから、泣かないで」

 キラは泣いていた。気付かぬ間に、その頬を涙が伝っている。フレイはその涙をそっと拭ってやった。

「泣かないで、あなたはもう、泣かないで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願い、戻って、元のあなたに。昔の、優しかったキラに・・・・・・・」

 フレイと目と合わせたキラは、ようやく正気の光が戻ってきた。手から拳銃がこぼれ落ち、ゆっくりと口が動く。

「・・・・・・フ・・・・・・レ・・・イ?」

 まるで、確認するような呟き。それを聞いたフレイは、安堵の笑顔を浮かべた。どうやら正気に戻ってきたらしい。
 今まで聞いた事も無いような優しい声をかけてくれるフレイに、キラは戸惑った。何故だろう、今のフレイは、自分をはっきりと見てくれているように思える。そのフレイの目を見た時、キラは自分が何をしていたのか分からなくなってしまった。

 だが逆に、キラが正気に戻ってきたのを確認したフレイは、気が落ち付いたせいか、戦闘中に感じていた怒りがぶり返してきていた。とりあえず気持ちを切りかえる為に小さく深呼吸してみる。
 そして、とりあえず優しい気持ちを落ち付かせると、今度は積もり積もった怒りの衝動に身を任せた。そうなると歯止めが利くはずも無く、目の前でぼんやりしているキラの両頬を怒りに任せて張り飛ばしてしまう。突然叩かれた事にキラは混乱して目の前の少女を見やり、硬直してしまった。なんと、それまで優しい笑顔を浮かべていたフレイが豹変し、怒りに顔を赤くしているではないか。まるで昔のTVに出てきた大魔神のようだ。


「キラ、何時まで狂ってるつもりよ!」
「く、狂ってるって・・・・・・・」
「ああもう、質問してるのは私でしょう!」

 フレイはぐいっとキラの襟首をふん掴み、鼻が触れ合わんばかりの距離まで近付けた。

「確認しましょうか、あんたは誰なの?」
「キ、キラ・ヤマトです」

 フレイの迫力に圧倒されるキラ。

「そうよ、あんたはキラ・ヤマトよ! 泣き虫でうじうじしててすぐいじける、おまけにマイナス思考の甲斐性無しで引き篭もりがちな、見てて腹が立つくらいに情けない男よ!」
「そ、そこまで言わなくても・・・・・・」
「それが何よ。殺気撒き散らして、逃げようとする敵を追い詰めて殺そうとしたり、動けない敵のコクピットにビームサーベル突き込んだり、まるで殺すのを楽しんでるみたいじゃない!」
「そ、それは・・・・・・」

 キラはぼそぼそと聞き取れない声で何やら呟いている。そんな態度を見てフレイは内心で安堵した。どうやら完全に正気に戻っているらしい。フレイは胸倉を掴み上げている手を離し、キラは力無くその場に腰を落とした。そんなキラを見下ろすフレイ。

「さあ、言いなさいよ。なんであんな、キラらしくない戦いをした訳!」
「・・・・・・・僕が敵を倒せば、フレイが帰ってくるって、そう思ったんだ」
「はあっ、なんであんたが敵を倒すと私が帰ってくるのよ?」
「だ、だって、僕が弱いから、フレイの復讐の役に立たないから、フレイは僕から離れていったんだろ?」

 フレイは頭痛を感じてしまい、思わず右手で額を押さえた。なんとも言えない重苦しい溜息が漏れる。まったく、どうしてこうキラは思い込みが激しいのだろう。

「はあ、あなたねえ。まさかここまで馬鹿だったなんて・・・・・・」
「・・・・・・酷いよフレイ、僕は真剣に悩んで出した答えなんだよ」
「酷いじゃないわよ。全く、私はあなたをこれ以上苦しめたくなくて、あなたを利用した事を悪いと思って離れたのよ。あの時ちゃんと言ったはずなのに、どこをどう間違えたらそんな勘違いになるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔を赤くして小さくなるキラ。どうやら思い込みで突っ走って、冷静に物事を考えてなかったらしい。
 それに気付いたフレイは呆れるを通り越して、なんだかおかしくなってしまった。まったく、なんでみんなはこんなキラを凄い奴だなんて思うんだろう。こんなにおっちょこちょいで、不器用で、間抜けな人なのに。
 目の前でクスクス笑い出したフレイに、キラは不思議そうな視線を向けている。さっきまで怒っていたのに、今は随分機嫌が良さそうだ。

「フ、フレイ、何笑ってるの?」
「決まってるでしょ、可笑しいからよ」
「可笑しいって、何がさ?」
「あなたの間抜けっぷりが」

 血も涙も無く一言で断言するフレイに、キラは今度こそ本当に泣きそうになった。そしてフレイは笑いをおさめると、なんだか晴々した表情でキラを見た。

「はあ、なんだかもう悩むのが馬鹿馬鹿しくなったわ。本当、なんでこんなに色々考えこんでたんだろ」
「フレイ?」
「いいわ。もういい、はっきり言うわよ。元々そのつもりだったんだし。でも、私も本当に馬鹿よね。もっと早く素直になってればこんなにこじれなかったのに」

 何やら1人で話しを進めているフレイを、キラは戸惑いを浮かべて見ている。そしてフレイは大きく深呼吸すると、真っ直ぐにキラを見つめた。

「キラ、私はねえ、あなたの事が好きよ。これは嘘じゃ無いし、同情でもないから」
「え・・・・・・・?」
「だから、私はあなたの事が好きなの。もう、こんな恥ずかしい事、何度も言わせないでよ」

 顔を赤くして俯くフレイ。キラは呆然とフレイを見ていた。その頭の中ではさっきのフレイの告白と、これまでの思い込みが激しくぶつかり合っている。そして、だんだん処理し切れなくなったのか表情が百面相のように激しく変化し始めた。

『結構器用ね』

 目の前で百面相やってるキラを、フレイは何となく冷静に観察していた。そのまま暫く見詰めていると、なんとか考えが纏まったのか表情が1つに絞られてきた。そう、不安と期待の交じり合った表情にである。

「フレイ、君は、僕のどこが好きになったの?」

 その質問を、フレイは予想していた。キラは自分を見てくれる人を求めている。「コーディネイターのパイロット」ではない、「キラ・ヤマト」をである。それを理解しているフレイだったが、何故か胸の奥から湧きあがってくる悪戯心に逆らう事ができなかった。

「そうねえ、私達なんか問題にならないくらいに強くて凄いところかな。流石コーディネイターよね」

 その答えに、キラは目に見えて落ちこんでしまった。その余りに予想通りな反応にフレイは噴出すように笑い出してしまう。

「ぷくく、あははははは、本当にキラは正直よねえ。すぐに顔に出るわ」
「・・・・・・そんなに可笑しい?」
「ええ、可笑しいわ。本当に、素直で傷付きやすくて、泣き虫で、臆病で、悲しくて、そのくせお人好しとしか言えないくらいに優しいわよね。あなたは」
「フ、フレイ・・・・・・?」
「嘘よ、私が好きになったのは、強いあなたじゃないわ。泣き虫で臆病で、迷ってばかりで、なんだか心配で放っておけないキラよ」
「・・・・・・僕が、コーディネイターでも?」

 そう、キラはコーディネイターだ。これは絶対に覆る事の無い現実であり、フレイはそのコーディネイターを嫌っていた筈だ。だが、フレイはキラの不安を笑顔で否定してくれた。

「そうね、確かに私はコーディネイターが嫌いよ。それは今でも変わらないわ。子供の形を親が選ぶなんておかしいと思うし、自分たちはナチュラルよりも優れてるって態度が見え見えで気に入らないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもね、私はキラの事は好きよ。コーディネイターだけど、キラだけは割り切って考える事にしたの。惚れた弱みかしらね」

 クスっと花の咲くような微笑を見せるフレイに、キラは心が高鳴るのを確かに感じた。まだヘリオポリスにいた頃、フレイを見るたびに感じていた高鳴りを。

「時間が経てば、そのうちコーディネイターという存在を受け入れられるようになるかもしれないけど、そんなすぐには変われない。でも、キラを受け入れる事は出来たわ。これは本当よ。コーディネイターだろうとなんだろうと、好きになっちゃったんだからしょうがないわよね」

 フレイの答えを聞いて、キラは胸の奥が熱くなってしまった。やっと僕を見てくれる人が出来た。コーディネイターだからでもなく、凄い奴だからでもなく、1人の人間として見てくれる人が。
 ポロポロと涙をこぼすキラを、フレイは優しい表情で慰めていた。

「ほら、泣かないで。もう、せっかく告白したのに、なんで最初にやる事が相手の男を慰めることなのよ。普通逆でしょ?」
「ご、ごめんね。でも、嬉しくって」
「だからって、泣かなくても良いじゃない。雰囲気ぶち壊しよ」

 フレイはキラを抱きしめると、その背中をさすってやった。まるで子供をあやすように。キラはその腕の中で、ようやく落ち着きだしていた。アークエンジェルに来て以来、初めて安らいだ気持ちになれた瞬間であった。

 

 MSの影から出てきたフレイは、後に続いて出てきたキラを見ると、もう1つの考えを口にした。それはキラに告白しようと決めた時、同時に考えてしまったもう1つの、より大切な事。

「ねえ、キラ。私達、もう一度最初から全部やり直さない?」
「やり、直す?」
「そう、私はまだ自分の気持ちに整理が付けられない。それは貴方も同じでしょう?」
「・・・・・・・うん、憎まれてたのは知ってたけど、利用されてたっていうのはね」

 キラにも内心にしこりは残っている。確かに戦ったのは自分の意思だが、それを上手く利用されていたというのは腹立たしいことこの上ない。そして、フレイにもキラを利用していたことへの、キラに向けた憎悪の感情に対する罪悪感が拭えない。

「私達、今の状態で前の関係に戻っても、また傷付けあうだけだと思う。だから、もう一度全てを最初に戻しましょう。恋人なんかじゃなく、友達の関係に」

 フレイの言葉に、キラは反論できなかった。そうかもしれないと自分も思えたから。

「そうだね。それが良いのかもしれない」
「ええ、そして、今度は時間をかけて、お互いをもっと理解していきましょう。それで、まだお互いへの気持ちが続くようなら、その時は改めて告白するわ」

 自分の目を見て澱みなく言いきるフレイに、キラは新鮮な驚きを感じた。目の前にいるフレイは、自分の知らないフレイだ。

「・・・・・・強くなったね、フレイ」
「自分の力で強くなった訳じゃないわ。艦長が、キースさんが、バジルール中尉、トールが私を支えて、色々教えてくれたからよ」

 そう、今の自分があるのは間違いなくあの人たちのおかげだ。もしあの人たちがいなかったら、きっと自分は今でもキラを利用しようと足掻いて、お互いに傷つけあっていたに違いない。そして、いずれは破局していただろう。自分は弱い心を抱えたまま周囲に八つ当たりして、自分の醜さをより酷く曝け出していただろう。
 それが分かるだけに、今の自分がいかに助けられ、励まされてきたかが実感出来るのだ。あのままキラと2人でいたら、他人に本心から感謝するという事も出来なかっただろう。皮肉な話だが、キラと離れて、仲間から孤立した事が自分を見詰めなおすチャンスをフレイに与えたのだ。
 2人はまぶしそうに空を見上げた。地球に降りて以来、もう随分時間が経つが、お互いに肩を並べていて、こうまで綺麗な空を見上げた事はなかった気がする。それだけの余裕が無かったのだ。だが今は・・・・・・・・・・・・
 そして、緊張の糸が切れたフレイは、襲い来る疲労に意識が遠くなるのを感じた。身体がふらつき、足元が覚束なくなる。キラはいきなりフラフラしだしたフレイの体を背中から抱き止めた。

「フレイ、どうしたの?」
「ご・・・・・・ご免、あなたと戦って、流石に疲れたみたい」

 フレイはナチュラルなのだ。先にザフトと戦って、そのまま自分とあれだけ激しい戦いを演じては疲れるのも無理は無い。キラはフレイを抱き止めたままその場に腰を下ろした。

「迎えが来たら起してあげるから、休んだ方が良いよ」
「・・・・・・うん・・・・・・そうする・・・・・・」

 キラの腕に抱かれながら安心した声でボソボソと返し、フレイは目を閉じた。キラは傍から聞えてくる寝息と、久しぶりに感じる温もりに表情を緩めた。まだ別れて1月ちょっとくらいしか経っていないのに、この寝顔を見るのは随分久しぶりという気がする。

「本当に久しぶりだな、フレイが僕の隣にいるのは」

 表情を緩め、キラはフレイの赤い髪をそっと手で梳いていた。
 あの頃は一緒にいるのに辛さというか、歪な感じがしたのに、今はこの寝顔が愛しく感じる。だけど、僕達にはまだまだ解決しないといけない問題が沢山あるけど、彼女はそれを超えて、いや、無視してしまうのかもしれない。

「・・・・・・でも」

 それでもキラは不安を隠しきれない。問題は彼女にではなく、自分にあるのだ。誰よりもコーディネイターにこだわっていたのはフレイでは無く、自分だったのだろう。自分は彼女のように何かを受け入れられるのだろうか。それとも、それを跳ね返せるほどの強さを持てるのだろうか。それが出来るとはどうしても言えなかった。

「・・・・・・でも、人は変われる。それは僕の目で確かめられた」

 種族の差も、奪われた痛みや苦しみも、持って生まれた力の差さえも越えて相手に歩み寄ることは可能なのか。それを少なくとも個人レベルでは可能だというのは彼女が見せてくれた。今はそれを信じよう。何時か、自分も変われる日が来るという事を。

 紆余曲折を経て、やっとキラは前に踏み出す事が出来るようになった。だが、彼のこれからには、さまざまな試練が待ち構えていることを、この時の2人には知る由もなかった。

 

 

 

 重なって倒れたまま動かない2機のMSにアークエンジェルが近付いてくる。艦橋からは動かなくなった2機に戸惑いを隠せないでいたが、ただスカイグラスパーで飛ぶフラガだけが苦しそうに笑い続けていることから、2人に何かあったのは確かなようだ。

「少佐、何があったのか報告してください」
「いや、こいつはちょっと報告できないな」
「なんでですか?」

 マリュ−のいささかきつい問い掛けに、フラガはなんとも言えない、とにかく笑いを押し殺したような声で答えた。フラガは通信機から漏れ聞えてくる2人の断片的な会話を聞いていたのだ。その余りに恥ずかしい内容に、1人で腹がよじれそうなくらいに肩で笑っている。最も、重要な部分は全然聞えていなかったので、ただの惚気話としか受けとっていなかったりする。

「いや、これはもう、個人のプライバシーに関わる事だからな。聞きたかったら2人に聞いてくれ。俺は嫌だからな。あんなの報告したら、蕁麻疹が出ちまうよ」
「は、はあ?」

 マリュ−は訳が分からないという様子だったが、どうやらフラガは絶対に口をわらないつもりであることは察しが付いた。そして、渋々と納得する。

「分かりました。とりあえず、2人はもう戦いを止めたんですね?」
「ああ、止めたよ。フレイがキラを止めた」

 それを聞いて、マリュ−はようやく安堵した。とにかく戦いは終わったのだ。地上に降りたアークエンジェルから車両が出てきて2機のMSを回収したのだが、ストライクと共にやってきたキラとフレイの雰囲気が妙に柔らかいというか、暖かい事にやってきた整備兵達は戸惑いを隠せなかった。さっきの出撃までギスギスした空気を漂わせていたのに、一体何があったのだろうか。
 アークエンジェルに帰って来た2人をキースとトールが出迎えた。その顔には苦笑が浮かんでいる。

「よう、お2人さん、今日は随分スッキリした顔してるじゃないか?」
「そうですねえ。何か良いことでもあった、キラ?」

 露骨に茶化してくる2人にフレイはクスクス笑い出し、キラは顔を赤くしてそっぽを向いた。フレイはキラの肩を叩き、この2人は細かい事情を知っていると教えるとキラは吃驚してしまった。

「な、なんで知ってるのさ?」
「だって、キースさんは私のお兄さんだし、トールは何かと嘴を突っ込んできてたもの。私があなたに告白できたのは、いろんな人たちのおかげよ。艦長や、ナタルさんにも世話になったんだから」

 何やら台詞の中に不穏当なものを見つけ、キラとトールはジロリとキースを見た。

「「お兄さん?」」
「な、なんだ、その目は。俺はただフレイを妹のように見ていただけで、別に血のつながりは無いぞ」
「つまり、お兄さんと呼んで欲しかったと?」
「違う、なんでそうなる!?」

 トールの突っ込みにキースは即座に反論した。フレイはキースの裏の事情を知っているので、そんなやましい考えではないことを知っているがあえて助け舟を出さない。なかなか薄情な妹だ。
 暫くトールと言いあっていたキースだったが、なんとか精神を再構築すると改めて2人を見た。

「さてと、キラ、分かってると思うが、お前は無罪放免とはいかないぞ。なんたって艦に直撃をくれたわけだからな」
「・・・・・・・はい」
「とりあえず、2人とも俺と一緒に艦橋まで来い。艦長と処分を決めなくちゃいかん。こりゃ本来なら軍法会議ものだぞ」

 キースの台詞にキラはビクリと肩を振るわせた。軍法会議などという物騒な単語を聞けば当然だろう。俯いたまま黙ってキースの後に付いて行くキラと、それを心配そうに見ているフレイとトール。
 そして、艦橋で2人を待っていたのはまさに鬼であった。そう、ナタル・バジルールという名の

「・・・・・・・さてと、キラ・ヤマト?」
「は、はい!」
「反逆罪は例外無く銃殺だ、分かってるんだろうな?」
「じゅ、銃殺ですか!?」

 まさかいきなりそう来るとは思ってなかったらしく、キラは驚愕して聞き返した。勿論ナタルはこういう時にジョークを言うような性格ではない。キラは縋るような眼差しでキースとマリュ−を見た。

「キ、キースさん、艦長?」
「まあ、軍規ではそうなんだがな」

 キースはどうしたものかとマリュ−を見た。

「現実問題として、銃殺しちゃうと艦の守りが問題ですからねえ。かといって無罪放免ともいきませんし」

 キースの言うことはもっともだ。キラを欠いたら誰がアークエンジェルを守るというのだ。フレイもかなり強くなったが、まだキラには及ばない。キラを欠く訳にはいかないのだ。
 暫く悩んだマリュ−は、困った顔でキースを見た。

「・・・・・・大尉に任せて良いかしら。カガリさんやアルスター准尉の処罰もあるんですし、ついでにやってくれます?」
「まあ、良いですがね。じゃあ何をさせますか・・・・・・・」
 
 しばし考えこむキース。キラとカガリとフレイは神妙な顔でキースの次の台詞を待った。そして、キースはまずカガリとフレイを見た。

「とりあえず、カガリとフレイは便所掃除1週間。艦内全部だぞ」
「「ええええ―――――っ!!」」
「嫌なら格納庫の大掃除というのでも良いが?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 もう一方の提案に首を横に振る2人。これで2人の処分は決まった。元々きつい罰を課すつもりも無かったのだ。だが、キラはそうもいかない。それなりの重罰を科す必要があるだろう。

「・・・・・・キラ、反省してるか?」
「はい」
「もう2度とあんな馬鹿な事はしないと誓えるか?」
「勿論です」
「・・・・・・・・そうか、じゃあ、今回は簡単な罰で済ませてやるかな」

 顎に手を当てて考えるキース。時折漏れてくる言葉にキラの顔がだんだん青褪めてくる。

「ふむ、カガリの手料理の試食とか・・・・・・・・バジルール中尉を笑わせるとか・・・・・・・・甲板全面のモップかけとか・・・・・・・」

 最初の2つはなんだと誰もが思ったが、あえてつっこまないでいる。何となくフレイの隣に居るカガリのこめかみに浮かぶ青筋が怖かったから。なおも暫く考えていたキースは、ようやく何かを思いついたのか、指を鳴らした。

「よし、キラ、とりあえずお前は甲板全面のモップがけだな」
「と、とりあえず?」
「そう、それが終わったら、次は俺のスカイグラスパーの修理を手伝ってもらうぞ」

 その意味を理解したキラは愕然としてしまった。キースは罰則を盾に自分を徹底的にこき使うつもりなのだ。何やら頭を抱えて苦悩しているキラを見てノイマンやミリアリアが笑いを堪えるのに必死になっている。その背後では何故かトールがカガリとフレイに三角帽と前掛けというお約束な掃除制服を渡している。どうやらキースは2人の処分は最初から決めていたようだ。情けない顔を見合わせて溜息をつくカガリとフレイであった。



後書き
ジム改 キラ・フレイ編終了〜〜
カガリ なんか、円満解決?
ジム改 フレイから見ればそうだけど、キラはどうかねえ
カガリ 新たな不幸を呼ぶのかな。まあそれは良いとして、私の出番は?
ジム改 心配するな。幾つかの話を挟んだら、いよいよカガリ編スタートだ
カガリ おお、では私も遂にMSに!
ジム改 へ?
カガリ 私としては、うーん、イージスかなあ。いや、キラとお揃いでストライクも
ジム改 あの、もしもし?
カガリ いや、いっそのこと新型を貰うというのも!
ジム改 待たんかい。勝手に妄想するな!
カガリ 何でだよ。私の出番ならMSの1機くらいいいだろ!
ジム改 何でお前にGシリーズを出さなくちゃいかんのだ!
カガリ じゃあどうやって活躍するんだよ!
ジム改 ふっふっふ、ガンダムだからMSを使わなくちゃいけない、という事は無いのだよ
カガリ ま、まさか・・・・・・
ジム改 君には立派な体があるではないか。それを上手く使ってだな
カガリ 私に身体を使って男を誘惑しろと!?
ジム改 ・・・・・・いや、何故にそっちに向かう?
カガリ ち、違うのか?
ジム改 違う。お前さんは数少ない歩兵戦技能を持っているから、それを役立てる
カガリ ・・・・・・つまり、ミサイル担いでまたMSと?
ジム改 そんなシーンもあるかもw
カガリ 死ぬ、今度こそ死んじまう!
ジム改 はっはっは。でも、そろそろ3人組やらも出さないとなあ
カガリ そういえば、宇宙がきな臭いんだっけ
ジム改 うむ、スピットブレイクの枝作戦である月攻略作戦が近いのだ
カガリ 連合最後の日も近いかな


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