第33章  仲間たち


 紆余曲折を経てやっと仲直りしたキラとフレイ。2人のいざこざから始まっていた艦内の不穏な空気は、2人の和解によって払拭されていた。特に2人と接する時間の長い整備兵達は、仲直りしてくれた事に心底安堵していたのである。

「良かったっすねえ、班長」
「ああ、何があったかしらねえが、やっぱりガキは喧嘩してるより笑ってるほうが良いってもんだ」

 部下の安心した声に、マードックは大きく頷いた。2人の視線の先ではトールの飛ばしたジョークに楽しそうに笑っているキラとフレイがいる。この間まで辛そうな顔しか出来なかったのに、何時のまにやらあんなに仲良くなっている。

「いいねえ、子供は」
「そういえば、班長は奥さんと子供に、もう何ヶ月も会ってないんですよね」
「ああ、たまに会いに行ってやらねえととは思うんだが、こんな状態じゃあな」

 マードックは少し寂しそうに子供達を見ている。軍人なのだから仕方ないのだが、それでも望郷の念に囚われる事はある。

「あいつ等の家は、オーブでしたっけ?」
「らしいな。もっとも、フレイお嬢ちゃんは天涯孤独の身らしいが」

 マードックは楽しそうに笑っているフレイを見て、そして隣のキラを見た。

「まあ、あいつがいりゃ大丈夫かな」
「何がです?」
「なんでもねえよ、気にすんな」

 言うのも気恥ずかしかったので、マードックは不機嫌そうな表情を作って誤魔化した。だが、内心ではキラとフレイを見て安心していたのだ。どんなに辛いことがあっても、1人じゃなければ案外なんとかなるものだから。

「そういえば、坊主の奴、バゥアー大尉に甲板掃除を言いつけられたそうじゃねえか。ちゃんとやったのか?」
「はあ、昨晩ぶっ通しで終わらせたそうですよ。大尉がずっと監視してたそうで」
「そりゃ、ご苦労だったな」

 マードックは人の悪い笑みを浮かべた。実はキラは今日もキースのスカイグラスパーの修理を手伝わされていたのだ。恐らく不眠不休だったのだろう。だがまあ、幾ら暴走してたとはいえ艦に一発くれるような事をしたのだ。これくらいは仕方ないだろう。むしろこの程度ですんだ事をキースに感謝しなくてはなるまい。

「そういや、お嬢ちゃんはまだあのガキどもの相手をしてるのか?」
「結構人気者みたいですよ。子供たちにお菓子をあげたりしてるそうですし」
「お菓子って、どこにそんなもんがあるんだ。高カロリービスケットか?」
「違うみたいですがねえ。どこから持って来てるんでしょ?」

 まさか、ナタルに分けてもらってるなどとは露ほども想像できない2人は、この解答困難な命題に暫し悩む事になる。

 

 


 格納庫を出た所でフレイやトールと別れたキラは、そこで意外な人物と出会った。その人を見て、キラは思わず足を止めてしまう。

「サ、サイ・・・・・・・」

 そう、サイだ。腫れはひいたようだが、まだ所々に湿布を固定する包帯が巻かれており、打撲が完全に直っていない事を教えている。
 サイはキラの前まで来ると、黙って右手を差し出した。それを見てキラが戸惑いを浮かべる。

「サイ?」
「仲直りの握手だよ、キラ」
「え?」
「フレイがな、出撃の前に俺に謝りに来たんだ。お前が好きだから、俺とは付き合えないってな。何度も頭を下げてたよ」
「あのフレイが・・・・・・」

 キラにはフレイが頭を下げて謝ったというのが信じられなかったが、あの自分と戦った、もう一度全てをやり直そうと言ったフレイなら、そういう事もあるかもしれないと思った。

「フレイが出撃命令を受けて医務室を出ていった後、俺もこれ以上お前と仲違いするのは止めようって考えたんだ。元々、キラと殴りあったのも自分にけじめを付ける為だったしな」
「サイ」
「あのフレイだって自分を変えていったんだ。俺たちだって変わらないとな。だからさ・・・・・・」

 差し出されたサイの手。それは、ヘリオポリスの仲間の元にもう一度戻れる切符に見える。そしてキラは、躊躇いながらもその手を恐る恐る握り返した。
 弱々しく握り返してきたキラの手を、サイは力一杯に握り返した。突然の事にキラが僅かに顔を顰め、サイは面白そうに笑みを浮かべて手を離した。

「はははは、これからは昔みたいに楽しくやっていこうな、キラ」
「な、仲直りの握手がこれ?」
「彼女を奪われた男の嫉妬の怒りって奴だ」

 軽く返すサイに、キラはとほほと溜息を吐いた。何にせよ、2人の間にこれまでのような余所余所しい雰囲気は感じられず、どこか落ち着いた空気がある。お互いにまだしこりはあるだろうが、サイは自分からキラに歩み寄る道を選んだのだ。
 だが、キラはまだ、自分のポジションを、戦う理由を見つけてはいない。キラは一体、どういう道を選ぶのだろうか。

 

 

 

 フレイはミリアリアとの約束を守った。ミリアリアを自室に招き、紅茶とお菓子を振舞ったのだ。それらをミリアリアは目を丸くして見ている。

「な、なんでこんな物があるのよ?」
「この艦にはこういう物を揃えてる人がいるのよ」

 得意げに語るフレイに、ミリアリアは物珍しげな目でフレイを見る。

「フレイ、何て言うか、変わったね。昔よりずっと良い顔をするようになった」
「そう、かな。自分ではよく分からないけど?」
「変わったわよ。私が言うんだから間違いないって」

 ミリアリアに断言されて、フレイはどう反応したら良いのか、少し迷ってしまった。自分では実感がないだけに、人に言われてもよく分からない。だが、どう変わったのかと問い掛けて帰って来た答えは、何とも酷いものであった。

「そうねえ、昔は我侭で高慢、人の傷付く事を平気で言う無神経で嫌な女ってのがフレイのイメージだったわね」
「・・・・・・あ、あのねえ」
「怒らないの。だから今は変わったって言ってるのよ。何て言うか、昔の高慢さとか、見ていて鼻につくお嬢様っぷりが抜けてて、ずいぶん付合い易くなってるわ。まあ、我侭ってのは変わってないかもしれないけどさ」
「悪かったわね、我侭で」

 答えるフレイは怒るでもなく、ただ苦笑を浮かべていた。昔なら激しく反応していただろうが、今のフレイはこれくらいで激発したりはしない。もはや今のフレイは昔のような愚かな自尊心で自分を塗り固めてはいない。自分を格下だと、他人より劣った存在だと受け入れられた今のフレイは、激発する事が随分少なくなっている。まあ、キースやナタルに散々叱られ巻くって凹んでしまった事も大きかったかもしれないが。
 その時、新たな客人がやってきた。インターホンから元気の良い声が聞こえてくる。

「来てやったぞ、フレイ」
「え、カガリさん、なんで?」
「私が誘ったのよ。・・・・・・ちょっと待って、今開けるから」

 立ち上がり、扉を開ける。すると、カガリが中に入ってきた。

「ここがお前の部屋か。なんか殺風景だな」
「そのうち何か揃えるわよ。それより、どうぞ」

 フレイに誘われ、カガリは何故か置いてある折畳式のテーブルの前に腰を下ろした。カガリの前にフレイが淹れた紅茶が置かれる。

「はい、どうぞ」
「おお、サンキュ」

 カガリは嬉しそうにカップに口をつけ、紅茶を啜った。全く音を立てない見事な飲み方にミリアリアが少し驚く。
 カガリはカップをソーサーに戻すと、フレイを見てニヤリと笑った。

「しかし、聞いたぞ。キラと縒りを戻したんだってな」
「え、本当なの、フレイ?」
「間違いないね、私は整備班のやつらが話してるのをはっきりと聞いたんだ」

 自信満々に言うカガリ。何かしてはキースに叱られて至る所を掃除させられている為か、アークエンジェル内の掃除のおばちゃんと化しているカガリは、艦内事情に結構通じている。いわゆるおばちゃんの地獄耳と言う奴だ。その情報に驚いているミリアリア。だが、フレイは小さく笑って首を横に振った。

「ううん、私達は縒りを戻した訳じゃないわ」
「え、でも、整備班の奴らが・・・・・・・」
「仲直りしただけよ。縒りを戻した訳じゃないわ。今の私とキラはただの友達よ」
「なんでよ、フレイ。トールの話だと、キラとあなたは両想いなんでしょう。そりゃ、今までは間違ってたかもしれない。でも、想いの擦れ違いに気づいたんなら、なんの問題もないじゃない」

 不思議そうに問うミリアリアに、フレイは自分とキラの出した答えを伝えた。

「今、また縒りを戻しても、きっとまた壊れるわ。だから、一度距離を置く事にしたの」
「距離を?」
「ええ、私にはキラにした事への拭えない罪悪感があるわ。キラにも私への怒りが燻ってる。こんな状態で縒りを戻しても、お互い辛いだけよ。だから、もう一度お互い距離を置いて、お互いを見詰めなおして、それでまだ本当に好きだったら、その時は改めて告白するって決めたの」

 フレイの決断に、ミリアリアとカガリは感心してしまった。何と言うか、あのフレイがこんな決断が出来るとは、これまで想像さえ出来なかったからだ。

「フレイ、やっぱり変わったわね。私の知らない間にずっと強くなってる」
「うう、やっぱりなんかフレイって感じがしない。こんなに物分りの良いフレイなんて違和感有り過ぎだぞ」
「なんとでも言いなさいよ」

 涼しい顔で紅茶を口にするフレイ。そんなフレイにカガリが悪戯心を出した。

「なんだよ、本当は寂しいんじゃないのか?」
「そう見える?」
「見えるって言うかさ、普通そういうもんじゃないのか?」

 問い掛けてくるカガリに、フレイは少しだけ幸せそうな笑顔を浮かべた。

「もうキラを見ても目を逸らさなくて良いんだし、普通に話せるんだもの。十分よ」
「そ、そうか、そういうもんなのか?」

 カガリの再度の問い掛けに、フレイはクスリと花のような微笑みを閃かせた。その笑顔にミリアリアとカガリは不覚にも見惚れてしまう。それは、まさに幸せな恋をしている少女の笑顔であったから。

「カガリも、好きな人が出来て、その人が目の前にいるのに口を聞く事さえ出来ないなんて日々を送ってみれば、私の気持ちが分かるわよ。正直、辛いわよ」

 えらく実感の篭った言葉に、カガリとミリアリアは神妙な顔で続きを促した。

「キラに別れを告げてから、私も辛かったわ。居もしないキラが見えたりしてね。1人があんなに辛いとは思わなかった」
「じゃあ、なんで今は1人で満足なんだ?」
「だって、傍に居なくても、キラは何時でも助けに来てくれるって信じてるから」

 あからさまな惚気に、ミリアリアは何とも言えない複雑な表情となり、カガリは脱力して床に突っ伏してしまった。そのままピクピクと小刻みに痙攣している。どうやらカガリにはこの手の話への耐性がなかったらしい。
 動けないカガリに変わってミリアリアが口を開いた。

「フレイ、そんなにキラが好きなのに、距離を置くの?」

 ミリアリアには分からなかった。そんなにキラが好きなら、距離など置かずとも、友達からやり直さなくても、ちゃんとした恋人としてやっていけるのではないかと思えるのだ。だけど、フレイはそうしなかった。何か、そうしなかった理由があるのだろうか。
 このミリアリアの疑問に、フレイは少し考えてから答えた。

「そうねえ、キラも私も、弱い人間だからかな。今近付くと、お互いに優しくしてしまって、きっと傷の舐め合いになっちゃうわ。それじゃ駄目なんだって事は、もう分かってるから」
「優しいだけじゃ駄目なの?」
「駄目なのよ。どうしてか、何が必要なのかはまだ分からないんだけど、いつかそれを見つけたらいいと思ってる」
 
 フレイの知らない答え。それが何なのか、ミリアリアには分からなかった。勿論カガリにも分からない。あるいはすでにフレイはその答えに辿り着いているのかもしれないが、それと分かっていなければ、それは答えではないのだ。
 そして、ようやく復活してきたカガリが、よろよろとテーブルに肘をついて体を起した。

「な、なんでそうまだるっこい事をするんだか、私には分からないな。好きになったんなら真っ直ぐにぶつかって行けば良いだろうに」
「カガリさんは単純ね〜」

 なんとも直線的な物言いをするカガリに、ミリアリアが呆れた視線を向けた。自分とトールだって、ここまで来るのにさまざまな紆余曲折があったというのに。

「単純で悪かったなっ!」
「カガリさんってさ〜、付き合った経験どころか、誰かを好きになった事もないでしょう?」

 ミリアリアの突っ込みにギクリとするカガリ。上半身を後ずらせ、僅かな怯みを見せる。それを見たミリアリアの目がギラリと虐めっ子な光を放った。その態度には彼氏持ちの余裕が伺える。

「ふっふっふ、やっぱりね」
「な、なんだよ。悪いかよ!?」
「悪いって言うか、遅れてるって言うか、微妙よね〜」
「男なんか居なくたって構わないだろうが!」
「居ないよりは居た方が良いと思うけど〜?」
「わ、私だって気になる奴くらいはいるさ!」

 負け惜しみの様に怒鳴り返すカガリ。だが、それはまさに薮蛇であった。それを聞いたミリアリアが驚きと好奇心の固まりと化してカガリに問い掛ける。

「へえ、誰よ?」
「・・・・・・・い、いや、それは、その」
「まさかサイ? それともキラ?」
「ち、違うよ!」
「じゃあノイマン少尉とか、フラガ少佐?」
「誰だって良いだろ!」

 顔を赤くして言い返すカガリ。だが、カガリと縁のある男性はこの艦では少ない。サイでもフラガでもキラでも無いとすれば、残るのは・・・・・・・・

「まさか、キースさん?」

 ミリアリアの問い掛けに、カガリは顔をリンゴの様に真っ赤に染め上げた。その分かり易い態度がミリアリアに答えを与えてしまう。まさか、カガリがキースを好きだったとは、これまで思いもしなかった。

「そうかあ、キースさんかあ。カガリさんもなかなかお目が高いわね」
「勝手な想像するんじゃない!」
「うふふ、照れない照れない。でも、キースさんはバジルール中尉が好きみたいだし、手強いわよ」

 ミリアリアの攻勢に対処し切れず、カガリは悔しそうに押し黙ってしまった。やはり、ことこの手の話題では持たざる者より圧倒的に持つ者の方が有利だ。悔しそうに俯くカガリを得意そうにからかうミリアリア。この何とも平和な光景に、フレイは例えようも無い懐かしさを覚え、頬を一筋の涙がつたり落ちた。それを見たミリアリアとカガリが驚いてフレイを見る。

「ど、どうしたのフレイ?」
「なんでいきなり泣き出すんだよ?」

 驚く2人。それでフレイはようやく自分が涙を流しているのに気付き、袖で目を拭った。

「ご、ごめん、ちょっと昔を思い出しちゃって」
「昔って、ヘリオポリスの事?」
「うん、あの頃は、こんな話を当たり前みたいにしてたなあって思って」

 過去を懐かしむフレイの目を見て、ミリアリアも昔を思い出してしまった。トールと、キラと騒いでいた日々を。あの頃は本当に平和だった。

「戻れるよね、あの頃みたいに、みんなで何の心配も無く笑える日に」
「・・・・・・戻れるわよ、きっとね。ううん、戻らないといけないのよ」

 フレイの問い掛けに、ミリアリアは大きく頷いた。そうだ、みんなであの日を取り戻すのだ。その為に自分たちは戦っているのだから。
 ヘリオポリスの生活を知らないカガリは2人の取り戻したがっている日常がどういうものかは分からなかったが、平和だったのだということは分かる。そして、その中に自分も加わりたいとカガリは思った。

「ヘリオポリスはもう無いけど、戦争が終わったらみんなでオーブ本土に行こう。そこでみんなで楽しくやろうな」
「そうね、オーブに戻れたら、3人でショッピングにでも行きましょうよ」
「・・・・・・うん、そうね」

 カガリの言葉にミリアリアが同意して新たな提案を出し、フレイも頷いた。

「でも、3人だけだと荷物持ちが居ないわよ?」
「大丈夫よ、少なくともトールは居るから」

 フレイの問いにミリアリアが自信を持って答えた。その自信にカガリとフレイが苦笑する。確かにミリアリアとトールなら大丈夫だろう。キラは付き合ってくれるだろうか。もしかしたらその頃には完全に心が離れているかもしれないから、その時にはキラはいないかもしれない。
でも、その時にキラが自分の隣にいてくれることを、フレイは密かに願っていた。平和な時代に、キラと一緒に街を歩く。それは、今のフレイにとってのささやかな、だが渇望する夢となっていた。

この時はまだフレイは気付いていなかったが、これが戦争という狂気の中で、フレイにとって自分を正気でいさせてくれる何かとなる。生き残りたいという執着の源となる。フレイは、この夢を戦争中ずっと抱き続けるのだ。

 

 


「でもまあ、もしかしたらその時にはキラよりずっと素敵な人が見つかってそっちに夢中かもしれないけどね」
「ああ、それはあるかもね。私だってフラガ少佐が10歳若かったら放っておかないもの。トールなんかポイして口説きに走るわね」
「そ、そういうものか。いや、確かにそうかもな」
「まあ、ラミアス艦長も男を選ぶのは女の特権とか言ってたし」
「そうそう、男は振り回して自分の立場を分からせろとも言ってたわねえ」
「さすが艦長だな。何と言うか、百戦錬磨?」
「きっと若い頃は群がる男を貢がせて振って振って振りまくってるわね」
「私達も学ぶ所が大きいわね」
「・・・・・・今度、色々教えてもらいに行くかな」

 少女達は艦内で結構逞しく育っているようである。

 

 

 

 同じ頃、キラは何をしていたのだろうか。

「はあ、僕、なんでこんな目に・・・・・・」

 甲板掃除とスカイグラスパーの修理を手伝わされたキラは、今度はナタルとマリュ−の書類整理を手伝わされていた。愚痴るキラをジロリとマリュ−とナタルが睨む。

「・・・・・・キラ君、誰のせいでこんなに報告書やら何やらの仕事が増えたと思ってるのかしら?」
「乗艦への発砲を誤射と誤魔化す為の理由作り、損傷箇所の修理、ストライクとデュエルの戦闘報告も誤魔化さなくてはいかんし・・・・・・」

 恨みがましい目で睨んでくる2人。その視線にはもはや怨念さえ篭っているかのようだ。2人の視線にさらされたキラはこれ以上文句を言うことは自らの命に関わると悟り、黙々と始末書作成に勤しみだした。ちなみに、キラの隣には始末書が30枚ほど堆く積み上げられている。明らかに2人の嫌がらせであった。

「・・・・・・私、一昨日から2時間仮眠とってるだけなのよね・・・・・・」
「最近、こう、胃が痛いんですが・・・・・・」

 愚痴愚痴と漏れでてくる不満の中に微粒子の様に混じるそこはかとない怒気を感じてしまうキラ。恐らく、日頃から溜まっていた鬱憤が噴出しだしているのだろう。キラはキースとフラガが自分に始末書と一緒に2人の手伝いを命じた本当の理由がようやく分かって来ていた。2人はマリュ−とナタルの鬱憤の捌け口に自分を利用したのだ。自分たちが矢面に立つのが嫌だから。

『キースさん、フラガ少佐、僕に面倒ごとを押しつけましたね・・・・・・・』

 心の中で涙を流しつつ、キラはせっせと書類を片付けていった。この地獄を終わらせる唯一の手段は、この書類を終わらせる事だけであるから。
 だが、キラはこの後も延々と愚痴を聞かされ続け、翌朝の朝日が登る頃には身も心もボロボロになるまで憔悴し切ってしまったのである。もしかしたら、独房に一週間もぶちこまれていた方がマシだったんじゃないだろうか。


 そして、キラをこんな目に合わせた張本人はと言うと。

「ふふふふ、さあどうするキサカ一佐。もう後が無いよ?」
「む、むううううううう」

 何故か展望室でお茶を片手に将棋などを指していた。何処にこんな物があったのかは永遠の謎であるのだろう。しかし、だんだん彼はおじさん臭くなって来てはいないだろうか。

 

 

 

 もしこんな所を突かれていたらアークエンジェルといえど持たなかっただろう。だが、彼らは動かなかった。この時、彼らもまた動ける状態ではなかったのだ。何故なら・・・・・・・


 アスランは悩んでいた。1つの包みを前にして。そう、ラクスのくれたクッキーの包みだ。これを前にアスランは深刻に悩んでいたのである。食うべきか、食わざるべきかで。

「どうすれば良い、俺はどうすれば良い、誰か教えてくれ・・・・・・・」

 前に食べたシチューの記憶が蘇る。あの時は死ぬかと思った。これもあれと同じくらいの威力があるのだろうか。

「こ、この威力を軍事利用できないものだろうか。戦略兵器級の脅威だと思うんだが」

 なにやら物凄くヤバイ方向に思考が向いているアスラン。だが、これでもいたって真剣なのである。じゃあ捨てれば良いだろと思う人もいるだろうが、せっかくラクスが作ってくれた物を捨てられるか、といういささか複雑な事情もあるのだ。それに、もしばれたら後が怖い。
 悩むのに疲れたアスランはクッキーを置いたまま部屋を後にした。その後、部屋にわいわいとザラ隊とジュール隊の仲間たちが集まってきた。

「やれやれ、今日の仕事も終わったか」
「いいかげん疲れるよなあ。さっさと足付きを見つけねえとたまらねえぜ」
「あはははは、ディアッカは事務仕事が苦手ですからね」
「困ったものです。おかげで私の仕事が増えてしまって」
「だったらフィリスさん、お礼に何か奢ってもらったらどうです?」
「お、俺は真面目に働いてるぞ!」

 入って来た彼らは、何故かテーブルの上に置かれているクッキーに気付いた。包みに「アスランへ」などと書いてあるのを目にしたディアッカ達が悔しそうなうめきを漏らす。

「こいつは、アスランへのプレゼントか?」
「クッキーですねえ」
「なんであいつばかりモテるんだよう!?」

 慟哭するディアッカ。イザークとニコルとミゲルはまたかと言わんばかりに呆れた目を向けている。そしてディアッカはクッキーを掴むとフィリスを見た。

「フィリス、お茶煎れてくれ!」
「良いですけど?」

 なんでいきなり、と視線で問い掛けるフィリスに、ディアッカはクッキーを指差してにやりと邪な笑みを浮かべた。

「これでも食ってアスランを待つとしようと思ってな」
「良いんでしょうか、人の物を勝手に食べて?」
「まあ、良いんじゃない。アスランだって怒りゃしないだろ」

 困った顔になったニコルにミゲルが気楽に返す。それで場の意見が決まったのか、皆各々好き勝手に椅子に腰掛けていく。フィリスは「仕方ないですねえ」と言いながら紅茶の準備をした。
 そして、紅茶を前にみんなが手にしたクッキーを口に放り込んだ・・・・・・・・・

 

 暫くして部屋に戻ってきたアスランは、そこで信じられないものを見た。仲間達が全員真っ青な顔で机に突っ伏しているのだ。時折小刻みに痙攣しているのがかなりヤバゲに感じる。

「な、何があったんだ、一体?」

 入口で呆然と佇むアスラン。その答えは机の上に置かれている包みにあった。どうやら彼らはこれを食したらしい。

「なんて馬鹿な事を、死ぬ気だったのか?」

 露骨に酷いことを言いながら、アスランはその包みを手に取った。仲間達の犠牲のおかげで数はかなり少なくなっている。これくらいならば死ぬ事はあるまい。アスランは意を決すると、それを上に上げた。

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ、愛ゆえに人は悲しまねばならぬ、愛ゆえに、愛ゆえにぃぃぃぃ!!」

 そしてアスランは残ったクッキーを全て口に流し込んでしまった・・・・・・・・

 


 オーストラリアに向う飛行機の機上で、ラクスは夜空を流れる流れ星を見た。

「まあ、ピンクちゃん、流れ星ですわ」
「ハロハロ?」
「私とて、アスランの無事を祈るくらいの我侭は許されますわよね」

 ラクスは瞑目すると、両手を胸の前で組み合わせた。

「どうか、アスランに星の加護を。私の元に無事に彼を帰してください」
「ミ、ミトメタクナイッ!」
「まあ、ピンクちゃんたら」

 跳ね回るハロを両手で掴まえると、ラクスはまた夜空を見上げた。この星の下に、アスランもいるのだと思いながら。

 

 


 アスランはまさに生と死の狭間を漂っていた。軍医が駆けつけ、アスランの容態を確かめている。

「駄目だ、酸素吸入を。医務室に運ぶんだ!」
「先生、脈がどんどん弱くなっていきます!」

 看護兵の悲鳴のような報告に軍医の顔色が悪くなる。辛うじて復活していたミゲルとジャックはアスランの身体に縋りつかんばかりに慌てていた。

「ア、 アスラン、死ぬな、死ぬんじゃないぞっ!」
「隊長、目を覚ましてください!」

 2人の声が届いたのか、アスランがうわごとのような呟きを漏らした。

「ま・・・・・・・・」
「アスラン、気が付いたのか!?」

 ミゲルがアスランの呟きを聞いて喜ぶが、次のアスランの声を聞いた時、危うく止めを刺したくなってしまった。

「ま・・・・・・待ってよガチャピン〜〜〜〜・・・・・・」
「追うなぁぁぁ――――!!」

 胸倉掴み上げてガクガク揺さぶるミゲル。それを後ろから羽交い締めにして必死に止めようとするジャック。

「や、止めて下さい、ミゲルさん。死んじゃいますよ!」
「一度死んで来い!」
「何度も死ねませんってば―――!!」

 嗚呼、アスランの命運やいかに。ひょっとして彼、この話の中で1番不幸なんではないだろうか?
因みに、何故かイザークはムックと一緒に空を飛んでいたそうだが。

 

 


 中立国、オーブ首長国。ここは現在の戦争に直接加わらず、ただ中立を保ち続けている島国である。国土は小さいが高い技術力を持ち、地球連合内での影響力も強い。戦争をしている各国に武器や食料を輸出したりして外貨を稼ぎ、国力を増大させている。
 世界が戦争の流れに巻き込まれる中で、中立を保ち続けるこの国の指導部は、それだけで有能であると称えられる資格があっただろう。数少ない中立国ということで連合、プラントの外交の舞台となる事も多く、その戦略的価値は計り知れないものがある。
 ただ、その動きに不満を抱く者も多く、連合に志願するオーブ国民は決して少なくは無い。前代表ウズミ、現代表ホムラ、ともにこの戦争への参加を拒否しているが、国民が必ずしもその方針に満足している訳ではないのだ。オーブはコーディネイターを受け入れている珍しい国だが、国民が必ずしもコーディネイターに好意的という訳ではない。中にはザフトが地球に侵攻して来た事を自分たちの世界への侵略と受けとめる者もいたのだ。また、他国に親族や友人がいる者にしてみれば、戦争は他人事ではない。
 今、このオーブの中立は、かなり微妙なバランスの上に成り立っているのだ。

 そして今、この国を舞台に1つの戦いが行なわれようとしていた。プラント大使館付きの駐在武官であるウォルトン・サカイは、指定された海岸沿いのホテルへとやって来た。そのまま指定された場所まで赴くと、そこには大西洋連邦のオーブ駐在公使付き補佐官、ウォルター・アイランズがソファーに腰掛けて待っていた。
 勧められるままにソファーに腰を下ろし、アイランズを観察する。中肉中背の中年、一見何処にでもいる冴えない風貌のナチュラルだが、その落ちついた態度とゆったりとした構えがサカイに無言の威圧感を与えた。

『交渉相手としては、こういうのが1番厄介だ』

 だが、ここで逃げる訳にもいかない。今の自分の肩にはプラントの命運がかかっているのだから。サカイはパトリックから大西洋連邦との交渉を行うパイプ役という、重要な使命を与えられているのだから。

「持って回った言い方は好ましく無いと思いますので、単刀直入に申しましょう。我が国、プラントは地球連合との講和を望んでいます。それも、可能な限り早急に」

 アイランズは口を開かず、視線で続きを促した。

「講和の条件は、ザフトの縮小、プラントへの連合各国資本の参入、プラント−地球間の航路管理権の大西洋連邦への委譲、占領地域からの全面撤退、地球各地に撃ち込んだNJの除去への協力、戦後復興への協力、以上でどうです?」
「・・・・・・思い切った妥協を評価したい、と言いたい所ですが」

 アイランズは首を横に振ってから口を開いた。口調は穏やかだが、何処かひんやりした知性を感じさせる。

「開戦前ならいざ知らず、今更それはムシが良すぎますな。連合各国はこの戦争で多くの犠牲を出しています。コーディネイターを1人残らず皆殺しにしろと言う勢力も少なくはありません」

 1人残らずと言う部分にサカイは危うく激発し掛けたが、どうにかそれを堪えた。もしここで自分が席を立てば、全ての努力が水の泡となってしまうからだ。

「ですが、ヨーロッパでの戦闘では、ザフトは破れはしましたが、ユーラシア連邦の死傷者は10万を超えるそうですな。わが方の損害は2万程度。今後もこのような損害を出し続けるおつもりですか。開戦前に出された要求を上回る成果を得られるのですから、貴国らの国益にも叶うと思うのですが?」
「国益に叶うかどうかの判断をするのは貴方でも私でもない。あくまで本国政府です」

 ピシャリとアイランズは言いきり、サカイの論法を封じた。

「それに、今日はそんな事を話し合う為に会見を設定した訳ではないはずだ。我々は講和の可能性に付いて意見を交換する為にここに居る。そうですな、サカイ武官?」
「勿論です」

 サカイは頷いた。ヨーロッパ戦での結果に付いては色々言いたい事もあったが、今はそれを語るべき時ではないというアイランズの言葉は確かに間違ってはいない。
 
「こちらの条件が受け入れられないと言うのであれば、どのような条件なら、講和を妥結できるとお考えですか?」
「現状であれば、無条件でしょうな」

 アイランズはいささか深刻そうに言った。

「いかに過酷なものであれ、連合の出した条件に一切文句を言わず、そのまま受け入れること。これが条件です」
「そんな無茶な!」

 サカイはほとんど悲鳴を上げていた。

「それでは、全国民を皆殺しにされても文句は言わない、という事ではありませんか!!」
「実際にそれを望む声もあります。タカ派の新聞などは堂々とそう書いてますよ」

 話にならん! こう言い捨てて退出したい衝動を、サカイは必死に押さえた。先ほども激発し掛けたが、どうもこの男は自分をわざと怒らせようとしている様な気もする。もしかして、この男は自分を試しているのだろうか。
 そう考え、サカイは僅かに浮かした腰をソファーに戻した。
 ソファーに戻ったサカイを見て、アイランズは僅かに口元を緩めた。

「幾つか、お伺いしたい事があります」
「何でしょうか?」
「プラントは評議会制であったはず。議長の独裁制ではないでしょう。評議会は今回の講和を受け入れられるのですかな? それと、国民はこの講和に納得するのでしょうか? 特にザフトですな。我々の入手した情報によれば、プラントには講和を希望する世論がほとんど形成されていない筈ですが」
「・・・・・・条件が納得出来るものであれば、評議会もザフトも、国民も納得してくれるものと思います。ただ、先ほど言われた無条件降伏などというものではとても無理でしょう」
「我が国とて、先ほど貴官が出された条件では到底納得はしませんよ。ただ・・・・・・」

 アイランズは少し考えてから言った。

「今回の会見は非公式のものですし、私も貴方も全権大使ではない。今ここで何かの取り決めをしても、それには如何なる拘束力もありません」
「それは、そうです・・・・」
「今日の会見で、プラント評議会議長パトリック・ザラ氏に明確な講和の意思があることが確認できた事は、我々にとっても1つの成果であったと考えます。プラントの提示した条件を本国が受け入れるとは思いませんが、内容と会見の結果については、公使を経由して本国に伝える旨お約束しましょう」
「ありがたい、是非お願いします」
「勘違いをなさらないで頂きたいが、サカイ武官」

 アイランズは右手の人差し指を左右に軽く振った。

「私はあくまでメッセンジャー・ボーイの役目を果たすだけです。私はプラントの味方でも、貴方の味方でもなく、大西洋連邦の国益の為に動いている。プラントの提案は受け入れ難いが、本国の大統領閣下やそのスタッフであれば、互いに歩み寄って妥協点を考え付くかも知れぬ。それだけです」
「今はそれで充分です」
「結構」

 アイランズは右手を差し出した。

「いずれまた、そう遠くない将来に、お会いしたいものですな」

 


後書き
ジム改 まあ、中休みの話だな
カガリ 私とミリィとフレイのお茶会か
ジム改 実はな、俺はあることに気付いた
カガリ 何?
ジム改 うむ、強気なカガリとフレイは会話させ易い
カガリ むう
ジム改 何と言うか、息が合うというか、不思議なテンポの良さがある
カガリ つまり、ポンポン話が出来ると?
ジム改 そうなのだ。余り考えなくても売り言葉に買い言葉でポンポン喋るから
カガリ まあ良い。で、次の話はなんだ?
ジム改 うむ、この辺りでアークエンジェル以外の動きも入れたいのでな
カガリ ふむふむ
ジム改 月攻略作戦発動。ザフトと連合軍の大規模艦隊戦が始まる
カガリ それはまた派手だな
ジム改 派手だぞ。連合はハルバートン指揮で大艦隊を出すし、ザフトも30隻は出してくる
カガリ 私は出れないけどな
ジム改 テレポートでもしない限り無理
カガリ うう、私のMSデビューの日は何時だ?
ジム改 まだ諦めてなかったのか
カガリ 本編じゃあラスト2話だけで、しかも一瞬だぞ!
ジム改 まあねえ、何しに乗せたんだか分かりゃしない
カガリ あれならクサナギの艦橋で指揮官やってる方が目立った気がする
ジム改 冷静なファンには不評だったそうだからねえ
カガリ ううう、そもそも私、何時MSの訓練したんだろう?
ジム改 さあ? 種の力・・・・・・乗った時は発現してなかったか
カガリ 何というか、叩かれる為だけに乗せられたようだ・・・・・・
ジム改 こっちで仮にMSに乗るなら、師匠はフレイか?
カガリ ネチネチいびられそうで嫌だなあ
ジム改 ではキースで猛特訓?
カガリ 半殺しにされそうだな


次へ   戻る   目次へ