第34章 ムーン・アタック
プトレマイオス・クレーターにある大西洋連邦月面基地。現在では地球連合軍の数少ない宇宙拠点であり、5個艦隊が駐留している大規模な兵站基地でもある。その強大な戦力のおかげでこれまでザフトの攻撃を撥ね退けてきたが、それが単に敵が本格的に攻めてこないおかげだというのは誰でも知っている事実だ。
これまでさほど大きな戦闘も無く、平穏の中にあった月基地だが、ここに来て遂にその平穏が破られる時が来た。哨戒に出ていた艦隊が月基地を目指すザフトの艦隊を発見したのだ。
詳細を受け取った月基地では、直ちに迎撃の準備がはじめられた。各艦隊に出撃が命じられ、防衛設備が急ぎ立ち上げられていく。宇宙港からは外洋に出るべく第6、第7、第8の3個機動艦隊が出撃して基地上空で陣形を整えている。
この迎撃艦隊の総指揮を取っているのは、先の地球軌道上での戦闘で勝利を収め、少将に昇進したハルバートン提督だった。第7艦隊司令官のロットハウト准将と第6艦隊司令官のシャンロン准将をメネラオスに集め、迎撃作戦を説明する。
「我々の目的は奴らをここで食いとめ、月基地を守ることにある」
「そんな事は分かっています」
「だが、3個艦隊で防ぎ切れるのですか。敵の数は30隻前後だというではないですか。4倍の兵力差では我々は勝てません」
そうなのだ。ザフトに対し優勢を得るには5倍の兵力差を必要とする、というのがこれまでのザフトと連合の戦いでは常であった。ならば艦隊の行動が制限されるのを覚悟の上で月上空で交戦したほうが良いのではないかと考えるのが普通だ。それなら月基地の守備隊の兵力も加えられるし、5個艦隊の総力で敵に当たれる。
だが、ハルバートンには勝算があるらしかった。その顔には悲壮な色は無い。
「これまでの我々の敗北は、MAがMSに対抗できないという理由があった。だが、今回はその問題をなんとか解決できている」
「アラスカから送られてきたMSですか。だが、使い物になるのですか。たしかOSが未完成で、動かすのに四苦八苦すると聞いてますが?」
「その点は大丈夫だ。アークエンジェルから送られてきた改良型OSがなんとか間に合い、すでに搭載されている。これでMSの動作は実戦レベルになったと判断している」
「では、MS隊は頼りにして良いと?」
ロットハウトが期待を込めた目でハルバートンを見る。味方のMS隊を頼って良いなら、これまでとは全く異なる状況になる。これまで散々ジンに苦しめられてきたのだが、これでようやくその苛立ちと屈辱から解放されるかも知れないのだ。
このOSはキラがフレイのデュエルの為に必死になって開発し、カスタフ作戦で効果が実証されたOSを元に改良された物だ。言ってしまえばキラの努力の結晶が連合の反撃の大きな力となったわけだが、皮肉と言えば皮肉な話である。
「パイロットもアラスカから送られてきているベテランが半数を占めている。うち3人は例のアズラエルの秘蔵っ子らしいがな。他のパイロットはいささか練成途上だが、機体性能の差でなんとか出来るだろう。それに、今回はファントムも投入する」
「あの無人機をですか。まだ早いのでは?」
シャンロンは首を捻った。ファントムとはメビウスにスラスターを増設した改良型で、無人機として開発されている。無人機特有の出鱈目な機動力を持ち、ジンとも互角に戦えると考えられている。だが、無人機の制御ユニットの開発とサポートOSの開発が難航し、いままで実戦投入の目処は立っていなかった。
「技術部は実戦に投入出来るほどには仕上がったと言ってるよ。まあ、それを実戦で試すわけだ。とりあえず60機持って来ている」
「まあ、無いよりマシ、ぐらいに考えておきますか」
ロットハウトが余り当てにしてい無さそうに言う。シャンロンも同意だと言いたそうに頷いており、2人が技術部を全く当てにしていない事が良く分かる。ハルバートンも内心では同感なのか、苦笑を顔に貼り付けていた。
ただ、このファントムは人材不足に陥っている連合にとって、救いの神となるかもしれないとの期待もあった。メビウスのパイロットは熟練パイロットが極端に不足しており、このファントムが使い物になるならかなり助かることになる。このファントの制御ユニットはアークエンジェル隊に属するムウ・ラ・フラガ少佐やキーエンス・バゥアー大尉のような、超エースの戦闘データを元に開発されており、単純に考えればこれらのエースパイロットに近い動きをする事が出来るはずだ。だが、実際には無人機がこれらのエースに勝つ事は不可能だ。所詮は機械に入力されたパターンの蓄積でしかなく、その場で臨機応変に戦法を変えることが出来る人間に勝てるものではない。しかし、それでも新米パイロットよりは強いのだ。
これらの新兵器がどれだけの威力を発揮するか、それがこの戦いの勝敗を分けるだろう。ハルバートンはこの戦いの帰趨が、この戦争に重大な役割を果たすだろうと考え、何がなんでも勝つという決意を固めていた。
ザフト艦隊は連合艦隊と距離を3万キロ隔てて対峙することになった。ザフト艦隊は巡洋艦29隻、補給艦8隻に対し、連合艦隊は戦艦28隻、駆逐艦82隻という大兵力である。
作戦名「オペレーション・ムーンクライシス」に従って艦隊を出撃させたザフトは、前方に出現した無数の光点を確認した。だが、ザフト艦隊を率いるマーカスト司令は怯んだりはしなかった。兵力差はおよそ4倍だが、過去にこのくらいの兵力差を跳ね返したことは珍しくは無い。マーカスト司令はモニターに映る連合艦隊の布陣を見て小さく感嘆の声を漏らした。
「見事なものだな、実に重厚な布陣だ。敵将は何者だ?」
「中央に第8艦隊旗艦、メネラオスを確認しております。恐らくはハルバートン提督ではないかと」
「知将ハルバートンか、相手にとって不足無しだな」
マーカストは好戦的な笑みを見せると、参謀を見た。
「MS隊の第1波を発進させろ。艦隊はここに固定、2分間の砲撃を行う。補給艦は巡洋艦2隻を付けて下がらせろ」
「了解しました」
マーカストの命令で直ちにMS隊が発進した。出撃したMSは搭載機の役半数に当たる70機。対する連合側はファントム60機を繰り出してきた。それを見たジンやシグーのパイロット達はたかがMAとそれを嘲笑ったが、彼らは直にその油断のツケを取りたてられることになる。立ちはだかるMAが自分たちの目の前からいきなり消えたと思うような急激な機動を行った為、彼らは一瞬我が目を疑ってしまった。
「そんな、MAにあんな機動出来る訳が無い!?」
誰もが驚愕から立ち直れないでいる隙にファントム隊は次々とMS隊に突入してきた。ふざけた機動力を発揮するファントムにジンは付いて行くことが出来ず、瞬く間に撃ち落とされる機体が続出する。
「なんだ、こいつ等は!?」
「速い、速いぞ!?」
「落ちつけ、所詮はMAだ。焦らなければ負ける相手じゃない!」
指揮官たちが声を嗄らして部下の掌握に勤める。その成果か、何とか反撃を開始したジンは、ファントムを冷静に捉えては次々に撃ち落していったが、それはメビウスなど比較にならない強敵だった。ジンのロックオンを急激な機動で外して逆に反撃に出て来るファントムは珍しくなく、返り討ちにあうジンが多い。
だが、それでも数と質で劣っており、ファントムはそのほとんどが撃ち落とされてしまい、僅か数機が艦隊の方に戻って行ったに過ぎなかった。だが、これでいいのだ。ファントムは壊滅と引き換えにジンやシグー16機を撃墜し、8機を戦闘不能に追いこんでいるのだから。その半数が不意討ちともいえる最初の一撃で墜とされたのだとはいえ、これは立派な戦果である。
ザフトにして見ればこれまでの戦闘では考えられない大損害である。このファントムがジンに十分通用するということの何よりの証明であった。
ハルバートンはファントム隊の予想外の奮戦に多いに満足していた。
「思っていたより使えるな。既存のメビウスの改装で済むという点もメリットか。生きて戻ったら量産を進言するとしよう」
メネラオスの艦橋で今後の事に思いを巡らせるハルバートン。だが、いつまでもそうしている余裕は無かった。オペレーターがザフトMSの接近を知らせてくる。
「敵MS、レッドゾーンに侵入!」
「よし、全艦、砲撃開始だ!」
引きつけるだけ引きつけたと判断したハルバートンは一斉に砲撃を開始させた。連合艦隊の真正面から来ていたMS部隊は殺到する砲火に捉えられて次々に堕とされていく。その砲火を掻い潜った機体が艦隊に取り付こうとするが、その前にメビウスと、連合のMSが立ちはだかる。
連合のMSが出て来た事に、ザフトのパイロットは衝撃を隠せなかった。
「こ、こいつは、噂のナチュラルのMSか!?」
「気を付けろ、重突撃機銃なんか通用しないって話だぞ!」
ジンのパイロット達は目の前に現れたMSに攻撃を加えたが、それは悉く無駄に終わった。立ち向かってきたストライクやデュエルやバスター、ブリッツはいずれもフェイズシフト装甲で守られており、ジンでは歯が立たないのだ。逆にビームライフルなどの強力な火器で次々に撃破されてしまう。
そして、その中でも一際目立つ3機のMSがあった。
「うおりゃああぁぁぁぁぁ!!」
1機のバスターが350ミリガンランチャーと94mm高エネルギー火線収束ライフルを両手に構えて撃ちまくっている。その砲火に捕らえられたジンやシグーが次々に火球へと変えられ、塵となってしまう。その照準は恐ろしいほどに正確で無駄がなかった。その隣ではブリッツがミラージュコロイドとグレイプニールを生かして確実に敵を落としているどうやらこちらは接近戦が好みらしく、飛び道具は余り使っていない。
ランサーダートを受けたジンが爆発する光を、シャニは恍惚とした表情で見ていた。
「ははははははは、綺麗だな」
爆発するMSの光りに魅せられたシャニは更なる生贄を求めて敵に挑んでいく。そこには一片の躊躇いも無く、ただ狂気に付かれた危うさがある。この2機が死神の様にMS同士の乱戦の中を暴れまわっていた。
そして、ザフト艦隊を襲う1機のイージスの姿もある。こちらも脅威的な機動を見せ、迎撃に出たMSも対空砲火も平然と回避しながら1隻のローラシア級巡洋艦に突入してきた。距離を詰めた所でMA形態へと変形する。
「抹殺っ!」
放たれたスキュラが横から艦体を刺し貫く。暫くは何も起きなかったが、やがて内側から誘爆の光が溢れだし、遂には完全に爆発の光りに飲まれてしまった。
彼らこそアズラエルの生み出した強化人間達であった。肉体を薬物で強化し、脳内インプラントで反応速度を大幅に引き上げている。ナチュラルでありながらコーディネイターを圧倒する身体能力を持つ化け物達である。
実は、この強化人間の研究そのものは30年近く前からL4のメンデルコロニーの研究所で始められており、すでに20年以上前には複数の実験体が完成していた事が知られている。ただ、その数年後にはこの研究所がブルーコスモスのテロによって壊滅させられており、残された施設は放棄されてしまった。その際に実験体の生き残りも全て失われたとされている。
実験体は合計で8体作られ、それぞれが異なる手段による強化を受けていた。
バスターのパイロット、オルガ・サブナック。
ブリッツのパイロット、シャニ・アンドロス。
イージスのパイロット、クロト・ブエル。
この3人は当時の研究所ではフィフスと呼ばれる実験体の発展型で、強化を簡易なものとしながらも能力を維持する事に成功している。他の7つのタイプは能力は優れていてもコスト的に折り合いが付かなかったり、データそのものが失われていたりして、結局再現される事は無かった。
この強化人間とは異なるアプローチをなされたものに、戦闘に特化された戦闘用コーディネイターがあるが、こちらはブルーコスモスの教義に反するということで、有効でありながらも余り進められてはいない。試作品数体が完成したと言われているが、実戦の投入されたという記録は存在していないのだ。
この3人の強化人間と激突したザフトパイロットは哀れとしか言いようが無かった。機体性能で圧倒するG兵器にジンやシグーで挑まなくてはならないという不利もあるが、パイロットの能力差も大きかった。
だが、それでも連合のMSは所詮20機。後は通常のメビウスなのだ。ザフトMSは膨大な犠牲を払いながらもなんとか艦隊に突入し、駆逐艦や戦艦に襲いかかり始めた。近付かれてMSを追い払えなくなった戦艦は哀れだ。取り付かれてバズーカを叩き込まれ、容易く破壊されてしまう。
だが、MSの方も事はそう簡単ではなかった。圧倒的な艦艇数を持つ連合艦隊は複数艦で濃密な火網を形成し、1機のジンやシグーを追い詰めるという戦法を採用していた。GATシリーズを使って対MS戦闘を研究した連合軍は、対空砲火を大幅に強化し、複数艦で濃密な火網を形成するという戦術を生み出したのだ。この原型は第二次世界大戦の頃に大型爆撃機の編隊が身を守る為に生み出したコンバットボックスにあり、艦隊の陣形も対空砲火でお互いを支援できるよう考えられている。対空砲の数自体も大幅に増設され、辺り一面を埋め尽くすような火網を産み出しているのだ。
更に、連合軍はアークエンジェル級で威力が実証された新型のイーゲルシュテルン・対空システムを全ての艦艇に採用していた。最も、大型の対空兵器であるこれは従来の艦艇に搭載するにはいささかかさばる為、駆逐艦で2基、戦艦で6基を搭載するのが精一杯だった。これでは単艦での防御力は完全とは言えないので、この防空陣形が考え出されたのだ。
メネラオスからこの戦況を見ていたハルバートンはニヤリとした。
「ザフトめ、我々が何時までも対抗策を考えず、ただ無為に敗北を重ねるだけだとでも思っていたのか?」
この戦いには連合のザフトMSに対抗する為の全てが投入されている。MSの有意に胡座をかいていたザフトは、連合の必死の努力に気付かぬまま、この戦いに臨んでしまったのだ。
戦う為のひたすら努力を重ね続けた連合に対し、ザフトは開戦時から全く戦術を進歩させてはいない。そんな事をしなくても勝てるという自信、いや、傲慢が彼等の怠慢を呼んだのだ。逆に負け続けた連合は必死になっている。この差がいよいよ出てきたのだ。
連合艦隊の想像を超えた強さに、ザフト艦隊は明らかに動揺していた。マーカストは旗艦リベリアの艦橋で床を蹴りつけて苛立ちを見せていた。
「何をしているのだ。幾ら敵がMSを擁するとはいえ、僅か20機ではないか!?」
「ただの20機ではありません。あのGというMS、とてつもない高性能を持っているようで、ジンやシグーでは歯が立っておりません。すでに第一波は、半数以上を失っております」
「・・・・・・仕方ない、月基地攻略は諦めよう。MSの第二波を出せ。目の前の艦隊だけでも叩き潰すぞ!」
「了解です。残るMS全てを出し、奴らを撃滅しましょう」
「艦隊も前進だ。砲撃戦に入るぞ。陣形を広げろ」
再び100機近いMSを吐き出したザフト艦隊。旗艦リベリアを中心に横に展開した艦隊も前進を再開し、連合艦隊との間に砲火を開いた。足の速いザフト艦は巧みに機動しながら連合艦の照準を避けていくが、連合艦隊の砲火は圧倒的なもので、ザフト艦隊のビームは圧倒的な連合艦隊のビームの弾幕に捻じ曲げられ、正確に直進しないものが大半を占めている。これが数の差と言うもので、艦隊戦では砲力の差がそのまま攻撃力と防御力となる。正面から撃ち合えば砲数に勝る側が圧倒的に有利なのだ。連合側はアンチビーム爆雷を使わずともほとんど被害を受けないのに、ザフト側の被害は鰻上りに増えている。
マーカストの考えではMSが敵艦隊を潰してくれる予定だったのだが、敵MSの想像以上の強さと多数のメビウス、そして濃密な対空砲火の為にその目論みは崩壊してしまっていた。
もちろん連合MS部隊も全くの無傷という事はない。無数の直撃弾を受けてフェイズシフトが落ちてしまい、あえなく撃墜されるMSもいるにはいる。MS同士の連携はザフトの方がはるかに勝っており、孤立した所を集中攻撃されて堕とされてしまうのだ。
だが、それでもキルレシオの差は歴然としていた。連合MSが1機落ちる間に、ザフトMSは10機以上が叩き落されているのだから。これに対抗するべきゲイツは未だに問題が解決せず、試作の段階を超えられないでいる。
参加しているザフト艦の中には、クルーゼのヴェザリウスの姿もあった。クルーゼは居ないものの、艦は別部隊に組みこまれてこうして出撃してきたのだ。艦橋ではアデスが指示を出している。
「主砲照準、正面の敵駆逐艦隊。先頭艦を集中的に狙え。30秒砲撃後、ダウントリム30度、第4戦速で移動!」
アデスの指示で主砲が正面の駆逐艦めがけて続けて放たれる。向こうもこちらに撃ち返してくるが、ここは我慢較べだ。どちらが先に直撃を出せるかが勝負である。この勝負はヴェザリウスが先にミサイルを受けた。右舷に直撃の閃光が走り、艦が激しく揺さぶられる。
衝撃に立っている者は投げ出され、壁や床に身体をぶつけてしまった。アデスは椅子の腰掛を掴む事でどうにか姿勢を維持する。
「被害報告は後で良い、敵の被害は!?」
「敵駆逐艦に主砲2発直撃。ですが、撃沈には至っていません!」
「止むを得まい、ダウントリム30度、第4戦速、位置を変えるぞ!」
ヴェザリウスは俯角を取ると急いで移動を始めた。すでに主砲照準用の赤外線照射を受けており、大雑把な位置は捕まれているのだ。次は直撃が来ると考えた方が良い。
基本的に、宇宙空間での砲戦は面倒くさい。何しろ双方の距離が非常に開いており、光学射撃は著しく困難と来ている。更にデプリも多く、レーダーなどの電波兵器は妨害を受け易いこともあって、副次的な意味しか持たない。こんな状況での砲戦では、まずレーザー側距儀でレーザーを照射し、反射光を解析して敵艦の大雑把な位置を割り出す。次に探知赤外線ビームの照射を行ない、敵鑑の位置を細かく割り出していくのだ。
この赤外線照射を受けるという事は、実に致命的な事である。すでに自分の位置は大雑把に割り出されているという事であり、照準を付けられているという証なのだ。こうなるともう隠密行動は意味を成さず、全速で擾乱行動を開始する必要がある。標的鑑は敵の探知をかいくぐるため、全速で積極的行動に入るのだ。
具体的には、艦の周囲に赤外線源を発射して索敵側の赤外線センサーを幻惑したり、アンチビーム爆雷を発射してビームに備えるとか、赤外線照射方向に向けてビームを発射し、敵がこれに対応している間に態勢を立て直すなどであるが、これらの行動を行う為の時間的余裕はごく僅かである。
ただ、これは個艦同士の砲戦であり、大規模艦隊戦となるとまた話が変わってくる。多数の艦艇が放つビームの弾幕は、より少数の敵側のビームに干渉し、相手側のビームの弾道を容易く捻じ曲げてしまうのだ。これはビームの持つ電荷の為に起きる現象で、粒子同士に働く斥力によって反発しあってしまうのだ。この為、発射されたビームもいずれ粒子同士が拡散して消えてしまう。これがビームの最大射程となる。
艦隊戦では数の差はかなり大きく響くのである。ザフトはMSが有効に機能しないという事態を迎え、この現実に直面する事になったのだ。先のヴェザリウスの砲撃も、駆逐艦隊の猛砲撃の為に自分のビームが敵をなかなか捕らえられなかったことが苦戦に繋がっている。
連合対ザフトの戦いは、少しづつ連合艦隊がザフト艦隊を押す形に変わっていった。MSを失うにつれて、ザフトは連合の攻勢を押さえこむ術を失ってきたのだ。MSが有効に機能しなければ、勝敗を分けるのは艦隊戦力と指揮官の能力という事になる。そして、その双方で連合はザフトに勝っていた。
窮地に立たされたマーカストは遂に全軍を纏め、連合艦隊の中央突破を計った。
「もはやこれまでだが、せめてハルバートンの首は貰って行くぞ。メネラオスに向え!」
密集して突入してくるザフト艦隊を見て、ハルバートンは素早く指示をだした。
「第8艦隊は後退、第6、第7艦隊はそのままの位置で攻撃を続行しろ。半包囲するぞ!」
第8艦隊の後退した位置に突入してくるザフト艦隊。連合艦隊は第8艦隊の後退によってV字を描くようになり、中央に来たザフト艦隊に集中砲火を浴びせた。前方と左右から殺到する砲火に晒され、直撃の閃光に彩られていくザフト艦。
死と破壊の中で、それでもザフト艦隊は突入してきた。全ての砲門を開き、ビームとミサイルを撃ちまくりながら突入してくる。ハルバートンは敵の狙いが自分だと正確に見抜いていた。
「奴らの狙いは私か」
「どうしますか、提督?」
副官のホフマン大佐が問い掛けてくる。ハルバートンは仕方なく旗艦を敵の進路上から外す様に指示を出した。流石に迎撃艦隊の総指揮を取る自分が戦死するのは不味い。だが、それでも間に合わず、3機のジンがメネラオスに迫ってきた。護衛の駆逐艦がメネラオスの前に出てこれを防ごうとするが、逆に艦橋をバズーカで破壊されて戦闘力を失ってしまった。
「ジン3機、来ます!」
「撃ち落とせ!」
対空砲火がジンを狙うが、ジンは巧みに動いて火線を回避しつつ迫ってきた。構えたバズーカがメネラオスに向けられる。ハルバートンが直撃を覚悟した時、横合いからの砲火がバズーカを構えたジンを破壊した。それで回避運動に入った残りのジンも続けての攻撃で破壊されてしまう。
何事かと思っていると、1機のバスターがメネラオスの正面に現れた。
「バスター013、オルガ・サブナック少尉機です!」
「どうやら助かったようですな」
「ああ、そうらしい」
安堵の息をつくホフマンとは異なり、ハルバートンはいささか思案顏であった。強化人間というなんとも薄気味悪い兵士達だが、確かにその戦闘能力は凄い。だが、いささか凄すぎるのだ。ナチュラルをベースに強化して、あれほどの能力を出せるとは。
「強化人間か・・・・・・強力なのは認めるが、本当に大丈夫なのか?」
ハルバートンには何となくだが、強化人間というものがどれだけ無茶な身体強化を受けたのか想像できてしまった。そして、それが身体に及ぼす影響も。
アズラエルは問題は無いと言ってきているが、はたしてどこまで当てになるか。ハルバートンはアズラエルの人格を全く信用していないので、その発言にも正直疑問を持ってしまうのだ。だが、軍人である以上、有効な戦力であるという一面も否定できない。強化人間の危険性に気付きながらも、戦力として考えてしまう辺りが軍人の悲しい性であろう。ハルバートン程の人物でもその性から逃れる事は出来ないのだ。キラの時とは違い、彼らが軍属扱いであるという事もそれを助長したと言える。
メネラオスの前方に遷移したオルガのバスターは対装甲榴弾砲を構えて迫り来るジンやシグーを撃ち払っていく。オルガは彼なりに、旗艦を沈められるのは不味いと考えたのだ。
「おいクロト、シャニ、何時までも遊んでねえで少しは手伝いやがれ!」
「煩いよ」
呼びつけるオルガにシャニは面倒くさそうに答え、また手近なジンへと向って行く。オルガは舌打ちしてもう1人に呼び掛けた。
「クロト、どうした、返事しやがれ!?」
「うっせい、今忙しいんだよ!」
帰って来たのは罵声にも近い焦った声だった。何時になく余裕を失っているクロトの声にオルガは怪訝そうな顔になる。
「忙しいだあ、どういうこった?」
「なんか知らないけど、変なジンがいるんっうわぁ!!」
「クロト、おいクロト!?」
まさか殺られたとは思わないが、クロトを追い詰めるようなジンがいるというのだろうか。
オルガの想像は当たっていた。クロトのイ−ジスは、やたらと腕の良いジンA(アサルトシュラウド装備)に苦戦を強いられていたのだ。イージスの周りを小癪に飛び回るジンにクロトが苛立った声を漏らす。
「こいつ、ウザイ!」
MS形態でビームライフルを撃ちまくるが、このジンは実に巧みにビームの火線を回避していく。相当な凄腕パイロットが乗っているのだろう。連合でも並ぶ者がない筈の強化人間を、機体性能で遥かに劣る筈のジンで翻弄しているのだから。
このジンAを操っているのは、赤いパイロットスーツを来た青年であった。ザフトのエリートパイロットの証である赤服を着る者なのだ。
このパイロットはガザート・サッチ。赤服としては最年長に属する21歳のパイロットで、その実力はアスラン以上とさえ言われている天才パイロットだ。実はかなり特殊な第1世代コーディネイターで、戦闘に関係する能力を優先的に伸ばされた戦闘用コーディネイターなのだ。
かつて、ブルーコスモスでも同じ研究が成された事があったが、皮肉な事にプラントでも同じ研究が行なわれたのだ。だが、今ではプラントで戦闘用コーディネイターの研究は禁止されている。少なくとも公式にはそうなっている。
「この赤いMS、強いな」
ガザートは自分の同僚を上回る強さを見せるイージスに感心していた。MSも強いが、パイロットも強い。ジンでは倒すのは無理そうだという事も分かる。そんな事を考えながらも冷静にシヴァをイージスに直撃させ、バズーカを撃ち込む。そのつどクロトのイ−ジスは吹き飛ばされ、クロト自身にダメージが蓄積されていく。
「うわあぁあああっ!」
顔を顰めながらビームライフルを撃ち返すが、相手は悠々と回避している。クロトはこのジンにひどくむかついていた。
「こいつぅ、抹殺!」
変形してスキュラを放つが、これまた空しく虚空を抉るばかり。そして、このスキュラを回避した所でこのジンAはさっさと逃げて行ってしまった。クロトはそれを追うとしたが、オルガに止められた。
「待てクロト!」
「うっせぇ、邪魔すんな!」
「馬鹿野郎、仕事を忘れるんじゃねえ!」
そう、一応彼らには艦隊を守れという命令が出されている。だからオルガはメネラオスを守っているのだ。クロトはそんな事も忘れて敵を追うとしている訳で、オルガにしてみれば真面目に仕事をしろと文句を言いたくなるのも仕方がない。
だが、オルガとクロトの口論などお構いなく、戦闘は終結へと向っていた。第8艦隊を突破したザフト艦隊の生き残りは必死に逃げて行く。マーカストはリベリアから全艦に指示を出していた。
「月の重力を利用して連合艦隊を振り切るぞ。月基地攻略も諦める。友軍機の収容を急がせろ!」
傷付いたMSがよろよろと着艦してくる。帰って来たのは全体の半数ほどだろうか。生き残った機体にも無傷の機体はほとんど無い。パイロットが負傷し、整備兵にコクピットから引き摺り出されてくるのも珍しくはなく、今回の戦いの激しさをまざまざと物語っている。
ガザートもリベリアに着艦して機体を整備兵に預けたが、6つあるMSベッドの半分が開いている事に軽いショックを覚えた。
「かなり犠牲が出たみたいだな」
「はい、未帰還率は5割近くになりそうです。これに機体の破損やパイロットの負傷を考えますと・・・・・・」
「・・・・・・5割以上、か」
これまでなら考えられないような消耗率だが、ガザートはもうこれまでのような楽な戦いは出来ないのだという事を、苦い思いと共に確信したのだった。
何とか脱出できた幸運な艦の中にはヴェザリウスの姿もあった。アデスは被害箇所への対処指示を出しつつ、必死に艦を退避させている。
「味方において行かれるなよ。被弾した砲塔はブロックごと切り離せ。報告は後で良いから、火災の消火を最優先させるんだ!」
アデスやクルーの必死の努力もあってか、ヴェザリウスの火災はどうにか鎮火の方向に向っている。だが、それに安心するよりも早く、ヴェザリウスの横を航行していたローラシア級巡洋艦が突然大爆発を起した。その衝撃波にヴェザリウスが激しく揺すぶられ、多くのクルーが周囲に叩き付けられる。
「ペ・・・・ペネロペ自沈です!」
「そんなぁ!」
その報告を聞いたオペレーターの女性兵士が悲鳴を上げた。同僚が泣き喚く彼女を艦橋から連れ出していく。アデスはその後姿を見送った後、部下たちに問いかけた。
「どうしたのだ?」
「・・・・・・あいつ、ペネロペの航海士と来月結婚する予定になってたんです」
部下の答えに、アデスも気が重くなってしまった。この作戦がもう少し遅れるか、ペネロペが参加しなければ、彼女は幸せを掴めたのだ。あと1ヶ月という所で目の前で婚約者を亡くした彼女の辛さは、想像する事さえできないだろう。
そして、そんな悲劇が、他にも無数に生産されているであろう事を、アデスは苦い思いと共に痛感したのであった。
ザフト艦隊を撃退した連合艦隊は湧き返っていた。確かに犠牲は自分たちの方が多いのだが、これまで5倍の兵力を揃えて、膨大な犠牲の末にどうにか勝てる、といった戦いをしてきた彼らにしてみれば、4倍の兵力差でこの程度の犠牲で勝てたというのはまさに画期的な事なのだ。
ハルバートンは暫し感慨に浸っていたが、司令官としてやらねばならない事を思い出すと、通信士に全艦への通信回線を開く様に指示を出した。
「将兵諸君、良くやってくれた。まだ我々の受けた被害の方が大きいが、今回の戦いは我々の勝利と言えるだろう。我々は遂にMSに対抗する術を手にいれたのだ。もう奴らを必要以上に恐れる必要は無い!!」
ハルバートンの演説を聞いて、各艦の将兵は歓声を上げた。軍帽が宙を舞い、涙を流す者もいる。彼らがどれほど屈辱に耐え、ただひたすらに勝利と現状の打破を望んでいたのかが良く分かる光景であった。
この日の戦闘は、ザフトにとって極めて不本意な結果を残した。ザフトはこの戦いに投入した巡洋艦29隻、MS166機のうち、最終的に巡洋艦12隻、MS91機を失うという甚大な損害を被った。この内巡洋艦2隻は戦場を離脱後、航行不能になって放棄されたものであり、MSも18機は修理不可能と判断されて喪失扱いになったものだ。
だが、何よりもザフト首脳部を青褪めさせたのは、熟練パイロットの大量損失である。機体は生き残っても助からなかった。あるいは戦傷で2度とMSに乗れないとされたパイロットが思いの他多く、166人のうち、102人が失われた事になった。この欠員を今すぐ埋める事など、ザフトには到底出来ない。新兵でもこの穴を埋めるほどには揃っていないのだ。かといって練成途上のパイロットを出すわけにもいかず、プラントの防衛に支障をきたす事になった。
対する連合は戦艦8隻、駆逐艦26隻、MS6機、MA132機(ファントム54機含む)という大損害を出しているが、戦場の支配権が連合側にあったおかげで多くの生存者を救助する事が出来ているので、損害ほどには死傷者は多くない。ザフトの捕虜もかなりの数得ており、ハルバートンは彼等を収容すると、月基地への帰還を命じた。
だが、この捕虜というのは微妙な問題で、その待遇は捉えた部隊の指揮官で決すると言っても良い。つまり、投降した相手がどういう人物かで運命が決まるのだ。もしザフト兵がブルーコスモス系の部隊に投降しても、投降は受け入れて貰えないだろう。仮に受け入れてくれたとしても、酷い拷問を受ける可能性が高い。
幸いにして今回参加してる3人の提督はいずれも普通の人なので、ザフト兵達は戦時捕虜としての待遇を受ける事が出来ている。この辺りのモラルも軍隊のレベルを計る1つの目安だが、じつはこの問題はザフトの方が悪い。いわば民兵組織であるザフトは軍規という物に対する認識が薄く、適用基準も曖昧な為、様々な問題を引き起こしているのだ。アフリカのビクトリア宇宙港制圧戦でもこの問題が出ており、現地司令官は捕虜を皆殺しにしてしまっている。こんな問題を引き起こした指揮官は通常なら解任されて軍法会議にかけられる筈なのだが、彼は裁かれるどころか現在もビクトリアで司令官を続けている。
このザフトの抱える問題は、結果として組織そのものに歪みを生む事になる。そしてすでにその歪みは深刻なレベルに達しており、修復不可能な闇を生み出していた。そして、それに幾人かが気付いた時には、すでに全てが手遅れとなっていたのだ。
オペレーション・ムーンクライシスの完全な失敗。その報がもたらされた時、パトリックは驚愕して議長席から立ちあがった。
「馬鹿な、攻撃隊が壊滅しただと!?」
「はい、マーカスト司令は艦艇12隻、MS90機以上を喪失と報告してきております。対して敵に与えた損害は余りにも少なく、月基地に対する攻撃も断念したと」
「・・・・・・・原因は何だ?」
「敵が20機ほどのMSを投入して来た事、新型のMAが出てきた事、敵将があのハルバートン少将であった事と、作戦部では分析しております」
20機ほどのMS、という所にパトリックは臍を噛んだ。またかという思いが込上げてくる。部下を下がらせた後、彼は忌々しげに呟いた。
「連合のGシリーズか。何処までも祟ってくれるな」
机の引出しからアスランの提出した報告書を取り出し、もう一度目を通す。確かにその性能は脅威的であり、ジンやシグーでは歯が立たない化け物である事は承知してはいた。だが、まさかあれだけの大軍を投入して跳ね返されるとは思っていなかった。
暫し報告書をめくっていたパトリックは、ふとその中にある名前に目を止め、じっと考えた。
「・・・・・・キラ・ヤマト。何処かで聞いた気が・・・・・・?」
パトリックは暫し過去に思いを馳せ、ようやくその名に思い当たった。そうだ、あれは自分たちが月のコペルニクス・コロニーに住んでいた頃のことだった。
「そうだ、キラ・ヤマトといえば、レノアの友人だったヤマト婦人の子供で、アスランの友達だったな」
その事に思い当たった時、パトリックは息子を見舞った悲劇を思い、流石に暗澹たる気持ちに囚われてしまった。3年前に分かれた友人と、敵味方に別れて殺し合わなくてはならない。これが戦争の悲劇と呼ばずに何と呼べば良いのだ。
そして、パトリックはアスランが戦っている相手の事を考え、また気が重くなってしまった。
「キラ、か。まさか、彼が敵に回るとはな。月で知った時は生きていた事に驚いたものだが、最悪の事態だな」
パトリックは過去に思いを馳せずにはいられなかった。もう随分昔に行なわれた狂気の研究。あの頃の自分は、それこそが人を次なる段階へ進める最善の道と信じて疑っていなかったが、思えばあの頃は若かったのだ。短絡的な手段に頼り、周りを見る目が無かった。
今でもあの頃の主張だった、コーディネイターこそが進化した人類であり、ナチュラルは下等なものでしかないという考えは変わっていないが、あの頃よりは周りを見る目を養ったつもりではある。それに、もしキラ・ヤマトがナチュラルの側に付いているのなら、自分たちは・・・・・・・。
そこまで考えた時、ふとパトリックは2年前の事を思い出した。自分がナチュラル、というより、ブルーコスモスと最後に話した時の事だ。あの時、ナハトと名乗った青年と話した時の事が、何故か思い出された。
「ナハト、か。彼といい、キラ君といい、こうも世界に関わってくるとは。これも運命だと言うのか。なあ、レノア?」
パトリックは亡き妻と自分、アスランが映る写真にそっと語り掛けた。レノアはコーディネイターでありながら、ナチュラルの友人を作っていた。自分は馬鹿げていると思っていたが、もしかしたら正しかったのは自分ではなく、妻の方だったのかもしれない。つい最近届いたアスランからの手紙にも、敵のナチュラルの少女と偶然に話しあう機会に恵まれ、自分が色々知っているつもりになっていたと反省するような事を書いて寄越している。
パトリックは、自分が正しいのか、もう一度考え直すことにした。妻と息子が揃って自分を窘めているような気にさせられたから。
ジュール家の邸宅に、1人の男がやってきていた。ラウ・ル・クルーゼの部下であり、宇宙で彼の派閥を維持している男だ。名を、ゼム・グランバーレクという。
彼を招き入れたエザリアは不信げに男を観察しながら、向かい合うようにソファーに腰を降ろした。
「それで、私に聞かせたい事とは何かしら?」
「・・・・・・まだ、外部には漏らさないで頂きたいのですが」
「内容によるわね」
エザリアは一言で切って捨てたが、すぐにその顔色を変える事になる。ゼムの持ってきた話の内容は、彼女を驚愕させるに充分過ぎるものだったのだ。
「まさか、パトリック・ザラがナチュラルとの講和を進めているだと!?」
「間違いは無さそうです。クルーゼ隊長経由の情報ですが、ザラ議長の手の者が、オーブで大西洋連邦の外交官と内密で会談を持ったと」
「何故だ、何故パトリック・ザラがそんな事を。奴はナチュラルを毛嫌いしていた筈だ」
エザリアは混乱していた。あの強硬派の最右翼と目されるパトリックが、密かに講和の準備を進めていたなどとは。だが、ゼムの話には確かに信憑性があった。
暫し悩んだエザリアは、自分の息のかかったオーブ大使館の者に、事実を確認させようと考えた。もしこれが事実なら、パトリックは裏切り者だという事になる。
考え込んでしまったエザリアの姿に、ゼムは内心でほくそえんだ。これで良い、これでこの女は行動を起す筈だ。同じくナチュラルを嫌いながらも、聡明で有能なパトリックとは異なり、エザリアは手玉に取りやすい。彼女も無能ではないのだが、パトリックに較べれば愚かで扱いやすい。パトリックをこの女がどうにかしてくれれば、彼らにとって事態はより良い方向へと向く事になる。仮にこの女がどうなろうと、自分たちの懐が痛む訳でもない。
これは、ラウ・ル・クルーゼとパトリック・ザラの間に亀裂が入った事をはっきりと物語る事件であった。ほんの小さな、歴史に残りもしない小さな事件ではあったが、確実に歴史の流れを変えてしまう、1つの分岐点であったのだ。
人物紹介
シャンロン 准将 40代半ば
大西洋連邦に属する将官で、第6艦隊を率いている。能力的には無能ではないが余りパッとするものでもない。ハルバートンの指揮下で無難な指揮を見せてはいる。
ロットハウト 准将 40代半ば
ユーラシア連邦に属する将官で、第7艦隊司令官。シャンロンよりは有能であるらしく、その名はザフトにも知られている。ユーラシアの軍人ということでハルバートンやシャンロンとは余り仲が良くないが、それを含むほどに狭量な人物でもない。
アーリーオル・マーカスト 提督 41歳
ザフトの艦隊司令官の1人で、攻勢に強い提督。連合軍からは死神の如く恐れられる人物だが、今回はハルバートンの前に苦汁を舐める事になった。兵士に無理を強いる傾向があり、人望は今1つである。
機体解説
ファントム
兵装 レールガン×2
バルカンポッド×2
<解説>
メビウスの無人機タイプ。パイロット不足に悩む連合が全力で開発した無人MAで、汎用性を切り捨てて完全な迎撃機として仕上がっている。パイロットを乗せていないためにふざけた機動性を持ち、従来のメビウスとは明らかに一線を画す性能を誇っている。連合のエースパイロット達のデータを参考に開発された戦闘システムは強力だが、まだまだ改善の余地は大きい。
今回の迎撃戦で多数が投入され、豊富な実戦データをも当たらしている。
GAT−102D デュエル
兵装 ビームライフル
ビームサーベル×2
頭部75mmバルカン×2
ABシールド
<解説>
デュエルの本格生産型。B型がその場凌ぎの間に合わせであったのに対し、D型は完全な実戦使用型であり、機体の信頼性や整備性、稼働率などが大幅に向上している。現在各地に配備されているのはこのD型である。これまで試作機並みの稼働率の低さに泣かされてきたMS部隊は本機の配備に喝采を上げている。Xシリーズ機の中では一番実戦向きの機体である。
GAT−103D バスタ−
兵装 対装甲榴弾砲
高エネルギー火線収束ライフル
頭部75mmバルカン×2
多連装ミサイルランチャー×2
<解説>
デュエルの支援機として運用されるバスターの実戦使用型。デュエルに較べて動きが遙かに鈍いので敵機に近付かれるとかなり脆い。基本的には前に出ず、後方から撃ちまくるのが正しい使い方である。ディアッカのようにスカイグラスパーと格闘戦をやるのは明らかに邪道。ディアッカが本機の特性を理解していないのか、突っ込ませるイザークが馬鹿なのかは不明。
GAT−105D ストライク
兵装 アーマーシュナイダー×2
頭部75mmバルカン×2
ストライカーパック
<解説>
ストライクの実戦使用型。あっさり開発放棄されたイージスに変わって指揮官機として運用されている。ストライカーパックの換装によって最大の戦力を発揮させるという構想によって開発されたは良いのだが、結局エールパック以外の使用率は極端に低く、ランチャーパックとソードパックはただの役立たずとなっている。支援機にはそこまでの需要が無かったのだ。
変わりに幾つかの新型パックが開発されてテストされているが、余りパッとした成果は上げていない。ただしストライカーパックの換装という特徴はデータ取り機としてはとても有効であり、さまざまな新装備のテストベッドとしては人気が高い。
GAT−207B ブリッツ
兵装 ビームライフル
攻防シールドシステム
グレイプニール
ビームサーベル×2
頭部75mmバルカン×2
ミラージュコロイド発生装置
<解説>
当初は強襲機として開発されたのだが、結局その目的で使用された事はほとんど無く、偵察機として運用されるのがほとんどという不遇のMS。武装をはずして索敵システムを強化する事は多い。本機の最大の仕事は戦艦にプラントの近くまで運んでもらい、ミラージュコロイドで接近、敵の情報を入手して帰ってくる事である。
最近、ブリッツはプラントが巨大なエンジンのような物を改造している事を確かめており、連合はこれの調査を進めている。
GAT−303B イージス
兵装 ビームライフル
ビームサーベル×4
頭部75mmバルカン×2
ABシールド
複列位相エネルギー砲(MA形態のみ)
<解説>
GATシリーズの指揮官機として設計された可変MSだが、可変機構が複雑な事、コストが高い事、大気圏内では変形できない事、性能が特に高いわけではない事など、余りにも多くのデメリットを抱えた本機には魅力が無く、B型を数機を生産しただけであっさりと生産を打ち切られている。
可変MSという分野の先駆けとしての意味は大きかったが、総力戦という現実の前には淘汰されゆく存在であった。
後書き