35章  奇妙な関係


 キラとフレイの確執が一応の決着を見て、ミリアリアとの関係も好転した事でアークエンジェル内の不穏な空気は払われた。だが、それはまた新たな問題を生み出す事ともなった。フレイとの確執が消え、精神的なゆとりを取り戻したキラは、今度は周囲から自分に向けられる異様な視線に気付くようになったのだ。まるで、化け物でも見るかのような、嫌悪と怯えの入り混じった視線に。
 その視線が難民から向けられている事はすぐに分かった。彼らは自分がコーディネイターだと知っているのだろう。そして、だからこそ自分が怖いのだ。コーディネイターとザフトを=で結んでいるのだろうから。
 向けられる敵意と憎悪、恐れと怯えの視線にキラは気分が重くなってしまうのを実感していた。かつて、フレイに向けられたものと同質、同等の視線を今度は複数から向けられるのだ。流石にこれは堪えてしまう。そしてなによりもキラを傷付けたのは、自分の前に飛び出してきた子供の一言であった。
 カガリと一緒に格納庫を歩いていたら、いきなり1人の子供が飛び出してきたのだ。キッとキラを睨みつける目には深い憎しみが見て取れる。

「コーディネイターなんか、死んじゃえばいいんだ!」

 そう言ってキラの右足の向う脛を蹴りつけ、難民の中に戻っていってしまう。そこにいる男性は父親か、はたまた知人だろうか。自分を蹴りつけた子供を抱いて自分に怯えた視線を向けている。

「おい、お前なあっ」

 怒ったカガリが子供に詰め寄ろうとするが、その肩をキラが掴んだ。

「良いよ、カガリ」
「キラ、何でだよ!?」
「良いんだよ、カガリ」

 キラは力なく答えると、歩き出した。カガリは納得いかない顔をしており、すぐにキラの後を追って横に並ぶ。

「キラ、なんで言い返さないんだよ。お前はザフトじゃないんだぞ」
「でも、コーディネイターだよ」
「だから何だよ、そんなのお前の責任じゃないだろ」

 カガリの言うことはキラにも分かる。自分は望んでコーディネイターになった訳でもなければ、この力に喜んだ事も無い。こんな力が無ければこうして差別される事も無いだろう。自分のこの苦悩を理解してくれる人など、誰もいないと思っていた。だけど、1番意外な、期待していなかった人がそれを理解してくれた。同胞でもないのに、自分の苦痛を察してくれたのだ。
 この事実が、キラの心を支えていた。カガリもこうして自分と共にいてくれる。ヘリオポリスの仲間達との関係も完全とはいかないが修復し、サイやミリアリア、カズィも自分を避けるような事は無くなった。トールはこれまで同様に接していてくれる。今はそれで良いと思えるのだ。
 だが、そんなキラの耳に、全く予期していなかった声が聞こえてきた。

「こら、駄目でしょう。キラはあなた達を守ってくれてるのよっ」
「「え?」」

 振り返れば、なんとフレイがさっきの子供を窘めていた。叱られた子供は項垂れてはいるが、いささか不満そうだ。

「でも、コーディネイターなんかいるから、僕達の街が・・・・・・」
「だからって、彼を責めてもしょうがないでしょう。彼だって君みたいに住んでた場所をザフトに攻撃されて、無くしちゃったんだから」
「でも・・・・・・・・」
「ほら、謝ってきなさい」
「・・・・・・はぁい」

 フレイに促され、先ほどキラを蹴った子供が渋々キラの前にきた。

「ごめんなさい」
「あ・・・・・・ええと、気にしてないよ」

 どう答えて良いか分からず、キラは間の抜けた返事を返した。それを聞いたフレイが右手で顔を押さえ、カガリががくりと肩を落としている。

「キラ、お前なあ、嫌な事ははっきり嫌と言った方が良いぞ」
「そうよキラ、貴方は自己主張が足りなさ過ぎるのよ。そんなだから何時までもあれこれ言われて、キースさんやフラガ少佐にからかわれるのよ」
「い、いや、それは・・・・・・」

 何となく自覚があるだけに、反論にも力が無い。そして、その押しの弱さがまた2人の不満を刺激する。

「ああもう、だからなんでお前はそうハッキリしないんだ!」
「キラ、貴方もカガリの単純さを見習いなさいよね!」
「フ、フレイ、それはちょっと」
「良いのよ、カガリが単純だってのはみんな認めてるんだから」

 こういう事は本人の目の前で言わないほうがいい。案の定カガリはフレイに食ってかかった。

「本人前にしてそういう事いうか、お前は!?」
「でも否定はしないのね?」
「ああもう、ああ言えばこう言う、お前は普通に謝ることはできんのか!?」
「謝ったら謝ったで気味悪いとか言うでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 否定できないカガリであった。それにフレイは勝ち誇り、キラはそんな口喧嘩におどおどして2人を交互に見ている。なんとも情けない男だと言う無かれ、女の口喧嘩ほど手に負えない物は無いのだから。

 キラと仲直りしてから、フレイは昔みたいに遠慮無しに物を言うようになった。いや、昔と違って言って良い事と悪いことの区別は付けるようになったのだが、何故かカガリに関しては遠慮というものがまるで無い。カガリもフレイが相手だとよりずけずけと物を言うようになっている。そのくせ喧嘩をしている訳でもないようで、2人の間に何があったのか、結構周囲の興味を引いている。

 


 2人の繋がりを強めたのは、実はとっても意外な体験であった。
 フレイは難民の子ども達に妙に懐かれているせいか、子供たちの世話をしていることも多い。他に、無職だったカガリとキサカも難民の世話係に回されている。
 これには実に微笑ましいエピソードがある。夜、泣きだした赤ん坊を待機中だったフレイが必死にあやしていた所に通り掛ったカガリが、泣きそうなフレイにしがみ付かれたのだ。

「カ、カガリ、お願い助けて」
「わ、私にかあ?」

 もう半泣きで途方に暮れた様子で赤ん坊を抱いているフレイに泣き付かれたカガリは、仕方なくフレイから赤ん坊を受け取った。すると、更に赤ん坊は大きな声で泣き出してしまったのだ。

「うわわわ、どうすりゃ良いんだよ!?」
「わ、私にも分からないのよお。ミルクはさっきあげたんだけど」
「じゃあなんだ、どうすりゃ泣き止むんだ?」
「さあ・・・・・・?」

 2人して途方に暮れてしまう。何しろ赤ん坊の世話などした事はないのだ。母親が病気にかかってしまい、医務室で診察と点滴投与を受けている間、世話を引き受けたのだが、まさかここまで手間がかかるものであったとは。

「そ、そうだ、艦長呼ぶとか!?」
「無理よ。艦長は今当直よ。それに・・・・・・・」

 フレイは言い難そうに口を閉じた。カガリが怪訝そうに先を促すと、渋々口を開く。

「艦長、一度抱いてみたいって言うから預けたんだけど、1分もしないうちに2回も落としそうになったのよ」
「・・・・・・・そんなに不器用だったのか」

 意外と言えば意外なマリュ−の1面に、カガリはガックリと肩を落とした。見た目だとマリュ−は母性を感じさせる優しいお姉さんなのだが、子供を上手く抱くことも出来ないとは。

「あとは・・・・・・ミリィとか?」
「当直よ」
「キースは?」
「なんか出来そうだけど、それって悔しくない?」
 
 フレイの不満そうな答えに、カガリも頷いた。確かに、こういう問題で男に負けるのはなんだか悔しい。特に深い訳があるわけではないが、なんだか悔しいのだ。
 だが、このままでは自分たちが参ってしまう。通路上で赤ん坊を抱いたまま途方に暮れている2人を救ったのは、これまた意外と言えば意外な人であった。

「お前達、こんな所で何をしているのだ?」
「「え?」」

 声のした方を見てみれば、なんと幾つかのバインダーを小脇に抱えたナタルが立っている。その顔は夜中に騒いでいる自分たちを咎めているかのように不機嫌そうである。だが、今の2人にはまさに縋るべき藁に見えたのだ。

「バ、バジルゥゥゥル中尉ぃぃぃ」
「頼む、助けてくれぇ」

 途方に暮れていた2人に涙目で縋り付かれて、ナタルは焦りまくった声を出した。

「な、なんだお前達は。とりあえず訳を話せ」

 仕方なく2人から事情を聞いたナタルは、呆れながらカガリから赤ん坊を受け取った。すると、驚いた事に赤ん坊はたちまち泣き止んでしまったのだ。驚くフレイとカガリ。

「な、なんでです?」
「どうして泣き止んだんだ?」
「おまえ達の抱き方が悪いからだ。赤ん坊は上手に抱かないと泣き声で不満を表す」

 ナタルに窘められ、シュンと項垂れてしまう2人。何となく、女としての格の違いを見せつけられたような気分になってしまったのだ。
 そして、カガリがふと思い付いた疑問を口にした。

「そういえばフレイ、なんでお前が赤ん坊の世話なんてしてるんだ?」
「え、ええと、それはね・・・・・・」

 言い難そうに口篭もるフレイに、カガリは思い付いたことを口にしてみた。

「まさか、フレイの隠し子!?」
「・・・・・・カガリ、あなたもそういう事言うのね」

 フレイの目が微妙に据わった感じになり、カガリはフレイの発する威圧感に顔を引き攣らせた。

「先に言ったのはトールとトノムラ曹長なんだけどね。2人はどうなったと思う?」

 なにやら凄惨な笑みを浮かべるフレイに、カガリは2人のたどった末路を思い、心の中で十字を切った。別にキリスト教徒という訳ではないのだが。

「じゃあ、ううんと、キャベツ畑から拾ってきたとか?」
「・・・・・・カガリ、困ってる私をからかってるのかしら?」

 静かな問い掛けに、カガリは全力で首を何度も横に振った。不味い、このままでは殺られると勘が告げている。だが、フレイの魔の手がカガリに伸びるよりも早く、2人の頭をハリセンが叩いた。
 スパァンッ! と小気味良い音を立てて2人の頭を打ち据えたナタルは、片手で赤ん坊を抱きながら2人を叱りつけた。

「何を馬鹿なことを言っているのだ、お前達は!?」
「す、すいません〜」
「痛い〜」

 フレイは両手で頭を押さえて謝り、初めて食らったカガリは苦痛にうめいていた。しかし、一体何処から出したんでしょう。このハリセン。しかもすでに何処にも無いし。
 この後、呆れたナタルに抱き方などの手解きをしてもらった2人は、どうにかこの子を上手く抱けるようになっていた。だが、フレイとカガリにはどうしても分からないことがある。この軍人気質の固まりのようなバジルール中尉が、どうして赤ん坊の抱き方なんか知っていたのだろうか。
 このことを問われたナタルは、いささか不満そうに2人を見た。

「私とて女だぞ。将来に夢を見ることだってある」
「・・・・・・意外だなあ、副長はそういうことに興味無いかと思ってたぞ」
「あら、バジルール中尉は結構可愛いところもあるわよ」
「なに、そうなのか?」
「ええ、何しろ部屋にはキティの・・・・・・」
「ア、 アルスター、余計な事は言わなくても良い」

 恥ずかしそうに顔を赤くしてフレイを止めるナタル。フレイは小さく舌を出してそれ以上ナタルのことを話すのは止めた。そしてカガリは信じられないものを見たかのように目を丸くしている。

「なんだ、フレイと副長って仲良いのか?」
「仲いいって言うか、バジルール中尉は私の先生だから」
「ああ、確か戦術を教えてもらってるんだっけ」
「ええ、他にもアークエンジェルの戦闘指揮なんかもね。まあ、生かす日は来ないと思うけど」

 流石に戦艦の戦闘指揮なんか教えてもらっても、フレイのような志願兵が艦の指揮をとる日は来ないだろう。仮にアークエンジェルの指揮を取るとしたら、マリュ−やフラガ、キース、ノイマン、キラが指揮出来なくなってようやくフレイに序列が回ってくる事になる。まあ、その頃にはアークエンジェルが戦闘可能な状態だとは思えないので、フレイに出来ることは撤退命令を出すか、総員退艦命令を出すくらいだろう。
 つまり、どう転んでもフレイが艦の指揮をとる日は来ないのだ。ナタルがアークエンジェルの使い方を教えているのは、たんなるついでに過ぎない。主眼はやはり野戦指揮なのだから。

 3人でそんな事を話していると、フレイの抱いている赤ん坊がまたぐずりだした。

「あれ、今度は何?」
「ふむ、どうやらお腹がすいた様だな」
「なんだ、じゃあフレイ、頑張れ」
「え、何が?」

 カガリの言っている事が分からず、きょとんとした顔になってしまう。

「何って、母乳を・・・・・・」
「殺されたいわけ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴り付けるフレイ。抱いている人が怒ったせいか、大きな声で泣き出してしまう赤ん坊。フレイは慌ててそれをあやすが、なかなか泣き止んでくれそうも無かった。

「全くお前たちは・・・・・・どっちかミルクを持ってこい」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」

 呆れた様に指示してくるナタルを、フレイとカガリはじっと見た。正確にはその胸を。2人の視線に気付いたナタルが少したじろぐ。

「な、何だお前達、その目は?」
「・・・・・・バジルール中尉は、出ませんか?」
「艦長ほどじゃないけど、結構胸あるしな」

 2人の問い掛けに、ナタルは肩をプルプル振るわせて怒りを露にしていた。

「あ、生憎と、私は男性と付き合った経験が無くてな。出る可能性は無いぞ」
「そ、そうですか」
「それは、失礼な事を聞いたかな」

 2人で「アハハ」と乾いた笑いを漏らしている。何気に自分たちが虎の尻尾を無造作に踏みつけかかった事をようやく自覚したらしい。
 結局ナタルが自分でミルクを作りに行ってしまい、フレイとカガリは2人で赤ん坊を必死にあやし続け、ナタルが哺乳瓶を手に戻って来た時にはもうヘトヘトになっていたのである。

 因みに、何故かこの日以降、ナタルに新しい生徒が加わったらしい。

 

 

 この日以来、知り合いという程度の関係だったカガリとフレイは、一気にいろんな過程をすっ飛ばして友達と呼べる仲へと変わっていた。会えば何時も軽口を叩き合ったり悪口を言い合ったりと、端から見ると仲が悪そうに見えるのだが、何故かつるんでいる事が多くなっている。どうやらウマが合うらしかった。
 ただ、この2人の関係の急激な改善に疑問を持ったミリアリアが2人に聞いてみた所、なんとも妙な答えが返って来た。

「ねえ、2人とも何時の間に友達になったの?」
「何の事だ?」
「友達、誰が?」

 真顔で返されてしまったミリアリアは困り果ててしまった。まさか、こういう答えが返ってくるとは思っていなかったからだ。

「誰がって、貴方達よ。カガリさんとフレイ」
「「はあ?」」

 カガリとフレイはお互いを見やり、そしてプイッと顔を逸らせた。

「こんな口の悪い奴と友達な訳無いだろ!」
「こんながさつな女と友達な訳無いでしょ!」

 言いあってからまた顔を向け合い、お互いに文句を言い合っている。それを見てミリアリアは呆れた顔で呟いた。

「やっぱり、息あってるわよ。あなた達」

 

 


 ただ、この為にキラが酷い目に会う事が増えた。これまでどちらか一方が相手というだけでも持て余していたのに、2人同時攻撃を受けるようになったので、キラは立ち直れないほどに心身ともボロボロにされるようになったのだ。

 女性達が結束してくるにつれて、男達はだんだん肩身が狭くなるのを自覚するようになっていた。今日も食堂に集まった男達が顔を突き合わせて会議をしている。

「最近、フレイとカガリが仲良くて、いろんな意味で怖いんです」
「艦長もなあ、副長が丸くなってきたせいか、最近余裕でてきてなあ。声かけても笑って躱されるんだよね」
「ミリィがつれないんですう」
「・・・・・・で、なんで俺とチャンドラ曹長までここにいるの?」
「私も疑問だったんですけど・・・・・・?」

 愚痴るキラ、フラガ、トール。そして何故か付き合わされているキースとチャンドラ。まあ現在失恋中モドキ、現在落とそうとしてる真っ最中、恋人持ちの3人と、おおよそ共通点が無さそうなキースとチャンドラでは余りにも微妙過ぎる。だが、問われた3人はジロリと殺気だった目でキースを見た。

「なに言ってるんですか、キースさん?」
「俺は知ってるんだぞ。お前が副長と密かに付き合ってるのを」
「・・・・・・は?」

 キラとフラガに言われて、キースは間の抜けた声を返した。何時から俺とバジルール中尉は付き合いだしたんでしょう?
 本気で分からないという顔をしているキースだったが、戦友達は誰もそれを正しく受け取らなかった。トールがまるでドラマなんかで犯罪の証拠を突き付ける刑事や探偵みたいな表情でキースにあの日見た事実を付きつけた。

「キースさん、俺は忘れてませんよ。フレイが行方不明になった日、キースさんとバジルール中尉が肩を寄せ合ってほのぼのしてたのを」
「・・・・・・あ、あれか」
「キース、まさかお前があのバジルール中尉を落とすとはな。お前は女には興味が無いかと思ってたんだが」
「え、それはどういう事です、少佐?」

 フラガの言葉にチャンドラが面白そうに聞いて来る。キラとトールも聞きたそうに顔を寄せてきたので、フラガはしたり顔で語り始めた。

「いやな、キースは結構前から俺と一緒にあっちこっちを転戦してたんだけどな。キースは女に一度も手を出そうとした事が無いんだよ。俺が何人か紹介してやっても長続きしないしな」
「女性の扱いが下手だとか?」
「そうでも無いみたいなんだよな。別れた女に聞いてみても、特にキースを嫌うような事は言ってなかったし。ただ、何て言うか、キースは良い人だが、自分を1番に見てくれないんだと」

 フラガの答えに、チャンドラはなるほどと頷き、キラとトールは分からないと言いたげに顔を向け合い、フラガに説明を求めた。求められた方は一瞬迷惑そうな表情を浮かべ、仕方なさそうに口を開く。

「まあ、お子様なお前等には分からんかな」
「お子様で悪かったですね」
「・・・・・・フラガ少佐、そんな事言ってるとおじさん臭くなりますよ」
「俺はまだ20代だ!」
「でも、たしか崖っぷちだったような気も」

 トールとキラの文句に大人気無く言い返したフラガ。だが、さりげなくキースが余計な事を口走っているフラガの気にしている事を抉りこむ様に呟く。フラガはキースをジロリと睨んだ後、咳払いしてから話を再開した。

「女ってのはな、自分を見ていてくれないと気がすなまいんだよ。嫉妬深いって言うかな」
「嫉妬深い、ですか」

 キラが何と言うか、妙に納得して頷き、次いでぞくりと身を震わせた。

「どうしたキラ?」
「い、いや、なんでも無いよ」

 訝しげな声をかけてくるトールに曖昧な返事をしてその場を誤魔化したが、内心では滝のような汗をかいていたのである。今はフレイと別れているのでフリーな筈なのだが、何故か一瞬頭の中に浮気という単語が浮かび、次の瞬間には涙目で睨んでくる怒ったフレイの顔が浮かんできたのだ。
 とにかく怖かった。なんでかは分からないけど怖かった。
 そんなキラを見て、なにかを察したのかフラガがポンポンと肩を叩いた。

「まあそうだろうな、あの娘は浮気を笑って許してくれるタイプじゃないよなあ」
「アハハハハ、ナニヲイッテルンデスカふらがショウサ。ふれいハボクノカノジョジャアリマセンヨ」
「・・・・・・思いっきり声が裏返ってるぞ」

 チャンドラが呆れた声で突っ込む。それくらいにキラはおかしかった。そしてフラガが壊れてるキラを放っておいて話しを続ける。

「まあ、キラを見れば分かると思うが、浮気はいけないぞ。女は怒らすと怖いからな。特に情の深い女は、一度本気になると周りが見えなくなるからな」
「・・・・・・ボクハマダシニタクナイデス、ふらがショウサ」

 まだ壊れてるキラがカクカクした声で情けないことを言ってくる。どうやら彼の頭の中ではすでに浮気した自分がフレイに殺されてしまったようだ。あるいは無理心中か。どっちの可能性もあるだけに恐ろしい。カクカクと怪しい震え方をしているキラの姿は見ていると滑稽だが、同情を誘う要素も確かにある。
 トールが笑いを堪えながらキラの背中を叩いた。

「まあ、なんだ。最近のフレイはだいぶ物分りが良くなってるから、話も聞かずにいきなりなにかされるって事はないだろ。まあ、良い訳を聞いた後で酷い目に会わされるかもしれないけどな」
「トール、他人事だと思って楽しんでるだろ?」
「ふっふっふ、人の不幸は密の味」

 なんとも楽しそうなトール。キラは視線で人が殺せたらと言わんばかりの殺気を視線に乗せて叩き付けたが、この雰囲気では威力も霧散してしまっている。
 悔しそうなキラに、チャンドラが不思議そうな顔で声をかけた。

「でも、確かヤマトはアルスターと縒りを戻したんだよな。その割には昔みたいにべたべたしてないな?」

 チャンドラの質問に、全員の視線がキラに集まった。トールもキースもその辺りの事は聞かされていないのだ。キラはみんなの視線に耐えかねて仕方なくフレイとの事を語りだした。

「フレイは、僕を好きだと言ってくれましたよ。嘘でも同情でもなく・・・・・・・」

 事情を知るトールとキースは笑顔を浮かべて頷き、事情を知らないフラガとチャンドラは少しやさぐれてしまった。

「コーディネイターは今でも嫌いだけど、僕の事は割りきって考えるって、コーディネイターでも構わないって言ってくれたんです」
「愛は種族を越えるってか」

 なんだか投げ遣りな感じになってるフラガ。すっかりお惚気に当てられてしまったのだろう。だが、続けてのキラの話を聞いてしまうと、流石に表情を改めざるを得なかった。

「でも、僕とフレイは付き合ってる訳じゃないんです」
「「「「はあっ?」」」」
 
 4人は同時に素っ頓狂な声をあげた。今までの話を聞いて、何処をどうしたら付き合っていないとなるのだ。

「フレイが言ったんですよ。このまま縒りを戻しても、きっとこれまでの繰り返しになるだけだから、一度全てをやりなおそうって」
「やりなおす、ねえ」

 トールが分からないという顔をするが、フラガは納得した顔で頷いていた。

「なるほど、そりゃフレイが正しいな。お前らはまだ恋愛するには早いって事だ」
「・・・・・・そういうものですか?」
「そういうものだね。人を好きになるってのは綺麗事じゃ済まないんだよ。ただの表面的な付き合いで終わらせるならいいが、そうで無いなら、それなりの覚悟が必要になる」
「僕には、良く分かりません」
「だからまだ早いって言ってるんだよ。いやフレイはどうか知らんが、少なくとも、お前はまだフレイに本気じゃないね。もし本気なら・・・・・・・」

 そこで一度言葉を切り、フラガはじっとキラの目を見た。

「もし本気だったら、形振り構わずにその人を手に入れようとするもんさ。そして誰にも渡すまいとするね。他の誰が傷付こうと知った事じゃない。何を犠牲にしようが、その人を自分の物にする事が最優先になる。お前にはまだ、そこまでフレイに入れ込んでないだろ?」

 フラガの問い掛けに、キラは力無く項垂れてしまった。フレイを好きかと聞かれれば、好きだと答えられる。だが、フレイを手に入れたいかと聞かれると、答えられる自信が無い。
 俯いて答えられないでいるキラの肩を、フラガはポンと叩いた。すでにその顔には何時もの笑みが浮かんでいる。

「悪い、まだ16歳のお前には早かったな」
「いえ、そんな・・・・・・」
「まあ、さっきの話は頭の隅にでも入れといておけ。まだ若いんだし、いろんな相手と出会うだろうからな。焦る事も無いさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 キラはフラガの言葉にまた俯いてしまった。その脳裏をフレイが、カガリが過る。そして最後に、宇宙でであったアスランの婚約者、ラクスが過った。

『僕は、誰が好きなんだろう・・・・・・?』

 この時、キラは迷っていた。それぞれに異なった魅力がある。ラクスとはもう会うことは無いだろうけど、フレイとカガリは手の届く所にいる。フレイは憧れていた女の子だし、カガリは一緒にいるととても安心できる。だけど、そこからフレイが変わってしまった。僕の思い描いていた優しくて可愛い女の子というイメージから、優しいという印象をそのままに不思議な強さを垣間見せるようになった。もう昔の様に守ってあげないといけない、などとは微塵も感じさせない。
 最近ではカガリとも仲が良いようだし、フレイは自分だけどんどん先へ先へと進んで行ってしまってるんではないだろうか。
 キラが悩んで黙りこんでしまったので、話題は自然とキースへの追求へと移っていく。だが、キラと違って人生の甘い辛いを潜り抜けているキースはトールやフラガの追求をのらりくらりと躱していく。

「キースさん、いいかげんに観念してくださいよ」
「はっはっは、観念って言われてもなあ」
「キース、そろそろ副長との事を話せって」
「話せって言われましてもねえ。俺達は本当に付き合ってる訳じゃないんですよ」

 鰻のようにスルスルと追及の手を躱していくキースに、遂にフラガは根負けした。元々、キースが一度言わないと決めたら絶対に吐かない事は分かっていたのだが、それで諦めるには惜しいネタだったのだ。

 そして、ようやく男どもの愚痴りあい(というか、裏切り者の追及)が閉会となった時、キースはまだ考えこんでいるキラを見やり、呆れて肩を竦めた。

「キラ、お前まだ考え込んでたのか?」
「・・・・・・重要な問題ですから」
「重要ねえ。まあ、確かに最近のフレイの成長は脅威かもな。すでにお前よりもずっと先にいるのかもしれんぞ」
「・・・・・・分かってるんです、そんな事は」

 キラは顔を上げずに答えた。分かっているのだ。フレイが、気が付かない内に随分遠くに行ってしまったのだという事は。あれほど嫌っていたはずのコーディネイターの自分の存在を受け入れてくれた。カガリとも仲良くなった。艦長やバジルール中尉、キースさんにも認められている。そしてナチュラルでありながら自分にも引けを取らないあのデュエルの強さ。彼女は周囲の助けを借りながら、この短期間で自分の殻を次々に破っていったのだ。
 だが、それは自分にとって負い目となってしまう。フレイは自分を好きだと言ってくれたが、同時に自分達の現在の状況も考えてくれていた。もしあそこでフレイがやり直そうと言ってくれなかったら、自分は同じ過ちを繰り返したに違いない。フレイは成長してるのに、自分はまるで変わってはいない。昔の、弱いままなのだ。
 今の自分では彼女とは釣り合わない。その思いがキラの負い目となっていた。最も、これはキラの何時もの悪癖が出ているだけで、フレイがどう思っているかはまったく考えてなかったりするのが問題だ。


 そんなキラを見てキースは小さく溜息を吐いた。まったく、フレイもそうだが、こいつも呆れるくらいに思い込みが激しい。そして、苦悩するキラをチラリと見やり、口元に苦笑を浮かべた。

「まったく、こんなのが最高のコーディネイターか。俺の存在理由も、なんだか随分と程度の低いものだったんだな」
「は、なにか言いましたか、キースさん?」
「いや、お前がいつも悩んでるからさ。こりゃ綺麗に禿げる日も近そうだと思っただけだ」

 キースは大嘘を付いた。今のキラには、まだ聞かせるべきではないだろうから。その素性に秘められた余りにも大き過ぎる罪に、まだキラは耐えられないだろうから。
 そう、キースは知っているのだ。キラが生まれながらに背負ってしまった罪と、その意味を。希望と言う名の絶望を、知っているのだ。何故なら、彼もまた、その身に消える事の無い原罪を刻み込んだ存在だから・・・・・・

 


 そして、アークエンジェルは中央アジアへと入った。このままカスピ海北部を抜けてアラル海を目指し、山脈を回り込んでインドに入る予定だ。この近くにはバイコヌール宇宙基地があり、小規模なマスドライバーが設置されている。その為、ここにはかなりの大軍が展開しているのだ。だが、中東方面からの圧力もあり、徐々に追い込まれてきているらしい。
 そして、アークエンジェルはその旅の途中で、悲惨極まりない戦争の傷痕を目の当たりにする事になる。戦争初期に起きた1つの悲劇、一般には「アティラウの惨劇」と呼ばれる、死の都市に、彼らはやって来てしまったのだ。
 そこでアークエンジェルのクルーは、戦争のもたらす狂気と、その残酷さを目の当りにする。そして、カガリはそこで真実の果実に手をかけてしまう事になる。



後書き

ジム改 今回はフレイとカガリのほのぼの話だ
カガリ まあ、確かに私が出張ってはいるがな
ジム改 いや、フレイとカガリをぶつけて見ると何故かポンポン話が進むんだw
カガリ 私はいつからお笑い担当になったんだ!?
ジム改 うむ、たぶん初登場からではないかと
カガリ しかも遂にハリセンの餌食に!
ジム改 ナタルの18番だからねえ
カガリ しかもキラはなんだか落ち込んでるし
ジム改 こいつほど落ち込むのが似合うキャラも珍しいよなあ
カガリ そういやキースがなんだか妙な事を言ってたな
ジム改 うむ、キースの秘密の一端が明かされただけだ
カガリ こいつはこいつで難儀そうなキャラだな
ジム改 キラほどじゃないけどな
カガリ で、次回のアティラウの惨劇って何だ?
ジム改 うむ、戦争初期に起きた激戦地の事だ
カガリ それでどうして惨劇なんだ?
ジム改 それは次回のお楽しみ。ついでにキースの過去も明らかになる
カガリ なるほど


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