38章  極東連合の蠢動


 地球の中にあって、いまだに中立を保っている数少ない国家の中に、極東連合がある。これは日本と樺太を統合した国家で、極東有数の経済力を誇っている。その国力は非常に高く、軍事力も侮れない。九州には小規模のマスドライバーまで保有している。高雄のマスドライバーが失われた今、東アジア地区では唯一のマスドライバーとなっていた。東アジア共和国との関係は些か悪いという問題を抱えてはいるものの、戦争に巻き込まれず、ここまで力を温存している数少ない国家である。
 中立とはいえ、この国の立場が限りなく連合寄りであることは、今更隠しようも無い事実でもある。実際、過去にも再三に渡ってプラントから連合諸国への武器の輸出を止めるよう申し入れがあったにもかかわらず、極東連合はこの申し出を拒否している。それどころか物資の供給が立たれた連合諸国の月面都市への人道援助と称して物資を月面に運び込む有様だ。その中に相当量の軍需物資が含まれていることは公然の秘密であり、プトレマイオス基地を支える重要な補給ルートとなっている。
 プラントはこの露骨な挑発に怒りを露にしたが、それでも手を出すことはしなかった。今でも決して楽な戦いをしているわけではないのだ。この段階で地球国家郡の中でも第6位の軍事力を誇り、これまでまったく無傷で戦力を温存してきた極東連合を敵に回せば、これまでの軍事バランスが崩壊しかねないのだ。
 極東連合はL2にコロニー群と宇宙軍の拠点となるグランソート要塞を持っており、工業コロニーや農業コロニーも相当数を保有している。L3には崩壊したヘリオポリスがあったが、他にもオーブのコロニー群が存在している。この2つのコロニー群は中立国家ということもあり、ザフトの攻撃を免れていたのだ。ただ、ヘリオポリス事件の為に両国はコロニーの防衛を強化するようになり、L3にはオーブ艦隊が、L2には極東連合艦隊が展開するようになったのである。
 いや、オーブは自衛の為と言える戦力ではあるが、極東連合のそれは明らかに自衛の為、というレベルを超えた軍備拡張を行っていた。連合と同じく戦艦、駆逐艦、空母をそろえ、大量のMAメビウスを配備している。その総戦力は連合の2個艦隊に相当していた。また、大西洋連邦と協力していた事を証明するように、グランソート要塞の工廠ではMSの開発が進んでいた。その設計には明らかにGシリーズの線が見て取れる。
 そして、その工廠には大西洋連邦、そしてどこから手に入れたのかは不明だが、オーブとの繋がりを示す機体までもが存在していた。工廠のMSベッドに固定されている機体は、GAT−102BデュエルとGAT−103Bバスター、GAT−105Bストライク。そしてオーブのMBF−M1アストレイまでがある。

 

 グランソート要塞司令官のマッカラン中将は工廠で組み上げられている自国製MSのフレームを満足げに見上げていた。

「これまでザフトに好き勝手にさせていたが、これで我々はザフトに遅れをとることはなくなるわけだ」
「そうだと良いんですけどね」

 その隣に立つのは長い青色の髪を三つ編みにした、妙齢の女性であった。服装からすると技術者であるらしい。

「君にも世話になったな、クローカー博士」
「いえ、これも仕事ですから」

 頬に手を当ててニコニコと微笑むクローカー。マッカランはその笑顔を見て、前から聞いてみたかった事を問いかけた。

「しかし、君も数奇な境遇にいる人だな」
「何がです?」
「そうだろう。大西洋連邦出身のコーディネイターでありながら、プラントでMSの開発に携わり、開戦後にはオーブに渡ってモルゲンレーテに就職、オーブのMS開発に手を貸している。そして今は極東連合の為にMSを開発している」
「うふふ、大西洋連邦の5機のGシリーズにも関わっていますわ。敵味方で使用されている機体全てに関わったことになりますね」
「・・・・・・どういう気持ちかね。自分の作ったMSが敵味方に分かれて争うのは?」

 マッカランの問い掛けに、クローカーはわずかに首を傾げた。

「別にどうとも思いませんよ。所詮は人殺しの道具です。そんな物に愛着など抱きません」
「科学者らしくない物言いだな。科学者というものは、自分の作品は大事にするのではないのかね?」
「他の方はどうか知りませんが、私はそんな物に興味はありませんよ。プラントでジンを作った時も、あくまで防衛用だと言われていたんですから。まさか、地球に侵攻するために使われるなんて」

 クローカーの顔には苦々しい表情が浮かんでいる。そんなクローカーの苦悩を察したマッカランは少し同情してしまった。
 クローカーはコーディネイターでありながら、大西洋連邦の士官と結婚している。だが、その後に悪化するプラントと地球の関係を憂い、プラントに行ってMS開発に取り組んだ。だが、防衛用と聞かされていたそれは、結果として侵略に使われたのだ。自分が同胞を守るために作ったはずの機械が地球の各地で虐殺を繰り広げていると知ったクローカーはプラントを脱出し、オーブに渡った。そこでモルゲンレーテに就職し、MSの基礎開発に携わったのだ。その後、極東連合から協力を打診され、モルゲンレーテから派遣という形で極東連合に協力した。その際に大西洋連邦の5機のGの開発を行っている。このデータはオーブのアストレイに生かされている。そして今目の前にあるMSたちは、全て彼女が関わっているのだ。

「・・・・・・私は、プラントに、ザフトにMSを与えてしまいました。その結果が今の惨状です。増長したプラントのコーディネイター達はナチュラルの打倒を唱えるようになり、破壊と殺戮を際限なく拡大しています」
「それを食い止めるために、君は我々に手を貸してくれたのだろう?」
「はい。これは、私の贖罪なんです。このままでは、プラントはナチュラルを滅ぼすか、完全に支配しようとするでしょう。それだけは防がなくてはなりません」
「コーディネイターの君がコーディネイターの活動を阻害する。皮肉なものだな」

 マッカランは面白くもなさそうな顔で面白くも無い冗談を口にする。だが、彼女の存在は貴重だ。ナチュラルに協力的なコーディネイターは非常に少ない。まして、彼女ほどに有能なコーディネイターは滅多にいないのだ。
 2人は極東連合が開発しているザフトのジンやシグーに対抗する切り札、FEU−02オリオンを見上げた。大西洋連邦から技術提供された最新技術、小型ビーム兵器技術の集大成とも言えるビームライフルとビームサーベルを装備し、頭部には75mmイーゲルシュテルンを採用している。更に対ビームシールドを装備している。一見すると連合で開発中の主力量産機、ストライクダガーと同じ装備を採用しているが、左胴には背負い式に追加装備の15連装ミサイルランチャーが取り付けられ、中・長距離での火力を高めており、重要部品の多い胴体部にはフェイズシフト装甲が採用されるなど、大西洋連邦やオーブ製MSよりは高級な機体となっている。
 大西洋連邦やオーブが採用を見送ったこの装甲だが、それには3つの理由がある。まず、この装甲素材は無重力状態でなければ生成できないため、宇宙にコンビナートを必要とすること。もう1つはコストが高く、量産機の単価が高騰してしまうことだ。宇宙での工業コロニーを喪失している連合諸国にはこの装甲を作ることが物理的に出来なかったのである。そしてオーブにはこの装甲を作る技術が無かった。モルゲンレーテはOS開発に関わっただけで、機体開発には関わってなかったのだ。まあ、ヘリオポリスでG兵器のデータを盗用して3機の試作機を作っていたりするのだが。
 極東連合がなぜフェイズシフト装甲を採用できたのか。それは、この国が最初からG兵器の開発に携わっていたからである。そして、戦争に直接参加していなかった極東連合には、この装甲を採用するだけの余裕があったのだ。宇宙には自国の工業コロニーもある。どうせいつかは開戦に踏み切るつもりであったこの国にしてみれば、ザフトに対して決定的なアドバンテージを得ることが出来るであろうビーム兵器とフェイズシフト装甲の採用は、当然の選択だったのである。
 
 このオリオンに搭載するOSも、幸いにして大西洋連邦から雛形とも呼べるナチュラル用OSが提供されたことで解決を見ている。まだ完全と言える物ではなかったが、一応の基礎機能はそろっているし、あとはオリオンのテストと共に改良していけばよいのだ。

「いずれにせよ、これ以上コーディネイターの勢力を強くする訳にはいかない。そう遠くないうちに我が国も参戦することになるだろう。それまでに何としてもオリオンを完成させ、生産を軌道に乗せなくてはいけない。頼むよ、クローカー君」
「分かっています。私としても、コーディネイターとナチュラルが際限ない憎悪を向け合う現状は打開したいですから」
「しかし、考えてみれば奇妙なものだ。君はコーディネイターで、私はナチュラルだ。極東連合はコーディネイターに対して決して好意的な国ではない。なのにこうして肩を並べて同じ目標を目指している」
「ブルーコスモスが多い大西洋連邦の上層部には余り良い顔をされないでしょうね」
「まあそうだろうが、それは向こうの事情だよ。うちの知ったことではない」

 マッカランはそう言ってニヤリと笑った。彼はコーディネイターであるクローカーに対して、好意的に接する変わった人物だ。彼に言わせると、コーディネイターは嫌いだが、仕事に個人的感情は挟まないのが流儀だということだ。そして、クローカーの温和で人当たりの良い性格も彼の態度を軟化させているらしい。この工廠で働いている作業員も大半はナチュラルなのだが、今ではみんなクローカーを慕っている。流石に工廠関係者以外には胡散臭い視線を向けられることもあるのだが、そんなことを気にした風も無いクローカーの態度は、自然と周囲の評価を高めたのだ。

 

 

 工廠から自室に戻ってきたクローカーは椅子に腰掛けると、机に立てかけてある写真立てに目をやり、話しかけた。

「アル、貴方は元気にやってるかしら。最前線で頑張る貴方に手を貸してあげたいんだけど、それにはもう少しかかりそうよ」

 写真には若い頃の自分と、連合軍の制服を来た若い将校が写っている。何となくクローカーの姿はほとんど変わっていないのがちと怖いが、相手の男は筋骨逞しい、軍人と言うよりどこぞの工事現場の兄ちゃんという感じである。この男はアルフレット・リンクスといい、クローカーの旦那で大西洋連邦軍少佐でもある。今はインド方面軍で頑張っているらしい。これでも昔はメビウス・ゼロ部隊の隊長をしていたこともある実力者なのだ。

「私もここの仕事を終えたらオーブに帰るわ。貴方も出来れば一度会いに来てくださいね」

 写真に写る男は、実に不器用でまっすぐな性格をしていた。コーディネイターへの風当たりが強い大西洋連邦にありながら、嫌われ者のコーディネイターである自分に声をかけてきたのだから。あの時のことは今でも鮮明に思い出せてしまう。あの体格の良い男が顔を赤くして話し掛けてきたのだから。

『お、俺と、付き合ってください!』

 あの時はあんなことを言われたものだから、からかわれてるのだと思って思いっきり引っ叩いてしまった。あの頃の自分は大学の研究生で、マンションに帰る途中だったから、往来であんな事をしたのだ。
 だが、あの時はナチュラルがコーディネイターに告白するなどということ事態が異常と呼べる時代だったのだから仕方ないだろう。ブルーコスモスのテロが頻発するようになり、ナチュラルとコーディネイターの対立は深まるばかりだったのだから。
 だが、その後も彼は自分の前に現れた。まるで諦めるという事を知らないかのように何度も何度も現れ、時には同じ研究室の同僚に手紙を託したりもしてきた。自分はそれを徹底的に無視し続けたのだが、その熱心ぶりに同情したのか、同僚たちまでもが「話を聞くぐらい良いんじゃない?」などと言い出すようになったのだから堪らない。まるで自分が悪者になったような気にさせられたからだ。
 それから月日が立ち、遂に私はその男と会う約束をした。友人に言伝を頼み、午後1時に駅前で会うと言ったのだ。勿論それは嘘で、行くつもりなど初めから無かった。明日は天気予報で雪だということも分かっており、丁度いい薬になると思ったのだ。これだけ嫌がらせをすれば流石に諦めるに違いないと。
 そして、翌日は予報通りの雪であった。気温はマイナスに達し、降り積もる雪が街を白く染め上げていく。自分は自室でそれを見ながら「これでいい」と笑ったものだ。
 暫くして時計が2時を超えた頃、流石にもう帰っただろうと思いながらも、何となくどうなったかを確かめに駅前に向かった。この雪で人影はさほど多くなかったので、人を探すのは容易だった。だが、そこにあの男を見たときは、思わず目を疑ったものだ。自分の時計が確かならばもう3時だ。まさか、この雪の中を馬鹿正直に2時間も待っているのだろうか。
 彼はベンチに腰掛け、頭に雪を積もらせている。時折動いていることから生きているのは確かなようだが。
 自分はつかつかとそのベンチの前まで行くと、彼に声をかけた。

「・・・・・・あの、寒くないんですか?」

 その問いに、彼はようやく顔を上げて自分を見た。すると、彼は何事もなかったように笑顔を浮かべてこういったのだ。

「生憎雪男じゃないんで、かなり寒かったですよ」

 その答えに、自分はどう答えたものかしばし迷ったが、結局素直に疑問をぶつけることにした。

「・・・・・・なんで、待ってたんです?」
「何でって、約束でしたから」
「・・・・・・来ないとは、思わなかったんですか?」

 私の問いに、彼は首を捻ってしばし考え込んでしまった。

「いや、来ないかもとは考えなかった」
「何でです?」
「だって、クローカーさんは他人を騙すような人じゃないと、同じ研究室の人に聞いてましたから」
「そんな、そんな事で私を信じたって言うんですか? 私はコーディネイターなんですよ?」
「コーディネイターなんですよ、か」

 私の言葉に、彼は空を見上げた。ゆらゆらと落ちてくる雪が神秘的で綺麗な空だが、今の自分にはうっとおしいだけのものに見える。

「・・・・・・まあ、今の世の中はそういう風潮だからってのもあるかもしれませんね」
「どういう事です?」
「コーディネイターへの風当たりは強い。しかも、いわれなき迫害とは言えないしなあ。確かにコーディネイターの実害は大きい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼の言葉に、私は俯いてしまった。確かにコーディネイターは騒動の種だ。優れた身体能力を持つがゆえに犯罪を犯した場合、捕らえるのも容易ではない。コーディネイターの犯罪はいまや大きな社会問題となっているくらいだ。それの対処に軍が出動した例さえある。
 だが、続くアルフレットの言葉は、自分のそれまでの考えを打ち砕いてしまうほどに強烈だった。

「だがなあ、俺にとっちゃクローカーさんがナチュラルだのコーディネイターだのはあんまり関係ないんです。俺はクローカーさんに一目惚れした。だから告白したんですから」

 何て馬鹿馬鹿しい、だが分かりやすくて気持ちの良い理由だろうか。このご時世に、ナチュラルでもコーディネイターでも構わない、俺は君が好きなんだと言えてしまうこの男は本当にどういう頭をしているのだろう。
 私は呆れるを通り越してかえって落ち着いてしまい、彼にニッコリと微笑んだのだ。それに彼が首を捻るのを見ながら、私は右手に力を込めたのだ。

 


 それから私はどうやって部屋に戻ったのか、実はよく覚えていない。ただ、あの馬鹿の顔を思いっきり殴りつけて、そのまま駆けて来たのは確かだ。何で殴ってしまったのかも良く分からない。ただ、自分でもどうしようもない苛立ちを感じただけだ。
 でも、流石に翌日にもなると罪悪感の方が先立ってしまった。悪い事をしてしまった。せめてちゃんと断ればよかったのだ。何もいきなり殴りつけなくても、一言「ごめんなさい」と言えばよかったのに。

「なんで、殴ちゃったりしたのかしら?」

 自分でも分からない心のもやもやを抱えたまま、私は研究室に足を運んだのだ。私が研究しているのは、二足歩行で動く作業機械。これが完成すれば、宇宙での作業は格段にし易くなるはずなのだ。言うなれば作業用パワーローダーを発展させた物と言えばいいか。
 だが、研究室に入った時、同僚の1人が自分に話しかけてきたのだ。

「あ、クローカー、丁度良い所に」
「如何したの?」
「これ、例のごつい軍人さんから」
「・・・・・・あの人から?」

 昨日殴ってしまったというのに、まだ諦めてなかったのだろうか。でも、それに僅かな安堵を感じたのも事実だ。だがその安堵の気持ちも、手紙を開くまでだった。そこには、彼からの謝罪と、別れの言葉が書いてあったのだ。

『クローカーさん、昨日はすいませんでした。俺みたいな無骨者では、やはり貴女を捕まえるのは無理だったようです。何となく、身の程というものを知りました。俺はこれから月に上がります。新型MAのパイロットに選出されまして、今日にはこの街を立つ予定です。もう会うことも無いでしょう。これまでの事はどうか忘れてください。さようなら』

 私は足が震えてくるのを感じていた。そんな、昨日が、彼が私のわがままに付き合える最後の日だったのだ。
 私は手紙を持ってきた同僚を捕まえると、早口に問い質した。

「この手紙を渡されたのは、何時!?」
「え、ええと、10分くらい前かな」
「・・・・・・そう、分かったわ!」

 私はバッグを放り出すと急いで駆け出した。背中に同僚の声が突き刺さる。

「ちょっと、今日の実験はどうするのよ!?」
「ごめん、教授に謝っといて!」

 私はそう言い残すと一目散に駆け出した。表で無人のエレカを捕まえると急いで駅へとは走らせる。駅に辿り着いた私は人を掻き分けて中に入った。あの見慣れた軍服の大男を探すために。そして、彼は何時もとは違い、ベンチに腰を下ろしてがっくりと肩を落としている。周りにいる軍人は彼の部下か同僚だろうか。
 私は足音も高く彼に歩み寄っていった。周りの部下か同僚らしいのが私に気付いたが、何故か顔を引き攣らせて道を譲ってくれる。そして、私は彼の前に立った。まるでこの世の終わりが来たかのように落ち込んでいる彼の前に。

「ちょっと?」
「・・・・・・・・・あ?」

 彼は顔を上げて私を見て、しばし硬直していた。何と言うか、ここにいるはずの無い人を見ているような顔だ。

「・・・・・・ク、クローカーさん、どうしてここに?」
「どうしてじゃありません、何ですかこの手紙は!?」

 私は彼の前に手紙を突きつけました。それを見て彼はうっと唸るような声を出し、僅かに視線を逸らす。

「それは、書いてある通りです」
「じゃあ、もうこの街には戻ってこないつもりですか?」
「・・・・・・俺がこの街にいたのは、あなたに会うためでしたから。はっきり振られた以上、もう残る理由もありません」

 ボソボソとした声で答えた。それを聞いて回りにいる軍人たちが「そりゃそうだよな」「ちょっと釣り合いがな」などと話し合っているのが聞こえるが、そんな物はどうでもいい。私はこの頭の悪い唐変木に一言言ってやらなくては気が済まなかった。

「私は、あなたにまだ返事なんかしてません!」
「え・・・・・・、でも、昨日あれだけ見事な右ストレートを?」
「あ、あれは貴方の馬鹿正直ぶりに呆れてつい手が出ただけです!」
「・・・・・・いや、そっちの方が問題という気がするんですが?」
「気のせいです!」

 私ははっきりと言い返した。それで彼は困惑を浮かべて困り果ててしまっている。自分でもどうすればいいのか分からないのだろう。本当に馬鹿正直で、表裏の無い変わった人だ。周りの軍人たちが言うように、確かに自分とは釣り合わないだろう。これまでの人生をいくら身を守る為とはいえ、嘘で塗り固めてきた自分から見れば、彼の心は余りにも綺麗過ぎる。
 今なら何となく分かる。どうして昨日、自分は彼を殴ってしまったのか。嫉妬していたのだ。騙してやろうと思っていたのに、彼は自分の言葉を疑いもせずに雪の中で2時間も待っていた。そんな人を馬鹿正直に信じられる彼の心が、そんな風に育ってこれた境遇が、迫害から逃れるために最近までコーディネイターであることを隠し、嘘で塗り固めてきた自分と比較されてしまって、どうしようもなく妬ましかったのだ。羨ましかったのだ。だから、無意識に手が出てしまった。
 私は彼の顔をじっと見つめると、その手紙を目の前で2つに引き裂いて見せた。音を立てて破れた手紙を彼は呆然と見ている。

「とにかく、自分で勝手に勘違いして終わりにしようなんて考えないでください!」
「い、いや、でも・・・・・・」
「言い訳無用です。貴方のせいで私は実験をサボることになってしまったんですから、この償いはきちんとしてもらいます!」
「逆恨みという気がするんですが?」
「男の癖に細かい事を気にしちゃいけません!」
「・・・・・・細かい事じゃないような気がしますが、まあいいか」

 これ以上反論すると怖そうなので、彼はそれ以上追及しなかった。そして、私は破った手紙を彼に付き返すと、はっきりと言ったのだ。

「とにかく、もう一度この街に帰ってきてください。その時には、ちゃんと返事をしますから」
「・・・・・・・・・はあ、分かりました」

 彼は困り果てた顔で、それでもはっきりと言ってくれた。それに安堵した私は、初めて彼の前で笑顔を見せたのだ。その時の彼の驚きようは今でもはっきりと思い出せるほどに滑稽だった。

 

 これが、私とあの人の始まりだった。一年後に彼は私の元へ帰ってきて、私は彼と付き合う事にしたのだ。今思い出してもあの時のことは鮮明に思い出せてしまう。自分の人生であれほど滑稽で、鮮烈な物は無かったから。
 彼女は夫との再会の日を待ち望みながら、ひたすらにMSの開発を続けている。学生時代の自分の研究が戦争の役に立っているというのも皮肉な話だが、今はそういう時代なのだ。
 だが、流石のクローカーも、自分の夫が数奇な運命に巻き込まれていることなど知る由も無かった。

 

 

 マドラスを目指して航行するアークエンジェル。その艦内では今、ちょっとした騒ぎが起きていた。何とコーディネイターの筈のキラが熱を出して倒れてしまったのだ。病気にも強い筈のキラがどうして倒れたのかと慌てふためいた幹部クルー達は強力な伝染病の可能性さえ考えたのだが、軍医が出した結論はただの風邪であった。
 それを聞かされたマリューは目を点にして硬直してしまい、仕方なく副長のナタルが続きを促している。

「それで、風邪とはどういう事なのだ。コーディネイターは病気にも強い耐性を持つと聞いているのだが?」
「そうです。確かにコーディネイターはナチュラルよりも頑丈です、ですが、彼の場合は些か事情が異なるようですな」

 軍医は採血などから得たデータを表示するが、勿論ナタルにはさっぱり分からない。

「これは?」
「彼から検出された免疫抗体です。大気中にはウィルスなどの病気の原因が常に飛んでいまして、体の抵抗力が落ちるとこれに負けて病気になるわけです」
「ふむ」
「ヤマト少尉が患っているものはウィルス性の風邪ですが、これはナチュラルの子供でも負けないほどに弱いウィルスです。これに発病するには余程抵抗力が落ちる必要があります」
「では何故ヤマト少尉は発病したのだ?」
「はあ、それが何と言いますか」

 軍医はファイルをめくり、困った顔をした。

「ヤマト少尉に体には通常人体に生成されるはずの抗体が不足しています。恐らく、彼は地球に降りた事がないのでしょう」
「どういう事だ?」
「この免疫抗体は地球生まれなら誰でも持ってます。抗体とはその環境に適応して生まれる物ですから、彼の体は地球で生きていくのに必要な抗体を持っていないのです」

 何とも呆れた話だった。ナチュラルでさえ負ける事の無い程度のウィルスにコーディネイターが負けたというのだから。だが、宇宙で人が生まれて死んでいく時代になったという事を考えれば、そういう事も起きるのだろう。余りに清潔なコロニーでの生活は確かに快適だろうが、それは同時に人間の生命体としての能力を衰弱させてしまうということだ。

「まあ、放って置けば確かに危険ですが、なに、薬を投与しておきましたし、安静にしておけば2、3日で直りますよ」
「そうか、それは良かった」

 ナタルはほっと安堵の吐息を漏らした。主力であるキラを欠けば自分達の受ける損害は計り知れない。
 この事を知らされたサイたちもまた安心した。キラが病気で倒れたなど初めてのことなので、誰もが不安を感じていたのだ。

「そうですか。キラの奴、ただの風邪ですか」
「そうらしい。全く人騒がせなことだ」
「でも良かった。もし変な病気にかかってたらどうしようかと思っちゃった」

 ミリアリアがほっとし、トールとカズィがオイオイとミリアリアを嗜める。ナタルは子供達の前から去ろうとしたが、ふと足を止めてサイを見た。

「そういえば、アルスターとカガリ・ユラはどうした?」
「2人でしたら、あの街で搬入した物資をチェックするのを手伝ってます」
「なんだ、てっきりヤマト少尉にでも付いているかと思ったが。ふむ、少しは軍人としての自覚が出てきたかな」

 ふむふむと嬉しそうに頷くナタル。そして、ふと何かに気付いたように4人をジロリと見た。見られた4人はビクリと体を震わせてあたふたしている。

「あ、あの、何か?」
「お前達は、こんな所で何をしているのかと思ってな」
「い、いえ、それはですねえ、キラのことが心配で、その・・・・・・」
「仕事を抜け出して、か?」

 ジロリと睨んでくるナタル。その視線に晒された4人は文字通り竦みあがってしまう。ナタルを怒らせるのはかなり不味い。4人はナタルの怒鳴り声を覚悟して思わず身構えたが、別にナタルは怒鳴ったりはしなかった。

「まあ、気になるのならヤマト少尉の部屋にでも行って来い。余り遅くならないようにな」
「え、良いんですか?」

 意外そうな声を上げるミリアリアに、ナタルはニコリともせずに答えた。

「別に少しくらいなら構わん。周囲に敵の姿もないし、お前達もいらん不安を抱えたままでは任務に支障が出るだろう」
「じゃあ、行っても良いんですか?」
「そう言っている。だが、余り遅くなれば罰則が待っているから、程ほどにしておけ」

 そう言い残してナタルは4人の前から去っていった。ナタルが去った後、4人はワイワイと騒ぎながら早速キラの私室にやってきたのだが、何故かそこには先客がいた。

「あれ、軍曹?」
「おお、ケーニッヒ准尉ではないですか」

 何故かキラの部屋には軍曹をはじめ4人の歩兵がいた。キラはベッドの上で何故か縮こまっている。その顔色が青いのは果たして病気のせいだけだろうか。

「どうしてキラの部屋に軍曹が?」
「いや、それがアルスター准尉が看病を頼むと」
「フレイが?」

 トールは驚いたが、すぐに何となくフレイの心情を察することが出来た。地球に降下した時にキラを看病したのがフレイで、全ての過ちの始まりもそこだった。フレイにしてみれば、その事を思い出されるようで堪らないのだろう。
 ふむ、と小さく唸ったトールは仕方なくキラの傍に行った。

「キラ、元気か?」
「そ、その声はトール?」

 よろよろとキラがこちらを向く。何故かキラは憔悴し、まるで今まで泣いていたかのように目が真っ赤だった。それを見たサイが吃驚している。

「ど、どうしたんだキラ、ただの風邪なのに?」
「サイ、お願いだから、僕を1人にしてくれるよう軍曹達に頼んでくれない?」
「何で、病人なんだから看病してもらえば良いだろ?」
「ふ、ふふふふふ、病気になったのに、看病してくれるのは軍曹たちなのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 サイは思わず寝ているキラの後頭部をどついてしまった。要するにこいつは病気の時くらい女の子に看病して欲しいと言いたい訳だ。見ればトールとカズィも呆れ顔になり、ミリアリアに至っては軽蔑の色さえ伺える。それを見てキラはシクシクと悲しみの涙を流したが、同情した者は誰もいなかった。
 そして、軽蔑の眼差しを崩さぬままにミリアリアがキラに優しい声をかけてくれた。

「分かったわキラ、あなたの要望が叶えられるよう、私から頼んであげる」
「へ?」
「ミリィ、君がやるの? それともフレイかカガリに頼むの?」

 カズィがミリアリアに問うたが、ミリアリアは薄く笑うだけで答えてはくれなかった。そしてその翌日、確かに軍曹に代わって女の人が来てくれたのである。

「ふむ、体温は36度8分か。もう少し安静が必要だな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「とりあえず今日も静かにしているように。何か必要なことがあれば私に言うことだ」
「は、はい」

 何故かやって来たのはナタルであった。ミリアリアが艦長に進言してナタルに命令をさせたという事実が裏にあるのだが、その事を知る者は誰も居ない。かくしてキラは文字通り絶対安静を続け、軍医の言う通り3日目には全快したのだった。




人物紹介
クローカー・リンクス 43歳  女性 
 モルゲンレーテに就職しているMS技術者。プラントでジンを開発した技術者の1人だったが、戦争にジンが使われたのを知ってプラントからオーブに渡り、そこでMSの開発を行っていた。その後サハク家の求めに応じて大西洋連邦のG開発計画に携わり、100番台フレームの開発を行っている。その後に極東連合に渡ってオリオンの開発を行っている。
 大西洋連邦生まれのコーディネイターで、子供の頃はコーディネイターである事を隠して生きてきた。その後大西洋連邦のアルフレット・リンクスという士官と結婚し、現在に至っている。地球生まれの地球育ちなコーディネイターのせいか、プラントの同胞よりも地球の友人を大事に思っている。加えてジンが侵略に使われたことにショックを受けており、プラントへの同胞愛などは既に持っていないという、結構珍しいタイプのコーディネイターである。




後書き
ジム改 今回は完全に横道話だ
カガリ つうか、この2人は誰?
ジム改 うむ、そのうち出てくる重要キャラだ
カガリ アルフレットにクローカーねえ
ジム改 クローカーはモルゲンレーテの社員でもある。M1も作ってるぞ
カガリ でもあのサハク家に繋がってるんだろ。私はあの2人は嫌いだ
ジム改 さて、どうなるかねえ
カガリ ところで極東連合って何処?
ジム改 うむ、完全にオリジナルだ
カガリ 何だか日本みたいな国だな
ジム改 みたいじゃなくてまんまだけどな。大西洋連邦に協力的だしw
カガリ 大西洋連邦の技術供与で武器作ってるしな
ジム改 さて、今回は思いっきり横に逸れた話でした。次回は本筋に戻ります
カガリ とりあえず次のプロットは・・・・・・おい、こいつは一体なんだ?
ジム改 次回のプロットだが、どうかしたかね?
カガリ ちょっと待てコラア! こいつは幾らなんでも不味いだろ!
ジム改 無問題だ
カガリ 開き直りやがったな、こいつ!
ジム改 では次回、『異質なる者』にご期待ください
カガリ あああ、私までこんな扱いか・・・・・・


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