第41章  自分の正義・・・・・・

 

 フレイ達が案内されたのは、ジープで10分ほどの所にあるビルの地下であった。そこで、ここにいるユーラシア連邦軍の指揮官であるドミノフ大佐と、大西洋連邦軍の指揮官であるネルソン大佐が向かい合っており、両軍の兵士達がそれを見下ろすように段々いなっている机に向っている。昔は会議場か、講堂だったのだろう。
 フレイは隣にいるトノムラ曹長に小声で問いかけた。

「あの、なんだか凄い緊張感ですね。どうなってるんですか?」
「アルスターは知らないかもな。大西洋連邦とユーラシアは犬猿の中なんだよ。ほら、アルテミスでもそうだっただろ」
「そういえば、そうでしたね」

 フレイはアルテミスで起きた出来事を思い出した。アークエンジェルを拘束し、自分たちに高圧的な態度で接してきたジェラード・ガルシア少将。自分はあの時の事はほとんど知らないが、キラが教えてくれた限りでは、酷い人だったらしい。勿論自分が彼らを責める事は出来ないのだが。
 そして、彼らが見ている前で、ドミノフとネルソンは感情交じりに激論をぶつけ合っていた。

「Gエリアでの戦闘行動は困る。あそこには、我々の重要拠点がある。危険に晒されたくはない!」
「それはドミノフ大佐の都合であって、我々の知った事ではない!」
「そいういう問題ではない。貴官は、我々が保護する民間人が危険に晒されても良いと言うつもりか!?」
「そうは言っていない!」
「言っているのも同じだろう。それでは我々の安全を確保する事が出来ない!」
「・・・・・・この件に関してはこれ以上話し合っても無駄だろう」

 ネルソンが苛立ちを隠さないままに話を区切ろうとし、ドミノフも頷いた。話題を次の問題に移す。

「我々は、避難民の大規模な脱出計画を立案している。具体的には保有する全ての大型輸送機を使って一気に避難民を友軍勢力下に逃がすと言うものだ」
「それは我々も考えている。我々が確保している射出台に充分な数の輸送機を集結させ、避難民を逃がすつもりだ」
「だが、肝心のマドラスの部隊からは芳しい返事が返って来ない。連中は我々を見捨てているのだろう」
「だろうな・・・・・・」

 ネルソンが辛そうに答えた。そう、自分たちはすでに棄兵であり、戦力とは数えられていない。そんな部隊の救出に戦力を割く事は出来ないという事なのだろう。

「・・・・・・残念だが、我々は自力で脱出するしかないのだ」
「そうだな。だが、輸送機は回せないぞ。我々の保有する機数は余裕が無いのだ」
「それは我々とて同じだ。燃料を回す余裕も無い」

 暫し2人は睨み合った。友軍であるのに、お互いに助け合おうという考えはまるで無いらしい。見ているカガリの目に少しずつ怒りの色が浮かんでくるのを見たフレイがカガリの肩に手を置いた。

「カガリ、落ち付きなさいよ。どうしたの?」
「・・・・・・フレイ、こいつ等、自分が何言ってるのか分かってるのかな?」
「どういう事?」
「今は、こんな事で対立してる場合じゃないだろ。お互いに協力し合って脱出しないといけないのに」
「・・・・・・・・・・・」

 フレイもそれには頷いてしまった。カガリの言う通り、どうしてこの人たちはこんな時に争っているんだろう。

 だが、2人の争いは最後まで歩み寄る様子を見せず、遂に話し合いは決裂しようとしていた。

「どうやら、これ以上話し合っても無駄なようだな」
「うむ、我々は自力で脱出する。だが、機密漏洩を防ぐ為、作戦内容を話す訳にはいかん」
「良いだろう。では、もう話す事は何も無い」

 2人が席を立とうとする。だが、そこに静止の声がかけられた。

「待ってくれっ!」

 静まり返った会場に響き渡った声に、誰もがそれを見た。それは、野戦服に身を包んだカガリだった。この場では野戦服は珍しくないのでおかしくは無いのだが、こんな少女がという驚きは存在する。

「待ってくれよ。それで良いのかよ!?」
「君は?」

 ドミノフが問い掛けてきた。カガリは中央に降りながらそれに答える。

「私はカガリ・ユラ。アークエンジェルに居候させてもらってる傭兵だよ」
「・・・・・・それで、何が言いたいのかね?」

 ドミノフの視線は冷たい。この少女が何を言うのか興味があるのだろうが、何を言われても意志を曲げるつもりは無いとい言いたいのだろう。

「なんでこんな時に大西洋だのユーラシアだのと、そんな下らない派閥争いなんかするんだよ。今大切なのは、どうやってここから逃げるかだろ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お互いにいがみ合ってたら、敵に勝てないことくらい、みんなも分かってる筈だろ!」

 最後の言葉はこの場にいる全員に向けられたものだろうか。だが、ドミノフの返事は、カガリを失望させるに足るものであった。

「カガリ君、と言ったね?」
「ああ」

 カガリが自分を向いたのを見て、ドミノフは呆れと嘲笑を混ぜた声で言い切った。

「君の言う事は理想でしかない」

 ドミノフの付き付けた言葉がカガリの胸に突き刺さった。自分の考えは理想論だと断言されたのだから。

「確かに君の言う通り、我々が力を合わせれば戦力は倍になる。だが、誰が総合的な指揮を取るのかね。私達は君達の司令官に従うのはご免だ」

 ドミノフの言葉にネルソンも頷いた。

「その通りだ。そもそもユーラシアが無様な戦いをしたから、我々もここまで追い詰められたのだからな」

 ネルソンの言葉にユーラシアの兵士達がいきり立って立ち上がった。口々にネルソンを罵倒し、大西洋連邦を侮辱する。それに反論するように大西洋連邦の兵士達も罵声を上げ出した。カガリの目の前ではネルソンとドミノフが睨み合っている。
 そんな中で、1人のユーラシアの下士官がカガリに近づき、その胸倉を掴みあげた。

「俺の部隊は大西洋の奴らが逃げ出したせいで側面から攻撃を受けて大きな犠牲を出したんだ。お前らみたいな臆病者を手を組んで、戦争が出来るかよ!」

 その下士官はカガリを突き飛ばすようにして胸倉から手を離すと、嘲るような笑みを浮かべて自分の席に戻っていった。
 周りの急激な変化に、アークエンジェルのクルー達は戸惑いを隠せなかった。フラガやキースは何とも感じて無い様だが、マリュ−やナタルは露骨に顔を顰めているし、キラやトール、フレイは吃驚して周りを見ている。そんな中で、トノムラがボソリと呟いた。

「あいつ、余計な事しやがって」

 鬱陶しそうな顔でカガリを見ているトノムラ。彼には今の状況を作り出したカガリが、目立ちたがりの馬鹿にでも見えるのだろう。フレイはそんなトノムラを軽く睨むと、カガリを連れ戻す為に席を立った。
 だが、フレイが連れに行くよりも早く、カガリの叫びが場を圧倒した。

「止めろ、止めろよっ!!」

 カガリの大声に驚いた面々が口を噤み、カガリを見た。

「どうしてそうなんだよ。何時も何時も同じナチュラル同士で争って。お前等の敵は誰なんだよ、ザフトなのか、それとも他の連合諸国なのか!?」

 その問い掛けに、場の空気が爆発した。ユーラシアの部隊の兵士達が転がっている石を手にとって投げつけたり、激しい野次を飛ばしてくる。カガリは投げ付けられた石に額を傷つけられたが、それでも怯むことなく叫び続けた。

「みんな勝手だよ。今は力を合わせる時だろうがっ!」

 投石と罵声の雨の中を駆けて来たフレイがカガリの腕を掴んで引き戻そうとするが、カガリはそれを振り払って更になにかを叫ぼうとした。だが、それより早く、場を圧する大声が響き渡った。

「止めろぉっ!!!」

 その大声量に、会場を包んでいた喧騒が嘘のように静まり返った。騒ぎを止めたのはキースだった。何故か右手に拳銃を持っている。暫くじっと辺りを見回していたのだが、いきなり中央の天井から突き出している折れた柱に向って連射した。
 銃弾が柱に当たってコンクリートを散らす中で、幾つかの明らかに柱に当たったものとは異なる火花が上がり、粉々になった機械の部品が降って来る。

「これはっ!?」
「敵の小型プローブでしょう。まだ幾つか潜伏してる筈です!」

 それを聞いて両軍の兵士達が慌てて銃を構え、あたりを見回す。そして、注意して周囲を観察した兵士達は、ようやくそれらしい微かな光を見付けた。

「いたぞっ!」
「そっちもだ!」

 見付けた目標めがけて銃が乱射され、次々にプローブを破壊していく。だが、すでにそれは遅すぎたのだ。何かに気付いたキースが素早く近くにおいてあるアサルトライフルを掴み、近くの通風口に撃ちまくる。すると、そこからくぐもった悲鳴が聞え、ザフトの野戦服を着た兵士が落ちて来た。

「くそっ、敵が来やがったか。逃げろっ!」

 キースの警告に周囲の兵士たちが慌てて動き出す。ネルソンとドミノフも兵士に護衛されてその場を離れ出した。そして、通風孔から、爆破された天井から次々にザフトの兵士が現れた。

「くそっ、フラガ少佐、艦長とバジルール中尉とトールを。キラとトノムラはフレイとカガリを頼む!」
「キース、お前は!?」
「暫く時間を稼ぎます。先に行って下さい!」
「そんな、大尉!」

 ナタルが悲痛な声を上げるが、キースはナタルを横目で見ると、安心させる様に口元に笑みを浮かべた。

「心配するな、必ず戻る」
「・・・・・・・キース」
「さあ、早く行け、時間が無い!!」

 アサルトライフルを撃ちまくりながらキースが叫ぶ。フラガは暫し躊躇ったが、ライフルを掴むとマリュ-とナタル、トールを伴って走り出した。キラとトノムラもライフルを構えてこっちに駆け上がってくるフレイとカガリを援護していた。

「フレイ、カガリ、早くこっちに!」
「ちぃ、なんでこんな事になりやがる!」

 キラが2人を心配し、トノムラが状況の急変をなじる。駆け上がってくるフレイとカガリは、多数のナチュラルの兵士をごく少数のコーディネイターの兵士が圧倒していくのを目の当りにし、改めてコーディネイターというものの凄さを理解させられていた。
 カガリは階段を駆け上がる途中で、ザフト兵士の罵声を耳にした。

「薄汚いナチュラルどもが、さっさと死にやがれ!」
「下等な生物のくせに、俺達コーディネイターに逆らったりするんじゃねえよ!」

 それは、コーディネイターから見たナチュラルを如実に物語っているのだろう。それを聞いたカガリは内心で激しいショックを受けていた。
 そして2人と合流して急いで逃げようとした時、トノムラが背中から何かに殴られたかのように前に軽く押し出され、そのまま倒れてしまった。軍服の背中には斜めに5つの穴が開き、内1つから血が噴出している。

「トノムラ曹長!」

 フレイがその体を起そうとするが、駆け寄ったカガリが顔を顰めて小さく左右に振ったのを見て泣きそうに表情を歪めた。

「そんな、嘘でしょ・・・・・・?」
「もう、死んでる」

 これまで、幾度も歩兵として、戦車兵として、戦闘機のパイロットとして戦った事のあるカガリは、同時に死体も見慣れていた。兵士の生死の確認など、慣れていたのである。フレイはトノムラの背中を見て涙を零していたが、そんなフレイの腕をカガリが掴んで強引に立たせた。

「行くぞ、ここにいたら殺される!」
「でも、トノムラ曹長が!」
「もう死んだんだ、諦めろ!」

 無理やりフレイを引っ張って行くカガリ。キラはアサルトライフルを適当に撃ちながらちらりとトノムラの死体を見やり、一瞬だけ辛そうに表情を歪めたあと、踵を返して走り出した。

 

 キースはアサルトライフルに新しいマガジンを叩き込み、仲間達が出て行った通路を見やった。

「あいつらは、もう行ったみたいだな。俺もそろそろ逃げに入るとするか」

 遮蔽物から飛び出し、牽制に撃ちまくりながら通路に逃げ込み、一気に駆け出していく。こういう時は下手に背後を振り返って時間を無駄にすることは愚か者の行為でしかない。
 
走りながら、キースは自分の中に湧きあがる感情に嫌悪感を覚えていた。銃でコーディネイターを殺した時に、言い知れぬ高揚感を覚えたのだ。

「・・・・・・まったく、救い難い性だな。そういう風に作られたんだから仕方ないんだが」

 

 


 外に脱出したフレイとカガリは、外に出て少し行った辺りでようやく足を止めた。近くの物陰に身を隠し、追撃が来ない事を確かめている。

「どうやら、追っ手は無いようだな。キースの奴、上手くやってるらしい」

 カガリが少しだけ緊張を解く。だが、そのカガリにフレイが震える声をかけてきた。

「・・・・・・ねえ、カガリ」
「どうした?」
「・・・・・・トノムラ曹長、死んじゃったね」
「ああ」

 カガリの返事には特に抑揚は無い。彼女にとってトノムラは顔と名前を知っている程度の相手であり、知人と呼べる関係ですら無かった。カガリにしてみれば、赤の他人が死んだようなものだ。彼女にしてみれば今更珍しい事ではない。
 だが、フレイは違う。彼女にとっては目の前で実感した、初めての知人の死なのだ。父親の死とはまた異なる事だが、彼女は初めて仲間を失うという事の恐怖を実感しているのだ。まして、トノムラは自分の目の前で死んだのだから。

「・・・・・・分かってた。人間なんて、簡単に死んじゃうんだってことは。パパも、あの子供たちも、一瞬で死んじゃったもの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もう、キラを憎んでる訳じゃない。コーディネイターそのものを憎んでるわけでもない。けど、だからってコーディネイターを許したわけじゃない。仕方ないなんて納得なんか出来ない。パパを、家族を殺されたんだもの。多分、この気持ちは一生消えないと思う。キラが好きになれても、それとこれは別問題なのよ」
「そう・・・・・・だろうな」

 フレイの話に、カガリは小さく頷いた。

「でも、コーディネイターにも守りたい何かがあるのよね。私、ザフトのパイロットの捕虜になった時、そのパイロットと話したんだけどさ。あいつ、お母さんを殺されて軍に入ったんだって・・・・・・私と、同じ理由だった」

 フレイは空を仰ぎ見て、なにやら遠い目をしている。自分のしている事が分からなくなっているのだろう。

「私達、なんで殺しあってるんだろ。親を殺されて軍に入って敵を殺して、その子供がやっぱり軍に入って敵を殺して、それをずっと繰り返す為?」

 フレイの問い掛けに、カガリは答えられなかった。ただザフトを敵と考えてゲリラに加わってきた自分の戦う理由は、フレイほどに重くも、苦痛に満ちたものでもない。そんな自分が、フレイの問いに答えられる筈が無かった。家族を失った事の無い自分に、失ったフレイの辛さを察する事が出来る訳が無いのだから。
 だが、カガリにはフレイに答えられる言葉が1つだけあった。数々の実戦を潜り抜けてきたカガリが、自分で掴んだ答えがあるのだ。

「なあ、フレイ。私は家族を殺された事が無いから、お前の苦しみは分からないよ。でもさ、私達は攻められてるんだ。戦わなくちゃ殺されるんだ。だから、今は生きる為に戦う、それで良いんじゃないかな。お前の死んだ親父さんだって、フレイには生きていて欲しいって思ってただろうし」
「・・・・・・生きる為に、戦う」
「私が戦う理由は、まあ、少し違うけどな。私はあっちこっちで戦った。ザフトを地球から追い出す、というより、国の方針に我慢できなかったんだ」
「国の方針って、オーブの事?」

 フレイの問いに、カガリは大きく頷いた。

「ああ、オーブは戦争に直接参加しない方針を貫いてる。私はそれに我慢がならなかったんだ。周りはこんなに酷い状況で、多くの人が傷付いて苦しんでるのに、オーブはそれを見て見ぬふりしてるんだぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「そのくせ、プラントには食料や水を輸出して、連合にも武器や弾薬を輸出して金だけは稼いでるんだ。おまけにMSや戦艦の開発にまで協力してる。何が中立だよ!」

 カガリの母国への非難は、段々と熱を帯びている。正義感の強いカガリには、母国の方針が卑怯者の態度に映るのだろう。フレイにしてみてもカガリに同調したい部分はある。オーブがヘリオポリスであんな物を作っていなければ、自分たちはあの平和な世界で生きていけたのだから。

「だから私は傭兵みたいな事をしてきた。あっちこっちのゲリラに加わったり、軍に雇われたりしてな」
「それで、アフリカにいたんだ」
「ああ、お前達と会えたのは偶然だよ」

 カガリの言葉に、フレイは少し考え込み、小さな声で呟いた。

「偶然、か」
「そう、偶然なのさ。私がお前と会ったのも、全ては偶然なのさ」
「人と人の出会いは、奇跡のようなものだっていう歌があったわね。私とカガリが会えたのも、キラと出会ったのも、こうして今生きてるのも奇跡のようなものなのかも」
「なるほど、そりゃ良い得て妙だな」

 2人は楽しそうにクスクスと笑い出した。人の出会いは奇跡のようなもの。それは正しいのだろう。世界には100億を越す人間がいる。その中で2人が出会う確立は確率的には奇跡としか言いようが無いものだ。まして、今の様に仲良くなる確立など、天文学的な数値になってしまう。
 そして、今度はカガリがフレイに問いかけた。

「なあ、フレイは、なんで戦ってるんだ?」
「私? そうねえ、笑わない?」
「たぶんな」

 笑いながら答えるカガリに、フレイは少し躊躇ってから答えた。

「私は、最初はパパの敵が討ちたかった。コーディネイターをキラに殺させて、それで最後はキラも死んでくれれば私の気も晴れる。それが動機だったわ」
「まあ、親や友達の敵討ちはよくある事だな。私の知ってる奴にも、そういう奴は沢山いたよ。お前のは少し変わってるけど。身近にキラがいたのが暴走したきっかけだろうな」」
「でしょうね。私だって手の届く所にキラがいなければ、多分コーディネイターを恨んだまま、泣き寝入ってたと思うわ。自分の力で復讐が出来るなんて、流石に思えないもの」

 フレイもカガリの言葉を否定はしなかった。ただ、あの時の自分の気持ちを否定をする気も無かった。あの時の選択が間違っていたとは思うが、コーディネイターを殺してやりたいという気持ちは今でも確固として存在するし、それがおかしいとも思わない。大切な人を奪われた苦しみは、奪われた人にしか分からない。奇麗事で片付けられる問題ではないのだ。
 ただ、キースやマリュー、ナタルに救われ、アスランと出会った事で、復讐の炎を消すことは出来なくとも、考え方を変えることは出来た。だからフレイは、別に自分的には変わった訳でもないのに、周りには変わったと見られているのだ。 

「でも、今はほとんど状況に流されてるだけ。ザフトはパパの敵だし、アークエンジェルを攻めてくる敵だから戦ってるだけよ。それに、アークエンジェルの皆が死んだら嫌だし」
「へえ、別におかしくないんじゃない。正義とか大儀とか言われるより、よっぽどまともだよ」
「そうかな?」

 フレイは首を傾げた。世の中には世界の為、国の為、大儀の為、戦争を終わらせる為に戦うと言う人が沢山いる。彼らに較べれば、自分の戦う理由はなんとちっぽけなものなのだろうと思っていたのだ。
 自信無さそうなフレイの肩をカガリは少し強めに叩いた。

「自信持てって。ご大層な理由立て並べる奴より、そんな理由の奴の方が案外生き残れるもんさ」
「そういうもんなの?」
「ああ。それに、お前くらいの強さなら、守り切れると思うし。その中には当然私も入ってるんだよな?」
「当たり前でしょ。友達なんだもの」

 フレイの出した友達と言う単語に、カガリは激しい反応を見せた。表情が驚きの形に固まり、小さく肩が震えている。カガリの突然の変化に、フレイは何かおかしな事を言っただろうかと不安になってしまうほど、それはカガリらしくない反応だった。

「ど、どうかした、カガリ?」
「・・・・・・友達、私が、フレイの?」
「私はそう思ってたけど・・・・・・・」

 ひょっとして、カガリは自分など友達とは思ってなかったのだろうか、という不安が内心を過ったが、少し違うらしかった。なにやらカガリの表情が困惑と笑顔の狭間でパニックになっている。

「私が、フレイの友達? 私にも友達が出来たのか?」
「カ、カガリ、何を言ってるの?」

 どうにもカガリの様子がおかしい。情緒不安定と言うか、とにかく普通ではない。フレイが心配そうに見ていると、カガリは多少は落ち付きを取り戻したのか、自分に顔を向けてきた。

「友達か、誰かにはっきりとそう言われたのは初めてだよ」
「初めてって、カガリだったら友達なんて一杯いるでしょう?」

 カガリなら友達は沢山いるはずだ。なのに、まるでこれまで友達が1人もいなかったかのような反応を見せている。だが、そんな事が有り得るのだろうか。
 フレイはカガリの素性を知らないから無理も無いのだが、カガリはこれまで対等の同年代の友達を持った経験が無い。オーブの王女であるカガリは、国内では例え親しくとも、それは友人と呼べる仲にはならない。国内では自分はカガリ『様』と呼ばれるのだ。例えどれほど親しくてもだ。  各地を転戦するようになってからは、余り1箇所には留まらなかった。アークエンジェルには例外的に長くいるが、これとていつ抜けるか分からない。
 自分には本当の意味での友達は出来ないと思っていたのだ。だから、フレイが友達だと言ってくれたのは、カガリにとっては何よりも嬉しい事だったのである。
 カガリは嬉しそうに破顔すると、フレイに右手を差し出した。それをフレイが目をパチクリさせて見ている。

「これからもよろしくな、フレイ」
「え、ええ・・・・・・カガリ、何でそんなに嬉しそうなの?」
「へへへ、あんまり気にするなよ」

 カガリは凄く嬉しそうだ。カガリの内心を知る事が出来ないフレイは首を傾げるしかない。まあ、悪い気はしないのではあるが。
 しっかりと握手を交わすフレイとカガリ。後の歴史家達は、この握手をこの時代の大きな事件の1つとしている者が多いが、今の2人にとっては、それはさほど大きな意味を持つものでもなかった。
 だが、この時カガリは、激動の時代を戦い抜く力となってくれる3人の人物、そのうちの1人を手に入れたのだ。

 

 

 それから暫くしてキラが合流し、マリュ−達とも合流する事が出来た。4人ともトノムラが死んだと聞かされてショックを受けた様だったが、フラガはあの状態では仕方がないと受け入れてしまった。マリュ−やナタル、トールは流石にそこまで割り切れない様だったが。
 そして、いつまでたってもキースが戻ってこない。いいかげん悪い予感が全員の頭の中を支配しようとしていた。

「戻ってこないな、あいつ」
「まさか、敵に倒されたんじゃ」

 キラの一言に、ナタルとカガリの顔から血の気が引いた。衝撃の大きさにふらつく2人を慌ててマリュ−とフレイが支える。

「だ、大丈夫、ナタル?」
「カガリ、しっかりしなさい!」

 だが、2人とも衝撃が大きすぎたのか、目が少し虚ろだ。ナタルは力なく俯き、カガリはボソボソと聞こえない声で何かを呟いている。そんなカガリを見て、フラガがフレイに問いかけた。

「なあ、もしかして、カガリもキースの事が?」
「・・・・・・はい、結構前から好きになってたそうです。初恋だったみたいで」
「そう、か」

 そうだとしたら、辛いだろう。たかが16歳で好きな男が死んだなどと言われれば、ショックを受けるのも無理はない。視線を転じればナタルもやはりショックを受けているようだ。

「・・・・・・まさか、副長もキースが初恋だった、とか言わないよな」
「まさか、それは幾らなんでも」

 フラガの言葉に苦笑を浮かべるフレイ。勿論フラガも冗談で言っているのだが、実は2人の言っている事は見事に正鵠を射ていたりする。ナタルにとって、キースは初恋だったのだ。もっとも、ナタルがその想いに気付くには、結構時間が必要だったのだが。それをはっきりと受け入れたのは本当につい最近の事だったのだ。
 放心状態の2人を正気に戻そうとするマリュ−とフレイ。キラとフラガは銃を担いで辺りを見回している。キースは本当に死んだのではないかという不安が徐々に大きくなってくるのを自覚しながら。

「馬鹿な、あのキースが、アンデッド・キースが死ぬ訳あるかよ」

 キースが死んだかもしれないという不安をフラガは必死に打ち消している。キースと1番付き合いが長いのはフラガなのだ。長い事一緒に戦ってきた戦友であり、常に共に死線を潜ってきた最高の仲間だったのだ。この中でキースを1番案じているのは、もしかしたら彼かもしれなかった。
 フラガとは違い、キラはキースが死んだかもしれないと考えている。キースは確かに強いが、彼はナチュラルなのだ。コーディネイターの歩兵にナチュラルのアーマー乗りが白兵戦をやって勝てる筈が無い。キースが生きてここに来るには奇跡が必要だろう。
 1つだけ疑問があるとすれば、それは前にキースが力で自分を押さえ込んだことがある事くらいだろう。

「・・・・・・ナチュラルが、生身でコーディネイターに勝てる訳無い」

 それがキラの本音だった。他のコーディネイターと同じく、キラもナチュラルではコーディネイターに勝てないと考えているのだ。フラガやキース、フレイという例外的な化け物が周りに多いので錯覚しそうになるが、ナチュラルとコーディネイターの間には本来、埋めようの無い差があるのだ。
 だが、キラの呟きを聞いたカガリは、キラに強い口調でくってかかった。

「キラ、今なんて言った!?」
「え?」

 血相を変えているカガリの剣幕に、キラは気圧されるのを感じた。

「ナチュラルはコーディネイターに劣っているって言いたいのかよ!」
「い、いや、それは・・・・・・」
「そうだろうな。私達はお前みたいに凄くない。力でも頭でも負けてる。お前から見たら、私達なんてゴミみたいなもんなんだろうな!」

 カガリに激しい口調で詰られ、キラは言葉に詰まった。そんな事はないと言い返そうと思ったが、脳裏を砂漠でサイに冷たく付き付けた言葉が過ったのだ。

『本気で喧嘩したら、サイが僕に敵う訳無いだろ!』

 あの言葉が、自分の本心なのではないのか。ナチュラルが自分に敵う訳が無い。これまで自覚していなかっただけで、自分の中には確固たるナチュラルへの侮蔑心があるのではないのか。そもそも、自分はこれまで仲間を守らなくてはならないと考えていたが、これは裏返すなら、仲間は弱いから自分が守ってやらなくてはいけないという意味ではないか。
 初めて自覚した自分の差別意識に、キラは愕然としてしまった。これまで考えた事も無かったが、もしかして自分は気付かない内に仲間を傷付けていた事が幾度もあったのではないだろうか。
 答えようとしないキラに、カガリはいきり立ってその胸倉を掴み上げた。首を締め上げるように吊り上げてしまう。

「私はコーディネイターもナチュラルも同じだと思ってた。でも、それは違ってた。お前等は私達を見下していた。嘲ってたんだ!」
「それは・・・・・・・」
「無いと言えるか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 キラは黙りこみ、カガリの視線から逃れる様に顔を逸らせる。それを見てカガリがますます怒りに顔を赤くして詰ろうとした時、カガリの腕をフレイが掴んだ。

「カガリ、もう良いでしょう、その辺にして」
「フレイ、お前は分かってるのか。こいつは私達を馬鹿にしてたんだぞ!」
「カガリ、それは・・・・・・・」

 フレイはカガリに何かを言おうとしたが、それは新たな乱入者によって遮られてしまった。

「おいおい、何を騒いでるんだ、お前等?」

 その聞き覚えのある声に、全員が声のした方を見やり、そして絶句してしまった。そこにいたのはキースだったのだが、右腕を血で汚していたのだ。見れば左肩に布が巻き付けてあり、そこから血が滲んでいる。
 震える声でマリュ−がそれを問いかけた。

「バ、バゥアー大尉、その血は?」
「え、ああ、ちょっと逃げる時に1発掠りましてね。直撃じゃなかっただけマシでしたが」

  マリュ−達に答えて、キースは視線をキラとカガリに転じた。

「で、なにを喧嘩してるんだ。お前等が喧嘩するのは珍しいな?」
「・・・・・・いや、大した事じゃないよ。キラが、キースは殺されたかもしれないって言うからさ」

 言い難そうにボソボソと答えるカガリ、キラも顔を逸らしている。だが、キースはそれを聞くと「まあそうだろうな」と言って頷いた。それを聞いてカガリが驚いてしまう。

「お前、怒らないのかよ!?」
「いや、普通ならそう思うだろう。コーディネイターと戦って生きてる俺の方が珍しいんだから」

 そう言ってアッハッハと笑うキースに、カガリは呆れた視線を向け、はあっと溜息をついた。

「お前は本当に、変わり者と言うか、ボケてると言うか・・・・・・・・」
「はっはっは、そんなに褒めないでくれ」
「何処が褒めてるか」

 カガリは呆れ果てて右手で顔を押さえた。マリュ−とフラガ、フレイは可笑しそうにクスクス笑っているし、キラとナタルは困った顔をしている。この男は本当に、何を考えてるのか分からない。
 しかし、とりあえずキースは生きていた訳で、その事実が場の空気を明るくしていた。だがそれも、キースがトノムラの事を問い掛けるまでだった。

「ところで、トノムラはどうした?」

 問われたキラとフレイ、カガリは言い難そうに顔を逸らせた。それを見てキースの表情が僅かに歪む。

「・・・・・・そうか、死んだか」

 同僚の死に、キースは目を閉じて暫し黙祷した。人付き合いの悪い男ではあったが、有能なオペレーターであった。惜しい男を無くしたとキースは思ったのだ。

 

 

 そして、7人はアークエンジェルに戻った。トノムラの死はクルーに思い影を投げ掛け、特に艦橋では何とも言えない沈黙が支配するようになっている。開いたトノムラの席に辛そうな視線を向ける者もいる。
 そして、トノムラの後任に指名されたのは、カガリであった。推薦したのはキースだ。カガリを指名された事で、マリュ−は困惑してしまった。

「大尉、何故カガリさんを?」
「この艦には、他にこういう機器を操作出来る奴がいません。トールやフレイなら出来るでしょうが、あいつらは戦闘要員ですから」
「しかし、何故カガリさんにそんな事が出来るんです?」

 マリュ−の問い掛けは当然と言えるだろう。戦艦のCICクルーというのは半端な仕事ではない。極端なまでに高度な知識を要求される、まさにプロフェッショナルでなければ務まらないのだ。サイやミリアリア、カズィは確かにここにいるが、彼らの能力は本来の正規クルーとして配属されるには余りにも未熟に過ぎる。他に人手が無く、贅沢を言えないから配属されているというのが正しいのだ。これが平時なら、15,6歳の高校、大学生程度の能力でCICの機器を操作するなど、出来る事ではない。プロの軍人のレベルとは生半可なものではないのだ。
 最も、このご時世では3人くらいの能力があれば普通よりやや劣るくらいなので、問題視される事は無いだろう。それほどに兵士の訓練度は落ちているのだ。MA隊でも、フラガやキースから見れば「訓練校からやり直して来い!」と言って叩き出したくなるような未熟な兵が前線に出て来ているのだから。
 そして、キースの推薦した通り、カガリはいささか未熟ながらもCICの機器を操作することができた。この事について、キースは何とも妙な事を言っている。

「実はなあ、カガリは傭兵と言っても、かなり高度な教育を受けてたみたいなんだよ。戦闘機や戦車、MSまで動かせるんだぜ」

 この説明にマリュ−達は驚いたが、この時、キースは1つのミスを犯している。どうしてMSの操縦が出来るというのだ。この世界ではプラントを除けば、MSの訓練が受けられるのは大西洋連邦か、あるいはオーブか極東連合だけなのだ。まだユーラシア連邦はMSを完成させてはいない。
 この事に疑問を抱いた者は、幸いにしていないようであった。キースは自分の失言に気付いたのだが、まあ良いかとあっさり終わらせてしまった。
 こうして、無職だったカガリはトノムラに変わってCICメンバーとなったのである。もっとも、彼女がCICに正式に座るようになるのは、もう少し後の事なのだが。


 そしてアークエンジェルは、久し振りにクルーゼと激突する事となる。この、廃墟となった街で。

 


後書き
ジム改 主人公は何時でも何処でも苦労するという定めを背負っているのだ!
カガリ いきなり何を力説してるんだ?
ジム改 いや、考えてみたらキラって山あり谷ありばっかだなあ、と思って
カガリ それはたんにお前が平和な時間を書かないからでは?
ジム改 いや、そこをつっこまれると辛いんだが
カガリ 私は何時になったらキラを弟と呼べるんだ?
ジム改 お前がキースに知ってる事を吐かせればすぐにでも
カガリ あんなの簡単に聞けるか!
ジム改 まあ、聞いたからといって求める答えが返って来るとは限らないのだが
カガリ 何だと?
ジム改 では次回、久々にアスランが登場。彼の死因はストレス性胃潰瘍?
カガリ 一寸待て、何だその病名は!?


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