第42章  対立

 


 あの会議以降、アークエンジェルの艦内には更なる不穏な空気が流れる様になった。その原因はカガリとキラで、カガリがキラを敵視する様になったからだ。その理由を知っているらしいフレイやトールは黙して語らずを貫いているのだが、カガリ本人がその理由をあっさりと暴露しまくっていた。

「私はキラを見損なったよ。ただ化け物なだけじゃなく、私達を、ナチュラルを見下してたんだからな!」

 この発言に対して、キラは特に弁明していなかった。自分でもそうかも知れないと思っていたから。ただ、自分に向けられる視線の中に怯えの他に、憎悪が混じるようになったのは気付いていた。僅かに残っていた仲間意識も失われてしまったのかもしれない。
 今もストライクの整備をしながら、自分に向けられる軽蔑の視線を確かに感じている。小声で詰るような事を言ってる者もいるようだ。元々精神的には強いとは言えないキラには、これはかなり堪えた。なまじ正面から堂々と貶された方がマシだと思える。
 そんなキラにとって唯一の救いは、マードックがまた前のように普通に話し掛けてくれるようになった事だ。今もマードックは整備を手伝ってくれている。

「おい坊主、悪いがそこ押さえてくれ!」
「あ、はい」

 言われてキラは指定された部品を押さえた。マードックが何やら工具を突っ込んで調整をしている。暫く小さな音が響いていたかと思うと、終わったのか小さく息を吐いた。

「やれやれ、こいつももう限界だな。かなりの消耗部品が底をついてるし、一部はデュエルの部品で代用してる有様だ。いつ壊れて動かなくなるか分からんぞ」
「そんなに危ないんですか?」
「所詮、試作品だからな。整備性は最悪だよ。デュエルも酷い造りだが、まあ予備部品が多い事が救いだな。ストライクにもデュエルの部品をかなり流用してる」
「・・・・・・よく動いてますね、こいつ」

 マードックのバラした事実に、キラは流石に薄ら寒い物を感じざるを得なかった。まさか、自分の使っていたMSが、実はそんな危ない代物であったとは。
 実際、MSなどの軍事兵器も工業製品であり、試作品は量産型に較べるとどうしても整備性が悪い。まして予備部品など無いに等しくて当然である。Xシリーズの量産型であるB型にしても、既にXシリーズとは部品の規格が異なっている部分があるくらいだ。B型とD型では共用できるのだが、これは最初からそのように考慮されているからである。

「まあな。でも、動いてるだろ。これでも結構苦労して動かしてるんだぜ」
「まあそうですけど。でも、いつ頃からこうだったんですか?」
「ヨーロッパで戦ってる頃にはもう部品は欠乏してたな。元々、ヘリオポリスにはそんなに沢山の部品は無かったしな。あそこでデュエル用にかなりの部品を回してもらったから助かってるって所だ。後は戦う度に何処かしらの純正部品がデュエルの部品を改造した間に合わせに変わっていってる」
「継ぎ接ぎですね」
「ああ、でも、それでも動かせるだろう。こいつが動かなけりゃ俺達が死ぬんだからな。何がなんでも動かすさ」

 そう言ってマードックはニヤリと笑って見せた。その顔に、キラはプロとしての誇りのようなものを見てしまう。部品が無いから動かない、ではないのだ。彼らの仕事は、どんな事をしてでもこのポンコツを動ける様にする事であり、その為に彼らは必死に戦っているのだ。
 腕の良い整備兵がいなくてはストライクは動かない。その事をこれまで考えた事もないキラであったが、マードックの話を聞いて、守っているつもりが、実は守られている事を初めて知った。自分が敵からアークエンジェルを守っているように、彼らもまた自分とアークエンジェルを守ってくれているのだ。


 戦いは1人では出来ない。多くの人の努力が自分を戦場に立たせているのだという事を、キラはようやく実感した。それは、キラの狭かった視野を広げる、切っ掛けの1つとなるものであった。

 

 

 キラは、仕事が終わると余り出歩く事は無い。アークエンジェルの中は今や自分への恐れと軽蔑が満ちており、何処にいても息苦しさから逃れられないのだ。せめてもの救いはキースやフラガはこれまでと何ら変わることがないという事だろう。そして外に出れば、今度は他部隊の兵士達から憎悪の視線を向けられるのだ。自分たちをこんな状況に追いこんだコーディネイターの仲間、と見ているのだろう。面向かって「エイリアン」「宇宙の化け物」呼ばわりされた事も1度や2度ではないのだ。

 友人達の関係にもかなりの変化が見られる。フレイとカガリは目に見えて仲が良くなり、よく一緒に行動するようになっている。トールは相変わらずヘリオポリスの仲間達の間の調整役のような役割をしている様だが、同じパイロットということでフラガやキース、フレイと一緒にいる事も多い。ミリアリアはトールと相変わらず仲が良いようだが、サイやカズィと共に艦橋クルーに溶け込んでいるらしい。つまり、それぞれに新しい人間関係を築いているのだ。
 だが、自分はどうなのだろう。フラガやキースは戦友と呼べるだろう。フレイやトールは仲間と呼べるだろう。だが、サイやミリィ、カズィは? 自分に嫌悪の視線を向けるようになったカガリは? 自分を恐れているアークエンジェルのクルー達は? 怖がられながらも自分は彼等を守らなくてはいけないのだろうか。
 そこに辿り付いて、キラは再び自虐的な思考に囚われている自分に呆れてしまった。なんて自分は馬鹿なんだろう。何時も同じ事で悩んで、何時も同じ事で苦しんで、何時も同じ答えを出して自分を慰めている。
最初にこの事で悩んだのはフレイの言葉でだった。そういう意味ではやはりフレイとカガリは似ているのだ。思った事をそのまま、ハッキリと口に出すところも、周りの空気を読まない所も。
ミリィやサイ、カズィが自分を怖がるのも、コーディネイターに対する無意識下での差別意識があったのだろう。これまではそれが表に出て来る事はなく、本人も自覚してはいなかったが、一度自覚してしまえば、それはもう押さえ込む事は出来ない。彼らは程度の差こそあるだろうが、昔のフレイのように自分を気持ち悪い、危険なコーディネイターと見ているのだ。
 そんな中で、同じパイロット仲間は自分に隔意を見せていないが、何故かは聞いていない。怖くて聞けないのだ。もしかしたら嫌悪感を無理に押さえているのかもしれないから。
 そしてカガリは、自分に明らかな恐れと嫌悪を抱いている。最初に会った時、彼女はコーディネイターでも気にしないと言った。だが、それはコーディネイターを受け入れているというわけではなく、たんに無知だっただけであったらしい。フレイは無知ゆえにコーディネイターを恐れていたが、カガリは無知ゆえにコーディネイターを恐れていなかったのだ。だが、今彼女の目の前には、自分というコーディネイターがいて、その力をハッキリと見せ付けている。カガリはコーディネイターの持つ力を認識し、それに恐れを抱いたのだ。
 もっとも、キラは知らないことであるが、カガリがキラに隔意を抱いているのは、たんにキラの力の凄さを見たということだけが理由ではない。カガリ自身も些か情緒不安定になっているのだ。あの資料を見た為に、彼女もまた自分という存在、素性に疑問を感じるようになっていたから。自分は、本当にカガリ・ユラ・アスハなのだろうかと。

「偏見や差別を克服するには、長い時間をかけて、相互理解を進めるしかない、か」

 何かの本で読んだ一節を、キラは思い出した。過去にあった人種差別や性差別、民族対立、宗教対立の歴史。それらは本当に長い時間と犠牲の積み重ねによってゆっくりと克服されて行ったのだ。ナチュラルとコーディネイターの対立はまだ歴史が浅い。だが、深刻なものだ。これを克服するには長い時間と、多くの犠牲を必要とするのだろうか。過去の歴史を繰り返すならそういう事になる。
 多分、自分が生きている間にナチュラルとコーディネイターの溝が埋まる事はないのだろう。それをキラは確信を持って断言できた。

 

 


 街を包囲しているクルーゼは、連合の動きに注意を払いつつも総攻撃のタイミングを計っていた。念の為に精鋭部隊も呼び寄せてある。その部隊の隊長が今、目の前で自分に報告を行っている所であった。

「・・・・・・・つまり、足付きの戦力は、君達の手に余るほどにまで大きなものとなっているという事か」
「はい。イザーク達は9機で足付きを攻撃しましたが、ストライクとデュエルの2機に一方的に撃破されてしまいました」
「ふむ、赤を着る者が4人に、ミゲルまでがいてこんな惨憺たる報告が送られてくるとはな。それもたった2機のMSに負けるとは」
「・・・・・・弁明の、しようもありません」

 アスランの表情は苦渋に満ちている。彼も悔しいのだ。まさか、たった2機のMSに自分たちが良い様に翻弄されるとは。
 だが、別にクルーゼはアスランを責めたりはしなかった。受け取った報告書を机に置き、アスランを見る。その目は仮面に隠されて窺い知る事は出来ない。

「アスラン、この報告書だと、使えるのはイザークのデュエルとディアッカのバスター、ミゲルとフィリスのゲイツに、シグーが1機のようだな」
「はい、私のイージスはまだハンガーから出て来ません。ブリッツも同様です。シグー2機は喪失、1機は中破です」
「・・・・・・所詮は試作品の鹵獲機か。こうも早く使えなくなるとはな」

 言葉ほどには余り気にしてもいないのだろう。クルーゼはこの問題をここで打ち切ると、話を今後の作戦に移した。

「我々はここにナチュラルの残存を追い詰めた。奴らは脱出の準備を進めているようだが、勿論逃がすつもりはない。近日中に総攻撃をかけ、ここを完全に掃討する」
「ですが、民間人もいるのでは?」

 アスランの問いに、クルーゼは薄ら寒くなるような笑いを口元に浮かべた。

「アスラン、これは戦争なのだ。民間人が巻き込まれるくらい、当然の事だろう」
「それは・・・・・・」

 クルーゼの言うことは頭では理解出来る。だが、それを認める事はアスランの矜持が許さなかった。クルーゼはアスランの内心を知ってか知らずか、話を続けていく。

「アスラン、迷っていてはいずれ君が撃たれるぞ。戦争に情は不要だ」
「分かって、います」
「そうなら良いがな。戦争は勝たなくては意味が無いのだ。どれだけ非道と罵られようが、勝てば全ては正当化される。それが人間の歴史だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 アスランはそれには答えず、敬礼をしてクルーゼの前を辞した。それを見送ったクルーゼは、なんとも言えない底冷えする危険な笑みを浮かべ、独り言を呟いた。

「そうだ、勝てば全ては正当化される。勝つためならどんな事をしても許される。それが人間なのだ」

 呟いた後、クルーゼは可笑しくて溜まらないという感じでくぐもった笑い声を上げはじめた。

「くっくっくっく、愚かだ、なんという愚かさだ、コーディネイターども。そういう考えがここまで戦火を拡大したというのに。そんな事も分からないで何処が進化した種だと言うのだ」

 クルーゼにとって、人類すべてが嘲笑の対象であるらしかった。そういう意味では彼もまた偏見を持たない人間であるのかもしれない。ナチュラルもコーディネイターも、彼からしてみれば等しく愚かで救いがたい存在なのだから。
 だが、なぜクルーゼはこうも人を軽蔑しているのだろうか。クルーゼは何をしたいのだろうか。

 

 

 クルーゼの部屋から自分達用にあてがわれたテントに戻ったアスランは疲れた顔で自分の席に腰を下ろした。

「やれやれ、クルーゼ隊長と1人で話し合うのは疲れる」
「ご苦労様でした」

 エルフィが可笑しそうにくすくす笑いながらコーヒーを淹れたカップをデスクの上に置く。それをとって一口啜ったアスランはようやくほっと一息ついた。

「うん、エルフィの淹れてくれるコーヒーは何時も美味しいな」
「隊長ったら、おだてても何も出ませんよ」
「嘘じゃないさ、この一杯で随分気が楽になる」

 そう言ってカップを口に運ぶ。この心労の溜まる役職では、この一杯のコーヒーはまさに心の清涼剤だ。エルフィという少女の存在もアスランのささくれ立った心を随分と安らげてくれる。
 もしこの場にキラがいれば、嫉妬の余り怒り狂ってアスランに襲い掛かっていたであろう。

「まったく、指揮官なんかになるものじゃないな。苦労ばかり増える」
「まあ、クルーゼ隊長はあの通りの人ですし、うちは独立遊撃部隊ですから、色々と事務仕事も多いですから」
「それだ。書類が増えたのも結構辛い。せめて事務能力に富んだ部下がいてくれればな」
「うう、すいません、無能で」

 シュンと項垂れてしまうエルフィをみて、アスランは苦笑を浮かべた。実際にはエルフィのは事務処理能力は大したもので、彼女が居なければザラ隊の事務処理の効率は激減していたのは間違いない。おまけに良識派で誠実、何かと気がつく性格で、この部隊運営には欠かせない人材だ。少なくとも、事務能力が欠落しているディアッカやジャックよりはよほど役に立っている。アスランが倒れれば戦力が減るが、エルフィが咳をしたらザラ隊全体が風邪をひく、とまで言われるほどだ。
 だが、久しぶりに平穏な時を過ごしているアスランの元に、その平穏を突き崩す知らせが飛び込んできた。鳴り出す内線を手に取ったエルフィが悲鳴のような声を上げる。

「はいっ!? ジュール隊長が第4軍の兵士と衝突してる!?」
「ぶうぅ!」

 アスランは口に含んでいたコーヒーを噴出した。そのまま激しくむせ返り、咳き込んでいる。そんなアスランを放っておいてエルフィは受話器を手に相手と話していた。

「はい、はい・・・・・・相手の兵士5人を医務室送りですか。また派手なことを・・・・・・え、ディアッカさんも居たんですか? 止めたのはミゲルさんですか」

 余りと言えば余りの事態に、エルフィはどうしたものかとアスランを見た。アスランは何やら顔を顰めながら腹を押さえ、エルフィに本当に辛そうな声で頼み事をしてきた。

「エ、エルフィ・・・・・・すまないが、そこの胃腸薬を取ってくれないか」
「は、はい」

 エルフィは水差しと一緒にアスランご用達の強力胃腸薬、お徳用サイズを持ってきてアスランに手渡した。アスランは胃腸薬の瓶の蓋を開けると粉薬の入った袋を取り出し、口に入れて水で流し込んだ。そのまま暫く動こうとせず、じっと何かに堪えている。そんなアスランを心配そうに見ていたエルフィは、自分の上官がそのうち胃潰瘍か精神疲労で後送されるんじゃないかと本気で心配していた。

 

 

 憲兵の詰め所にやってきたアスランとエルフィは、そこで拘束されているイザークとディアッカ、証人として連れてこられたらしい怪我をした数人の兵士、そして憲兵隊長にぺこぺこと済まなそうに頭を下げているフィリスを見つけた。
 アスランはとりあえず2人を無視して憲兵隊長に頭を下げ、事情を問いただした。

「それで、原因は何ですか?」
「それが、うちの兵士とお宅のあの2人が口論になったらしくて、それがそのまま殴りあいに発展したようだ」
「口論の原因は?」
「それは・・・・・・直接聞いてくれ。私からは言い難い」

 そそくさと話を避ける憲兵隊長の態度に、お前ら何言ったんだと視線で語りながらアスランはジロリと2人を睨んだ。アスランらしくない荒みきった視線に晒された2人がビクリと身体を震わせる。

「何が原因だ?」
「・・・・・・ふん、そいつらが身の程知らずのことを言い出すから、はっきり言ってやっただけだ」

 イザークがアスランに答えた。アスランは何も言わず、黙って続きを促す。

「通常部隊のジンが、俺達と共同で作戦に当たると言ってきたんだぞ。だから言ってやっただけだ。足手まといは要らんとな」
「まあ、そうしたらそいつらが怒り出しちゃってね。口論になったわけだ」

 イザークの後をディアッカが引き継いだ。それを聞いたアスランは2人の言い分の正しさは認めたものの、なんて馬鹿なことを口にするのだと苦々しく思ってしまう。
 確かに、通常部隊のジンでは自分たちと共同作戦を取るのは難しい。性能そのものが違うし、何よりこちらは優秀であるがゆえに集められたエリート部隊だ。その戦闘能力は通常部隊とは隔絶していると言って良い。
 だが、それは彼らだって分かっている筈である。何故このくらいの事で怒ったのだろうか。その答えは、フィリスがくれた。

「隊長、その人たちが怒ったのはそんな事じゃないでしょう。幾らなんでも能力不足を理由にしないでください」
「能力不足?」
「はい。ジュール隊長は、彼らの能力が自分たちに劣っていることを理由に挙げたんです。お前たち程度の能力で、なんの役に立つんだと」

 コーディネイターの能力は生まれた時にすでに大きな差が出来ている。才能は努力を凌駕してしまうのだ。その基礎能力は調整段階でかけられた金額ほど高く設定される。言ってしまえば、親が金持ちならその能力は優れたものとなり、親が貧乏ならその能力は低くなる。この壁は絶対的なものであり、アスランやイザーク、ディアッカ、ニコルなど、評議会議員の子息に赤を着るパイロットが多いのは偶然ではないのだ。彼らは生まれた瞬間からエリートたる未来を約束され、そこそこの努力で圧倒的な能力を得ることが出来る。そして、一般のコーディネイターではイザークたちを超える力を持つことはまず出来ない。基礎能力に絶対的な差があるからだ。むろん、個人差で多少の誤差はあるが、かけられた金額に比例して高い能力を持つのがコーディネイターなのだ。

 これがナチュラルなら、その才能は未知数だ。だから誰もが努力を重ねる。努力して伸びる才能は確かに存在しており、それは時として神の悪戯とでも言うように一分野においてはエリートコーディネイターを凌ぐことさえある。つまり、可能性として潜在的に保有する能力の上限はナチュラルといえども侮れないのだ。だからこそ誰もが努力を重ねる。そして、時としてフラガやフレイのような、コーディネイターを凌ぐ戦闘能力を持つパイロットが生まれたりする。

 まあ、それでも総合的に見ればナチュラルはコーディネイターに遥かに劣っており、コーディネイターをナチュラルが超えることは絶対にありえないのだが。

 

 コーディネイターは違う。彼らの能力は生まれる前すでに設定されている。どれだけ努力を重ねようが、越えられない壁は存在しているのだ。そう、生まれた家の資金力や地位という形で。潜在的な素質に期待しても、それが報われる可能性はナチュラルよりもはるかに低い。
 その点をイザークは指摘したのだ。お前らは役立たずだと。

 アスランは視線を兵士たちに転じた。彼らは一様に怒気をみなぎらせており、イザークをキツイ目で睨みつけている。イザークはそれを完全に無視しているが、もし彼らが激発すればいつでも受けてたつつもりなのだろう。

「とりあえず、イザークとディアッカは暫く独房にでもぶち込んでおいてください。作戦発動まで時間がありませが、一応示しというものがありますから」
「ああ、そっちからそう言って貰えると助かるよ。赤服はどうにも特権を振りかざす傾向があるからね」
「そうなのですか?」

 アスランは驚いた。まさか、そんな輩がエリートの証である赤を着る者に多いとは思わなかったからだ。だが、憲兵隊長の話の続きを聞いたアスランは、いよいよ自分が以下に無知だったのかを思い知らされてしまった。

「君のように礼儀正しい方が珍しいと言えるな。赤を着る者はザフト全体の中でも数えるほどだが、とにかくエリート意識に凝り固まった、尊大でプライドの高い奴が多い」
「まさか、そんな事がある筈が・・・・・・」
「事実だ。赤を着る中でも年長に属する者たちの態度は特に酷いな。越権行為の数々、軍令の拡大解釈、部隊の私的運用、規律違反では済まないような行為が日常茶飯事で行われている」

 憲兵隊長がチラリとイザークを見る。今日彼が起こした事件も、そういった傲慢さの表れだと言いたいのだろう。
 そして、憲兵隊長は声のトーンを落としてアスランにそっと話した。

「それに、今回の件に関しても、我々はイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンを起訴することは出来んよ。君が頭を下げなくても、どうせ数日で開放せざるを得なかっただろう」
「どういう事です?」
「2人は評議会議員の子息だ。それが理由だよ」
「馬鹿な、それで罪が無かった事にされるとでもいうんですか!?」

 我慢できなくなったアスランは憲兵隊長の配慮を無下にするかのように激昂してしまった。室内にいた全員がアスランの方を見ている。それでようやく我に返ったアスランが肩を落として声を小さくした。

「す、すいません。カッとなってしまって」
「いや、気持ちは分かる。君がおかしいと感じるのは間違ってはいない。だが、これが現実なのだよ。よほどの失態を犯さない限り、彼らを厳罰に処することは出来ないのだ。勿論、君もね」

 君もね、という部分に、アスランは自分の立場を考えさせられてしまった。これまでアスランは親の威光を笠に何かをしようとしたことなどは無く、考えたことも無い。そもそも自分がエリートだという感覚が無かった。
 だが、考えてみれば自分こそエリート軍人の頂点にいるのである。最高評議会議長兼国防委員長の子息にして、赤を着るパイロット。そして独立遊撃部隊の隊長である。自分ほどエリートという名が似合う軍人はいないだろう。そして、そんな自分を普通の軍人が嫌うのは当然なのではないだろうか。

 そして何より、ザフトが急造の民兵組織であるという事が、この問題の最大の原因であった。階級も存在せず、指揮系統も軍規も確立しているとは言い難い上に、前線部隊指揮官の独断専行を容認するという風潮もある。加えて信賞必罰も曖昧であり、戦争犯罪も愛国心の一言で有耶無耶にされるケースが多いのだ。
 これまでは戦勝に次ぐ戦勝がこの問題を覆い隠していたのだが、戦線が膠着し、勝敗の行方が混沌としてきた段階になってそれらの問題が一気に噴出してきたのである。特に大きな問題は、誰が責任を取るのかが曖昧な事である。


 

 ザフトの抱える問題の、氷山の一角を直視してしまったアスランは、肩を落として憲兵隊のテントを出た。2人は暫く拘束されるから当分戻っては来れないだろう。アスランに続いてフィリスが出てくる。2人は肩を落として自分たちのテントに戻っていった。

「ザラ隊長、本当に申し訳ありません」
「いや、上官の不祥事を君が責任に感じることは無い。これは俺の問題だ。とりあえず、ジュール隊の方はフィリスが暫く指揮してくれ」
「それは、構いませんが」

 フィリスはどうしても気にしてしまうらしく、肩を落としている。まあ、自分の隊長がこんな不祥事を起こせば肩身が狭いのは仕方ないだろう。
 そして、今度はとぼとぼとした足取りでエルフィがテントに入ってきた。妙に元気が無い様子にアスランが戸惑ってしまう。

「どうしたエルフィ、何か言われたのか?」
「・・・・・・はい」

 エルフィはポツリポツリと語りだした。あの兵士たちに言われたことを」

「隊長、私たちって、何なんですか?」
「どういう意味だ?」
「あの人たち言ってました」

 エルフィは、あそこにいた兵士たちの激情の篭った言葉を2人に聞かせた。

「俺たちはどうやってもあんたらエリートには勝てないんだよ。生まれた時からそうなってるんだからな。だがな、俺たちだってお前らみたいに金をかけてもらってれば負けやしないんだ。家柄が良いからって威張り散らしやがって!」

 これは、まるでナチュラルがコーディネイターにぶつける文句のようであった。どうしようもない能力の壁。それを誇示されれば誰だって頭にくるということだ。

 そして、それをぶつけられたエルフィは、何も言い返すことは出来なかった。目の前の兵士たちはいずれもジンのパイロットで、開戦時から戦い続けてきた人々だ。血の滲むような努力を重ねてジンの操縦法を身に付け、実戦の中で技量を磨いてきた歴戦の兵士なのだ。
 だが、そんな人たちの努力も、命を賭けて身に付けた技量も、自分はいとも簡単に踏み越えて行ってしまった。ジンの操縦などすぐに身に付けられた。実戦を経験しなくても生来の反応速度で充分相手の動きに対応できた。一般の兵士が命を賭けて戦うMAや戦車も、自分にはTVゲームの的と変わらない存在でしかなかった。自分が始めて敵を恐ろしいと感じたのは、脚付きとの戦闘であったのだ。
 生来の能力は努力と経験の差を容易く埋めてしまう。それがコーディネイターの社会なのだ。

 人に指摘されるまで、エルフィはそのことに疑問を抱かなかった。自分にはそれをやれるだけの能力がある。だから前線に出てきたのだ。それは賞賛されることはあっても、非難される行為ではないと考えていた。だが、前線で戦う同胞はそうは受け取らなかったらしい。自分は勇敢な仲間ではなく、優れた能力を見せ付ける、嫌味なエリート階級と見られていたのだ。
 その現実が、エルフィには悲しかった。

「私たち、そんなに一般の部隊の人たちに嫌われてたんですか?」
「いや、それは、俺も知らなかったんだ」
「それに、あんな目で見られてたなんて。高い能力を持つことがコーディネイターの存在意義なのは分かってますけど、なんか、初めて自分が嫌になりました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私たちコーディネイターって、本当に正しいんですか。生まれで将来まで全てが決まってしまうような社会なんて、まるで封建時代じゃないですか。何でこんな事になっちゃったんです?」

 エルフィの苦々しい思いは、そのままアスランの心情でもあった。まさか、より高みを目指すコーディネイターの本質が、こんな歪みを生み出していたとは、これまで想像もしなかった。そして、彼らの意見はナチュラルがコーディネイターに向ける憎悪そのものと言っても良い。結局、ナチュラルから精神的にコーディネイターは成長してはいないのだ。
 その時、アスランの脳裏をかつて会った、印象に残る赤い髪を持つ少女がよぎった。自分の親友を戦わせていたというとんでもない事をしていた、とても口が悪くて、良いハンマーフックを持った、コーディネイターを憎んでいた、ナチュラルという存在を自分にはっきりと教えてくれた少女、フレイ・アルスターの姿が思い出された。
 あの洞窟で過ごした一夜は今でも鮮明に思い出すことが出来る。あれは、自分の人生でも稀有なくらいに色んなことを知った日だった。というか、同年代の女の子と一晩を過ごしたということが初めてだったわけだが。
 あの時、フレイが語った言葉が思い出されたのだ。

『だって、そうでしょう。子供の形を親が勝手に決めるなんて、命をなんだと思ってるのよ。子供は親の玩具じゃないのよ』

 そう、子供は親の玩具ではない。子供の形を親が勝手に決めるなんて間違っている。あの時、彼女はそう言って、自分はそれを否定したのだ。コーディネイターにとってそれは当然のことであり、そうしなければ自分たちは滅びてしまうと。
 そして彼女は遺伝子操作技術そのものを否定し、自分はそれはコーディネイターの否定に繋がると反論したのだ。

 あの時はそれが正しいと思っていた。だが、今は必ずしもそう思えなくなっている。遺伝子操作技術は確かにコーディネイターに大きな力を与えた。だが、それは同時に新たな差別を生み出しているのだ。ナチュラルとコーディネイターという区分だけではなく、コーディネイターという同胞の中にまで。
 ナチュラルにも生まれの差というものはある。だが、それは努力と才能で補うことが決して不可能ではなく、貧困層から実力だけで伸し上がって、とある組織のTOPに上り詰めた者も居る。だが、コーディネイターにはそれは滅多にありえない。裕福な家庭に生まれたものは最初から優れた肉体と高い知能を与えられているからだ。生まれた段階で高いポテンシャルと基礎能力を与えられたサラブレッドは僅かな努力で並みのコーディネイターの血の滲むような努力を凌いでしまう。

「・・・・・・コーディネイターは、間違っている、か」

 まるでブルーコスモスのようなことをアスランは呟いた。何故こんな事を呟いたのか、アスランにも良く分かってはいない。だが、今もう一度フレイに会ったら、彼女の言葉を否定できる自信が失われかけているのは事実だ。
 だが、それでも、アスランはそれ以上変なことを言ったりはしなかった。目の前に、まるで怯える子鹿のような目で自分を見ている女の子が居るのだから。

「エルフィ、今は悩むな。俺たちはプラントを守るために全力を尽くしている。それは恥じることじゃない」
「ですけど!」
「コーディネイターはまだ生まれて間もない種族だからな。今はまだ、試行錯誤の段階なのさ。そのうち答えが出る」
「そのうちって、何時なんですか?」
「そうだな、とりあえず、この戦争が終わった後だろうな」

 アスランの答えに、エルフィは渋々引き下がったが、今度はフィリスが口を開いた。

「戦争は、何時終わるんでしょうね?」
「フィリス?」
「ナチュラルもコーディネイターも、もう引き返せない所まで来てるんじゃないんでしょうか?」
「お互いに滅ぼしあう以外に道は無い。そう言いたいのか?」

 アスランの問い掛けに、フィリスは頷いた。

「はい。ご存知ですか、ビクトリア基地では現地司令官が捕虜を皆殺しにしたことを」
「いや、初耳だが、そんな事をしてたのか?」
「はい、それ以外にもザフトは各地で虐殺を繰り返しています。連合の兵士がなかなか降伏しないのも、捕まれば殺されるのが分かっているからだそうです」
「そんな、ザフトがそんな非道なことを!?」

 エルフィが悲鳴のような声を上げる。彼女は本当に何も知らなかったのだろう。だからこそ苦しんでしまうのだ。ザフトの正義を単純に信じていたのだろう。だから、現実と理想のギャップが生じているのだ。
 アスランはエルフィの怒りを見て、内心に浮かんだ考えに戸惑いを焦りを覚えた。確かに自分も虐殺は良くないと思うのだが、自業自得だという考えも浮かんでしまったからだ。ユニウス7で母を殺された事が彼の軍への志望動機なのだから仕方ないのかもしれないが、ナチュラルなど死んで当然、という考えが自分の中にも確かにあったということなのだから。

「・・・・・・エルフィ、君は、ナチュラルをどう思ってるんだ?」
「どうって、どういう意味ですか?」
「ああ、つまり、君はナチュラルを同じ人間と見れるのかい?」

 アスランの問い掛けは、自分自身にも向けられたものであった。俺は、ナチュラルを同じ人間として見れるのか。そして、アスランの問いにフィリスもじっとエルフィを見ている。
 そしてエルフィは、何でそんな事を聞くのか分からないと言いたそうな、ちょっと呆けた感じで答えた。

「そんなの、当たり前じゃないですか。コーディネイターだって元々はナチュラルだったんですから。何でそんな事聞くんです?」

 エルフィのはっきりとした答えに、アスランは苦笑を浮かべてた。フィリスも同じく苦笑している。

「エルフィは、素直で良い娘だな」
「全くですね」

 2人して感心してるのか馬鹿にしてるのか分からないことを言っている。エルフィは二人の態度の意味が分からなくて困惑しきった顔になっていた。

「何のことですか、隊長、フィリスさん?」
「いや、何でもないさ」
「そうですね、エルフィさんは素晴らしい女性だということです」
「だから、どういう意味なんですか〜〜〜!?」

 訳が分からないエルフィはパニックを起こしかけている。そんなエルフィを見て2人は楽しそうに笑っていた。
 そして、そんな3人の様子を外から伺う視線が3つあった。

「なんか、入り辛いな」
「何があったんですかね?」
「どうでも良いですけど、俺たち何時までここでこうしてりゃ良いんです?」

 テントに帰ってきたミゲル、ニコル、ジャックが入り口で困った顔を突き合わせていた。そんな3人に不躾な視線を向けてくる第4軍の兵士たちがだんだん増えているのを自覚しているので、まさに板ばさみ状態なのであった。こいつらはこいつらで不幸かもしれないな。

 

 


「あ、隊長、ジュール隊長とディアッカさんの出した始末書と、各部署からの苦情が来てますから、お願いします」
「・・・・・・・・あ、あいつら〜〜」

 机の上にドサリと積み上げられた書類の山に、アスランはまた頭と胃がズキズキと痛み出すのを覚えながら、地獄の底から響くような呪詛を声を漏らしていた。このときアスランは、プラントで自分など問題にならない量の仕事をこなし、プラント市民から寄せられる期待の重圧を受け、押し潰されそうな心労と苦痛に堪えながらもそれを表に出さなかった父に、心から尊敬の念を抱いていたのだ。その心境を端的に言い表すと、こうなる。

「父よ、貴方は強かった」

 アスランがパトリックの域に達するのは、何時の日だろうか。



後書き
ジム改 アスランは誰よりも辛い戦いをしているのだった
カガリ いや、なんか戦争してる時より辛そうなんだけど?
ジム改 それはまあ、指揮官の苦悩という奴だ
カガリ そうか? 私にはドラマの課長さんに見えるんだが?
ジム改 その表現は危険なので慎むように
カガリ まあ良いけど。ところで私のMSは何時出てくるんだ?
ジム改 ルージュか? ルージュならオーブに行けばあるが
カガリ いや、なんか色々出てきてるから、この際私もルージュ以外に乗りたいのだが
ジム改 ルージュ以外? M1とか?
カガリ いや、どうせならもっと凄いのに乗りたい
ジム改 もっと凄い機体と言われても、今の所ルージュより高性能機は出てきてないし
カガリ こう、ZZみたいに合体変形するとか
ジム改 貴様は一体何を考えとるんだ!?
ラクス うふふふ、カガリさんはこの上更に目立ちたいのですね
カガリ うおっ、どっから出てきたラクス!?
ラクス いえ、私は終盤にならないと中々出れないものですから、暇でして
ジム改 あの、暇だからといって後書きに出てくるのは色々と問題がですね
ラクス なら出番を下さいませんか?
ジム改 いや、君が出てくると話が動くから、使い難いのだよ
カガリ 私と立場的にキャラが被るしなあ
ジム改 それが問題。種は無意味にキャラが被って出番を食い合うのがね
ラクス それでは私のレギュラー入りは?
ジム改・カガリ まだ当分先
ラクス くすん・・・・・・
ジム改 では次回、久々にパトリックが動きます。その先に待つのは平和なのでしょうか?
ラクス それって、私もやってる事ですのに・・・・・・
カガリ いや、ラクスだと国は相手にしてくれないだろ。立場はただの歌手だし
ラクス SSなんですし、大統領と歌手が外交しても良いじゃないですか
カガリ そういう訳にもいかないだろ


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