第44章  誰も見捨てない

 

 


 遂に大西洋連邦軍とユーラシア連邦軍が脱出作戦を開始した。各地に点在していた避難場所から一斉に避難民たちが移動を始め、輸送機のある地下格納庫に向かっていく。そして、その動きを察知したようにザフトも動き出した。

 各地の避難所から這い出して脱出用の輸送機がある地下基地を目指す避難民たち。彼らを脱出させるのは輸送機部隊の役目で、最後まで残っている殿部隊を収容するのがアークエンジェルの役目だ。
 アークエンジェルに乗っていた難民たちともここでお別れだ。彼らはここで輸送機に乗り換え、友軍の勢力圏まで脱出する事になっている。彼らは世話になったアークエンジェルのクルーたちとの別れを惜しんでいた。戦渦に巻き込まれ、幾度も恐怖に震えてきた。だが、それでも彼らはあの窮地から救ってもらったと感謝していたのだ。
 特に無職だった関係で彼らの世話をしていたクリスピー大尉たちやカガリ、キサカに礼を言う者が多い。フレイやトールも子供たちに囲まれて少し困っている。
 キースやフラガ、マリュー、ナタルといった人々も滑走路まで降りてきて、彼らを送り出していた。やっとお荷物が居なくなるという安心感が大きいが、彼らの無事を祈る気持ちもある。
 だが、そんな喧騒から1人だけ距離を置いているも者がいた。キラである。難民たちからは恐れられ、乗組員からは疎まれている自分があの場にいては、きっと迷惑だろうから。
 格納庫の奥に固定してあるストライクを見上げる。これと出会ってしまったことが、全ての悲劇の始まりだった。こんな物があるから、僕はこんな目にあっている。こんな物に乗って、その力を振るったりしなければ、今のように恐れられたりしなかっただろうに。

 ストライクを見上げながらそんな事を考えているキラの上着の裾が、いきなり引っ張られた。何かと視線を下に向けてみると、1人の女の子が自分の顔をじっと見上げていた。見覚えはある。確か、難民の中にいた子供だ。何時もフレイと一緒にいた子供たちの中にこの顔があった。

「何か用?」
「あの、お兄ちゃんにありがとうって言ってなかったから」

 キラは目を見開いた。過去の辛い記憶が蘇ってくる。そう、あの時も、1人の女の子が別れ際にこう言っていたのだ。

『今まで守ってくれて、ありがとう』

 あの時の少女と目の前の少女の姿が重なり、キラは軽い眩暈に襲われた。いきなり苦しそうに顔を顰めるキラに、少女が不思議そうな顔になる。

「どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ」

 キラは無理に笑顔を作ってその場を誤魔化すと、不思議そうに少女に問いかけた。

「でも、どうして僕の所に。僕が怖くないの?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが言ってたもん。お兄ちゃんは優しい人だって」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん?」
「うん。お姉ちゃん達が言うなら、そうなんだろうなって思ったから。お母さんは危ないから近付いちゃ駄目って言うけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあね、お兄ちゃん!」

 少女は手を振って難民たちの列に戻っていく。その姿を見送るキラの頬を、一筋の涙が零れ落ちていた。

 

 


 避難民の盾となるべく残っていた部隊は、光学式の望遠スコープに映るザフト部隊の大軍に喉をカラカラにさせながら、それでもその場に踏み止まっていたのである。皆分かっているのだ。自分たちは、絶対に後退できないのだということを。
 見張りの兵がスコープを覗きながら司令部に報告をしている。

「こちら、北D地区。来たぞ、凄い数だ。見えるだけで駆逐艦2、MS9、戦車26、その他は数え切れん。エリア18から南下中、第1防衛ライン到達まで、後5キロ!」

 その報告を司令部で聞いていたネルソンは眉間の皺を消すことなく、地図を睨みつけながら祈る様に呟いた。

「遂に来たか。1時間、1時間で良い。持ち堪えてくれよ」

 ネルソンの言葉は決して心配のし過ぎなどではない。圧倒的なザフト軍に対し、彼の手持ちの兵力は余りにも少なく、その装備も貧弱に過ぎた。大西洋連邦とユーラシア連邦の部隊は共同した動きを見せず、個々に敵とあたっているのも状況を悪化させているだろう。
 放たれたミサイルや砲弾が次々にザフト部隊に降り注ぐが、これだけで敵を食い止めるのはほとんど不可能だ。それでも直撃を受けたジンや戦車が擱座して動かなくなるが、大半はそのまま都市部になだれ込んで来た。装甲車から降りた歩兵が武器を手に散開していくが、そこに降り注いだ榴弾や対人ミサイルの破片に身体を引き裂かれ、悲鳴を上げて倒れふす者も決して少なくは無い。
 ザフト軍の歩兵が浸透してくるにつれ、両国の兵士たちは無理をせずにすぐに後退している。無理な防衛線の維持は無益だというのが身に染みて分かっているからだ。同数では歯が立たないのが対コーディネイター戦における歩兵の常識である。
 だが、ザフト兵側の損害は驚くような速さで増えていた。この街を守っていたネルソン大佐とドミノフ大佐の部下たちはここまで負け続けてはいたものの、極めて精強な兵士たちで、豊富な経験を持っている。彼らは地の利を最大限に生かしてひたすら持久戦をしていたのだ。地下道や瓦礫の隙間を最大限に利用し、無数のトラップを仕掛けていく。ザフトの兵士は地雷や仕掛け罠、隠れていた歩兵の襲撃によって次々に傷つき、倒れていく。無論ザフト兵の反撃も物凄く、倒れる連合兵士の数も多い。だが、絶対数ではザフト兵の方が遥かに勝っていたのだ。

 連合の予想外の頑強さに、第1波を指揮していた指揮官は駆逐艦の艦橋から都市部に突入させるのを控えていたMS部隊に攻撃命令を出した。

「MS部隊は都市戦闘装備で突入しろ。ナチュラルどもを皆殺しにするんだ!」

 歩兵で敵を掃討しようとの判断で投入を控えられていたMS部隊であったが、遂にそれが投入されたのだ。突入してきたジンやシグーは容赦なく重突撃機銃を撃ちまくり、MS用の火炎放射器「フレイムランチャー」を使用して街を焼き払おうとする。このフレイムランチャーの威力は凄まじく、隠れている歩兵も戦車も纏めて焼き払ってしまう。
 勿論連合側もやられっぱなしと言うわけではなく、生き残ったヴァデット戦車が待ち伏せでジンやシグーの背中に90mmリニアガンを叩き込み、ビルの隙間に潜んでいた攻撃ヘリやミサイル搭載トラックのブルドックがいきなり飛び出しては奇襲的な攻撃を加えて逃げ去っていく。
 連合は正面から戦おうとはせず、ひたすら奇襲と一撃離脱、この2つに徹し続けた。まともにやり合っても勝てないという現実が生み出した戦術ではあるのだが、これはザフトにかなりの消耗を強いている。どこに敵が潜んでいるか分からないというのは、かなりの負担を強いるのだ。更に各所に埋められている対戦車地雷がMSの行動を制限してもいる。うっかり踏んだMSが擱座するのを見た他のパイロットたちはただでさえ歩きにくい瓦礫の中を、殊更慎重に進まなくてはならないという苦労を強いられている。
 だが、小手先の努力だけで戦況の不利を覆すことなど出来るはずが無く、防衛線は後退の一途を余儀なくされていた。

 この状況に、第3防衛ライン、つまり最終防衛線上に配置されたキラとフレイは、通信機から伝わってくる味方の苦戦に、助けに行きたい衝動を必死に抑えていた。

「かなり、苦戦してるみたいだね」
「仕方ないわよ。こっちにはMSが無いんだし。クリスピー大尉に聞いたんだけど、歩兵同士の戦闘でもナチュラルはかなり不利らしいから」
「・・・・・・だろうね」

 ナチュラルとコーディネイターの身体能力の差を考えれば、当然の事だろう。ましてこっちは数が少ないのだ。戦況が絶望的なことは考えなくても分かる。
 2人でそんな事を話していると、ようやくアークエンジェルから通信が入った。

「アルスター准尉、デュエルを前に出すわ」
「それは良いですけど、ここを動いても良いんですか?」
「第1防衛ラインがもう限界なのよ。何とか残存を第2防衛ラインにまで後退させたいんだけど、敵のMSを排除する必要があるわ」
「分かりました。出撃します」

 フレイはデュエル用の装備としては妙に長砲身のライフルを持って定位置から飛び出していった。それを見送ったキラがマリューに不満そうな声をぶつける。

「何でフレイだけなんですか。僕も行った方が確実に相手を倒せますよ!?」
「・・・・・・貴方まで動くと、防衛線が手薄になりすぎるわ」

 マリューは戦力配置上の問題を出してキラの疑問を封じようとしたが、キラはその裏に見え隠れする本心を見抜いていた。怖いのだ。自分を自由にすることが。強大な力を持った化け物が自由に暴れまわる。そんな状況をなるべく作りたくないのだろう。
 マリューの本心を見抜いてしまったことでキラは肩を落とし、モニターをデュエルの走った行った方角に切り替える。既にデュエルはビルの陰に隠れてしまっているが、キラはフレイが無事に戻ってくれることを祈ることしか出来ない自分に歯痒さと同時に、どこか空しさを感じているのだった。

 

 

 ザフト兵の侵攻を阻むべく戦っている兵士の中には、カガリやキサカ、クリスピーの姿もあった。彼らが陣取っていた地下道にザフト兵が押し寄せてきて、激しい銃撃戦が展開されていたのだ。カガリも支給されたアサルトライフルを必死に撃ちまくりながら敵を近づかせまいとしている。
 だが、倒しても倒しても敵は押し寄せてくる。味方も1人減り、2人減りと少しずつ少なくなる中で、遂に堪りかねたクリスピーがカガリに叫んだ。

「カガリ、もう時間が無い。先に戻れ!」
「でも!」
「怪我人を連れて早く行け!」

 カガリは遮蔽物の陰で応急手当を受けただけで放置されている仲間を見た。みんなクリスピー大尉の部下で、今では顔馴染みだ。カガリは彼らを見て表情を曇らせた後、もう一度だけクリスピーを振り返った。クリスピーはもうカガリの方は見ておらず、軍曹に指示を出しながら軽機関銃を撃ちまくっている。近づかれたら終わり、という事を知っているだけに、そのシャワーのような撃ち方にも必死さが見て取れる。
 カガリは仕方なくキサカと一緒に負傷者を担ぎ上げると飛行場の地下格納庫へと向かった。そこにはアークエンジェルがあって最後の最後まで味方を収容してくれる事になっている。
 カガリが格納庫にまで来ると、避難民の誘導に当たっていたトールが駆け寄ってきた。

「カガリ、クリスピー大尉たちは?」
「まだ頑張ってる。私はこれから戻って大尉たちを連れてくるから。キサカはこいつらを頼む!」
「カガリ!」
「おい、ちょっと待てカガリ!」

 トールが慌てて止めるが、カガリは走って行ってしまった。負傷者を押し付けられたキサカは困った顔で負傷者とカガリの行った方向を交互に見た後、仕方なく負傷者を担いで輸送機の方に行った。流石に重傷を負っている者を放ってカガリを追うという訳にもいかなかったのだ。カガリもその辺りを計算していたのかもしれない。
 カガリはクリスピーたちの所へ戻ろうとしたが、途中で通りかかった通信室から聞こえてきた声に足を止めた。

「こちら第8中隊、敵に退路を断たれた。援護を回してくれ」
「なんだ、味方の通信か?」
「北東6キロ地点。包囲されてる。誰でもいい、援護を!」

 聞き覚えのある声に、カガリは通信室に入って通信兵に問いかけた。

「どうしたんだ?」
「ユーラシアの部隊が、敵中に孤立したらしい」

 なおも通信機から響いてくる助けを求める声に、カガリはしばし悩んだ。だが、そんなカガリの悩みに気付くことも無く、通信兵はその通信を切断した。

「ユーラシアの部隊だ。ドミノフ大佐に任せよう」
「えっ?」

 驚くカガリを無視して通信兵は自分の所の本部に通信をつなぎ、現在の状況を報告していく。当然と言えば当然なのだが、カガリは黙っていられなくなり、通信兵の操作しているコンソールを勝手に操作して先ほどの回線を復活させようとした。

「第8中隊、聞こえるか、第8中隊!?」
「止せ、無駄だ、間に合わん!」

 通信兵は乱暴にカガリを押し退けると、自分の仕事を再開した。カガリはそんな通信兵を一度だけ睨み付けると、何やら決意を秘めた目で格納庫の方に戻っていった。
 格納庫に戻ってきたカガリは集積されている物資から手榴弾やアサルトライフル、予備弾装、携帯式の爆薬までを身に付けれるだけ装備した。そんなカガリを見つけたトールが驚いて声をかけてくる。

「おいカガリ、何してるんだ!?」
「・・・・・・敵中に取り残された奴らが居る。助けにいってくる」
「馬鹿言うな、お前1人で何が出来るんだ!」
「何も出来ないかもしれないけど、だからって見殺しになんか出来ないだろ!」

 止めるトールに強く言い返すカガリ。その勢いに押されたように押し黙るトール。暫し無言で睨みあう2人だったが、カガリが先に視線を逸らした。

「悪い」
「いや、良いよ」

 誤るカガリに、トールは小さく溜息をついた。止められないと悟ってしまったのだ。

「分かった。だけど、必ず帰って来いよ。お前が死んだら、フレイが泣くぞ」
「・・・・・・あいつ、泣いてくれるかな」
「当たり前だろ。俺にカガリと友達になったって嬉しそうに言ってきたからな」
「そうか」

 カガリは嬉しそうに笑みを浮かべると、踵を返して走って行ってしまった。それを見送ったトールだったが、やはり不安は拭えない。だが、自分にはどうしようもないのも事実だ。
 そして、格納庫に自分を呼ぶ放送が響いた。

『ケーニッヒ准尉、デュエルをアルスター准尉と交代してください!』
「デュエルを交代。フレイの奴、疲れきったのか?」

 何があったのかと思いながらも地上に出てみるトール。すると、跪いたデュエルから整備兵の手を借りて降りて来るフレイの姿があった。デュエルには整備兵が取り付き、バッテリーの充電や各所の冷却、弾薬の補給や簡単なメンテを行っている。

「フレイ、大丈夫か?」

 近寄って心配そうに声をかけるトール。フレイは汗に塗れた顔に疲労の色を濃く漂わせながらもトールの問いに答えた。

「あんまり、大丈夫じゃないわね。敵の数が多すぎるわ」
「キラは?」
「私の変わりに前に出たわ。トールも気をつけてね」
「ああ、分かってる」

 トールはフレイに近づくと、小さな声でカガリのことを話した。

「カガリが銃を持って戦場に出て行った」
「え、どういう事?」
「敵中に孤立した部隊が居るとかで、助けに行ったんだ」
「ちょっと、何で止めなかったのよ?」
「止めたけど、聞いてくれなくてさ」

 カガリの押しの強さを思い出し、フレイは小さく肩を落とした。確かにトールでは止められないかもしれない。

「あの娘は、人に心配ばっかりさせて」
「フレイが言っても、説得力が無いなあ」
「何ですって?」

 ジロリと睨まれたトールは慌てて首を横に振る。物凄い威圧感だ。トールが冷や汗をかくのも無理はあるまい。

「まあ、カガリの方は無事を祈るしかないな。それじゃ、俺も行って来るから」
「・・・・・・ミリィを泣かせるんじゃないわよ」
「・・・・・・大丈夫さ」

 フレイに力強く頷いて、トールはデュエルのコクピットに入っていった。中はフレイの苦労をそのまま物語るかのように蒸し暑く、化粧品と汗の匂いに満ちている。トールはヘルメットのバイザーを下ろしてそれを遮ると、機体を再起動していった。

「さてと、久々の実戦だな。キラ、待ってろよ」

 武器をビームライフルに持ち替え、トールはデュエルを戦場に向けた。絶望的な状況で、それでも諦めないこの能天気ぶりは、一体誰に似たのだろうか。アークエンジェルにそんな能天気な人物は・・・・・・1人しかいないのではあるが。

 

 

 地下に降りたフレイの前に、ちょうどクリスピーたちが戻ってきた。人数が少し減っているのは、戦闘で殺られたのだろう。

「准尉、無事だったか」
「大尉たちこそ」
「通路は爆破してきたから、暫くは持つはずだ。カガリたちを先に戻したが、あいつらは大丈夫だったか?」

 クリスピーの問い掛けに、フレイは言い難そうに視線を落とした。それを見てクリスピーが不思議そうに問いかける。

「どうした、何かあったのか?」
「カガリは、孤立したユーラシアの部隊を助けに行きました」
「なんだとっ!?」

 クリスピーは驚愕してしまった。まさか、この状況でそんな真似をすれば確実に死あるのみだ。そんなことも分からないほどあいつは馬鹿だったのだろうか。

「あの馬鹿、何考えてやがる!」
「カガリは、多分見捨てられなかったんだと思います。あの娘、正義感が強いから」
「戦争にそんなものいらん!」

 クリスピーはフレイの弁護を一言で切り捨てた。何が正義感だ。そんな物を下手に持つと、より多くの味方を死なせることになる。この長身の精悍な黒人の大尉は、戦争の現実をよく知っているのだ。
 そして、クリスピーは自分もそんな甘ちゃんの仲間であることを痛感する事態に直面した。

「大尉、お願いです、カガリを助けてください!」
「・・・・・・俺達が行っても、焼け石に水かも知れんぞ」
「でも、このままじゃカガリは・・・・・・」

 カガリの身を案じるフレイの顔は、不安に塗り潰されている。確実にカガリは死ぬだろうと頭では分かっているのだ。そして、クリスピーはフレイに頼まれるととても弱かった。何より助けられた恩をどこかで返さなくてはと常々考えていたという事もある。
 しばし考えたクリスピーは、やれやれとアサルトライフルを担ぎなおした。

「軍曹、装備の確認をしろ。健在な奴でもう一度出るぞ」
「大尉、本気ですか?」
「しょうがないだろ、俺たちのかわいいお嬢様の頼みだ。聞かないわけにもいかないだろ?」
「・・・・・・そうですな」

 なんだか呆れるを通り越して、もう悟ってしまったかのような軍曹の答えに、クリスピー大尉はニヤリと口元を歪めた。

「では、早速準備だ。火器を揃えろ。重火器の用意も忘れるな」

 クリスピーの指示で散っていく兵士たち。それを見て、フレイはクリスピーに頭を下げた。

「大尉、ありがとうございます」
「いや、どうせ君に拾われた命だ。ならば、ここで借りを返すのも悪くは無い」
「私も、一緒に行っていいですか?」

 フレイの頼みを、クリスピーはいかつい顔に笑みを浮かべて拒絶した。

「残念だが、このイベントに参加できるのは大人だけなんだ。15歳のお嬢様には参加資格が無い」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんな顔をするな。俺も、部下たちも君には感謝しているんだ。君は命を懸けて俺たちのために戦ってくれた。その借りを返すだけのことさ。たとえ命を落としても、誰も文句は言わない」

 クリスピーはフレイに負担をかけまいと、ことさら明るく言う。だが、無事に戻ってくるとは口にしていない。彼も戻ってこれる自信が無いのだ。フレイが本当は「必ず戻ってくる」という言葉を欲していることも分かっている。でも、それを口にする事は憚られた。それを口にすれば、彼女を騙す事になる可能性がとても高いから。
 そして、装備を整えた部下たちが集まったのを確認すると、クリスピーはもう一度だけフレイを振り返った。

「それでは、行って来る」
「・・・・・・無事に、戻ってきてください。カガリと一緒に」

 クリスピーはそれには答えなかった。ただ、いかつい顔に笑みを浮かべただけだった。そして部下を引き連れてカガリの入っていった地下道へと駆けていく。それを見送ったフレイには、彼らの無事を祈ることしか出来なかった。

 

 

 ユーラシアの第8中隊の知らせてきた現在位置へと向かうカガリ。だが、複雑に入り組んだ地下道は彼女を容易く迷わせてしまった。右を見ても左を見ても同じような通路ばかりで混乱してしまう。

「畜生、なんでこう特徴が無いんだよ!」

 地図を持ってこなかった自分が悪いのだが、今はそんなことに突っ込んでも仕方が無い。また走り出そうとしたカガリだったが、背後から聞こえてくる多数の足音に身を硬くした。まさか、ザフトの部隊か?
 慌てて物陰に身を隠したカガリはそっとその足音の主を観察しようとして、それが見慣れた人影であることに気付き、驚きの声を上げた。

「ク、クリスピー大尉?」
「おお、こんな所にいたか、カガリ」
「何であんたたちがこんな所に?」

 不思議そうに問いかけてくるカガリに、クリスピーはカガリを助けに来たのだと答えた。

「私を助けにって、何で?」
「頼まれたのさ、アルスター准尉に」
「フレイに!?」

 流石に驚いてしまうカガリ。そんなカガリにクリスピー大尉はにやり笑いを浮かべて話を続ける。

「俺たちの可愛いお嬢様の頼みでね、付き合ってやるよ」
「付き合ってやるよって・・・・・・これは私の独断なんだぞ。作戦行動じゃないんだ。あんたたちが付き合う必要は無い!」
「そいつはそうだ。俺たちだって頼まれたから動いてるんで、別に命令されてじゃない」
「じゃあ、今すぐ帰ってくれ。無駄死にしたくは無いだろ!」

 他人を巻き込みたくは無いカガリだったが、クリスピーたちは戻るつもりは無いらしい。逆にカガリの痛い所を付いてくる。

「1人で行って何が出来るっていうんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
「それに、お前さん程度の実力じゃ、大した役には立たないぞ。ここはプロの助けが必要とは思わんか?」

 クリスピーに言い訳の余地を次々に潰されたカガリはしばし言い返す言葉を捜していたが、遂には諦めたようにがっくりと肩を落とした。

「分かったよ」
「よし、それじゃあ行くか。軍曹、ここから先のルートは?」
「少々お待ちください」

 軍曹が地図を広げてこれから先のルートを確かめる。こうして容易万端で出てきた彼らを見てしまうと、カガリは何となく自分の迂闊さが情けなく思えてしまった。

 


 ビルに立て篭もって必死に防戦を続けるユーラシアの兵士たち。その中には100人を超す難民が含まれていた。だが、戦況は悪くなる一方であり、味方の援軍は一向に現れない。指揮官らしい曹長の顔色は物凄く悪かった。
 そこに、副官らしい伍長の階級章を付けた兵士が駆け寄ってきた。

「曹長、駄目です。敵はどんどん増えています。弾が尽きたら、それまでです」

 伍長の報告に顔を顰める曹長。だが、現実がそれで変わるわけでもなく、既に自分たちが助かるには奇跡が必要な状況に追い込まれていた。
 そんな時、兵の1人が話しかけてきた。

「曹長、自分が助けを呼んできます!」
「待て、無茶だ!」

 だが、その兵は止めるのも聞かず飛び出し、遮蔽をとりながら味方の陣地を目指そうとする。しかし、単独で飛び出した兵がザフト兵の目を逃れて包囲網を突破できるわけも無く、彼はいきなり目の前に現れたザフト兵に驚愕し、次の瞬間には全身を撃ち抜かれて絶命してしまった。
 曹長たちはそれを見て目を背けたが、感傷に浸っている暇は無かった。ぼろぼろの天井が衝撃で大量のコンクリート片を落としてきたからだ。

「ちっ、上から来る気か」
「第3班は上に回れ。奴らをここに入れるな!」

 大急ぎで兵士たちが走り回っている。その時、部屋の中にあったマンホールが動き、中から人間の手が飛び出してきた。

「て、敵だ!」
「待て!」

 伍長が銃を向けるが、曹長がそれを止めた。まだ敵と決まったわけではない。そして、マンホールから出てきた人物を見て、曹長は驚いてしまった。

「お前は・・・・・・」

 マンホールから出てきたのはカガリだったのだ。前の会議の時、自分が胸倉を掴み上げた大西洋連邦の兵士。それに続いてクリスピーたちが這い出してくる。カガリは曹長を見ると声をかけた。

「よお、あの時の奴か。当てが外れたか、友軍じゃなくてさ?」

 カガリの皮肉にも答えられない曹長。それほどに曹長は驚いていた。代わりに伍長が問いかけてくる。

「どうやってここまで来た?」
「回り道になるけど、抜け道があるんだ。地上よりは安全だ」
「曹長?」

 伍長の問いに、曹長は頷いた。

「よし伍長、民間人を連れて行け」
「はっ!」

 伍長が敬礼して駆けていく。カガリは銃を持ったまま外の様子を伺おうとしたが、その肩を曹長に掴まれた。その顔には困惑の色が浮かんでいる。

「どうして来てくれた?」

 理解できないという問い掛け。だが、その質問に、カガリは自分にとっては当然である答えで返した。

「理由が必要なのか? だったら、後で考えるよ」

 カガリにとっては、友軍を助けるのに理由など必要ではない。仲間だから助ける。彼女にとって、命を賭ける理由としてはそれで充分なのだ。そして曹長は、そのカガリの答えに呆然としてしまった。そんな答えが返ってくるとは、想像もしていなかったから。

 

 

 戦況をじっと観察していたアスランは、連合の想像以上の粘りに感心してしまっていた。

「粘るな。あの装備でここまで頑張るとは」
「もう後が無いことを知っているのでしょう。窮鼠と化しているのだと思います」

 ザラ隊では参謀的な役割を持つフィリスがアスランに答える。一応ザラ隊とジュール隊は別の部隊なのだが、纏めてザラ隊と扱われることが多い。基本的には一緒に行動しているので、ジュール隊のフィリスがアスランの参謀役になってしまったのだ。実際、ザラ隊の指導部はアスランを筆頭にフィリス、ミゲルの2人を参謀として構成されている。
はっきり言って、イザーク、ディアッカ、ニコルは参謀としては不適格だ。イザークとディアッカは冷静に作戦を立てる能力に欠けているし、ニコルは能力はあるのだが、積極性に欠ける。その点、フィリスとミゲルは戦況を冷静に見れるし、攻守のバランスもいい。何をさせてもそつ無くこなす能力を持っているのだ。イザークなどは攻撃に使えばあの積極性はかなり有効に機能するので、使い方次第では役に立つ。
 だが、戦車と歩兵でこれだけ粘れるとは思わなかった。その点はアスランにもフィリスにも、ミゲルにも共通している。

「ナチュラルどもは、ストライクとデュエルも出してるらしい。前線部隊から敵MSの迎撃を受けたと言って来ている」
「そうか」
「駆逐艦がストライクの攻撃を受け、撃沈されています。第一波の損害はかなりの物ですね」

 フィリスが積み重なっている損害の多さに顔を顰めている。既に兵員の損害は全体の4割にも達しており、通常ならとっくに撤退させている数字だ。だが、連合の市街戦に巻き込まれて、いまや統制さえ困難を来たしている。撤退させることさえ難しい状況なのだ。

「第二波の投入は?」
「あと少しでドゥシャンベに突入できます。これでたぶんケリが付くでしょう」
「そうか・・・・・・」

 フィリスの答えに、アスランは表情を曇らせた。それを見てミゲルがどうしたのかと声をかけた。

「どうしたアスラン、あの脚付きに止めを刺せるってのに、浮かない顔だな」
「・・・・・・ああ、この戦いに巻き込まれてる民間人のことを考えるとな」

 アスランの答えに、ミゲルも小さく頷いた。彼は第1世代のコーディネイターであり、両親はナチュラルなのだ。その意味ではアスランたちよりもナチュラルへの同情心は強い。
 だが、フィリスの考えは違っていた。

「仕方ないでしょう。戦争なのですから」
「・・・・・・そんなことは分かってるんだ。でも、納得は出来ない!」

 アスランは鋭い目付きでフィリスを睨みつける。だが、フィリスは別にナチュラルへの蔑視思想があってそういう事を言ったわけではないようで、アスランの責める視線にも怯みはしなかった。

「犠牲を増やさないためには、戦争を早く終わらせるよう、努力するしかないんですよ」
「そんなことは分かってるが・・・・・・」
「分かってるのでしたら、迷わないでください。迷いは、無駄な死を増やします」

 フィリスの言う事は正論だ。それくらいはアスランにも分かる。だが、それでも納得できない部分がアスランにはあるのだ。甘いと言われたら、恐らく反論できない。それでも自分が間違ってるとは思わないだろうし、罵られても謝罪するつもりは無い。少なくとも自分は、人として最後の一線を踏み越えるつもりは無いからだ。人を殺すという悪行を、ありきたりな言葉の免罪符で正当化したり、何も感じなくなるというような狂気に付かれたくは無いのだ。


 そして、狂気に付かれている男は、ただこの戦場を楽しそうに眺めていた。その内心を知る者はいないが、もしいたら迷わずこの男を射殺していただろう。この男は、目の前でナチュラルとコーディネイターが殺しあっているのを見るのが楽しくて仕方なかったのだ。

「これでいい。君の通る後には死山血河が生まれる。その事を少しは知った方がいいぞ、キラ・ヤマト君。そして、彼はまた絶望するのだよ」

 ラウ・ル・クルーゼの顔に浮かんでいるのは、狂気としか言いようのない凄惨な笑みであった。どれだけ血を流そうが良心の呵責を覚えない人間の顔というものが、そこにはあった。

 

 

 

 確実に追い詰められる連合軍。襲い来るザフト兵に追われながらじりじりと後退を重ねる各地の中隊。だが、彼らの必死の努力は確実に実を結ぼうとしている。司令部で戦況をじっと観察していたドミノフ大佐の下に、ついに待望の報告がやってきたのだ。

「司令、輸送機への民間人の搭乗はほぼ終わりました」
「そうか、よく持ち堪えてくれたな」

 ドミノフは内から込み上げる熱い物に少しの間だけ目を閉じ、そして通信機のマイクを掴むと、指揮下の全部隊に通信を入れた。

「私はドミノフ大佐である。諸君、ご苦労であった。戦局の如何に関わらず、全中隊は直ちに戦闘を蜂起、近くのベースに迎え。全員撤退、急げ!」

 同じ命令は大西洋連邦のネルソン大佐からも出され、各地で両軍の部隊が撤退を開始した。潮が引くように整然と退いていく連合の兵士たちの動きに戸惑ったザフト兵の追撃はやや遅れてしまい、結果として彼らを取り逃してしまうこととなる。
 だが、全ての部隊が撤退出来たわけでもなく、幾つかの部隊は補足、殲滅される運命を辿ってもいた。

 アークエンジェルでは味方の後退にあわせてストライクとデュエルを前に出し、敵部隊を押さえ込ませていた。予定では自分たちが最後までここに留まり、敵部隊の追撃を食い止めることになっているのだ。だが、幸いにして敵の追撃は妙なほどに勢いが無く、キラとトールの負担は軽いもので済んでいる。

 味方の撤退状況を確認していたドミノフ大佐は、そろそろ自分も輸送機に向かおうかと考えた時、部下の通信士が友軍の通信を傍受したと伝えてきたのを受けてそちらを見た。

「味方の中隊がまだ戦闘を継続しているだと?」
「はあ、そのようです。第8中隊で、北東6キロ地点のようですが」
「・・・・・・マイクを貸せ」
「司令、もう時間が!」

 参謀がたしなめるのも聞かず、ドミノフはマイクを取って第8中隊に声をかけた。

「おい、聞こえるか。おい、第8中隊、応答しろ!?」

 だが、それに対する返事はなく、代わりに向こうの戦闘中の声が返ってきた。

「曹長、そっちはどうだ、通れそうか?」
「駄目だ、戻った方が良い、とても通れない」

 どこかで聞いたような声に、ドミノフは首を捻った。はて、この声はつい最近、どこかで・・・・・・。
 ドミノフがそれに思い当たったのは、次の声を聞いた時であった。

「早く、みんなを集めるんだ!」

 それを聞いた時、ドミノフはその声の主を思い出した。あの会議の時、自分とネルソン大佐に向かって理想論を語ってくれた世間知らずの子供を。

「彼女だっ?」

 ドミノフにはどうして彼女が味方の第8中隊と行動を共にしているのか分からなかった。大西洋連邦の兵である彼女が、どうしてユーラシアの部隊である第8中隊と一緒に戦っているのだ?
 そして、第8中隊の戦況を伝える通信は、大西洋連邦の部隊でも傍受されていた。それを聞いたネルソンがやはり渋い顔で考えている。その時、司令部に入ってきた1人の少女がいた。



後書き
ジム改 カガリ、真の主人公は君だw!
カガリ 何でこうなる!?
ジム改 何を言う、ここまでくればもう王道まっしぐらではないか
カガリ 私はヒロインだ!
ジム改 原作を見ろ。どう見てもお前のがヒーローしてるぞ
カガリ 私がヒーローなら、ヒロインは誰だよ?
ジム改 キラ
カガリ 男がヒロインでどうする!
ジム改 いや、世の中にはガンパレードマーチという名作があってだな
カガリ それがどうしたあ!
ジム改 これは主人公がヒロインで、お姫様がヒーローだと公式で書いてあるぞ
カガリ 私は違うと言ってるだろうがあ!
ジム改 まあ、この件はとりあえず置いておいて
カガリ 置くな、ちゃんと答えろ!
ジム改 今回は初の本格的な歩兵戦闘なのだ
カガリ こいつ、露骨に話をそらせやがった
ジム改 さて、カガリたちは無事に脱出できるのだろうか
カガリ 地下道通って戻れば良いんじゃねえのか?
ジム改 ふっ、世の中そう上手く行くわけ無いだろう
カガリ 威張って言うなあ。また苦労させる気か!
ジム改 若い頃の苦労は金を出してでもやれと・・・・・・
カガリ 戦争でそんな苦労はいらねえ!



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