第47章  無敵親父


 グゥルに乗ってやってきたザフトMS部隊を率いていたのは、クルーゼの乗るシグーであった。数は全部で34機にも達する。後続機にはミゲルとフィリスのゲイツ、ジャックのシグーも含まれていた。
 クルーゼは迎撃体制をとるアークエンジェルを見て口元を歪めた。

「舐められたものだな。この私を、まさか1隻で迎撃しようとはな」

 こう見えても『世界樹』攻防戦では多くの戦艦とMAを葬り去ったクルーゼだ。その彼からすれば舐められたと思うのも無理は無いが、その呟きを聞いたのか、ミゲルが注意を促してきた。

「隊長、敵を侮らないでください。確かに1隻ですが、俺たち8機を相手に余裕で対処した実力は本物です」
「ミゲル、君も随分と慎重になったな。「黄昏の魔弾」も臆病になったものだ」
「何とでも言ってください。あんな負け方をすれば、嫌でも反省します」

 ミゲルの返答に、クルーゼは少し真剣に考えた。ミゲルの実力は赤を着ないのが不思議なほどだ。そのミゲルがここまで慎重になるほどの実力を持つ相手なのだろうか。宇宙で相手をした時はそれほどとは思わなかったが。

「ふむ、「男子3日見ざれば克目して見よ」か。そこまで成長したか」
「クルーゼ隊長、戦闘機が来ます!」

 部下のジンから警告が来る。見れば2機の重戦闘機がこちらに向かってきている。そのうちの片方にクルーゼはよく知る気配を見つけ、薄笑いを浮かべた。

「ムウ・ラ・フラガか。相変わらず元気そうで何よりだ」

 クルーゼは信号弾を打ち上げた。それを合図にMS部隊が一斉に散開し、思い思いの方向からアークエンジェルへと向かっていく。グゥルに乗ったジンやシグーだけでなく、ディンの姿もある。それらに対してたったの2機で挑むフラガとキースは無謀としか言いようがないのだが、逃げる事も出来ないのだ。
 フラガは敵の中にクルーゼの気配を感じ、舌打ちした。

「ちっ、クルーゼか。何処までもしつこい奴!」

 クルーゼのシグーと向かい合うフラガ。だが、クルーゼにはフラガと戦うつもりはなかった。

「悪いが、今は貴様の相手をするつもりはないのだよ、ムウ!」

 クルーゼはフラガの最初の突っ込みを躱すと、そのままフラガを無視して降下していった。彼はアークエンジェルを狙っていたのだ。フラガはそれを追おうとしたが、殺到してくるMSにそれを断念するしかなくなった。

「邪魔するな!」

 フラガはスカイグラスパーを強引に急上昇させる。それに対して追い撃ちが来るが、構わずに上昇していく。空中での機動性ならスカイグラスパーに並ぶ相手はいない。ある程度上ったところでフラガは反転し、急降下で眼下のジンを狙った。その動きはまるでキースのお株を奪うかのような急降下であった。
 狙われたジンは回避運動に入ったのだが、フラガの射撃を躱すのは並大抵の事ではない。あっさりと天空から見舞われた一撃に貫かれ、そのジンは爆発しながら落ちていった。

「まず1機、次はどいつだ!?」

 フラガは敵を求めて機体を捻る。エディミオンの鷹としては1機でも多く引き付けたいところだが、敵の数が多すぎる。フラガより少し離れた所ではエールパック装備のキース機が高速にものを言わせて飛び回り、ビームガンと大口径キャノンで敵を葬っている。
 たかが戦闘機ずれが、という思いでこの2機に挑むMSは多かったのだが、彼らは逆に敵を侮った教訓をしたたかに食らっていた。彼らは目の前で巧みな機動を見せるランチャーグラスパーや、出鱈目な急降下を見せるエールグラスパーに翻弄され、次々に反撃を食らって撃ち落される運命にあったのだ。もっとも、グゥルを失って地上に落ちる機体がかなり多いのだが。おかげでそれらのMSはキラとフレイが相手をする事になるのだ。

 

 そして、スカイグラスパーを無視してアークエンジェルへと向かった部隊は、アークエンジェルの対空砲火という盛大な歓迎を受けた。16基のイーゲルシュテルンと24基のミサイルランチャーが生み出す弾幕の壁は容易に突破できるものではない。
 指揮を執るクルーゼは付いてきた部隊に命令を出した。

「全機、まず脚付きの砲座を潰せ。火力が落ちた所をD型装備のジンが仕留める」

 クルーゼの命令に従い、襲い掛かるMS部隊。砲火がイーゲルシュテルンを、ミサイルランチャーを狙って放たれ、これを破壊していく。反撃を受けて落とされる機体も多いが、このままでは丸裸にされるのも時間の問題だろう。

 アークエンジェルの艦橋では損害がうなぎ上りに増えている事にナタルの顔色が悪くなっている。

「左舷イーゲルシュテルン4基破壊。艦尾発射管6基破壊、対空火力は70%に落ちました」
「敵機3機、下方に回りこみました!」
「機関出力低下、このままでは回避運動に支障が出ます!」

 矢継ぎ早の損害報告にナタルは座席の肘掛を叩き、ミリアリアにきつい口調で問いかけた。

「ハウ二等兵、ストライクとデュエルはどうした!?」
「キラは敵の新型と交戦中です。フレイはこちらを援護していますが、1機では・・・・・・」
「くそっ、数の差はどうにも出来んのか!」

 キラやフレイがサボっている訳ではない。フレイのデュエルはロングビームライフルで地上から狙撃をして3機のグゥルと、それに乗るジンを叩き落している。キラは前に戦ったミゲルの乗るオレンジのゲイツに攻撃されていたのだ。

「こいつ、前の奴か!」

 キラはエールパックでゲイツと戦っているのだが、かなりの苦戦を強いられていた。やはり機体の調子が完全ではないのだ。エールパックといえども調整が不完全なら大した意味は無い。対するミゲルのゲイツは対MS戦闘を考えられた装備だ。これは不利などというものではない。
 ミゲルは、ストライクが予想外に弱い事に拍子抜けしていた。前戦った時はこんなものではなかったのだが。

「どういうことだ。機体の調子が悪いのか、それともパイロットが違うのか?」

 ミゲルはビームライフルでストライクを追い詰めながら、あの時の凄まじい殺気と威圧感は欠片も感じられず、自分の攻撃に必死に逃げ回っている。その悲惨としか言いようのない醜態だった。

「……こんな情けない奴が、あの時俺やイザークを圧倒したのか。どうにも信じられんのだが」

 ミゲルの疑問も当然かもしれなかった。今のキラはSEEDを発動させてはいない。コントロールする事の出来ない能力など役立たずでしかないという事なのだろう。そういう意味ではある程度力を制御できるフラガやフレイの戦闘感覚の方が優れているのかもしれない。常働能力であることも大きい。
 キラの苦戦を感じたフレイはそちらに意識を向け、ストライクを襲うミゲルのゲイツを狙ってビームを放った。ミゲルは至近を通過したビームに慌てて回避運動に入った。

「ちっ、デュエルかよ。また腕を上げてるな」

 ストライクよりもデュエルの方が厄介だと判断し、ミゲルはストライクから離れた。その隙にフレイのデュエルがストライクとゲイツの間に割って入る。

「キラ、大丈夫?」
「何とか。マードックさんの言う通り、動きが悪いや」
「なら、あなたはアークエンジェルの援護を。こいつの相手は私がするから」

 フレイはロングビームライフルを捨てると、背中に背負っていた対ビームシールドとビームライフルを装備した。替わりにストライクは後退していく。それを見送ったフレイは、厳しい視線でゲイツを睨みつけた。

「さてと、ここからは私が相手よ、コーディネイターさん」

 フレイのデュエルを前にして、ミゲルは音を立てて生唾を飲み込んだ。その強さはフィリスとニコルから聞かされており、ニコルが全く歯が立たないほどの強さだということは分かっている。

「ニコルが歯が立たない相手か。さて、どれだけの強さなのかな?」

 ミゲルはビームライフルを構えると、フレイのデュエルに挑んだ。だが、その目前にストライクが割り込んでくる。驚いたミゲルは慌てて機体を下がらせたが、振り抜かれたビームサーベルが僅かに機体を掠め、焦げ跡を作った。

「悪いけどフレイ、ここは僕が戦うよ」
「でもキラ、その機体じゃ」
「頼むよ。僕は、自分の意思で君たちを守ってる。そういう実感が欲しいんだ」
「……キラも男の子ね。私には分からないわ、そういうの」

 フレイの呆れ返った声にキラは内心で首を竦めたが、別にフレイは怒っているわけではないようだ。その後に聞こえてきた声は、妙に晴れ晴れとしたものだったから。

「いいわよ。なら、思う存分やりなさい。後ろは私がカバーするから」
「フレイ……ありがとう」

 キラは背中を味方に守ってもらえる事が、これほど頼もしいとは思わなかった。フラガもキースもアーマー乗りで今は戦闘機乗りだ。ストライクの背中は守ってくれない。だが、フレイのデュエルならそれが出来る。何しろフレイは本気を出した自分と戦えるほどに強いのだから。
 誰かに守ってもらえる。その安心感が、キラには心地よかった。

「行くぞ、新型!」

 キラの中で種が弾けるイメージが浮かぶ。だが、それは何時もとは少し違っていた。何時もはこうなると闘争本能が前に出ていたのだが、今は冷静に自分をコントロールできている。前回のアークエンジェルが敵の大部隊と遭遇した時もこうだった。こうなった時のキラは、まさに化け物となる。
 いきなり動きの変わったストライクにミゲルは慌てて大きく下がった。

「なっ、どういうことだ。こいつ、急に速く?」

 ミゲルは慌てて機体を下がらせる。明らかに動きの変わったストライクに警戒を露にする。

「今まで手を抜いていた。馬鹿な、そんな様子じゃなかった。何なんだよこいつは?」

 ミゲルには訳が分からなかった。突然強くなるストライク、漫画じゃあるまいし、そんな馬鹿げた話があるわけが無い。だが、この感じる威圧感は、間違いなくあの時の化け物である。
 ミゲルは一対一では勝てない事をすぐに理解した。前の戦いでこいつの強さは嫌というほど思い知らされているから、もう一度勝負という気には流石にならない。

「こいつの相手は俺一人の手じゃあまる。他の奴らはどうした?」

 ミゲルは援護に来ない他のMSを罵ったが、彼らも遊んでいたわけではない。だが、この近くにはジンやシグーが5機いただけで、これではフレイのデュエルの相手としては余りにも役不足だったのだ。

「悪いけどさ、キラに手出しさせるわけにはいかないのよ」

 次々に敵機を仕留めたフレイが残骸に向かって語りかけている。一度に襲い掛かればまだ勝ち目があったのだろうが、1機ずつ来るものだから各個撃破の見本のような倒され方をしている。ザフトのパイロットたちが決して弱いわけではないのだが、対MS戦闘の経験差が余りにも大きすぎるのだ。これまで多数のMSを一度に相手にしたり、ザラ隊やジュール隊のようなエース部隊を相手取ってきたキラとフレイの実戦経験は、現在のザフト、連合の双方の中でも最高のものである。機体性能に劣るジンやシグーでどうにかなるような相手ではないうという事だ。

 

 

 だが、地上の優位とは裏腹に、空の戦いはいよいよ苦戦を強いられるようになっていた。群がる敵機に対空火器を潰されたアークエンジェルは良い様にいたぶられている。マリューとナタルの対処指示も追いつかないほどに積み重なったダメージに姿勢を維持する事さえ難しくなっていた。カガリが余りの被害に顔色を青くして報告する。

「くそっ、センサー系30%ダウン、索敵エリアに支障が出てきたぞ。ミドルエリアより先は索敵不能だ!」
「艦内ブロックの13%が被弾、艦内通信網も4割が機能停止!」
「2番ゴッドフリートのビーム誘導体が焼き切れたようです。発射不可能!」
「スカイグラスパー隊、敵MS隊に拘束されていて、援護に戻れません!」

 CICから上がってくる報告にマリューは焦りの色を濃くしていた。地上の敵はキラとフレイが圧倒しているようだが、こちらが持たないのでは意味が無い。既に砲火は激減し、浮力を保つだけで手一杯になっているのが現状だ。

「ナタル、ローエングリンは使えないの!?」
「無理です、この状況では、エネルギーチャージが出来ません!」
「なら、ストライクかデュエルを呼び戻して!」
「MSは空戦用ではありません。あの2機ではどうにもなりません!」
「くっ、これまでだというの」

 マリューは悔しげに正面の空域を睨みつける。偶然ではあったが、彼女の視線の先にいたのはクルーゼのシグーであった。
 そして、パルが状況を悪化させる絶望的な報告を寄越した。

「新たな反応多数接近、第一波とほぼ同規模です!」
「何ですって!?」
「くそっ、止めを刺す気だな」

 マリューが驚愕し、ナタルが舌打ちする。すでにアークエンジェルの戦闘力はがた落ちしており、とてもこの敵を食い止める事は出来まい。そして、パルが詳細な報告を寄越してきた。

「敵はデュエル1機、ジン6機、ラプター22機です!」
「戦闘機が多いわね。ラプターは対艦攻撃機としては使えないはず。となると・・・・・・」
「D型装備のジンでしょうね。ラプターは護衛でしょう」
「地上の方はどうなの。余裕がありそうなら、こちらの援護に回して!」
「それが、地上の方もバクゥやザウートの姿が確認されています。2機では手が回らないでしょう」

 ナタルの答えに、マリューは始めて絶望を浮かべた。


 アークエンジェルを確認したイザークは辺りを見回し、ストライクとデュエルの姿を探した。だが、空には獅子奮迅の働きをするスカイグラスパーの姿しか見えない。

「どこだ、何処に居る。空でないとしたら地上か?」

 イザークは地上を注意して確認した。すると、ミゲルのゲイツと戦うストライクと、ジンやバクゥを蹴散らすデュエルの姿を見つける事が出来た。相変わらず凄まじい強さを発揮しているらしい。
 イザークの見ている前で1機のバクゥが襲い掛かったのだが、機体を沈めて躱したデュエルは、頭上を抜けるバクゥにビームサーベルを突き立て、これを仕留めてしまった。その動きにイザークは思わず息を呑んでしまう。デュエルはヨーロッパで戦った時とはまるで別人のような、実戦慣れした動きをしていた。

「見つけたぞ、貴様らあ!」

 イザークはデュエルをグゥルから飛び降ろさせると、ビームライフルでデュエルを狙い撃った。だが、フレイのデュエルはイザークのデュエルに気付いていたらしく、巧みにそれを回避して反撃のビームを撃ち返してきた。

「ちっ、読まれてたか」

 舌打ちしつつイザークはデュエルとの距離を詰めた。フレイもデュエルを走らせながらビームライフルを放つ。互いに凄い技量を持つので、移動射撃でもかなり精度の高い射撃を行っていた。単純な射撃戦なら2人ともキラより上なのでは、と思わせる見事な腕だ。
 イザークのデュエルと対峙したフレイは、イザークの強さに顔を顰めていた。

「なによこいつ、こんなに強かったの。全部回避されてるなんて・・・・・・」

 だが、2人の戦いは周囲に物凄い被害を与えていた。外れたビームの直撃を受けて爆発したり擱座するザフトMSが続出する。中にはフレイに盾代わりに使われたジンまでがある。
 互いにビームライフルを撃ち合ってもケリが付かないと考え、同時に距離を詰めてビームサーベルを抜いた。

「これで終わりにしてやる、ナチュラル!」
「しつこい奴は嫌われるわよ!」

 イザークのビームサーベルがフレイのデュエルの左足を捕らえ、フレイの振るったビームサーベルがイザークのデュエルの頭部を捕らえた。これでフレイは移動が不可能になり、イザークも戦闘不能になってしまった。


「フレイ!?」

 フレイのデュエルが敵のデュエルと相打ちになったのを見てキラは焦った声を上げたが、そう簡単に逃がしてくれるミゲルでもなかった。

「何処に行く気だ。貴様の相手は俺だぞ!」
「邪魔するな!」

 キラはミゲルのゲイツを倒そうとより激しい攻撃を加えたが、防戦に徹しているミゲルはこれを何とか凌いでいる。既にミゲルは自分の役目を脚付きが沈むまでの間、こいつをここに足止めすることだと割切っていたのだ。その後で総力を上げてこいつを仕留めれば良い。
 こういう判断はイザークやディアッカには出来ない。この辺りが2人とミゲルの差なのだ。
 


 アークエンジェルは満身創痍となりながらも必死に抵抗を続けていた。5基にまで減ったイーゲルシュテルンが火線を撃ち上げるが、激減した火力では脅しにもならない。艦尾発射管もほとんどが機能しておらず、放たれたミサイルは僅かに8発である。ナタルがどれだけ頑張ろうが、マリューが声をからして叫ぼうがこれではどうにもならない。
 アークエンジェルの惨状を見てフラガが戻ろうとしたが、それをフィリスのゲイツが妨害してきた。

「いい加減に諦めなさい!」
「邪魔するな!」

 フラガは続けてミサイルを放つが、フィリスはその全てを撃ち落してしまった。あっさりとミサイルを防がれた事にフラガが舌打ちする。
 その向こうでキースがラプターの大軍と空戦をしていたのだが、5機を叩き落した所で遂にラプターの射撃に捕まり、煙を吐きながら堕ちて行ってしまった。途中で射出座席が飛び出してパラシュートの花が開いたのだが、高度が低いので危ないだろう。地面に叩き付けられる衝撃で骨折、最悪死亡する
危険があるのだ。

 


 クルーゼはアークエンジェルの対空砲火が弱まってきたのを見ると、嘲るように口元を歪めた。

「ムウ、そしてキラ君、君たちの目の前でこの艦を沈めてやろう。自らの無力さを悔いるがいい」

 クルーゼはグゥルに乗ったままアークエンジェルの艦橋目指して突入していった。クルーゼの意図を悟ったナタルがヘルダートを放つが、クルーゼには簡単に回避されてしまう。

「シグー1機、突っ込んできます!」
「フラガ少佐は!?」
「駄目です、間に合いません!」

 ミリアリアの絶望的な報告が艦橋に響き渡る。それを聞いたカズィが通信席で悲鳴を上げた。

「も、もう駄目だ〜〜!」
「落ち着け、馬鹿野郎!」

 パルの叱責が飛ぶが、他に誰もカズィを咎める者はいない。もうそんな余裕も失われてしまったのだ。そして、対空砲火を掻い潜ったシグーが艦橋の眼前に立ち、重突撃機銃を向けてきた。その銃口を見て誰もが凍りついた。カズィが転げるようにその場から逃げ出そうとし、マリューがそのシグーを睨み付ける。カガリやナタルでさえ思わず目を閉じた。

 重突撃機銃をまさに撃とうとした時、クルーゼはふいに感じた悪寒にとっさに機体を後退させた。すると、直後に強力なビームがシグーとアークエンジェルを隔てるように空中を上から下に貫いていく。
 クルーゼは何が起きたのか分からず、そちらに視線を向けた。

「何だ、一体誰が?」

 見上げたクルーゼの視界に、急降下してくる1機のストライクの姿が映った。まさか、何故ここにストライクが?
 その疑問に答えが出るまもなく、ストライクの抜いたビームサーベルがクルーゼのシグーの左腕を切り落とした。重突撃機銃も失ったクルーゼは慌てて後退していく。それに向けてストライクが追撃ちを加えたが、シグーはその全てを躱しきった。
 
そして、アークエンジェルの艦橋の前には見た事もないストライカーパックを付けた1機のストライクが滞空していたのである。

「こちらマドラス駐留MS大隊隊長、アルフレット・リンクス少佐だ。大丈夫か、アークエンジェル!?」
「……マ、マドラスMS隊?」
「ああ、ネルソン大佐の救援要請を受けて急いで駆けつけてきたんだが、どうやらギリギリのタイミングだったらしいな」

 モニター上に現れた中年の男は、ニヤリとふてぶてしい笑みを浮かべた。その笑みを見たマリューとナタルは、何故かキースやフラガに通じる何かを見てしまった。

「あ、あの、その機体は?」
「こいつはストライクシリーズの最新型のG型だ。空戦用のフライトパックを付けてきたんだが、どうやら正解だったな」

 アルフレットと名乗った男は物凄い強さでジンやシグー、ディンを蹴散らしていく。装備はエールパックに準じているようで対ビームシールドとビームライフルを標準装備しているが、更に空戦用に垂直発射式の多連装ミサイルランチャー2基まで装備している。その火力と機動性に下駄履きのMSでは勝負する事は出来なかった。
 そこに、フィリスのゲイツがやってきてビームライフルで攻撃を加えてきた。

「たった1機でこの大軍を押し返すつもりですか!?」
「ちっ、新型かよ。けどなあ、動きが遅いぜ!」

 放たれるビームを回避しながらアルフレットはミサイルを放った。これで終わると思ったのだが、フィリスは向かってきたミサイルを全て撃ち落してしまう。その瞳は感情を映さぬ色合いとなっており、SEEDを発動させた事が分かる。
 アルフレットはいきなり強烈なプレッシャーを発するようになったゲイツに視線を戻し、驚いてしまう。

「なんだ、あいつ、何がおきやがった?」

 どうしたのかは分からないが、アルフレットは焦ってはいなかった。何故なら………

 

 

 それに最初に気付いたのは、アークエンジェルのレーダー手であるパルだった。

「艦長、後方より大型の飛行物体が接近してきます!」
「大型……後方からですって?」

 後方といえば味方の勢力圏だ。だが、大型の飛行物体とはなんだろう。
 そして、背後に現れた大型の飛行物体から、強力なビームが放たれたのである。それはゴッドフリートのビームにとても似ていて、戦場を貫いていく。
 カメラに捕らえられたその姿を見て、マリューが呆然と呟いた。

「ア、 アークエンジェル?」

そう、こちらに高速で近付いてくるその姿は、間違いなくアークエンジェルであった。ただし、その艦体色は白ではなく、薄い緑を基調とされていたが。その周囲には多数のスカイグラスパーが取り巻いている。

「どういうこと、なんでアークエンジェルがあるの?」
「同型艦、ということなのでしょう。でも、何処から?」

 マリューとナタルの疑問に答える者はいない。だが、現実にそこにアークエンジェルと同じ姿の艦があり、アークエンジェルのすぐ傍にまで来ているのだ。近付いた事で通信が可能となったのだが、スクリーン上に現れたのは何と作業着姿の30代前半の男性だった。何と言うか、その場にいるだけで不思議な存在感を感じさせる男だ。

「こんな格好で失礼する。アークエンジェル級4番艦、パワーの艤装長のロディガン大尉だ」
「4番艦……」
「まだ艤装の終わっていない艦だが、ドゥシャンベより救援要請を受けて急行してきた。どうやらギリギリで間に合ったようだな」
「で、では、この艦は?」
「マドラスで建造中の艦だよ。まだ完成しているわけではないのだが、MSを運ぶ事は出来るし、飛ぶことも出来るのでこうして出撃してきた」

 まだ艤装が完全でない艦をドックから引っ張り出してきたらしい。何とも無茶をするものだが、おかげで助かった事は事実なので文句を言う事も出来ない。
 ロディガンは艦長シートから降りると、大仰に右手を横薙ぎに振り、MS隊に出撃命令を出した。

「よし、全機出撃だ!」
「了解!」

 格納庫から威勢のいい返事が来る。どうやらリニアカタパルトはまだ装備されていないらしく、格納庫から次々にMSが飛び降りていく。その数は9機。どうやら積めるだけ積んできたようだ。それに続いて周囲にいたスカイグラスパー隊がラプターやディンに挑んでいく。

 アグニに似た大口径砲を持つダガー2機がアークエンジェルの甲板上に降り立ち、向かってくる敵機に向けて超高インパルス砲を撃ちまくる。一方、地上にはデュエル2機、ダガー4機が降り立った。

「ようし、やるぞ!」
「了解!」

 命令に従って散っていくMSたち。そして最後の1機、大型の砲を2門背負ったMSがアークエンジェルの甲板に降り立つと、その猛烈な火力を生かして周囲を飛ぶMSを次々に撃ち落し始めた。

「ふははは、はあっはっはっはっはっはっは!」

 大西洋連邦の開発したバスターの発展型、GAT−X131カラミティを操るのはオルガ。サブナック少尉だ。薬が効いているのか、かなり気分が良いらしい。そのオルガに、空を飛ぶアルフレットが声をかけた。

「おいオルガ、分かってると思うが、余り勝手な事はするなよ」
「うっせえな、いちいち同じ事を繰り返すなってんだよ。敵を全滅させりゃいいんだろうが」
「追い返すのが最優先だ。追撃まではするんじゃねえぞ」
「わーってるよ」

 オルガはカラミティを操りながら、何でこんな所で1人働いてるんだろうと我が身を振り返ってしまっていた。あんなおっさんに命令されて戦わされて……

「……まあ、アズラエルのおっさんに使われるよりはマシか」

 とことんまで人望がないアズラエルであった。子飼いの兵隊にまでここまで言われているのだから、その人望の払底ぶりが伺える。

 

 

 パワーの参入によって戦況は完全に逆転してしまった。強力なG兵器を含む連合MS部隊と戦闘機隊、艤装が完全ではないとはいえアークエンジェル級戦艦1隻の加入は余りにも大きかった。ザフトMSはダガーやデュエルに蹴散らされ、空を飛ぶストライクやアークエンジェル艦上のカラミティに撃ち落されている。
 クルーゼは悪鬼のような表情で戦場を睨みつけていたが、もはや勝機が失われたのを認めるしかなかった。まさか、このタイミングで援軍が駆けつけるとは。しかもそのうちの2機、ストライクタイプの機体と砲戦型と思われる重MSは桁違いの強さを見せている。このままでは逆に殲滅されかねなかった。

「奴らは運命に味方されているとでもいうのか。馬鹿な、そんなふざけた話があってたまるか!」

 憎々しげにアークエンジェルを睨み付けると、クルーゼは全軍に撤退を命令した。

 

 

 擱座したデュエルからフレイは飛び降りた。コクピットに装備されているアサルトライフルを構え、慎重に辺りの様子を伺う。

「クリスピー大尉に使い方を教えて貰って正解だったわね。こうして役立ってるんだから」

 クリスピーに教えてもらったことで、フレイは多少は銃が扱えるようになっている。射撃の技量はある程度までは撃った弾数に比例する、と言われてフレイは肩が痛くなるまでひたすら射撃練習を繰り返させられたのだ。
 おかげで射撃も少しは様になった。だが、果たして実戦で何処まで通用するか。
 その時、相手のデュエルの方から声をかけられた。

「おい、銃をしまえ。俺は撃ち合うつもりはない」
「……信じられると思うの?」
「俺は誇り高いMSパイロットだ。歩兵の真似事なんぞするつもりはない」

 デュエルの影から出てきたのは、銀髪でおかっぱ頭の美形の青年だった。年は自分よりも上か。なにやら酷く不満そうな表情をしている。

「まさか、俺を撃墜したのが女だったとはな」
「何よ、女で悪い?」
「……気に障ったなら謝る。俺はただ、俺たちを散々苦しめてきた脚付きのデュエルパイロットの顔を見たかっただけだ」

 イザークが謝ると言った。もしこれをアスランたちが聞けば驚愕して天気予報を見返すか、神に祈りだすに違いない。勿論そんな事は知らないフレイは訝しげな表情を崩さない。

「私は、会いたくなかったわね。貴方には色々と恨みがあるから」
「ほう、なんだ?」
「私の住んでたヘリオポリスを破壊した、何度もアークエンジェルに襲い掛かってきた、大勢の人を殺されたわ」
「戦争だ、敵兵を撃って何が悪い。ヘリオポリオスにしても、責任の多くは連合やオーブにある」
「勇敢な台詞ね。逃げる民間人を焼き殺した人とも思えないわ」

 侮蔑を露にするフレイ。だが、詰られた当人は訳分からない事をいわれたようで、眉を顰めた。

「何の事だ。俺は逃げる民間人を撃った事など無いぞ?」
「……第8艦隊と地球軌道で交戦した時、貴方はシャトルを撃ち落したわよね?」
「ああ、ストライクとの戦いを邪魔した腰抜けどもだな」
「あのシャトルに乗ってたのは、ヘリオポリスを脱出してアークエンジェルに収容されていた民間人よ。子供も乗っていたわ」
「なぁ!!?」

 イザークが驚愕に目を見開いた。イザークの心情などお構い無しにフレイは話を続けていく。

「貴方は武器も持たない中立国の民間人を何十人も焼き殺したのよ。そんな人が何、誇り高いパイロットですって。面白い冗談ね」
「ぐ、ぐぐぐぐ……」

 イザークは悔しげに身体を小刻みに震わせていたが、何も言い返すことが出来なかった。フレイの言っている事が嘘ではないと感覚的に理解できたから。
 睨み付けてくるフレイの視線に耐えかねて、イザークは顔を逸らせた。どう言い訳しようと、避難民の乗ったシャトルを勘違いで撃ち落したなどという事実を糊塗することは出来ない。自分は、最も嫌っていたはずの無意味な殺戮を知らぬ間に犯していたのだ。
 そこに、イザークを回収しようとジャックのシグーが降りてきた。

「ジュール隊長、無事ですか?」
「ジャックか?」

 イザークはジャックのシグーを見上げる。ジャックはフレイに気付いたのか、重突撃機銃をフレイに向けたのだが、引き金を引くよりも早くイザークがそれを止めた。

「止めろ、ジャック」
「な、何故ですか、こいつは敵ですよ?」
「良いから、お前はデュエルを回収しろ」

 イザークに言われて、ジャックは重突撃機銃をしまうとデュエルをグゥルに引っ張り上げようとする。急がないと連合のMSがやってくるから少し慌て気味だ。
 イザークはその作業から視線を外すと、フレイを見た。

「……お前、名前は?」
「フレイ……フレイ・アルスターよ」
「そうか、俺はイザーク・ジュールだ。今日の借りは次に会った時に返す」
「相打ちなのに、借りなの?」
「ナチュラルの、それも女に相打ちに持ち込まれたんだ。これは俺のプライドの問題だ」

 キラと同様、またしても男の意地を持ち出してくるイザークに、フレイは呆れてしまった。まったく、男というのはみんなこうなのだろうか。
 イザークはフレイに背を向けると、最後の言い訳がましいことを口にした。

「知らなかったんだ。民間人が乗ってるなんて」
「知ってたら、撃たなかったとでも言うつもり? ふざけないでよ。それであの人たちが帰ってくるわけじゃないわ!」
「分かってる。だが、民間人を殺そうと思ってやったわけじゃない。それだけは、分かってくれ」
「それも、男の意地って訳?」
「そうだ。無意味な殺戮は、俺の最も嫌うことだ」

 フレイはじっとイザークの目を見続けたが、その瞳は嘘を言っているようには見えなかった。好戦的で我の強い男のようだが、最低限の良心は失っていないという事なのだろう。だから、フレイは肩から力を抜いた。

「分かった、それだけは信じてあげる。感謝しなさい」
「……ちっ、口の減らない女だ」
「貴方に言われたくは無いわね」

 さらりと返されて、イザークは悔しそうに顔を顰めた。流石のイザークも女に口では勝てないらしい。踵を返し、グゥルに乗ろうとする。
 だが、その背中にフレイがとんでもない言葉をかけた。

「そういえば、貴方、クルーゼ隊よね」
「まあ、前はクルーゼ隊にいたが、それがどうした?」
「じゃあさ、アスランによろしく言っておいてくれない?」

 アスランの名を聞いたイザークが驚きの余り強引に身体を曲げて振り返ろうとして、姿勢を崩してすっ転んでしまった。その際に頭部をもろにグゥルの装甲にぶつけてしまい、なんとも良い音が辺りに響き渡る。

「うわっ、痛そう」

 余りに見事なこけっぷりにフレイも流石にイザークに同情してしまった。ジャックはコクピットから顔を出して強打した頭部を押さえて痙攣しているイザークに声をかける。

「あ、あの、ジュール隊長、生きてますか?」
「あ、た、り、ま、え、だ」

 よろよろと身体を起こすイザーク。その額には巨大な瘤が出来ているではないか。

「お、お前、アスランの知り合いか?」
「知り合いと言うか、一夜を共にした仲と言うか、微妙な関係よね」

「な、なんだとぉ!?」

 イザークは驚愕した。まさか、あの朴念仁にそんな甲斐性があったとは。まあ、フレイが嘘を言っている訳ではないのだが、些か誤解を招く表現であったろう。なにやらイザークはふつふつと内から込み上げる何かに身を任せている。
 フレイは、ザラ隊に爆弾を投げ込んだことに気付かぬまま、去っていくグゥルを見送っていた。そして、ボソリと呟く。

「なんか、私たちの敵って、変な奴ばかりよねえ」

 自分の事を棚に上げて、フレイは呆れた顔でそんな事を言っていた。

機体解説

GAT−105G ストライク
兵装 ビームライフル
   ビームサーベル×2
   75mmイーゲルシュテルン×2
   垂直式ミサイルセル8基
   対ビームシールド
<解説>
 ストライクシリーズの最新型で、実用機というよりは評価試験機。カラミティなどに代表される次世代機の装備を試験的に装備させられている。GATシリーズとしては初めてTP装甲を採用しているが、パイロットからに評価は低いようだ。
 試験目的でさまざまなパックが用意されており、どんな状況にも対応可能な機体となっている。

GAT−01A ストライクダガー
兵装 ビームライフル
   ビームサーベル
   75mmイーゲルシュテルン×2
   対ビームシールド
<解説>
 連合の量産型MS。性能はそれなりに高く、ジンやシグーより高性能。さまざまな武装が用意されており、汎用性は高い。今回装備していた超高インパルス砲はアグニほどの攻撃力は無いが、バッテリーパックで撃つ事が出来るという改良が施されている。既にマドラス基地にはこのダガーが多数配備されている。ザフトはこのダガー部隊に苦戦を強いられており、インド大陸侵攻は困難となっている。

 


後書き
カガリ 何だこのおっさんは?
ジム改 前に出てきたではないか。
カガリ いや、それは覚えてるんだが、やたらと強いんだが?
ジム改 そりゃまあ、キースやフラガより強いし。
カガリ 待てコラ。
ジム改 流石にキラやアスランには単純戦力じゃ負けるけどな。
カガリ 一体何者なんだよ?
ジム改 勘の良い読者諸氏は気付いてる人もいると思うがな。
カガリ ???
ジム改 このおっさんの事は作中に幾度か示唆されてたぞ。
カガリ 居たか?
ジム改 まあ、すぐに明らかになるから待て。
カガリ なら良いけど。とりあえず、これで暫くは楽になるかな。
ジム改 うむ、ようやく味方の絶対制空圏下に入った。
カガリ 原作だと味方の勢力圏がすぐそこにあるのに行かないんだよな。
ジム改 あれは俺も謎だった。すぐ傍に東アジア共和国があるのに。
カガリ では次回「戦友の再会」でまた会おうな。

 

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