第53章 星は集いて




 コーディネイター並の反応速度を持つと言われたフレイは唖然としてしまった。馬鹿げている。ナチュラルでは及ばない能力を身に付けたのがコーディネイターである筈だ。そのコーディネイターの能力にただのナチュラルである自分が匹敵するなど、ありえる事ではない。
 だが、自分を見るセランの目がそれを否定させない。セランは興奮してキーボードを操作し、設定を次々に変えていく。そして、設定変更が終わったのかフレイに親指を立てて見せた。

「これで良いと思います。もう一度やってみて下さい。私は下で見ていますから、もう一度結果を教えてくださいね」
「ええ、分かった」

 セランが機体から飛び降り、ジープに戻ったのを確認したフレイは、早速機体を動かした。最初は簡単な機動、そこからだんだんとスピードを上げていき、フレイはダガーの応答速度が十分なレベルにまで引き上げられて居るのを確認して機体を止めた。そしてコクピットから体を出し、駆け寄ってくるセランに大きく頷いて見せた。

「大丈夫、これなら問題ないです!」
「そうですか、それは良かった!」

 セランが拳を握って喜んでいる。そのままダガーの足元にまで駆け寄り、フレイに手で格納庫の方を示している。

「少尉、あそこに練習用の模擬サーベルと模擬ライフルがあります。システムを訓練モードにしてあれを装備してください」
「えっと、どうして?」
「さっき少佐が言ってたじゃないですか。これから模擬戦なんです」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでいきなり!?」
「さあ、私も無茶だと言ったんですが、少佐がいいからやらせろと」

 困った顔になるセラン。フレイが急いでサブモニターに格納庫前の拡大画像を映し出し、アルフレットの姿を確認する。すると、思ったとおりそこには心底面白そうにニヤニヤと笑っているアルフレットの姿があった。

「……なるほど、フラガ少佐やキースさんの上官だわ」

 アルフレットは2人に似て人が悪い。良い人なのだが状況を楽しむ癖がある。丁度フラガやキースが自分達をからかって遊ぶように、あの人もそういう人の悪さがあるのだ。

「・・・・・・良いわよ、やってやるわよ」

 暫し悩んでいたフレイはこのアルフレットの露骨な挑発に乗ることにした。何を考えているのかは知らないが、これでもデュエルに乗って総合撃墜スコア20機以上なのだ。フラガ少佐やキースさんに褒められるくらいの技量にはなっているし、誰が相手でもそう簡単に負けるつもりは無い。
 覚悟を決めたフレイは、セランに分かったと答えて訓連用の装備を取りに行った。

 フレイの返事を聞いたアルフレットは面白そうに鼻で笑うと、チラリと背後を振り返った。

「よし、とりあえずは1対1だ。お前ら、誰か行きな」
「それじゃあ俺が!」

 フレイと同じくらいの年の少年が名乗りを上げた。黒髪の東洋系の少年だ。アルフレットはその少年を見ると、ポンポンとその頭を叩いた。

「ようし、その意気だ。勝ったら何か頼み事を聞いてやろう」
「本当ですか!?」
「おお、俺に叶えられるなら何でも聞いてやるぞ。何なら明日一日休暇とかな」
「おおおおおおおおお!!」

 志願した少年は喝采を上げて自分のダガーに乗り込んでいく。それを見送った同年輩の少年少女達は羨ましそうにその後ろ姿を見送っていたが、彼らより年長のパイロット、多分隊長級のパイロットは不満顔でアルフレットに問いかけた。

「良いんですか隊長、あんな約束をして?」
「何、構やしねえさ。あのお嬢ちゃんに勝てたならそれくらいは安いもんだ」
「どういう事です?」
「まあ、黙って見てなって」

 不信そうに自分を見る部下に、アルフレットは不敵に笑うだけで何も答えはしなかった。
 対戦相手のダガーを前にしたフレイは緊張していた。何しろ初めての連合MSとの対戦であり、模擬戦としては初めてキラ以外のパイロットと戦うのだ。今まで自分がキラに勝てたことは無い。キラは自分を「強くなった」と言っていたが、それがどれくらいのレベルなのかを実感として捉えられたことは無い。何しろ測る目安となる相手がキラしか居ないのだから。航空機のシミュレーターでは流石にフラガやキース相手では勝負にならない。というかキラでも2人には負ける。
 だからフレイは、目の前に立つダガーが少し怖かった。初めてのキラ以外の味方との対決。同じ機体、同じ武装、乗っているのは同年代のナチュラル。こんな条件で戦ったことは一度も無いのだから無理は無いだろう。
 些か緊張しているフレイの耳に、通信機からアルフレットの声が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん、準備は良いか?」
「は、はい!」
「ようし、それじゃあ模擬戦開始だ!」

 アルフレットの合図と共に相手のダガーが突っ込んでくるが、それはフレイの意表をつく動きだった。

「えっと、どういう事かしら?」

 相手はドタドタと走ってくる。その動きはキラどころか、これまで相手にしてきたデュエルやバスターよりも遙かに劣る動きであった。通常のジンやシグーでもこれよりは速く動くだろう。余りにも遅いその動きにフレイがかえって何かの罠かと警戒してしまう。だが、隙だらけのその動きにフレイは訳が分からぬままにライフルの照準を合わせ、トリガーを引いた。実際に弾が出るわけではなく、コンピューターが命中判定を出すだけなのだが、そのコンピューターは一撃で判定撃破を出している。

「えっと?」

 余りにも弱すぎる相手にフレイは状況が理解できなくなっていた。このダガーは何しに出てきたのだろうか。呆然とするフレイの下にアルフレットからの通信が送られてくる。

「ご苦労さん。一瞬だったな」
「あの、さっきのストライクダガーは何しに出てきたんですか?」
「この基地の新米パイロットだ」
「ああ、訓練生だったんですか」

 それなら納得だ。幾らなんでもあんな動きでは前線に出ても死ぬだけだろう。あれではヨーロッパで初陣したときの自分よりもさらに性質が悪い。ジンを相手に次々と撃ち落される様が目に浮かんでしまうほどだ。
 アルフレットはそれには答えず、次の相手を前に出した。

「ようし、次行け。勝ったら嬢ちゃん連れてデートさせてやる!」
「ちょ、ちょっと待ってください、何とんでもない事言ってるんですか!?」

 自分をダシに部下を煽りだしたアルフレットにフレイが文句を言うが、アルフレットはニヤニヤ笑いを崩さぬままにフレイの文句に答えた。

「お嬢ちゃん、昔から一宿一飯の恩って言うだろ」
「うぐっ」
「まあ全勝すりゃ問題ないんだから頑張りな。ちなみにうちのガキどもは俄然やる気になってくれたぞ」
「しょ,少佐、貴方って人は〜〜〜」

 フレイは歯噛みしてこの上官の性格を呪ったが、それで事態が好転するわけでもない。暫しブツブツと文句を言っていたのだが、とうとう観念して気持ちを切り替えた。確かに勝てば良いのだ。

「もう良いわ、何人でも来なさい。全員返り討ちにしてやるから!」

 訓練生相手に本気になったフレイ。それを聞いたアルフレットは口笛を吹いてみせ、徐に後ろを見る。

「お前ら、どんどん行け、一度に掛かれば勝てるかもしれんぞ」

 何と多対1の勝負をさせるつもりらしい。言われて訓練生達が自分のダガーに乗り込んでフレイに挑んで行ったが、アルフレットの挑発ですっかり気が立っていたフレイは同時に5機ぐらいで襲い掛かられても不敵、というより何か壊れた笑みを浮かべているだけだった。

「素人は引っ込んでなさい!」

 ライフルを使って2機を続けて判定破壊するフレイ。コンピューターに強制停止されたダガーがその場に止まり、驚いた3機が左右に散ろうとするがさらに1機が直撃を受けてしまう。
 左右に散った2機を見てフレイは動きの悪い左に回った機体に目を付けた。ダガーを走らせてあっという間に距離を詰め、そのままシールドごと相手にぶつかって姿勢を崩して模擬サーベルを突き込む。それでこいつも停止し、残るは1機となった。
 最後の1機は仲間が全員倒されたのを見て怯えたように後ずさりしている。フレイには相手の怯えの感情がはっきりと伝わってきており、その経験の無さに憐憫さえ覚えた。そして最後の1機もまた、フレイの前に沈んだのである。

 一瞬で5機のダガーを撃破したフレイの強さに、格納庫の前に居たパイロットや整備兵は声を無くしていた。あんな女の子がダガーを平然と乗り回し、新兵が使ってるとはいえ5機のMSを1機で撃破してしまったのだ。俄かには信じられないことであり、言葉を失うのも無理は無い。
 フレイは訓練生と勘違いしていたが、彼らは新兵とはいえ一応正規のパイロットである。

「ア、 アルフレット少佐、彼女は、コーディネイターなんですか?」
「いや、ただのナチュラルだ」
「でも、あの強さは……」

 声を無くしている部下にアルフレットは組んでいた腕を解くと、背後を振り返った。

「ボーマン、お前が行け」
「ええ、俺ですか?」

 20代前半の士官が自らを指差して驚いていたが、アルフレットが頷いたのを見て仕方なく自分の機体の方に歩いていく。その背中にアルフレットは声をかけた。

「油断するなよ。あのお嬢ちゃんは、お前が考えてるより強いぞ」
「どういう事です?」
「まあ、戦ってみりゃ分かるって」

 アルフレットは一度はぐらかすと何も教えてくれない。それを知っているボーマンはやれやれと自分のデュエルに乗り込んでいった。機体を起動し、格納庫の外へと出す。そしてダガーの前に立ち、じっとその機体を見据えた。

「あんな女の子がMSを使いこなすとはなあ。一体何処で訓練を積んだんだか」

 ボーマンはそんな事を考えながら、いきなり模擬ライフルでダガーを狙った。だが、撃とうとした時にはダガーは射線上にはおらず、急いで自分もデュエルを走らせる。フレイのダガーは彼の想像を超えて速く、しかも攻撃位置を掴ませない動きを見せている。その練達の動きにボーマンは舌を巻いていた。

「何だよあの娘は、経験があるどころじゃないぞ!?」

 アルフレットが自分が考えているより強いといった意味がようやく分かった。あのフレイという娘は確かに強いというレベルではない。こちらの動きを全て読みきっているかのような機動をしているし、射撃は正確そのものだ。
 だが、ボーマンは知らなかった。自分を振り回すほどの強さを見せる今の状態でさえ、フレイはまだ全力ではないということを。キラと戦った時のフレイは、今見せている動きを更に上回っていたのだ。


 結局懐に入られたボーマンの敗北でこの模擬戦は終わってしまった。まだ新兵は沢山いたのだが、小隊長であるボーマンが負けたことで皆すっかり萎縮してしまっている。アルフレットは挑戦者が出なくなったのを見てフレイに通信を入れた。

「よし、もう良いぞ。降りてこいお嬢ちゃん」
「分かりました」

 フレイはダガーを格納庫の前まで持ってきて膝を付かせ、コクピットから降りた。そして駆け寄ってきた整備兵に幾つか注文をつけてアルフレットの所まで行く。

「少佐、私をダシにしてとんでもない事しないで下さい!」
「う、す、すまねえ」

 怖い形相で怒っているフレイにアルフレットは気圧されていた。どうやらこいつも女に頭が上がらないタイプであるらしい。
 とりあえずアルフレットが謝った事でフレイは溜まった不満を押さえる事にした。フレイが落ち着いたのを見てか、アルフレットがフレイを全員に紹介する。

「まあ、さっき見た通り、このお嬢ちゃんはMS戦においては連合中探してもかなりの腕前だ。これから暫くお前らの模擬戦の相手をしてもらう事になるから、覚悟しておけよ」
「あの、その娘は誰なんです?」

 先ほどフレイに負けたボーマンがアルフレットに問い質す。アルフレットはチラリとフレイを見た後、少しだけもったいぶって答えた。

「何だボーマン、こんな有名人を知らねえのか?」
「有名人なんですか?」
「ああ、こいつがかの有名なアークエンジェル隊のエースパイロットの1人、真紅の戦乙女、フレイ・アルスター少尉だ。撃墜スコア20機以上という凄腕だぞ」

 アルフレットの紹介に、全員の視線がフレイに集中した。全員に見られたフレイは居心地が悪そうに身動ぎしたが、フレイに向けられる視線は驚きからすぐに好奇心へと変わっていった。

「す、凄いや、あの真紅の戦乙女!?」
「30機以上のスコアって、カスタフ作戦が初陣なのに、どうやって落としたんだよ?」
「ねえねえ、アークエンジェルってあの「エンディミオンの鷹」や「エメラルドの死神」が居るんだろ。どういう人か教えてよ!」
「あの、今日の夕食を一緒にどうでしょう?」
「あのクルーゼ隊と戦ったんだって?」

 たちまちフレイを揉みくちゃにする新兵たち。その全員がフレイと同年輩の少年少女たちだ。連合はこんな子供たちまで実戦に駆り出しているらしい。それがおかしいと感じないのは今の時代がそういう時代だからなのだろうか。
 揉みくちゃにされて困っているフレイを見かねたのか、ボーマンが子供達を引き剥がしに掛かった。

「こらこら、アルスター少尉が困ってるぞ。お前達もいい加減にしておけ」

 ボーマンに言われて新兵たちは仕方なくフレイから離れる。ボーマンはフレイの前まで進むと、右手を差し出した。

「まさかああも簡単に負けるとは思わなかった。正直驚いたよ。俺はボーマン・オルセン中尉だ」
「いえ、ボーマン中尉も強かったです」

 フレイはその右手を握り返した。だが、ボーマンは何故か渋い顔になり、視線をフレイからずらした。

「まあ、何と言うかな。あれだけはっきり負けた後で言われると、少し凹むな」
「あ、それは、その……」

 憮然とするボーマンにフレイはしどろもどろになりながら必死にフォローの言葉を探している。だが、フレイが何か言うよりも早く、やってきたセランがボーマンの頭を持っているボードで叩いた。ドカンという音がしてボーマンが頭を押さえている。

「セ、セラン、手前、本気で殴りやがったな!」
「兄さんこそ、何少尉を苛めてるの。模擬戦で負けたくらいで大人気ない」
「ぬぐっ、別にそれを含んでるわけじゃないぞ」
「兄さんにその気がなくても、こっちから見ればそう見えるのよ」

 手でボーマンを追いやったセランがフレイの隣に立った。

「すいません少尉、うちの馬鹿兄が迷惑かけたようで」
「あ、兄って、お兄さんなの?」
「はい、あれが残念ながら私の不肖の兄、ボーマンです」

 セランは心の底から残念そうな声で兄を紹介する。それが余程気に入らなかったのか、ボーマンはこめかみに青筋浮かべてプルプルと体を震わせている。

「セラン、一度お前に兄の偉大さというものを分からせる必要がありそうだな」
「あら、やるつもり兄さん。これまでの5戦全敗の過去をもう忘れたのかしら」
「ふん、ならばこれが6度目の正直だ!」

 ボーマンが一切の躊躇無く繰り出してきた拳を、セランは腰に挿していたモンキレンチで迎撃した。ガギンという鈍い音を立てて両者が激突する。というか、さっきの音は絶対に人間の体が立てる音じゃない。よく見てみればボーマンは右拳にメリケンサックを付けているではないか。

「少尉、少し離れていてください。今からこの学習能力の無い貧弱な兄さんをぶちのめして、自分の身の程というものを分からせてやりますから」
「え、ええと?」

 事態の急展開に付いていけず、頭がフリーズしてしまっているフレイの腕を新兵の1人が掴んで安全圏まで引っ張ってくる。それを合図に兄妹の壮絶なバトルが始まった。2人ともどういう体をしているのか、無茶苦茶な速さで動き、素人目にも分かるほどの強烈な一撃を叩き込み合っている。
 フレイはその動きを見ていて、何故かキラやアスランを思い出してしまった。

「凄い」
「ああ、そりゃ凄いさ。ボーマン中尉もセランもコーディネイターだからな」
「コーディネイター!?」

 新兵のうちの1人がフレイの疑問に答えてくれたが、その答えにフレイは驚いてしまう。何故に大西洋連邦軍にコーディネイターが居るのだ。

「なんで、コーディネイターが大西洋連邦軍に居るの?」
「あの2人はマドラス生まれのマドラス育ちなんだよ。両親もコーディネイターだから第2世代って事になるか」
「地元出身の第2世代コーディネイターって、結構珍しいんじゃない?」
「まあ珍しいさ。でも、地元の人たちはあの2人に好意的らしくて、コーディネイターにありがちな迫害ってのも少なかったらしい。ブルーコスモスに狙われた時も両親共々近所の人に匿って貰ったそうだし」

 その話にフレイは驚きを感じたが、一方で納得してしまう部分もある。世の中にはいろんな人が居るし、世界中の全てのナチュラルがコーディネイターを憎んでいるというわけでもない。ましてこの街で生まれ、この街で育ったと言うのなら、この街の住人ならば余り敵とは感じないだろう。
 だが、幾らこの街で生まれたといっても、よく同じコーディネイターを相手に殺し合いなどする気になったものだ。キラは同じコーディネイターを殺すことにかなりの抵抗を感じていたのに、2人はそういうものを感じることはないのだろうか。
 目の前でセランがモンキから持ち替えたパイプレンチがボーマンを殴り飛ばしたのを見ながら、フレイはその辺りを聞いてみたいと思っていた。





 同時刻、マドラスの近くに上陸した者達が居た。ゴムボートを引き上げて海岸の窪地に隠し、目立たないよう私服に着替えていく。それはアスランとフィリス、エルフィの3人であった。

「さて、これからマドラス基地に潜入するわけだが、もう一度確認しておくぞ。俺たちの仕事はあくまで沿岸の防御設備の確認と、脚付きの居所だ。間違っても連合兵士と問題を起こさないように」
「それは分かってます」
「私たちより、隊長の方が心配なんですが」

 エルフィが頷き、フィリスが逆にツッコミを入れてくる。フィリスのツッコミを受けてアスランは些かの怯みを見せ、エルフィが困った顔でフィリスを見ている。

「あ、あの、フィリスさん、今回はザラ隊長の気分転換も兼ねてるんですから、余り追い詰めるような事は言わない方が良いと思うんですが」
「そ、そうでしたね、すいません」

 生来のツッコミ気質からついついアスランに言い返してしまったフィリスだったが、エルフィに窘められてすまなそうに頭を下げた。そう、今回の上陸はストレス性胃潰瘍を起こしかねない状態に陥っているアスランの、言うなれば気分転換を兼ねた任務なのである。その為に同行者も良識派の2人で固められ、アスランの負担を極力軽くするように配慮されているのだ。何しろ今のアスランは昔に較べて見た目でやつれ、目の下にはうっすらと隈が浮き、しっかりと充血している。平時ならドクターストップがかかって長期療養してる所だろう。

 今回の偵察任務はエルフィが潜水艦隊司令のモラシム隊長に具申したものだった。当初はエルフィの意見具申を歯牙にもかけずに却下しようとしたモラシムだったが、エルフィが余りにも執拗に食い下がってくる為に仕方なく彼女の話しを聞くことにしたのだ。そしてエルフィの話を聞き終えたモラシム隊長は、何故か感動した表情でエルフィに頷き、持ってきた意見具申書にその場で承認を与えている。
 敵中に偵察に赴く方が精神的に楽、というアスランの悲惨極まりない現状に同情してしまったモラシム隊長は、アスランの体調を心配するエルフィの心遣いに打たれて今回の偵察任務を許可し、支援までしてくれたのである。
 エルフィが今後の予定表を持ち出してアスランとフィリスに確認を取る。

「それでは、今日の14:00に潜水艦隊から支援のミサイル攻撃がマドラスに向けて行われます。私たちはその後のゴタゴタに紛れてマドラスに潜入、情報収集を行う事になります。旅費の関係でこちらに留まれるのは2日だけ、2泊3日となります。既にホテルは確保してありますから」
「エルフィ、2泊3日って、修学旅行じゃないんだから」
「う、そうですね。でもまあ、明後日の14:00までにこの回収地点に来ないと死んだと思われて攻撃開始なんで、気を付けて下さい。モラシム隊長は待ってはくれませんよ」

 エルフィはアスランのツッコミに少したじろぎならがも通達事項を伝え終えた。フィリスは自分の手に持つを取り、マドラス市街を見やる。

「それじゃあ行きますか。一応あそこは敵地ですので、気を付ける事だけは忘れないで下さい」
「うう、イザークたち、また問題起こしてなければいいんだが」
「それは大丈夫でしょう。モラシム隊長が引き受けるといってましたから」
「なら、良いんだが」

 胃の辺りを押さえながら不安そうに答えるアスランに、エルフィとフィリスは小さく肩を落としてしまう。全く、この隊長はどうしてこうもっと余裕も持って生きられないのだろうか。
 
 ちなみにアスランの胃痛の原因たるイザークとディアッカはというと、実はもう既に問題を起こしてモラシムに罰則を受けさせられていたりする。モップを手に格納甲板を掃除させられていたイザークは三角帽を被った姿で右手を握り締めて文句を言っていた。

「畜生、何でアスランが偵察任務に出れて、俺がこんな所でモップかけなくてはいかんのだ!?」
「イザークよお、流石にこれ以上騒動起こすのは不味くねえか。次やったらモラシム隊長がサメの餌にするとか言ってたぜ」
「はっ、やれるものならやってみろって言うんだ!」
「ほお、ならそうしてやろうか?」

 いきなり背後から聞こえてきたその声に、イザークとディアッカはビクリと体を震わせて恐る恐る背後を振り返った。すると、そこには何とモラシム隊長が不機嫌そうな顔で腕を組んで立っているではないか。

「あ、あの、モラシム隊長、何時からそこに?」
「ジュールが拳を握り締めて文句を言ったあたりからだな」
「あ、あ、それは、ですねえ。ディ、ディアッカ、お前からも何か……」

 イザークは言い訳の言葉さえも浮かばなくなって友人に助けを求めようとしたが、既にディアッカはその場にはおらず、離れた所で鼻歌を歌いながら楽しそうにモップがけをしていた。

「フンフンフン〜〜♪ 俺は愉快な掃除屋さ〜ん♪」
「ディ、ディアッカ――――――!!?」

 友に見捨てられた事を悟ったイザークは悲痛な声を上げたが、ディアッカはイザークの方を見る事さえなく、イザークはモラシムに首根っこを捕まえられて引き摺られていったのである。

「さあ、インド洋がお前を呼んでいるぞ」
「ま、待って、待ってくださいモラシム隊長!?」
「たまには海水浴もいいものだ。なあに、そう滅多にサメに襲われたりはせん」
「滅多にってことは、襲われる確立もあるってことでしょうがあ!」

 悲鳴を上げながら引き摺られていくイザークを、整備中の機体から顔を出したミゲルとニコル、ジャックが見送っていた。

「あ〜る〜はれた〜ひ〜る〜さがり〜、いちば〜へつづ〜くみち〜」
「なんですかミゲル、その変わった歌は?」
「ドナドナっていう、大昔に流行った流行歌だ」
「へえ。でも、何でいきなりそんな歌を?」
「……いや。この歌はそのまま聴くとちょっとシュールなだけなんだが、実はある国が行っていた組織的な虐殺をテーマとした歌なのだ。丁度、イザークのように処刑場に連れて行かれる囚人の歌なんだ」
「……だからですか?」
「ああ、あのイザークはまさにこの歌が似合う、そう思ったからな」
「ジュール隊長も可哀想にと言いたいですが、まあ自業自得ですね」

 連れて行かれるイザークを見送った3人には一抹の同情もありはしない。残念だが、イザークは少し懲りた方がいいと考えていたのだ。ディアッカもイザーク同様に懲りた方が良いのだが、彼は引き際を心得ているので中々法の網に掛からない。肝心な所で抜けているイザークよりもはるかに厄介な相手なのだ。

「でも、大丈夫ですかねえ、ザラ隊長たち」
「まあ、フィリスとエルフィもついていってるし、大丈夫だろ」
「最近のアスランは顔色が悪かったですからね」

 一応敵地に潜入するという危険極まりない任務に行っているのだ。3人がアスランたちを心配するのも仕方が無いだろう。
 ちなみにイザークはというと、本当にモラシムに海に叩き込まれて30分ばかり泳ぎ続けていたらしい。途中でなにやらとても大きな魚影を見たモラシムに急いで引き上げられたそうだが、詳しい事をイザークは遂に最後まで語らなかった。ただ、その時の事を聞かれるとガタガタと震えだして逃げてしまうようになったとか。





 基地の食堂でフレイはセランとボーマンの2人を加えて食事を摂っていた。セランは上官とはいえ経験の浅いフレイを何かと気にかけてくれており、フレイもそんなセランに随分気を許していたのだ。そしてボーマンもパイプレンチを食らった頭に止血を施して包帯を巻いてセランの隣に座っている。
 フレイはスパゲティを食べながらセランに自分の疑問をぶつけてみた。

「ねえセラン軍曹、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何ですか少尉?」

 セランは食べようとしていたハンバーグを止め、フレイの方を見る。フレイは少しだけ躊躇った後、その疑問を口にした。

「軍曹達は、どうして大西洋連邦軍にいるの?」
「は?」
「大西洋連邦はコーディネイターに優しい国じゃないわ。なのに、同じコーディネイターと戦ってまでどうして?」
「ああ、そういう事ですか」

 納得したのか、セランはおかしそうに笑っている。ボーマンの方も同様で、どうもこの2人はキラとは何かが違うらしい。

「私たちはこの町で生まれて、この街で育ったんですよ。その故郷を攻撃してきたプラントの連中なんかにどうして肩入れしなくちゃならないんです?」
「全くだな。同胞だか何だか知らんが、行った事も無いプラントや、顔も見たことも無い連中に義理なんぞ感じんよ」
「そういうものなの?」
「当り前ですよ。第1、同胞だから味方しろなんて冗談じゃないです。会ったことも無い遠くの親戚より、近所の人たちの方が大事です」

 セランの答えに、フレイは動揺を隠せない。キラは同じコーディネイターと戦う事にあれほど苦しんでいたのに、そのコーディネイターから全く違う意見を聞かされたのだ。2人とキラは生まれた場所も育った環境も違うというのは分かるのだが、こうも違うものだとは。
 考えこんでしまったフレイに、ボーマンが声をかけた。

「何でそんな事を聞くんだ?」
「……アークエンジェルにも、コーディネイターがいるんです。彼は同じコーディネイターと殺しあう事に苦しんでました」
「なるほど、そういう事か」

 ボーマンは納得して頷いた。だが、セランは納得していなかったらしく、むしろ糾弾口調でそのコーディネイターに文句を付けた。

「敵を殺すのに苦しむって、何考えてるんです? 私達は戦争をしてるんですよ。そんなこと気にしてて仲間が殺されたらどうするんですか」
「でも、相手には友達も居るっていうことだし」
「それがどうだって言うんです。私たちの親戚だってプラントに居ますよ。会った事は無いですけどね」

 セランの反論にフレイはまた衝撃を受けた。何でそんなに簡単に言えてしまうのだ。戦争で敵同士だという事は、自分でその親戚を殺してしまうかもしれないというのに。

「なんで、そんな風に割り切れるの?」
「そんなの簡単です。さっきも言いましたが、私は会った事も無い親戚より、両親とこの街とそこに住んでる人の方が大事だからです。親戚が居るかもしれないから、何て考えてたらこの街も守れないですし、私たちも死んじゃいますよ」
「そういう事だな。そいつがどうかは知らないが、俺たちは身近な人たちを守りたいから軍に入った。それが全てだよ」
「でも、大西洋連邦軍だと、色々と問題も起きるんじゃないの。嫌がらせをされたりとか、ブルーコスモスに狙われたりとか」
「そういう事も確かにありますけど、それくらいは仕方ないですよ。それに隊の仲間達は良くしてくれますし、アルフレット少佐が色々と手を回してくれてからは嫌がらせも無くなりました。兄さんなんかは勲章も貰ってるんですよ」

 どうやら自分が考えていたより2人はずっと苦労していたらしい。だが、それを全く感じさせないのは、キラと違って1人ではなかったからだろうか。それにアルフレットみたいな上官も居たのが大きかったのだろう。
 だけど、それでも、この2人は強いとフレイは思った。いつも後ろ向きだったキラ。人に手を引かれなければ歩くことさえ出来なかった自分に較べれば、この2人の強さはフレイには眩しくさえある。差別や迫害を覚悟して何かをするなんて事は、自分には出来ないことだ。

「なんか、2人が羨ましいです」
「はい、何がです?」
「だって、とっても強いじゃないですか。私は弱いから、羨ましいです」

 フレイの言葉にボーマンとセランは顔を見合わせた。そしてセランが兄を指差してフレイに問いかける。

「強いって、この兄さんは少尉にボロ負けしましたよ?」
「ボ、ボロ負けって……」
「違います、そういうのじゃないです」

 なんだか楽しそうにクスクスと笑うフレイに2人は顔を見合わせて首を捻っている。きっと2人には分からないのだろう。いや、分かるはずが無いのだ。この2人のほうが普通なのであって、自分やキラのほうがおかしいのだから。
 フレイはどう伝えたらいいのか分からず、自分の語彙の少なさに悩みながらも必死に言葉を探している。だが、フレイが何か言うよりも早く、セランが凄い事を教えてくれた。

「そういえば知ってますか。アルフレット少佐の奥さんもコーディネイターなんですよ」
「ええっ!?」
「あはははは、やっぱり驚きましたね。私も知ったときは驚きましたけど」
「で、でも、どうしてそんな事に!?」
「何でも、プロポーズしたのは少佐だそうですよ。何度も振られたけどしつこく食い下がってOKして貰ったって。奥さんは大西洋連邦に住んでたそうで、今はオーブに移り住んでるそうです」
「そうなんですか。少佐も大変だったでしょうね」
「そうみたいですね。でも、少佐は当時から結構凄い人だったそうで、奥さんの立場を確保する為にブルーコスモスの支部にまで乗り込んで文句を付けたそうです。一時期は命も狙われた事もあったそうですけど、遂に最後まで折れなかったそうで、ブルーコスモスや軍の上官の方が根負けしたって話です。まあ、少佐は軍の優秀なテストパイロットだったそうで、手放したくない上層部が我侭を聞き入れたという事みたいですが。当時はまだ抗争も今ほど酷くは無かったからというのもあるでしょうけど」

 セランの話にフレイは持っているフォークを落としてしまった。何というか、そこまで豪快に我が道を行くような人だったとは。まあ、そんな人だからこそこの2人を庇ったりキースを立ち直らせたりしているのだろう。

「セラン、そういう事は余り言うことじゃないだろ。少佐の奥さんは例外みたいな物なんだからな」
「分かってるわよ。条件を飲まなきゃテストパイロットを降りるなんて言って上層部を脅して、それを上層部が飲んだなんて無茶な事、少佐くらいにしか出来ないって事でしょ」
「いや、それだけじゃあないんだが、まあそういう事だな」

 ボーマンは妹を嗜めると、フレイを見た。

「まあ少尉、こいつの言った事は余り周りには言いふらさないでくれ。少佐もこれに関しては余り喋らないんだ」
「はい、分かってます」
「そうか、なら良い」

 フレイの返事を聞いて、ボーマンは食後のコーヒーを啜った。この話はこれで終わりなのだという意志の表れだろう。
 しかし、フレイはアルフレットの行動力に正直驚きを隠せないでいた。あの人には壁とか常識とかいう物は存在していないのだろうか。自分の打ち明けた悩みを下らないと言ったのは、自分はそんな物をとっくに踏み越えていたという自負から来ていたのだろうか。

 アルフレットが何を考えているのかはさっぱり分からないが、2人と話した事で随分気持ちがすっきりしたのは事実であり、アルフレットの計らいにフレイは感謝するしかなかった。だが、フレイの知らない所でアルフレットは更にとんでもない事を進めていたのである。




後書き

ジム改 フレイ大暴れ。
カガリ これはフレイが強いのか、相手が弱いのか。
ジム改 相手が弱い。ボーマン以外ならトールでも楽勝だ。
カガリ 何でこんなのがMSに乗ってるんだ?
ジム改 まだ訓練が足りないから。
カガリ こんなのを実戦に出すなよ!
ジム改 ベテランの穴は新兵で埋めるしかないんだ。フレイやトールでも数ヶ月訓練してる。
カガリ こいつらよりは私のが上だ!
ジム改 むう、否定していいいかどうか……
カガリ だから私にダガーを寄越せ!
ジム改 そっちが本音か! 
カガリ 別にデュエルダガーでも105ダガーいいぞ。なんならソードカラミティでも。
ジム改 アホか、そんな機体渡しても使いこなせないだろうが!
カガリ じゃあダガーをくれ
ジム改 全く、マドラスでは色々動いてるのに、お前は自分で動かんのか?
カガリ 出番を求めて動くに決まってるだろ。大体ヒロインの私がどうして何時も影が薄い!
ラクス その通りですわカガリさん。そろそろ私たちの存在感を見せる時です。
カガリ また出てきた!?
ラクス うふふ、そろそろ出番ですので衣装チェックなどを。
ジム改 だからここは舞台裏ではないと何時も……
ラクス 折角皆さんが集ってるのに、私だけ仲間外れは無いでしょう?
カガリ でもなあ、お前が出てくると何時も碌な事が無いし。
ラクス 大丈夫ですわ。きっと。
ジム改 一番苦労するのは俺なんですがね。



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