第54章  マドラスに日は落ちて



 マドラスには強力な大西洋連邦軍が駐留してザフトの侵攻を防いでいる。ザフトは北と西からインドに侵攻してきたのだが、それは東アジア共和国と大西洋連邦の連合軍の地の利を生かした遅滞戦法に阻まれ、前に進めなくなっている。
 そのおかげでインドの諸都市は今の所安全が確保されているのだが、それでも沿岸部の都市は恒常的にザフトの潜水艦隊の攻撃の危険に晒されている。このマドラスも決して例外ではなく、海上には常に対潜哨戒機が飛び回っている。

 このマドラスで傷を癒しているアークエンジェルであったが、そんな事情でその安全は100%の保障付きではなかったのだ。だがアークエンジェルのクルー達はそんな事情をほとんど理解していないので、今もこの平和な時間を満喫している。勿論中には例外も居るのだが。
 その例外であるキラは、アズラエルの一件以来目に見えて落ち込んでしまっていた。1人でどんよりと暗い空気を背負い、やる事も無く私服でドックに足を運び、アークエンジェルの修理状況を眺めていたりする。それに気付く作業員もいるのだが、なんだかどんよりと周囲の空気を暗くしているキラに声をかけるような物好きは勿論いない。
 そんなキラを追いかけてきたサイ、カズィ、トール、カガリ、ミリアリアの5人はどうしたものかと困った表情を向け合っていた。

「どうする、なんかまたキラが昔に戻っちゃってるよ」
「でも僕たちに何が出来るのさ?」
「フレイは何処に行ったのか分からないしなあ」

 男3人が腕を組んで困っている。それを頼りなさげに眺めやっていたミリアリアが仕方なくカガリを見る。

「あっちは役に立ちそうも無いわ。カガリさん、何か良い手は無いかしら?」
「良い手って言われてもな。せめてフレイの居場所を突き止めないことにはなんとも」
「そうよねえ。でも知ってそうな人というとフラガ少佐とキースさんに艦長に副長くらいよ。この中で教えてくれそうな人いる?」
「キースを締め上げて吐かせるのが一番なんだろうけど、この3人じゃあ揃って返り討ちは確実だしな」

 ミリアリアとカガリにボロクソに言われた3人はキラと並ぶ位にどんよりとした空気を漂わせていたが、事実だけに反論も出来ない。この3人が束になって挑んでもキースに一方的にぼこられて終わりだろう。
 だが、そうなるとフレイの居場所は自分で調べるしかなくなってしまう。そうなるとカガリもミリアリアも自分ではどうにも出来ないのだ。カガリは傭兵でしかなく、ミリアリアも出世はしたが未だに一等兵でしかない。しかも2人とも情報収集を地力でやれるような技能は無かった。




 だが、この問題に関しては2人が悩むよりも早く動いている男が居た。常にカガリの傍にいる良く分からない大男、レニドル・キサカだ。彼は恐らくカガリがフレイを心配して何時ものように勝手に動いて自爆するだろうと先読みし、密かにフレイの事を探っていたのだ。
 そして、キサカの良く分からない情報網は意外と簡単にフレイの居場所を突き止めてしまった。彼がどうしてそんな情報網を持っているのかは謎だが、とにかく彼はマドラスにいる人間達から情報を集め、フレイがマドラス基地のMS隊にいる事を突き止めたのだ。もしかしたらオーブの持つ諜報網を利用したのかもしれない。
 キサカはその情報の真偽を確かめるためにMSのハンガーを確認しようとしていた。勿論基地まで直接出向くなどという馬鹿な事はしない。長距離用の望遠スコープを使って訓練施設の外にある民間の建物の屋上から様子を伺っていたのだ。

「ふむ、ストライクダガーがあんなに沢山配備されているとはな。大西洋連邦の生産ラインは完全に稼動しているようだ」

 なんだか羨ましげに呟きながらキサカは格納庫の外に出ている機体を次々に観察していく。そこにはキサカに見慣れたデュエルやストライクもあるが、中にはキサカの知識にも無い機体までがある。幾ら重要拠点とはいえ、この短期間でこれだけのMSを実戦配備できる工業力は、流石は大西洋連邦と言ったところか。
 キサカに見覚えが無いという機体は、ストライクダガーとは別口で開発された105ダガーだった。この105ダガーを使っているのがフレイで、訓連用の装備を持って他のストライクダガーたちを一方的にボコっている。一応は訓練なのだが傍目には苛めているようにしか見えない。
 105ダガーの強さに感心しながらもキサカは何枚かの写真を取り、そそくさとその場を後にした。余り軍事施設を観察していると憲兵が踏み込んできてスパイ容疑で逮捕されかねない。

 
 建物から外に出たキサカはさっき見た基地の様子を思い浮かべ、少し顔を顰めた。まさか大西洋連邦がこんなに早く量産型MSを大量に配備しているとは想像しておらず、その軍備拡張に恐怖を抱いたのだ。

「我が国のM1であれに対抗できるのだろうか。数機の試作機の実戦データが提供されているのは分かるが、M1は実戦を経験していない。実戦の洗礼を浴びているダガーには不利を強いられるかもしれん」

 キサカの母国、オーブはこの戦争では中立の態度を貫いている。ただ他の中立国と同じくプラントと連合の双方に武器を売り込んで利益を上げてはいる。例えばアークエンジェルにはオーブの技術が多数使われており、その火器もオーブ製だ。連合の宇宙軍が艦艇の防空火器として採用したものもオーブの開発したイーゲルシュテルン・システムだ。
 オーブのこの動きは別段珍しいものではないが、開戦から暫くの間、プラントはオーブのこの姿勢を非難していた。連合に武器を売っているのだから当然だ。だが、そのプラントもザフトが地球に降下した後はオーブから武器弾薬を購入して戦力を整備しているので今では何も言わなくなっている。
 そのオーブが開発し、周囲の国が注目している最新兵器がMSで、オーブはこのMSを次の商品にするのではと囁かれている。既にモルゲンレーテにはザフトと連合主要各国が接触を図っているというのがもっぱらの噂だ。勿論ウズミが開発したばかりのMSを売り出すとは思えないが、アスハ家以外の勢力、とりわけサハク家が大西洋連邦と繋がっている事は裏事情に詳しい者なら誰でも知っている事実である。
 ただ、もしオーブがMSを輸出すれば、その時こそ中立とは言ってられなくなるだろう。ザフトも連合も、流石にMSの輸出まで始めれば中立を認めるはずは無い。中立が守られるのは相手国が中立を認めてくれるからで、そこに戦略的価値が無いからこそ中立で居られるのだ。過去の歴史を振り返れば中立を宣言すれば安全、と愚かに信じて侵攻された国は数知れない。
 オーブも過去に消えていった国と同じ運命を辿る日が来る。ふとそんな予感が脳裏を過ぎり、キサカは慌てて頭を何度も左右に振ってそれを打ち消した。まさか、そんな事があるはずが無い。
 だが、この時に浮かんだ想像を、キサカは忘れる事が出来なかった。そしてこれから数ヵ月後、この日の事を再び思い出す事になる。





 キサカが去った後もフレイは105ダガーに乗って新米たちのダガーを相手に一通りの戦闘訓練を終え、次の訓練に移っていた。いや、訓練というよりはテストか。105ダガーの背中に取り付けられた変なコンテナを起動しろと言われたのだ。
 起動してみろと言われたフレイはコクピットにあるマニュアルを調べてみたが、そんなシステムの事は目次には乗ってはいない。それで困り果ててしまったフレイはアルフレットにどうすればいいのかを問い掛けた。

「少佐ぁ、動かせって言われても、どうやって動かすんですか?」
「悩むな、頭の中で的を思い浮かべてりゃいい」
「悩むなって言われても」

 的を思い浮かべろと言われても、そんな事をしてなんになるというのだろう。それに先から思い浮かべてはいるのだが、一向に何かが起きる様子は無い。暫く続けていたフレイは、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
 そしてそれをじっと見ていたアルフレットは、オペレーターが見ているモニターの表示を見て残念そうに気を抜いてしまった。

「起動レベルに達してねえな。フラガが戦闘感覚を発現させてるって言ってたんで期待してたんだが」
「でも大したものです。あれはまだ試作品で調整段階の代物ですから、これから調整を重ねれば使えるようになるかもしれませんよ」
「ああ、そっちは頼む。俺は上への報告書を書かなくちゃならねえんでな」

 アルフレットは面倒くさそうに右手で頭をかき、モニターの前に向けていた上半身を上げた。そしてインカムを取り上げ、フレイに声をかけた。

「よし、もういいぞお嬢ちゃん、テスト終了だ」
「テストって、一体何のテストなんです?」
「ああ、お嬢ちゃんの脳波レベルを調べてただけだ。今は余り気にしなくてもいいぞ」
「脳波?」

 アルフレットの言った単語が理解できずにキョトンとしてしまうフレイ。アルフレットはそんなフレイの反応に込み上げてくる笑いの衝動を必死に噛み殺していた。




 テストの終了で今日の仕事は終わったフレイは105ダガーを格納庫に戻そうと考えたが、いきなり背筋を突き抜けた悪寒に慌ててコンソールを索敵モードに切り替えた。そしてレーダーに表示される複数のブリッツを見つけ、それをコンピューターが巡航ミサイルだと照合している。

「ミ、ミサイルですって!?」

 驚いたフレイは索敵モードを戦闘モードに切り替え、訓練用にしていた設定を全て戦闘用に戻した。ビームライフルにかけられていたリミッターが外れたのを確認し、両手で構えて狙撃姿勢を取る。
 この105ダガーの突然の行動に基地にいた兵士達が驚きの目を向けている。管制室のオペレーターが何をしているのかと問い質そうとするが、それよりも早く空襲警報が鳴り響いた。

「な、何だ?」
「聞いてわからねえのか。空襲だよ!」

 突然の事に対処できないでいるオペレーターを強引にどかせ、管制官用のコンソールを無骨な手で操作して状況を確認し、インカムを掴んでフレイに指示を出す。

「お嬢ちゃん、巡航ミサイル12発が来るぞ。今迎撃ミサイルが発射されるが、半数は漏れるはずだ。それを狙え!」
「そんなこと言われても、NJの影響でレーダー照準が当てになりません!」
「ならレーダーに頼るな、勘で撃て。お嬢ちゃんなら出来る!」
「か、勘って言われても!?」

 何て無茶苦茶な事をいう男だ、とフレイは思ったが、そんな不満を感じる余裕はすぐに吹き飛んでしまった。モニターを次々に爆発の光が彩り、迎撃ミサイルが何発かを撃ち落した事を教えてくれる。だが、確実に生き残りがいるはずだ。

「ちっ、7発残った。撃てお嬢ちゃん!」

 焦りがトリガーにかけられた指を震わせる。あれが市街地や基地に着弾すれば間違いなく大勢の人が犠牲になるのだ。その脳裏をヘリオポリスが、キラと逃げ惑ったザグレブの街が、クリスピーたちの連れていた人々が、ガスで全滅したアティラウが、凄惨な市街戦となったドゥシャンベが過ぎっていく。それはフレイが自分で体験してきた悲惨な戦場の記憶。無力な民間人は常に戦いの犠牲になり、その都度自分の無力さを思い知らされ続けてきた。そしてまた自分の目の前で新たな犠牲者が出ようとしている。
 そしてフレイはレーダーからのデータが安定していない事を確かめると、もうヤケクソ気味にレーダー照準を切って手動でミサイルを狙う事にした。といっても、本当に勘を頼りの出鱈目な射撃なのだが。

「あったれええええ!」

 連射モードにされたビームライフルが誘導帯も焼き切れよとばかりに続けてビームを撃ちまくる。放たれた光の矢はミサイルが飛来してくると思われる空域に次々に吸い込まれ、3つの爆発を新たに生み出した。

「あ、当たった?」

 撃ったフレイが驚きの余り呆然としている。まさか当たるとは思っていなかったのだ。だがそれでも撃ち落したのは3発。生き残った4発は防空網を抜けて市街地に3発、基地に1発が着弾して大爆発を起した。

 カメラの映像で燃え上がる街を見たフレイは、愕然としてその光景を見続けていた。あの炎の下では大勢の人々が生きながら焼かれている。ついさっきまで平和だった筈の街が燃え上がり、人々が逃げ惑っている。
 一体何回こういう光景を目にしてきたのだろう。この光景を見る度に次こそは、次こそはと決意を新たにし、そのたびに自分の無力さを思い知らされていく。

「また……また……またなの。また私はっ!!」

 フレイはコクピットの中で声を上げて泣き出してしまった。フレイはキラとは違い、仲間を守りたいという決意だけで戦っている訳ではない。彼女の戦う理由はより広義的で、こんな光景を見たくないから戦っている。その根底にはあのザグレブの街で目の前で死んでしまった子供達への罪悪感があるのだ。
 だが、そんな事情を知らないアルフレットたちでもフレイとは違う悔しさはある。燃え上がる街を、破壊された基地の倉庫をみて悔しそうに歯を噛み締め、怒りに肩を震わせている。勿論彼らはこれが戦争だとは分かっている。戦えば犠牲が出るのは当然で、民間人を巻き込まずに正規軍だけでの決着を望むなど夢物語だとも分かってはいる。だが、それでも自分達が守る対象をめちゃめちゃにされれば悔しいし、敗北の屈辱に身を震わせるものだ。




 そして、この攻撃を行ったザフト海中艦隊、モラシム隊はミサイル攻撃の成果が想定を遙かに下回った事に失望していた。12発のミサイルを撃ち込んで着弾したのが4発となると、マドラスの防衛力は想像以上という事になる。
 モラシムは潜望鏡を下ろさせると失望の色を隠さずに呟いた。

「ちっ、半数以上が落とされるとは思わなかったな。迎撃ミサイルを突破した後にミサイルを狙撃した奴がいるようだが、面倒な話だ」
「どうしますか、隊長?」
「グーンで出ても良いが、あの程度ではたいした混乱は期待できん。ここは大人しく引き下がるとしよう」

 元々この攻撃はアスランたちのマドラス潜入の側面援護でしかない。本当はアークエンジェルの入っている軍港を狙って放ったミサイルなのだが、結局軍港には一発も着弾しなかったようだ。
 まあそれでも敵軍の警戒はこちらの上陸に向くだろうから、陸路で潜入する筈のアスランたちへの警戒は緩むだろう。

 この攻撃の成果を考えていたモラシムだったが、それが決まるよりも早くレーダーマンが敵機の接近を告げてきた。

「隊長、敵の哨戒機が接近してきます!」
「そうか、駆逐艦が来ると厄介だな。一度退くぞ」
「ですが、大丈夫でしょうか? アスラン・ザラはかなり参っていたようですが」

 部下がなんだか心配そうに聞いてくる。アスランの酷い状況は艦内にそこそこ知られており、同情している者も多かったのだ。まあ艦内を目の下に隈作って青い顔でフラフラと歩いていられては流石に同情を誘うだろう。
 モラシムもアスランの事は確かに気にかかったが、だからといって勘を危険に晒すわけにも行かない。些か後ろ髪を引かれるものはあったものの、モラシムたちはマドラス近海から撤退していった。また3日後にはここに戻ってくるのだから、それまでは無事を祈るしかない。





 結局、街の方の被害はフレイが想像していたような酷さではなかった。直撃を受けた建物は全壊、爆風が周辺にも被害を出しているものの、死傷者は二桁に納まっていたのだ。基地に着弾したミサイルも倉庫2つを全壊させたが、幸いに死者は出ていない。その後に心配されたMSの攻撃も無かったので、マドラスはそれ以上の混乱に包まれる事は無かった。
 フレイも105ダガーを降りて機体をパイロットに預けたあとで基地のラウンジに1人でいた。着いているテーブルには手付かずの冷めたコーヒーが置かれ、フレイ自身はぼんやりとした視線をマドラスの街に投げ掛けている。その目には力が無く、なんだか酷く疲れているように見える。
 そんなフレイの前にトレイを置いて椅子に腰掛けたセランはフレイに声をかけた。

「どうしました少尉?」
「……あ、セラン軍曹」
「ダガーを降りた時から様子が変でしたが、何かありましたか?」

 セランはパスタを口に運びながらフレイに疑問をぶつけてきた。それを聞いたフレイは逆に不思議そうな目でセランを見ている。

「何かって、街にミサイルが撃ちこまれたのよ?」
「別に珍しい事じゃないです。週に1回は撃ち込まれますよ。まあ嫌がらせみたいなものですね」
「でも、街の人が大勢巻き込まれたのに」
「死傷者は数十人でしたね。少尉が3発落としてなければ100人を超えてましたよ。少尉が気にする事じゃないです。寧ろ3発も落としたって胸を張ってればいいんですよ」
「…………」

 セランの話を聞いても納得できないのか、フレイは困惑したような、怒っているような顔でセランを見てきた。セランはこの年少の上官があのミサイルを全て防げなかった事を気にしているのだと分かってはいたが、別にそんな事を必要以上に気にする必要は無いと思っていた。少なくともフレイは1人で3発も防いだのであり、それによって大勢が救われた事は確かなのだから。

「少尉、これは軍人としての先輩としての助言と思って聞いてください。軍がどれだけ頑張っても、全員を助ける事は出来ないんです。私達が守れるのは私たちの手が届く範囲だけなんです」
「……そんな事、分かってます」
「だったら割り切ってください。割り切らないと辛いだけですよ。少尉のおかげで助かった人は確実にいるんですから」

 セランの言う事はフラガやキースも言ってくれた事がある。2人から見れば自分やキラは青臭いと思えたのだろう。それが実戦慣れするという事なのだろうが、自分は何時までたっても慣れない。慣れなければ辛いだけ、というのも頭ではよく理解できるし、セランのいうことが正しいのだと理解も出来る。

 目の前で悩み続けているフレイを見て、セランはやれやれと肩を落とした。どうやらこの人は軍人には向いていないらしいと悟ってしまう。セラン自身は開戦してすぐに兄と共に軍に入ったのだが、この1年で大勢の上官や同僚を見てきた。その経験で言うならフレイは軍人には向いていない。
 だが、セランはこの年下の上官を放り出す気にはなれなかった。恩義のあるアルフレットに任されたというのもあるが、それ以上にこの少女にセランは興味を持っていた。この御時世にコーディネイターに興味を持つような変わり者など探してもそうそうお目にかかれないだろうし、アルフレットに迫るほどの反応速度を叩き出していたのだ。メカニックとしてもコーディネイターとしても興味を引いてしまう相手である。
 それに何より、まだ擦れ切っていないこの少女の言動は聞いていて微笑ましかった。自分や兄がもう無くしてしまった物をこの赤毛の少女はまだ持っている。だからどうにも放っておけない。

「はあ、分かりました。1つだけ良い事教えてあげます」
「良い事?」
「はい、ようするに同じ失敗を繰り返さないようにすればいいんですよね。とりあえず少尉が今使ってる機体ならあの残り4発も撃ち落せるかもしれないんですよ」
「撃ち落せるって、どうやって?」

 困惑気味に問い掛けてくるフレイに、セランは腕を組んでピシッと右手の人差し指を立てた。

「まあ、細かい事は省きますが、あの105ダガーはストライクの直系に位置する金無駄遣いも甚だしい贅沢品です」
「お金の無駄遣いって、また随分はっきりと……」
「あんなの無駄遣いですよ。何がバックパック換装システムですか。あんなの整備は面倒だし、バックパックが沢山あるから機体バランスの調整が大変ですし、第1まともに役立った装備はほとんど無いです!」
「そ、そうなの」

 なんだか拳を握り締めて力説してくれるセランにフレイは気圧されるように僅かに上半身を引いた。どうやら色々と換装システムに不満があるらしい。もしくは機械屋のプライドなのだろうか。

「長距離砲戦パックは使うと機体にガタがきますし、水中戦用パックはただ動けるだけです。空戦パックは珍しく使い物になりましたけどね。中にはドリルがセットになった地中戦用なんて物まであるんですよ!」
「マ、マニアックね」
「マニアックなんて物じゃないです。設計者は絶対に気が狂ってますよ。おかげで私たちはサービス残業の毎日なんですよ!」

 とうとうテーブルを叩いてエキサイトしだしたセランにフレイはすっかり縮こまってしまっている。助けを求めて周囲に視線を走らせるが、周囲の者達はそそくさとラウンジから逃げていこうとしているではないか。

『み、見捨てられた!?』

 心の中でフレイは絶叫していた。もしかして何時もこうなのか、この人は。あのさっさと逃げさる人々の整然とした移動は慣れているとしか思えない。勿論セランはそんな事など気付かず、しくしくと涙を流さずに泣いているフレイに向けて自説を語り続けている。

「いいですか、そもそも武器ってのはシンプルに限るんです。だからデュエルが量産されてイージスはゴミ箱行きになったんです。幾ら面白いMSでも戦場で動かなければ意味が無いんです!」
「そ、そうですか」
「そうです。その点ではストライクダガーは構造が簡単で使い易く、武器もシンプルに纏まっていて非常に良いMSです。使う側の苦労を考えない兵器なんて百害あって一利無しです!」

 何というか、これを聞いたらショックを受けて卒倒する技術者が何人出るんだろうとフレイは思った。そして、この苦行のような演説は何時になったら終わるんだろうと麻痺しかけた脳の片隅でぼんやりと考えていた。





 どれほど時が立っただろう。もう日が傾いて空が赤く鳴り出した頃になってようやくセランは演説を止めてくれた。フレイはもう精根尽き果ててテーブルに突っ伏している。逆にセランは満足そうに何度も頷いていた。

「はあ、分かってくれました、少尉?」
「……は、はい」
「あれ、どうしたんです。なんだか疲れて……」

 ぐったりと突っ伏しているフレイを不思議そうに見たセランは窓の外を見やり、太陽がすっかり傾いているのを見て微妙に表情を引き攣らせた。あちゃーという感じに右手で顔を覆い、すまなそうにフレイを見る。

「す、すいません少尉、なんだか長話しちゃったみたいで」
「もう少し早く気付いて欲しかったです」

 疲れ果てたフレイは机に突っ伏したままセランの謝罪に答えて見せた。セランはフレイのボソリとした返事に露骨に気圧されたようで、どうしたものかと暫し考え込む。そして出した答えは、果たして最善と言って良いものかどうか疑問な物であった。

「そうだ少尉、今日はもう仕事無いですよね?」
「……あったら今頃少佐が殴りこんできてると思う」
「確かに、怒鳴り込んでくるでしょうね」

 2人はあの筋骨隆々の大男が青筋立てて突進してくる姿を想像してしまい、背筋を震わせた。なんというか、コーディネイターのセランでも勝てる自信が無い。こう、迫力で圧倒されてしまうだろう。
 そしてセランは、何とフレイを家に誘ってきた。

「どうです少尉、これから私の家に来ませんか?」
「え、家に?」
「はい、お詫びに夕食を御馳走しますよ。少佐は今日も遅いでしょうし」
「でも、私なんかがお邪魔しても迷惑じゃないですか?」
「大丈夫ですよ。父さんと母さんもきっと喜びます」

 ニコニコと笑いながら誘ってくれるセラン。フレイは暫し悩んだが、やがてコクリと頷いた。

「分かりました。でも、一応少佐に一言言っておかないと」
「そうですね。じゃあ言っておきますか」

 そう言ってセランは立ち上がり、フレイもそれに続いたのだが、ラウンジを出ようとしたところでセランはふとその足を止めてフレイを振り返った。

「そういえば少尉、アークエンジェルへの連絡は、しなくて良いのですか?」
「それは、その……」

 アークエンジェルの名を出された途端、バツが悪そうに俯いてしまうフレイ。セランはまるで叱られるのが怖い子供のようだと思ったが、そこまで考えていきなり小さな声で笑い出してしまった。

「ぷくくくく、あはははははは」
「な、何ですか?」
「いえ、すいません。なんだか少尉が親に叱られるのを怖がってる子供に見えてしまって」
「わ、悪かったですね」

 そんな理由で笑われたのかと思うと流石にフレイもムッとしてしまうが、セランは「御免なさい」と謝ってきた。まだ笑いの余韻が残っているようなので誠意が感じられない事甚だしかったが。

「いえ、そういえば少尉はまだ15歳なんだなあ、とか思い出してしまったものですから。そりゃ怒られるのも怖いですよね」
「子供扱いしないで下さい!」
「ふふふふ、少尉、子供扱いされて怒ってるうちはまだ子供なんですよ」

 大人の余裕を見せ付けられてフレイは頬を膨らませて怒っていたのだが、それを見たセランがとうとう体をくの字に折って腹を抱えて笑い出した為に肩を落として項垂れてしまった。人生経験の差とでも言うのか、セランにはフレイの怒りを受け流せるだけの余裕が備わっていたのだ。





 その頃、フレイをどん底まで落ち込ませたミサイル攻撃による混乱を利用して街に潜入したアスランたちは、そこで早くも困り果ててしまっていた。エルフィが道の片隅で頭を抱え、あの何時も泰然自若として大概の事には動じないフィリスまでが途方に暮れた顔で立ち尽くしている。アスランに至っては体育座りをして何やらブツブツと自虐的な言葉を羅列している有様だ。
 3人がここまで動揺している理由は、目の前にある瓦礫の山にあった。そこは3人が取っていたビジネスホテルだったのだが、どうも先程のミサイル攻撃の被害をまともに受けたらしく、見事に半壊してしまっている。3人は敵地である街中で早くも路頭に迷う事になったのだ。
 エルフィはただの紙屑と化した予約チケットを手にしてどうしたものかとフィリスに話しかけた。

「ど、どうしましょうフィリスさん。まさか最初の一歩から躓くなんて予想もしていませんでしたよ」
「……まるで呪われているみたいですね、私達は」

 流石のフィリスもいきなりこれでは呆れ果ててしまい、妙案も浮かんでこない。そして恐らく呪われている張本人と思われる人物、アスラン・ザラはどす黒く濁った瞳でぼんやりと空を見上げ、かなりヤバゲに虚ろな声で呟いた。

「今日は、野宿かな」
「……野、野宿ですか?」

 物凄く嫌そうにエルフィが言う。軍人などをしているが、一応彼女もプラントの有力者の娘であり、お嬢様なのだ。流石に野宿など経験が無い。ましてここは清潔で暮らし易いプラントではなく、不衛生で過ごし難い地球の、それもナチュラルが沢山住んでいる街の中なのだ。そんな所で野宿などしたくは無いのだろう。フィリスも同感なのか嫌そうな顔をしている。
 だがしかし、現実は残酷だった。財布の中には必要と思われる程度の現金しか入っておらず、流石にホテルに泊まるのは不可能なのだ。何しろ表向きは偵察任務といっても、実際にはアスランの気晴らしなので工作資金などさほど必要ではないという前提で立てられた計画なのだから。
 しかも、このマドラスはそれほど治安が良くない上に、敵の侵入を警戒してあちこちを東アジア共和国や大西洋連邦の兵士が巡回している。下手に野宿などしていれば不審人物として拘束されかねない。そこでコーディネイターと分かれば良くて収容所送り。悪ければ拷問された挙句に処刑場送りだろう。
 アスランは最後の希望に縋るような気持ちでエルフィに問い掛けた。

「この街に居る諜報員に連絡は付かないのか?」
「無理ですよ。彼らとはあらかじめ連絡を取ってないと合流も出来ません。何人か居るそうですけど、私は顔も住所も知りません」
「残念ですが、私もです」

 フィリスも困り果てて頭を左右に振った。こうなるといよいよ八方塞で、本当に途方に暮れてしまう。このまま運を頼りに野宿をするしかないのかもしれないのだが、この3人で運を頼るとたぶん碌な事にならないだろう。

 だが、途方に暮れているアスランの耳に、どこかで聞いた事のある声が飛び込んできた。

「この辺りは被害を受けたみたいですね」
「ですね。でも、幸いにして死者は3人しか出ていないようです。建物の被害が大きいようですから、明日から再建が始まりますよ」

 どこかで聞いた事のある声に、アスランの肩がビクリと一瞬跳ね上がる。いきなり変な反応をしたアスランを2人が不思議そうに見るが、アスランは何故か顔を脂汗で一杯にしながら恐る恐る声のした方を振り返り、そこに自分の予想した人物を見つけてガクリと顎を落とした。

「な、な、何でこんな所に……」
「あの、どうかしたんですか隊……アスランさん?」

 様子のおかしいアスランにエルフィが隊長と呼びかけて慌てて言い直す。表向きは友達同士なので隊長と呼ぶのは不味いのだ。
 だが、そのエルフィの声は悪魔のような確率を突破して赤毛の少女の耳に飛び込んでしまった。その場でピタリと足を止めて不思議そうな顔をする。

「……アスランさん?」

 声のした方を振り返ったフレイは、そこになんだか硬直しているアスランと、2人の女性の姿を見つけた。アスランとフレイはお互いの視線を合わせ、ビシリと硬直してしまっている。

「…………」
「…………」

 なんとも気まずい沈黙が漂った。そして片方はだんだんと青褪めていき、もう片方は拳を握り締めて肩をプルプルと振るわせ出している。そして、少女は大きく1歩を踏み出して男へと駆け寄った。

「な、何であんたがこんな所に居るのよ!」
「君こそ、どうしてここに?」

 驚くフレイにアスランはなんとも間抜けな事を言った。アークエンジェルが居るのだから、フレイがマドラスに居るのは当り前なのだ。寧ろザフトであるアスランがここに居るのがおかしい。
 そしてフレイの隣でそのやり取りを不思議そうに見ていたセランは、なんだか興味津々そうにフレイに問い掛けてきた。

「あの、誰ですか。少尉の彼氏とか?」
「そんなんじゃないです!」
「じゃあどういう関係なんです?」

 セランの問いにフレイはうっと唸って口篭ってしまった。流石にここでザフトのパイロットだなどと話せば大変な事になってしまうのはフレイでも容易に想像が付く。そしてとにかく誤魔化そうと必死に考えをめぐらすフレイの口から飛び出した答えは、ある意味物凄く致命的なものであった。

「ま、前に胸を触ってきた痴漢なんです!」
「なっ、ちょ、ちょっと待ってくれ。あれは……」

 いきなり痴漢呼ばわりされたアスランは心底慌てふためいて反論しようとしたが、それよりも早く背後から突き刺さるとてつもない殺気に、背中に氷柱を差し込まれたような怖気を感じてしまった。
 そして、2人は恐ろしくて振り返れないアスランの背中に、まるでダイヤモンドダストの如き凍てついた声で質問をぶつけてきた。

「アスランさん、一体どういう事なんです?」
「胸を触ったとか、痴漢とか、初耳なんですけど?」

 逃げたかった。でも自分の両足はまるでアンカーで固定されでもしたかのようにが全く動いてくれなかった。そして、背後から近付いてきたエルフィとフィリスががっちりと両腕を拘束し、ズルズルと瓦礫の方に引きずっていく。

「とりあえず、あっちでちょっと事情を聞かせてもらいましょう」
「そうですね。これは無視できない問題です」

 何を言っても自分の寿命を縮める事にしかならないと悟ったアスランは助けを求めてフレイを見たが、フレイは何だかとんでもない事を言ってしまったのでは今更ながらに気付いたのか、右手を右頬に当てて誤魔化すように引き攣った笑いを浮かべていた。

「え、ええと、アスラン、頑張ってね」
「お前のせいだろうがああああっ!!」

 無責任なフレイの発言にアスランは心の底からの絶叫を上げたが、それで2人が拘束を解いてくれるわけもなく、3人はフレイとセランの視界から瓦礫の陰へと消えていった。それを見送ったセランはまだ誤魔化し笑いを顔に貼り付けているフレイに小声で問い掛けた。

「ところで、何処まで本当なんです?」
「胸を触られたのは本当」
「痴漢というのは誇張ですか?」
「ま、まあね。あれは事故だったから」

 何やら瓦礫の向こうから悲痛な悲鳴や無実を訴える叫びが聞こえてくる。それを聞きながら2人はちょっとだけ気の毒そうな顔をした。

「とりあえず、日が沈む前には助けに行きましょうか」
「そ、そうですね。何だか困ってたみたいですから、話も聞いてあげないと」

 

 ここに、少年と少女は2度目の邂逅を果した。それが当人達にとって有意義な物であるかどうかは本人たちの問題であるだろう。




機体解説

GAT−01A1 105ダガー
兵装  バックパック換装システムによる
<解説>
 ストライクダガーの高級版。一応こちらが本来のストライクダガーの形であるらしいが、どう贔屓に考えても金の無駄としか思えない量産機である。ストライクダガーを今の形で生産した軍部の判断は賞賛に値するだろう。
 バックパックはストライクのそれと共用であり、更に複数のパックが存在する。もっとも、主に使われるのはエールパックと空戦パックの二種類で、他のパックには需要は全くないのが何気に現実を物語っていると言えよう。
 マドラスにあった105ダガーは本来はアルフレットがテストするために持ち込まれた物で、戦闘感覚保持者用の特殊なバックパックが用意されている。
 また、ストライクには本機のような量産型の他に、カラミティのような次世代機が開発されている。



後書き

ジム改 遂にアスランとフレイが二度目の邂逅を……
カガリ 待て、あれはアスランが不幸すぎるぞ。
ジム改 いや、俺も最初はもっと普通に会わせようと思ったのだが。
カガリ 思ったのだが?
ジム改 何故かそんなのはつまらないと感じてしまってな。
カガリ それだけかよ!
ジム改 この街でアスランとフレイが再開する事は決まっていたのだ。
カガリ それでこれかよ。
ジム改 気にするな。とりあえずキラよりは救われてる。
カガリ 何処が?
ジム改 放置プレイじゃないから。
カガリ 自覚があるなら何とかしろ。ついでに私も出せ!
ジム改 一応出ただろ。

 

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