第56話  優しさと強さ



 キサカからの報告で遂にフレイの居場所を掴んだカガリは朝っぱらからキラの官舎へと押しかけてきた。捕まえた無人タクシーを官舎の前に止め、転がりそうな勢いで駆け出してくる。助手席からはミリアリアが出てきた。

「おいキラ、キラは居るか!?」

 呼び鈴を何度も押して朝から大声を上げるカガリ。後ろにいたミリアリアは近所迷惑を気にして周囲をきょろきょろと見回していたりする。そして少ししてから、何だかもの凄く不機嫌そうに目の据わったキラが玄関の扉を開けて出てきた。まだ顔も洗っていまい。

「カガリ、朝は静かにしてくれない?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。フレイの居場所が分かったんだ!」
「…………」

 その一言に、キラは寝惚けた状態から一気に覚醒した。いきなり体を前に乗り出してカガリの両肩を掴み、驚きを浮かべたまま力を込めてくる。

「ほ、本当に、本当にフレイの居場所が分かったの!?」
「ああ、キサカが調べてくれたんだ。あいつ、やっぱり連合の基地に居たんだよ」
「……連合の、基地に?」

 それを聞いたキラは、その場にドサリと膝を付いてしまった。そして大きく安堵の吐息を漏らして肩の力を抜いた。カガリはそんなキラの姿にやれやれと肩を竦め、そしてキラの脇を抜けて家の中に入っていった。サイとトールとカズィにも話しておかなくてはならない。
 そしてまだ立ち上がれないでいるキラに手を差し伸べたのは、カガリの後からやってきたミリアリアだった。

「ほら、早く立ちなさいよ。行くんでしょ、会いに」
「……ミリィ」
「たまにはカガリさんを見習ってみたら。悩むより動いた方が良い時もあるわよ」

 何となくカガリは何時も何も考えずに動いてるような事を言うミリアリア。キラはミリアリアの言葉にポカンとしていたが、だんだんおかしさが込み上げてきて小さな声で笑い出してしまった。

「そうだね。ミリィの言う通りかもしれない」
「よし、それじゃあ作戦会議よ!」

 ミリアリアはキラの手を引っ張って立ち上がらせると、さっさと家の中へと入っていった。苦笑を浮かべながらその後をキラが付いていこうとしたが、いきなり遠くから声をかけられた。

「キ〜〜ラ〜〜く〜〜ん!」
「フラガ少佐、気持ち悪い呼び方しないで下さい!」

 まるで女の子を呼ぶような声でフラガに呼ばれたキラは、鳥肌さえ立てて怒りの声を上げた。見ればフラガは自分の隣の家との境界にある柵に上半身を預けており、ひらひらと右手を振っている。その顔にはやたらと爽やかな笑顔が張り付いていた。
 そう、フラガの官舎はキラたちの隣なのだ。


「朝っぱらから煩いなと思ってなあ。外に出てみたら何やらまた悪巧みをしてるみたいじゃないか、ええ?」
「え……それは、そのですねえ」

 フラガの問い掛けに言葉に詰るキラ。フラガは柵を乗り越えてこちらにやってくると、ポンとキラの肩を叩いた。

「詳しいことは中で聞こうか。また碌でもない事をされちゃ叶わんからな」
「ううううう」

 中に入れたらカガリに怒られると思いながらも、キラは拒む事は出来なかった。



 

「なんでフラガ少佐がいるんだよ、キラ!?」

 案の定カガリは怒った。食堂に全員が集ってどうするかを話し合っているところに遅れてキラがやってきたのだが、何故かその後ろに爽やかな笑顔を浮かべるフラガがいたのだ。この予想外の人物の登場にカガリとミリアリアは驚いてキラを睨んだが、睨まれたほうは気不味そうに顔を背けるだけである。
 そしてフラガは唖然とする一同の反応を楽しみながら開いてる椅子に勝手に腰掛け、とっても楽しそうにカガリを見た。

「カガリ、何かまた妙な事を思いついたみたいだなあ」
「な、何でそれを……」
「いきなり朝からお前が大声で騒いでれば、また何か妙な事を始めたなって思うだろうが」

 日頃の言動がいかに悪いかが良く分かる言葉である。カガリはニコニコと笑いながらきつい事を言ってくれるフラガに気圧されるように上半身を逸らせて顔を背けてしまった。どうやら自覚はあったらしい。

「それでカガリ、何を思いついたのかな?」
「あ、ええと、フレイの居場所が分かったから会いに行こうかと」
「ほうほう、それで、許可は取ったんだろうな?」
「許可?」

 顔に疑問符を浮かべるカガリに、フラガはこめかみにビシリと血管を浮かべた。

「お前らは許可もなく軍事基地に行けると思ってたのか? 友軍とはいえ、連絡も無しに基地に入れたりはせんぞ」
「な、なら申請すればいいんだろ!」

 フラガの攻撃にカガリが言い返したが、フラガはやれやれと胸の前で腕を組み、ジロリと全員の顔を見回した。

「たく、本当にお前らは何も考えてないな。だがまあ、いずれ見つけるとは思ってたけどな」
「思ってた?」
「俺とキースがどれだけお前らの面倒見てたのか忘れたのか。フレイが居なくなったらまた無茶することくらい予想してたぞ」

 そう言われて全員が項垂れてしまった。特にトールとキラ、カガリはかなり迷惑をかけ通しだったのでぐうの音も出ない。
 フラガは項垂れている一同に苦笑を浮かべると、懐から1枚の封筒を取り出してそれをテーブルの上に置いた。それを見たサイが顔を上げてフラガを見る。

「フラガ少佐、これは?」
「基地の見学申請書だ。手続きは済んでるから、守衛に見せれば通行証を出してくれる。名目は新型量産機の視察だ」
「申請書って……」

 信じられないという目でフラガを見る一同。サイはそれを手にとってどうしたものかとフラガを見た。

「どうして?」
「まあ、キースは反対してたがね。今会わせてもフレイは逃げるだけだろうと言ってな」
「……キースさんが、ですか?」
「ああ、あいつは隊長に任せておけば良いって言うもんでな。俺もその方が良いかもとは思ったんだが、それじゃあいつまでもこの状態が続きかねん。目の前で青春真っ盛りなラブコメやられてるとちょっとムカつくからな」

 フラガの言葉にうんうんと頷くサイとカズィとカガリ。逆にキラは真っ赤になってまた俯いてしまい、トールとミリアリアはそっぽを向いてしまった。皆それぞれに思うことがあるのだろう。
 サイはフラガのくれた封筒を懐にしまうと、これからどうするのかをカガリに聞いた。

「それで、これからどうするんだ?」
「勿論行くに決まってるだろ!」

 カガリは椅子を蹴って立ち上がると、勢い良くテーブルを両手で叩いて全員に言い聞かせるように大きな声をだした。

「今から基地に殴りこんでフレイをとっ捕まえるんだ。それでありったけの文句をぶちまけてやる!」
「そうだな。何時まで世話をかけさせるんだってな」
「ついでに、基地のMSの写真取らせて欲しいなあ」

 サイが同意だと言わんばかりに頷き、カズィが持ち込んでいたリュックから妙にごついカメラを取り出す。何でもこの街に来て溜まっていた給料で買ったのだそうだ。子供の小遣いで買える代物ではないが、二等兵の給料を数ヶ月も貯め続ければそれなりの金額になる。
 ミリアリアは何やらトールに耳打ちし、それにトールが親指立てて頷いたりしている。この2人も何か考えているようだ。

 だがキラを除いて盛り上がっている一堂に、フラガが冷水を浴びせかけた。

「どうでも良いが、その書類で中に入れるのは10時からだぞ」

 ピシィッ! という何かが罅割れる音が確かにキラの耳に聞こえた。カガリは右拳を握り締めた演説姿勢のまま硬直し、サイとカズィも同じように固まっている。トールとミリアリアは困った顔でフラガを見た。

「あの、少佐」
「その場の空気というものがですね。折角盛り上がってたのに」
「でもさあ、言わないとお前らすぐにでも飛び出しただろ?」

 フラガの問いにトールとミリアリアは何も言い返せなかった。あの勢いなら、間違いなく今すぐに動き出しただろうから。
 黙りこくった2人を見て、フラガは出されていたお茶を一口啜って、ピクリと眉を動かした。

「……冷めてるな」



 

 基地内に仮の執務室を借り受けていたサザーランドは、そこで日々の仕事をこなしていた。その処理速度はアスランが見たら涎を垂らして羨ましがりそうなほどで、積み上げられた書類が見る見るうちに減っていく。そんな作業を2時間ほども続けていたサザーランドは、ふと書類の上を走らせていたペンを止め、肩の力を抜いて窓の外を見た。

「今日の午後までには終わらせんといかんな」

 参謀本部の主要スタッフであるサザーランドの下に集る仕事は膨大で、その全てが重要な仕事といっても間違いではない。現在南米と南アジアで展開されているザフトの大攻勢に対処する為に直接出向いて情報を収集しており、既にザフトの攻勢を鈍らせる為の幾つかの作戦を発動させている。
 南米に較べると重要度の低い南アジア戦線だけにMSの配備数も少なく、それも最初は広い戦線にばらけて配置されるところだったものをサザーランドが一箇所に集中させてマドラス基地に集中配備させたりもしている。
 サザーランドが進めたプランは南アジア戦線を一時期苦しくはしたものの、2歩ほど引いた所でザフトの前進を完全に阻む事に成功している。現在マドラスを初めとするインド中部から南部の都市の安全が確保されているのはサザーランドの指導力と前線部隊の努力の賜物と言えた。
 そんなサザーランドは軍内部では恐れられる存在で、自分にも他人にも厳しいという偏屈な人物だというのが彼の評価だ。そんな彼にしては珍しく、今日は午後から休暇を申請していたりする。をれを受理したマドラス基地司令部には驚きをもって迎えられたのだが、当のサザーランドは周囲の評価や驚きなどを気にかける風も無く、今日の仕事を早く終わらせようと朝から職務に精励していたのだ。
 実の所、アークエンジェルがマドラスで最優先で修理を受けているのも彼の支持である。サザーランドはアークエンジェルを当初は実戦データ収集部隊として、カスタフ作戦後は動く広告塔としてみていたが、ここまでの立派な戦績を見て強力な打撃部隊だと評価を改めており、十分な整備と補給を受けさせて東南アジアから西進してくるザフト部隊にぶつけようと考えているのだ。

 周囲からの人間的な評価はともかく、軍人としては誰もが一目置く連合の頭脳、それがサザーランド大佐である。



 

 結局フラガに足止めされたカガリたちは、10時過ぎまで時間を潰してからフレイのいるらしい基地へとやってきた。一応カガリ以外は軍服を着て車で門まで行き、そこに居た衛兵にフラガから渡された書類を見せる。すると衛兵は門を開け、敬礼をして通してくれた。キラとトールの少尉の階級証を意識してのものだろうが、軍人という意識の無いキラたちは驚いてしまった。何故かカガリだけは平然としていたりするが。
 基地の中に入った6人はMS隊の格納庫がある滑走路の近くにある駐車場に車を停めると、キサカの情報を頼りにフレイが居るであろうMS隊を尋ねていった。
 だが、彼らは方面軍の中心とも言える軍事拠点の広さを理解してはいなかったようで、幾つも立ち並んでいる格納庫のどれがMS用なのか分からず、いともあっさりと迷子になってしまっていた。

「ねえカガリさん、MS格納庫って、何処?」
「いや、それが、キサカの情報だとMS格納庫としか聞いてなかったもんでな。まさかこんなに広くて、格納庫が沢山あるとは思ってなかったんだ」

 平たく言うと、カガリの頭の中で基準となっているオーブの基地とは比較にならないほどに巨大だったのだ。島国のオーブでは建設できる基地のサイズも制約を受けるのだが、そんな制約を持たないインドでは巨大な基地を建設する事が出来る。このマドラス基地もインド洋艦隊を含むインド方面軍の最大拠点として機能しており、大量の物資を蓄積する事が出来る。後方拠点の規模が小さくては前線部隊は大規模な戦力を展開できないのだ。
 島国のオーブではこういった戦略構想は存在せず、沿岸部に小規模の基地を設けて駐留部隊を維持できる程度の物資しか保有してはいない。海上で敵を迎撃するのがオーブの基本戦略で、大西洋連邦とは根本的に戦略方針が違うので、戦力の整備も変わってしまうのだ。

 

 見事に迷子になってしまった6人の姿は、失ったスカイグラスパーの代わりに支給してもらった量産型のスカイグラスパーへの機種転換訓練をしていたキースに目撃されていた。それまでの試作型スカイグラスパーとの操縦感覚の違いを埋めようとひたすら飛び続けていたキースだったが、たまたま補給に帰還していた時に偶然見かけたのだ。

「あれ、あれは、キラにカガリにサイたちまで……なんでこんな所に居るんだ?」

 あいつらにはこの基地に入る権限は無い筈なのに、何故こんな所にいるのだろうか。キラとトールだけならMSの実戦データの提供などで呼ばれることもあるかもしれないが、他の4人は全く関係が無い筈だ。
 暫く考えていたが、あの6人がここに来る理由が1つ以外に思い当たらない。そう、どうやって調べたのかは分からないが、MS格納庫に居るフレイを探して来たのだろう。

「……誰が教えたんだ。ラミアス艦長辺りが怪しいが、それともバジルール大尉が泣き落とされたか?」

 色々考えたが、あいつらにそんな器用な真似が出来るとも思えないので却下し、別の可能性を考える。後ありえるとすれば誰かが調べて教えたという可能性だが、そんな事が出来るような奴は……

「いるな、1人」

 そう、カガリの側近、レニドル・キサカ一佐。あの歌って踊れる万能男ならカガリの気持ちを汲んで行動し、フレイの居場所を突き止めてしまうかもしれない。この街にもオーブの諜報員くらいはいるだろうし、調べる事も不可能ではないだろう。
 だが、そうなるとあいつ等がフレイの前に現れるのは確実だ。そうなるとまた厄介な事になりかねない。

「隊長に一言言っておくか。面倒起す前に取り押さえてもらうとしよう」

 そう決めると、キースは近くの詰め所に向った。そこには基地内を結ぶ内線があるのだ。

 


 

 インド洋の東、アンダマン諸島の中にある無人島の1つに、ザフトの潜水艦隊の補給基地があった。潜水艦とは各地に複数の補給拠点が無ければ長期の活動は不可能であり、ましてザフトの潜水艦はMSの運用までするので頻繁に補給に戻らなくてはならない。補給無しで戦争が出来るのは漫画の世界だけだ。
 モラシム隊のボズゴロフもアスランたちを送り出した後にここに補給と休養に戻っており、再度の攻勢に備えて準備を進めている。ザフト潜水艦隊は世界中で暴れているが、実際には海上を航行するのは危険なので潜水艦に頼っているのだ。この為に海上船を利用した大規模輸送が行えず、補給に常に難儀するという問題が起きている。地球の海はザフトの戦力で制圧できるような広さではなかったのだ。
 
 イザークとディアッカはモラシムとは折り合いが悪く、寄港後はモラシムは艦に残っていたが、イザークとディアッカは陸上施設内に部屋を貰っていた。
 だが、そこでイザークは失意の底に沈んでいた。何時もの勢いは無く、精彩を欠いた表情は疲労と悔恨に覆われている。これが本当にあのイザークなのだろうか。友人の変貌ぶりにディアッカは何とかしてやりたいとは思っていたのだが、彼ではイザークの力になることは出来ず、自分の無力さを悔やむ事しか出来ないでいる。
 イザークは建物の窓から、偽装された椰子の木が覆う海岸の先に広がる海を見詰めていた。その視線の先にはアスランたちが潜入したマドラスがある。

「フィリスは、大丈夫だろうか」
「イザーク、今日になってその台詞は5回目だぜ」

 椅子に腰掛けていたディアッカが呆れた声をかけるが、イザークは視線を動かそうとはしない。それにディアッカは今日何度目かになる溜息をついた。

「まあ、気持ちは分からんでもないけどな」
「……無くしてみて、やっと大切な事に気付いた、というやつだ。俺にとってフィリスは無くてはならない奴だったんだ」
「別に死んだ訳じゃあるまいし。でもまあ、早く帰って来て欲しいけどな」

 ディアッカの言葉に、イザークは真剣な顔で頷いた。昨日の晩辺りからもうずっとこの調子である。この隊に配属された頃は新人だと馬鹿にしていた相手なのに、いつの間にかイザークにとって彼女はとても大きな存在となっていたのだ。

「帰って来たら、少しは態度を変えてやるか?」
「ああ、もう新米とか言って馬鹿にするのは止めだ」

 だから、早く帰って来て欲しい。自分には彼女が必要なのだ。もう彼女無しではこの先やっていく事は出来ない。自分でも気付かぬ間に、自分はこんなに彼女に助けられていたのだ。
 もう馬鹿にしたりなんかしない。忠告にも耳を貸す。戦闘中の進言も無視したりはしない。

 だから……

「早く帰って来て、この書類を何とかしてくれ」
「イザーク……」

 執務机の上で堆く積みあがっている未処理の書類の山を視界に入れないままに、イザークは窓に両手を付いて苦悩の声を漏らした。そう、イザークは自分の処理能力を超えた仕事量に完全に現実から逃げてしまい、ただただフィリスが早く帰って来てこの現実を何とかしてくれる事を切に願っていたのだ。
 因みに、ディアッカには事務能力が欠如していたようで、昨日に仕事を手伝わせてみたのだが、今日になって関係部署が徒党を組んで間違いだらけの書類を手に怒鳴り込んできて以来、2度と手を出させてはいない。
 2人はこの現実を前に、いかにフィリスという存在が貴重だったのかを思い知らされたのだ。自分達が全ての事務仕事を押し付けていたのだが、まさかそれがこれほどの量であったとは。それをフィリスは毎日処理して平然としていたとは。今まで押し付けていたせいで、自分達ではさっぱり分からない内容の仕事が多すぎた。
 アスランの方はこれ以上の量なのだが、幸い本人に能力があったことと、副官のエルフィが事務能力に富んでいた為に何とか対処できていたりする。今はニコルとミゲルが頑張っているらしい。
 だがしかし、イザークがどれほど真剣に願っても、フィリスが帰って来るのは明日の晩である。



 

 見事に迷子になってしまった6人は基地内を延々とウロウロする羽目になり、通りかかった兵士などに道を聞いて何とか正午前にはMS隊の格納庫へとやってくることが出来た。
 そこでは丁度4機のMSが演習場へと歩いていくためにハンガーから出て行くところで、その中にはまだまだ沢山のMSが並んでいるのが見えた。

「あれかな?」
「そうだろ。MSがあるし」

 MSが出てきた格納庫を指差したカズィにカガリがうんざりした顔で頷いている。ここに来るまで2時間ほど歩きっぱなしだったので、流石に疲れてしまったのだ。
 だが、6人が格納庫に入るといきなり頭上から物凄い怒鳴り声が飛んできた。

「こらぁ、勝手にハンガーに入らないでっ!!」

 この物凄い怒声に6人全員がビクッと首を竦め、恐る恐る頭上を見上げると、そこに整備兵の作業着を来てボードを小脇に抱えた女性兵士が2階に当たる壁沿いに張られた通路から見下ろしていた。2階といってもMS用の格納庫の中での高さなので、5m位の高さにある。

「貴方たち、一体何処から入ったの。ここは部外者は立ち入り禁止よ!」
「い、いや、それは、その……」

 トールが何か言い返そうとしたが、適当な言葉が浮かばずに口篭ってしまう。サイもカズィもキラも同様なようで、ミリアリアとカガリは情け無さそうに肩を落とした。
 そして自分達を怒鳴りつけた女性はなんと5mはあるだろう2階からひょいっと飛び降り、すぐ傍のMSの装甲板を蹴って落下速度を殺しながらキラたちの傍に着地した。ナチュラルではありえない運動能力である。

「貴方たち、一体何処の志願兵よ……って……」

 更に何か言い募ろうとして、女性がピシリと固まってしまった。何やら顔を沢山の汗が流れ落ち、面白いように引き攣っている。そして、その場でボードを落として最敬礼の姿勢をとった。

「し、失礼しました、少尉!」
「……え、少尉?」
「僕たちのこと、ですか?」

 敬礼を向けられたトールとキラが自分を指差して困惑している。そう、なんちゃって士官でも、一応2人は少尉という士官様なのだ。士官とは軍隊では完全な特権階級であり、兵や下士官は士官には絶対服従するよう徹底的に教育される。セランは軍曹なので、少尉の2人には敬意をもって接さなくてはならないのだ。
 そして、こういう事情を理解していない5人はセランの態度に戸惑っていたが、事情を理解しているカガリはキラの脇を肘で突いた。

「おい、丁度良いからこいつにフレイの居場所を聞けよ」
「え、で、でも……」
「聞かなくちゃ何処に居るか分かんないだろ。何しにここに来たんだよ」

 カガリに咎められてキラは仕方なくセランにフレイの居場所を聞いた。

「あ、あの、ここにフレイ・アルスターという女の子が来てると思うんですけど、知りませんか?」
「アルスター少尉ですか。勿論知っていますが」

 キラの問いにあっさり知っていると答えるセランに、6人は表情を輝かせた。やっと見つけることが出来たのだ。だが、セランの方は逆に6人に不審げな視線を向けてきた。セランはキラたちの存在を聞かされていたのだ。

「失礼ですが、アークエンジェルの方でしょうか?」
「はい、すいませんが、会わせてくれませんか」

 サイが勢い込んでセランに言うが、セランはそれに対して首を横に振った。そしてチラリとキラを見やり、一度目を閉じる。

「申し訳ありませんが、取次ぐ事は出来ません」
「な、何でですか?」
「僕たちはただ話をしに来ただけですよ!」

 サイとトールがセランに文句を言ったが、セランは厳しい表情を作って2人を見た。
その視線に気圧されて2人は文句を言う口を閉ざされてしまう。そしてセランは今度はキラを見た。その瞬間ビクッと体を震わせたキラだったが、それはセランに失望を与えるだけだった。

「……キラ・ヤマト少尉ですね。アルスター少尉から聞いています」
「僕の事を、フレイが?」
「はい、まあ色々とお話は聞いてますよ」

 色々、という部分に何かを感じたのか、キラはちょっと押されているのを感じさせる表情を僅かに引き攣らせた。そしてセランは追い返そうと強い口調で文句を並べようかと思ったのだが、口を開こうとしたところでカガリに邪魔をされた。

「頼む、フレイの所に連れて行ってくれ。私達全員でなくても良い、キラだけで良いから」
「……そんな事を言われてもね」
「頼む、この通りだ!」

 その場でいきなり頭を下げたカガリに皆が驚いてしまった。特に頼まれてるキラは慌てふためいている。

「や、止めてよカガリ!」
「馬鹿野郎、お前は何しにここまで来たんだよ!?」

 カガリに一喝されてキラは黙り込んでしまった。キラが下がったのを見てカガリはまたセランを見る。そして今度はサイとトールまでがカガリの隣に立って同じように頭を下げだした。

「俺からも頼みます。こいつだけで良いんです!」
「俺達はここで待ってますから、頼みます!」

 2人に頼み込まれてしまたセランは拾って小脇に抱えていたボードで頭を掻き、そして渋々という感じで近くに扉を示した。

「そこに入ってくれますか。ちょっと話があります」
「え、話って……」
「いいからお願いします。一応、命令違反になるんですからね」

 そう言ってセランはツカツカと足音を立ててその扉を開けて中に入っていってしまう。残された6人は顔を見合わせていたが、カガリとサイ、トールが歩き出し、それに引き摺られるようにしてキラとミリアリア、カズィも部屋の中に入っていった。
 部屋の中はミーティングルームなのか、ホワイトボードに机、折り畳み椅子が複数置いてあるような粗末な部屋だった。セランはそこで折り畳み椅子に腰を降ろし、ぶすっと渋い顔をして入ってきたキラを睨んでいる。

「……とりあえず、少尉、貴方はどうしてアルスター少尉がここに連れてこられたのか、事情は御存知ですか?」

 セランの問いに、キラは力なく頭を横に振った。それを見てセランはガックリと肩を落とし、右手で額を押さえた。

「そんなんでよく会いにこれましたね」
「……フレイは、どうして?」
「飛び出したのか、ですか。それくらい自分で察せなくてどうします、と言いたい所ですが、そんな甲斐性のある男は滅多に居ないですね」

 やれやれと愚痴を言うセラン。それを聞いたミリアリアとカガリが同感だと言いたげにうんうんと頷き、トールとサイ、カズィは気拙そうに顔を背けた。それを見てミリアリアとカガリの視線が露骨に冷たさを増したりしたが、いまは男どもを嬲るのが目的ではないので視線をセランに戻した。

「まあ、私は少尉から飛び出した事情を聞いただけですので、お2人の間にどういう問題があったのか、細かい所までは知りません。ですが、少尉が飛び出したのは貴方への罪悪感ですよ」
「……は?」

 良く分からない、という顔をしていたのだろう。セランは僅かに苦笑を浮かべて話を続ける。

「あんな事をしていたのに、今更許されるはずが無い。そう言ってましたよ。あんな事というのが何を指すのかは、特に聞いていませんが」
「……そんな」

 信じられない思いで、キラは眉を顰めた。あの夜、ヨーロッパでの戦勝パーティーの夜で彼女は全てを話してくれた。そしてその後に暴走した自分を止めてくれた時に彼女はもう一度全部やり直そうといってくれて、自分はそれを受け入れた。
 フレイの話してくれた事を受け入れるのは辛かったが、これがナチュラルとコーディネイターの、自分たちの溝を埋めるための痛みなんだと思って受け入れたのだ。それでこの件は終わった筈だった。
 まさか、そんな事を今までずっと引き摺っていたなどとは、キラは気付きもしなかった。

「なんですか、それは……」

 思わず深々と溜息をついてしまう。今更そんな理由で逃げられてはたまらない。それがキラの正直な心情だった。

「何で今更。それはもう、終わった話だと思うんですけど」
「少尉にとっては、ずっと心のシコリとなって残っていたんでしょう。言葉でそう口にしても、それがその時に実感として受け止められるとは限らないんです。まして、少尉はまだ15歳ですから」
「……はあ」

良く分からない。曖昧な返事を返し、キラは額を押さえて近くの椅子にドサリと腰を降ろした。

「まあ、それなら……良いんですけど」
「ヤマト少尉、全然分かっていませんね?」

 セランが「はあっ」と溜息を漏らし、ミリアリアとカガリまでが頭痛を訴えるかのように顔を顰めて頭を抱えている。

「良いですか、女性の気持ちが分からなくても、分からないという態度をとるのは良くないんです。女の子は繊細なんですよ」
「…………」

 何というか、脅されてるような気がするのは何でだろう。
 キラは微妙に視線を外し、口の中でもごもごと何か言い訳のようなものを呟きだしたが。それを見たセランがニッコリと微笑んだ。

「何かありますか、少尉?」
「あ、いえ、何も。それで、フレイには会わせて貰えるんですか?」
「……今会っても、また逃げられるだけかもしれませんよ」
「構いません。今はとにかく会わないと、会って話さないとっ」

 拳を握り締めて肩を震わせるキラの言葉に、セランはまたしてもフウッと溜息を漏らした。

「若いわね。それとすごく純粋」
「あの、それはどういう……」
「気にしないで下さい。独り者の愚痴ですから」

 ふっと寂しげな笑みを浮かべたセランはよいしょと掛け声を出して腰を上げると、キラに向けて方目を瞑って見せた。

「良いでしょう、付いて来て下さい。ただし、来て良いのは少尉だけです」
「え、でも……」

 キラがどうしたものかと仲間達を振り返ったが、彼らは別に不満そうではなかった。

「良いぜキラ、行ってこいよ」
「キラが仲直りしてくれれば、フレイも家に帰って来るだろうしね」
「まあ、言いたい事は沢山あるんだけど、俺のは後からでも言えるからさ」
「俺もサイと同じだよ。でもまあ、俺は特に何か言いたいわけじゃないけどな」
「僕は……トールと同じかな」

 5人が口々にここで待ってると言ってくれる。それを聞いてキラはポカンとしてしまったが、すぐに我に返ると随分久しぶりにキラは笑顔を作った。

「ありがとう、みんな」

 みんなに礼を言ってキラはセランに向き直った。セランはキラたちを見て何だか妙に優しい顔をしていたが、キラがこっちを見たので小さく頷き、扉を開けて外に出た。そして部屋から少し離れたところで、セランはキラに声をかけた。

「良い友達を持ってますね、少尉は」
「……そう、ですね。僕には勿体無いような友達です」

 少し気恥ずかしげに、でも誇らしげにキラは頷いた。それを見てセランは微笑み、今までより少し砕けた口調で話を続けた。

「少尉、貴方は、何で軍に残ったんです?」
「え?」
「少尉はコーディネイターでしょう。何でなんです?」
「それは、その、みんなが、フレイが軍に残ると言ったから。ストライクは僕しか動かせないから、僕が守らないといけないと思って」
「ふうん、なるほどね」

 セランはそこで足を止め、キラの目の前で人差し指を振って見せた。

「まあ、子供っぽい正義感も良いけど、守らないといけないなんて思い込みは良くないですね。そんな風に考えてると、誰も守れない」
「でも、僕がやらなくちゃいけないんです」
「気負い過ぎです。アークエンジェルって言ったらあのエンディミオンの鷹やエメラルドの死神まで居るんでしょう。アルスター少尉も入れればエース級が3人も居る。こんな部隊、聞いたこと無いです」
「でも……」
「気負い過ぎは良くないの。折角回りに強い人が一杯居るんですから、力を貸してもらった方が良いんです」

 ちっちっちと指を揺らすセラン。キラはそれに反発を感じたが、どうにも反論し難い。セランのようなタイプの人間は、アークエンジェルには居ない。

「でも、僕はコーディネイターなんです。戦う力があるんです。だから」
「別にコーディネイターだからなんて理由にならないでしょう。ナチュラルにだって凄い人はいますよ。アルスター少尉だってナチュラルなのに私の兄さんを圧倒してました」
「あの、フレイがお兄さんに勝つのと、何の関係があるんです?」

 キラが首を捻って聞くと、セランは「なんか最近この質問が多いわね」と呟きながら答えてくれた。

「私達はコーディネイタ−ですから」
「そ、そうなんですか?」
「はい。だからコーディネイターより強いアルスター少尉を、貴方がコーディネイターだからって理由で守るのは変でしょう。兄さんはあれでも一応この基地のエースの1人なんですよ」
「で、でも……」
「だから変な理由をこじつけないの。最初はそういう理由で自分を騙してても良いけど、そろそろ本音を出した方がいいですよ。貴方が友達を守りたいのは、アルスター少尉を守りたいのは、本当に戦う力があるからなんて理由なんですか? 力が無かったら後ろで見てましたか?」

 揺らしていた指をビシィッとキラに突きつけて問うセラン。その問いにキラはうっと唸って一歩後ずさった。セランは軽い口調で問い掛けてるだけなのに、その一言一言がキラを確実に追い詰めてくる。そしてセランは口調を更に詰問口調に変えた。

「どうなの。貴方はアルスター少尉が戦ってたら、後ろで観戦してるの?」
「……いえ、そんな事は無いです。僕はフレイを守るって約束したんですから」

 それだけははっきりと言い切れた。その動機がどうであれ、例えあの時の言葉の裏に何があったとしても、あの時のパイロットルームでのフレイの言葉が自分を支えてくれたのは確かだから。
 そして、今もフレイを守りたいという気持ちに嘘は無い。それを理解できたセランは突きつけていた指を戻すと、びしっと親指を立てて見せた。

「グッド、潔い答えね」
「そうですか?」
「その気持ちが大事なのよ。ここで悩むようだったら、今すぐこれで叩き出してたわね」

 そう言ってモンキレンチを取り出すセラン。その瞬間瞳に過ぎった危険な光を見たキラは恐怖に震え上がってしまた。本気だ、あの目は本気で殺る目だ。
 セランはすぐにモンキレンチをしまってくれたが、キラはこの人も怖い人なん
だと気付き、ガックリと肩を落としてしまった。

「それにしても、何で僕の周りにはこういう人しかいないんだろう。しかもどんどん逞しくなっていくような」

 ミリアリアとフレイから始まり、マリューにナタル、ラクスと続き、カガリと来てセランだ。フレイは最初は弱々しかったが、今ではとっても強くなっている。
 何となく自分の星回りというものを真剣に考えてしまうキラであったが、そんな事を考えていられる時間はさほど長くは無かった。先を行くセランが足を止めたのだ。表情も先ほどまでの穏やかな表情から、軍人らしいきりっと引き締めたものに戻っている。

「さあ少尉、ここですよ。アルスター少尉はこの中で新人パイロットに戦い方を教えてます。ばれると不味いので、こっそり覗いてください」
「会わせてはくれないんですか?」
「今はまだ無理です。もうすぐお昼で講義が終わるので、その時まで待っていてください」

 そう言われては文句も言えず、キラはセランに示された窓際からそっと中の様子を伺った。そこでは、ホワイトボードに何かを描きながら身振りを交えて同年代ほどの兵士達にあれこれ言っているフレイがいた。どうやら戦う時の動き方などを説明しているらしい。

「アルスター少尉は生き残る事優先の人ですね。みんなにチームで動く事の大切さと、背中をとられないよう注意する事をひたすら教えてます」
「まあ、フレイは攻めよりも守る方が得意みたいですし。僕と違って色々教えてもらってるみたいですから」

 フレイとカガリはナタルに師事して色々と教えて貰っている。その成果は良く分からないのだが、こうして他の兵士にあれこれ教授できる位には役に立っているらしい。だが、中の様子に集中する余り、2人は背後から忍び寄る危険に気付いてはいなかった。




後書き

ジム改 今回は種の不思議に迫ってみようか。
カガリ 不思議って、特番じゃないんだから。
ジム改 第1回は、アークエンジェル(以後AA表記)の不思議です。
カガリ アークエンジェルの謎?
ジム改 AAはレーザー融合パルス推進で航行するらしい。
カガリ それの何処が不思議なんだ。
ジム改 融合用レーザーのエネルギーは何処から得てるんだ?
カガリ ジェネレーターからだろ。
ジム改 核分裂は駄目、核融合は完成してないんだぞ。
カガリ 水素とか、燃料電池とか、太陽光とか。
ジム改 それで核融合起こすだけのレーザーを出すのか?
カガリ ……難しい、よなあ。
ジム改 他にも艦内電力、MSの電力、兵装の電力など、何処から得てるんだか。
カガリ 不思議な戦艦だな。
ジム改 そして何より無茶苦茶なのが、AAは大気圏内を航行している。
カガリ 無茶なのか、ロケットみたいにパワーで飛んでるんだろ。
ジム改 飛ぶことがではない。大気圏内で核パルス推進していることだ。
カガリ ……通った後は放射性物質撒き散らして、電磁波が荒れ狂うのか。
ジム改 そしてラミネート装甲。あれも謎だ。
カガリ それは何が?
ジム改 宇宙じゃ無敵だったのに、なんで熱交換が楽な大気圏内で撃ち抜かれるのだ。
カガリ きっと装甲がボロくなってたんだな。
ジム改 とまあ、このようにAAは不思議が一杯の船だ。
カガリ 分かった、波動エンジンとコスモクリーナーDを積んでるんだ!
ジム改 そんなオーバーテクノロジーは無い! と思う。
カガリ 何故に自身なさげ?
ジム改 否定しきれないほど不思議が多いからだ。

 

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