第60章  エースを欠く戦い




 基地がザフトの攻撃で大混乱に陥っている頃、街から非難する民間人に混じって街を脱出したアスランたちは、十分離れた南の海岸でニコルのブリッツと合流していた、連合は量産したB型ブリッツを偵察や奇襲といった特殊任務に当てることで大きな成功を収めているが、ザラ隊でもようやくこの機体の運用法を理解しだしたらしい。アスランたちはこれまでミラージュコロイド搭載機の運用法を理解せず、敵MSとの戦いに投入するという無駄な使い方をしてきた事を考えれば、大幅な戦力アップと言えるかもしれない。姿が見えないというのは強襲用ではなく奇襲や偵察向きの特徴である。
 ミラージュコロイドを展開して対人センサーを最大にして捜索していたニコルは、海岸道路沿いに3人を見つけることが出来た。3人は人気の無い、釣り人用としか思えないサービスエリアに居たのだ。屋根付きのぼろい建物がある。

「ああ、居ましたね。でも、何やらフィリスさんの様子がおかしいような」

 建物の前でフィリスが何やら喚きたてている。とりあえず映像を拡大してみると、どうやらアスランに何か言っているらしい。近くまで来てミラージュコロイドを解除し、コクピットハッチを開けて外に出て3人に声をかけた。

「アスラン、フィリスさん、エルフィさん、迎えに来ましたよ」

 勤めて明るく声をかけたが、向こうはこっちの話を全く聞いてくれていないようだった。

「ザラ隊長、もういい加減目を覚ましてください。帰るんですよ!」
「……この何処までも続く海を見てると、仕事なんてどうでも良くなってくるな」
「現実から逃げないで下さい!」
「隊長、オレンジと、売店で買ったいかにも怪しいドリンクのどっちが良いですか?」
「エルフィさんもです。しかもこのメッコールEXって、無茶苦茶怪しい名前じゃないですか!」
「まあまあフィリス、余り怒ってると血圧が上がるぞ」
「そうですよ。ほら、フィリスさんもどうぞ」
「何でそこでメッコールEXを差し出すんですか!?」

 どうやらかなり深刻な事態らしい。ニコルはどうやってこの3人に自分が来たという事実を認識させようかと考え込んでしまった。

 


 整備台から飛び降り、慌てふためきながらセランの傍へと駆け寄り、声をかける。

「セランさん、セランさん!?」
「少尉、気を失っているんです!」

 平静を失っているフレイを整備兵の1人が後ろから押さえ込み、セランが気を失っている事を言って聞かせる。それが功を奏したのか、フレイが落ち着きを取り戻してきた。
そしてセランの脇で心配そうに見ていると、やっと駆けつけてきた衛生兵がセランの傍に跪いて容態を確かめ、すぐに顔を顰めた。

「息はあるが、かなり酷く体を叩き付けてるな。肋骨も折れてるようだ。すぐに医務室に運んでくれ」
「あの、セランさんは大丈夫なんですか?」
「かなり危険な状態だ。すぐに手当をするが、持つかどうか。これでもコーディネイターだからまだ生きてるんだからな。ナチュラルなら即死してる」

 その衛生兵の言葉に、フレイは彼女らしくも無くセランがコーディネイターで良かったなどと思ってしまった。そしてようやく担架を持った兵士がやって来てセランを上に乗せた。その時の痛みか、セランが小さな呻きを漏らしてうっすらと目を開ける。

「セランさん、気が付いたの!」
「……しょう、い?」

 目はまだ焦点があっていないようだが、声は聞こえるらしく、担架の上で返事だけはしてくれた。それに喜んだフレイが感極まって抱きつこうとして慌てて衛生兵に止められるといった洒落にならない場面もあったが、セランは苦しそうに顔を顰めながらもフレイに一番気になっている事を聞いてきた。

「少尉、みんなは……無事ですか?」
「え……ええと」

 慌ててフレイは辺りを見回した。薙ぎ倒されたのは十数人ほどのようで、重傷者は何人か居るようだが、死者は出ていないようだと見て取ってそれをセランに教えると、セランは安心したように笑みを浮かべた。
 そして、衛生兵の指示で担架が持ち上げられ、セランが運ばれていく事になった。急がないと危ないというのだ。フレイは担架の横で心配そうにセランを見ていたが、セランは別れ際に一つだけ頼み事をしていた。

「少尉……基地の、みんなを、守ってください」

 それを聞いたフレイは一瞬迷ったが、すぐにうんと頷いた。自身は無かったが、今はセランを不安にさせちゃいけないと思ったのだ。それを見たセランは安心したように目を閉じ、医務室へと運ばれていく。
 セランを見送ったフレイは再び不安そうな表情に戻り、自分のMSである105ダガーを見上げた。

「私じゃ、あんたを使いこなせないの。少佐やセランさんが言うような凄い事なんて、私に出来るの?」

 2人はこのMSには特殊な装備があると言っていた。もしそれを起動できれば、このMSは多数の敵を一度に相手取って勝利できるようになるとも。自分にはそれを扱う才能があるとも言っていたが、今までそんな不思議な力が起動したことは無い。

「どうすれば良いのよ。キラと戦った時みたいに相手の動きが全部見えるような変な感じを呼び戻せば良いの?」

 でも、あんな滅茶苦茶な状態になるなんて、あの時しかなかった。
 フレイにとって最高の戦闘結果が出せたのは、まさにキラとの決戦が起きた戦いだ。あの時はブリッツを圧倒して、新型を追い返して、キラと互角に近い勝負が出来た。今考えると信じられないような話で、実際フレイもどうしてあんな闘いが出来たのかと疑問に思っている。技量そのものは間違いなく当時よりも向上しているのに、その時の戦闘データを用いたシミュレーションに勝てないのだ。
 あれが何だったのか、未だに自分には分からないのだが、フラガには分かっているようだった。そしてアルフレットとセランも自分の力の秘密を知っているようなのだが教えてくれない。
 本当に自分にはこの機体の真価とやらが出せるのだろうかと悩みながらも、フレイはもう一度105ダガーに乗り込んだ。セランが必死になって直してくれたのだ。それには答えないといけない。今度はマシンガンではなくビームライフルを装備してフレイはもう一度出撃した。




 ドックから出撃したアークエンジェルは弾幕を張り巡らし、さながら空中要塞とでも言うべき状態になっていた。アークエンジェルはドックの中で対空火器の増設工事を受けており、剥き出しのイーゲルシュテルン対空システムを新たに4基、艦橋周辺に増設されている。本来なら6基増設される予定なので、まだ未完成なのだ。これに伴って火器管制システムも最新型にバージョンアップを受けていたのだが、これも完了していないので長距離戦闘が出来なくなっているが、幸い今回の戦闘には関係が無い。
 カガリはパルとノイマンに次々に指示を出していたが、自分1人では裁ききれないのを自覚してキサカにCIC指揮席に座るように言った。

「キサカ、CICの指揮を取れ!」
「カガリ、だが」
「命令だ。私ひとりじゃ手が回らない。私はMSと周辺部隊の指揮をするから、艦の戦闘指揮は任せる!」
「……了解しました」

 命令だ、という言葉にキサカは従うしかないと感じた。カガリがこういう言葉を使うのは極めて珍しく、それだけにどれほど余裕を失っているかが理解できたからだ。仕方なくキサカはCICルームに下りると、いつもはナタルが座っている席にその巨体を下ろし、椅子の高さを調節するとCICのメンバーにデータを回すように指示を出した。
 キサカに戦闘を任せたカガリは湾口で頑張っているMSや戦車隊に指示を飛ばしだした。

 湾口部ではトールのデュエルと劾のブルーフレーム、それにオルガのカラミティを中心に防衛戦を行おうとしていたが、カラミティは火力がありすぎて乱戦には向かないことがすぐに判明した。味方が危なくてやってられないのだ。そしてもう一方の雄である劾は、こっちは台所事情改善という至上命題を与えられている為か、些か気負いすぎていた。
 この部隊に対してイザークとディアッカを含む6機のMSが地上から進入し、さらに空からパラシュート降下で24機のMSが降ってくる。これだけでもマドラスを陥落させられるのではと思えるような大軍だが、彼らはマドラスに降り立つ前にアークエンジェルの猛烈な対空砲火と地上の砲台や車両の対空砲火、そしてトールに頼まれて対空戦闘をしているカラミティの砲といった多数の火器が生み出す弾幕の盛大な歓迎を受けたのだ。
 これ等の対空火器を減殺する筈のイザークたちはトールやダガー部隊によって前進を阻まれ、湾口部に進入で出来ないでいる。
 イザークはパワー配備のダガー隊に行き足を止められ、ディアッカは敵のデュエルにかなり手を焼いている。イザークの方は純粋に相手が悪いだけなのだが、ディアッカの方は機体の相性が悪すぎた。砲戦用のバスターが汎用のデュエルと真っ向から戦っては技量の差もクソも有りはしない。爆撃機が戦闘機と空戦をするようなものだ。
 デュエルが放ってくるビームを湾口施設を盾代わりにしながら必死に回避しているディアッカだったが、彼は敵のデュエルと湾口という戦場の双方に罵声を放っていた。

「くそ、しつこい奴だぜ。おまけにここは建物やクレーンなんかが多すぎて砲身をまともに取り回せねえ。俺には最悪の戦場だな」

 対装甲榴弾砲も高エネルギー収束ライフルも射程、威力共に優れる使い易い兵器だが、それはあくまで支援砲撃用としての話だ。格闘戦を考えた主戦機を相手に接近戦をするための武装ではない。用途に合わない使い方を強いられればどんな兵器もガラクタに価値を落とすのだ。バスターは開けた戦場で後方に配置してこそ真価を発揮する機体であり、こんな風に乱戦に持ち込むべきではない。
 一方、トールの方は相手のおかげで何時に無く善戦していた。技量差は隔絶しているのだが、バスター相手に接近戦を仕掛けられたことが彼に圧倒的な有利に働いている。フレイがキースの弟子ならトールはフラガの弟子で、彼は距離を詰めての接近戦を好む傾向がある。実はトールは考え無しに前に出るという前進病患者で、これを見抜いたフラガが接近戦で戦えるよう自分のテクを仕込んでいたのだ。
 ビームライフルとシールドを構え、倉庫などを利用して距離を詰めたトールは動きの鈍いバスターに容赦なくビームライフルを撃っていたが、相手も素早く身を隠してしまうので中々当てる事が出来ないでいた。

「ちょこまかと逃げるなあ。でも、ジンはダガ−隊が相手してくれてるし、このまま追い詰めていけば勝てるよな」

 あれはザフトに奪われたGで、幾度も自分達を攻撃してきた恨み重なる相手だ。トールにしてみればまさにここで会ったが100年目な相手なのである。もはや恨みが積もり積もってると言っても良い。ここで自分が1機でも落とせればその鬱憤が晴らせると、トールはかなり浮かれ気味だった。
 一方、ディアッカの方は些か戸惑いを感じていた。相手はあの足付きのデュエルである。ニコルやフィリスがボロボロにされ、イザークが合い撃ちに持ち込まれたような凄腕のはずなのだ。なのに、何でこいつはこんなにも動きが悪いのか。

「どーも変だよな。ニコルやイザークの話なら、今頃俺はお陀仏の筈なんだが、ひょっとしてパイロットが違うのか?」

 それなら動きが鈍いのも納得がいく。だが、それは自分が逆撃を加えられる事には繋がりはしない。やれるならとっくにやっているからだ。

「ちっ、やっぱりアスランたちが居ないのは辛いな。ミゲルとジャックも連れてこりゃ良かった」

 今回はただの襲撃任務という事だったので、ミゲルとジャックは基地で留守番をさせておいたのだ。精鋭はクルーゼ隊長の罠にかかって抜けている今ならさほど苦労はしないという算段だったのだが、結果はこの様だ。
 そして必死にトールの攻撃から逃げ回っていたディアッカの元に更なる凶報が舞い込んできた。先行していたグリアノスから通信が入ったのだ。

「すまん、こちらがしくじった。ナチュラルは想像以上に戦力を残していたらしい」
「グリアノス隊長が、負けたんですか?」
「ふん、ジンで敵の新型を2機も相手にしろと言うのか?」

 意外そうなディアッカにグリアノスは不満げに言い返したが、別にそれを含むようなことも無く苦戦しているディアッカの援護に入ってくれた。逆にトールはいきなり降り注いできた銃弾の雨に驚いている。

「な、何が、何処から撃ってきたんだ!?」

 慌ててシールドを銃弾の降り注ぐ側に向けて後退しようとしたが、焦るトールの眼前に倉庫の屋根辺りから飛び降りてきたジンが着地する。

「ジ、ジン!?」
「ふん、デュエルか。機体は上等だが、パイロットはまだ未熟!」

 至近距離から叩き込まれた76mm弾がデュエルの装甲を打ち据え、コクピットに居るトールに物凄い衝撃を与えていく。この衝撃に振り回されたトールはとにかく逃げようとしたが、トールの腕ではグリアノスから逃げ切るのは至難と言うしかなかった。何しろ相手はフレイさえ手玉に取るようなパイロットなのだから。

「このっこのっ、何で当たらないんだよ!?」

 トールは必死になってビームライフルでジンを狙ったが、そのジンは射撃してくるほんの一瞬だけ動きを止めるだけですぐさま走り出してしまうので、トールの腕では照準さえ合わせられない。放たれているビームは全て恐怖に駆られての出鱈目な射撃である。
 もっとも、結果だけ言うならトールはボコボコにされたもののグリアノスから逃げ切ることには成功する。トールが逃げ切ったと言うより、撤退する気だったグリアノスが弾と時間を惜しんだと言う方が正解だったが。




 湾口上空にアークエンジェルを留めて浮遊砲台としていたカガリは周囲のMSや砲台に指示を出していたが、パルが上空から何かが降ってくるという報告を受けて慌ててメインスクリーンの映像を切り替えさせた。そこに上空の映像が表示され、マドラス湾後部に降下してくる多数の何かが映し出される。

「何だ、あれは?」
「多分減速用のパラシュートだ。あのサイズと数からすると、恐らくザフトのMSだな。軌道上から降下してきたんだろう」

 カガリの疑問にキサカが答えた。彼はザフトの地球降下作戦に付いても研究したことがあり、ジンがああいう風に強襲降下してきた事を知っていたのだ。
 キサカの返事を聞いたカガリは席から立ち上がってパルに指示を出した。

「ゴッドフリートを使って撃ち落せ!」
「無理だ、ゴッドフリートは真上には撃てない!」
「じゃあウォンバットを使え、あれを地上に降ろさせるな!」

 今の状況で更にあの数が降りてきたら勝ち目が無い。それが分かるだけにカガリは焦っていた。今湾口部で行われているMS戦はどうにか優勢と言えたが、トールが強力なMS部隊にぶつかって後退させられている。デュエルをブルーフレームが押さえてくれているのがせめてもの救いだが、このままではアークエンジェルも危なくなる。
 暫くして24基のウォンバットが発射されたが、それがMSを襲う前にMSが次々に何かを放ち、それが上空を白く染め上げた。その眩しさにカガリは手を翳して光を遮ったが、それが収まった後に映っていたのは、ほとんど数を減らしていない降下部隊の姿であった。

「どういう事だ!?」
「フレアーやチャフ、閃光弾などの欺瞞でミサイルを外させたり誤爆させたんだ。レーダー誘導が役に立たないからな。弾道指定はプログラムだが、その後は赤外線や光学などでミサイルは敵を探すから、それを誤魔化したんだ」
「なるほどな」
「……忘れていたな、カガリ」

 キサカの言葉にギクリという顔をするカガリ。キサカは一瞬疲れた顔をしたが、今はそれを叱っている暇も無いのですぐに指揮に戻った。カガリもすぐに気を取り直してミリアリアに指示を出す。

「ミリィ、カラミティを呼び出してくれ」
「了解、3番に出すわ」

 ミリアリアが機器を操作し、少ししてやや不鮮明ながらも3番モニターにオルガが出た。

「よお、悪いが仕事が出来た。上から降ってくる奴らを撃ち落してくれ」
「面倒くせえ、他の奴にやらせろよ」
「お前の機体は砲戦用だろ。一番向いてるだろうが」
「大体、何でお前がそんな所に座ってんだ。似合わねえぞ」
「煩い、言われなくても分かってるんだよ!」

 オルガにからかわれてカガリは青筋立てて激昂した。その反応を見たオルガは愉快そうに口元を歪め、更にカガリの機嫌を逆撫でする。

「はっはっは。本当に面白いぜ、お前!」
「やかましい、グダグダ言ってないで仕事しやがれ!」
「……カガリ、自分で出来ない事を人に言うものでは」

 カガリの怒声にキサカがボソリと突っ込んだが勿論カガリは気付いてもいない。

「とにかく、お前は空に向けて撃てば良いんだよ!」
「ああ、分かった分かった。やってやるよ」

 喚き散らすカガリを見て満足したのか、オルガはカガリの命令を聞くことにした。それまで地上部隊に向けていた砲を全て空から降りて来る降下部隊に向け、些か甘い照準で連続発射する。しかし、NJ影響下での光学照準による直接射撃など、余程腕が良くなければ中々当てられない。長距離狙撃の訓練で撃った弾数に命中率が比例する。才能という要素はあるが、後は身体能力が高かろうが反射神経が良かろうが頭が良かろうか意味は無いのだ。
 暫く弾を無駄撃ちしたオルガは、ようやくそれを学習して射撃システムをレーザー照準に切り替えた。頭部のレーザーセンサーが目標となる機体をロックして自動追尾をし、全ての火器がその照準に合わせて動いていく。これはMSでは複数目標を狙えなくなる欠点があるが、直接照準としてはもっとも確実な射撃法である。ただし、相手が見えていなければ使えないし、レーザーを外されると照準を1からやり直しになるので自分もゆっくりとしか移動できなくなるし、相手が高速で動くとロストし易い。近距離に入ったら光学のが有効になる。
 落ち着いて1機ずつ狙いだしたことで、降下部隊はその数を減らしだした。降りてきたのがジンだろうが最新鋭機のゲイツだろうが、カラミティの暴力的な火力を集中されればひとたまりも無いことに変わりは無い。彼らは空中でスラスターを吹かせて回避運動を行ったが、カラミティの砲火は余りにも猛烈であり、空中では彼らは悲しいほどに無力だったのだ。それでもカラミティの砲火を躱して次々にMSが地上に着地し、銃を手に戦列に加わってくる。
 このカラミティの射撃を妨害しにイザークのデュエルが突入してきた。彼はこれまで相手をしていたブルーフレームやダガー隊をようやく突破してアークエンジェルに襲いかかろうとしたのだが、降下部隊が被害を受けているのを見てターゲットをカラミティに切り替えたのだ。
 オルガも至近を通過したビームに気付いてデュエルを迎撃しようとしたが、バスターと同じく砲戦型であるカラミティでは障害物の多いこの場所でデュエルを相手にするのは少々骨であった。カラミティはバスターより強かったが、イザークはトールより遙かに凄腕なので余り差が開いていない。

 オルガはちょこまかと動き回るデュエルにバズーカを叩き込んだりビームキャノンを放っていたが、余りに近すぎることが災いして照準が甘く、中々捕らえられない。逆にその圧倒的は破壊力のため、周辺の施設が流れ弾で吹き飛ばされている始末だ。イザークがこれを狙っていたかどうかは定かではないが、自分でやった以上のダメージを基地にもたらしているのは間違いない。
 もっとも、相手をしているイザークも決して楽な勝負をしているわけではなく、当たれば一撃で自分を破壊してしまうだろう攻撃の驟雨に幾度と無く肝を冷やしている。

「何て火力だよ、バスターが可愛く思える!」

 だが、このカラミティの火力にイザーク以上に怒り狂っている者たちが居た。マドラス基地の幹部将校達である。折角掻き集めた反攻用の物資が味方の手で倉庫ごと吹き飛ばされているのだから。
 この件に関しては責任者のアズラエルも額に青筋浮かべて喚き散らすほどの大騒ぎとなってしまい、後でお仕置きだと怒鳴るアズラエルをサザーランドが宥めている。

 だが、このカラミティとデュエルの先等に邪魔が入った。銃火がカラミティに降り注ぎ、装甲表面に無数の火花を散らしたのだ。一度に多数の直撃弾を受けたカラミティは動きが止まり、強烈な衝撃にオルガが顔を顰めて撃ってきた方向を睨みつける。

「何処のどいつだ!?」

 その射撃の元に居たのは1機のジンであった。倉庫の屋根に上がってこちらを撃ち降ろしたらしい。それはグリアノスのジンで、苦戦しているイザークに通信を入れてきた。

「イザーク・ジュール。後退だ。味方を連れて南に脱出しろ」
「南? 迎えのグゥルとの合流は?」
「予想以上に敵の戦力が多かった。これではグゥルとの合流など危険すぎる。私は奴らを足止めするから、お前が責任を持って部下を脱出させろ」

 そう命令すると、グリアノスは足元の屋根を銃撃してぶち抜き、そこに身を躍らせた。それに少し後れて幾条ものビームや砲弾がグリアノスが居た場所を貫いていく。オルガはジンが逃げたのを悟ってその倉庫を滅多撃ちにしだした。中に居るのだけは確実なので、撃ちまくって当てようとしたのだ。
 暫く撃ちまくって穴だらけになった倉庫にオルガが口元を歪めかけた時、また銃火が降り注いできた。再び襲ってきた衝撃にオルガは慌てて倉庫の屋根を見上げ、そこに無傷のジンを見て驚きの声を上げた。

「ふざけんな、あれだけ撃って、無傷だと!?」

 実は飛び込んだ直後にすぐ屋根に戻って身を伏せていただけなのだが、完全に騙されているオルガはその可能性には思い至らない。
 慌ててバズーカをジンに向けようとしたが、ジンが放ってきた銃撃がそのバズーカを続けて撃ち据え、バズーカは右手の中で大爆発を起こしてしまった。その衝撃で姿勢を崩したカラミティの頭上に屋根から跳躍したジンが降り注いでくる。オルガは罵声を放ってシールドを天に向けて翳してジンを受け止めたが、数十トンのMSが落下速度を加えてぶつかったのだ。その衝撃はシールドで受け止められるようなものではなく、シールドを持つ左腕の駆動系を破壊され、そのままバランスを崩してたららを踏んでしまった。しかし、部品の品質に優れるGタイプだから持ち堪えたのであって、これがダガーなら肘と膝の関節を砕かれていただろう。
 飛び降りを仕掛けたグリアノスは、これをまともに受けても破壊されなかったカラミティのパワーと機体強度に内心で薄ら寒い物を覚えたが、口からは別の言葉を出した。

「さてと、クルーゼですら仕留められなかったという足付き、どれほどの物かな?」

 言い終わると同時にその場から駆け出す。オルガはカラミティの建て直しに必死でグリアノスを止められなかった。迫りくるジンに対してトールのデュエルや周囲のダガーがビームを放ったが、グリアノスは建物を盾にしたりトリッキーな動きでトールたちの攻撃を躱し、逆に重突撃機銃でダガー部隊を1機、また1機と擱座させ始めた。破壊するほどの攻撃は加えていないが、足を撃ち抜かれて転倒したり、ライフルを持つ腕や肩を撃たれて火力を失ったり、頭部を破壊されて戦闘不能になる機体が続出したのだ。中に懐に踏み込まれ、肘で頭部カメラを潰されて擱座してしまう機体までがいる。
 このグリアノスの前に立ちはだかる最後の壁となったのはトールだった。だがトールの腕ではグリアノスには歯が立たない。トールは迫るジンに恐怖を抱いてビームを撃ちまくっているが、それはグリアノスに何の脅威も与えては居なかった。

「愚か者が、臆したか!」

 及び腰の射撃にグリアノスが怒りの声を上げたが、ここまでの強さを見せられては無理も無かっただろう。たった1機のジンに味方が次々に倒されていくのだから、トールの受けた衝撃は半端な物ではない筈だ。トール自身も目の前に来たジンをビームサーベルで迎撃しようとしたが、振り回したビームサーベルはあっさりと躱され、逆に重斬刀で胴体をぶん殴られる有様であった。
 だが、そのトールのディエルに止めを刺そうと重斬刀を振り上げたジンに、これまでジンを追い掛け回していた劾のブルーフレームが重突撃機銃を撃ちまくった。どうやら倒したジンから奪った物のようだ。デュエルと違って当たったら不味いのでグリアノスは後退していく。

「苦労しているようだな」
「あ、あんたは、さっきの傭兵の」
「叢雲劾。サーペントテールという傭兵部隊をやっている」

 劾は倒したジンから奪った重突撃機銃で弾幕を張ってグリアノスの足を止めようとしたが、想像以上に速く動くジンに舌打ちを隠せなかった。

「ちっ、このジン、エースだな」
「居間まで何処に行ってたんですか?」
「ちょっとジンを3機ほど落としてきた。これで何とか赤字を脱出できる。壊れたブルーフレームの右肩駆動装置も修理できる。未払いの給料も少しは払えるぞ」

 傭兵部隊ならではの涙無しには語れない現実に、トールはなんとも言えない表情を作ってしまった。
 一方、グリアノスはブルーフレームが現れた事でアークエンジェルへの道が遠くなった事を悟らざるを得なかった。あのデュエルならどうとでもなっただろうが、この青いMSは強い。グリアノスの移動先を巧みに読んで射撃を加えてくる。そして何よりもグリアノスの実戦経験という名の勘が注げていたのだ。このパイロットは、プロ中のプロだと。

 劾はトールにアークエンジェルの傍で下がるように言った。

「あの戦艦の傍まで下がるぞ。敵が多すぎる!」
「そんな!?」

 トールは慌てて周囲を確かめた。確かに降下したMSの数が20近くを数えており、反面味方機の数は随分減っている。頼みのカラミティもシールドを持つ左腕が仕えなくなり、右腕もバズーカの自爆に巻き込まれて損傷してボロボロになっているので戦闘力がガタ落ちしている。空を飛ぶサンダーセプター隊は敵のディンに追い返されてしまったらしく姿が見えない。ここで踏ん張るのももう限界だろう。劾のブルーフレームと呼吸を合わせてトールもデュエルを下がらせだした。
 降下してきたジンやゲイツはイザークの指揮の下で湾口部のアークエンジェルを包囲するように展開し、砲火を集中し始めた。ジンは重突撃機銃を、ゲイツはビームライフルを向けて撃ってくる。ゲイツの持つビームライフルはようやく量産化に成功したザフト初の小型ビーム砲であるが、それでも連合製に較べるとかなり大型で取り回しの悪そうなライフルである。
 これがアークエンジェルに集中されるのを見たトールは顔面蒼白になり、無残に火を噴いたアークエンジェルが爆発しながら海に落ちる姿を想像してしまったが、想像に反してアークエンジェルは煤けもしなかった。

「あ、あれ、無傷?」
「馬鹿な、あれだけのビームを受けて。どういう装甲をしている?」

 トールと劾はアークエンジェルのふざけた防御力に驚愕したが、考えてみれば当然の事なのである。熱交換効率が最悪の宇宙でさえ艦砲の直撃を受けたりブリッツのビームを立て続けに同一箇所に受けながら無傷だったラミネート装甲なのだ。空気という冷媒に囲まれている大気圏内で、MSのビームライフル程度のビームが、それも大気で減衰したビームがいかほどの脅威となろうか。アークエンジェルのラミネート装甲は受けたビームの熱量を吸収し、短時間でその熱を排熱することが出来るのだ。必要なら海水に船体を漬けても良い。
 もっとも、このアークエンジェルの防御力は誰も理解していなかったようで、アークエンジェルクルーも攻撃したザフトのパイロットもこの結果に茫然自失してしまい、しばし戦闘をする手が止まることになった。

 そして、何とか我を取り戻したザフトパイロット達はビームが効かないとみると実弾火器での攻撃に切り替えようとしたが、それをグリアノスが制した。

「よさんか。今は街の南へ脱出し、潜水母艦と合流するのが先決だ!」
「ですが、足付きを仕留めた方が」
「足つきを沈めるより先に、敵に包囲されてしまうぞ。今頃街の外から敵の大軍が集ってきている頃だろう」

 このグリアノスの予想は当たっていて、周囲の駐屯地や空軍基地から多数の戦車や戦闘機がマドラスに向っていたのである。MS20機以上というのはかなりの戦力だが、それは一方面の部隊を相手取れるような数ではない。
 このグリアノスの命令に渋々従ったザフトMS部隊は敵の姿が無くなった湾口を南へ脱出しようとした。それをトールと劾、更にやっとやってきたソキウスを含むダガー部隊が追撃したが、これはゲイツ部隊の整然としたビームの弾幕に阻まれる事になる。連合MSのダガーよりは高性能なゲイツの登場は連合の指揮官達に大きな衝撃を与える事になり、ゲイツに対抗するMSの必要が叫ばれることとなるが、それはまだ先の話である。
 これを追いかけようとトールがデュエルを前に出そうとしたが、それはオルガに止められた。

「止めとけヘッポコ、死にてえのか!?」
「ヘ、ヘッポコって……」
「お前なんざヘッポコで十分だ。小僧や小娘の方が強かったぞ」

 血も涙も無いオルガの言葉に、トールはいつか見返してやるという決意をしていた。しかしまあ、比較対照がキラやフレイという時点で無茶無茶言われているのだが、不幸にしてトールの身近なMSパイロットはあの2人なのである。

 


 撤退を開始したザフト部隊だったが、彼らは無事に街の外に出ることは叶わなかった。一気に湾口部を出ようとした駆けだしたジンの1機が横殴りのビームの直撃を受け、もんどりうって転がった後に爆発したのだ。
 グリアノスたちの側面に現れたのはフレイの105ダガーだった。フレイはセランの敵を討とうと、怒りと決意に染まった眼差しで逃げようとするザフトMSの群れを見据えている。

「よくも、よくもセランさんを……」

 視界内に居る全てのMSを睨み付けるフレイ。彼女は気付いていなかったが、その怒りからくる集中力は彼女にかつてキラとの戦闘で見せていたような異常な感覚を再現させていた。周囲の全てを知覚できるような奇妙な感覚は、フレイに敵機の位置を正しく把握させている。
 そして、フレイも気付かぬ所で、105ダガーに奇妙な動きが起きていた。それまでただのお荷物でしかなかったバックパックが突如起動し、上部が開放されて小型のミサイルが姿を見せたのだ。

「もうこれ以上、貴方達の好きになんてさせないんだから!」

 感情の爆発を込めた叫びと共に、105ダガーから12のミサイルが発射された。全てが有線で制御されており、4発ずつが3機のMSめがけて飛来していく。狙われたゲイツやジンは慌てて回避運動を取ったが、一度は回避したミサイルが弧を描いて戻ってくるのを見て驚愕の叫びを上げた。

「馬鹿な、この距離で誘導してるだと。どうやって制御してる!?」

 12のミサイル全てを1人で有線誘導するなど不可能、とザフトのパイロット達は思ったが、現に全てのミサイルが狙った目標を追尾し、捕らえている。
 グリアノスは目の前で瞬時に3機のMSが破壊されたのを見て顔色を変えた。近距離で正確にMSを狙えるミサイルなどが登場したら、現代の戦場が一変してしまうからだ。こんな物が量産されればMSは動く的と変わらなくなってしまう。誘導兵器が半ば無力化されているからこそMSは存在できるのだから。

「いかん、全機急いでこの場を脱出しろ。あれの相手をする必要は無い!」

 恐慌に駆られかけたザフトパイロット達はグリアノスの命令を受けて急いで戦場を離脱しようとしたが、更に3機をフレイの有線ミサイルに落とされる事になる。このミサイルは誘導ワイヤーが切れると赤外線追尾に自動で切り替わるタイプであり、相手をする側にとってはかなり嫌な兵器と言える。搭載弾数は20発以上はあるようだ。小型なので対艦用としては向かないだろうが、MSや戦闘機の撃破には十分な武器である。
 105ダガーに搭載されていたのは空間認識能力を持つパイロット用に開発されていた有線ミサイルコンテナパックで、メビウスゼロのガンバレルと同じシステムでミサイルを制御する兵器である。ガンバレルは流石に大気圏内では使えないのだが、この能力は極めて強力であり、それを地上でも生かせるようにと開発されたのがこのパックだ。有線なので近距離でしか有効ではないが、MS戦をするなら十分な程度の射程は有している。
 これはテスト目的でアルフレット用にマドラスに持ち込まれたのだが、結局フレイが実戦で使うことになってしまった。レーダーの使えない戦場で複数目標をロックオンしたのと同じ効果を出せるこのシステムはザフトにとっても大きな脅威となる。
 なお、現在は有線であるが、無線制御のシステムも開発が進められているらしい。これが完成したらザフトにとって悪夢のような戦場が生まれるかもしれない。

 


 この戦いでザフトは降下して来た援軍の損失を入れると実に13機のMSを喪失するという甚大な被害を出したが、マドラス基地も20近い数のMSを失い、更に地上施設に甚大な損害を蒙っている。特に反攻用に備蓄していた物資の一部が破壊されたことが大きく、今後の作戦に影響が出ると予想されている。
 また、この戦いで最新鋭機のカラミティが中破させられたことが大きな問題となった。アズラエルはオルガを研究者に預けてキツイ罰を課したが、それで問題が解決するわけでもない。カラミティは地上で数十トンの塊に直撃されるという異常な負荷を受けたために駆動系が破壊されたのであって、敵の武器に装甲が破られたわけではない。バズーカに敵弾が集中して破壊されたのは敵の技量が傑出していたからと言う他は無く、カラミティの性能に問題がある訳ではない。
 結論としてはジンのパイロットが凄まじい技量を持っていたという事になるのだが、それを受けたアズラエルは面白い筈が無く、技術者たちの意見に不満そうに鼻を鳴らしている。もっとも、この結論はアズラエルの部下だけでなく軍部の方からも出されていた。記録映像からオルガの相手をしたジンの戦闘能力が出鱈目に高いという事が判明しており、オルガが弱かったわけではないという結論が出ていたのだ。実際、今回の作戦におけるMSの被害の半数がこのジン1機によってもたらされたのだ。

 このグリアノスたちの攻撃でマドラス基地の防衛力は激減した。湾口の艦艇は逃げることも出来ずに艦上構造物を破壊されてしまい、沈没艦こそ無かったものの多くがドック入りを必要としているし、基地所属の航空隊はディンとの空戦で消耗してしまった。迎撃用の各種設備も破壊されており、再度攻撃を受けたら持ち堪えられるかどうか分からない。マドラス守備隊から精鋭を引き抜いて前線に投入してしまった事が裏目に出たのだ。
 みすみす精鋭部隊を遊兵としてしまったことでサザーランドは責任を問われそうになったが、幸いにして第10軍の救出に派遣した部隊がザフト防衛線を突破して第10軍の退路を切り開くことに成功しており、この功績で失敗の責任を償却した形となった。サザーランドは第10軍の救出を増援部隊に任せ、マドラスから送り込んだ精鋭部隊を急ぎマドラスに呼び戻すことにし、予想されるザフト軍の攻勢に対処することにしたが、マドラスの防衛力の低下を考えると、もし本格攻勢を受けたら持ち堪えられるだろうかという不安を隠せなくなっていた。

 クルーゼはと言うと、自分の第4軍に補給を行った後に第10軍に適当な攻撃を加えて早々に連合軍の正面から部隊を撤退させてしまった。元々が一連の攻撃がマドラス攻撃の助攻でしかなく、マドラス攻撃に一応の成功を納め、援軍の降下も成功したならばこれ以上ここで敵を引き付ける必要も無い。後はモラシムとアスランに任せ、彼自身はスピットブレイクに備えて次の作戦の準備に入ったのだ。
 もっとも、それは彼のために行う準備であって、必ずしもザフトの為になる準備ではないのだが。



 戦闘が終わった後、フレイは機体を格納庫の近くに乗り捨てて基地内の軍病院に急いだ。そこには大勢の負傷者が運ばれており、血の臭気に包まれ、悲鳴が絶える事の無い凄惨な場所であったが、フレイはその中を動き回っている衛生兵を捕まえてセランの所在を聞き出し、彼女の元に急いだ。
 セランが寝かされている病室に駆け込んだフレイは、並べられているベッドの脇に立つ顔見知りを見つけた。セランの同僚たちだ。そこに歩いていったフレイは、そのベッドで薄目を開けてぼんやりと同僚たちを見上げているセランが居た。目は見えているようで、ベッドの脇にやってきたフレイに気付いて口を開いた。

「少尉、戦いは、終わったんですか?」

 思っていたより随分とはっきりとした口調で聞いてくる。フレイの顔を見たセランは苦笑いを浮かべており、ベッドに横になっている所を見ると重症なのは変わらないようだが、命に関わるようなことは無さそうに見える。

「はい。ザフトはどっかに行っちゃいました。基地の被害は大きかったですけど」
「そうですか。それじゃあ、MS隊は?」
「MSは沢山壊されました。パイロットも私の隊で3人も戦死してます」

 フレイの答えにセランは目を閉じ、暫し何も動きを見せなかった。そして数分してようやく目を開けたセランは、フレイに向って礼を言った。

「ありがとうございます、少尉」
「……なんで、お礼なの? 私、守れなかったんですよ?」

 自分を責めるフレイに、セランは首を横に振った。

「みんな初陣だったんです。全滅してもおかしくなかった」
「だけど……」
「完璧なんて、無理ですよ。前にも言ったじゃないですか」

 前に街が攻撃された時、自分が弱いからだと苦しんでいた時もセランはフレイの責任じゃないと言っていた。フレイ1人の力で全てを守るなど出来はしない。そんな事はキラにもフラガにも無理なのだ。それをフレイは頭では理解できているが、感情がまだ追いついていない。促成軍人の欠点で、この辺りの教育がしっかりしていないのだ。
 
セランの宥めるような言葉に、自分の力の無さを抱え込んでしまっていたフレイはセランのベッドで泣き崩れてしまった。仲間の死を抱え込んでしまう彼女は指揮官には向かないかもしれない。
 だが、これはある意味物凄く奇妙な光景だ。特に連合内に蔓延るブルーコスモス派の将兵にとっては驚天動地のものと言える。ザフトに父親を殺されて敵討ちを誓って軍に入った少女が、味方とはいえコーディネイターの身を案じ、彼女との約束を胸にザフトと戦っていたのだ。少なくともこの時、この瞬間においてフレイの中でナチュラルとコーディネイターという考えは無かったのだろう。
 かつてカガリにキラは好きだがコーディネイターは許せないと語った筈なのに、そのコーディネイターであるセランを受け入れている。その矛盾した考え、いや、意識の変化に彼女が気付くのは、もう少し先のことであった。




 

 マーシャル諸島。赤道直下に位置し、AD世紀において行われた海洋戦争において重要な戦略拠点となったこの諸島も、今では僅かな住民が住むだけの何の意味も無い小島に成り下がっている。だが、こんな辺鄙な場所で世界の命運を決め兼ねないほどに重要な話し合いが行われているなどと、誰が想像しただろうか。その話し合いをしている人物の1人はラクス・クライン。もう1人はマルキオ導師といった。

「それでは、連合内にもこの戦争を終わらせようとしている人々はそれなりの力を持っているのですね」
「はい。大西洋連邦のジークマイア大将を中心とする組織でして、ユーラシア連邦や東アジア共和国などの主要国から集った反ブルーコスモス派の軍人や政治家で構成されています」
「ようするに、アズラエル様がお嫌いな方々ですのね」
「そういう事ですね。ですが、彼らも戦争を終わらせようと考えている点では貴女と共同歩調を取れると思います。少なくとも、ムルタ・アズラエル氏よりは信頼できると思います」

 口調こそ穏やかであるが、マルキオはアズラエルを全く信用していないらしい。まあ、ブルーコスモス強行派の盟主など、彼から見ればただの敵でしかないのだろうが。
 一方、ラクスにとってはアズラエルはマルキオが考えるほどには敵対する相手ではないと考えている。確かに信用出来ない男であるが、当面は協力し合えると考えていたのだ。何しろ彼は独自路線でやっているラクスにとって、初めて出来た大口の出資者なのだから。彼女が指定した口座にとりあえず振り込まれた額を見たダコスタは、驚きの余りパニックを起こしたほどである。
 勿論、最後まで手を取り合えるなどとは思っていない。自分が自分なりの未来像を描いているように、アズラエルもまた彼なりの未来を描いているだろうから。

「一度、そのジークマイア大将という方とお会いしたいですわね」
「では、こちらから打診しておきましょう。直接顔を合わせるのは難しいかもしれませんが、通信なりで話す事は可能だと思います」
「お願いしますわ」

 楽しそうに微笑みながらラクスはマルキオに頼み、話を別の問題に移した。

「後、地球で活動しているコーディネイター勢力との交渉はどうなりましたか?」
「残念ですが、そちらは全く話が纏まっておりません。最大勢力である東南アジアで活動するアルビムの指導者、イタラ氏は連合もプラントも自分達には関係ないという立場を堅守するつもりのようでして」
「……ザフトは彼らを裏切り者と見なしているようですが」
「そのようですが、アルビムもいまや国家規模の組織です。そう簡単には手が出せないでしょう」

 アルビムは宇宙に出る事を拒み、地球に残り続けたコーディネイターたちが集って出来た流浪の集団で、地球上にコーディネイターの独立国家を作り上げようと活動している。だが、その活動はナチュラル国家からは露骨に敵視され、プラントからは異端者と見なされている。今回の戦争では我関せずを貫いており、東南アジアの海底に都市を建設して自分たちの勢力を既成事実にしようとしている。本来なら赤道連合や東アジア共和国が黙っていない筈だが、戦争のために手が出せないのだ。
 このアルビムを初めとする地球のコーディネイター組織はナチュラルが嫌いという点ではプラントのコーディネイターと共通しているが、プラントのコーディネイターを味方とは見ていない。寧ろ地球という故郷を破壊している侵略者と考えており、連合軍と敵対しながらも同時にザフトとも敵対しており、実際にこれ等のコーディネイター組織とザフトの戦闘も幾度か発生している。同じコーディネイターでも生まれや育ちで考え方が変わるということだろう。

 ラクスはクライン派の中でも独自の行動を見せる、穏健派ではなく革命派とでも言うべき集団を作り上げており、ザフトの中にも少しずつ勢力を広げている。協力者もそれなりの数になっており、プラントの暗部に隠然たる勢力を持つに至っている。既に組織としては実働戦力と後援者の確保をする段階に突入しているのだ。
 そして、ラクスの組織がここまで急激に力を伸ばせたのは、背後にマルキオとウズミの助力があったからである。マルキオはその人脈と声望を生かしてラクスの味方を増やし、ウズミは資金と戦力を提供していた。これ等の助力を受けたことでラクスは勢力を伸ばしてきたのだ。
 ただ、マルキオはともかくウズミの資金援助は国家予算の不正流用なので、調べられるとかなり不味いことになってしまう。まあ、オーブは事実上ウズミの独裁国家なので、仮に発覚しても表向きの処分が行われるだけかもしれない。何しろヘリオポリスを破壊されるという大事件を受けても代表を降りただけで、実際には傀儡政権を立てて実権を握り続けているのだから。
 これ等の勢力に地球上のコーディネイター勢力が加われば洒落にならない勢力となるだろうが、そのコーディネイター勢力が取り付くしまも無いではどうにもならない。マルキオでさえ話を付けるのも難しいのでは、ラクスに接触する手段は無いと言っても良いだろう。

「せめて、彼の所在が分かれば事態も好転するのですが」
「彼とは?」
「ラクス様も聞いた事があるでしょう。プラント評議会から大西洋連邦の大統領まで面識を持つ、世界中にパイプを持つ生きたネットワーク、ヘンリー・ステュワートを」
「父から聞いた事はありますが、マルキオさまですら所在が分からないのですか?」
「はい。彼は何処にでも現れ、何処にも居ません。常に一箇所に留まらず、危険な場所を点々としています。これだけの影響力を持ちながら、世界に干渉することも無く一介のジャーナリストに身をやつす道化師なのです」

 彼の協力が得られれば事態は一気に進展するだろう。マルキオはそう言うが、肝心のヘンリーの所在が全く不明ではどうしようもない。実は今現在キラによからぬ事を吹き込んでたりするのだが、そんな事は露知らない2人は真剣に悩んでいるのであった。


 


機体解説

ZGMF−600 ゲイツ
兵装 ビームライフル
   シールド内臓2連ビームクロー
   頭部76mmバルカン×2
   有線電磁アンカー(もしくは有線ビームガン?)
<解説>
 ザフトの開発した次期主力量産機で、ジンの後継機。シグーを蹴落として主力の位置に付こうとしており、カタログスペックはシグーさえ超え、デュエルと同等かそれ以上のスペックを誇る。だが、カタログスペックほどには実際の性能は高くないようで、シグーに勝るかと言われるとかなり怪しい。原作でも実際に上げた戦果はごく僅かで、性能に劣るはずのダガーと良い勝負であった。まるで旧日本軍の後期に開発されたスペックだけは大層な戦闘機のようである。
 地上ではエクステンション・アレスターは使えないと思われるので、実際の戦闘力はかなり落ちる。シールドがABシールドかどうか不明。

 


後書き

ジム改 グリアノスを出鱈目に強くしてしまった。
カガリ たった1機のジンで……
ジム改 登場時に覚醒フレイと互角以上に戦えたのが悪かったなあ。
カガリ 覚醒フレイって、フレイは強さが違うのかよ。
ジム改 うむ、実はフレイは普段は空間認識能力、まあNT能力が強く発現してないのだ。
カガリ 発現して無くても十分強いようだが。
ジム改 まあ、雑魚相手ならお釣りがくるよ。でもグリアノス級は無理。
カガリ 実際、グリアノスってどれくらい強いんだ?
ジム改 種割れしたキラと戦えるくらい強い。
カガリ ただの化け物じゃねえか!
ジム改 化け物だぞ。機体さえ良ければフリーダムさえ押さえ込める奴だからな。
カガリ こいつはただのコーディネイターなんだよな?
ジム改 そうだよ。特殊能力に頼らず、積み上げた経験と訓練、才能で最強レベルにいる。
カガリ 最強無比だな。将来ジャスティスに乗ったりしないよな。
ジム改 まだ未定。それに、これだけ強くても数には勝てないのがうちのSSだし。
カガリ ジャスティスやフリーダムでも?
ジム改 ふ、常識で考えろ。原子炉で永久に動けるわけが無いだろう。それにビームやレールガン、推進剤は有限だ。
カガリ そうやってキラを苛めるわけだな。
ジム改 いや、キラを苛めるネタは一杯有るから、その辺りは考えてない。
カガリ なんだかなあ。
ジム改 では次回、遂にキラが勇気を振り絞る時が。そしてアスランの身に迫る嫉妬の炎。
カガリ MSに乗ってる時よりも輝いてる奴らが居るなあ。


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