第63章  ラスト・ダンス


 

 舞踏会の夜になって、キラとトールは何時もの如くキースに引き摺られて会場へとやってきた。キラは出生の事情もあって、トールは面倒からという理由で出席を嫌がったのだが、そんな我侭が取る筈も無くキースに首根っこを捕まえられて連れてこられたのである。
 この舞踏会には軍の高官の他にもマドラスの市長を初めとする地域の要人から東アジア共和国の政府スタッフまでが招かれており、さほど大きな宴ではないながらも極めて重要な物となっている。こういう集りは社交界での情報交換の場としての役割もあり、こういう場で積極的に動く事が出来る才能が無ければ政治活動は出来ない。
 やってきたキラとトールは集っている人々の華やかさに、自分達がどれほど場違いな存在であるかを嫌でも自覚させられてしまっていた。そんなキラたちの元に招待者であるアズラエルが表面上にこやかにやってきた。

「やあキース、それにヤマト少尉にケーニッヒ少尉、よく来てくれたね」
「……断われるわけが無いだろうが。それよりも、随分とお偉いさんが居るようじゃないか。ブルーコスモスの幹部たちの顔もあるようだが」
「まあね、色々とこっちなりの都合もあるから」

 嫌らしい笑みを浮かべて去っていくアズラエルの背中に冷たい視線を送ったキースは、訳が分からない顔をしている2人に先の話を説明してあげた。

「社交界って言うのは、政界や財界の要人との間にコネを作る絶好の場でもあるんだ。アズラエルもこういう場を通して上流階級、財界にコネを構築し、現在の規模にまでブルーコスモスを拡大していったんだよ」
「アズラエル財閥の経済力じゃないんですか?」
「一財閥の力だけで支配力を浸透させられるほど、世界は柔な構造はしてないさ。勢力拡大の影にはこういう場での地道な政治活動があるんだよ。悪い意味であいつは有能な男さ」

 悔しいがブルーコスモス強行派の影響力がここまで拡大した背景には、アズラエルを中心とするグループの長い月日をかけた地道な積み重ねが存在する。政治的な動きには一歩距離を置いていたキースではこういう活動が上手く出来ず、アズラエルの動きを抑制する事は叶わなかった。
 過去を思い出して渋い顔をしたキースだったが、すぐに頭を振ってそれを追い出すと、戸惑っている2人を連れて中へと入っていった。中には既にマリューやナタル、フレイにフラガ、ノイマンが来ており、フレイとナタル以外はやはり居心地悪そうにしていた。

「遅れました。うちの馬鹿ガキどもを連れてくるのに手間取りまして」
「何だ、また逃げようとしたのかこいつら」

 キースの後ろで気まずそうに俯いている2人を呆れた目で見るフラガ。その胸には幾つもの勲章がぶら下がっている。その勲章の数が彼のこれまでの戦歴を物語っていると言えよう。キースの胸にもフラガほどではないがやはり勲章が下がっている。
 そんな呆れているフラガをマリューがまあまあと宥めた。

「まあ良いじゃありませんか少佐」
「まあ、来たくない気持ちは分かるけどね」
「でも、ちょっと遅すぎね。こないんじゃないかと心配したわよ」

 マリューは少しの安堵を込めてそう言った。来なかったら自分の責任だから当然かもしれないが。彼女は紺色を基調とした、胸元の開いたドレスを着ている。髪は同色のリボンで結い上げられ、白い花をあしらった髪飾りが付いている。
 その隣ではナタルがやれやれという表情で佇んでいる。昔なら真っ先に怒鳴りつけていただろうが、彼女も気が長くなったものだ。彼女はナタルとは逆に肌の露出を抑えた乳白色のドレスを着ており、飾り気の無いシンプルな服装となっている。髪が背中まで流れているのは付け足したのだろう。
 
「艦長もナタルさんも、綺麗なドレスですね」
「あら、ありがとキラ君。でもドレスだけを褒めるようじゃまだまだね」

 キラの世辞にマリューは合格点をくれなかった。するとその隣にいたキースがキラの代わりをするように口を開く。

「いや、着ている人が良いからこそドレスも引き立つんですよ。だからキラの感想も間違ってはいないでしょ」
「ふうん、まあ、それなら合格点を上げますわ」

 キラからすれば歯が浮きそうなほどに恥ずかしい台詞を臆面も無く言って見せるキースに、キラは言い知れぬ威圧感を感じてしまった。

 その向こうでノイマンと一緒にこっちを見ているフレイはワインレッドのドレスを着ていた。ドレスは大人2人がスカートをストレートにしているのに対し、腰の辺りで広がるタイプを着ている。レースの飾り付けが多いのは彼女の趣味だろうか。
 そこで視線を止めていたキラの背中をフラガが思いっきり叩いた。いきなりの事によろけたキラに向けてフラガが意味ありげに笑っている。

「ほら、何か言う事くらいあるだろうが」
「あ、そ、そうですね」

 フラガに背中を押されてフレイの前に出たキラは、そこで一時停止でもかかったかのように固まってしまった。右手を後頭部に回した姿勢で完全に固まり、次の動作に入れないでいる。どうやら何を言って良いのかという問題で脳がフリーズしているようだ。それを見た一堂が情け無さそうに顔を手で押さえている。
 そしてようやく再起動したキラの口から出たのは、なんとも芸の無い台詞であった。

「あ、そ、その、綺麗だよ。よく似合ってる」
「そう、かな?」

 芸の無い台詞でも言われた方は嬉しいようで、頬を朱に染めている。だがキラの背後ではフラガとキースとノイマンとトールがやれやれと頭を掻いている。もっと気の利いた事を言えんのかと文句を言いたい気分なのだが、2人の周りに漂っている他者を寄せ付けない何かのせいで声をかけられないでいる。
 そんな一同の所に、白いドレスに身を包んだカガリと、オーブの礼装に身を固めたキサカがやってきた。その後ろにはサザーランドが居るが、どうやら2人より一歩引いているようだ。その扱いはどこかの国の要人のようで、それを見たキース以外の全員が吃驚している。

「よお、ここに居たのか」
「ど、どうしたのカガリさん、それにキサカさんも?」

 驚いたマリューが2人に問うと、2人は申し訳無さそうにしながら事情を話してくれた。

「実は、私はオーブの首長家、アスハ家の人間なんだよ。本当の名前はカガリ・ユラ・アスハ」
「そして私はカガリ様の護衛をかねて同行していたオーブ軍のレニドル・キサカ一佐です」
「ア、 アスハって、それじゃあカガリさんはオーブの王女ということですか」

 マリューの問いにカガリは頷いたが、次の瞬間にこの場を包んだのはなんとも白けた空気であった。全員がなんとも胡散臭い物を見るような目でカガリを見ている。

「な、何だお前ら、その疑わしげな目は!?」
「だってねえ、カガリがお姫様って言われてもさあ」
「う、うん、嘘臭いというか、何と言うか」
「王女って言うより、首領って感じか?」

 フレイが、キラが、トールが口々に素直な感想を口にし、カガリが歯噛みして悔しがっている。因みにキサカは反論が無いようでガックリと肩を落としており、背中に哀愁を漂わせていた。
 結局、カガリは国を飛び出してゲリラに身を投じていたオーブの王女であったらしい。それが偶然自分達と遭遇し、こうしてここまで一緒にやってきたという事らしいのだが、ほとんど漫画か小説のような話であり、俄かには信じられないような非常識さだ。というか、オーブの王族というのはどういう連中なのだろう。
 オーブの国民であるキラとトールは呆れるのを通り越してどう反応して良いのか分からなくなり、口をポカンと開けて固まってしまっている。まあ、自分の所のTOPの1人が身分も弁えずにゲリラに身を投じてたなどとは俄かには信じられないだろう。しかもアークエンジェルの中ではシグーを勝手に動かしたりと数々の騒動を引き起こしてきた相手なのだ。
 だが、このカガリの正体をキースが保障してくれたために、キラとトールはこの現実を受け入れてますます落ち込んでしまった。知りたくない真実とは往々にしてそこらに転がっている物なのである。
 だが、キースがカガリの正体を知っていたという事に対してはマリューとナタルが不快感を示した。知っていたならどうしてもっと早く教えてくれなかったのかと詰問してくる2人に、キースは些か困った顔で答えた。

「いや、カガリはオーブ国民でもほとんど知らないようなお姫様なんだよ。だから言っても多分信じないだろうなあと思ってさ」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ。色々とあの国にも事情があるようでしてね」

 このキースの話は完全に真実だ。何しろオーブ国民であるヘリオポリス組が誰もカガリの顔を知らなかったのだから。まあ、子供達が自国の指導部に対して無知だったという事かもしれないが。
 この件に関してはカガリが平謝りする事でマリューとナタルを宥める事に成功したが、子供達は納得していないというか、まだ戸惑いを浮かべていた。

「ねえ、カガリ……様」
「…………フレイ、様はいらないぞ、様は」
「で、でも、お姫様なんでしょ?」
「私はお前にカガリ様なんて呼ばれたら
全身に蕁麻疹出して寝込んじまうよ。今まで通りカガリで良い」

 フレイにカガリ様と呼ばれた途端、背中に走った怖気に震えながらカガリはフレイの考えを訂正した。どうにも彼女には自分が王族であるという自覚が足りないらしい。だが、後ろの方でキサカがさめざめと泣いているのをサザーランドが慰めているのを見てしまった一同は、本当にカガリと呼んで良いものか悩んでしまっていた。
 そして彼らの胸に1つだけ刻まれた事があった。それは、もし将来彼女がオーブの指導者になったりしたら、間違いなくオーブは終焉を迎えるだろうという予想であった。


 暫くするとダンスの音楽の前奏が始まり、会場の人々はそれぞれの相手の手を取って中央の広間へと移動し始めた。フラガはマリューの手を引いており、ノイマンはナタルを、トールは何故かカガリだった。キースはというと、こちらは見ず知らずの20前後の女性の手を引いていたりする。これを見たナタルとカガリが食って掛かる一幕もあったのだが、このお嬢さんはキースの昔世話になった上官の娘さんだと説明したので渋々引き下がっている。
 そしてフレイはというと、どうしたものかとキラと顔を見合わせていたのだが、佐官の軍服を着た青年将校に声をかけられて戸惑っていた。

「わ、私とですか?」
「ええ、高名な真紅の戦乙女に、是非私のお相手をして頂きたいと思いまして」
「で、でも、私、パートナーがいるんですけど」

 困った顔で相手とキラの顔を交互に見るフレイ。キラは事態についていけずに反応できないようで、何も言えないでいる。キラが何も言わないのを見た相手の男はフレイに更に強く出てきた。

「それはラストダンスの相手でしょう。それまででしたら、我々にもチャンスは与えられるべきだと思うのですが?」
「まあ、そうですけど」

 フレイはもう一度チラリとキラの顔を見たが、キラはどうして良いのか分かってないようだ。パートナーの不甲斐なさに心の中で溜息を吐いたフレイは、仕方なくこの男に頷いた。
 フレイと別れたキラはぼんやりとした表情で人気の少ない壁際へとやってきた。この華やかな雰囲気がどうにも自分には合わなかったのだ。いや、それ以上に先ほどから自分に注がれる視線が自分の神経をささくれ立たせている。それはまるで高級レストランの店員が迷い込んできた浮浪者に向けるような、ここに居るのがおかしい“物”を見る目だった。

「ふう、疲れる」
「おや、まだ踊っても無いでしょうに」

 疲れて目頭を押さえようとした所に突然声をかけられ、吃驚して顔を上げたキラの視界に飛び込んできたのは、なんとアズラエルであった。ブルーコスモスの盟主が自分の目の前にいるという状況にキラは動揺してあたふたしていたが、それを見たアズラエルが苦笑を浮かべた。

「やれやれ、僕を見たくらいで慌てないで下さいよ。仮にも最高のコーディネイターでしょう、君は」
「……それ、本当に僕の事なんですか?」
「ええ、間違いありませんよ。ヘンリーも同じ結論に達してますし」
「ヘンリーって、あの新聞記者さんですよね?」
「そんな上等な代物じゃありませんよ。あいつは世界最悪の厄介者です」

 なんとも忌々しそうに言うアズラエル。昔に何かあったのだろうか。

「それで、僕に何の用なんですか?」
「用が無くては話しかけてはいけませんか?」
「ブルーコスモスが、コーディネイターの僕と世間話は無いでしょう?」
「まあ、普通はそう思うでしょうね」

 アズラエルはクククッと厭味ったらしく笑うと、キラと隣り合うように壁に背中を預けてダンスをしている人々に視線を投じた。

「君から見て、この会場はどう映りますか?」
「どうって言われても、華やかだなあとは思いますけど」
「ええ、華やかは華やかです。ですが、あそこで踊っている人々はみんな腹の中ではどす黒い欲望が渦巻いてます。さっきアルスター嬢を誘っていった男も目的は彼女と面識を得る事です」
「なんで、フレイと面識なんか欲しがるんです? フレイはただの女の子ですよ」

 キラの言葉にアズラエルは一瞬呆けたように口を半開きにしてキラを見やり、そして何がおかしいのか右手で顔を押さえて押し殺した笑い声を漏らしだした。

「く、くくくくくくく、なるほど、君は彼女の価値をまるで理解していないわけか。どうりで君たちの関係が理解できないわけだ」
「あ、あの、どういう事ですか?」
「いやなに、君とアルスター嬢の関係は聞いていましたが、僕はてっきり君が自分の身の安全を確保する為に彼女に接近しているのだと思っていたんですよ。まさか、そういう下心無しだったとはねえ」

 そう言ってまたおかしそうに笑うアズラエル。だが、キラにはアズラエルの言う事が理解できてなかった。どうしてフレイに近づく事が自分の安全に繋がるのだろうか。

「あの、どうして僕の身の安全と、フレイが繋がってくるんです?」
「簡単ですよ。アルスター嬢は連邦事務次官ジョージ・アルスター氏の1人娘で、今や彼の財産の全てを相続する資産家です。大西洋連邦の事務次官ともなれば下手な国の国家元首より社会的地位が高いんです。それだけの地位ともなれば資産も桁外れでして、アルスター家の権勢と財力を使えばコーディネイター1人くらいどうとでも出来るんですよ。ああ見えて彼女、上流階級の人間に分類されるんです」
「……権勢、資産家、あのフレイが?」
「まあ、相続手続きで多少減ってますけどね。今は国の方で彼女が相続できる年齢になるまで管理してます。私は君がその事を調べてて、それを狙ってるとばかり思ってたんですが、まさか本気でアルスター嬢本人が目当てだったとは、予想外でしたよ」

 超大国の閣僚は小国のTOPよりも社会的地位や影響力が大きい。欧州の小国の首相が変わっても誰も気にもしないが、アメリカの国務長官が変わるのは大騒ぎになるという現実がそれを証明している。
 笑いを収めたアズラエルは目尻に溜まった涙を拭うと、ようやく真面目な顔になって続きを話し出した。

「まあ、君に手を出すとキースやヘンリーを敵に回す事になりますから、今は見逃しておきます。それに、今のところ君は最強の手駒の1つですからね。使いかっての良い道具を自分から捨てる事は無いですし」
「道具……」
「道具ですよ。戦争において敵性人であるコーディネイターが連合軍に入る以上、普通は道具以上にはなりえません。まあ、君はかなり待遇が良いほうですか」

 アズラエルの言葉にキラは顔を伏せてしまった。アークエンジェル内ではそうでもなかったが、アークエンジェルの外では確かにそれに近い扱いだった事は否定できない。マドラスはかなり待遇が良いが、それでも露骨な嫌悪を向けてくる者はいた。そしてこういう問題に関しては、アズラエルの言う事は正しいのだろう。
 そして、この会場で自分に向けられる視線の正体もこれで答えが出た。この会場では自分は人間とは見られていないのだ。
 顔を伏せたままとぼとぼと会場から外に出て行ったキラを横目で見送ったアズラエルはもう一度楽しげに口元を歪めると、飲み物でも取りに行こうかと壁から背中を離した。
 近くのテーブルからワイングラスを手にとって軽くグラスの中で揺らしていると、アズラエルの前に男どもを振り切ったフレイがやってきた。ちょっと疲れた顔をしているのは、よほど相手がしつこかったのだろうか。

「あ、あの、キラは何処に?」
「どうして僕に聞くんです?」
「さっき、そこで話してじゃないですか」

 どうやら、ダンスを踊りながらもこっちを確認していたようだ。見られていたなら仕方ないかと思い、アズラエルはキラが出て行った扉の方を見た。

「彼ならほら、あそこから外に出て行きましたよ。そこから何処に行ったのかは知りませんが、そう遠くには行ってないでしょう」
「そう、ですか。ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げてフレイは扉を開けて外に行ってしまった。もうすぐラストダンスだというのにコーディネイターなんかを追っていってしまった少女にアズラエルは複雑な顔をしていたが、やがて自分でも良く分からないおかしさが込み上げてきて小さく笑ってしまった。
 その不気味な様を見咎めたのだろう。偶然通りかかったらしいカガリが顔を顰めながら文句をつけてきた。

「何ニヤニヤしてんだ、気持ち悪い」
「……人の顔を見て気持ち悪いとは失礼ですね。カガリ・ユラ・アスハ」
「じゃあ不気味と言い直してやろうか?」
「それも失礼だと思いますが、まあ良いでしょう」
「ところで、キラとフレイを知らないか? さっきから探してるんだけど何処にも居ないんだ」
「ああ、2人でしたらさっき……」

 アズラエルはカガリに2人が外に出て行った事を教えた。それを聞いたカガリは追うかどうか悩んでるようで、腕を組んで首を傾げている。それを見たアズラエルは、カガリに誘いをかけた。

「どうですカガリさん、一緒に見に行きませんか?」
「何でお前なんかと?」
「僕もちょっと興味がありましてね。それに、人には聞かせたくない話もありますし」

 人には聞かせたくない話、という部分でカガリもアズラエルの内心を理解した。こういう場において交わす言葉に冗談はありえない。いまやカガリはただのゲリラの少女ではなく、オーブの前代表の令嬢なのだ。



 

 会場の周囲に広がる庭園は結構広く、少し高い位置にある会場から階段で連結された多段階層構造をしている。その中で半円形に突出した部分に足を運んだキラは、街灯の下にあるベンチに腰を降ろして空を見上げた。あそこには自分の同胞が居て、そこに行けば自分もごく普通の学生に戻れるのかもしれない。そうすればこんな気苦労とも無縁でいられるのだろう。
 でも、そこでキラの思考は止まってしまう。もうそんな選択は出来ない所まできてしまっているのだ。あの日、アスランの誘いを蹴ってアークエンジェルへ、仲間の所へ戻ったあの時に、同胞の下へ行くという選択は自分から失われているのだ。

「……好きで戦争をしてるわけじゃ、ないんだけどな」

 自分はアスランをはじめとする同胞よりもヘリオポリスの仲間を、ナチュラルを選んだ。彼らを守る為に武器を取った筈だった。だが、その決断は今もキラを苦しめている。これはキラの決意が実はお粗末なその場の勢いでしかなかったということなのだが、キラ自身がそれを受け入れられないで居る。
 キラと同じ立場とも言えるセランやボーマンとはキラとは異なり、ザフトと戦う事に全く忌避感を持ってはいない。確かにナチュラルの中のコーディネイターということでキラと同じように嫌な思いはしているのだが、2人はその辺りの問題を全部覚悟の上でこの道を選択している。
 キラがこの辺りの呪縛から逃れるには開き直ってしまうという手段がもっとも有効かもしれないが、昔ならともかく、現在ではそこまで追い詰められてもいなかった。
 ベンチでそんな後ろ向きなことを考えているキラの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「約束をすっぽかした嘘つきを発見」
「…………フレイ?」

 視線を空から引き戻してみれば、自分の座っているベンチのある場所まで降りて来る階段の上にフレイが立っていた。彼女はドレスの裾を引っ掛けないように注意しながら階段を降りて来る。

「フレイ、どうしてここに?」
「パートナーをほっぽりだしてどこかに行っちゃった嘘つきを探しにきたのよ。全く、私にラストダンスは相手無しで壁の花にでもなってろって言うのかしら」
「でも、別に僕じゃなくっても、相手は幾らでも居るんじゃ……」

 会場で幾多の男性に囲まれていたフレイを思い出し、キラはそう答えたのだが、帰ってきたのは強烈なハリセンの一撃だった。キラの目でさえも捉えられない、というか何処から出てきたのか毎度の事ながら不明な巨大ハリセンに脳天を打ち据えられたキラは無様に地面を口付けを交す羽目になった。
 顔面を押さえて暫しもがいていたキラだったが、最近打たれ強くなってきたせいか、意外と早く復活してきた。だが、文句を言おうと顔を上げたキラの目に飛び込んできたのは、なんだか凄く悲しそうなフレイの顔であった。

「あんた、そんなに私と踊るのが嫌なの?」
「いや、そういう訳じゃなくて……」
「じゃあ何よ。ダンスが踊れないから逃げたとか言ったら本気で怒るわよ?」

 さっきの電光石火のあれは本気じゃ無かったのかという疑問が頭の片隅に浮かんだが、今のキラにはそれを口にするような余裕は無かった。怒って怒鳴りつけられるならまだやりようもあるかもしれないが、悲しそうに問い掛けられるというのはかなり堪える。
 暫くあたふたしていたキラは、しぶしぶ正直に事情を話した。

「ここは、僕みたいなコーディネイターには居心地が悪すぎるよ。アズラエルさんにも言われたけど、少なくともここにいる人たちは僕を人間とは見てないんだ」
「それで、こんな人気の無い場所まで逃げてきたって訳?」

 コクリと頷いたキラ。それを見たフレイは前にも同じような事を言っていた事を思い出して呆れ果ててしまったが、同時に自分には察する事の出来ない苦悩があるというのも今のフレイには分かっているので、どうにも強く出れなくなってしまう。

「分かってはいるんだけどね。今更気にしててもしょうがないって事は」
「……キラ」
「何度振り切ったつもりになっても、やっぱりこれだけは駄目みたいだね。慣れないよ」

 寂しそうなキラに、フレイはかける言葉が浮かんでこなかった。いや、15歳の少女にこんな問題を解決してやる事など不可能だろう。
 その時、会場の方から音楽が聞こえてきた。ラストダンスが始まったのだろう。それを聞いていたフレイは何か思いついたのか、勢い良く頷いてぼんやりしているキラの手を掴んだ。突然手を取られて驚いているキラに、フレイは花が咲いたような笑顔を向けている。

「踊りましょう、キラ」
「踊るって、ここは会場じゃないよ?」
「何言ってるのよ。音楽はあるし、スペースも十分、明かりもあるわ。他に何かいるの?」

 フレイに問われたキラは返す言葉が無かった。この場をダンスホールに見立てるというのだろうか。街灯から降り注ぐ光の欠片の中でフレイは優雅に両手でスカートを摘み上げて挨拶をし、またキラの手を取って踊りだした。

「ぼ、僕、ダンスなんて出来ないよ」
「大丈夫、私の動きにあわせてれば良いわ」

 フレイに言われてキラはたどたどしく踊りだしたが、何故か体が勝手に動いてくれた。いや、正確にはフレイのリードで踊らされていると言うべきか。踊っているフレイは美しかった。動作のひとつひとつに躊躇いが無く、ピシッと決まっている。ゆっくり動く時はたおやかな波のように。素早く動く時はかろやかな風のように。微妙な腰の動きや肩の動きで自分の進みたい方向をキラに示し、キラは彼女が指示した方向に向かって、彼女を送り出せばそれで良かった。

 


 

 この2人だけの舞台を、上の方から眺めている者がいた。アズラエルとカガリだ。アズラエルは手摺に両腕を付いてもたれながら会場からくすねてきたワインを飲みながら、カガリは置かれているテーブルにお菓子を持ち込んで食べながらそれを見ていた。

「さすがと言うべきですかね、見事なものです」
「ふん、ダンスなんか上手くたって腹の足しにならないだろ」
「カガリさんのダンスはパントマイムと見紛うばかりでしたがね」

 くくくっと笑うアズラエルにカガリはぶすっとしてケーキを口に放り込んでいる。彼女は立派な王族なのだが、およそそういう教育を嫌って逃げ出しているような問題児であった為、こういう場に出てきても恥をかくだけなのだ。勿論正装した時の容姿の美しさや貫禄などは流石に王族を感じさせるものを持っている。地位が人を作るという言葉があるように、そういう立場に置かれれば自然とそういう世界の人間になってしまうのだ。
 でも、王族の気風を持ってはいても礼儀作法や必要な知識が身に付いていないため、誰も信じてくれないお姫様となってしまっている。同行している護衛兼教育係のキサカの心労は幾許だろうか。

 ぶすっとして黙り込んでしまったカガリを見て、アズラエルはワイングラスに注ぐのが面倒になったのか、直接ボトルからラッパ飲みをしだした。豪快に中身を減らした後、口を離して大きく息を吐く。

「ナチュラルの少女とコーディネイターの少年が仲良く出来るなんて、信じられない光景ですよ」
「何でだよ。同じ人間なんだし、おかしな話じゃないだろ?」

 カガリの言葉にアズラエルは露骨に顔を顰めてしまった。

「カガリさん、僕がどうしてブルーコスモスなんかやってるか、分かりますか?」
「コーディネイターが嫌いだからだろ」
「まあそうですね。僕は子供の頃にコーディネイターに酷い目に合わされた事がありまして、その時の体験が元で反コーディネイター運動に参加するようになりました。そこで色んな事を知って、ますますコーディネイターが嫌いになりましたよ」

 アズラエルは苦々しい表情で自分の若い頃を語りだした。学生時代から反コーディネイター運動に参加していた彼は、そこで年々増加傾向にあったコーディネイター犯罪の実体を知り、しかもそれを取り締まるのは極めて困難である事を知ったのだ。
 コーディネイターの暴漢に襲われればナチュラルはひとたまりも無く殺されてしまう。彼らが強盗行為をすれば自分達は抵抗さえ出来ない。そして彼らを取り締まる警官でさえ返り討ちにあっており、対処するのに軍隊の出動さえ必要になった事もある。しかも彼らはその能力で弁護士や学者といった知識人となった者が多く、同胞というだけでこれ等の犯罪者の弁護を行い、罪を軽減してきた。逆にコーディネイターに相応の処分が下されれば立場を利用して世論を煽り、コーディネイター差別だと声高に広めたりしていたのだ。この問題は世界中で起きていた。
 そしてコーディネイターたちはその高い能力でナチュラルから仕事を奪っていった。ナチュラルなら数人でこなす様な仕事を彼らは1人でこなしてしまう為、自然と企業はコーディネイターを雇うようになり、それまで働いていたナチュラルの社員は職を失って路頭に迷う事になる。その結果失業率が増え、社会不安も比例して増大していたのだ。
 これ等の問題からコーディネイターをプラントに隔離し、ナチュラルと切り離す政策が世界中で加速する事になる。彼らに武器を持たせなかったのは理事国にとっては当然の選択だったろう。コーディネイターの危険性を良く知っていた当時の為政者達は、その能力ゆえにナチュラルとは相容れない化け物を、コーディネイターを恐れていた。ただでさえ手が付けられないコーディネイターに武器を持たせれば、まさに何とかに刃物という状態になってしまう。だからプラントに過度の制約をかけ、容易にそれを緩和しようとはしなかった。
 その能力は確かにナチュラルにとって有益ではあったし、彼らを利用する為のプラントではあったが、一度でも譲歩すれば要求が際限なくエスカレートする事を彼らは経験から理解していたのだ。
 もし彼らに自衛の為の武装を許せば、次には独立だの対等の立場だのと要求をしてくるのは確実で、その要求を付き付ける際には武力による恫喝もありえた。この為政者たちの予想は結果として現実のものとなり、プラントはザフトを組織して地球連合に敵対するようになっていく。そして遂に彼らはプラントの独立を掲げだした。彼らはこれを人として当然の要求であると言っているが、地球連合にしてみれば自分達が大金注ぎ込んで作ったプラントコロニー群を勝手に私物化されて堪るかという事になる。
 世間ではブルーコスモスによるコーディネイター迫害の害悪ばかりがクローズアップされているが、コーディネイターたちも迫害されるだけの事をやっていたのだ。ブルーコスモスには大勢の構成員がいるが、彼らの多くはコーディネイター犯罪の被害者であったり、コーディネイターに職を奪われたりした人々である。
 このような世界情勢の中でブルーコスモスが人々の支持を集めたのは自然の成り行きだったろう。そしてアズラエルはコーディネイター排斥論者の1人として知られているが、その主張の根底にはコーディネイターによる被害を無くし、ナチュラルの未来を守ろうという考えがあるのだ。

 これらの現実はカガリも知っていた。オーブはコーディネイターを受け入れている珍しい国ではあるが、やはりアズラエルがいうような問題が起きており、深刻な社会問題にまで発展している。
 今の所はウズミの言う「オーブの理念」を優先しているためにコーディネイターに対する表立った規制は行われていないが、民間レベルでの反コーディネイター運動は確実に広がりを見せている。ウズミが幾ら理想論を並べようとも、既に現実と理想の乖離は深刻な所まで来ているのだ。

「コーディネイターは危険はものです。僕たちは彼らを管理し、上手く使っていかなくてはならない」
「そんな事は無い、コーディネイターにだって良い奴らは沢山いる!」
「貴女はそう思ってるかもしれません。いえ、貴女のように考える人はかつては沢山いました。ですが、彼らの声はコーディネイターたちの犯罪行為が深刻になるに連れてだんだん小さくなっていったのです。そう、キースのように」
「お前たちがそれを加速したんだろうが!?」
「それは否定しません。僕たちは確かにコーディネイターを排斥する方向に世論を操作しました。ですが、僕たちが何もしなくても結果は同じになったでしょう。遅いか早いかの違いだけです。現に今、オーブがその道を辿っているではありませんか」

 アズラエルの言葉にカガリは悔しそうに黙り込んでしまった。確かにアズラエルの言っていることは自分たちが今辿っている道だ。今はまだウズミの強権が為政者達の本音を押さえ込んでいるが、いずれ爆発する者が出るだろう。その時、オーブもまたコーディネイターを排斥する道を選ぶ事になる。例えウズミがそれを押さえようとしても国民がそれを許さない。
 悔しそうに俯き、肩を震わせているカガリと向かい合うようにアズラエルもテーブルの近くに椅子を引っ張ってきて腰を降ろした。

「まあ、ウズミ前代表がこの問題をどう考えているかですが、彼は僕の話しを聞こうともしません。まったく理想主義者というのは始末が悪い。せめてホムラ代表に僅かでも権限があるなら彼と話す手もあるのですがね」

 やれやれと肩を竦めて見せるアズラエルにカガリは憎しみさえ感じさせる視線を叩きつけたが、彼女とアズラエルでは格が違いすぎた。カガリの眼光ではアズラエルに何の傷もつける事は出来なかったのだ。アズラエルと渡り合えるのはオーブにはウズミただ1人だろう。
 だが、自分を睨みつけてきたカガリに対して、アズラエルは何故か楽しげな視線を向けてきていた。それがカガリには不思議でしょうがなく、アズラエルにその意味を問い掛けてしまう。

「何で、笑ってるんだよ?」
「笑ってる訳ではないんですがね。ただ、気骨は十分だと思って安心してるだけです」
「どういう事だ?」
「…………カガリさん、僕たちの世界では、無能者は犯罪者と同義です。相手国の元首が話す価値も無い無能者だなんて、こっちにとっては悪夢でしかありません」
「それと、私とどういう関係があるんだよ。あんたが話す相手はお父様か、叔父貴だろう。私には何の権限も無いんだ」
「今はそうでしょう。ですがいずれは貴女がその地位に立つ筈です。オーブは専制国家ですからね。そのオーブの後継者にはとりあえず相手に屈しない気骨だけは備わっているようだと分かったんですから、少し安心したんですよ。後は経験を積んで、自分で決断できるようになる事ですね」

 そこで一度言葉を切り、アズラエルはワイングラスを置いて指二本分注ぐとぐいっと飲み干した。

「そして、その時貴女がどういう考えを持っているのか、楽しみですよ。ウズミ氏のように空虚な理想に走るのか、それとも現実を受け止めるのか、それとも…………」

 その先をアズラエルは言葉にはせず、口を閉ざしてしまった。何やら妙に苦みばしった顔で不愉快そうに舌打ちをしている。カガリはその先が気になったので、アズラエルに続きを促した。

「それとも、何だよ?」
「……気にしないで下さい。昔に思い描いた、つまらない妄想ですから」

 そのつまらない妄想にどうして不機嫌そうになるのかカガリには分からなかったが、それを追求しようとは思わなかった。どうせ聞いても答えてはくれないだろうし。
 僅かの沈黙の後、アズラエルは話を切り替えた。

「カガリさん、分かってるかどうか怪しいので言っておきますが、貴女がアフリカからここまでやってきた行為は、全て戦争犯罪に問われます。中立国の人間が非公式に戦闘行為を行ったのですから」
「…………」
「勿論戦争に関する基本的な協定は御存知ですよね。古くはジュネーブ条約やハーグ陸戦協定から続き、今ではコルシカ条約などです。この辺りはもう不文律と化していますが」

 レジスタンス、パルチザンなどの民間勢力が武器を手に戦闘を行うのは全て犯罪である。これ等の抵抗運動は格好良く見えるかもしれないが、その行為は占領地域の民間人に規模を遙かに拡大されて報復を呼ぶ。これらの行為が支配者による民間人の虐殺を誘発する事は常識であり、その為に禁止されてきたのだ。
 これ等の常識に当て嵌めれば、カガリは間違いなく複数の戦争犯罪を問われて刑場行きだ。いや、カガリの立場を考えれば責任はオーブそのものへと及ぶのは間違いない。特にプラントはこの件で徹底的にオーブを吊るし上げるだろう。
 その事をカガリが知らなかった訳ではない。ただ、感情で動くカガリはその事に思い至らなかったのだ。その事を今更ながらに恥じているカガリに向って、アズラエルは足を組んで余裕を見せながら1つの提案をした。

「ですが、あなたの行為はまだ我々しか知りません。揉み消そうと思えば揉み消せるのです。そして私は貴女を吊るし首にしようとは思っていません。ある条件を飲んでいただければ、ね」
「条件だと?」
「簡単な事です。貴女がオーブに帰還した時、貴女はウズミ前代表に私との会談を取り計らって欲しいのですよ。そう、連合かプラント、どちらかがオーブを攻める前に、手遅れになる前にね」
「連合かプラントがオーブを攻めるだって!?」

 カガリは興奮して聞き返した。

「何でだよ。オーブは戦争をする気なんか無いんだぞ!?」
「オーブの都合はこの際関係ありません。オーブにはマスドライバーがあり、モルゲンレーテに見られるような高い技術力がある。特にマスドライバーの存在がオーブに高い戦略的価値を与えているのですよ。この戦略的価値が、オーブの中立を許さないのです」
「マスドライバーが欲しいってだけで戦争を仕掛けるのかよ!?」
「そうですよ。歴史上では敵国への通り道だから、単に気に食わないからという理由で侵略された中立国は珍しくありません。それらに較べれば余程まともな理由ですよ」

 戦略的価値を持っている時点で中立を維持する事は出来ない。かつて存在した永世中立国スイスが何故中立を認められたかといえば、中立国という話し合いの場が必要という意味もあるが、戦略的に攻めるメリットが無かったからに他ならない。攻めても得るものがなく、しかも攻めた際に物凄い困難が伴う事が確実であったためにスイスは中立を認められていたのだ。
 実は第2次大戦前、ヨーロッパでは平和主義が流行した時期がある。武力を放棄したり、スイスと同じように永世中立を宣言した国が幾つも出てきた。ようするにお互いに侵略できるような武力が無ければ世界は平和になるだろうという考えだが、末路は軍事強国の侵略に碌な抵抗も出来ないというお粗末な物であった。
 戦争を止めようという努力は世界中で行われてきたし、悪い方向に向かう流れを止めようと多くに国が、個人が絶え間ない努力を重ねてきたのだが、歴史の流れとは国の1つや2つの力で止められるような物ではない。オーブが幾ら戦争反対を唱え、中立を維持しようとしても周囲の国がそれを受け入れなければ意味は無いのだ。
 アズラエルがいう事はカガリには到底受け入れられない理論だったかもしれないが、世界はこの理論で動いている。国家の指導者達は世界が弱肉強食の理論で動いている事を理解する必要があるのだ。

「……でも、大西洋連邦がそう思ってても、ユーラシアや東アジアが許さないだろ? どちらもオーブの友好国だぞ」
「カガリさん、国家に真の友人はいません。情勢が変わればあっさり掌を返すのが私たちの世界の常識です。オーブが必要になれば、両国ともオーブ侵攻を躊躇う事は無いでしょう。そしてオーブにはそれを跳ね返す力は無い」
「だから、あんたの言葉に従えってことかよ?」
「無条件で従えと言う気はありませんよ。マスドライバーを貸していただければ、相応の見返りは出します。ギブ・アンド・テイクが外交の常識ですから」
「でも、それはオーブが連合に加わるって事じゃないか。そうなったらプラントと戦争状態になる。大洋州連合の攻撃を受けるぞ!」
「勿論そうなるでしょうが、その時はこちらも援軍を出しますよ。意味も無く友邦を見捨てる趣味は我々にはありません」

 カガリの反論にアズラエルは何事でもないかのように言い返す。母国を戦争に巻き込みたくないカガリとは異なり、アズラエルはオーブの中立維持は不可能だと断言し、連合に加わる説得の手伝いをしろと言ってきている。それはカガリにとって我慢できない事であったが、カガリには逆らう権利は無かった。もし逆らえばアズラエルはカガリの行為を公表し、オーブを追い詰めるだろう。プラントと連合から批判を浴びたオーブは双方から攻撃を受けかねない。

 


 

 カガリが黙り込んでしまったのを見てアズラエルはワインを飲むのを再開しようとしたが、いきなり聞きなれた警報音が夜空に響き渡って、吃驚した拍子に手にしたグラスを落としてしまった。

「なんだあ!?」
「空襲警報のようですね。まさか、もう再攻撃に出てくるとは」

 ついこの間にあれだけの攻撃を仕掛けてきたというのに、もう再攻勢をかけてきたというのだろうか。なけなしの迎撃ミサイルがランチャーから放たれて夜空に幾つもの光の花を咲かせている。だが、迎撃成功率は前回の攻撃を遙かに下回り、基地や市街地に多くの巡航ミサイルが着弾した。舞踏会の会場近くにも何発かが着弾し、うち1つがなんとキラたちが踊っていた郭の下層部に着弾してしまった。その一撃でブロックが崩れてしまい、なんとキラたちの踊っている場所にまで崩壊の手が及んでしまった。
 その崩壊にキラは何とかバランスを取ったのだが、フレイが足を取られて崩壊に巻き込まれてしまった。
 フレイの上げた悲鳴にキラは咄嗟に右手を伸ばして彼女の腕を取ることには成功したが、その為にキラもバランスを崩して落ちかける羽目になった。慌ててブロックに固定されていたベンチを掴んだものの、キラは胸より下が崩れて崖になった部分に投げ出された格好になり、フレイはキラの腕一本で宙に浮いているという有様だ。

「キ……キラ……」
「フレイ、下を見ちゃ駄目だ!」

 恐怖に引き攣った声を出しているフレイにキラは怒鳴りつけるような声をぶつけてベンチの足を掴んだ左腕に力を込めたが、姿勢が悪い上に人1人を抱えて腕一本で体を持ち上げるのは流石に無理がありすぎた。しかも悪い事にベンチその物がブロックから外れかけている。
 流石にこれは不味いとキラの顔色が青褪めてきた時、血相を変えたカガリが駆けつけてきた。

「キラ、フレイ、大丈夫か!?」
「カ、カガリ、どうしてここに!?」
「それ所じゃないだろ。今引き上げてやる!」

 カガリはキラの左腕を両腕で掴んで引き上げようとしたが、気が強くてもカガリは女の子でしかなく、人間2人を引き上げるような腕力は持っていなかった。周囲の崩壊も進んでおり、ベンチが外れるのも時間の問題だろう。そうなれば落ちる自分達にカガリも巻き込まれてしまうのは確実だ。

「カガリ、もう良いから、君は逃げて!」
「馬鹿言うな、友達見捨てて逃げられるか!」

 キラに怒鳴り返してカガリは必死にその腕を引っ張ったが、状況はさっぱり好転してくれない。そうこうしているうちにいよいよベンチが異様な音を立てだした。それを効いたカガリの顔に焦りが浮かぶが、カガリの力ではどうにもなりそうも無い。
 上の状況を察したのか、とうとうフレイまでがとんでもない事を言い出してきた。

「キラ、手を放して!」
「そんなの、出来るわけ無いだろ!」
「でも、このままじゃみんな助からない!」 

 3人が落ちるより2人が助かった方が良い。理屈ではそれで間違いないだろうが、そこに感情が入ると話が変わってくるものだ。キラはフレイの言葉を無視して彼女の腕を握る手に力を込め、カガリは一向に逃げる素振りさえ見せない。
 キラはともかく、カガリは身分を考えれば保身の義務があるはずだ。それを考えればカガリのやっている事は明らかに愚かな行為である。それをカガリが分かっているかどうかは疑問だが。
 だがその時、必死の形相でカガリが歯を食いしばる様を見上げているキラの視界に予想もしなかった人影が現れ、カガリの隣から腕を伸ばしてきて自分の腕を掴んできた。

「1人で無理なら、助けを呼びなさい。全く何考えてるんだか」

 アズラエルだった。カガリは自分の隣から伸ばされた腕に驚きを浮かべ、助けに入ってくれたアズラエルを見ている。

「な、なんでお前が来るんだよ?」
「君を見捨てたら色々と不味いですし、アルスター嬢にもまだ死んでもらっては困るんですよ」

 アズラエルと2人がかりでまずキラを引っ張り上げ、そして3人がかりでフレイを引っ張り上げた。そして4人で大急ぎでその場から逃げ出し、安全な所まで非難してようやく一息つくことが出来た。

「死、死ぬかと思ったわ」
「うん、流石にあそこから落ちたら助からなかったね」

 死ぬ半歩手前だったキラとフレイは2人して引き攣りまくった顔を向け合っている。それを見てカガリは苦笑を浮かべてしまったが、その3人に冷や水を浴びせかける声がぶつけられた。

「助かったのを喜ぶのはまだ早いでしょう。違いますか?」

 アズラエルだった。彼は厳しい目でキラを見やると、視線を町のほうへと移す。

「どうやらザフトの総攻撃のようです。さっさと行ってあいつらを叩きだして来るんですね。その為に君がいるんでしょう?」
「……僕は、戦う為だけにいると?」
「少なくとも僕にとってはね。コ−ディネイターの君が生かしてもらえるのは、それだけの価値があるからですよ。忘れないで下さい。使えなくなった道具に価値は無いんですよ」

 アズラエルの物言いにキラは激発しかけたが、渾身の力でそれを押さえ込むと、アズラエルの顔を一瞬でも見ているのが耐えられないとでも言うかのように顔を背け、まだ無事な階段に向って歩き出した。それをアズラエルは特に感情の篭もらない目で見送ろうとしたが、その視線の先にフレイが立ちはだかった。
 フレイの目にははっきりとした怒りが見て取れ、それがアズラエルの表情を僅かに顰めさせる。

「アズラエル理事、何であんな酷い事を言うんです!?」
「別に、酷い事なんか言ってませんよ」

 フレイの文句にアズラエルは顔色1つ変えずに答えると、身を翻して会場に戻る階段に足を向けた。

「君も早く戻りなさい。MS戦が君の仕事です」
「理事!」
「僕は基地司令部に戻ります。そこで全体を見るのが僕の仕事ですからね。君もここで僕にどうこう言うより、自分に出来る事をした方が良いですよ」

 アズラエルの言葉にフレイは更に文句を言おうとしたが、それはカガリに止められた。

「止せフレイ、あいつには何も言っても無駄だ」
「でもカガリ!」
「今はあいつの言うとおり、MSで戦ってくれ。あいつに文句言うのは戦闘後でも出来るから」

 カガリにまで言われてようやくフレイは矛先を納めると、渋々キラを追おうと振り返った。振り返った先ではキラが足を止めて彼女を待っていた。そちらに向けてフレイは小走りに駆け寄っていこうとしたが、その時背後からアズラエルの声が聞こえた。

「全く、奇妙な子供達です。彼らを見てると、コーディネイターへの考え方が変わりそうですよ」

 それは物凄く不本意そうな声であったが、確かに3人の耳に届いた。キラとカガリは唖然としてアズラエルの背中を見やり、フレイは驚いて振り返っている。
 驚きの余り硬直している3人を爆発音が正気に戻した。慌ててキラとフレイは基地へと戻って行ってしまう。だがカガリはその後を追わず、階段を上がってアズラエルの後を追っていった。アズラエルはとぼとぼと歩いていたので、すぐに追いつくことが出来た。彼は相変わらず不機嫌そうで、カガリが隣に来ても見向きもしない。そんなアズラエルにカガリは声をかけた。

「なあ、さっきのあれ、何であんな事を?」
「……なに、ちょっと昔を思い出しただけですよ。それで、つらない事を考えただけです」
「つらない事?」
「下らない妄想ですよ。あの時、僕の前にいたコーディネイターが彼のような人物なら、僕も違う未来を選択していたのかもしれない、なんてね」

 アズラエルの答えを聞いたカガリは吃驚して目を丸くして足を止めたが、すぐに口元を綻ばせてその背中を追い出した。

「別に、下らなくは無いだろ」

 聞こえたらアズラエルはますます不機嫌になるような事をカガリはそっと呟いた。そして、戦いが起きている街の方を振り返ると、一つの決意を秘めて歩き出した。そう、自分には、自分の戦場があるのだ。




後書き

ジム改 次回、いよいよモラシム隊とAA隊の戦闘です。マドラス編のラストイベント。
カガリ 私って一体……
ジム改 胡散臭いと思われた事か?
カガリ 私はそんなに王女に見えないのか!?
ジム改 いや、どう考えても無理があるだろう。
カガリ まあ、アズラエルから色々と学んでくれ。今いるキャラではあいつが一番立場が近い。
カガリ それで私がブルコスに染まったらどうするんだよ!
ジム改 その時はその時だ。オーブの王女がブルコスの盟主に学んで何が悪い。
カガリ お父様に怒られる。
ジム改 まあ、そうなったら頑張れ。
カガリ まあ、アズラエルと話すなんて今回で終わりだろうけど。
ジム改 いや、まだ何度もあるぞ。
カガリ あるのかよ!
ジム改 作中キャラの問題で、この手の知識を吸収できる相手が他におらんのだ。
カガリ ……政治家には1人も知人がいないな。
ジム改 アスランは指揮官として知識と経験を積み重ねてるからお前とは違うけどな。
カガリ 私を鍛えてくれるキャラはアズラエルしか居ないのか?
ジム改 今の所はな。指揮官としてはナタルが教えてくれてるけど、経験は無いし。
カガリ ううう〜〜〜。
ジム改 では次回、マドラスを襲うザフトの大軍。燃え盛る業火、逃げ惑う人々、両軍のエースたちが激突する中で、キラとアスランが、フレイとイザークが再び対峙する。戦火の中で、4人はそれぞれに決意と変化を見せる事に。
カガリ 何気にザフトにも空のエースが登場するぞ。


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