第64章  決意の砲火




 上空を通過していく砲火の下をキースの運転する軍用ジープに8人乗りという無茶をしていたアークエンジェルの士官たちは、まずフラガとキース、フレイを降ろすべく飛行場へと向ったのだが、そこでMS隊の発進を指揮していたアルフレットにとんでもない事を言われてしまった。
 
「お前らの機体なら、もうアークエンジェルに搬入されてるぞ」

 自分たちの知らぬ間に移動命令があったらしい。フレイの使っていた105ダガーもアークエンジェルに移管され、フレイの機体として正式に登録されたというのだ。ついでにフラガとキースのスカイグラスパーもアークエンジェルに持っていったからアークエンジェルに戻れと言われた8人は大急ぎでアークエンジェルのある軍港へと向かっていった。それを見送ったアルフレットはどうしたもんやらと砲火の下で夜空を仰ぎ見てしまった。

「礼装やドレス姿で4人乗りジープに8人乗りするってのは、どうかと思うぞ」

 どんなに良い服を着ても、ちゃんとしていなければみっともなくなるという好例を間近で見たアルフレットは、訓練に礼儀作法を入れた方が良いかと少し真面目に考えてしまった。



 

 モラシム隊を中心とするザフトの水陸両用部隊の猛攻を受けたマドラスの街は激しく炎上していた。既に湾口部の防衛線は破られ、ゾノやグーンの上陸を許している。これに対して連合の戦車隊や自走砲部隊が応戦しており、内陸に入り込もうとしていた水陸両用MS部隊は前進を阻まれている。
 これ等の水陸両用MSは地上でも活動できるだけで、陸上ではジンやシグーのような活躍は期待できなかったのだ。だが、彼らの仕事は沿岸部の対空砲やミサイルランチャーの破壊であったので、与えられた仕事は果したといえる。
 そして彼らの切り開いた防衛線の穴からグゥルに乗ったジンやシグー、ゲイツが侵入して地上戦を開始しだした。これを迎撃しようとした連合戦闘機部隊はディンやラプター、インフェストスが迎え撃ち、マドラス上空全域を舞台とした壮絶な空中戦が展開されている。だが、この空中戦は双方の戦力差が小さいにも拘らず、珍しく伯仲した空戦を行っていた。その理由は、この基地には量産型スカイグラスパーに機種更新を完了し、パイロットも開戦時からの生き残りを集めた精鋭の第88航空隊が駐留していたからである。前回は北部戦線に引き抜かれていたが、アルフレットたちと共に戻ってきていたのだ。
 スカイグラスパー36機の戦力は非常に大きく、更にスカイグラスパー以外にも従来のサンダーセプター隊も多数が出てきている事でほぼ互角の空中戦を展開する事が可能となったのだ。

 だが、地上の方は芳しくなかった。海上から進入してきたゾノやグーンはともかく、強襲してきたジンやゲイツの部隊は厄介であったし、何よりも強力だったのは南方から突き上げてきたザフト地上部隊だった。ついこの間に上陸したザフト地上部隊はMSを先頭に立てて後方に連合からの鹵獲品である戦車や装甲車を伴っている。そしてザウート部隊の支援砲撃の下をバクゥとジンが一斉に突撃してきたのだ。これに対しては予めマドラス司令部が地雷原を作っておいたのだがザウートの砲撃によって啓開されてしまい、ザフトMSは損害らしい損害も出さずにこれを突破してしまった。
 このMS隊に対しては連合の主力を成すヴァデッド戦車隊が砲列を敷き並べて一斉砲撃を加える事で対抗していた。戦車の砲はMSを、特に足の速いバクゥを捕らえるのは困難なので、弾数にものを言わせた面に対する公算砲撃を行う事で当てるという戦術を取っている。ようするに下手な鉄砲も数撃てば当たるという原理で、ザフトのMSに散々煮え湯を飲まされてきた戦車兵たちが編み出した対MS戦術だ。
 幾らバクゥが素早く走り回ろうと、何十という砲弾を同時に撃ち込まれては逃げる術などは無い。リニアガンから放たれた90mm弾は容赦なく機体各部を抉り、貫いて破壊してしまう。
 だが、これもバクゥの突撃を食い止めることは出来なかった。仲間を数機失いながらも突撃してきたバクゥはミサイルやレールガンで次々に戦車を仕留め、前足で踏み潰していく。戦車隊は距離が詰まった為に大急ぎで後退を始めたため、最初のような弾幕は張れなくなってしまった。こうなればMSの進撃を食い止めることは出来ないと思われたが、地上部隊はすぐに頑強な抵抗線にぶつかる事になる。
 戦車隊を蹴散らしてマドラス市街地に踊りこんだバクゥ部隊はビルを破壊し、地上車両を踏み潰して回ろうとしたのだが、仲間の1機がビームに貫かれて破壊されるのを見て仰天してしまった。

「な、何だ、ビーム砲だと!?」
「噂に聞く、ナチュラルのMSか!」

 バクゥ部隊は初めて接触したストライクダガー隊を見て慌てて後退しだした。障害物の多い市街地はバクゥにとっては最悪の戦場である。バクゥの命は4足歩行が生み出す足の速さを生かした高速機動戦であり、ジンやダガーのように接近格闘戦をするようには出来ていないのだ。
 このダガー部隊の相手は遅れてやってきたジン部隊がする事になり、重突撃機銃とビームライフルが街中で激しく交差しあう事になった。バクゥ部隊はジン部隊がダガー隊と交戦している間に基地施設に突入してこれを破壊しようと試みたが、彼らはそこで最悪の敵に出迎えられる事になった。
 突撃しようとしていたバクゥの前に、ザフトにとっては最悪の敵に分類される機体、ストライクが立ちはだかったのだ。ストライクは量産されている4機のGタイプの中でもイージスに変わって新たな指揮官機に分類されている為、特に凄腕に支給されている。そのおかげでストライクはただでさえ厄介なGの中でも最悪の敵となっているのだ。
 バクゥ部隊は立ちはだかるソードストライクを見て露骨にうろたえ、足を止めてしまった。

「た、隊長、ストライクです!」
「分かっている。だが、あのでかい剣では広い範囲はカバーできんだろう。散開して暴れ回れ!」

 怯む部下に隊長は散開を命じた。何機かは食われるかもしれないが、残りは基地内で暴れまわれるという事を計算した戦術だ。だが、彼の目論みは目の前のストライクのふざけた強さと、彼の後ろから現れた新手のダガー部隊に阻まれる事になった。ストライクはバックパックのスラスターを全開にして手近なバクゥとの距離を詰め、手にした対艦刀の一撃で容易くそのバクゥを両断してしまった。その攻撃力は周囲のバクゥを怯ませたが、あの剣の間合に入らなければ大丈夫だという事も分かった。
 しかし、回り込もうとしたバクゥはいきなり飛来してきた誘導弾やビームの盛大な歓迎を受けることになる。ストライクの後方を固めていたのはデュエル、ストライクダガー、ロングダガーを主力とするMS部隊だったのだ。
 デュエルに乗るボーマンはソードストライクで出撃したアルフレットに文句を付けた。

「少佐、ソードなんかで出るなんて、何考えてるんですか!?」
「ソードだと何か問題か?」
「ありますよ。ソードパックなんて、役立たずの烙印押されて倉庫で埃冠ってるような代物なんですよ!」
「だが、こういう周りに壊しちゃいけねえ物が多い場所では、こいつは結構使えるぜ。エールやランチャーだと外れ弾で施設をふっ飛ばしちまうからな」

 開けた戦場では攻撃範囲が狭すぎて使い難すぎるこのソードパックだが、市街戦や基地内での戦闘、コロニー内などでは結構使い易い武器となる。ビームライフルは威力が有り過ぎ、守る為の戦いには向かない場面が多い。
 アルフレットはソードストライクの左腕に装備されている2門の中口径レーザーでバクゥの足を止め、対艦刀でぶった切るという戦法で確実にバクゥを減らす手に出た。どうやらX105で装備されていたロケットアンカー「パンツァーアイゼン」は外されて中口径レーザー砲とABシールドに変えられているらしい。やはり中距離火器を持たないというのは実用性に欠けると判断されたのだろう。レーザーならビームと違ってビームエネルギーの補給はいらないから補助火器には効果的ではある。
 バクゥも反撃するのだが、フェイズシフト装甲とABシールドという鉄壁の防御を誇るストライクを撃ち崩すのは容易ではなく、それが更にバクゥのパイロット達を慌てさせた。

「ようし、このまま一気に押し返すぞ。ボーマン、ソキウスは俺の左右に付け。奴らにこの基地に来た代償が如何に高く付いたかを思い知らせてやるんだ!」




 

 街や基地で大規模なMS戦が行われている頃、キラたちを満載したジープはブレーキとトランスミッションに悲鳴を上げさせながらドックに滑り込んできた。完全に重量オーバーである。
 物資の搬入ハッチから飛び込んだジープは急ブレーキで強引に止められたのだが、その衝撃でオープントップ構造のジープから何人かが放り出されて艦内に転がってしまった。飛んできたトールの直撃を受けた不幸な整備兵がでるなど被害も大きかったが、幸いに負傷者は出なかったようだ。

「も、もう2度とこんな運転はしねえ。大丈夫かみんな!?」

 ハンドルから手を放して汗を拭ったキースが声をかけると、後部座席から顔を青くしたノイマンとマリューが弱々しく手を上げ、助手席のナタルが口を押さえて吐きそうなのを堪えながらジープから降りていく。
 そしてキースは飛んでいった奴らのほうを見た。キラは積み上げられたコンテナにぶつかったようで整備兵に助け起こされ、トールはぶつかった整備兵と仲良く伸びている。そしてフレイはフラガに庇われたようで、一緒に甲板に落ちていた。フレイが悲鳴のような声を上げてフラガを揺さぶっている。

「しょ、少佐、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だから、揺さぶるのは止めてくれ!」

 どうやら叩き付けられたダメージよりもフレイのシェイクアタックの方が効いている様だ。キースもジープを降りてサイドミラーに寄りかかり、頭を振ってシェイクされた脳みそときほぐす。そんなキースの元にマードックが駆けて来た。

「大尉、遅いですぜ。もうスカイグラスパーの整備は終わってます」
「すまん、すぐに出る」
「パイロットスーツがないときついですよ」
「耐えるさ。今は時間が惜しい」
「……分かりやした。でも、ヘルメットはかぶって下さいよ」

 仕方なく折れたマードックにキースは礼を良い、自分のスカイグラスパーに駆けて行った。それを見た他のパイロット達もヘルメットを引っ掴んでそれぞれの機体へと駆けていく。マードックはもうやけっぱちで各機体に起動指示を飛ばし、ストライクとデュエル、105ダガーと2機のスカイグラスパーが動き出した。

 そして艦橋では、これまた軽い騒ぎが起きていた。飛び込んできたマリュー、ナタル、ノイマンの格好を見た艦橋クルー達が吃驚仰天してしまったのだ。

「か、艦長、何ですかその格好は!?」
「ドレスよ、見て分からない?」

 疑問をぶつけてきたチャンドラにマリューはどうかしたのかという感じで答えると、艦長席に座ってアークエンジェルの緊急発進の指示を出す。CICではやはり指揮官席に座ったドレス姿のナタルが全兵装の起動指示を出した。その指示を受けてクルーはコンソールを操作しだしたが、どうにも違和感が拭えないでいる。なんで艦橋にドレス姿の美人が2人も座っているのだろうという疑問が消えないのだ。
 そしてその疑問は艦載機のパイロット達がサブモニターに出てきた時に頂点に達した。サブモニターに出てきた4人は全員がパイロットスーツも着ずに、第1種軍装やドレス姿のままだったのである。被っているヘルメットがなんとも滑稽だ。

「キラ、フレイ、トール、何でお前らまで!?」

 サイが我慢できないように大声を上げたが、それを咎める者はいなかった。しかし、彼の意見はマリューによって退けられてしまう。

「今は時間が無いのよ。緊急措置よ!」
「で、でも、あんな格好で戦うなんて……」
「文句は生き残ってから言いなさい。今は敵の撃退が最優先よ!」

 マリューはそう言ってサイを黙らせると、艦載機に出撃命令を出した。3機のMSと2機の戦闘機が艦首から飛び出して行き、少し遅れてアークエンジェルがドックから姿を現す。この時のアークエンジェルは増設されて22基になったイーゲルシュテルンを撃ちまくっており、さながら空中砲台の様相を呈している。艦橋の傍には2基の連装パルスレーザー砲も装備されており、近接防御力を高めている。

 ドック周辺を5機の艦載機が征圧する中で出撃しようとしたアークエンジェルに、マドラス基地司令部から通信が飛んできた。カズィがそれをメインスクリーンに出すと、そこにはドレス姿のカガリが現れていた。

「大丈夫か、アークエンジェルは!?」
「カガリさ……いえ、カガリ王女」

 マリューがちょっと驚きながらカガリを王女と呼ぶと、カガリを露骨に顔を顰めて顔の前で手を横に振った。

「ああ、今までどおりカガリさんで良いよ。それより、アークエンジェルは出れたのか?」
「ええ、今ドックから出てるところよ」
「そうか、私はこっちでおとなしくしてろと言われてるんで、今日は応援くらいしか出来そうに無いんだ」
「そうですか。CICが1人足りなくなりますけど、まあ手が足りないのはいつもの事ですから」
「ははははは、違いないや」

 これまでのアークエンジェルの悲惨な旅路を思えば笑い話ではないのだが、カガリはこれに大笑いした。それにつられてマリューとナタルも顔を綻ばせてしまう。無茶苦茶な話ではあるが、これがアークエンジェルの日常なのだ。
 そして笑いを収めたカガリは、1つ咳払いすると表情を引き締めた。

「ラミアス艦長。みんなに伝えたい事があるんだけど、通信を繋げるかな?」
「伝えたい事? 出来るとは思いますけど」

 マリューはミリアリアに指示を出し、各機体への回線を開かせた。それを受けてカガリがコホンと咳払いを入れると、とんでもない事を言い出した。

「良いか、お前らに言っておく事がある。これは極めて重要な任務だから、拒否は許さないぞ」

 いきなり何事かとパイロット達もマリューたちもカガリの次の言葉を待った。

「まずフレイ!」
「ええ、私!?」
「そうだ、お前の任務は、戦勝祝賀会に人を沢山集める事だ!

 いきなりふざけた事を言い出したカガリにマリューたちが脱力して椅子からずり落ちた。だが、何故かフレイは大笑いしていたりする。

「なるほど、戦勝祝賀会を仲間で盛大にやろうって訳ね。分かったわ、任せておいて」
「よし、バジルール大尉はでっかいケーキを焼いてくれ」
「ケ、ケーキをか?」
「艦長はお酒だ。お目に適う奴を買い漁ってくれ」
「……はいはい、分かったわよ」
「フラガとキースは遊ぶイベントを考えてくれ。詰らなかった罰ゲームだ」
「おいおい」
「良いじゃないですかフラガ少佐」

 幹部クルー達がカガリの指示を受けてどうしたものやらと考えてしまった。そしてカガリの注文は更に進んでいく。

「トールとミリィは会場の飾り付けを頼む」
「OK、任せて!」
「ミリィの趣味だと、目がチカチカしそうだな」
「サイは会計を頼む。カズィは記念写真係だ」
「会計ね。何処に出せばいいんだか」
「カメラ、まだフィルムあったかな」

 サイがぼやき、カズィが手持ちの在庫を思い出そうとする。そのほかにも次々に指示が飛んでいき、最後にキラが残された。

「……キラ、お前の仕事は胃腸薬の用意だ」
「い、胃腸薬?」
「食いすぎで倒れる奴が出るだろうしな。もしかしたら艦長の料理が混じるかもしれんし」

 それはロシアンルーレットだ! と誰もが心の中で叫んだ。あれを食ったら胃腸薬では間に合わんだろうという問題は棚上げにされているのが恐ろしい。
 そしてアークエンジェルクルーに指示を出し終えたカガリは、最後とばかりに自分の隣で腹を抱えて笑っている男を見た。

「アズラエル、あんたにも仕事があるぞ」
「はっはっはっは……はい、私にもですか?」
「ああ、あんたにしか出来ない事だと思うぞ」
「それは光栄ですね。一体私に何をさせようというんですか。何でも聞いてあげますよ?」

 カガリの言葉にアズラエルが興味深そうに聞いてくる。それを聞いたカガリは口元にニヤッと悪戯っ気を感じさせる笑みを浮かべた。

「スポンサーを頼む。パーティーには金がかかるからな。お前のポケットマネーを当てにさせてもらうぞ」
「…………ちょ、ちょっと待ってください。それは僕の小遣いでやれって事ですか!?」
「ああ、その通り。さっき言ったよな。何でも聞いてくれるって」
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ」

 後悔先に立たずを地で行ってしまったアズラエルは悔しそうに臍を噛んでしまった。先のパーティーでやり込められた鬱憤を少しだけ晴らしたカガリは満足そうに笑みを浮かべると、話をアークエンジェル隊のほうに戻した。

「というわけで、払いは全てアズラエルが持ってくれる事になったぞ。何の心配もなしだ!」

 アズラエルの金で楽しもうとするカガリに呆れ果てた者もいるが、それ以上に笑い出した者の方が多かった。キースやフラガに代表される楽観主義の悪癖は、何時の間にやらアークエンジェル全体に感染していたらしい。
 カガリの提案を聞き終えたフレイはカガリに楽しそうに話しかけた。

「じゃあ、戦闘は早く終わらせないといけないわね。パーティーの準備は大変だもの」
「ああ、つまらない仕事はさっさと終わらせて、今度はみんなで騒ごうぜ」

 ビシッと右手の親指を立てたカガリにフレイが頷く。それを最後に通信が切れ、カガリが使っていたスクリーンには別の軍人が映し出された。どうやらどこかの指揮所の指揮官が回線に割り込んできたらしい。カガリは素直に下がってアズラエルの隣まで来ると、胸の前で腕を組んで戦術モニターを見上げた。

「……勝てると思うか、アズラエル?」
「まあ、負けはしないと思いますよ。僕が主導で進めてきた大西洋連邦の新兵器開発計画が生み出したMSは、ジンやシグーに負けるほど情けなくはありませんから」
「そうか。後はあいつらの活躍次第だな」
「それも大丈夫でしょう。貴女の仲間達は、一部隊としては多分地球連合で最強の戦闘集団です。調整体に空間認識能力保持者が2人、それにSEEDを持つ最高のコーディネイターまでいるんです。負けようが無いですよ」
「あんたでも褒める事があるんだな」
「失礼な言われようですね。私は他人に不当な評価をした覚えは無いですよ。アークエンジェル隊の強さは桁外れです。特にキラ・ヤマトの強さはね」

 アズラエルの保障を聞いたカガリは小さく頷こうとして、ある事を思い出してアズラエルを見た。

「アズラエル、1つあんたに聞きたいことがあるんだけど」
「なんです?」
「あんたはメンデルの事を、キラの事を知っていた。なら、私の事も知ってるのか?」
「その事ですか。まあ、私も多くは知りません。貴女たちがヒビキ博士の子供である事、貴女と彼が双子で、強化を受けたのは彼だけだという事、そして何故か貴女がオーブのアスハ家に渡っていたという事だけです」
「……そう、か。教えてくれてありがとう」

 あっさりと答えてくれたアズラエルにカガリは礼を言い、じっとモニターを見上げた。そこにはアークエンジェルと、アークエンジェルを守るように戦うストライクとデュエル、105ダガーが映し出されている。

「キラ、フレイ、トール、みんな、頑張ってくれよ」




 ドックから離れたアークエンジェルから周囲にばら撒かれる火網に絡め取られた不運なラプター2機が75mmなどというふざけた高速弾に貫かれて瞬時に砕かれてしまう。このアークエンジェルの出航を見て周囲からMSが、特にアスランを中心とするザラ隊、ジュール隊が目の色を変えた。

「アスラン、足付きが出てきたぞ!」
「分かってる。ディアッカは上を押さえ込め。俺とイザークが距離を詰める!」

 アークエンジェルを見たアスランとイザーク、ディアッカはすぐに乗っていたグゥルを反転させようとしたが、地上から天空へ駆け上がってきた光の刃がそれを許さなかった。グゥルに直撃を受けたディアッカのバスターが足場を失って地上へと落ちていく。

「しまったあああああ!!」
「ディアッカ!? 何が撃ってきた?」

 アスランは地上を観察して、湾口から出てきた1機のMSに気が付いた。それは背中に大きなコンテナを背負った、見慣れないタイプのMSだ。ライフルをこちらに向けて走り回っている。
 これが撃ってきたのだと察したアスランはグゥルに搭載してきた対地ロケット弾をそのMSに向けて一斉に撃ち放った。
 狙われたフレイは慌てふためいて逃げ出す事でこれを回避したが、外れたロケット弾は手当たり次第に湾口部を直撃し、一部は市街に落下して建物を倒壊させたりした。それを見たフレイは顔を顰め、そして上空を飛ぶイージスを撃ち落そうとビームライフルを向けようしたのだが、ふいに感じた悪寒に慌てて機体を前に出した。その直後にそれまで105ダガーがいた場所をビームが貫いていく。
 その攻撃してきた相手はイザークのデュエルだった。何時の間にやら地上に降りてきていたらしい。フレイはそのデュエルを見据え、ごくりと音を立てて生唾を飲み込む。イザークの強さは前の戦闘で嫌というほど思い知らされている。はっきり言って自分では勝てるかどうか分からない相手だ。それに、ここで戦うという事は流れ弾が市街地を襲うという事だ。それだけは避けたいというのがフレイの願いであったが、戦場を容易く移動させてくれる相手ではないということもまた分かっていた。
 だが、それはイザークも同じと言えた。必中を期して放ったビームが簡単に回避された事でイザークは目の前の相手が尋常ならざる技量の持ち主だと悟り、珍しく慎重に距離を取ろうと動こうとする。しかし、そのイザークの前でいきなり105ダガーは4発のミサイルを発射してきた。
 ミサイルくらい容易く撃ち落してやるとタカを括っていたイザークであったが、目の前でいきなりそのミサイルが進路を変え、散開して包囲するように戻ってくるのを見て仰天してしまった。

「馬鹿な、NJの影響下でどうやってミサイルを制御してる!?」

 前のモラシムたちの攻撃に参加し、直接見てはいないとはいえ戦闘レポートは読んでいる筈なのだが、どうやらその時の戦闘で猛威を振るった謎の誘導ミサイルの事をすっかり失念したらしい。その僅かな時間に4発のミサイルは残酷なまでの正確さでデュエルを捕らえ、イザークは凄まじい衝撃に激しく揺さぶられた。
 朦朧とする頭を振って何とか正気を取り戻し、急いで機体のチェックをしたイザークは僅かに顔色を変えた。貫通された箇所は無いが、駆動系各所に受けた被害は馬鹿にならないレベルである。装甲が頑丈でもその内部機構へのダメージは防ぐ事は出来ないのだ。
 その一撃のダメージから立ち直る間もなく第2波の4発のミサイルが発射され、デュエルに向ってくる。ビームライフルでの迎撃は無理だと判断したイザークは、頭部のイーゲルシュテルンでそのミサイルの迎撃を始めた。バルカンが作り出す75mm高速弾の弾幕がミサイルを追尾して3発までのミサイルを撃ち落す事に成功するが、最後の1発が迎撃を掻い潜って機体をまた直撃した。その爆発力に弾き飛ばされたデュエルがコンクリートの大地を叩き割りながら転がり、倉庫に激突してやっと止まる。
 機体を起こしたイザークは衝撃に顔を顰めながら文句を口にした。

「畜生、なんてふざけた攻撃してきやがる。あのパイロットは余程の性悪野郎だな」

 聞かれたら撲殺は確定な言葉を口にしながらイザークは機体を走らせた。立ち止まっていてはミサイルの雨を受けて機体を破壊されるのは確実で、動き回っての機動戦に持ち込まない限り嬲り殺しにされてしまう。フェイズシフト装甲は電流を流す事で装甲を位相転移させて強度を上げることで対弾性能を向上させているのだが、これは単に頑丈になるだけで絶対無敵の装甲になるわけではない。というか、装甲が硬くなった位で対弾性能が劇的に向上するなら苦労は無い。たんに貫通され難くなるだけで、何発も受ければどんな装甲も破られるのだ。この世に絶対に貫通されない装甲など存在しない。
 だがトリガーに指をかけたとき、照準の中に市街地が見えた事がイザークを躊躇わせてしまった。

『貴方は武器も持たない中立国の民間人を何十人も焼き殺したのよ。そんな人が何、誇り高いパイロットですって。面白い冗談ね』

 前にフレイからぶつけられた糾弾の言葉が脳裏に蘇り、イザークを再び激しく攻め立てた。故意ではないとはいえ、あれと同じ事を自分はまたやろうとしているのではないか。しかも今度はそうなる事を承知で。
 それを自覚してしまったイザークであったが、じゃあどうすれば良いのかと問われたら答えられない。目の前の相手はすぐに片付けられるほど甘い相手では無さそうで、長期戦になればそれだけ周囲の被害は増えてしまう。
 悩んだ末にイザークがとった手段は、光を利用した近距離通信で相手に話しかける事だった。

「おい、そこのMSのパイロット」
「……何よ、イザーク」

 話しかけられたフレイも回線を開いてそれに応じてくれたが、サブモニターに出てきたドレス姿にヘルメットを被ったフレイを見てイザークは暫し凝固してしまった。因果地平の彼方に飛んでしまった精神を何とか引き戻し、硬直した四肢が動くようになってからイザークは恐る恐るフレイに問い掛ける。

「な、何の冗談だ、その格好は?」
「仕方ないでしょうが。人がパーティー会場にいる時にそっちが攻めてきたんだから」
「いや、だからといってその格好はどうかと。MSにドレスで乗るのは間違ってるだろ」
「煩いわね。男が細かい事をいちいち気にするんじゃないわよ」

 イザークにしては珍しく相手に常識を唱える立場だが、それ程に今のフレイはおかしいという事だろう。どうしたものやらとフルフルと頭を振るイザークに、フレイはちょっとムッとしながらも用件を問うた。

「それで、用件は何? 私忙しいんだけど」
「ああ、そうだったな。ここで戦うと流れ弾が街に行くから、場所を変えないかと言おうと思ったんだが」
「……あんたも、そんな事考えてたんだ」

 ここで戦うのは不味い、とフレイも考えていたので、イザークの提案はまさに渡りに船であった。だが、肝心の戦う気持ちがどこかに失せ飛んでしまっている今の2人では、仮に場所を変えても戦えるかどうかはかなり怪しいだろう。
 どうしたもんかねえという投げやりな空気が2人の間に漂っている。お互いにいろんな意味で動けなくなってしまったのだが、それだけに2人は第3者の介入を強く望んでいた。誰か、ここに来てこのどうしようもない空気を何とかしてくれと願ったのだ。そしてその願いは予想外の形で適う事になる。2人の通信回線に新たな乱入者が割り込んできたのだ。

「キラァ、今度こそお前を倒す!」
「アスラン、出来もしないのに毎回毎回しつこいよ!」

 下駄履きのイージスと空戦パックを付けたストライクが空中戦をしながらこっちに突っ込んで来る。それを見た2人はあわててその場から飛びのき、少し送れてグゥルとイージスとストライクがもつれ合うように落ちて来た。
 それにイザークとフレイが目を丸くする暇も無く2機のMSはグゥルの爆発の中から闘いながら飛び出してきた。既にライフルは捨てているようで、シールドとビームサーベルによる格闘戦を始めている。
 お互いに殴りあうような距離でビームサーベルを振るい、シールドで相手を殴り、足で蹴りつけるという凄まじい戦いがイザークとフレイの見ている前で繰り広げられている。両者の距離は余りにも近すぎて援護さえ出来ない有様だ。
 イージスが右薙ぎに振るったビームサーベルをストライクのシールドが受け止め、暫し力比べが行われる。だがビームサーベルを止め続けたシールドの表面が焦げだしたのでストライクがイージスに蹴りを入れて強引に距離を取った。
 アスランはすぐにまた距離を詰めようとしたが、ストライクは空戦パックの垂直ミサイル発射筒から4発のミサイルを発射してイージスを狙ってきた。アスランはこれをイーゲルシュテルンで叩き落し、地面を蹴ってまた突撃を行う。2人の見ている前でまた格闘戦、いや、MSを使った殴り合いが再開された。

「どつきあいね、あれは」
「ああ、アスランの奴、俺にはすぐMSを壊すなとか言うくせに、自分はどうなんだか」

 見ていたフレイとイザークは呆れ果てた声を漏らしていた。まあ、既に手持ち武器を使い果たしてしまったのかもしれないが、MS同士で掴んでマニュピレーターで殴り付けたり足で蹴り付けたり、シールドで殴りつけたり肩で体当たりをかけたりしているのだ。数十トンの金属の塊が高速でぶつかってくる衝撃は凄まじいようで、頑丈な筈のPS装甲さえ歪みだしている有様だ。鈍器代わりに使っているマニュピレーターは既に指がもげ、千切れた電気配線が火花を散らせている。
 しかし、確かに戦い方はとても洗練されているとは言えないが、その強さは凄まじいの一言に尽きた。2人ともSEEDを発現させ、持てる力の全てを振り絞っているのだから当然かもしれないが、その戦いはフレイやイザークの介入さえ拒むレベルに達している。

「お前に殺された多くの同胞の敵、討たせてもらうぞ!」
「冗談じゃない。こんなところで死ねるもんか!」
「お前がいる限り、俺の仲間も危ないんだ!」
「僕にだって、大切な仲間が、守りたい人がいるんだ!」

 イージスの蹴りがストライクの腹部を捕らえ、お互いの距離がまた離れた。お互いにもうボロボロになり、これ以上闘うのは困難という有様になっている。パイロットも機体同様に延々と続いた度付き合いの衝撃で著しく疲労しており、もう戦闘続行が難しい状態になっている。
 両者がもう戦闘不能だと見て取ったフレイとイザークはどちらとも無く動き出し、それぞれの仲間の脇に機体を移動させた。お互いにもう武器を向け合う事はしていない。既にストライクもイージスも戦闘力を残してはいないし、フレイとイザークには戦意が無い。
 暫く睨みあっていたキラとアスランであったが、アスランがキラの質問をぶつけてきた。

「……キラ、お前は、俺よりも今の仲間の方が大切なのか?」

 それは決定的な、出来れば答えを出したくは無い類の質問だったろう。キラのその質問に一瞬答えるのを躊躇ってしまったが、目を閉じて大きく深呼吸をし、気を落ち着けた後にしっかりと答えを返した。

「僕は、今を生きてるんだ。思い出の中じゃないよ」
「……そう、か。変わったんだな、キラは」

 昔はこんなにはっきりと物を言うような男じゃなかったのに、と口の中で呟き、アスランはキラの説得を諦めた。自分の迷いが、躊躇いが今までキラの説得の可能性を繋いでいたが、その可能性の糸が遂に切れてしまった。目の前にいるストライクのパイロットは、もはやただの敵でしかないという事がアスランの中でもはっきりと確定してしまったのだ。

「キラ、きっとお前はその選択を後悔するぞ。ナチュラルの中ではコーディネイターという存在は必ず摩擦を生む」
「…………そんな事、もう嫌というほど味わってきたよ」
「それなのに、お前はそちら側に付く、と言うんだな?」
「うん。辛い事は多いけど、今は1人じゃないから」

 キラの返事を聞いたアスランはそれまでの緊張した表情を僅かに崩した。機体をその場で反転させ、湾口に向って歩き出した。

「今日はこれで終わりにする。もう弾も無いし、機体もボロボロだからな。決着は次に会った時に付けるとしよう」
「アスラン……」
「さようならだ、キラ」

 背を向けて去っていくイージスと、それを見送るストライク。それはアスランの決別の意思の表れだったのだろう。そして両者を庇うようにデュエルと105ダガーがその間に立ってライフルを向け合う。もっとも、お互いに戦う気が無いのでポーズだけなのだが。

「アスランがあの様だ。俺もこれで退かせてもらうぞ」
「……良いわよ、今日は見逃してあげる」
「ちっ、相変わらず口の減らない女だ」

 怒る気にもなれないのか、苦笑気味に返してイザークも退こうとしたが、その背中にフレイが声をかけた。

「イザーク、1つ聞きたいんだけど、どうしてあの時、街ごと私を撃たなかったの。そうすれば貴方の方がずっと有利だったのに」
「……前に言った筈だ。俺は殺戮をする気は無い。民間人を巻き込むような戦闘は俺の流儀に合わんからな」
「流儀で戦い方を選ぶの?」
「ふん、笑いたければ笑え。それが俺だ」

 フレイの問いに傲慢とさえ取れる態度で言い返し、イザークはアスランを護衛しながら去っていった。それを見送ったフレイはほっと安堵の吐息を漏らすと、ビームライフルを下げてストライクに機体を向けた。

「キラ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。怪我とかはしてない」
「そう、よかった。あんな無茶苦茶な戦いしてたから、心配したわよ」

 ボロボロになったストライクを見れば誰でもそう思うだろう。動いている事さえ不思議な有様なのだ。



 

 このキラとアスランの決着を境にして、徐々に戦いが沈静化しだした。バクゥ部隊を全滅させたアルフレット率いる主力MS隊がジンとザウートを主力とするグリアノス隊を街から叩き出した。グリアノスは歴戦の指揮官としての実力を見せて動きの鈍い連合MS部隊を包囲して数を撃ち減らしていったが、ビームライフル装備の連合MSに対してジンやザウートでは分が悪く、火力差で押し切られてしまう事になる。特に防御力に優れるストライクやデュエル、バスターが正面に出てきたのが厄介すぎた。
 グリアノス自身も2機のダガーと1機のバスターを仕留めるという活躍をしたが、大勢を覆すには至らず撤退していた。
 このグリアノス隊の撤退が戦局を決定してしまった。湾口部ではまだ優勢を保っていたモラシム隊を中心とするザフト部隊であったが、アークエンジェルに続いて出撃してきたパワーも加わった事でかなりの苦戦を強いられる事になる。何しろ2隻合わせての対空火力は空が真っ赤に染まるほどのもので、合計44基のイーゲルシュテルンがばら撒く対空砲火は近くを飛ぶディンやラプターを次々にスクラップに変えていき、ゴッドフリートやバリアントが潜水母艦を撃沈し、ミサイルランチャーが次々にミサイルを発射して地上のMSを吹き飛ばしていく。
 この攻撃に加えて戦車隊とMS隊が地上からザフトMS部隊を海に追い落とそうと圧力をかけ、空ではラプターとディンを連合のサンダーセプターやスカイグラスパーが迎え撃っている。これはマドラスに限定された局所戦ではあったが、インド大陸で最大規模の戦いであっただろう。

 パワーから出撃してきたダガーとデュエル、カラミティは水陸両用MS隊を一方的に叩きのめし少数のダガー隊や戦車隊と共に頑張っていたトールのデュエルと合流した。トールはデュエルの装甲を生かして前に立ち、文字通り盾となって頑張っていた為にもうボロボロにされていたが、カラミティを見て元気そうにライフルを持ち上げて見せた。それを見たオルガは全ての火器を使って敵を押さえ込みつつデュエルの横に来た。

「まだ生きてたか、ヘッポコ!」
「ヘッポコ呼ばわりされてるうちは死にたくないよ!」
「なら、付いてきな!」

 カラミティが撃ちまくりながら突撃を始め、その側面をトールのデュエルが固める形で付いていく。カラミティの火力が動きの鈍いゾノやグーンを圧倒し、押さえ込もうとするが、地上を高速で動き回れるジンやゲイツが回りこんでカラミティに攻撃を加えてきた。立て続けに飛来したビームにシュラークを1門持っていかれ、舌打ちして攻撃を散らそうとしたのだが、それより先にゲイツ部隊にトールが攻撃を加えて1機を擱座させた。

「こっちは何とかするから、オルガは正面を!」

 ジンとゲイツにビームライフルを撃ちこみながらトールのデュエルが少し前に出る。それを見たオルガは小さく口笛を吹くと、自身もカラミティを更に前に出して正面への攻撃を続行しだした。


 

 


 湾口部から上陸したザフトMS隊はこの2機のMSを中心とするMSと戦車の連合部隊によって完全に進撃の足を止められてしまっていた。ミゲルを中心としたザラ隊、ジュール隊のMSはかろうじて倉庫区画や燃料タンクに到達して一部を破壊する事に成功したが、これも反撃に出てきた戦車部隊によって後退を余儀なくされていた。この区画に徐々に戦車が集りだしていたのだ。
 このモラシム隊にサザーランドは高速のフリゲート部隊を使って海上の封鎖を始め、戦車隊を使って包囲しようとした。既にアークエンジェル隊、パワー隊との戦闘でかなり手を焼いていたモラシムにこれを食い止める術は無く、湾口部の岸壁に現れたヴァデット戦車の90mm砲の一斉射撃を感受するしかなかった。
 部下の断末魔の絶叫が通信網に響き渡るのを聞いて、モラシムは足元が崩れていくかのような衝撃を受けていた。これまでモラシムはここまで味方が叩きのめされるような事態に遭遇したことは無く、味方が次々に破壊されていく姿を受け入れられないでいたのだ。
 だが、思考停止状態に陥りかけていたモラシムにボズゴロフから撤退を求める通信が入った。

「モラシム隊長、もう限界です、撤退の許可を!」
「……撤退、撤退だと? 我々がナチュラルに負けるというのか?」
「既に3隻の母艦が撃沈、2隻が被弾して撤退しています。湾口に上陸したMS隊も2割が撃破されました。グリアノス隊は撤退、インフェストス隊、バクゥ隊は全機喪失しました!」

 全域で押し返されている。もはやそれを認めるしかないほどの一方的な敗北だ。頼みのバクゥ部隊は基地内への進入には成功したようだが、肝心の飛行場と輸送機の破壊、倉庫の破壊は失敗したらしい。これではマドラス基地の後方拠点としての機能を失わせ、マーケット作戦を有利に持っていくという作戦目的は果せない事になる。
 だが、これでは全滅させられてしまう。作戦目的を達成した上での全滅ならまだしも、一方的に跳ね返された挙句の全滅など容認できるわけが無い。

「ええい、止むをえん、撤退しろ!」

 モラシムはそう怒鳴ると、自らも海中へと身を躍らせた。水陸両用機はこれで逃げられるが、ジンやシグー、ゲイツは危険だが水上ホバー艇が岸壁に近付いて直接回収するしかない。かくして戦いは前進する戦いから後退する戦いへと変わったわけだが、これが困難を極めた。撤退戦の方が余程困難なのは常識で、しかも既に半包囲された状況での後退なのだ。
 これを指揮したのはボロボロのイージスを駆るアスランだった。皮肉な事に、5機のGの中で指揮官用として作られていたイージスは当然高性能な指揮・通信・情報ネットワーク機器を備えており、それが混乱していたMS隊を纏め上げるのに役に立ったのだ。連合で作られた装備がザフトの崩壊を防いでいるというのだから、設計者達は悔しがるに違いない。
 アスランはまだ戦えるデュエル、ブリッツとゲイツを正面にたて、バスターを後方に置いて支援する態勢を作り上げた。これ等の機体はザフトのMSとしては最高の性能を持ち、防御力も高いから壁役としてはうってつけだからだ。彼らが体を張って連合MSを食い止めている間に脆いジンをホバー艇で潜水母艦に逃がす作業を急がせている。被弾している機体はまだ使えるとしてもその場で乗り捨てさせ、パイロットだけでも回収することにしている。幸いにしてまだ空中ではラプターとディンが頑張ってくれており、頭上から弾が降ってくる最悪の事態だけは避けられている。

 

 この時、アスランたちの頭上ではちょっとした事件が起きていた。フラガのスカイグラスパーがラプターと熾烈な空中戦を演じていたのだ。加速性能と最高速度で勝るスカイグラスパーの突っ込みをラプターは軽快な運動性でひらりひらりと躱していく。
 自分の攻撃を立て続けに躱すラプターに、フラガは苛立ちを真面目た声で罵声を漏らした。

「何だあいつは。弾があたりゃしねえ!?」

 そうこうしているうちにクルリと小さな弧を描いて旋回したラプターが自分の後ろに回りこみ、ミサイルを3発発射してきた。この距離なら赤外線追尾式のミサイルだろうが、フラガはこれを見てフレアーをばら撒きつつ全力で急降下に入った。だが、幸いにして3発のミサイルは全てフレアーに引っ掛かってくれたようで、スカイグラスパーを見失ったミサイルは迷走した挙句に自爆した。
 パイロットスーツ無しで急降下をかけたフラガは強烈なGに顔を顰めながら何とか機体を引き起こしたが、その頭上から迫ってくるラプターを見て顔色を無くした。慌てて海面ギリギリの所で機体を蛇行させると、頭上からバルカン砲が降り注いできた。

「くそっ、低空に押し込まれたのか!」

 高速・大火力が身上のスカイグラスパーは中・高高度での一撃離脱戦に向いた機体だが、格闘戦目的で開発されているラプターは低空でその真価を発揮する。そもそも地上を行くMSの頭上を守る目的で開発されたのだから、高高度で戦う必要は無かったのだ。
 このフラガの危機を見てキースはフラガを追い回しているラプターに急降下をかけた。そのまま敵機をレーザーロックすると、短距離ミサイル6発を発射した。レーザー照準はレーダーが仕えない状況下で有効に機能する中・近距離索敵機器で、ミサイルはレーザー照射を受けている機体めがけて飛んでいく。
 このミサイルを目の前のラプターはなんと機体を右滑りさせることで回避するという無茶をした後、高速状態でありながら異常な角度で急上昇をかけて離脱していった。キースはそれを追うことは無く、フラガのスカイグラスパーの上に機体を移動させている。

「少佐、大丈夫ですか?」
「す、すまんキース、助かった」
「いえ、無事でよかったです。でもあいつ、まさか少佐を追い詰めるなんて……」
「お前並みに無茶な動きをしてたな。どういう体をしてやがるんだか」

 呆れ果てたフラガの言葉に、キースは返事をする事が出来なかった。それはキースも感じていた疑問だからだ。自分の身体強度からくる対G能力はキラさえ上回っている。その自分に匹敵するような無茶と言える高速域での横滑りと無茶な上昇角での急上昇、あんな無茶が出来るコーディネイターがいるのだろうか。

「……まさか、な」

 脳裏に浮かんだ仮定を振り払うと、キースはまた機体を戦場に向けた。空戦はまだ終わっていないのだ。



 

 この撤退戦でジュール隊は最後まで味方の最後尾に留まり、連合の包囲が完成するのを阻み続けた。そして最後まで残ったイザーク、ディアッカ、フィリスの3人を収容した潜水母艦は、モラシム率いる水陸両用部隊が切り開いた退路から一目散に逃げ出したのである。これがマドラス戦の幕引きとなった。
 この戦いの結果、インド洋の制海権はザフトの手から離れ、再び東アジア共和国との熾烈な戦いが始まる事になる。カーペンタリアに海中部隊の主力を結集させている時期に、3隻の潜水母艦と多くの水陸両用MSの喪失の穴をすぐに埋める余裕は今のザフトには無い。
 アンダマン諸島に帰還したアスランたちは先に帰還していた部隊から喝采を持って迎えられた。これまで良い装備を与えられながら足つき撃沈という任務を果せず、無駄飯食いだの厄介者だの散々陰口を叩かれていたザラ隊、ジュール隊だったのだが、今回の戦闘でその圧倒的な強さ見せつけて味方を窮地から救い出すという功績を挙げたことで、それまでの悪いイメージを払拭する事が出来たのだ。
 特に周辺部隊から無能者、役立たずと認識されていたアスランは撤退戦で粘り強い指揮を見せた事でモラシムたちから一定の評価を得られ、補給などの面でこれまでよりは便宜を図ってもらえることになった。この事でアスランとフィリスが歓喜の涙を流して抱き合ったり、エルフィがそれを見て半泣きで走り去ってしまったり、嫉妬制裁の嵐が吹き荒れたりしたが、とにかくザラ隊、ジュール隊の力はようやく実績を持って認められたのである。
 だが、南アジアに展開するザフトの司令部であるカーペンタリア司令部では大騒ぎになっていた。ザラ隊、ジュール隊が強力な部隊であることが実証された事で足つき、アークエンジェルの戦力分析が再度行われたのだ。今までにもバルドフェルト隊が壊滅、ヨーロッパ方面で友軍に多大な被害を与え、東欧から中央アジアに展開した独立部隊を次々に撃破し、クルーゼ率いる第4軍から1個師団を脱落させたような部隊であるが、これまでアークエンジェルの正当な戦力評価は行われてこなかった。いや、それだけの情報が各地の部隊に行き渡ってなかったのだ。
 アークエンジェルと最初に交戦した宇宙軍は地上軍に完全な情報を送らなかったし、ヨーロッパ方面軍はアークエンジェル隊の戦闘力を5機のGと圧倒的な物量の為だと過小評価した。そしてクルーゼは第15師団壊滅の報告をカオシュンの東アジア司令部には報告したが、そこから他の部隊には行き渡らなかった。この為にモラシムはアスランの幾度にも渡るアークエンジェルの脅威論を信じず、こうして無様にも叩きのめされてしまった。これはザフトの構造的欠陥からくる情報伝達の不備であったのだが、それが改善される可能性は低い。
 この大損害によってカーペンタリアは戦力の再編成と、インド洋に対する戦略の見直しを迫られる事になった。これによってモラシム隊を中心とするインド洋、南シナ海に対する通商破壊戦に専念する事を余儀なくされ、マドラスに対する攻撃を中止することになった。
 この問題に対処する為、アスランとニコルが一時的にカーペンタリアに戻り、アークエンジェルを沈める為の部隊の編成を行う事になった。これに伴いザラ隊、ジュール隊の編成が解かれ、一時的にジュール隊に纏められる事になった。副長はイザークの副官であるフィリスが格上げされ、ボズゴロフ級潜水母艦1隻と補充人員を与えられてアークエンジェル追撃を続行する事になる。

 アークエンジェルは、ここに来て遂にザフトに脅威とみなされるようになったのである。




後書き

ジム改 マドラス編終了。次回はいよいよアークエンジェルがマドラスを出るぞ。
カガリ 私はどうなるんだ?
ジム改 アークエンジェルから降りたいかね?
カガリ 降りたら出番が無くなるじゃないか!
ジム改 まあね。でも大丈夫だ。お前はアークエンジェルから降りんぞ。
カガリ 何、じゃあまだ出番はあるのか!?
ジム改 まあ、オーブに付くまでは大丈夫だ。そっから先は知らんけど。
カガリ でも、MSには乗れないんだよなあ。
ジム改 CICに座ってられるだろ。
カガリ 嫌だ、あんないるのかどうかも分からないような、脇役の吹き溜まりのような場所は嫌だ!
ジム改 脇役の吹き溜まりって……
カガリ あいつら、トーレスやアストナージより影薄いだろ。
ジム改 それは否定せんが、酷い言われようだ。
カガリ あいつら、名前とか付ける意味あったのかな?
ジム改 それを言っちゃあお終いだよ。
カガリ では次回、アークエンジェルは1人の客人を拾うことに。
ジム改 アークエンジェルに襲い掛かる更なる災厄。暴走する子供たち。
カガリ そしてアークエンジェルに新たなる仲間が……仲間かこいつ?
ジム改 さあ、どうだろう。

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