第65章  騒動は少女と共に



 マドラスを出立する事になったアークエンジェルは、湾口でマドラス守備隊の見送りを受けていた。アルフレットやセランらマドラス駐留MS隊や航空隊はもとより、アズラエルやサザーランドといった幹部たちからドックの作業員、歩兵までが顔を出してくれたのである。
 アークエンジェルは新たな任務としてオーブにカガリとキサカを送り届ける事を言い渡され、危険な太平洋を横断する事になる。この事から戦力の増強が必要と判断され、アズラエルからオルガがカラミティと共に貸与される事になった。海上戦が多くなる事からキラとフレイが使う為にと空戦パックや砲戦パック、更にテスト用に統合兵装パックも補給されており、大規模な戦闘さえしなければ何とかなるだろうという程度の戦力は整えられている。
 アルフレットはフラガとキースと握手を交しながら次の戦場での再会を約束しあっていた。

「まあ、元気でな。また一緒に戦えるのを期待してるぜ」
「隊長こそ、お元気で」
「心配しなくても、俺は死にませんよ。何しろアンデッド・キースですから」
「そうだったな。確かにキースは死なねえな」

 キースが普段は嫌がっている異名を出した事でアルフレットは苦笑をしてしまった。確かに自分達が全員死んでもこいつだけは生きてそうだ。その隣ではフレイがセランからワッペンのようなものを渡されて驚いている。

「これって、マドラスMS隊の部隊章じゃないですか?」
「はい、みんなが少尉にプレゼントだって」
「まあ、準隊員って所だな」

 隣からアルフレットも口を挟んできた。そしてアルフレットはフレイの前に立ち、ポンとその肩を叩く。

「お穣ちゃんも元気でな。これから色々大変だと思うが、頑張れよ」
「大丈夫ですよ。大変なのは今に始まった事じゃないですから」
「はっはっは、なるほどね。ところで坊主はどうした?」
「キラだったら、昨日のあれからまだ立ち直っていません」

 アルフレットの問い掛けに、フレイは顔を逸らして答えた。そう、昨日の怒涛の戦勝祝賀会にはアルフレットらも飛び入り参加しており、この世の地獄のような宴と化していたのである。その時のイベントで王様ゲームがあったのだが、セランがトールを改造したりアズラエルがバンジージャンプをやらされたりフラガがキースとドツキ漫才をさせられたりと公式記録にはとても残せない珍事が続けて発生する中で、ミリアリアの出した「5番が12番にキスをする!」という命令でアルフレットがキラに熱いキスをするという悪夢があったのだ。
 キラは一目散に逃げようとしたのだが、それより早くミリアリアとナタル、セランに捕まえられてしまった。この時キラは泣き叫んで助けを請うたのだが、何故か瞳に危険過ぎる光を宿したミリアリアに駄目だしされ、拘束した捕虜を憲兵に突き出す歩兵のような無慈悲さでキラをアルフレットの前に連れてきた。
 酒が回って良い感じに暴走していたアルフレットはミリアリアに引っ立てられたキラを抱き締めると、泣き叫ぶキラに思いっきり熱い口付けをしたのである。この時カズィが撮影した写真は闇市場で法外な高値で取引されているという噂があるが、定かではない。
 なおこの時のキラの様子はまだ正気であったフラガとキースによると、まるで眼前に銃を突きつけられて必死に助けを請うザフト兵のようだったと表現している。

 この時のことがよほどのトラウマになったのだろう。キラは当日は自室から出てこず、室内からは時折シクシクとすすり泣く声が聞こえたという。実はここに来る前にフレイとカガリで一度会いに行ったのだが、室内にいるキラはベッドに腰掛け、真っ白に燃え尽きてしまっていた。今もそこに立っているのだが、完全に心ここにあらずという感じだ。
 この事を聞かされたアルフレットは引き攣った笑みを浮かべると、すまなそうにアークエンジェルを見上げた。

「ちと飲み過ぎたかな」
「飲み過ぎです。ブランデーを何本開けたと思ってるんですか?」

 アルフレットの飲み方はフレイでさえ呆れるようなペースで、マリューと飲み比べをしていたほどである。
 アルフレットは苦笑いを浮かべてその事を誤魔化すと、ふと何かを思い出したかのように懐に右手を突っ込み、折り畳んだ紙を取り出してフレイに手渡してきた。

「オーブに付いたら、俺の女房に会ってみてくれないか。ヴィジホンで話したら、お嬢ちゃんに会ってみたいんだとさ」
「私と、ですか?」
「まあ上陸許可が下りないかもしれないけどな」

 中立国は交戦国の軍艦が入港するのを快くは思わない。アークエンジェルが入港しても港に留め置かれ、食料や医薬品の補給くらいで追い出されるかもしれない。いや、状況によってはそれさえも許されないかもしれない。
 出来れば会って欲しいとアルフレットは思っているが、こればかりは運とオーブの出方次第なので祈る事しか出来ない。
 アルフレットはまだなにか言いたそうであったが、それをぐっと飲み込むとフレイの肩をもう一度ポンと叩いた。

「それじゃあな。この2週間、娘が出来たみたいで楽しかったぜ」
「……私も、楽しかったです。パパといた頃に戻ったみたいで」

 それはフレイの偽らざる気持ちだった。ヘリオポリスを追い出されて数ヶ月、随分長い日々を戦争の中で過ごしてきたフレイにとって、この2週間はとても楽しく充実した日々だった。アルフレットの料理をする背中を見て、セランやボーマンと話して、新兵と模擬戦をして、みんなで笑い合う日々であった。
 アルフレットがアークエンジェルに伸びる渡し橋を戻りだしたのを契機に、他の人々も次々に戻りだした。だが、その半ばまで来た辺りでアルフレットが足を止めてアークエンジェルの方を振り返った。

「おい、ヤマト少尉!」

 生気の無かったキラは、アルフレットの大声に弾かれるようにして上半身を正し、そして周囲をきょろきょろと見回した。そしてようやくこちらに気付いたのか、露骨に怯みを見せている。
 それを見てアルフレットは多少不安を感じたが、それを顔に出す事は無く大声で再度声をかけた。

「少尉、俺の娘を頼んだぞ。怪我なんかさせやがったら腕の一本じゃすまさねえからなっ!」

 そう言ってアルフレットは今度こそ本当に去って行った。だが、言われた方は茫然自失状態で、正気にかえってきたら今度は慌てふためいてパニック状態になってしまっている。その様が余りにも滑稽で、その場にいる全員が大笑いしてしまった。

 こうして、アークエンジェルは完全な整備と十分な補給を受けてマドラスを出立した。次の目的地はキラたちの母国であるオーブ。この戦争が始まる前から絶対中立を標榜する、現在の地球では数少ない傷の少ない国である。

 



 

 カーペンタリアに戻ったザラ隊、ジュール隊はそこで再編成を受け、新規にジュール隊に統合された。アスランとニコルは一時的に隊から離れ、足付きを沈めるべく部隊の新編成に着手する事になった為、一時的にカーペンタリアに残る事になる。
 イザークは新たに支給されたボズゴロフ級潜水母艦アースロイルを使い、アークエンジェルを追撃する事になる。足付きに対しての攻撃は許されているが、無理をして余計な損害を出す事は禁じられている。あくまで追跡が任務とされている。搭載されたMSはデュエル、バスターの他にミゲルとフィリスの試作ゲイツ、エルフィとジャックのシグー、そして2機のゾノと1機のシグーディープアームズとジン1機となっている。
 ジンとゾノは予備機だが、シグーディープアームズは補充兵の機体として新たに配備された機体だ。元々ゲイツなどが装備しているビーム兵器装備試験機で、ミゲルやフィリスが使っている試作ゲイツよりも前段階の機体である。パイロットは赤を着る新人パイロット、シホ・ハーネンフーンで、パイロットとしての実力は未知数である。もっとも、まだ実戦を経験していないパイロットの実力を当てにするほどイザークは人材に困っているわけではないので、足付きを追いつつ訓練でもしようかと考えていたりする。

 このシホの配属をアスランから聞かされたとき、イザークはまず難色を示していた。受け取った資料にざっと目を通し、顔を顰めてアスランの座るデスクに資料を放る。

「また新人か。ベテランとは言わんが、もう少し何とかならないのか。赤を着ているだけじゃ余り当てにはならんぞ」
「残念ながら、宇宙も地上も余分な人員はいないそうだ。月と地球の補給路を連合に抑えられて以来、制宙権争いが激化してるらしくてな。宇宙軍のほうは地球−プラント間の輸送路防衛で手一杯らしい」
「ナチュラル如きに押されてるのか?」
「連中もMSを投入するようになっているらしい。情報部の報告だとストライクダガーという名前だそうで、デュエルと同等の武装にABシールド装備、基本性能もジンを凌いでいるそうだ」
「あの、マドラスで迎撃に出てきたストライクを安っぽくした様なMSか」

 2度にわたるマドラス攻防戦で、ザフトは大量の新型量産MSの迎撃を受けている。一度目の攻撃ではパイロットの技量ゆえか大した脅威ではなかったが、2度目の攻撃ではパイロットが変わったのか、ジンでは苦戦を強いられる程に強力なMSとなっていた。あれが大量に配備されてくるとすれば、確かにジン主体の宇宙軍では苦しいかもしれない。

「今回の補給は、まあこちらの要求に対して赤服1人とデータ取りが終わって用の無くなった評価試験機を回して誤魔化したってことだろうな」
「あのけったいな試作機か。あんなガラクタ寄越す位なら、ゲイツの2機も回せばいいものを」

 シグーディープアームズをイザークは厄介者と見ていた。シグーの部品が共用できるとはいえ、あれ専用の予備部品を調達しなくてはならないからだ。だが既にデータ取りの終わった試作機の予備部品など新造しているはずも無く、シグーディープアームズの部品は試験部隊から回されてきた在庫部品だけだという。これでは2、3回本格的な戦闘を行ったらスクラップ行きは免れないだろう。そのままエルフィとジャックのシグーの予備部品になるのが関の山だ。
 だが、戦力に余裕が無い以上、あれも使うしかない。せめてもの救いは使い潰しても惜しくは無い機体だという事くらいか。

「まあ、使い物になるかどうかは今頃ミゲルが見てくれてるはずだ。それでミゲルが合格を出すなら実戦に出してやるさ」
「不合格だったら?」
「こっちに残してお前に訓練を任せる」

 事も無げに返してくれたイザークにアスランは迷惑そうな顔をしたが、イザークは真剣そのものの表情であり、アスランも少し態度を改めた。

「本気なのか?」
「当り前だ。あの足つきのストライクとミサイルパック背負った新型、それに2機の戦闘機は出鱈目な強さだ。あいつらを相手に新兵よりマシ、という程度の腕じゃ出ても死ぬだけだからな」
「……そうだな。俺たちが手を焼く強さだからな」

 聞いた話では、フレイはあのグリアノス隊長とさえ引き分けたという。それを考えれば自分やイザークでも負けるかもしれないような相手なのだ。そんな凄腕を相手に実戦経験を持たない兵士などぶつけても意味は無いだろう。

「せめて、実戦経験を積ませる為の戦場を用意出来ればよかったんだがな」
「無理言うなよ。マーケット作戦にでも参加させろって言うのか?」
「分かってる。言ってみただけだ」

 アスランの苦笑交じりの言葉にイザークは右手を振ってそれ以上の話題を遮った。そして疲れた顔でデスクに放り出した書類を手に取ると、アスランに向って始めて弱気な声を漏らした。

「総指揮官ってのは、気の重くなる仕事だなアスラン」
「…………そのうち、胃も痛くなってくるさ。なんなら良い胃薬を紹介しようか?」
「いや、それには及ばないだろ」

 アスランの気遣いをイザークは断わり、書類を持って部屋から出て行った。それを見送ったアスランはやれやれと溜息を漏らすと、報告書の文面を考える為に端末のワープロソフトを起動させ、右手の甲に顎を乗せた。

「……だが、足つきは何処に行こうとしてるんだ。東南アジアの友軍を突破してシナを目指すのか、それとも太平洋に出て北アメリカを目指すのか?」

 今の所情報が少なすぎてそれ以上の事は想像のしようも無い。まさか、赤道沿いに東進してオーブを目指すなどとは流石に想像の埒外にあったのだ。当然カーペンタリアの司令部もオーブに行くなどとは考えておらず、ジュール隊の報告に期待するところが大きくなっている。
 アスランは処理した書類を束ねてトントンとデスクの上で角を揃えると、決済済みの棚へと移して静かになった執務室の中を見渡した。

「静かだな、書類も終わったし、何て平和なんだ……」

 こう久しぶりに仕事が終わったという充足感に満たされてしまったアスランは、気持ち良さそうに背を伸ばしてホッと息を吐いた。




 アスランの心配を他所に自分の隊に戻ったイザークは、演習場で試作ゲイツに良いように叩きのめされているシグーディープアームズを見た。シグーディープアームズは機体左右に固定式で装備された大型の熱エネルギー砲が特徴だが、取り回しが悪すぎて機動性に優れるゲイツを捕らえられないでいる。ミゲルはペイントライフルを使って走り回りながら確実に命中弾を送り込んでいるようで、シグーディープアームズは既にペイント弾であちこちに赤い染みが出来ている。
 この様子を眺めていたディアッカたちの所に行ったイザークは、背中からディアッカの肩を叩いて様子を問い質した。

「どうだ、新人の腕前は?」
「まあ、そこそこじゃないの。ミゲル相手にしては良くやってるよ」
「もう8回も死んでますけどね」

 ディアッカの話をフィリスが補足する。実際、シホは黄昏の魔弾と呼ばれるミゲルを相手に新人としてはかなり頑張っているといえる。実戦経験の無いパイロットとしてはすこぶる良い成績だろう。伊達に赤を着ているわけではないようだ。
 だが、なるほどと頷きかけたイザークにフィリスが話を続けた。

「ですが、攻撃のパターンが単調すぎますね。動きが型に嵌り過ぎてます。教科書どおりの動きが出来てると言えば聞こえは良いですが」
「でも、実戦経験の無いパイロットならしょうがないんじゃないの。俺はあれだけ動けりゃ上出来だと思うけど?」
「まあそうですが、足つき相手に出せるレベルじゃありませんよ。ディアッカさんと一緒に熱エネルギー砲で後方から支援させるしかないかもしれません」

 新兵であれだけ動けるなら上出来だというディアッカと、あくまで戦力にならないという主張をするフィリス。その2人の意見の対立を聞いていたイザークは、ミゲルに良いようにあしらわれているシグーディープアームズを見た。

「まあ、思っていたほど酷くは無いって事か。最悪置いていこうかと思っていたんだが、これなら連れて行っても良さそうだな」
「連れて行くのですか?」

 フィリスが驚いた顔でイザークを見る。イザークは首を縦に振ると、近くにある折り畳み式のパイプ椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

「今の戦況じゃ経験を積ませる為の戦場は設定できんからな。フィリスの言う通り、ディアッカと一緒に当分は後方で援護射撃させるのが良いだろう」
「それが良いと思います。無駄死にされては困りますし」

 イザークの判断にフィリスが大きく頷いた。他の部隊が普通の連合軍とぶつかるならあれで十分かもしれないが、生憎と自分たちの相手は普通ではない。赤を着ていないエルフィやジャックでも今ではあのシホよりは上に分類されるほどの凄腕パイロットであるが、相手があの足つきとなると雑魚扱いされてしまう。ザラ隊では2人を陽動や支援に使っていた。
 今回の再編成でイザークはこれまでのディアッカ、フィリスに加えて自分と同等かそれ以上の技量を持つミゲルを加える事が出来た。イザークはザラ隊から加わった3人で1個小隊を作らせ、ミゲルを隊長に据えようと考えている。だがこちらは部下がエルフィとジャックなのでやや戦力的に劣るので、更にシホまで預けてはミゲルの負担が増えすぎるだろう。
 自分の方はディアッカとフィリスで小隊を作る気でいたが、自分とフィリスで1つ、ディアッカとシホで1つと小隊を分けた方が良いかと考えを改めることにした。この時、イザークの頭の中では新たなMSの運用に関するプランが漠然と浮かんできていたが、それが形となるのはまだ先のことである。

 そしてようやくミゲルのテストが終わり、機体を整備兵に預けた2人がジュール隊の面子が集っている天幕の方にやってきた。シホは赤服を着た女性パイロットで、年の頃はエルフィと同じ位だろうか。おなじ赤服でもフィリスのようにタイトスカートではなく、イザークたちと同じズボンを着用している。それを見たディアッカが露骨に残念そうな顔をしていた。
 イザークの前まで来たシホはザフト式の敬礼でイザークに挨拶してきた。

「ジュール隊長ですね。本日から配属になりましたシホ・ハーネンフーンです」
「ああ、ご苦労さん」

 イザークも敬礼を返すと、シホと一緒に戻ってきたミゲルを見た。

「相変わらず、良い腕だ」
「イザークが褒めるってのは、何か気持ち悪いな。変な物でも食べたのか?」

 ミゲルが本気で気味悪そうに聞いてくるので、イザークは額にぶっとい青筋を浮かべてしまった。どうもイザークとミゲルは相性が悪いのか、昔から交わす言葉にどこか棘を感じさせる。今回も新兵の前だというのに敵意を向けあっていて、初めて見たシホが気後れしている。
 それを見たフィリスが仕方無さそうに2人の間に割って入ってきた。

「はいはい、隊長もミゲルさんもそこまでですよ。シホさんが目を丸くしてます」
「……そうだな、ミゲルに付き合って漫才をしている場合じゃない」

 イザークはやれやれと首を横に振る。それを見たフィリスは一同を見回し、改めてシホを全員に紹介した。

「シホさんは今期の訓練校出身者の中でも最高の成績を収めた人です。送られてきた成績を見ましたが、評価がAとSで埋ってましたよ」
「ほお、そりゃあ凄い」
「はい、DとCばかりだったミゲルさんとは天と地の差ですね」

 感心するミゲルにフィリスがサラリとツッコミを入れ、ミゲルが驚愕に表情を引き攣らせて1歩後ずさった。

「な、何故俺の成績を知ってる!?」
「クルーゼ隊長の残された資料の中に、皆さんの訓練校時代の成績表があったんです」
「あ、あの変態仮面があ、余計な物を残しやがって」
「因みにディアッカさんとジャックは……」
「言うんじゃない!」
「やめてくれフィリス!」

 何気に全員の弱みを握っているフィリスであった。しかしこの部隊、成績優秀者はいないのだろうか。フィリスは胸の前で腕を組み、余裕を見せながら話を続けた。

「まったく、シホさんはうちに来たのが間違いじゃないかと思えるような人材ですよ」

 困ったもんだという感情と嬉しいという感情が入り混じった複雑な表情を浮かべるフィリス。だが、それにエルフィとシホが質問をぶつけてきた。

「え、何でですか、フィリスさん?」
「すいませんサイフォン副長、私にも分かりませんでした。御説明頂けるとありがたいのですが」
「……………………」

 2人の質問にフィリスはビシリと固まってしまった。その様子を見ていたジャックがミゲルに小声で問い掛ける。

「ミゲルさん、あの2人、ひょっとして似た者同士?」
「そ、そうみたいだな」

 優秀と思っていた人材が実は天然系だということが判明してしまい、フィリスはガックリと肩を落として激しく落ち込んでしまった。彼女の苦労を軽減してくれる優位の人材が配属されるのは何時の日だろうか。

 だが落ち込んでいても仕方が無い。フィリスは気を取り直すとシホを隊の新しい仮設オフィスへと案内した。そこは本当に仮設と言える佇まいである。というかほとんど物置の流用だ。入り口は立て付けが悪いのか完全には閉まらず、窓は1つしかない。おまけに空調も無い。
 それを見たシホは目を丸くして驚いていたが、中に案内されて机を1つ与えられた事にまた驚いてしまった。なんで入ったばかりの新人の自分にいきなりデスクが与えられるのだと聞くと、その返答は山のような書類によって返された。
 もう目だけでなく口まで丸く開けているシホに向って、フィリスは冷たい声で現実を教えた。

「シホさん、特殊任務部隊のお仕事の大半は書類仕事なんですよ。特にうちの部隊は厄介者なので、何処も融通を利かせてくれないんです。だから何をするにも書類を書かないといけないんですよ」
「で、でも、これは異常じゃないですか? 1人でやる量では無いと思うのですが……」

 まだ常識を感じさせるシホの当然過ぎる疑問に、フィリスは侮蔑を込めた視線を入り口の外で固まってこちらを恐る恐る伺っている男供に向けた。

「仕方が無いのです、うちの男性隊員は無駄飯食いばかりですから」

 無駄飯食い、という言葉にイザークとディアッカとジャックがコソコソと扉の陰に隠れてしまい、ミゲルも顔を引き攣らせて一歩後ずさっている。どうやら自覚はあるようで、それが更にフィリスの頭痛を酷くさせてしまう。
 この様子を見ていたエルフィは自分のデスクで困った笑顔を浮かべていたが、ふと昔はアスランが座っていた隊長の席を見て、ちょっと弱音を漏らしてしまった。

「本当にやっていけるんでしょうか、うちの隊は?」

 とりあえず、彼女の悪い予感は時を置かず現実の物となり、彼らはアスランの存在がどれほど貴重だったのかを痛感する事になる。




 

 イザークたちが出撃の準備に追われている頃、世界はいよいよ戦線の膠着状態を破ろうとする動きが加速しだしていた。プラントでは来るべきオペレーション・スピットブレイクの準備が本格的に進められており、欺瞞情報として攻撃目標はパナマであるという情報を流している。これは作戦発動直前までは一部の上級士官と国防委員会のごく一部だけが本当の目標を知るだけで、最高評議会にさえ目的地はパナマだと報告しているほどの徹底振りである。
 ただ、パトリックに近しい数人の議員には真相を教えてあり、いざという時には穏健派の抗議に対抗する構えは出来ている。

 プラントではスピットブレイクに備えて降下部隊の編成が始まり、大量の艦艇が各地からプラントに引き抜かれて新編成されている艦隊に編入されている。この作戦は大規模であるだけに当然連合の月艦隊の迎撃を受ける事が予想されるので、これを押さえ込む部隊が必要とされたのだ。
 この作戦にはザフトの総力が掻き集められており、ヤキン・ドゥーエやポアズの駐留艦隊からも相当数が引き抜かれている。この為に一時的にプラントの防衛力ががた落ちする結果を招いているが、これで戦争を終わらせる気でいるパトリックは戦力の低下に目を瞑る事にしている。
 配備されているMSも従来のジンやシグーに加えて最新のゲイツが加わるようになっており、スピットブレイクには相当数が揃うと見られている。ただ、連合側の通商破壊戦も活発になっており、地球から送られてくる食料や水、地球でしか手に入らない希少金属や重金属の供給が途絶えがちになっている事が生産を妨げるようになっている。
 プラントにとってこの親プラント国家から輸入される水と食料は生命線だ。これを断たれれば地上でどれほど優勢を保とうともプラントの敗北は免れない。プラント内で自給自足を行えるように農耕地を増やす政策を進めてはいるが、元々工業用として開発されたプラントを農地に変えても大した成果は出ない。砂時計型はサイズの割には耕作面積が少なすぎるのだ。せめてヘリオポリスのような島3号型コロニーなら有効面積も広くて牧畜なども出来るのだが。
 これらの重責をその背に背負っているパトリックの心労は想像を絶するものがあるが、彼はそれを一度として国民の前で晒した事は無かった。側近の前では疲れを見せる事もあるが、議場やTVの前では常に力強く、頼もしい指導者を演じきっている。今も国民の前で演説を行い、その戦意を鼓舞して執務室に帰ってきたばかりだ。椅子に腰掛け、側近であるユウキに目を向ける。

「ユウキ君、軍部の方の報告をしてくれるかね」
「はあ、それは構いませんが、少しお休みになられた方が良いのでは?」
「いや、それには及ばんよ。息子が戦場で頑張っているのだ。私も休んでなどおれん」

 子を戦場に出している親の気負いかと考えユウキは、仕方なく作戦計画案の説明を開始した。

「今の所、我々はアラスカへの降下軌道は制圧しています。地球側も戦力はパナマ−月間の航路維持に集中していますので、こちらの作戦計画の妨害は行われておりません」
「ふむ、敵はこちらがパナマに行くという欺瞞情報を信じている、という事かな?」
「それはどうしょうか。欺瞞作戦に完全に引っ掛かってくれれば理想ですが、敵もそこまで馬鹿ではないでしょう。判断に迷っているというところでは無いでしょうか」

 ザフト統合作戦本部ではナチュラルは欺瞞情報に引っ掛かって相当数の戦力をアラスカからパナマに移したと見る勢力が大勢を占めているが、ユウキはそこまで楽観視する気にはなれなかった。それほどの弱敵ならばとっくにザフトは大西洋連邦を打倒しているだろう。
 また、今の戦力差を考えれば敵はアラスカとパナマの両方に十分な戦力を配置する事も不可能ではない筈だ。ヨーロッパでの大敗からザフトの作戦は各地で躓いており、タイムスケジュールはもう3ヶ月以上も遅れている。本当なら5月には発動できる筈だった作戦は遅れに遅れ、とうとう8月まで来てしまった。しかもまだ作戦発動は出来ない有様だ。

「攻撃開始は統合作戦本部の方では10月が妥当だと見ています。気象条件が問題ですが、それが戦力が揃うまで無理を重ねての時期です」
「10月か。それまでにアラスカの戦力がどれだけ増えるかだな」
「分かりません。少しでも少ない事を祈るばかりです」

 パトリックの問いにユウキは力なく首を横に振った。既に連合が量産型MSの開発に成功し、各地の最前線に投入してきている事は分かっている。当然これはアラスカにも配備されている筈であり、攻略部隊がMSの迎撃を受ける事は確実だ。特にGシリーズの性能は脅威の一言に尽き、現用のザフトMSでこれに対しはっきりと優位に立てる機体は存在しない。ゲイツはビームライフル装備なのでこれと戦えるが、実戦で問題点を洗い出してきたGに対して実戦部隊に配備されて日の浅いゲイツでは分が悪い。下手をすればゲイツは初期不良で動けなくなる機体が続出するかもしれないのだ。
 ユウキが頼みの綱としているのは、現在開発が進められている本土防衛用MSのジャスティスとフリーダムだ。NJCによって核動力の搭載が可能となったMSで、在来機よりも遙かに長く行動する事が出来る。実際には核動力でも燃料切れは起きるし、推進剤などの各種消耗部品の損耗は免れないので開発部の売り文句である「永久稼動できるMS」などというのは出鱈目なのだが、それでも在来機よりは長く戦えるのは間違いない。怖いのは光学兵器のラッキーヒットくらいだが、それで殺られたら運が悪かったと言うしかあるまい。
 だが、開発部は前線部隊からの要請でゲイツの実戦配備とその後の不具合修正に躍起になっており、ジャスティスとフリーダムの開発も遅れに遅れている。パトリックが開発にそれ程熱心でない事もある。彼は核動力という機体に好感情を持てず、開発そのものを余り推進していない。おかげでユウキは切り札になるかもしれないと期待をかけているMSを手にすることが出来ないでいた。
 
「議長、ジャスティスとフリーダムですが、開発を推進しては頂けませんか?」
「何処にそれだけの予算があるのかね? 今でも火の車だというのに。我々にはもう人も金も時間も無いのだよ。ザフトはとうとう14歳の少年少女まで最前線に送る決定をしたのだぞ」
「仕方ありません。前線では兵力が不足しすぎているのです。これまでの戦いで、我々は守らなくてはいけない土地を増やしすぎました」
「緒戦の圧倒的な勝利が、短期決戦の夢を見させたからな。それが今では、消耗戦になっている」

 自分から底無し沼に飛び込んだようなものだ。もう最前線には兵力が不足しすぎており、20代から10代後半の精兵は払底してしまっている。もう国内に兵役適齢年齢がいなくなってしまったプラントは、これまで兵士としてこなかった若年者や、年齢から最前線は厳しい30以上の者まで銃を与えて前線に投入している有様だ。最高評議会では徴兵制の導入さえ議論に上る事態となっている。
 この情勢にパトリックは頭を悩ませていた。戦線の縮小をしようにも鼻息の荒いザフトは同意しないし、徴兵制の導入など容認する事は出来ない。戦争は既に素人に銃を持たせて前線に送り込むという時代ではなく、よく訓練されたプロフェッショナルが必要な時代なのだ。素人など掻き集めても戦力になるどころか、足手纏いでしかない。しかも徴兵した兵士は歩兵にしか仕えない。高度な技術を要求される他の部門の兵士は養成に時間がかかるので、徴兵しても前線に出すのは間に合わないのだ。

 兵力も装備も足りない。この現実を前にしたユウキは、1つの作戦が頭にあった。彼自身の発案ではなく、評議会議員のエザリア・ジュールからの提案であったのだが、彼はそれを有効ではあるが外道の策だとしてこれまで無視していたのだが、それを使わなくてはならない時が来たのかもしれない。

「……議長、実は、1つだけ戦力差を補える作戦があるのですが」
「何かね。状況打開の有効打があるのなら喜んで聞くぞ」

 なんだか気のすすまなそうなユウキの表情に訝しさを感じつつも、パトリックは続きを促した。だが、ユウキが提案した作戦を聞いたパトリックの表情はたちまち青褪め、そして怒りに顔を赤くする事になる。確かにその作戦ならアラスカの防御力を激減させられるだろうが、それはパトリックにしてみれば決してやってはいけない作戦だと思えたからだ。だが、全てを否定する事は無く、その日は許可しないの一言で終わらせている。

 だが、後にパトリックはこの日の事を悔恨と共に思い出す事になる。

 



 

 マドラスを出立したアークエンジェルの航海は比較的順調な物だった。ザフトの偵察機の影が時折レーダーに捉えられることはあるものの、直接攻撃を受ける事は無く平穏な日々が流れている。
 新たにアークエンジェルに加わったオルガは、意外な事にアークエンジェルクルーとこれといった対立を起こす事は無かった。余り積極的にクルーと関わろうとはしないものの、MSの整備には顔を出すし、服務規程などの問題に目を瞑れば仕事はそれなりにこなしている。
 今もオルガは日当たりの良い展望室のベンチに横になり、艦に持ち込んでいた私物の小説を読んでいる。オルガは何時もこうやっているので、探す方としては楽で良いかもしれない。
 そのオルガが、展望室の窓から外に広がる海原の中に小さな小船を見つけた。どうやらボートのようだが、こんな所まで流されてきたのだろうか。最初はただ流されてるだけだと思っていたオルガであったが、良く見ればボートの中に人間が横たわっているのに気付き、少し吃驚しながら艦橋に内線を繋いだ。

「おい艦長さんよ、右の方にボートが漂ってるぞ。どうも誰か乗ってるみたいだ」
「ボートですって?」
「ああ、遭難者かなんかかも知れねえな」

 オルガの報告を受けたマリューは急いで右を調べさせた。すると、確かに一艘のボートが波間に漂っているではないか。見捨てるのも気が引けたマリューは格納庫に連絡し、これの回収を指示する。すると側舷の搬入用ハッチが開いて空戦パックを装備したストライクが飛び出していき、そのボートを拾って戻ってきた。
 それを見ていたマリューは、何となく頭に浮かんだ想像をそのまま口に出してしまった。

「ヤマト少尉が拾いに行ったわね。また可愛い女の子が乗ってたりして」
「それで、その娘が原因でまた騒動に巻き込まれる、ですか?」

 マリューの呟きにナタルが冗談で返し、艦橋内に明るい笑い声が響き渡った。そして笑いが収まった後、徐に艦長席から腰を上げたマリューはノイマンに声をかけた。

「ちょっと格納庫に行ってくるわ。何か猛烈に嫌な予感がするから」
「私もお供します艦長」

 2人して真剣そのものの顔で艦橋から飛び出していく。これまでキラ関係で何度酷い目に会って来た事か。最初のポッドではフレイを拾い、次のポッドではラクスを拾った。そして今度は何を拾ったのだろうか。


 キラが拾ってきたボートには確かに女の子が乗っていた。気を失っているようだが、長い紅茶色の髪に決め細やかな白い肌を持つ同世代の少女だ。集ってきた男どもが見惚れている中でヘルメットをとったキラもやってきてマードックに声をかけた。

「誰が乗ってたんですか?」
「ああ、女の子だよ。かなりの美人だぜ」
「……なんでこんな所に、女の子がボートで漂ってたんでしょうね?」
「さあねえ。その辺りは上の人が考えるだろうよ」

 部下達とは違って迷惑そうな顔でボートの中の少女を見ているマードックは、キラの問いにうんざりという感じで答えた。
 そして少ししてようやく艦橋からマリューとナタルが降りてきた。2人はボートに駆け寄り、そこに横たわっている女の子を見てガクリと肩を落としている。

「また、またなのね、ヤマト少尉」
「全く、君はどうしてこういつもいつも女の子を拾ってくるのだ?」

 恨みがましい視線を向けられたキラはじりじりと後ずさった。周りを見れば整備兵や集ってきた手空きの者までこっちを見ている。

「な、なんですか、僕は別に女の子だから助けてるわけじゃないですよ!」

 キラは追い詰められた犯罪者のような気分になりながら懸命に抗議の声を張り上げたが、それは過去の所業のせいで誰にも聞いてもらえなかった。いや、それどころか更なる災厄を呼び込んでしまう事になる。

「狙って助けてるんなら、かなり問題よねえ」
「ああ、今のうちに根性叩きなおして校正させる必要があるな」

 背後から聞こえた声にビクリと肩を震わせ、キラは恐る恐る背後を振り返った。

「フ、フレイ、カガリ、君達も僕を信じてくれないの?」
「いいえ、信じてあげてるわよ」
「裏切られたらその後は怖いけどな」

 全然信じてくれてない。その事を悟ったキラは自分の信用度ってどん底まで落ちてるんじゃないのかと本気で心配してしまった。もっとも、心配するまでも無くとうの昔にどん底まで落ちているので、今更なのだが。
 マリューたちの後に続いてサイやカズィ、ミリアリアも降りてきた。トールとキース、フラガもやってくる。そしてみんなの見守る中で、女の子がようやく目を覚ました。まあこれだけ周囲で騒いでいれば誰だって目を覚ますだろう。

「う……ん……」

 その声を聞いたキラとサイ、トールとカズィがボートの傍まで来た。みんなが見守る中で女の子はゆっくりと目を開け、上半身を起こした。

「ここ、は?」
「ここはアークエンジェル、大西洋連邦の戦艦よ」

 マリューが少女の疑問に答える。するとそれを聞いた少女は目を見開き、そして怯えるように周囲を見回した。

「た、大西洋連邦の戦艦?」
「そうよ、貴女はボートで漂流していたの」
「悪いが、どうしてあんな所を漂流していたのか、事情を説明してもらうぞ。一応ここは軍艦なのでな」

 ナタルが厳しい事を言い、その後ろから銃を持った警備兵が出てくる。それを見た少女は露骨に怯えた様子を見せ、助けを求めるように周囲を見るが、そこにいるのはみんな軍人なので絶望したように表情が沈んでしまった。
 その様子が余りにも可哀想に見えた為か、フラガがナタルを静止してきた。

「まあまあ、そんなに凄まないでも良いだろ。彼女怯えちゃってるよ」
「私は別に苛めている訳ではありません」
「副長は凛々しいから、凄むと迫力凄いよ」

 フラガにからかうように言われてナタルはムッとしたが、それ以上は何も言わず、後をフラガに任せた。フラガは女の子に人好きのする感じの笑顔を浮かべ、何時ものように気安く声をかけた。

「まっ、ただ話を聞くだけだよ。事情が分かれば手近な港に送ってあげるから、心配しなくて良い」
「で、でも……」
「大丈夫だよ、何もしやしないさ。こういう時は下手にごねるより、素直に従っといたほうがややこしくなくて良いもんでね。あんまりごねるとまた副長の機嫌が悪くなる。副長は怒ると怖いんだ、これが」
「わ、悪いですか!」
「ほら、怒らせると怖いだろ」

 フラガの軽口にナタルが過剰反応してしまい、それをフラガがまたからかう。それを見て格納庫に居る全員が大笑いしてしまった。ナタルはいつも真面目で柔軟さに欠けるところがあるので、そういう所をいつもフラガやキースにからかわれてしまうのだ。昔に較べればだいぶ柔らかくなったのだが、それでもまだフラガにからかわれてしまう。
 女の子はフラガの笑顔に少しだけ安心したのか、小さく頷くとフラガの傍から離れないようにしながら格納庫から出て行った。多分これから取調べが行われるのだろう。マリューとナタルも付いていき、その後を警備兵2人が同行する。
 それを見送ったキラは、隣に立つサイやトール、カズィに信じられないものを見たかのような顔で話しかけた。

「今の女の子、見た?」
「あ、ああ、見たけど、まさかな」
「信じられないぜ。まさか、この世界に『か弱い女の子』がいるなんて」
「うん、そんなのお話の中だけだと思ってたのに」

 4人とも信じられないという顔でお互いの視線を交わしあい、あれが現実だと受け入れられた途端感動で表情を輝かせた。

「よかったねサイ、この世界にはまだあんな女の子が居たんだよ」
「ああ、俺たちの周りには強く逞しいのしか居なかったからな。この世には夢も希望も無いのかと嘆いてたもんだったが」

 肩を寄せ合って喜びを分かち合う2人。かつてフレイを挟んで険悪になっていた事を思えば驚くほど関係改善しているが、彼らは気付いていなかった。そういう事は誰も居ない所でやるべきだという事に。
 喜び合う2人の背後から、ロシアの冬もかくやというほどに冷たい声がかけられた。

「へえ、強くて逞しいって、誰の事かしら?」
「そうか、2人にとってはああいうのが理想だったわけだ」

 ビシッと固まったキラとサイは、顔面を滝のような冷や汗で埋め尽くしながら恐る恐る背後を振り返り、まるでメデューサのような、見るもの全てを意思にする魔眼を連想させる目で自分達を睨みつけてくるフレイとカガリを見た。

「ちょっと向こうで話を聞かせてもらいましょうか」
「悪かったなあ、どうせ私は男の理想を叶えられるような女じゃないよ」

 余りの迫力に抵抗する意思さえもてなくなった2人をフレイとカガリは連行していってしまった。何処に連れて行く気なのだろうか。それを見送ったトールはほっとして隣にいるカズィを振り返る。

「危なかったな、カズィ……あれ、カズィ?」

 いつの間にかカズィが居ない。何処に行ったのかと周りを見回そうとしたが、その時背後から伸びてきた手が思いっきり右の耳を引っ張ってきた。余りの痛さに悲鳴を上げるトールの耳に、物凄い怒気を含んだ声が飛び込んでくる。

「悪かったわねえ。どうせ私はか弱い女の子じゃないわよ」
「ミ、ミリィ!?」
「もうトールの事なんて知らない。あのか弱い女の子でもくどいてれば良いじゃない!」

 トールの耳を離したミリアリアはプイッと顔を逸らすと、そのまま大股で歩いて艦橋に戻っていってしまった。トールは痛む耳を暫く押さえていたのだが、我に返ると情けない声を上げながらミリアリアを追っていった。
 それを見送ったマードックは情け無さそうな顔で溜息を漏らしてしまう。

「やれやれ、良いように尻に敷かれてるな、ありゃあ」
「まあ良いじゃないの。子供は元気が一番だ」

 マードックの情け無さそうな呟きにキースが応じたが、1人足りないのを思い出して周囲をきょろきょろと見回した。すると、すぐ傍にその1人を見つけてちょっと吃驚してしまった。

「い、居たのかカズィ」
「ふっふっふ、引き際を弁えないと長生きできないんですよ」

 なんだか悪者みたいな笑い方をするカズィに、キースは底知れない恐れを抱いてしまった。世の中で本当に恐ろしいのは、こういう立ち回りの上手い奴なのだ。




後書き

ジム改 アークエンジェルは遂にマドラスから出発。
栞   長かったですねえ。
ジム改 何でここに居る、栞。カガリはどうした?
栞   カガリさんでしたら、向こうでフレイさんと一緒に拷問してますけど。
ジム改 ……そ、そうか。
栞   ところで、質問があるんですが。
ジム改 なんでしょう?
栞   これは多分読者さんたちも思ってる事だと思うんですが。
ジム改 …………
栞   コーディネイターって、本当に優秀なんでしょうか?
ジム改 …………(汗)
栞   原作でもそうでしたけど、外見が良いというだけで後は何処が優秀なんでしょう?
ジム改 …………(大汗)
栞   MSが使える特権も何故かOSが改良されたら消えましたし。
ジム改 …………(滝汗)
栞   なんと言いますか、キサカ一佐やフラガ少佐やナタルさんの方がザラ隊よりよっぽど優秀な気が。
ジム改 (黙って指をパチンと弾く)
栞   あ、な、なんですかこの黒服たちは。私を一体誰だと〜〜〜!
ジム改 栞、お前の疑問は全て禁句なんだよ……
栞   禁句だろうとネタにするのが私です!
ジム改 やかましい、連れていけい!
栞   くう、憶えておきなさい。私は必ず帰ってきますからね!!

 

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