67章  出会いは嵐の予感





 カーペンタリア基地にいるアスランは、本国に一度戻る事になった。足付き撃沈のために本腰を入れる事になったのだが、その部隊編成のために本国で報告と新機材の受領をしに行くのだ。その事をわざわざ評議会議長であるパトリック・ザラ自身が通信スクリーン越しにアスランに伝えているのは誰の差し金なのだろうか。

「そういう事で、すぐにプラントに戻って来い」
「分かりました、議長」

 スクリーンに向って敬礼をするアスラン。だが、何故かパトリックの視線は微妙にアスランから外されており、表情には苦悩の色がある。

「……ところで、だ。アスラン、これは評議会議長としてではなく、父親として聞くのだが」
「は、はぁ、なんでしょうか、父上?」
「…………」

 パトリックはようやくアスランの顔を直視し、とても真剣な顔で問い掛けてきた。

「アスラン、私は別にお前の趣味にとやかくいうつもりは無い。だがな、いいかアスラン。同性愛だけはいかんぞ、非生産的な!」
「自分の発言に責任持ってますか、父上!?」
「では何だ、お前のその格好は!?」

 スクリーンの向こうでアスランをビシッと指差し、青筋さえ浮かべて怒鳴りつけてくるパトリック。その指差す先では、何故かフィリスのようにタイトスカートを着たアスランが顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

「私は情けないぞ。まさかお前にそのような趣味があったとは!」
「ち、違うんです父上。これには訳があるんです!」

 父の罵倒にアスランは血を吐くかのような悲痛な声で誤解だと訴えかけた。というかもう泣きそうである。そのまま暫しスクリーン越しに親子喧嘩を繰り広げた2人であったが、なんとかパトリックの気が落ち着き、話を聞いてくれる事になった。
 そしてアスランは語った。何で自分が女装などしているのかという事情を。

「そう、全ては昨晩に起きた裏切りによるんです……」





 それは、昨日渡された給料明細から始まった。自分の部屋で困った顔で明細を見ているアスランに向って、残務整理中だったエルフィが泣きそうな声を上げている。

「ザラ隊長〜、これって、時給幾らのアルバイトの給料じゃないですよねえ?」
「ああ、最前線のエリート部隊に支給される月給だが」

 2人の明細には数々の罰則による減給やらなんやらで色々とさっぴかれており、どこかの貧乏大学生のアルバイトの給料の間違いじゃないのかと経理に文句を付けたくなるような額だったのである。
 だが、2人はまだマシであった。ザラ隊、ジュール隊の中では真面目に仕事をしている2人は減俸された回数は少ないのだ。というか、2人が自分のミスで受けた減俸など1つも無いのだが。

 そして、突然2人の仕事部屋にイザーク、ディアッカ、ミゲルの3人が押しかけてきた。全員手に給料明細を持っている。

「アスラン、何だこの金額は!?」

 イザークが机の上に叩きつけた給料明細を見たアスランは、その金額の少なさに眼を見張ってしまった。自分達も少なかったが、こっちはもうミドルスクールの学生のこずかい並である。

「ザフト上層部は俺たちを馬鹿にしてるのか!?」
「全くだぜ。俺たちは命張ってるんだぞ!?」
「幾らなんでもこれは酷すぎだろ。口座に預けた預金を切り崩さないといけなくなるぞ!」

 詰め寄ってくる3人。だが、何故かアスランは涼しい笑顔のままで、何時もなら苦しそうに反論してくるのに今日はそれもない。それを不気味に思う3人の前でアスランはゆっくりと立ち上がり、机を回ってイザークの隣に立ってポンとその肩を叩いた。

「……イザーク、足付き追撃の任務を帯びて俺たちが編成されたのは知ってるな?」
「あ、ああ、それは当然知ってるが」
「だけど俺たちは失敗続きだ。当然上層部の評価は留まる所を知らずに下がりっ放しだ」
「…………」

 何となくアスランから感じる気配がやばい何かへと変わっている。殺気とかそういうものではない。瘴気とでも言うのだろうか。

「この失敗続きのザラ隊、ジュール隊が未だにお咎めも受けずに存続していられるのはザフト7不思議の1つに数えられるところまで来てるんだよ」

 室内の気温が急激に下がっていく。アスランから発せられる危険な何かがいよいよ視覚的効果まで生じてるような気さえしてきて、アスランを覆うように赤い光が見えてきている。エルフィは既に半泣きで自分のデスクの影に逃げ込んでいる有様だ。
 
「お前達が失敗する度に俺は関係部署に頭を下げて回ってたんだがなあ。Gや試作ゲイツの部品は本国から特注で送って貰ってるわけだが、これを確保するのに俺が一体何枚の書類を書いてるか分かるか? お前達が気軽にしょっちゅう壊してくれるせいで、俺は寝る暇も無いんだぞ」
「ア、 アスラン……それは、その……」
「前回の出撃だって、その為の物資を確保する為に父上に通信で泣きついてやっとあれだけ揃えられたんだ。まあこれだけだったらまだ仕事だと割り切っただろうが、毎日のように出てくる不祥事の数々は何なのかな?」

 先ほどまで赤かった何かがだんだん輝きを増してきている。アスランが発する強大なプレッシャーに押された3人は背中に冷や汗の滝を作ってビビリまくってその場から動けなくなっていた。

「流石にこれ以上ふざけた事言われると、もう俺も庇いきれないんだけどなあ。それとも明日から赤を脱ぐか、イザーク?」

 もはや命の危険があると察したイザークは肩に置かれたアスランの手を振り切ってディアッカたちのところへ戻ると、入ってきた時とはうって変わった爽やかな笑顔を顔に貼り付けていた。

「いやあ、給料があるだけマシだよな、ディアッカ?」
「全くだぜ」
「いやあ、俺たちは良い隊長を持って幸せだなあ」

 はっはっはと乾いた笑い声を上げながら3人はアスランの部屋から出て行った。そして部屋から出た3人はたちまち元に戻って再び文句を言い出したが、流石にもう一度アスランに文句を言う気にはなれず、仕方無さそうにそれぞれの目的地へと散って行った。


 これで終わっていれば、まあこれで済んだのだろうが、これで収まらなかったのがディアッカであった。雀の涙のような給料では何処にも遊びにいけないと嘆いていたこいつは、気分転換と給与の補給に仲間のフィリスに談話室でポーカーを持ちかけたのだ。まあ退屈しのぎも兼ねていたのだが、フィリスと一緒にいた少女兵士達もワイワイと集って盛り上がってしまったのが悪かった。最初はお遊び程度であったのに、悪乗りが進んで賭ける物が小銭から衣服へと変わっての脱衣ポーカーと化したのだ。
 それまでの戦績から必勝を予感したディアッカはフィリスの下着姿を想像して鼻の下を伸ばしながら勝負に入ったのだが、ここからいきなりフィリスの強さが跳ね上がった。瞬く間に連戦連敗を喫したディアッカは、逆にトランクスと靴だけの姿にまで追い詰められてしまったのだ。

「くっそおお、これでどうだ、Aのフラッシュ!」
「はい、ジャックのフォーカード」
「ぐごぉぉぉぉ!?」

 テーブルの上に投げ出されたカードを見たディアッカはプラズマまで発して驚愕した。そして悔しそうに靴を脱ぐと、それをテーブルの上に乗せた。

「くっそおお、持ってけ泥棒!」
「……あの、ディアッカさん、もうこの辺りで辞めておいたほうがよろしいのでは?」
「何言ってやがる。勝負はこれからだろうが!」

 まだ諦めていないらしいディアッカに、フィリスはやれやれと肩を落とすと、チラリと視線をディアッカの腰の辺りに向けた。

「でもディアッカさん、次に負けると、それですよ?」

 周囲の少女たちの視線も一斉にディアッカの最後の防壁たるトランクスへと向けられる。その視線に危機感を感じたディアッカはトランクスを掴んで慌てふためいた。

「ま、待ってくれ、これだけは勘弁してくれ!」
「ですが、ルールですから」

 それもディアッカから言い出したルールである。今更破られても困るし、フィリスは基本的にゲームのルールを破るのは好きではない。だが、暫し苦悩していたディアッカはいきなり口元にニヒルな笑みを浮かべると、それまでの敗者の絶望は何処へやら、なにやら怪しい自身を取り戻していた。

「ふっ、分かった。ならば次の勝負は」
「次の勝負は?」

 なにやら自信満々なディアッカにちょっと引きながらフィリスは問い掛けたが、その答えはとんでもない物であった。

「次の勝負に、俺はイザークを賭ける!」
「…………」
「次に俺が負けたらイザークが女装して何でも命令を聞いてくれるぜ」
「そ、それは不味いんでは?」
「はっはっは、なあに、勝負はこれからさ!」

 これまでの敗北の数々にもまるで懲りていないディアッカに、フィリスは困った顔でカードを引き出した。そしてその夜、談話室には「グゥレイトォォォォ〜〜〜!!」という悲痛な叫びが響き渡り続け、イザーク、アスラン、ニコル、ミゲル、ジャックの身柄が売り渡されたのである。
 この後、就寝中だったり仕事中だったりした彼らの元に女性兵士達が完全武装で押し入り、その身柄を確保したのであった。その際、顔には差押え品と書かれた札が貼られていたとか。





「こういう、経緯がありまして」
「……なるほど、な」

 肩を震わせて屈辱に耐えているアスランを、パトリックは同情の眼差しで見ていた。まさか仲間に賭博の代金代わりにされるとは夢にも思うまい。

「ところで、他の者達はどうしているのだ?」
「それが、イザークはティーラウンジでウェイトレスの服を着せられて働いてます。ニコルはゴスロリとかいうごっちゃりした服を着せられて撮影会に、ミゲルはスーツを着せられてホストにさせられ、ジャックは女性兵士用の制服を着せられて基地の受付に座らされています」
「それは、トラウマにならなければ良いのだがな」
「イザークとニコルは悲鳴を上げてました。ミゲルは堅苦しい服は嫌だとこぼしてましたし、ジャックはもう限界ですね」

 アスランの回答に、まあそうだろうと納得して頷きながらパトリックはチラリと背後に視線を向けた。そこには幾人かの評議会議員が居たのだが、その中の1人、タッド・エルスマンが肩身が狭そうに身を竦めて小さくなっていたりするのだ。親の責任が子に及ぶのは間違いかもしれないが、子供の間違いは親に監督責任がある。
 議員達がいるのは、これから何か話し合いがあるのだろう。もっとも、こんな所で赤っ恥を掻かされるとはタッド・エルスマンも夢にも思わなかったに違いない。




 なお、問題の当事者であるディアッカはというと、基地の中にある旗揚げ用のポールに縛り上げられて吊るされていた。その顔には諦めの色が浮かび、流石に少しは反省しているらしい。

「はあ、腹減ったなあ……、寂しいなあ……」

 因みに吊られてもう5時間位になる。いい加減体も痛いだろう。でも誰も降ろしてくれないのは、流石に今回はみんな怒っているという事だろうか。
 だが、そんなディアッカの元にエルフィがやって来てくれた。手にはサンドイッチの載ったお盆を持っており、少し困った顔でディアッカの前まで歩いてくる。

「ディアッカさん、大丈夫ですか?」
「エ、エルフィ〜、降ろしに来てくれたのか?」
「いえ、それはちょっと無理です。私じゃ解けませんし」

 ディアッカの期待した声に済まなそうに答え、代わりにディアッカの前にサンドイッチを差し出してくれた。

「とりあえず、お昼代わりです。後でザラ隊長とジュール隊長に許してくれるように言っておきますから、もう暫く我慢しててください」
「お願いします」
「でも、ディアッカさんが悪いんですからね。ポーカーで隊長たちを担保にするなんて」
「それは反省してるよぅ。でも、フィリスは何してるんだ?」
「隊長たちを基地の女性達の希望の仕事に付けて、代金とってます。かなり繁盛してるみたいですよ」

 エルフィが困ったような表情を浮かべて答えてくれる。それを聞いたディアッカはフィリスのしたたかさに背筋を震わせながらも、そんな目に合わされているイザークたちの怒りを想像して身の危険を感じてしまった。


 なお、部隊の全員が外に出てしまったこの状況下で、一人留守番を任されているシホはというと、机の上に積み上げられた書類の山に囲まれて泣きそうになっていた。

「エルフィさん、早く帰って来てください。私1人じゃ終わりません〜」

 エルフィがディアッカにお昼を食べさせにいってしまったせいで孤立してしまったシホは、それでも真面目に仕事に取り組んでいた。新人ゆえの真面目さなのだろう。早く賢い生き方を身に付けないと、過労死してしまうかもしれないが。
 



 この後、アスランは残務をエルフィに任せ、急いで身支度を整えるとニコルと共にプラントに向うシャトルに乗り込んで地球を発っている。そのシャトルの中で、ようやく自分の制服に着替える事の出来たニコルはホッとした顔でアスランに話しかけていた。

「はあ、全く酷い目に合いました」
「でも、大人気だったじゃないか」
「それは言わないで下さい。もう2度と思い出したくないんですから」

 からかうアスランにニコルはウンザリした顔で返した。外見は可愛い美少年を地で行っているニコルは、まさに基地の女性たちの恰好の玩具にされてしまったのだ。おかげでニコルは着せ替え人形の如くさまざまな服を着せられてしまい、ちょっと女性不信気味になっていたりする。

「でも、イザークたちだけで大丈夫でしょうか? 仕事が滞って出撃できないのでは?」
「それは大丈夫だろ。フィリスも居るし、何よりエルフィがサボるのを許さない」
「エルフィさんですか。でも、イザークを押さえられますかね?」
「……ニコルは知らないかもしれないが、ああ見えてエルフィはかなり芯が強いぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。大抵はいつも折れてくれるんだが、エルフィなりに譲れない一線があるみたいでな。一度譲らない時は何があっても譲らないんだ」

 そう言われてニコルは過去のエルフィの言動を回想し、前にアスランが行方不明になった時にイザークがすぐに捜索に出ようとしなかった時にエルフィがイザークに食って掛かり、一歩も退こうとしなかったことを思い出した。

「まあ、イザークもエルフィには直ぐに文句を言えなくなるんじゃないかな」
「女性は強いですねえ」

 ニコル・アルマフィ。人生の真理にまた一歩近付いた瞬間であった。









 シンガポールを出立したアークエンジェルは、それなりに順調な航海をしていた。予想していた敵の襲撃もなく、アーシャの教えてくれたアーモニアへの入り口がある島を目指している。そこで補給を受ける事ができれば、後はオーブまで一直線だ。
 だが、艦内では相変わらず冷戦が続いていた。フレイとカガリ、ミリアリアはキラとサイ、トールとの間に一方的な鉄のカーテンを張っており、閉め出された男達は悲嘆に暮れながら自室で愚痴を漏らしあう日々が続いている。
 ただ、流石に数日もたてば頭も冷えてくるもので、女性陣もそろそろ許してやろうかと考え出している。今も3人はフレイの部屋でこれからどうするかを話し合っていた。

「ねえ、もうそろそろ許してあげようか?」
「あいつらもだいぶ懲りたみたいだしなあ」
「トールの浮気癖も、これで少しは直るかしら」

 フレイとカガリはともかく、ミリアリアは彼氏の躾も兼ねていたようだ。恐るべしミリアリア。だがまあ、トールが懲りたのは間違いないので、効果はあったというべきだろうか。
 一度こういう方向に話が向けば早いもので、フレイとミリアリアはキラとトールに話しに行くという事になってしまった。カガリは元々2人に付き合っていただけなので、2人が許すと言うなら特に反対する理由は無い。

 だが、この後に更なる災厄がもたらされようとは、この時誰にも想像することはできなかった。




 キラが何時ものように格納庫でMSの整備を終えて食堂に向おうとしていた時、その通路上で民間人を見つけていた。誰かなどと考えるまでも無い。この艦に民間人などヘンリーとアーシャしか乗っていないわけで、そこに居たのは女の子だったのだから。

「あの、こんな所で何をしてるんだい?」
「あ、す、すいません。居住ブロックの中は出歩いても良いと言われていたものですから」

 キラに声をかけられたアーシャはビクリと身を振るわせ、少し怯えたような顔でキラに頭を下げてきた。どうやら叱られると思ったらしい。
 キラはこれまで色んな人に悪意を向けられた事はあったが、自分を見てはっきりと怯えられた事は無かった為にちょっと反応に困ってしまった。ひょっとして、自分はそんなに怖い顔をしているのだろうかと不安になってしまったりもする。この少女は確かコーディネイターだとフラガから聞いていたので、自分がコーディネイターだという問題ではないと思いたいのだが。

「あの〜、そんなに怯えなくても良いよ。別に怒ってるわけじゃないから」
「そう、なんですか?」
「艦長が居住ブロック内なら自由にして良いと言ったのは聞いてるから。渡されてるカードも居住ブロック外には出られないんでしょ?」
「そう言われてますけど……」

 アーシャが支給されているカードでは居住ブロック以外には出る事は出来ないようセキュリティがかけられている。これは前に収容した難民などにも同様の処置が取られており、民間人が戦闘ブロックに入れないように配慮した結果である。

「でも、こんな所でどうしたの?」
「いえ、その……」
「余り艦内を歩き回っていると、誰かに見咎められるかもしれないよ。それとも誰かに用事があったとか?」
「いえ、そういう訳ではないんです。部屋にずっと居ると退屈だったものですから」
「退屈だからって、軍艦の中を歩き回ると危ないよ。下手な所に行くと拘束されるかもしれないし」

 キラの窘められたアーシャはがっかりしたように肩を落としてしまった。それを見たキラは何時もの悪い癖であたふたしてしまい、考え無しで止せばいいのに余計な事を口走りだした。

「そ、そうだ。退屈だったら、展望室にでも行かないかな?」
「展望室、ですか?」
「あそこなら外も良く見えるし、部屋に居るよりは少しはマシだと思うよ。僕が一緒に居ればとりあえず文句は言われないと思うし」
「でも、そんな事したら貴方が怒られるんじゃないですか?」
「それは、多分大丈夫。展望室も一応居住ブロックだから、艦長命令を無視した事にはならないし」

 心配そうなアーシャにキラはやさしい微笑みを浮かべ、アーシャを先導するように歩き出した。アーシャはその背中をキョトンとした顔で見ていたが、やがてトコトコとその後に続いて歩き出した。こんな所に置いて行かれるのも困ると考えたのかもしれない。
 キラが案内した展望室の強化ガラスの向こうには大海原と数々の小島が広がっていた。それらの島々は濃い緑に覆われており、宇宙から降りてきたキラにはとても新鮮な光景に映っている。
 キラに少し遅れて入ってきたアーシャも、キラと同じようにその光景に驚いているようだった。それを見たキラは少し意外そうにアーシャに話しかける。

「どうしたの。この辺りは君の地元なんだろ?」
「そうですけど、こんな高い所から見下ろしたことなんてなかったから。私たちアルビムは海を生活の中心としているから、空を飛ぶ事は無いんです」
「空を飛ぶ事は無いって、なんで? ヘリコプターくらい使わないの?」

 キラはそんな生活は俄かに信じられる物ではなかった。地球で、それも人里から離れた所に住むなら何らかの飛行手段が無いと生活できないと考えてしまうキラであったが、それに対してアーシャは初めて笑みを浮かべてキラを見てくれた。

「貴方、地球で暮らした事がありませんね?」
「そうだけど」
「宇宙から降りてきた人は、みんな同じような事を口にしますから。地面を歩くのが、海を船で渡るのがそんなにおかしく思えますか?」
「でも、そんなの無駄じゃないか。空を飛んだほうがずっと速いし」

 宇宙で生きる者たちにとって、無駄とは害悪でしかない。コロニーは一歩外に出れば死ぬしかないという極めて苛酷な環境に作られた居住空間であり、その中は考えられる限り快適な居住環境が実現されている。特にコーディネイターが住むプラントはその傾向が強く、ナチュラルのコロニーではある程度考慮されている生活上必要な不便ささえも排除されるほど徹底した効率が追求されている。
 キラもこの辺りはプラントのコーディネイターに近い考え方を持っており、わざわざ非効率的な手段を選ぶ必要は無いと考えているのだが、アーシャたちの考えは違うらしい。

「宇宙の人たちは私たちのやり方を非効率的だというけど、私達は好きでこうしてるんですよ。それに、空を飛ぶと東アジア共和国や赤道連合があれこれ言ってくるんです。余計な波風を立てない為にも、船で移動した方が良いんですよ」
「それって、ナチュラルがコーディネイターを抑圧してるってことなんじゃないですか。何でそんな圧力に黙ってるんですか?」
「地球じゃ私たちコーディネイターは邪魔者ですからね。ここに住んでいるだけでもあれこれ言われるのに、更に自分から対立するきっかけを作ることは無いですよ。それなりの意味があるなら意地も張りますけどね」

 アーシャは展望室の窓に手をつき、じっと外に広がる光景を見た。

「私の父さんたちは、プラントの移るのを拒んで、地球に残る道を選んだそうです」
「どうして。プラントに行けば、安全はある程度保障されるのに」
「父さんたちもそう言ってましたが、それでも地球に残る事にしたそうです。ここが自分たちの故郷だとか言って」

 そう言った後、アーシャは表情を暗くした。それはキラも時折浮かべる表情だ。ぶつけようの無い怒りと空しさを抱えた時に浮かべるそれは、キラには一目で理解できてしまった。

「勿論、それは簡単な事じゃなかった。私が生まれる前からナチュラルたちは私達を各地で邪魔者扱いして、みんなそれまで住んでいた場所を追われて、逃げ回ったそうです」
「それで、そんな人たちが集った?」
「はい。追い立てられた人たちは各地で幾つかの集団を作って、ナチュラルから身を守るようになりました。その中で最大の物が、私たちのアルビムです」

 そこまで言って、アーシャはガラスにつけていた掌をぎゅっと握り締めた。そしてその場で振り返り、少し力の篭もった目でキラを見てきた。その目を見たキラは何か、見えない力に押されるように一歩後ろに引いてしまう。

「何でです。どうして貴方たちナチュラルは、いつも私たちを攻撃してくるんです?」
「いや、僕は……」
「プラントと戦争をしてるから、私たちへの心象が悪いのは分かりますけど、私たちはナチュラルとは必要以上に関わりたくないんです。こっちからは一度も手を出してないのに、どうして貴方たちは!?」

 アーシャの非難は、被害者が加害者に向けるそれだった。いつもなら自分がぶつけるような感情を珍しくぶつけられる側になったキラは、どうして良いのか分からなくなって混乱してしまっていた。
 当惑したまま返事を返そうとしないキラの様子に、キラが酷く戸惑っているのに気付いたのか、アーシャはようやく勢いを無くして肩を落とした。

「……ごめんなさい。こんな事、少尉さんに言っても意味のないことですよね」
「あ、それがですね」
「ナチュラルと話すと、どうしても不満が出てきてしまうんです。すいませんでした」

 アーシャはペコリと頭を下げたが、キラは困惑した顔のままでアーシャに事実を伝えた。

「あ、あの、僕はコーディネイターなんですけど」
「え?」

 目の前の少年がコーディネイターだと言われたアーシャはキョトンとしてキラの顔を見詰めてしまった。女性にまじまじと見詰められたキラは顔を赤くして顔を逸らせてしまう。

「あの、この戦艦は大西洋連邦の船なんですよね?」
「ええまあ。第8艦隊所属の宇宙戦艦だけど」
「何でそんな戦艦に、コーディネイターが乗ってるんです?」

 アーシャは本当に不思議そうに聞いてきた。だが、それを受けたキラは逆に返答に詰ってしまい、顔を赤くして逸らせてしまった。その反応を見てアーシャが不思議そうな顔をする。

「あの、どうしたんですか?」
「いやその、僕が戦う理由は、その、大した理由じゃないんだ」

 誤魔化し笑いを浮かべて話題から逃げようとしたキラだったが、アーシャは誤魔化されてはくれなかった。じっと真剣な眼差しを向けられ続けたキラは、とうとう観念したように事情を話し出した。

「僕は、ヘリオポリスから脱出した避難民なんだ。その時にアークエンジェルに成り行きで乗り込むことになって、ザフトから逃げる為にMSに乗せられたりしているうちに僕の友達もアークエンジェルに志願しちゃって、それで僕も離れられなくなっちゃったんだ」
「それじゃあ、貴方は嫌々軍に協力してるんですか?」
「前はそうだったけど、今はそうでもないかな。みんな良くしてくれるし、戦う理由もできたから」
「戦う理由、ですか? ナチュラルのために?」

 アーシャが不思議そうに聞き返す。キラは近くにあったベンチに腰を降ろすと、ちょっと俯き気味な姿勢でアーシャに事情を語ってくれた。

「最初は、成り行きというか、友達が軍に残ると言い出したから僕も残った、という感じだったんだ。この艦にあったMSは僕しか動かせなかったから」
「成り行きって、そんないい加減な」
「僕もそう思ったけど、あの時は無我夢中だったから。やらないと僕が死んでたんだ」

 第8艦隊との共同作戦と、それに続く地球降下の戦いがキラの脳裏を過ぎる。それはキラにとって1つの始まりであったと同時に、辛い過去でもあった。あの時、もしあの時の自分が今ほど上手くストライクを動かせていたら、あのシャトルは守り切れただろうに。デュエル1機程度に梃子摺る事もなく、第8艦隊の犠牲ももっと減らせたかもしれない。
 だが、昔はともかく、今のキラにはこれが思い上がりだと分かってもいた。確かに当時に今ほどの力があればもっと上手く戦えただろうが、自分1人の力だけではどうにも出来ない事があるのだという事を、キラはこれまでの戦いで学んでいた。
 大きな戦いでは自分1人が頑張っただけでは大勢は変えられない。それを何とか理解する事が出来たキラは、昔より少しだけ割り切れるようにはなっていたのだ。

「それから、色んな所で戦ったよ。その間に裏切られた事もあったし、助けられたこともあった。酷い目にもあったけど、楽しい事もあった」
「ナチュラルの中に居て、酷い目には合わされなかったんですか?」
「勿論色々酷い目にもあったよ。コーディネイターだからって理由で変な目で見られた事も何度もあった」
「それでも、貴方はナチュラルと一緒に居ると?」
「うん。色々あったけど、今の僕にはこの艦の人たちが仲間だから。それに、守りたい人が出来たんだ」

 ちょっと気恥ずかしげに言うキラ。アーシャはそんなキラを見て優しげに表情を綻ばせた。

「そうですか。そんな人が」
「それに、確かに辛い事も多いけど、昔ほどじゃないからね」

 そう言ったとき、キラの脳裏を一瞬アスランの顔が横切った。あの時、マドラスで完全に決別してしまった昔の親友。次に会えば間違いなく殺し合いになるのだが、それが辛いとは思っても、昔ほどの拒否感は起きなくなっている。慣れてしまったという事と、あの時はっきりとさよならと言われてしまったせいだろうか。

 ナチュラルの中で戦っていくと言い切るキラに、アーシャは少し複雑そうな表情を作った。彼女はナチュラルに迫害を受け続けた人生を送ってきたのだろう。

「貴方の戦う理由は分かったんですけど、やっぱり私には理解できません。どうしてナチュラルを信じる事が出来るのか」
「僕も、何が分かっている訳でもないよ。何時も気負い過ぎだって怒られて、助けられてばかりだよ」
「この艦の人たちは、コーディネイターの貴方の助けになれるんですか?」
「勿論なれるよ。特にパイロットをやってる人たちはみんな物凄い強さで、本当にナチュラルかどうか疑っちゃうくらいさ」

 これはキラの本音である。彼らの戦いぶりを見ていると、こいつら絶対にナチュラルじゃないだろと内心叫んだ事もしばしばである。もしかするとコーディネイターって言われてるほど凄くも無いんじゃないか、と思った事まである。
 そしてアーシャはというと、キラの言葉を冗談だと思ったのか、クスクスと楽しそうに笑っていた。まあ普通はそう思うだろう。

「全く、貴方は面白い人なんですね」
「……変な奴だと言われた事はあるけど、そんなふうに言われたのは初めてだな」
「そうなんですか? でも、私は良いと思いますよ」
「ちょっと微妙だけど」
「別に悪い事を言ってるわけでもないんですし、気にしなくても良いんじゃないですか……、そういえば、私まだ貴方の名前を聞いていませんでしたね」

 これまでずっと貴方と呼んでいた事を思い出したアーシャは、改めて自己紹介する事にした。

「自己紹介が遅れましたけど、私はアーシャ、アーシャ・マクラレンです」
「僕はキラ・ヤマト。この艦のMSパイロットをやってるんだ」





 その頃、フレイとカガリは人にキラの居場所を尋ねながら展望室へとやって来ていた。ミリアリアはトールに会いに行ったので別行動になっている。

「でも、キラが展望室に居るなんて、珍しいな」
「そうね。いつもなら仕事が終わったら食堂に行ってるのに。何かあったのかしら?」
「さあね。気分転換かなんかじゃないの」

 余り気にも留めてない様子のカガリに対し、フレイはどこか引っ掛かる物を感じていた。何と言うか、妙に嫌な予感がするのだ。

『まさかねえ。キラに限ってそんな甲斐性があるわけ無いし……』

 何となく彼女のキラという人間への評価が垣間見えるが、概ね正しいのでまあ良いだろう。
 だが、展望室に踏み込んだ2人が目にしたのは、こちらに背を向けてベンチに座っているキラと、窓ガラスを背にして立っているアーシャであった。アーシャはキラを見て柔らかい微笑を浮かべている。

「自己紹介が遅れましたけど、私はアーシャ、アーシャ・マクラレンです」
「僕はキラ・ヤマト。この艦のMSパイロットをやってるんだ」

 どういう事なのだろうか。なんであいつはあの娘とあんなに親しげに話しているのだろう。いや、そもそもなんであの2人が一緒に居るのだ。
 何となく胸のうちをどす黒い物が満たしていくのを自覚しながら、フレイは酷く険のある声でキラの名を呼んだ。

「何してるのかしら、キラ?」

 その声にキラはベンチの上でビクリと肩を震わせ、恐る恐る背後を振り返った。

「フ、フレイ?」
「あら、随分と楽しそうね、キラ君?」

 フレイは睨むだけで貴方を殺せますと言いたげな視線をキラに向けている。その瞳は半目開きで、胸の前で腕を組んでいる。その視線に晒されたキラは蛇に睨まれた蛙の如き様相を呈し、だらだらと汗を流しだした。

「あ、あのフレイ、ひょっとして、怒ってる?」
「……なんで私が怒らないといけないのよ?」

 ジロリ、というかギロリという擬音と共に睨まれ、キラはベンチの上で素早く正座をして背筋を伸ばしてしまった。そのまま暫し一方的な虐めが続いた後、フレイはその場で身を翻して展望室から駆け出していってしまった。

「もう、キラなんか知らないんだから――!!」
「ちょ、ちょっと待ってフレイ、やっぱり何か誤解してるよ!?」

 キラは慌てふためいてフレイを呼び戻そうとしたが、フレイはあっという間に視界から消え去ってしまった。後に残されたキラは呆然とベンチの上からフレイが駆け出して行った通路の方を見ており、何がどうなってるのか分からない様子のアーシャはなにやら右手で顔を押さえているカガリにおずおずと問い掛けた。

「あ、あの、何か私、悪い事をしたんでしょうか?」
「いや、お前は多分何も悪い事はしてないさ。ただ、なんて言うかな。タイミングが悪かったんだろうな」
「はあ?」

 やっぱり良く分かってない様子のアーシャ。そして事態の最悪さを悟り、顔を真っ青にして固まっているキラ。この2人を見た後にフレイの出て行った通路に目をやったカガリは、どうしたもんかと重く深い溜息をこぼした。

「はあ、こんなのが私の弟かと思うと、情けなくなるよな」

 小さな声でボソリと呟くカガリ。しかし、何時からキラが弟だと決まったのだろうか。アズラエルは一言もカガリが姉だとは言ってないのだが。






 展望室を飛び出したフレイは真っ直ぐに自分の部屋に戻ってきて、そのままベッドにダイブした。部屋に居たトリィが吃驚したように飛び上がって天井を旋回しているがそれを気にする余裕も無い。
 そしてトリィがベッドの降りてきてフレイの前に着地し、フレイを見ながら首を傾げていた。それを見たフレイは少しムッとした顔でトリィの顔を指で突っつく。

「こら、私はお前のご主人様と喧嘩してるのよ。なのにあんたはどうしてすまし顔でここに居るのよ?」

 勿論そんな文句をぶつけられてもトリィが理解できる筈もなく、首を傾げるだけであった。それを見てフレイはくすりと笑い、またトリィの顔をつんつんと突っつきだした。そのまま暫く突っついていると、それが嫌になったのかトリィは飛び上がって離れた家具に行ってしまった。
 それを見たフレイは顔を枕にうずめた後、ベッドの傍にあるサイドボードの上に置いてあるフォトスタンドを手に取った。そこには遊園地で取った仲間達全員が写った写真が飾ってある。昔は父の写真が張ってあったのだが、今では彼女の中の優先順位が変わったということだろうか。
 フレイはその中に映っている自分とキラを見た後、悲しそうな声を漏らした。

「キラの……馬鹿……」

 そう呟いた後、ぎゅっとフォトスタンドを胸に抱え込んでしまった。ベッドに来て少し気が落ち着いてみれば、別にあの娘と2人で居たからといって、2人の間に何かあったとは限らないのだから、ちゃんとキラの話を聞いてやれば良かったと今更ながらに思ってしまう。
 自分の思い込んだら暴走する性格を煩わしく思いながら、フレイはさっきのキラへの態度を悔やんでいた。


 なお、フレイに怒鳴られたキラはというと、またしても露天甲板で膝を抱える君と化してしまい、胴綱を付けて夕焼けの中で1人哀愁を漂わせていた。



後書き

ジム改 ふう、これで次回はいよいよアーモニアに着くぞ。
カガリ アスランは宇宙か。
ジム改 この問題もあってイザークに指揮を任せたのだ。
カガリ これでアスランが帰ってくるときは部隊が更にパワーアップしてるんだな?
ジム改 まあ、アスランはプラントでイベントをこなして貰う予定だし、部隊編成だけじゃないけど。
カガリ んで、私の出番は何時だ?
ジム改 心配するな。お前には最高の舞台を用意してやる。
カガリ おお、では遂にMSに!?
ジム改 ふっ、カガリにMSだと?
カガリ 無いのか?
ジム改 AAの何処に余分なMSがある?
カガリ ……カラミティは、確かOSはナチュラル用なんだよな?
ジム改 まあそうだが、機体がナチュラルじゃ扱いきれんぞ。
カガリ 大丈夫だ。SEEDを発動させれば私も普通じゃなくなる!
ジム改 いや、それはその……否定するソースは無いけどさ。
カガリ ようし、なら私がカラミティを乗っ取れば万事OKだな!
ジム改 そうなのか? 種ってそういうものなのか?
カガリ あれって製作側のご都合主義を理由付けしただけだろ。
ジム改 こら、それを言ってはいけない。
カガリ でも、どうせ数には勝てないんだろ?
ジム改 まあね。ティーガーはシャーマン5台分の強さだが、言い換えれば5台ぶつけりゃ勝てるのだ。
カガリ 主人公特権を豪快に無視しやがって。
ジム改 それが戦いというものだよ。技術に大きな差が無ければ物量は最大の武器だし。
カガリ では次回、私がカラミティを使って敵をばったばったと薙ぎ倒す話だぞ!
ジム改 出鱈目を言うんじゃない!


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