第68章  孤島の罠



 アーシャの案内でアルビムの地上の入り口があるという小島までやって来たアークエンジェルは、確かにそこに地図には載っていない小島を見つける事ができた。パンダ海に浮かぶ本当に小さな島で、島というよりサンゴ礁が海面に出ているだけじゃないのかと言いたくなる様な小島である。
 
「あそこに、そのアルビムって海底都市の入り口があるの?」
「はい、ちゃんと簡単な船着場があるでしょう」

 フラガの問い掛けにアーシャは真面目な顔で答えた。それでフラガがもう一度目を凝らしてみてみると、確かに小さな桟橋のようなものがある。

「……あれか。確かに連絡船用だな」
「はい。小さすぎて100トン以下の貨物船までしか停泊できないんですよね。あと漁船ですか」
「漁業してるのかよ!?」
「それはそうです。食料の買い付けも安くないんですよ」

 フラガのツッコミに当り前のように返すアーシャ。どうやらアルビムの食料事情はかなり深刻であるらしい。
 2人のやりとりを見ていたナタルはやれやれと肩を竦めると、ようやく実務的な話しに入った。

「あの様子では、スカイグラスパーでは運べませんね。フレイのダガーにフライトパックを付けて出しますか」
「あら、ストライクじゃ駄目なの? 何が起きるか分からないんだし、ヤマト少尉のが良いんじゃない」
「私のその方が良いとおもいますが、生憎とストライクがまだ直っていません」

 先のシンガポール戦で頭部を破壊されたのが悪かった。頭部はセンサーの塊なので、修理するのも一苦労なのだ。マードック率いる整備班はキラに対する呪詛の言葉を吐きながら必死に直しているが、未だに直っていない。

「でも、その前に向こうに通信を入れてくれるかしら。話を付けておかないといきなり攻撃されるかもしれないから」
「分かりました。バスカーク一等兵」
「はい、やってみます」

 ナタルが頷いてカズィに指示を出し、カズィが機器を操作してアルビムと連絡を取ろうとする。それを見ていたアーシャは、少し不思議そうな顔で自分が案内した島を見やった。

「でも、変です。何時もならこんなに近付く前にディンが警告に出てくるはずなんですが」
「こっちはこんな戦艦だから、下手に仕掛けるのも不味いって思ってるんじゃないの?」
「なら良いんですけど」

 アーシャの疑問にフラガが適当に思いついた事を言ったが、アーシャの不安は晴れそうも無かった。そしてようやくカズィがアルビムとの回線を繋ぐ事に成功し、カズィはそれをメインのスピーカーに回す。

「何だお前たちは。我々は連合と事を構える気は無いぞ」

 いきなり警戒心剥き出しの声がスピーカーから飛び出してくる。それを聞いたマリューは顔を顰めたが、直ぐに表情を元に戻すと落ち着いた声で相手に答えだした。

「こちらは大西洋連邦宇宙軍、第8艦隊所属、アークエンジェルです。海上で遭難者を救助したので、引き渡しに来ました」
「遭難者だと、誰だ?」
「アーシャ・マクラレンさんです」
「アーシャだと。まさか、生きていたのか!?」

 相手は驚きの声を上げた。それを聞いてマリューはアーシャを見て頷く。アーシャはマリューにペコリと頭を下げて相手に話しかけた。

「はい、生きてますよ。その声はムジナカさんですよね」
「アーシャ、無事だったんだな。船が帰ってこなかったから心配してたんだぞ!」

 ムジナカと呼ばれた相手の声からは喜びの響きが混じっている。それを聞いた環境クルー達は少しだけ安堵した。この様子なら攻撃される事はあるまい。
 アーシャに話させたマリューはアーシャに声をかけて話を止めさせ、また自分が相手と話し出した。

「アーシャさんをそちらに送りたいのですが、こちらには輸送手段がMSしかありません。これからそちらにMSで乗り付けますが、構いませんか?」
「MSだと。いや、それは……」
「こちらには交戦の意思はありません。ただ、水を分けて頂きたいのです」
「水だと?」
「こちらも補給に困っているものですから。水さえ頂ければ直ぐに退去します」
「ちょ、ちょっと待っていてくれ。俺では答えられない」

 そこで暫し通信が途切れ、空電の音だけが響き渡った。それを聞いてマリューはナタルを見る。

「どうも、それ程危険な人たちじゃ無さそうね。水は分けてくれるんじゃないかしら」
「向こうもなるべく波風立てたくは無いでしょうし。水をくれれば直ぐに立ち去るとなれば、その選択をするかもしれませんね」
「まあ人質を取ってるみたいで、余り良い気分じゃないけどね」
「仕方ありません。こちらも形振り構えるほど余裕があるわけではないですから」

 マリューの呟きにナタルが答える。流石に水が無くなるというのは死活問題で、食料や弾薬以上に重要な消耗物資なのである。人間は食い物が無くても何日かは耐えられるが、水が無くなると持たない。この状況では形振り構っていられないというナタルの意見にも一理はあった。
 マリューもそれくらいは分かっているからこそ、こんな趣味にあわない手段を採用している。ナタルも好きではないだろうが、こちらはそれを表には出していない。この当たりの割り切りの良さがナタルの軍人としての適正なのだろうが、この辺りはどうしてもマリューには好きになれない一面でもある。
 そして暫くして、スピーカーから先程のムジナカという男の声が聞こえてきた。

「まず話を聞きたい。誰か代表者をこちらに寄越してくれ。アーシャと水の交換はその後だ」
「……代表者を、ですか?」

 何故そんな事をしなくてはならないのかとマリューは思ってナタルとフラガ、キースを見る。マリューの視線を受けたフラガとナタルは困った顔になったが、この手の汚い駆け引きに慣れているキースは事も無げに答えてくれた。

「多分、こちらの真意を計りかねているのでしょう。それで詳しい話を聞かせろと言ってきているんだと思いますが、同時に送った人間を万が一の時の人質にするくらいの考えは持ってるでしょう」
「それじゃあ、出さない方が良いですか?」
「いえ、あくまで保険でしょうから、出した方が良いと思います。向こうだって使者に危害を加えればこちらの報復を招く事くらいは分かってる筈ですから。それに、自分の知る限りイタラ氏は思慮深い人物ですよ」

 キースはそのイタラという人物を信用しているようだが、マリューはどうにも安心できなかった。何より部下を必要以上に危険に晒すのをマリューは忌避しているのだ。
 だが、ここで悩んでいても仕方が無い。決断が出来ないでいるマリューに、ナタルが席から腰を上げて声をかける。

「艦長、私が行ってきます」
「ナタル、何を言うの!?」
「誰かが行かねばならないのなら、私が適任でしょう。私が居なくとも艦長がいれば艦は動きます」
「でも……」

 部下を危険に晒したくないマリューは逡巡していたが、じゃあマリューが行くのかとなるとそれは士官全員が猛反対するのは確実だ。艦長が自ら危険な場所に行くなどとんでもない事なのだから。
 艦長席で困り果てたマリューはフラガ、ノイマン、キースの順で困った視線を向けたが、3人とも代案が無いようで首を横に振っていた。それを見てマリューもガックリと肩を落とし、渋々ナタルの意見を受け入れた。

 こうしてナタルが島に行く事が決まったのだが、VTOL機を持たないので輸送手段が結局フレイの105ダガーしか無く、フレイがナタルを島まで運ぶ事になった。アーシャはその後の水の補給の時に来るだろう船か何かで引き渡せば良いと考えたマリューは、まだ心配そうな顔のままでナタルを送り出した。

 格納庫で105ダガーにフライトパックを搭載している間に、格納庫ではフレイとナタルが、念のため待機状態のフラガとキース、キラとトールの見送りを受けていた。何故か残念そうなアーシャとカガリも来ている。

「折角帰れると思ったのに、残念です」
「私はその海底都市って所に行ってみたかったんだけどな」
「ちょっとカガリ、観光に来たんじゃないんだから」

 まだこの艦に止め置かれるのかと肩を落とすアーシャに、観光気分だったカガリ。前者はともかく、後者はちょっと問題ありだったろう。
 それを聞いたフラガとキースはおいおいという顔になり、ナタルは叱っていいものかどうか真剣に考えてしまった。何しろ彼女はVIPである。キラとトールはといえば、こっちはカガリと同意見だったのだろう。カガリの言葉に同感だと頷いていたりする。
 フレイはアーシャを避けるようにちょっと距離をとっていたのだが、アーシャの方がフレイに近付いてきた。真っ直ぐこっちに来られたせいで逃げる事も出来なかったフレイはちょっと身構えている。

「あの、この間はすみませんでした」
「な、何のこと。私は別に怒ってなんか無いわよ」
「え、でも、お2人は恋人同士じゃないんですか?」

 意外そうなアーシャの言葉に後ろでハラハラしながら聞いていたキラは恥ずかしげに顔を赤くしてしまったが、言われたフレイは真顔で顔の前で右手をパタパタ振りながら否定していた。

「違うわよ。私たちはただの友達」
「え、でも、この間は私とキラさんが一緒にいたことに凄く怒ってましたけど?」
「あれはキラの女癖の悪さに呆れ果てたからよ。女の子と見ると誰彼構わず声をかけるんだから」
「そ、そんなに節操がないんですか?」
「見た目に騙されちゃ駄目よ。ああいうのが一番危ないんだから」

 当人に聞こえるように悪口は言わない方が良いです、フレイさん。
一方、無茶苦茶に言われまくったキラはというと、ストライクの装甲に右手を付いてシクシクと泣いていた。

「そんな事無いのに、そんな節操無しじゃないのに……」
「まあ、人の噂も75日というし、諦めろキラ。そのうち報われる事もあるって」
「うう、前に好きだって言ってくれたのに、あれは嘘だったのかなあ?」
「はっはっは、そうやって男は強くなっていくんだぞ、キラ」

 シクシク無くキラの肩を爽やかな笑顔を浮かべたフラガがポンと叩いた。その目にはなんとも嬉しそうな色が浮かんでいる。それを見てトールとキースは、フラガはキラが自分の同類と見做されている事を喜んでいるのだと察した。
 しかしその時、金色の流星がキラに襲い掛かった。

「こんの甲斐性無しが―――っ!」

 弾丸のように駆け込んできたカガリが、最後の右足の踏み込みと共にここまでの助走の勢いと全体重を乗せた理想的な右ストレートをキラの左頬に叩き込んだ。完璧な奇襲を受けて受身を取ることも出来ず床に転がるキラ。

「カ、カガリ、いきなり何するのさ!?」
「キラ、私はお前をそんなフラガ少佐みたいな女たらしのろくでなしな弟に育てた覚えは無いぞ―――!!」
「何時から僕がカガリの弟になったのさ!? しかも何気に酷い事言ってるし!」

 とりあえず、双方にとってフラガと一緒というのは酷い事という扱いになるらしい。レディ・キラーという2つ名はフラガのイメージをかなり捻じ曲げてしまったようだ。これももてる男の宿命なのだろうか。
 とりあえず、フラガの評判は今後に発覚するかもしれない彼の過去の所業に掛かっているだろう。良くなる可能性は無さそうであるが。




 そしてようやく準備が整い、105ダガーはアークエンジェルから発進していった。ナタルは狭いコクピットの中で体を小さくして収まっていたが、それでも少し窮屈そうにしてる。操縦しているフレイは少し躊躇った後、ナタルに質問をぶつけてきた。

「あ、あの、ナタルさん」
「何だフレイ」
「この話し合いですけど、本当に大丈夫なんですか? いきなり拘束でもされたら」
「その時は、艦長に私に構わずローエングリンでも撃ち込んでくれと言ってある。心配するな」

 ナタルの答えにフレイは絶句してしまった。自分ごと撃てなどと言い残してくるとは、何を考えているのだろう。

「そんな、艦長が撃てるわけ無いじゃないですか!」
「狭いコクピットで怒鳴らないでくれないか。耳に響く」

 いきなり金切り声を上げたフレイにナタルが右手で肩耳を抑えながら顔を顰める。それを受けてフレイは声を抑えたが、納得できないのは変わりが無い。不満そうなフレイの様子に、ナタルは困った笑みを浮かべてしまった。

「そう言ってくれるのは嬉しいが、私1人のために艦を危険に晒すわけにもいかんからな。私もそれくらいの覚悟はあって志願したのだし」
「でも、ナタルさん……」
「フレイ、軍人というのは作戦によっては捨石にされる覚悟も要求されるんだ。過去の戦史を見ても、作戦上の必要で見捨てられた部隊は多いし、それらの部隊指揮官達は捨石にされた事を分かって尚国の為に尽くしてもいる。逆に言えば、そういう覚悟を要求される仕事が軍人だ」
「…………」
「見殺しにされた部隊は悲惨だ。だが、見捨てた指揮官も辛いのだ。そういう状況にならないよう最善を尽くすのが指揮官の仕事だと覚えておけよ」

 ナタルの言葉に、フレイは小さく首を横に振って拒絶の意思を見せた。彼女の常識からすれば、部下を見捨てることを、上官に見捨てられる事を考えた事は無い。マリューは絶対に自分を見捨てはしないだろうし、キラやトールは必ず助けてくれると半ば信じている。
 だが、ナタルからすれば作戦の必要があれば見捨てられる可能性は常に存在するというのだろうか。もしそうなら、自分達も切り捨てられる日が来るのだろうか。

 この疑問に対して、ナタルは遂に答えてはくれなかった。それは士官なら誰もがいつか決断しなくてはいけないかもしれず、同時に最も決断したくない事である。それはナタルのようなエリート軍人であっても変わりはしない。


 アークエンジェルから少し飛んだフレイは105ダガーを着地させると、機体を屈ませて右掌をコクピットと地上の中間に持ってきて、降り易い状態を作った。そしてそのまま暫く待っていると、小島にポツンと立てられていた一階平屋建てのコンクリート製の建物から人が出てきた。人数は6人。うち3人が武装しているのが見て取れる。
 ナタルはそれを見てフレイにコクピットを開けるように指示した。フレイは気が進まないようだったが、言われた通りコクピットを開けた。ナタルはそこから外に出て右手に乗った後、コクピットの中のフレイを見た。

「フレイ、私を降ろしたら直ぐにコクピットを閉めておけ。万が一ということもある」
「は、はい」

 言われたフレイは真顔で答えると、心配そうな顔でナタルを地上に降ろした。ナタルは105ダガーの右手が地上に付いた所で地面に降り、そしてコクピットの方を見る。フレイはまだ心配そうにこちらを見ていたが、言われた通りコクピットを閉じたのを確認して交渉相手に向き直った。
 相手はいずれも20代の青年で、3人は突撃銃で武装しているが、残る3人は一見何も持っていないように見える。その何も持っていない青年の1人が話しかけてきた。

「連合軍の戦艦が、こんな所まで来るとはね」
「遭難者を救助しただけです」
「遭難者と引き換えに水を要求しに来た、だろう?」

 足元を見るかのような男の言動にナタルは不快感を覚えたが、それを必死に表に出さないよう表情を作って話を続ける。

「それで、そちらは水を提供してくれるのですか?」
「まあ、提供しても良いんだがな。こっちとしてはあんた達に別の頼みごとがあるんだがね」
「頼みごと?」

 ナタルは眉を顰めたが、その時いきなり男たちの背後に居た銃を持った男達が、それまで下げていた銃口をこちらに向けてきた。それを見たナタルが僅かに身を硬くし、表情に焦りを浮かべる。

「どういうつもりだ。こちらにはアーシャ・マクラレンも居るんだぞ」
「小娘1人くらい、俺たちには関係ないのさ。いや、寧ろ小娘1人で戦艦1隻が手に入るなら格安だぜ」

 どうにもこの男たちの言動はおかしい。ナタルはようやく目の前の男たちの言葉から最初から交渉をする気などではなく、自分を人質にするつもりだったのだと悟った。だが、それは彼らに何の利益ももたらさない筈だ。いや、それどころかアークエンジェルの報復を招いて海底都市を破壊されてしまうだろう。
 キースはここの指導者は思慮深い人物だと言っていた。だが、今の彼らの行動は思慮深いどころか、明らかに最初から自分たちに敵対しようとしている事が伺えるものだ。キースの人物観が間違っていたのか、それとも何か自分たちの予想を超える事態が先方に起きていたのか。

「戦艦が手に入るだと? 私を捉えたくらいで、アークエンジェルが奪えるとでも思うのか?」
「それを決めるのはお宅の艦長さんだ。あんたじゃない」

 男はナタルを小馬鹿にする態度を崩さない。だが、この場で有利なのは背後にMSが居る自分の方のはずだ。彼らにもそれくらいは分かっている筈なのだが。
 そこまで考えて、唐突にナタルは1つの可能性に気付いた。

「まさか……いかん、フレイッ!」

 ナタルは大声を上げて振り返ったが、その時いきなり周囲の海面が盛り上がって6機のグーンやゾノが姿を現した。フレイの105ダガーはまだ膝を折った状態であった為に即座にこれに反応する事が出来ず、立ち上がってライフルとシールドを構えた時には完全に包囲されてしまっていた。

「な、何よ、いきなり!?」

 フレイは手近な1機に照準を合わせて即座にトリガーを引いた。撃ち出されたビームの粒子がそこに居たゾノの機体を捉え、一撃で破壊してしまう。それを見て周囲の機体がミサイルやフォノンメーザーを放ってきたが当たらず、フレイは105ダガーのフライトパックの推力にものを言わせてダッシュをかけ、適当に選んだグーンに体当たりをかけて転倒させ、そのまま機体の背後に回りこんで足にビームを撃ち込んで破壊した上で盾代わりにした。
 この強さに周囲のMSたちは驚いたように動きを止めてしまい、膠着状態になってしまった。フレイにしてみてもグーンを盾にしたまま次の攻撃に移れないで居る。
 だが、その頃には105ダガーに振り向いていたナタルはいきなり背後から体を拘束されてしまい、身動きが取れなくさせられていた。

「き、貴様ら、一体?」
「おっと、下手に暴れない方が良いぜ。何、大人しくしてくれてりゃ危害は加えねえ。人質は無事でないと価値が無いからな」

 そう言って男は拳銃を抜くと、ナタルに突きつけて105ダガーを見た。

「おい、MSのパイロット。この美人の姉さんがここでざくろみたいになるのを見たくなかったら、今すぐ機体を止めて降りてきな!」

 その声に105ダガーの頭部がナタルの方に向けられ、そして暫し時間が過ぎる。恐らくフレイは迷っているのだろう。ナタルはそのフレイの内心を察し、決意を込めた目で大声を出した。

「何をしてるアルスター少尉、私に構わず敵を殲滅しろ!」
「手前、余計な事言うんじゃねえ!」

 男は銃のグリップでナタルの顔を殴りつけた。その衝撃でナタルは地面に転がされ、その脇腹に男が足を乗せる。

「おいパイロット。どうするんだ?」

 男はナタルに銃を向けてもう一度フレイに聞いてきた。フレイはまだ迷っていたが、ナタルを見捨てることが出来ず、とうとう機体を屈ませてコクピットから降りてきてしまった。それを見たナタルはまた大声を上げようとしたが、それに感づいた男が足に力を込めてきたせいで悲鳴になってしまった。
 降りてきたフレイはヘルメットを脱ぐと、キッと男を睨んだ。

「降りたわよ。ナタルさんを離して!」
「……こいつは驚いたな。あんな凄い動きをするパイロットが、まさかこんなお嬢ちゃんとは」

 男は降りてきたフレイを見て驚き、呆れたように顔をした。だが、そんな男にナタルは忌々しげに声をかけた。

「貴様、これからどうするつもりだ?」
「とりあえず、あの戦艦にはここから離れてもらう。主砲を向けられたままじゃおちおち交渉もできねえだろ?」
「…………」
「おお怖、美人が睨むと迫力がありすぎるね」

 ナタルに睨まれた男はおどけて肩を竦めて見せたが、直ぐに周囲の男たちに目配せして2人を連れて行った。そして男は105ダガーのコクピットに入ると、通信機を操作してアークエンジェルに回線を繋いだ。

「もしもし、聞こえますか〜?」
「貴方、ナタルとアルスター少尉をどうしたの!?」
「あんたが艦長さんだな。2人はこっちで暫く預からせてもらうよ。何、そちらが大人しく退いてくれれば危害は加えないから安心してくれ。ちゃんとVIP待遇で歓待してやるからよ」
「2人を返しなさい!」
「そいつはそっちがここから離れた後だ。俺たちにもそれなりの要求があるんだが、その怖い大砲を向けられてちゃ落ち着いて話も出来ないだろ?」
「くっ」

 フレイの105ダガーが包囲されたのを見てマリューはゴッドフリートを出していたのだが、照準をつける前に事態は最悪の方向に転んでしまったので撃つタイミングを逃してしまったのだ。
 仕方無さそうに艦内に格納されたゴッドフリートを見て、男は満足げに頷いた。

「結構。話の分かる艦長さんで助かるよ」
「……2人は、何時解放されるの?」
「さっきも言ったとおり、そっちがここから離れた後、改めて交渉するさ。じゃあな」
「ま、待ちなさい。貴方たちは一体何者なの! 何故アルビムが私たちに敵対行動を!?」

 このマリューの問いに男は暫し悩んだが、まあいいかという感じで答えだした。

「残念だけど、あんたの予想は外れだね。俺たちはアルビムじゃなく、ザフトの脱走兵だったりするんだな」
「ザフト!?」
「そう。俺たちがここを制圧したのは一昨日だったんだが、まさか連合の戦艦が来るとは夢にも思わなかったよ。だがまあ、結果としては万事めでたしめでたしな訳だ」
「…………」
「さてと、そろそろお引取り願おうか。また明日にでもこっちから連絡をするから、話はまたその時にだ。ああそうそう、俺はハダト・ハルボーンだ」

 それだけ言って男は通信を切った。アークエンジェルはまだ暫くその場に留まっていたが、内部での相談が終わったのか、渋々とこの場から離れていく。それを見送ったハダトは、105ダガーの上で心底楽しそうな笑い声を上げだした。






 後世において多くの戦史研究者達が曰く、イザーク・ジュールは幸運の女神に好かれていた。
 本人には、また周囲の者達にはまた別の感想があるだろうが、結果だけを見るとイザークは確かにツイていた。カーペンタリアを出撃したイザークのアースロイルは、アークエンジェルに関する情報を得られぬままにこれといった定見もなく東南アジアの海をうろついていたのだが、何とアークエンジェルとアルビムの通信を傍受する事に成功したのである。
 この事を知らされたイザークは艦橋にやって来て通信士にどういうことかを問い掛けた。

「足つきと、アルビムが話してるだと!?」
「間違いありません。今スピーカーに出します」

 少しして艦橋内に音声が響いた。女性の声と男の声が何事かを言い合っている。それはどうも対立しているようであったが、アルスター少尉という部分にイザークとエルフィ、フィリスが反応してしまった。エルフィがコソコソとフィリスの傍によってくる。

「フィリスさん、アルスター少尉って、もしかして……」
「多分、フレイさんの事でしょうね。でもアルビムがどうして連合と敵対を」

 フィリスはフムッと唸って考え込んでしまった。彼女はこの艦内で一番知識が豊富な人間で、アルビムという組織に付いてもある程度の事は知っている。この組織がコーディネイターが集って出来た共同体のような物で、国家規模の組織である事。そして彼らは地球連合にもプラントにも協力せず、独自の方針を貫いている事も知っていたが、地球に住んでいる関係から連合諸国と摩擦を越すような行為は避けているという事も知っていたのだ。
 その悩んでいるフィリスに、ディアッカが困惑した顔を向けてくる。

「なあフィリス、ちょっといいか」
「……あ、はい、なんですかディアッカさん?」
「あのさあ、アルビムって何だ?」
「……あのですね、ディアッカさん。仮にも赤を着る者がそれでは、周囲に示しがつかないでしょう。そうですよねジュール隊長?」

 そう言ってフィリスはイザークを見たが、何故かイザークもディアッカと同じ顔をしてこっちを見ていた。ついでにミゲルとジャック、シホもこっちを見ている。どうやら知っているのはエルフィだけらしい。まあシホは任官したてなのでまだ許せるが、こいつら一体カーペンタリアでこれまで何していたのだ?
 フィリスは頭痛のしてきた頭を右手で押さえると、近くの壁にひたっと左手を付いて自分の中に閉じこもってしまった。それを見たエルフィは「あははは……」と乾いた笑いを漏らし、仕方無さそうに全員に説明を始めた。

「アルビムというのは、プラントの退去勧告に従わず、地球に潜伏を続けるコーディネイターの武装集団の1つなんです。この人たちはこの東南アジアを中心に活動していて、連合に対しては中立を、私達には敵対的な行動をとり続けています。実際、ザフトと幾度か交戦した事もあります」
「なるほど、そんな奴らがいたのか」
「でも、所詮海賊モドキだろ。そんな奴ら、さっさと片付けりゃ良いじゃないの」

 イザークが納得して頷き、ディアッカが好戦的な事を口にする。このディアッカの発言にはミゲルとジャックも同感だと頷いたが、エルフィはそれに異議を唱えた。

「それは危険ですよ。武装集団といっても、その規模は下手な国家並です。私達だけじゃ返り討ちですよ。カーペンタリア司令部も下手に手を出して刺激するよりは、無視するという方針を採ってますし。まあ正規軍じゃないですから、技量は大した事無いでしょうが」
「そんなに強いのか?」
「はい。何しろ相当数のMSを装備していますから。どうやらジャンク屋から購入しているようでして。プラント本国はジャンク屋組合に激しい抗議をしていますが、組合はサルベージした物の権利は自分達にあるから、それをどう処理しようが文句を言われる筋合いはないと突っ撥ねてるそうです」
「ふざけた連中だな。武器横流ししてるのかよ」

 エルフィの話にミゲルは呆れ果ててしまった。この手の死の商人は世界中に存在しており、根絶するのは不可能だ。中立国のオーブのように、連合とプラントの双方に武器を売って利益を上げているような国家もある。ジャンク屋ギルドもそのような組織の1つではあるのだが、拾った武器を直して武装集団のような危険な連中に流すというのは、かなり悪質な行為である。
 その時、ジャンク屋ギルドを批判するエルフィの発言にフィリスが一瞬目を剥いたが、すぐに意気消沈して肩を落とすという奇妙な動きを見せていた、それを見たミゲルは怪訝そうに眉を顰めたが、特に追求したりはせず、エルフィの話の方に戻っていった。

 結局アークエンジェルとアルビムの通信は5分ほどにも及んだが、そこから得られた情報はイザークたちにとって計り知れない価値を持っていた。

「まさか、ハルボーン隊がこんな所に居たとはな」

 通信に出てきたハダト・ハルボーンという名にイザークは顔を顰めている。

「カーペンタリア基地に所属していた素行不良部隊で、1ヶ月前にザフトを脱走して部隊ごと姿を眩ませたと聞いていたが、こんな所で悪さをしていたわけか」
「どうするんだ、イザーク。俺たちは足つきを叩く? それともハルボーンを始末する?」

 ディアッカがイザークに今後の方針を問うてくる。それによって今後どっちを優先して始末するかが決まるからだ。しかし、この時イザークはディアッカに問われるまでもなくその答えを出していた。

「ディアッカ、お前は味方を裏切って逃げ出すような恥知らずと、単艦でザフトの部隊を連破する連中、どっちが気に食わない?」

 その問い掛けに、ディアッカは頭を左右に振って降参の意を示した。アークエンジェルはいまやザフトにとって憎むべき仇敵ではあるのだが、その実力には一定の敬意が払われているのも確かである。ジュール隊の任務は確かにアークエンジェルの捕捉撃滅ではあるが、目の前に脱走部隊が居るとなればとりあえずそちらの始末が優先される。何より、このハルボーンという男はそれなりの上級士官で、ザフトの重要情報を握っている。そんな男を野放しにしておくわけにはいかなかった。

「おそらく足付きは捕まった連中の救出作戦を行う筈だ。俺たちは足付きを利用してハルボーンを叩き潰すぞ」
「そう上手くいくかね?」
「……上手くいかせるんだよ、ディアッカ」

 ディアッカの疑問にはっきりと答えると、イザークはフィリスの方に顔を向けた。

「フィリス、進路をアルビムとやらに向けろ、それと、積んできたゾノを出せるようにしておくんだ」
「ゾノで出られると?」
「デュエルじゃ水中戦は出来んからな」

 それだけ言ってイザークは艦橋から出て行った。それを見て他の者たちも用が無いのでさっさと艦橋を離れていく。それを見送ったエルフィとフィリスは、ちょっとだけ困った顔を見合わせた。

「フィリスさん、フレイさんを助けられないですか?」
「残念ですが、ジュール隊長の出方次第としか言えないです」

 手元にはゾノは1機しかない。それをイザークが使うなら、他の者は艦で待機ということになってしまうだろう。そうなれば自分達に出来る事は無いのだ。エルフィにもそれは分かるだけに、無力感を漂わせて肩を落としてしまった。






 島から後退したアークエンジェルは近くの小島に艦を下ろすと、近くの味方に助けを求めるよう艦橋に指示を出して、士官だけでこれからどうするかを話し合った。作戦室に士官6人と正体が割れたことで駆り出されたキサカを交えた7人で今後の事を話し合っている。

「ナタルとアルスター少尉、どちらも艦の運営には欠かせない人材だわ。なんとしても救出しないと」
「でもどうするの。流石に相手が海底じゃ俺たちには打つ手無しだぜ」

 マリューの言葉にフラガが困り果てた顔で返す。実際、アークエンジェルには海中を行動するような装備はない。またアークエンジェルには白兵戦の経験者は少なく、突入部隊を編成するのもままならない。こうなるとインドで降ろした機械化大隊の歩兵部隊が惜しんでしまうが、無いものねだりをしていても仕方がないので話を再会する。

「彼らの要求はまだ分からないけど、何かアーモニアに潜入する手段はないかしら?」
「……無い事も、ないんです」

 このマリューの問いにキラが気がすすまなそうな顔で答えた。だが、それを聞いた全員が驚いた顔でキラを見る。

「どういうこと、ヤマト少尉?」
「実は、その、マードックさんがマドラスで使わない物を適当に貰って積み込んでたんですが」
「空き部屋が埋ってたのはそのせいか」

 それを聞いたキースが納得して頷いた。

「その中に、失敗作とか言う水中行動パックがあるんです。流石に水中で戦闘できるような代物じゃないそうですが、移動するだけならできるそうです」
「それだけじゃ意味がないだろ。向こうにはゾノやグーンが居るんだから、それじゃ近づけない」
「ブリッツでもあれば、ミラージュコロイドで近づけるんですけど」

 フラガが困った顔で否定し、マリューも肩を落としてしまう。これで八方塞がりだ。しかし、そんなマリューにキサカが1つの提案をしてきた。

「待って頂きたい。その装備を使えば、アーモニアの近くまでは運べる訳ですな?」
「まあ、そうですけど」
「なら話は早い。ストライクに傍まで運んでもらい、後はダイバー装備で施設に取り付きましょう」
「ダイバー装備で?」
「はい。私はこういう作戦に従事した事もありますから、やれますよ。ああ、ハッチを開放する為にコードブレイカーを貸して頂きたい。それと装備を一式」

 キサカの話を聞いてマリューとフラガは顔を見合わせた。MSで歩兵を運ぶなど考えた事も無かったからだ。だがそれを聞いたキースはなるほどと頷いた。

「それしかないか。では俺も参加させてもらう。こう見えても歩兵戦の経験もある」
「では、艦の警備兵も出しましょう。数は少しでも多い方が良いでしょうし」

 キサカとキースがいくと言うので、マリューもこの話に乗り気になってくれた。しかし、この作戦にはストライクが近くまで彼らを運ぶ事が大前提となるのだが、これを相談されたマードックは頭を横に振って無理だと言ってきた。

「そいつは無理ですぜ。あれは海の中を移動できるだけで、戦闘に使える代物じゃありません」
「それは分かっています。私は、これで近くまで運べるのかを聞いているんです」
「それも難しいですね。こいつを運ぶとなると当然隠密行動となるんでしょうが、水中パックはかなり大きな音を立てますからね。直ぐにソナーでばれちまいます」

 マードックの言葉にキサカとキースは露骨にがっかりしてしまった。さすがに専門家の意見とあっては無視するわけにもいかない。これはまた会議は振り出しに戻ってしまうのだろうかと誰もが思った時、艦橋からチャンドラが内線を入れてきた。

「艦長。近くの友軍がこちらの要請に応えて来てくれました」
「本当に?」
「はい。もう直ぐこちらに到着すると言ってます」
「分かったわ。私が直接会います」

 そう言って艦橋からの内線を切ると、マリューはその場にいる全員の顔を見た。

「どうも、近くの友軍が来てくれたみたいです。これで少しは糸口が掴めるかもしれません」
「そう願いたいね。流石にこういうのは俺たちの専門じゃない」

 マリューの期待に満ちた声に、フラガはやれやれと応じた。いかにエンディミオンの鷹などと言われていても、戦闘機パイロットは映画に出てくる超人コマンドではないのだ。敵地への単身潜入して人質を救出する自身など何処にも無い。キースにしても歩兵戦闘の経験はあっても、流石にコマンドモドキをしたことはないので歩兵以上ではない。頼れるのはキサカただ1人だったろう。
 しかし、この合流した友軍というのが、アークエンジェル隊にとって救いと騒動を同時にもたらす存在になろうとは、流石に誰も想像できなかった。




後書き

ジム改 攫われた2人を助ける事は出来るのか!?
カガリ 期待の星はイザークか、それとも援軍なのか!?
ジム改 ……2人が知恵と勇気で自力で脱出してきたりして。
カガリ それじゃ私の活躍するシーンがなくなるから却下だ。
ジム改 そんな理由かよ。でも残念ながら、次回のメインはお前じゃない。
カガリ 何だと?
ジム改 次回のメインは、大人たちなのだ!
カガリ ……大人?
ジム改 あと、珍しい事にキラもフレイも関係ないところから騒動が発生したりする。
カガリ なんと?
ジム改 別にカガリのスキャンダルではないから安心しろ。
カガリ スキャンダルって、私は何なんだよ?
ジム改 放蕩王女。
カガリ …………。
ジム改 そんな今更のように落ち込まなくても。
カガリ ふう、まさか過去の所業のせいでマスコミを恐れる日が来るとは。
ジム改 『衝撃、カガリ王女が戦中にゲリラに参加していた事が発覚』とか?
カガリ あああ、私の人生はマスコミを喜ばせるネタで満ち溢れている!
ジム改 英雄の人生なんてそんな物だよ。歴史上には逃げる為に自分の赤ん坊を投げ捨た英雄も居る。
カガリ シクシクシク。
ジム改 では次回、パトリックを狙う暗殺の手がアスランさえも巻き込んでしまう事に。『独裁者の正義』でお会いしましょう。


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