第69章 独裁者の正義




 久しぶりにプラントに戻ってきたアスランとニコルは、宇宙港から無人タクシーを使ってパトリックの待つ最高評議会ビルに向うのだが、用があるのはアスランだけなので、ニコルはここで分かれてザフト統合作戦本部に書類を提出した後は実家に帰って骨休みという事になっている。
 だが、ニコルが評議会ビルにまで付き合うと言って一緒の無人タクシーに乗ってきたのだが、そこから見える街の様子と、プラントの中に漂う妙な緊張感に眉を顰めてしまった。

「なんですかね、この感じは?」
「街にも全体的に活気が無いようだな。何があったというんだ?」

 前にプラントに戻った時とは様子が違いすぎる。前はもっと活気があったし、もっと明るい雰囲気だったはずだ。それがどうしてこうも落ち込んでいるのだろうか。
 その答えは、2人が最高評議会ビルに着いた所で知る事が出来た。2人がビルの前で無人タクシーを降りたところで、丁度パトリックの側近であるユウキ隊長を捕まえる事が出来たのだ。

「ユウキ隊長!」
「アスラン・ザラ。それにニコル・アルマフィも。戻ってきたのか?」
「はい、父の命令を受けまして」

 アスランとニコルはユウキに挨拶をして、そしてこの街の様子がおかしい事の理由を尋ねた。ユウキはそれを聞くと表情を暗くし、周囲を憚るように声を潜めて教えてくれたのだが、それは2人を驚かせるに足る物だった。
 ようするに、地球とプラント間の輸送路が連合の通商破壊戦で寸断され気味なために物資が入って来なくなったので、プラント内に深刻な物資不足が起きているのだ。プラントは元々工業コロニーなので工業製品を作るのには問題ないのだが、水と食料に関しては輸入に頼っている。特に水は解決する方法が無い貴重な必需品だ。また、工業生産でも地球でしか産出しない原料は供給が途絶えている為、完全というわけではない
 これまではこれ等の物資を親プラント国家から購入し、完全に近い制宙権を握っていた事もあって安全にプラントまで運ぶ事が出来ていたのだが、最近は通商破壊戦を受けてこれ等の物資が計画どおりに届かなくなり、物価が上昇してきているのだ。
 更に戦局の悪化がプラントの社会に暗い影を投げ掛けてもいる。兵役年齢は下限が14歳まで下げられ、ザフト全体の将兵の質の技術とモラルの低下も問題となってきている。これまでは暴走したといってもナチュラルだけに向けられており、その矛先がプラントに住むコーディネイターに向けられる事は無かったのだが、訓練期間の短縮によって質の低下した兵士達は「俺たちが守ってやっているんだ」と傲慢な考えを抱くようになり、国内にさえも問題を生み出す存在となってきている。
 軍人教育が他に類を見ないほどに厳しいのはこういう馬鹿が出ないようにする為でもあるのだが、その時間を削って戦闘技術を叩き込むので問題兵士が大量生産される事態を招いているのだ。その上短期育成なので技量は未熟であり、開戦期に居た兵士達のような能力を期待する事は出来ない。
 これが連合軍なら予備役を招集すれば済む事で、蓄積されたノウハウと教育マニュアルによって兵士の教育も効率的に行えるのだが、全てが急造組織のザフトにはその蓄積が無いのだ。その為に大量消耗戦には対応する事が出来ないでいる。これはプラントというコーディネイター社会そのものに原因があるため、根本的な解決は不可能に近い。かつてアメリカと戦った日本が陥った罠にプラントも嵌っているのだ。幾ら組織として優れていても、所詮は建国されて数十年の新興国なのである。




 評議会ビルの前でニコルと別れたアスランはユウキと共にパトリックの執務室に向かったのだが、その道中でこのような事を聞かされて流石に表情を暗くしてしまっていた。

「まあ、せめてもの救いは未だに前線部隊はナチュラルに対して優勢だという事くらいだな」
「優勢、ですって?」

 その言葉にアスランは驚いてしまった。プラント本国には地球各地でザフトが苦戦を強いられてきているという事を知らされていないのだろうか。その事を問われたユウキは驚きを浮かべてアスランに問い返してきた。

「苦戦しているだと?」
「はい。先にモラシム隊長がマドラスを攻撃しましたが、結果は痛み分けのような形で終わりました。さらにクルーゼ隊長もインド北部を巡る戦いで少なくない損害を出しているようですし」
「……ふむ、前線部隊はこちらに正確な情報を送ってきていない、という事なのか。それとも本当に大丈夫だと思っているのか。いずれにしても、これは無視できる情報ではないな」

 ユウキはアスランの報告に謝辞を述べると、事態の早急な把握に努める事を約束した。アスランはそれに対して照れ笑いを浮かべはしたが、内心では薄ら寒い物を感じていた。前線部隊がプラント本国に失態などの情報を隠して景気の良い話ばかり送っているとすれば、本国の連中は未だに事態の深刻さを把握できていないのではないのか、と。

 そしてやっと議長オフィスに到着したアスランは、扉をノックして中へ入った。そこではパトリックが膨大な量の書類を平然と、しかも物凄い速さで処理していく姿があり、本当に人間かと疑ってしまったりしてしまった。
 そしてペンと動かす手を止めたパトリックは、厳しい顔付きのままでアスランを見てきた。

「戻ったか。早かったな、アスラン」
「はっ、ザラ議長閣下」

 アスランはその場で最敬礼を施した、今の目の前の男は父ではなく、最高評議会議長なのだ。それに対して礼を失する事があってはならない。
 パトリックはアスランの敬礼に鷹揚に頷くと、右手を軽く上げて楽にするように言った。

「アスラン、お前から送られたレポートは一通り読ませてもらったが、正直信じ難い内容だった。ストライクのパイロットがコーディネイターだという事はまだしも、ナチュラルのパイロットが我々コーディネイターを超えていると言うのか?」
「少なくとも、あの足付きのパイロットはそうです。これに関してはイザーク、ディアッカ、ニコル、ミゲルといった歴戦のパイロット達も同様の見解に達しています」
「ふむ、ナチュラルにも稀にコーディネイターに匹敵する能力を部分的に持つ者が居るとは聞いた事があるが、そのようなものが集まっているという事か」

 パトリックは面白く無さそうな表情で呟いた。彼はコーディネイター至上主義者なので、ナチュラルがコーディネイターと互角以上に戦えるという事実は認め難い物があるのだ。

 その後一通りの報告を受けたパトリックは、アスランが持参してきた戦力要求の書類に目を通した後にサインをし、ユウキに手渡して席から立ち上がった。そろそろ演説に行かなくてはならないのだ。プラント内で事実上の独裁権力を握っているパトリックではあるが、それだけにやらなくてはならない仕事は山ほどある。独裁者とは休暇とは無縁の立場なのだ。
 アスランは本来ならここで別れて統合作戦本部に顔を出さなくてはならないのだが、これをユウキが呼び止めた。そしてパトリックに向ってアスランを同行させないかと提案したのである。パトリックはこの提案に眉を顰めたが、アスランに良い経験となるのではないかという提案に少し考えてしまった。アスランには何のことか分からない様子であったが、暫くしてパトリックが頷き、アスランも演説に同行することになった。

 演説会場に向う途中の地上車で向かい合った2人は、完全な遮音空間の中でようやく普通に話しをしだした。

「ところで、地球の事だが、率直に聞かせて欲しいのだがな。お前の目から見て、地上軍は勝てそうか?」
「…………」
「先ほどユウキ君からも報告を受けたが、地上軍の実情とこちらに上がってきている報告とには差があるということだった。こちらには地上軍はまだ優勢を保てていると報告が上がってきているのだが、そうではないのか?」
「私の周辺が殊更大きな損害を出しているということかもしれませんが、決して優勢を言えるような状況ではないかと」
「それほど大きな損害を出しているのか。ここ最近になって兵員補充の要請が急激に増えてきているのが気掛かりではあったのだが」
「ユウキ隊長から聞きましたが、本国の方がすでに悲鳴を上げていたとは思いませんでした。まだ余裕があるとばかり」
「いや、もう戦前に作成していた戦争計画は崩壊している。国内には兵役適齢者は殆ど残っておらず、国内を支えているのは30代以上の者ばかりだ。このままでは遠からずプラントはナチュラルに滅ぼされるのではなく、内部から自壊してしまうだろう。国内には私への不満も強まっているようで、幾つかの反抗勢力も生まれているようだ」

 パトリックはその強行派というイメージを最大限に利用して、プラント内で独裁とも言えるほどの強権を握っている。その権勢は既に並ぶ者が無く、かつてパトリックのライバルと言われていたシーゲルが失脚した事で独裁とも言える状態が生まれてしまったのだ。国内には彼を脅かすような政治家はもう存在していない。
 だが、それがいけなかったのだろう。今のパトリックは政敵の追い落とし工作よりも、未だに正体が判明しない謎のテロ組織の襲撃を気にしなくてはいけない身となってしまっている。既に彼は複数回に渡る襲撃を受けており、彼自身は無傷で済んだものの、護衛のSPや無関係な民間人が大勢犠牲になっている。
 このテロ組織がザフト製の武器を使っている事は分かっており、ザフトと何らかの繋がりがあるのではないかと推察されてはいるのだが、この戦争状態ではザフトの武器が何処から流れているのかなど調べるのは不可能に近い。たんにジャンク屋が戦場からサルベージした武器を購入して使っているだけかもしれないのだから。

 これ等の事情をアスランに伝えたパトリックは、些か気の進まない表情で別の事を伝えだした。

「アスラン、実はお前に任せたい仕事がある」
「仕事?」
「うむ。今の所お前は足つき追撃部隊を指揮しているが、この作戦が終わったら私直属の特務隊を纏めてもらいたいのだ」
「直属の特務隊、ですか?」
「ああ。この部隊は前に教えた核動力MSとその運用艦で編成される部隊だ。当然通常のザフト指揮系統からは外れる事になるが」

 パトリックの言葉にアスランは困惑した顔になった。何故ザフトの指揮系統から外れて議長直属などという形をとるのだ。その疑問に対し、パトリックはますます渋面を作る事になる。

「こんな事を言えばお前は気を悪くするかもしれんが、私はこれほどの力をザフトの自由にさせる事に不安を感じているのだ」
「それは、ザフトを信用していないということですか?」
「自分で作った組織を信用できないというのも妙な話だが、開戦以来の不祥事の数々を考えると、これほどの力を一箇所に集める事には不安を感じるのだ。もしこの力を持った指揮官が暴走すれば、どうなると思う?」

 パトリックの問いにアスランは沈黙してしまった。ビクトリアの例を見るまでも無く、地上に降りたザフトの蛮行は数える気にもならないほどだ。地球降下直後には指揮官の独断で化学兵器が投入された事までがある。この事件以降、最高評議会は全ての生物・化学兵器の使用を厳禁し、配備されている全ての兵器をザフトから剥奪し、厳重な管理下においてしまった。
 パトリックはこれ等の暴走が核動力MSによって繰り返される事を恐れていた。この核動力機はその気になれば自爆させる事も出来る。これまで封印されてきた筈の核攻撃が可能となってしまうのだ。それも今度はナチュラルではなく、自分たちが使用する事になる。
 アティラウに対する化学兵器の使用で中立国がプラントに対して激しい非難を来ない、幾つかの国が連合に組してプラントに宣戦布告してきた事例を考えれば、1度の核攻撃が地球に残っている全ての中立国を敵に回す災厄ともなりかねない。それどころか、現在自分たちに協力してくれている親プラント国家も敵に回す危険があった。
 いくら戦術的に有利になるとはいえ、NBC兵器の使用とはそれ程のデメリットをもたらすのだ。しかもその兵器を使用した土地は暫く利用不可能となるため、戦争を起こす理由その物が失われてしまう。戦争とは自国の利益の為にするものであって、ただ全てを破壊するなどという理由で起こすものではないのだから。

 今回のプラントの戦争理由はプラントの独立と地球国家群と対等の立場の手に入れることであり、地球を死の星に変える事ではない。第一、そんな事をすれば水や食料の供給が断たれ、プラントも一緒に滅びてしまう。食料とは直ぐに増産できるものではないのだから。
 その意味からもパトリックは核動力MSを全て自分の管理下に置こうとしていたのだ。そしてそれを信頼しているアスランに預け、暴走の危険を少しでも減らす。政敵からは軍事独裁政権と化す気かとか、身内贔屓の人事だと叩かれるだろうが、その辺りはのらりくらりと誤魔化すしかない。

 そしてようやくパトリックの乗った車は演説会上である ニュースタンレイ自治記念会館へとやってきた。ここには今日の演説に10万の市民が集っており、警察が必死の形相で誘導に当たっている。
 この会館はプラントの自治政府誕生を祝して建設された記念館で、こういった公務で使われる他にもさまざまなイベント会場として提供されている。
 パトリックの地上車はSPたちを乗せた護衛の車2台が先に駐車場に入って周辺を警戒した後で駐車場に止められた。そこは周辺から建物や樹木で隠れるような場所になっており、狙撃が著しく困難な位置にある。パトリックを護衛しているSPは一見すると16人であるが、実際には数百人の護衛がこの周辺にあるビルなどを監視しており、不審者を寄せ付けないようにしている。暗殺とは確かに防ぎ難いものであるが、防ぎ難いと分かっているからこそ万全の警備体制を敷く。暗殺者はこの警備を潜り抜けなくてはならないため、暗殺をする側もまた困難を極めるのである。
 車を降りたパトリックとアスランは護衛の車から降りてきたユウキに先導されながら海上へと足を運んだ。勿論その途中もわざわざ設置しておいた一見無駄としか思えないオブジェの影となっている。そして会場内に入ったパトリックは、そのまま真っ直ぐに演台のあるホールに向かって歩き出し、舞台の袖までやってきた。そこにはもう側近たちが控えていて今回の演説のスケジュールの最終確認などをしている。
 パトリックの出番はまだ少し先なので、暫し休憩室で待機する事になった。すると、ユウキが何処からか持って来たパイプ椅子をパトリックの傍に置いて座るように勧めた。パトリックはそれを誇示したが、ユウキが立っていられてもやる事はないからと強引に座らせてしまった。
 アスランは2人のやりとりを見て、珍しく押しが強かったユウキに少し驚き、パトリックから少し離れたところでそっと声をかけた。

「ユウキ隊長、どうして父を座らせたんです?」
「ああ、その事か。議長は働き過ぎなんだ。どこかで無理にでも休ませないと倒れてしまうのではないかと、我々は心配でならんのだよ」
「父は、そんなに無理を重ねているのですか?」
「一日の睡眠時間は4時間程度でしかない。これで日々の激務をこなしているのだから、疲労が体を蝕んでいる筈なのだ。疲労を忘れる為の飲酒もだんだんと量が増えているようだしな」

 ユウキの言葉に、アスランは振り返って父の姿を見た。そこには疲労など微塵も感じさせない指導者の姿がある。その姿を見る限りでは到底ユウキの言っている事を信じる事など出来ないのだが、ユウキはこういう悪質な冗談を言うような性格ではない。ならば、パトリックは疲労を表に出さないようにしているという事だろうか。

「顔色は良いようですが?」
「薬で誤魔化しているんだ。体の方はもうボロボロだよ」

 そこまでしないと運営できないほどに戦時の指導者というのは激務なのだ。歴史上でも戦争中は辣腕を振るった首相や高級軍人が、終戦に伴って健康の悪化を理由に引退する事は多い。パトリックはプラント独立の元勲の1人であるだけに、押しかかる市民の期待という重圧は想像を絶するものがある。
 そのような状態でこのような演説をしなくてはならないのかと思うと、アスランは父がいっそ可哀想にさえ思えてきた。ユニウス7で母レノアが死んだ後は昔以上の強攻策を主張し、仕事一筋になったが、それは復讐心以外にも妻を亡くした苦しみから逃れたいという一面もあったのだろう。

 そして、とうとうパトリックの演説の時がきた。案内役からその事を伝えられたパトリックは頷いて椅子から立ち上がると、そして案内されて壇上に赴こうと歩き出そうとした時、アスランの視界がいきなり白く染まった。そして衝撃と轟音がアスランを襲い、暫し何も聞こえなくなってしまう。


 それからどれほど時が立ったのか、気が付いて薄目を開けると、それまでSPや政府の要人などがいた休憩室や通路の様子が一変しており、大勢の人が倒れ、爆薬の臭気が室内に満ちている。その光景に呆然としながらもアスランは体を越そうとしたのだが、上手く立つ事が出来なかった。どうやら爆発の衝撃と轟音で三半規管がパニックを起こしているらしい。まだ耳が良く聞こえないのが影響しているのだろう。
 そこまで来てようやくアスランはそれまで話していたユウキと、歩き出そうとしていた父のことを思い出した。あの2人はどうなったのだ。

「ち、父上は、何処に?」

 アスランはふらつく頭で室内を見回そうとして、ようやく自分のすぐ傍に一人の男が立っているのに気付いた。その男は自分の前で何事もなかったかのように2本の足で立ち、身振りを交えて駆けつけてきた人間に指示を出している。それが父、パトリック・ザラだと理解するまでにアスランは暫しの時を必要とした。
 パトリックもアスランが目を覚ましたのに気付いたのか、アスランの前で膝を折って視線を同じ位置に持って来た。右手で息子の頬を3回軽く叩いて気付けをしてくる。声は聞き取り難いが、何とか聞く事が出来た。

「アスラン、大丈夫か?」
「ち、父上は、御無事ですか?」
「ああ。どうやら私の運はまだ尽きていないらしい。それよりもお前の方だ。爆風に飛ばされて体を強打したようだが、痛む所はないか?」

 どうやら自分はパトリックに助けられたらしい。そこまで考えた所でようやくアスランは自分が壁を背にするようにして腰を降ろしているのに気が付いた。パトリックが倒れていた自分をここに移したのだろう。
 父の目には自分を心配する色が見て取れる。それはアスランの胸に暖かいものを感じさせ、安堵したような笑みを浮かべてしまう。

「いえ、大丈夫です。何とか動けそうですし。それよりも、ユウキ隊長は?」
「ユウキ君は大丈夫だ。爆風に飛ばされて体を壁に叩きつけられたようだが、医者の見立ててでは打撲ですんでいるらしい。もう自分で対処に動いている」
「そうですか。良かった」

 心配していた人物が無事だと聞かされたアスランはホッとしたが、パトリックが立ち上がって部屋を出て行こうとするのを見て声をかけた。

「父上、何処に行かれるのです?」
「私は今日ここに演説をしにきたのだ。まだそれが終わっていない」

 その言葉にアスランだけでなく、周囲に居た全員が驚いてパトリックを見てしまった。

「な、何を言っているんですか父上。テロが起きたばかりなんですよ。ここは安全を考えて避難をするべきでは」
「……確かにそうするべきなのだろうが、今の爆発で集った市民も動揺していよう。ここは私が健在である事を示しておかなくてはならん」
「ですが!」
「これが私の仕事なのだ。テロリストに政治家が屈するわけにはいかん。私を守ってくれているSPの犠牲と献身が無駄になるからな!」

 後に判明するが、このテロでパトリックを守っていたSPのうち、実に8名が命を落としている。更に政府の高官も2人犠牲となり、多くの者が負傷する大惨事となったのだ。この中で爆発地点から離れていたとはいえ、パトリックが無傷で助かったのは、幸運もあっただろうが、SPたちの体が盾代わりになったおかげであった。
 パトリックがこの爆弾テロの直後でありながら壇上に立つというのは、テロには屈しないという姿勢を周囲に示すという意味もあるのである。

 このパトリックの強気の発言は周囲にいた反対者を一瞬で黙らせてしまった。人間の格の差とでも言うのか、パトリックの言葉には実績を上げた者だけが持つ不思議な力がある。
 全員を黙らせたパトリックは踵を返すと、会場に向って歩き出した。それを慌てて生き残りのSPが追っていく。そして壇上に進み出たパトリックは、動揺の収まらない会場に向かってマイクを用いず、己が声量だけで全体に響き渡るような声を出した。

「落ち着きたまえ、市民諸君!」

 この異常とさえ言えるような大声に、会場は水を打ったように静まり返ってしまった。会場に轟いた声の力強さは、民衆の混乱を一撃で沈めてしまうほどのものだったのである。自分の声だけで民衆を動かす事が出来るという力。これは政治的指導者に必要な資質の1つである。
 民衆が静まったのを見てパトリックは演説を開始した。演説とは政治ショーでもあり、パトリックも自らの政治方針と今後の戦争の見積もりを語っている。それは些かの希望的な観測も混じっていたが、概ね真実を語っていた。国民に自国の窮状を伝え、より一艘の危機感を煽ると共に更なる協力を求めている。
 そしてこの戦争における自国の正当性を強調し、大西洋連邦をはじめとする被支配国家に対する危険性を唱えると共に敵愾心を煽っていく。ある意味これまでも繰り返された内容であるが、馬鹿げた事も繰り返せば力となるように、演説も繰り返す事で民衆の中に刷り込んでいく事が出来るのである。

 そしてパトリックは演説の締めとして、自分を狙ったテロリスト達も視野に入れた演説をした。

「私はこれまで、数え切れないほどの危険に晒されてきた。今日のような暗殺者に狙われた事も両手で数えきれない。だが私は屈する事はないだろう。それも全てはプラントの独立を達成する為である。
 私は私の生きがいである唯一のもの、すなわちプラントとそこに住む市民を地球の支配から解き放ち、更なる進歩に向って導かねばならない。そしてその理想が達成され、プラントが1つの国家として地球と対等の立場に立って歩めるようになった時、私は全ての権力を手放すつもりでいる。
 だが、まだ我が市民とプラントの歩みは始まったばかりなのだ。すなわち、私を殺すという事はプラントとプラント市民の未来を奪う事に他ならない。いや、もっとはっきり言おう。現時点では、私がプラントなのだ!」

 私がプラントなのだ。この演説はそのままプラントの現状を物語っていた。プラントはまだ1人立ちできるような状況ではない。政治を行うには権威という物がどうしても必要となるが、シーゲルが失脚した今、現在ではそれを有しているのは建国の元勲たるパトリックだけだろう。そのパトリックまでが倒れれば、プラントは求心力を無くし、最悪内戦が起こりかねない。パトリックがいる現時点でさえ強行派と穏健派は激しい対立を繰り返している有様なのだから。

 この演説は、暗殺者の爆弾テロにあってさえ無傷でいたというパトリックに対するある種の幻想も重なって、パトリックに鋼鉄の巨人というイメージを作り上げる事になる。だが、この演説を放送などで聞いた人々の中には違う感想を持つ者も多くいた。この放送を地球で見たアズラエルは演説の効果を考えて忌々しそうに眉を顰めながらも賞賛の響きを込めた苦笑を漏らしており、オーブのウズミは演説によってプラントが更なる強硬姿勢に走る事を考えて渋面を作っている。

 だが、この演説を一番不愉快に思っている者は他でもなく、プラントにいたのだ。1つはパトリックの命を狙った勢力であり、もう1つは意外にもパトリックの側近であった。そう、エザリア・ジュールである。

「……私がプラントなのだ、か」
「これは、民衆に受けますな」

 自宅でTVモニターを見ていたエザリアが不機嫌そうに呟き、それにゼム・グランバーレクが茶々を入れた。それを聞いてエザリアはゼムを睨み付けたが、彼は涼しい顔で流している。
 エザリアとゼム・グランバーレクはパトリックを失脚させて実権を握ろうと画策しており、パトリックの失策を待っているのであるが、これが中々上手く行かず、かなり焦っていたりする。
 ゼムはクルーゼの派閥に属する男であり、彼の目標達成の為にエザリアに協力している。クルーゼの最終目標など知る由もないエザリアは、クルーゼという優秀な実戦部隊指揮官が味方をしてくれると単純に喜んでいたのだが、もし彼の考えを知れば到底喜んでいられなかっただろう。
 今のゼムはエザリアの重要なブレーンの1人であり、今回もエザリアと今後の事を話し合っていたのである。

「しかし、本当にパトリックを失脚させられるのか? 奴の権勢は留まる所を知らないのだぞ?」
「その点はお任せください。クルーゼ隊長は3ヶ月以内にはパトリックを政治的に追い詰める事が可能になると言っておられます」
「そんなに早くか?」
「はい。議員は何も心配する事はありませんよ。ただ、その折には我らの地位の安泰の保障はお願いします」

 ゼムは殊更に欲を前面に押し出し、あたかもそれが本心であるかのように振舞っている。
 欲望を持った人間は扱い易い。エザリアもそう思っていたからこそゼムを通じてのクルーゼの提案に乗っている。勿論最初は疑っていたのだが、今ではゼムの演技にすっかり騙されている。ゼムの演技がそれだけ上手かったというのもあるだろうが、パトリックのエザリアの将来への展望の乖離という現実がクルーゼと手を組むという選択をエザリアに強いた面もある。

「隊長はスピットブレイクに備えて地球で準備に入っておられます。前にも言いましたが、これはパナマ強襲作戦ではなく、アラスカ強襲作戦です」
「私も後からパトリック・ザラに教えられた。君から聞いたときは我が耳を疑った物だったが」
「これが成功すれば、パトリック・ザラはナチュラルとの講和に乗り出すでしょう。ですが、クルーゼ隊長の見立てではこの作戦は失敗するだろうという事です」
「何故だ?」
「アラスカの防衛力は当初の見積もりより大幅に強化されている事を隊長は調べ終えています。もしこれに正面から挑むような事をすれば、地上軍は膨大な犠牲を支払う羽目になるだろうと」
「その事を、クルーゼはパトリックに報告していないのか?」
「一応してはありますが、上層部の注意を引くような報告はしていないそうです。隊長の腹積もりではスピットブレイクの失敗はパトリック・ザラの権威を傷付けるのに最適の材料になると考えているようでして」
「確かに、それはそうだろうが……」

 エザリアにしてみればそんな手段を使わなくても、もっと正攻法で攻めれば良いだろうにと思うのだが、そういう考えはゼムに言わせると甘いらしい。今のパトリックを失脚させたいのなら、形振り構わぬ強引さが必要なのだと。

 暫く話し合ったあとでジュール邸を後にしたゼムは地上車に乗り込んで自宅に戻ろうとしていたが、その顔には酷薄な笑みが浮かんでいた。

「このままエザリア・ジュールが政権を取れれば良しだが、あの女にそれだけの能力はないだろうな。やはり実力でパトリックを排除する必要があるか」

 パトリック・ザラを排除すれば暫定政権という形でエザリアが政権を握る事も可能だろう。それはザフトの暴走を促す切っ掛けになるはずだ。そして一度暴走を始めれば、もう止めることなど出来はしない。
 しかし、ゼムには1つ気がかりな事があった。パトリック・ザラを狙っている組織がなんなのか、未だに掴めないという事だ。

「穏健派議員の周辺は洗ってみたがそれらしい形跡はなかった。この事件の黒幕はプラント内の有力者ではないのか?」

 まさかシーゲル・クラインの派閥を隠れ蓑にして武装化している集団がいるとは流石に考えが及ばなかったゼムは、この後も必死にこのテロ集団の正体を探り続ける事になる。しかし、彼の努力が実を結ぶ頃には事態は最悪の方向へと走り出してしまっていたのだ。






 プラントでこのような事件が起きている頃、地球ではアークエンジェルが大西洋連邦の潜水艦と合流していた。どうやら旧型の戦略ミサイル原潜を改造した艦らしく、かなりの大型艦である。動力は原子炉から通常機関に載せかえられているのだろう。
 そしてその艦からアークエンジェルに移って来た人物を見て、キースが素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あ、姉御ぉ!?」
「誰が姉御よ。その言い方止めろって言ったでしょうが!」

 やってきた女性士官はいきなりキースの首に腕を回すとそのまま締め上げてしまった。キースは真っ赤な顔でじたばたともがいて壁をタップし続けている。どうやら外せないようだ。

「あ、姉御、ギブッギブッ!!」
「馬鹿は死ななきゃ直らないらしいねえ、キース?」
「本当に死んじまうって!」

 どうやら2人は知り合いらしい。見ればフラガも苦笑いを浮かべているではないか。どうやらフラガも知り合いらしいと感じたマリューはどういうことかを問い掛けた。

「あの、誰です?」
「ああ、こいつはジェーン・ヒューストン少尉。俺とキースが地球で戦った時に一緒に戦った仲なんだよ。その時にキースがジェーンを姉後って呼ぶようになっちまってさ。それがジェーンは大層気に食わないようで、呼ばれると何時もあんな感じになるんだよ」
「ふうん、それで、少佐とはどういう御関係で?」

 その瞬間、通路内に電流が走った。フラガは完全に石化したままマリューの方を見ることも出来なくなり、フラガの近くにいたキラとカガリは脂汗をだらだらと流しながらそそくさと逃げ出していく。
 マリューは表面上はニコニコと、だが内心ではマグマの如き憤怒を漲らせてもう一度フラガに問うた。

「どうしたんですか少佐? 何か言えないような御関係でしたの?」
「……いえ、その……別に艦長が気にするような関係じゃないんですってば」
「そうですわね。たしかに少佐と少尉がどのような御関係でも私が気にするようなことではありませんわね」

 マリューはピクリとも変化しないニコニコとした笑顔のままでフラガの脇を通り過ぎ、首を絞められているキースの所まで来てとても穏やかに問い掛けた。

「大尉、ちょっといいかしら?」
「い、今生命の危機なんですけ……ど……」

 キースは文句を最後まで言う事が出来なかった。目の前に居るマリューの笑顔の裏側に潜む悪魔の表情を見抜いてしまったのだ。その押さえ切れずに漏れ出ている殺気に気付いたのか、ジェーンもキースを開放して脱兎と逃げていく。
 マリューの凄惨な笑顔に身動きとれなくなったキースに向けて、マリューはフラガとジェーンがどういう関係だったのかを穏やかに問い掛けてきた。それを聞いたキースはチラリとフラガの方に視線を走らせ、彼が真っ青な顔で両手を合わせて必死に頭を下げている姿を確認したが、友情よりも目の前の艦長への恐怖がぶっちぎってしまっていたりする。

「あ、姉御と少佐はですねえ。その、つ、付き合ってはいませんでしたよ」
「本当に?」
「ほ、本当ですってば。ははは……」

 確かに付き合ってはいなかった。たんに体の関係だけだったから。でもこれを言ったらフラガは勿論、自分もとばっちりを受けて酷い目に合わされるのは間違いない。故にキースは誤魔化しに入ったのだが、マリューの目から疑いの色は消えなかった。

「本当かしら大尉?」
「ほ、ほ、本当ですって。俺の言う事が信じられないんですか?」
「……まあ良いわ。今回は信じておきます」

 全く信じてくれてないのが丸分かりであったが、キースはホッと安堵と溜息を漏らした。この場さえ凌げれば後は逃げ切れば良いのだ。後で真相がばれてフラガが折檻されようとも自分の知った事ではない。

 まあいきなり問題が発生しはしたものの、マリューたちは援軍に駆けつけてくれた潜水艦エルパソと共同作戦を取ることが可能になった。エルパソには実戦テスト中の水中用MSディ―プ・フォブドゥン2機が搭載されており、丁度ザフト水陸両用MSとの実戦の場を求めていたらしく、今回の要請は渡りに船であったらしい。
 今回の海底都市からの人質救出作戦もエルパソに乗せられている海兵隊を使えば良いということで話が付いた。問題の輸送手段もアークエンジェルには手がなかったが、最初から揚陸目的の特殊潜航艇を装備しているエルパソならば何の問題もない。この特殊潜航艇は隠密性が命なので、こういう作戦にはうってつけなのだ。
 だが、次にジェーンが切り出した話が、会議場を凍りつかせる事になった。

「でもアルビムか。また面倒な所ね。完全な敵地じゃない」

 その言葉にオブザーバーとして参加していたアーシャがムッとし、キラも複雑な顔になる。それに気付いたフラガが不味いかと思って話題を変えようかと思ったが、事態の悪化はフラガの想像を超える速さで進んでしまった。

「たくっ、だからさっさと片付けときゃ良かったのよ。手を抜くからこんなふうに祟られるんだわ」
「おいおいジェーン、何もそこまで言わなくても。一応中立なんだし」
「何が中立なものですか。こいつらに私の仲間が何人も殺されてるんですよ。そんな奴らが地球にいるっていうだけでも許せないです。こないだもうろちょろしてた船を見せしめに1隻沈めてやりました」

 1隻沈めた。という部分に室内の空気が凍りついた。いや、正確にはアークエンジェル側の人間だけなのだが。
 なにやら様子がおかしいアークエンジェルクルー達にジェーンたちは訝しげな顔になったが、そのジェーンに向ってアーシャが怒りの形相で突っ掛かろうとして、それを予期していたキースとフラガの2人に押さえ込まれた。
 いきなり突っ掛かってきた女の子にジェーンは驚き、何事かをフラガに問い掛けた。

「少佐、いきなりなんなんです?」
「ジェーン、頼むから今は黙っててくれ!」

 フラガがジェーンに怒鳴るが、事態はもうそんな事で誤魔化されるような状態ではなかった。アーシャが鬼の形相でジェーンを睨みながら大声を張り上げてくる。

「貴女が、貴女が私たちの乗ってた連絡船を!」
「はあ、私たちの乗った連絡船?」
「さっき言ったじゃないですか。この近くで最近アルビムの船を沈めたって! ここ暫くで海に出たのは私たちの連絡船だけです!」

 アーシャの糾弾にようやく事情を察したらしいジェーンは、だからどうしたと言わんばかりに詰まらない物を見るような目でアーシャを見た。

「そう、じゃあ貴女はその船の生き残りなんだ。運が良かったわね」
「う、運が良かったって……6人も殺しておいて、言う事がそれだけなんですか!?」
「当り前でしょ。あの辺りはザフトと連合が制海権をかけて衝突している海域よ。そんな戦闘海域を非武装の連絡船で暢気に航行してるそっちが間抜けなのよ」
「……何て事を」
「それとも何、不満があるから大西洋連邦に抗議でもする? アルビムみたいな弱小勢力が地球最強の大西洋連邦に?」

 ジェーンの小馬鹿にするような言い方にアーシャは激発しかけていたが、かろうじて最後の一線で踏み止まる事が出来た。ジェーンの言う通り大西洋連邦は地球最強の国家であり、アルビムは弱小勢力でしかない。そして国際舞台では力関係とは絶対とも言えるものであり、力の弱い国が強い国に逆らう事は自殺行為でしかないのだ。
 国家間の関係は人間同士の友情とは次元の異なる物である。その間に真の友情は存在せず、ただ相手を利用しつくそうというエゴイズムだけが支配している。確かにアルビムは今の所生存を許されているが、それは地球の列強諸国のお目こぼしでしかない。もし機嫌を損ねれば抵抗の余地さえなく滅ぼされてしまうだろう。
 だから、この件に関してアルビムが大西洋連邦に抗議をする事はない。これがまだ平時なら、国連が機能していた頃なら抗議をする事も出来ただろう。だが今は世界大戦の真っ最中であり、弱小国の文句に取り合ってくれるような国はない。大西洋連邦に文句を言うことの出来る列強国は全て交戦状態なのだから。

 弱小国の悲哀とでも言うしかないが、これが現実だ。弱小国は生き残る事がまず最優先されるため、大国の顔色を伺わなくてはならない。そしてアルビムの市民はその事を良く理解しているので、今回の件が知られても沈黙を保ってしまうだろう。意地を張ることもあるが、大抵はそのまま滅亡に直結してしまう。こういう現実を歴史から学べない者に政治家をやる資格はない。
 アーシャが必死に自分を押さえ込んで引き下がったので、ジェーンたちは作戦の準備のために一度エルパソに戻っていった。それで多少は空気が軽くなったものの、誰もがアーシャに気を使って声をかけられないでいる。そのうちになんだか虚ろな目のままでアーシャは会議室を出て行ってしまった。

 その後姿を見送った者はみんな困り果てた顔をしていたが、ここにいても仕方がないので自然と解散してしまった。そんな中でキラは何となくアーシャの事が気にかかり、一度部屋に行ってみたのだが、残念ながら不在であった。扉の前で何処に行ったのかと暫し考え込んだキラは、直ぐに1つの可能性にたどり着いた。

「もしかして、展望室?」

 アーシャの行ける場所などそう多くはない。キラは何となく確信を持ってそこに足を向けた。そして、キラは前に自分が座っていたベンチにアーシャの姿を見つける事になる。
 ベンチに近付いたキラは、アーシャの背中に声をかけた。

「あの、アーシャさん?」
「……キラさん、ですね?」

 アーシャは振り向かずに声だけで確認する。キラはそうだと言うと、アーシャの隣までやってきた。
 アーシャは泣いてはいなかったが、とても悔しそうな顔をしていた。それは自分の無力さに向けたものなのだろうか。

「……情けない話ですよね。あの少尉さんのいう事に、反論も出来ないなんて」
「いや、それは……」
「でも、あの人が言う事は真実なんです。どんなに文句があったって、私たちは何も言えない。大西洋連邦の機嫌を損ねるなんて絶対に出来ないんですよ」

 自嘲気味な笑みを浮かべて自虐的な事を口走るアーシャ。だがそれは、キラからすれば信じ難い事だった。仲間を殺されても文句1つ言う事も出来ない。そんな事があっていいのだろうか。

「でも、民間船なんですよ。それを攻撃するなんて、国際法違反じゃないですか?」
「……キラさん、貴方の言う事はもっともなんですけど、その国際法を守らせる力はもう無いんですよ。プラントと地球が戦争をしているんです。この2つの勢力を裁けるような強国は何処にもありません」
「…………」
「まして私たちの立場は酷く危ういものです。抗議をするなんて、自殺と同じなんです」

 アーシャの言う事は全て真実なのだろう。それはキラにもはっきりと感じ取れる。キラには信じられない話ではあったが、こういう現実が世の中には確固として存在するのだ。彼女達に較べれば、不幸だと思っていた自分の立場はまだ気楽なものなのかもしれないとさえ思えてくる。そんな彼女を慰めるような言葉を、キラは持っていなかった。

 それから暫く2人は何も言葉を交さなかったが、ようやくキラが口を開いた。

「僕は、2人を助けに行きますよ。アルビム突入隊に加わろうと思ってます」
「あの人たちと一緒に行くんですか?」
「今回はストライクは役に立たないですから」

 自分で銃を取るというキラに、アーシャは軽い驚きを感じた。そこまで行動的な人物には見えなかったからだ。実際の所キラは銃の訓練を受けていないので、突入隊に同行しても足手纏いにしかならないのだが、この後でキラはキースに突入隊に参加させてくれと懇願している。キースは歩兵戦闘の訓練も実戦経験も無いキラを参加させる気は無かったのだが、何時になく強い意志を感じさせるキラにどうしたものかと考え込む事になる。


 この翌日、午前5時にアルビム潜入部隊を乗せたエルパソは海底都市アーモニア近海に進出するべく出撃する事になる。アークエンジェルはこの場に留まり、交渉で時間を稼ぐ事になっている。勿論何かあれば即座に前進し、攻撃に参加する手筈は整えているが、できればギリギリまで時間を稼ぎたい所であった。
 今回はアークエンジェルからキサカとキース、あれとキラが強硬に志願を押し通して
歩兵としてエルパソの潜入部隊と行動を共にしており、これに内部事情に明るいアーシャも同行している。勿論アーシャは非戦闘員なので直接的な戦闘行為をするわけではないが、最悪突入チームが全滅するような事があれば彼女の身も危ういだろう。
 だが、出撃したエルパソを見送った後で、ふとCICのチャンドラがある事に気付いてしまった。

「そういえば、カガリとあの胡散臭い新聞記者は何処に行ったんだ?」
「カガリはトイレじゃないですか? まだ待機中ですし。あの記者さんは何考えてるのかわかんないですよ」
「ふうん、そっか」

 まだ戦闘配置ではないのでカガリが今ここに居なくても別にさほど問題は無いのだが、そろそろ配置に付いていて欲しいと思ったチャンドラだったのだが、サイの言葉にち作頷いてそれ以上は何も言わなかった。彼自身も予想される戦闘に備えてチェックに余念が無かったのだ。新聞記者ことヘンリー・スチュワートは何処にでも湧いて出てくるので居ない方が清々するから、居なくても誰も気にしなかったりする。
 だが、この時はそっかで済ませたことが、後にとんでもない大騒ぎへと発展する事になろうとは、この時誰にも想像することもできなかった。




後書き

ジム改 プラントはいよいよ混沌とした情勢に。パトリックに明日はあるのか!?
キラ  何で僕がここに?
ジム改 カガリが行方不明だから。
キラ  最近で番少ないからいいけど。
ジム改 今回は各勢力の立ち位置に付いて説明しようか。
キラ  大きく分けて地球連合とプラント、それと中立国だよね?
ジム改 まあそうだな。地球連合とプラントはそれぞれに内部対立をしているわけだが。
キラ  連合は大西洋連邦と東アジア共和国、ユーラシア連邦の3つが中心だっけ?
ジム改 その通り。この3つの勢力はプラントという共通の敵を前に手を組んだわけだ。
キラ  でも、普段は喧嘩ばかりしてるんだよね? 何で手が組めるの?
ジム改 敵の敵は味方という理屈だ。第2次大戦で独は英仏と戦争の準備をしながら、ソ連のフィンランド侵攻を妨害する為に裏で英仏と手を組んだ事がある。因みにソ連とドイツは当時は同盟国だった。
キラ  む、無茶苦茶な話だね。何でそんな事が出来たの?
ジム改 利害が一致すれば悪魔とでも手を組むのが政治の世界だという事。
キラ  じゃあ、条件さえ合えば連合とプラントが協力してオーブを滅ぼすなんて事もあるの?
ジム改 オーブが双方から敵と認識され、手を組むメリットがあると考えればありえる。
キラ  じゃさ、連合とプラントって戦争止めようと思えば直ぐにでも終わるわけ?
ジム改 戦略的、政治的に合意できれば終わるだろうな。ブルコスは厄介だけど。
キラ  じゃあ、僕たちが合意に向けて頑張れば終わらせられるんだ?
ジム改 連合はプラントを支配したい。プラントは独立して地球と対等になりたい。この2つの摩擦が解決できるならね。
キラ  ……両方の強行派を一掃すれば?
ジム改 多分、要人の報復の為に戦火が拡大すると思う。暗殺が致命傷になるほど近代国家は脆くないから。
キラ  これで、それぞれに独自に講和しようとする勢力があるんだよね?
ジム改 そう。お互いに協力し合ってないのがアレだが。
キラ  何でみんな助け合えないのかなあ。
ジム改 とりあえず、全員が自分はリアリストで他人はエゴイストだと確信してるから。
キラ  酷い話だね。
ジム改 さて次回、「アルビム」でお会いしましょう。

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