第71章  出生



 そこは戦場だった。戦士たちは武器を手に眼前に現れる敵をただひたすら倒す事に没頭し、その都度傷付き、倒れそうになる。だがどれだけ倒そうとも敵は減ったように見えず、しかも際限ない増援を受け続けていた。その余りの物量に、戦士たちはとうとう屈しようとしていたのだ。

「グフッ!」

 遂にシーゲルが崩れ落ち、無様に床に転がった。その顔には苦痛の色があり、呼吸は荒い。アスランは倒れたシーゲルに駆け寄り、その上半身を抱き起こした。

「シーゲル様、しっかりして下さい!」
「わ、私はもう駄目だ。すまない」
「そんな、何を馬鹿な事を言ってるんですか!」
「私はもう疲れたのだ。そろそろ休ませてくれ」

 弱気な事を言うシーゲル。だが、そんなシーゲルにアスランは血を吐くような悲痛な罵声を浴びせかけた。

「そんな、私に残りの料理の始末を押し付けて、自分だけ楽になるつもりですか!?」
「私は何時もアレを食っているのだぞ。今日くらい任せてもバチは当たらんだろう!」
「貴方は私を殺す気ですか!?」
「ええい、婚約者なのだから少しは我慢せんか!」
「それが彼女の父親の言う事なのですか!?」
「君こそ年長者を労わろうとは思わんのか!?」
「未来ある若者を生かそうとは思わないんですか!」
「この年ではアレを食うのはきついんだ!」

 なんとも醜い争いを始めたアスランとシーゲル。なまじ必死さが漂うだけに救いが無い。しかし、本人が直ぐそこに居るというのに、本音で罵声の応酬はしない方が良い。相手に丸聞こえになってしまうから。

「……お2人とも、無茶苦茶言ってますわね」
「…………」
「……い、何時から聞いてたんだ、ラクス?」

 シーゲルが冷や汗をかきながら恐る恐る問うて来る。それに対してラクスは父が倒れた辺りからだと応え、それを聞いた2人は真っ青に青褪めた。そしてラクスは凄みを感じさせるニコニコ笑顔で後から後から料理を2人に勧め、2人はそれをまるで督戦隊に追い立てられた赤軍動員兵のような諦めと悲壮さの融合した顔で平らげていったのであった。
 因みに、アスランがクライン邸を後にしたときにはシーゲルはテーブルに突っ伏して動かなくなっていたという。





 大西洋連邦軍の海兵隊が突入したアルビムの中では、イタラがフレイに自分の考えを聞かせていた。何故アルビムを作ったのか。自分達はナチュラルとどう付き合っていくべきなのかを。
 それを聞いていたフレイは、イタラたちの境遇に同情してしまったのか、珍しく真剣な顔でイタラにとんでもない事を言い出した。

「あの、すいませんでした」
「ん? 何がじゃ?」
「コーディネイターは強いとか、軽々しく信じてるとか口にして。コーディネイターがそんなに苦労してたなんて、私知らなくて」

 イタラの語ってくれた内容は、フレイが抱いているコーディネイター像とは全くかけ離れたものだった。フレイにとってコーディネイターとはナチュラルより強く、自分達を見下している化け物であり、迫害されて逃げ惑うような弱い存在ではない。キラのようにナチュラル社会で生きているようなコーディネイターは例外だとずっと思っていたのだ。
 それが、実際にはアルビムはナチュラル社会から逃げ出したコーディネイターの集りだなどと教えられ、両者の軋轢がどれほど深く、絶望的なものなのかを聞かされたフレイは、イタラが考えている以上に大きなショックを受けていたのだ。

「私が無事にアラスカに付けたら、アズラエル理事に妥協してくれるように話してみます。パパの知り合いにも政府の偉い人がたくさんいますし、きっと話しを聞いてくれる人はいます」
「…………」

 フレイの話しを聞いたイタラは最初唖然とし、そしておかしそうにくぐもった笑い声を漏らした。

「く……くっくっく。なるほど、君は本当に世間知らずのお嬢様なのじゃな」
「そう、ですけど」
「いいかねお嬢ちゃん。儂は何も誰かの手を借りて平等を得ようなんて思ってはおらんのじゃよ。そんなものに何の価値があるのか」

 イタラはそこで言葉を切ると、瞼を閉じてじっと過去に思いを馳せた。ここに来るまでにどれだけの苦労をしたか。自分は何をしたかったのかを1つ1つ思い出していく。

「支配者から与えられた平等など、支配者の都合が悪くなれば取り上げられてしまうものなのじゃ。何時もそうじゃった」
「……だから、信じられないって言ったんですね」

 フレイの問いに、イタラは頷いた。

「儂らが欲しいのはそんな、与えられた平等なんかじゃないんじゃ。世界に住む1人ひとりが、儂らを平等だと受け入れてくれる事なのじゃ。コーディネイター擁護論者どもは儂らも平等に扱わねばならないのだ、差別はいけないなどと言っておるが、そういう事を言う奴こそが一番差別意識を持っておるのだという事を理解しておらん」
「だから、お爺ちゃんたちは逃げた?」
「そういう事じゃ。両者が同じ場所にいてこれ以上摩擦が大きくなる事を避ける為に、今は距離を取って時間を置くのが良いと思った。今必要なのは時じゃと思ったんじゃよ。あと100年、200年、もしかしたら1000年かもしれんが、ゆっくりと時間をかけて、儂ら自身の手で勝ち取っていくつもりじゃった。その日を儂が生きて目にする事は無いじゃろうがな」
「…………」
「儂はアルビムという入れ物は作った。そこで儂らは周囲と話し合い、時には血を流して周辺国と交渉を続けてきた。その努力がどうにか赤道連合から多少の譲歩を引き出せるまでに実ってきた時にはこれまでのことは無駄ではなかったと思ったものじゃったが、全ては無駄となってしまった。奴らのせいでな」
「プラントとの戦争」

 フレイの台詞にイタラは力なく項垂れた。これまで長い年月をかけて地道に積み上げてきた努力の成果を、全く関係の無い宇宙の馬鹿どものせいで無残にも打ち砕かれたのだ。イタラにしてみればプラントの連中には怒りしか感じていないだろう。
 イタラは胸の内に溜まっていた何かを大きな溜息と共に吐き出すと、フレイにまた何かを話そうと口を開きかけたが、その時かなり近い所で大きな爆発音が轟いた。





 フレイとナタルの捕らわれている部屋を目指して移動していたキラたちであったが、途中のホールで重火器を装備した敵兵と遭遇し、物陰から動くに動けなくなってしまっていた。
 マヌエル伍長率いる分隊の兵士はアサルトライフルと軽機関銃で応戦していたが、敵はホールを挟んだ反対側にバリケードを作って遮蔽をとり、重機関銃を据えて攻撃してきていたのだ。
 マヌエルは物陰から上半身を出してフルオートで撃ちまくり、また体を戻して弾装を入れ替えた。

「50口径でなくてまだ良かったですが、これじゃ埒が明きません」
「あの、その50口径とか言うのだと、どうなるんです?」
「我々が隠れてる遮蔽物ごと粉々にされます」

 50口径機関砲は銃座に固定して使う大口径機関砲で、歩兵が使う火器としては最強の部類に入る。その威力はあらゆる障害物を破砕し、軽装甲の車両ならスクラップに変えてしまえるほどである。
 だが敵が使っているのは3脚式の重機関銃のようであり、どうにか遮蔽物として使っているブロックは持ち堪えてくれていた。もっとも、これも何時まで持つかは分からないが。

「誰か、グレネードランチャーや対物ライフルは持ってないか。ロケット砲でも構わんぞ!?」
「こんな所で使うもんじゃないからって、置いてきましたよ。壁ふっとばしちゃヤバイでしょ!」

 マヌエルの問い掛けに部下が大声で返す。それを聞いてマヌエルは残念そうに舌打ちしてライフルを構えなおしたが、マヌエルの傍で体を乗り出した兵士が撃たれて仰向けに倒れてしまった。マヌエルはその体を引っ張って物陰に連れ込むと、衛生兵を呼んで手当てをするように指示を出した。

「くそっ、あそこまで手榴弾が届けば良いんだが!」
「助走も駄目で天井は低い。おまけにバリケードが邪魔で狙う場所が狭すぎだ。腕の力だけで投げるにゃきつすぎる。プロ野球の外野手でもなければ無理だって!」

 兵士は身体能力を鍛えてはいるが、スポーツ選手ではない。野球選手のような正確な投擲能力は持ってないのだ。運を頼りに数を投げれば1個くらいは陣地に飛び込んでくれるかもしれないが、まだ先があるので手榴弾を余り使いたくない。
 そんな事情でマヌエルたちが悩んでいると、キラがおずおずと提案をしてきた。

「あ、あの、僕が投げましょうか?」
「少尉が? 狙えるんですか?」
「はい。僕はコーディネイターですから、あれくらいの距離なら狙えます」

 目の前の少尉がコーディネイターだと聞かされたマヌエルは目を見開いて驚いたが、直ぐに我に返ると腰に付けている手榴弾を取ってキラに手渡した。

「良いですか少尉、ピンを外して3秒で爆発します。だからピンを抜いたら直ぐに投げてください」
「分かりました」
「今から3つ数えたら援護射撃します。その間に投げてください」

 そう言ってマヌエルは部下に指示を出し、3秒を数えた。それを数え終わると同時に全員が銃を撃ちまくり、敵の銃座を沈黙させようとする。そしてキラは上半身を乗り出すと右腕の力だけで手榴弾を放り、20メートルほどの距離を飛んで正確に重機関銃の置かれている陣地へと飛び込んだ。するとそこに居た兵士達が慌てて逃げ出そうとするのが見えたが、直ぐに手榴弾が炸裂してそこに居た兵士3人を吹き飛ばしてしまった。
 手榴弾が兵士を吹き飛ばす様を目の当たりにしたキラは、自分の意思で人を殺したという現実をはっきりと目の当たりにして激しい嫌悪感と同時に、ストレスから来る吐き気を覚えていた。これまではMSでMSを倒していたので、直接血を見ることは無かったのだ。

 その一撃で重機関銃の弾幕が止み、残るのはアサルトライフルを持った兵士だけになったようだ。その生き残り達も重機関銃が潰されたのに動揺したのか、反撃してくる様子は無い。その僅かな間隙を突くようにカガリが駆け出し、慌てふためいてキサカも飛び出して行く。マヌエルもカガリと殆ど同時に自分も部下を連れて突撃を開始した。それを見たキースがカガリの身を弁えぬ行動に舌打ちして援護射撃を行い、敵を征圧しようとする。
 敵の兵士もこれに気付いて慌てて銃口を向けてきたが、それが弾を打ち出すよりも早く障害物に取りついたカガリが手榴弾を放ってきた。障害物の向こうで爆発音と悲鳴が響き渡り、それを聞いたカガリとキサカは頷くと一気に障害物から身を乗り出し、フルオートでその辺り一帯を撃ちまくった。
 そして銃が空打ちする音を聞いた時になって、ようやく2人は辺りを見回した。そこには既に動いている者は無く、手榴弾で引き裂かれた兵士や銃弾を受けて血を流している死体が6人ほど転がっている。どうやらここを守っていた兵士は全滅したらしい。

「よし、制圧した。先に進むぞ」
「ちょっと待ってくださいカガリ様、生存者が居るようです」

 先に行こうとするカガリをキサカが呼び止め、倒れている兵士の1人の様子を確かめている。どうやら銃弾を受けても致命傷ではなかったようで、出血は酷いようだが一命は取り留めていたらしい。キサカは衛生兵を呼び、この敵兵の手当てを頼んだ。 
 マヌエルは衛生兵と護衛2人を怪我人と共に残すと、残る4人の兵を連れてキラたちと共にフレイの居る部屋へと向かっていった。ここにこれだけの防備があったという事は、もう後に敵は居ない可能性もあるのだが、一応注意をしながら前進していった。
 結局マヌエルの予想は大当たりし、彼らはこれ以上抵抗を受ける事無くフレイとナタルが監禁されている部屋へと辿り着く事が出来た。


 そして2人の見ている前で、遂に鍵のかけられた扉が破られた。踏み込んできたのは野戦服を着た自分と同年輩の金色の髪の少女。

「フレイ、無事だったか!?」
「カ……カガリ、何でここに?」
「何でって、助けに来たに決まってるだろうが。この恰好で遊びに来たわけ無いだろ」
「そうじゃなくって、何であんたが銃持ってこんな所に来てるのかって事よ。艦長が良く許したわね?」
「あ、いや……それは……」

 フレイの問い掛けに、カガリは物凄く気まずそうに目を逸らせた。どうやらまた勝手に行動していたようだと悟ったフレイは呆れた目をカガリに向けていたが、助けに来てくれた相手に文句を言うのも気が引け、それ以上文句を口にする事は無かった。
 このカガリに続いて連合の歩兵と共にキラが部屋に入ってきた。銃を構える姿がまるでさまになっていないのは滑稽な感じさえする。

「フレイ、良かった、無事みたいだね」
「キラ……」
「何、どうしたの。もしかしてどこか怪我したの?」

 なんだか妙に弱々しいフレイの様子にキラは戸惑いながらも勤めて落ち着いた声をかけた。だが、その声に対してフレイは何も応えたりはせず、半泣きでキラの胸に飛び込んできてしまった。いきなり抱きつかれたキラは上手く受け止める事が出来ず、その場で押し倒される世に尻餅をついてしまう。

「キラ、キラ〜〜〜〜っ」
「フ、フレイ、なんで泣いてるのさ。僕何かした?」

 キラは胸にしがみ付いて泣きじゃくっているフレイにオロオロとしている。その姿を見てイタラは老人とは思えない大きな声で笑い出し、カガリは少し照れながらもキラの馬鹿丸出しな反応に呆れて見せた。
 このイタラの馬鹿笑いを聞き付けたのだろう。銃を持ったキースとキサカが兵士数人を伴って部屋に入ってきたが、フレイに抱き付かれて混乱の極みに達しているキラを見てこれまた全員で笑い出してしまった。キースの後に続いて救出されたらしいナタルも入ってきたが、こちらはカガリと同じように呆れてしまっていた。






 こうしてアルビムを巡る戦いはあっけなく終了した。ムーア少佐は都市内で得た捕虜を全てアースロイルからやってきたザフト歩兵に引き渡しており、受け取ったザフト歩兵達は捕虜を自分たちの艦へと護送していく。海底都市の中ではまだ残った奴が居ないかどうか探す為に兵士が歩き回っており、キースやキサカもそのメンバーに加わっている。ヘンリーはイタラと話し込んでいるようで、まだイタラの執務室から出てこない。
 地上でその指揮をとっていたイザークは、地下から救出されたフレイたちが出て来るのを見て指示を出す声を止め、そちらに近付いていった。ボードを手にしていたフィリスが慌ててその後に続く。
 だが、イザークよりも早くフレイに声をかけた男がいた。

「お、何だよ、ナチュラルにも可愛い娘がいるじゃん」

 ディアッカだった。フレイは突然現れたガラの悪そうなザフトの兵士に吃驚して身を引くが、ディアッカはそんな態度はお構い無しに口説きに掛かろうとする。しかし、そのディアッカをとめる声がかけられた。

「止めとけディアッカ。火傷してからじゃ遅いぞ」
「何だよイザーク、お前は女には興味ないんだから邪魔すんなよ」
「口説く相手が不味いんだ。そいつはあのデュエルのパイロットだった女だぞ」
「げっ、マジで?」

 あの無茶苦茶に強かったデュエルのパイロットが目の前の少女だと聞かされたディアッカはフレイの肩にかけようとしていた手を引っ込めると、引き攣った笑いを浮かべてすごすごと仲間達の方へと戻っていってしまった。
 それと入れ替わるようにイザークがフレイの前にやって来て、彼にしては珍しく微笑を浮かべた。

「ふん、生きていたのか。しぶとい奴だな」
「イザーク、どうしてここに?」
「ハダトたちを逮捕しに来た。本当はお前達を仕留めるのが任務なんだが、今日はこっちが優先だ」

 そう言ってイザークは連行されていくハダトたちを見る。銃を突きつけられてホバークラフトに乗せられていく兵士たちの姿は、これからの運命を考えているのか悲壮なものを感じさせる。

「脱走は重罪だ。あいつらは全員軍法会議にかけられるだろう」
「……死刑になったり、するのかしら?」
「さあな。それは上が決める事で、俺が出来るのはカーペンタリアに連行するだけだ」

 興味無さそうなイザークの応えに、フレイは不安そうに連れて行かれる捕虜達を見た。その様子を見たイザークが不思議そうにフレイを見ている。

「どうした、なんであいつらの心配なんかする?」
「別に、大したことじゃないわ」

 イザークの問いに、フレイははっきりとした答えは返さなかった。ただフレイは、ハダトたちが自分達に危害を加えなかった事が気になっただけなのだ。

 イザークがナチュラルと話している。フレイがザフトの兵士と話している。この不思議な光景に周囲に居たアークエンジェルクルーとジュール隊のメンバーは困惑の色を隠せなかった。かたやナチュラル蔑視を隠そうともしないザフトのエリートで、かたやザフトに殺された父の敵討ちを掲げて軍に入った若きエースである。このどう考えても接点の無さそうな2人がごく普通に会話をしているという光景は、周囲に驚きを与えたのだ。
 そんなフレイに
キラが恐る恐る声をかけてきた。

「ど、どうしたのフレイ。その人と知り合いなの?」
「え……知り合いというか、その……」

 イザークの素性を知るフレイとしては、キラにどう紹介したものかと悩んでしまった。何しろキラにとってはまさに憎んでも余りある仇敵なのだから。
 だが、フレイの心配は意味の無いものであった。イザークはフレイが考えているよりも遙かに大馬鹿で、何も恐れぬ男だったのだから。

「お前は?」
「僕はキラ・ヤマト少尉。ストライクのパイロットをしている」
「……そうか、お前がストライクのな。俺はイザーク・ジュール。デュエルのパイロットだ」
「デュエルの!?」

 その名を聞いた時、キラから明らかに殺気が漏れた。それを感じたフレイが慌ててキラを止めようとするが、それより先にイザークがキラに向けて謝罪を口にした。

「あの時、シャトルを落とした事に付いては謝罪して済む様な事ではないと分かってるが、民間人を狙った訳じゃない。それは分かってくれ」
「……僕が許すと思うの?」
「許して貰えるとは思っていない。ただ、俺なりにけじめを付けたかっただけだ。この後も俺はお前達を追い回すから、決着は次に会った時に付けるつもりだ」

 イザークはあくまでMS戦でケリを付けるつもりらしい。その事を悟ったキラは苦々しい表情でイザークを睨んでいる。キラはイザークと違って軍事的ロマンチズムとは無縁なので、この手の考えには忌避感を持っているのだ。
 だが、イザークの後ろに居た長く艶やかな金髪が印象的な女性がイザークに問い掛けた言葉を聞いた時、キラの怒りに僅かにひびが入った。

「隊長、もしかして、今回の作戦は本当はフレイさんを助けるのが目的だったんじゃ?」
「フィリス、つまらん推測は止めろ。俺は脱走者を捕まえに来ただけだ」

 フィリスの問い掛けにイザークは不機嫌そうに返事を返すと、踵を返して艦の方に戻っていってしまった。それを見送ったフィリスはクスクスとおかしそうな笑いを漏らし、フレイに向き直った。

「すいません、意地っ張りな隊長で」
「ううん、気にしてないわ。でも、あんな上官じゃ大変じゃないの?」
「いいえ、これでも結構楽しんでます。一緒に居ると飽きない人ですから」

 中々に酷い事を言って、フィリスもイザークの後を追って行ってしまった。その後姿を見送ったキラは戸惑いを隠しきれず、フレイに確認するように聞いてきた。

「あのイザークって人、本当にフレイを助ける為に?」
「そうなんでしょね。多分、貴方への詫びの意味もあったんだと思うわ」

 でもそれを素直に口にしない辺りがあの男の意地っ張りな部分だろう。それはイザークの短所ではあるが、仲間たちには好感を持って見られる部分でもある。フレイはあの銀髪おかっぱの妙にキツイ性格をした敵兵の横顔を見て楽しそうな笑みを浮かべると、トコトコとイザークのすぐ傍に歩いていった。

「ねえイザーク、ちょっと」
「ん? なんだ、まだ何か用なのか?」
「うん、ちょっとお礼にね」

 そう言うと、フレイはちょいっと爪先立ちになり、イザークの右頬に軽い口付けをした。それは一瞬の早業であり、フレイは唇を話すとぴょんとイザークの傍から離れ、悪戯っけな笑顔を見せた。
 
「命の恩人にちょっとだけサービス。ありがとね」
「…………」

 そう言ってフレイは身を翻すと、顔面崩壊を起こして驚愕しながら硬直してしまっているキラの方へと歩いていってしまった。因みにイザークもやっぱり硬直しており、何が起きたのか把握できてるかどうかさえ怪しい状態である。
 その時、何処からともなくバキリという何かが割れる音が聞こえてきた。その音の発生源はフィリスの腕の中にある書類を止めておくボードで、外見上に変化はみられないが、傍でそれまで打ち合わせをしていたエルフィが何故かそそくさと逃げ出してしまった。

「あら、ボードが割れてますね? 取り替えてきます」

 両手で持っていたボードが真っ二つになっているのを見て、フィリスは替えを取りにアースロイルへと戻っていった。
 なにやらブツブツと支離滅裂な否定語を呟きながら艦へと戻っていったフィリスの背後では、イザークがディアッカに締め上げられていて、ちょっとした騒ぎになっていた。

「貴様ぁ、アスランに続いてお前もか、ブルータスめ!」
「ま、待てディアッカ。誤解だ、俺とあいつには何の関係も無い!」
「本当だろうな。なら嫉妬の誓いを言ってみろ!」
「嫉妬団は、色なし恋なし情けあり!」
「そうだ、俺たちの結束を忘れるなよイザークゥ!」

 堂々と嫉妬団の誓いを宣言しないように。周りの人に白い目で見られます。
 それから少しして新しいボードを手に戻ってきたフィリスがイザークにクルーゼからの新しい指令を伝えてきた。

「隊長、クルーゼ隊長から、シンガポールに急行せよとの命令です」
「シンガポールだと。こいつらの引き渡しはどうする?」
「シンガポールで隊長が受け取るそうです。どうもシンガポール攻略に手間取っているようですね」

 フィリスの報告になるほどと頷き、イザークは全軍に撤収を命じた。
 こうしてアークエンジェルとジュール隊の奇妙な共同作戦は終了し、アークエンジェルはアルビムの地上施設があるサンゴ礁が海面に突き出て出来た島に着陸する事が出来た。そこでイタラがアークエンジェルに来艦して今回の事の礼を言い、水の補給を約束してくれた。ただ、今日は都市内の点検や戦闘跡の始末などをしなくてはならないので、補給は明日からにして欲しいという。
 マリューはこの申し出を快諾し、今日はアークエンジェルをここに停泊させて休む事にした。エルパソは哨戒任務があるからと直ぐに行ってしまっている。ジェーンとフラガとキースは再会の約束をしていたようだ。





 その翌日から水と生鮮食料の補給が始まった。この作業は貧乏くじ担当である生活班が行っており、他のクルーは半舷休息で赤道直下の海に出てきていた。特に日頃から負担が余りにも大きいパイロット達には出航までの自由行動が認められている。何しろこの艦のパイロットはオルガを除いて全部で5人。この5人で哨戒のローテーションを組んでいる為、毎日1人当たり5時間近くも哨戒飛行をしている計算になる。無茶苦茶なハードスケジュールだ。しかも実際にはフレイの体力はそこまで持たないので、男性1人当たりの担当時間は5時間以上である。
 この殺人的な労働に対して、マリューは休暇に際しては可能な限り優遇する事にしているのだ。単艦行動をするというのはかなり大変なのである。

 かくしてサンゴ礁の海に出たクルー達はそれぞれの方法でこの短い休暇を楽しんでいた。フラガはノイマンやチャンドラを誘ってアルビムの女の子をナンパしに出かけ、ヘリオポリス組はアルビムの人にエスコートされて初めてのサンゴ礁ダイビングを楽しんでいた。

 ただ、キラとカガリだけはこの場にはおらず、アルビムの責任者であるイタラに自分たちの事を聞きに出向いていた。2人はこれまでにアズラエルやヘンリーから聞かされた情報を纏めており、自分達は一体なんなのかを聞きたかったのだ。イタラが情報を持っていることはヘンリーから聞きだした。どうにもこの男、いろいろ知っているようだが情報を小出しにして楽しんでいる節があり、それがキラやカガリには忌々しくて仕方が無かった。
 だが、問われたイタラは少し困った顔で逆に問い返してきた。

「お若いの。お前さんたちは自分がどういう人間なのか、知っておるのかの?」
「どういう人間?」
「さよう。お前さんたち、特にキラとやら。お前さんは人間の範疇から外れておる」
「……アズラエルさんが言ってた、最高のコーディネイターとかいう奴ですか?」

 キラの応えにイタラは頷き、キラに対してとんでもない事情を語ってくれた。

「お前さんのことは、わりと周囲にも知られておったのじゃよ。何しろコーディネイターの可能性の限界に挑戦するような計画だったからの。嫌でも衆目を集めてしまったのじゃ。儂はお前さんに会ったのはこれが初めてじゃが、おおよその事は知っておる」
「でも、かなり無茶な研究だったんでしょう?」
「まあな。じゃが研究は続行されておった。お前さんは人間の夢と欲望、野心が積みあがった、そう、エゴという名の化け物なのじゃ。お前がいなければ調整体は生まれんかったし、メンデルがテロを受けて大勢の人間が死ぬ事もなかったかもしれん」
「キ、キースさんが体を弄られたのは、僕のせいだと?」

 キラの問いに、イタラは過去を悔いるかのように表情を歪めて頷いた。

「お前さんの父親、ユーレン・ヒビキは最高のコーディネイターを作り上げるという狂気に憑かれておった。それは科学者としての当然の欲求だったのかもしれんが、その為に多くの命が弄ばれた。そしてその果てに生まれた成功例が、お前さんじゃ。母親は反対しておったようじゃが、父親から見ればお前は道具にすぎんかったのじゃ」」
「その事は、前にも聞いた事があります。僕の両親が本当の親じゃないという事も」
「……そうか、バゥアーの息子か、ヘンリーが教えたんじゃな。まあそういう事じゃ。お前さんは最高を目指して、その為に体に恐るべき遺伝子を埋め込まれておる」
「恐るべき遺伝子?」

 自分の体はどういう強化を受けているというのだろうか。流石に不安になったキラはイタラに問い返したが、それに対するイタラの応えは想像を絶する物だった。

「お前さんの体には、無限の再生能力を期待してプラナリアが使われておる!」
「プ、プラナリア!?」
「更に強靭な生命力を得るためにゴキブリも使われておる!」
「ゴ、ゴキブリィ!?」
「おまけに空が飛べたら良いなとアホな夢を抱いてハエの遺伝子までもが!」
「ハ、ハ、ハエまで!?」
「このおかげでお前さんはどんな傷からも回復し、どう考えても死ぬじゃろとつっこみたくなる様な状態でも生き延び、もしかしたら背中に羽が生えてきて、飛べる筈が無いのに思い込みだけで飛べるようになるかもしれんのじゃ!」

 このイタラの話を聞いたキラは衝撃の余り両足が振えだしていた。カガリはアズラエルから実の兄か弟だと聞かされていた人物がそんな化け物だとは信じたくなく、必死の形相でイタラに食い下がってきた。

「お、おい、本当にキラはそんな得体の知れない化け物なのか!?」

 この必死の問い掛けに対して、イタラはフッと愉快そうな笑みを浮かべると、カガリを馬鹿にするような口調で答えだした。

「嘘に決まっとるじゃろ。こんな分かりきったネタを間に受けるんじゃないわい」
「…………」

 次の瞬間、カガリの右手に何処からとも無く現れた金属バットが問答無用でイタラの頭部を狙って振り下ろされたが、イタラは超人的な身体能力によってバックステップし、カガリの攻撃圏内から瞬時に逃れて見せた。

「ほっほっほ、まだまだ甘いのう、お嬢ちゃん。コーディネイターを捉えたければもっと早く振り下ろす事じゃ」
「無駄な方向に能力誇示してるんじゃない!」
「無駄とは心外な。これも立派な力の使い方じゃろうに」

 コ−ディネイターの身体能力をフルに発揮してカガリの手をひょいひょいと逃れてみせるイタラ。キラはいたらの話がジョークだと分かって安堵の余りその場に膝を付いてしまった。

「よ、良かった、冗談なんだ」
「少年よ、お前さんはどの辺りからジョークであって欲しいのかの?」

 キラの安堵の言葉に水をさすイタラ。そのサラリと切り込まれた言葉にキラがまた表情を引き攣らせてイタラを見た。

「やっぱり本当の部分があるの!?」
「儂は全部が嘘だとは一言も言っとらんからの」

 ひょっひょっひょと怪しい笑い声を上げるイタラ。キラは顔面蒼白になってよろよろと後ずさり、余りの衝撃の大きさに口がパクパクと動くだけで言葉を紡げなくなっている。あの中のどれか1つが本物でも嫌なのだ。

 そんな状態のキラを放っておいてカガリはイタラを追い掛け回していたが、イタラはひょいひょいと執務室の中を飛び回り、時には天井や壁に両手両足で張り付くという、人間じゃないだろと言いたくなるような芸当まで見せていた。まあ突起物に掴まっているだけなのだが。
 挙句の果てにカガリの背後に回りこみ、背後からその胸を鷲掴みにするという暴挙にまで出て来た。やられたカガリは顔を真っ赤にしてイタラを振り払うと、両腕で胸を隠すようにして物凄い速さでイタラから離れた。そのまま壁際まで言って目尻に涙まで滲ませてイタラを睨み付けるカガリに、イタラは両手をワキワキと動かしながら何やら考えてから思い出すように呟いた。

「ふむ、あの赤い髪のお嬢ちゃんより小さいの」
「……っんだとお、この痴漢爺ぃぃぃ!!」

 完全にぶち切れてしまったカガリは半泣き状態でイタラに殴りかかったが、イタラは飄々とした態度でカガリの手を躱しながら部屋から出て行き、カガリもそれを追いかけて行ってしまった。ただ1人残されたキラはまだ立ち直れないまま、呆然と立ちすくんでいた。





 のんびりとサンゴ礁から突き出た石灰岩の岩に腰掛けて釣り糸を垂れているのはキースだ。彼はみんなが海で泳いでいるのを尻目に、1人ラフに着崩した軍服姿で竿を出している。右のポケットにはウィスキーの小瓶が入っており、口にはだらしなく火のついたタバコが加えられている。
 その隣ではオルガが岩に腰掛けて黙々と何かの本を読んでいた。そのタイトルはかちかち山。キースから借りたのだろうか。

「暖かい南の海で、こうしてのんびりと釣り糸を垂らす。良いねえ」
「何を爺臭い事言ってんだ、お前は?」

 キースの呟きを聞いたオルガが本から目を離さずにツッコミを入れてくるが、キースは気にした風でもなく加えていたタバコを少し上向かせた。
 しかし、垂れているだけでアタリが来る様子は一向に無いのだが、彼は一体何を狙っているのだろうか。

 だが、その強化人間2人がのんびりと過ごしている岩場に、3人目の侵入者がやってきた。その人物が放つ異様なまでに暗いオーラにびびった2人は慌ててそっちに視線を走らせる。

「キ、キラ、どうしたんだお前?」

 キラであった。その俯いている顔は前髪で隠れ、その動作には力がまるで感じられない。まるで人形が歩いているような錯覚さえ感じさせる。キラはそのままキースの隣まで歩いてくると、その場にドサリと腰を降ろした。

「どうしたキラ、浮かない顔をして?」
「……すいません、キースさん」
「いきなりなんだ。また何か悪さでもしたのか?」

 キースはちょっと顔を引き攣らせてキラに問うたが、キラはキースの話を聞いてるのかどうかさえも怪しいほどに落ち込んでおり、ブツブツと謝罪を続けていた。

「僕がいなければ、キースさんが強化人間になんかなることも無かったのに」
「……イタラ老だな。あの人は独自の信念と主張を持ってる人だからな。メンデルの研究にも嫌悪感を持っていたようだし」

 キースは加えていたタバコの火を岩で揉み消すと、ポケットから取り出した携帯灰皿に入れて戻し、右手でキラの頭を軽くこずいた。キラは吃驚して顔をあげてキースを見ると、キースは詰まらなそうな顔で海を見詰めていた。

「お前な、ひょっとして俺が不幸だと思ってないか?」
「違うんですか。体を好き勝手に弄られたんですよ?」

 キラはキースの問い掛けに困惑を隠しきれなかった。赤ん坊の頃に体を改造され、そのままずっと研究所で実験動物として扱われてきた人生など幸せだった筈が無いのに、何故キースはこんな事を聞いてくるのだろう。自分が憎くは無いのだろうか。
 だがキースの応えは、キラの考えとは全く異なるものであった。

「俺は物心ついた時にはもう研究所の中だった。だから自分が他人に較べて不幸だとは思ったことは無かったな。比較対象が無いんだから当然なんだが。バゥアー家に引き取られてからはそりゃ驚いたがね。それでもまあ、自分の育ちを不幸だなんて思ったことは無いぞ。結構人生って奴を満喫してる」
「どうして、そんなふうに考えられるんですか?」
「人生前向きなのが俺の取り柄でね。それに、俺以外の調整体は俺の知る限り5人が拒絶反応を超して死んだんだ。他の2人が今どうしてるかは分からんが、こうして生きてるだけでも俺は運が良いと思ってる」

 そう言うと、キースはポケットからウィスキーの小瓶を取り出し、蓋を開けて一口だけ口に含んだ。実はこの男、何時も酒を携帯している。

「まあ、これまでの俺の人生は、生まれや結果で否定されるほど粗末なものじゃなかったさ。だからお前が気にすることじゃない。第一、お前が他人の人生を心配するなんざ30年は早い」
「…………」

 キースにバッサリと切り捨てられたキラは困惑した顔でキースの顔を見ていたが、キースはキラを見ようともせずにどこか別の所に視線を向けていた。それが気になったキラもキースが見ているほうに顔を向け、そこにイタラを追い回すカガリとマリューを見た。

「何してるんだ、あの2人は?」
「ちょっと待ってください。何か言ってます。ええと……小さくて悪かったなあ?……クリスマス過ぎた胸には興味ないですってえ?」
「イタラ老め。相変わらず元気なようだ」
「いや、どうやって見抜いたんです、あの人?」

 おかしそうに笑うキースの隣で、キラはイタラの驚異的な眼力に首を捻っていた。この辺りは完全に年季の差だろう。戦闘中に戦場の流れを見る能力はアークエンジェルではフラガとキースだけが持つもので、世の中には経験を積み重ねなくては決して身に付かない能力もあるということだ。
 もっと、イタラのこれは才能の無駄遣いという気もするが。
 なお、この後に浜の方に行ったキラは女の子を引っ掛けるのに成功したノイマンや、キースを探しているナタルや、カメラを手に写真を取り捲っているカズィなどに会っていたりする。

 この日の午後3時になってようやく生鮮食料と真水の補給を終えたアークエンジェルはアルビムから去る事になった。水が手に入れば用は無いとばかりにアークエンジェルはさっさとここから出て行ってしまったが、それを見送ったイタラはやれやれと首を左右に捻り、アークエンジェルの後部をじっと見詰めた。


「やれやれ、儂の隠居生活もこれまでかの。ヘンリーはあのキラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハをSEEDを持つ者の可能性があるとか言っておったが、そんな者が本当に実在するのか? もし実在するとしても、調停者が居なくては拒絶されて消え行くだけじゃろうに」

 あの何処か間の抜けた少年と気の強い少女が本当にSEEDを持つ者だとしても、それだけでは意味が無い。SEED理論には彼らをナチュラルに受け入れさせる存在が、コーディネイターが必要な筈なのだ。
 それに、イタラはSEED理論に付いて自分なりの回答のようなものを持っている。それはマルキオが主張していたようなSEED理論。つまりは救世主願望であるが、それとはまったく異なる結論である。
 だが、彼が達した答えでもやはりコーディネイターが、調停者が必要な筈なのだ。あの2人はそんな存在を見つけているのだろうか。それともこれから現れるのだろうか。
 そこまで考えて、ふとイタラは1人の人物に行き当たった。そしてその可能性に気付いたイタラは、なんだかおかしくなってくぐもった笑い声を漏らしている。それを見て部下がどうしたのかと声をかけてくると、イタラは凄く楽しそうな、いたずらっ気のある笑みを見せて応えた。

「いやなに、もしかしたら儂は、とんでもない約束をしてしまったのかもしれんと思ってのう。こりゃ、今のうちから準備を進めておいたほうが良さそうじゃ」
「準備、と言われますと?」
「とりあえずは、各地のスフィアの代表達と連絡を取ってもらおうかの。久々に話し合う必要がありそうじゃて」

 そう部下に指示を出して、イタラはまた楽しそうに笑い出した。そう、イタラの予想が当たっているなら、これから事態はかなり面白くなるはずだからだ。

 

 この時、アークエンジェルの露天甲板ではカガリが左手で膝を抱え、右手で牛乳ビンを握り締めながらじっと水平線を見詰めていた。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「覚えてろよ。次に会う時までには、必ずフレイを追い抜いてみせるからな」

 どうやら相当気にしているようであった。しかし、何て不毛な誓いなのだろうか。




 プラントで日が暮れた頃になって、1つの船団がプラントから出航するべく準備を整えていた。それは地球に向う輸送船団で、形のまちまちの輸送船16隻を2隻のローラシア級巡洋艦が護衛している。また、前方を警戒する部隊として2隻のローラシア級巡洋艦が先発している。
 この船団は地球に補充兵やプラントで生産されたMS、車両、各種弾薬、推進剤や消耗部品を送る為の船団であり、地上軍にとってはまさにの生命線である。アスランとニコルはこの船団に便乗し、途中で搭載されている民間シャトルに乗り換えてオーブのカグヤ宇宙港に降り立ち、そこでイザークたちと合流する手筈になっている。その為にクルーゼはわざわざオーブにアースロイルの入港許可まで取っているのだ。
 アスランはこの処置に疑問を感じないではなかったが、クルーゼはアークエンジェルがオーブに向うと予想を立てているようである。アルビムに現れた事から考えても東アジアに向かう事は考え難く、そうなればオーブを経由して大西洋連邦本土を目指すのが当り前の航路となる。
 その為にクルーゼは足つき撃沈の為に密かに部隊の終結を図っていた。傭兵部隊も雇い入れているようで、かなりの戦力を溜め込んでいるらしい。

 アスランとニコルは輸送船オルマト号に乗り込む事になっており、輸送船が停泊している宇宙港へとやってきたが、ここに入るまでにかなり厳重なチェックを受ける羽目になった。どうもここの所テロが続発していることへの対応らしく、宇宙港管理局がどれだけテロを警戒しているかを伺わせている。
 そしてようやく宇宙港にたどり着いたアスランは、そこでロビーを埋め尽くす兵士を見る事となった。沢山居るなあと2人が驚いていると、いきなりアスランの背中を誰かが叩いてきた。その衝撃に噎せこんだアスランが顔を顰めて背後を振り返ると、そこにはアスランにとって懐かしい顔があった。

「よう、アスラン。久しぶりだな」
「デュラントじゃないか。どうしてここに?」
「こいつらの引率役だよ。今の俺は教官なんでね」

 アスランがデュラントと呼んだ兵士は肩を竦めている。ニコルはアスランを肘で突っつくと、誰なのかを聞いた。それでアスランはニコルにデュラントを哨戒してくれた。

「ああ、マイク・デュラント。俺のパイロット訓練校時代の仲間だよ。ニコルは会うのは初めてだったな」
「ええ、初めてです」
「でも、前線で負傷したとは聞いてたが、プラントで教官をやってるとは知らなかったぞデュラント」
「まあ、それだけ人手が足りなかったって訳さ。病院から出てきたらいきなりヒヨッコどもを扱けなんて命令されたんだからな。それで今度はいきなり地球に行けだ。まったく上はなに考えてんだか」

 どうやらデュラントは上の決定に不満を持っているらしい。それを聞いたアスランとニコルは表情を曇らせてしまい、それに気付いたデュラントは慌てて失言を謝った。

「す、すまん。アスランの親父さんだったな」
「いや、良いさ。俺も無茶だとは思ってる」

 デュラントに対してアスランは首を横に振って謝る必要はないといった。
 そんな事をしていると、自分たちの教官と話している男が珍しかったのか、それとも2人の赤服が目を引いたのか、訓練生達が3人の周囲に集ってきた。

「あの、誰ですか?」
「ああ、こいつは赤い死神と言われてるアスラン・ザラだよ。そっちはアルマフィ議員の息子のニコル・アルマフィだ」
「あ、赤い死神。何だよそれ?」
「お前の異名だよ。プラントじゃ結構有名になってるんだぜお前。何しろザラ議長の1人息子で赤を着るエースで部隊1つを任されるエリートだからな」
「宣伝材料じゃないか」

 アスランは呆れて渋面を作ったが、その名を聞いて周りの兵士達が騒いでいる所からすると有名というのは本当らしい。それを実感してしまったアスランはトホホ顔で肩を落としてしまった。
 それを見たデュラントは何かを思いついたのか、周囲の兵士達を見回した。

「おいお前ら、せっかくだから2人に握手でもしてもらえ。良い記念になるぞ」
「デュ、デュラント、お前何言って!?」
「それくらいのサービスはしろって。それじゃ、俺はまだ仕事があるからこれで」

 デュラントはアスランとニコルの文句を尻目にさっさと事務局の方に行ってしまい、2人は目を輝かせている少年少女たちに握手攻めに会う羽目になったのであった。


 本当に全員と握手させられた2人は疲れきった様子でとぼとぼとオルマト号に乗り込み、そのまま真っ直ぐ艦橋を目指した。途中で親切にも案内板が沢山あり、迷う事は無かった。以外と簡単に艦橋までたどり着いた2人は艦橋に入ると、艦橋クルーに敬礼をして艦長の前に立った。

「ザラ隊隊長のアスラン・ザラです」
「ザラ隊隊員のニコル・アルマフィです」

 2人が敬礼を施した相手はザフトの軍服の上にベストのようなものを着ている中年の恰幅の良い男性であった。その皺が伺える厳つい顔に付いている目は穏やかな光を宿している。

「話は伺っていますよ。私は船長のダナンです。道中退屈でしょうが、我慢して頂きたい」
「いえ、地球まで無事に運んで頂ければ、それで十分です」
「それはお約束しますよ。お客様を確実に目的地にまで送り届けるのが貨客船の仕事ですのでね」
「貨客船?」

 軍の輸送船なのに何故貨客船なのかと疑問に感じていると、艦長は2人に説明をしてくれた。

「元々この船は地球とプラントを結ぶユーラシア連邦の貨客船だったのですが、戦争に伴ってザフトに接収されてしまいましてね。今では徴用船として軍の輸送任務に付いているわけです」
「それは……」

 徴用船そのものは珍しいわけではないが、いざ目の前で徴用されたと言われると考えてしまうものがある。民間人から無理やり船を取り上げて戦争に使っているという事だからだ。しかもその場合、クルーも軍属扱いでそのまま戦場に出ることも多い。この艦のクルーもそういった軍属なのだろう。
 しかもユーラシア連邦の貨客船という事は、この艦のクルーはナチュラルの可能性が高い。ザフトにナチュラルが居ないわけではないが、その扱いは決して良くは無いのだ。
 そういった考えが顔に出ていたのだろう。ダナン船長は苦笑を浮かべて火の付いてないコーンパイプを取り出し、それを口に加えた。

「何、御心配なく。何があろうとあなた方を無事に送り届けて見せますよ」

 自分がナチュラルだという事に感づいて不安に思ったのだろうと考えたのだろう。艦長はそう言って座席に腰を沈めたが、オペレーターの女性がこっちを見て怒った声をぶつけてきた。

「船長、艦橋は禁煙ですよ!」
「……火は付けてないだろうユーファ。咥えてるだけなんだから良いだろうに」
「駄目です。そう言って何回火をつけましたか?」

 ビシッと窘められたダナン船長は渋々パイプを懐にしまい、コホンと咳払いをして出航の準備に入った。こうしてアスランたちは再び地球への帰路についた。しかし、その帰路も決して平坦なものではなかったのである。




後書き

ジム改 いよいよアークエンジェルはオーブ領までもう少しの所に。
カガリ ……私の胸は小さくないんだ。フレイが大きすぎるだけだ。
ジム改 ああ、今日は助手君がまだ復活していないようだな。では後書きはこれで……
カガリ まて、まだ終わるな!
ジム改 復活早!?
カガリ 今回はSEEDとコーディネイターが多かったな。
ジム改 俺はこのテーマを投げ出す気はないし。
カガリ ところで、キラの秘密って、本当にイタラの言う通りなのか!?
ジム改 ……秘密。
カガリ 秘密じゃねえ。兄妹の私の事情も考えろ!
ジム改 世間体か。
カガリ ま、まあな。
ジム改 まあ気にするな。おいおい明かされていくはずだ。
カガリ それでは次回。クルーゼの用意した最強の刺客が遂に姿を現す。こいつこそもっとも危険なイレギュラーにして最強の怪物だった。そしてアスランは引き返せない業を背負う戦いをすることに。
ジム改 次回、「待ち伏せ」でお会いしましょう。

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