第72章 待ち伏せ
プラントを出航した船団は地球まで5日の航海を実に平穏に過ごしていた。最近は連合軍による航路の機雷封鎖が行われるようになっており、これに引っ掛かって爆沈する輸送船は後を絶たないのだが、今回はそのような不運な船もおらず、敵発見の報ももたらされない。実に平和な航海であった。
しかし、その航海にも唐突に終焉が訪れた。船室でのんびりと本を読みながらくつろいでいたアスランは、いきなり鳴り響いた警報に驚いて周囲を見回し、そして部屋を飛び出すと艦橋に向ったが、その途中でいきなり艦が何かにぶつかったかのような衝撃を受けて大きく揺れた。
艦橋ではダナンが厳しい表情で部下達に指示を出していた。
「どうしたんですか、艦長!?」
「一番右側を航行していたアークタラス号が自動攻撃機雷の攻撃を受けて撃沈されました。現在生存者の救出を行っておりますが……」
生存者がどれほど居るだろうかというレベルの救助作業だろう。何しろ完全に油断していた所に一撃だ。自動攻撃機雷とは海軍が使っているキャプター機雷、魚雷を射出できる機雷の宇宙版のようなものであり、地球連合は爆発カートリッジを使ったパルスレーザー砲搭載型を使っている事が多い。爆発カートリッジとは圧電素子と火薬で構成された筒で、火薬の爆発で圧電素子を爆縮し、瞬間的に数万ボルトの電圧を得るという使い捨て型の発電システムである。これはお手軽な為、MA用の火器電源などにも使われている。一発撃ったらカートリッジを排出して次弾を装填するわけだ。バッテリーを圧迫しないビーム兵器電源やレールガン電源として現在普及し始めている連合の技術である。
このレーザーは軍艦の装甲を破壊するほどの威力ではないが、輸送船やMS、航宙機には大変な脅威となる機雷である。普段は太陽光発電パネルで発電をしながら目標をレーザー索敵で探している。
アークタラス号はこの機雷の犠牲となったのだ。このタイプは一箇所に複数配置されていることは少ないのだが、それでも可能性はゼロではない為に他の艦艇は慌ててこの宙域から離れようとしている。更に念のためにジンが2隻の巡洋艦から8機出撃して警戒配置に付いていた。
「……不味いですな。今の爆発、気付かれなければいいのですが」
「何がです、艦長?」
「近頃は連合の通商破壊戦が活発でして。この近くに連合の艦が居れば当然爆発に気付くでしょう。もしくは機雷が攻撃前に信号でも発してこちらの存在を知らせたかもしれません」
「では、敵が来ると?」
「当たって欲しくは無いですが、私の勘では来ると思いますね」
艦長の予想を裏づけするかのように、程なくしてレーダー手がNJの散布干渉を報告して来た。レーダーを潰された以上、敵はもうすぐそこまで来ているだろう。
「艦を近くのデプリに隠せ。積み込んでいるMSにはパイロットを載せていつでも発進できるように待機させろ。護衛艦で防げなければ、こっちもMSを出すしかないぞ!」
「ですが船長、パイロットはまだ訓練生ですよ。出しても死にに行かせるようなものです!」
「そんな事は分かっている。だが、出さなければ船が沈むんだぞ。そうなればどのみち一緒なんだ!」
そうこうしているうちに、護衛艦のジン部隊が敵機と接触したようで、スクリーンに幾つもの爆発の光が現れだした。敵はどうやらMA部隊のようだが、それは恐ろしいほどの速さで動き回っている。
その動きの速さに目を見張っていたアスランは、直ぐにそれの正体に思い至った。
「あれが、ナチュラルが投入し始めたという無人MAか。これまでのMAよりは強いと聞いていたが……」
スクリーンの映像で見る限り、敵のMAは数で劣るジン部隊を圧倒しているようだった。MAは有人機では不可能な鋭角的な機動を繰り返しており、ジン部隊は照準に捕らえるのも難儀しているらしい。
そう遠くないうちに船団にも襲い掛かってくると確信したアスランは、艦長に自分も出ると進言した。
「艦長、私も出ます。機体を貸していただけますか」
「ですが、貴方には大切な任務があるでしょう。こんな所で身を危険に晒す必要は無いのでは?」
「さっき艦長も言っていたではないですか。ここで船が沈めばどのみち一緒だと」
「それは……そうでしたな」
ダナンは苦笑すると、格納庫に内線を繋ぎ、ジンを用意するように指示を出した。そして向こうからなにやら込み入った話をされ、それに許可を与えて内線を切る。
「どうやら、既にアルマフィが格納庫に行っていたようです。貴方のジンも用意しておきますから、お行きください。ゲイツよりはジンの方が扱い易いでしょう」
「確かに。ゲイツは乗った事がありませんからね」
アスランはダナンの気遣いに感謝しつつ、急いで格納庫に向った。アスランにとって久しぶりの無重力戦闘が始まろうとしていた。
この輸送船団を見つけたのは月から発進してきたロットハウト率いる第7艦隊の一部であった。編成はアガムメノン級母艦1隻、戦艦2隻、駆逐艦6隻、特設MA母艦3隻となっている。
ロットハウト准将は情報部から送られてきた敵の輸送計画に関する報告を元にここに進出して機雷を散布して待ち構えていたのだが、その情報どおりに大規模な輸送船団がここを通りかかった時には逆に驚いていた。
「ほう、情報部の情報が当たったようだな。前にザフトの総攻撃の予想を外して以来、どうにも信用できなかったんだが」
「あの時はアラスカ基地を囮に敵ごと自爆させようとしていたそうですな。まあ、そんな馬鹿な作戦が実行に移されなくて幸いでしたが」
「あの時点ではやむをえない作戦だったかもしれん。もし本当にこられたら守り切れなかっただろう」
ロットハウトはユーラシアの将官なので、当然自軍を生贄にしようとした大西洋連邦に怒りを覚えたものだが、それ以上にそこまでしなくてはならないほどに追い詰められてしまったのかという落胆の方が大きかった。
そこまで追い詰められていた地球連合が今こうしてプラントの生命線である地球−プラント間の航路を破壊する所まで来ているのだから、今はそちらに全力を尽くすべきだと考えている。それがこれまでの戦いで散っていった多くの将兵の無念を晴らす事だと信じて彼は戦い続けているのだ。
「よし、MA母艦に連絡。ファントム隊を発進させろ。制宙権を握るぞ!」
「閣下、MS隊やメビウス隊、メビウスゼロ隊は出さないのですか?」
「有人機は余り消耗したくないからな。まずはこちらが有利となる状態を作り上げる事だ。奴らのベテランは護衛艦の艦載機だけの筈だから、それを叩けば後は楽な仕事になる」
参謀の疑問にロットハウトは笑って答えた。地球連合のパイロットの消耗は凄まじいの一言に付き、現在では再建が進んでいるとは言ってもベテランはかなり貴重な存在なのである。特に今回はようやく再建されてきたメビウスゼロ部隊も一部同行させているので実質的な戦力はかなり大きい。反面MSの数は少なく、ストライクダガーを少数持ってきているに過ぎない。
艦隊の後方に配置されていた3隻の特設MA母艦は長方形の箱型をした、いかにも急造という印象が拭えない艦艇で、この艦の左右のハッチが次々に開放され、片舷10機、計20機のファントムがドッキングアームで艦の外へと出されてきた。このファントムは無人機で、敵を光学、熱源で識別して攻撃する。その性格上完全な迎撃機ではあるが、艦隊戦ではこのように敵MSを狙って出撃させる事も出来る。流石にチームプレイなどは不可能ではあるが、数を投入すればジン位には十分対処できる事が月基地防衛戦で証明されている。
ロットハウトは今回持って来た60機全てをいきなり前線に投入した。敵のジンは8機であることが確認されているので、数で一気に押し潰してしまおうと考えたのだ。ファントムは対艦攻撃をするようには作られていないので、ジンを始末した後で有人機や艦艇の攻撃で輸送船を沈める予定である。
このファントムの大群に対してジン部隊は果敢に迎撃に出てきたが、ジン部隊は殆ど一方的に叩き潰される事となった。元々60対8では数に差がありすぎる上に、今回投入されているファントムは月での戦いで得た戦訓を元に、月で使った試作品よりも改良された性能向上型なのである。特に制御ユニットの改良は大きく、敵味方の判別能力、動作パターンや反応速度などが大きく改善されている。
ジン部隊はファントムの大群に文字通りの見込まれてしまい、アスランたちが助けに行くより早く1機残らず撃墜されてしまっていた。
アスランはオルマト号の格納庫で固定されていた地球に輸送される筈だったジンの足元に向う途中で、出撃するために機体に乗り込んでいくパイロット達に手を振って挨拶をい ていた。彼らはアスランを見ると慌てて敬礼をしているが、よほど慌てたのか無重力を漂うままに壁やMS、整備兵にぶつかる者も多かった。
「おい待てルナマリア、そいつは地球に降ろす予定の最新型のレールキャノンと特殊砲弾だぞ!」
「敵襲なのよ。そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
「お前は撃ちたいだけだろうが!」
整備兵となにやら揉めている訓練性も居るようだ。
アスランはそんな初々しい訓練生たちに苦笑をしていたが、意気上がる訓練生たちの中で初陣に不安そうな顔をしているパイロットたちを見つけたアスランは、彼らの元に足を運んだ。
訓練生達はアスランを見ると一様に何か言いたそうな顔をしたが、誰も何も言わなかった。そしてアスランはそういう顔をする兵士が何を考えているのか、大体の見当が付いていた。前線にも居ない訳ではないからだ。
「どうしたんだ。何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「……出撃したくありません。だって、僕たちが出ても何が出来るって言うんですか?」
護衛のジン部隊が全滅したという報せを聞いたのだろう。実戦を潜り抜けてきた歴戦の護衛部隊ですら殲滅してしまうような敵を相手に、訓練も終えていないような自分達が出て行って何が出来るというのだ。
アスランは訓練生たちの心情を理解した上で、ある意味物凄く残酷な決断を彼らに強いる事になる。
「怖いのは君達だけじゃない。ここにいる全員が同じ気持ちでいるんだ。俺だって怖い。だが、そこでどういう行動をするかで軍人と民間人の差が出る。分かるか?」
「…………」
「考えろ。どうするかは君達に任せる。出るのも残るのも、自分で決めるんだ」
アスランに決断を負かされた訓練生達は途方に暮れたような顔になっていたが、アスランは彼らに背を向けると自分のジンに向っていった。そしてジンのコクピットハッチに取り付いて整備兵からアドバイスを受け、コクピットに入って機体を立ち上げていく。その中でアスランはサブカメラの1つに先程の兵士達を表示させた。そしてどうするのかとじっと見守っていると、兵士達は1人、また1人と自分のジンやゲイツへと散っていった。
それで良い。と呟いて小さく頷いたアスランは、機体を固定ベッドから離すとエアロックへと移動させていった。この艦は戦闘艦ではないのでカタパルトは無いのだ。勿論戦闘管制も期待できない。
「アスラン・ザラ、出るぞ!」
アスランのジンがエアロックから飛び出していく。そしてそれに続いて数機のジンやゲイツが出撃して来た。その中の1機のゲイツがアスランの機体に手を当てて回線を繋いでくる。このゲイツはアスランが初めて見る、MS用としてはかなり大型の長砲身レールキャノンを装備していた。
「私達も行きます、ザラ隊長」
「君は……確か赤を着ていた……」
「ルナマリア・ホークです。これでも訓練ではそれなりの成績を上げてます」
どうやら訓練生の中ではそれなりの凄腕のパイロットであるらしい。経験の浅い兵士はこういう血気にはやる面が出易いものなので、アスランは苦笑を浮かべてしまった。自分も訓練校時代には早く戦いたいと言っていたのを思い出したのだ。
だが、何時までも苦笑してはいられない。アスランも表情を引き締めると、ルナマリアに指示を出した。
「ホーク、初陣で無理をしない方が良い。仲間と協力して艦に敵を近づかせない事に全力を挙げるんだ」
「いえ、大丈夫です。やれます!」
「……なら無理には止めないが、俺に付いてこれるかな?」
どうやら結構気の強い性格のようだと悟ったアスランは、仕方なく言葉ではなく、実力差という現実で分からせる事にした。言い終わると同時に機体を加速させ、向ってくるファントムとの格闘戦に突入する。ジンの機動性を熟知しているアスランの動きは訓練生の乗ったゲイツを遙かに凌いでおり、重突撃機銃の火線は性格にファントムを捕らえ、重斬刀は敵機を擦違い様に破壊していく。
近付いてきた敵機3機を簡単に仕留めてしまったアスランの技量に、ルナマリアは呆然としてしまっていた。彼女の周囲にいるMSの動きも止まってしまっている。
「凄い、あれが赤い死神の実力なの……」
「お、おいルナ、あんなのに付いて行こうってのか。無茶だろ」
仲間がルナマリアを止める。あれは自分達では追いつく事も出来ないような動きなのは明らかであり、アスランの言う通り大人しく後方にいた方が良い。ルナマリアもそれは理解できたのか、悔しそうに臍を噛みながらも渋々と艦の方へと下がり、レールキャノンをファントムに向けた。
「行くわよ、記念するべき第1射!」
ゲイツの指がトリガーを引くと、砲口から砲弾が撃ち出された。その砲弾は従来のレールガンとは比較にならない弾速で敵機に向っていったのだが、それは豪快に見当違いの空間を貫いて虚空の彼方えと消えていってしまった。
「……こ、こういうのは数撃てば当たるのよ」
「ちょっとまて、お前それひょっとして対G兵器用の新型レールキャノンと特殊砲弾じゃないのか!?」
引き攣った声でふざけた言い訳をしてくれたルナマリアに仲間の悲鳴のような非難の声が浴びせられる。この砲と砲弾はフェイズシフト装甲を持つG兵器に苦しめられている地上ザフト部隊の要請で開発された、かなり無茶苦茶なレールキャノンである。砲身はMSの全長を超えるほどに長く、砲単体で独自の電源を持っている。砲弾はコスト度外視の単結晶タングステン製の特殊砲弾で、フェイズシフト装甲の結晶構造を転位によって衝撃方向に安定させることで生まれる高強度を一撃で破砕する事が可能という桁外れの砲弾である。ただし、コストは考えてはいけないという悪夢の兵器でもある。
地上ザフト部隊は大西洋連邦軍が各地に少数投入してきたG兵器によって恐ろしいほどの損害を出しており、これに対する有効な攻撃手段を切望していたのだ。これに対してプラントの技術開発部が出した答えがこの長砲身レールキャノンと特殊砲弾である。
これはフェイズシフト装甲が『転位に因る変形機構理論』を応用した装甲であるのに対し、こちらは転位論の理論せん断応力を超える高速塑性変形を起こせばよいという『転位に因らない変形機構理論』で破壊してしまうというものである。ようするにフェイズシフト装甲の理論せん断応力による防御力に対し、局所に瞬間的に高い荷重をかけて変形させてしまうという事だ。
ただ、こんな無茶をした兵器なので当然コストは聞くのも恐ろしい額に達している。砲弾1発でも惜しくなるような欠陥兵器となってしまった。ルナマリアが外したのを見て仲間が悲鳴を上げるのも無理は無いだろう。
だが、これは地上において長距離からGを倒せる、恐らくは唯一の兵器として期待されている。何しろ大気圏内では荷電粒子ビームは急激に減衰する上に地磁気や大気の対流などで偏向もされる。これではかなり近付かないと効果が無いばかりか、真っ直ぐ飛ばないので当たりもしない。そういう問題からこのレールキャノンが開発されたのである。レーザービームなら遠くの目標も叩けるのだが、こちらはエネルギー変換率はともかく、威力が余りにも足りない。
アスランの指示に従って長距離からちまちまと砲撃を加える訓練生達。このアスランの指示に従うという判断がルナマリアたちの命を救った。ファントムは確かにアスランからすればさほど恐れるような相手ではなかったが、それはアスランが聞かされていたファントムよりも明らかに強かったのだ。これの相手をするとき、アスランは月でのデータを想定した攻撃を加えていたのだが、このファントムはアスランの攻撃を回避して反撃を加えてきたのである。
「この短時間で更に改良してきたのか。ナチュラルも無策じゃないな」
未だに認めたがらない者も多いが、これまで最前線で頑張ってきたアスランはナチュラルが決して侮れるような相手ではないことを骨身に染みて知っている。この無人MAも短時間でジンと戦えるレベルの兵器にまで仕上げてしまったという事なのだろう。天才はナチュラルにもいるということだ。
このファントムはアスランやニコルには恐れるような相手ではなかったのだが、訓練生達にはかなりの強敵であった。月の時でさえ無人MA2〜3機でジン1機と互角と言われていたのだ。それの改良型に対して訓練生のジンやゲイツでは、下手をすれば1対1で対等かそれ以下かもしれない。
アスランの視界内でさえ次々に訓練生の乗ったMSが直撃弾を受けて四散していく。このMAはどうやらレールガンとバルカンで武装しているようで、それはMSを破壊するには十分な威力を秘めているようだ。
「くそっ、これじゃ守りきれない。訓練生は下がれ。無駄死にするだけだ!」
余りの犠牲の多さに堪りかねたアスランが叫んだが、それに従って撤退する動きを見せた機体は少なかった。大半は目の前の敵との戦いに必死で、アスランの指示を聞くような余裕も無かったのだ。これが始めての戦闘なので誰も余裕が無い。中には通信機をスイッチを切ってしまっているパイロットまでが居たのである。
訓練不足の兵を前線に出せばどうなるのか、というテーマの見本市のような醜態を晒している訓練生たちにアスランは己の無力さを痛感してしまっていた。まだ14、5歳の少年少女が次々に死んでいるのだ。アスランはとにかく必死に頑張ってはいたが、彼の努力は死人を数人減らす程度のものでしかない。一人ではやれる事にも限界がある。
前線で頑張っていたアスランは、バッテリー切れが近いという警告を受けて近くのローラシア級巡洋艦に着艦して補給を受ける事にした。慣れた動作で機体を格納庫に居いれ、直ぐに整備兵に預ける。周囲には補給中のジンがベッド数を上回る数で置かれており、整備隊はベッドに固定せずに延長コードを使い回すことで対処しているようだ。
艦内に入ったアスランはそのまま待機所の方へ歩いていき、自販機から高カロリードリンクを取り出してチューブを口に含んだ。戦闘中に固形物は口にしない方が良いのだ。中には平気で食べる剛の者も居るが、アスランは口にしないようにしている。
待機所には10人近いパイロットが居たが、全員暗い表情で項垂れていた。どうやら全員訓練生であるらしい。ここに補給に来るまでの戦いで多くの仲間を失ったのだろうと思うと気落ちするのも分かるが、何時までも落ち込んでいては次は自分が死ぬ事になる。
その事を伝えるべきかどうかで悩んでいると、いきなり艦を大きな衝撃が襲い、次いで警報が鳴り響いた。直撃を受けたという証なのだが、警報に続いて艦長のものと思われる放送が鳴り響いた時、誰もが一瞬耳を疑った。
「総員退艦しろ。本艦は間もなく沈むぞ!」
その放送を聴いて訓練生達はパニックを引き起こしていたが、アスランに一喝されて竦みあがってしまった。アスランは急いで訓練生達にジンに乗り込んで艦から出るように指示を出し、自らもヘルメットを取って急いで格納庫へと向った。
格納庫では整備兵たちが脱出しようともせずにジンの出撃準備を進めており、アスランのジンに取り付いていた中年の整備兵も補給用の電源コネクタを外しているようだった。アスランが来たのを見て急いでコクピットに入るように言い、コクピットに入ったアスランに補給の状況を伝えてくれた。
「すまんが、時間が無かった。バッテリーの補給は30%ちょっとだな。重突撃機銃の弾は全弾装填しておいたから安心してくれ」
「それより、早く脱出を!」
「もう間に合わんさ。それに、若い奴らは先に逃がしておいた。残ってるのは俺たちだけさ」
そう言って整備兵は笑みを浮かべた。
「新米どもとプラントを頼む。俺たちに代わって守ってやってくれ」
「……はい、必ず」
その答えを聞いた整備兵はアスランのジンから離れていった。まだ他の機体があるのだろう。アスランはコクピットハッチを占めると、無言のままに機体を発進させた。
アスランが出撃して2分ほど後に、このローラシア級は爆散してしまっている。この艦から脱出した脱出艇は友軍輸送船に回収されているが、その中に居たのは全員10代後半から20代前半の若者であったという。
そして、とうとう輸送船が食われだした。必死に退避していた輸送船の1隻が敵機に集られ、滅多撃ちにされて沈められてしまったのである。アスランは敵を討とうとその敵機を探したが、発見できた機体を照合してみると、その結果は驚くべきものであった。
「メビウスゼロだと。足つきに乗っていたオレンジ色のMAと同じ奴か!?」
有線ガンバレルを使い、他方向から同時に攻撃を加えてくる恐るべきMA。開戦後からこのメビウスゼロだけはMSにとっても大きな脅威となっていたのだ。それがなんと4機も居る。連合はどうやらこの部隊を再建したようだ。
そしてそれに続くように対艦大型ミサイルを抱えた通常のメビウスの姿もあった。これが輸送船を沈めているらしい。
これ以上はやらせまいとアスランはジンをそちらに向けようとしたが、すぐ傍をビームの光が面にていったのを見て慌てて機体を蛇行させた。
「なんだ、ビームだと!?」
慌てて周囲を探すと、なんと今度は地上で見たことがある連合の量産型MS、ストライクダガーの姿があった。シールドとビームライフを構え、近くに居るジンやゲイツを確実に仕留めている。数は少ないようだが、その強さは訓練生達を完全に圧倒してしまっている。折角のゲイツがその高性能を生かす機会も与えられぬままに、ビームに貫かれて一輪の光へと変わり果てているのだ。
その中の1機がアスランを狙って攻撃を加えてきている。アスランも機体を横滑りさせて敵のライフルの照準を外しながら重突撃機銃で応戦していたが、敵の使っているシールドはかなり頑丈なようで受けた弾を悉く弾き返している。たまに機体にも当たっているのだが、流石にそれくらいでは参らないようだ。
仕方なく重突撃機銃を撃ちながら距離を詰め、斬艦刀による格闘戦で勝負を決める事にした。だが距離を詰めてくるジンを見て相手もこちらの意図を見抜いたのだろう。ビームライフルを腰にマウントしてビームサーベルを抜いてきた。
距離が詰った所でダガーがビームサーベルを突き出してきた。アスランはこれを回避する以外に手が無く、無茶を承知で機体を横に滑らせた。急激な機動によるGがアスランの体を軋ませるが、それに堪えて左手に持つ重斬刀を横薙ぎに振るった。しかし、その斬撃は機体を捉えることは無く、ダガーのシールドに受け止められてしまっていた。
「こいつ、受けるのか!」
これ以上は自分の方が不利になると判断したアスランは離脱を図った。だがダガーはそれを容易に許す事は無く、逃げようとするアスランに容赦なくビームライフルを撃ってくる。ダガーと違ってアンチビームシールドを持たないジンでは逃げ回るしかなく、アスランは歯噛みしながら必死に機体を操った。
「出来る、地球軍にも手練れは居るようだな!」
左右に機体を振りながら後退を重ねていくアスラン。時折反撃で重突撃機銃を撃ち返すが、敵もまた巧みな回避運動によってそれを掠らせもしなかった。
このアスランの必死の戦いは、ダガーが背後からやってきた別のジンの重突撃機銃に倒されるまで続いた。アスランに気を取られている内に背後から撃たれたダガーは上半身を穴だらけにされて爆発した。
「アスラン、大丈夫ですか!?」
ニコルだった。どうやら苦戦しているアスランを見て助けに来てくれたらしい。
「助かったニコル。正直危なかった」
「この部隊、かなり強いですよ。巡洋艦も1隻殺られましたし、MS隊はかなりの犠牲を出してます」
「ああ、先のMSで俺も実感したさ。ナチュラルも確実にMSに慣れてきてる」
アスランはヘルメットのバイザーを下ろして額の汗を拭うと、ニコルに現在の状況を尋ねた。
「ニコル、味方はどうなってるか分かるか?」
「駄目です。何処もかしこも混乱してて、通信機から聞こえてくるのは悲鳴と怒号だけです」
「……どうにもならないか。だから訓練生を前線に出すのは反対したんだ」
過去を悔いてもはじまらないが、アスランはあの時父に強硬に反対しなかった事を後悔していた。敵がここに居たのが偶然か、それとも情報漏れかは分からないが、自分達はとことんまでツキが無かったのだろう。
「ニコル、弾とバッテリーは後どれ位ある?」
「もうほとんど無いですね。艦に戻って補給しないと」
「こっちも同じだ。もう一度MSに会ったら逃げ切る時間も無いかもな」
流石のアスランでも弾も推進剤もバッテリーも無い状態では何も出来ない。どれほどのエースでも素手ではMSは倒せない。
しかし、アスランの心配は無用のものであった。実はこの時、連合軍も撤退を開始していたからだ。ロットハウトは敵が想像以上の数のMSを投入してきたのを見て、些か弱気になったのだ。幾ら戦況を挽回してきたとはいえ、歴戦の指揮官である彼にはまだMSに対する根強いコンプレックスがある。その事が今回は足を引っ張ったのだ。
さらに出撃させた6機のストライクダガーのうち4機が撃墜されてしまった事もロットハウトを弱気にさせた。あげた戦果を考えればここで更なる攻勢に出るべきだったのだろうが、ロットハウトは戦力保持を考えてしまったのだ。
そしてそこに更なる追撃ちのような報せが届いた。
「提督、船団の前方に出ていた前衛の巡洋艦2隻が戻ってきていると哨戒機から報告が来ました」
「……敵の輸送船の半数以上は沈めた。頃合だな。撤収する!」
ロットハウトの命令を受けて撤退の信号弾が上げられ、ファントムにはレーザー通信で撤退の信号が送られる。これを受けて残っていたメビウスやファントムは一斉に潮が引くように撤退していった。生き残っていたザフトMS部隊にはこれを追撃するような余裕は何処にも無く、ただ敵が去っていくのを黙って見送る事しか出来なかった。
結局この戦いはザフト側が巡洋艦1隻、輸送船8隻沈没、巡洋艦1隻小破、輸送船3隻中破という損害を受け、連合側は駆逐艦2隻が中破するという損害を出して終了した。双方の艦載機の損失はかなり大きいが、連合の大半はファントムであるのに対し、ザフト側の損害は護衛のジン部隊を除けば訓練生の乗っていた機体に集中していた。彼らを連れてきていた教官の乗っていた機体は全機が無事に帰還しているのに対し、出撃した訓練生は実に6割近くが未帰還となった。しかも、そのうちの半数近くが戦闘による損失ではなく、ナビゲーション能力の不足から来る自分の座標を見失っての損失となった。
通信機からはNJ障害による雑音交じりの助けを求める悲痛な声が聞こえ続けており、そのうちの何人かは電波を辿って教官達が助け出す事が出来たのだが、多くはやがて訪れたバッテリー切れによって宇宙の藻屑と消えたのである。
所定の訓練を終えぬままに戦闘に参加させればどうなるのか。それがこの現実である。連合軍が過去に血の代償を支払って学んだ常識を、ザフトもまた多大な犠牲を代価として学ばされる羽目になったのだ。
しかもこの損失は出撃したパイロットに限られる。出撃できず、輸送船の中に残っていたパイロットも他の兵科の多くの兵士達や補給物資と共に爆発の中に消えてしまっているのだ。これ等を全部合わせればどれほどの損失となるのか、想像するだけで背筋が寒くなる。
幸いにしてアスランの乗っていたオルマト号はダナンの巧みな操船によってデプリの中に隠れていた事が幸いし、ほぼ無傷の状態で生き残っていた。他にも4隻の輸送船が生き残っており、生存者を必死に収容している。
格納庫に機体を戻したアスランは、格納庫が事実上の野戦病院となっている事を知った。負傷した将兵は運び込まれた傍から簡易ベッド上で医師の手当てを受けている。手当てをしている者の中には衛生科の訓練生たちも混じっており、軍医や正規の衛生兵のサポートをしているようだが、中には直に目の当たりにした負傷者の惨状にショックを受けてパニックを起こし、近くの正規兵に殴られているものも居る。荒っぽい方法ではあるが、これがパニックを起こした新兵を正気に戻す確実な手段なのだ。
機体を固定ベッドに預けて甲板に下りたアスランに、近くで処置を施している軍医が声をかけてきた。
「おい、手が空いてるならこっちに来て足を押さえてくれ。血を止めないと死んでしまう!」
「あ、ああ、分かった!」
言われてアスランは直ぐに軍医の傍に駆け寄り、膝を付いてベッドに固定されている兵士の足を見た。そこは爆発で引き裂かれたのか、骨が露出するほど大きな傷跡が出来ている。血がどんどん溢れているのは動脈をやられたのだろうか。その兵士は訓練生の1人のようで、明らかに自分より幼いと分かる顔立ちをしている。その顔は激痛と恐怖に引き攣り、口からは切れ切れの悲鳴が漏れてアスランの耳を打つ。
アスランは軍医が指定する場所を強く押さえて血管を圧迫し、血の流れを止めようとした。確かにそれは効果があるようで、無重力化に玉となって飛び散る血の量は激減してくれた。だが軍医の表情は決して良くは無く、必死の止血作業は一向に効果を挙げているようには見えない。時々傷口に指を突っ込んでいるのは何かを探しているのだろうか。
このような負傷者が格納庫だけでなく、通路にまで横たえられている。どうやら損傷艦の負傷者も収容しているようだ。アスランが手を貸した負傷者は暫く止血処置を続けて傷口を凍結処置までして助けようとしたのだが、結局助からなかった。
何処に行っても死者と負傷者で満たされている船内を掻き分けるようにしてアスランはどうにか艦橋までやってきた。艦橋ではオペレーターたちが近くの船と更新しており、ダナン船長は椅子に深く腰掛けてじっと何かを考え込んでいるようだ。
「船長、状況はどうなっていますか?」
「……ああ、ザラ隊長ですか。今キャッテンバーグとスコルチオにダメコンチームを派遣して防爆処置を手伝わせています。2隻からはどうにか誘爆は避けられそうだと報告が来ていますから、もう少しすれば自力航行が可能になるでしょう」
「犠牲者の数は?」
「それは、本国が数えてくれるでしょう。私に言えることは、訓練生の2/3は戦死か行方不明になったという事だけです」
この船団で地球に向っていた訓練生は3000人程度だったはずだ。もちろんこの大半は歩兵や後方要員などの数を必要とする部署の人員であるが、中にはパイロットや整備兵、衛生兵などの養成が困難な特殊技能者も数百人含まれて居た。この大量損失は連合国であっても簡単に補填しうるようなものではなく、ましてザフトでは致命傷としか言えない数字となった。
輸送船団壊滅の報せを受けたパトリックは文字通り顔面蒼白となり、暫し執務室に1人で閉じこもって衝撃から立ち直る時間が必要となるほどのショックを味合わされている。
この船団壊滅により、地上軍の戦力補充は絶望的になった。今のザフトには今すぐ地上に送れる増援など皆無なのだ。今でも無理に無理を重ねて大軍を地上に展開しているのであり、この上更なる戦力を送るとなれば宇宙の防衛戦に穴を開ける覚悟で戦力を引き抜くしかない。しかし、そんな事をすれば宇宙の連合軍にたちまち戦線を突破され、プラント本土を突かれる事になるだろう。
まさに八方塞という状況の中で、パトリックは前に一度退けたエザリアの作戦案を取り出し、それをユウキに実行に移すように指示を出している。
この命令を受けたユウキは驚いてパトリックに作戦案の撤回を進言していた。
「議長、今更のこの作戦を実行するのですか? こんな事をすれば、全ての中立国を敵に回しますよ!」
「……では、君にはこの作戦以外にアラスカの戦力を叩く妙案があると言うのかね?」
「いえ、それは……」
パトリックの不気味なほど静かな問い掛けに、ユウキは言葉に詰ってしまった。彼は現在の地上ザフト軍の戦力でアラスカが攻略可能かどうかを既に考えており、幾度かのシミュレーションを行っている。それから出された答えは、不可能ではないが極めて困難というものである。しかもそれによって受ける損害は地上軍を2度と立ち上がれなくするだろうというものであった。
そういう意味では、この作戦は軍事的にはリスクが少ないながらも得られる効果は絶大なものがあるという極めて効率的な作戦ではある。ただし、地上に甚大な被害をもたらすのも確実であり、実行に移せば地上に多数残っている中立国を全て敵に回しかねないのだ。
しかし、かつてこの作戦はユウキが提案してパトリックが退けているのだが、今ではその立場が完全に逆になってしまっている。この皮肉さもまた。状況の赤を物語っているのだろうか。
反論できないユウキに対して、パトリックは再度作戦の実行を命令した。これ以上の反論は許さぬという意思を言外に込めた命令にユウキもとうとう観念し、敬礼を残して執務室を後にする。
その背中を見送ったパトリックの表情は、これまでとはうって変わって一気に老け込んだように感じさせるほどの疲労を見せた。この作戦を決定するまでにどれほど彼が葛藤したかが伺える。
「私とて、こんな作戦はやりたくは無い。だが、これしかないではないか。これしかな」
パトリックの執務机の上に置かれている1枚の書類。その一番上に大きく書かれているタイトルは、オペレーション・メテオとあった。エザリアの進言していた作戦は、アラスカに小さな隕石を落着させ、防空システムと周辺に広がる防衛施設を根こそぎ破壊してしまおうというものである。隕石という巨大な質量を持つ物体を制御しなくてはならないため、アラスカ本部に正確に直撃させる事は不可能だと結論が出されているが、近隣に着弾すれば衝撃波で地上を薙ぎ払えるという予測はされていた。
しかし、この被害は確実に地球全体に少なからぬダメージを与えるだろう。下手をすれば攻撃準備のために展開している友軍も巻き込まれかねない上、政治的には最低最悪の切り札でもある。まさに諸刃の剣なのだ。
このような作戦を採用しなくてはならないという現実が、パトリックに自国の進む先に漂う暗雲の存在を嫌でも認識させてくれる。仮にこれでアラスカ攻略に成功したとして、もし予想通りに連合が戦意を喪失しなかった場合、その後をどうすればいいのだろうか。その辺りに関する明確な戦略を立てていないままに作戦は実行に移される事になる。いや、その後の戦略が立てていないのではなく、立てられないのだ。ここで負ければプラントにはもう次を考えるだけのゆとりはなくなるのだから。
この時、何かが確かに狂ってきていた。
宇宙で輸送船団が壊滅したという知らせはクルーゼの元にももたらされていた。この報せを聞いた時、クルーゼは内心でほくそ笑んだものである。勿論それを他人に見られるようなヘマはしていないのだが、これでザフトはエザリアが提案したオペレーション・メテオを採用するしかなくなったはずだ。あの作戦が実行されれば、また1つ自分の目標が実現に近付くのだ。
「ふふふ、地球軍に輸送計画の情報を流した甲斐があったというものだな。中々の戦果だ」
「……味方が壊滅したのが、それ程に嬉しいのか?」
愉快そうに笑うクルーゼに、些か棘を感じさせる声で問い掛ける男が居る。その男はザフトの軍服ではなく、作業服のようなものを着ていた。年の頃は30代前半というところだろうか。くすんだ金色の髪を短く刈り込んでいる。
クルーゼはそれまでヴィジホンのモニターに向っていたのだが。男の声を聞いてそちらに顔を向けた。
「まあ、私の目的は君も知っているだろう、ユーレク」
「知ってはいるが、理解は出来んな。全てを滅ぼして何の意味があるというのだ?」
「別に理解してもらう必要は無いさ。これは私の復讐なのだからね。君の目的とて、他人に理解される必要はあるまい?」
「なるほど、違いない」
ユーレクと呼ばれた男はクルーゼの言葉に苦笑しつつも納得して頷き、少しだけ視線をきつくした。
「それで、私の標的は何処に居るのだ。最強のコーディネイターは?」
「今は赤道付近を東に向けて、そう、オーブに向かって航行しているアークエンジェルという戦艦の中だな。ストライクというMSに乗っているようだ。私の部下が幾度か挑んでいるが、歯が立たないらしい」
「貴様の部下などに興味は無い。私はただ、強い敵と戦えればそれで良いのだからな。そして、自らが最強の兵器である事を証明できれば良いのだ」
「自らの存在意義を自らの手で立証するか。愚かだな」
そのような行為に何の意味があるのかとクルーゼは暗に問うているのだが、ユーレクはそれを黙殺した。その態度を見てクルーゼは少し残念そうに舌打ちをした後で、1枚の書類をユーレクに渡した。
「作戦には私の指揮下の潜水母艦も同行する予定だ。私の直属部隊だから安心して使ってくれ」
「雑魚に用は無いのだがな?」
「君と最強のコーディネイター、キラ・ヒビキの対決を邪魔させぬ為の盾とでも思ってもらえればいいさ。こちらとしてもこの足つきは沈めておきたいのでね」
「…………好きにしろ」
ユーレクは書類を手に取ると、これ以上話す事はないという感じに無言でクルーゼに背を向け、部屋を後にしていった。それを見送ったクルーゼは特に何も言わなかったが、ヴィジホンの画面越しにこちらを見ていた相手が不快そうな声を出した。
「無礼な男ですな」
「何、構わんさ。最高のコーディネイターを潰してくれるなら安いものだからな。上手く共倒れてくれれば尚良いのだが」
「それは些か虫が良すぎる未来像ではないでしょうか?」
「分かっているさエドワード。それよりも、報告を頼む」
「そうでした。足つきはやはりオーブに入国するようです。大西洋連邦から正式に外交ルートを通じて補給と休養目的の入港申請を受けたそうで、オーブ現政府はこれを受け入れました」
「そうか。しかし、よくオーブが受け入れたな」
「実は、足つきには我が国の王女、カガリ・ユラ・アスハが同乗しているようなのです。何処で乗船したのかは不明なのですが」
カガリ・ユラ・アスハと聞いてクルーゼも流石に表情を改めた。カガリといえばウズミの娘で、この時勢では軽視していい存在ではない。その能力は問題ではない。ウズミの娘という立場が政治的な意味を持っているからだ。現時点ではカガリの能力などクルーゼも眼中においてはいないので調べてもいない。
「カガリ・ユラ・アスハが足つきに居るだと?」
「はい。それも幾度か足つきの戦闘員に混じって戦闘に参加し、ザフトに損害を与えた事もあるようです」
「それは、中々良いニュースだな。これは使い様によってはオーブを追い詰める好カードになる」
「それはどうでしょうか。ウズミ前代表の性格を考えますと、娘を処断する可能性の方が高いのでは?」
「別にそれでも構わんさ。オーブへの不信感を高める事は出来る。だがそうなると、足つきをオーブ到着前に沈めるのは些か不味いか。流石に死者の罪を問う事は出来んからな」
「では、カガリ様はオーブに到着させると?」
「そうした方が良かろうな」
ネルソンの問いにクルーゼは笑って答え、そして少し考え込んだ後に何かを思いついたのか、笑みを酷薄な薄笑いに変えた。
「まあ、事態が面白くなる可能性もあるか。ご苦労だったなエドワード、引き続きオーブの内情を探っていてくれ」
「それは構いませんが、1つお伺いしたい事があるのです。あの男、何者なのですか?」
「ああ、ユーレクかね。彼は人類が生み出した最強最悪の兵器だよ。そう、もっとも危険なイレギュラーだ」
「イレギュラー。そのような者を、計画に混ぜてしまっていいのですか?」
「別に構わんさ。彼は私たちには興味が無いのだからな。彼が興味があるのは、現在では最高のコーディネイターだけだろう」
なんとも奇妙な存在と言うしかないが、あのネルソンは通常の人間とはかなり異なる性質を持っている。確かに敵となれば極めて恐ろしい存在となりうるが、敵とならぬならば気にしてもしょうがない。
クルーゼはエドワードとの通信を切ると、軽く肩を動かして体のコリをほぐし、徐に執務机の下から山のような書類を持ち上げてドサリと机の上に置いた。
「……しかし、アスランが居なくなるだけでこれほどの量の書類が私に回ってくるようになるとはな。イザークたちは日頃から一体何をしているのだ?」
センチで数えなくてはならない量の書類の山を見つめてクルーゼは深刻な疑問に捕らわれてしまっていた。ちなみに、これらの大半は自分への苦情や部下の始末書、他部署からの抗議であり、これまでは全て何故かアスランが処理してきていたのだが、アスランが居なくなって事務処理能力が激減したというジュール隊の届けを受けてその一部がクルーゼに回ってくるようになったのだ。というか、これまでおかしかった部分が正されたと言うべきだろうか。
やれやれとペンを手に書類の処理を始めようとしたクルーゼであったが、いきなり執務室の扉が大きな音を立てて開けられ、室内にエルフィとシホが息を切って駆け込んできた。因みにクルーゼの机の上にあった書類は室内に吹き込んできた風のせいで半分ほどが舞い上がって室内中に散らばってしまっている。
クルーゼ自身の顔にも一枚張り付いていて、彼はそれを自分で剥ぎ取ると、なんとも迷惑そうな声を出した。
「エルフィ、シホ、部屋に入ってくるときはノックをした後、静かに扉を開けてもらえないかな?」
「あ、す、すいませんクルーゼ隊長」
エルフィがその場で両手を胸の前で合わせて慌てて頭を下げ、シホが室内に飛び散った書類をあたふたとひろい集めだす。いきなり騒がしくなった室内の惨状にクルーゼは怒る気も失せてしまい、自分でも書類を集めようと腰を上げたのだが、その時また扉が開いて更なる風が吹き込み、残っていた書類も宙に舞い上がってしまった。
「大変です、クルーゼ隊長!」
「…………何だね、フィリス?」
こいつら実は狙ってやってないか? という疑問を頭の片隅に浮かべつつもクルーゼは律儀に問い返した。しかし、その問い掛けに対してフィリスが返してきた答えは、クルーゼさえも驚愕させるものだったのである。
「ジュ、ジュール隊長が、シンガポール内で友軍兵士1名を射殺して憲兵に拘束されました!」
後書き
ジム改 今回はキラたちが一度も出なかったな。
カガリ 無茶苦茶な状況じゃないか。というか、何だよあのレールキャノン!?
ジム改 何って、対PS装甲用の兵器だけど。
カガリ PS装甲って、無敵の装甲じゃなかったのか?
ジム改 あのな、世の中に絶対に貫通不可能な装甲材などあるわけが無いだろう。
カガリ そりゃまあ、破壊不可能って事は無いだろうけど。
ジム改 世の中に最強は存在できるが、絶対無敵は存在しないのだよ。
カガリ で、この砲はどういう武器なんだ?
ジム改 簡単に言うと、とっても頑丈で貫通力に特化した砲弾を超高速でぶつける大砲だ。
カガリ 滑空砲とAPFSDSみたいなもんか。
ジム改 まあそうだな。あれを劇的に強化したもんだと思えばいい。
カガリ コストが凄いって書いてあったけど、実際どんな感じなんだ?
ジム改 チハでは倒せないティーガーUを戦艦の主砲で狙うようなもんだと思って貰えば良いかな。
カガリ …………
ジム改 まあ、壮大な無駄であるのは確かだな。
カガリ そんなもん開発するプラントの技術者って一体?
ジム改 まあ、そのうち小型化されたり、安くなったりもするだろう。
カガリ では次回、イザークに一体何があったのか。そしてアークエンジェルに襲い来る死神とは。オーブに入る前にアークエンジェルを襲う悲劇にキラは激昂するのであった。
ジム改 そこまで話が進むかね?
カガリ 進まなかったら嘘予告になってしまうだろうが!