第73章  失われるもの


 イザーク・ジュールが自軍兵士を射殺したという事件はプラント最高評議会を震撼させた。何しろエザリア・ジュールという最高意思決定機関の構成員の身内が不祥事を起こしたのである。最悪エザリアの進退にも関わりかねないのだ。
 事の発端はシンガポールにおけるザフト兵士たちの無法な振る舞いにあった。軍律などあって無きが如しのザフトにおいて、占領地域での兵士たちの振る舞いは指揮官たちの裁量に依存する所が大きい。極端に言えば、指揮官がまともな人物であればそれなりの軍政が敷かれるが、指揮官がナチュラル蔑視に凝り固まっていれば強者の論理が絶対の軍政が行われる事になる。
 特に今回は占領したばかりという事もあり、戦勝に酔ったザフト兵士の振る舞いは目に余るものがあったのだ。入港したアースロイルから降りたイザークは街を我が物顔で暴れまわるザフトの兵士たちを見て激怒してしまい、クルーゼの居る市庁舎に行くまでの道中でゴロツキ同然の兵士たちを片っ端から諌めて回っていたのである。この頑固なやり方に同行していたディアッカなどは呆れ果ててしまっていた。
 そしてクルーゼに挨拶をし、補給物資などの手続きを終えた後にはまたディアッカとミゲルを伴って街に繰り出してこの手の馬鹿どもを止めていたのだが、その道中で彼は年端も行かぬ少女に集団で暴行を加えていた連中を見つけてしまったのである。
 この手の行為を心底から嫌っていたイザークは急いで止めに入ろうとしたのだが、逃げようとした少女の足を兵士が銃で撃ったのを見た時、彼の中で最後の箍が外れてしまった。
 あまりにも醜い笑みを浮かべて地面に倒れている少女に手を掛けようとした兵士の腕を掴んだイザークは、長い付き合いになるディアッカでさえ聞いた事も無いような底冷えする声を出したのだ。

「貴様ら、これはどういう事か説明してもらおうか?」

 それでようやくイザークに気付いた兵士達であったが、彼の視線を受けたとたんにみんな竦み上がってしまった。絶対的な強者であった筈が、いきなり弱者に突き落とされたという心理的な問題もあっただろうが、そういう反応が更にイザークの不快感を煽ってしまう。

「ナチュラルの、それも十代半ばの女を銃で撃った理由は何だ? まさかこんな女が素手で暴れて、身の危険を感じたから銃で身を守ったとでも言うつもりか?」
「あ……そ、それは……」
「そもそも、なんでこんな所で民間人を拘束している。しかもどうして衣服を脱がす必要があるのか、納得のいく説明をしてもらおうか!」

 イザークの目に明らかな殺意が浮かび上がる。それを見た男は仲間の方を振り返って視線で助けを求めたが、仲間達はイザークの放つ怒気に威圧されており、誰も男を助ける余裕などありはしなかった。
 それで男はもう一度イザークの方を見て、その威圧感に完全に飲まれながらもいいわけのような事を口にした。それが自分の死刑執行所にサインをする行為だと知る由も無く。

「べ、別にナチュラルの女の1人や2人、構やしないだろうが。何をそんなにムキになってるんだよ」
「……何だと?」
「ナチュラルなんざ腐るほど居るんだし、そもそもこんな下等な奴ら、どうなったって良いだろうが。何怒ってるんだよ、今更これくらいで」

 今更これくらいで。その言葉が示す意味はあまりにも大きい。このような事は日常茶飯事であり、今更取り締まろうとする方がおかしいという事だ。それが今のザフト兵士の一般的な共通見解なのだろうか。
 自分もナチュラルを見下してはいた。下等な生き物だと笑ってきた。だが、それでもこんな下衆と同一視される事はイザークの矜持が許さなかった。

「……この下衆が」

 そう呟いたイザークは、ごく自然な動作で拳銃を抜いた。しかし、その銃口が自分に向くのを見て男は逆に嘲るような笑みを浮かべている。撃てる筈が無いとたかを括っているのだろう。確かにイザークは憲兵でもクルーゼのような上級指揮官でもないので現場における兵士の、それも他部隊の兵士を処分する権限は無い。
 しかし、イザークはその男に向って躊躇う事無く銃の引き金を引いてしまった。銃声が響き渡り、男は胸を撃ち抜かれ、後ろ向きに倒れて絶命してしまった。それを見た男の仲間達は悲鳴を上げて逃げ散っていったが、イザークはそれを追う事もせず、拳銃をホルスターに戻した。

「イ、 イザーク、お前……」
「ミゲル、この女を病院にでも運んでやってくれ。俺は憲兵に出頭してくる」
「ちょっと待てイザーク!」
「後は任せる。フィリスと協力して隊を纏めてくれ」

 イザークはミゲルに怪我をしている少女の事を任せると、憲兵隊に出頭してしまった。ミゲルは少女を病院に送り届けた後で憲兵隊の詰め所に押しかけ、ディアッカは慌てふためいてアースロイルに戻ってフィリスに事情を話したのだ。
 この話を聞いたフィリスは事態は自分たちの手に余ると判断し、クルーゼに助けを求めたのである。しかし助けを請われたクルーゼにも直ぐにどうこう出来るという問題でもなく、事態は暫し静観するしかなかった。
 この騒動に対してパトリックは厳重なる処分を求める軍部の動きを押さえ、前線部隊を率いていたクルーゼの判断を聞いた時、クルーゼはイザークの行為を罪に問うべきではないと進言していた。

「これはイザークの罪というよりも、我ら上層部の怠慢のツケが回ってきたと見るべきでしょう。ザフトは開戦頃から身内の犯罪行為にあえて目を瞑ってきましたが、その積み重ねがこのような悲劇を生んだのだと思います」
「では、君はイザーク・ジュールに責任は無いと言うのだな?」
「いえ、銃を抜き、兵を射殺したというイザークの行為は罪でしょう。ただ、彼は現在作戦行動中の部隊の指揮官でもありますし、今回は判決を先延ばしにしても良いのではということです。足つき追撃作戦の終了後、カーペンタリア帰還後に改めて軍法会議にかけるが宜しいかと。功によって罪を焼却する事も出来ましょうし」
「……まあ、イザーク・ジュールの件はそれで良いとしても、そういう事になれば前線部隊を統括していた君の責任も問われる事になる。それで良いのか?」
「それは仕方が無いでしょう。イザークが今回の事件に及んだのも、言うなれば私の監督不行き届きです。現在はシンガポールの治安維持に必要な最低限の人員以外は街に出る事を禁止し、再発防止に取り組んでおります」

 クルーゼがイザークを庇うという形になっているが、パトリックはクルーゼの提案を受け入れた。前線での規律の乱れが問題となっていることは彼も知っており、綱紀粛正の丁度良い機会と捉えたせいもあるが、政治的な都合もあってイザークを処罰しないで済む理由を探していたからである。
 エザリア・ジュールは自分の派閥の要人の1人であり、その息子を厳罰に処せば彼女の心象を悪くすることに繋がる。かといって理由も無く無罪放免にするわけにもいかず、どう事態を収拾したものかと悩んでいたのである。
 実は、このイザークの不祥事を理由に穏健派がエザリアの責任を追及するという一幕もあったのだ。エザリアが失脚すれば強行派は力を削がれ、穏健派はシーゲル失脚によって傾いたパワーバランスを取り戻す事が可能となる。
 この件を政治的な問題にまで発展される事を恐れたパトリックは、苦肉の策としてクルーゼの現地部隊指揮官としての判断を求めたのだが、それは予想外の効果をもたらす事ともなった。この件を利用して問題となっていたザフトの綱紀粛正を断行する口実を得たのだから。
 結局クルーゼの提案は大勢の人間を救う事になった。釈放されたイザークから謝罪と感謝の言葉を受けたクルーゼは気にすることは無いと言って彼を下がらせているが、この件で彼は周囲に冷酷なだけの男ではないというイメージを与える事に成功している。また、エザリア・ジュールに恩を売る事にも成功し、彼を庇う事で失った物以上の利益を上げたのである。




 釈放されたイザークは3日ぶりにアースロイルに戻ってきたのだが、艦内へ入る水密扉を開けたところでクラッカーの盛大な歓迎を受けて目を丸くしてしまった。

「お帰りなさい、隊長!」
「この馬鹿野郎が、心配させやがって!」
「隊長、御無事で何よりでした」

 仲間達が全員で出迎えてくれていた。いや、それ以外にもアースロイルの手空きのクルーも何人か参加しているようで、狭い通路が更に狭く感じられてしまう。

「おい、何だこれは?」
「みりゃ分かるでしょ。お前の出所祝い」

 頭に絡んでいるクラッカーから出てきたテープに顔を顰めて聞いてくるイザークに、ディアッカは笑いながら答えてくれた。見れば全員が嬉しそうに笑っているので、イザークは怒るに怒れなくなってしまう。何時もならこんな所で遊んでいると怒るフィリスやエルフィまでもがニコニコしているのだから何も言う事が出来ない。
 そのまま艦内の食堂へ移動した一堂は、そこでエルフィが腕を振るったという料理の山を目にする事になる。その見事な出来栄えと、中央に佇む巨大なケーキにイザークはまた目を丸くしてエルフィに問い掛けた。

「エルフィ、お前は料理が出来たのか?」
「出来ますよ。軍に入ってからは作る機会も無かったですけど、今回はジュール隊長の出所祝いだから張り切っちゃいました」
「……意外だ。てっきりエルフィは不器用だとばかり」
「むう、どういう事ですか。私そんな不器用に見えますか?」
「ああ、お前結構ドジだし」

 容赦のない言葉のマシンガンにエルフィは半泣きになってフィリスに泣きついてしまった。フィリスはエルフィの頭を撫でてやりながらイザークに少し冷たい視線を投げ掛ける。それを受けたイザークはうっと唸ってしまった。

「隊長、女の子を苛めるのは感心しませんよ」
「い、いや、別に苛めてるわけでは……」
「第一、 隊長がエルフィさんをドジと笑えるんですか? そういう台詞は書類の書き間違いが無くなってから言ってください。特に数字の計算ミスが多いですよ」
「ぐ、ぐぐぐぐぐ……」

 フィリスの非難にイザークは反論する事も出来ず、とうとう沈黙を余儀なくされてしまった。それでようやくイザーク出所祝いが、当人は酷く不服そうではあるが、開始される事となった。エルフィの手作り料理を皿に取った参加者達は少しドキドキしながらそれを口に運んだのだが、次の瞬間には驚きと感嘆の声を漏らしていた。

「うっわあ〜、凄く美味しい〜」
「なんだこれぇ」
「うむ、美味だ」

 ディアッカやミゲルやイザークが口々に褒め称えている。こいつらが手放しで褒めるのは物凄く珍しい事なので、エルフィの料理がどれほど美味しいのかが分かるだろう。参加者達からべた褒めされたエルフィは照れ笑いを浮かべて謙遜している。
 そんなエルフィの手をいきなりシホが掴んだ。

「エ、エルフィさん。お願いです。私に料理を教えてください」
「え、何で?」
「こんなに美味しい料理を作れる人に教えてもらえば、私も料理が上手くなると思うんです」
「う〜ん、仕事の合間になら良いけど、食材とか手に入るかなあ?」
「基地にいる時くらいで構いませんから」
「うん、それなら良いよ」

 エルフィの料理に感動したシホがなにやら師弟関係を申し入れるなどの騒動もあったが、エルフィの料理は全員から大好評を受ける事が出来た。やはり美味しい料理は万人を納得させる力を持つという事なのだろうか。



 その頃、宇宙では何故かアスランが原因不明の電波を受信したかのようにいきなり席を立って意味不明の怒りを沸き立たせていた。

「何だ、急にイザークやディアッカやミゲルに言い知れぬ殺意を感じてきたぞ?」
「あの、いきなりどうしたんです、アスラン?」

 チェス盤の上にあるポーンの駒に指をかけていたニコルがいきなり席を立って殺気を発しているアスランを怪訝そうに見ている。

「いや、何でか分からないんだが、急に地球に残ってる奴らに心の奥底から込み上げてくるような怒りを感じたというか」
「……アスラン、貴方は疲れてるんですよ。今日はもう休んだ方が良いです」
「ニ、ニコル、そんな可哀想な人を見るような目で見ないでくれ」
「いえ、いきなりアスランが訳の分からない事を言うものですから」

 いきなり目の前で意味不明の怒りを沸き立たせられては、そりゃ気でも触れたかと思ってしまうだろう。どうやらニコルの頭の中で「アスランは心労が重なって少し精神的に追い詰められて情緒不安定になっているらしい」という結論が導き出されているようだ。





 太平洋を東に向っていたアークエンジェルは、いよいよオーブまであと僅かというところまで来る事が出来た。予想されていたザフトの妨害も無く、緊張感に包まれながらもそれなりに順調な航海をしていた。
 だが、あと一歩というところで彼らはザフトの追撃に掴まる事になる。珍しく平和な航海に気が緩んでいたパルは、レーダーにいきなり現れた光点を見て何かと思い、その速度とコンピューターが割り出した情報からミサイルだと判断したが、最初の気付くまでのタイムラグが警告を僅かに遅らせてしまった。

「ミサイルが接近してきます!」
「何ですって!?」

 突然のパルの警告にマリューが驚き、ナタルがレーザー機銃とイーゲルシュテルンでの迎撃を指示する。長大な射程を持つレーザー機銃がパルスレーザーを投射し、イオン化の光を発しながらレーザー光がレーダーの捕らえたミサイルに向っていくが、ミサイルを中々捉えることは出来なかった。
 それでもギリギリで目標を捕らえる事に成功し、レーザーで過熱されたミサイルは熱応力で爆発、四散した。
 迎撃に成功した事でホッとした一同であったが、それも束の間の事であった。パルが悲鳴のような声を上げたのである。

「レーダーが光点で埋め尽くされました!?」
「どういう事?」

 マリューがパルの悲鳴に疑問の声を上げたが、艦橋の外に輝く無数の小さな光を見て直ぐにその正体に気づいた。

「まさか、チャフなの。なんて古い手を!?」

 この時代、チャフは使われなくなって久しい電波撹乱の手段である。こんな物使わなくてもNJを使うだけでレーダーなど封じれるし、それ以前からもうレーダーなど副次的な索敵手段でしかなかったので、効果が一時的なものでしかないチャフは自然と廃れた技術となったのである。現在の戦術からは外れている兵器だけにナタルでさえも正体が分からなかったのだが、流石に技術士官であるマリューは一目見ただけでこれの正体を察する事が出来た。
 NJではなくチャフでこちらのレーダーを潰しにくるような時代錯誤な戦術なだけに、かえってアークエンジェルは困ってしまった。何しろNJなら至近距離ならレーダーも使えるのだが、チャフは一時的とはいえレーダーが全く使えなくなってしまうからだ。その僅かな時間でケリをつけようと考えている敵が居るというのだろうか。 

「とりあえず、全てのMSを出してちょうだい。ストライクはフライトパックをつけてスカイグラスパーと共に空中で待機、105ダガーとカラミティ、デュエルは甲板に上げて待機。全兵装を起動して、臨戦態勢をとらせて」
「了解しました。全艦載機を発進させます」
「あと少しなのよ。頑張ってちょうだいね」

 マリューの緊迫した声を合図に艦内がたちまち騒がしくなった。慣れた動作で戦う準備が整えられ、格納庫で整備員がMSを準備する。そこにパイロット達がヘルメットを抱えて現れたのだが、不意にトールの隣を歩いていたフレイがヘルメットを落とした。

「フレイ、メットを落としたぞ」

 トールが足を止めてヘルメットを拾ってフレイに手渡そうとしたが、その時トールはフレイの様子がおかしい事に気づいた。まるで何かに怯えているようで、その目には目の前に居る筈の自分の姿が映っているかどうかさえ怪しい状態である。

「おい、どうしたんだフレイ、しっかりしろ!」

 トールが両手でフレイの肩を掴んで揺さぶると、フレイはようやく我に返ったようで、瞳に光が戻り、目の前に居るトールの姿にも気づいたようである。

「ト、トール?」
「どうしたんだよ。急にヘルメットを落としたと思ったら、なんだか様子がおかしいし」
「分からないのよ。急に悪寒を感じたというか、とにかく凄く嫌な予感がするの」
「こ、怖い事言うなよ。ただでさえフレイの勘って当たるんだからさ」

 いきなりとんでもない事を言い出したフレイにトールが不安げな顔になって他の者を見回したが、何故かフラガまでもが厳しい表情をしていた。そんなフラガを見てキラとキースが不思議そうな顔をしている。
 だが、フラガはフレイとは違って特に何かを口にする事は無く、さっさと自分のスカイグラスパーに乗り込んでしまった。実はこの時フラガもフレイと同様に妙な不快感を感じてはいたのだが、それがどういう類の物なのか説明できなかったのだ。
 
 格納庫から2機のスカイグラスパーとストライクが飛び出し、上部搬入用ハッチからエレベーターで3機のMSが甲板上に上げられ、左右と後方を警戒する。何故かアークエンジェルの火砲は正面に集中されており、後方からの攻撃に対処する火力は弱いのである。
 そして、少ししてとうとうザフトのディン部隊が現れた。グゥルに乗ったジンやシグーの姿までがある。これに向ってこれまで通り2機のスカイグラスパーが迎撃に向い、ストライクは艦から少し離れたところで直衛につく。
 これを確認したマリューは空戦部隊に檄を飛ばした。

「敵の数は光学観測で数えた限りではざっと15機です。アークエンジェルはオーブに向って直進します。少佐たちは敵機を艦に近づけないようにしてください!」
「それは頑張ってみるけど、ちょっと数が多いぜ。全部は無理だ!」
「それでも、少しでも多くの敵機を引き付けてください。小数ならこちらの護衛機で始末します!」
「……分かったよ。何とか領海内まで急いでくれ」

 マリューの言葉にフラガは渋々頷いたが、正直無茶な仕事だと思っている。どうにもアークエンジェルでは自軍の数倍の敵を相手にしろという無茶が罷り通ることが多いのだが、言う方は簡単かもしれないがやらされる方はたまったものではない。
 でも、それでもやるしかない。空を飛べるのは自分達だけなのだから。フレイの105ダガーは今回は有線ミサイルパックで艦上にある。


 しかし、誰が想像し得たであろうか。これまで無敵を誇ってきたアークエンジェルのディフェンスが蹂躙される日が来ると。最強だった筈のキラのストライクが押される日が来ると。



 この敵部隊がこれまでとは明らかに違うという事は直ぐに判明した。これまでもこのくらいの数を相手にした事は何度もあるのに、今回はスカイグラスパーが防衛ラインをあっさりと突破されたのである。

「どういう事!?」
「敵はよほどの手練れのようです。11機がスカイグラスパー隊を抜けました!」

 マリューの悲鳴にナタルが答え、急いで迎撃ミサイルの発射を指示した。艦尾にあるミサイルランチャー群から一斉にウォンバットが放たれて敵機に向かっていくが、これがチャフに邪魔されて上手く敵を捉えられなかった。赤外線追尾も併用しているのだが、24発も放ったのに撃ち落されたのは僅かに1機だったのである。
 しかし、2機のスカイグラスパーが4機のMSを食い止めているのだから普通は物凄い健闘をしていると評価するべきだと思うのだが、マリューの頭の中ではこの程度の成果では駄目出しされるらしい。フラガとキースも大変である。

 ミサイルの迎撃を抜けてアークエンジェルに迫ってきたザフトMSに対して、とうとう切り札であるキラが迎撃に出たのだが、これがかなりの大苦戦を強いられる事になった。敵機の中から飛び出してきたディンがキラのストライクに対して接近戦を挑んできたのだ。ディンにしては珍しく左腕にシグーと同じシールドを装備し、腰には重斬刀を下げている。
 キラはこれを始末しようとビームを放ったのだが、このディンは機体を左右に振って巧みにビームを回避して距離を詰めてくる。
 その異常さにキラが気づいた時には、既にすぐ傍まで迫ってきていたのである。

 慌ててビームサーベルに手をかけたのだが、ディンは勢いを止める事無く接近してきてビームサーベルを抜こうとする腕を自分の腕で押さえ込んできたのである。

「しまった、懐に!」

 ここまでこられては頭部のイーゲルシュテルンしか迎撃できる武器が無い。キラは滅多に使う事が無い頭部バルカンの照準を起動したが、それが弾を吐き出すよりも早く、通信機から問い掛けが来た。

「最高のコーディネイター、キラ・ヒビキだな?」
「!? 何でその事を、貴方は一体!?」
「どうやら、本当のようだな。会えて嬉しいぞ」

 そう言うと、ディンはストライクの腕を離して少しだけ距離を取った。そこでキラはようやく気づいたのだが、何故か自分にはこのディン以外の敵機が一切手を出してこない。まるでこちらの戦いには参加しないように打ち合わせでもしていたかのように。
 いや、していたのだろう。そう考える方が自然だとキラには思えた。

「どういうつもりですか。僕に何の用があるんです!?」
「私と戦え。要求はそれだけだ」
「なんで、そんな意味の無い事を!?」
「貴様には意味が無くとも、私には意味がある。それで十分なのだよ。そして貴様を倒す事で、私は自らが最強の兵器である事を証明出来るのだ!」

 そう言うと同時に、目の前のディンが重突撃機銃を放ってきた。この距離で放たれた超音速の砲弾を回避する術はさすがに無く、ストライクの機体各所に跳弾の火花が散る。キラは危険を悟って急いで距離を取ろうとしたのだが、このディンは重突撃機銃を撃ちながら距離を離すまいと加速してきた。キラはディンにビームライフルを向けるのだが、お互いに高速で動いている上にこのディンは煙幕弾まで使ってくるので視界が著しく悪く、中々狙う事が出来ない。
 そんな状況で射撃のタイミングを掴めずに困っていると、逆に距離を詰めてきたディンがシールド裏にあるガトリングガンを撃ってきた。これがまた機体を激しく打ち据え、衝撃でキラが悲鳴を上げる。幾ら装甲を撃ち抜かれないといっても、その衝撃は確実にパイロットを消耗させ、機体の各所にダメージを蓄積させていく。
 このパイロットは強い。そう確信したキラはアークエンジェルに援護を求めた。

「ラミアス艦長、援護を頼みます。このディンは強い!」
「少し待ってヤマト少尉!」

 マリューはキラの要請にCICにいるナタルと幾つか言葉を交わし、小さく頷くとキラのほうを見た。

「これから10秒後ににカラミティの全力射撃がいくわ。上手くその場から退いてちょうだい!」
「分かりました!」

 マリューの指示を受けたキラは7秒数えて機体を大きく横に流した。そして僅かな間を置いてディンを立て続けのビームの連続攻撃が襲った。連続して飛来するビームがディンの動きを拘束し、キラにアークエンジェルの傍まで下がるだけの時間を稼いでくれた。
 おかげでキラはアークエンジェルに集っているディンやジンを襲うことが出来た。既に敵機の数は7機にまで減っており、2機が対空砲火で落とされた事を示している。キラはアークエンジェルの下に回り込もうとしていたジンをビームライフルで狙い撃ちにし、海に叩き落すことに成功した。
 そのままキラはアークエンジェルの左側の前足に居た105ダガーの隣に着地し、ほっと一息ついた。

「あのディン、かなり強いよ」
「見てたわ。あのディン、前に私が戦ったジンより強いかもしれない」
「前に戦ったジンって、オルガさんのカラミティを擱座させたっていう、化け物みたいなジンのこと?」
「そう。あのジンも無茶苦茶だったけど、あのディンはそういうレベルじゃない。気をつけてキラ。あのパイロットは異常よ」
「……分かってるさ」

 心配するフレイにキラは硬い声で答えると、こっちに向ってきているディンに再び向かっていった。フレイはそれを見送ると、反対側の格納庫上にいるトールのデュエルに話しかけた。

「トール、バッテリーは大丈夫なの?」
「結構危なくなってるけど、まだ何とか持つさ」
「……ねえトール、さっきから変だと思ってたんだけど、この部隊ってなんかおかしくない?」
「おかしい?」
「なんて言うか、本気で私達を攻撃してきてないみたいで。余り近付いてこないし」
「それは……言われてみればそうだよな」

 フレイに言われて、トールもフレイの感じている違和感の正体を理解した。確かにこの部隊はこれまでのように突っ込んでこない。一定の距離を保って延々と射撃を加えてくるだけなのだ。こんな及び腰の攻撃で落とせるほどアークエンジェルは弱くは無いのだが。

「じゃあ、何しに来てるんだ、こいつら?」
「分からないわよ。だから気持ち悪いって言うか……」

 フレイは言葉を濁した。彼女の第六勘とでも言うべき何かは、キラが戦っているディンに対してずっと警報のような物を発していたのだ。この勘はこれまで外れた事は無く、幾度もフレイの命を救ってきた物なので、フレイはこの勘は信じていた。だからこそフレイはキラに気を付けろと警告したのだが、果たしてそれが役に立つかどうか。

「ああもう、フラガ少佐やキースさんはまだ戻らないの!?」

 空が飛べるのはあの2機だけなのにとフレイは頑張っている筈の2人に対して大声で文句をぶつけていた。


 その時、それまで艦尾を守っていたオルガがいきなり砲撃を止めてしまった。どうしたのかと2人が驚いてカラミティに通信を繋ぐと、何故かオルガは苦しそうな呻き声を漏らしており、まるで負傷でもしているかのようであった。

「どうしたの、被弾したの、オルガさん!?」
「う……うっせえ……何時もの事だ。気にすんな」
「で、でも、すごく苦しそうだけど」
「いいから、手前はここを守ってろ。俺は中に戻ってくる」

 苦しそうにしながらもオルガはカラミティを上部の物資搬入用エレベーター上にカラミティを移動させ、艦内へと入って行ってしまった。それが何をするのかフレイにもトールにも分からなかったが、これはオルガのような強化人間特有の症状である。投与している薬が切れると生じる禁断症状なのである。
 このオルガの戦線離脱により、トールとフレイの守備範囲が拡大してしまったのが痛かった。砲撃力が大幅に落ちたので敵の攻撃が当たり易くなってしまったのだ。2人はとにかく早くオルガが復帰してくれるか、戦闘機2機が戻ってきてくれるのに期待するしかなく、ただひたすら敵機に向ってビームを放つ戦いを強いられる事になる。




この時、キラもまた敵との射撃戦に苦しんでいた。距離が詰る前にビームを放って撃ち落そうと試みるが、キラの射撃はディンを掠りもしなかしない。まるで射撃のタイミングを見切られているかのようだ。
 このディンは一体なんなのか。こんなに強いパイロットがこの世に居たというのか。これがアスランのイージスならまだ分かる。あれはストライクと同格の機体だからだ。だが、目の前に居るのはストライクよりも格下の筈のディンだ。そのディンにここまで追い込まれているというのがキラには信じられなかった。
 このまま射撃戦をしていても埒が明かないと考えてキラはビームサーベルを抜いたが、それはむしろ相手の思う壺であった。ユーレクは口元に楽しげな笑みを浮かべ、ライフルを左手に持ち替えて重斬刀を抜いたのだ。

「格闘戦を仕掛けてくるか。良い度胸だ。それでこそ最高のコーディネイター、私の倒すべき敵だ!」

 雄叫びを上げながらビームサーベルを抜いて斬りかかって来るストライクを笑いながら迎え撃つディン。ストライクのビームサーベルをシールドで一瞬止め、次の瞬間には焼き切ってしまう。しかし、その際にシールドガトリングの弾薬が誘爆して一瞬キラの視界を塞いだ。

「爆発? これで終わったのか?」

 あの爆発に巻き込まれればディンでは持ちはすまい。これで終わってくれればという期待をキラは抱いたが、それは無駄に終わった。爆煙から飛び出すように現れたディンが振り被った重斬刀を力任せにストライクの上半身に叩き付けてきたのだ。そのあまりの衝撃にPS装甲さえ僅かに歪むほどのダメージを受け、キラ自身も衝撃で意識が朦朧としたほどである。
 しかし、この一撃でもストライクの装甲は何とか持ち堪えた。その桁外れた強度にユーレクが舌打ちをする。

「何という装甲だ。これがフェイズシフト装甲か」

 無茶苦茶な防御力に流石のユーレクも辟易してしまうが、これはこれで面白いと感じてもいた。敵は少しでも強大な方が良い。それを倒す事で自分はより最強に近づくからだ。
 しかし、僅かな不満を感じてもいた。確かにこのストライクは機体性能を無視してもかなり強いのだが、それでも自分が期待していたほどではない。これが本当に最高のコーディネイターだというのだろうか。
 ユーレクはその失望感を通信波に乗せてキラにも聞こえるように話し出した。

「私は最高のコーディネイターに幻想を抱いていたという事かな。コーディネイターの究極と言われる実験体も、所詮はこの程度なのか」
「な、何を……?」
「失望させてくれるなよ。貴様がその程度では、何の為に私は作り出されたと言うのだ。私はこの程度の敵を倒す為に作られたと言うのか?」

 ユーレクの声には失望感しか感じられない。だが、キらにはその理由がさっぱり思い当たらない。何を言っているのだこの男は。自分を倒すために作り出された? 
 そこまで考えて、キラはある単語を思い出した。そう、アズラエルが言っていたではないか。自分に対抗する為に作られた調整体と呼ばれる戦闘用の人間がいると。その1人がキースだと。そしてキースは5人が死んだのだと言っていた。では、他の生き残りは何処に行ったのだ。

「まさか、調整体!?」
「ほう、知っていたか。まあ知っていてもおかしくは無いが。その通り、私は貴様を殺す為に作られた8番目の、最後の調整体だ。キラ・ヒビキ!」

 そう言って再びストライクを襲おうとしたのだが、その眼前をいきなりビームが掠めていった。驚いてビームの飛んできた方を見れば、105ダガーがこちらに銃口を向けている。
 フレイの射撃が一瞬ユーレクを拘束してくれたおかげで、キラはまたユーレクから大きく距離を取ることが出来た。

「この、キラから離れなさい!」

 どうやらそれまで相手をしていたジンは撃墜できたらしい。ビームを正確に連射してくる技量は大した物で、その強さはユーレクから見ても一目置くだけのものはある。だが、所詮はただの凄腕でしかない。今目の前にいる獲物と比較する事は出来ないような相手だ。そんな奴に邪魔をされるのは我慢できない。

「消えろ、目障りだ」

 そう呟いて重突撃機銃で105ダガーを撃ったのだが、フレイはそれをシールドで防ぎながら更に反撃を加えてくる。しかし、それで良かったのだ。シールドで銃撃を防御している所に更に6連多目的ランチャーからミサイルを放ち、止めを刺すのが狙いだったからだ。
 フレイは自分の機体を包むように飛んできた6発のミサイルに向ってきたミサイルに向けて頭部40mmバルカンで迎撃を試みたが、残念ながら2発に突破されてしまう。それをフレイは片方をシールドで受け止めようとし、もう一方は機体を捻る事で回避しようと試みてかろうじてミサイルの直撃は回避する事が出来た。
 しかし、その回避動作はユーレクのディンに対して一瞬無防備な姿を晒す事になる。それを見逃すようなユーレクではなく、再度加えた重突撃機銃の銃撃が遂に105ダガーの、機体を捉え、上半身に爆発が起こり、左足が圧し折れて無様に甲板に転がって擱座してしまった。

「フ、フレ、イ……?」

 105ダガーの上半身で爆発が起きたのを見た瞬間、キラは前進から血の気が引くのを確かに実感した。フレイがMSに乗って間もない頃には何時も創造していた最悪の現実、最近ではそんな心配は無用だと考えるようになっていた最悪の事態が目の前で起きてしまったのだと悟った時、キラは人間が発するものとは思えないような絶叫を上げた。


後書き

ジム改 今回は後書きも次回予告も無しということで。
カガリ ……却下だ。
ジム改 では一体何を話せというのだ?
カガリ 今回はあの世界の軍隊に付いてだろ。
ジム改 ……何を言えというのだ? 今時何処の世界に現地民を徴用する軍があると?
カガリ そういうわけで、今回は軍隊は民間人を使う必要があるのかというテーマで。
ジム改 また妙なテーマを。
カガリ 実際、必要なのか?
ジム改 余程機械化率が低いならともかく、先進国なら普通はいらん。ガンダムなら尚更な。
カガリ なんで? 人手は多いに越したことは無いだろ。
ジム改 都市部の道路工事じゃあるまいし、基地設営なら建設部隊に任せれば良い。
カガリ そうか?
ジム改 実際にやってみれば分かるが、トラック1台、ゆんぼ1台が仕事の能率を劇的に変えるぞ。
カガリ そいつらは軍人なのか?
ジム改 当然。人殺しだけが軍隊の仕事じゃないぞ。土木工事も戦争だ。
カガリ 戦争中に道路作ったり橋架けたり建物直したり?
ジム改 道路や橋は無いと地上部隊が動けん。建物は陣地構築で必要になるだろ。
カガリ こっちではそういう部隊は見かけないぞ。
ジム改 出してないからな。ガンカノではかなり大活躍してるが。
カガリ つまり、民間人を徴用する理由は無いと?
ジム改 現地に雇用を生むという平時の理由でもなければ無いな。そもそも、最前線だぞ。
カガリ 民間人がいると足手纏いだよなあ。
ジム改 その中に工作員が紛れてたら洒落にならん。警備上から見ればむしろ有り得んな。
カガリ ところで、なんでガンダムなら尚更なんだ?
ジム改 MSを建設機械代わりにすれば良い。あれ1機で大半の建設機械の代用になる。
カガリ 物を掴めるのが大きいか。
ジム改 元々ザクは作業機械として使える戦闘兵器というのが売りだったのだ。
カガリ 溶接機担いだり、荷物運んだり、瓦礫を退けたりか。
ジム改 そういう理由で、ガンダム世界で民間人を使う理由は普通は無いだろう。



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