第74章  平和の国へ


 

 フレイを殺された。そう考えたキラは逆上してディンに襲い掛かった。その目からは光が消え失せ、SEEDを発現させている事が分かる。フレイを殺された怒りが彼の中にある力を引きずり出してしまったらしい。
 キラはこの力を内心では憎み、疎ましく思っていた。戦う力など求めてはいなかったから。フレイはこの力を使っている時の自分を化け物だと言い、出来るだけ使わないで欲しいと言った事もある。この力を使えば、自分は必ず他人から否定されてしまうと。
 だが今、キラにはそんな事を気にしている余裕は無かった。この目の前にいるディンを倒し、フレイの敵を討つことしか頭には無かったのだ。

 一方、ユーレクは突然動きが変わったストライクに軽い驚きと、混乱をきたしていた。これまでこのストライクは、最高のコーディネイターは手を抜いていたのだろうか。だが先ほどまでの戦いで手を抜いていた様子は無かった。では突然強くなったとでも言うのだろうか。そんな事はありえないはずなのに。

「まだ何か、隠している力があるとでも言うのか。私の知らない力があるとでもいうのか?」

 キラ・ヒビキには何か隠された秘密があるのだろうか。自分には無い、奴だけの力が。ユーレクはそれの存在を知りたいと思ったが、それ以上にそんな力を発揮しだした敵に嬉しさを感じていた。

「そうだ、それで良い。それでこそ私の倒すべき敵だ!」

 再び重突撃機銃をストライクに向けて放つ。そろそろ弾が乏しくなってきたが、そんな事は関係ない。今この瞬間が自分にとっての全てなのだから。
 そしてキラはビームライフルをディンに向けて3発放った後、これ以上のバッテリー消耗を嫌ってビームライフルを捨てた。今使っているストライクD型は最初に使っていたXナンバーよりはずっと高性能なバッテリーを搭載しているのだが、それでもビームライフルを使い過ぎればバッテリーは切れるのだ。
 これ以上のバッテリーの損耗を嫌ったキラはアーマーシュナイダーを抜き、まだ使っていなかったフライトパックの垂直ミサイルセルを起動させた。まだ武器はある。

「よくもフレイを、よくも!」
 
 アーマーシュナイダーを手にディンへと突っ込んでいく。重突撃機銃の弾丸が機体を捉えるが、フェイズシフト装甲が全て弾き返してくれた。しかし空中での機動性は機体の軽いディンの方に分がある。キラのストライクがどれだけ突っ込んでもディンを捉えることは出来なかった。
 しかし、その動きの鋭さは、次の動作に入るまでの速さはこれまでとは一線を画している。それまで多少の余裕を持って対処していたユーレクは初めて余裕を消し、必死に機体を操ってストライクから距離を取ろうと必死に足掻く羽目になった。

「これほどの速さを見せるとはな。まるで機械のようだ。奴も私と同じく、最強を目指して作られた化け物に変わりはないということか」

 そう呟きながら、じっとストライクの動きを見据え、タイミングを計りながら距離を保ち続ける。そして遂にユーレクは反撃に転じた。突き出されるアーマーシュナイダーの一撃を見切り、横に機体を逸らして回避しながら上段に振り上げた重斬刀をストライクの右腕の肘関節部に叩きつけ、一撃でそこを破壊してしまった。フェイズシフト装甲でも稼動部まで覆っているわけではない。
 だが、キラはそれでも怯まなかった。右腕が叩き切られた直後、真横にいるディンの機体を左手で持っているシールドで思いっきり殴りつけたのだ。
 殴られたディンは機体バランスを崩して下へ落ちていったが、直ぐに立て直すとまた距離を取るように大きく迂回して上昇してきた。それに対してキラはすぐに手を出そうとはせず、じっと様子を伺っている。流石にアーマーシュナイダーまで失っては、残る武器はビームサーベルしかない。しかしそれはバッテリー残量を圧迫する。それは今のキラにとっては死を意味している。
 そしてユーレクもまた焦りを感じていた。あそこで怯まずに殴りつけてくるとは思わなかった。先程までとはまるで別人のような荒々しささえ感じる戦い方に、ユーレクはどうしても違和感を感じてしまっている。まるで別人が動かしているのではないかという感じさえする。
 何が彼を変えたのか。その理由を探していたユーレクは、ふとさっき撃破したMSを思い出した。あれを撃破した途端、ストライクの動きが劇的に変化したのだ。あれにはキラ・ヒビキにとって大切な人間が乗っていて、それを目の前で殺されたから逆上したとでも言うのだろうか。

「……可能性はあるが、そんなものが力となるのか? そんなものが、限界を超えさせる切っ掛けとなると言うのか?」

 その答えを自分は知らない。これまで知る必要は無かったし、与えられてもいなかった。いや、そんなものがあるとしても、そんな不確定要素に頼っているようでは最強の兵器とはなり得まい。

 この疑問の答えを求めてもう一度交戦しようと思ったとき、いきなりアークエンジェルの甲板で擱座していたダガーから白煙が上がった。何かと視線を向けるよりも早く赤外線センサーが多数の移動熱源を探知し、それが接近してくる事を教えている。
 驚きを隠しきれないユーレクが見た物は、ダガーから飛来した十数発のミサイルが自分を取りか組むようにして一斉に襲い掛かってくる光景であった。

 



 105ダガーが破壊されたのを艦橋から確認したマリューたちは蒼白になってしまった。これまで1機も欠ける事無く数々の戦場を潜り抜けてきたアークエンジェル隊にしてみれば、初めての正規パイロットの喪失の恐怖に直面していたのだ。

「ハウ一等兵、フレイは、彼女は生きているのか!?」
「通信で呼びかけていますが、応答が無いんです!」
「くっ、ケーニッヒ少尉のデュエルで、105ダガーを艦内に運び込む事は出来ないか!?」
「無理です、敵はまだ居るんですよ。今トールまで抜けたら!」

 ナタルの問いにチャンドラが悲鳴のような声を返した。オルガに続いてフレイまで抜けた以上、艦を守っているのはもはやトールだけである。そのトールまで外れれば、アークエンジェルはまだ残っている5機のMSを相手に対空兵装だけで対処しなくてはならず、かなり厳しい事になってしまうのだ。フレイの事は気になるが、彼女1人のために艦全体を危険に晒す事は出来ない。
 それが分かるだけにナタルもトールにフレイを助けろという事は出来なかった。いや、例え命令したとしてもトールにそれが可能かどうかの問題もある。既にトールは敵機の集中攻撃を受けて必死に応戦をしており、逆に助けを求めてきている有様なのだから。
 その時、ナタルのすぐ傍の席に付いていたカガリがナタルに1つの提案をしてきた。

「おい、トールが駄目なら、私がカラミティでやろうか!?」
「駄目だ、危険すぎる!」
「それ以外に手がないだろうが。それとも、このまま放っておくのかよ!?」
「君を死なせるわけにはいかんのだ。本艦がオーブに向っているのは、君を送り届ける為だという事を忘れないでくれ!」

 ナタルはカガリの提案を一蹴して戦闘指揮を続けようとしたが、今度は格納庫からマードックが内線で無茶をして良いかと許可を求めてきた。

「こちら格納庫です。これからちょっとお嬢ちゃんを助けて来ますわ」
「助けるって、どうやって?」
「幸い、MSは背中を上にして倒れてるんで、背中の緊急脱出用ハッチを開放してお嬢ちゃんを引きずり出します!」
「無理よ。今は戦闘中なのよ。そんな所に生身で行くなんて、危険すぎます!」
「危険は承知のうえですぜ。出る奴は全員志願した奴ですから、御心配なく」

 マードックは通信機の向こうでニヤリと口元に笑みを浮かべている。その背後ではなにやら整備員達が駆けずり回っており、奇怪なまでの熱気で包まれているようだ。何時からうちの艦にはこんなに馬鹿が増えてしまったのだろうかとマリューは額を押さえて頭痛を堪えるような表情をしていたのだが、とうとう諦めの溜息を漏らしてナタルに問い掛けた。

「ナタル、敵機の動きは押さえられる?」
「無理です。カラミティも無く、スカイグラスパー隊も無しでは戦力がまるで足りません。せめてストライクが自由になればまだ何とかなるのですが……」

 マリューの問いにナタルは苦渋の表情で返した。オルガは医務室でまだ検査を受けているようで、すぐには出られないという報告が上がってきている。スカイグラスパー隊との通信は途絶しがちで、かなり距離が開いている事を教えてくれるばかりだ。そしてキラはまだディンを倒せないでいる。
 しかし、苦悩するマリューの見ている先でいきなり1機のジンが真横から飛来したビームに貫かれて爆発してしまった。

「な、何? 誰が撃ったの?」

 このマリューの問い掛けに対する答えは、艦の正面に現れたキラのストライクとディンが教えてくれた。ストライクはそれまでとは明らかにレベルが違う動きを見せており、それまで苦戦していた筈のディンを押し出していたのだ。そればかりかアークエンジェルに取り付こうとしている敵機にまで攻撃を加え出している。

「ど、どうしたの、ヤマト少尉は?」
「あの動きは、またヤマト少尉が暴走しているのでしょうか」

 キラが時折異常なほどの戦闘能力を発揮する事はアークエンジェルクルー達にもほぼ認識されるようになっている。その状態の彼と交戦した事のあるフレイが暴走状態と表現しているのだが、その後もキラは幾度もそういった状態になっており、今回もその暴走状態になってしまったのではないかとナタルは思ったのだ。

「恐らく、フレイが撃破されたのを見て、彼の中の箍が外れたのでしょう。手当たり次第に暴れまわっています」
「……ねえナタル、これってチャンスじゃないかしら?」

 全ての敵機に片っ端から喧嘩を売って回っているキラのストライクのおかげで、一時的に敵機が艦から離れ気味になっている。今トールが相手にしているのはたったの2機でしかない。これならマードックをダガーに駆け寄る事が出来るのではないだろうか。
 マリューの問い掛けにナタルも頷く。確かに、何時もなら厄介でしかないキラの暴走も、今回ばかりは渡りに船である。
 マリューはナタルの同意を受けてサブモニターのマードックに許可を出した。

「分かりました。お願いします」
「任せといて下さい。必ずお嬢ちゃんを助けてきますよ!」

 マードックはマリューに親指を立てて見せてからモニターを切った。それを見てマリューは医務室に格納庫に負傷者の受け入れ準備を進めるように指示を出し、ホッと一息ついた。

「彼女、生きてるかしら、ナタル?」
「…………」

 不安そうなマリューの問いに、ナタルは答えることが出来なかった。こういう時、神は時折最悪の答えを返してくる事を彼女はこれまでの経験から理解していたのだが、それを口にしたらそれが現実になってしまうのではないか、という恐怖があったのだ。


 格納庫ではマードックの指揮を受けた整備班の勇士一同が作業車両と作業工具で完全武装して強風吹き荒れる甲板上に現れていた。彼らの背後にはMSを移動させる時に使う大型のキャリアーがあり、それにとり付けられているウィンチから風に吹き飛ばされないように強靭なワイヤーロープが伸ばされていて、マードックを含めて4人の体を繋いでいる。彼らは105ダガーの残骸へと匍匐前進で向っていた。

「しかし、まさか俺たちが救助隊紛いの芸当をする羽目になるとは思わなかったな」
「班長、無駄口叩いてると吹っ飛ばされますよ」

 強風の中で恐怖を吹き飛ばそうと軽口を叩くマードックに部下が引き攣った顔で文句を言った。全員が怖いのだ。何しろ戦闘航行している戦艦の甲板を匍匐前進しているのだから。すぐ近くでデュエルがビームライフルを撃ち、イーゲルシュテルンが高速弾を叩き出す様が見えている。
 だが、その時いきなりマードックたちの前でダガーのバックパックか起動しだした。それを見たマードックが驚いて離れるように指示を出す。すぐ傍でミサイルが発射されたら、自分達など吹き飛ばされてしまう。

「な、何だ、暴発か!?」
「班長、発射します!」

 マードックの疑問に誰かが答えてくれることは無く、発射されたミサイル群はそれぞれに異なる軌道を描きながら一点を目指して正確に集弾していった。それは間違いなく、コントロールされた動きであった。






 実はこの時、フレイはまだ生きていた。105ダガーのコクピットはメインスクリーンのパネルが爆ぜ、何箇所かがエネルギーリバースによる爆発を起こしていて、中にいたフレイ自身もパイロットスーツに多数の破片が突き刺さり、爆発に撫でられて所々が焦げているという有様ではあったが、フレイはまだ生きていた。それどころかゆっくりと意識を取り戻していたのである。
 意識を取り戻したフレイはまだ生きているサブカメラの映像で周囲の状況を確認しようとしたが、体が上手く動かない事に気付き、どうしたのかとぼんやりした頭で考え込んだ。暫しの混乱した思考の中でようやく自分が大怪我をしている事に気付いた。だが不思議と痛みは無く、怪我をしているという実感が湧いてこない。
 そして、フレイが何とか動く右手でサブカメラの映像を切り替えていると、ストライクが例のディンを含む多数のMSと戦っている姿が映し出された。ストライクは物凄い動きで敵機と渡り合っているが、どうも優勢という所まではいっていないらしい。
 それを見てフレイは機体を動かせないかと考えたが、それ以前に自分が上手く動けないのでどうしようもない。でも目の前で苦戦しているキラを見て見ぬ振りというのが出来る性格でもなかった。

「ダガー、動くかな」

 そう呟いてフレイは操作レバーを引っ張ってみるが、機体は何の反応もしてくれない。操作系が完全にイカレているのか、それとも動力系がやられたのだろうか。暫しチョコチョコと動かしてみたがまるで反応しないので、フレイは困り果ててもう一度サブカメラを見た。
 周囲から撃ちこまれる弾丸を必死で回避し、時には直撃を受けて吹き飛ばされているストライク。未だにスカイグラスパーが戻ってくる様子は無く、孤独な戦いを強いられている。
 実はキラはフレイを殺されたと思って逆上して手当たり次第に攻撃をかけているだけなのだが、フレイにはキラが孤立して集中攻撃を受けているように見えていた。ようするに、また頭に血が上って周りが見えなくなっているのだ。

「動いてよダガー……お願いだから」

 流石に大破したMSに根性を求めるのは無茶だと思うが、この時ばかりはフレイの願いをダガーは聞いてくれたのかもしれない。MSとしては動かなかったが、背後のミサイルコンテナが起動してくれたのだ。メインモニターは死んでいたが、使い慣れているフレイにはその振動から、ダガーのミサイルコンテナが起動した事を悟った。
 それまでの必死の表情から一変して弱々しくも笑みを浮かべるフレイ。そして視線をサブモニターに向け、キラを苦戦させているディンを見た。
 
 フレイの考えている目標めがけてミサイルコンテナからこれまでで最高の14発のミサイルが一斉に飛び出した。それはこれまでの戦いで見せたほど正確な誘導を受けているわけではないが、14発のミサイルはユーレクのディンを包み込むようにして一斉に襲い掛かっている。
 ユーレクのディンはこの14発のミサイルを次々に回避し、あるいは銃で破壊していった。近接信管が付いているのだがそれが働く距離には入っていないらしく、ミサイルは悉く空振りに終わるかに見えた。
 しかし、それでも12発目がディンの右足を捉えてバランスを崩す事には成功した。そこに更に13発目が襲い掛かったが、そのディンは重斬刀でミサイルを叩き壊してしまった。その場で爆発し、重斬刀も吹き飛んでディン自体も爆風に吹き飛ばされるように海面すれすれまで落ちていく。その動きのせいで14発目は空振りに終わったが、フレイは満足げな笑みを浮かべていた。あのディンを相手にして、2発命中なら上出来だからだ。
 そして、それを最後にダガーの電源が完全に落ちた。サブカメラの映像も消え、僅かに感じていた振動も完全に止まってしまう。

「ありがとう……」

 このボロボロのダガーが動いただけでも奇跡に等しかっただろう。フレイにはダガーが死力を振り絞ってくれたように感じられたのだ。
 そして、それを最後にフレイの意識は途絶えてしまった。






 マードックは105ダガーがミサイルを発射し、それがストライクを苦戦させているディンを襲うのを見て、驚くと共にフレイがまだ生きている事を確信した。あのシステムはマードックに完全に理解できる物ではないが、パイロットが生きて、意識が無ければ起動はしない代物だとは知っていた。まして、パイロット無しできちんと誘導する事など出来る筈が無い。
 再び動かなくなったダガーに取り付いたマードックたちは後部緊急ハッチを吹き飛ばす為の火薬に外部から点火するべくコードの接続を開始した。本来ならパイロットの緊急脱出用の装備なのだが、こうやって閉じ込められたパイロットを助け出す最後の手段としても使える。
 マードックは隣の格納庫の上で頑張ってるトールのデュエルに目をやった。デュエルは自分達がダガーに取り付いているのに気付いたのか、敵を自分達に近づかせないような攻撃をしてくれている。

「頼むぞ。敵を近付かせないでくれ」

 敵機を相手にしてくれているデュエルをマードックは頼もしげに見て、そして部下達を振り返った。

「よし、吹っ飛ばすぞ。危ないから離れてろ!」

 マードックの指示に従って部下達がダガーの装甲の陰に隠れる。そしてマードックが点火装置のスイッチを捻り、自分も慌てて装甲の影に伏せた。その直後に小さな爆発音がし、装甲板が吹き飛ばされて艦の後ろへと流れていく。
 それを確認したマードックは急いでダガーの背中に上がり、コクピットの中に顔を突っ込んだ。

「お嬢ちゃん、まだ生きてるな!?」

 そう怒鳴ったマードックが見た物はズタズタになったコクピットと、破片と電気のスパークでボロボロになったパイロットスーツであった。
 マードックは上半身を突っ込んで体を固定しているベルトを外すと、フレイの両脇に腕を突っ込んで力任せに引きずり出した。
 外にフレイを引きずり出したマードックはダガーの下にいる部下達にフレイを渡して自らもダガーを降りようとしたが、そのときアークエンジェルの正面に1機のジンが姿を現した。どうやら対空砲火を突破されたらしい。
 向けられた銃口にマードックが表情を引き攣らせたが、そのジンは何故かマードックに対して銃弾をたたきつけてくる事は無かった。いや、その意識はマードックの背後へと向けられているようだ。
 何かとマードックが背後を振り返ると、そこには搬入用エレベーターで艦内から上がってきたカラミティの姿があったのである。
 ジンは慌ててアークエンジェルから離れていく。それをイーゲルシュテルンが追撃ちしたが残念ながら当たらなかった。マードックたちは助かったという事を実感出来ないでたが、カラミティが一歩足を踏み出してきた振動でようやく我に返った。
 驚いているマードックたちに向けて、オルガのおかしそうな声が外部スピーカーから聞こえてきた。

「無茶しすぎだぜ、おっさん」
「オルガ、お前もう出て来れたのか?」
「へっ、余計な心配してる暇があったら、さっさと小娘連れて艦内に戻りな。あんたらが邪魔で撃てやしねえ!」

 カラミティの火器は強力過ぎて近くに人間がいては撃つ事が出来ない。特にビーム兵器は周囲に電磁波を撒き散らすので危険が大きいのだ。カラミティが前に出てシールドで強風を遮ってくれたので、マードックたちはフレイを担架に乗せてエレベーターまで走る事が出来た。
 マードックたちがエレベーターで艦内に戻ったのを確認したオルガは敵に砲を向けようとしたが、その時サブカメラに艦内からマードックが通信を入れてきた。

「助かった。恩に着とくぜ!」
「はんっ、別にそんなつもりはねえよ。それより小娘は?」
「生きてる。今先生が救急ベッドで医務室に運んだ所だ。だがかなりの重症みてえだからな。助かってくれりゃ良いが」
「あの小娘は悪運は強いからな。大丈夫だろうさ。それじゃあな」

 オルガはそう言って通信を切ると、マードックに向けていた不敵な笑みを消して苦しそうに顔を顰めた。急いで薬を飲んではきたが、飲んで直ぐに効果があるわけではない。オルガはまだ体を蝕む不快感と苦痛に苛まれていたのだが、無理を押して出撃してきたのだ。

「くそったれ。小娘やヘッポコが体張ってるのに、この程度で引っ込んでられるかよ!」

 オルガはトールやフレイを助ける為に無理を押して出てきたのだ。カラミティの持つ強力な火器が逃げているジンに次々に放たれ、敵機を1歩も近付かせまいと弾幕を張り巡らせる。
 このカラミティの復帰でアークエンジェルの防御力は再び強化された。逆に群がっていたジンやディンはもう弾切れやバッテリー切れを起こしており、戦闘続行は不可能になりつつあり、この時点で戦闘の帰趨はほぼ決してたと言っていいだろう。




 そして、キラとユーレクの戦いも終りがやってきた。ストライクはもうバッテリーも武器も無く、ディンの方はミサイルを受けて中破状態になっている。互いに墜落こそしていないが、もう戦闘能力を喪失したのは明らかであった。

「これまでか。もう少し戦ってみたかったのだがな」
「なんだと!?」
「今日はこれで退くとしよう。その艦を沈めるとな言われているし、貴様の力を見せてもらうという目的も果せた」

 そう言って、ディンは機体を翻してストライクから離れていく。右肩から信号弾が発射され、空に鮮やかな輝きが生まれたかと思うと、それを見たザフトMSが一斉にアークエンジェルから離れて撤退を開始した。どうやら本当に撤退を開始したらしい。
 キラは怒りに任せてこれを追撃しようとしたが、なんとユーレクがそれを止めてきた。

「追って来る気概は結構だが、止めておけ。これ以上付いてこれば、帰れなくなるぞ」
「黙れ、僕は貴方を絶対に許さない!」
「逆上して冷静さを欠いているようだな。貴様が早く戻れば、あのダガーのパイロットをオーブの病院に入れてやることも出来るのではないのか?」

 ユーレクの言葉に、キラはその場でストライクを止めてしまった。言われて初めて気がついたというかんじで、ユーレクは失笑を禁じえないでいる。

「分かったなら、早く戻るのだな」
「……どうして?」
「私は最高の状態の貴様を倒したいのだ。今はお互いに戦う力を無くしている。この状態でこれ以上戦っても意味は無い」
「貴方は、どうしてそこまで僕に拘るんです?」
「私は最強の兵器を目指して作られたのだ。兵器である以上、戦う事が存在理由であり、全てなのだ。私には、そういう生き方しか出来ないのだよ」

 そう言い残して、ユーレクは残存機を率いてアークエンジェルから離れていった。ユーレクが退いた事でスカイグラスパー隊の戦いも終わったのか、2機のスカイグラスパーもアークエンジェルの方に引き返してきている。オーブに入る直線の戦いはこうして終わったのだ。

 



 しかし、アークエンジェルの戦いはまだ終わってはいなかった。フレイの傷はかなり酷く、意識も無い状態が続いている。医務室には誰も立ち入る事を許されず、軍医だけでなくオルガのメンテナンス要員まで手を貸しての必死の治療が行われているが、その結果は芳しい物ではないようだった。
 パイロットとしては超人的な実力を持つアークエンジェルのエースパイロット達、ただしトールを除く、は戦場でこそ比類なき存在であったが、医務室で苦しんでいるフレイの事に関しては完全に無力であった。どんなに凄い力があろうとも医学の知識などありはしないし、付け焼刃の知識では専門医の手助けなどできる筈が無い。医療の世界も経験の蓄積が大きく物を言うからだ。
 何も出来ず手空きの仲間たちと共に食堂にいたキラだったが、己の無力さに激しい憤りを感じていて、しかもそれを押さえ込むことが出来ずに目の前に置かれている食器を右手を振り払う事で床に叩き落してしまった。
 その音を聞いたクルーが驚いてキラの方に目をやり、そしてその平静さを失っている目を見て慌てて顔を逸らしてしまう。ああなった時のキラは止めようが無いのだ。
 しかし、そんなキラをトールが止めに入った。

「止せキラ、こんな所で暴れても、フレイが助かるわけじゃないんだぞ!」
「そんな事、言われなくても分かってるさ!」
「だったら止せ!」
「じっとしてられないんだ。フレイは、僕のせいで死にかけてるんだぞ!」

 自分がユーレクをもっと早く倒していれば、あるいはフレイに手を出せるような余裕を与えなければフレイがこんな状態になることは無かったのだ。少なくともキラはそう思っていた。そういった自虐的思考に捕らわれているために、とにかく自分を責めないと気が済まないのだ。
 その事に気付いたトールは怒りを感じてキラに突っ掛かろうとしたが、それより早くミリアリアが2人の間に割り込んできて、思いっきりキラの右頬を張った。いきなりミリアリアが引っ叩いたことでキラトールのみならず、周囲の人間もみんな凍りついたように動きを止めている。

「いい加減にしなさいよね。辛いのは自分だけだと思ってない、キラ!?」
「で、でも、僕のせいで……フレイは……」
「そんなのキラの思い込みでしょう。そういうのは艦長や副長に責められたり、フレイに文句言われてから悩みなさいよ。そもそもキラが悪いって言うなら、他のみんなも同罪なのよ。私だって何も出来なかったわ!」
「ミリィ……」
「誰もキラの事を責めてやしないでしょ。フラガ少佐が何か言った? キースさんが何か言ったの? それとも何、キラは手を抜いて戦ってたって言う訳!?」
「…………」
「フレイを心配してるのはキラだけじゃないわよ。私だって、トールだって、サイだってカズィだってみんな心配なのよ!」

 ミリアリアの詰問にキラは俯いて首を横に振った。そう、誰もキラの事を責めはしなかった。それどころかフラガやキースに至っては戻れなかった事をキラに頭を下げて詫びてきてさえいた。フレイを助け出したマードックたちもキラに労いの言葉をかける事はあっても、罵ったりはしなかった。
 それは当然だったろう。キラは1人であの化け物のように強いディンを相手取り、更にジン2機を撃ち落しているのだ。パイロットとしては十分に責任を果している。フレイが落とされたのは敵が強過ぎたのだと誰もが認めている。
 キラを責めているのは自分自身だ。その事にキラは気付いてはおらず、だからミリアリアははっきりと言ってやった。自分自身を許せないのは分かるが、その怒りを他人にぶつけてくるなと。
 ミリアリアに責められたキラは放心したように呆然とした顔でドサリとそれまで座っていた椅子に腰を降ろし、肩を落としてガックリと頭を垂れてしまった。

「ごめん、トール、ミリィ」
「い、いや、俺は別にいいんだけど」

 トールは一瞬で覇気を失くしてしまったキラとまだ憤懣収まらない様子のミリアリアとを交互に見てどうすれば良いのかとオロオロしていた。相変わらず場のリードが出来ない男である。やはりこのチーム、サイが纏め役としていないと上手く回らないようだ。

 キラとミリアリアの一戦が終わった後になって、カガリとサイが食堂に入ってきた。入り口に立ってきょろきょろと中を見回していたカガリであったが、サイがキラたちを見つけたようで肩を叩いてカガリに3人の居場所を教えている。
 それで2人はキラたちの元にやってきたのだが、何故か肩を落として意気消沈しているキラと胸の前で腕を組んで憮然としているミリアリア、そしてオロオロしているトールという良く分からない構図を見て首を捻ってしまっていた。

「なあ、何があったんだ、トール?」
「い、いや、大したことじゃないんだ」

 サイの問いにトールは顔を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべている。それを見てサイは何となく状況を察していたが、あえて火中の栗を拾うようなまねはしなかった。
 そしてカガリが意気消沈してこの世の終りのような顔をしているキラの方を思いっきり叩いて朗報を伝えてきた。

「キラ、今本国と話をつけてきた。オノゴロ島の軍港に入港次第、アークエンジェルから軍病院にフレイを移動させて緊急手術だ」
「……え、でも、オーブは受け入れを拒否するかもしれないってキサカさんが?」
「私はオーブ軍准将で首長家の一人娘だぞ。多少の横紙破りは通せるんだ」

 どうやら相当強引に軍部を従わせたらしい。カガリはオーブ軍の中枢にいる人間だそうで、防衛部隊は彼女の指揮下に置かれているらしい。そんな彼女が命令したのでは部下は従うしかなかったのかもしれないが、カガリにしては珍しいやり口ではある。その事をキラが問うと、カガリはとんでもない答えを返してくれた。

「キースが言ったんだよ。権力ってのは乱用してこそ価値があるってな」
「いや、それは何か間違ってるよ」

 どうやらカガリはキースに丸め込まれていたらしい。権力者に権力の乱用を進めるとは、とんでもない事を吹き込んでくれる男であるが、実際にキースがカガリに教えたのは権力を行使する権利と、付随する義務であった。権力者は権力を使って我を押し通す事が可能であるが、権力を行使できるという事は、祖国と国民に対して責任を負うということでもある。権力を行使して義務を放棄するなら、それは必ず亡国の悲劇を招く事になる。
 カガリは自分が権力者であるという自覚が無かった。自覚が無いから権力の使い方を理解せず、また義務も理解していなかった。だから分を弁えずにゲリラに参加したり、アークエンジェルに乗り込んで戦っていたのである。
 しかし、アズラエルが現実をカガリに突きつけた。カガリが何かすれば、それはオーブという国の意思であると看做される。例えカガリにその気が無くとも周囲はそう判断する。それがカガリ・ユラ・アスハという人間の立場だと。
 そしてキースは言ったのだ。権力を持つ者は、権力を国と国民のために行使する義務があると。それさえ弁えていれば、たまに少々の我侭を通すくらいは大目にみてもらえるものだと。
 そしてカガリは傷病兵を中立国が受け入れる事を条約が認めているという事を利用するつもりであった。一度中立国に受け入れられた傷病兵は戦線復帰できなくなるが、このまま死なせるよりは良いとカガリは考えたのだ。本国の大人たちは必ず文句を言ってくるだろうが、この件に関してはカガリは一歩も譲るつもりなどありはしない。




 戦闘終結から30分後にアークエンジェルはオーブ軍駆逐艦の先導を受けながらオノゴロ島にある軍港に入港した。フレイはアークエンジェルが投錨した埠頭にやって来ていた救急車に乗せられてそのまま軍病院に運ばれ、緊急手術を受けることになった。キラたちも同行したいと申し出たのだが、流石にこれは受け入れられることは無く、アークエンジェルの中に留め置かれる事になる。
 カガリはキサカを連れて既にアークエンジェルを降り、迎えの車に乗ってどこかに行ってしまった。マリューの話では首長オフィスビルに行ったらしい。そこで前代表であるウズミ・ナラ・アスハに会わなくてはいけないそうなのだ。
 アークエンジェルが港に入ったことで仕事から解放されたクルー達は、長い航海で疲れた体を上陸して癒す事も出来ずに不満を溜め込んでいた。マリューはオーブ政府に上陸の許可を求めているのだが悉く却下されてしまっている。元々オーブと大西洋連邦の関係は冷え切っているという問題もあるのだろうが、それでも些か頑なな態度である。
 ただ、この件に関してはキースが楽観的な見方を示してはいた。

「大丈夫ですよ。2日もすればきっと上陸許可が下りますって」
「どうして、そう言い切れるんです?」
「非公式とはいえオーブの王族を護送してきた大西洋連邦の戦艦を相手に、この扱いはかなり非礼ですから。高官の1人も派遣せず、上陸許可も出さず、じっと艦に閉じ込めておくなんて事を続ける訳が無いです」

 オーブと大西洋連邦では国としての格が違いすぎる。ましてカガリを運んできた、オーブにとっては恩を受けた戦艦でもある。そんな相手に何時までも意地を張っていては大西洋連邦側の心証は確実に悪くなるだろう。わざわざ放蕩王女を護送してやったのにその態度はどういう訳だ、と。
 更にこれは口に出してはいないが、キースはカガリを送り届けるという任務の裏に、オーブを連合に引き込もうとするアズラエルの思惑があることも知っていた。王族を助けてやったというのは政治的にはかなり大きな意味を持つ。少なくともオーブは大西洋連邦とアズラエルに借りを作った事になるのだ。例えカガリがオーブでどういう扱いを受けていようとも関係は無い。
 カガリが政府ビルに呼び出されたのもこの問題に付いて詰問するためだろう。ウズミにしてみればどうしてアズラエルが絡んできたのか、カガリからはっきりと説明を受けなくては納得できないだろうから。
 キースが2日と言ったのは、それくらいあればこちらへの対応も決まるだろうという判断からきている。今頃は首長たちが顔を突きあわせてどうするかを話し合っているのだろう。

 そんなわけでキースは艦に閉じ込められている事を全く気にしてはいなかったのだが、1人だけ艦を降りた人物がいた。ヘンリーである。彼はアークエンジェルと同行した間の体験を記事にして纏め、どこかの出版社に売り込むつもりだと言って艦を降りてしまったのだ。彼は民間人なので入国審査を受けた後にオーブに入国という形を取っている。
 ただ、ヘンリーはキースに1つの置き土産をしていった。ヘンリーはそれをどう扱うかは君に任せるよと言って渡していったのだが、それを受け取ったキースにしてみればどうすれば良いか迷うような代物であった。
 ヘンリーが渡した1枚のディスク。その中にはオーブが開発した主力MS、M1の開発経緯が記されていたのだ。それによるとM1にはアストレイという原型機が存在しており、そのアストレイは5機のGの技術を盗用してヘリオポリスで開発されていたというのである。
 これをもし大西洋連邦に渡せばたちまち外交問題に発展するだろう。下手をしなくてもオーブは追い詰められ、最悪戦争になる可能性さえある。少なくとも国際的な信用は失墜するだろう。
 この内容を見たキースは扱いに苦慮した挙句、当面は自分だけの秘密にしておく道を選んだ。いずれ、戦争が終わって暫くしたら、歴史の真実とか銘打って手記でも書いてみようと思っているので、その時に丁度いい話のネタになるだろうから。



 そして、アークエンジェルが入港した翌日、1人のオーブの要人が数人の随員を伴ってアークエンジェルにやって来た。その人物こそオーブの実質的な最高権力者、ウズミ・ナラ・アスハであった。



後書き

ジム改 フレイはオーブの病院へ搬送されてしまいました。
カガリ わ、私はひょっとしてこれで暫く退場か?
ジム改 アークエンジェルから降りたからねえ。出番は減るだろう。
カガリ こうなったら私もオーブの中で派手な活躍を!
ジム改 ……一体何をすると?
カガリ オーブの軍制改革を行い、実戦向きの軍隊に作りかえるんだ!
ジム改 こ、こいつ、軍事強国を目指すつもりか。
カガリ とりあえずはM1部隊の強化に取り組んで……
ジム改 いや、そんな事しても出番の減少は避けられないわけでして。
カガリ 何故だ!?
ジム改 だってこの話、基本はヘリオポリス組とザラ隊を中心とした物語だから。
カガリ アークエンジェルから降りれば、私も脇役だと!?
ジム改 脇役とは言わんが、暫く影が薄くなるだろうな。
カガリ ググググ……ところで、フレイはどうなるんだ?
ジム改 入院中。助かるかどうかは運次第。
カガリ では次回、お父様はアークエンジェルに1週間の滞在を認める。そして両親との再会の日を迎える子供達。しかしキラは両親に会う気が起きず、1人別の場所にいた。
ジム改 アスランが地球に降りる所まで書けるかな?


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