第77章  それは運命の出会いなの?




 ザフトがスピットブレイクの準備に入り、連合がザフトの総攻撃を予感して重要拠点の防御を固めている頃、オーブでは戦争を終わらせる為の戦いが行われていた。大西洋連邦の公使館とプラントの大使館から派遣されてきたそれぞれの代表者が何回目かになる会合を開いていた。大西洋連邦はウォルター・アイランズ補佐官、プラント側はウォルトン・サカイ武官で、この顔ぶれはずっと変わっていない。
 既に2人を仲介役として行われている交渉は講和を前提とした物に変わっており、後はどういう条件で講和を結ぶか、どういうプロセスで終戦に持っていくかという話になっている。この条件交渉で大西洋連邦が要求しているのは大まかなものでもプラント全土の一時的な保障占領とザフトの縮小、航路の管理権、ヤキン・ドゥーエ、ポアズ要塞の譲渡、地球に打ち込まれたNJの除去などであり、条件付の降伏に等しい内容だ。対してプラントが要求しているのは独立の承認、戦前の不平等な貿易体制の見直し、ブルーコスモスを初めとするテロ組織の取り締まり、国境の設定、地球連合内にプラントの議席を設けるなど、ようするに連合諸国と対等の扱いをしろという内容である。
 これ等の条件は互いに受け入れても構わない物、絶対に譲れない物などが入り混じっており、幾度もの交渉を重ねる事で互いが譲歩を重ねて何とか受け入れられるかもしれない形が出来上がりつつある。ザフト側はポアズ要塞の譲渡やザフトの縮小、NJの除去といった内容に関しては概ね受け入れているのだが、ヤキン・ドゥーエの譲渡や航路管理権、保障占領は頑として拒み続けている。
 これに対して大西洋連邦もテロの取り締まりや貿易条件の見直しなどには譲歩を見せていたのだが、独立の承認や国境の設定、地球連合への議席の確保などには難色を示している。これ等を認めるとプラントを正式な国家として扱わなくてはいけなくなるからだ。

 ただ、お互いにこれ以上戦争を長引かせる事を望んではいなかった。大西洋連邦のササンドラ大統領もプラントのパトリック議長もこの一点に関しては完全な同意に達しており、交渉を打ち切るという様子は見せなかった。
 ただ、両者の議論がどうしても譲れない一線で膠着状態に陥っているのも事実であり、双方はこの議論で相手に譲歩をさせるきっかけを求めてもいた。それは戦争という状況下においてはただ1つでしかない。そう、軍事的な大勝利である。
 プラントはこれに対してはスピットブレイクというカードを用意していた。これはザフトの総力を挙げた一大作戦であり、確実にアラスカを攻略する事を目論んでいる。アラスカを落とせば流石の大西洋連邦も弱気になると考えているのだ。
 しかし、大西洋連邦もまた1つの作戦を準備していた。それはプラントに直接攻撃を加え、農業、軍需プラントを破壊してプラントの継戦能力を奪い、戦争継続を不可能にするという物であった。元々は軍部から持ち込まれた作戦であったのだが、ササンドラはこの作戦を生還まで考慮させた上で実行に移すよう指示している。
 どちらも形振り構わぬ大掛かりな作戦であるが、防衛体制を整えながら攻撃作戦の準備も同時進行させられている辺りが大西洋連邦の国力の凄まじさを伺わせている。プラントはスピットブレイクのためにプラントの防衛力さえも犠牲にしているというのに。
 
 その辺りの事情を知っているサカイとアイランズの表情には何処か空しさが漂っていた。自分達がここでこうして交渉を続けていても、最終的にケリをつけるには軍事力による一撃が必要なのだから。
 アイランズはテーブルの上に置かれている冷めたコーヒーに手を伸ばして不味そうに啜ると、自分の差し出した書類を食い入るように見ているサカイに声をかけた。

「サカイ武官、外交官とは、無力なものかもしれませんな」
「…………」

 その言葉にサカイは顔を上げ、怪訝そうな顔になった。

「どういう意味でしょうか?」
「言葉どおりですよ。我々がここでどれだけ言葉を積み重ねても、上層部は軍事的にケリを付けなければ納得できない。そして上層部以上にお互いの国民は相手に激しい憎しみを抱いている」
「それは……」
「言葉では、溝を埋める事は出来ないのかもしれない」

 国家間の問題を武力ではなく、交渉で解決するのが外交の本文だ。軍事力に頼った時点で外交的には敗北と同義なのである。そして一度もつれた糸を結び直すには外交ではなく軍事力によるしかない。そんな現実を前に、アイランズは己の無力さを悔やんでいたのだ。
 だが、サカイはアイランズの言葉に首を横に振って見せた。

「我々は確かに無力かもしれない。ですが、無駄ではないはずです」

 サカイの言葉に、アイランズは戸惑いを浮かべた。サカイが何を言いたいのか、読みかねているのだ。

「そうでないですか? 我々がこうして頑張っているからこそ、プラントと大西洋連邦はここまで歩み寄れたのです。確かに軍事的な結果が必要かもしれませんが、戦争を終わらせるまでの道筋を作り上げたのは外交の力ですよ」
「なるほど、そうかもしれませんな」

 サカイの言葉にアイランズも頷いた。確かに講和の可能性を繋いでいるのは自分たちの努力の賜物だ。それを考えれば、自分たちのしている事は決して無駄ではない。
 気を取り直したアイランズはサカイと再び交渉を再開した。お互いに追っ手を気にしながらの会合を続けている身であり、余計な時間は少しでも減らした方が良い。戦場で多くの兵士が命をかけているが、彼らもまた祖国のために命を賭けて頑張っているのである。





 アークエンジェルがオノゴロの軍港に入港して3日目に、アークエンジェルと同じ軍港に入港してくる1隻のボズゴロフ級潜水母艦の姿があった。流石に使う埠頭は離されており、両者がトラブルを起こさないように間にはオーブの兵士が歩哨に立っている。その潜水母艦はイザークたちのアースロイルであった。
 イザークたちはここで補給と休養を行い、アスランとニコルと合流した後アークエンジェルをオーブの領海外で待ち伏せする事になっている。他にも何隻かの潜水母艦が向ってきている筈で、ザフトはこの辺りでアークエンジェルとケリをつけるつもりになっていた。

 入港してきたザフトの潜水母艦を双眼鏡で確認していたフラガは呆れた顔で隣にいるマリューを見た。

「まさか、ザフトの潜水母艦と大西洋連邦の戦艦が仲良く港に繋がれるなんてな。オーブは何考えてるんだ?」
「ここは中立国だと言いたいんでしょう。だからザフトも連合も同様に扱うというポーズをしているのよ」
「中立国ねえ。俺にはただの嫌味にしか思えないんだけどな」
「まあ、こっちからすればそうですね」

 間近でザフトの艦を見るなど気持ちの良いものではない。まあそれは向こうも同じなのだろうが。もしここで戦いになったら真っ先にこちらがゴッドフリートを叩き込んで向こうを撃沈できるので、喧嘩を仕掛けてきても負ける気はしない。
 しかし、流石にこんな所で仕掛けてはこないだろうとフラガは思っていた。こんな所で仕掛ければどう言い訳しても外交問題になる。わざわざそんな危険を冒してまで中立国の港で戦闘をしたがる馬鹿は居まい。

 しかし、この時アースロイルの中はフラガたちには想像も付かないような事態になっていたのである。その中には死屍累々と人間が転がり、まるでマグロが水揚げされた港のような惨状と化している。
 ディアッカは力尽きたように床に転がったままピクリとも動かず、ミゲルとジャックはデスクに突っ伏している。中には大量の書類が無造作に山積みされている机もあるが、時々動く所からすると誰かが埋まっているのかもしれない。他にまだデスク上の書類にペンを走らせているのがイザークとエルフィ、フィリスである事を考えると、消去法で考えれば埋まっているのはシホだろう。
 彼らは今、アスランが来る前の引継ぎ作業とばかりに溜まっていた仕事を片付けていたのだが、エルフィとフィリスを除けば後は対して役に立たない面子なのでどうしても仕事の能率が上がらず、どこぞのサラリーマンの如く24時間働き続けていたのである。おかげで何とか仕事を終わらせる事が出来たわけだが、犠牲は余りにも大きかった。なお、シホは書類整理が下手というよりも、丁寧すぎて処理が遅いという類なので他の4人とは事情が少し異なっている。
 そして、何とか最後の一枚を終えたイザークもまた自分のデスクに突っ伏してしまった。そしてエルフィが最後の書類を束ねて角を揃え、書類入れに入れて大きく背筋を伸ばした。

「ああ、やれば終わるものですね。これでザラ隊長に気持ちよく仕事を引き継げます。皆さんご苦労様でした」

 ニコニコ笑顔でその場の全員に礼を言い、書類を整理して書類れに入れて部屋から出て行くエルフィ。その底無しの体力と気力に、イザークは突っ伏しながら疑問をぶつけていた。

「あ、あいつは、何で平気そうなんだ?」
「さあ、ジュール隊長とは鍛え方が違うんでしょう」

 その問いに対するフィリスの答えは余りにも冷淡であった。彼女は仕事が終わったので両手を上に挙げて背中を伸ばし、下ろした右手でポンポンと肩を叩いている。

「ふう、流石に徹夜が続くと体が痛くなってきますね」
「……もう年か?」

 その言葉を口にした次の瞬間、イザークは自らの後頭部に物凄い衝撃を感じてデスクに顔面を強く押し付けられて潰れたような悲鳴を上げていた。イザークの頭にはフィリスの右拳が裏拳の形で叩き込まれている。フィリスはというと、何故か物凄く爽やかな笑顔を貼り付けていた。

「いやですね隊長、私は隊長と同い年ですよ」
「ふぁ、ふぁるがっは」
「まったくもう、言葉は選んで使わないと寿命を縮めますよ、隊長」

 とっても爽やかな笑顔と穏やかな口調、だがその内容は「何ふざけた事言ってるんだゴラァ!」と同意であったりする。
 この後フィリスも顔を洗ってくると言って部屋を後にし、顔を真っ赤にしたイザークがよろよろと体を起こすと、なんだか濁った目でディアッカとジャックが体を起こしてこっちを見ていた。

「どうした、2人とも?」
「いや、何と言うか、疲れたなあって」
「そうですね。もう疲れました」

 流石に2人とも辛いらしい。イザークも少し寝ようかと席を立って部屋を出ようとしたところで、足元に手帳が落ちているのを見つけて拾い上げた。どうやらミゲルの物らしい。
 イザークはボケた頭で中を開いて、そのページに書かれている内容を口にしてみた。

「……エルフィ、65AA? 何だこれは?」

 ボケた頭がのろのろと回転するが、どうにも心当たりが無い。それでイザークはディアッカの方を見てみたのだが、何故かディアッカは床を蹴って立ち上がり、こちらに真剣な眼差しを向けていた。

「……どうした、ディアッカ?」
「イ、 イザーク、他に書いてあることは?」
「ああ、それならフィリス70シィッ!?」

 言い終わるより早く、イザークは頭部に本のような物をぶつけられてその場に転がってしまった。丁度運の悪いタイミングでフィリスとエルフィが帰ってきたのだ。

「な、何を言ってるんですか!?」

 フィリスは肩で息をしながら怒りで顔を真っ赤にして怒鳴りつけたが、イザークはまだ頭を抱えて悶絶している真っ最中で答えることは出来そうも無かった。エルフィは寝ぼけているミゲルの襟首掴んで上半身を引き摺り起こすと、半泣きでシェイクアタックをしながらミゲルを問い詰めていた。

「ど、ど、ど、どうして私の秘密を知ってるんですかぁ!?」
「ななななん、何だいきなり、敵の襲撃か?」

 寝惚けていたところを強制的に叩き起こされたミゲルは訳が分からず軽いパニックを起こしていた。まあエルフィが半泣きで自分の首締め上げて揺さぶってるのだから状況が把握できないのも無理は無いだろうが。






 ちょっとした騒動が終わった後で、フィリスは必要な物資の調達とアスランたちを拾うために街に出る事にした。流石に中立国から補給を受けられる筈も無いので、今回は自腹を切って購入する事になる。勿論武器弾薬の購入は無理だが、水や食料などの購入はできるので買いに行く事にしたのだ。補給は受けられる時にしておかないと、いざという時に後悔する事になる。それと、自分達が一緒でないとアスランたちを艦に連れ込めないかもしれない。
 この買出しに付き合わされたのはイザークだった。イザークは面倒だと嫌がったのだが、フィリスが凄みを感じさせる微笑を浮かべたら突然素直に頷いていた。どうやら散々怒られているうちに逆らってはいけない状況というものを学習したらしい。フィリスは先のデータ流出事件からまだ機嫌が直っていないので、イザークとしてはご機嫌を取る必要もあったのだ。フィリスが怒ると仕事が溜まるのである。
 仕方なくイザークはアースロイルに搭載されているただ1台のジープを運転して街に出る事にしたのだが、この事に過敏に反応したのがディアッカだった。フィリスとイザークが2人っきりで買出しに出ると知ったディアッカは歯を噛み鳴らして怒りを露にしたのである。

「おのれえイザーク、嫉妬団団長のくせにフィリスと2人っきりで買い物だとぉ。なんて羨ましい……もとい、なんて恥知らずな奴だ」
「どうしますか、副団長?」

 整備兵用のつなぎを来た男がディアッカに今後の事を問う。ディアッカは暫し顎に手を当てて考え込んだ後、小さく頷いて男に指示を出した。

「このままにしてはおけないな。同志を集めろ!」
「了解です!」

 ビシッと敬礼をして走り去っていく整備兵の後姿を見送ったディアッカは水密扉を開けて格納庫へと入った。そこでは自分たちのデュエルやバスターといった強奪機体からシホのシグーディープアームズ、ミゲルとフィリスの試作ゲイツ、エルフィとジャックのシグーなどが固定されて整備を受けている。ここの機体の大半が試作機な為か、整備兵たちの負担は想像を絶するものがあるらしい。というか、機体ごとの部品の互換性がまるで無いせいで部品のストックが余りにも足りないというのだ。アスランはゲイツを回してくれと申請しているようだが、未だにゲイツは送られてこない。どうやら本国で編成中のスピットブレイクの為の降下部隊に優先的に回されているようなのだ。
 いいかげんバスターも限界かなあ、などと珍しくまともな事を考えているディアッカの耳に、なにやらエルフィとシホの笑い声が聞こえてきた。何かと思って声のする方を振り返ってみると、珍しい私服姿のエルフィとシホ、そして何故かガックリと肩を落としているジャックの姿があった。

「あれ、何処か行くのかお前ら?」
「あ、ディアッカさん。これから街に遊びに行くんですよ」
「なんだ、非番か?」
「はい。ジュール隊長が、私達には仕事が無いから羽を伸ばしてきて良いって言ってくれたんです」

 ディアッカに問われたエルフィは嬉しそうに答えたいた。それにシホがくっついていくのは、まあこの2人は仲が良いので頷けるのだが、どうしてジャックまでいるのだろうか。

「ジャックはどうしたんだ?」
「はあ、それが、買い物したいから荷物持ちしろって言われて」

 情けない声でディアッカに窮状を訴えるジャックだったが、エルフィはジャックを据わった目で見ながらそれくらい当然だと言い放った。

「当然でしょ。人の秘密を寝た振りしながらちゃっかり聞いていたくせに」
「聞いてたんじゃないぞ。聞こえただけだってば」
「一緒でしょうが。そんなセクハラ男を買い物に付き合うだけで許してあげるって言ってるんだから、大人しく付いて来なさい」
「ううう……」

 何か言い返そうとあれこれ考えていたジャックであったが、結局何も浮かばず諦めた様に項垂れてしまった。それを見たエルフィが勝利の笑顔を浮かべ、嬉しそうに開放されている格納庫から埠頭に伸びている架け橋へと歩いていく。その後ろをジャックが仕方なさそうに付いていくが、その横に並んだシホがあれこれフォローを入れている。

「まあまあ、そんなに肩を落とさなくても良いじゃないですか、ジャックさん」
「シホォ、あれは絶対に俺を使い倒す気だぞ。帰る頃には全身紙袋を下げてる自分の姿が今から想像できるんだぞ?」
「女の子2人とデートしに行くんだって思えば良いじゃないですか」
「デートねえ。でもあいつ、ザラ隊長一筋だからなあ」

 シホのフォローも空しくジャックは後ろ向きであったが、それでもシホに促されて仕方なさそうにエルフィの後を追って艦から出て行った。それを見送ったディアッカの内心では何やらどす黒い物が渦巻きだしていたが、15歳の子供達相手に本気になるのも大人気ないとどうにか自分を落ち着かせていた。それに、あの様子だとジャックはただの荷物持ちだろう。
 それでも眉をピクピクさせながら腕を組んで見送ったディアッカに、まだ寝起きらしいミゲルが声をかけてきた。

「ふああ、おはよう、ディアッカ」
「なんだ、まだ寝てたのか?」
「もう少し寝たい気分なんだがな。ところで、あいつら3人は何処行ったんだ?」
「街に遊びに行くんだと。イザークが許可したらしい」
「ふうん、まあ、今日くらいは良いんじゃないの」

 そう言って大欠伸をしたミゲルは、眠そうに目を擦りながら自分のゲイツを見上げた。

「こいつももう限界だよなあ。そろそろ量産型を回してくれんかなあ」
「んだよお。俺のバスターよりゃマシだろうが。こっちなんざ何時壊れるかとヒヤヒヤしてるんだぜ」
「そいつはアスランに頼むんだな。俺にはどうしようもない」
「ちっ、結局は待つしかないのかよ」

 自分の愛機に文句をぶつけるディアッカを見ていたミゲルは、まあ仕方ないかと思うことにした。鹵獲機を何時までも使わされていてはそりゃ愚痴も出てくる。

「そういや、イザークとフィリスは?」
「ああ、あいつらならデート。車で出て行っちまったよ」
「デ、デート? あのイザークが?」

 あの女っ気の欠片も感じさせないイザークがデートに行ったなどと聞かされたミゲルは文字通り吃驚仰天してしまった。その反応を見たディアッカは苦笑を浮かべて自分の発言を修正する。

「冗談だよ。2人はジープで食料の買出しさ」
「あ、なるほどね。それでデートか」

 それで納得したのか、ミゲルはうんうんと頷いていた。それを見てディアッカがわざとらしく肩を竦め、同意を求めるかのようにミゲルに話を振る。しかし、それはまさに藪を突付いて蛇を出す行為であった。

「ああ、お互い1人身は辛いよなあ」
「あれ、言った事無かったっけ?」
「ん、何を?」
「俺、本国にちゃんと彼女いるぞ。だから1人身じゃあない」

 少し余裕を見せながらミゲルが写真を見せてくれた。それをひったくるようにして受け取ったディアッカはその写真をまじまじと見つめ、そしてドサリとその場に膝を付いてしまった。そこに写っていたのは美人というほどではないが、何処か落ち着きを感じさせる優しげな女性であった。
 ディアッカは写真とミゲルとの間を何度も視線を往復させえながら必死にその現実を受け入れたのは良いのだが、受け入れた後で思いっきりショックを受けてしまっていた。

「ええええ、だって、こんな、ミゲルにこんな彼女があ!?」
「何を言っとるんだ、お前は?」

 ミゲルは呆れた顔でパニクっているディアッカを見据えると、ディアッカから写真を奪い返して艦内へと戻っていってしまった。どうやら留守番役をするつもりらしいが、もしかしたら2度寝する気かもしれなかった。
 そしてミゲルが立ち去った後、暫くしてからようやく我に返ったディアッカの魂の絶叫がアースロイル艦内に轟き渡った。その絶叫は遠く離れたアークエンジェルにさえも届いたといわれている。






 この日、フレイの病室には大勢の人間が訪れていて、フレイの病室は持ち込まれたお見舞いの品で埋め尽くされていた。特にカガリが「入院には果物が定番だよな」と言って持ち込んできた果物セット詰め合わせ、誰がこんなの買うんだよ? と言いたくなるデパート側の暴走が生み出した超巨大詰め合わせを一目で気に入ったカガリがその場で購入し、フレイの病室に運ばせていたのである。
 病室の住人であったフレイは勿論、病院関係者もこのとんでもない贈り物に目を点にして驚いていたのだが、誰も彼女の暴挙を止める事は出来なかった。何しろ彼女はこの国のお姫様、権力者なのだから。
 なお、この部屋に運び込まれた超巨大果物各種詰め合わせセットを見た見舞い人達は誰もが口をぱっくりと開けて二の句が告げないでいた。なお、その詰め合わせの隣ではキサカが何やら領収書のような物を手に滂沱と涙を流していたりする。
 そしてカガリがなんとも晴れ晴れしい笑顔を見せながら病室に入ってきてフレイに挨拶してきた。

「よおフレイ、怪我は大した事無いって聞いたから安心したぞ。半月くらいで退院できるそうじゃないか、良かったなあ!」
「……カ、カ、カガリ?」
「うん、どうした? 折角時間を作って見舞いに来てやったのに、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して?」

 そりゃ、こんな物を見せられれば誰だって呆れてしまうだろう。見舞いにやって来ていたキースやヘリオポリス組の面々は呆れ果てた顔でそう思っていた。というか、カガリは何処か金銭感覚が一般人とずれているのではないだろうか。

 この後、お見舞いに来た仲間達はカガリも含めて全員病室から追い出される事になった。カガリ自身は熊のような婦長に首根っこ捕まえられて病室から丁重に搬送されていったという。なお、またしても保護者兼お目付け役であるキサカは院長にペコペコと頭を下げる羽目になっていた。
 病室から追い出されたキースは子供達と別れて1人で海岸へとやってきた。キースはどうしてか海というのもが好きで、こうして海岸でのんびりとしている事が多い。防波堤の階段を降りて手頃な岩に腰を降ろし、夕焼けが綺麗な海原を眺めながらポケットからウィスキーの小瓶とタバコを取り出してのんびりしようとしたのだが、その背後からいきなり誰かの襲撃を受けてしまった。

「見つけたぞ、キース!」
「うおおお、て、敵の襲撃か!?」

 いきなり背中からタックルをかまされたキースが危うくボトルとタバコを落としそうになりながら必死に体勢を保とうとしている。キースの不意をつけるとは、カガリも意外と侮れない。
 何とか転倒を避けたキースは岩に腰を据えなおすと、少しこめかみを震わせながら背後を振り返った。

「カガリ、お前は人に声をかける時にタックルをかけるのか?」
「あ、ああ、悪い。つい、な」
「つい?」

 わざとやってないかこいつ、という疑惑をキースは抱いてしまった。実はこの時、カガリはある覚悟を決めてこの場に臨んでいたのである。そう、カガリはここでキースに気持ちを伝えてナタルとの差を一気に縮めるどころか、追い越してしまおうと考えていたのだ。この機会を逃せば次がある可能性は低い。
 状況がカガリを追い込んだのだろうが、まあカガリにしてみれば勇気と無謀の境界線を踏み越える為の手助けとなったのは間違いないだろう。

「あ、あのな、キース」
「何だ?」

 何でキサカは居ないのだと思いつつ、キースは面倒くさそうにカガリに続きを促した。キースにしてみれば折角1人でのんびりとしていた所を邪魔されたので不機嫌になってしまっているが、キースがもう少しカガリに注意を向けていれば、カガリがなにやら情緒不安定で妙に興奮気味だということに気付いただろう。

「あ、あの、その、キースは、副長ともう付き合ってるのか?」
「はあ? 前にフラガ少佐やトールに言われたこともあるが、どこからそんなデマが流れたんだ?」
「じゃあ、キースはまだフリー?」
「まあフリーって言えばフリーなんだが、それがどうしたんだ?」

 流石に16歳の女の子を恋愛対象とは考えていないキースにとって、カガリが自分に好意を持ってるという発想は想像の埒外にあったので、カガリの内心に関しては全く察することが出来ないでいたのだ。
 これが場慣れしているフラガだったら簡単に察して巧妙に躱すことが出来たのだろうが、生憎とキースはそこまで察しが良くも無ければ、逃げ上手でもなかった。そもそもナタルへの気持ちもどうなのか判明していないのだから。
 まあ、カガリもキースのこういう部分に業を煮やしていたのだろう。だからこんな直接的な手段に出てきたのだ。

「あ、あのさあ、実は、その、私はお前の事が……」

 だが、運命とは残酷なものであった。カガリが勇気を振り絞ろうとした瞬間、何処からともなく飛来してきたジュースの空き缶が綺麗な放物線を描きながらカガリの頭を直撃したのである。




 オーブのカグヤ宇宙港に降り立ったアスランとニコルは、表向きは民間人という形でオーブに入国を果していた。持ち込んでいたパスポートはプラント政府が発行した正式な物であるからオーブ入管としては疑う余地は無い。ただプラントの人間ということでそれとなくマークされている可能性はあった。
 もっとも、例え追跡されていたとしてもアスランたちは気にしてはいなかった。オーブ政府がこちらに何か仕掛けてくる可能性は殆どゼロだという確信が2人にはあったのだ。向こうの治安関係者はこちらの素性をザフト兵士だと裏付けを取っているかもしれないが、こちらがオーブ内で騒ぎを起こさない限りは手を出さず、黙って送り出してくれる筈だからだ。今オーブがプラントと小競り合いを望む理由は無い。
 そんなわけでアスランとニコルは平和そのものに見えるオーブの街を物珍しそうに見物しながら軍港への道をトコトコと歩いていた。

「この御時世に、平和そうな国ですね。商店に商品が溢れてて、本国とは大違いです」
「オーブは外国から安全に食料や資源を輸入できるからな。輸送ルートを連合軍の襲撃に脅かされてるプラントとは違うさ」

 プラントへの航路がどれだけ危険かはアスランとニコルも身を持って理解している。流石にあの規模の攻撃が恒常的に行われている訳ではないだろうが、たかが機雷を航路上に敷設されるだけで輸送ルートは大きな打撃を受けてしまうのだ。自動攻撃トラップで輸送船1隻が撃沈されてしまうのだから。
 あの戦いを思い出してアスランは暗澹とした思いに捕らわれてしまったが、その暗い気持ちをニコルの声がかき消してしまった。

「アスラン、これ見てくださいアスラン!」
「な、なんだ、ニコル?」

 ニコルがなにやらゲームショップの前でモニターを前に興奮気味になっている。何かと思って覗き込んで見ると、そこには随分昔から延々と続編が送り出されているゲームの最新作のデモが流されていた。



 スーパーごた混ぜシリーズ最新作にして完結作、完結にあわせて遂に最強最後のロボットがファンの熱い期待に答えて参戦した! 製作者自らがバランス無視を宣言! 余りの強さに製作スタッフですら「勝てるか!」とコントローラーを投げ出す始末。

「立ち向かえるのは貴方だけ」

 精神コマンドが通用しない。必中をかけても5割の確立で回避される!?

「貴方が負ければ、もう2度と明日は来ないかもしれない」

 マントが翻れば魂かけのイデオンガンさえ回避、ドアを潜れば瞬時にマップの好きな場所へ移動、頭にあるプロペラで空陸扱い。右手の大砲はガンバスターの装甲を一撃でぶち抜く。
 彼は未来からやってきた青いタヌキ。その瞳は失望に曇り、ポケットから無数の道具を出して人類に裁きを下す。彼は因果律さえ操り、世界の創造と破壊させ思うがままの存在。
 そんな彼の前に立ちはだかる最後の壁となるのは、かつて世界の為に戦った1人の勇者。彼はパン工場から生まれた正義の使者、全ての人に食を与え、この世の正義のために身を粉にして戦い続け、何時しか消えていった最強の戦士。
 倒された無数のヒーローとロボットの屍の中に佇む自分に向ってゆっくり地歩み寄る正義の味方の足音に、青タヌキは閉じていた目を開いた。

「来たんだね、アンパンマン」
「ドラえもん、僕が君を止めてみせる!」

 今、最後の伝説が始まる。スーパーごた混ぜ大戦GX 近日発売。



「うわあ、とうとう参戦ですか。プラントでも売ってくれるかなあ?」
「戦争が終わらないと難しいだろうな」

 どうやらこのシリーズのファンらしいニコルの何時になく浮かれた様子にアスランは戸惑いを感じながらも答えてあげた。まあ戦争が終わらなければゲームの輸出も何も無いのだから、アスランの言う事も間違ってはいない。
 ニコルは目を輝かせてデモ画面に見入っている。それを見てアスランは画面で戦っているアンパンマンを見やり、ボソリと呟いた。

「……作れないかな、こういうのは?」
「は、何を作るんです?」
「アンパンマン」
「…………」

 まさかアンパンマンを作りたいなどという発想が出てくるとは思わなかったニコルは、どう答えたらいいのかと暫し考え込んでしまった。



 この後、海岸沿いに軍港に出ようとした2人は、夕焼けに染まった海の美しさを楽しみながら歩いていた。アンダマン諸島の夕焼けも美しかったが、オーブの夕焼けも負けず劣らず美しい。

「綺麗ですねえ。戦争してるなんて嘘みたいですよ」
「ああ、そうだな」

 感動しているニコルの言葉に、アスランは気の無い返事を返していた。アスランにしてみれば戦争が嘘みたいだなどとはどうしても思えない。ここは確かに平和だが、一歩外に出れば何時砲弾が飛んできてもおかしくない現実が待っているのだ。

「早く終わらせて、国に帰りたいもんだな」
「そうですねえ。その時はみんなで終戦お祝いパーティーでも開いて。思いっきり騒ぎたいですね。あ、クルーゼ隊長やグリアノス隊長も呼びましょうか?」
「……あの人たちが来るかな?」

 グリアノスはお堅い軍人そのものだし、クルーゼはあの性格だ。もし来たとしたらそれはそれで面白いかもしれないが、それも全ては戦争が終わってからの話だ。そう思ったアスランは飲んでいたジュースの間を右手で握り潰すと、軽い動作で堤防の向こうへと放り投げてしまった。

「アスラン、空き缶を投げちゃ駄目ですよ」
「……すまん」

 ニコルに窘められてアスランは素直に謝ったが、その時堤防の向こうからなんとも小気味いいカコーンという音が聞こえてきた。どうやら空き缶が何かに当たったらしい。そして、アスランは何故かこの堤防の向こうから凄まじいプレッシャーを感じてしまい、ビクリと体を震わせて足を止めてしまった。

「な、何が?」

 アスランの異常なまでに発達した我が身に降りかかる不幸への直感が全力で警報を発し出している。何かが、このコンクリートの壁の向こうに何かが居るのだ。そしてそれは、ゆっくりと堤防の上に姿をあらわした。
 それは金色の髪の女の子、に見えた。右手には自分が投げた空き缶を握り締め、その瞳は燃え上がるような怒気を漲らせ、背中には怒りの炎を背負っている。そしてその怒りの視線は明確に自分とニコルに向けられていた。

「これを投げたのは……お前らか〜〜!?」
「あ、あの、それは……」

 アスランはおどおどしながらじりじりと後ずさりしていたが、そんな事をすれば自分が犯人ですと教えているようなものである。カガリはアスランに視線をロックオンさせると、堤防を駆け下りながら空き缶をアスランに向って投げてきた。その空き缶はアスランまで真っ直ぐに飛来して動揺しているアスランの額を見事に直撃した。
 その一撃で仰け反ったアスランのがら空きになったボディに容赦なくカガリの右ストレートが食い込み、アスランは目を白黒させながら体をくの字に折り曲げたところを更に追い討ちをかけるようにカガリは左アッパーでアスランの顎を突き上げ、その体を天空高く舞わせていた。

「うわああああああ、ちくしょおおぉぉぉぉ!!」

 アスランを一瞬でボロ雑巾のようにしてしまったカガリはそのまま勢いに任せて鳴きながら何処かに駆けて行ってしまった。流石にもう一度勇気を振りすぼるには状況がおかしくなりすぎていたのだ。
 一方、カガリを追って堤防を降りてきたキースはドサリと道路に叩きつけられてピクピクしているアスランを見下ろしながら、感心したような声を出していた。

「人って、空を飛べるんだな。初めてみたよ俺」
「…………」
「ふむ、返事が無い、ただの屍のようだ、か」

 昔にはやった伝説の台詞を呟きながら、ふとキースはこのボロ雑巾のようになってピクピクと痙攣している青年に見覚えがあることに気付いた。

「あれ、確か、君は前にアークエンジェルにラクス・クラインを連れに来た彼氏君じゃなかったか。何でザフトのパイロットがこんな所で転がってるんだ?」

 まあ、中立国だしアークエンジェルの隣にはザフトの潜水母艦が入港しているのだから、ザフトのパイロットがボロ雑巾のようになって路地裏に転がっていても不思議は無いのかもしれないが。
 キースは視線をアスランの傍で目を白黒させている緑色の髪の少年に向けた。

「君は、彼のお仲間かい?」
「あ、はい。そうですけど、貴方は?」
「そういう事は聞かない方が良いな。世の中、素敵な出会いばかりとは限らない」

 キースは緑色の髪の少年にそう言って黙らせ、アスランがまあ生きている事を確かめると早めにここを立ち去った方が良いと忠告して自分も立ち去る事にした。アスラン・ザラがいるのなら、多分迎えが来る筈だ。こんな所でザフトの兵士と御対面なそしたくは無い。

「でも、なんでカガリはあんなに怒ってたんだ?」

 空き缶をぶつけられたくらいであそこまで怒るカガリでは無いと思うのだが、何か余程重要な用件でもあったのだろうか。でも、それなら言わずに立ち去ってしまうのも腑に落ちない。
 この後、アークエンジェルに戻ったキースは、キサカから「カガリ様が部屋から出てこない」と困り果てた声で伝えられ、何か心当たりはないかと問われてしまい、ますます困惑する事になる。




 その夜、アースロイルにイザークとフィリス、ニコルの乗ったジープが帰ってきた。出迎えたエルフィはイザークとニコルに左右を支えられるようにしてジープから降ろされたアスランを見て驚き、何があったのかを聞いたが何故かニコルは何も答えようとはしなかった。
 そしてフィリスは酷く疲れた顔で助手席から降りると、愛用の30mm対物ライフル、MHA−102を掴みあげて整備兵に託していた。何故か銃身が少しひしゃげている。

「調整と銃身の交換をお願い」
「……つ、使ったんですか、これ?」
「大丈夫よ、撃ったわけじゃないから」

 何がどう大丈夫なのかは不明だが、フィリスは酷く不機嫌そうで、そのままエルフィに何も言わずに艦内に引っ込んでいってしまった。エルフィは仕方なくイザークに伝達事項を伝える事にした。

「あ、あの、ジュール隊長、ディアッカさんを含めて、30名ほどのクルーがまだ帰ってこないんですけど、どうしましょう?」
「ああ、その事なら心配ない。多分路地裏で昼寝でもしてるんだろ」
「はぁ?」
「いや、エルフィが気にするようなことじゃない」

 イザークはパタパタと右手を振ってエルフィに気にするなという意思表示をした後、ニコルと一緒にアスランを艦内に引きずって行ってしまった。一体、ディアッカは何処に行ってしまったのだろうか。





後書き

ジム改 さて、これは何と何が出会ったんだろう?
カガリ ちょっと待たんかい!
ジム改 いや、実はメールでアスランとカガリは何時会うのかという質問が多くてな。
カガリ それでこれかい!
ジム改 とってもお互いの脳裏に残ったと思うんだが。
カガリ そりゃ、悪いイメージは鮮明に残るもんだからな。
ジム改 この後どうなるかはサイコロの出目次第、と。
カガリ 私はこの後どうなるんだあ!?
ジム改 とりあえず出番が無いかな。オーブ編は長引かせる気は無いから直ぐ出航だし。
カガリ 手抜きかよ!
ジム改 スピットブレイクが近いんだから仕方あるまい。連合の反攻やザフトの動きもあるし。
カガリ そこで私が活躍するイベントを考えるのがお前の役目だろうが。
ジム改 暫く大きなイベントが連続するからそこまで手が回らないの。
カガリ つうと?
ジム改 ザフトと連合の宇宙での戦いに移る。久々にハルバートンに出番が。
カガリ 私が出る可能性はゼロかよ。
ジム改 うむ。
カガリ 言い切りやがったな、この野郎。
ジム改 しかし、カガリはこのまま無能な理想主義者で突っ走った方が良いだろうか? 原作に沿うべきかどうか。
カガリ シクシク。では次回、「約束はいらない」でお会いしましょう。

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