第81章 運命に弄ばれて




 翌日になってキラたちを探しに来たカガリは戦場となった海域の近くにある島全てに捜索隊を送って虱潰しに探させ、さらに捜索海域を駆逐艦に探させた。そして程なくしてストライクの残骸を発見したという報告が寄越され、そこに急行したカガリは全身滅多打ちにされたストライクを目の当たりにして膝が震えてしまっていた。
 ストライクを調べていた士官がカガリの傍に駆け寄ってきて現状を報告してくれた。

「駄目ですね。機体は重突撃機銃で滅茶苦茶に破壊されています。コクピットもズタズタにされている上に高熱で焼かれた形跡もありますから、パイロットは生きていないでしょう」
「遺体はどうした?」
「確認できません。バラバラになってその辺りに散らばったか、焼き尽くされたかでしょう。この状況では生存の可能性は絶望的かと」

 その報告を受けてカガリはストライクの傍まで歩いて行き、ボロボロになったストライクの装甲に触れた。これではもう修復も不可能だろう。キラが生きている事を期待したいが、これで生きていると思えるほどにはカガリは戦場を知らない訳ではなかった。

「馬鹿野郎が、フレイになんて言やいいんだよ」

 小さな声で搾り出すような罵声を漏らしてカガリはコクピットの中を見た。そこもやはりボロボロであったが、それでも僅かに原形を留めている。高熱で焼かれたのか、計器等のガラスは変形しているしシートのゴムも溶けている。その中を手で触りながら見回していたカガリは、余り被害を受けていなかったモニターの上に貼られている焼け焦げた写真に気付いた。それはだいぶ変色していたが、かろうじて何が写っているかは判別できる。それは、アークエンジェルのクルー達で取った写真だった。ヘリオポリスの仲間達のほかにもマリューやナタル、フラガやキース、整備兵たちやノイマンたちも写っている。勿論自分もいた。

「あいつ、こんな写真を貼ってたのかよ」

 それを破らないように注意深く剥がしたカガリは、それを保存用のバッグに入れてコクピットを出た。そしてそこに今度はキサカが駆け寄ってくる。

「カガリ様、朗報です!」
「どうしたキサカ?」
「キースを発見しました。この島にあいつも居たんですよ。ザフトのパイロット2名と一緒に居たようです。捜索に出していたヘリが磯で釣りをしている連合のパイロットスーツ姿の男を確認したと!」
「本当か!?」
「はい、これから直ぐに向います。カガリ様もどうぞ!」

 そう言ってキサカはカガリと一緒に輸送してきていたジープに乗り込み、急いでキースが居たという現場へと向った。カガリはキラが死んだという訃報の後だっただけにキースが生きていたという知らせに歓喜していた。そしてそれは海岸で手を振っているキースを見て目尻に涙さえ浮かばせてしまうものとなっていた。キースは赤いパイロットスーツを着た人間の肩を支えるようにして立っている。

「キース、無事だったのかよ!」

 ジープの助手席で立ち上がったカガリは手を振り替えしていたが、岩陰から赤いパイロットスーツを着た女が出てきてキースに何か話しかけているのを見て振っていた手が止まった。
 運転をしていたキサカは突如として助手席から放たれた強烈な怒りの波動に驚きを焦りを浮かべて恐る恐る横に視線をやり、そこに夜叉を見てしまった。
 キースはザフトの少女と何か会話をした後でまた暢気にこちらに手を振っているが、カガリはジープが十分に2人に近づいた所でフロントガラスの縁を蹴ってキースに跳躍し、車の速度を乗せた脅威の飛び蹴りを放ってきた。だがキースは吃驚しながらも体が先に反応してくれて、肩を支えていたアスランを盾代わりにして自分は横に倒れこんでこれを回避した。

「ぱぎょろもろっ!!」

 何だか人間のものとも思えない悲鳴を上げてアスランが吹っ飛んでいく。まあ車の加速度が加わった飛び蹴りを無防備な状態でまともに食らったのだから普通は悲鳴を上げるだろう。
 アスランに衝突した反動でその場に着地したカガリにキースが流石に文句を言った。

「カ、カガリ、お前殺す気か!?」
「一遍死んでこい。人が心配して来て見れば何だお前は、こんな所で女連れか!?」
「ちょ、ちょっと待て、何の事だ一体!?」
「あの女は何だぁ。ナタルなら私も諦めが付くが、こいつはどういう事だぁ!?」
「シホの事か? 彼女なら俺と相打ちになったザフトのパイロットだ!」

 キースの反論に振り上げていた拳を止めるカガリ。言われてもう一度シホを見てみれば、確かに彼女はザフトのパイロットスーツを着ていた。

「……あれ?」
「あれ、じゃ無いだろ。流石にあれを食らったら死んでたぞ」
「いや、お前殺しても死なないだろ」

 これまでに何回落ちたんだ。という疑問を込めて言い返すカガリ。それを聞いたキースは反論の言葉が無いのか、悔しそうに口を噤んでしまっていた。
 しかし、その後ろではカガリに吹っ飛ばされたアスランが砂に埋まってシホに掘り出されているのだが、良いのだろうか。

「隊長、しっかりしてくださいザラ隊長!」
「な、何が……」
「喋れるんですか!? さすがザラ隊長、不死身の体ですね」

 とりあえずあんな事をされてもしっかり生きているアスランの不死身っぷりに、シホは場違いな感心をしていた。





 何だか妙な事になってしまったが、とりあえず生存者3人を乗せた輸送ヘリはオーブ本島に帰還することになった。キサカの率いる一部が残って戦場に残されている機体の残骸などの回収作業を行う事になっている。なお、アスランとシホは両手足を拘束されていたが、キースは自由になっている辺りが扱いの差を感じさせている。
 ヘリの中でキラの戦死を聞かされたキースは流石にショックを隠し切れなかったが、仲間を失ったことも多い彼は直ぐに落ち着いた様子を取り戻してしまった。その余りにもあっさりとした態度にカガリが不快げに声を荒げてくる。

「何だよ、キラが死んだのに、怒らないのかよ?」
「いや、怒りはあるんだが、慣れ過ぎてるものでな。感情を制御できるようになってるんだ。昔ならザラ君に拳銃を3発くらいはお見舞いしてるんだがな」
「今は出来ないってのかよ!?」
「部下を持って止める立場になっちまったからな。感情に任せて無法が出来るのは部下の特権さ」

 戦場で捕虜を虐殺する事件はわりと良くあることだ。仲間を殺されているのだから復讐心が疼くのは当然のことで、いくら訓練された正規兵といえども完全に防止する事は出来ないのだ。まして未熟な兵が増えている現在の戦場では日常茶飯事に起きているだろう。
 そんな兵士たちを止めるのが士官や下士官の役目なのだ。自制心の無い士官は兵士の虐殺を黙認する傾向があるが、大抵の士官はそういう行為を止めようとする。発覚すれば自分が軍法会議送りなのだから当然だろう。
 キースにしてみれば捕虜の虐殺など見慣れた光景ではあるが、昔はともかく、今となっては自分でやろうとは思わなかった。多分戦いすぎで神経が磨耗し切っているせいもあるのだろうが、そういう感情がキースには乏しくなっていたのだ。

 だが、カガリは収まらないようで、拳銃を抜いてアスランに突きつけていた。彼女にしてみれば実の弟を殺されたのだから復讐心に駆られるのは当然だろう。隣に居るシホは驚いていたが、完全に拘束されているので飛び出すことさえ出来ないでいる。
 しかし、カガリに蹴られた直後は結構死にそうに見えたのだが、何でアスランは既に復活しているのだろうか。

「お前がキラを殺したのか!?」
「……ああ、俺が殺した」

 拳銃を突きつけられながらもアスランは平然としていた。いや、むしろ空虚と言うべきだろうか。ようやくキラを倒したというのに、彼自身には喪失感しかない。ニコルを含む大勢の同胞の敵をやっと討てたというのに、アスランが感じているのは罪悪感だけだったのだ。
 一瞬触発の空気の中でシホが助けを求める目でキースを見ている。キースとカガリの関係を彼女は知らないが、これまでの会話から2人が親しいのだという事は結いに察しが付くので、キースに止めてもらおうと考えたのだろう。
 だが、何故かキースは止めようとはせず、詰まらなそうに窓から外に広がる海を見ていた。

「あの、止めて頂けませんか?」
「何を?」

 仕方なくシホが話しかけたのだが、キースは相変わらず興味なさげだ。シホはキースの態度に苛立ちを感じていたが、今怒れば元も子もないので何とかそれを押さえつけ、重ねて頼み込んだ。

「あの2人を止めてください。このままではザラ隊長が殺されます」
「……大丈夫でしょ。カガリは引き金を引かないよ」
「何故そう言えるんです?」
「これが戦争なんだって事くらい、あいつにも分かってるさ。今は納得できないだろうけどな」
「貴方は、納得できるんですか?」
「するとかしないじゃなく、するしかないんだよ。殺した殺されたを戦争の外にまで広げるつもりかい?」

 キースの問いに、シホは黙って俯いてしまった。アスランからニコルが死んだと聞かされたときは激怒したのだが、殺した相手はアスランが倒したという。ではこの怒りは何処にもっていけばいいのかと問われれば、答えることも出来ない。目の前の男は敵兵で大勢の仲間を殺しているだろうが、彼に憎しみをぶつければいいのだろうかと問われれば、恐らく違うと答えてしまうだろう。目の前の男が人としては善人に分類されるとシホには思えていたから。
 そしてアスランとカガリを見れば、確かにカガリはキースの言うとおり引き金を引いたりはしていなかった。そもそも安全装置が外れてない。代わりに両手を握り締めてポカポカとアスランを叩いている。ただ、拳銃を握ったまま叩いているのでグリップの底でアスランがボコボコにされているのが見ていて痛々しい。

「お前が、お前が、お前がぁぁあ!」
「や、止めっ、痛っ、右手は捨てろ!」

 両手足を拘束されているので防ぐ事も抵抗する事も出来ずにボコボコにされていくアスラン。何だか困り果てた様子のシホに縋るように服を引っ張られたキースは2人の方を見ずに小さく溜息をついた後、ようやくカガリに声をかけた。

「カガリ、そのくらいにしといてやれ。だんだん可哀想になってくる」
「だけど、こいつがキラを!」
「俺だってザフトの兵士を何千人も殺してるよ。エメラルドの死神なんて物騒な名前を貰うくらいだからな。これまでに何隻の船を沈め、何機のMSや車両、航空機を仕留めてきたか。そしてこれから更に何人かを地獄送りにする」
「それは……」
「彼はザフトでキラは連合の兵士なんだし、戦場で敵を撃つなってのは流石に不可能だぞ。お前だってそれくらい分かってるだろ」
「……それは、分かるけどさ」
「それに、そのアスラン・ザラ君はキラの昔の友達なんだそうだ。友人と敵味方に分かれて殺しあう羽目になった彼の気持ちも理解してやれ」

 まだアークエンジェルが宇宙を逃げ回っていた頃、キースは一度だけキラの口からアスランが昔の友達だったと聞かされていた。ただキースの場合、それは悲劇だとは思うのだがそれ以上には思い悩まない類の事であった。キらには悪いのだが、そういう事情はキースにしてみれば完全に他人事だからだ。まだ一緒に聞いていたトールたちの方がキラに同情していただろう。
 その事を聞かされたカガリは驚いてアスランを見やり、そして今度は手を上げる事はしなかったのだが、ますます糾弾口調になってアスランを問い詰めだした。

「なんで、何で友達と戦えるんだよ。おかしいだろそんなの!?」
「俺だって最初は納得できなかったさ。だが、その迷いが大勢の同胞の命を奪ったんだぞ。ヘリオポリスの時に迷わずこうしていれば、どれだけ死なずに済んだか!」
「それは、お前らがヘリオポリスを攻撃したからだろうが!」
「あそこでMSや足付きを作ってたのは連合だ!」
「だからっていきなり攻撃を仕掛けるのかよ。何で外交ルートで抗議してこないんだよ。おかしいだろそんなの!」
「そ、それは……」

 苦しい所を突っ込まれてアスランは反論に屈してしまった。確かに連合があそこで兵器開発をやっていたのは事実だが、実は中立国に兵器の開発や生産を依頼することそのものは犯罪ではない。貿易などで中立国から武器を買う事は珍しくはないからだ。ザフトもオーブから武器弾薬などを大洋州連合経由で買っている。だからクルーゼ隊が問答無用でヘリオポリスを攻撃したのは立派な犯罪行為である。いや、例えオーブの行為が犯罪であったとしても、それはザフトの先制攻撃を正当化できる理由にはならない。もしオーブの代表がウズミでなければオーブの参戦を招いていただろう。
 あの事件はプラントがオーブの中立の意思に疑問符を付けて徹底的に糾弾したためにオーブは平謝りしていたが、この態度は他国や国民からはただの臆病者としか映らなかっただろう。少なくともカガリはその情けなさに怒りを覚えた1人だ。
 そしてアスランは馬鹿ではないので、そういう方向から攻められると返答に屈してしまった。流石に外交的に問題だろと突っ込まれるとアスランとしても思うところがあるだけに言い返しづらいのだ。
実はこの件はプラント本国では余り問題視されていないのが恐ろしい。流石にシーゲルやパトリックといった古株は前線部隊の独断専行による暴走の危険を危惧している。パトリックが他の指揮官を信用せず、アスランに核動力MSを預けようとしているのもヘリオポリスに見られるような独断専行を恐れているからなのだ。


 カガリに散々責められたアスランは肩を落として落ち込んでしまった。そしてカガリも流石に疲れたようで、それまでのマシンガンのような非難をようやく止め、自分の椅子にドサリと腰を降ろして両手で顔を覆った。そして手を降ろした後のカガリの表情は酷く疲れているように見えた。そして、カガリはアスランにかけていたものとはうって変わった、なんとも力の無い声でキースに話しかけた。

「なあキース、ちょっと相談があるんだけどさ」
「なんだ?」
「……フレイには、なんて言ったら良いと思う?」
「…………」

 カガリに問われたキースは口をぱっくりと開け、アホ面になってしまっていた。どうやらその問題を失念していたらしい。それを見たカガリもまた困り果てた顔になってしまった。

「なあ、なんて言ったら良いと思う。キラは死んだよって素直に言った方が良いか?」
「ああ……どうしようかな。流石にアラスカから帰ってくるのを心待ちにしてるフレイにストレートに言うのは不味いよなあ」
「でも、言わない訳にはいかないだろ?」
「そりゃ、なあ。嘘付いてもサイたちが帰ってきたらばれる訳だし」

 母国で待つ女性に戦死を告知するほど嫌な仕事は他に無いだろう。さしものキースといえどもこういう経験だけはした事が無いのでどういえば良いのか分からず、困り果ててしまっている。普通、こういう事は軍の方で戦死の通知を送るだけなのだ。
 目の前で困り果てている2人に、シホがどういうことなのかを問い掛けた。

「あの、どういう事です?」
「ああ、アスラン・ザラが倒した相手の恋人、と言うにはなんか違う気がするが、オーブに帰りを待ってる女が居るんだよ。その娘にどう伝えたものかとな」
「そう、でしたか」
「こればっかりは俺も御免蒙りたい仕事だよ。でも、元上官として俺が伝えるのが筋なんだろうなあ」

 深く重い溜息をついて、キースは頭を抱えてしまっていた。流石にこの瞬間ばかりは戦死したキラを呪ってさえいる。人にこんな仕事を押し付けて自分は勝手に死にやがってと文句をつぶやいているくらいだ。






 だが、2人の心配はオーブに帰ったところで粉微塵に打ち砕かれる事になる。海軍基地のヘリポートに降り立ったカガリをフレイがクローカーに支えられながら待っていたのである。
 何でここにフレイが、という疑問を口にするより早く、フレイがカガリに2人の安否を聞いてきた。

「カガリ、キラは、キースさんは無事なの!?」
「フ、フレイ、何でここに?」
「そこの軍人さんが教えてくれたのよ。カガリを探しに病室まで来たの」

 2人の後ろにはカガリの部下であるエドワード・ラッセルがいた。こいつがフレイに事情を話したらしいと理解したカガリがフレイの脇を通ってエドワードに掴みかかる。

「お前は、何でフレイに教えるんだよ!?」
「は、いや、彼女も関係者でしたし、てっきりカガリ様から聞いているものと思いましたので……カガリ様は何故か音信不通でしたので、てっきり病院に居るのだと思って伺ったのですが」
「んな訳あるか、この大馬鹿野郎。大体、キサカが緘口令出してただろうが!」
「いや、キサカ1佐は関係者以外には漏らすなと……」
「フレイはまだオーブ軍じゃねえ!」

 まだ、という辺り、カガリの中ではフレイが部下になるのはもう決定事項なのだろうか。
 カガリがエドワードの首を締め上げている間にヘリを降りてきた3人は何事かとその騒ぎを見ていたが、そこにフレイがいるのに気付いたキースとアスランが露骨に顔を引き攣らせて後ずさってしまった。

「フ、フ、フレイ?!」
「キースさん、無事だったんだ。じゃあキラも?」

 フレイはキースに安堵した顔で聞いてきたが、キースは顔を背けて何も答えなかった。その態度を見てフレイが不安げに顔を曇らせる。

「キースさん、何で答えてくれないんです。キラは、どうしたんです?」
「…………」

 流石に心の準備が出来ていなかったキースはどう切り出したらいいのかと悩んでいたが、そんなキースの配慮をぶち壊すかのようにアスランが先に切り出してくれた。

「俺が、殺したよ」
「だぁ、待てお前!」

 慌てふためいたキースが止めようとしたのだが、既に時遅かった。

「何で、何でアスランがここに居るの?」
「キラと相打ちになって、イージスを捨てて脱出したんだ。ストライクはイージスと一緒に木っ端微塵に……」

 アスランの自白を聞いたフレイは自分の体を支えていてくれたクローカーの手を振り払うと、自分の足でアスランに歩み寄っていった。それを見てカガリが驚き慌ててフレイを止めに入ろうとしたが、エドワードをボコっていたので咄嗟にそっちに動く事が出来なかった。
 そしてアスランはシホが危ないと言っているにも拘らず、じっとフレイに殴られるのを待っていた。今回は吹っ飛ばされるのも仕方が無いと思えたし、アスラン自身がキラを殺した精神的な負い目でかなり刹那的になっていた。
 だが、いつもの如く人間を10メートルくらい飛行させるような黄金の右が来ると覚悟していたアスランの体に飛んできたのは、パシパシと音を立てるだけのなんとも弱々しいパンチであった。病院生活で足腰が弱っていた上にまだ傷も癒えていないフレイには、何時ものような必殺パンチを繰り出すような力はなかったのだ。

「バカ、バカァ、何であんたは、私から大切な人奪っていくのよぉっ?」
「フ、フレイ……」
「返してよ、パパとキラを返してよぉ……」

 泣きながら、自分に半分もたれかかるようにして駄々っ子のように自分の体を、顔を叩いてくるフレイ。このフレイの責めはアスランに心の奥底から罪悪感を呼び起こすだけの威力が有った。生真面目で良い人であるアスランに対してはいっその事ボロ雑巾のようになるまでぶっ飛ばされた方がマシだと思えるほどの、ある意味最も効果的な非難のぶつけ方であったかもしれない。
アスランはフレイの抗議に辛そうに顔を顰めて顔を逸らせ、ただフレイに叩かれるに任せる状態となっていた。その様にキースやカガリ、シホといったその場に居る全員が目を丸くして驚いている。

「仕方、無かったんだ。戦場での事だったんだ。俺もあいつも、後に引けなかった」
「そんなの言われなくたって分かってるわよ!」
「……俺も、仲間を殺されたんだ」

 フレイも馬鹿ではないし、これまでの戦いで幾度かキラとアスランの戦いを見てもいる。2人が出会えば殺しあうしかなかっただろうという事も頭では理解できているのだが、感情はそうもいかない。奪われた側にしてみれば相手の都合など知った事ではないのだ。
 だが、その誰も動けない中でクローカーだけが前に出てフレイの手を取った。

「フレイさん、駄目よそんなのじゃ」
「え?」
「貴女は、まさか、クローカー博士?」

 手を取られたフレイが驚きの声を上げ、アスランがクローカーの事を知っているかのように問い掛ける。クローカーはアスランに小さく頷いて見せた後、フレイの右手に電気剃刀のようなものを握らせた。

「今の貴女に人を殴るのは無理だから、これを使いなさい」
「こ、これは?」
「痴漢撃退用30万ボルトのスタンガンよ。これなら彼もきっと反省するわ」
「……いえ、その」

 いきなりそんな物騒な物握らされても、と呟くフレイ。一方のアスランは優しい笑顔で物騒なものを握らせるクローカーに戦慄を隠せないでいた。

「ク、クローカー博士、何で貴女がオーブに?」
「それは、パトリック・ザラから聞いているでしょう?」
「いえ、父は何も。ただ貴女はザフトを理解してはくれなかったと言っていましたが」
「そう、パトリク・ザラがそんな事を」

 かつてジンの開発に協力していたクローカーとしてはパトリックとも色々と確執があったのだが、今でも彼は自分の道を変えてはいないらしいと知り、クローカーは残念そうな顔になってしまった。
 しかし、クローカーが出奔した事に関してはパトリックとしても色々と不満はあったのである。確かにお互いの考えに違いがありすぎたかもしれないが、ジンの開発に大きな貢献をしたクローカーが残っていてくれればゲイツを既に実戦配備できていただろうにとどうしても愚痴ってしまう事がある。






 フレイのアスランへの非難はクローカーが割って入ったことでようやく終わりを見たが、それで問題が全て解決したわけでもない。一応3人は保護された身ではあるが、その実、単なる厄介者でしかない。もちろんカガリたちが厄介者と思っているわけではないが、カガリたち以外から見れば3人はさっさと出て行って欲しい相手なのだ。
 3人の管理に関しては完全に軍の規則にのっとった形で行われる事となった。と言っても、3人をそれぞれ別の個室に入れて接触を断ち、さっさとそれぞれの部隊に引き渡すだけなのだが。
 連絡を受けたザフトと大西洋連邦は早速迎えの飛行機を送ると返答しており、オーブはこれを受け入れてそれまで3人を預かるという事になった。この時点で3人の扱いは軍部から外務省へと移されており、カガリは3人と接触する事が出来なくなってしまっている。


 ザフトではカーペンタリアに帰還したイザークたちがアスランとシホの生存を知らされて大騒ぎするという事件があった。何しろ指揮官を含む3人のパイロットが未帰還となったのだ。しかも全員が赤を着るパイロットであり、それに対する戦果がMSと戦闘機各1機では余りにも割が合わない。それに、ここに来るまでにザラ隊、ジュール隊は喧嘩を繰り返しながらも戦友意識では結ばれており、何だかんだ言って良いチームとなっていたのである。アスランの後を引き継ぐ形で部隊をここまで引き上げさせたイザークも重苦しい気持ちを抑えることは出来ず、副官のフィリスに八つ当たりのような罵声をぶつける事が幾度かあったほどだ。普段のイザークからは考えられないような余裕の無さである。
 だから、イザークとフィリスがカーペンタリア基地司令から2人の生存を聞かされたときは、本当に歓喜したのである。イザークがアスランのことでこれほどの喜びを見せたのは初めての事ではないだろうか。
 ここでイザークとフィリスはカーペンタリア基地司令から正式に辞令を渡され、ジュール隊の正規部隊への昇格と、その隊長に任命された事を知る事となる。

「知っての通り、我々は近く、オペレーション・スピットブレイクを発動する予定だ。君にはジュール隊隊長として正式に部隊1つを任せる事になる」
「それは了解しましたが、そうなりますとザラ隊はどうなるのですか?」
「ザラ隊はアスラン・ザラが本国に召還される事となった。どうやら別の任務を与えられるようなのだが、詳しい事は私にも分からん。まあ、何かしら重要な任務ではあるのだろうがな」

 流石の司令官も本国の動きまでは掴めていないらしい。まあ、こんな前線で何ヶ月も戦っていては情報にも疎くなってしまうだろう。
 イザークは仕方なくそれで納得する事にしたが、この次に聞かされた話には流石に驚愕を隠せなかった。

「それと、ラウ・ル・クルーゼが司令官の任を解かれ、単身本国に戻ることとなった。代わって新たにジュディ・アンヌマリーが新しい司令官として赴任することとなった。君はアンヌマリーの指揮下で部隊を纏めて貰う事になる」
「アンヌマリー隊長が、此方へですか?」
「不満かね?」
「い、いえ、ネビュラ勲章を持つほどの人物ですから、クルーゼ隊長の後任としては申し分無いと思います」
「それだけではないぞ。少なくともクルーゼよりは指揮官向きの人物だ。何しろ将兵からの人望に厚いからな。クルーゼも有能ではあるのだが、あの人を人とも思わぬ性格がかなり反感を買っているからな」

 どうやら司令も相当にクルーゼが嫌いであるらしい。後から後から悪口が溢れ出している。それを聞いていたイザークはどう反応したものか分からずに困り果てた顔になり、フィリスは可笑しそうな笑いを必死に噛み殺していた。

「し、しかし、アンヌマリー隊長が地球にですか。それでは、本国には一線級の指揮官が残っていないのではないですか?」
「ああ、それは私も気になっている。スピットブレイクの重要性は理解できるのだが、ここまで本国を丸裸にして良いのだろうか。戦力も相当引き抜かれて空洞化が進んでいるそうだし、もし敵が来たらどうする気なのか」

 イザークの疑問に司令もまた表情を曇らせた。実の所、地球での戦闘が不利になるに連れてザフトの消耗は著しいものとなっており、その穴埋めは本国に残っていた部隊によってこれまで補われていたのだ。しかし、ザフトであっても指揮官は決して多い訳ではない。まして開戦期から活躍してきた一線級の指揮官は極めて貴重な存在だ。だがそれもバルドフェルドの戦死などのように消耗を重ねており、とうとう本国に最後まで残っていたアンヌマリー隊までもが地球に降ろされる事になったのだ。
 これでプラント本国を守る部隊に歴戦の指揮官と精鋭部隊は居なくなってしまった。頼れるのは大量の教練部隊を纏めている少数の教官くらいだろうか。こんな所にもしあの足付きみたいな連中が殴りこみをかけてきたら、果たして守りきれるのだろうか。一応クルーゼが戻るわけだが、部隊を伴っていない以上意味は無いだろう。それとも部隊を新編成するつもりだろうか。
 新兵や訓練生の部隊がナチュラルの大軍に蹴散らされた後に蹂躙されるプラントの姿を思い描いてしまったイザークは、一瞬目の前が暗くなるのを感じてしまった。半年前なら馬鹿げていると笑い飛ばしていたであろう事が、今は現実となりうる未来としてそこにあるのだ。




 司令官オフィスを辞したイザークとフィリスは自分たちの隊に戻るために廊下を歩いていたが、窓から伺えた光景にイザークは足を止めて窓際に立った。フィリスは突然足を止めたイザークに怪訝な顔になったが、彼の隣に立って何を見ているのかを見てみた。
 イザークが見ていたのは訓練生たちの訓練風景であった。とにかくスピットブレイクに間に合わせる為にひたすらMSの訓練を繰り返しているのが見て取れる。訓練機が足りないので守備隊のジンやシグーが転用されているようだ。彼らは先にアスランたちと一緒に送られてきた訓練生たちより更に未熟な訓練生である。

「訓練生達が、なにか?」
「……あいつらの搭乗時間を聞いているか?」
「いえ、聞いていませんが。戦場に送られてきたのですから、規定の80時間は乗っているのではないのですか?」
「……あいつらは、30時間だそうだ」
「はぁ?」
「たった30時間で戦場に送られてきたそうだ。即席訓練もここに極まれりだな。大半がここで鍛えてやっとMSで基礎的な戦闘機動が出来るようになった、という所だそうだ。そんなレベルで、ナチュラルと殺りあわせようて言うのか?」

 イザークは本国のやり方を嘲笑いたかったが、それが不可能なのも分かっていた。戦況は既に彼らのような未熟という言葉さえ生温い、素人紛いのパイロットまで必要としている。イザーク自身は卒業時に150時間、現在までの合計で600時間は乗っている事を思えば背筋が寒くなるような状況ではあるが。もっとも、連合のパイロットは訓練時間はともかく戦闘搭乗時間はこんな短時間で増えたりはしない。ザフトは交代要員が居ないので1人が繰り返し乗り続けるからこんなに増えているだけだ。まあフラガやキースなら軽く千〜2千時間くらいは乗っているのだろうが。
 原因は国内のエネルギー不足と前線からの悲鳴のような兵員補充の要請の為であった。核動力が役に立たない現在の宇宙にあって頼りになるのは太陽発電であるが、これ等はきちんとメンテナンスをしていないと直ぐに壊れてしまう。しかしこの維持管理が人材不足によって滞りがちになってきたのだ。コーディネイターは確かに優秀かもしれないが、長年営業マンをやってきた中年が直ぐにメカニックに転向できるわけではない。一人前の技術者を育てるには長い時間がかかるのである。
 大勢の技術者を前線のメカニックとして送り込んだプラントは国内を維持する為の人材に事欠いていたのである。全てが足りないのだから仕方が無いのだが、戦線の拡大はザフトの拡大を呼び、それは多くの戦闘員と共に遙かに多くの後方要員を必要とした。その穴埋めは即戦力となりうる現場の技術者を集めて教育する事で賄っていたのだが、その引き抜かれた穴は埋める事が出来なかったのである。

 これは連合諸国にも同様の事が言えたのだが、この問題は人口比率が解決してくれていた。プラントにとっては余裕など欠片も無い状態であっても、圧倒的な人口を持つ連合諸国にはまだ余裕があったのだ。
 こんな状況だからこそ、本国は形振り構っていないのだろう。それは分かるのだが、そのツケを前線の兵士たちの命で支払わされてはたまったものではない。イザークは眼下で訓練に励んでいる素人たちに同情の目を向けながら、フィリスに問い掛けた。

「フィリス、俺は良い隊長か?」
「……難しい質問ですね。少なくとも、私から見るなら良い上官ではないですよ。面倒ばっかり起こしてくれますし、仕事片付けるの遅いですし」
「…………」
「ですが、良い隊長にはなれるんじゃありませんか。何だかんだ言ってみんな付いてきてるわけですし。私もまだここに居ますよ」
「それは、ひょっとして俺を見限ってた可能性もあったって事か?」
「さあ、それはどうでしょう」

 何だか顔を引き攣らせて聞いてくるイザークに、フィリスは煙に巻くような事を言って身を翻して窓際から離れ、廊下をまた歩き出した。イザークは毒気を抜かれたような顔でその場に立ち尽くしていたが、フィリスから声をかけられて我に返った。

「隊長、早く戻りますよ。まだ仕事は残ってるんですからね」
「少しは休ませてくれても良いだろ。今日戻ったばかりなんだぞ」
「じゃあディアッカさんに代わって貰いますか?」

 嫌そうなイザークにフィリスが悪戯っけな笑みを浮かべて問い掛けた。するとイザークは見る見る顔を青褪めさせ、頭を何度も左右に振ってフィリスの隣に駆け足で追いついてきた。

「それだけは止めてくれ。あいつにやらせたら仕事が倍になる」
「じゃあ早く戻りましょう。私も手伝いますから」

 フィリスの脅し交じりの催促にイザークは溜息をついて頷いた。ザフトに入った頃は偉くなって部隊を指揮するのが夢だったが、こうしてそれが現実になると一介のパイロットだった頃の気楽さが懐かしい。

「はあ、偉くなんてなるもんじゃないな」
「隊長、何をいきなりおじさん臭い事を言ってるんです?」

 ふと零れた愚痴にフィリスが訝しげな声をかけた。何となくイザークも疲れてきているのかもしれなかった。



後書き

ジム改 次は連合側の話だ。ハワイでアークエンジェルから降りる人が出る。
カガリ まあ誰かは大体想像が付くんだが。
ジム改 因みに新兵の搭乗時間は適当に設定した。民間の訓練時間を参考にしてみたが。
カガリ で、イザークは1年で600時間も乗ったのか?
ジム改 凄い過重労働だろ。
カガリ 過重労働というか、殺人的じゃないのか?
ジム改 アスランもカーペンタリアに帰った後でプラント行きだし、いよいよイザークの時代が。
カガリ ……そうか? フレイたちも哨戒で毎日数時間乗って、確か半年くらいだろ。こっちのが酷いだろ。
ジム改 これでようやく後半戦への幕が開けられる。人員の再配置も進んできたし、後一歩だ。
カガリ でも序盤は私の出番が無さそうなんだが?
ジム改 心配するな、ちゃんと用意してある。
カガリ おお、マジだな?
ジム改 あんまり多くは無いけどね。
カガリ それでも良い。ところでキラは?
ジム改 一応次回で少しだけ出てくる筈だが、あいつも結構不幸な扱いではある。
カガリ なんで?
ジム改 まあそれは次回で。
カガリ では次回。いよいよ迫る別れの時。その時彼らはどんな選択をするのか。
ジム改 次回、「それぞれの選択」でお会いしましょう。


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