第83章 変化の兆し




 アスランとシホがオーブを離れた翌日にはオーブの空軍基地に1機の大西洋連邦の軍用輸送機が降り立ち、キースはこれに乗ってパナマへと向かう事となった。今日の昼にはパナマに到着し、そこでナタルと合流して月へと上がる事になっているとサザーランドから連絡を貰っている。
 これでキースもオーブを離れる事になったわけだが、見送りに来てくれたカガリとフレイに、キースは自分が持っている情報を1つだけ提供していった。

「カガリ、お前は今の情勢下に、何かをしたいと言ってたな」
「あ、ああ、出来るなら戦争を終わらせたいけど、私にはそんな力は無いし」
「……ふん、なら、本当に困った事があったら、ここに行ってみろ。お前やフレイなら、多分会ってもらえる筈だ」

 それは1枚の地図と、紹介状であった。その地図に写されているのはフィジー諸島だ。それを見たカガリが良く分からないという顔でキースを見ている。

「フィジー諸島が、どうしたんだ?」
「ここのバヌアレブ島の西に小さな島がある。パクダとかいう島だ。そこに住んでる変わり者に協力を求めてみるんだな。ひょっとしたら聞いてくれるかもしれんぞ」
「……変わり者? 何でそんな奴に頼むんだ。まだ赤道連合の政治家とかに頼んだ方が」
「まあ、気が向いたらで良いさ。行っても門前払いされる可能性もあるし」

 どうにも要領を得ないキースの説明にカガリは首を捻っているが、フレイはその地図を見て何やら考え込んでいた。それを見たカガリが不思議そうにフレイに問い掛ける。

「どうしたんだフレイ、何か心当たりでもあるのか?」
「う、うん……でも、まさか……」

 フレイは困惑した顔でキースを見るが、キースは何故か茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せるだけでフレイの質問には答えようとはしなかった。いや、何も言おうとしないこの態度こそが事実をフレイに教えてくれていた。
 何も言わないキースにあわせるようにフレイも頭を2度左右に振り、その地図をカガリに返してしまう。それは、フレイもまた何も言うつもりがないという意思の表れだったろう。

「そうですね。関わらない方が良い相手ですし」
「……いやまあ、確かにそうなんだが……ま、いっか」

 フレイの答えにキースは何処か歯切れの悪い物言いをしている。一体この島には誰が居るというのだろうか。


 カガリとフレイに奇妙な贈り物をしたキースは機上の人となって雲海を見下ろしていたが、自分で操縦桿を握っていないというのはやはり落ち着かない。この辺りはパイロットの性とでも言うのだろう。
 そのキースに、何故か一緒に乗っていた軍人の中に混じっている民間人が声をかけてきた。

「バゥアー大尉、どうでしたか、これまでの戦いは?」
「……どちら様ですか。新聞社か何かで?」
「いえ、私はジブリール様の使者ですよ、ナハト殿」
「……ジブリールだと」

 その名を聞いた途端、キースは酷く不機嫌そうに顔を顰めていた。アズラエルに対してでさえここまでの嫌悪は見せなかったというのに。

「あいつの手下が、今更俺に何の用があると言うんだ?」
「ブルーコスモスへの復帰のお願いに」
「何故俺が今更必要なんだ。ジブリールとアズラエルでやれば良いだろう」
「ジブリール様は過去の不幸な確執を乗り越えたいと仰っていますが」
「アズラエル以上の狂人と、俺が手を組めるとでも? すまないが俺にその気は無い。帰ってくれ」
「まあ、そう言われるだろうとは思っておりました。今回はただ打診に来ただけですので、これで失礼しますよ」

 男はキースの返事を聞くだけで簡単に引き下がってしまった。それをキースは見ようともせずに無視していたのだが、最後にもう1つといって男がまた喋りかけてきた。

「そうそう、1つ面白い話がありました」
「面白い話?」
「最近、プラントの議長殿がテロリストの襲撃を受けているようです。どうやら色々とプラントの方も問題を抱えているようですな」

 それだけ言い残して男は自分の席の方に戻っていってしまった。それを横目で見送ったキースは視線を雲海へと戻すと、誰にも聞こえないような声でボソリと呟いた。

「パトリック・ザラが狙われている? ブルーコスモス以外の勢力に? コーディネイターに?」

 コーディネイターにも権力闘争はあるということだろうか。それとも、単なる迷惑な正義感の発露か。いずれにしても、プラントの方も歪みが表面化してきたということだろうか。

「…………ほんと、やな世の中だねえ」





 輸送機はそのまま6時間ほど飛行してパナマ基地の飛行場へと着陸した。途中でザフトの航空部隊と出会わなかったのは幸運だったろう。地上に降り立ったキースは固くなった体をほぐすように左右に軽く動かした後、マスドライバーのある宇宙港へのバスに乗り込むべくバス停へと向った。
 空港から宇宙港までは30分ほどで、宇宙港に到着したキースは直ぐにそこにいるはずのナタルを探し出した。サザーランドが言ったのだから間違いなくここにいる筈なのだ。暫くロビーを探し回っていたキースは10分ほど歩き回る事でようやく目的の人物を見つけることが出来た。

「あ、居た居た、おーい、バジルール大尉、オルガ」

 ロビーの片隅でベンチにちょこんと腰掛けていたナタルと偉そうに腰掛けているオルガを見つけたキースは声をかけて近付いていったが、何故か2人はこっちを見て目をまん丸に見開いて驚いていた。その驚きようが余りにも大げさなので、何かあったのかとキースは首を傾げてしまう。

「ど、どうかした、2人とも?」
「た、大尉?」
「はい、大尉ですが、どうしたの副長、そんなに驚いて?」

 まるでここに居る筈の無い人間を見たかのような反応を返されて困惑しているキースだったが、何故かナタルは目尻に涙を浮かべて抱きついてきてしまった。慌てて荷物を捨ててそれを抱きとめたキースだったが、自分の胸にしがみ付いて自分の名前を連呼しながら泣いているナタルを見るとどうにも理由を問いかけるのが憚られてしまい、キースは周囲からの好奇の視線に必死に耐えながらナタルが泣き止むまで耐える羽目になってしまった。
 時間にして5分ほどでナタルは落ち着いてくれたが、それはキースには拷問にも等しい時間であった。

「お、落ち着いてくれた、大尉?」
「はい、すいませんキース大尉」
「いや、まあ良いけど、何で泣いてるの。サザーランド大佐から何も聞いてない?」
「あん、サザーランドのおっさんだあ?」

 キースが出した名前にオルガが素っ頓狂な声を上げた。ナタルも驚きの表情をしており、どうやら本当に知らなかったことが分かる。

「おかしいなあ、オーブに救出された事は本国に伝えて、俺にパナマに行けって命令したのはサザーランド大佐なんだが、何にも聞いてない?」
「は、はい、聞いていませんが……あっ」

 そこまで言って、ようやくナタルは気づいた。あのサザーランドの怪しい笑みの正体はこれだったのだ。こう頭の中で何かがプッツンと音を立てて切れてしまったナタルは急いで近くの外線電話に駆け寄ると、ハワイに繋いでサザーランド大佐を出すように要求したのだが、帰ってきたのは予想外の答えであった。

「サザーランド大佐でしたら、先ほど出航したアークエンジェルに同行してアラスカへと向われましたが」
「ア、 アークエンジェルと一緒に?」
「はい。それと、バジルール大尉宛に伝言を預かっておりますので、読みます」
「伝言だと?」
「はい、内容は「驚いたかな、大尉?」以上であります」

 どうやら嵌められていたらしいと悟ったナタルはプルプルと肩を震わせている。これが怒り出す前兆である事を経験的に知っているキースとオルガはコソコソとナタルの傍から離れていった。そして程なくしてロビーにナタルの怒りの叫びが轟いた。


 その頃、太平洋を北上していたアークエンジェルでは、サザーランドが居るせいで異様なほどの緊張感が漂う艦橋の中に1つの通信文が届けられた。カズィの代わりに通信士の席に座っていたミリアリアがそれを受け取ってマリューに報告する。

「艦長、ハワイ基地より通信です」
「何、ミリアリア?」
「読みます、「バジルール大尉はとても怒っていました」以上です」
「……何、それ?」

 訳分からない通信内容にマリューが訝しげな顔になるが、何故か予備シートに腰掛けてそれを聞いたサザーランドがクククッと笑い声を上げだした。

「そうか、怒っていたか。まあ怒るだろうな」
「大佐、何か御存知なので?」
「ああ、パナマでバジルール大尉と合流する予定の戦闘隊長なのだが、それはキーエンスなのだよ。オーブから直接パナマに行ってもらったのだ」
「……い、生きていたんですか、バゥアー大尉は?」

 驚いているマリューにサザーランドはニヤリと彼らしくない悪戯っけな笑みを浮かべて見せた。どうやらナタルは嵌められたようだと悟ったマリューは悪人を見る目でサザーランドを睨んでいたが、サザーランドは意に介した風もなく視線を正面へと戻してしまっていた。

「ああ、ノイマン中尉、進路は問題ないかね?」
「あ、は、はい、問題ありません!」
「なら良い」

 その場を誤魔化すようにノイマンに話を振ったサザーランドは、それ以上マリューの疑問に答えたりはしなかった。だが、この時マリューの中にサザーランドもこういう奴かという認識が生まれたのは確かである。


 そして、アークエンジェルはアラスカに到着し、部隊の再編成を受ける事となる。これまでの戦いで失ったクルーは補充を受け、定数を満たす事が出来た。艦自体もドックに入れられてこれまでで最大規模の改装を受けることとなる。
 主な改装点は半年に及ぶアークエンジェルの運用データから得られた欠点の克服で、対空砲火の死角を失くす為の増強工事、イーゲルシュテルン用の弾薬庫の拡張、レーダー、通信機器の改良、ゴッドフリートの照準用レーザーセンサーの改良型への交換、処理能力が限界に達していたコンピューターの載せ代えなど大規模なもので、ボロボロになった装甲板も交換される事になっている。また、艦橋後部にあるヘルダートは被弾時に誘爆して艦橋を吹き飛ばしてしまう危険が大きいという事で全面的に撤去され、2基の連装レーザー機銃で補われる事となった。
 この改装で、これまでの改装で22基にまで増強されていたイーゲルシュテルンと2基の連装レーザー機銃はイ−ゲルシュテルン10基、連装レーザー機銃24基に変更される事になる。実はイーゲルシュテルンは使い過ぎると直ぐに弾切れになるという大問題があったのだ。アークエンジェル級は大型の艦ではあるが、やはり75mmAP弾をガトリング砲で撃ちまくるのは無茶としか言えなかったのだろう。このイーゲルシュテルンの砲数を減らし、代わりにレーザー機銃を増設したのは弾薬対策である。この対策のためにジェネレーターへの負荷が増える事となるが、どうせ一番の大食らいのローエングリンは滅多に撃たないので大した問題ではなかった。

 また人材の再教育も行われる事になった。元々正規兵が少ないアークエンジェルであったが、これまでの戦いでそれぞれの部署で経験を積んだ彼らは経験豊富ではあったが、基本が今1つと言う中途半端な能力であった為、アラスカで正規の訓練を受けることになったのだ。サイやミリアリアもオペレーターとして正規の訓練を受けることになり、訓練所に通わされている。
 そして、そんな中で一番スパルタ教育を受けさせられているのがマリューだった。マリューはアークエンジェルの艦長として幾多の実戦を潜り抜けてきた。今の大西洋連邦にはマリューほど経験豊富な指揮官は希少なので、マリューはこのままアークエンジェル艦長として前線指揮をする事になったのだ。ただ、艦長として本来なら身に付けていなくてはいけない知識を持っていないので、短期間でそれらを詰め込まされる羽目になったのである。更に上級指揮官としての教育も受けているので、マリューは殺人的なカリキュラムを課されていた。

 一方、トールには別の仕事が与えられていた。それはデュエルから別のMSへの機種転換である。また、階級も少尉から中尉に昇格され、アークエンジェルのMS隊副隊長に任命される事となる。トールはこの抜擢に驚いていたのだが、MS撃墜スコア26機のパイロットなど滅多には居ないので、トールが指揮官にされるのは仕方の無い事であっただろう。戦時急造の新米パイロットは生存率が極端に低いのが連合の実情であるので、3ヶ月ほどの実戦を潜り抜けてきたトールは既に中堅からベテランの域に達するパイロットなのだ。
 トールに支給されたのはGAT−105Gストライク、あのアルフレットも使っていたストライクシリーズの異端児である。次世代型GATシリーズを回されるほどではないトールには適当なMSが回されたと言えるが、たんに余ったテスト機が送られてきただけという見方も出来た。まあ、アルフレットが使っていた頃に較べればトランスフェイズ装甲の信頼性も上がっており、各部の部品の品質も安定していたので実用機と呼べる仕上がりにはなっていたのだが。
 ストライク以外でアークエンジェルには更に4機のMSが配備される事となった。内訳は105ダガー2機とバスターダガー2機で、ストライカーパックの運用を円滑に行えるアークエンジェル級らしい編成と言えた。ただ、パイロットは訓練を終えて間もない新兵の成績優秀者があてがわれており、トールは彼らを訓練する責任を負わされてしまう事になる。フラガがアークエンジェルに戻ってくるまではトールが隊長代行なのだ。

 また、アラスカには密かに各地から精鋭部隊が集結してきていた。入れ替わりにアラスカから、こちらは表立って部隊を送り出していたので、傍から見るとアラスカの戦力は弱体化しているように見えるようになっている。
 地球連合はザフトの次の攻撃目標がアラスカかパナマで、まずアラスカに来るという予想を立ててここの防備を固めていたのだ。既に手元にはMSがあり、その運用もある程度確立されてきた今ならば戦略的に下策でしかないサイクロプスを使う必要は無い。ここで全力をもって迎え撃ち、ザフトを敗退させて反撃の狼煙とする。それが大西洋連邦とユーラシア連邦、東アジア共和国の立てた作戦であった。
 この為に基地そのものの防御力も高められている。海岸線には対戦車地雷原を構築し、対空陣地を整備し、砲台などの各種設備を稼動可能な状態にしていく。地下道のネットワークも不良箇所を修復され、地上施設は念入りに防御された。特に潜水母艦から発射される対地ミサイルとザウートの砲撃を警戒して過剰なほど厚く構築された地上陣地は生半可な砲撃ではビクともしないほど頑強なものとなっている。




 その頃、オーブではちょっとした出来事があった。またしても仕事を抜け出して見舞いに来ていたカガリに、フレイは教官役を引き受けると言ったのである。それを聞かされたカガリは目を見開いて驚いていた。

「い、良いのかよ、フレイ?」
「ええ。でも、一応学校の方も卒業しておきたいんだけど?」
「ああ、そいつは任せておいてくれ。大学の方にも話を回して、両立できるようにしておく」
「そう、ありがと」

 そう礼を言って、フレイはカガリに数枚のレポート用紙と1枚のディスクを渡した。

「とりあえず、私が退院するまではこの通りの訓練を積ませて頂戴」
「あ、ああ。このディスクは?」
「シミュレーター用のデータディスクよ。これに入ってるデュエルと模擬戦をさせておいて」

 このレポートは自分やトールが受けた猛特訓を書き写したもので、これをやらせればどんな新米でも基礎は出来るという代物であった。ただし、それはオーブ軍のカリキュラムからすれば地獄への片道切符だったのだが。
 そして、フレイが渡したディスクはただのシミュレーター用データではなかった。これは、自分の戦闘データを元に作成されたディスクだったのである。本来なら軍事機密の筈なのだが、何故か自分の私物に紛れて病室に持ち込まれていた。何気にアークエンジェルの防諜態勢がざるであった事を示す証左であったろう。
 このフレイから渡されたメニューをカガリは忠実にパイロット達に課し、パイロット達はカガリへの怨嗟の声を上げながら必死に訓練に励む事になるのである。

 フレイから贈り物をされたカガリは大事そうにそれを書類れに入れてホッと安堵の息を漏らそうとした時、病室の扉がノックされた。誰かと思ってカガリが返事をして扉を開けたら、そこにはどこかの旅行者らしい20前後ほどの見慣れぬ女性が立っていた。紅茶色の髪を肩の辺りで切りそろえている。意志の強そうなブラウンの目が印象的だ。

「えっと、誰だ?」
「失礼します」

 困惑しているカガリを押し退けるようにして部屋に入ってきた女性を見たフレイは驚きの声を上げていた。

「ソアラ!?」
「お嬢様!」

 ソアラと呼ばれた女性はベッドに駆け寄ってフレイの手を取った。

「え、なんで、どうしてここにソアラがいるの?」
「お嬢様が怪我をしたと聞いて、急いで参りました。お屋敷の方は父と母が管理しています」
「そ、そうなんだ」

 何だか気圧されているフレイ。それを見ていたカガリが後ろでコホンとわざとらしく咳払いをし、同いう事かを問い質した。

「おい、誰なんだ、フレイ?」
「あ、この人は……」

 フレイが紹介しようとしたのだが、それより早く振り向いたソアラが自分で自己紹介を始めた。

「アルスター家にお仕えしております、ソアラ・アルバレスと言います。貴女はオーブ、アスハ家のご令嬢のカガリ・ユラ・アスハ様ですね?」
「え、ソアラ、カガリを知ってるの?」
「はい、存じております」

 これまで誰も知らなかったカガリの事を知っているとは、中々に博識らしいソアラさんであった。その一方ではなぜかカガリが両手を握り締めてフルフルと感動に打ち震えている。

「は、初めて赤の他人に王女扱いしてもらった」
「……あんたね」

 何とも言えぬ目でカガリを見るフレイであった。
 この後フレイからオーブ軍に入ると聞かされたソアラは猛反対したのだが、意思を変えられないと知ると仕方なさそうに頷き、自分もオーブに留まると言い出した。フレイはこっちで養子の話があるのだがと言うと、ソアラはオーブの別邸を住めるように管理するとまで言い出してこちらに残る事を譲ろうとはしなかった。
 結局最後にはフレイが折れてソアラがこちらに残る事に同意し、ソアラはアルスター家の別邸を管理する事になる。 




 一方、宇宙では月に上がったナタルがドミニオンに着任し、第8艦隊に編入されていた。この艦にはキースが戦闘隊長として配属されており、指揮下には自分を含めて6機の新型MAコスモグラスパーと、3機の新型GATシリーズ、カラミティ、フォビドゥン、レイダーが強化人間と共に配属されている。
 ナタルは同じく月基地で建造され完成していたアークエンジェル級3番艦ヴァーチャーと戦隊を組む事になり、第36戦隊となっていた。ヴァーチャーにはデュエル4機、バスター2機が搭載されている。
 第8艦隊はプラントに対する直接攻撃の作戦に投入される事になっており、その為に厳しい訓練を続けていた。ナタルもドミニオンの訓練を続けており、最低でもアークエンジェルのレベルにまで引き上げようと鬼艦長となって部下をしごいていた。まあ、度を越しそうになったらキースが止めていたので過剰なほどにはならなかったが。
 キースは第8艦隊に配備されているコスモグラスパー隊の訓練も任されており、更に問題児である3人の強化人間の面倒まで任されて内心ちょっとデンジャラスになっていたが、表面的には飄々とした態度で余裕を崩さず、常にマイペースを維持していた。彼は第8艦隊ではただ1人の戦争初期からの生き残りのエースパイロットなので、部隊内での影響力が大きくなってしまい、苛立ちを顔に出せなかったのである。
 既にキースとの付き合いがあったオルガはキースが指揮官だというのは素直に受け入れたのだが、シャニとクロトは簡単にはキースを指揮官とは認めなかった。何しろ性格が性格なので、誰かに指図されるのが我慢ならないのだ。
 この問題に対して、キースは過去の自分の経験に倣った。かつてアルフレットが自分にしたようにキースも拳で解決する道を選んだのである。言って分からない奴は体で分からせるしかない。
 ただ、アルフレットと同じようにキースも平気で武器を使っている辺りが卑怯だったかもしれない。挑発に乗せられたシャニが鈍器でボコられ、クロトがスタンガンで痙攣する様を見たオルガは右手で顔を押さえて小さく溜息を吐き、キースに苦言をもらした。

「お前なあ、もうちょっとやり方ってもんがあるだろ?」
「何言ってやがる。お前らみたいなゴロツキ、こうでもしないと学習しないだろうが」
「……まあ、アルフレットのおっさんには何度も殴られたけどよ」
「俺も昔やられたよ。歴史は繰り返すってな」
「いや、そりゃ使い方が違うだろ?」

 床に沈んでいる2人を背にキースとオルガはドリンクを口にしながらこれからどうするのかを話し合っていた。オルガも協調性が有る人間ではないのだが、アルフレットの指揮下で、そしてアークエンジェルに乗り込んで戦って、チームワークの大切さを多少は学んでいた。だからシャニとクロトを手懐けようとするキースの考えは理解できたのだが、アルフレットのやり方を真似る事はないだろうと思っていたのだ。

「まあ、こいつらには俺からよく言っとくから、どつくのは止せって」
「言う事聞くなら別にどつく必要は無いな」
「じゃあ決まりだな。こっちは俺が何とかしてみるから、あんたは他の雑魚どもの面倒でも見てな」
「……憂鬱な気にさせてくれるなよ。あんなヒヨッコどもを鍛えるのがどれだけ大変か」

 大西洋連邦の人材の払底振りは目に余ると零しながらキースは本土から送られてきている電子新聞に目を通した。以外にも軍が支給している政府発行のこの新聞は真実をそのまま伝えている数少ない新聞であり、ジャーナリズムの原則にとても忠実であった。呼んでいるキースも何で政府発行の新聞がこんなに厳正中立を維持しているのか常々疑問に思ってしまうくらいだ。
 端末上に表示された記事を読み進めていたキースは、ふと目に留まった記事を注視し、そして少し可笑しそうな笑い声を漏らしだした。突然笑い出したキースにオルガが少し引いている。

「いきなり笑うなよ、気味悪いだろうが」
「あ、ああ、すまんすまん」

 オルガに謝ってキースは視線を端末に戻した。そこには先のワシントン・ポストに掲載されたヘンリーの記事が発端となって大西洋連邦内でコーディネイターへの扱いの見直しが議論に上がるようになったという事を伝えるものであった。それまで大西洋連邦の国民は国内で頑張っているコーディネイターがどういう扱いをされているかを知らなかったが、ヘンリーの記事がその一端を伝えた事が切っ掛けとなってその事態が調べられるようになり、彼らが大西洋連邦の国民でありながらどれほど不当に扱われているかが暴露される事態に及んだのだという。
 この事を知った国民の意見は大きく割れており、プラントのコーディネイターとは区別するべきだと言う人々と、同じコーディネイターだと言う人々に別れているようだ。この問題はかなり大きくなってしまい、議員達は地元の意見に押される形でこの事を議会で討論するに及んでいる。
 こういう議論が沸き起こったのは大西洋連邦に住むコーディネイターたちにとっては良い事だろう。少なくとも前線で自分たちはプラントの連中とは違うという事を証明しようと体を張って頑張ってきた、大勢のコーディネイターの兵士たちにとっては間違いなく朗報だ。自分達の積み上げてきた犠牲が報われようとしているのだから。
 時代はもう人種差別が無条件に容認される時代ではない。一度問題が論点に挙げられれば、後は勢いのままにコーディネイターへの扱いを見直す事になってしまうだろう。勿論一足飛びに何かが解決するという事は無いだろうが、最初の1歩を踏み出す動きであるのは確かである。
 そして、この民衆の動きをアズラエルやジブリール率いるブルーコスモス強行派はコントロールできなかった。権力者による民衆のコントロールは昔から行われてきた事だが、それが常に成功してきた訳ではない。民意という巨大な力は、時として他の全ての力を蹴散らしてしまう程の圧倒的な勢いを持つ事がある。今がまさにそれであった。

「時代が変わる瞬間に立ち会っているのかな、俺たちは」

 それは楽しい事なのかもしれない。出来れば流血を交えない方が良いのだが、これまでの人の歴史はその転換点で膨大な流血を必要としている。ならば、この戦争もその必要な流血なのかもしれない。もっとも、当事者としてはたまったものではないのだが。





 そしてアスランとフィリスはプラントへ帰った。溜まっていた仕事の処理にかなり時間がかかったものの、カーペンタリアに帰還して3週間程で全ての仕事を終えることが出来た。イザークは既にジュール隊を編成しており、ジュディ司令の元で編成された第2師団に編入されて訓練に励んでいる。ただ、何故かフィリスがエルフィの代わりにプラントに同行したいと強硬に主張しており、アスランとイザークが仕方なくこれを受け入れるという小さな騒動も起きていた。

 小さな騒動といえば、この3週間の間にカーペンタリア内で真相不明の暗闘が行われていたという噂がある。何でも怪しい黒頭巾を被った集団を30mmライフル担いだ女性兵士が次々に撲殺して回っていたとか何とか。
 まあ、実際に負傷者が軍病院に担ぎ込まれた事も無ければ武器庫からライフルが紛失したという報告も無いので、これは単なる荒唐無稽な噂なのだろう。

 仕事を終えたアスランはフィリスを伴ってカーペンタリアで最後の引継ぎを済ませ、後事をイザークに託して往還シャトルでプラントへ戻った。これにはプラントからやってきたジュディ・アンヌマリー司令に引継ぎを済ませたクルーゼも同行している。
 プラントに帰還したアスランはパトリックに帰還を報告し、パトリック直々に新たな任務を与えられた。それは最新鋭の核動力MS、ZGMF−X09Aジャスティスへの機種転換訓練の開始である。既にZGMF−10Aフリーダムはテストに入っているらしい。

「フリーダムの方が先に完成していたのですか?」
「うむ、何しろ試作機でな。ジャスティスの方が問題が多かったのだ」
「問題、ですか?」
「実は、武装の大半が機関砲という事が最後まで問題視されていてな。何しろMSに搭載できる程度の弾薬では直ぐに撃ち尽してしまう。これでは核動力で長期間動けるという利点も意味が無いと文句が出ていたのだ」
「……結構致命的な問題では?」
「まあ、ジャスティスは一対一での交戦を主眼にされた機体だから、そう気にする事もあるまい。あれはどちらかと言えば強襲機だ」

 パトリックは何でもないように言うと、話を別の事に移した。

「フリーダムだが、これはジャスティスとは全く異なるコンセプトで造られている。これはジャスティスとは異なり、殆ど移動砲台でな。全身にビーム砲やレールガンを搭載している。まあ多対一の戦闘に威力を発揮する機体だ。こちらは迎撃機だな」
「ジャスティスにフリーダムですか。なんと言いますか、何でそんな名前なんです?」
「私も知らん。開発部に聞け」

 アスランの質問を言下に切り捨て、パトリックは更に話を進めていく。

「フリーダムのテストパイロットはホーキンス隊から引き抜いたハイネ・ヴェステンフルスが就いている。気の良い男だから、上手くやってくれ」
「それは当然ですが、しかし、今テストではスピットブレイクには間に合わないのでは?」

 アスランにはこれが疑問だった。てっきりスピットブレイクに両機とも投入されると思っていたのだが今頃テストでは到底間に合わないではないか。勿論無理をすれば出せるだろうが、そんな危険を冒していいような機体ではない。もし戦場で突然機能停止したらNJCが連合に渡る可能性がある。
 このアスランの疑問を受けたパトリックは、何故か鷹揚に頷いて見せた。

「その通り、間に合わないだろう」
「それでは、何のためにこんな機体の開発を?」
「言うなれば保険だ。もしアラスカでケリが付かなければ投入する事になるだろう。もしアラスカで停戦交渉を表に出せるようになれば、これを脅しの種に使うのだ」
「外交交渉の材料ということですか」
「そうだ。圧倒的な力とは、行使しない事で最大の効果を発揮するからな。もし使ってしまえば、戦いは泥沼化してしまう。幾らフリーダムとジャスティスが高性能でも、1機で軍団を止められる訳ではないからな。弾が尽きればこれ等もガラクタに過ぎん」
「そうなる前に、ケリを付けたい。だからスピットブレイク参加部隊には頑張ってもらわねばならないという訳ですね」
「そういう事だ。既にシーゲルとジュゼックには話をしてある。この2人は信用出来るからな」

 得心してアスランは頷いた。自分は保険なのだ。そしてパトリックは自分を実戦で使う事無く決着を付けようとしている。だが、まだ2人にしか話を通していないとは。それ程今のプラントには敵が多いのだろうか。
 この事を聞かれたパトリックは苦々しい顔付きになり、いささか私情混じりにアスランに事情を話して聞かせた。

「他の議員は誰が敵で誰が味方なのか、はっきりとしておらん。エルスマンなどは話せば味方になってくれようが、他はどう出るか。アルマフィも息子の戦死以来、急進派に鞍替えしてしまった。カシムやカナーバは穏健派だが、若すぎる分慎重さに欠ける。ジュールやグルードらの急進派は反対するだろう」
「そう、なのですか」
「だが、ここで終わらせねばならんのだ。もうプラントは限界を超えている。これ以上戦争を続ければ、プラントは内部から崩壊してしまうだろう。私は必要とあればプラント全土に戒厳令を敷き、反対する可能性のある議員全てを拘束する事まで考えている」
「そんな、そんな事をすれば!?」
「勿論これは違法だ。戦後私は裁判にかけられて有罪にされるのは間違いあるまい。いや、その前にナチュラルどもが私を戦争犯罪人として処断するかも知れんな」

 いささか自嘲気味にパトリックはそんな事を口にした。それは何でもないことのように言っているが、いざとなれば自分を生贄にしてプラントを守るという事である。
 そこまでの覚悟を持って終戦までのレールを敷こうとするパトリックに、アスランは何を言っていいのか考え付かなかった。これがプラント建国の元勲と言われる人間の持つ覚悟なのだろうか。例えプラントが守られたとしても、パトリックは歴史に悪名を残す事になるというのに。

 深刻な話にアスランが考え込んでしまったのを見たパトリックはようやく自分が喋りすぎた事を悟り、些か慌て気味に咳払いをして話題を切り替えた。

「まあ、そう深刻になる必要もあるまい。オペレーション・メテオ、そしてスピットブレイクと繋げば必ずアラスカは落とせる。そうすれば、後は外交の仕事だ。お前の仲間も任務から解放され、逐次地上からプラントに帰還してこれる」
「そう、上手く行くでしょうか?」
「はっはっは、お前は心配性だな。大丈夫だ、何とかなる」

 パトリックは椅子から立ち上がるとアスランの隣まで歩いて行き、その肩をポンと叩いた。

「お前は何も心配せず、ジャスティスを物にする事を考えていれば良い。戦略を立てるのは私の仕事だからな」
「は、はい、父上」
「仕事が終わったら連絡を入れてくれ。一緒に食事に行くとしよう」

 父の誘いにアスランは嬉しそうに頷き、敬礼をして執務室を後にした。それを笑みを浮かべながら見送ったパトリックであったが、息子の姿が部屋から消えたとたんにその表情を引き締めた。それはアスランに見せていた余裕など欠片も伺えず、深い苦悩を見せている。

「深刻になるな、か。私も嘘が上手くなったな」

 実際にはアスランに言ったほど事は簡単ではないオペレーション・メテオは宇宙艦隊の半数を要する大作戦となる。当然連合の宇宙艦隊の妨害もあるだろう。MSを配備しだした今の連合は甘く見れる相手ではない。彼らの使っているMSの性能はこちらのジンを上回る性能を持っているのだから。
 これを撃退して落下ポイントまで隕石を護送するのにどれだけの被害がでるか。そしてアラスカ攻略でどれだけの犠牲が出るか。ザフトからの試算では最低でも投入戦力の3割の損失は確実だと言ってきている。これが最低の数字だから、実際には5割以上を喪失するかもしれない。だが、それでもやるしかないのだ。この戦争を、終わらせるために。
 その時、執務室の扉が開いてユウキ隊長が室内に入ってきた。

「議長、先ほどアスラン・ザラと擦違ったのですが」
「ああ、あいつはジャスティスのところに行かせたからな。あいつがどうかしたかね?」
「いえ、何と言いますか、前に見たときより更に生え際が後退しているような気がして」

 心配そうなユウキの言葉にパトリックも顔色を曇らせた。実は彼もアスランの額が見るたびに面積を拡大していることに深い懸念を抱いていたのである。

「……手遅れとなる前に手を打たねばらなんな。ユウキ君、すまないが、例の物をアスランに匿名で送ってやってくれないか」
「あの、プラントの技術の粋を集めて開発された育毛剤ですか?」
「ああ、そうだ」
「ですが、まだ試作の文字が取れていなかったのではないですか?」
「問題は出ていないのだろう?」
「まあそうですが」

 試作の文字が取れるのも時間の問題なので、ユウキもそれ以上反対はしなかった。そして数日後、アスランの元に匿名の贈り物が届く事になるのである。





 パトリックの執務室を後にしたアスランは案内の兵に連れられてジャスティスとフリーダムが管理されている関係者以外は入れない格納庫へと入って行った。そこは新兵器の宝庫と呼べる場所で、アスランでさえ見た事が無い様々な兵器が所狭しと置かれている。その中には何故か巨大な棘付き鉄球や拳銃、メリケンサックまでがある。

「なあ、あれは、何だ?」
「ああ、あれは兵器開発局の連中が試作したMS用の近接戦闘用の武器ですよ。テストで実用性無しと判断されてお蔵入りしてますがね」
「そ、そうか」

 後方の部署の連中は何考えてるんだという疑問がアスランの頭の中を駆け抜けていた。そんなふうにいろんな物を見ながらアスランは、遂にMSが立てかけられている整備場へとやってきた。そこには羽を背負った白と青のMSと、背中にグゥルもどきを背負った赤いMSが整備台に固定され、整備員達の整備を受けていた。

「これが?」
「はい、フリーダムとジャスティスです。ザラ隊長の機体は赤い方ですよ」
「ジャスティス……」

 ザフト系ではない、どう見てもGを意識した機体のライン。フェイズシフト装甲、各所に見える機関砲の砲身、デュエルのような大型のシールド、そして何より背中のグゥルもどき。

「こいつは、趣味なMSだな」
「お前もそう思うかい?」

 アスランの呟きに応じる声が右手からかけられた。そちらを見てみると、自分と同じ赤服を着た、何だか特徴的な髪型をした男が立っていた。

「アスラン・ザラだな。俺はハイネ・ヴェステンフルス、フリーダムのテストパイロットをやってる。よろしくな」
「あ、ああ、よろしく」

 そう言って気さくに右手を差し出してくるハイネ。アスランは戸惑いながらもその手を握り返し、視線をフリーダムとジャスティスに戻した。

「この機体は、使ってみた感じは、どうなんです?」
「パワーがありすぎるな。正直、何でこんな出鱈目な機体を作ったのか疑問に感じるくらいさ」
「そうですか」

 ハイネの感想を聞いたアスランは困った顔で2機のMSを見る。どうやらザフトははた迷惑な機体を完成させてくれてらしい。だが、なぜかハイネはアスランの返事に不満そうな顔をしており、アスランは何か気に触る事を言っただろうかと不安げに問い掛けた。

「あの、どうかしましたか?」
「う〜ん、その口調がね。やっぱりそういうのは良くないな」
「……口調?」

 何か1人で納得して頷いているハイネに、アスランは戸惑いの余り次の言葉が出てこなくなってしまう。そんなアスランの前でビシッと右手人差し指を立ててハイネはここのルールを教えてくれた。

「ここじゃ階級云々は無し。俺はハイネで良いし、おまえの事はアスランって呼ばせてもらう。他のみんなも他所からお偉いさんが来た時以外はそうしてるんだ」
「そ、それで良いのか?」
「良いんだよ。つまらない壁なんか取っ払ってしまえばさ」

 無茶苦茶フレンドリーなハイネにアスランは面食らって格納庫のほかの兵たちを見回し、彼らがこちらを見てニヤニヤ笑っているのに気付いた。どうやらハイネの言っている事は本当らしいと悟り、アスランはまだ戸惑い気味ながらも小さく頷いて見せた。

「わ、分かった、これからよろしく、ハイネ」
「う〜ん、まだ固いけど、まあ良いか」

 ちょっとだけ不満そうであったが、直ぐにまあ良いかとばかりに笑顔に戻ったハイネがフリーダムの方に歩いていった。それを見送ったアスランにもジャスティスに取り付いていた整備兵から声をかけられた。

「アスラン、早速で悪いんだが、ちょっと来てくれるか!?」
「ああ、分かった!」

 呼ばれてアスランもキャットウォークの手摺を蹴ってジャスティスの方へと飛んでいった。これがアスランとハイネの出会いであった。




 そしてアスランがプラントに戻る3週間ほど前、誰も知らぬ間にクライン邸に2人の客人がやって来ていた。1人はマルキオ導師、そしてもう1人は、未だに目を覚まさない怪我人であった。
 そこの主人の娘とマルキオは中々目を覚まさない客人をじっと見詰めている。

「目を覚ましませんわね」
「体に異常は無いようですから、いずれ目を覚ますでしょう」
「冷凍睡眠の影響では?」
「それは無いと思います」

 心配そうなラクスにマルキオは余裕を持って答えていた。しかし、何故この怪我人、キラ・ヤマトは目を覚まさないのだろうか。その体には地球の時には無かった筈の打撲箇所があっちこっちに見られて湿布を貼られていたりするのだが。頭にも何発か良いのが入った形跡もあったりする。

 そして2人が見ている前で、ようやくキラがゆっくりと目を開いた。

「…………」

 体を起こそうとして頭に走った激痛にキラはベッドに倒れこんでしまった。

「つううう……」
「まだ、起きてはいけませんわ」

 突然かけられた女性の声に、キラが少し驚いて声のした方を見ると、そこにはピンク色の髪の女性が立っていた。

「……えっと、君は……確か……」
「ラクス・クラインですわ。お忘れですの、キラ様?」

 ラクスは優しい笑顔で問い返したが、キラは何故かベッドの上で何度も頷いている。どうやら顔は覚えていたが名前はすっかり忘れていたらしい。

「何で、僕はここに? それに、何でこんなにあちこちが痛いんですか?」
「今は何も考えず、体を治すことだけを考えてください。今医者を呼びますので、御質問には検診後にお答えしますわ」

 それだけ言い残して、ラクスは医者を呼ぶためにキラのいる部屋から出て行った。だがその顔にはよく見れば僅かな焦りが伺える。そう、言えるわけが無いのだ。実は輸送中にシャトルが揺れて荷が崩れただとか、ベッドに移す際にラクスがキラを2度も落っことして頭を2度も強打したなどとは。
 実は撃墜時よりも救出後の方が重態になっていたなどと、ジョークにしても笑えない事態にキラは追い込まれていたのである。




キャラクター紹介

ソアラ・アルバレス 19歳 女性
 代々アルスター家に仕えてきた一族の女性で、フレイ専属のメイドさん。ソアラは子供の頃からフレイを世話していた。フレイにしてみれば姉同然のメイドである。
 実は飛び級で大学まで卒業している凄い人で、豊富な知識を有して将来的にはフレイを補佐する予定だった。その知識は知名度がゼロにも等しいカガリさえ知っているほどに広範に渡っている。更に家事全般こなしてスタイル抜群という、敵に回すと恐ろしいスーパーメイドである。カガリの天敵。

ハイネ・ヴェステンフルス 20前? 男性
 ザフトでもかなり凄腕のパイロットで、フリーダムのテストパイロットとして抜擢されていた。アスランに気軽に接してくる良き同僚として、卓越した技量を持つ戦友として活躍してくれる筈、である。実力だけならばイザークやミゲルと同等という凄腕。
 



後書き

ジム改 遂にジャスティスとフリーダムの実機が登場。
カガリ なんつうか、一気に時間が進んだな。
ジム改 この間はアークエンジェルも動かないから、書く事少ないのだよ。
カガリ トールはなんだか出世魚のようにだんだん良いMSに乗り換えてるし。
ジム改 今回の機種転換は予定事項だから構わん。最後にはソードカラミティかもしれんが。
カガリ ヘッポコじゃなかったのか?
ジム改 ヘッポコにも回せるくらいに量産が進めば問題なし。
カガリ そんな物量産するんじゃねえ!
ジム改 そうか、じゃあカガリ専用M1もいらないな。
カガリ 欲しいです。
ジム改 ……節操の無い奴め。
カガリ で、どんなの?
ジム改 全身金ぴかのM1、金メッキ使用だ。
カガリ 舐めとんのかワレェ。そんな悪趣味なの虎だけで十分だ!
ジム改 あ〜あ、言っちゃったよこの子。
カガリ 全く、碌な事を考えない奴。
ジム改 それでは次回。出撃する連合第8艦隊。オペレーション・メテオを発動するパトリック。本国防衛隊すらも投入する大作戦が実行され、一時的に防衛力ががた落ちしたプラントに今、強大な敵が迫る事に。だが、第8艦隊を欠いた連合宇宙軍もまた、戦力不足で積極的な動きが出来なくなっていた。次回「そして時代は動き出す」でお会いしましょう。
カガリ なんつうか、滅茶苦茶スピードアップしてないか?
ジム改 ガンカノじゃないから、名も無き一般兵士の訓練シーンに過剰に時間はかけられん。

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