第84章  そして時代は動き出す




 月面の連合軍拠点、プトレマイオス・クレーター。ここには再建中の地球連合軍の艦隊の大半が集結している。ここ以外に大きな停泊地が無いのだ。だが、そのプトレマイオス・クレーターから珍しく大艦隊が出撃しようとしていた。旗艦であるメネラオスを中心にアークエンジェル級のドミニオンとヴァーチャー、そしてこの2隻の護衛艦である駆逐艦4隻、MA母艦4隻を加えた40隻の戦闘艦艇と6隻の工作艦、6隻の補給艦も同行している。
 これは第8艦隊の出撃であった。地球軌道での戦いと月を目指したザフト艦隊との交戦で痛めつけられた第8艦隊であったが、ようやく再建が終わったらしい。艦載機も新型MAとMSに更新を終え、名実共に打撃部隊として再建されたのだ。
 メネラオスの艦橋でドックに停泊している再建された自分の艦隊を見ていたハルバートンは感慨深げにしみじみとした声を出した。

「壮観だな。あのヤキン・ドゥーエ戦の惨劇から1年。我々はザフトに対抗できる武器を手にしてまたプラントを目指すのか」
「閣下、今度は奴らが我々に叩きのめされる番でしょう」

 副官のホフマン大佐が隣に並びながら声をかける。現在の宇宙軍において最強無比の艦隊を前にして、これならば勝てるという自身のようなものが伺える。

「あまり油断するなよ。幾ら弱体化しているとはいえ、ザフトの力は侮れないものがある」
「分かっていますよ。今回の作戦は可能ならばプラント・マイウスを。それが無理ならばユニウス市の他の農業プラントを破壊し、プラントに物理的な圧力をかける」
「そして素早く離脱する。無茶もここまで来ると清々しいな」

 殆ど不可能を可能にしろと言われているような命令だ。ただ、ハルバートンには今回の作戦を成功させる為の小道具はきちんと用意してはいたのだ。

「さて、1年前の借りを返しにいくか、ホフマン大佐」
「はっ」


 この艦隊の中で一際異彩を放つのがドミニオンとヴァーチャーだ。ドミニオンではナタルが出撃前の最終点検の指揮を取り、自ら艦内を見て回っている。この出撃に先立ってナタルは少佐に昇進しており、これが更に気合を入れる原動力となってしまってもいる。

「いいか、いよいよプラントに直接攻撃をかけるぞ。各部署のチェックを怠るな!」

 何時にも増して気合の入っているナタルにクルーはビクビクしながら艦内のチェックを行っている。長距離を航行するとどうしても艦が傷むのでこのチェックは重要なのだが、ナタルの気合に乗せられてかクルーは何時もよりもずっと念入りにチェックを進めていた。だが、こんな状態が何時までも続いては流石に持たないので、兵士たちは口々にキースに何とかしてくれと頼み込んでくるようになった。

「大尉、何とか言ってやってくださいよ。みんなウンザリしてますよ」
「そんな事言われてもねえ。遠征前に気合が入るのは良い事じゃないの?」
「その前にこっちが潰されますって」

 ウンザリした様子の整備兵にキースは右手で頭を掻いてどうするかを考えた。実のところ、彼自身も中々に我の強い3人組を纏めるのに苦労している上に、新兵たちの練成で疲労が蓄積しており、そんなことにまで構っていられないというのが本音だったのである。

「はあ、いっそ戦場で適当に暴れてもらってストレス発散してもらおうかな〜」」
「大尉、そいつは流石に不味いんじゃ?」
「分かってるよ、言ってみだだけ」

 やれやれと大きく溜息をつき、キースは仕方なくナタルと話すことにした。

 そしてようやく準備が終わった第8艦隊はプトレマイオス基地を出撃し、その上空で陣形を整えた。ただ、今回の陣形はそれまでとはかなり異なった陣形であったといえる。それは戦闘艦艇で編成された艦隊の前後左右上下にそれぞれ1隻ずつの工作艦が配置されていた事だ。通常の配置なら工作艦は守る為に後方か内側に配置するものなのであるが。
 艦隊が陣形を整えたのを確認すると、ハルバートンは全艦に予定座標に向けて全艦を加速させた。そのまま暫く加速した艦艇群は程なくして加速を止め、推進器を止めて管制航行に入る。それを確認したハルバートンは工作艦に指示を出した。

「よし、ミラージュコロイドを展開!」

 ハルバートンの命令を受けて6隻の工作艦からミラージュコロイドの粒子が散布され、艦隊を包み込む巨大な磁界を形成する。理屈としてはブリッツのそれと全く同じであったが、規模が遙かに拡大されていた。まあ、その為に工作艦を6隻も用意したのだろうが。技術的にはただ規模を拡大しただけだが、運用法としてはかなりの脅威となる。
 艦隊全てがミラージュコロイドで包まれた事を確認したナタルはやれやれと艦長席に腰を沈めた。

「ヴァーチャーは、定位置にいるな?」
「はい、本艦後方50キロにあります。リー大尉も張り切ってるみたいですね」
「まあ、アークエンジェル級の艦長に抜擢されたのだから、当然だろうな」

 もっとも、その分苦労も多いのだがと苦笑いを浮かべ、ナタルは艦橋内を見回した。

「後は、プラントまで遮る物は無い。みんなも今のうちに休んでおけよ」

 ナタルはそう言って艦内に通常シフトに戻るように指示を出した。それを受けて艦橋のクルーも半数が艦橋を離れ、艦内にのんびりとした空気が流れる。
 そしてそれを聞いたキースが艦橋にやってきた。そのままナタルの席の肘掛に掴まって体を止める。そしてナタルにほいっとドリンクの入ったチューブを差し出した。ナタルが礼を言ってそれを受け取り、チューブに口をつける。

「どうだった、艦長としての初めての出撃は?」
「……緊張、しました。もうラミアス艦長はいないのだと思うと、どうも勝手が違って」
「まあ、半年間ラミアス艦長の下で戦い続けたからな。違和感だってあるさ。俺だって格納庫にフラガ少佐たちがいないのはどうにもな」

 落ち着かないのはナタルだけではない、とキースは言う。それを聞いたナタルは少し可笑しそうに笑い出した。それを聞いたキースがどうかしたのかと問うと、ナタルは笑いを収めながらそれに答えた。

「いえ、歴戦の勇士である大尉でも緊張するのかと思いまして」
「おいおい、俺は機械じゃないんだぜ」

 ナタルの言葉に呆れた声を出すキース。それを聞いて今度はナタルだけでなく、艦橋にいる全員が笑い出してしまった。




 この艦隊出撃の知らせは首都ワシントンにも届けられ、ササンドラの耳にも入っていた。補佐官のセレンソンから聞かされたササンドラは執務の手を止め、窓から空を見上げた。

「この作戦が成功すれば、プラントを締め上げる事が出来る。パトリック・ザラも譲歩せざるを得なくなるだろう」
「そうすれば、いよいよ停戦交渉を表に出すというわけですね?」
「そうなれば理想的だが、どうなるか」

 これまでの水面下での停戦交渉の困難さを振り返ってササンドラは慎重論を続けているが、それを実行してきたセレンソンは深刻そうな表情を崩していない。ここに来るまでにどれだけの危険を掻い潜ってきたか。

「ブルーコスモス強行派は既にこちらの動きに気付いています。ジブリールの妨害も起きています」
「だが、アズラエルは何故かこちらの動きに手を出してきていない、か」
「アズラエル氏も個人的にプラントと何らかのルートを使って接触しているようです。残念ながら、そのルートまでは特定出来ていませんが」
「アズラエルが、プラントとか」

 ササンドラは意外そうに呟き、視線をワシントンDCに向ける。

「奴も、現実を見失ってはいないというわけか」
「どうなさいますか、大統領?」

 アズラエルが協力できる相手となるならば、講和への道は一気に平坦で、距離も短くなるだろう。セレンソンの声には僅かに期待する響きがあるが、ササンドラはその楽観を戒めた。

「油断はするなよ。事は慎重すぎるくらいに進めて、時折背後を振り返るくらいの臆病さが求められる」
「……はっ、申し訳ありません」

 頭を下げる補佐官に気にするなと伝え、ササンドラは執務机に戻った。そこで机の上に置かれている新聞の一面を見やった後、掌を組んで、その上に頭を乗せて目を閉じる。

「……歴史が動こうとしている、のかも知れんな」
「はあ、歴史、ですか?」
「いや、なんでもない」

 ササンドラはつい漏れた呟きを誤魔化すと、話題を逸らせようとするかのように執務を再開する。この時ササンドラが見た記事には、裁判所が市民団体の訴え出ていたコーディネイター系市民への人権侵害を認めたという記事であった。あのヘンリーの記事以来、何かが動き出してしまったのだ。






 そして地上では、改装の終わったアークエンジェルが最終チェックを受けていた。トールはドックの2階通路にある柵に上半身をもたれさせながら新しいアークエンジェルをじっと見下ろしている。

「改装も終わりだな。早く出撃してみたいよ」

 そんな事を考えていると、書類を小脇に抱えたミリアリアがこっちにやってくるのが見えた。1階から2階へと上がるタラップを上り、傍にやってくる。ミリアリアとサイはここで訓練を受けた後、連合軍の正規兵の制服を支給されていた。あの白と灰色の制服に身を包んだミリアリアは、前より少し大人っぽく見えた。

「何トール、またアークエンジェルを見てたの?」
「まあね。改装も終わったようだし、そろそろ訓練航海に出れそうだろ」
「あら、トールは何時からそんなに訓練が好きになったのかしら?」
「好きって言うか、実機訓練も余りやれない状況だからね。このままじゃうちの新兵たちの腕が上がらないよ」

 アークエンジェルのパイロットの訓練を任されているトールは、ここにきてようやくフラガやキースが自分やフレイをどう見ていたのかを理解できた。どれだけ教えても言った事を上手くやれない新米というのは、見ていて本当にイライラさせられる。それでいて死なせたくないという気負いばかりが膨れがって、少しでも厳しい訓練を課したくなる。どうしてキースがあれほどに自分達をしごいたのか、今ならば理解できる。あの時のキースも、自分と同じ焦りを感じていたのだろう。それに、アークエンジェルに配備されるMSも自分のG型ストライクの他に105ダガーのブロック5が5機配備される事になっている。これはフレイが使っていた試作機より格段に強化された機体らしい。

「やっと分かったよ。キースさんたちが、俺たちの事を本気で心配してくれて、必死になってくれてたのか」
「トール、どうしたの?」
「……うん、ちょっとね。部下が出来たら苦労が随分増えたからさ」

 らしくも無い事を口にするキースにミリアリアはどうしたのかと少し心配そうにトールの顔を伺っている。それに気付いたトールは慌てて明るい表情を作り、ミリアリアを食堂に誘った。

「そろそろ昼だろ。一緒に行こうぜ」
「う、うん。でも……」
「大丈夫だよ。潰れたりしないって」
「…………うん」

 ミリアリアの背中を軽く叩いて、トールはミリアリアを一緒に食堂へと歩いていく。トールにはミリアリアが何を気にしているのか、察しが付いていた。あの日、キラが帰ってこなかった日以来、ミリアリアはトールが帰ってこない日を恐れるようになっている。夢に見て飛び起きたのも一度や二度ではない。あのキラでさえ帰ってこなかったのだ。トールが帰ってこられるかどうか。
 だが、トールは別にキラを見習っているのではない。トールが目指しているのは、追いかけている背中はキラではないのだ。

「大丈夫だよミリィ、俺は、絶対に死なない」
「本当に?」
「本当だって。何しろ、俺が目指してるのはキースさんだから。だから必ず帰ってくるって」

 そう、トールが目標としているのはキースだった。あのどんな状況からでも帰ってくる不死身の男こそがトールの追いかけている背中だった。今はまだ歯が立たないかもしれない。だが、何時かきっとあの背中を追い越してみせる。
 そして、トールの返事を聞いたミリアリアは一瞬呆けたようになり、そして嬉しさ交じりに笑い出してしまった。

「トールがキースさんを目指すって、後何年かかるのよ?」
「あ、酷いなあ」
「正しい評価だと思うわよ。でもま、頑張ってね」

 そう言って、ミリアリアはトールの手を引っ張って食堂へと急ぎだした。

「早く行かないと、メニューなくなっちゃうわよ」
「おいおい、ミリィ!」

 ミリアリアに引っ張られたトールは苦笑して足を速めた。そして、自分の手を引っ張る柔らかい手の感触を確かめながら、この娘がいる限り、自分は必ず帰ってこようと思えるのだという事を実感していた。






 その頃、オーブではフレイが病院から退院し、オーブ軍MS隊に訓練教官として配属されていた。驚異的な実力を持つ彼女であったが、初めてフレイを見たオーブのパイロット達はフレイに疑惑の目を向ける事になる。こんな小娘が本当に凄いパイロットなのかと思ったのだ。
 ただ、フレイを連れて来たのはカガリであり、キサカもフレイの実力を保障しているのだからそれなりの腕なのではと想像してはいるのだが、実際にそれを見てみないと今ひとつ信じられなかった。
 そして、彼らの疑問は直ぐに氷解する事になる。フレイ用にある程度調整されたM1をクローカーから渡されたフレイは、少しばかり慣らし操縦をした後、模擬戦でM1部隊の凄腕を軒並み連破していったのである。
 自分たちのトップパイロットたちがいとも容易く連破されたのを見たオーブパイロット達は文字通り目を丸くして驚いてしまった。これが実戦を潜り抜けてきたパイロットの実力なのか。それとも、これがオーブと大西洋連邦の実力差なのかと。
 M1を降りたフレイは機体を整備員に任せると、少し疲れた顔でカガリたちの元に戻ってきた。

「久しぶりに動かすと、やっぱり疲れるわ。勘も結構鈍ってるし、上手く動かせないし」
「そりゃ病み上がりだからな。仕方ないさ」
「でも、M1ってなんかデュエルにそっくりね。外見もそうだけど、操縦の感覚もなんか凄く似てたわ。モルゲンレーテってGの開発に協力してたらしいけど、技術提携もしてたんだ」
「…………あ、ああ、そう、そうなんだよ。あっはっは」

 不思議そうに言うフレイに、カガリは引き攣りまくった顔で誤魔化すように肯定したが、内心では心臓にとんでもない負担がかかっていた。これは本国に戻ってから知った事なのだが、M1は連合のGの技術を盗用して完成した3機のアストレイと呼ばれる試作機を経て完成したMSなのだ。言ってしまえばコピー機である。OSも大西洋連邦との技術交流で受け取った雛形を発展させたものなので、アークエンジェルでデュエルに乗っていたフレイがそう感じるのも無理は無いのである。
 オーブパイロット達に大西洋連邦のエースパイロットの実力を思い知らせたフレイは、今日は疲れたとカガリに伝え、カガリも復帰したばかりだからとフレイにそれ以上MSに乗るようには言わず、明日からパイロット達に戦う時に必要な事を教えて欲しいと伝えた。


 これでフレイの仕事は終わり、フレイは学校に足を運んでいた。一応フレイの本職は学生である。フレイは自分が参加している新聞サークルに顔を出しにきたのだ。もっとも、ここのメンバーは創立者のカズィを除けばフレイしかいないという超弱小サークルなのであるが。カガリも来たのだが、校内を好きに見学していると言ってどこかに行ってしまった。
 部室ではカズィが端末でデーターの整理を行っていたが、フレイが入ってきたのを見てカズィは扉に体ごと向き直った。

「あ、お帰り。もう終わったの?」
「うん、今日は慣らしみたいなものだったから。来週辺りからは本格的にしごいていくわよ」
「あんまり、苛めちゃ駄目だよ」

 キースやナタル譲りのスパルタの気配を匂わせるフレイに、カズィは心の中でオーブパイロット達に手を合わせていた。フレイはカズィの端末のモニターを覗き込み、僅かに顔を顰めてしまう。

「ちょっと、これ不味いんじゃないの?」
「良いんじゃないかな。一応紙面に載せて良いって許可は貰ってるし」

 そこには、オーブ政府内のちょっと他所には漏らしたくない笑いの種になりそうな失敗談が掲載されていたのである。情報提供者はカガリなのが笑えない。実はこのサークル、カガリからネタを仕入れて記事を書くという危険極まりないサークルだったのである。

「フレイのツテを頼れば、もっと色々記事が増えるんだけどなあ」
「あのね、あんたはこの新聞を機密文書にでもする気なの?」

 フレイのツテを頼ったら公開してはいけない超重要情報に行き着く可能性までがある。そんな物を学校のサークル活動に使う気なのだろうか、この男は。

 このあと2人は部室に鍵をかけて(持ち出されると困るではすまない資料もあるので)校舎を後にしてロータリーへと向った。フレイはここで迎えに来たソアラの車で帰るのが常なのだ。偶にカズィも送ってもらったりする。だが、今日は些か様子が違っていた。
 何時もの車の傍に私服姿のソアラが直立不動の姿で立っている。まあこれは何時もの事なのだが、問題なのはその足元に転がっている人物だ。何故か金属ワイヤーで縛り上げられている。ついでに口にはガムテープが貼られていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……ねえソアラ、何でカガリがここに?」
「キサカ一佐から頼まれました。カガリ様を見かけたら、どんな手段を使っても良いので捕まえておいてくれと」
「それで、この有様?」
「最初かなり激しく抵抗されましたので、やむを得ずこういう処置を」

 詫びれもせずに答えるメイドに、フレイはやれやれと溜息をついてカガリを開放していた。一方でソアラはカズィの手荷物を受け取り、後部の荷台に載せている。
 開放されたカガリはソアラに食って掛かろうとしたのだが、そこに息を切らせてキサカがやってきた。大声で駆け寄ってくるキサカを見て渋々矛を収めてキサカが来るのを待った。

「カ、カガリ様、大変です!」
「どうしたキサカ、そんなに血相を変えて?」

 オーブに帰って来てからは比較的平穏な生活をしているはずのキサカが珍しく慌てふためいているのを見て、カガリは首を傾げてしまった。駆けつけてきたキサカは暫くそこで息を整え、カガリにとんでもない報せを伝えた。

「カガリ様、大変ですぞ。あの、あのアルビムのイタラ様が、オーブに来ました!」
「イ、 イタラって、あの変態爺がか!?」
「はい、それも突然に来訪です。空港からの報せで、現在政府は大慌てで会見の準備を進めています」
「でも、なんであの爺が。アルビムは今回の戦争には介入しない筈だが、オーブと何か協定でも結びに来たのか?」

 可能性があるとすればオーブと何らかの交渉をしにきたのだろうが、なんでイタラ自らが来たのだろうか。あの老人は変人ではあるが、愚か者ではない筈なのだが。
 とにかく行ってみようと考えたカガリはソアラに車に乗せてくれるように頼むと、フレイとカズィと共に乗り込んで政府ビルに行った。この時はカガリにもフレイにも、この来訪が歴史をひっくり返すほど重大な意味を持つとは、想像すらしていなかった。






 そしてプラントからも大艦隊が出撃しようとしていた。それは2つに別れており、先行してデプリベルトに向っているのがオペレーション・メテオに関わっている部隊である。こちらには多数の工作艦が随伴している。そしてそれに2日遅れて出発したのがスピットブレイクに参加する降下部隊である。先のメテオの部隊が工作艦中心で戦闘部隊は少数に留まっていたのだが、こちらは輸送艦の数もさることながら、圧倒的な数の戦闘用艦艇も随伴している。それはポアズ、ヤキン・ドゥーエ、プラント本国の守備隊から戦力を引き抜くという暴挙によって数を揃えていた。
 この2つの攻撃部隊のうち、メテオの為の部隊は出撃を秘匿するようにひっそりと出撃している。作戦内容も限られたものしか知らないような極秘のものであり、当然見送りも無かった。これに対してスピットブレイク参加部隊の出撃は議長であるパトリック・ザラの見送りを受けるほど大々的に出撃を公開している。これは、この規模の部隊を動かせば完全な秘匿など不可能だという事情もあったが、それ以上にオペレーション・メテオの事を隠す為の陽動であった。これだけの大軍を動かせば、諜報員の目もこちらに向くはずだとザフトは考えたのだ。
 このスピットブレイク参加部隊を見送った本国防衛隊の中にはアスランの姿もあった。まだジャスティスは初期不良の問題が解決しておらず、アスランはまともにテストもすることが出来ないでいる。まあ試作機なんてそんな物なのだが。

「頑張ってくれよ」

 敬礼しながら見送るアスランは艦隊を見送りながらそう呟いていた。このスピットブレイクの勝敗に戦争の行方がかかっていると言っても過言ではない。作戦の真の目的を知るアスランとしては是が非でも勝って貰わなくてはならないのだ。

「おいおい、何深刻になってるんだ?」

 隣で敬礼していたハイネがどうかしたのかと聞いてくる。それをアスランは何でもないと返したが、内心ではハイネには教えてやりたいとも思っていた。プラントに帰って来てもう1週間にもなるが、この男はとても良い奴なのだ。まだ着任したばかりの自分と試験部隊の他の兵との間に立ってくれて溶け込みやすいように色々と世話を焼いてくれたり、一緒に書類仕事をしてくれたりと、何かと親身にしてくれる。
 2日前には他の整備員達と連れ立って飲みに行くときに自分を誘ってくれたりもした。戦争に出て以来、どうも人付き合いが悪くなっていたアスランを引っ張りまわしてくれるような同僚はアスランにとっては初めてのタイプであり、それだけに新鮮でさえあった。
 
「そんなに心配する事無いだろ。あれだけの大軍が動くんだ。数で数倍の優位を確保できなければナチュラルが俺たちに勝てるものかよ」
「そうだと良いんだけどな」
「また、足付きか? アスランの話を聞いた時は冗談かと思ってたが、そんなに凄いのか?」
「ああ、俺たちクルーゼ隊が全力で仕掛けても押し返されるような、とんでもない相手だったよ。ニコルが倒されたのも仕方ないって思えるくらいにあいつらは強かった」
「ナチュラルにもそんな奴らがねえ。俺には実感が無いな」

 アークエンジェル隊と交戦した事が無いハイネにしてみればアスランの言う事はどうにも信じられない。赤を着るほどのパイロットと互角にやりあうナチュラルの女パイロットや戦闘機パイロット、そして赤を複数同時に相手取れるストライクを駆るコーディネイター、そんな化け物が本当にいるのかと疑問に感じているのだ。
 勿論、ハイネとてエンディミオンの鷹やエメラルドの死神の名は聞いた事があるし、その強さも何となく理解はしている。だが、そこまで強いとは思っていなかったのだ。

 腕組みして首を傾げているハイネに対して、アスランは重苦しい気分のままに頷いて見せた。彼の中ではアークエンジェルとの最後の戦いは今でも辛い記憶なのだ。

「奴らもMSを投入してきている。油断するのは危険だ」
「まあ、長いこと前線で戦ってきたお前がそう言うんだから、そうなんだろうな」

 アスランのいう事にそんな物かと相槌を打つハイネ。
 そんな事をしているとスピットブレイク参加部隊もプラントを離れていき、残されたアスランたちは自分の仕事に戻るべく格納庫に戻ろうとしたが、そのアスランに何処からとも無く聞き慣れたフィリスの声が聞こえてきた。

「ザラ隊長〜〜」
「ん、フィリス?」

 立ち止まって振り向くと、確かに自分と一緒にプラントに戻ってきたフィリス・サイフォンがいた。両手には大量の書類を抱えており、こちらに戻っても書類仕事からは解放されていないのが分かる。

「どうしたんだフィリス?」
「隊長の変わりに特務隊の編成の事務仕事をしてるんです。隊長はジャスティスとかいうMSのテスト専属になってしまいましたから」
「……なんだ、もう編成してるのか?」
「当り前じゃないですか。なんでこっちに帰ってきたんだと思ってたんですか?」

 当初の目的を忘れてるアスランにフィリスは非難めいた声をぶつける。それを聞いたアスランは済まなそうに軽く頭を下げた。

「いや、それは悪かった」
「まあ良いですけどね。別に隊長がサボってる訳ではないですから」

 やれやれと書類の束を見るフィリス。彼女も苦労してるなあアスランがしみじみと感じ入っていると、後ろからハイネがポンと肩を叩いてきた。

「誰だ?」
「ああ、彼女はフィリス・サイフォン。俺の部下で地球で一緒にやってた仲間だ」
「そうか。俺はまたラクス様から別の女に乗り換えたのかと思ったぞ」

 そのハイネの不穏当な問題発言に対して、アスランは焦りまくった声で否定しまくった。

「ち、違うぞ。俺はそんな浮気なんかしてない!」
「あ、ああ、分かった。分かったから必死な顔で迫るな」
「俺は、俺はもう女絡みで苦労するのは御免なんだ!」

 なにやら心の奥底から響くような必死さの感じられる声で悲鳴を上げているアスランに、ハイネはすっかりビビリまくり、フィリスはさもありなんと頷いている。アスランを取り巻く女性事情を知るフィリスとしてはアスランの悲鳴も理解できるのだろう。
 何だか肩を落として去っていくアスランの背中をじっと見送るハイネ。その顔はまだ追い詰められていた時の動揺が抜けておらず、何とも間抜けな顔をしている。それを見たフィリスが悪いとは思いながらもクスクスと笑ってしまった。

「ふふふふふ」
「な、何が可笑しい?」
「いえ、貴方の顔が面白くて」

 まだ笑っているフィリスにハイネがぶすっとした顔をし、そして気を持ち直して別に話題を振ってきた。

「ところであいつ、地球で何かあったのか?」
「何でです?」
「さっきといい、前に遊びに誘った時といい、何でか女の子を怖がってるように見えるんだが」
「…………」

 ハイネのちょっと深刻な問い掛けに、心当たりがあり過ぎるフィリスは引き攣った笑みを浮かべるだけで何も答えはしなかった。


 この見送りの後、パトリックは1人妻の墓を訪れていた。墓の前に花を添え、右膝を地面に付いて視線を墓石に刻まれている名前に合わせる。

「レノア、この作戦が成功すれば、戦争を終わらせる道が開ける。もう直ぐだぞ」

 あのユニウス7以来、ずっと繰り返してきた妻への語りかけ。それは亡き妻を忘れまいとするパトリックなりの最後の抵抗でもある。忘れない事、それがパトリックの妻への愛の証であった。

「戦争が終われば、ユニウス7の遺体を回収する作業が行える。その時には私自ら指揮してお前をここに連れてきてやるぞ。だから、寒いとは思うが、もう少し待っていてくれ」

 その時には、パトリックは議長職を退いている筈だ。パトリック自身、もう随分疲れている。戦後の建て直しまで指導するだけの体力が残っているとは思っていないのだ。その時こそプラント指導部は次の政治家に、それも出来れば穏健派の若手と世代交代をする。それがパトリックの描いているシナリオだった。




 だが、アスランがもしこの事を知ったらどういう行動を見せただろうか。あのキラが生きて、しかも自分が今いるこのアプリリウス市に居るなどと知れば。
 その頃キラは死線を彷徨っていた。まさか戦場から遠く離れたこのプラントで、1人ベッドの上で地獄の苦痛の中で死に至ろうとは、これまで想像した事も無かった。これはこれまでの殺人の報いなのだろうか。

「はい、キラさま」
「は、も、もう…………」

 ラクスの作ってくれたスープをラクス自身の手で食べさせてもらえる。考えようによってはこの上なく羨ましい状況に思えるのだが、流石に劇薬も同然の代物を食べさせられても嬉しくは無い。というか死ぬ。
 このキラの地獄はここに来て、体が大体回復した一週間ほど前から続いていた。その間キラは毎日ラクスの手料理を食べさせてもらい、その胸のうちに望郷の念を募らせていたのである。

「もう、家に帰りたい……」

 もう何度、そう思っただろうか。もうオーブに帰りたかった。アークエンジェルに戻りたかった。色々あったが、飯食って死にそうになるなんて事は滅多には無かった。偶にマリューの料理が混じって死線を彷徨うクルーもいたりしたが、あそこは何時も楽しかったのだ。
 キラがもう食事はいいと言ったのを見てラクスは残ったスープを手にキラの部屋から去っていった。キラはベッドの上でぐったりとしながらこれまでの事を思い出している。ヘリオポリスの事、そこから地球までの戦い、砂漠に降りて、地中海を渡って、ヨーロッパで戦って、ユーラシアを縦断して戦い続けてインドへ行って、そこからまた戦ってオーブへ行って、そして……

「みんな、心配してるかなあ」

 実のところ死んだ事にされているので心配とかそういうレベルではないのだが、不幸にしてキラはその事を知らない。ましてサイやトール、ミリアリアが自分の敵を討とうとしていることなど、知る由も無かった。
 実際の所、キラにしてみればプラントに居るというのは不思議な気分だったのだ。確かにここには難癖つけて自分を迫害しようとするナチュラルはいない。ここにいるのはコーディネイターばかりであり、そういう意味ではここにこのまま残った方が幸せな気もする。
 だが、そう考えようとすると、どうしてもアークエンジェルの仲間達が、地球で世話になった人々の顔が浮かんできてしまうのだ。ナチュラルと共にいた時間は、全てが否定できるものでもなかった。アークエンジェルの仲間と騒ぐのは楽しかった。マドラスで出会った人々との、アルフレットたちと出会って戦う事も必要だと教わった。クリスピー大尉たちは信頼できる良い人たちだった。アフリカのゲリラたちは無謀だったけど、それでも必死に頑張っていた。そしてナチュラルの中で自分と同じように頑張って生きようとしていたコーディネイターもいた。
 彼らに較べてプラントのコーディネイターは信頼できるのかと問われたら、今のキラには答えられない。ザフトがナチュラルの町を戦場にして破壊する様子を何度も見てきたし、同じコーディネイターの居住区を占領する事件まで見てきた。言ってしまえば、今のキラにはどっちも内面的には同じに見えていたのだ。

 帰ったらまたMSに乗せられるかもしれないが、キラはあの騒がしいアークエンジェルにすっかり望郷の念を抱いていた。サイたちは多分オーブに帰ってしまっただろうが、もう一度キースたちに会ってみたかったのだ。あの声に窘められていた日々が懐かしい。

「フレイに吹っ飛ばされて、カガリに蹴っ飛ばされてた頃が、懐かしいな」

 何だかヤバイ方向に目覚めてきてるんじゃなかろうか、と思わせる問題発言をして、キラはベッドに横になった。傷は殆ど治ったのだが、今は別の理由で体調を崩しているからだ。




 そして、料理を下げたラクスはシーゲルが戻らないのを利用して軍の情報をダコスタを通じて受け取っていた。オペレーション・メテオ、そしてオペレーション・スピットブレイクの情報もかなり前から押さえており、ラクスはこの作戦を失敗させるための算段を整えている。

「それでは、とうとうスピットブレイクは発動されたのですか?」
「はい。既に大艦隊がプラントを離れ、地球に向いました。また、それ以前にメテオの部隊も進発しデブリベルトに向ったようです」
「……不味いですね。スピットブレイクが成功したら、連合とプラントのバランスは一気にプラントに傾きます。そうなれば連合の敗北は避けられなくなります。そうなればパトリック・ザラはナチュラルを支配しようとするでしょう」

 コーディネイター優越主義者であるパトリックであれば、最悪ナチュラルの殲滅さえ実行に移しかねないとラクスは考えている。それを食い止める為にこれまで幾度も手段を問わない無差別テロを繰り返してパトリックの命を狙ったのだが、何故かパトリックは悪魔と契約でもしたかのように傷1つ負わなかった。

「連合には、この事は伝えてありますか?」
「いえ、まだ伝えていません。今回の作戦、もし失敗すればザフトは壊滅状態になりますから。そうなれば、プラントは連合軍の大攻勢に晒されます」

 作戦が成功しても困るが、失敗したらもっと困ってしまう。仮にアラスカを失っても連合はまだ立て直す余力があるだろうが、スピットブレイク参加部隊を失えばザフトに明日は無い。そうなればプラントが連合に滅ぼされてしまうだろう。

「ですが、フリーダムとジャスティスがあれば、スピットブレイクに負けても何とかなるのではありませんか?」
「他方向から波状攻撃を受ければそれまでです。MSの数は有限ですし、1機で永遠に戦えるわけではありませんから」
「そうですか」

 残念そうに肩を落とすラクス。彼女の最終目標はナチュラルとコーディネイターが融和し、最終的にはコーディネイターが緩やかにナチュラルの中に溶け込み、消えていく事を目指している。そういう意味ではラクスは穏健派ブルーコスモスと同じ理想を持っているといえるのだが、先入観とは怖いもので、ラクスはブルーコスモスとは手を組む気は全く無かったりする。
 
 プラントを指導するパトリック・ザラ、そして議員からは身を引いても尚穏健派の重鎮として隠然たる影響力を持つシーゲル・クライン。プラントは事実上この2派に別れているといえるが、両者は共に絶対権力を握っているわけではなく、互いに相手を圧倒する事も法を無視して動く事も出来ないでいる。
 ただ、両者は人の知らない所で密かに歩み寄っていた。パトリックとシーゲル、求めるものは違っていても、戦争の行く末に付いては同じ未来を共有した2人は戦争を終わらせる為に協力し合っている。ただ、表立って手を組めばそれぞれの派閥の人間が暴走しかねないので、秘密裏に手を結んでいるという状態である。
 この動きの中にあって、ラクスはかなり不味い行動を取っている。裏の事情をまるで知らないラクスにとって、パトリックは戦争を続けたがっている危険人物でしかなかったのだ。それだけパトリックとシーゲルの機密保持が徹底されていたという事でもあるが、これが双方にとって最悪の事態を招き寄せようとしている。




 そして、プラントにはもう1人、未来に向けて展望を持つ人物がいた。そう、ラウ・ル・クルーゼである。クルーゼは自分の閥に属する人間を使って情報を集めていたが、その過程でクルーゼはプラント内にある不可解な動きに注目していた。

「パトリック・ザラを狙うテロリストの捜査過程において、ザフトの明らかな妨害がある、だと?」

 パトリック・ザラはザフトの創設者であり、今回の戦争においてザフトの強化に奔走した、ザフトにとっては最大の恩人とも呼べる人物だ。その人物の命を狙ったテロリストの捜査をどうしてザフトが妨害するのか。
 この件に関して報告をしてきたプラント内の部下は、ザフトの全てがそうであるわけではなく、本当にごく一部の勢力がそうしているだけだと言う。そして彼らは、元を辿ればラクス・クラインに行き着く者たちだと。

「ラクス・クラインだと?」
「はい、彼女の護衛を勤めていますマーティン・ダコスタが裏で色々と動いています。彼は元々は故バルドフェルド隊長の部下でありまして。そして、バルドフェルド隊長は」
「シーゲル前議長の閥に属していた、か。だが、シーゲル・クラインは無関係なのか?」
「それが不可解な事に、シーゲル・クラインはこの件に関しては白のようです。最初は我々もそれを疑ったのですが、どれだけ調べてもあの御仁の影さえ見つけられませんでした」
「ふむ、ではラクス・クラインの単独犯か。しかし、何故彼女が?」

 パトリック・ザラの息子であるアスラン・ザラとラクス・クラインは婚約者の筈だ。その婚約者の父親の命を何故狙う。

「金か、あるいは権力か、いずれにしても、ただの理想主義のお嬢様ではなかったという事だな」
「ただの野心家ならば良いのですか」
「まだ何か?」
「まだ未確認情報なのですが、ラクス・クラインが地球で大西洋連邦と接触していたらしいのです。それに、オーブとも」
「…………やれやれ、厄介なことだな。世間知らずのお嬢様の火遊びでは済みそうも無い」

 ラクス・クラインが政治的に何かをしようとしている。そしてその過程でパトリック・ザラが邪魔になり、消そうとしている。それが確かならば、ラクス・クラインはクルーゼにとって厄介な邪魔者となりかねない危険な存在と言える。

「いや、そうでもないか」

 ラクスを始末するかどうか考えて、クルーゼはラクスの使い道を見出した。軍人の手などを借りて政治活動をしているのなら、ラクスは政治的には極めて脆弱な基盤しか有していないに違いない。ならば、これから自分がやろうとしていることに、彼女は役に立つのではないか。そう考えたのだ。

「欲望と理想は表裏一体のもの、理想とは欲望に奇麗事という衣装を着せただけに過ぎない。自分の都合や信条を他人に強要するという一点で違いは無い」
「クルーゼ隊長?」
「欲望を持つ者は扱い易い。そして、理想に溺れた者もまた扱い易いのだよ」

 そう、理想を持つがゆえにパトリック・ザラにはつけこむ隙があった。ただ、プラントをその豪腕でここまで引っ張ってきた稀代の政治家であるがゆえに彼はクルーゼの思惑通りには踊ってはくれず、連合との講和を秘密裏に、しかもたった3ヶ月ほどで実現可能な段階にまで持ってきてしまった。これはクルーゼにとってさえ完全に想定外のことで、妻の復讐に狂ってくれる筈だった男が、まさかここまで冷静に動くとは考えなかったのだ。何がパトリックを狂気の道から引き返させたのか。

「世界の全てが、私の思う通りに踊ってくれると考えるのは、自惚れなのだろうな」
「それは、確かに」
「ああ、今回の件で私も学ばせて貰ったよ。次の仕込みはもう少し慎重に進めるとしよう。それで、連合の方はどうなっている?」
「アラスカの地下にはサイクロプスが仕掛けられているのは確かなようですが、使うかどうかは分かりません。連合もかなりの戦力をアラスカに集めているようですから」
「なるほど、全力で迎え撃つつもりか。となると、敵はメテオには気付いていないという事だな」
「そのように思われます。どうなさいますか?」

 部下に問われたクルーゼはデスク上に置いた右手の人差し指でデスクを数回叩いた後、その必要は無いと部下に告げた。

「放っておけ。メテオが成功すれば連中はアラスカを守りきれまい。そうすればサイクロプスを使う可能性がある」
「もし、メテオが失敗したら、どうします?」
「その時は血みどろの消耗戦になるだけだ。どちらにせよ、こちらが困るわけではない」

 この最悪の事態にあって、クルーゼだけはただ笑っていた。戦争を終わらせなくてはいけないと考える者が手を取りあえず、ただ自分の信じる道を行こうとするこの状況は、クルーゼのような存在の跳梁する余地を多く残してしまう。
 このプラントの巨大な闇に、最初に気付くのは誰なのだろうか。



後書き

ジム改 今、戦争を終わらせようとする作戦が始まったのだ。
カガリ ……なんつうか、このまま戦争終わる気がするんだが?
ジム改 もうどっちが勝っても戦争終結へのレールは敷かれてるからねえ。
カガリ 後は予定通りに動けば良いだけか。なら、交渉の舞台はオーブだな。
ジム改 邪魔が入らなければどう転んでも休戦に持っていける筈だがなあ。
カガリ しっかし、誰が敵なんだ? 誰が悪なんだ?
ジム改 悪? そんなのはクルーゼしかおらんぞ。
カガリ ちょっと待てい。
ジム改 だって、本作の指導者に戦争の意味を見失ってる奴はいないし。
カガリ もう一度話し合う為の条件が揃ってきたから、戦争を終わらせるって訳か。
ジム改 元々、戦争ってのは外交の最後の手段だからな。
カガリ でも、相手を完全に叩き潰した方が良いんじゃないのか?
ジム改 それまでにどれだけの時間がかかって、物資と人命が損なわれると思う?
カガリ ……それは、だな。
ジム改 国家相手に無条件降伏の要求は無茶なの。第2次大戦が良い例だ。
カガリ 難しいなあ。
ジム改 世の中に本当に馬鹿な元首は存在できないの。
カガリ で、私は?
ジム改 …………。
カガリ 何で答えないんだよお!?
ジム改 では次回、遂にカーペンタリアから出撃するアラスカ攻略部隊。宇宙ではデブリベルトから直径100メートル以上の隕石が地球に向けて加速を開始する。そしてスピットブレイクの情報を得たラクスは、それをキラに伝え、彼に剣を託す準備に入る。だが、その時プラントにも強大な敵が迫っていた。次回「二つの矢」でお会いしましょう。
カガリ 質問に答えろお!


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