第85章  2つの矢




 陰謀は何時の時代でも企まれている。そしてそれは常に歴史の足を引っ張ろうとする方向に働いてしまう。今もプラントの片隅で1人の男が頭を抱えていた。

「不味い、これでは手の打ちようがない」
「パトリック・ザラを暗殺してはどうでしょうか?」

 ゼムがクルーゼに進言するが、クルーゼは首を横に振った。

「間に合うまい。計画を立てている間に戦争が終わってしまう。それに、パトリックを暗殺したとしてもまだクラインが居るぞ」
「では,スピットブレイクを失敗に持っていけば」
「既に発動している。今更何をどうすれば作戦を弄くれる?」
「それは……」

 地球に降りて戦っている間に完全に後手に回ってしまった。もうパトリックを殺しても流れは止められない。この状況を打開するにはスピットブレイクでザフトが大損害を受けて、しかもパトリックとシーゲルの双方が即座に失脚し、交渉が表に出ないように工作をするくらいの事をしなくてはならないが、そんな事は不可能だ。
 スピットブレイクが失敗しただけでは意味が無い。それだけではパトリックは自分の権威で議会を押さえつけて敗北を材料に交渉を表に出してしまう。パトリックを暗殺できてもシーゲルが遺志を継いでしまうし、それでは穏健派が盛り返してしまう。スピットブレイクが成功すれば強行派の暴走が期待できるが、パトリックの権威が更に増すので押さえ込まれる可能性が高い。

「くそっ、何か良い手は無いのか。せめてパトリックの政治的権威に傷を付けることが出来れば、まだ時間が稼げるのだが」
「スピットブレイク失敗で傷付きませんか?」
「そうなればパトリックは戦力の低下を理由に講和を持ち出すだけだ!」
「……それ以上の政治的な失点を必要とするわけですか」
「そうだ。この際何でも良い。汚職でも軍事的失敗でもなんでもな。パトリックではなく、シーゲルのものでも構わん」

 暗殺では意味が無い。今それをすれば英雄を作り出してしまう。そうなれば講和への道が開けてしまうのだ。今の状況を打開するのにもっとも有効なのは、シーゲルやパトリックが政治的な汚点で失脚する事である。だが、今すぐそんな物を用意できる筈も無い。クルーゼは神にでも祈りたい気持ちになってしまっていた。





 カーペンタリア基地では、スピットブレイクに参加する部隊の出撃準備が急がれていた。この作戦の為に各地からありったけのボズゴロフ級潜水母艦と潜水補給艦が掻き集められ、カーペンタリアに集められたMSが載せられていく。また、この作戦の為に潜水補給艦の一部は揚陸艇を運用できる母艦へと改装されており、歩兵や車両、物資を搭載した強襲揚陸艇をアラスカ海岸線から揚陸する役目を与えられている。敵拠点を占領するのはMSだけでは不可能で、最後は歩兵の仕事になってしまうのだ。MSだけで攻撃してくるのなら恐らくアラスカ基地は持ち堪えられる。あの基地は要塞であり、単純な力押しだけで攻め落とすのは容易ではないからだ。そもそもMSでは入れない通路が多すぎる。
 この参加部隊の1つである第2師団を率いるジュディ・アンヌマリーの元には定数一杯の108機のMSが揃っている。これはスピットブレイク参加師団の中では最大の数で、前任者のクルーゼが如何に損害を抑えていたのかが伺える。今回の作戦には他にも第4師団、第5師団、第8師団が参加するが、定数を満たしている師団は他にはない。
 ただ、ザフトの師団は連合軍の戦車師団以上にMSに頼り切った編成である為、歩兵や装甲車両の数は極端に少なく、MSを運用する為の支援装備はそれなりに充実している。つまりザフトの師団にとってはMSこそが全てであり、歩兵や車両はMSの支援使われるだけの存在なのだ。
 こんな偏った編成になっているのは、言ってしまえばプラントの人口が少なすぎるせいである。歩兵はある程度の人数が必要なので、それなりの戦力とするのは大変なのだ。プラントの人口からもし大西洋連邦を見習って2万人ほどの重編成の歩兵師団を作るなどと言ったら大変な事になるだろう。
 とはいえ戦争をするには歩兵部隊の存在は必要不可欠なので、各師団にはMS部隊とは別に独立した歩兵大隊を複数配備されているのが普通だ。1個大隊は300名ほどで編成され、機械化されている。
 これらの師団の他に多数の独立部隊も参加する。イザーク率いるジュール隊もその1つで、ジュディの第2師団に組み込まれている。

 これらの積み込み作業を埠頭で眺めていたのは第2師団を率いているジュディ・アンヌマリー隊長だった。宇宙から降りてきて間もない彼女は制服の支給が間に合っていないのか、白い軍服を着込んでいる。背中に軽くかかるくらいの長さの蜂蜜色の髪と青い瞳の、20代後半の美女だった。
 そのぼんやりと埠頭を眺めているジュディの元にエルフィが書類の束を抱えてやってきた。

「アンヌマリー隊長、サインを頂けますか?」
「ああ、エルフィか。君のところはいつも仕事が速いな」
「いえ、ジュール隊長たちが頑張ってくれるからですよ」

 感心しながらサインをするジュディにエルフィは謙遜していたが、その実績の影ではイザークたちの地獄のような毎日があった。エルフィはフィリスと同じく仕事に妥協しない性格であるが、これに加えてフィリスと違って期限に煩いのだ。フィリスは無理なものは無理と割り切ってくれれて、一日にやる量を調整していてくれたのだが、エルフィには一切の容赦というものが無かった。言い訳は聞かない、そんな暇があったら手を動かせ、期限切れは許さない。それがエルフィ・バートンであった。
 この地獄の日々に、エルフィを副官にしたイザークは改めてアスランの偉大さを痛感したのである。よくこんなペースで仕事がこなせたものだ。
 書類をめくりながら、ジュディはエルフィに問い掛けた。

「ニコル・アルマフィが戦死してもう一ヶ月経つが、その後の調子はどうだい?」
「皆さん、もう立ち直ってますよ。敵を討つって張り切ってます」

 そう、ニコルの死からもう1月が経つ。最初はみんな落ち込んでいたのだが、あれから全員が立ち直って見せた。そして、全員が少し変化を見せた。ミゲルとジャックは新兵の訓練を引き受けて頑張るようになった。イザークは部下を統率できるようにと戦術の勉強をはじめ、シホは足手纏いにならないようMSの訓練を続けている。
 そして、一番部隊に動揺を与えたのはディアッカの変化であったろう。なんとディアッカはニコルに変わって部隊の仕事をやりだしたのである。仕事を自分から進んでやるというディアッカの姿にジュール隊はおろか、カーペンタリア基地の兵士たちまでが恐怖し、戦慄したものだ。
 ただ、それで最大の被害を蒙ったのはイザークたちであったのだが。やる気が出たからといって能力が伴うわけではなかったのだ。ディアッカがやった仕事は、それに倍する苦情と再手続きをイザークたちに課してきて、イザークとエルフィは不眠不休でこれに立ち向かったのである。それでもこの件に関しては2人はディアッカを責める事はなかった。やる気を出してくれるのは悪い事ではないからだ。

 確認し終わったジュディは書類にサインをしてエルフィに返し、そして視線を埠頭に戻した。

「綺麗な所だね、ここは」
「そうでしょうか。ここは軍港ですから、あまり景色は良くないと思いますけど?」

 ジュディの言葉にエルフィは首をかしげた。アンダマン諸島からインド洋にかけて作戦行動した時はインド洋の美しさに見惚れたもので、あの光景に較べればオーストラリア北部の軍港など何の感慨も抱けない。
 だが、ジュディはそういう意味で言った訳ではなかったらしい。風になびく髪を左手で押さえながら、ジュディは視線を水平線へと向ける。

「私は、地球に来るのが戦前からの夢だったんだよ。あの青い星に降りてみたいって、ずっと思ってたんだ。出来れば戦争なんかじゃなく、観光とかで来たかったんだけどね」
「そうでしたか」
「私は第1世代でね。地球の自然の素晴らしさは両親から聞かされてたし、アルバムの写真を何度も見たんだ」

 地球に来たかった。そう語るコーディネイターは珍しい部類に入るだろう。なにが楽しくてブルーコスモスが蔓延る地球などに行かなくてはいけないのだ。だが、彼女のそれは憧憬とも取れる感情のようであり、危険かどうかなどは問題ではないのだろう。
 エルフィはじっと水平線を見詰めるジュディの視線を追って水平線の目をやる。彼女の目には、一体何が映っているのだろうか。





 デブリベルトで作業をするザフトの工作艦隊。そこではゴミに混じって漂う1つの10メートル級石質隕石があった。元々はコロニーなどの建設用資材だったのだろうが、戦争の影響で管理から外れ、重力安定宙域に流れてきたのだ。
 管理から外れているだけにその存在は連合には知られていない。それを利用してザフトはこれに大質量物移送用の核パルスエンジンを取り付け、地球軌道まで運ぼうとしたのだ。しかも、地球軌道で最終調整をしてアラスカに落とさなくてはいけない。工作艦の作業員達は少数の護衛部隊に守られながら必死に作業を行い、何とか予定時間までに作業を完了させて隕石を地球に送り出していた。
 後の仕事は護衛艦隊の領分であり、工作艦隊はプラントに帰るべく撤収作業を進めていた。作業用のジンが資材を抱えて工作艦に積み込んでいる姿を見ながら、工作艦隊司令は緊張した趣を崩してはいない。

「撤収作業はまだ終わらないか。不要な資材は放棄しても構わんから急がせろ」
「分かっておりますが、やはり数が足りません」
「敵も隕石の移動には気付いているだろう。もしここに戦艦が殴りこんできたらひとたまりもないぞ」

 護衛艦隊の大半が隕石の護衛に行ってしまったので、ここにはたった2隻のローラシア級しか居ないのだ。もしここに連合のパトロール艦隊でも現れれば工作艦隊は壊滅させられてしまうだろう。
 その司令官の焦りが何かを呼び寄せたのか、レーダーマンが何かか近付いてくると告げてきた。それを聞いた司令部には敵の襲撃かと緊張が走ったが、直ぐにそれは氷解する事になる。現れたのは、メテオに続いて降下するスピットブレイク参加部隊だったのだ。参加兵力はナスカ級巡洋艦16隻、ローラシア級巡洋艦48隻、補給艦18隻、MS降下母艦24隻、各種輸送船31隻で、ザフト宇宙戦力の半数以上に達する乾坤一擲の大艦隊である。

「スピットブレイク参加部隊です。これから地球に向うようです!」
「ふう、ヒヤヒヤさせやがる」

 味方だと知った司令官が額に浮いた汗を拭い、悪態をつく。余程肝が冷えたのだろう。工作艦隊の将兵は至近を通過していく大艦隊に手を振ってエールを送り、彼らを送り出している。それに答えるかのように参加部隊から発光信号が送られてきた。

「カトゥーンから発光信号。メテオ参加部隊へ、大なる戦果を期待されたし。です!」
「ふん、カッコを付けおって。だが、勝ってくれないと確かに困るな」

 歓声を上げる部下達に囲まれながら司令は苦笑を浮かべた。そう、この作戦でもし敗北すれば、ザフトは再起不能なくらいの損害を受けることになるからだ。勝ってくれなければ困るどころの話ではない。
 ザフトはいよいよ乾坤一擲の作戦を実行に移したのだ。






 クライン邸でラクスの保護下に置かれているキラは、傷が癒えた今になってもまだそこに居た。単純にどうやって地球に帰ればいいのかという問題があって帰れないのだ。何しろキラはプラントの人間ではないので出国手続きが出来ない。立場的には彼はオーブ国籍の大西洋連邦の軍人で、ここにいる筈の無い人間だからだ。流石にそんな出自不詳の人間が正規の手段で出国するのは難しい。
 ただ、彼の正確な素性を知っているのはこの屋敷ではラクスとマルキオだけで、当主であるシーゲルはキラをマルキオが連れてきた客としか認識していなかった。だから食事を共にしていても話す内容は当たり障りの無い日常のことに限られていたりする。まさか民間人を相手に政治の話をするわけにはいかない。
 シーゲル自身はマルキオを通じて地球連合諸国と講和に向けての話し合いをしていた時期があるのだが、ここ最近は対外的な活動よりも国内で講和を唱えるようになっていた。勿論これはパトリックの講和への動きを支援しているのだ。
 その日もシーゲルは娘やキラ、マルキオと朝食を摂っていたのだが、そこにいきなりアイリーン・カナーバから緊急の連絡が寄越されてきた。何事かと壁にあるヴィジフォンを起動すると、モニターにカナーバの焦りを浮かべた顔が映し出された。

「大変だシーゲル・クライン。我々はザラに欺かれた。スピットブレイクの目標はパナマではない、アラスカだ!」
「…………」

 アイリーン・カナーバの激昂を聞いたシーゲルは表面は驚きを見せていたが、内心ではいよいよ始まったかとしか思わなかった。カナーバはこれからパトリックに抗議に行くと言って通信を切り、シーゲルは出かけてくると言って外套を羽織って屋敷を後にした。
 それを見送ったラクスはキラを見た。キラは敵がアラスカに来たと聞いて明らかに動揺していた。ラクスは知らなかったが、アークエンジェルはアラスカに行ったのだ。そこから移動していれば良いのだが、もし移動していなければアークエンジェルはザフトの攻撃を受けることになる。もしまだアークエンジェルにサイたちが残っていれば、彼らも危険に晒されるのだ。

「……戻らないと」
「はい?」
「僕は、地球に戻らないといけません。アラスカに行かないと」

 そう、戻らないといけない。自分が戦う理由は、アークエンジェルの仲間を守る事なのだから。そしてオーブに帰らないといけないのだ。必ず帰ると約束したのだから。
 キラの戻らないといけないという言葉に、ラクスは少し表情を曇らせた。

「キラ、それが何を意味するのか分かっていますね。貴方はまた戦場に戻ると言っているのですよ」
「それでも、戻らないといけないんです。あそこには僕の大切な仲間が居るんですから」
「その為に、同じコーディネイターと戦うと?」

 ラクスの確認に、キラは迷う事無く頷いた。

「今の僕にとって、仲間も、大切な人もプラントには居ません。僕が一緒に居たい人たちは地球に居るんです」

 キラの迷いの無い言葉に、ラクスは表情を綻ばせて1つの提案をした。それは、キラを更なる戦いへと引き摺り込む提案であった。

「もし、貴方が新たな力を求めているのでしたら、私はそれを叶えてさし上げられます」
「ラクス?」
「この新たな剣なら、きっとお仲間を守れます。ですが、この機体には大きな問題があります」
「それは?」
「この機体は、核動力で動いてます。ザフトは核の封印を解く技術を開発したのです」

 核動力機。その言葉に、キラは顔色を無くしてしまった。

「核動力って、それじゃあザフトは核を使うつもりなの!?」
「その可能性は否定できません。パトリック・ザラはコーディネイター至上主義の下にナチュラルの根絶さえ実行に移しかねませんから」
「……でも、何でそんな機体を僕に。もっと普通の機体でも」

 そんな危険な機体を渡されても困ると言いたいキラであったが、それに対してはマルキオが意味不明の答えを返してくれた。

「貴方はSEEDを持つ方ですから。そして、ラクス様も」
「SEED?」

 前にヘンリーたちが言った事のある言葉だが、それが何を意味しているのかキラには分からない。マルキオも今は気にする必要はないといって詳しいことは教えてくれなかった。
 そしてラクスは、この剣を手にする心の準備が出来たら教えて欲しいと伝え、食堂を後にした。残されたキラはこの問題に食事を摂る手を止めてじっと考え込む事になる。






 プラントの防衛線は大きく2つある。1つはポアズ前線基地を拠点とするライン。そしてヤキン・ドゥーエ要塞を拠点とするラインの2つである。これを突破されればプラントを守るものは無いと言って良い。それだけにこの2つにはかなりの戦力が配置されていて、この作戦中も最低限の哨戒能力は維持している。
 だが、この2つの要塞駐留部隊は今回の敵を防ぐ事は出来なかった。敵は要塞の警戒網を易々と掻い潜り、プラントを射程に捉えていたのである。
 その中の1隻、ドミニオンではキースが自分の小隊の新米パイロット2人に戦うときの注意を再度言って聞かせていた。

「俺の傍から絶対に離れるな。もし俺を見失ったら母艦に戻るか、他の部隊に合流しろ。絶対に単独行動はするな。それとMAは小回りじゃMSには勝てん。だから絶対に格闘戦は仕掛けるな。一撃離脱を徹底しろ。どんなに回りたくても絶対に回るな。奴らはこちらが回るのを待ってる」
「はい!」
「それと、撃つ前に必ずレーダーを見ろ。それで敵機を取り逃してもいい。まずは初陣を生き残る事だ」
「でも、それじゃあ敵をやっつけられないんじゃ」

 不満そうな新米の頭をキースは少し強く叩いた。その顔には怒りを滲ませ、口調を強めて再度強調する。

「初陣でスコアを稼ぐなんて馬鹿な事を考えた奴は必ず死ぬんだよ。いいな、敵機を落とすのは二の次だ。お前らの仕事は生き残る事、これだけだと覚えておけ。生き残れば必ずスコアを稼ぐチャンスは来る!」
「は、はい……」
「分かりました」

 キースの放つ怒気に気圧されたように2人は頷いたが、その様子はどう見ても不服そうだ。それを見てキースは溜息をつき、もう良いと言ってそれぞれの機体に向かわせた。それを見送ったキースは処置無しと言いたそうな顔で自分のエメラルドグリーンに塗装されたコスモグラスパーを見る。

「トールやフレイは言った事はちゃんと守ったんだがなあ。最初は手間のかかる奴らだと思ったが、あいつらは教え甲斐のある良い生徒だったんだなあ」

 月に上がって新兵の教練を任されて以来、キースはあの2人を鍛えた日々を懐かしむ事が多くなった。あの2人は言った事を概ね守っていたし、技量の向上も目に見える早さだった。何より自分でどうすれば良いか考える事が出来た。
 しかし、それが極めて珍しい例外だという事をキースは思い知らされたのだ。月で教えた新兵達は言った事をなかなか身に付けられなかったし、言いつけを守らない奴も多い。そして言われた事から次に何をすればいいのかを考えられる奴は滅多に居ない。編隊飛行をしようにも編隊を組むのに時間がかかってキースを何度苛立たせた事か。それを同僚にぶちまけてみたら、それが普通だと返されてしまった。
 アークエンジェルのパイロット達がどれだけ優秀だったのか、月に上がってからキースは散々に思い知らされていたのである。そして、これまでの戦いからこの新米たちの半数以上は帰ってこないだろうとも思っている。そうならないように徹底的に鍛えてきたつもりだが、フレイやトールのような例外がこの艦隊に居るとは思えなかったのだ。

「……まあ、1人でも多く帰せるよう努力はするさ。その為に、俺が居るんだからな」

 それが、この艦隊のMAパイロットの中ではたった1人の戦争初期からの生き残りである自分の仕事だと、キースは決めていた。




「ここが、遺伝子工学研究所の分室ですか」

 その日、アスランはフィリスと共にパトリックの視察に同行していた。何でもプラントの牧畜事業改善の為の研究をしている施設の1つで、家畜を遺伝子改良してより簡単に牧畜をしようという考えの下に日々碌でもない実験を繰り返している。考えようによっては生命を弄ぶ、まさに悪魔の研究所であった。ただ、コーディネイターにとっては生命を弄ぶ事はタブーではなく、むしろ当然のことという考えがあるので、プラント内では別に悪とは看做されてはいなかった。
 ただ、アスランもこれまではそう思っていたのだが、その研究所に足を踏み入れた途端、それまでの価値観が崩壊しかけたのである。そこにあったのは膨大な失敗作の成れの果て、膨大な数の異形の化け物たちであった。それはまるで大昔の伝説に出てくるキメラ。

「これは……」
「遺伝子研究の暗部という奴だ、アスラン」

 声を無くしているアスランにパトリックは何でもない事のように言う。パトリックはこういうものを見慣れているのだろう。出生率を改善する為の研究も進められているそうだが、その過程でも同様の悲劇が量産されているのかもしれない。アスランの隣ではフィリスが耐えられない様子で口を押さえている。
 そんなフィリスを見たアスランはパトリックの他の場所に行くように頼み、パトリックは頷いて今度は自然公園のような所に2人を連れて行った。

「ここは?」
「ここは実験体の飼育場だ。成長速度を速めた豚などが飼育されている」

 確かに言われてみれば所々に動物の姿がある。しかし、本当にこれは食べても大丈夫なのだろうか。さっきの失敗作の山を見た後ではどうにも不安で仕方がない。
 そのアスランの耳に、ふと雀の鳴き声が聞こえてきた。こんな所で小鳥の鳴き声が聞こえるとは思わなかったアスランは足を止めて何処に居るのかと周囲を見回して探してしまった。

「どうしたんです、ザラ隊長?」
「いや、どこかで雀の鳴き声がな」
「雀、ですか」

 フィリスが首を傾げる。その時、近くの木の枝が大きく揺すれ、3羽の雀が舞い上がってアスランたちのほうに飛んできた。それを見たアスランは最初嬉しそうな顔になったのだが、だんだんその顔に疑問符が浮かんできた。はて、俺は目が悪くなったのだろうか。雀が近付いてくるにつれてどんどん大きくなっているような気が。それに、雀はあんなに丸かっただろうか。
 そんな事を考えているアスランは、アスランが両手で一抱えするかのような巨大な雀2羽の体当たりを受けて地面に押し倒されてしまった。文字通り押し潰されたような悲鳴を漏らしたアスランは2羽の雀を押し退けるように体を起こし、自分の傍で首を傾げている巨大雀を指差してパトリックにこれは何だと問い掛けた。

「こ、これは一体なんですか!?」
「ああ、これは鳥を大きくすれば肉も沢山取れるのでは、という考えを雀で実験した結果だな。だが結局、大きくしたらそれだけ沢山飼料が必要であったり、そもそもそんな鳥を何処で飼育するのかという問題が完成後に提議されて、廃案になったのだ」
「……普通、作る前にそういう事は考えませんか?」
「昔からそうなのだが、どうもプラントの技術者達はまず決めて、実行してから考えるというタイプが大半なのだ。これも作ってからこの後どうするかを考えたそうだからな」
「……そんなんだからこんな変な物作ったり、何時までたってもゲイツが改良できなかったり、兵器開発局にガラクタが積んであったりするのでは?」

 後方の連中は何考えてるんだという悩みがアスランの中で沸々と膨れ上がっていた。こんなアホな事してる暇があったら前線の要求にもっと真面目に取り組んでくれた方がどれだけありがたかったか。
アスランの胸の内に沸々とどす黒い感情が立ち込めてくる。ゲイツがもっと早く改良されて実戦配備されていれば、どれだけの兵士が死なずに済んだか、ジンの戦訓を取り入れた改良型はどうして前線に姿を現さないのだ。シグーは何故量産体制が整わなかったのだ。地上軍が欲していた新型戦闘機や地上車両の数々はどうして開発されなかった。
 連合は新型の戦闘機を投入してきたのに、ザフトは1年前から大した改良も受けていないラプターに頼っている。ディンにそれだけ期待したのだろうが、大西洋連邦の新型戦闘機はディンさえも叩き落してしまう強さだ。そしてジンの作り上げたザフト無敵神話も連合のMS投入、対MS戦術の向上によって崩壊の一途を辿っている。進歩を怠ったツケは前線の兵士たちの命で支払わされたのだ。

 それらの不満を口から吐き出そうとしたアスランだたが、それを口にするより早くフィリスがパトリックに話しかけてしまった。

「ザラ議長、これ下さい!」
「……これとは、その雀の事かな?」
「はいっ!」

 フィリスはさっきの巨大雀を抱えて、これまで見たことも無いような満面の笑顔で頷いている。その物凄くうれしそうな笑顔にアスランは一瞬で毒気を抜かれてしまい、困り果てた顔で父を見る。

「あの、どうなんでしょうか、父上?」
「うむ、この雀は大きいだけでただの雀だから、食費がかかる事さえ覚悟すれば飼うのは問題は無いのだが」
「いや、こんなの貰っても、うちの隊で飼うわけには……」

 いかないと断わりたいアスランであったのだが、巨大雀を抱き抱えて小さい子供のようにはしゃいでいるフィリスを見ているとそれを口にするのも気が引ける。

「ね、隊長。これ持って帰って飼っても良いですよね!?」
「いや、こんなの持って帰ってもどうやって飼うんだ?」
「餌は何とかします。補給計画に捻じ込んでやります!」
「それに、一体何を食べさせればいいのか」
「研究所の職員の話では、米粒が好物らしいな」

 アスランの遠回しな拒否の言葉にパトリックがサラリと答えをくれる。それを聞いたフィリスがなるほどと頷き、アスランがちょっと待てと顔に書いて父に抗議している。

「ち、父上!?」
「まあ良かろう。研究所でも薬殺する予定だった鳥だからな。飼いたいという者が居るなら譲ってやれば良い。別に害があるわけでもないしな」
「あああああああああっ!」

 暢気な事を言ってくれる父親にアスランは頭を抱えて苦悩の声を上げてしまった。評議会議長が許したのだ。自分にはもう反対する権限が無い。逆に許可を貰ったフィリスは雀を抱えて大喜びしていた。どうやら彼女はこういうのが大好きらしい。

 アスランが隊長になって以来何百回目かの苦悩の溜息を漏らそうとしたその時、いきなり研究所が大きく振動した。それに驚いたアスランは壁に手を付いて体を支えて転倒を避ける。

「な、なんだ、事故か?」
「いや、これは外からのものだ。隕石か何かが当たったのかもしれんな」

 驚いているアスランにパトリックが冷静な見解を示す。だが、それに続いてまた振動が襲ってきた。隕石が2度も3度も当たるとは思えない。そうなると、これは……

「まさか、敵の攻撃か?」

 信じられないという意味を込めてアスランが呟く。そう、プラントに敵が直接攻撃してくるなど、有り得るはずが無かったのだ。そう、これまでは。




 プラントにやって来た第8艦隊は、遂にプラント群を肉眼で確認できる所までやってきたのだが、そこで彼らは自分達に接近してくるローラシア級に気付いた。あまり接近されればいずれ艦の熱原に気付かれるだろう。その事を考えたハルバートンは、これ以上の隠密行動は無理だと判断した。

「主砲発射用意、目標、正面のローラシア級」
「閣下、宜しいので?」
「ここまで来れたのだ。後は速攻をかけるぞ。第1目標はマイウス、駄目ならば他の軍需プラント、ユニウス市の食料プラントを叩く。攻撃は一航過のみで反復はしない!」

 パトリックの命令を受けてメネラオスの主砲がエネルギーの束を叩き出した。狙われたローラシア級は全く警戒していなかった所に突然砲撃を受け、4本のビーム全てを船体に受けてしまう。直撃を受けたローラシア級は隔壁を降ろす事も出来ず、爆発の中に消えていってしまった。
 メネラオスの発砲に僅かに遅れてミラージュコロイドが解除され、52隻の大艦隊が姿を現す。その姿を確認したプラントの管制官やシャトルのクルー、そしてザフト艦艇のクルーやMSのパイロット達は呆気に取られてしまった。何故、どうしてここに連合の艦隊が居るのだ。
 その疑問に誰かが答えてくれるよりも早く敵は動いた。戦闘艦は目に付く艦艇やシャトル、建造物の全てに無差別砲撃を加えだし、MSやMAを発進させていく。4隻のMA母艦は各20機のファントムを発進させ、工作艦や補給艦と共に艦隊の中央に移動する。このファントムは完全に使い捨てで、ここで全滅する事を前提で投入されている。何しろプログラムには弾が無くなったら体当たりをするという命令が入力されているのだ。
 一斉に攻撃を開始しうた第8艦隊。付近のザフト艦艇や民間艦艇、シャトルが手当たり次第に攻撃を受け、次々に被弾して爆発していく。軍艦はまだ耐えられても、民間船が艦砲に耐えられる筈も無かったのだ。特に民間ステーションの停泊ブイに停泊していた貨客船や貨物船は恰好の目標で、逃げる間もなく次々に撃沈されていく。中にはジャンク屋ギルドの船もあって、それらが戦場を混乱させる原因となったりもしていた。中には急いで逃げていく気の利いたジャンク屋も居たのだが、勝てる筈も無いのにMSや艦砲で迎撃に出た馬鹿な船もあった。中立国の船は発光信号と電波信号で自分の所属を悲鳴のように通告してきたので、誤射される船は少なかった。

 そしてドミニオンから出撃したコスモグラスパーを駆るキースは指揮下のコスモグラスパー隊に攻撃命令を出し、自らは自分の隊と手近にいた別の小隊の合わせて6機を率いて軍事ステーションに向う。そこには多数の浮きドックと軍港があり、戦闘艦が多数停泊していたのだ。キースの狙いはこの艦艇だった。

「お前ら、MSは全て無視しろ。攻撃は停泊中の艦艇と軍港に集中する。艦隊が逃げる時、送り狼が付いて来ちゃ困るからな。プラントへの攻撃は戦艦に任せておけ!」

 そういう傍から迎撃のジンが出てくる。キースはこれを速度性能であっさりと躱すと、そのまま目に付いたナスカ級に狙いを定めてレールガンのトリガーを引く。機体に装備された2門のレールガンから高速弾がたたき出され、吸い込まれるようにナスカ級に命中して装甲版に穴を穿ち、爆発の光を生んでいく。偶然ではあったが、この時キースが狙ったのはクルーゼのヴェザリウスであった。
 直撃を受けたヴェザリウスではアデス艦長が応急対処の指示を出しながら、対空兵装の起動を急がせていた。

「対空砲火を放て。奴らを近づけるな!」
「艦長、機関部は無事ですが、直撃を受けた左舷が滅茶苦茶になっています!」
「……無事なブロックで隔壁を閉鎖しろ。その後、消化剤を充填するんだ」
「そんな事をしたらまだ残っている生存者は!?」
「1人よりも10人の命を優先する!」

 勿論被弾したブロックには生存者が残されているだろう。だが、それを助けに行ったら艦そのものを失う事になりかねない。アデスが指示を取り消すことは無く、暫くして隔壁が閉鎖される振動が伝わってきた。
 その振動に黙って耐えていたアデスの眼前を、ヴェザリウスを攻撃していったMAが通り過ぎていく。そのエメラルドグリーンに塗装された機体を見てアデスは驚きの声を上げてしまった。

「エメラルドのMAだと。まさか、エメラルドの死神か。あいつが宇宙に戻って来ていたのか!?」

 対艦戦闘のエキスパートであるあのエメラルドの死神が宇宙港を飛び回っている。その事実にアデスは顔色を無くしてしまった。冗談ではない。それは羊の群れの中に狼を放つようなものではないか。



 ヴェザリウスを大破させたキースはそのまま5機の部下を伴って軍事ステーションの軍港に向った。そこからは急いで出航しようとしているローラシア級の姿がある。どうやら出撃準備状態の艦が何隻か居たようで、既にナスカ級1隻とローラシア級2隻が港の外に出て艦隊と砲戦を行っていた。
 キースはとりあえずその艦艇を無視すると、湾口部から出てこようとしているローラシア級に攻撃を集中させた。ここであの艦を擱座させれば湾口には栓がされた状態になる。そうなれば中にある艦は1隻も出て来れなくなる。
 このMA隊に気付いたジン3機が迎撃に出てくる。キースはこれを無視するように言ったのだが、初陣で頭に血が上った新兵には届いていなかった。流石に小隊長はキースに従っていたのだが、他の4機がジンの迎撃を見て散開してしまったのだ。

「あいつら!?」
「キース大尉、自分が戻ります。大尉は敵艦を!」
「すまん、俺が戻るまで持たせてくれ!」

 新兵たちを守る為に戻っていく部下にキースは礼を言って機体を加速させた。それを阻止しようと近くのMSや砲台が弾幕を張り巡らせるが、地上で視界が真っ赤に染まるような対空砲火を幾度も目にしてきたキースにしてみれば大したものとは映らなかった。それに今のプラントにはベテランがスピットブレイクに引き抜かれて訓練生や新兵で穴が埋められているので、全体の技量の低下が著しい。
 弾幕をあっさりと抜けたキースは、急いで出航しようとしているローラシア級の艦首から下部にかけて次々にレールガンとガトリングガンを叩き込んで、そのまま頭上へと駆け上がっていった。その直後にローラシア級の艦首と下部で爆発が発生し、船体が爆発力で湾口内に戻され、更に下からの衝撃で艦首が乗り上げるような形で上を向く。そしてそのローラシア級は湾口の出入り口に直立するような形で引っ掛かってしまったのだ。

 湾口部の閉塞に成功したのを確認してキースは喝采を挙げてドミニオンに通信を入れた。

「こちらキース、湾口部の閉塞に成功。ローラシア級の船体が出入り口に引っ掛かる形で座礁した!」

 この報せを受け取ったドミニオンでは歓声が上がり、ナタルは軍帽を右手で取って握り潰して目を見開いている。拡大された画像でも確かにその様子は確認できて、ナタルはキースに手放しの感謝の言葉をかけた。

「大尉、良くやってくれました。ありがとうございます!」
「まだ礼を言うのは早いぜ艦長。マイウスからも艦隊が出てきた。あっちの方は失敗したらしいな」

 ナタルの先走りを嗜めてキースが注意を促す。それで我に返った艦橋では急いで周囲の状況の確認が行われ、確かにマイウスから多数の艦艇が出てきて防御ラインを敷いているのが確認された。

「これは、敵も速いですね」
「流石にあそこに突っ込む気にはなれないな。どうする艦長、諦めてユニウス3を狙うか?」
「……そう、ですね。大尉はユニウス3を狙ってください。ハルバートン提督にはこちらから話します」
「あいよ、後は頼む」

 ナタルの指示を受けてキースはこの戦場を離脱したかったのだが、その前にやる事があった。さっきの馬鹿どもを助けなくてはいけないのだ。




 プラントマイウスの技術開発局ではハイネが整備員と喧嘩寸前の話し合いをしていた。

「ふざけるな。敵がそこに居るんだ、すぐにフリーダムを出すぞ!」
「無理言うな。フリーダムはまだ試作段階だぞ。それを失ったらどうするんだ!?」
「そんな事は後で考えろ。今ここに使える機体があるのに、使わないでどうする!」
「落ち着けハイネ。フリーダムにはまだ武装は搭載されて無いんだぞ!」
「ならゲイツ用のライフルで良い。それでもゲイツよりは戦える!」

 フリーダム出撃を渋る整備員の胸倉を掴んでハイネが怒鳴るが、整備員はなかなか首を縦に振ろうとはしない。それを見てハイネはとうとう拳を握り締めようとしたが、それが振るわれる事は無かった。流石に感情をコントロールできないなどという事は無かった。
 ハイネが揉めているうちに、フリーダムの隣に固定されていたMS、ドレッドノートが動き出した。

「ハイネ、先に行くわ!」
「センカか!?」

 ドレッドノートは練習機であるが、核動力MSの試験機でもある。その戦闘能力は在来機とは一線を画す強力なMSではあるのだ。ただ、練習機に回された為にその後の改装は受けておらず、武装はビームライフルとシールド、頭部バルカンとシンプルなままである。
 使っているのは。アスランやハイネと同じ核動力MSのパイロット候補で、ドレッドノートで訓練をしていたのだ。他にもヨゼフ・ファーマン、フランク・ローランドなどが居るのだが、どうやらここには来ずに使えるMSがある軍港の方に向ったようだ。この候補生達は全員赤を着るパイロットで、しかも戦績優秀者が集められている。ただ、それだけに引きぬかれた部隊の弱体化は避けられないので、なかなかパイロットが集らないのが実情である。本当はイザークやディアッカ、ミゲルなども参加する予定だったのだが、スピットブレイクの戦力が低下するという事で見送られている。アスランは負傷を理由に引き上げられたのだ。
 ドレッドノートを出したセンカを見てハイネは更に整備兵に詰め寄った。

「ドレッドノートも出るんだ。急いで準備しろ!」
「し、しかし……」
「これ以上言わせるな。急がないと、ここも危ないぞ!」

 ハイネの脅し交じりの言葉に遂に整備兵が折れ、フリーダムは保管されていたゲイツ用の試作ビームライフルとフリーダムのシールド、重斬刀を装備して出撃する事になった。




 そして、ハイネが騒いでいる頃にはアスランとフィリスも軍港のMS格納庫にやって来ていた。そこではベテランが不足しているのがはっきりと分かるくらいに兵士たちが右往左往しており、かなり混乱している。
 この惨状を目の当たりにしたアスランは怒りを浮かべ、慌てふためいている兵士たちを一喝した。

「落ち着けぇ!」

 格納庫内に轟いたアスランの怒号に、慌てふためいていた兵士たちはピタリと動きを止めて声のした方を見た。全員の視線を向けられたアスランはジロリと経験の無さそうな若い兵士たちを睨みつけ、次々に指示を出していく。

「最優先するのはMSの発進だ。パイロットは自分の機体で出撃準備、整備兵はとにかくMSを出せるようにしろ!」
「は、はい!」
「自分の仕事だけをすれば良いんだ。何も慌てる事は無い!」

 経験の浅い兵士たちにアスランは命令を与えて仕事に復帰させる。おかげでそれほど時を置かずに格納庫内の混乱は収まった。それでほっと息を吐くアスランの隣にフィリスが来る。

「ご苦労様でした」
「こんな仕事はもう御免だな。俺には似合わないよ」
「そうでしょうか。なかなか様になっていましたよ」
「止めてくれ。こういうのはイザークの方が向いてる」

 本当に嫌そうにアスランは言うのだが、フィリスはそれに頷く事はしなかった。先程のアスランの一喝した迫力は、父親であるパトリック・ザラを彷彿とさせるだけの迫力を感じさせるものだったのだから。


 アスランはこの格納庫で予備のジンを使い、フィリスはゲイツに乗って迎撃に飛び出したが、その戦場はザフトにとっての墓場であった。訓練生や新兵主体の防衛隊ではハルバートン率いる第8艦隊を押さえられず、返り討ちにあって次々に撃墜されていたのだ。
 その中でも特に際立った動きをしていたのが3機のGタイプであった。そのうちの1機、砲戦型はアスランも見たことがある。そう、あのアークエンジェルに搭載されていたふざけた火力のMSだ。

「あいつは、足付きの砲戦型!?」
「ザラ隊長、あれの相手はジンやゲイツでは無理です!」

 あのMSの強さをよく知っているアスランとフィリスは手を出すのを躊躇っていた。幾らなんでもジンやゲイツであれと真っ向勝負するのは自殺行為でしかない。2人に出来ることはダガーなどを落としつつ、それには手を出すなと警告を出すくらいだった。
 その時、どうしたら良いか分からないで居るアスランのジンに、ハイネから通信が届いた。

「アスラン、その新型は俺に任せろ!」
「ハイネか!?」

 驚くアスラン。そしてレーダーが接近してくる友軍機を捉えた。照合データではフリーダムとドレッドノートと出ている。

「ハイネ、何でテスト中の機体を!?」
「そういう話は後でしろ。そいつらに対抗できる機体はこれしかないんだ!」

 アスランの制止を振り切ってハイネはフリーダムを新型のGに向ける。その後ろにはドレッドノートが続く。今、連合とプラントの最新鋭機同士の激突が発生しようとしていた。



後書き

ジム改 遂にプラント本土への直接攻撃を許したザフト。
カガリ プラントの市民への被害が出るんじゃないか、これ?
ジム改 何を分かりきった事を。目的はプラントコロニーの破壊だぞ。
カガリ ユニウス3が破壊されたら大変じゃないのか?
ジム改 大変だろうな。下手したら20万人を超える死者が出るから。
カガリ そんな事して良いのかよ!?
ジム改 仕方あるまい、食料プラントを叩けばザフトは戦争を継続できなくなるんだから。
カガリ だからって!
ジム改 さて、これで連合側の作戦はある程度の成功が決定したわけだが、次回はプラント側の反撃かな。
カガリ 隕石が地球に落ちるのか。
ジム改 勿論連合の迎撃を受けるけどね。
カガリ しっかし、この話で一番困ってるのって、ひょっとしてクルーゼなのか?
ジム改 状況が好ましくないからな。そりゃ焦るよ。
カガリ 自分じゃ何もしないのか?
ジム改 しないというか、出来ない。もう神頼み状態だから。
カガリ 情けねえ。
ジム改 それでは次回。砕けるユニウス3、その惨劇は見た者たちに衝撃を与える。そして地球に迫る隕石に気付いた連合は阻止の部隊を送るが。この状況の中でラクスは遂に立つことを決意し、キラに剣を託す。次回「羽ばたく翼」でお会いしましょう。

 

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