第86章  羽ばたく翼




 プラント本土への直接攻撃。それはプラントの住民にとってはまさに悪夢であった。外壁に艦砲で穴を開けられればそれだけで居住不可能になってしまうのがこの密閉世界の弱点なのだから。
 連合艦隊来襲の報を受けたパトリックはマイウスの市庁舎へとやってくると、そこを臨時の議長府として必要な指示を出していった。

「プラント全土に非常事態宣言を出せ。全市民にシェルターへ避難するよう命令するのだ。軍と警察を動員して最優先で行え。各ブロックは避難が終了次第閉鎖しろ。宇宙艦隊はプラントコロニーへの攻撃を防ぐ事を第一に考えろ!」
「議長、軍事ステーションの港が閉塞されました。艦隊が出られません!」
「塞いでいるのは何だ?」
「出航しようとしていたローラシア級のデンプスです。敵の攻撃を受け、港の出口に引っ掛かってしまいました」
「なら乗員退避後、艦を破壊してしまえ。艦砲でなら破壊できるだろう」
「ですが、それでは軍事ステーションの被害も無視出来ないものに……」
「そんな事は後で考えれば良い!」

 軍事ステーション内で艦を爆破するというパトリックに高級士官が躊躇いを見せるが、パトリックはその士官を一喝して黙らせた。本土が攻撃を受けているというのに、施設の多少の被害が何だというのだ。
 更にパトリックはヤキン・ドゥーエ要塞にも艦隊を出すように命令した。とにかく今は少しでも多くの兵力が欲しい。これらの指示を出し終えた後、パトリックは自分が選択を間違えたかと悔やんでいた。

「兵力の小出しは愚作だとはいえ、本国防衛隊を削り過ぎたか」

 連合の艦隊にザフトが蹂躙されている。これは奇襲を受けたという不利もあるだろうが、兵員の技量が低すぎたのだ。対する連合の部隊はそれなりの訓練を受けた部隊であるようで、攻撃の手際はなかなか見事なものだった。特に画面に表示させた軍事ステーションを攻撃した部隊を動きを確認したパトリックは、その鮮やかな手並みに賞賛の言葉を送っている。

「これは、見事だな。我が軍に欲しいくらいだ」
「エメラルド色をした、異常な加速を見せた重火力のMA。この特徴は、エメラルドの死神でしょうな」

 一緒に見ていた黒服の士官が苦々しく言う。実際、敵出現からここまでの短時間で、このMA1機に艦艇1隻を沈められ、2隻を大破させられた上に軍事ステーションの艦隊を無力化されてしまったのだ。とんでもない大損害である。


 そのキースが部下を連れて艦隊に合流してきた頃には、ザフトのMS部隊と連合のMS隊の激しい戦いが始まっていた。見慣れたジンやシグーが多いが、最近になって戦場に現れるようになったゲイツの姿も多い。中にはジンの改良型も居るようだ。ただ、その動きはキースの長い戦歴の中でも見た事が無いほどに鈍く、本当にこいつ等はザフトなのかと疑問に感じてしまっている。
 これに対して連合はファントムとストライクダガーを主力としていたが、中には熟練兵向けのデュエルダガーや砲戦型のバスターダガーの姿もある。少数ではあるがデュエルやバスター、ストライクも投入されており、猛威を振るっていた。
 だが、それらの量産機の中で一際目立っている機体があった。それはキースには見慣れたMSである105ダガーだ。ただ、この105ダガー部隊は背中に4基のガンバレルを装備しているのが特徴だった。このガンバレルダガーはこの作戦に3機が投入されており、ストライクダガー以上の性能を持つゲイツさえもカモにする強さを見せ付けている。
 フラガのメビウスゼロのようにガンバレルを展開してゲイツを包囲し、四方八方から砲撃を加えて落としていくガンバレルダガーを使うパイロットは当然ながらフラガやフレイといった空間認識能力保持者であり、彼らのようなふざけた強さを持っている。

 この戦いはこれまでの連合とザフトの戦いとは様子がかなり異なっている。ザフトは第8艦隊の出した艦載機を上回る数のMSを戦場に投入しているのだが、少数の連合のMSやMAに互角以下の勝負しか出来ていない。これは連合側がパイロットが全体的にザフトパイロットに技量で勝っていた為である。第8艦隊には技量優秀なパイロットがこの作戦のために集められていたのだ。
 だが、やはりこの状況を作り出したのは連合の新兵器、ファントムだったろう。ファントムはベテランの使うジンに対して2〜3機で対抗可能な無人機として作られ、連合軍の通商破壊戦において主力として活躍してきた。ザフトはこの無人機と苛烈な消耗戦を繰り返してパイロットを失い、弱体化が著しくなっていたのだ。一方、連合はファントムを盾代わりにしてパイロットを養成して行き、その結果が今に出ている。

 キースは行きがけの駄賃とばかりに手近に居る動きの悪いゲイツに襲い掛かり、レールガンでこれのコクピットを一撃で撃ち抜いて倒してしまった。そしてこちらへの援護は必要無いと判断し、艦隊の直衛に付こうかと考えたのだが、主戦場から少し外れた所でとんでもない戦いが行われているのを見つけてしまう事に。

「あれは、オルガたちか。でも何だ、あの敵機は?」

 そこにはGに似た見慣れないMSが2機居た。他にもジンやゲイツの姿が複数ある。そして驚いた事に、あのオルガたちが苦戦を強いられていた。
 キースは彼らを助ける事を決めると、部下にドミニオンの直衛に戻るよう指示を出して機体をオルガたちの方へと向けて加速させた。


 この時オルガたち3機はザフトの試作MSの機動性に少々手を焼いていた。火力はビームライフル1門と大した事は無いのだが、ちょこまか動くのでなかなか面倒な相手となっている。更に駆けつけてきたジンやゲイツの部隊もうっとおしかった。

「こいつ、抹殺!」

 クロトのレイダーが破砕球を投射するが、それはフリーダムのシールドに受け止められた。この一撃の隙を付くようにアスランのジンが重突撃機銃を撃ち込み、レイダーに被弾の火花が散る。
 これで動きが鈍ったレイダーにフィリスが容赦なくビームライフルを撃ち込んだのだが、なんとこのレイダーは破砕球をぐるぐると振り回し、その鎖の部分でビームを防いでしまった。

「な、何ですかそれ。あれは大昔のスーパーロボットか何かですか!?」

 まさかそんな方法でビームを防げるとは夢にも思わなかったフィリスは慌てふためいていた。まあ、普通はこんな防御手段は想像できないだろう。
 なお、この時フィリスが使っていたのはゲイツの試作初期ロットであった。本来なら初期ロットの機体など直ぐに壊れて使えなくなってしまう物なのだが、ゲイツに関しては事情が異なっている。このゲイツは研究所レベルの精度で作られていたため、フィリスたちが使っていた試作型や現在配備が進んでいる量産型を上回る完成度を誇っていたのだ。
 ただ、その部品が研究所以外では製作不可能な代物であったり、機体構造が複雑すぎて整備兵が匙を投げるような設計だったり、余りにも高価すぎる部品を使っていたりした為に量産に際して大幅な変更が加えられるに至った。おかげでゲイツは量産に漕ぎ着けたのだが、簡素化された量産型は稼働率に問題を抱えた機体となってしまった。
 このフィリスが使っているゲイツはそんな、実用機とは言い難いが故障を起こさない本当のゲイツだったのである。そう、このゲイツはカタログスペック通りの性能をきちんと発揮できるのだ。でも被弾したら直せない。

 その隣ではフォビドゥンが異常な強さのシグーと戦っていた。機体はただのシグーのようなのだが、シャニの攻撃が悉く空振りに終わっている。勿論シグー以外にも複数のジンやゲイツがフォビドゥンを攻撃しているのだが、シャニが相手にしているのはそのシグーだけのようだった。

「何だよ、何だよこいつは!」

 シャニは苛立ちを見せて誘導プラズマ砲を放つが、それさえも空しく宙を抉るのみ。逆に重突撃機銃を受けてしまう体たらくだ。
 もっとも、シャニが手を焼くのも無理は無い相手ではあった。このシグーを使っていたのはキラでさえ苦戦させられたあのユーレクだったのだ。クルーゼにくっついて彼も宇宙に出てきていたらしい。
 だが、圧倒的な強さを持つユーレクではあったが、流石にシグーでフォビドゥンの相手は骨の折れる仕事だった。何しろ重突撃機銃が効かないのだから。

「ストライクもそうだったが、やはり連合のMSは反則のような性能だな。シグーでは少々きついか」

 そうは言いながらもフォビドゥンの攻撃を難なく回避し、正確に弾を当てていくユーレクにはまだ余裕がありそうだった。

 そしてオルガはドレッドノートを相手にしていたのだが、こちらは割と余裕があった。オルガはドレッドノートとの火力差に物を言わせて砲火を断続的に叩きつけて近付かせないようにして、自分に有利な距離を保ち続けていたのだ。その余裕を生かして戦闘と同時にシャニとクロトに呼び掛けを続けていた。このままでは分断されたまま各個撃破されてしまう。

「シャニ、クロト、一度退くぞ。このままじゃこっちが持たねえ!」
「うっさいよ、退きたければオルガだけで退けば!」
「ウザイ!」

 オルガが何度呼びかけても2人は退こうとしない。そして頭に血が上った状態で更に突っ掛かっていって悪戯に被害を拡大している。オルガがドレッドノートを相手に近付かせないよう注意しながら戦って優勢を維持しているのに較べると、何とも不味い戦いをしている。あのままではバッテリーが切れて撃破されてしまうだろう。

「あいつら、熱くなりやがって!」

 言う事を聞かない2人にオルガは悪態を付いたが、それで事態が改善するわけではない。やむを得ずオルガはこれまで禁じ手としてきた手段を使う事にした。

「お前ら、いい加減にしねえとまたキースにぶっ飛ばされるぞ!」

 そのオルガの脅しに、レイダーとフォビドゥンの突進が止まった。

「な、何言ってんのさ。あいつはここには居ないだろ?」
「ばーか、艦に戻ったらばれるに決まってんだろうが!」
「……ううう、あいつずるいからなあ」

 クロトが引き攣った声を漏らし、シャニが嫌そうに言う。キースは正々堂々とは戦わないので、喧嘩なら負けないシャニたちも勝てないのだ。
 そして、そんな2人の恐怖心を煽るかのように通信機に雑音交じりのお叱りの声が飛び出してきた。

「この馬鹿野郎ども、何やってる!?」
「くあ……」
「でたぁっ!」
「マジで?」

 キースの怒鳴り声を聞いてオルガが顔を顰め、クロトが悲鳴を漏らし、シャニが疑わしげに呟く。何でこのタイミングでこいつが出てくるのだ。キースが月に上がってきて早1月が経つが、その間に散々躾けられたせいか、オルガがアルフレットを苦手としているようにシャニとクロトもキースが大の苦手となっていたのだ。叱られると逆らえない。

「シャニ、クロト、何遊んでやがる。とっとと戦闘隊形を組み直せっ!」
「うるさいな、言われなくても今するよ!」

 クロトが文句を言いながらもMA形態に変形して急いでオルガのほうに戻っていく。シャニは何も言わずにやはり牽制を加えながらオルガと合流するべく後退を開始している。
 これを阻止しようとアスランとハイネが直ぐに追撃に入ろうとしたが、これはキースが許さなかった。進行方向にレールガンとビームを続けて放って行き足を止め、更にガトリングガンのシャワーが2機に降り注ぐ。
 フリーダムはこの攻撃に特にダメージを受けなかったが、アスランのジンにはこの攻撃は致命傷となる。だからアスランは慌てふためいてこの弾道から退避した。

「くそっ、MA風情が生意気な!」
「エメラルドのMAだと、まさか……」

 ハイネがこの新手に悪態を付き、アスランがまさかと目を見張る。そしてそのアスランの想像を裏付けるように、その新手のMAは自分たちの眼前をコーディネイターから見ても無茶としか思えない速度で駆け抜け、離れた所で無理やり旋回して戻ってきた。コーディネイターでもあんな機動をすればGに潰されてしまうだろうに、そのMAは平然とそれをこなしている。その出鱈目ぶりにハイネが驚きの声を上げていた

「な、なんだあ、あの出鱈目な動きは!?」
「気を付けろハイネ、あのMAをナチュラルと思うな!」
「どういう事だ、アスラン!?」
「あれが、足付きのエメラルドの死神だ!」

 アスランが叫んだ直後に今度は後退した3機からの反撃が来た。レイダーとフォビドゥンが前衛、カラミティが後衛というオーソドックスな布陣で、キースが1月かけて教え込んだフォーメーションだ。

「あ〜あ、めんどいんだよね、この戦い方」
「仕方ないだろ。やらないとあいつ煩いし」
「お前ら、愚痴は終わってからにしろよ!」

 2人の面倒を見ると言った為にとんでもない苦労を背負い込まされることとなったオルガであった。こいつ等は本当に言う事を聞かない。
 まあチームワークは最悪であっても、とにかくバラバラに戦っていてもこれまでこの戦力を相手に渡り合えていた3機がチームで動くようになると、その強さは桁違いのレベルとなる。これまで互角に戦えていたアスランたちであったのだが、こうなられると手が出せなくなってしまった。互角以上の性能を持つフリーダムやドレッドノートはカラミティの火力で動きを制限された所にレイダーとフォビドゥンの接近攻撃を受けて苦戦を余儀なくされている。

「こいつら、急に強く!」
「ハイネ、向こうの火力が大き過ぎるよ!」
「フリーダムが完全状態なら、火力で負けたりしないのに……!」

 まだ武装もされていなかったフリーダムではあの3機に対抗できない。いや、完全な状態でもあの3機を同時には相手に出来ないだろう。ナチュラルがNJCを開発したという情報は聞かないから、バッテリー動力機でこれほどの性能を持つ機体を完成させたというのだろうか。ナチュラルが。

「そんな馬鹿な事があるか。俺たちの技術の結晶のフリーダムと渡り合える機体をナチュラルがこんな短期間で送り込んで来ただと。しかもバッテリー機でか!?」

 ありえない。そんな事はありえないとハイネは何度も自分に言い聞かせたが、目の前の3機はジンやゲイツなど歯牙にもかけず、フリーダムとドレッドノートを追い込んでいる。そしてエメラルドのMAはゲイツをあっさりと落としている。どれほど否定しようとこれは現実なのだ。

 この連合とザフトの新型同士の激突を他所にキースはユーレクのシグーと激しい戦いを演じていた。ユーレクがこのコスモグラスパーに興味を持った為だが、この戦いでユーレクはコスモグラスパーの動きに驚いていた。

「私並の無茶な機動だな。ナチュラルなら間違いなく死ぬ筈。コーディネイターでも命懸けの機動を軽々と繰り返せるような強靭な体を持つパイロットか」

 まさか、という思いが頭の中を過ぎる。ユーレクにはそんな真似が出来る人間に1人だけ心当たりがあったのだ。だが、それはあり得ない筈だ。まさか、あのセブンが生きている筈が……。

「だがセカンドは、エレンは生きていた。もしセブンが生きていたのなら、連合のパイロットになっていたのなら、この芸当は不可能ではない」

 あの最高のコーディネイター以上の身体強度を持つ自分と同等の動きを見せる相手。もしそれがセブンならば、この強さにも納得がいくというものだ。自分達は最高のコーディネイターを殺す為に作られたのだ。その強さはコーディネイターの平均を遙かに超えている。

「……身内で、殺しあう必要も無いか。そこまでする義理がクルーゼにある訳でもない」

 既に連合軍は退避に入っている。このまま終わるのならば無理に殺しあう必要もないと考え、ユーレクは戦場を離脱して行った。





 第8艦隊は目に付く物全てに無差別砲撃を加えながらプラントを通り過ぎようとしていた。ユウキは軍事ステーションから指示を飛ばして動かせる艦にこれを叩くように言っていたのだが、第8艦隊はザフトと積極的に戦おうとしていないので足が止められない。そもそもザフト側の投入できた艦艇数では少なすぎる。
 ただ、この艦隊はヤキン・ドゥーエ要塞の要塞砲射程外を通るルートを目指していたのだが、その際に流れ弾が何も無い空間で何かに着弾するというアクシデントが起きた。それを確認した複数の連合艦の砲術長がメネラオスにそれを報告し、ハルバートンもメネラオスの砲術長から同じ報告を受けていた事もあって、なにが起きたのだと考えてしまった。

「複数のビームが何かに着弾している。だがレーダーにも映らず、目視でも見えない、か」
「閣下、ひょっとして、敵もミラージュコロイドを使用しているのではないでしょうか?」
「ふむ、ありえる話だな。奴らもブリッツからデータは得ているだろうし、我々と同じように大規模運用している可能性があるか」

 ホフマンの進言にハルバートンはなるほどと頷き、全艦にその着弾している宙域に砲を向けるように指示した。それを受けて全艦の主砲がその何かがある宙域に向けられる。
 この連合艦隊の動きを知ったユウキは顔色を無くした。まだ完成していないジェネシスに砲撃を集中されたら、破壊されてしまうではないか。

「いかん、奴らの砲撃を阻止しろ!」
「不可能です。艦隊は敵を止められません!」
「ならばミラージュコロイドを解除し、PS装甲を展開させろ。急げ!」

 ユウキは取り乱して部下に指示を飛ばしていたが、それでも最初の砲撃には間に合わなかった。一斉に発射されたビームが次々に何かに着弾し、爆発の光を吹き上げている。それを見たハルバートンはかなりでかいなと思っていたのだが、その視線の先で巨大な建造物が空間にゆっくりと姿を現したのを見て驚いた。

「これは……なんだ?」
「プラントで要塞のようなものを建造中という情報が情報部から来ていましたが、これがその要塞のような物でしょうか?」

 そして2人の見ている前でその建造物の色が変わった。それを見たハルバートンは直ぐにそれがPS装甲を展開したのだと悟った。

「PS装甲だと。これは余程重要な物らしいな」
「閣下、どうしますか?」
「今は脱出が先だ。あれに砲撃を加えつつ、戦闘宙域を離脱するぞ。あれのデータは取れるだけ取っておけ。後で情報部に送りつける」
「は、分かりました」

 ハルバートンの命令を受けて各艦は巨大な建造物、ジェネシスに砲撃を加えていくが、驚いた事にジェネシスの装甲はビームにさえ持ち堪えて見せた。もっとも、まだ完成していないようでPS装甲が展開されていない箇所も多く、そこに当たったビームは装甲を貫通して被害を与えているし、PS装甲部も艦砲が続けて着弾すれば持ち堪えられずに貫通されている。
 だが、このジェネシスの強靭さは第8艦隊の度肝を抜くのに十分だった。ザフトはいつの間にか、こんなとんでもない化け物を作っていたのだ。

 


 この戦闘は連合の艦隊がプラント宙域から離れようとする事で終わりに近付いていた。この攻撃で10を越すプラントコロニーが艦砲の洗礼を受けて外壁に複数の大穴を開けられており、逃げ遅れた住民が沢山宇宙に放り出されるという惨事が起きている。また、避難したシェルターがビームの直撃で蒸発するという不幸な者も多かった。
 そしてこの攻撃の締めくくりとも言える攻撃がドミニオンとヴァーチャーから放たれようとしていた。目標はユニウス7で失われた食糧生産のデータを蓄積している食糧生産プラント、ユニウス3。ナタルの率いる第36戦隊、アークエンジェル級2隻と駆逐艦4隻が第8艦隊主力から離れてこのプラントに向っていた。
 このユニウス3に対して、ナタルはローエングリンの照準を向けた。

「ヴァーチャーと照準をレーザー回線でリンク、ローエングリンの照準をユニウス3中央ブロックに向けろ。あの砂時計の支柱を破壊する!」
「了解、ローエングリン照準!」

 砲手がローエングリンを起動し、照準を合わせていく。照準用レーザーが投射されて映像との誤差を補正し、照準が合わされていく。その作業中、ナタルは苦衷の表情を浮かべていた。

「ローエングリン照準完了、ヴァーチャーも完了しました!」
「よし、ローエングリン発射!」

 おそらく、マリューならば躊躇ったに違いない。だがナタルは違う。どれほど辛くても、その命令でどれだけの犠牲が出るのか分かっていても、ナタルはその命令を下す事が出来る。
 2隻から放たれた4門のローエングリンの光が正確にユニウス3の中央ブロックを直撃し、これを完全に破壊してしまった。支えを失ったユニウス3は崩壊を始め、無数の破片を撒き散らしながら上下に分断されていった。
 それを見たナタルは顔を顰め、プラント宙域からの離脱を命令する。

「任務成功、全艦、第8艦隊に合流する。艦載機にも帰還信号を」
「了解しました」

 ナタルの命令を忠実に実行していく部下達。だがナタルは自分が破壊したプラントの残骸からなかなか目を離せずにいた。あのヘリオポリスの破壊の惨状がまざまざと思い出されていたのだ。


 ドミニオンからの撤退信号を受けてまだ頑張っていたMSやMAは艦隊へと戻りだした。ザフトはユニウス3が破壊されたのを見て茫然自失状態に陥っており、これを直ぐには追撃しようとしなかったのだが、やがて我に返った者から怒り心頭に達して激しい追撃を開始しようとした。
 だが、彼らの追撃はパトリックに止められる事になる。パトリックはプラントから離れていく艦隊を追撃するよりも、被害を受けたプラントの住民を救助する事を優先したのだ。ただでさえ少ないプラントの人口である。1人でも無駄な犠牲を出すわけにはいかないのだ。
 幸いにして破壊されたユニウス3も住民の半数はシェルターが脱出カプセルとなって宇宙を漂っており、MS部隊がそれらを回収することで救助する事が出来た。だが、残る半数は宇宙の藻屑と消えてしまった。
 これ以外にも被害を受けたプラントでは多数の犠牲者が出ている。ザフトの被害も馬鹿にならないだろう。死者の数ははっきりとしないが、総数で20万人に達するのではないか、と予想されていた。

 被害の大まかな報告を受けたパトリックは暫し二の句が告げず、執務室で目頭を押さえて微動だにしなかったという。
 この攻撃で軍事ステーションはその機能をかなり損ない、再建には一週間はかかるという報告が来ている。艦艇もナスカ級2隻、ローラシア級5隻が撃沈され、14隻が大きな損害を受けた。MSの損失は122機、パイロット72名戦死という、ザフトからすれば眩暈がするような大損害を出していた。MSの損失は直接の戦闘だけでなく、配備されていた基地が攻撃された際に破壊された物も含まれている。
 プラントコロニーの被害も無視できるような物ではない。16基のプラントが大きな被害を出しており、特にユニウス2、ユニウス4は地球艦隊の進路上にあった為に集中砲火を受け、蜂の巣のようになっているという。被害状況を視察した技師の報告では、修理するよりも作り直した方が早いらしい。また、内部の空気や水は完全に流出しており、破壊されなかったとはいえこの2つのプラントも放棄せざるを得なかった。これでプラントはユニウス市の農業コロニーを一度に3基も失った事になる。これは食料自給率が極端に低いプラントにとってはザフトの損害以上に深刻な打撃となっている。

 今回の件でザフトの中には人事異動の嵐が吹き荒れる事になる。幾らミラージュコロイドという予想外の手段を使われたとはいえ、敵の接近を察知できなかったポアズ、ヤキン・ドゥーエ両要塞の司令官の責任は重く、2人とも更迭されている。本国防衛隊の指揮官達は対応が後手後手に回った事が問題視されてやはり更迭されている。
 ただ、ポアズやヤキン・ドゥーエはともかく、本国防衛隊は仕方なかったとも言える。何しろ戦える部隊の大半が抜けて、その穴を新兵が補っていたのだ。第8艦隊の将兵も決してベテランと言えるレベルではなかったのだが、この弱体な戦力が相手ならば苦戦するような事は無かった。この戦力で戦えというほうが無茶だろう。
 だが、失敗は責任は誰かが問われなくてはいけない。だがパトリックにまで責任が及ぶのは色々と不味いので、本国防衛隊の指揮官達がスケープゴートにされたのだ。ただ、当然ながら更迭された指揮官達には不当な処置であり、彼らは現在の体制に強い不満を抱く事になる。

 この戦闘の報告をアスランから受け取ったパトリックは眩暈を覚える事になる。この戦闘でフリーダムが遂に実戦を経験した訳だが、連合が投入してきた新型はこのフリーダムと対等に戦って見せたというのだ。フリーダムは機体性能では五分以上に渡り合っていたが、火力差が大きすぎて劣勢を強いられていたと。
 これを聞かされたパトリックは兵器開発局にフリーダムとジャスティスに武装を施し、実戦可能状態にしておくように指示を出した。第2波、3波の襲撃を警戒したのだ。
 更にこれからの戦略にも大きな修正を余儀なくされた。敵がミラージュコロイドをこれだけの規模で運用してくるようになったという事は、これまでの防衛線を維持するだけではプラントは守れないという事だ。プラントを守るにはこれまで以上に哨戒網を密にし、多数の哨戒機を常時展開させる必要がある。だがそれだけの戦力を何処から調達すれば良いのだろうか。

「父上……」
「いや、大丈夫だ。確かに状況は最悪だが、これで市民を説得出来るかもしれん。プラント本土まで敵に攻め入られるようでは、市民もこれ以上の戦いは無益だと悟るだろう」
「この被害を逆用すると?」
「死んだ人々を利用するのは不謹慎の極みではあるがな」

 そんな事をして良いのかと無言で問い掛けるアスランに、パトリックは自分も本意ではない事を告げる。だが、それでもこれで戦争終結への道が開かれるのなら、犠牲者も許してくれるさと、パトリックは自分で自分に言い聞かせていたのだ。
 しかし、このパトリックの目論みは脆くも崩れる事になる。それは、プラントの破滅への序曲であった。






 フリーダムが戦闘可能状態に整備された、という報告を受けたラクスは時が来た事を悟った。最初はジャスティスを渡そうかと考えていたのだが、フリーダムが整備されたのならフリーダムで良い。
 ラクスはダコスタとからフリーダムの起動パスワードの書かれた紙片を受け取ると、マルキオを伴ってキラの元に行き、覚悟は決まったかを問い掛けた。

「キラ、こちらの準備は整いました。後は貴方のお考えです」

 ラクスの問い掛けにキラは僅かな躊躇いを見せた。格の封印を解く鍵、NJCを搭載したMSなど、本当に使ってもいいのかという迷いがあるのだ。
 だが、その迷いも仲間たちの命に較べたら大したものではない。頭の中にヘリオポリスの仲間の顔やマリューたちの顔が浮かんだ時、キラの心は決まった。

「……僕は、地球に行きます」
「そうですか」

 キラの決意を聞いたラクスは頷くと、キラの手にダコスタから受け取った紙片を握らせた。

「これは?」
「貴方の新しい剣を解き放つ鍵、自由なる翼、フリーダムの起動パスワードです」
「フリーダム?」

 何だその名前はとキラが首を傾げてしまう。だが、これでキラは地球に戻る事ができるというのだろうか。

「でも、MSだけでは地球には」
「御心配には及びません。フリーダムには単独での大気圏突入能力がありますし、プラントの近くにジャンク屋ギルドの船を待機させてあります。プラントの防衛隊を突破してこの船で地球に向ってください」
「プラントの全軍を相手取ってですか?」
「プラントはまだ混乱から立ち直っていませんわ。だから、今が好機なのです、キラ」

 フリーダムの奪取を勧めるラクスに、キラは地球に戻れるならと頷く。だが、その前にどうしても確かめておかなくてはいけない事があった。

「ラクス、そのフリーダムだけど、連合に渡っても良いの。NJCが連合に渡れば、核攻撃の危険があるんだよ?」
「……その件に付いては、後でお話しようと思っていました。実は、フリーダムは連合にではなく、オーブに渡して欲しいのです」
「オーブに?」

 何故オーブに、という疑問がキラの中に沸き起こる。オーブは絶対中立を貫いている筈だが、なぜこんな機体をそのオーブに渡すのだ。この疑問に対してはマルキオが答えをくれた。

「今、地球連合諸国は深刻なエネルギー不足に苦しんでいます。ですがNJCがあればこの問題を解決できるのです。ウズミ様ならばこれを有効に使ってくれるでしょう」
「……でも、もしそれが大西洋連邦の手に渡ったら、どうするんですか?」
「オーブも主権国家です。いくら大西洋連邦でも無理を押し通す事は出来ませんよ。それに、ウズミ様ならどんな圧力にも屈しないでしょう」
「…………」

 確かにそうかもしれない。ウズミ・ナラ・アスハはカガリをパワーアップしたような人物だと複数の人から偏見混じりに聞かされていたから。だが、本当に大丈夫なのだろうか。世の中に絶対などという事はあり得ないという事を、キラはこれまでの戦いで散々に思い知らされている。ラクスやマルキオは自身がありそうだが、核を復活させられると知れば連合諸国はオーブを攻める事くらいはするのではないだろうか。確かにオーブは強いかもしれないが、所詮は小さな島国なのだ。
 だが、キラはそれを口にはしなかった。今は地球に戻ることが自分にとってもっとも優先される事であるし、NJCに関してもラクスたちが大丈夫と言うのならそれを信じるしかない。自分は地球に戻ってアークエンジェルを助けた後、フリーダムをオーブに持ってけば良いのだ。
 そう考えて腹をくくったキラは、ラクスに渡されたザフトの赤服を着込むと、ラクスと共に地上車に乗り込んだ。


 ただ、ラクスがキラに語っていない、フリーダムを奪取する理由がもう1つある。それは、自分の活動を支援してくれているウズミなどの各地のスポンサー達への宣伝である。特にアズラエルから送られてくる資金は大変な額で、ラクスの勢力が躍進する原動力ともなった。この金でラクスはプラント内の役人や軍人を次々に買収していき、味方を増やしていったのだ。
 だが、アズラエルはラクスが行動を起こさない事に不満を持っているらしく、接触してくる連絡員からは、何らかのアクションを起こさなければ資金の供給をストップすると脅されていたのだ。
 つまりフリーダム奪取は、アズラエルに対して目に見える成果を上げる必要に迫られたラクスの苦肉の策でもあったのだ。NJCをアズラエルに渡すわけにはいかないが、プラントの最新鋭機を強奪して見せればアズラエルに対しても面目を保つ事が出来る。幾らラクスが強気でも先立つものが無ければ何も出来ないのだから。


 かくしてダコスタの血の滲むような尽力とアズラエル基金を駆使しての買収工作によってフリーダム強奪の手筈を整えたラクスたちはフリーダムが収容されている兵器開発局の格納庫に潜入する事に難なく成功する。幾ら事前の準備がしっかりしていたとはいえ、ここまで簡単に軍事機密である試作機に近づく事が出来たのは、ザフトの警備体制が如何にザルであるかを示す好例と言えるだろう。
 だが、フリーダムのコクピットにキラが入って起動準備をしていると、いきなり格納庫に制止の声が轟いた。

「おい、お前達、何をしてる!?」

 ツナギを着た整備員が怒鳴りながら駆け寄ってきたが、彼はラクスを見て驚いて足を止めてしまった。何故ここにアイドル歌手がいるのだ?
 その疑問が彼の人生の最後であった。直後に銃声が響き、整備員は仰向けに倒れてしまったのだ。それを合図とするかのように武装した警備兵らしき兵士が数人駆け込んできて、ラクスの護衛の兵との間で銃撃戦が繰り広げられた。
 その銃弾が飛び交う格納庫の中で、ラクスはキラに微笑みかけていた。

「キラ、私はプラントで平和の歌を歌います」
「君は、一体……?」

 キラは目の前の人物が何を考えているのか理解できなくなっていた。平和を求めるのならどうしてこんな機体を自分に渡す。何故武器を使っている。どうしてこんなプラントに敵対するような事をする。

「貴方はSEEDを持つ方。貴方なら、この力を正しく使えるはずです」
「フリーダムの力を?」
「はい」

 ラクスの信頼しているような言葉に、キラはようやく彼女が何を考えているのかが何となく理解出来た。どういう理由かは分からないが、彼女は自分を無条件で味方だと考えてしまっているのだ。先ほど彼女が言ったSEEDという言葉に何かの意味があるのだろうが、マルキオも言っていたこのSEEDとは何なのだろうか。
 だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。キラはフリーダムの起動作業を完了すると、ラクスに下がるように言った。

「ラクス、色々とありがとう」
「いえ、地球までの道中、どうか御無事で」
「ありがとう」

 礼を言ったキラは一度だけ目を閉じ、やはり言うべきだと決めると目を開けた。

「ラクス、このMSを僕にくれたのは感謝しているけど、勘違いはしないで欲しい」
「はい?」

 キラが何を言っているのか分からない様子のラクスは小さく首を傾げている。キラはラクスに対して、はっきりと自分の立場を伝えた。

「僕は、大西洋連邦の、アークエンジェルのパイロットなんだ。君やマルキオ導師が戦争を終わらせたいと考えているのは理解できるし、正しいと思うよ。でも、僕には僕の守りたい人たちが居て、戦う理由がある。僕は、君たちの仲間じゃない」
「キラ、ですが貴方は……」
「SEEDを持つ者、だったね。でも、それがどういう意味なのか僕には分からない。君達には分かっているようだし、意味がある事なんだろうけど、僕には関係が無い」

 キラのはっきりとした拒絶の言葉に、ラクスの表情が始めて驚愕に歪んだ。キラが協力しないなどという未来は彼女の予定には無かった事なのだろう。キラは一度だけすまなそうに頭を下げた。

「でも、約束は守るよ。アークエンジェルを助けた後、フリーダムは必ずオーブのウズミ様の下に届ける!」

 それだけは必ず守ると言い残して、キラはフリーダムを動かした。起動と同時に機体各所から圧縮空気が吐き出され、余熱が排出される。その排気に服と髪を靡かせながら、ラクスはまた余裕の笑みを取り戻した。

「キラ、貴方はまた必ず私と会います。その時には、違う答えが頂けると期待しています」

 SEEDを持つ者である以上、キラは必ず世界の変動に直接関わってくる筈だ。ならば、また自分と運命が交差する時が必ず来るだろう。今はこの世界の姿を見てくるのも良いかも知れない。そして、次にあった時には自分が何をするべきなのか、きっと学んでいるだろう。


 マイウスを飛び出していくフリーダム。その姿は格納庫に急いでいたハイネとアスランが窓から肉眼で確認する事が出来た。

「ああ、こら待て泥棒、俺のフリーダム返せ!」

 窓に両手を当てて喚いているハイネに同情を感じつつも、アスランは誰があれを強奪したのか考えていた。フリーダムは普通のパイロットに扱えるような機体ではない。何しろ自分やハイネのようなトップエースレベルのパイロットが必要な上に運用に専用艦が必要というのが前提で開発された、設計者が実用性とか運用性とかの問題を遠くに放り投げて開発した機体なのだ。

「誰が動かしてるんだ?」

 自分達レベルのパイロットがその辺りにゴロゴロしている筈が無い。一体何者があの機体を奪ったというのだ。アスランはそれが疑問であった。そして、アスランとハイネの見ている先でプラント防衛隊とヤキン・ドゥーエの部隊の阻止攻撃をフリーダムが圧倒的な火力で逆に粉砕してしまっていた。

「あれが、フリーダムの本当の攻撃力か」

 ハイネが悔しそうに呟く。先の連合との戦いであれだけの火力が使えていれば、ナチュラルに不覚を取ることは無かったのにと言いたいのだろう。しかし、それにしても凄まじい火力だ。


 こうして、フリーダムはザフトの追撃隊を壊滅させて地球に向かう事になった。ヤキン・ドゥーエのジン部隊は30機を数えていたのだが、その全てが完全破壊されるか大破するという一方的な結果となっており、フリーダムの性能の凄まじさをザフトは皮肉にも身を持って確認する事が出来た。
 勿論この強さはキラが使っているせいもあった。この後キラはラクスの教えてくれたジャンク屋との合流ポイントへ向ったのだが、そこでキラはとんでもないものを見る事になる。なんとキラが指定座標に到達してみると、そこには破壊された2機のジンと1隻の貨物船らしき船の残骸があるだけだったのだ。

「これは……」

 誰がやったのかとキラは周囲を見渡す。そしてこれをやった相手は、キラの疑問に答えるようにゆっくりと船の残骸の陰から姿を現した。

「シグー?」

 それは1機のシグーだった。見慣れた重突撃機銃とシールドを持ち、更に背負い式にレールガンまで装備している。そしてそのジンはフリーダムに話しかけてきた。

「ふむ、妙な所で妙な船を見つけ、不審に思い臨検しようとしたら攻撃してきたから始末したが、なるほど、こういう事だったか」
「その声は、まさか!?」

 NJの影響でノイズが混じっていたが、その声をキラは忘れる事は無かった。そう、この声の持ち主は地球で、自分をディンで圧倒したあの男の声だ。

「ユーレク……」

 自分を殺す為に作られた調整体の中でも最強の個体。その戦闘能力は自分以上の怪物。それが再び自分の前に姿を現したのだ。





 オーブではイタラの突然の来訪がちょっとした騒ぎを起こしていた。オーブ外務省はこの訪問を全く聞かされておらず、何を目的とした訪問なのかというウズミの問いに答える事が出来ないでいる。
 この騒ぎの中で空港にやって来たフレイはイタラの所まで走ってきて、大声で声をかけた。

「お爺ちゃん!?」
「おお、お嬢ちゃん。久しぶりじゃなあ」

 オーブの空港関係者の人垣を掻き分けて現れたフレイに、イタラはそれまでの不機嫌そうな顔をいきなり緩め、好々爺の笑みを見せた。その隣にはアーシャが居て、フレイに会釈をした後久しぶりと挨拶をしてきた。

「お久しぶりですフレイさん、オーブに居たんですね」
「ええ、色々あってね。でも、何で今日はオーブに」
「はあ、それが、イタラ様がオーブに観光旅行に行きたいと突然言い出されて、それで赤道連合経由でここに」
「観光旅行って……」
「ひょっひょっひょ、オーブは中立国で戦争はしとらんのじゃから、別に構うまいが」

 アルビムなどという複雑な立場の勢力の指導者が、この情勢下で中立を保つオーブに観光かよ! と周囲を取り囲んでいる空港関係者が反感混じりの目で睨み付けている。彼らにしてみればイタラはただの厄介者でしかなく、とっとと帰れと言いたい相手なのだ。ただ、確かにイタラは赤道連合から観光ビザで来ているので、法的には問題は無かったりする。
 この物凄い反感の中でフレイだけはイタラは本気で観光に来たのではないのかと考えていた。この老人ならやりかねないのだ。


 結局この騒動は駆けつけてきたキサカが身柄を預かるという事で空港関係者を解散させ、イタラとアーシャは別部屋でキサカとフレイとカズィに話を聞かれる事になる。しかし、キサカが散々質問をしても、結局得られた情報は2人が本当に観光に来ただけだという事実だけであった。少なくとも、イタラはそれしか言わない。
 困り果てたキサカが小さく溜息をついて背凭れに体を預け、余計な所には行かないようにと注文を付けて開放する事にした。ただ、案内兼監視として自分が同行する。この条件をイタラは不服としたが、フレイが自分も付いていくとフォローをしてどうにか納得させた。
 それでようやく話が纏まったのだが、その時になってフレイはある事に気付いた。

「ところで、カガリは?」
「はて、そういえば先程から姿が見えないような?」

 言われてキサカもようやく気付いたようで、何処に行ったのかと首を捻っている。と、その時、扉が大きな音を立てて開けられた。

「よお爺、久しぶりだな」
「ひょっひょっひょ、相変わらず口が悪いのお」
「ふん、あの時は馬鹿にされたが、もう減らず口は叩かせないぞ!」

 そう言ってカガリは胸を張った。そこには1月前と較べて見た目で一回りは大きくなった胸が確かにあった。それを見たフレイとアーシャが目を見張り、キサカが何てはしたない事をとあたふたしている。
 だがしかし、イタラはカガリの胸をまじまじと見た後、フッと鼻で笑って嘲るような視線をカガリに向けた。それを受けてカガリがビクッと身を引く。

「ふんっ、そんな詰め物と寄せてあげるブラ如きで儂の目を欺けるとでも思ったのかの。このイタラの目を甘く見るでないぞ」
「な、何で……」

 どうして分かったのだろうか。これはカガリが金に物を言わせて入手した、限りなく自然なバストアップを可能とする一品なのに。一体この爺さんはどういう目をしているのだ。ただ、カガリはまたしてもイタラの前に敗れ去ってしまったという事実だけがそこにある。カガリは敗北感に打ちのめされ、その場に崩れ落ちるように両膝を付いてしまった。

「くっ……私の、負けだ」

 完全なる敗北にカガリが涙さえ滲ませて悔しがっている。その惨めな姿に誰も声がかけられないで居る中で、1人イタラがカガリの前に歩み寄った。

「じゃが、大きく見られたいという願望こそが、大きくなる為の最初の一歩ではあるがの」
「え?」

 顔を上げたカガリ。イタラはカガリの前から一歩一歩扉の方へと歩いて行き、ノブに手をかけた所で背を向けたままカガリに声をかけた。

「これからも精進せいよ」

 その言葉を残して、イタラは扉を開けて外へと出て行った。そしてカガリは今度こそガックリと肩を落とし、両手を握り締めて床に付いている。その一部始終を見ていた一同は何がどうなっているのか理解できずに呆然としていたが、ただ1人状況を理解できたフレイが呆れた声で呟いた。

「何の精進よ?」




後書き

ジム改 プラント攻防戦終結、次はキラvsユーレクを挟んで地球だ。
カガリ くっそおおおおおおおお!
ジム改 何だか、今日は何時もより壊れてますな。
カガリ 見ていろ爺、次は私が勝つ!
ジム改 まあ、好きにしてくれ。
カガリ ところで、地球に向った隕石はどうなるんだ?
ジム改 地球側も第8艦隊が欠けている状態だからねえ。結構苦しい。
カガリ 3馬鹿とか居ないもんなあ。
ジム改 メテオ護衛部隊は精鋭だからな。
カガリ ところで、1つ聞きたいことがある。
ジム改 何だね?
カガリ 結局の所、あの爺は何しに来たんだ?
ジム改 観光。
カガリ 本当か、本当に観光に来ただけなのか!?
ジム改 その辺りは次回辺りで出てくると思うから、待ってろ。
カガリ まったく、それじゃあ次回だが……。
キラ  激突する僕とユーレク。圧倒的な実力を誇るユーレクであったが、僕は新たなる力、フリーダムでユーレクのシグーと互角以上の戦いを繰り広げる。僕の圧倒的な強さに、ユーレクは初めてその余裕を失うことに。次回の僕の大活躍に期待して下さグハァ!
カガリ 貴様ああ、次回予告は私の仕事なんだぞ。それを取るなあ!
キラ  久々の活躍シーンなんだよ。たまには良いじゃないか!
ジム改 ああ、向こうで姉弟喧嘩が始まってしまったので、今日はここまでで。次回「歴史の分岐点」でお会いしましょう。

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