第87章  歴史の分岐点




 地球圏に向う隕石。その進路上では戦闘の輝きが多数見られていた。隕石の接近を月基地と地球の観測所から光学観測で確認した地球連合諸国はこれに部隊を派遣して破壊しようとしたのだが、これをザフトが護衛しているのを確認した事で戦闘になったのだ。
 隕石をザフトが護衛しているという報告を受けた地球諸国は急いでこの隕石の軌道計算を行い、この隕石が大まかではあるが北半球、それもかなり北に落ちるだろうという計算結果が出された。これを聞かされた大西洋連邦はザフトの狙いを即座に見抜くことになる。

「アラスカだ。この隕石はアラスカを狙っているんだ!」

 アラスカの連合軍総司令部でもザフトはここを狙っているという結論が出されていた。確かにこれだけの質量弾が直撃すればアラスカは消滅する。付近に落ちたとしても衝撃波で地上は薙ぎ払われ、基地機能を喪失するだろう。
 これを見抜いたアラスカ司令部は周辺の艦艇にこの隕石の破壊命令を出し、その攻撃部隊とザフトの護衛部隊の間で激しい戦闘が続いていたのだ。

 この護衛部隊を率いていたのは艦隊を任される事が多いマーカスト司令だった。彼はナスカ級高速艦シエラに座乗し、自ら陣頭に立って五月雨式に集ってくる連合艦隊の迎撃の指揮をとっていた。護衛艦隊は隕石周辺にローラシア級6隻を配置し、前衛としてナスカ級2隻、ローラシア級10隻が展開している。
 味方艦の集中砲火を受けて沈んでいく敵戦艦を確認したマーカストは戦術スクリーン上に新たな敵艦隊を示す矢印が表れたのを見てげんなりしてしまった。

「新たな敵艦隊捕捉、戦艦1、駆逐艦2、特設空母1です!」
「ええい、こいつ等はどれだけ居るんだ。沈めても沈めてもキリが無いぞ!」
「月からの正規艦隊ではありませんな。恐らく、この辺りに展開していた通商破壊戦部隊が集ってきているのでしょう」
「新手が来る前に今出てるMS隊と後退させろ。これじゃパイロットが持たん」

 幸い、何とかこれまで戦っていた敵は叩き潰す事が出来た。既に撃沈した敵艦は10隻を超えていて、それに倍する艦艇を敗退させている。なのに敵はまた新手が出て来たのだ。しかもこれで主力部隊ではないというのだから、地球軍の物量は底無しとしか思えない。

「地球まであと3時間、3時間耐えてくれよ」

 あと3時間経てば隕石の最終軌道調整を行い、加速に入れる。そうなればもう止めるのは不可能だ。そこまで持ち堪えれば、あとはスピットブレイク参加部隊と合流して連合の迎撃部隊と雌雄を決すれば良い。
 ザフトが特設空母と呼んでいるのは、連合が量産している輸送艦転用のMA母艦だった。ファントム20機を運用する能力を持ち、通商破壊戦において頻繁に投入されるようになった。
 この新たな連合艦隊は前衛艦隊に砲撃を加えながら毎度のように馬鹿の一つ覚えでファントムを発進させてきた。これをMS隊が迎え撃つというパターンをもう何回繰り返しただろうか。この護衛部隊はザフト宇宙軍の中でも開戦以前から訓練を積んできたベテランを揃えた最精鋭部隊であったが、それでも疲労とは無縁ではいられず、確実に消耗を重ねている。
 この部隊の中にはあのガザート・サッチの姿もあり、群がってくるファントムをジン・アサルトシュラウドで1機、また1機と撃ち落している。

「数が多くてやり難いな。こんな状態で本当にアラスカまで行けるのか?」

 既に肩のレールガンは砲身レールが磨耗して撃てなくなっており、ミサイルランチャーも弾切れで意味を無くしている。それでも残り僅かな重突撃機銃で必死に戦っていたのだが、このままでは文字通り最後の1発まで使いきっての壮絶な戦死になりかねない。
 銃の残弾カウンターがみるみる減っていくのを横目で確かめたガザートは、仕方なく周囲の友軍機に戻る事を伝えた。

「こちらガザート。もう弾がない、母艦で補給してくる!」
「おい、ちょっと待てガザート、今抜けられると戦線が支えられないぞ!」
「もう武器が何も無い。素手でどうしろって言うんだ!?」
「……くそっ、早く戻れよ!」
「善処する!」

 この辺りを支えていたMS隊の指揮官がエースの戦線離脱に悲鳴を上げるが、確かに武器を使い果たしたと言われては戻らせるしかない。まさか本当に手足を武器に頑張れとは言えない。だがガザートの抜けた穴は大きく、この防衛線は押し込まれる事になる。




 この隕石攻撃の知らせは帰還中の第8艦隊にも届けられた。これを知ったハルバートンは通信用紙を握り潰して憤りを表に出し、そして悟った。どうしてプラント本土の守りがあそこまで手薄だったのかを。

「なるほどな。奴ら、この作戦の為に戦力を大きく割いていた訳だ。どうりで抵抗が弱すぎると思った。だが巨大な隕石を正確に地上の施設に落とす事など出来はすまい。奴らの狙いは隕石でアラスカの防御施設を薙ぎ払った後、侵攻部隊を送り込んで陥落させる事だな」
「しかし閣下、ここからでは間に合わないかと」
「……ドミニオンを、バジルール少佐を呼び出せ。隕石阻止は無理でも、その後のアラスカ救援にならアークエンジェル級の足なら間に合うかもしれん」

 アークエンジェル級の足の速さは連合軍随一だ。このドミニオンとヴァーチャーを先行させれば、あるいは間に合うのではないか。ハルバートンはこの可能性に賭ける事にした。
 そして、少ししてメインスクリーンにナタルが現れた。

「提督、何か?」
「バジルール少佐、ドミニオンとヴァーチャーの補給は終わっているかね?」
「はい、終わっています」
「では直ちにアラスカ救援に向ってくれたまえ。君たちの足なら間に合うかもしれん」
「ここからアラスカに、ですか?」

 幾らなんでも無茶言うなとナタルは思った。ここから地球までどれだけの距離があると思っているのだ。だが、ザフトの総攻撃がアラスカに来ていると聞かされては流石に平静ではいられなかった。

「ア、 アラスカに!?」
「そうだ、だから急いでくれ、バジルール少佐!」
「わ、分かりました、全力を尽くします」
「頼む。責任は全て私が取るから、以後の作戦行動は全て君の判断で動いてもらって構わない。必要なら地球に降下してくれ!」

 こうまで言われてはもう嫌は無い。ナタルはハルバートンとの通信を打ち切ると、急いで最短の航路を計算させて地球に戻ることになった。






 そしてもう1人の地球に急がなくてはいけない男は、現在プラントの近くで頂上決戦の如き熾烈な戦いを繰り広げていた。そう、ユーレクのシグーと先の見えない戦いを繰り広げていたのだ。
 フリーダムを操っていたキラはその機動性とパワーに正直驚いていた。ストライクなど問題にもならないほどの性能なのだ。だが、とにかく動かし難い。しかも照準などの設定が甘く、文字通り工場から出荷したての機械という状態である。幾らキラでもこれでは実力は発揮できない。本来ならジャンク屋の船の中で調整をするべきだったのだが、そんな時間も貰えなかった。まあまだ調整中の機体を奪ったのだから当然の事だろう。
 そして弾薬の問題もキラを苦しめている。これからアラスカに行ってアークエンジェルを助けようというのに、ここで弾を使ってはそれも出来なくなる。何しろ補給の当ては全く無いのだから。

 そしてユーレクはシグーを必死に操りながらフリーダムと渡り合っていた。シグーでフリーダムと戦っているのだが、その光景はフリーダム開発スタッフが見たら首を吊るかもしれない。まさかシグーでフリーダムと互角の勝負になるとは誰も思うまい。
 もっとも、シグーを操っているユーレクには欠片も余裕などありはしない。何しろ敵は自分より速く、パワーがあって、火力と装甲で勝っているのだ。文字通りユーレクは己の技量だけでフリーダムと勝っていると言って良い。
 だが、それでもユーレクは嬉しそうだった。全力を振り絞ってもここまで自分を苦戦させる相手。死力を尽くして尚立ちはだかる強大な敵。これこそ彼の求めていた相手だったのだから。

「そうだ、それで良い、それでこそ最高のコーディネイターだ!」

 狂ったように笑いながら攻撃を加えてくるユーレク。その姿にキラは戦慄を禁じ得なかった。どうしてこんな風に戦う事が出来るのだろうか。

「何故だ、何故貴方は僕を付け狙う。僕に拘る!?」
「決まっている。私が調整体だからだ!」
「貴方と同じ調整体のキースさんは、そんな事に拘ってなかった!」
「…………」

 キラの放ってきたプラズマ砲を回避しながら、ユーレクはキラの出した名前に驚いていた。

「調整体……そうか、セブンはキースと名乗っているのか。そして奴と行動を共にしていた」

 そういえば、確かに地球でアークエンジェルと交戦した時に、先程のエメラルドグリーンのMAと同じように主翼をエメラルドグリーンに塗装した戦闘機が居た。なるほど、あれがそうだった訳だ。
 だが、キースがどうであれ、自分には関係が無い。ユーレクはシールドガトリングをフリーダムに撃ちながらキラの言葉を否定した。

「奴がどうであれ、私には関係が無い。私の存在理由はただ1つ、貴様を倒す事のみ!」
「どうしてそこまで!?」
「私はその為だけに作られたのだ。貴様を殺す、ただその為だけに作り出された人工生命体なのだよ!」

 人工生命体、その言葉にキラは首を捻ってしまった。調整体やオルガなどが後天的に体を強化されたナチュラルだというのは知っていたのだが、それでも彼らの分類はナチュラルの筈だ。
 そのキラの疑問に答えてくれるかのようにユーレクは1人で続きを話していた。

「私は自然に生みだされた人間ではない。メンデルで作られたクローンなのだよ。それを当時完成していた戦闘用に特化したコーディネイター技術を用いて改造し、さらに生まれてすぐに調整体として体の一部を人工物に置き換えられた。そう、当時に存在していた人間を戦闘機械にするための技術の全てが惜しげもなく使われた怪物、それが最高のコーディネイターを倒す為の回答である、この私だ!」
「ク、クローンに、戦闘用のコーディネイター?」
 
 クローン技術は聞いた事がある。だが実際にそれが行われていたとは知らなかった。そして戦闘用コーディネイターというのは聞かない名前であるが、名称から想像を付けることは出来る。遺伝子強化の方向性を戦闘に必要な方向に特化させたという事だろう。
 だが、幾らなんでもそこまでする必要があったのだろうか。最高のコーディネイターを、ナチュラルはそんなに怖がっていたというのだろうか。

「そこまで、そこまで僕が怖かったんですか!?」
「そうだ。自分達を遙かに超える能力を持つ怪物なのだからな。だから、私は貴様を倒す事でしか自分の存在意義を立証できないのだよ。同じ化け物である君を倒す事が私の存在する理由なのだから!」
「僕は人間なんだ。そんな、貴方の言うような化け物じゃない!」
「そう思いたいだけだろう。これまでの戦いで、自分の力の異常さを自覚した事は無いのかね?」
「それは……」
「君も私と同じなのだよ。戦い、殺しあうだけの化け物なのだ!」

 そう言いながらユーレクはレールガンを撃ち込んでくる。それを回避しながら、キラはユーレクの鋭い指摘に歯噛みしていた。確かにユーレクの言う通り、自分がコーディネイターとしても異常に感じられるような強さを見せ付けていたのは事実だ。フレイをはじめとするアークエジェルクルーもその事を指摘していた。
 だが、それでもキラは認めたくは無かった。自分が化け物だという事を。目の前の男のような、戦うだけの存在だなどと。

「違う、僕は、力が、戦いだけが僕の全てじゃない!」
「本当にそう言い切れるのか。君の周囲の人間は、君の力を散々に利用してきたのではないのか?」

 ディンの重斬刀をシールドで止めながら、キラはユーレクの指摘に動揺を隠せないでいた。確かに自分の力を大勢が頼り、あるいは利用してきた。フレイは復讐の為に、アークエンジェルのクルーは生き残る為に、地球軍は使い捨てに出来るコーディネイターとして利用してきた。アズラエルに至ってはそれだけが自分の価値だとまで言い切ってくれた。

「違う、僕は……」
「自分を否定するな。現実を受け入れろ。そうすれば、君はさらなる高みへと達する事が出来る!」
「違う……違うんだ……」

 動揺が表に出て動きが乱れるフリーダム。その隙を突く形でユーレクは容赦なく重突撃機銃を叩き込み、フリーダムの機体表面に無数の火花が散る。そのだらしない姿にユーレクは失望感を禁じえなかった。

「情けない。それ程の機体を得て、それ程の力があって、何故使おうとしない。どうして顔を背ける!?」
「僕は、力が欲しかったわけじゃない。誰かを殺したかった訳でもないんだ!」
「…………」

 キラの答えに、ユーレクは憤慨していた。自分はこんな奴の対抗馬として作られたというのか。こんな奴のために……。

「呆れたな。自分を自分で否定するというのか、君は」
「…………」

 反論もしてこない。これでもうユーレクは戦う気を無くしてしまい、銃を降ろしてしまった。もう呆れ果てたように頭を左右に振り、どうでも良いという感じでキラに話しかける。

「もういい、止めだ。馬鹿馬鹿しい。君など殺す価値も無い」
「…………」
「続きはアラスカで楽しむ事にする。君などより、アラスカ守備隊を相手どった方が余程面白いだろうからな」
「ア、 ラス、カ?」

 アラスカ。その名でキラの目に光が戻って来た。そうだ、こんな所で止まっている場合じゃなかった。自分はアラスカに行かなくてはいけないのだ。

「う、う、うわぁあああああっ!」
「なんだと!?」

 それまで戦意を喪失していたキラが、いきなり雄叫びを上げて攻撃を再開してきた。それまでの弾を惜しむような戦い方から一転して、フリーダムの持つ火力を最大に発揮した驟雨のような砲撃を加えてくる。
 その砲火に機体のスカートを抉られたユーレクではあったが、それでもこの不意討ちに近い攻撃をそれだけの被害に留めてみせた。

「僕は、僕は戦いが好きな訳じゃない。でも、戦う理由はある。守りたい人たちがいる。だから、アラスカに行かなくちゃいけないんだ!」
「……ほう、そう来るか。自分の為には戦えなくとも、誰かの為には戦えるのか。偽善ではあるが、それも戦う理由ではあるか」

 フリーダムの砲撃を悉く回避して見せながら、ユーレクはまた笑みを見せた。そう来なくてはいけない。ならば、彼の本当の力を引き出すために、更に餌をやるとしようか。

「キラ・ヒビキ、スピットブレイクは明日にも開始される。ここからではもう間に合わないぞ」
「そんな!?」
「だが、私は今から地球に間に合わせられるシャトルを用意してある。私を倒せたなら、それを使って地球に行く事が出来るだろう」
「どうして、僕にそんな事を!?」
「言っただろう。私は、君を倒す事だけが目的なのだと。シャトルが欲しければ、全力で私と戦え、キラ・ヒビキ!」

 重突撃機銃をフリーダムに撃ちまくりながらユーレクのシグーが迫る。それを見たキラは、ようやく覚悟を決めた。ここで戦わなければ、自分はアークエンジェルを助ける事は出来ないのだ。悩むのは、戦いが終わってからで良い。

「僕は、アラスカに行くんだ!」

 その瞬間、キラの中でSEEDが発現した。その瞬間からフリーダムの動きが格段に速くなり、ユーレクのシグーでは付いていけなくなる。それを見てユーレクは直ぐにキラの動きが変わったことに気付いた。

「この反応の速さは、あの時と同じだな。ようやくその気になったか!」

 喜んでシールドガトリングを放つが、それはフリーダムに掠りもしない。逆にフリーダムの攻撃は正確さを増し、砲撃が少しずつ、だが確実に機体を抉るようになってくる。だが、この状況でもまだユーレクは笑っていた。そう、彼は楽しいのだ。この負け戦が。
 フリーダムの圧倒的な砲火の中を、ボロボロのシグーが駆け抜けていく。いや、時折重突撃機銃で反撃さえ加えている。シグーの性能を限界まで使い切ってもフリーダムに対抗できるはずが無いのに、そのシグーは開発チームの機体を越える強さを見せていた。
 だが、このシグーの気迫にキラは気圧される事は無かった。近付かせまいと攻撃を激しくする。ユーレクに戦う理由があるようにキラにも戦う理由があるのだ。負けてやる事は出来ない。
 だが、キラの中には確かな迷いもあった。キースもそうだが、このユーレクも自分と自分の生みの親の被害者なのだという負い目が確かにあったから。

 ユーレクのシールドガトリングが高速弾をフリーダムに叩き込む。フリーダムはPS装甲を信じてこれに回避運動を取らず、逆に腰の左右から突き出るビームキャノンを放った。それはこれまでのキラの経験からすればシグーでは回避不可能な筈の一撃であったが、ユーレクのシグーはこれを回避して見せた。

「避けられた。普通のシグーじゃない!?」
「改良型だよ。ゲイツとの部品共有を進めた機体だ。機動性と反応速度ならゲイツはおろか、これまでのシグーさえ凌ぐ!」

 シグー以上の機動性と反応速度を持つ改良型。それはシグーに慣れた熟練兵向けに開発された機体で、超熟練者にはゲイツより好まれている。まだ引き渡しが始まったばかりであるが、熟練者向けに配備されているだけあってその活躍ぶりは凄まじい。これを使うレベルのパイロットになると「当たらなければどうという事は無い!」を地で行っており、ゲイツより軽火力、軽装甲でありながらゲイツ以上の強さを見せているのだ。
 ユーレクがこのシグーを使っているのもこの機動性を買っての事だ。ゲイツは総合点で勝るが、一般兵向けなのでユーレクのようなパイロットだと機体が付いて来れないという問題がある。その点このシグーは最初からエース向けで開発されているので、エースレベルのパイロットにはこちらが好まれる結果となったのだ。ユーレクはこのシグーを更に自分用に調整して使っている。
 これをキラのフリーダムは迎え撃っているのだが、本来ならフリーダムはこのシグーでも勝負できないほどの性能を誇る。しかし、調整不足が祟ってフリーダムの射撃はシグーをなかなか捉えられないでいた。キラは自身の射撃勘を頼りに微調整を続けていたが、戦闘中の調整では限界がある。やはり時間をかけて調整しないと付け焼刃にしかならないのだ。

 しかし、それでも最後には両者の性能差が物を言った。猛烈な火力を雨霰と叩き込み続けたおかげで遂にフリーダムの放ったレールガンの一撃がシグーの腰部を撃ち抜き、これを停止させる事に成功した。完全に動作が停止したのを確認してキラはシグーの機体に触れる。

「生きてますか?」
「……ああ、生きてる」
「そうですか、良かった」

 本当に安堵したように息を漏らすキラ。それを聞いたユーレクは意外そうにキラに問い掛けた。

「どうして殺さない。生かしておけば、私はまた必ず君の前に現れるぞ」
「……確かに、ここで殺した方が良いとは思います。貴方にはフレイを殺されかけた恨みもありますし。でも、僕には貴方が撃てない」
「何故だ。私は君の敵だぞ?」
「前に、キースさんが言っていました。俺の人生は生まれや結果で否定されるような粗末な物じゃ無かったって。キースさんに出来たんです。同じ調整体の貴方にも、きっとそういう生き方が出来る筈です」
「…………」
「だから、生きてみて下さい。僕と決着を付けたいんでしたら、試合という形でも付けられますから」

 キラの説得に、ユーレクは何も言い返せなかった。まさか殺すべく狙い続けた相手に生きて下さいなどと言われるとは夢にも思わなかったのだ。
 ユーレクの返事を聞かずに離れて行こうとするフリーダム。それを見たユーレクはそっとコンソールを操作した。

「待て」
「え?」

 話しかけられたキラが驚いて振り返ると、通信回線を通して何かの座標データが送られてきた。

「これは?」
「さっき言っただろう。私のシャトルがそこにある。MSは楽に収容できる船だ。メテオには追いつけまいが、アラスカには間に合おう」
「どうして、これを?」
「約束だ、シャトルをくれてやる。航法データはコンピュータに入力されているから、発進させれば勝手に地球への最短コースを通って地球に向ってくれる。慣れたジャンク屋しか知らないデブリベルトの回廊を通る事になるがな。ただし、私用に調整してあるから、加速Gはかなりきついぞ。それに耐えられる自信があるなら持っていくがいい」
「あ、ありがとうございます!」

 キラは礼を言ってシャトルへ急ごうとしたが、ユーレクの話はまだ終わったわけではなかった。彼はもう1つだけキラに教えてくれたのだ。

「キラ・ヒビキ、君は言ったな。守りたい人達が居ると。ならば気を付けろ、ラウ・ル・クルーゼに」
「ラウ・ル・クルーゼ?」
「君とは相容れない、最悪の破滅願望を持つ男だ。君が何かを守りたいと言って戦うのなら、いずれ必ず奴は立ちはだかってくる。まあ、頭の片隅にでも留めて置くのだな」
「分かりました」

 良く分からなかったが、とにかく返事を返して今度こそキラはシャトルへと急いだ。もう一秒たりとも無駄にしたくなかったのだ。それを見送ったユーレクは、何だかとても愉快そうな笑い声を漏らしだした。それは彼らしくない壊れたような笑い方であったが、とにかく彼は笑い続けていた。そして笑いが収まった後、ユーレクは遂に負けを認めた。

「負けた、か。この私が」

 フリーダムは強かった。キラ・ヒビキも凄かった。だが、それだけではないのだろう。キラの強さは、そんな物ではなかったのだ。自分には無くて、彼が持っていた力、それに敗れたのだ。

「ふ、ふふふふ、兵器である私が、兵器ではない彼に敗れた。誰かを守る為の力、か。そんなものにこの私が負けたのか」

 最初は馬鹿にしていたその力。そんなものに頼っては勝てはしないと思っていた。それは弱さだと切り捨てていた。だが、それが人を強くする事があるのだという事をユーレクは身を持って思い知らされる事となった。
 そこで暫く空虚な笑いを漏らしていると、戦闘の光を確認した船が居たのか、ザフトの哨戒艇が近付いてくるのが見えた。それを確かめたユーレクは、これからどうしたものかとぼんやりと考えている。負けてしまった以上、もう何をすればいいのか、分からなくなってしまったのだ。






 大西洋連邦カリフォルニア基地、ここは広大な敷地を持つ一大軍事拠点で、膨大な工廠施設に軍港と飛行場、宇宙港を自前で持つ。ここにはアークエンジェル隊から出向していたフラガが機種転換訓練に勤しんでいる、筈であった。
 何故か彼は海岸の堤防で軍服のまま1人昼寝を楽しんでいたのだ。今日は非番なのだろうか。
 そこに、肩までの金髪を潮風に靡かせながら1人の女の子がやって来た。服装は軍服に見える箇所もある、というくらいに滅茶苦茶に改造された軍服である。こんなの着ていて良いのだろうか。

「ムウ、お手紙来てたよ」
「ああ、すまんなステラ」

 フラガは顔に乗せていた軍帽を右手で掴んで起き上がると、ステラと呼んだ少女から手紙を受け取り、差出人を確かめた。

「おお、ラミアス艦長からじゃないの。電話じゃなく手紙で愛のお便りか」
「誰なの?」
「俺が現在御執心の女性なの。今はアラスカに居るんだ」
「ふ〜ん」

 ステラは良く分からなかったが、とりあえず頷いておいた。そしてフラガはニコニコと笑みを浮かべながら手紙を開き、それを読み進めて行く。だが、2枚目に行った所でその笑顔がビシリと音を立てて固まった。なにやら両手がカタカタと震えており、持っていた手紙が風に吹かれて両手から落ちてしまう。ステラはそれを拾い、どうしたのかと手紙に目を通した。
 そんな2人の元に、くすんだ黄緑色とでも言うのか、表現しずらい色合いの髪を後ろに撫で付けた目付きの鋭い男がやって来た。

「こんな所に居たのかステラ、探したぞ!」
「あ、スティングだ」

 スティングと呼ばれた青年は2人の所までやってきて、何故か固まって小刻みにカタカタ震えているフラガを見てどうかしたのかとステラに問い掛けた。ステラは拾った手紙を指差し、その2枚目を見せた。

「多分、これのせいだと思う」

 そこには大きな文字で、こう書かれていた。

『浮気してたら、殺すわよ』

 それを見たスティングは処置無しと言いたげに肩を竦めて首を左右に振ってしまった。因みに現在、カリフォルニアでフラガが引っ掛けた女性は5人である。ただ、フラガは20歳未満の女の子には手を出さないので、ステラは対象外となっているらしい。

「と、こんな事をしてる場合じゃなかった。ムウ、ステラ、直ぐに地下壕に避難するぞ!」
「え、何で?」
「ザフトがアラスカに隕石を落とそうとしてるらしい。この辺りにも避難警報が出たんだよ!」
「隕石?」

 まだ状況が飲み込めていないらしいステラにスティングはとにかく避難するんだよと押し切ろうとしたが、その時いきなりフラガが叫び声を上げた。

「ち、違うぞ、俺は浮気なんかしてなあああっい!」
「あ、帰ってきた」
「……さっきの話し聞こえてなかったのかよ」

 どうやら今まで精神的ショックであっちの世界に行ってしまっていたらしいフラガを見て、ステラは何故か楽しそうに笑っており、スティングは頭痛のしてきた頭を右手で押さえていた。






 数え切れないほどの爆発の光が地球圏を彩っている。そこには巨大な隕石があり、地球へと迫っている。戦いはこの周辺で行われていたのだ。ザフト艦と連合艦が砲火を交し合い、MSとMAが激しい制宙権争いを繰り返している。連合機はザフトの守りを突破して核パルスエンジンに迫ろうとしていたのだが、それはザフトMS隊の決死の防戦によって悉く阻まれている。ザフトはこの防衛隊にかなりの数のゲイツを投入しており、連合のストライクダガーでは不利なのだ。
 地球への落下コースに入った隕石、これを防ぐ事はもう出来ない。各所に仕掛けられた爆薬が炸裂して微調整を行い、進入角度を調整していく。流石にこの時代の技術を持ってしてもこれほどの大質量物を正確に落とす事は不可能なのだが、ある程度の狙いは付けることが出来る。ここに来るまでに護衛部隊は数を半減させるほどの被害を出していたが、それに数倍する敵を仕留め、更に多くの敵を追い返していた。
 ここまでの指揮でもはや精魂尽き果てた様子のマーカストは疲労の色が濃い表情で全艦に撤退を命じた。

「全将兵の諸君、よくやってくれた。もうナチュラルどもにあれを防ぐ手段は無い!」

 落ちていく隕石から離れていくザフト艦隊。だが、その彼らに隕石を落とされた事への復讐に燃える連合軍艦隊が迫ってきていた。
 だが、連合側もまだ手が無い訳ではなかった。連合にはまだ隕石を破壊する最後の手段が残されていたのだ。月面基地には基地を守る為に隕石などを破壊する為の大型レーザー砲が装備されているのだが、その中から隕石を直接狙える位置にある砲を総動員して狙い撃ちするという計画を立てていたのだ。照準の補正は近くに居る戦艦が行う事になっている。

「いいか、これが最後の手だ。絶対に外すなよ。あんな物が地球に落ちたら、何人死ぬかわからねえんだからな!」
「くそっ、コーディネイターどもめ、なんて事しやがるんだ!」
「基地のエネルギーを根こそぎつぎ込むんだ。気合入れろよ!」

 ザフトのやり口に悪態をつきながら砲手たちが光学照準で必死に隕石を狙う。そして、それらのレーザー砲から遂にレーザーが照射された。それは不可視の光であったが、途中の塵やデブリなどと干渉してイオン化し、赤い光となって見ることが出来る。レーザーが目視できるのは宇宙が汚れている証なのだ。
 放たれた多数のレーザーは戦艦からの照準補正を受けて少しずつ隕石の一点に集中されていき、やがてレーザーの焦点が赤く赤熱し、隕石が蒸発を開始する。そして熱応力で爆発が始まり、崩壊し始めた。伝送されたエネルギー量の凄まじさが伺える。
 この連合の最後の悪あがきを確認したマーカストは驚愕に表情を引き攣らせていた。まさか、まだこんな手があったとは。

「月基地からのレーザー攻撃だと。まさかそんな手が!?」
「基地の防御砲台ならば艦砲など比較にならない威力があります。そらく、隕石破砕用のレーザー砲を転用したのでしょうな。高速で動く軍艦を狙える砲ではありませんが、こういう目的ならば使えますか」

 月の地球側にある基地はなかなか手が出せなかったのだが、それがこういう形で祟る事になるとは。拡大された映像の中でだんだんと小さく砕けていく隕石を見ながらマーカストは悔しさに臍を噛んでいた。
 だが、この攻撃で隕石が消えてなくなった訳ではない。ある程度は砕け、多くが大気圏突入時に摩擦熱で燃え尽きる事になったのだが、それでも大きな塊は燃え尽きずにアラスカ周辺に降り注いで来たのだ。
 多数の流星群が次々に地上に着弾し、巡航ミサイルが直撃でもしたかのような被害を与えていく。特にアラスカの近くに落ちた隕石は大きく、強烈な衝撃波が地上を駆け抜けてアラスカ基地の地上施設を薙ぎ払った。流石にじっくりと時間をかけて構築された陣地はこの衝撃波に持ち堪えたが、地上に出ていた構造物が根こそぎ破壊されてしまうこととなる。特に重砲陣地の被害は大きく、配置されていた重砲の多くが薙ぎ倒されて使用不能になってしまった。
 アラスカ基地の被害もすさまじい物であったが、周辺都市の被害も馬鹿にならなかった。無数の小さな隕石が降り注いだ為に都市部ではビルが幾つも崩れ去り、地上には数メートルもある大穴が幾つも開いている。当初の予想ほどすさまじい被害が出た訳ではないが、やはり大きな被害であった。
 ただ、唯一の救いは避難勧告が間に合った事だろう。近隣の都市では地下鉄や地下室、シェルターへ避難が完了しており、あるいは軍施設に主要が完了していた。おかげで建造物の被害の割には人的被害はそれ程多いものではない。予想されていた津波も大きな塊が海に落ちなかったので発生せず、沿岸部が波に飲まれる事も無かった。
 結局、被害は一番大きな塊が落着したアラスカ基地周辺だった事になる。さすがに付近の街は壊滅状態で、救助のために部隊が出動している。しかし、被害がこの程度で済んだのは連合軍の努力の賜物と言えただろうが、アラスカ基地の防空火力は30%程度にまで低下してしまう事になる。
 そしてこの隕石落着を確認し、光学観測でアラスカにある程度の被害を認めたスピットブレイク総司令官、リチャード・ウィリアムスは出撃待機状態になっていた全軍にスピットブレイクの発動を伝えた。ここにザフトの未曾有の大作戦、スピットブレイクは遂に開始されたのだ。






 この隕石攻撃は地球諸国に衝撃を与えた。こんな攻撃をもし繰り返されたら地球環境そのものが激変し、自分達が生きていけなくなってしまう。この攻撃を見て世界中が俄かに大騒ぎをしだす事になり、大西洋連邦が掲げる「ワン・アース主義」が俄かに現実味を帯びるという事態を迎える事になる。
 だが、それ以上にこの攻撃に深刻な衝撃を受けた人たちが居たのである。

 イタラとアーシャを連れて私邸へと戻ってきたフレイたち。何故かカズィとカガリ、キサカまでが同行している。ソアラはフレイの手荷物を持って屋敷へと入って行き、それにフレイとカガリ、イタラとキサカが続く。そしてカズィはアーシャたちの荷物を半分受け持っていた。

「すいませんカズィさん、殆どお土産なんです」
「お土産って、ちょっと買いすぎじゃないの?」
「イタラ様は気にいった物を手当たり次第に買う方ですので」

 呆れたようなカズィの声に、アーシャは済まなそうに答えた。
 その直後、屋敷の方からフレイとカガリとキサカの絶叫が轟いたのである。

「うん、この紅茶は良い。良く選んで買っていますね」
「な、な、何で、何でアズラエル理事がいるんですかぁ−!!」

 何故かフレイの屋敷にアズラエルがいた。しかも1人、談話室でティーカップを手にその香りを楽しんでいる。

「ソアラ、どうしてここにこの人が!?」
「お嬢様を尋ねて来られたそうです。私も迷ったのですが、アズラエル財団の会長を門前払いとするのは失礼かと思いまして」
「ああ、そうなの」

 フレイはソアラの話しを聞いて、何しに来たんだこの野郎という目でアズラエルを見た。その視線にアズラエルはたらりと冷や汗を流し仕方なく事情を話す事にした。

「実は観光旅行に来たんですよ」
「ソアラ、ゴミ袋に詰めて出しときなさい」
「お嬢様、生ゴミで良いのでしょうか?」
「産廃よ!」
「僕は、とうとう産業廃棄物扱いですか……」

 流石にそこまで言われると傷付いたのか、アズラエルがいじけていた。それを聞いたフレイが物凄く胡散臭そうな目でカガリを見やる。

「カガリ、なんでお爺ちゃんは引っ掛かって、この人は引っ掛からないのよ?」
「いや、私に聞かれても」
「ああ、それは簡単です。僕は移動用に複数の身分を偽造してありますので、今回の入国はそれを使ってです」
「サラリと犯罪を暴露するんじゃねえ!」

 それを聞いたカガリがちょっと待てと怒鳴り、キサカも流石に顔色を変えた。それを見て不味いと思ったのか、アズラエルは渋々本当の事情を話しだした。

「実は、ここ最近本国でコーディネイター擁護論が湧き上がってまして。私たちブルーコスモスへの風当たりが急に強くなったんですよ。プラントの宇宙人と国内のコーディネイターは分けて考えるべきだとか、雨の日の後のタケノコみたいにエセ人道主義者が湧いてきて好き放題に言ってくれまして、私なんか差別主義者の筆頭扱いなんです。これまで身を粉にして頑張って来たっていうのに、酷い話です」
「……つまり、本土に居辛くなったから、こっちに逃げて来たって事ですか?」
「流石のマスコミも、まさか僕がオーブのアルスター家に身を寄せているとは夢にも思わないでしょうから」

 それを聞いたイタラを除く一同は呆れ果てた顔でアズラエルを見た。その視線を受けてアズラエルは露骨に怯んでいる。

「な、何ですか?」
「そんな理由でいきなり尋ねてこないで下さいよ。そもそも、何時から私と理事はそんな間柄になったんです?」
「そんな冷たい事言わないで下さいよ。ほとぼりが冷めるまで匿って下さい」

 情けなく縋りついてくるアズラエルにフレイとカガリはまるでゴキブリでも見るような目を向けている。その視線にさらされたアズラエルは悲しそうな顔でイタラを見た。

「イタラ老、貴方が呼んだんでしょう。何とか言ってくださいよ」
「儂が呼んだのは確かじゃが、軽蔑されとるのはお前の自業自得じゃろうに」

 アズラエルに責められても平然としているイタラ。しかし、そのアズラエルの言葉にフレイとカガリはどういう事かとイタラに問い掛けた。

「お爺ちゃん、理事を呼んだって、どういう事?」
「まあ、ちょっとした交渉じゃよ。実は儂らの情報網から、ザフトがアラスカを総攻撃する事が確認されての」
「アラスカが!?」

 アラスカが攻撃される。その情報にフレイは驚き、そしてアラスカに居るアークエンジェルの事を考えてしまった。

「ザフトはアラスカに隕石を落とそうとしておる。今頃は隕石が地球に迫っておるのではないかな」
「よく御存知ですね、イタラ老。ただ、隕石はもう地球に落ちました。アラスカは何とか無事でしたが、防御施設がズタズタにされたそうです。ここにザフトの総攻撃があれば、アラスカは持たないでしょう」

 そのアズラエル説明に、一同はシンと静まり返ってしまった。アラスカに隕石が落ちて防衛力力は壊滅状態。もし攻め込まれたらアラスカは持たない。そしてアラスカにはアークエンジェルが居る。アラスカが攻撃されたらアークエンジェルも戦っって、アラスカが落ちればアークエンジェルも沈められる事に……。
 この回答に辿りついたフレイは慌てふためいてカガリに詰め寄った。

「カ、カガリ、今すぐアラスカに援軍出して!」
「無茶言うな。オーブはこの戦争には参戦してないし、今からじゃ間に合わない!」
「なら私だけでも行く。M1使わせて!」
「出来るわけ無いだろ。第一、オーブにはアラスカまでMSを運べる輸送機は無いんだ!」

 オーブ軍にはそんな長距離侵攻能力は無い。あったとしても助けに行くわけにはいかない。勿論カガリとてアークエンジェルを助けたい気持ちはあるのだが、流石にこれまでに散々身分を自覚しろと言われ続けたせいか、少しは自重というものを身に付けるようになったのだ。
 カガリはフレイの懇願に苦しそうに呻き声を漏らし、助けを求めるようにアズラエルを見た。

「アズラエル、アラスカに援軍は?」
「ハワイから第3洋上艦隊を出しているはずですが、間に合うかどうか」

 アズラエルも無策というわけではないようだが、間に合わなければ意味が無い。精々アラスカを落として戦勝気分に浸っているザフト部隊を洋上艦隊の攻撃で黙らせるくらいが関の山だろう。
 打つべき手が無い。この現実が再確認された事で、一同はまた黙り込んでしまった。そして、フレイはもう最後の藁に縋るような気持ちでイタラに声をかけてみた。

「お爺ちゃん、お爺ちゃんの仲間は、アラスカの傍には居ないの?」
「ひょっひょっひょ、まあ居るには居るがの。儂らに連合軍を助けろと言われてものう」
「じゃあ、ひょっとして間に合う戦力があるの!?」

 イタラはフレイの問い掛けを否定しなかった。という事はイタラにはアラスカに送る戦力に心当たりがあるという事だ。フレイとカガリとカズィの視線がイタラに集中するが、イタラは惚けた態度でそれに答えようとしていない。

「お爺ちゃん、援軍を出せるなら出して、お願い!」
「そう言われてものお」
「前に、何でも1つだけ言う事聞いてくれるって言ったじゃない。あの約束、今使うから!」
「むう、そうこられたか……」

 前にアルビムで会った時の約束を持ち出されてイタラはどうしたものかと右手を顎に当てて考え込んでしまう。しかし、その隣でアーシャが困った顔でイタラに嗜めるような声をかけた。

「イタラ様、そのような意地悪をしないで下さい」
「アーシャ、こういうのはもっと焦らしてこそありがたみが有るというものなんじゃぞ」
「また訳の分からない事を。フレイさん、心配しなくても大丈夫です。既に太平洋圏内にある各スフィアの戦力はアルビムの海中部隊を中心に集められて、アラスカに向っています」
「どういう事だよ!?」

 アーシャの言葉にカガリが驚きの声を上げる。それを受けたイタラは少し恨めしげにアーシャを睨んだ後、仕方なさそうに教えてくれた。

「あのお嬢ちゃんとの約束以来、何時かこういう日が来ると予感しての。地球の全てのスフィアに大同団結を呼びかけておいたのじゃよ。調整には些か難儀したがの。まあその最初の戦いがアラスカとは思わなかったんじゃが」
「じゃあ、アルビムは?」
「うむ、実はアズラエルを呼んだのもこれを伝える為じゃったのじゃよ」

 イタラは周囲の驚きの表情を愉快そうに見回し、表情を改めてアズラエルを見た。

「アズラエル、地球上のコーディネイター勢力はアルビムを中心として団結し、地球連合に組してプラントに宣戦布告する事を決定したぞ。勿論ワン・アース主義にしたがって受け入れてくれるんじゃろうな?」
「いや、それはですねえ」
「1つの地球、地球の全ての力をあわせる、のではなかったのかの。儂らは地球の住人で、プラントの連中ではないのじゃぞ?」

 まさかこういう展開になるとは予想もしていなかったアズラエルは困り果ててしまった。ワン・アースとは確かに地球は1つとなってプラントと戦おうという考え方なのだが、裏を返せばコーディネイターをやっつけろという事なのだ。だが建前を見るならアルビムも公認されてはいないが、独立国として黙認されている地球上勢力ではある。ワン・アースに加わる資格はあるのだ。まして地球上の全てのコーディネイター独立勢力が糾合したというのなら、その力はオーブなどより上になる。
 この時、アズラエルの頭の中でアルビムの戦力としての価値と、コーディネイターへの嫌悪感がせめぎあっていた。確かに地球上のコーディネイターが連合に協力してくれるなら、これまで抱えていた色々な問題が解決する事になる。新兵器の開発も加速するし、不足している熟練兵も彼らの兵士が加われば補う事が出来る。でもコーディネイターなんかと手を組めるかという感情もあるのだ。
 この延々と続く葛藤を見抜いたイタラは、その背中をそっと押す最後の一手を繰り出した。

「ああ、勿論その際には連合のMSや艦艇を購入する事になるのう。あと、儂らの持つ技術をそちらに提供する用意もあるんじゃが」
「イヤですねえイタラ老、何でもっと早く言ってくれないんですか。僕が連合内部にちゃんと話を通しておきますよ。地球の為にこれからは手を取り合って頑張ろうじゃありませんか」

 うわ、あっさり掌返したよこの人。その場に居る全員がいきなり態度を豹変させたアズラエルに軽蔑の眼差しを向けた。
 まあ、実際の所、アズラエルは開発したは良いが使うパイロットが居なくてお蔵入りしているMSロングダガーの処分で困っていたのだ。これはソキウスや強化兵用に量産されたのだが、直ぐにソキウスたちには量産型のGシリーズが供給されたり、強化兵にも改良型のGが渡されたので意味が無くなってしまった。期待していた強化兵も量産されないので、折角の高性能機も粗大ゴミになりかけていたのだ。
 このロングダガーだが、パイロットがコーディネイターならば何の問題も無い。アズラエルは折角整備した生産ラインと生産した機体が不良在庫と化すのを恐れていたので、このイタラの申し出はまさに救いの神だったのである。
 新兵器開発はとにかく金がかかるので、採用されないと経営危機に陥る事もある。過去にどれだけのメーカーが新兵器開発の中に消えていっただろうか。
 それにここで妥協しても、戦後に改めて叩き潰せば結果は同じになる。物事を有利に運ぶには、時に妥協をする必要もあるのだ。
 こうしてロングダガーは粗大ゴミの運命を免れ、対ザフト戦で各地で大活躍をする事になる。

「じゃあ、明日からは予定通りオーブの名所巡りをするかの」
「あ、オーブは温泉が有名なんですよ。名泉巡りなんてどうです?」
「おお、それは良い。お主もなかなか目の付け所がいいのう」
「ちょっと待てお前ら、観光旅行に来たのはマジだったのかあ!?」

 いきなり旅行話を始めたイタラとアズラエルに、カガリが心の底からのツッコミを放った。


 

 コズミック・イラ71年7月1日、連合の抵抗を排除しながらアラスカへの降下軌道に遂にスピットブレイク降下部隊が姿を現した。それは、歴史の流れを変える力となるのか、それとも破滅への引き金となるのだろうか。




後書き

ジム改 ふう、これで次はスピットブレイクだ。
カガリ アルビムが連合に加わるのか。
ジム改 オーブがますます追い詰められていくな。
カガリ …………。
ジム改 日和見するような連中は叩き潰すという選択もあるか。
カガリ ちょっと待てい!
ジム改 可能性の1つだ。気にするな。
カガリ 気にするわ!
ジム改 次は最初から最後までバトルシーンだ。何処まで燃えられるかな〜。
カガリ ところで、手紙が来てるんだが。
ジム改 手紙、なんて書いてあるんだ?
カガリ ええと「レイもルナもステラも出たのに何で俺は出てないんだあ。あの奇麗事女や我侭女の部下でも我慢するから、俺にも出番を、光を、スポットライトをおお!」と書いてある。
ジム改 差出人は?
カガリ 書いてないな。
ジム改 それだけじゃ候補者が多すぎて、誰だか分からんぞ。
カガリ 余程の慌て者なんだな。まあ良いか。
ジム改 それでは次回、遂に開始されたアラスカ攻防戦、未曾有の大軍を持ってアラスカに迫るザフトと、これを迎え撃つ連合軍の壮絶な戦いが開始される。だが、敵は宇宙からも降下して来ようとする。月から出撃してきた艦隊もザフトの精鋭部隊に苦戦を強いられ、降下を阻止できない。この絶望的な状況の中でアークエンジェルは、トールはどうなるのか。次回「アラスカ」でお会いしましょう。

この頃、オーブで後悔の叫びを上げ、妹に壊れたのかと心配される馬鹿が居たとか何とか。

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