第92章  破滅の序曲



 パナマを巡る両軍の対決は、すでに死闘という言葉さえ生易しく思えるほどの消耗戦の様相を呈しており、特にザフトの攻撃はもはや狂気さえ感じさせるほどで、犠牲を顧ない突撃を繰り返している。
 これに対して大西洋連邦はジリジリと押されていたものの、ここが連合諸国に残された最後の大型マスドライバーであり、戦争の勝敗を左右する重要拠点だと誰もが認識していた事もあって、これまでに無いほど頑強に抵抗し続けている。その圧倒的な物量に物を言わせ、ザフトに鉄と炎のシャワーを降らせている。制空権こそどちらも押さえていないが、大西洋連邦は良く考えて構築された重砲陣地と大量のロケットシステム、そしてユーラシアから導入したホバークラフト型多連装ミサイルキャリアー、ハンター戦車が戦場を地獄へと変えていく。流石のザフトMS隊もまるで地面を全て耕すような砲撃と、視界を埋め尽くすようなミサイルとロケットのシャワーを受けては無事ではすまない。まして装甲車や歩兵部隊には致命傷であった。
 この大西洋連邦の支援部隊の指揮官は血走った目で部下に檄を飛ばし続けていた。

「撃って撃って撃ちまくれ。残弾なんぞ気にするな。とにかくあるだけの弾を叩き込んでやるんだ。いいか、やつらにあってお前等に無いのはガッツだけだぞ!」

 こんな、ザフトには絶対に飛ばないような檄が飛び交っていたのだ。その余りの火力にさしものザフトの前進速度も目に見えて落ち込んでくる。これが完全に止まった時が、彼等の敗北の時だろう。





 パナマの空に突如生じた決戦場。ザフトの赤い新型と、連合のスカイブルーの新型が余人の介入を許さぬ激戦を繰り広げ、周囲の戦闘機やディンを唖然とさせている。それはアスランのジャスティスと、フラガのクライシスの戦闘であった。
 ジャスティスのビームライフルが空しく宙を抉ったかと思えば、クライシスがミサイルを発射してジャスティスを狙う。そんな戦いを暫く続けていたアスランだったが、遂に距離を置いた戦いでは勝てないと認め、距離を詰めて勝負に出た。ジャスティスはフリーダムとは違い、距離を詰める事で威力を発揮する格闘戦型MSなのだ。
 これに対してフラガは格闘戦が得意ではないので、なるべく距離を置きたがっていた。しかしジャスティスの方が速く、たちまち距離は詰められてしまう。

「ちぃ、下駄履きのくせに、なかなかに速く動くじゃないの!」

 ビームライフルを3連射しても全てが空しく宙を抉る。下駄履きでありながらジャスティスの動きはクライシスを超えているという事の証左だが、実はこの時、アスランもかなり苦しんでいた。

「速い。ナチュラルが動かしてるとは思えない動きだ。ファトゥムー00に乗っていては勝てないか」

 というか、何でこれ切り離せるのか、アスランには疑問だった。SFSとして使うならそれならグゥルに乗れば良いのであり、何でこんなものを背負わされるのか、アスランには理解できなかった。ぶっちゃけ、ただのデッドウェイトだ。ビーム砲は背中に半固定式にして欲しいと考えていたりしており、生きて帰れたら上申しようと考えていた。
 だからアスランは、軽く上に飛んでファトゥム−00をクライシスへ突っ込ませた。まさかそんな無茶をしてくるとは思わなかったフラガが驚いてそれにビームライフルを向けるが、それは途中で進路を変えてクライシスの前から去って行ってしまう。
 それでようやくフラガはジャスティスが何処に行ったのかと周囲と上空を見るが、既に周囲にジャスティスの姿は無い。だが、フラガの歴戦の勘がジャスティスの位置を見抜かせていた。こういう時、自分なら何処から攻めるか。そう、空戦における最大の好射点、太陽の方角だ。
 考えている時間は無い。フラガは自分の勘に賭けてビームライフルを太陽に向けて発射した。そして、そのビームは狙い過たずジャスティスを直撃したが、この時幸運の女神はアスランに微笑んでいた。このビームは幸運にもジャスティスのシールドに当たったのだ。

 アスランも驚愕していた。まさか、あの状態からこちらの位置を特定されるとは。先の異常な射撃回避能力といい、このパイロットはエスパーか何かなのだろうか。だが、最後の最後で運はアスランに向いたらしい。敵の射撃は自分が構えていたシールドに運良く命中してくれたのだ。

「悪いが、恨むなよ!」

 反撃とばかりにジャスティスのビームライフルが連射する。続けて撃ち出されたビームをクライシスが懸命に回避するが、遂にビームの直撃を2発、胴体に受けてしまった。
 だが、アスランが仕留めたと確信した瞬間、いきなりクライシスのスカイブルーの機体から大量の白い煙が上がった。最初は誘爆の煙かと思ったのだが、直ぐに違うと分かった。それは煙ではなく、何らかの気化ガスだったのだ。そして驚いた事に、その気化ガスが収まった後には無傷のクライシスがいたのである。

「馬鹿な、MSがビームの直撃を受けて無傷だと!?」

 対ビームコーティングを施していたとしても無傷では済むまいし、2発も続けて受ければ持ち堪えられる筈は無い。あのMSは一体どういう防御力を持っているのだ。

 そして直撃を受けたはずのフラガもまた、クライシスの想像以上の防御性能に驚きを隠せないでいた。TP装甲ではなく対ビーム用にラミネート装甲を採用したとは聞いていたが、まさかここまで効果があるものだったとは。
 実はフラガも理解していなかったのだが、これはクライシス開発スタッフがこれまでのラミネート装甲採用機よりも更に積極的な防御を推し進めた結果である。ラミネート装甲は受けたビームの熱量を装甲全体で吸収し、排熱する事で無力化する装甲だ。勿論ビームを構成する粒子の運動エネルギーと透過力を受け止めるだけの強度と密度を持っている。
 クライシスのラミネート装甲は105ダガーで完成したMSでも実用レベルに達した物を、更に実弾兵器の運動エネルギーに対応できるように改良したもので、従来のラミネート装甲に更に発砲セラミックとチタン合金装甲を使用した複合装甲となっている。発砲セラミックは衝撃吸収性能と耐熱性能の双方に優れており、チタン合金装甲は最新技術で完成された物で、対弾、対量子に優れた性能を発揮する。だが、この新型装甲は当然ながら無茶苦茶に高価であった。しかも結構重い。開発部はこの新装甲の改良とコストダウンを進めているらしい。
 だが、MS程度の面積では折角のラミネート装甲も余り意味が無い。放熱板が背中に機体の動きを阻害しないよう2枚、背負うように取り付けられているが、それでも不安が残る。そこで開発スタッフは発想を大胆に切り替える事にしたのだ。そう、空冷だけに頼らず、最初から冷却剤を積んでビームを受けたら強制冷却するというシステムを導入したのだ。アスランが見た異常な排気煙は、この冷却剤が気化した煙だったのである。冷却剤には被弾時に爆発しない事と補給の容易を考慮して液体窒素が使われている。

 この過剰とも言える防御性能の追求がフラガの命を救ったのだ。まさか耐えられるとは思っていなかったアスランがその場で動きを止めてしまい、その隙を付くようにフラガがミサイルを4発放つ。ミサイル接近の警報に我に返ったアスランは慌てて退避行動に入り、頭部の4門の20mmバルカンを撃ちまくる。
 実はこのジャスティス、背中のファトゥムー00が無くなると砲撃装備がビームライフルと頭部バルカンしか無いのだ。後何故か接近戦装備は異常に充実しており、ビームサーベル2本にビームブーメランが2つある。多分フリーダムとセットで運用する事を想定されていたのだろうが、単独だとアスランのように突っ込むしかない。
 ファトゥムと合体を果して再び空へと駆け上がり、帰ったら絶対に機体固定砲を増やすように文句を言ってやると心に誓いながらアスランはビームサーベルを抜いてクライシスに斬りかかった。



 そして地上ではトールのストライクとイザークのデュエルが激しい戦いを繰り広げていたが、この戦いは直ぐにトールが追い込まれる事になった。何しろ前回とは違い、向こうには仲間が沢山居るのだ。こっちにも友軍は居るのだが、敵に較べると頼り無い。

「くそ、こっちにもキラやフレイが居たら!」

 バスターの高エネルギー収束砲を回避してそう愚痴を言うトール。同じ条件でキラは性能で劣るD型を使いながら敵を圧倒して見せたし、フレイもB型デュエルでこのデュエルと互角の勝負をして見せている。彼らと同じ状況に置かれて、トールは自分があの2人には及ばないのだという事を改めて実感させられていた。
 しかし、あの頃とは違う部分もある。確かにトールはあの2人より弱いかもしれないが、部隊の総合戦力はあの頃よりも遙かに向上していたのだ。



 そして、遂に海の彼方から圧倒的な破壊力を持つザフトの疫病神がやってきた。

「「ゴッドフリート、撃ぇ――!」」

 マリューとナタルが同時に命令を出し、潜水艦隊に向けて5基10門のゴッドフリートがビームを発射した。この攻撃は当たる事は無かったが、その威力は周囲のザフト部隊の心胆を冷やすほどのもので、何事かと慌ててそちらを調べ、接近してくる2隻のアークエンジェル級を確認してパニックが起きた。

「あ、足付きだ、しかも2隻も!」
「冗談じゃないぞ、あいつは1隻でアラスカの正面ゲートを支えてたような化け物だぞ!」

 アラスカにおけるアークエンジェルの活躍は凄まじいの一言に尽きる。正面ゲート攻防戦ではザフトの主力を食い止めて見せ、その後の突破戦では先頭に立ってザフトの部隊に風穴を開けてしまったのだ。1隻でも手に負えないのに、そんな化け物が2隻も居るなど、悪夢としか思えない。
 そして、最大戦速でパナマに突入してきた2隻からあわせて6機のMSが出撃してきた。ドミニオンからはレイダーがカラミティを乗せて飛び立ち、それにフォビドゥンが続く。そしてアークエンジェルからは3機のマローダーが飛び出して海上をホバーで駆け抜け始めた。マローダーは短距離ならこういう動きも出来るのだ。
 出撃したMS隊の指揮を任されているオルガは急いで各機に指示をだした。

「クロトは空の敵を殺れ。シャニは潜水艦だ。ガキ共は俺に続いて海岸線に行くぞ!」
「けっ、指揮官ぶって偉そうに!」
「なんか言ったかクロト!?」
「別に、な〜んにも!」

 オルガの問いにそう返して、シャニはカラミティをパナマの沿岸に落っことしていった。慌てて態勢を立て直して着地したオルガがクロトに文句を言うが、クロトはそれを無視してディンに襲い掛かっている。
 その向こうではシャニが黙々とザフトの潜水艦や水陸両用MSを始末していた。何気にかなり汎用性の高い機体である。コストを無視すればこれが一番使えるんではなかろうか。
 そして海上を駆け抜けていた3機もパナマを目指していた。

「オルガがああ言ってる。俺たちも行くぞ」
「まあ、しゃあないか。ムウにも従えって言われてるしな」
「ムウが言うんだから、私は構わない」

 連携という言葉が辞書に載ってないオルガたちとは違い、こっちはスティングをリーダーとして結構上手く纏まっているようだった。フラガに人望があるのか、たんにこっちの方が新しい分まともなのか、判断が難しい所ではあるが。

 この6機のMSの加入はザフトにとって災厄以外の何物でもなかった。カラミティの砲火力はザウートなど歯牙にもかけない凄まじさであり、沿岸の物資集積所や野戦病院といった仮設施設が次々に破壊され、警備のMSも返り討ちにあっている。空中ではレイダーがTP装甲に物を言わせてディン部隊を蹴散らしていた。しかも時々変形して破砕球まで投げてくる。フォビドゥンはザフト海中部隊には見慣れた機体であるが、こちらの方が厄介で、鎌で両断された潜水艦やMSが続出している。
 そしてスティングたちのマローダーがビームガトリングで当たり一帯を掃射しながら海岸に足を降ろした。たちまちザフトのMSが群がってくるが、マローダーの持つビームガトリング砲は多数の敵を一掃する為の弾幕を張るのに最適の火器である。3機は迫るザフトMSの群れに対してビームの弾幕を張り、これらを次々にスクラップへと変えていった。勿論ザフト側の反撃も当たっているのだが、TP装甲に新型シールドを持つマローダーの防御力はカラミティを凌いでいる。
 海岸に乗り上げていた潜水揚陸艦がスティングのマローダーに側面を穴だらけにされ、燃料に引火して爆発炎上する。その隣ではアウルが空から迫るディンを対空砲火で1機、また1機と落としていた。そして敵MS部隊に対してはステラが攻撃を加え、姿を見せたジンが次々に火を吹いて倒れていく。どうやら後方の警備にはジンばかり残っていたようだ。

「ステラ、余り無駄撃ちするなよ。バッテリーが持たん!」
「……分かってる」
「アウル、このまま橋頭堡を潰すぞ!」
「ああ、任せろ!」

 3機のマローダーは暴れまわっていた。後方部隊には非戦闘員が多く、まともに抵抗する力を持たなかったこともあるが、それでも余りに一方的な虐殺が行われている。主力を全て前線に投入して予備が無いという事の証だが、これまでのザフトの戦いにおいて後方部隊がここまで叩かれた事が無く、後ろが甘かったという理由もある。
 この攻撃を受けてザフトは前線から部隊を呼び戻そうとした。後方の護衛では対処できない相手だからだが、戦力を引き抜かれる事になった前線部隊は悲鳴を上げていた。今でも辛い戦いをしているのに、戦力が更に減るというのだから。
 そして、こういう仕事は自然と便利屋のような部隊に回されるのが常だ。この任務は当然のようにジュール隊に回されたのである。

 後方に戻れと言われたイザークは罵声を放っていた。言われて戻れるほど、戦況は楽なものではない。そもそもイザーク自身が熾烈な戦いの真っ最中だ。

「どうやって戻れって言うんだ!?」
「それはそっちで考えてくれ。このままではこっちが全滅させられる!」
「もっと後方よりのゲイツ部隊を戻せば良いだろう。こっちは手一杯なんだ!」
「一般部隊じゃ役に立たん。こっちに来てるのは足付きが2隻なんだ!」
「なんだとぉ!?」

 足付きが2隻、そんなふざけた話があるか。そんな連中を相手にどうやって勝てばいいというのだ。だが、その戦力が相手では確かに普通の部隊では歯が立たないかもしれない。

「分かった、何とか戻ってみる!」
「急いでくれ!」

 急いでくれ、それを聞いたイザークは顔を顰めた。簡単に言ってくれると苦々しく呟き、通信回線をミゲルに繋ぐ。

「ミゲル、ディアッカとエルフィ、ジャックを連れて海岸に戻れ。足付きが来てる!」
「足付きだと。だがお前は?」
「俺はこいつを片付けてから戻る!」

 ビームサーベルを構え、目の前のストライクと睨みあう。既に幾度か剣を交えてみたが、こいつは格闘戦にも強い。いや、射撃戦よりも距離を詰めた戦いの方が強いらしいと感じる。

「フレイといい、こいつといい、ナチュラルにも出来る奴はいるか。良いだろう、認めてやる!」

 だが、負けてやるわけには行かない。デュエルがビームサーベルを構えて突撃しようとし、ストライクがそれを迎えうとうとシールドとビームサーベルを構え直す。そしてデュエルが前に出ようとしたとき、通信機からディアッカの悲鳴のような声が聞こえてきた。

「逃げろ、爆弾が降ってくるぞ!」




 デュエルが突っ込んでくるのを予想してトールもビームサーベルを構え直した。激しい動きを繰り返した事でトールの体力も限界が近いが、このまま行けば勝てるという気はしている。
 だが、その時いきなり近くの味方機から警告が飛んできた。

「機体を伏せろ。誤爆だ!」
「え?」

 驚いて上を仰ぎ見れば、大型爆撃機の編隊が上空を通過していて、無数の黒い何かが降り注いでくるのが見えた。

「ば、爆弾!?」

 慌てふためいてトールは機体を大きく後ろに飛ばせた。そこには戦車用の壕があるのだ。そしてそこに身を伏せようとしたとき、落ちてきた爆弾の中でも異常に大きな物が途中で炸裂したように見えた。そして周囲に爆風と衝撃波が広がっていき、一瞬でトールの視界を奪ってしまう。
 凄まじい衝撃がストライクを振り回そうとする。もし壕に入らずに直立していたら吹き飛ばされていたに違いあるまい。そしてそれが収まった後に恐る恐る周囲を確かめたトールの視界に飛び込んできたのは、全てが薙ぎ払われた大地であった。視界を埋め尽くしていた木々も、敵味方もそこには残っていない。ただ焼け残った残骸が転がっているだけだ。

「な、何だよこれ、滅茶苦茶じゃないか……」

 見れば巻き込まれたと思われるダガーやジン、ゲイツが無様に転がっている。爆発地点に近かった機体は脆い部分から引き裂かれ、スクラップ同然になったようだ。比較的離れていた機体も何らかのダメージを受けたらしい。あそこに居たらストライクでも木っ端微塵にされていたかも知れないと思うと、流石に薄ら寒いものを感じてしまう。しかも、これは味方の爆弾がやった破壊跡なのだ。

「そ、そうだ、デュエルは?」

 慌てて敵を探したが、センサーには敵の反応が無い。どうやら先程の爆撃で退いてしまったらしい。トールは大きく息を吐いてシートに座り直すと、生存者を助ける為に機体を壕から出した。





 このトールを巻き込んだ爆撃は一箇所で起きたものではなかった。ザフト側の戦線の各所で3発が炸裂し、爆風と衝撃波が大地を薙ぎ払い、小さなキノコ雲を作り出していたのである。それを見たアスランが驚愕して大声を上げる。

「馬鹿な、まさか、核なのか!?」

 アスランの知識ではそれは小型戦術核に思えたが、対峙していたフラガはそれが大型の空中炸裂爆弾だと察した。空軍が持つ核を除けば最大最強の戦術兵器で、1発で周囲2キロ以上を吹き飛ばすというとんでもない代物だ。当然気を付けないと味方も吹き飛ばしてしまう。

「おいおい、そんな物まで出してきたのかよ!」

 幾ら追い込まれているとはいえ、こんな味方の犠牲も顧ない作戦を強行してくるとは。だが、連合に残された最後のマスドライバーにはそれだけの価値があるのも確かだ。どんな犠牲を払ってでも死守しなくてはならないと考える上層部の考えも理解できないではない。
 既にスレイヤー大型爆撃機の投入で味方を巻き込む覚悟は決めていたのだろうが、それにしてもこんな代物まで投入してくるとは。
 だが、そんな事を考えたフラガは隙を作った事に気付いていなかった。アスランを前によそ事を考えるのは危険極まりない。クライシスの動きが止まったのを見たアスランはビームブーメランを投擲した。くるくる回って飛んでくるビームの刃に気付いたフラガは慌てて回避しようとしたが、それは初動が遅すぎ、ビームブーメランの刃はクライシスの左腕を落としてしまう。

「しまった!」

 シールドを失ったフラガが流石に焦った声を上げた。逆にアスランはこれで勝ったと思ったのだが、今度はアスランが大声を張り上げてしまう。

「てっ、戻ってこないぞ!?」

 なんと、投げたビームブーメランは戻って来る事無く、そのままパナマの森に消えてしまったのである。

「……ちょ、ちょっと待て、何だこの機体は。背中のファトゥム00飛ばしたら火器が無くなったかと思ったら、今度は欠陥品のビームブーメランか!?」

 遂に我慢できなくなってアスランが喚きだした。機体の固定火器が頭部バルカンしかないというのもふざけてるが、まさか戻ってこないブーメランが装備されていたとは。しかも制御系を殴って直していたし、本当にこれはちゃんと作ってあるのか。
 実はアスランは忘れている事がある。それは、このジャスティスはフリーダムとは違い、まだテストもまともにやっていない機体なのだ。つまりアスランは、本来ならテスト部隊が洗い出す不具合を、なんと実戦で洗い出す羽目になっていたのだ。多分マイウスの開発局ではアスランの報告書を待ち侘びている事だろう。
 散々喚き散らしたアスランがようやく落ち着いて周囲を見渡すと、既にクライシスの姿は無かった。流石にあれだけのダメージを受けては戦闘継続する事はしなかったらしい。
 アスランはとりあえずこの機体への不満は後回しにして、地上部隊の援護に回る事にした。とにかくグングニールさえ落とせばこちらの勝ちなのだ。

 そして、ジャスティスが地上攻撃に加わった事により、戦局は完全にザフトに傾いてしまう事になる。ジャスティスを止められる機体はパナマ守備隊には無く、数に任せて食い止めるだけの予備MS部隊も残っていなかったのだ。
 こうして、アスランはジャスティスを先頭に次々に防衛線を食い破り、グングニール投下ポイントを確保したのである。



 その頃、海岸ではスティングたちが戻ってきたゲイツ部隊に押され始めていた。新兵の使うジンならまだしも、ベテランの使うゲイツはかなり手強い。スティングはそろそろ潮時だと考えて一度アークエンジェルに戻るようオルガに言おうかと考えた時、いきなり銃火が機体を掠めた。
 ジンでも来たかとジャングルの方を確かめようとしたスティングだったが、確かめるよりも早く1機のジンがジャングルの中から飛び出し、大きく跳躍した。

「馬鹿が、空中じゃ回避できん!」

 スティングは素早くビームガトリング砲を空に向けたが、その視界に太陽が入って一瞬目を閉じてしまった。それでも指はトリガーを引いていたが、流石にそんな状態の射撃が当たるわけも無い。逆にそのジンはスティングのマローダーめがけて重突撃機銃を撃ちながら落ちてきた。左手には重斬刀が握られている。

「くそっ!」

 着弾の衝撃に揺さぶられながらもスティングはとにかくシールドを正面に構え、受け止める態勢を取った。その直後にシールドに重斬刀が叩きつけられ、危うく転倒しそうになるのを必死に堪える。そしてそのジンはなんとスティングのシールドを蹴る事で大きく後ろに飛び去ってしまった。

「ぐぅ、こいつ!」

 衝撃に3歩ほど後ろにたららを踏みながらも何とか態勢を整えたスティングであったが、すでに先程のジンの姿は無かった。またジャングルに身を隠してしまたらしい。スティングは勝ち逃げされた事に腹を立てて怒鳴ったが、それで先程のジンが出てくるはずも無かった。






 グングニール投下準備が完了したという報告を受けた宇宙艦隊は直ぐにグングニールを投下した。8基のそれが大気圏に突入するのを確認した部隊は急いでこの宙域を去ろうとしたが、連合艦隊の攻撃は既にグングニール投下部隊にも及ぶようになっており、そう簡単に帰らせてくれそうも無かった。

 そしてパナマに落ちてくるグングニールは、パナマ基地の高高度レーダーとアークエンジェルのレーダーに捉えられた。それが何かは分からなかったが、どうせ碌なものではないと判断したパナマ司令官とマリューはそれに対して攻撃を加えさせた。パナマ基地の防空レーザー砲とアークエンジェルとドミニオンのゴッドフリートが自由落下してくるグングニールに放たれ1つ、また1つと撃ち落していく。その砲火を逃れて地上に降りれられたのは僅かに3基であった。
 それめがけてザフトMSが必死に取り付き、何だか知らないがとにかくぶっ壊そうと集ってくる連合部隊と再び熾烈な戦いが開始されたが、これはザフト側にとって虐殺となった。元々数が少ないのにグングニールを守る為に敵を通さないよう足を止めて壁を作らなくてはいけないのだ。これに対して連合軍は一箇所に砲火を集中するだけでよく、被弾したジンやゲイツが仰け反って倒れ、ザウートが爆発する。バクゥさえ足を止めて砲戦を行って空しく爆発していく。
 そしてこの奮戦も空しく、グングニールは2基が相次いで破壊される羽目になった。だが、それでも最後の1基は発動し、パナマの一角に強力な電磁波が荒れ狂う。それは連合軍の戦車やMSを次々に停止させ、巻き込まれたマスドライバーの一部にも誘導電流による高熱が発生し、レールが溶けたり制御回路が焼損するなどの被害が出ている。このEMPでマスドライバーは全体の3割が破壊されて使用不能となってしまった。



 この戦果はザフトにとって満足できるものではなかった。確かにマスドライバーは使用不能にしたが、完全破壊には程遠い状況だ。あれでは数ヶ月もあれば復旧してしまう。いや、大西洋連邦の力を考えれば1月で直ってしまうかもしれない。
 だが、もうザフトに余力は無かった。橋頭堡を荒らしまわったアークエンジェル隊はジュール隊などの精鋭部隊が駆けつけたことでどうにか押さえ込んでいるが、内陸部に侵攻した部隊の損害が馬鹿にならない。今はグングニールで敵の戦力が大きく削がれた事を利用して、全軍を撤退させるしかあるまい。
 しかし、この段階でとんでもない事が起きた。グングニールの影響区域にいた連合部隊は装備の大半を喪失し、ザフト部隊に投降の意思を示した部隊が出ていたのだが、なんとこれらの敵部隊を前線部隊が殺戮し始めたのである。
 それを知った司令部は直ちに止めるよう命令を出したのだが、この虐殺を始めた部隊はそれを聞く様子はなかった。ベテランの枯渇で補充兵が増えた事がここに来て最悪の事態を招いたのだ。ベテランならどんな状況でも命令を聞く、そのようにみっちりと訓練を積んでおり、戦場でも冷静に対処する事が出来る。だが補充兵は違う。彼らは即席の訓練を受けただけなので、直ぐに頭に血が上って命令を受け付けなくなる。この連中も味方の被害の多さに正気をなくして、新兵が陥り易い恐慌状態のままに殺しまくっているのだろう。

「くそっ、近くのベテラン部隊を回して止めさせろ。このままでは、退けなくなるぞ!」

 無抵抗の敵兵を虐殺するのは政治的に不味すぎる。ただでさえザフトは軍規が緩く、民間人や捕虜の虐殺が問題視されているというのに、こんなことが外に漏れたら敵が増えてしまうではないか。しかもそんな事に貴重な時間を消費してしまうのだ。
 この司令部の指示を受けて現場に急行したアスランは、逃げ回る歩兵を追い掛け回して重突撃機銃を撃っているジン部隊を見つけると迷う事無くシールドで殴りつけた。

「何をしている、止めないか!」
「あ、あいつ等が悪いんだ。あいつ等が余計な抵抗をしたから!」
「落ち着け。深呼吸をして周りを見ろ。もう撤退命令が出ているんだぞ。訓練校で何を習ってきた!?」

 ジャスティスが割って入ったことで連合の歩兵たちは慌てふためいて逃げていくが、そんなものに構っている余裕はアスランには無かった。殺戮に酔っていたジン部隊はジャスティスを見て足を止め、銃を向けている。敵か味方か判断しかねているようだ。
 アスランはそれらの新兵を怒鳴りつけて、あるいは殴りつけて正気に戻し、とにかく海岸に戻れと厳命して回った。フィリスらの他のベテランも統制の回復に駆け回っていたが、その先々で重突撃機銃にミンチにされた連合軍兵士が散乱しており、流石のアスランやフィリスでも吐き気を催す惨状となっている。その中に即席の白旗を見た時には怒りの余りコンソールを殴りつけてしまった。
 だが、その隣でもっと過激な奴が居た。イザークはどうやらアスラン以上に何か一線を踏み越えてしまったようで、馬鹿をやっていた連中を片端から殴りつけ、蹴飛ばし、ふっ飛ばして回っている。それを見たアスランは、イザークが完全にぶち切れているのを察して慌てて止めに入った。あのままではそのうち武器を手にしかねない。

「ま、待てイザーク、落ち着け!」
「落ち着け? ああ、十分落ち着いてるさ、俺は冷静だぁ!」
「嘘つけ、どう見ても切れてるぞ!」

 破壊神と化して怯えるジンをぶちのめしていくデュエル。遂には重突撃機銃で撃たれる事態になったが、重突撃機銃ではデュエルは倒せない。逆に撃ってきたジンに向けてビームライフルを向ける。

「貴様あ!」
「待てイザーク、それ以上は駄目だ!」

 アスランが止めるも間に合わず、デュエルはビームを発射した。それは正確にジンの重突撃機銃だけを襲い、銃の砲身を蒸発させてしまう。それを見たジンのパイロットは恐怖の余り声を無くしてしまった。
 そしてイザークはライフルを降ろすと、詰まらなそうにジンに声をかけた。

「ふん、これくらいの芸でビビるとは、ザフトの質も落ちたもんだ」
「あ……あ……」
「失せろ。これ以上俺の前に居れば、本当に当てるぞ!」

 イザークの脅しを受けたジンはもとより、その周囲に居たジンも次々に逃げ出して行った。それを見送る事もしないイザークに、アスランが声をかける。

「イザーク」
「……分かってる、大人気ないって事はな。だが、何時からザフトはこんな馬鹿だらけの軍隊になったんだ?」

 やりきれない気持ちを込めた声に、アスランは何も言う事は出来なかった。既にプラントの人的資源は枯渇し、どんな人間もとにかく前線に送られてくる。そのため、開戦前には人格や身体的に問題ありとされて採用されなかったような者まで送られてくるようになったのだが、それはザフトの質的な低下を速める事になった。そしてそこに訓練不足が重なればもうどうしようもない。あんな兵が増えるのも止む得ない事なのだ。 






 こうしてパナマ戦は終局に向っていたが、最後のグングニールの発動で連合軍はかなり多くの装備を破壊されてしまい、追撃が出来なくなってしまった。何しろ主力はマスドライバー周辺に集結していたので、これに巻き込まれてしまったのだ。結果として多くのザフト部隊は海岸に戻って艦隊に収容される事が出来たのだが、逆にパナマ水上艦隊とアークエンジェル隊が貧乏くじを引く羽目になった。自然とこちらで最後の戦いが始まり、パナマ艦隊とアークエンジェル隊はパナマから逃げなくてはいけなくなってしまったのだ。
 殿をアークエンジェルとドミニオンが務め、2隻の艦載機が必死に敵を追い払っているが、敵が多すぎて対処しきれなくなっている。加えてアスランとフィリスを加えたジュール隊までがやってきてしまった。クライシスが無い今、単独でジャスティスと戦えるMSは居ない。
 海上をカラミティと3機のマローダーが走り回り、バズーカとビームガトリングを撃ちまくるが、敵の数が多すぎて逆に反撃されている有様だ。空を飛べるはずのレイダーの姿は無い。どうやら補給に戻っているらしい。フォビドゥンはジャスティスに押されていた。

 ホバーで海上を走り回るマローダー3機に対してゲイツやデュエルがビームを撃ち降ろす。それをマローダーは上手く回避していたが、そのうちにマローダーの1機が孤立し始めた。敵の攻撃が1機だけを引き離すように狙って行われたのだ。
 その罠に嵌められたのはステラのマローダーだった。気付いたスティングとアウルがステラを助けようとするが、それはデュエルとバスターに阻まれる。そして孤立したところに複数のゲイツやジンが攻撃を集中してきて、たちまち周辺の海が水柱とプラズマ、水蒸気に覆われた。

「くっ、こいつら!」

 水蒸気の膜の中ではビームは威力を大きく削がれてしまう。マローダーはその膜の中から飛び出してビームガトリングを構えたが、そこを狙っていたかのように1機のゲイツがビームライフルを放ってきた。それはビームガトリング砲の砲身を直撃し、チャージしていたエネルギーが行き場を無くして砲を溶解、プラズマ化してしまう。
 ステラは慌てて砲を捨てたが、既に右のマニュピレーターは使い物にならなくなっていた。そして更にゲイツがとどめのビームを放とうとしているのを見て、恐怖に硬直してしまった。
 そのゲイツを使っているのはフィリスだった。この激戦にあっては彼女もSEEDを発現させているようで、その瞳には光が無い。

「これで、終わりです」

 機械的とも感じる声と共にトリガーを引く。だが、発射の瞬間、狙っていたマローダーと自分の機体の間にストライクが割り込んできた。放たれたビームはストライクのシールドに阻まれ、空しく粒子の飛沫を散らすのみ。この一撃を防いだストライクは素早くビームライフルを向けてくるとビームを連射してきた。
 フィリスはそれを回避しながら反撃を加えようとしたが、上方監視レーダーの警報に上を仰ぎ見て、急降下してくるエメラルドのスカイグラスパーを見て慌てて回避運動に入る。そのスカイグラスパーは砲撃を加えた後、そのまま下方へと駆け抜けて水面近くで旋回急上昇に入る。相変わらず無茶苦茶な動きだ。フィリスはそれを狙って3発ビームを放ったが、エメラルドのスカイグラスパーはかなりの高速で駆け抜けており、当てる事は出来なかった。戦闘機の最大の武器は速度だと理解している相手のパイロットに、フィリスは少し悔しそうに呟いた。

「流石に手強い……」

 味方のカバーに入ってきたストライクと、それを援護するように現れたスカイグラスパー。いずれも並大抵の腕ではない。さすが足付きの部隊と言うところだろうか。



 トールとキースに救われたステラがアークエンジェルに戻る。その穴を埋める為にトールは低空に固定しなくてはいけなくなり、ますます負担が増える事になった。
 そして、アスランの相手をしていたシャニはかなり追い詰められている。一対一では流石に分が悪いようだ。

「なんだよこの変なMSは!」

 胸から誘導プラズマ砲を発射するが、ジャスティスはそれを容易く回避してビームサーベルを付きこんでくる。それを回避し重刎首鎌を振るったが、それは逆にジャスティスのビームサーベルに柄を切り落とされてしまう。

「この、変なMSのくせに!」
「そっちも似たような物だろうが!」

 アスランが激昂して斬りかかり、フォビドゥンが迎撃の構えを取る。だが、次の瞬間、両者の間をプラズマ砲が駆け抜けた。それを見たアスランが慌ててジャスティスを下がらせる。

「何、新手か!?」

 何が来たのかと確かめようと思う間も無く、周囲の下駄履きのジンやゲイツ、ディンが撃ち落されていく。それはとんでもない砲撃能力であった。そして姿を現した機体を見て、アスランはグッと操作スティックを握り締めた。

「出てきたな、フリーダム!」




 この時、キラは砲撃が正確に敵を捉える事に驚いていた。アラスカでは甘かった砲軸が何故かきちんと調整されていたのだ。

「凄い、船長達がやってくれたのか」

 これがプロの技かと感心しながらキラはアークエンジェルを追撃しているMSを1機、2機と撃ち落していく。もう残弾は無いが、それでも追撃の足を止めるくらいは出来る筈だ。そう考えていたのだが、そのフリーダムに向かってくる赤いMSがあった。その見慣れない機体にキラは容赦なくビームを叩き込んだが、その赤いMSはそれを回避して逆にビームを撃ちかえしてきたキラはそれを回避して反撃しようとしたが、その時通信機から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ようやく出てきたな、キラ!」
「そ、その声は、アスランか!?」
「そうだ、貴様がフリーダムを奪ってくれたおかげで、終わるはずの戦いがまだ続いているんだぞ!」
「な、何を言ってるんだ、君は!?」

 迫るジャスティスめがけて全力射撃を仕掛けるが、ジャスティスはそれを全部躱して距離を詰めてきた。機動性ではジャスティスはフリーダムを上回るので、接近戦なら勝てると考えたのだ。

「そして俺はこんなMSに乗る羽目になった。何もかもお前のせいだキラァ!」
「な、何だよ。それを言ったら僕だって君のせいであんな目にあって、こんな状況になったんだぞ!」

 ジャスティスのビームサーベルをシールドで受け止めるフリーダム。その直後に肩のプラズマ砲がゼロ距離でジャスティスを襲ったが、それはジャスティスの肩を焦がすだけに留まった。
 そして、目前に最大の敵を迎えた2人は、同時にSEEDを発動させた。

「おかげでラクスとの婚約は解消。父上は心労で倒れそうだ!」
「僕だってプラントで酷い目にあって来たんだ。そもそもなんで目が覚めたらプラントに居なくちゃいけないんだ!」

 力任せにシールドを押し返し、ジャスティスが離れた所を狙ってレールガンを叩き込むが、それはシールドで受け止められた。この距離で反応してみせるアスランにキラが驚愕する。

「お前と合い撃ちになった後、俺は散々な目にあったんだぞ。何でお前は何時も俺を苦しめるんだ!?」
「それはこっちの台詞だよ。僕はフレイに約束を破った事を謝らなくちゃいけないんだ。もう2ヶ月近く待たせてるんだ!」

 ジャスティスがもう1つのビームブーメランを投げつける。それをフリーダムがビームサーベルで切払い、今度こそとばかりに2門のプラズマ砲を向けたが、トリガーを引いても弾が出ない。どうやら弾切れのようだ。仕方なくレールガンを撃ち込んだが、それも3射で撃ち止めだった。
 フリーダムの弾幕が切れた隙を付いてジャスティスが2本のビームサーベルを連結させて連続攻撃を仕掛けてきた。フリーダムもビームサーベルとシールドで迎撃するが、切り返しの速さで押され始めている。砲戦型のフリーダムに対してジャスティスは明らかな格闘戦型だ。接近戦ならジャスティスの方が遙かに有利となる。

「今度こそお前を倒す。もう沢山だ。俺の積もり積もった恨みと苦しみを思い知れ!」
「僕だって、オーブに付いたら病院送りで済んだら良いなあ、何て未来しか待ってないんだぞ!」

 ツインビームサーベルがフリーダムの肩のプラズマ砲を片方切り落とし、フリーダムの頭部バルカンがジャスティスの頭部を集中射撃して火花で包む。それでカメラを潰されたアスランは慌ててサブカメラに切り替える。

「これで最後だ、キラァ!」
「落ちろ、アスラン!」

 再びジャスティスのツインビームサーベルがフリーダムに襲い掛かったが、それは下方から襲ってきたビームの連射に邪魔されてしまった。ツインビームサーベルを持っていた右手が直撃を受けて破壊され、最後の武器が失われる。そしてがら空きになったジャスティスの頭部をフリーダムのビームサーベルが切り落とし、更にシールドで殴りつけて叩き落してやった。

「キ、キラァアア!」

 落ちていくジャスティス。だが海面近くでどうにか態勢を立て直し、味方の方へと戻って行った。
 キラはジャスティスが去った後、ホッと一息ついてビームが飛んできたほうを見る。そこにはこちらにビームライフルを向けているストライクの姿があった。誰が乗っているのかと思っていると、その答えは通信機から聞こえてきた。

「おい、そこの羽根付き、お前は何なんだ、味方なのか?」
「……トールだったのか」

 さっきの援護のタイミングの上手さからフラガかと思ったのだが、トールも腕を上げていたらしい。キラは回線を開いてトールに答えてやりたい衝動に衝動に駆られたが、それをすると流石に不味いので必死に堪えて、キラはフリーダムを翻した。ジャスティスが戻った事でザフトも撤退を始めており、もうパナマが戦場になることは無さそうだったのだ。
 去っていくフリーダム。それを追おうとトールはストライクを加速させようとしたが、それはミリアリアに止められた。

「トール、何をするつもり?」
「あれを追いかけるんだ!」
「駄目よ、ストライクにはもう推進剤もバッテリーも無いわ。追撃したら海に落ちるわよ!」
「くっ……」

 ミリアリアに止められて仕方なくトールは追跡を中止した。そして右手でコンソールを殴りつけて怒りを紛らわす。

「今の動きは……キラの動きだった。何なんだ、あのMSは?」

 もしかしたら別人かもしれないが、じゃあどうして自分達を2度も助けに駆けつけた。そして自分とフレイのMSの教官はキラだったのだ。散々に叩き込まれたその動きを見忘れるはずが無い。
 訳が分からない。そんな苛立ちを抱えたまま、トールはもう一度コンソールを殴りつけた。






 こうしてパナマ戦は終わった。パナマのマスドライバーは暫くの間は使用不能となり、この間月基地は補給が乏しくなる事が確実となる。当然宇宙の連合軍の活動は減る事になり、ザフトは補給線を立て直す事が可能になる。
 そして何より、一部のパトリックが本当に信頼している指揮官にだけ通達されていた事、連合との講和がこれである程度筋道が立つことになる、筈であった。その為にザフトは要塞化されたパナマを大損害を覚悟で大攻勢をかけ、結果として参加部隊の4割が死傷し、装備の半数を失うという甚大という言葉でさえ物足りなくなるような損害を受ける事となった。アラスカからの一連の戦闘で受けた損害は地上軍全体の3割にも及び、特に貴重な熟練兵を大量喪失してしまった。
 これだけの損害を出す大作戦を強行したのも、パトリックがこれで戦争を終わらせてくれると期待したからだ。そうでなければもっと時間をかけて準備を整えて攻撃している。損害がアラスカ以上になったのも、碌な準備もせずに時間を優先して速攻をかけたせいだ。アラスカはじっくりと準備をしたおかげで激戦のわりに損害は少なかった。

 だが、カーペンタリアに帰還した攻撃部隊にもたらされたのは、彼等の想像を超えた最悪の知らせであった。パトリック・ザラが暗殺されたのだ。




後書き

ジム改 さあ、いよいよ舞台は破滅への幕を開けてきました。
カガリ ……なあ、ザフトってまだ戦えるのか?
ジム改 はっはっは、ヤン・ウェンリーが居れば勝てるかも。
カガリ そりゃ無茶だろ。
ジム改 じゃあ連合軍が前大戦のイタリア軍並の根性なら。
カガリ そんなに低いか?
ジム改 パナマ見れば分かるだろうが、士気は物凄く高いな。
カガリ 駄目じゃん。
ジム改 こうなるといよいよ奇跡か神風にでも縋るしか。
カガリ でもまだヤル気満々なんだろ。
ジム改 まだ勝てると思ってるお方も居ますから。パナマも一応勝ったし。
カガリ 戦術的勝利が戦略的敗北に結びつくって奴だな。
ジム改 世の中には勝ってはいけない戦いというものがある。でもそれが分かるのは戦後の話。
カガリ で、次回はどうなるんだ。
ジム改 うむ、次回はパトリックがどうなったかの話だ。そしてエザリア政権の発足、穏健派へ弾圧の開始、ブルーコスモス強行派の巻き返し、連合のビクトリア攻略作戦の準備、そして遂に実現するアズラエルとウズミの会談。次回「勝利は誰の手に?」でお会いしましょう。
カガリ 最後に勝つのは私だろ?
ジム改 …………。

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