第94章  コーディネイター




 風が周囲の雑草を揺らし、緑の絨毯に模様を生み出している。そこは海が見下ろせる高台の上であった。そこには10以上の墓石が並ぶ墓地で、死者への配慮かわざと人口密集地から遠い場所に設けられているという。
 その墓石の中で、赤い髪を靡かせながらフレイがその中の1つを手入れしていた。周囲に生えた雑草を取り除き、汚れを洗い落としている。

「……やっと、来れたよ、キラ」

 墓石を拭きながら、フレイは少し悲しげな声で墓石に話しかけていた。そう、これはキラの墓なのだ。キラが死んでもう一ヶ月、最初は深い悲しみの中でここに来る事を頑なに拒んでいた彼女だったが、ようやく来る決心が出来たらしい。
 落ち込んだ彼女を直視する事が出来ず、多くの者は彼女に慰めの言葉しかかけられなかったのだが、カガリとクローカーが何度も説得した事により、ようやくここに来る気になれたのだ。
 墓石の手入れをしているフレイの背後に、40前後くらいの女性がバケツを手に現れた。

「フレイさん、よく来てくれたわね」
「いえ、私こそ、何度も誘って頂いたのに、これまでずっと断わり続けてしまって……」
「いいのよ。大切な人が亡くなったときの悲しさは、私にも分かるから」

 フレイの隣に立ったのはキラの母親、カリダ・ヤマトだった。彼女は息子とフレイの関係を知って、彼女にも息子の墓に来て欲しいと幾度かフレイに申し込んでいたのだ。しかし、フレイはそれになかなか頷く事は出来なかった。それが1月以上が経過する事でようやく悲しみも薄れ、こうして顔を出す事が出来るようになった。
 自分の隣で屈みこみ、花を供えるカリダに、フレイは謝罪の言葉を口にした。

「……ごめんなさい、キラが死んだのは、私のせいなんです私がキラを騙して軍に留まらせたりしなかったら」
「その事はカズィ君とカガリ様から聞いてるわ」

 フレイの言葉にカリダは小さく頷き、ゆっくりと立ち上がった。

「でも、それはあの子が決めた事。それに、あの子が貴女を恨んでいたという事は無いと聞いています」
「でも、私があんな事しなかったら……」
「貴女が自分を責めても、あの子は喜ばないと思うわ。だから、そんなに気に病まないで。貴女が元気になってくれないと、あの子も安心して天国に行けないでしょう」

 カリダはフレイに笑いかけた。

「あの子は要領が悪いから、きっとまだその辺りでどうやったら天国に行けるのかって頭抱えてるわ。そんなあの子が貴女が泣いてる顔を見たら、多分ずっとこの辺りでウロウロし続けて、そのうち化けて出て来るかも知れない」
「ふふふっ、なんだか、本当にそんな気がします」

 目尻に溜まった涙を拭いながら、フレイは無理に笑顔を作った。そんな事を言われると、なんだか本当にキラが墓石の横で頭を抱えて蹲ってるような気がしてしまったのだ。
 この後、2人はキラの思い出を暫し語り合っていた。




 オーブの火山の火口部で戦うカガリとメカカガリ。メカカガリを操縦するシン・アスカは損傷跡が痛々しいメカカガリを必死に操りながら火口の縁に踏み止まっている。

「くっそおおお、何で僕がこんな事しなくちゃあ!?」
「お兄ちゃんが勝手に乗ったんでしょお!」

 文句を垂れるシンを妹が嗜める。カガリの襲撃をうけたモルゲンレーテの工場で無造作に横倒しになっていたメカカガリ。そのコクピットに「ここなら瓦礫も降って来ない」と言って妹と飛び込んだシンは、襲ってきたカガリと戦う羽目になったのだ。
 火口を戦場とする怪獣と巨大ロボット。圧倒的なパワーで迫るカガリに対して、シンはこれ以上の戦いは機体が持たないと理解していた。しかし、妹の前で負ける訳にはいかない。だからシンは、最後の賭けに出る事にした。外部スピーカーを入れ、大きく息を吸い込む。

「あ――、あんな所にUFOが!」

 わざわざメカカガリに指で空の一点を指差させるほどの芸の細かさだ。だが、そのあまりにアホらしい作戦にマユが冷たい視線を投げ掛けてくる。

「お兄ちゃん、そんなベタなネタ信じる人いないよ」
「いるかもしれないじゃないか!」

 妹の突っ込みにムキになって反論するシンであったが、内心ではそうだよな〜と妹に同意していたりする。だが、目の前のカガリは2人の予想を超える反応を見せていた。

「な、何、何処だ、何処に居る!?」

 なんと、信じてメカカガリが指差す先を必死に探し回っていた。シンとマユは何か突っ込みを入れたそうな顔をしていたが、とにかくこれが最後のチャンスには違いない。シンはメカカガリの右足で、こちらに背中を向けているカガリを火口に向けて蹴り落とした。

「なあ、しまった、罠かああああ!」
「普通、引っ掛かるかあ?」

 呆れながら火口へと落ちていくカガリを見送るシン。カガリは火口へと落ちながら、最後の叫びを放っていた。

「うがああああああ、お前等憶えてろおおおお!!」

 そう叫びながら、カガリはマグマの中に消えていった。それをメカカガリから送られてきた映像で確認した防衛軍司令部のユウナ・ロマ・セイランは自らの椅子に深く腰を沈め、肘掛を右手で握り締めた。その隣に立つキサカ一佐がほうっと安堵の溜息を漏らし、そして小さな声で呟いた。

「オーブの平和は、守られた」





 この台詞を最後に、エンディングテロップやらが流れていく。そして観賞していた人たちが満足げな顔で立ち上がり、肩を回したりしていた。

「いやあ、なかなかの迫力だったねえ」
「オーブ軍も協力したかいがあったというものです。それにしてもカズィ君は凄いですな。まさかCG技術でこれだけの物を作り上げるとは」

 ユウナが興奮冷めやらぬ様子で頷き、キサカがこれは良い物だと絶賛している。その周囲にはイタラやアサギとジュリ、クローカーなどの姿もあり、これの製作に相当数の人間が関わっている事が伺える。
 しかし、完成の喜びを分かち合っている彼等の背後で、いきなり扉が音を立てて開け放たれた。何事かと振り返った彼等の眼に飛び込んできたのは、なにやら怒髪天を突く様子のカガリが笑いを懸命に堪えているアズラエルと一緒に立ち、ボコボコにされたエドワードと、彼に肩を貸して支えているマユラがいた。

「お、ま、え、ら〜、これはどういう事か説明してもらおうか?」
「な、何でここに!?」

 ユウナが狼狽した声をあげ、キサカを見る。キサカはカガリの背後でボロボロになっているエドワードを見やり、どういうルートからかは知らないがこの情報を得たカガリがエドワードから実力行使で情報を聞き出したのだと察した。

「カガリ様、これはその……」
「ああ、キサカ、何か言い訳でもあるのか? 私は何時から怪獣になったんだ?」
「い、いや、これはあくまでフィクションでして」

 焦りまくって落ち着きをなくしているキサカ。カガリはキサカに詰め寄って更に文句を言おうとしたが、その時室内で動く人影があった。その人物は真っ黒なマントを着込んで、1人だけ妙に浮いた空気を発している。

「そう喚くなカガリ、なかなかの出来ではないか」
「お前はロンド・ミナ・サハク、何でこんな所にいるんだよ!?」
「何、クローカー技師から面白いものが見れると誘われてな。確かになかなか面白い見世物だった。我が城でも放映するとしよう」
「ちょっと待てコラア!」
「ああ、カガリさん、落ち着いてください」
「アーシャは引っ込んでろ」

 ギャアギャアと騒ぐカガリをミナが苦笑しながら曖昧な言葉で更に怒らせている。その様はどう見てもミナがカガリで遊んでいた。その様を見たキサカが遊ばれているカガリを見て情けなさのあまり右手で顔を押さえている。

 室内の面白い騒ぎを入り口から眺めていたアズラエルの隣にイタラが立ち、アズラエルに話しかけた。

「ほっほっほ、元気なお嬢ちゃんたちじゃのお」
「そうですね。楽しそうなロンド・ミナ・サハクははじめて見ましたよ」

 元気な若者たちの姿にアズラエルが苦笑を浮かべ、イタラが楽しそうに笑っている。そして、アズラエルは笑いを収めたかと思うと、少し真面目な顔でイタラに話しかける。

「イタラ老、カガリ・ユラ・アスハは本当にSEEDを持つ者なのですか?」
「多分の。絶対、とは言いきれん。何しろ理論上の物じゃからのお」

 ひょっひょっひょと笑いながら、イタラは話を続けた。

「儂の考えでは、SEEDを持つ者は別に救世主でも何でもない。マルキオはそう思っとるようじゃが、世の中には救世主なんて都合の良いものは存在しないのじゃよ。そんなものに縋る限り、人間には明日は無いじゃろう」
「では、なんだって言うんです。SEEDは進化した人類ですか?」
「それも違うの。あのお嬢ちゃんを見て何処か進化したように見えるんじゃ?」
「あの頑丈な体とかは違いますよねえ」

 ミナに食って掛かっているカガリを見て、アズラエルは小さく頷いた。

「SEEDを持つ者とは、恐らくは遙か昔からずっと当り前のように出現しておったのじゃと思う。たんにそれを最近になって科学者がそんな名前を付けた、それだけじゃろう」
「昔から居た?」
「そうじゃ。儂の考えでは、SEEDを持つ者とは英雄の資質を持つ者のことじゃ。ハンニバル、スピキオ、アレクサンドロスなどのな。ナポレオンやヒットラーやレーニンらも恐らくそうじゃろう。時代を動かし、新しい時代を作ってきた者、それを最近ではSEEDを持つ者と言っておるだけじゃて」
「ですが、彼等の多くはむしろ悪人として名を残していますよ?」
「時代は善人や正義が作るものではないからの。新しい物を生むには、可能性に挑むには常に破壊が伴う。それだけじゃて。ヒットラーは世界を戦争に引き摺り込んだ大悪人じゃが、彼の政治家としての才幹と先見性は否定できんものじゃろう。そして彼はそれまでの列強支配の時代を終わらせ、結果的に次の時代を引き込んだ。SEEDを持つ者とは、そういった時代を作る人間じゃと儂は思っておる。その人間が善人か悪人かは関係なく、な」

 その思想はマルキオの提唱するSEEDとは全く異なるものだ。そして、決して相容れない思想でもある。だが、アズラエルには納得できる考えでもあった。救世主とか進化とか言われるより、よほど受け入れ易い。
 だが、そうなるとアズラエルにはもう1つ謎が出てきてしまう。いや、彼にとってはそっちの方が問題といえた。

「ではコーディネイターはどうなんです。貴方たちはSEEDを持つ者を助けないのですか?」

 その問いに、イタラは本当に楽しそうに笑い出した。そのさまを見てアズラエルが少し不快げに眉を動かす。

「何が可笑しいんです?」
「いやなに、まさかお前さん、儂らが本当にコーディネイターだとでも思っとるのかの?」
「違うんですか?」
「違うの。儂らはただの遺伝子を弄った強化人間じゃよ。それを便宜上コーディネイターと呼んでしまっただけじゃ。本当のコーディネイターとはSEEDを持つ者を人々のに受け入れさせる者の事じゃよ。それをどう勘違いしたのか、それとも待てなかったのか、科学者は自分で作ろうとしたわけじゃ」

 笑いを収め、イタラは視線を窓の外に向けた。そこから先には海岸線を見ることが出来る。

「コーディネイターとは、恐らくは英雄の介添え人の事じゃ。英雄は常に自分を補佐してくれる人間を伴っておる。それなくしては多くの英雄は世に出ることさえ出来なかったじゃろう」
「では、コーディネイターとSEEDの差は何なのですか?」
「簡単じゃよ。コーディネイターもSEEDも、必ずしも凄い力を持っておるとは限らん。じゃが、コーディネイターは自身では大した事は出来ん。SEEDを持つ者と共にある時にこそ大きな力となるのじゃ」
「SEEDを持つ者は、単独でもそれなりの事が出来ると?」
「そういう事じゃ。じゃがまあ、所詮1人では大したことも出来んじゃろうがな」

 そう言って、イタラはヒゲを扱いている。アズラエルはなるほどと頷き、室内でミナに丸め込まれているカガリを見た。その隣ではカズィがアーシャと一緒にミナとカガリを止めており、シンがマユと一緒にアサギやジュリと談笑している。キサカが頭を抱えていて、ユウナとクローカーが笑っている。
 別に何処もおかしな所は無い、だが決定的におかしな光景である。この部屋にはナチュラルとコーディネイターが当り前のように居て、なんのイザコザも無く笑っている。オーブでもコーディネイターは問題となっている筈なのにだ。
 ここにいる人間の多くはカガリと個人的な繋がりがある。だが、カガリの力が彼等を惹き付けたのだろうかと考えると、アズラエルは首を傾げてしまう。カガリにはそんなカリスマがあるとは思えないのだ。カリスマならウズミに勝る者はオーブには居ないだろう。そうなると、誰かがカガリを取り巻く人々に何らかの影響を与えたのだ。
 そしてキラ・ヤマトも連合の中で、アークエンジェルの中でいつの間にか居場所を確保していた。何故だ。あれほどの力を持った化物が、最高のコーディネイターがどうしてナチュラルに受け入れられた。あれほどの力を見せ付けられれば、普通は恐怖する筈なのに。

「イタラ老、貴方は、本当のコーディネイターに心当たりがあるのですか?」
「何の事かの?」
「惚けないで下さい。僕だってキラ・ヤマトとカガリさんを見てきました。あの2人は周囲に受け入れられ、その力を発揮していた。カガリさんはドゥシャンベで対立していた大西洋連邦軍とユーラシア連邦軍を1つに纏めてしまってさえいます。貴方の言い分なら、彼等がこういう事をする為には、コーディネイターが必要なはずでしょう?」

 アズラエルの問い掛けに対し、イタラはまた小さく笑い出した。

「アズラエル、お前さんももう気付いておる筈じゃ。自分でも分かっておるのじゃろう。いつの間にか、自分も変わってしまったという事に」
「…………」
「何故お前さんはここにおる。どうして儂と普通に話しておる。ブルーコスモスの盟主、コーディネイターに対する強行派の首領たるムルタ・アズラエルは何処に行ったのじゃ?」
「……イタラ老、貴方は、彼女がそうだと言うのですか?」
「多分じゃがな。何の確証も無いことじゃ。じゃが、あの娘に、フレイに会った者は皆少しずつ変わってしまっておる。俗世に関わる気が無かった儂を動かしたのもあの娘じゃ。あの娘が何かをやって見せるという事は無理じゃろうが、あの娘は人の背中を僅かばかり前に押してくれる。最初の1歩を踏み出させてくれる」
「確かに、私もマドラスで彼女やキラ・ヤマトを見ていると、コーディネイターへの怒りが馬鹿馬鹿しくなってきました。そして気がついたら、この状況です」

 アズラエルもイタラの指摘を否定する事は出来なかった。彼女は出会った人々の背中を押してくれる。そうなのかもしれないと彼も思ってしまうのだ。
 そしてアズラエルも知らないことであったが、カガリがドゥシャンベで両軍をまとめる事が出来た事にもフレイは関係していた。そしてアスランたちにも彼女は小さな影響を及ぼしている。それは1つ1つは大したことではないはずなのだが、いつの間にかアズラエルやイタラさえ動かしてしまっている。
 
「もっとも、儂の考えが間違っている可能性もある。実はお嬢ちゃんはコーディネイターでも何でもないのかもしれん。そもそもコーディネイターの定義さえジョージ・グレンが言い出した物で、正しいのかどうかも分からんからの」
「ですが、カガリさんやフレイさんは僕たちを動かした。それは事実です」
「その通りじゃな」

 SEEDを持つ者かどうかは分からないし、コーディネイターなのかどうかも確証は無い。ただ言えることは、自分達はキラを入れたあの3人の姿に、言葉に動かされてしまったという事実だけだ。そして既にイタラもアズラエルも引き返せないところに来てしまっている。
 だが、不思議と怒りも後悔も無い。あの3人を何故か信じてしまったが、それが間違っていたとは何故か思わない。今も見ている先で口喧嘩をしているカガリの姿はとても指導者の器には見えないが。
 アズラエルはやれやれと両手をポケットに突っ込むと、イタラに背を向けて歩き出した。

「何処に行くのじゃアズラエル?」
「これからオーブの代表達と非公式に話し合うのですよ。これからの世界情勢に対して、オーブはどう動くつもりなのか。それを確かめなくてはいけませんから」
「ほう、それはそれは。必要となればオーブを攻めるつもりかの?」
「必要ならですがね。ただ、今の所攻め滅ぼす必要は無いですよ。今回は本当にただ確認したいだけです。それに、彼女達を敵に回すのは個人的に気が引けますから」

 そう言い残して、アズラエルは建物を後にした。それを見送って、イタラはもう一度試写会が行われていた会場に視線を戻す。その光景は、もしかしたらマルキオが求めているような理想の姿なのかもしれなかった。






 同じ頃、オーブにある難民キャンプに1人の男が訪れていた。荷物袋を背負い、どこか疲れた雰囲気をまとっている。キャンプの中で荷物を移動させていたエレンは、その男を見て軽い驚きを表していた。

「あらユーレク、どうしたのいきなり?」
「……新しい仕事を探している。良ければ、警備員にでも雇ってもらえないか?」

 やってきたのはユーレクであった。あれほど戦場に身を置きたがっていた男が新しい仕事を探して居ると言うのを見て、エレンが訝しげな顔になる。

「どうしたのよ。最高のコーディネイターを追うのは止めたの?」
「いや、戦う事は出来た。そして、完膚なきまでに負けてきた」
「……それでか」

 なんと言うか、まるで覇気が感じられない。以前に会った時は狂気さえ感じさていたと言うのに、今目の前にいる男はまるで抜け殻だ。人生の目標としていた最高のコーディネイターに破れた事で、芯が折れてしまったのだろうか。
少し考えていたエレンは、自分が持っていた荷物を無造作にユーレクに突きつけた。それを受け取ったユーレクが戸惑っているのを見て、エレンが近くにある青い天幕を指差す。

「とりあえず、あそこに運び込んでおいて」
「……いいのか?」
「給料は高くないわよ。そのくせ仕事は多い。それで良いなら好きになさいな」

 自分を置いてくれると言ってくれたエレンに、ユーレクは小さく頭を下げていた。そんなユーレクに、エレンは微笑を浮かべながらサラリと酷い事を口にしてくれる。

「でもユーレク、少し見ない間にまた老けたわね」
「……うるさい」






 太陽の光が照りつける海岸に作られた埋立地。基地の敷地を増やす為に行われた拡張工事が生み出した敷地であったが、結局は使い道の無いただの埋立地となってしまっている。その埋立地には雑草が大量に茂っており、何時もこの辺りに追いやられた連中が自分達で刈っている。
 そんな日差しの下でひたすら鎌を振るって草刈をしていた少女が、プルプルと震える手で鎌を握り締め、雄叫びを上げて立ち上がった。

「何で私がこんな所で草刈しなくちゃいけないのよおっ!」
「……仕事だからだ」

 その隣でルナマリアと同じように鎌を手に草刈をしていた男、レイ・ザ・バレルがルナマリアの雄叫びに律儀に答えてやったが、ルナマリアは納得した様子は無かった。鎌を握り締めて空を流れる白い雲めがけて更なる叫びを放っている。

「そもそも、特務隊ってエリートの集団じゃなかったの。出世コースじゃなかったの。ザフトの最高のパイロットと最高のMSを集めたザフト最高の部隊じゃなかったのお!?」
「まあ、来る時の説明ではエリート部隊だったな」
「そうでしょ。なのにどうして私はこんな所で草刈してるのよ。これの何処がエリートよ。これじゃまるで左遷されたみたいじゃない!」
「……みたいじゃなくて、左遷だと思うが」

 集めた雑草の山をゴミ袋に詰めながらレイが答える。ルナマリアが叫んでいる間にも黙々と仕事をこなしているのは大したものだ。
 そして、それを聞いていたイザークが迷惑そうな顔でルナマリアを見た。

「ホーク、そんなに草刈が嫌なら、事務仕事に回るか?」
「え、良いんですか?」
「俺はどっちでも構わん。これ以上そんなところで叫ばれるとこっちが恥ずかしいからな。鎌はそこに置いといて構わんから、早く事務所に行け」
「は〜い」

 凄く嬉しそうな顔でルナマリアは鎌を置くと、小走りにプレハブ小屋の方に戻っていった。それを見送ったディアッカとジャックがイザークに声をかける。

「おいイザーク、良いのか行かせて?」
「そうですよ。今事務仕事を取り仕切ってるのはエルフィですよ。エルフィのペースでやらされたら、あの娘死にますよ?」
「構わん。ああいうのは一度現実を見せてやった方が良い。特務隊に入るには不屈の精神と強い肉体が必要なんだってな」
「きっと、名前に夢見てたんだろうな」

 ディアッカが同情しながらセイタカアワダチソウを切り取り、隣に積み上げた。




 そしてプレハブ小屋に入ったルナマリアは、目をぱちくりとさせて硬直してしまっていた。室内の机には堆く書類が積み上げられ、アスランとエルフィ、フィリスの3人が物凄い速さで書類を処理している。その速さにルナマリアは声も出なかったのだが、入り口に突っ立っている彼女に気付いたフィリスがどうしたのかと声をかけた。

「どうしましたかルナマリアさん、そんな所で?」
「あ、いえ、こっちの仕事を手伝えと言われて」
「ああ、そうなんですか。それでは、まずそこの机からシホさんを掘り出してください」
「は?」

 ルナマリアはフィリスが指差す先を見た。そこには書類が乱雑に積み上げられて山をなしており、人の姿は無い。

「あの、何処にシホさんが?」
「書類の山の中です。先ほど積み上げてた書類が崩れたんですよ。まあシホさんが書類の山で遭難するのは何時もの事なんですが」
「そうですね。シホももうちょっと仕事が早くなればこんな事にならないんだけど」
「仕方ありません。シホさんは几帳面過ぎますから」

 書類を整理しながら会話をする2人。ルナマリアはマジかよと思いながらその書類を掻き分けていくと、中から確かにシホがでてきた。書類に押し潰された際に目を回したようで、ピクピクしている。

「キュウ〜」
「本当に埋まってるし」

 自分の常識では測れないルールで動いているこの隊の恐ろしさを、改めてルナマリアは実感してしまった。こんな物凄い仕事量をこなせるようでないとエリートとは呼ばれないのだろうか。

「私はまだまだって事なのかしらね。エリートの道は遠いわ」

 ブツブツ言いながら書類の中からシホを掘り出していくルナマリア。その言葉を聞き取ったエルフィが不思議そうにフィリスに問う。

「フィリスさん、私たちってエリートだったんですか?」
「エルフィさん、うちはエリートではなくて厄介払いされた独立愚連隊と言うんですよ」
「ですよねえ」

 フィリスの答えに満足げに頷いたエルフィ。それを聞いたアスランが手にしていた万年筆を握り潰してしまっていた。

「……否定できん」




 ようやくアスランから小休止を伝えられ、フィリスはシホとルナマリアを連れて自販機でジュースを飲んでいた。幾らフィリスでも疲れるのだ。エルフィは別件があるとかで本部の方に行ってしまっている。

「ふう、少しは仕事も減って欲しいものです」
「仕方ないですよ、特務隊への移行の事務処理が来ましたから。それに、ザラ隊長もまだ本調子じゃないようですし」
「無理も無いですよ。ザラ議長が暗殺されて、その犯人がラクスだって言うんですから。自分の父親が婚約者に殺されたなんて、何処の小説かと言いたいですよ」
「ザラ隊長も大変です。これで婚約も解消でしょうし」
「当り前ですよ」

 パトリック・ザラ暗殺の容疑者としてラクスの名が上がった時のアスランの取り乱しようは筆舌に尽くしがたい。それ程ショックを受けたのだ。それを聞いた日はイザークが無理やり休ませたほどである。
 まあ、今ではだいぶ立ち直っているのだが、それでもアスランの能力が戻らないのは痛い。
 だが、2人の話しを聞いていたルナマリアがいきなり目を輝かせた。

「あ、あの、フィリスさん。その話は本当ですか?」
「は、何がです?」
「ザラ隊長がフリーだって話です」
「ええ、そうですよ。流石にあんな事件が起きてはしょうがないでしょう。でも、何故そんな事を?」

 なんだか嫌な予感がしたが、一応問い掛けた。

「決まってます。これで私もザラ隊長に公にアタックできるじゃないですか!」
「……そういう事ですか」

 どうやらまたアスランの頭痛の種が増えたらしいと悟り、フィリスはアスランに同情した。控えめなエルフィの好意とは異なり、ルナマリアの積極的な性格からすればかなり押していくに違いない。これからのアスランの苦労を思って、フィリスは困った顔になってしまった。






 オーブの公営施設の1つでアズラエルはウズミとホムラの2人と会見していた。勿論非公式の事であり、2人とも秘書官以外の者を連れてきてはいない。アズラエルと向かい合ったウズミはいきなり不快感を見せてアズラエルに食って掛かった。

「アズラエル殿、何故貴殿がここにおられるのだ。入国したとは聞いていないが?」
「まあ色々とありまして。今はアルスターさんのお宅にお邪魔しています」
「……カガリめ、知っておったな」

 娘の裏切り行為にウズミが顔を顰めたが、今はそれどころではない。ウズミは時間が無いから早めに終わらせようと前置きしてアズラエルに自分の考えを伝える。

「脅されようと私は考えを変えるつもりは無い。オーブはオーブの理念に従うのみだ」
「そうですか。つまり、何が起きてもオーブは中立を維持するというのですね。この情勢下でだんまりを決め込むと?」
「そう取りたければ取るが良い。私は戦争をするつもりは無い」

 ウズミはそう断言したが、それを聞いたアズラエルは失笑を禁じえなかった。本気で言っているとすれば、オーブの獅子も随分耄碌したものだ。

「ホムラ代表、貴方の考えも同じなのですか?」
「それは……」
「分かっている筈ですよ。既にオーブは中立を許されない状況にあると。パナマのマスドライバーが使えない今、カグヤは貴重なマスドライバーです。連合はそれを欲するでしょうし、ザフトは使わせまいとするでしょう。もうオーブに中立を語る資格は無いのですよ」

 既にどちらかに付くか、さもなければ双方を敵に回すか、どちらかの選択肢しかオーブには残されていない。マスドライバーという戦略的な価値がオーブにある以上、オーブに戦う気が無くても連合とザフトにはオーブを攻める理由はある。理由がある以上、オーブがどう言おうが知ったことではない。逆らう小国は大国に食われるのみ、それが現実だ。
 ホムラはウズミほど強硬な考えを持っている訳ではないので、アズラエルの連合への参加も選択肢の一つであると考えているだからアズラエルの言葉に明確に答えを返せないで居た。

 アズラエルはオーブに連合への参加を促しただけで用は済んだと帰ってしまったが、残されたウズミとホムラはなかなか席を立とうとはしなかった。そのうちにホムラが酷くつらそうな声でウズミに問い掛ける。

「ウズミ殿、もう、限界なのではないですかな?」
「ホムラ、何を言うのだ!?」
「理念だけでは国民を守れないでしょう。もし連合がオーブを経済封鎖すれば、オーブはたちまち干上がります」
「だからと言って、理念を無くしては国は死んだも同じぞ!

 ウズミの叱責を受けてホムラは目を閉じて肩を落としてしまった。彼は名目上の代表であって、実権は何も無い。自分に出来るのはこうして意見を述べるのが精々なのだ。
 ウズミが苛立ちを隠さずに建物を後にしても、まだホムラは残っていた。彼は悩んでいたのだ。ウズミの語るオーブの理念と、アズラエルの言った現実が頭の中で何度も反芻されては消えている。

「……国を無くして、人を無くして、理念だけが残って何の意味がありますか、ウズミ殿?」

 オーブ人がオーブ人として生きられるのはこの小さな島国だけだ。この土地を失えば国民は難民となってしまうし、人が居なくなれば理念も何も無くなる。国の指導者にとって最大の仕事は理念を貫く事ではなく、国土と国民を守る事ではないのか。
 しかし、自分には何の力もありはしない。その事がホムラには悔しかった。






 そして、遂にキラがジャンク船を離れる時が来た。船長や仲間達1人1人に礼を言い、ここまで連れてきてくれた事を感謝している。船員達はみんなキラが行ってしまう事を残念がり、冗談交じりに残らないかと言う者も居る。
 そしてキラは船長にもう一度礼を言った。

「ありがとうございます船長」

 キラの礼に船長は何も言わず、黙ってキラに何かを差し出してきた。

「持っていけ」
「これは、ワッペン?」

 渡された丸いワッペンを見て、不思議そうな声を上げるキラ。これは何なのだろうかと暫し考えて、ようやくその答えに達したキラは驚いて船長を見上げる。

「船長、これって、ツィオルコフスキーのエンブレムじゃないですか!?」
「貰いもんだ。俺にはもう必要ないが、手前には役立つだろうよ」

 あのジョージ・グレンが乗り込んだ木星往復船のクルーがつけていたミッションマークを何処で手に入れたというのだろうか。キラはこの船長は何者なんだと思ったが、それは口にせず、ワッペンをポケットに入れた。

「ありがとうございました、船長」
「全部終わったら、気が向いたら顔でもだしな。こき使ってやる」
「あははは、考えておきます」

 そう言ってキラはフリーダムに乗り込み、ジャンク船から飛び立ってオーブを目指した。フレイとの再会に胸を躍らせて、キラはオーブを目指している。

「そうさ、きっとフレイだって喜んでくれるよ。カガリだって大騒ぎしてくれて、2人で僕を歓迎してくれるさ」

 それは理想の未来。奇跡を期待するようなものなのだが、キラはその奇跡を信じていた。そうさ、奇跡は起きる、きっと。

「クスクス、起きないから奇跡って言うんですよ」
「そんな事言わないでよ!」

 奇跡に縋っていた所を突っ込まれてキラがすかさず言い返したが、言い返してからふと気付いた。今突っ込みいれたのは誰?

「え、え、誰、誰かいるの。それとも幻聴?」

 狭いコクピットの中をきょろきょろと見回すが、やっぱり誰も居ない。キラは暫し悩んだが、疲れてるんだろうと結論付けてそれ以上考えるのを止めた。




 しかしこの時、オーブに向うフリーダムは追跡していたアークエンジェルと、海中に居たザフトの潜水艦に確認されてしまっていた。フリーダムがオーブに入った事は直ちにプラントのクルーゼに伝えられる。この潜水艦はクルーゼの息のかかった部隊だったのだ。
 フリーダムがオーブに入ったという報せを受けとったクルーゼは残酷な笑みを浮かべると、拘束中のパトリックに話しかけた。

「オーブにフリーダムが入ったようです。これでオーブを潰す口実が作れましたよ」
「貴様、まさかオーブを攻めるつもりか!?」
「勿論ですとも。あの国の中立政策は私にとって邪魔でしたから。ザフトがオーブを攻めれば、他の中立国も全て連合に流れるでしょう。これで世界は完全に2つに割れます。私にとっては理想的な状態だ」

 そう言ってクルーゼは事を進めるべく部屋から出て行こうとした。

「ああそうそう、この屋敷内でしたら自由にしていただいて構いませんよ。TVなども御自由に観賞してください。外出はさせられませんが、必要な物がありましたら警備の者に伝えていただければ、可能な限り揃えましょう」
「……貴様、一体何を考えている。何が望みなのだ?」

 まるで世界の破滅を望んでいるとしか思えないクルーゼの考えがパトリックには理解できなかった。そんな事をして何の意味があると言うのだ。そして、パトリックはクルーゼがどうして自分を生かしているのかも理解できないでいる、一体この男は自分に何をさせるつもりなのだ。
 パトリックに問われたクルーゼはパトリックを振り返ると、なにやら空虚な笑みを浮かべてそれに答えた。

「私が欲しいのは、ショーの観客ですよ」
「観客だと?」
「そう、人類が滅びゆくショーを見届ける観客。私が貴方に望むのはその役目です。自分が育て、守ろうとしてきた物が失われる瞬間をどうか見届けて頂きたいのですよ」

 パトリックの質問に答えたクルーゼは部屋から出て行こうとして、ふと思い出したかのように付け加えた。

「そうだ議長、1つ面白い事を教えましょう」
「面白い事だと?」
「はい。血のバレンタインですが、あの時どうしてあの核を搭載したメビウスがプラントに迫れたのか、お分かりですか?」
「たまたま防衛線の穴を突かれたのだろう?」

 何を言い出すのかと訝しがるパトリックにクルーゼはそうではないと言った。

「違うのですよ議長。ナチュラルは知っていたのです。ユニウス7辺りに防衛線の弱点があるとね。そしてそこにはわざと隙が作ってあったのですよ」
「まさか……貴様が……」
「そう、連合に情報を流し、そこに穴を開けておいたのは私なのですよ。ユニウス7には貴方の奥様がいらしたから、実に都合が良かった。おかげで貴方は連合との全面戦争を主張してくれましたよ」

そう言って大笑いしながら、クルーゼは部屋から出て行った。残されたパトリックはソファーに腰を降ろし、膝の上に両腕を乗せて頭を垂れてしまった。頭の中ではどうしてこんな男を重用してしまったのかという後悔が渦巻いている。

「レノア、アスラン、シーゲル、ジュセック、すまん……」

 全てがあの男の掌の上で動いていたと悟り、パトリックは激しい後悔の念に苛まれていた。自分は、なんと愚かだったのだという自責の念が内からあふれ出し、やり場の無い感情が内心を荒れ狂っている。
 だが、パトリックはまだ絶望してはいなかった。自分はまだ生きている。そして世界はまだ滅びてはいない。まだジュセックやシーゲルも居る。ラクスもこのまま両者の殲滅戦を見過ごしはすまい。必ず逆転のチャンスはある。パトリックはそう考え、とにかくその時を待つのだと考えていたのだ。



後書き

ジム改 時代の扉はすぐそこまで来ているのだ!
カガリ 待てコラア、何でメカカガリが出てるんだよ!?
ジム改 前回の予告で出てたではないか。
カガリ ありゃネタじゃなかったのか!?
ジム改 ふっ、こう見えても私は正直者で通っているのだよ。
カガリ いや、それは嘘だろ。これまでも嘘予告はあったし。
ジム改 過去を穿り返して苛めるなよ……
カガリ やかましい。ところで、クルーゼって悪者なのか・
ジム改 悪者だろうな。
カガリ このシリーズで完全な悪党って珍しいんじゃないのか?
ジム改 珍しいと言うか、こいつ等だけだからな。
カガリ アズラエルは?
ジム改 他の奴等はそれぞれの立場で動いてるだけだから。私人と公人は別だよ。
カガリ でも、お父様はどうなるんだ?
ジム改 あの人は一度決めた事は何が当てもやり通す信念の人だから。
カガリ 言い換えると頑固で融通が効かないって事だろうが。
ジム改 その割にはAA受け入れたりと、黒い事もしてるけどね。
カガリ 困ったもんだ。それでは次回、オーブに帰還したキラだったが、国籍不明機としてオーブ軍の迎撃を受けてしまうことに。そして再会する2人。キラの生存を知ってフレイは……。サザーランドの許可を取り付けてフリーダムを追う様にオーブに入港してくるアークエンジェルとドミニオン。そしてクルーゼはオーブのエドワードを動かして証拠を得ようとする。今、オーブは確実に追い詰められていた。次回「終末は自由と共に」でまた会おうな。


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