第95章  終末は自由と共に


 

 オーブに迫る国籍不明機。その報せを受けたカガリは締め上げて落とそうとしていたシンの離すと、どうしたもんかとキサカに相談していた。

「キサカ、スクランブルは?」
「既に空軍機が出ていますが、相手がMSだった場合、対処できないかもしれません」
「じゃあMSを出せ。M1のフライトユニット搭載型があっただろ?」
「あれは一部の小隊にしかまだ配備されていません。ですが、これらの小隊の多くは技量がまだ実戦に出せるほどでは」
「ならガーディアン・エンジェル小隊を、フレイを呼べ。あいつなら相手が何でも対応できる!」

 フレイはアークエンジェル隊で戦果を重ねてきた、オーブでも片手で数えるくらいしかいない実戦経験を持つパイロットだ。しかもあのキラとさえ渡り合う強さを持っている。彼女なら敵機が何であれ、そう簡単に負けるという事は無いだろう。
 カガリの命令を受けてフレイに連絡が取られ、フレイは墓地から急いでオノゴロ基地へと戻ってくる事になった。折角来れたのにもう戻らなくてはいけないとは。しかし、命令とあれば逆らうわけにもいかず、急いで戻って防衛軍司令部に居るカガリに状況を確かめた。

「何があったの?」
「国籍不明機が進入してきた。空軍機が確認した映像だと、どうもMSらしいんだが、見た事の無い機種だ。どうもGシリーズの新型みたいなんだが。通信で連絡を取ろうにも距離が開いててNJの妨害があるんだ」
「新型って、カラミティとか?」
「いや、ストライクか何かじゃないかな。とにかく、もうすぐ防空識別圏を越える。フレイはガーディアン・エンジェル小隊を率いてこれの迎撃に当たってくれ。相手が抵抗するようなら落としても構わない。武器の使用判断は任せる」
「了解。でも……」

 送られてくる機体の映像を見ながら、フレイは少し首を傾げていた。顔には何だか迷っているような色が浮かんでいる。

「どうしたフレイ?」
「うん、何だか分からないんだけど、懐かしいような、何なのかしら?」
「なんだそりゃ?」
「よく分からないの。あれを見てたら、そんな感じがしただけ」

 フレイは何だか訳の分からない事を言って司令部を出て行った。それを見送ったカガリは何だか煙に巻かれたような表情をしていたが、直ぐに気持ちを取り直すと管制官に声をかけた。

「戦闘機には近づくなと言え。MS相手じゃ話にならん」
「分かりました」
「しっかし、こんな時期に何で来るんだよ。まさか、オーブを追い詰める為の示威行動か?」

 カガリが困った顔で呟く。隣でコンソールを操作していたキサカはそれを聞いて違うだろうと言った。

「いや、それは無いと思います。それでしたら何処の機体か、分からなければ意味が無いですから」
「じゃあなんだ、あれは?」
「分かりませんな」

 そう聞かれるとキサカにもさっぱり分からない。あのMSは真っ直ぐオーブ領空に迫っていたのだ。その動きは示威というよりも、オーブに来る事それ自体が目的に思える。

「亡命、かもしれませんな」
「亡命だと?」
「何処の機体かは分かりませんが、識別に無いという事は新型でしょう。それを対価にオーブに亡命を求めてきたどこかの国の軍人という可能性があります」

 軍人、特にパイロットが戦闘機ごと他国に亡命するというのは前例が幾らでもある。戦闘機は空を飛べるし、機体は機密の塊なので取引材料になるからだ。それがどこかの国の最新鋭機となれば確かにメリットは計り知れない。特にオーブは大西洋連邦の持つナチュラルMSの機体データを欲していたので、これが手に入るなら受け入れる価値はあるだろう。
 だが、ウズミがそれを許すだろうか。亡命を受け入れれば相手国との関係悪化は避けられない。ただでさえオーブの立場は微妙なのに、更に問題を増やす事になりかねない。

 受け入れるか、追い払うかで悩むカガリ。その背中に、これまで状況の推移を見守っていたミナが声をかけた。

「悩む事はあるまい。受け入れるべきだ」
「簡単に言うなよ。もしあれが大西洋連邦やプラントの機体だったら、戦争になりかねないぞ」
「亡命の受け入れはオーブの中立政策からすれば問題は無い。向こうとて表立って抗議を寄越しても恥の上塗りになるだけだ」
「だけど、もしこいつがとんでもない情報を持ってたらどうするんだ。相手が戦争しても取り返したいようなものだったら?」
「その時はその時だ。秘密裏に運べば亡命者をそのまま交渉のチップにする事も出来る。後はウズミの手腕次第だろう」
「おい、ちょっと待て!?」

 ミナの発言にカガリが目を剥いた。こいつは亡命者を外交カードとして利用し、オーブの利益にしろと言っている。それはカガリという人間には到底受け入れられないやり口だ。だが、ミナは青臭い反応を見せるカガリに冷笑を持って答えていた。

「どうした、怖い顔をして?」
「お前等は何時もそうだな。国の為なら何してもいいってのか?」
「当然だろう。為政者は国と国民を第一に考えねばならん。その為に利用できるものは何でも利用する」
「てめえ――!」

 とうとうカガリは元々強度に問題がある欠陥品の堪忍袋の緒を引き千切ってしまった。逆にミナは自分に食って掛かってこようとするカガリを嘲笑さえ浮かべて見下ろしている。一瞬即発の空気が漂い、それが最悪の事態を呼ぶかと思われた瞬間、キサカがわざと大きな声を上げて2人の注意を引いた。

「カガリ様、フレイたちが未確認機と接触します!」
「……よし、フレイに相手と接触を取らせろ。油断するなよ」
「分かりました」

 キサカがフレイのM1と連絡を取っている。カガリはじっと正面のメインスクリーンを見ていたが、その隣にミナが立った。

「NJの影響で相手との通信が取れないのだろう。何故あのM1とは連絡が取れる?」
「フレイのM1は指揮官用のカスタム機、M1H型だ。通信、索敵機器がノーマル機よりも格段に強化されてる」
「なるほど、それでNJの妨害を突破できるわけか」

 納得してミナは頷いていた。彼女は軌道上にあるアメノミハシラに居る事が多いので、どうしても地上の情報には遅れがちになる。

「しかし、何時開発したのだ。私は聞いていないが?」
「ああ、私が指示してクローカーに開発させた改修機だからな。前線じゃあ指揮系統の確保が重要だから、指揮官用に追加パッチを作らせたんだ。他にも幾つかのタイプを試作させて評価試験をさせてる。うちはM1で勝負するしかないからな」
「ほう……」
 
表面上は本国ではあんな機体の開発もしていたのかと感心しているように見えたが、内心では少しだけカガリを見直していた。ウズミに似て理想だけを追い求める、威勢だけは良い小娘かと思っていたが、必要な知識はちゃんと学んでいたらしい。
ミナがそんな事を考えているとも知らず、カガリは緊張した趣でスクリーンを見守っていた。これは、彼女にとって初めての本国での戦闘指揮なのだ。






 オーブを目指して真っ直ぐ飛んでいたキラは、途中からオーブ軍機に接触を受けている事には気付いていた。折角だから先導してもらおうと通信回線を繋ごうとしたのだが、どうも妨害が酷くて上手く行かず、仕方なく同じコースで飛行を続けている。
 だが、その眼前にオーブ軍のMSらしい赤いMSが4機、進路を塞ぐように現れた。それを見たキラはひょっとして攻撃されるのかと緊張したのだが、通信機から雑音混じりに聞こえてきた声に流石に声を無くしてしまった。

「そこの国籍不明機に警告します。貴方は我が国の領空を侵犯しています。直ちに引き返しなさい」
「……なんで、君がそんなものに?」

 通信機から聞こえてきた声は聞き間違えようも無い声、フレイの声だった。震える指で通信機の回線を合わせ、相手にこちらの声が聞こえるようにする。妨害が心配だったが、これだけ近ければ届くだろう。

「フレイ、だよね?」
「…………キラ?」

 フリーダムとM1Hは暫しの間向かい合ったままじっと滞空していた。お互いに何も語る事無く、黙ったままで。
 そして、対に沈黙に耐えられなくなったキラがフレイに問い掛けた。

「嘘、何で……キラは死んだって……」
「死んだって、誰がそんな事言ったのさ? 僕はこうして生きてるよ」
「でも、アスランが殺したって。キースさんもカガリも撃墜されたって。オブにはお墓もあるのに……」
「……ひょっとして、完全に死んだことにされてたの?」

 フレイの口からどうしてアスランの名前が出てくるのかが疑問だったが、とりあえずそれよりもキラは自分が死んだ事にされていた事に軽いショックを受けていた。まあ戦闘で撃墜されて2ヶ月も音信不通では戦死したと思われても仕方が無いのだが、まさか墓まで建てられていたとは。
 自分の墓石を拝めるって貴重な体験だな〜、とかの馬鹿な考えも浮かんだりしたが、それよりも問題なのはどうして軍から抜けたはずのフレイがこんな所でMSに乗っているのかだ。キラはその事を怒りさえ感じさせる声で問い質した。

「フレイ、どうしてMSに乗ってるんだ。君はもう軍から離れた筈だろ!?」
「だって……キラが帰ってこなくて、何もしないでいるのが耐えられなかったのよ。それでカガリの誘いに乗って」
「何でそんな馬鹿な事を。僕は君が平和に暮らしてると思ってたのに!?」

 苛立ちのあまり声を荒げるキラ。だが、キラは気付いていなかった。この時目の前に居るMSに乗る少女と、オーブにいる少女の機嫌が加速度的な速さで悪化していた事に。そして、キラはフレイのM1Hからオーブ軍司令部に回線が繋がっている事も知らず、止めの一言を発してしまった。

「フレイも悪いけど、カガリもカガリだ。何でそんな事をするんだ。会ったら文句言ってやらないと!」

 その時、電波という波に乗って、プチーンという聞こえる筈の無い音がフリーダムのコクピットに響き渡った。



 それはオーブ防衛軍司令部の司令室にも響き渡っていた。何を言ってるんだこいつ等はと顔を顰めていたミナは、突然隣から感じた凄まじい威圧感に思わずそちらを見やり、じりっと一歩後ずさる。そこには、怒髪天を突くような状態のカガリが居たのだ。
 カガリはゆっくりとした動作で通信マイクを手に取ると、穏やかな声でフレイに指示を出した。

「フレイ、目標はこちらの管制に従いそうか?」

 何を言い出すのかと周囲が怪訝な顔をするが、フレイの答えを聞いてそれが驚愕に変わった。

「いいえ、どうもこっちを無視しているみたい。真っ直ぐオーブを目指そうとしてるわ」
「そうか、じゃあ仕方ないな。警告も無視されたし、攻撃だな」
「そうね、カガリ」
「そうね、じゃ無いだろお!?」

 驚いてシンが声を上げ、マユとアーシャが目を丸くしている。その後ろではカズィとイタラがウンウンと頷いていた。何でこいつ等がここにいるかというと、あのまま全員カガリに引っ立てられて、そのままカガリと一緒にここに連れてこられたのである。

「おい、何考えてんだよ。どう見たってこっちを無視してなん……か……」

 シンはカガリを止めようとしたが、それは振り返ったカガリの凄まじい笑顔に止められてしまった。怒りを通り越してしまったとでも言うのか、既に表情は笑っている。ただ、それは見る者に心の底からの畏怖を与えるような笑みであった。

「何だシン、何か言ったか、うん?」
「い、いえ、何でもないです」

 命の危険を感じたシンはカガリの穏やかな問い掛けにすごすごと引き下がっていった。自分が獅子の尾を無造作に踏みつけかけていた事を悟ったのだ。


 そして、前線で対峙しているキラは通信機越しに聞こえてきたカガリとフレイの会話を聞いて顔面蒼白になっていた。いつの間にか自分は領空侵犯どころか、オーブを攻撃する意思を持つテロリスト扱いされている。

「ちょ、ちょっと待ってよ。ねえカガリ、聞こえてるんでしょ、ねえ!」

 だが、どれだけ叫んでもカガリは答えてくれなかった。通信機はただフレイからの強烈なプレッシャーを運んでくるだけである。
 そして、対にフリーダムのコクピットにロックオンされた事を教える警報が鳴り響いた。キラは驚いて正面のMSを見て、そのライフルが自分を向いているのを見て慌てて回避運動に入る。
 その動きに半瞬遅れてフレイが放ったビームは、完璧にそれまでフリーダムが居た場所を貫いていた。

「フ、フレイ、今の直撃コースだったよ!?」
「うるさい、この碌でなし、甲斐性無し、私たちがどれだけ心配して、苦しんだと思ってるのよ!」

 感情に任せてフレイは攻撃を加えてきた。多分泣いているのだろう、声が涙声だ。だが攻撃は正確なもので、キラは必死にフリーダムを操って回避運動をしているのだがかなり際どい回避を強要されている。

「もう止めてよ、これじゃ洒落にならないよ!」
「洒落でやってるわけ無いでしょ。海に落ちて反省して来なさい、私をあんなに落ち込ませた報いよ!」
「当たったら死ぬってば!」

 お願いだから泣くか怒るか攻撃するかのどれかにしてくれとキラは心の中で叫んでいた。時折回避し切れなかったビームの粒子が機体を焼き、受け止めているシールドが少しずつ溶け始めている。フレイの射撃はこのキラとの闘いの間にますます精度を高めているようだ。というか、前に戦った時よりも確実に強くなっている。
 このフレイの攻撃を受け続けていたキラは、もう限界だと悟っていた。キラの知る限り、フレイは無茶苦茶に強いパイロットだ。機体さえ良ければ自分とも張り合えるほどに。しかも今のフレイは本気でこっちを落とそうとしているので、逃げ回るのにも限界がある。だからキラは、フレイを殺さないよう注意しながら反撃する事にした。

「フレイ、後で額を床に摩り付けて謝るから、許してね」

 レールガンの照準をM1Hの右足に合わせてトリガーを引く。だが、何故か弾が出ない。あれっと疑問に感じて残弾カウンターを見たキラは、一気に顔から血の気が引いてしまった。なんと、頭部76mm以外の武器が全部残弾ゼロを示していた。

「そういえば、パナマで撃ち尽くしてたんだったあ!」

 大間抜けだった。今のフリーダムには頭部バルカンとビームサーベルくらいしか武器が残ってないのだ。しかも機体各所にはガタが来ていて何時壊れるか分からない。キラはようやく、自分がどれだけ危ない状況に置かれているのかを理解した。本気で殺る気になっているフレイを前に丸腰で頑張れと言われているにも等しい状況に。射撃武器を持つ相手に格闘戦装備だけでは戦いようが無い。

「待ってフレイ、ごめん、謝るから、肩揉みでも何でもするから許してえ!」
「キラの馬鹿―――っ!!」

 勝ち目が無い事を悟ったキラは必死に許しを請うたが、泣いて怒っているフレイはキラの話しを聞いているかどうかさえ怪しいくらいに冷静さを欠いていた。そのくせ射撃だけは残酷なまでに正確なので始末が悪い。だんだん回避しきれない射撃が増えていき、機体各所が抉られていく。キラは殺されない為に必死で逃げ回っていたりする。
 フレイはビームライフルを撃ちつくすと、それをフリーダムに投げつけてやった。予想外の攻撃に回避が遅れたフリーダムの頭に直撃して海へと落ちていく。それを捨てたフレイはシールド裏に固定されていた、まだ正式採用されてないリニアライフルを手に取った。これはMS用の手持ちリニアガンで、ビームライフルほどバッテリーを消耗しない便利な火器だ。しかもビームライフルと違って3点撃ちが可能という親切設計である。モルゲンレーテではカガリとフレイの意見を入れてこういった兵器の開発が進められている。ただ、やや大型で取り回しが悪いのが欠点だ。
 連射されてくる高速弾が次々にフリーダムを捉え、機体をボコボコにしていく。PS装甲なので貫通される事は無いが、金属である以上、何発も食らえばどんなに頑強な装甲だって歪んでくる。そして中のキラは着弾の衝撃に振り回され、酷い有様になっていた。





 このリンチとも言える壮絶な痴話喧嘩は、機転を聞かせたキサカがウズミと連絡を取り、フリーダムの受け入れ許可を貰って何とかカガリを押さえ込む事に成功したことで終幕となった。キサカからウズミの命令を伝えられたカガリは渋々それを受け入れ、フレイに攻撃中止を伝えたのだ。
 これでフレイはようやく攻撃を止めたのだが、その時にはもうフリーダムはボロボロにされており、飛ぶのも危ないという有様になっていた。何しろ推進器が咳き込んでいるのだから。
 このボロボロになったフリーダムを2機のM1が左右から支えるようにしてオーブまで運んでいく。フレイはさっさとオーブに戻って行ってしまった。

 そして、この戦いを観察していた目が2つあった。1つはこの戦闘を観察し、後方の母艦に中継していたキースのスカイグラスパーで戦術偵察ユニットを装備しており、オーブのレーダー探知範囲外を飛行してこの戦闘をカメラで撮影、レーザー通信で後方のアークエンジェルに送信している。
 そしてもう1つは水中に潜んでいたザフト潜水艦であった。これもフリーダムを追跡していたのだが、途中でフリーダムとオーブ軍の戦闘を目撃し、オーブ軍のMSがフリーダムをボコボコにしていく一部始終を見た事で激しいショックを受けてしまっていた。

「馬鹿な、幾ら試作品とはいえ、我がザフトの最新鋭機が、既存機を遙かに凌駕する性能を持つフリーダムが、オーブのMS如きに歯が立たないだと?」
「あの赤いMSのパイロットもかなりの凄腕です。オーブ軍の実力はこれまで未知数でしたが、まさかここまで凄いとは」

 艦長と副長は自国の最新鋭機を叩きのめしたオーブ軍のMSに恐怖さえ感じていた。あのフリーダムは単機で1部隊に相当する戦力になるとさえ言われている化物なのだ。勿論この情報は一般の将兵には伝わっていないのだが、彼等はクルーゼからその事を聞かされていた。
 そのフリーダムが歯が立たないオーブ軍というのはどういう連中なのだ。フリーダムとM1のパイロットが恋人まで後数歩という関係だとか、フリーダムが弾切れなどという事情を知る立場には無い2人には、オーブ軍のMSがとんでもない高性能機に映っていたのである。

「と、とにかく、このデータを急いでクルーゼ隊長に送るぞ。浮上後、レーザー通信でザルクと回線を繋げ」

 戦闘の撮影を終えた潜水艦はオーブ軍に見つからないように静かに海域を離れていった。これが、クルーゼに伝わり、クルーゼはオーブに対する攻撃の口実を完全なものとするためにオーブに潜入させているスパイ、エドワードにオーブの施設内にあるフリーダムの写真を撮影するように命令を出す事になる。仮にも戦争を仕掛ける口実とするのだから、確定情報でなければ評議会を動かす事は叶わない。エザリアをある程度操れるといっても、それだけでプラントの政治を牛耳れる訳ではないのだ。






 そして、この戦闘を見ていたアークエンジェルでは、映像を見ていたトールがフラガにあれはキラの動きではないかと問い掛けていた。M1の方はフレイなのだが、こちらには誰も注意を払っていないようだ。

「少佐、あれはキラじゃないですか?」
「……ああ、俺も引っ掛かってたんだが、あの動きは確かにそう思えるな」

 トールの問い掛けにフラガも頷いた。キラの動きはこれまでの戦いで見てきており、その癖は大体把握している。このオーブMSと交戦している羽付きの動きの節々に見られる癖は、確かに自分の知っているキラのストライクにも見られた物だった。

「でも、キラならなんでアークエンジェルに戻ってこない。どうして俺たちに何も言わないんだ?」
「さあ、そこまでは。でも、あのMSが俺たちを2度も助けてくれたのは確かです」

 トールの反論にフラガも黙ってしまった。確かにあのMSの動きは不可解に過ぎる。しかも危険を冒して2度もアークエンジェルを助けているのだ。アラスカだけなら別の目的とも取れるが、パナマでもアークエンジェルを追撃する部隊を食い止めたのだから、流石に意味無しではないだろう。
 あれが本当にキラだとしたら、何か事情があるのだろうか。自分達に顔を見せれないような複雑な事情が。

「分からんな。ただ、あのMSがオーブに入ったのは確かだ。ここは1つ、直接行って確かめてみるかい?」

 フラガはマリューを振り返って判断を求めた。フラガの考えは個人的な興味が優先されているので、マリューが駄目だと言うならごり押しするつもりは無い。だが、マリューはフラガの求めに少し考えた後、頷いていた。

「そうですね。オーブに行ってみますか」
「おいおい、マジで?」

 まさか本当にマリューが採用してくれるとは思わなかったフラガの方が驚いている。マリューは驚いている艦橋のクルーやトールたちを見回した後、通信士に近くのウェーク島基地経由でシンガポールのサザーランド大佐を呼び出すように指示した。暫し通信士が機械と格闘をし、数分後にようやく些か荒いながらもサザーランドの顔がメインスクリーンに現れる。元々世界中の主要都市は海底ケーブルによって結ばれており、更に大西洋連邦は戦前からの基地の間も結ばれているので、NJの妨害など関係ないのだ。

「何ごとかねラミアス中佐、いきなり通信で連絡を取ってくるとは?」
「は、実はパナマでの想定外の戦闘を行った事により、物資の一部が枯渇しておりまして、オーブにて補給を受けようと思うのです。許可を頂けないでしょうか?」
「そうか。まあ、パナマの戦闘は君たちにはアクシデントだったからな。分かった、許可しよう。オーブにはこちらから要請しておく。艦長の判断で多少の休息を取るのも構わん。ただし、ビクトリア攻略作戦には間に合わせるように」
「よ、よろしいのですか。作戦発動まで2週間無いのでは?」
「その予定だったが、戦力の集結と物資の集積が大幅に遅れていてな。パナマ艦隊の損傷艦も多い。これではどうにもならんから、作戦発動を遅らせる事になったのだ」

 どうやらシンガポールの方も結構大変らしい。マリューはなるほどと頷くと、サザーランドに敬礼しようとしたのだが、そこに付け加えるようにサザーランドが頼み事をしてきた。

「ついでに、オーブに居る筈のアズラエル様も乗せて来てくれ」
「は、アズラエル理事をですか?」
「ああ。大西洋連邦本土でコーディネイター擁護論が沸き起こったのは知っているだろうが、この件でブルーコスモスが激しく叩かれてな。アズラエル様が本土を離れてオーブに避難されてしまわれたのだ。アルスターを頼るとおっしゃってな」
「……何を考えてるんですか、あの人は?」

 ようするに抗議の相手をするのが嫌で逃げ出したという事ではないか。マリューに呆れた目で見られたサザーランドも恥ずかしいのか、どうにも目を合わせようとしない。どうやらマリューの要請をあっさり受諾した背景にはアズラエルを連れ戻して欲しいという事情もあったようだ。休暇はせめてもの謝罪の意思だろうか。
 マリューは仕方なくサザーランドの頼みを受け入れ、シンガポールとの通信を打ち切った。そして頭痛を堪えるように顔を顰めてシートに深く腰を沈め、どうしたものかとフラガを見る。

「少佐、どうしましょう?」
「連れてくるしかないでしょ。まっ、フレイのとこに居るなら話は早い。さっさとフレイに連れてきてもらえば良いさ」
「そうですね。それじゃあ、オーブに進路を取って頂戴、ノイマン中尉」
「了解」
「ドミニオンにも連絡を。我々はこれより、オーブに向います」

 マリューはそう締めくくり、会議を終えた。艦橋に集っていた幹部達はやれやれと艦橋から出て行こうとするが、先頭にいたフラガが艦橋のドアを開けた途端、通路側からステラが現れた。

「おわ、どうしたステラ?」
「ムウ、お話終わった?」
「ああ、終わったよ。これからオーブに行くことになった」
「オーブ?」

 知らないのか、ステラが首を傾げている。それを見てフラガはやっぱりステラにはまず一般常識の教育が必要だなとか考えていると、フラガの隣に立ったトールが簡単にステラに説明してくれた。

「この辺りの海にいっぱいある島が集って出来た国の事だよ。俺の故郷なんだ」
「トールのお国なの?」
「俺のじゃないけどね。ま、行けば分かるよ。年中暖かくて、海も綺麗だ」
「綺麗な海……」

 トールの話を聞いたステラが何だかうっとりしている。どうやら想像の世界に行ってしまったようだ。
 ただ、この2人がステラと居ると嫉妬の炎を燃え上がらせるお方が艦橋には2人居るマリューとミリアリアは物凄い怒気を撒き散らしており、艦橋クルー達は背中を冷や汗でびっしょりと濡らしながらこの修羅場に耐えていた。
 艦橋クルーの願いが天に届いたのか、ステラは追いかけてきたらしいスティングに連れ戻されていった。おかげで艦橋内に漂う猛烈な怒気はどうにか薄れたのだが、毎度こうでは身が持たないだろう。
 ステラが出て行ったのを見て、フラガは顎に手を当てて考え込む仕種をした後、マリューに1つの提案をした。

「なあ艦長、ステラなんだが、暫くドミニオンに預けられないか?」
「ドミニオンにですか?」
「ああ、ステラはどうも常識が無いというか、子供だからな。今後の為にもナタルにでも頼んでその辺りを教育してもらった方が良いんじゃないかと思うんだが」
「何でそんな事を?」
「戦争終わった後にあれじゃ困るでしょ。まさか戦後も俺たちが面倒見るわけにもいかないし」

 キースにでも相談してみるかなあ、とブツブツ呟いているフラガ。何時終わるかさえも分からないのに、もう戦後の事を考えているフラガは気が早すぎるのではないかとトールなどは思ったが、フラガは真面目に気にしているらしい。
 しかし、これを相談されてもキースなどは困ってしまうだけだったかもしれない。強化人間は全てアズラエルから貸し出されている備品扱いなので、戦争が終わればアズラエルに返品される事になるからだ。戦後の事を気にするなら、アズラエルに頼み込むしかない。
 だが、この時マリューは何故かフラガの提案に同意する事は無かった。何故か、少し焦っているような態度を見せ、アークエンジェル内で対処すれば良いと言ってこの件を終わらせている。それは何時ものマリューらしくは無い態度で、フラガたちを少し困惑させていた。

 この後、大西洋連邦本土からオーブ政府から入国許可が降りたという連絡が届き、2隻はオーブを目指して航行する事になる。




 オーブのオノゴロ島に置かれている防衛軍司令部に連れてこられたフリーダムは、そこの地下格納庫に連れ込まれる事となった。M1に機体を拘束され、フリーダムのコクピットハッチが解放される。そして機体から座席が上がってきて、そこには赤色のザフトのパイロットスーツが座っていた。しかも何だかぐったりしている。
 そのパイロットは寄せられた昇降用エレベーターに移動し、これを使って地上に降りてきた。そして緊張しているカガリたちの前でヘルメットを取り、自分の素顔をはっきりとカガリたちに見せてやった。

「キラ……」

 本当にキラだった。通信で聞こえた声で分かってはいたのだが、やはり自分の目で確かめると驚きが違う。キラはフレイとの戦いでかなりボロボロにされていたが、まだ何とか自分の足で立っていた。
 カガリはキラの姿を見て感極まったのか、キラの名前を大声で呼びながら駆け寄っていく。キラはそれを見て穏やかな笑みを浮かべようとして、直ぐにそれを引き攣らせた。

「この、馬鹿ったれえぇぇぇ!」
「グホォ!」

 駆け寄ったカガリの右拳がいきなりキラの鳩尾の辺りに突き刺さっていた。その一撃で体が折り曲がった所へ今度は空高く打ちぬかれた綺麗なアッパーカットがキラを宙に舞わせた。キラは口からキラキラと何かを飛ばしながら空中遊泳をした後、頭から床に叩き付けられて2度ほどバウンドした所で止まった。

「この大馬鹿野郎、何で生きてるなら連絡の1つもよこさねえ!?」

 ピクピクとかなりヤバゲな痙攣をしているキラにカガリは責める言葉を叩きつけるが、キラはそれに返事をしない。いや、出来ないという方が正しいだろう。返事をしないキラにカガリは更に激しく憤っていたが、それを後ろで見ていたシンはおいおいという顔でカズィに小声で語りかけている。

「カズィさん、何か無茶苦茶言ってません。つうか死ぬでしょあれは?」
「……シン、君に1つ良い事を教えてあげるよ」
「なんすか?」

 一般人な反応をしているシンに、カズィは何だか気遣うような声で現実を教えてやった。

「あれが僕の友達、キラ・ヤマトの日常なんだよ。僕の知り合いはみんなあれくらい頑丈なんだ。いや、頑丈でないと生き残れないと言うべきなのかな」
「頑丈って、どういう日常なんです?」
「大丈夫、いずれシンも慣れるよ。君ももう僕等の仲間だからね」
「…………え?」

 カズィの物騒な言葉にシンはマヌケな返事をして倒れているキラを見た。そして何だか泣きそうな顔になってカズィの顔を見返してしまう。

「じょ、冗談ですよね。僕あんな目にあったら死にますよ」

 何だか必死なシンの問い掛けに、カズィは意味ありげな笑顔を作るだけで何も答えはしなかった。ただ、その笑みがシンに更なる不安を湧き起こし、シンを慌てさせていた。

 そしてキラは、これだけのダメージを受けて尚立ち上がってきた。両手でお腹を擦りながら、カガリに抗議してくる。

「カガリ、酷いよ。やっと帰ってきたのに……」
「やっと帰ってきたのに、じゃねえ。お前一体今まで何処に居たんだよ!?」
「それが、目が覚めたらプラントに居て……」
「何だそりゃ、分かるように言え分かるように!」
「いや、僕も実は何が何だか」

 キラ自身も何でプラントに居たのか、はっきりとした説明を受けては居ない。マルキオたちは人が意識の無かった自分をマルキオの元に運び込み、そのまま自分をプラントに運んで治療したと言っていたのだが、ならオーブの病院に搬送してくれれば良かったのにと言ったらなんだか気不味そうな顔をして答えてくれなかった。
 今にして思えばラクスとマルキオは自分にフリーダムを運ばせる目的で助けたのではないかと考えている。だが、それだけではどうにも説明しきれないのも確かなのだ。2人が耳にタコが出来るくらい聞かせてくれたSEEDや理想の世界という言葉が何か関係しているのかもと思った事もあるが、それが何なのかと言われるとさっぱり分からなかったりする。
 そしてカガリが更に文句を言おうとしたとき、背後からカズィがポンとカガリの肩を叩いてそれを止めさせた。

「何だよカズィ、今忙しいんだ!?」
「そのくらいにしときなよ。後もつかえてるんだからさ。一番キラに文句言う資格があるのはカガリじゃないだろ?」

 そう言ってカズィはキラに向き直り、お帰りと言ってカガリを引き摺っていった。キラは2人を見送った後、何となく覚悟を決めて強烈な殺気を放っている方を見やる。そう、ようやく機体を格納庫に戻したフレイがやってきたのだ。フレイはパイロットスーツも脱がず、息を切らせながらこちらに歩いてくる。その背後から慌てた様子でアサギ、ジュリ、マユラが現れた。

「フ、フレイ、駄目よ。気持ちは分かるけど銃は駄目だからね!」

 通路から飛び込んできたアサギが、泣き腫らした顔を怒りに歪ませてキラの元に歩いていくフレイに必死に呼びかける。確かにフレイの腰には拳銃があり、それを見た大勢の人間が驚き、まさかと疑う。
 そしてフレイはキラの前で足を止めた。その体はプルプルと小刻みに震えていて、今にも激発しそうな雰囲気である。

「フ、フレイ、その、あの……」
「こ……この……」
「お、怒ってるの? いや、怒るのは分かるけどさ、僕の言い分も聞いてよ。これでも言いたい事の百や二百はあるんだから!」
「そんなにあるのかよ!」

 キラの悲鳴のような言い訳を聞いたカガリとシンが全身で突っ込みを入れるが、2人の間に漂う異様なまでの緊張感には欠片の傷も与える事は出来なかった。今の2人の間には余人の介入を許さぬ世界が形成されている。

「何で……なんで今頃帰ってくるのよ。私、やっと死んだんだって受け入れられたのに!」
「いや、だからねフレイ、僕にも色々と複雑な事情があったんだよ。本当は地球に戻った時に真っ先に連絡入れようと思ったんだけど、流石に戦場から船じゃあ」

 キラは身振り手振りを交えてとにかく必死に言い訳を続けているが、フレイは俯いたまま肩を震わせるだけで、何も言い返してくれない。それがフレイが怒っている証拠だと理解できるキラは必死を通り越して悲壮さを漂わせながら弁明を続けているが、だんだんとフレイの右手が震えだしたのを見て表情に諦めが混じりだした。

「フ、フレイ……あの、せめてものお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……何よ?」

 ああ、怒ってる、やっぱり怒ってる。それを確信したキラは、静かな決意を込めてフレイに頼んだ。

「少しでも手加減してくれると嬉しいんだけどな」
「死んできなさいっ!」

 フレイのポケットから電光石火の速さで取り出された両手用スコップがフルスイングで振りぬかれ、キラをその場から吹っ飛ばした。吹っ飛ばされたキラはコンクリートの床で3度ほど弾かれた後、積み上げられていた箱の山に突っ込んでようやく止まっている。
 キラを良く知っているカガリやカズィ、キサカを除く、そこに居た全員があれは死んだだろと思う中、フレイは足音も高く崩れた箱の中から下半身だけ覗かせているキラの両足を掴むと、ズルズルとその中から引きずり出し、胸倉掴んで上半身引き起こした。

「この馬鹿馬鹿大馬鹿ぁ、どれだけ心配かけてるのよ。生きてたなら、生きてたなら連絡くらい寄越しなさいよ!」
「フ、フレイ、首、首絞まってる……」
「うるさいわね! 怒ってるんだからね、私凄く怒ってるんだからね。なのにあんたは何時も何時も心配ばっかりかけて、一度思い知りなさい!」
「わ、分かった、分かったからフレイ」
「分かってない、あんたは何も分かってない。私が何時も許すと思ってたら、有耶無耶にしてくれると思ってたら大間違いなんだからね!」

 もう感情に任せてひたすら捲くし立てるフレイ。もうボロ雑巾のような有様のキラはフレイの捲くし立てる文句の嵐に抗議する事も出来ず、ただ言われるに任せている。いや、首が絞まっていて言葉が出てこないだけかもしれないが。

「ぐす、う、うう、うわぁぁぁぁぁぁん!」

 零れる涙を拭いもせず、フレイはその場にへたり込んで泣き出してしまった。解放されたキラは必死に空気を肺に送り込んでいる。そして、ようやくフレイの怒りが収まったのだと見て取ったカガリは泣いているフレイの肩を抱いて起こしてやり、キラを見降ろした。

「まっ、言いたいことは大体フレイが言ってくれたから、私はもう良いや。とりあえず、お帰りキラ」
「た、ただいま……」

 カガリの迎えの言葉に、キラは死にそうな声で返した後、ガクリとその場に崩れ落ちた。どうやら完全に力尽きたらしい。カガリは自分にしがみ付いて泣いているフレイを宥めながら、近くの者に命じてキラを軍病院へと搬送させた。
 こうして、キラは帰ってきたのだった。本来、居るべき場所へと。

 なお、フリーダムはこれまでの戦闘に加えてフレイにボコボコにされた事で判定大破という損害を受けてしまい、軍の工場で修復を受ける事となっている。ただ、この機体に関しては何故か管理権限をウズミが軍から取り上げてしまい、カガリでさえ事情を知る事が出来なくなってしまっている。この事が、この機体に対する疑惑をカガリに抱かせる事になった。一体、あのMSは何なのだ?



後書き

ジム改 キラ、ようやくオーブに到着。
カガリ 病院送りかよ。
ジム改 前からそう言ってたではないか。
カガリ そりゃ言ってたけどさ。
ジム改 さてと、これでキラはオーブ入りしたが、AAも入港するんだよな。
カガリ キラはどっちに行かす予定なんだ?
ジム改 実はどっちに居ても大した問題は無い。キラ1人くらいではストーリーに影響は出ないから。
カガリ 何で、フリーダム+キラは最強なんだろ?
ジム改 単体で最強キャラ、程度なら別に怖くない。対処法は幾らでもある。組織の力は個人で対処できるものじゃない。
カガリ またお得意の物量作戦か。
ジム改 同時に多方向から攻めれば、フリーダムはどこか一箇所しか守れないからな。
カガリ 他にも何か考えてそうだな、こいつは。
ジム改 まあそれはそのうちにね。
カガリ それでは次回、オーブに入国したアークエンジェルはフリーダムの動向を探る事に。だが運の悪い事にフレイたちは海に遊びに行ってしまっていた。そんな中で1人監視員のアルバイトに精を出す不幸な少年は、溺れる奴なんか居るわけ無いとタカを括りながら海岸を歩いていたが、なんとそこで溺れる少女を見つける事に。次回「始まりは突然に」で会おうな。


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