第96章  始まりは突然に




 オーブに入港してきたアークエンジェルとドミニオンは、オーブの湾口関係者から明らかに非好意的な対応を受ける事となった。地球連合とザフトの最前線がこのオーブ周辺に移ってきた事は明らかで、オーブから見ればこの2隻はオーブに参戦を促す為に圧力をかけにきたように見えたのだ。
 まあもっとも本人達にそんな気は無いわけで、入港手続きを終えたら留守番クルー以外はオーブに降りることが許されている。ただ、マリューとナタル、フラガはカガリに会うためにオーブ軍の防衛軍司令部に赴き、トールとサイ、ミリアリアはフレイの家へと向っている。それぞれにあの羽付きMSの事とキラの事を聞きに行く為だ。
 だが、オーブ軍司令部に行った3人は、受付でカガリは今居ないと言われて追い返されてしまうことになる。そこで延々と食い下がるわけにもいかず、3人は素直に司令部を後にしていたが、どうにも釈然としない。あんな騒ぎがあった直後だというのに、どうしてカガリが司令部を留守にしているのだ。

「オーブは、あのMSを隠したがっているのでしょうか?」
「そうなのかもな」

 ナタルの問いにフラガが自信無さそうに答える。とにかくあの羽付きがオーブに入った事だけは間違いないのだが、まさかそれを直接聞くわけにもいくまい。
 残念そうに帰ろうとしたとき、マリューがふと思いついた事をナタルに問い掛けた。

「そういえばナタル、キース大尉はどうしたの?」
「はあ、それが、大尉は留守番をしているからと言われて、ドミニオンに残ると言っていましたが」
「ドミニオンに。大尉が出歩かないのは珍しいわね」
「いえ、多分面倒だから逃げただけだと思いますよ。大尉、釣竿を出してましたから」
「あの野郎」

 フラガが逃げた同僚に怒りを見せている。自分だって面倒だから付き合いたくなかったのに、今日は付き合わされたのだ。






 その頃、キースは強化人間6人を連れて海に来ていた。6人が来ている水着は全てキースが速攻で近くの売店で買い揃えたもので、ステラ以外は即決買いであったりする。ステラも柄が気に入ってサイズさえ合えばどうでも良かったらしく、わりと早く終わっている。実はミリアリアが水着を貸してくれるという話もあったのだが、試着したら胸がキツイという事で新規に買うことになったのだ。貸し出したミリアリアは酷く落ち込んでいたのだが。
 1人水着ではなく完全な釣り人ルックになっているキースは、竿を背負いながらスティングとオルガにそれぞれの同僚の面倒を見るように指示を出すと、自分はそこの磯に居るからと言ってクーラーボックスを手に歩いて行ってしまっている。
 こうして残された強化人間達はそれぞれに休暇を過ごす事になったのだが、シャニは何故か海洋センターの展示物見学に行ってしまい、クロトは遠泳に挑んでいる。オルガは1人砂浜で寝てしまっていた。
 そしてスティングとアウルは暫し競泳で速さを競っていた。ステラは泳げないという事だったので砂浜で見ている。だが、スティングたちが帰って来てみると、そこには作りかけの砂の城と首から下が完全に砂に埋まって苦しそうな寝息を立てているオルガが居るだけであった。

「あれ、ステラは?」
「さあ、その辺に居るんじゃないの?」

 スティングの問いにアウルが適当に答える。だがスティングは少し探してくると言い残してその辺を探し回り、遂にステラを見つける事が出来ずに戻ってきた。その頃にはオルガも目を覚ましており、何で埋まってるんだあと文句を言っている。

「おいアウル、何だよこれ!?」
「さあ、ステラじゃないの。俺じゃないよ」

 オルガの隣に腰掛けているアウルは適当にオルガの相手をしていた。どうやら掘り出してやる気は無いらしい。そこにスティングがとても困り果てた顔で戻ってきた。

「おいアウル、ステラの姿が何処にも無いぞ」
「はあ、何処行ったんだあいつ?」

 こうなってくると流石のアウルも態度を改めてきた。だが状況がつかめないオルガはスティングに説明を求め、そして顔色を青褪めさせてしまう。

「ま、不味いぞ、キースにばれる前に探し出せ!」
「確かに不味いな。まさか、変な奴に攫われたんじゃあるまいな」
「幾らなんでもその辺に奴には負けないだろ。案外お菓子かなんかで釣られたんじゃないの?」

 最悪の想像を口にするスティングに、アウルが洒落に聞こえない台詞で返す。スティングはそれを聞いて情け無さそうに表情を曇らせ、アウルも自分で言った後でまさかという顔になっている。

「まさか、その辺の売店に連れてかれたか?」
「ナンパかもな。あいつ黙ってればそこそこだし」

 ジョークでは済まないと考え出した2人は真剣にステラの誘拐説を出し合っている。だが、その2人に割って入るように下から結構苛立っているような声がかけられた。

「おい、考えるより先に、俺を掘り出してくれ」
「あ、そういえば埋まったままだったな」
「ステラも良くこれだけ砂をかけたよな」

 2人はやれやれとその場に膝を付くと、両手でオルガの上に山のように盛り上げられている砂をどかしだした。






 その頃カガリは何処に居たのかというと、何故か海に来ていた。水着を着て、輝く太陽の下で体を日に焼いている。その隣ではフレイがビーチパラソルの下でスイカを食べていた。

「でもカガリ、良かったの、キラを置いてきて?」
「病院に放り込んどいたから大丈夫だろ。面会謝絶で私の許可が無い奴は誰も通すなって言ってあるし」
「でもさあ、あれはちょっと酷いんじゃないの?」

 フレイが指差す先には一軒の海の家があった。そこではこのくそ暑いのに焼きそばが焼かれており、ガタイの良い親父がコテで焼き傍を作り続けている。その額には大量の汗が浮かび、いかに辛いのかが伺える。

「キサカ一佐、1つくださ〜い!」
「3アースダラーだ、ジュリ君」

 キサカだった。この死ぬほど暑い中で1人で焼きそばを焼かされているらしい。その隣にはぐらぐらと煮え立つ湯の大釜があり、海の家名物のラーメンもやっているようだ。これはもう拷問ではないのかとフレイなどは思っていたのだが、カガリは当然の報いだと考えているらしい。
 なお、キサカと同罪扱いにされたカズィはこの拾い砂浜を1人でアイスクリーム売りをやらされている。他にも幾人かが厳しい罰を与えられていた。
 何気に海の家でラーメンを啜ってる黒ずくめの女が居るせいか、ラーメンを求める客は少ないようだったが。妙な威圧感がある。

「大体あいつ等が悪いんだ。人を使って変な自作映画作りやがって。しかもM1や戦車まで使ってたんだぞ」
「それにこれまで気づかなかったあんたの管理も杜撰だと思うけどね」
「うぐ」

 フレイに突っ込まれてカガリは反論に詰り、悔しそうに音を立ててフルーツジュースを飲み干して、ついっと傍に控えている男に突き出した。

「おかわりだ、ユウナ」
「あのねえカガリ、僕も仕事があるんだけど」
「やかましい、映画作って遊んでる暇はあったじゃねえか」

 ユウナ・ロマ・セイラン氏であった。どうやら彼もカガリに掴まってここに連れてこられたらしい。しかし、自国の貴族階級にボーイの真似事をさせて良いのだろうか。

「僕はただ金を出しただけなんだけどなあ」
「スポンサーの罪は製作者に劣らんわ!」
「カガリ、幼馴染が可哀想だとは思わないかい?」
「その幼馴染をネタにして遊んでたのは何処のどいつだ?」

 ピシャリと言い返されたユウナは黙り込んでしまい、諦め顔でカガリのコップに新たなフルーツジュースを注いでやった。それを受け取ったカガリは満足そうにストローからジュースを吸い、またシートの上に身を投げ出している。

「う〜ん、海は久しぶりだなあ」
「あんたは何時も遊んでるでしょうが?」

 馬鹿なことを言っているカガリにフレイが突っ込みを入れたが、カガリは何処拭く風という感じでだらけた顔で横になっていた。

「どうでもいけど、オイルも塗らずにあんまり焼いてるとシミになるわよ」
「……そいつは嫌だな。ユウナ、サンオイル塗ってくれ」

 いきなりとんでもない事を言うカガリ。それを聞いたフレイが食べていたスイカを噴出し、暫く咽かえってしまった。それを見たカガリがフレイに汚いぞと抗議をしたが、抗議された方はそれどころではなかった。

「カ、カガリ、あんた何考えてるわけ!?」
「なにが?」
「普通、男にサンオイルなんか塗らせる。そういうのは私に頼みなさいよ!?」
「……ああ、そういやユウナも一応男だったな」

 フレイに言われてようやく気が付いたようなカガリ。それを聞いたフレイは脱力して肩を落としてしまった。この女、ユウナのことを異性と認識していなかったのか。フレイからすれば丁寧な物腰の紳士なのだが、カガリにはどう映っていたのだろうか。
 そんな事を考えているとユウナがサンオイルを手にやってきた。何故かその隣にはアサギとジュリとマユラがいる。

「またカガリ様に怒鳴られてるんですか、ユウナ様」
「何、カガリの我侭にも慣れてるよ。これでも10年以上の付き合いだからね」
「……大変でしたね」
「お前等なあ――!」

 3人にからかわれても気にしている素振りすら見せないユウナ。そしてユウナの話を聞いた3人は本心から同情しているという目でユウナを見ていた。カガリの我侭に長い事付き合うのは心労が絶えなかったに違いない。
 だが、3人が同情しているのを見たカガリが両手を空高く挙げて抗議しようとしたが、その手に握られていたコップの中にはまだジュースが残っていたのだ。そのジュースは空に挙げられた勢いで空に飛んでいき、そして重力に引かれて真っ直ぐ下に落ちてきた。そしてそれは、見事にカガリの頭から降り注いだのである。
 フルーツジュース塗れになったカガリを見て4人は大笑いしてしまった。フレイだけは1人冷めた顔で水平線の方を見やり、スイカをしゃくしゃくと食べている。

 そしてカガリが爆発するかと思われたとき、その熱を冷ますような声がかけられた。

「カガリさん、何を騒いでいるんです?」

 アズラエルの声だった。カガリと4人はその声に反応してそちらを見やり、ピシリと固まってしまった。アズラエルはなんと紫のビキニを穿き、右腕でサーフィンボードを抱えていたのである。

「な、何だよお前、その恰好は!?」
「はあ、何かおかしいですか?」
「何でビキニなのかって聞いてんだよ!?」

 カガリの問い掛けにウンウンとフレイが頷いている。それを聞かされたアズラエルはふっと鼻で2人を笑うと、さも当然のように断言してくれた。

「僕が泳ぐ時は何時もこのスタイルですよ。これは僕のポリシーです」
「いい年して何考えてんだよ!?」
「はっはっは、ポリシーに年は関係ないんですよ」

 カガリが何言おうと全く聞いていないアズラエル。そして海岸に打ち寄せる大きな波を見て、ハハハと笑いながら海に向っていった。

「ああ、良い波です。さあ、乗りますよ、ハハハハハハ!」

 本当に楽しそうなアズラエルであった。






 海岸をパーカーを羽織い、双眼鏡を首に下げながらトコトコとシンが歩いていた。こいつは海岸監視をカガリにやらされていたのだ。見渡す限りに広がる砂浜と、所々に点在している磯の岩礁をひとつひとつ確認しながら海岸を黙々と歩いている。直射日光にジリジリと焼かれながら、シンはぶつくさ文句を言っていた。

「たくっ、こんな海で溺れる奴なんて居るわけないのに。何で僕がこんな事しなくちゃいけないんだ」

 シンもカガリに罰則を与えられていたのである。しかも主人公だからという事で民間人としては一番酷い目に会わされている。でも妹のマユは小さいからという理由で恩赦が出されているので、シンは不公平だと不満を溜め込んでいた。

「大体あれで王女だってんだからな。王女って言うより怪人だろありゃ」

 目の前でキラをボコボコにしていたカガリの姿を思い出して身震いしてしまう。というか、あれは絶対にナチュラルじゃない。実はショッカーに改造でもされてるんじゃないかと疑っている。

「でも、フレイさんも凄かったよな。いつもは僕より非力だったのに、何処にあんな力があったんだ?」

 メカカガリの中身であるM1の操縦を自分に教えてくれたのはフレイだった。まあ、フレイもパイロットとしては絶対にナチュラルじゃないだろと突っ込みたくなるような技量の持ち主だったが、それでも体はナチュラルだと思ったのだが。訓練では体力、筋力共に平均以下だったのだから。

「でも、あれは地獄だったよなあ。ラグビー部の連中より扱かれた気がする」

 フレイは教官としてナタルとキースの教え子だ。その訓練に対する姿勢はまさに鬼で、オーブ正規軍のパイロット達からも恐れられているくらいだ。見た目で普通の女の子と思い込んでしまったシンは、その報いを嫌になるほど支払わされたのである。まあ、フレイの教え方が良かったのか、本人に才能があったのか、どうにか合格点を貰える位の腕にはなったのだが。
 
「あれかな、やっぱり女の子は見た目で判断すると痛い目にあうって事だな、うん。僕もあんな風にはならないように気をつけないと」

 とりあえずキラみたいな未来だけはごめん蒙ると固く心に誓うシンであった。もっとも、その願いが叶えられるかどうかはかなり微妙だったのだが。


 そんな事を考えながら海岸線を歩いていると、ふと何処からかバシャバシャと水を叩く音が聞こえてきた。泳いでるにしては下手糞な音立てるなあと思ってそちらを見に行って見ると、岩礁に囲まれて丁度波が穏やかになっている所で女の子がバタ足のような姿勢のままぶくぶくと水に沈んでいこうとしているのが見えた。両手両足が不恰好にじたばたと動いているせいで変に水を叩く音がしていたのだ。

「ちょ、ちょっと待てえ!?」

 まさか本当に溺れている人を見つけるとは思わなかったシンは慌てふためいてパーカーと双眼鏡を捨てると彼女を助ける為に海に飛び込んでいった。
 だが、水に飛び込んむバシャアッという音の直後に何かにぶつかるような音が響き渡り、シンはその場で下半身を水面に突き出した姿勢で固まってしまっていた。まるで着地に失敗したアホウドリのようだ。

 そしてシンが助けようとした女の子はじたばたと暴れるのを止めたかと思うと、両足を下に付けて体を起こした。どうやらここは凄く浅かったらしい。

「上手く泳げない……」

 どうやら彼女は泳ぐ練習をしていたようだ。波が穏やかな場所を選んだのは賢い選択だったろう。砂浜の続く海岸というのは下手をすれば波にさらわれて沖に流されてしまうのだから。
 ムウかキースにでも教えてもらおうかなと考えていた少女、ステラはようやく自分の近くに生えている謎の物体に気付いた。水面から人間の下半身が生えていて、両足があらぬ方向に向いている。それを見てステラは首を捻ってしまった。こんなものは自分がここに来た時には無かったはずなのだが、これは一体何なのだろうか、と。
 気になったステラがそれを引っ張ってみると、それは労なく動き、そのまま引っ張った自分の方に倒れてきた。ステラがそれを躱すと、そのままそれは水面に向けて倒れ、大きな水飛沫を上げた。それを浴びたステラが目を閉じ、そして恐る恐る目を開けると、水面には顔を真っ赤にした男の子がプカーと浮いて潮の流れに流されていこうとしていた。それを満たす寺はますます不思議そうに首を傾げ、右手人差し指を唇に当ててじっと考え込んでしまう。そして彼女が辿り着いた答えは、かなりデンジャラスなものであった。

「男の子は、海から生えてくるの?」
 
 突っ込みをしてくれる人が誰も居ないので、ステラの勘違いが正される事はなかった。





 まどろむ意識の中、シンはゆっくりと覚醒して来ていた。でもなんだか頭が暖かいような。しかも気持ちが良い。そんな考えがぼんやりとした頭に浮かんでは消えていき、シンはゆっくりと目を開けた。

「……う……俺、は?」
「あ、目が覚めた?」
「……は?」

 何故か目の前に金髪をボブカットと言うには少し長めにしている女の子の顔があった。どうやら自分の顔を覗き込んでいるようだ。それで一気に目が覚めたシンは、ようやく自分がどういう状況に置かれているのかに気付いた。頭が温かかったのは膝枕されていたからだ。

「う、うわああああ!」
「あっ」

 飛び起きたシンに驚いて目を丸くしているステラ。一方のシンはバクバクと激しい音を立てている心臓の動悸を押さえ込もうと懸命になっていた。

「な、な、何で膝枕を……つか僕は一体何でこんな所に!?」
「さあ?」

 聞かれてもステラにはさっぱり分からない。気が付いたらシンが海から生えていたのだから。
 この後シンはようやく落ち着き、とにかくステラを連れて監視所まで戻る事にした。連れが何処に居るか聞いても要領を得ない返事ばかりで、どうも迷子みたいだと思えたから。
 だが、ステラを連れて戻ってきたシンは、そこでとんでもない誤解を受けることになる。監視所とは言っても所詮は海の家に毛が生えたような代物であり、今はカガリたちに占領されてしまって休息所と化している。そこに戻ってきたシンに気付いたフレイが真に声をかけてきた。

「あ、シン君、お帰りなさい」
「あ、ただいまっす、フレイさん」
「遅かったわね、今冷たいものでも……」

 そこまで言って、フレイの声はたちまち小さくなってしまった。なんとシンの背中にシンに隠れるように女の子がいたのだ。フレイは震える指でその女のこ、ステラを指差してシンにどういう事か聞こうとした。

「し、シン君、その女の子は?」
「あ、この娘はそこの海岸でですね」
「まさか、ナンパしてきたの、シン君が!?」
「何、シンがナンパだと!?」

 フレイの上げた驚きの声を聞いたカガリたちが奥から駆け出してくる。その勢いにシンが驚きの声を上げるよりも早く、カガリやアサギやジュリやマユラがシンに詰め寄ってきた。

「シン、お前って妹以外に興味があったのか!?」
「かわいい娘じゃない。シン君もやるわねえ」
「重度のシスコンだと思ってたのに、シン君も普通の男の子だったんだ」
「偉い、お姉さんは安心したわよ!」

 それぞれが好き勝手な事を言ってくれる。というか中にはシンという人間の尊厳にかかわりそうな部分まであり、シンは抗議の声を上げていた。

「ちょっと待てえ、誰がシスコンだ誰が!?」
「誰って、シン君しか居ないじゃない」
「僕はシスコンじゃなああい!」

 心の底からの絶叫を上げるシン。ステラはビクッと身を引いているが、それ以外の人の視線は冷ややかであった。何を言ってるんだこいつはと冷笑を持って迎えている。シンがシスコンなのは彼を知る者からすれば常識なのだ。
 そこに、ようやく満足したのかアズラエルがボードを抱えて現れた。

「やあ皆さん、どうかしたんですか?」
「ああ、シンが女の子を連れてきたんだよ」

 カガリの答えを聞いてアズラエルがそちらを見ると、確かにシンに隠れるようにして女の子が居た。まあそれは別に良いのだが、アズラエルはその娘を見ておやっと呟いていた。アズラエルはその娘を知っていたのだ。

「おや、君は確かジブリール君がロドニアで作ってた……」

 そこまで口にして、アズラエルは失言に気付いた。意味を理解できない者はアズラエルの出した言葉を気にしてはいなかったが、その言葉を限定的に理解できる人間が2人いた。カガリとフレイである。

「ジブリール、作ってた?」
「ああ、その事は奥で」

 カガリとフレイの責めるような視線に耐えかねたアズラエルはここでは話せないと伝え、カガリとフレイはそれに頷いて奥に入っていた。それを見送った5人はまたワイワイギャアギャアと騒ぎだすが、奥に入って行った3人はそれに構っている余裕はなかった。


「強化人間だと?」
「ええ、まあそうなんです」

 やきそばを食べながら説明してくれるアズラエル。彼女はロドニアというところで作られた、オルガとは別口の強化人間なのである。作っていたのはブルーコスモスの中でも特に性質が悪いジブリール派という原理主義集団で、アズラエルから見ても狂人じみてると思わせる連中だという。

「困った人たちですよ。ちょろちょろ動き回っては僕に迷惑をかける。尻拭いに幾ら使ったか知れません」
「それで、なんでその強化人間がこんな所で迷子になってるんだよ?」
「アークエンジェルに配属されてますからね。大方上陸許可で遊びにでも来たんでしょう」
「他にも居るのか?」
「アークエンジェルにも何人か居る筈ですが、他の隊にも回ってますよ。一応戦闘に出せる奴は全員前線に回しましたから」
「全員? 戦闘に出せない奴はどうしたんだよ!?」

 言葉の裏に隠れた真実にカガリが顔色を変え、フレイがまさか問い梅でアズラエルを見る。だが、アズラエルは2人の反応に対して苦笑を浮かべて見せた。

「あのですねえ、僕を一体なんだと思ってるんですか。狂った虐殺者ですか?」
「じゃあ……?」
「戦闘に出せないという事は強化が殆どされてないという事ですよ。治療を施して、孤児扱いで適当な施設に送りました。勿論、僕の息のかかった施設ですがね」
「機密とか言って始末しないのか?」
「別にあんな子供達から漏れる程度も機密なんて何ほどの事もありません。関わった技師には注意を払いますがね。子供が宇宙人を見たとか言って、誰が信じます?」

 アズラエルの返答にカガリとフレイは顔を見合わせていた。また随分と温情ある処置をしたものだ。

「あんたにしては、随分優しいじゃないか」
「失礼な言われようですね。でもまあ、善意だけでやってるわけでもないです。強化人間を解放したのは、研究費と維持費が勿体無いからですよ。強化人間って物凄く金がかかるんです。ナチュラルがMSに乗れない頃は意味がありましたが、もう高い金払って研究する価値もないんです」
「価値が無い?」
「ええ、強化人間は確かに強力ですが、1人維持するのにとんでもない金がかかります。しかも彼等用に開発した機体はナチュラルでは扱いきれない。つまり試作機にしかなりません。試作機ってのはとんでもなく高価なんです。こんな物を使うより、ナチュラルでも使える機体を作った方がずっと利益になるんですよ。そこで、私はナチュラルでも使える高性能機を作って売り込む事にしたんですよ。そうすれば強化人間は不要です」

 何処までも商人の論理を語るアズラエル。それはカガリにもフレイにも理解し難い事ではあったが、利潤追求が目的とはいえ強化人間が不要になったから研究を止めたというのは朗報には違いない。2人ともキースやオルガからそれなりに強化人間の悲惨さは知っており、こんな物はない方が良いと思っていたのだ。

「それに、考えてみてください。オルガ君やカラミティなんかを量産したら、維持費でうちが破産しちゃいますよ。赤字部門の閉鎖は企業としては当然の事です。もうデータも取れましたしね」
「それじゃ、あの娘はどうなんです?」

 フレイの不安げな問い掛けに、アズラエルは両手を軽く挙げて肩を竦めて見せた。

「薬物強化だけですよ。本当は思考コントロールまで入れてオルガ君たちより扱い易い強化人間にする予定だったそうですが、僕が予算を切ったのでそこまで行ってません。まったく、ジブリール君はコスト度外視であんなものを作ろうとするんですから。運用するのに艦内に専用の施設を必要とするなんて、スポンサーを馬鹿にしてるようなもの作るんじゃないと言ってやりました」
「じゃあ、あの娘はオルガさんみたいなものなんですか?」
「彼よりはマシですけどね。その分弱いわけですが、まあ死んでくれたほうがこっちとしては後腐れなくて丁度良いですし。どうせ生き残っても治療法なんか無いですから」
「おい、それじゃあ何か、あいつ等は捨て駒かよ!?」
「元々その予定の計画ですから。それじゃコストがあわないから止めたんですし。だから治療法の研究も止めちゃいました。あれだって高いですからね」

 とんでもない事を臆面も無くいうアズラエル。この男は何処までも金の論理で動いているらしい。カガリは怒りを見せているが、アズラエルはそれに対してとんでもない事を言い出した。

「そんなに彼女たちのことを心配してるんでしたら、オーブが金を出しますか。別にそれなら治療法の研究を続行しても良いですよ」
「か、金を?」
「ええ、勿論かなりの額ですよ。オーブにとっても楽な出費じゃないでしょう。そんな大金を赤の他人の為に出せますか?」

 アズラエルの提案に、カガリは歯噛みしながら黙ってしまった。金さえ出すなら研究を続行してやる。それはアズラエルの譲歩だろうが、カガリには不可能な要求でもある。カガリには予算を動かす権限は無い。
 だが、苦悩しているカガリに変わってフレイがアズラエルの提案に応じてしまった。

「アルスター家の資産でなら、足りますか?」
「……貴女までそんな事を言いますか、フレイさん?」
「どうなんです、足りますか?」

 フレイの問い掛けに、アズラエルは溜息を吐いて降参の意を表した。

「そこまで気張らなくても大丈夫ですよ。アルスター家の資産からすればたいした額じゃありません。固定資産から上がってくる利益だけでもお釣りが来ます。はあ、分かりましたよ、治療法の研究は続行します。それで良いんでしょう?」
「はい」
「ですが、上手くいくとは限りませんよ。強化人間技術そのものがまだ未完成なんですから。それは覚えて置いてください」

 それで十分だといってフレイは仲間達の所に戻って行ってしまった。カガリもそれを追おうかと思ったが、やれやれと首を回しているアズラエルに声を開けた。

「なあアズラエル。本当に金だけで強化人間の研究を止めたのか?」
「何です、藪から棒に?」
「別に、気になっただけだよ」

 カガリはじっとアズラエルを見ている。その視線を暫くの間無視していたアズラエルだったが、遂に耐えかねたかのように簡単に事情を教えてくれた。

「それだけではありませんよ。アルビムの参加でコーディネイターが加わった事、新型MSの配備、そして世界情勢の変化ですよ。これ以上の強化人間の研究続行は僕にとって命取りになりかねません。今手を引いておけば、叩かれるのはジブリール君ですからね。まだ強化されてない被験者を治療して解放すれば言い訳も出来ます」
「全部自分の為か?」
「それでも人助けには違いないでしょう?」

 アズラエルは詫びれもせずに答えたが、カガリはそれに頷くしか出来なかった。善意から出た行動ではなくても、救われる人は居るという事だ。






 このステラを交えた騒動は、探し回っていたオルガたちがこの監視所に迷子は居ないかと探しに来てようやく終わりを告げた。もう困り果てた様子でスティングが監視所の入り口にたって声をかける。

「すいません、誰か居ませんか?」
「は〜い」

 スティングの声に答えて中から眼鏡の女性が出てきた。

「何です?」
「ああ、迷子が居ないかと思いまして。金髪の女で、肩くらいまでの髪の、天然な奴なんですが」
「……ひょっとして、ステラちゃんのこと?」
「居るんですか、あいつ!?」
「ええ、中に居ますよ」

 眼鏡の女性はそう言って中へと戻っていき、それから少しして中からステラが出てきた。

「あ、スティングだ」
「こんな所に居やがったのかよ」

 ステラの姿を見てどっと疲れたスティングは近くの簡易椅子にドサリと腰を降ろしてしまった。そしてアウルとオルガも入ってくる。中からはシンたちが出てきた。

「お前、何処で何してたんだ?」
「あのね、海でバシャバシャしてたら隣で人が逆立ちしててばしゃーんて!」
「いや、訳わかんねえよ」

 ステラの意味不明の説明にスティングもアウルも理解できずに困った顔をしている。そこにやってきたシンが助け舟を出してくれた。

「海で水泳の練習してたのを僕が溺れてると勘違いして助けに飛び込んだら、そこが凄い浅瀬だったんです。おかげで酷い目にあいました」
「それは、本当に迷惑をかけました」

 スティングがすまなそうに頭を下げて、シンが気にすることはないとあわてて両手を振っている。その傍ではオルガがカガリやフレイを見て驚いていたりした。

 こうしてステラはアークエンジェルへと戻ることになった。3人は礼を言ってステラを回収していき、監視所の面子がそれを見送っている。

「シン、またね〜」
「え、あ、ああ、また」

 声をかけられたシンが顔を赤くして返事をしている。それを見たカガリとフレイがニタッと意地悪な笑みを浮かべてシンをからかい、それにシンがムキになって反撃しては又笑われてしまう。それが無限連鎖のようにシンを苦しめ続けるのであった。



後書き

ジム改 今回はシンとステラに一話割いたようなもんだったなあ。
カガリ シンって、ひょっとしてアスランの後継者になれる?
ジム改 完全に弄られ系だからなあ。早くイザークのように熱くならないと不幸だろうな。
カガリ で、強化人間の量産を止めたのってアズラエルだったのかよ。
ジム改 だって、カラミティよりダガーの方がどう考えても利率良いぞ。
カガリ で、金かかるだけの強化人間は止めたと?
ジム改 変わりにマローダーとかクライシスみたいなナチュラル用高級機を作り出したけどな。
カガリ オーブにもマローダー欲しいんだけど。
ジム改 無茶言うな。大西洋連邦最優先だ。
カガリ クライシスでも良いんだけど?
ジム改 あんなのまだ量産化されてない。
カガリ じゃあムラサメ作らせろ!
ジム改 あれはまだ開発段階だから駄目。
カガリ じゃあ量産型フリーダムを。
ジム改 世界中から袋叩きにあいたいのかお前は?
カガリ オーブを守るには強い力が要るんだよ!
ジム改 こいつは。では次回、アルスター邸に戻ったフレイたちはそこでトールたちと再会する。久しぶりの再開に喜ぶ友人たち。だがしかし、キラとフリーダムのことが話題に出ると、両者の間に緊張が走る。そしてクルーゼはエドワードの撮った写真を手にオーブへ戦争までを選択肢に入れた返還要求を出させる事に成功する。次回「日は傾いた」でお会いしましょう。

 

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