第98章  自分に出来る事




 それは早朝に起きた悲劇だった。夜陰に乗じてポートモレスビーに接近したザフト潜水母艦2隻から20機のMSが出撃し、ポートモレスビー基地に襲い掛かったのだ。奇襲される事を常に警戒していたポートモレスビー基地は直ちに待機していた戦闘機隊を発進させると共に、基地の守備隊が迎撃態勢を取った。
 だが、驚いた事に24機も出した迎撃機は、瞬く間に敵部隊によって撃退されてしまい、僅かに6機が逃げ出しただけだった。これに驚く間も貰えず敵はポートモレスビーにやってきて攻撃を開始した。ポートモレスビーの迎撃部隊がこれに応戦したのだが、地対空ミサイルは僅かに2機の下駄履きジンを仕留めただけだった。彼等の地対空ミサイルはやや旧型で、NJの影響下では有効ではなかったのだ。
 地上に降りてきたジンやゲイツに対しては戦車隊や少数のMSが迎撃に出た。たかが20機にも満たないMSなどに負けてたまるかという気概を持ってこれに立ち向かったのだが、今回は相手が悪すぎた。相手が普通の部隊ならば20機程度直ぐに片付けられただろうが、この部隊の主力は特務隊だったのである。その先頭に立っているのは改修が終わって初の実戦となるアスランのジャスティスであった。
 ザフトは大軍による攻略作戦を断念する代わりに、少数精鋭部隊による奇襲作戦を試みたのだ。

「全機、目標は航空機と燃料タンク、倉庫だ。他の雑魚には構うな。急がないと周辺から敵の援軍が来るぞ。イザークはディアッカ、シホとジン小隊を連れて倉庫を叩け。ミゲルはジン2個小隊を連れて港の燃料タンクを。ルナマリアとレイと残りのジンは俺と駐機場に向うぞ!」

 命令を受けてイザークもディアッカとシホとジン3機を連れて駆け出し、ミゲルも6機ジンを連れて移動していく。この作戦に投入されたジンは火力不足を補うため、全てがアサルトシュラウドを装備していた。そのうちの3機は本国の対応の遅さに業を煮やしたカーペンタリア工廠のスタッフが独自に装甲と足回りに改良を施したジンの陸戦改修型、ジンF型である。また、4機がD型装備を持ってきていた。
 D型装備のジンがここまで運んできた4発の大型ミサイルを倉庫や湾口施設に叩き込んで破壊する。MS用の大型火炎放射器を持ったジンが基地を炎で薙ぎ払い、対MSミサイルを担いだ歩兵や軽車両を焼き払い、基地施設に大火災を起こしていく。焼け爛れた車両や兵士を量産しながら彼等は次々に基地施設を破壊していった。

 部下に指示を出してアスランもジャスティスを駆け出させる。左腕のシールド裏の28mmガトリングが唸りを上げて高速弾を叩きだし、周辺の敵を掃射する。ビームではこういう芸当は出来ない。アスランがこの武器を求めたのは稼動範囲の広さと弾をばら撒けるという性質を買ってのことだ。前の固定砲ではこういう使い方は出来ない。
 そして背部のビーム砲を前に倒して集ってきた戦車隊に砲撃を加える。連射は出来ないが、中距離の牽制用としてはまあまあ使える武器だ。この一撃で1台の戦車がスクラップに変わり、他の戦車が急いで走り出す。それをビームライフルで確実に仕留めながら、アスランは目指す駐機場へと向っていく。
 ただ、アスランの進撃は速過ぎた。あまりの速さにゲイツを使っていたレイとルナマリアが置いていかれてしまっている。

「ちょ、ちょっとザラ隊長、1人じゃ危ないですよ!?」
「ルナ!」
 
 アスランをとめようと声をかけたルナマリアのゲイツの動きが止まる。それを見たレイが慌ててルナマリアの側面に立ってシールドを構え、飛来してきたリニアガンを受け止めた。

「ね、狙われてた!?」
「ルナ、余所見をするな、死ぬぞ!」

 レイが続けてビームを放って戦車を仕留めようとするが、大西洋連邦などと違って赤道連合にはまだ十分な数の熟練兵が居る。彼等に操られた戦車はレイの射撃では容易に仕留められる事は無かった。

 
 そして2人を置いてきぼりにしてしまったアスランは何とか駐機場に辿り着いていた。ここに来るまでに何発か被弾したようで、機体には被弾の後と見られる汚れが目立つ。

「これを叩けば、作戦は成功だ」

 ジャスティスのビーム砲とビームライフルが続けて放たれ、駐機場の機体をスクラップへと変えていく。これさえ破壊すれば暫くの間はカーペンタリアの安全は確保できる筈だ。
 ここにやっと追いついてきたルナマリアとレイのゲイツも加わる。ジン部隊も居た筈なのだが、どうやら戦車隊を突破できないでいるらしい。
 
 ジャスティスの圧倒的な戦闘力にポートモレスビー基地の将兵は呆然としてしまっていた。他のゲイツやジンなど比較にならないほどの火力と機動性を持ち、砲弾を跳ね返す防御力を持っている。あれを倒せるような兵器を赤道連合は保有していないというのが誰にも痛いほど良く分かったのだ。

 しかし、アスランの幸運もここまでだった。敵の攻撃開始から直ぐに周辺部隊に助けを求めていたポートモレスビーに、たまたま近くを飛んでいた同盟国の大型戦艦が急行してくれたのである。
 ここの駐機場の機体は片付けたと判断したアスランは次の駐機場に向おうとしたのだが、その頭上を強力なビームが駆け抜けるのを見て驚いてしまた。

「なんだ、艦砲か!?」

 こんな所にこれほど強力なビーム砲を装備した地上艦がいたとでも言うのかと思ってアスランは周辺をレーダーで索敵し、ポートモレスビーに迫る大型の飛行物体を確認した。それを照合にかけたアスランはまさかと暫し声を無くしてしまう。

「アークエンジェル級戦艦だと。足付きなのか?」

 もしそうならかなり厄介な事になる。ここで痛手を受けるわけにもいかないと判断したアスランはイザークとミゲルを呼び出した。

「イザーク、ミゲル、そっちはどうだ!?」
「燃料タンクは半数近くは破壊したが、敵の反撃がきつくなってきた!」
「こちらミゲルだ。倉庫の幾つか叩いたが、こちらもジン2機が破壊された。敵はダガーが出てきてる」
「分かった、もう良いから急いで撤退しろ。足付きが来てる!」
「足付きだと!?」

 イザークが驚きの声を上げる。まさか、あのアークエンジェルが来たというのだろうか。

「あの足付きかどうかは分からんが、もしそうならやり合えばこちらもただじゃ済まない。俺たちはまだしも、ルナマリアやレイじゃ歯が立たんからな。ここは大人しく退いた方が良い」
「ちっ、フィリスやエルフィ、ジャックは留守番させたからな。分かった、撤退する」
「こちらも了解した。艦で会おう!」

 イザークとミゲルが了承して通信を切る。アスランもレイとルナマリアを連れて退こうとしたのだが、その後方からいきなり連続した砲撃を受ける羽目になった。

「なんだ、この火力は!?」

 まるでフリーダムのような砲撃を加えてくる新手の登場に、アスランは驚いて上空を見た。それは敵艦がやってきている方向だったが、そちらから数機のMSが迫っていたのだ。それを見たアスランが急いで2人を退避させ、自らは迎撃の態勢を取った。ジャスティスは飛べるので、回収艇に置いていかれても問題は無いので若干の余裕がある。

「ルナマリア、レイ、お前達も退け。殿は俺がやる!」
「そんな、1人じゃ!?」
「ルナ、ここは隊長に任せろ!」

 幾らなんでも1人では無理だと言うルナマリアをレイが制した。アスランの乗るジャスティスの性能をレイは理解していたので、アスランが殿を務めるという理由も理解していた。ルナマリアはレイに苛立たしげな顔を向けたが、再度アスランに退けと命令され、ガクリと項垂れてしまった。
 だが、アスランはもっと強引に2人を下がらせるべきだった。目の前に迫っていた敵機はジャスティスでさえ手を焼くような強敵だったのだ。遠方から飛来した砲弾が退避しようとしたルナマリアのゲイツの右足を撃ち抜き、その場に転倒させてしまったのだ。

「ルナ!?」
「足をやられたわね。転倒の衝撃でどっかイカレタみたいで、起き上がれない!」
「機体を捨てて脱出しろ。拾ってやる」

 それを聞いたレイのゲイツが急いでルナマリアのゲイツの傍に膝を付く。
ルナマリアがゲイツのコクピットから出てくると、傍に掌を広げて置いた。そこにルナマリアが寝そべるのを確認して潰さないようにゆっくりと握り、また起き上がる。それを確かめたアスランがレイに早く行けといった。

「急げ、置いていかれるぞ!」
「分かりました」

 アスランの命令に従って大急ぎで逃げて行くレイのゲイツ。それが無事に回収艇にたどり着けることを祈って意識を迫る敵に向ける。だが、アスランは現れた敵機を見て罵声を放ってしまった。

「くそっ、パナマで出てきた新型か!」

 パナマ上空で交戦した、ジャスティスにさえ劣らない性能を持つ連合のスカイブルーの新型、それがまた現れたのだ。背中にはなんだか沢山の砲を背負っている。
 その新型、クライシスは接近しながら背中の115ミリレールガン2門と105mm砲2門を交互に連続して放ち、回避運動を続けるジャスティスの周辺に着弾の土煙を上げている。その射撃はかなり正確で、ジャスティスにも3発の直撃が出ていた。

「こいつ、前の奴より腕が良い。どんな奴が使ってるんだ!?」

 前に自分とさしで渡り合ったナチュラルも無茶苦茶な腕だったが、目の前のMSはその上にいるようにアスランには思えた。とんでもない射撃技量を持っていたのだ。ジャスティスもファトゥムを使ったホバー移動で滑走路上を蛇行しながら反撃にビームラーフルと両肩のビーム砲を放っているのだが、向こうも簡単に当たってはくれなかった。
 そして更に距離を詰めてきたかと思うと、今度は巨大な剣、前にキラのストライクがヘリオポリスで使っていた大型の剣のような物を脇から抜いて切りかかってきた。アスランはその上空から叩きつけるような斬撃をどうにか回避したが、続く横降りの一撃を回避しきれずにシールドで受け止めて、そのシールドがだんだん溶断されていくのを見て驚愕してしまった。

「ふざけるな、対ビームシールドを斬れるのか!?」

 ビームサーベルとは熱エネルギーで対象を溶断する武器なので、目標を一瞬でぶった切るという事は出来ない。レーザートーチのようなものなのだ。対艦刀はこの溶断するという考えに西洋剣の重量と遠心力で叩き斬るという考えを加えた武器で、格闘戦兵器としては現行では最高の武器と言える。ただ、所詮格闘戦装備なので、実戦慣れしたベテランでなければ上手く使えないのが問題だった。騎士が弓や銃に駆逐されたように、基本的に有効射程が長い方が有利だからだ。
 だが、アスランも歴戦の兵だ。そう簡単に仕留められるほど弱くは無い。アスランはシールドを捨てて下がると、シールド裏に付けられていたガトリング砲の弾装を自分で撃って破壊したのだ。たちまち弾装が誘爆を起こし、クライシスが爆煙に包まれる。
 クライシスが苛立たしげに対艦刀ごとジャスティスのシールドを捨てて煙の外に出ると、既にジャスティスの姿は無かった。どうやら飛び去ってしまったらしい。

「逃げられたか。なかなかの腕だったな」

 クライシスのパイロット、アルフレット・リンクス少佐は自分から逃げ切って敵に悔しさ交じりの賞賛を投げ掛け、周囲を確認してみた。被害はかなりののもので、何処を見ても破壊された建物や車両の残骸が転がっている。どうやらこちらの完敗だったようだ。

「酷えもんだな。一方的じゃねえか」

 さっきの赤い新型といい、敵はよほどの精鋭部隊だったのだろうと思えたが、それにしても一方的に叩かれている。敵の残骸が見当たらないのだから。赤道連合はまだザフトと地上戦をした事が無かったから、こうも一方的な結果になったのだろうが。
 そんな事を考えていると、ボーマンの105ダガーがやってきた。

「隊長、敵は後退したようです。我々はどうしますか?」
「暫くここに留まろう。残ったなけなしの戦車が護衛じゃ、救助作業も落ち着いて出来ねえだろうからな」

 どうせパワーが来るまでに暫く時間がかかる。それに、恐らくパワーのロディガン少佐も負傷者をパワーで後送してやるくらいの事は申し出るだろう。

 こうして、ザフトの少数の精鋭部隊によるポートモレスビー奇襲作戦は成功に終わった。パワーが来なければポートモレスビー基地を完全に破壊する事も出来たかもしれないが、暫くは基地機能を喪失するくらいの打撃は与えているので、カーペンタリア司令部も概ね満足していた。この戦果は特務隊の実力の凄さを如実に表す物であり、上層部の評価も上がる事になる。同じだけの戦果を上げるには、他の部隊なら数十機のMSを必要とした事だろう。
 そしてこの特務隊の圧倒的な強さを見た連合軍は、ベテランパイロットで編成されたザフトMS隊の強さを改めて思い知らされた形となった。






 オーブ軍が早朝の仕事を始めだした頃、はた迷惑な事を海岸の防御施設を査察して回る1人の高官がいた。数人の随員を連れ立ち、少し眠そうな顔で防空陣地の中を歩いている。

「こうやって見ていくと、砲は少ないね」
「仕方がありません、予算の多くがMSに持っていかれましたし、砲陣地にする土地も足りませんから」
「ま、しょうがないさ。幾ら軍事要塞化が進んでるって言っても、所詮オノゴロは小さな島だからね。海上で食い止められなければ負け確定だよ」

 ユウナはオノゴロ島の防御施設全ての査察をカガリに命じられ、こうして直に確かめて回っていた。MS開発計画を闇に葬ろうした事さえあるウズミの考えには反している事だが、カガリは防衛軍司令官としての権限で防御施設の整備や防衛計画の整備、海上迎撃戦の研究を進めていたのだ。その立案の為に現在のオーブ軍の状況を確認する必要があり、ユウナが随分前からそれをやらされていた。
 この防衛計画によってユウナはカガリの参謀として防衛軍司令部に席を与えられている。それを出世と見るか、面倒を押し付けられたと見るのかは本人にしか分からないのだが、意外とユウナはこの仕事を精力的にこなしていた。




 翌朝、ナタルたちは揃ってキラを見舞う事になった。キラはオーブの軍病院の中でも訳ありの人が入れられる特別区画に入れられており、外部との接触は極力断たれている。その扱いから見ても彼が通常では考えられないような機密を握っている事が伺える。ここに入れるのはカガリやウズミといった要人の許可を受けた者だけで、カガリと一緒にやってきた彼等は当然病室に入る事が出来る。
 もっとも、流石にシンやマユ、ステラ、アウルは待合室で待たされている。幾らなんでもシンに関わらせるわけにはいかない。下手をすればウズミの手の者に拘束され人知れない場所に連れて行かれるかもしれないのだ。
 だが、その病室には先客が来ていた。キラの母、カリダ・ヤマトである。前回の帰郷では顔を合わせることも出来なかったのだが、流石に今回は顔を合わせないわけにもいかない。
 キラはベッドの上に横になりながら、バツが悪そうな顔で横を向いていた。カリダはそんなキラの態度など気にしない様子で花瓶に持って来た花を生けている。

「うん、これで良いわ」

 上手く花瓶に飾れて満足そうに頷くカリダ・その視線がキラの方へと向けられ、それを感じたキラがビクリと肩を震わせる。

「キラ」
「…………」
「フレイさんやカガリ様から、話は聞いてるわ。大体の事情は知ってしまったんですってね」

 母の言葉に、キラはコクリと頷いた。それを見てカリダはフウッと小さく吐息を漏らし、キラがどうしてこんな態度を見せているのかを理解した。自分達が本当の親ではないと知って、どんな顔をすればいいのか分からなくなっているのだ。

「キラ、貴方の両親、ユーレンとヴィアの事なんだけど」
「言わないでよ!」

 キラの生みの親のことを語ろうとしたカリダの言葉を、キラが大声で遮った。ようやく上半身を起こしてカリダの方を振り向いているが、その顔には焦りと苦しさが見て取れる。

「僕は、生みの親なんて知りたくない。僕はキラ・ヒビキじゃなくて、キラ・ヤマトでしょ!?」
「キラ……」
「僕はキラ・ヤマトで良いんだ。今更そんな事言われても、どうしろって言うのさ!?」

 目の前の女性が自分の本当の母親ではない。そんな事実を突きつけられても、キラには受け入れがたかった。そうなら、これまでの16年はなんだったのだ。キラ・ヤマトとは誰なのだ。自分はそんな事など知りたくは無かった。

「僕はキラ・ヤマトで良いよ。僕の家はオーブにあって、父さんと母さんもここに居て、サイたちと一緒に学校に行った。そんなキラ・ヤマトで良いんだ!」
「……そうね、そうなのかもね」

 16年間キラ・ヤマトで生きてきたのだから、それで良いのかもしれない。それに、カリダにとってもキラはもう自分の息子なのだ。だからキラがそう言ってくれたのは嬉しかった。
 キラのベッドに腰を降ろし、そっとキラの頭を抱きかかえた。機母親に抱かれたキラはポロポロと涙を零しだし、肩を震わせて泣き出してしまった。これまでに重ねていた無理が、吐き出す事の出来なかった苦しさが遂に溢れ出したのだろう。
元々キラが弱さを見せられる相手は少なかった。事情を知るキースか、弱さを幾度も見せてしまったフレイくらいにしかキラは脆い本心を見せる事は無く、その2人に対しても言えない様な事はある。血を分けるカガリに対してさえキラは辛さを分け合えず、その内に仕舞い込んできたのだ。
そんなキラが弱さを隠す必要も無く、本音をぶつけられる相手となると、家族しか居なかった。ヘリオポリスからの長い旅の果てに、キラはやっと苦しさから開放されたのだった。


 その時、病室の扉がぎしぎしと音を立てだした。なにやら人の声まで聞こえてくる。

「おい、押すなよ」
「だって、聞こえないじゃないの」
「カズィ、その集音マイクは何処から?」
「こらお前等、あまり暴れるとバランスが!?」

 キースの悲鳴と共に扉が耐え切れずに開き、外からたくさんの人間が転がり込んできた。それを見たカリダとキラが吃驚していたが、転がり込んできた人たちを見てキラが更に吃驚してしまった。

「キ、キースさん、バジルール大尉にサイにミリィにトール、ついでにアズラエル理事まで、何でここに?」

 キラの当然過ぎる質問に対して、彼等はバツが悪そうな顔で誤魔化し笑いを浮かべていた。

「い、いやあ、見舞いにきたんだが、なんだか入れない雰囲気だったんでな。入り口のところで聞き耳を立ててたんだが」
「あのですね……」

 キースの言い訳を来たキラが白い目で全員を見やり、全員が困った顔で引き攣った笑いを浮かべていた。

 そして、ようやくキラと会えたサイとトール、ミリアリアは口々にキラが生きていた事を喜んでくれた。トールはちょっと怒っていたが、友達達が本当に喜んでくれているのはキラにも分かった。
 仲間達に囲まれて照れ笑いを浮かべているキラ。彼等から少し距離をとるようにして立っている大人たち3人に、カリダが近付いてきて挨拶をしてきた。

「初めまして。キラの母、カリダ・ヤマトです」
「あ、これはどうも。大西洋連邦軍少佐、ナタル・バジルールです」
「同じく、キーエンス・バゥアー大尉です」
「軍需産業連合理事のムルタ・アズラエルです」

 3人の自己紹介を聞いたカリダは、キースとアズラエルを見て目を丸くしてしまっていた。2人の名には聞き覚えがあったのだ。

「バゥアー? それに、アズラエルってまさか?」
「はい、メンデルのバゥアー博士の息子です。貴女にはセブンと言った方が分かり易いでしょう」
「私はブルーコスモスの盟主と名乗った方が通りが良いですかね?」

 セブンとブルーコスモス。それはカリダにとって特別な意味を持つ名だ。セブンとはメンデルで研究されていた調整体のナンバーであり、ブルーコスモスは言うまでも無くコーディネイターの敵であり、姉夫婦の敵でもある。

「どうして、そんな方々がここに?」
「いやまあ、自分は元上官として見舞いに来ただけなんですが」
「僕は成り行き上来る事になってしまいまして。いや、キラ君とは色々と不思議な縁がありましてね」

 一体、キラとこの2人の間に何があったというのか、カリダにはさっぱり分からなかった。この2人はキラの天敵の筈なのだが。


 暫くキラが居なくなってからの事を話し合っていた子供達。その話が途切れるのを見計らって、ナタルがキラに声をかけた。

「ところでヤマト大尉、いや、生きてたのだから少尉か」
「はい、なんでしょうか?」
「生きていた以上、君は大西洋連邦軍に戻らなくてはいけない。その後で退役するなり手続きを取ってもらう事になるが」

 今まで何処に居たのかという事には目を瞑るとしても、生きていたのだから戻らなければ脱走兵になってしまう。だがナタルはキラがこれ以上戦ってくれるとは思っていなかったので、一度どこかの基地で除隊手続きを取らせようと考えていたのだ。
 しかし、キラの返事はナタルの想像とは違うものであった。

「いえ、バジルール大尉、僕は除隊するつもりはありません」
「何、どういう事だ?」
「僕は、僕に出来る事をやると決めたんです。この戦争を終わらせる為に今僕が出来ることは、アークエンジェルに戻ってザフトを叩く事です」
「だが、それで良いのか? 君は戦争を嫌っていたでは無いか?」
「今でも嫌いです。でも、何時までも逃げていても、戦争は終わりません。僕は友達を守る為に、この戦争を終わらせるために戦おうと決めたんです」

 それがキラの決意だった。同胞を手にかける事、アスランと戦う事、人を殺す事。その全てがキラには辛かったが、目の前で何人も殺されて、フレイまで殺されかけて、アラスカでアークエンジェルが危なくなって、今しなくてはいけないのは戦争を終わらせる事だとという考えに辿り着いていた。その為に連合軍に戻って、プラントに勝利する。それが今の大切な仲間達を守って、戦争を終わらせる最短の道だと信じたのだ。

「僕も決めたんです。コーディネイターの同胞じゃなく、ここに居るみんなの為に、仲間の為に戦うって」
「そうか、なら、何も言うことは無いな。早く怪我を治して、戦線に復帰してくれ」

 あのキラがそこまでの決意を持っているのなら、ナタルが何か言う必要は無い。大西洋連邦に信頼できるエースパイロットが誕生したのだ。
 納得して頷いたナタルがキラの傍から離れる。もうナタルが聞く事は無かった。それでまた子供たちの話が再開されるかと思われたが、それより早くアズラエルがキラに話しかけた。

「よく決意しましたね。コーディネイターは同朋意識が強いと聞いていましたが?」
「確かにそうですが、僕の守りたい人たちはここに居ますから。ここが僕の居場所です」
「居場所ねえ」
「そして、この戦争を一刻も早く終わらせる。それが僕のやるべき事だと、僕に出来る事だと思うんです。最高のコーディネイターとかいう力も、戦争を終わらせる為にならきっと役に立つ筈です」
「…………」
「ナチュラルとコーディネイターの溝は埋まらないのかもしれません。でも、何時か分かり合える時が来る、僕はそれを信じたいんです。その為にも、こんな戦争は終わらせなくちゃいけない。それが僕のやならくちゃいけないことだと思うんです」

 そう言って、キラはフレイを見た。なんだか何時になく真剣な眼差しを向けられたフレイが少し顔を赤くしている。
 そしてキラは目を閉じると、大きく息を吐き出した。流石に長話をして疲れたのかもしれない。

「やらなくちゃいけない事、出来る事、ですか」

 そしてアズラエルは、キラの言葉を反芻していた。その目は閉じられ、何かを真剣に考えているように見える。いつものヘラヘラした様子が消えているアズラエルの姿にカガリたちが戸惑っていると、アズラエルは目を開けてキラを見た。

「連合はプラントコロニーを完全に殲滅するかもしれません。それでも良いのですか? コーディネイターが降伏しなければ、最悪そうなりますよ」
「それは、そうならない事を期待するしかないです。その事を気にして何もしなかったら、サイたちが戦死したら僕は今度こそ立ち直れ無いかもしれない。ハルバートン提督が言っていました、意思の無い者には何も成し遂げられいって。キースさんが教えてくれました、一番怖いのは手遅れになってから気付く事だって。そしてアルフレット少佐は言いました、運命は自分で掴み取る物だって。結果を恐れて逃げてちゃ駄目なんです。自分から前に出なくちゃ、何も変えられないんです」
「だから、君はプラントが破壊される危険を承知の上で、我々の側に付くと決めたのですか」

 キラの話を聞き終えたアズラエルは静かに身を翻し、病室を出て行こうとした。その背中にキラが声をかける。

「アズラエルさん、何処に?」
「君は体調を回復させたら、サザーランド大佐に連絡を取りなさい。アークエンジェルに戻れるよう手配しておきます」
「ど、どうして……」

 どうしてと聞き返そうとしたキラだったが、振り返ったアズラエルがこれまでに見た事が無いような、晴れ晴れとした笑顔をしている事に次の言葉を口に出せなくなってしまった。そしてアズラエルは、その場に居る全員を驚かせる言葉を口にしたのである。

「自分にやれる事を、出来る事をする、ですか。この年になってそんな青臭い台詞を聞くことになるとは思いませんでした。しかし……」
「アズラエルさん?」
「しかし、良い言葉です」

 そう言って、アズラエルは病室を後にした。それを見送った全員が驚きに目を見開き、固まっている。そしてその驚きが去った後、ワイワイギャアギャアと揉め始めた。一体アズラエルに何があったのだとか、ひょっとしてプラント皆殺しに目覚めたんじゃとか意見がぶつかり合っている。
 大騒ぎしている仲間達を見ながら、カガリは苦笑した顔をフレイに向けていた。

「フレイ、あいつ、何かする気かな?」
「私にだって分からないわよ。でも多分……」

 そこから先はフレイは口にしなかった。そしてカガリも確かめなかった。きっとアズラエルは、戦争を終わらせるための努力をしてくれるのだと思えたから。ただそれがどういう形になるのかは2人にもさっぱりだったのだが。何しろあの男、絶対に自分は損をしないというのが信条の男なのだから。

「さてと、それじゃ俺たちも帰るか。出港準備もあるしな」
「そうですね。余り長居するのも悪いですし」

 アズラエルが帰ったのを見て、キースとナタルも腰を上げた。今日中にアークエンジェルとドミニオンは出航するので、余り長居をするわけにもいかなかったのだ。それはサイたちも分かっているようで、キラに別れを告げて病室を去っていく。

「じゃあな、キラ」
「早く良くなってくれよ。キラが居ると居ないじゃ、戦力が違うんだからさ」
「今度は迷子にならずに、ちゃんと来なさいよ」

 サイとトール、ミリアリアが手を振って病室を後にしていく。それを追ってフレイとカガリが部屋から出て行き、室内にはキラとカリダだけが残された。

「元気な人たちね、キラ」
「うん、みんな良い友達さ。アズラエルさんはかなり微妙だけどね」

 流石にブルーコスモスのTOPに好意を持つのは難しいらしい。そもそも何であの男がフレイたちと一緒に居たのかさえキラには理解できないのだ。
 カリダはベッドの隣にある椅子に腰を降ろすと、サイたちがどさどさと置いていった見舞いの品を手に取って片付けだした。

「でも、驚いたわ。キラが自分から軍に戻るなんて言いだすなんて」
「……ご免、母さん」
「謝る事じゃ無いわ。友達を守りたいって気持ちは分かるもの。でも、よく決められたわね。キラは流され易い子だったのに。それもナチュラルの為に」

 キラはコーディネイターという素性を極力隠して生きてきた。サイたちを例外とすれば、ヘリオポリスにいた他の知人達さえ知らなかったのだ。これはキラだけではなく、ナチュラル世界で生きる大半のコーディネイターが身に付けている処世術なのだ。そうしなければ生きていけないとさえ言っても良い。そういう意味では、正体を明かす事が出来る友人を得れたキラは幸運だったろう。
 でも、キラが決意したのは、全てを割り切って戦場に戻る事を決めた最大の理由は、他の所にあった。

「……僕は、フレイのお父さんを守れなかったんだ。僕が迷ってたから、躊躇ってたから。そして弱かったから」
「確か軍艦と一緒に出迎えに行ったとか聞いたわね。でも、フレイさんはその事ではキラを責めるのは間違ってたって言ってたわよ?」
「でも、約束を守れなかったんだ。それからも大勢の人が目の前で殺されて、何度もフレイを泣かせて、帰ってくるって約束したのにまた守れなくて、また泣かせた。だから……」

 そこで言葉を切り、キラは自嘲気味に笑った。自分の戦う理由が余りにも小さなものだから、失笑を禁じえなかたのだ。

「僕は世界の為でも国の為でもなく、僕の友達を、大切な人たちを死なせたくないから、もうフレイに泣いてほしくないから戦うんだよ。そんな個人的な理由で僕は戦争を終わらせたいんだ。結局、全部自分の為なんだよ」

 なんとちっぽけで、利己的な理由なのだろうかとキラは笑ってしまう。きっとアスランたちはプラントのために戦っているのだろうに。こんな理由で戦う自分が、アスランに勝てるのだろうかという不安さえあるのだ。
 このキラの自虐的な心に、戦場で戦った事の無いカリダは何も言ってやれなかった。これに答えてやれるのは、歴戦の勇士だけだろう。




「お〜ほっほっほ、病院内で走り回るなんて、何てガキ共なのかしらねえ。たっぷりお仕置きしてあげないと!」
「やだ〜、お仕置きはやだ〜、アウル助けて!」
「僕は止めてたんだってば!」

 まるで熊のような看護士に両脇に抱えられて連行されていくステラとシン。じたばた暴れているが、丸太のような腕は小子揺るぎもせず2人をがっちりと固めていく。2人が連れられていくのを見送ったマユは心配そうな顔でもう1人の同行者に声をかけた。

「ねえ、連れてかれちゃったけど、良いのアウルさん?」
「……俺は何も見えなかったし、聞こえなかった」
「それ、現実逃避でしょ?」

 缶ジュースを口にしながら、アウルは意図的にステラたちを視界に入れないようにしていた。






 この頃、オーブの代表であるホムラはプラント領事館からの来客を受けていた。領事からホムラにとんでもない事が伝えられたのだ。

「貴国の試作機ですと?」
「はい。プラントから強奪された試作機がつい先日、オーブ領空でオーブ軍と交戦、拿捕された事をこちらは確認しております。その機体を返還していただきたいのです」
「待って頂きたい。私はまだ軍部からそのような報告を受けてはいません。事実関係を確認後、改めて返事をしたいのですが」

 ホムラは焦りと驚きを浮かべていた。あの機体のことは部外秘にしてあったはずなのに、一体何時の間にプラントに情報が漏れたというのだ。しかも自分には亡命者が入国したとしか聞かされていない。領空で迎撃したというのならカガリの管轄の筈だが、カガリからはそんな知らせは来ていないのだ。
 そしてプラント領事はホムラの要請を受け入れ、また5日後に参りますと伝えて首長府を後にした。

 領事が首長府を後にしてからホムラは急いでカガリの居るはずの防衛軍司令部と連絡をとったものの、カガリは不在で、代わりに副指令であるキサカ一佐がホムラに対応してくれたのだが、その回答はホムラを満足させる物ではなかった。

「代表、ウズミ様はあの機体とパイロットをオーブで匿うという方針を崩してはおりません。現時点ではプラントの要求に応じる事は出来ないかと」
「ふざけるな一佐、プラントの領事がわざわざ首長府にまで押しかけてきたのだぞ。誤魔化しきるにも限界がある。君たちは何時まであれをオーブに置いておくつもりなのだ!?」
「それはウズミ様に聞いて確かめていただくしか無いかと。我々にはあれをどうにかする権限はありません」

 冷静に切り返してくるキサカに、ホムラは悔しそうな唸り声を漏らして電話を叩きつけるように切った。白濁したモニターをじっと見ていたキサカは小さく溜息を漏らすと、受話器を置いてすまなそうに謝罪を口にする。

「申し訳ありませんホムラ様。あの機体はウズミ様の管轄下に置かれて、我々にもどうする事も出来ないのです」

 その割にはあっさりとエドワードが写真をとって持ち出していたりと、警備体制がザル同然だったりするのだが。
 先代首長の命令が現代表の意思に優先されるというのはどう考えてもおかしいのだが、ウズミの命令には未だに誰も逆らえない。キサカのような人物であってもそうなのだ。これがオーブを蝕む歪みであった。






 そして、カーペンタリアでは大きな騒ぎが起きていた。本国からオーブ攻略の準備に入れと命令が来たのだ。現在でさえ赤道連合との戦いに忙殺されているカーペンタリアの何処にそんな余力があるのかと思ったが、本国から追伸という形で大洋州連合軍も参加すると聞かされて渋々と受け入れるに至っている。大洋州連合は地球連合と正面切った戦争はまだしていないので、十分な戦力を残している。ザフトとしてはこれまで戦おうとしない大洋州連合に苦々しい思いをしていたので、やっと奴等も動くのかと納得した者の方が多かったのだ。
 ただ、それでも納得できない者はいた。カーペンタリア基地司令に対して、アスランは怒りに顔を紅潮させて抗議していたのだ。

「どういう事ですか、何故オーブを攻めなくてはいけないのです!?」
「本国から強奪された我が軍の試作機がオーブにあるらしいのだ。現在返還を要求しているが、それが叶わない時はオーブを攻略し、試作機の奪還、ないしは破壊を行うと決定されたらしい」
「試作機とは、まさかフリーダム!?」

 そういえばパナマでキラはオーブに付いたらとか言っていたが、まさかフリーダム持参でオーブに行ったというのだろうか。あいつは連合に付いているとばかり思っていたのだが。
 混乱しているアスランに、基地司令は更に追加で伝達事項を伝えた。

「それと、オーブ攻略戦の指揮はラウ・ル・クルーゼがとる事になった、彼がこちらに到着して作戦立案が終われば攻略開始だろう」
「クルーゼ隊長がですか?」
「ああ、ジュール議長に代わった際の人事異動に彼も巻き込まれたらしいな。クルーゼもザラ議長派だったから、ジュール議長には疎ましかったんだろう。中央で作戦指導に当たると思われてたのが、一転して最前線の司令官の1人に逆戻りとは、人生分からんものだ」

 実は、世間からの評判だとクルーゼはエザリアに嫌われている事になっていた。ザラ派の重鎮であり、時として上司さえ見下しているかのような不遜な性格がエザリアに嫌われていると見られていたのだ。実際、エザリアはクルーゼと会おうともしないらしい。
 これはクルーゼがエザリアに頼んで行っていた印象操作であった。表立って自分との関係が明るみに出ればエザリアのイメージにも傷が付きかねず、政治家としてそれは致命傷になりかねないという事で、表向きには2人は無関係を装っていたのだ。
 もっとも、エザリアはクルーゼの言葉を額面どおりの受け取っていたが、クルーゼにはまた別の思惑があったりする。それが分かるのはまだ先のことであったが。






 オーブにあるウズミ・ナラ・アスハの私邸には今、かなり面倒な客が訪れていた。それはプラントからラクスの協力者として追われる身となった男、マルキオ導師である。彼はシーゲルに現在のプラントとラクスの情勢を伝え、このままではラクスが掴まり、未来が断たれてしまうと訴えていた。

「ラクス様には既に地球連合内にも協力者を得ています。ジークマイア大将を中心とする講和派のグループですが。更にプラント内にもまだまだ多くの賛同者を持っていて、実働戦力も確実に充実してきています」
「だから、私に支援をしてくれと?」
「プラント内の表立った穏健派勢力がエザリア・ジュールの手で半ば一掃されてしまい、残りは地下に潜りました。カナーバ議員やカシム議員は健在ですが、力を失っております。シーゲル様に至っては何処に監禁されているのかさえ不明の状態です。プラントはこのままでは際限ない破壊の道に進んでしまうでしょう。それを止める為には、我々にも抑止力となる力が必要なのです」

 マルキオもラクスも、物事の解決に暴力を用いる事を躊躇う事はない。それが正しいとは思っていないが、力でなくては解決できない問題があることを理解しているのだ。ただ彼等の怖い所は、理想を元に軍事力を行使するという、中世の宗教戦争じみた軍事行動をしている事だ。自分たちのしている事は犯罪であるという自覚がない。
 マルキオから協力を求められたウズミは暫し黙考した。マルキオの言う通り、このまま手をこまねいていれば最終戦争に発展しかねない。そうなればどの道オーブも滅亡するしかないだろう。だが、オーブの理念は如何なる戦争にも干渉しない事だ。それを破る事になってしまう。
 暫く悩んでいたウズミは、目を開けると小さく頷いて見せた。どうやらオーブの理念よりもラクスの理想を優先したらしい。

「分かりました。前にオーブに届いたフリーダムを含めて、装備や武器弾薬、食糧の提供を行いましょう」
「ありがとうございます、ウズミ様」

 ウズミの決断にマルキオは深々と頭を下げたが、ウズミの話にはまだ続きがあった。

「ですが、公然と行うわけにはいきませんぞ。我が国は如何なる戦争にも加担しないことを信条としております。ゆえに、公に物資を渡す事は出来ませんし、輸送もこちらでは出来ません」
「分かっております。表向きにはジャンク屋が物資を購入するという形を取り、ジャンク屋の流通ルートを使って秘密裏に運ぶ事に致します」
「ならば良いのですが、何処に運ばれるのかな?」
「L4のメンデルです。あそこなら、誰の注意も引かないでしょう。既に傭兵やラクス様の理想に共鳴した人々を集めて、かなりの戦力が集っています」
「メンデルに……」

 それを聞いたウズミが複雑な表情になる。あそこは様々な大罪が今も尚眠る、人類の犯した過ちという名の墓標だ。そこにラクスは兵を集めているというのか。
 しかし、最終戦争への道はなんとしても回避しなくてはならない。マルキオの語るSEED理論を妄信しているわけではないが、ある程度は信じているウズミは、ラクスにこれまで以上の協力をする事を約束し、直ぐに物資を揃える事をマルキオに約束した。マルキオもこれに喜び、直ぐにジャンク屋に話を通すと答えている。 
こうして、オーブとジャンク屋によるラクス軍への一線を超えた支援が行われる事となった。しかしこれが、後の巨大な悲劇の始まりともなったのである。






 そして、とうとうアークエンジェルとドミニオンがオーブを離れる時間が来た。艦内では出航準備が進められており、航路の計算が行われている。だが、この航路計算がいきなり白紙に戻される事態が生じてしまった。シンガポールからサザーランドが連絡を取ってきて、アークエンジェルとドミニオンはラバウルに向かうよう命令がきたのだ。

「ラ、ラバウルにですか?」
「うむ、すでにパナマ艦隊の健在艦は到着し、ビスマーク海で訓練を始めている。君たちはこれと合流してくれたまえ」
「どういう事ですか。前の話ではシンガポールに急行せよと?」
「それが、予定が大幅に遅れていてな。作戦開始日時を繰り下げるよりも、作戦そのものを変更した方が良いという事になったのだ。それで、我々はまず先にカーペンタリアを攻撃する事にした」
「カーペンタリアを!?」

 マリューは驚いた。カーペンタリアといえば地上ザフトの最大拠点であり、現在赤道連合が死闘を繰り広げている相手だ。何故そんな所をいきなり攻撃するのだろうか。

「うむ、それが、赤道連合とカーペンタリア基地の戦闘が始まったのは良いのだが、赤道連合の損害も馬鹿にならなくてな。我が国に援軍を求めてきたのだ」
「それで、カーペンタリアを叩く事にしたと?」
「そうだ、今回は占領ではなく破壊が目的だがな。ラバウルには既にパワーも向っているから、これと合流して第8任務部隊を編成してくれ。大型空母2隻を含む水上艦隊とアークエンジェル級3隻があれば、カーペンタリアを叩く事も出来るだろう」

 サザーランドの説明を受けたマリューはなるほどと頷いたが、今度はナタルが質問をしてきた。

「大佐、カーペンタリアを攻めるのでしたら、ポートモレスビーの方が集結地としては適切ではありませんか? あちらの方が基地設備も充実しておりますし」
「出来ればそうしたいのだが、ポートモレスビーはザフトの攻撃を受けている。まあ頻繁にではないのだが、それでも無視は出来ん。安全を考えて後方のラバウルを選んだのだ」
「ポートモレスビーの戦況は、それ程悪いのですか?」
「良いとは言えんな。つい先日にはパナマに現れた赤い新型、情報部からの報告だとジャスティスという機体名らしいのだが、これを含むMS部隊の小規模な襲撃を受けてかなりの被害を出した」
「ジャスティスですか。確かにあれは凄まじい強さでしたが」
 
 ナタルとマリューがパナマで遭遇した赤い新型を思い出して表情を曇らせている。あれにはフラガの乗るクライシスやシャニのフォビドゥンでさえ勝てなかったのだ。

「幸い、ラバウルに向っていたパワーが近くに居て、救援が間に合ったおかげで壊滅は免れたが、下手をすればあれ1機にポートモレスビーが破壊されかねなかった。赤道連合にもストライクダガーの輸出は進んでいるが、まだ数は多くないからな」

 ザフトの力、いまだ侮りがたしという事だろう。マリューたちがなるほどと頷き、ラバウルへ向かう事を了解すると、サザーランドは今度は少し不安そうな声でマリューたちに問い掛けてきた。

「ところで、アズラエル様は連れ戻せただろうか?」
「御心配なく。バゥアー大尉が首に縄をかけて逃げ出さないようにしています」
「そ、そうか、それなら良い。手間をかけさせてすまなかったな。私も近日中にラバウルに赴くから、そこで会おう」

 そう言ってサザーランドは通信を切った。マリューはやれやれとナタルと顔を見合わせ、忙しい事だと苦笑をしている。そこにキースが子供達を連れてやってきた。ステラがフラガに駆け寄って頭を撫でて貰っており、御満悦な感じになっている。それを見ていたマリューがまたどす黒い怒りの波動を撒き散らして挨拶しようとした他のクルーを硬直させていた。まあ、ステラが直ぐに離れてくれたので今回の被害は軽かったが。 

「あら、もう終わったんですか」
「ええ、また帰ってくるからと言って、わりと早く終わりました」

 キースがサイたちを見ながら言う。てっきりもっと時間がかかると思ってたのだが。その隣ではステラが大きな箱を抱えて嬉しそうに鼻歌なんぞ歌っている。

「あらステラちゃん、それは何?」
「お姉さんにお土産もらった〜」
「お姉さん?」

 誰の事だろうと思ったが、まあ良いかと思ってそれ以上は問い詰めなかった。フレイたちから貰ったのなら、危険物という事もあるまい。

「そう、良かったわね。お泊りは楽しかった?」
「うん、楽しかった」

 無邪気にはしゃいでいるステラ。サイたちも久々の故郷を堪能したようで満足そうだ。
 だが、その時艦橋内にとても暗い声が酷くはっきりと響き渡った。

「そうか、楽しかったんだ」
「楽しかったらしいな」
「楽しかったんだろうなあ、美味しい料理とかも出て」
「夜景とか、綺麗だったんだろうなあ」

 操舵席に座るノイマンと、その隣にどんよりとした空気と共に立っているスティング、そしてパルとチャンドラだった。彼等は昨晩のアークエンジェル居残り組みである。マリューもフラガと一緒に食事に行ったりしていたのだ。そんな中で彼等はアークエンジェルで黙々と仕事をしていたのである。
 どんよりとした空気を背負っている4人の姿に、帰ってきた彼等は焦りを見せながらどう声をかけたら良いのか考え込んでしまっていた。


 去っていくアークエンジェルとドミニオン。それを埠頭から見送るカガリとフレイは、アズラエルから渡された紹介状を手にどうした物かと顔を見合わせていた。アズラエルはこれを手渡して、前にキースも言っていたフィジー諸島に住む変人に会えと薦めてくれたのだ。自分達なら、きっとあの男も手を貸してくれると言って。

「これ、どうする?」
「う〜ん、フィジーって言うと、多分あの一族なんだけど、う〜ん」

 どうもアズラエルたちの言うあの男という相手に心当たりがあるらしいフレイがしきりに首を捻っている。そんなに会わない方が良い相手なのかとカガリが息を呑む。そのまま暫く唸っていたフレイは、とうとう観念したように肩を落とした。

「フィジーならここから水上機で日帰りできるわ。明日の朝、出発しましょう」
「大丈夫なのか?」
「私やカガリだけじゃ門前払いの可能性もあるけど、世界有数のアズラエル財団の会長直筆の紹介状があるなら、大丈夫よ」

 世界有数の巨大財閥、アズラエル財団の資産は凄まじい。それだけのアズラエルの社会的地位はとてつもなく高く、大西洋連邦大統領とどちらが上か、というレベルにある。当然オーブの王女様や、大西洋連邦の名家のお嬢様程度では普通は相手にもされなかったろう。そういう意味では、カガリがアズラエルと個人的な縁を結ぶ事ができたのはとても大きな意味を持つ事である。
 そして、2人は遂にフィジーに住む変人に会いに行く事となった。迫るザフトの脅威にも気付かぬままに。



機体解説

ZGMF−1017F ジンF型 後に22型
兵装 76mm重突撃機銃
   重斬刀
   簡易シールド
<解説>
 ジンをカーペンタリアの工廠で現地改修した陸戦強化型。地上では木々や建物で下半身が遮られる為、上半身に被弾が集中するという事に着目して上半身の装甲を強化した。更に足回りを改修して強度を増し、走行や跳躍時の衝撃に十分に耐えられるようになっている。武装面には変更箇所は無い。本機のシールドは大洋州連合が生産している戦車の正面装甲を方形シールドとして転用した物である。他にも現地改修装備や地上ザフト軍用の装備として、大洋州連合で生産している部品や装備がカーペンタリアに納入されている。
 これは本国の対応の遅さに業を煮やしたカーペンタリアの現地スタッフが独自に行った改修で、試験部隊からの評判も良好であり、順次改修が進められている。後に制式採用され、ジン22型と制式ナンバーが振られるが、現場では慣れたF型と呼び続けていた。



後書き

ジム改 世界は確実に滅びに向っている。キラは、カガリはこの流れを止められるのか?
カガリ あの〜、とりあえずオーブの命運はどうなるんだ?
ジム改 小国は大国に食われるのみ!
カガリ オーブにも特務隊級の部隊をくれえ!
ジム改 むう、手が無い事もないのだが。
カガリ おお、あるのか?
ジム改 結構ヤバイ手だぞ。アズラエルから強化人間やソキウスを買う。
カガリ ちょっと待てゴラア!?
ジム改 アズラエルにとってこいつ等は商品だから、金出せば買えるぞ?
カガリ 人身売買なんか出来るかあ!
ジム改 じゃあオーブパイロットにγ−グリフェプタンを投与してパワーアップを。これならもっと簡単に手に入るぞ。アメノミハシラにもあるし。
カガリ お前はオーブを人でなしにしたいのか!?
ジム改 カガリ、世の中に手が真っ白な国家なんて無いんだよ。
カガリ くっ、言い返せない。
ジム改 それでは次回、貧乏傭兵を護衛に雇って赴いたフィジーでカガリとフレイが出会った変人、彼はカガリにとんでもない質問をしてくる。そしてカーペンタリアに集ってくるオーブ攻略部隊。新たな戦いが始まろうとしていたのだ。その頃、プラントでは誰からも注目されない男、ジュセックがパトリックの死に疑問を感じて動いていた。次回、「孤島の主」でお会いしましょう。

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