「くそっ!! どういうつもりだ!!」

 縄でぐるぐる巻きにされたミゲルは、自分にそれをやって見せたのが、まだ十歳程度の少年であった事に、驚きを禁じえない、といった様子だった。あの後、彼に捕まる前にも抵抗は試みたが、あっさりといなされ、この有様である。

 ありえない。

 ミゲルはそう思った。たとえコーディネイターであっても、こんな子供が、軍人として厳しい訓練を受けているこの自分を赤子のようにあしらうなど・・・しかし、現実に彼は赤子扱いにされた。そしてその相手は今、自分を見下ろしている。

「少し聞きたい事があるのですけど」

 これは予想されていた質問だった。

「フン!! 我が軍の機密に関してなら拷問されても・・・」

 と、言いかけるミゲルだが、ショウの口から次に出たのは、予想もしない言葉だった。

「いえ、僕が聞きたいのはそんな事じゃなくて・・・」

 彼がミゲルに質問したのはこの世界の現状について、だった。何故この世界で戦争をしているのか、どんな組織に別れて戦っているのか、その組織は何を目的としているのか、エトセトラ、エトセトラ・・・それこそ子供でも知っているような事ばかりである。ミゲルはそれに少々驚いていたが、別に話しても問題ないことだと分かると、ある程度の主観は入っていたが、ショウにそれらの事を説明してやった。

「成る程、つまりこの世界では遺伝子に調整を受けたコーディネイターと、自然のままに生まれてきたナチュラルという人達が、ザフトと地球連合に分かれて戦っている訳ですね?」

「ああ、そうだが・・・一体お前はどこの田舎者だ? こんな事誰でも知っているぞ?」

 と、ややあきれた様に言うミゲル。ショウは苦笑すると、ミゲルの縄を解いてやった。

「いいのか? 俺を逃がして」

「構いませんよ。元々僕は情報を聞きたかっただけでしたから」

 ミゲルは、自分の話した情報が有益であったのかは激しく疑問だったが、とりあえず逃がしてくれると言うのなら逃げる事にした。



「う・・・」

「あ、気が付きましたか?」

 マリュー・ラミアスが目を覚ますと、先程ストライクを動かしていた少年が眼に入った。顔を動かすと、彼の他にも数名の少年少女、サイ・アーガイル、ミリアリア・ハウ、トール・ケーニヒ、カズイ・バスカーク等の姿も見えた。

「しかしすげーな、これ、あの子が動かしてたわけ?」

「ガンダム? なにそれ?」

 トールとカズイは、バッテリーが切れて灰色に戻ったストライクに乗り込んでいた。マリューはそれを見て、はっとする。

「肩の傷には治癒法術(ヒーリング)を施しておきましたから、すぐにふさが・・・ちょっと!?」

 説明しているショウに、彼女は銃を突きつける。そしてそれを上空に向けて、一発撃った。

「機体から離れろ!!」

 叫ぶマリュー。トールとカズイはその言葉に慌てて従う。

「この機体は地球軍の最高機密よ。民間人が勝手に触っていいものではないわ。私はマリュー・ラミアス、地球軍の将校です。申し訳ないけど、あなた達をこのまま解散させるわけには行かなくなりました。事情がどうあれ、あなた達は”見て”しまった。然るべき所と連絡が取れ、処置が決定するまでの間、私と行動を共にしてもらいます」

 と、整列させたショウも含む五人に向けて言う。案の定、ショウを除く四人は一斉に不満を漏らした。

「なんで!」

「無茶苦茶だよ、そんなの!!」

「僕等はヘリオポリスの民間人です、中立ですよ!? 関係無いです!!」

 ショウはそんな四人とは対照的に、我関せず、といった調子で、静かにマリューを見ていた。睨み付けたりするものではない、静かな眼で。マリューはその瞳の美しさに一瞬心を奪われかけたが、すぐに状況を思い出すと、

 ドン!!

 手に持った銃を一発、上空に向けて発砲した。そして彼等に向けて、一喝する。

「黙りなさい、何も知らない子供が!! 中立だ、関係無い、と、さえ言っていれば今でも無関係でいられる、まさか本気でそう思っているわけではないでしょう? 周りを見なさい!!」

 彼等は周囲を見る。そこには、つい数時間前までは信じて疑わなかった景色が、今は戦火によって無残に踏み荒らされた光景が広がっていた。他の四人はそれをただ声も無く見ているばかりだったが、ショウだけは、その景色を見て、歯を食い縛っていた。なにか堪え難い物を堪えようとするかのように。尤もそれにはその場の誰も、彼自身さえも気付いてはいなかったが。

「これがあなた達の現実です、戦争をしているんです。あなた達の外の世界はね」

「それは分かりましたが・・・」

 そう言ってショウが彼女に歩み寄った。右手を上げ、振り下ろす。速くもない、ゆっくりと振り下ろされた手刀は、すり抜けるようにマリューの手にした拳銃に触れ、銃身を真っ二つに断ち割ってしまった。

「なっ・・・?」

「そんなものを突きつけなくとも話は出来るでしょう。同じ軍人として、無闇に民間人に銃を向ける行為は、感心できませんね」

 彼はそう、諭すように言った。


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OPERATION,2 信ずべきもの

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 その後、トール達は何とかショウが説得し、アークエンジェルと合流した彼等だったが、そのMSデッキで、またしても問題が起こった。事の発端となったのは不用意とも言えるこの一言だった。

「君、コーディネイターだろ?」

 トラックで来たマリュー達と共に、ストライクで乗り付けてきたショウは、ハッチを開くと、床まで10メートルはあるそこから、やはりフワリ、と枯葉か、さもなくば一本の羽毛のように華麗に着地した。格納庫にいた人間は、その超美技と、ストライクを動かしていたのがショウのような幼子であった事に、二重に驚いた。

 そしてそれを見ていたパイロットスーツ姿の長身の男、ムウ・ラ・フラガがショウに近づき、そう言い放ったのである。アークエンジェルは地球軍の艦である。当然周囲はざわめいた。で、当のショウは、と言うと・・・

『この人に悪気はないようだけど・・・さて、どう返答したものだろう・・・?』



 ショウの脳内でのシュミレーション。

 パターン@ コーディネイターです。

 ・・・当然一波乱起きそうだが、まあそれを鎮めてしまえば今後ある程度無茶をしてもコーディネイターだから、で説明がつくだろう。どうも僕の直感がこのまま下りる事は出来ない、と告げているし・・・

 パターンA ナチュラルです。

 ・・・この場は丸く収まるだろうが今後無茶をするとそれで問題が起こる可能性あり。

 パターンB とぼけるor沈黙

 ・・・全体的に人間関係がギスギスするのは必定。それはニュータイプである自分にとって不愉快極まりない。それを除いても色々と問題がありそう。やはり何か回答を返すべきだろう。

 以上、思考時間1秒ジャスト。



「・・・そうです、僕はコーディネイターです」

 途端に、マリューや、この艦の指揮を臨時に執っていたナタルの背後に控えていた兵達が、ショウに銃を向けた。無理のない反応ではある。彼等にとってコーディネイターは敵なのだから。しかし、黙って銃を向けられているほど、ショウは温厚ではない。瞬間に、マリュー達の前にいた彼の姿がフッ、と消えると、次の瞬間には、

 ズガガガッ!!!

 彼女達の後ろの、銃を構えた兵士達三人を殴り倒していた。それを見て、ナタルが拳銃をホルスターから抜こうとするが、それはマリューが制した。誰だって銃を向けられれば怒る。明らかに非は、ショウが何の敵意も見せていないのに銃を向けた自分達にある。

「心配しなくても5分も経てば元通り元気になりますよ」

 と、ショウ。彼に殴られた三人は、その言葉通り、もう起き上がってきている。彼が立て続けに見せる離れ業に、彼以外の者は驚くばかりだ。そして、この騒ぎの原因を作ったムウは、と言うと、

「いや、スマン、確認したかっただけなんだけどね」

 と、悪びれる様子もなく言った。



 アークエンジェルのブリッジでは、それぞれパイロットスーツと作業着から制服に着替えたムウとマリュー、それにナタルを交えて、会議を開いていた。議題は勿論今後のアークエンジェルの行動である。

「今、攻撃を受けたら防ぎきれないでしょう」

「だろうな。こちらには虎の子のストライクと、俺のゼロのみ。戦闘はまだ無理だ。ストライクは・・・」

「フラガ大尉が乗られては・・・」

 と、マリュー。しかしムウは、

「冗談言うなよ。ショウが書き換えたって言うOS見てないのか? あんなもんが俺に・・・て言うか、あれははっきり言ってコーディネイターにも扱えるような代物じゃないぞ? 以前鹵獲したジンのOSだって、あそこまで凄くはなかった」

 その指摘に彼女は沈黙する。彼女自身が見たあのOS書き換えの速さとその操縦技術。それはどちらも今まで自分が見てきたどんな人間のそれをも超越していた。そして、それによって別の機体と思えるほどの運動能力を見せたストライクも、シュミレーターの弾き出した理論限界値と同じか、それ以上の速度と力強さを発揮したように思えた。

 そこにナタルが口を挟む。

「なら、元に戻させて・・・とにかくコーディネイターの、しかもあんな子供に大事な機体をこれ以上任せるわけには・・・」

 その顔には明らかな嫌悪が漂っていた。根っからの軍人気質な彼女にとって、コーディネイターであると言うだけで、憎悪の対象になるのだろう。加えて、格納庫で見せた格闘能力、あれを脅威に思う気持ちも十分理解できる。

 だが、マリューは思う。あの少年は自分達が敵意を向けない限り、絶対に自分達に敵意を返しはしない、と。何故だか彼女の中で、それが確信として分かった。

「それで俺にノロクサ出て行って的になれと? 戦闘になれば、あいつが極限まで上げた機体性能とそれを扱えるパイロット、その二つがなきゃ、生き残れないぜ?」

 事実を突きつけるムウ。それは一つの結論を導き出していた。



「ふう」

 居住区で、ドリンクを飲みながら一服しているショウ。そこにミリアリア達がやってきた。

「あ、あの・・・」

「ん? ああ、皆さん、どうしたんですか?」

 四人に近づくショウ。彼等の中で、最後尾に立っていたカズイはそれだけで逃げ出しそうになる。ショウはそれに気付いてはいたが、別に何か特別な感情を抱くことはなかった。

「あの、言いそびれてたんだけど、あの時操縦してたのショウ君なのよね? 助けてくれてありがとう」

 と、彼等を代表して礼を言うミリアリア。それを聞いたショウは、笑って、

「礼には及びませんよ。僕はこう見えても軍人でしたから・・・と言っても今は違いますが・・・それでも民間人を守るのは当たり前です」

 そう言った。その言葉にミリアリア達は怪訝な表情になる。常識で考えれば、ショウのような子供が軍人など、ありえない話だ。しかし、先程から彼が見せている能力。それによく見ると彼の衣服も、どことなく軍服のように見えるし、左胸には立派な階級章がついている。そして彼が言い放った、自分はコーディネイターである(実際は違うが)という事実。それらを合わせて考えていたが・・・

「ここにいたのね」

「よう! ショウ君」

 マリューとムウが、マリューは深刻な顔で、ムウはいつも通り陽気にやってきた。ショウに話があるらしい。もっとも、彼にはその内容など分かりきっていたが。

「実は・・・」

 実に言い難そうに切り出すマリュー。しかし、

「分かりました」

「へ?」

「ちょ、ちょっとショウ君、本当にいいの?」

 内容を口にするより早く、ショウが了承した。これにはムウも驚き、マリューはショウの肩を掴んで、言う。彼女のような人間にとって、こんな少年に戦え、と言って戦場に送り出すのは拷問にも等しい痛みを伴う事なのだろう。しかしショウは、その手を優しく掴むと、言った。

「・・・こうなる事は分かっていました。僕が戦わなければこの艦は沈んでしまうんでしょう? 外のザフトのMSに対抗するために、MSを動かせるのは僕だけですからね。ましてやこの艦には今、民間人も乗っている。みんないい人です」

 チラリ、とミリアリアたちを見る。

「だから・・・この人達を護る為に戦うことを、僕は躊躇わない。それが僕の信念だから」

「ショウ君・・・」

「お前・・・」

 そのショウの眼に宿る強く、優しい光を見たマリューは思わず涙ぐみ、ムウも、彼に年齢などを超えた所にある、尊敬という感情を抱きつつあった。が、しかし、

「ただし、僕にも一つ条件があります。僕は今この時を以って傭兵を開業します。よってここからの戦闘行為については有料と言う事で。報酬は安全が確保された時に、一括で支払っていただきます。それと契約に際して幾つかこちらの条件を呑んでもらいたいのですが・・・」

「「はぁ???!!」」

 その突然の宣言に、場の空気が凍りついた。





TO BE CONTINUED..