何とかアルテミスに入港する事の出来たアークエンジェル。ストライクの整備を終えたショウにムウが言った。

「ストライクのOSをロックしておくんだ、お前以外誰も動かす事の出来ないようにな」

「は、はあ・・・?」

 ショウも自分にそう言ったムウの思惑が読めず、当惑していたが、彼の鋭敏な感覚は確実に何かを捉えていた。そう、何か黒々とした意思のようなものを。それが彼の胸に、むかつきのような感覚を与える。

『・・・? 一体何なんだ? この感覚は・・・?』

 その感じを自分に与えている原因が分からず、考えながら艦内をフラフラと歩くショウ。すると、彼の目の前に武装した兵士が現われた。右手に持ったマシンガンを向けて、こちらを威圧している。

「おい、お前この艦の乗員だな?」

「はい、そうですけど・・・」

「現在この艦は友軍のものかどうか審議中であり、乗組員も同様に、まだ友軍と認められたわけではない。故にその身柄を拘束させてもらう、食堂に行け!!」

 と、ショウに銃を突きつけて高圧的に言う兵士。別にショウはこの場で兵士を殴り倒してもよかったのだが・・・

『・・・ここで問題起こしてマリューさんの胃に穴でも開けたら悪いからなあ』

 そう考えて、とりあえず兵士の言う通りに、食堂へ行った。

 そこにはマリュー、ムウ、ナタルを除く、艦の殆どの人員、避難民が集められていた。

 マードックらの話を総合すると、このように兵器類が封印され、乗組員が拘束されている理由として、先程兵士が自分に言った友軍として認められていない、と言うのは建前で、本当の理由というものが別にあるらしい。アークエンジェルは地球軍の中でも大西洋連邦が他の共同体にも極秘に開発した戦艦で、勿論ユーラシア連邦もその存在を知らなかったという。

 その最新鋭の艦とMS、寄せ集め所帯で足並みが揃っているとは言い難い組織の構造、それに利権や大国の思惑などの政治的な要素を考えるとこの拘束の真意もおのずと見えてくる。

『・・・会った事も無いが、これだけは言える。この要塞の指揮官は絶対に欲ボケの俗物だな。大方、アークエンジェルとMSを手に入れてこんな辺境の基地から地球本土への復帰でも考えてるんだろうな・・・』

 と、現在の状況に至るまでの経緯を推理するショウ。当たって欲しいなど露ほどにも思わないその推理がが限りなく真実に近いものだったことを、このすぐ後に、彼は思い知る事になる。



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OPERATION,4 アルテミスの攻防 

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 一方、アルテミスの周囲を航行中のザフト軍ローラシア級、ガモフのブリッジでは、艦長のゼルマンとニコルがミーティングの真っ最中だった。特にニコルはこれ以上ないほど真剣な表情でディスプレイを睨んでいる。

 まあそれも当然の事だ。足つき、つまりアークエンジェルに捕獲されたイザークとディアッカの生存率は、時間が経てば経つほど少なくなっていく。何としても仲間を助けなければならない。ニコルは表示される情報の一文字も逃すまいと、真剣な表情だった。

「傘はレーザーも実体弾も通さない。まああちらからも同じ事だがな」

 ゼルマンが説明する。ニコルの眼はその間もディスプレイに表示される情報を追い続けている。やがて一つの事に気付く。

「傘は常に展開されている訳ではないんですよね?」

「ああ、周辺に敵がいない時までは展開されていない。だが閉じている所を狙って近づいても、有効射程に入るまでに察知され、展開されてしまうだろう。結論は、ミサイルも弾幕も、傘をも物ともせず、あの要塞を攻略できる。そんな方法(ルール)か。まさしく無理難題だな」

 と、諦めたような口調のゼルマン。しかしニコルは違った。自身ありげに言う。

「いえ、僕のブリッツなら、その無謀を叶える事が出来ます」



 再びアルテミスにて。

 ショウはコーヒーを飲みながら、食堂に監禁されているとは思えないほどのんびりとくつろいでいた。しばらくして扉が開き、数人の兵士を引き連れて、偉そうな禿頭の中年士官が入ってきた。その緩みっぱなしの表情から、ショウは自分の推理がビンゴだった事を確信するのだった。

「私は当衛星基地指令、ジェラード・ガルシアだ。この艦に積んであるMSのパイロットと技術者はどこだね?」

 数人の視線がショウに集中するが、当の本人は気付かないのかそんなフリをしているのか、のん気にコーヒーを飲んでいる。それを見てマードックは、こいつはよほどの大物かバカのどちらかだろうな、と思った。

「何で俺達に聞くんです? 艦長達が言わなかったからですか? ストライクをどうしようって言うんです?」

 ノイマンがむっつりと聞く。

「別にどうもしやしないさ。ただ折角公式発表より先に見せてもらえる機会に恵まれたんだ、色々と聞きたくてね。パイロットは?」

 今度の質問にはマードックが答える。

「フラガ大尉ですよ、聞きたい事があるのなら大尉にどうぞ」

「先程の戦闘はこちらもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを扱えるのは今ではあの男だけだ。そのくらい私でも知っているよ。鹵獲した二機はザフトのパイロットが乗っているとして・・・」

 そこまで言うとガルシアは辺りを見回し、誰も答える者がいないと見るや、近くにいたミリアリアの腕を掴んだ。

「きゃっ・・・」

 嫌がるミリアリアを無理矢理立たせるガルシア。

「まさか女性がパイロットとも思えんがこの艦は艦長も女性と言うだしな・・・」

 いやらしい笑みを浮かべるガルシア。と、その時、ショウがマードックの制止を振り切って立ち上がった。そして、

「その辺にしておくんですね。あのMSに乗っているのは僕ですよ」

 言ってしまった。だが別にこれと言ってショウの表情に不安は無い。自分が目の前にいる男よりも遥か格上だと理解しているからだ。その気になればどうにでもなると。だが、彼の周囲、特にマードックやノイマンは痛恨の表情だった。そしてガルシアは・・・

「坊主・・・彼女を守ろうとする意気込みは買うがね・・・あれはお前のような子供に扱えるものじゃないだろう、ふざけた事を・・・ぐわっ!!」

 と、言いながらショウに殴りかかってくるが、コーディネイターの兵士ですら赤子同然に扱うショウにとって、その拳の速さは全く脅威になり得なかった。あっさりとあしらわれ、まるで合気道の達人のような見事なショウの投げで床に無様に転がされるガルシア。その時になって、ようやく我に返った取り巻きの兵士達がショウに銃を突きつける。それでもショウは眉一つ動かさない。

「止めて下さい!!」

 立ち上がってそれを止めようとしたサイが殴り倒された。フレイはその体を受け止めると、叫んだ。

「やめてよ!! その子がパイロットよ!! だってその子、コーディネイターだもの!!」

 この一言が決め手となり、ショウはMSデッキへ連行されてしまった。



「はあ、OSのロックを外せばいいんですか?」

 ストライクの前で、銃を持った兵士達に囲まれながらショウが、緊迫感など微塵も感じさせない口調で言う。ガルシアはそれを状況を理解できない子供であるからだと思い、油断しきっている。が、実際は勿論違う。

 自分に銃を突きつけている兵士は8人。はっきり言ってこの程度の相手、ショウなら何百人いようが5秒で総滅できる。今、だまってガルシアの話を聞いてやっているのも、

『問題を起こしてマリューさんやナタルさんの頭痛の種を増やしても悪いからな』

 という意識が働いているからに過ぎない。だがそれでも、ガルシアの欲望丸出しの話を聞かされている内に、だんだん機嫌が悪くなってきていた。

「それは勿論やってもらうがな。だが君にはもっと色々な事が出来るのだろう? これのデータを解析し、同じ物を造るとかこれに対して有効な兵器を造るとか」

「・・・・・・」

 出来ない事はない。

 ショウはメカニックとしてもMSの開発者並みの能力を持っている。だからやってやれない事はない。しかしそれはあくまで技術的に不可能ではない、と言うだけで、こんな欲ボケオヤジに協力する心算など毛頭ない。

「何故そんな事を? 僕は軍人でもなければ軍属でもない。何のメリットもなく、見ず知らずのあなたにそんな事をやってあげる理由がありませんが?」

 微妙に棘のある言葉で反論するショウ。それにガルシアは、

「だが君は裏切り者のコーディネイターだろう?」

 そう、いやらしく笑いながら指摘した。その笑みを見て、一気に生理的な嫌悪感、不快感を覚えるショウ。だがまだ顔に出していないので、ガルシアはそれに気付かずに続ける。

「どんな理由があるにせよ、同胞を裏切った身だ。ならば同じだろう? ユーラシアで働いても。なに、心配はいらん、地球軍につくコーディネイターは貴重だ。君は優遇されるさ、ユーラシアでもな」

 と、得意そうに言っているガルシアだが、ショウはコーディネイターではない。彼は自身の持つ能力が人の領域に収まりきるものではない、と言う事を自覚しており、それを何とか周囲の目から誤魔化す為にコーディネイターだと名乗っているに過ぎない。だから本来ならガルシアの言葉に何の感慨も沸かない筈だったが、そうでもないようだった。

 気に入らない。

 どうもこのガルシアという男は自分を物としてしか見ていないようだ。自分の能力にしか興味は無い、と言った所か。気に入らない。特にこいつのように自分はノーリスク、それでいて便利な道具として他人を使えるだけ使いハイリターンを得ようとする輩はショウの最も嫌いなタイプの典型、その一つだった。

 だがそれでもマリュー達の立場を考え、怒りを抑えると、きっぱりと言った。

「お断りします」

「フフン、君に選択の余地は無いんだよ?」

 ガルシアはその答えをある程度予測していたように笑うと、右手をサッと上げた。すると彼の後ろに控えていた兵士達が一斉にその銃をショウに向け、構えた。

「これでも断ると言うのかね?」

 と、ガルシアはニヤニヤと笑い、ショウを見下しながら粘着質な口調で話す。それに対するショウの回答は、

「はい、お断りします」

「何・・・?」

「僕の力は人を傷つける為にあるんじゃない。そんな事の為に手に入れた力じゃない。ましてやあなたごとき俗物の私利私欲のために使われるようなものでもない。僕の力は最期まで僕だけのもの。どのように使うか、それは僕が決める」

「貴様っ!!」

 再び怒りに顔を赤黒くしてショウの襟を掴むガルシア。自分の思い通りにならないから怒っている。これでは欲しい玩具が手に入らないと泣き喚いている子供と変わらない。仮にも一要塞の司令官の姿ではない。そんなガルシアの姿をショウは冷めた眼で見ていたが、不意に何かに気付いたかのように振り向く。そして、言った。

「僕なんかに構っていて良いんですか? どうやら敵のMSが侵入したようです。早く指令を出したほうが良いのではないですか?」

「何を出鱈目を・・・このアルテミスの傘が破られる訳が・・・」

 ズゥゥゥゥンン・・・・・・ 

 ガルシアが言い終わるより早く、ショウの言葉を裏付けるようにアルテミス全体を振動が襲った。ガルシアや彼の後ろにいた兵達はその突然の出来事に戸惑う。そこに隙が生まれた

「はっ!!」

「うわっ!!」

 その一瞬で、ショウは左手で自分の服の襟を掴んでいたガルシアの右手首を掴むと、そのまま外側に捻るようにしてガルシアを投げ飛ばし、床に叩き付けた。

「し、司令!!」

「大丈夫ですか!!?」

 再び兵士達が混乱した。ショウは倒れて気絶しているガルシアや彼の周りに群がっている兵士達にはもう眼もくれず、ストライクのコクピットに飛び移った。兵士の内の数人が放った弾丸が彼の髪を掠めたが全く動じる事無くコクピットにその体を滑り込ませると、ハッチを閉じる。これでもう外からはそう簡単には手出しできない。

 ショウは一息つくとOSを立ち上げ、ストライクにソードストライカーを装備させた。眼下を見下ろすと、気絶したガルシアを抱えて、恐怖にかられた兵士達が格納庫から逃げ出していく姿が見えた。

「僕は死にたくはないし、ミリアリアさん達やマリューさん達も死なせたくない。利権や出世も結構ですが僕達の邪魔はしないで頂きたいですね」

 彼はそう呟くと、ストライクを発進させた。



 ショウの分析通り、アルテミスは攻撃を受けていた。それを行っているのは『電撃』の名を冠するMS、GAT−X207・ブリッツだった。五機のGの中で、この機体にのみ搭載されている特殊装備ミラージュコロイド。これは特殊な粒子を機体に付着させる事で可視光線を含むあらゆる電磁波を透過(正確には機体の後ろに逸らす)させ、完全なステルス機能を持たせる。今回のような潜入・破壊工作にはうってつけの機体と言えた。

 ブリッツのコクピットの中で、ニコルはアークエンジェルを捜していた。あそこにイザークとディアッカがいる。彼は二人を助ける目的だけで、ブリッツを駆っていた。その時、通信を通して、少年のような声が聞こえてくる。

<心せよ、亡霊を装いて戯れなば、汝亡霊となるべし>

「・・・?」

 次の瞬間、コクピットに衝撃が走り、ブリッツの両手の自由が奪われた。

「なっ、何が!?」

 ニコルが慌てて後部のモニターを見ると、何と空間から溶け出すようにして、ストライクの白い機体がその姿を現したのである。

「馬鹿な・・・ストライクにミラージュコロイドがあるなんて話は・・・」

「これはミラージュコロイドとやらじゃないよ」

 と、ショウ。

「これは水の法術の一つでね。微細な霧の粒子を機体表面に付着させ見えなくさせる・・・原理自体は同じ、天然物か人工物の違いだけだね」

「クッ・・・」

 何とか拘束を逃れようともがくブリッツ。ショウはブリッツを開放すると、距離を取った。

「こいつ!! 今日こそ!!」

 ブリッツはランサーダートをストライクに向けて放つ。しかしストライクはそれをあっさりとかわすと、三本のうちの一本を掴み取り、それをブリッツに向けて投げ返してきた。

「うわっ!!」

 予想もしていなかった反撃に対して、焦って機体を回避させるニコル。勿論そんな戦法は教科書には載っていない。だがそれが起こるのが戦場である。そのマニュアルから外れた攻め手にニコルは戸惑い、それが一瞬の隙を生む。そしてその一瞬をショウは逃さない。

 ストライクが背中に装備していた対艦刀を抜いた。その切っ先をブリッツに向ける。

「!?」

「いくぞ!! 風・水連携!! ヘルスピナーブリザード!!!!」

 そうコクピットのショウが叫ぶと、信じられないことが起こった。

 ブリッツに向けられた対艦刀の刀身に宇宙空間であるにもかかわらず、竜巻のような空気の流れが渦巻き、それがブリッツにむけて放たれたのである。しかもその空気の流れに混じっていた氷の粒がブリッツの機体にまとわりつき、その動きを封じたのだ。

「くっ、くそ!! 動け、動け!!」

 必死に操縦桿を動かすニコルだが、凍りついたブリッツは反応しない。

「この機体も返してもらおうかな」

 ショウはストライクを操作して、活動を停止したブリッツを回収すると、急いでアルテミスから脱出するアークエンジェルの後を追った。



 こうしてブリッツも地球軍側に奪還され、ニコルも捕虜となってしまった。

 その後、アークエンジェルは補給のため、デブリ帯に艦を向ける。

 そこで一人の少女との出会いがショウを待っていた・・・・・・





TO BE CONTINUED..