艦長や副長の頭痛の種を満載しながらそれでも何とか地球軍月本部を目指して航海を続けてきたアークエンジェルだったが、その未来に一筋の光が見えてきた。そのきっかけは地球軍の名将、ハルバートン准将が派遣した第八艦隊先遣隊からの通信だった。

 ハルバートン提督はその艦隊にアークエンジェルの補充要員と補給物資を送り届ける役目を与えていた。

 当然、その知らせは、ショウの拾ってきた避難民達にも知らされる。そのニュースに張り詰めていた艦の空気が和らいだようだった。住んでいた場所が宇宙の藻屑となり、その後脱出ポッドが故障し、作戦活動中の軍艦に救助され戦闘に巻き込まれる、と、彼等にしてみれば災難続きの中に舞込んだ知らせであったので、喜びもひとしおだった。

 これで離れ離れになった家族とも連絡が取れると喜ぶ者、ようやくこんな艦から降りられると安堵する者。

 想いは人それぞれだが、誰もがその気持ちを弾ませていた。

「え! パパが!?」

「うん、先遣隊と一緒に来ているんだって。フレイの事は当然知らなかっただろうけど、こっちの乗員名簿を送ったから・・・」

 と、サイとフレイも笑顔で話し合っていた。

 このように艦内は花が咲いた様になっていたが、当然、何事にも例外は存在する。その例外こそ、目下最大の頭痛の種に他ならない人物であった。

「おいショウ。どうしたよ難しい顔で」

 マードックがストライクのコクピットで機体の調整を行っているショウに声をかける。ショウは顔を上げると、マードックの質問に答えた。

「いやね、どうもこのまま上手く合流する事が出来ないんじゃないか、って、そんな予感がするんですよ」

「そいつはカンか?」

「そう、カンです。でもこういう時の僕のカンは外れた事が無いんですよ。特に悪い予感はね」

 そう言うとショウは視線を落とし、再びキーボードを叩き始めた。MSは自分の命を預けるもの。ならばその隅々まで把握しておかねばならない。実戦においてはほんの毛ほどの僅かな手抜かりでも即、死に直結する。

 過去の経験からそれを知っているショウはストライクの整備の手を休めなかった。

 自分の中に生まれた言い様の無い不安感を、作業に没頭する事で忘れようとするかのように。


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OPERATION,6 生まれる光 消えゆく命 

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 ショウがマードックに言ったように、アークエンジェルが先遣隊と合流する事は一筋縄では行きそうに無かった。アークエンジェル以外に、先遣隊の存在を探知した部隊が存在していたからだ。

 ザフトの中でも五本の指に入ると言われるエースパイロットにして名指揮官、『仮面の男』ラウ・ル・クルーゼの率いるクルーゼ隊である。その母艦であるナスカ級・ヴェサリウスは、その搭載能力の限界を大きく超えた数のMSを搭載していた。

 格納庫は当然満員電車状態で、更にそれで入りきらないジンを、ワイヤーを使い、艦の甲板に立たせ、そこで繋留しているのである。現在、ヴェサリウスにはクルーゼのシグー、アスランのイージスを含め、十機以上のMSが待機していた。

 たかが一部隊にこれほどの戦力が与えられた例は殆ど無い。

 クルーゼがレポートとして提出した足つき、アークエンジェルと奪取に失敗した最後の一機、ストライクの戦闘能力を危険視したパトリック・ザラがラクス捜索中、万一の遭遇戦を懸念して、手を回したのだ。

 そのブリッジでは、クルーゼとアデスが、難しい顔でレーダーパネルを見ていた。

「地球軍の艦艇がこんな所で何を・・・?」

「足つきがアルテミスから月本部へ向かおうとすればどうするかな?」

 その場合、可能性としては補給、もしくは出迎えの艦艇というのが妥当な所だろう。アデスがその見解を述べると、クルーゼも頷いた。

「ラコーニとボルトの隊の合流が予定より遅れている。あれが足つきに補給を運ぶ艦隊だとするなら、それを見過ごすわけには行かない。そうだな? アスラン?」

 と、いつもの何を考えているか分からない笑みを浮かべ、よりによってアスランに同意を求めるクルーゼ。当然アスランは反発した。

「隊長、しかし我々は!!」

「アスラン、我々は軍人だ。如何にラクス嬢捜索の任務があるとは言え、たった一人の少女のためにあれを見逃すと言うわけにも行くまい。私も後世歴史家に笑われたくないのでな。それに、この艦隊が足つきへの補給を運んでいるとすれば、それを落とすことによって今後あのバカげた戦力を相手にすることもなくなるぞ? そのメリットを考えれば、ここは攻撃すべきだろう。これは命令だ」

 どのような兵器も補給無くしては活動できない。如何にあのストライクと言う機体が、そのパイロットが、驚異的な戦闘力を有していようとそれは十分な物資に裏打ちされての事だ。それを断ってしまえば、MSはただの鉄の塊でしかなくなる。クルーゼの狙いはそこにあった。

 その指示を受けてアスランも、明らかに渋々とではあったが、戦闘準備にかかった。今彼の心を占めているのは、ラクス、あの愛らしい自分の婚約者の事だけだった。



<大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力してくれた事に礼を言いたい>

 アークエンジェルのブリッジでは、先遣隊から入った通信を受けていた。まず護衛艦のモントゴメリ艦長であるコープマンが落ち着いた口調で挨拶と今後の予定の確認をし、次に今画面に映っている人物、ジョージ・アルスターが顔を出した。押し出しの強そうな中年の男性だ。

『アルスターと言う事はフレイさんのお父さんか・・・』

 ブリッジにいて、その通信を聞いていたショウは、そんな風に思っていた。別段彼がこの人物に何か特別な感情を抱くことは無かった。道を歩いている人間の一人一人に特別な印象を持たないのと同じだ。ジョージ・アルスターの次の言葉を聞くまでは。

<あー、その、乗員名簿の中に我が娘、フレイ・アルスターの名前があったのだが・・・出来れば顔を見せてもらえるとありがたい・・・>

 この一言でショウの中のジョージ・アルスターの評価がガクン、と下がった。彼だけでなく、他のアークエンジェルのクルー達もきょとんとした表情だ。気持ちは分からなくもないが公私混同もはなはだしい。ここが軍艦と言う事を分かっていないのだろうか。

『・・・分かっていないんだろうな・・・』

 そう思うショウ。この人物は自分が死ぬ事などこれっぽっちも考えていないと見える。生と死、狂気と正気、日常と非日常が別々のもので、繋がっていない、別次元のものと思っている種類の人間だ。

 だが、そうではない。日常は容易く非日常に変わる。信じて疑わなかったものなどいとも簡単に崩れ去る。ヘリオポリスが崩壊した事だって、Gを建造していたモルゲンレーテや地球軍はともかくとして、その他多くの住民達はザフトの襲撃など思いもしなかったろう。今日と同じ日々が、明日も明後日も続くと信じていたに違いない。だが現実にはザフトの攻撃によってその日常は破られた。

 その理由がどれほど理不尽であろうが乱暴であろうが、今生きている者は次の瞬間には死んでいるかも知れないし、自分の生きている世界の色は次の日には全く変わっているかも知れない。

 多くの戦場を駆け抜けてきたショウはそれを嫌と言うほど知っていた。

 ショウは別に彼のそんな感覚が悪いと考えているのではない。むしろ自分の様に考えていない者の方が殆どだろうし、またそれは平和に慣れていると言う事で、それは良い事だと思う。平和の中でなら。

 だが今は戦時中でジョージ・アルスターの乗っているのは地球軍という軍隊の軍艦だ。民間船ではない。軍艦に限らず、全ての兵器は敵から攻撃を受けて破壊されるかも知れない、という前提の下に造られている。

 自分がそんな物に乗っていると言う事を全く理解していない様子のジョージ・アルスターを見て、溜息混じりにオペレーター席のサイを見るショウ。彼はショウのそんな視線に気付くと、

「こういう人だよ、フレイの親父さんって」

 と苦笑混じりに言った。ショウも「まあ仕方ないですね」とでも言いたげな表情でそれに応じ、ブリッジにも穏やかな空気が流れる。

 だが、その時。

 唐突に画像が乱れた。それが意味する所を、最も早く、最も正確に理解していたのは、やはりショウだった。

「発見されたようですね。敵が来ますよ」

 その言葉が事実である事を、すぐにアークエンジェルのレーダーが証明した。

「熱源反応確認、MS、数は・・・・・・4機!! ジンが3、後の一機は・・・艦長!! イージスです!!」

「イージス!? あのナスカ級だというの!?」

 ヘリオポリスでの光景が蘇り、一瞬眼を閉じるマリュー。拳を強く握り締める。

「艦長、反転です」

「モントゴメリより入電、『ランデブーは中止、アークエンジェルは直ちに反転離脱せよ』との事です」

 ショウがマリューに進言するのと、モントゴメリからの通信が読み上げられるのはほぼ同時だった。驚いたように彼を見るマリュー。ショウはポーカーフェイスを保ったまま、その声に何の感情も出さず、言った。

「この艦の現在の最優先事項は敵を叩く事ではなく、積荷であるストライクを無事に送り届ける事の筈、回避できる可能性のある戦闘は回避すべきです。それとも、友軍の危険を看過できないとでも言うつもりですか?」

 と、全くの正論を述べるショウ。一瞬考え込むマリュー。そこにサイが思わず声を上げる。

「けど、あの艦にはフレイのお父さんが・・・」

 ショウも勿論、心情的にはサイの言い分も十分に理解できる。その上での発言だった。だが、今の彼はあくまで傭兵、決断する立場ではない。故にそれ以上はただ、無言でマリューを見て、責任者である彼女の、その決断を待っているだけだった。

 俯いて考え込んでいたマリューだが、やがて顔を上げると、きっぱりと言い放った。

「今から反転しても逃げ切れると言う保証も無いわ。総員第一戦闘配備!! アークエンジェルは先遣隊の援護に向かいます!!」

「了解しました」

 マリューの傍らにいたショウはその指示を聞くと、ただ一言、そう言うと、一瞬マリューと眼が合った。マリューはどこかすまなさそうな顔で、彼を見ていた。

「艦長がそんな顔をするものではありませんよ。僕も戦艦の艦長をした経験があるから分かりますが、上官の不安は部下に伝染し、あらゆる状況においての生存率を下げます。もっと艦長はどっしりと構えていなければ。戦闘は僕の仕事です」

 そう言うとショウは床を蹴り、MSデッキへと向かった。



 アークエンジェルの艦内にも警報は鳴り響いていた。格納庫へと向かっていたショウがちょうどラクスの部屋の前を通り過ぎようとすると、ドアが開いた。確かにロックされていた筈なのだが・・・

「なんですの? 急に賑やかに・・・」

 ショウの目を見て尋ねるラクス。ショウは苦笑いすると、

「戦闘配備です。危険なのでここから出ないように」

 そうやや強い口調で言うと、ラクスを部屋に押し込め、鍵をロックし直した。

 そして今度こそと駆け出そうとすると、またしても腕を掴まれた。

「ショウ君!!」

 不安な顔のフレイだった。

「戦闘配備ってどういう事? ねえ、パパの船は?」

「・・・先遣艦隊がザフトの攻撃に遭っています。アークエンジェルはその援護に向かいます」

「ねえ、大丈夫よね!? パパの船、やられたりしないわよね!!?」

「・・・・・・」

 ショウは無言のままフレイの腕を振り解くと、格納庫へと駆け出した。後には不安の増したフレイだけが残された。

 ショウはフレイに彼女の望む言葉は分かっていた。そしてそれを言ってやる事も出来た。だが、言えなかった。もし、「大丈夫だ」と言って、守りきる事が出来なかったら? その時彼女はどんな思いになる? それを考えると、とてもその言葉を紡ぐ気にはなれなかった。

 今まで自分の信念で守れた人よりも、守れなかった人の方が遥かに多いと言う事を考えると、たった今ブリッジでその父親の乗った艦を見捨てるように艦長に進言した事を思い出すと、言える筈もなかった。

 ようやく格納庫に到着したショウは、ストライクのコクピットに着き、システムを立ち上げる。その間にミリアリアから通信が入り、状況を説明してもらう。尤も大体の事はショウはすでに把握していたが。

<敵はナスカ級に、ジン3機、それとイージスがいるわ。気をつけて>

 そこにサイが割り込んでくる。

<ショウ君、先遣隊にはフレイのお父さんがいるんだ。何とか頼む!!>

「・・・分かりました」

 一瞬の間はあったが、そう短く答えると、彼はストライクを発進させた。



 先遣隊とクルーゼ隊の戦闘が開始された。

 先遣隊からは数多くのMA、メビウスが発進し、展開する。それらは一斉にミサイルを発射し、ガトリングガンや、機体によってはレールガンを発射する。それをアスランの乗るイージスや、他のジンはヒラリ、と回避し、逆にビームやマシンガン、バズーカの洗礼を浴びせた。

 次々にその攻撃が命中し、宇宙空間に鮮やかな色の光の華を咲かせるメビウス部隊。

 それは当然の結果と言えた。メビウスとジンの戦闘力には実に5倍ほどの開きがある。ましてやクルーゼ隊はザフトの中でもかなりの実力派の集められた精鋭部隊。そこにイージスまでもが加わっては、20機程度のメビウスではどうする事も出来ず、一機、また一機と落とされていく。

 イージスが変形して放った複列位相エネルギー砲、スキュラが護衛艦バーナードの船腹を貫き、撃沈した。一瞬で炎に包まれる艦体。これがその威力では五機のXナンバーの中でも最高の一つであるスキュラの破壊力だ。

 その威力は、護衛艦、モントゴメリにも、オペレーターの裏返った声で報告される。艦長のコープマンの横に座っているジョージ・アルスターは自分の動揺を隠そうともせずに、喚いた。

「奪われた味方機に落とされる? そんなふざけた話があるか!!」

 だがそんな事を叫んだ所で、目の前の、彼曰く”ふざけた”状況は変わらない。むしろ悪化しているとさえ言える。

 その時、横手から放たれたビームがジンを捉え、爆散させた。

 そのビームが発射された射線を追うと、そこには白く輝くアークエンジェルの姿があった。そこからストライクとメビウスゼロが発進してくるのが見える。

「アークエンジェル、来てくれたのか!!」

 ジョージ・アルスターはそれを見て、助かった、と喜びの声をあげ、傍らのコープマンは、

「バカな!!」

 と叫び、シートのアームレストにその拳を打ちつけた。



「クッ・・・ストライクか・・・!! 隊長!!」

 アスランがストライクの白い機影を見て呟くと、ヴェサリウスに通信を入れた。

<ああ、分かっている。2機はそのまま艦隊への攻撃を続けろ!! アデス、本艦に待機しているMSを全て出せ。目標はストライクだ。私も出るぞ!!>

 アスランへの返事と、部下への指示を兼ねたクルーゼの声が通信機越しに聞こえてくる。そのすぐ後にヴェサリウスから8機のジンが発進し、戦闘に加わった。これでストライクのショウはアスランのイージスも含めて9機のMSを同時に相手にしなければならない事になる。だが、ストライクのコクピットのショウの表情に絶望は無い。

「数は力か。確かにそれも一つの真理ではある。でも、僕の命はそう簡単ではないよ?」

 彼は自分の感覚をより広く、機体の周囲の”動き”そのものを肌で感じる事が出来るほどに、鋭く、深く、そして高密度に研ぎ澄ます。あたかもその全身を高感度のセンサーと化す様に。

「さあ!! 来いっ!!!!」

 その気合のこもった叫びと共に、ストライクは猛然と突進し、コーディネイターの反射神経ですら対応できないほどの速度で一機のジンの腹部を、ビームサーベルで刺し貫き、そのまま横に振って、切り裂いた。

 一瞬遅れて火の玉に包まれるジン。アスラン達はそれを呆然と見ていたが、すぐに我に変えると、一斉にストライクに向けて攻撃を仕掛けた。だがストライクはそれを簡単に避けると、ビームライフルで反撃してくる。

 今度は直撃はしなかったものの、狙われたジンは足を撃ち抜かれ、目に見えて動きが鈍くなる。状況は明らかにアスラン達が不利と言えた。だが、それはショウと戦っている彼等だけの話で、先遣隊と戦っている二機のジンの方はもうあらかたメビウスも片付け、ムウのメビウスゼロが加勢に来たとは言え、その優位は揺るがなかった。

 ガンバレルのオールレンジ攻撃で右肩のアーマーが吹き飛ばされたが、ムウの善戦もそこまでだった。後退しながらの射撃がゼロの機体に当たる。致命傷ではないが、このまま戦闘を続けることは不可能だった。

「これじゃ立つ瀬無いでしょ、俺は!!」

 ムウは歯噛みした。



「ゴッドフリート、一番、照準合わせ、撃てッ!!」

「ゼロ、帰投します、機体に損傷あり!!」

 アークエンジェルのブリッジでは号令が飛び交い、そのモニターには戦況が映し出されていた。ムウのゼロは戦線離脱し、ショウは奮戦している。モニターに三機目のジンを撃破した光景が映った。だが彼が相手しているだけで、イージスを含め、まだ六機もいる。普通なら勝負にもならない戦力差だが、ショウの乗るストライクはそれすらも凌駕し、互角、いやむしろ押しているようですらあった。

『ショウ君も頑張ってくれているけど・・・』

 マリューはそれを見ても自分達の勝利は思い浮かばなかった。いくらショウが圧倒的な戦力を持っているとは言え、所詮彼は一人。二箇所を同時に相手する事は出来ない。

 彼が相手している以外の二機のジンはいまだに先遣隊への攻撃を続けている。

 たった今ローがブリッジにバズーカを撃ち込まれ、爆沈した。このままでは全滅するのも時間の問題だ。かと言ってショウに先遣隊の援護に回るように言えば、今度は彼が相手している敵戦力がこちらに向かってくるだろう。そうなれば如何にアークエンジェルの装備でも、到底持ち堪えられるとは思えない。

『最初からあの子の言うように反転していれば・・・』

 今更ながらに彼女の中にそんな考えが浮かぶ。援護に来たのは自分の判断だ。だがショウはその前に自分に離脱を進言した。もし、戦場に”もしも”は無いが、それでも、仮にそうしていたとしたら、逃げ切れなかったかも知れない。だが逃げ切れた可能性も十分にあった。

 自分はあの時失念していた。この艦にはクルーだけではない、民間人も乗っていると言う事を。モントゴメリに乗っているフレイの父親、アルスター外務次官も確かに軍人ではないが、彼は自分の意思で軍艦に乗ってきたのだ。命を失う事も覚悟の上と、本人がそのつもりであろうと無かろうと、そう言う事になる。

 彼はそれらを全て受け止めて、全て承知の上で、自分に離脱を宣言し、可能性を提示したのだ。そして自分は自らその芽を摘んだ。自分の甘さと無能さに嫌気がさしてくる。

『でも、彼は今もこの艦の為にやってくれている。何とか、この状況を切り抜ける事が出来れば・・・』

 必死に思考を巡らせるマリュー。

 その時、ブリッジのドアが開き、フレイが入ってきた。

「パパは? パパの船は何処なの?」

「今は戦闘中です、非戦闘員はブリッジを出て!!」

 サイがCICから飛び出して、フレイの体を抱える。そのまま連れ出そうとするが、フレイは彼の腕の中で激しく暴れる。

「放して!! パパの船は!? どうなってるのよ!!」

 と、その時、通信が入った。モントゴメリからだ。

<アークエンジェル、すぐにこの場から反転離脱しろ。これは命令だ>

「しかし・・・」

 マリューは反論しようとするが言葉に詰まる。コープマンの判断は正しいものだったからだ。このままでは先遣隊とアークエンジェル、共倒れの危険もある。

<バカな!! ここでアークエンジェルに退かれたら、こちらはどうなる!!>

 怒鳴るジョージ・アルスターの姿も見える。彼はすっかり取り乱していて、愛娘のフレイがアークエンジェルのブリッジにいる事など気付きもしなかった。それでも、フレイは「パパ・・・」と目を潤ませる。

<誰か事務次官殿を脱出ポッドにお連れしろ!! とにかくすぐにここを離れるんだ!! いいな!?>

 一方的に通信は切れた。

「パパ・・・パパぁっ・・・」

 なおも叫び続けるフレイを引きずるようにサイが連れ出そうとする。その時、フレイが思い出したように言った。

「ショウ君は? あの子は何をやってるの!?」

「頑張って戦ってるよ!! 今も一人でイージスと沢山のジンを押さえてる!!」

 サイはそう彼女をなだめながら、居住区へと連れて行った。『大丈夫』と繰り返しながら。それが気休めと分かってはいたが、他に言う言葉も無い。ショウはそれを言う事をしなかった。

 サイとショウ、どちらが正しいのか。あるいはどちらも正しいのかも知れない。形はどうあれ、二人ともフレイの事を考えて、そうしたのだから。

「静かな・・・この夜に・・・貴方を・・・待ってるの・・・」

 通路の奥から細く、綺麗な歌声が聞こえた。平時であれば聞くものの心を和ませ、安らぎをもたらしたであろう声。だがそれも、今のフレイにとっては神経を逆撫でする耳障りなノイズでしかなかった。

 彼女は乱暴にラクスの部屋のドアを開けた。ラクスはきょとん、とフレイを見ている。フレイは憎しみに歪んだ顔で、それを見返した。



 ショウとクルーゼ隊の戦いはもう明らかにショウの方が押していた。元々9対1で何とか互角近い、それでもまだショウのストライク側に分があったのである。それがストライクの攻撃によって、一機、また一機と撃墜され、戦力が減る毎にショウが有利になるのは当然と言えた。

 ショウが五機目のジンを落とした時、ラウ・ル・クルーゼの乗るシグーがその戦闘に介入してきた。

「!! 指揮官機、この部隊の隊長か」

 クルーゼのシグーは右手に持つマシンガンと左手の盾に装備されたマシンガンを乱射して、ストライクに攻撃をかける。だが、ストライクはそれを簡単に避け、突進してきた。

「ええいっ、こいつっ・・・!!」

 クルーゼが重斬刀を振るうが、その攻撃すらも紙一重でストライクはかわし、逆にシグーの左腕をビームで薙いだ。

「くっ・・・」

 敵の想像以上の腕前に珍しく焦りを表情に出すクルーゼ。しかしショウの方も追い詰められてはいた。この戦闘の目的は敵を全滅させる事ではなく、先遣隊を救出する事。モントゴメリが沈んではこちらの敗北に終わってしまう。

 だが、相手側のMSに乗っているのはどれも中々のパイロットで、特にイージスのパイロットは自分や隊長機のパイロットと比べて、技術こそまだまだ荒削りではあるが何か必勝の気迫が感じられる。ショウにとってはそんな相手が一番恐ろしかった。実力的にはこちらが遥かに上回っていても、そういう思いつめた人間の行動は時として予測を超える。

 自分の思いもよらぬ戦い方を仕掛けて来るかも知れない。そういうタイプの相手とはなるべくなら戦いたくないというのは自然な感情だろう。ショウはより強い敵と戦場を求める戦争狂(ウォーモンガー)ではないのだから。

『何としても早く援護に行きたいものだが・・・この数を同時に相手にするのに、この機体ではね・・・』

 ショウの足を引っ張っているのはストライクの性能だった。無い物ねだりをしても仕方が無いが、この機体では自分の実力の10分の1も発揮する事は出来ない。それがジレンマだった。

『くっ・・・”フェニックス”さえあれば・・・』

 自分の専用機が使えれば。そんな考えが頭を横切り、唇を噛み締めるショウ。彼は、ともすれば先走りそうになる心を必死で抑えて、目の前の戦闘に全神経を傾けた。焦りは余計な緊張を生み、実力を半減させる事を彼は知っているからだ。

『無いものねだりをしても仕方が無い、”フェニックス”が使えない以上!! 今の僕の全力で何とかするしかないっ!!』



「ローエングリン照準!! ジンが来るぞ!! ストライクは何をしている!?」

 自分達が追い詰められている事を知りつつ、ナタルが叫ぶ。ストライクは敵集団の相手で手が放せない。今、7機目のジンを撃ち落したのが見えた。だが、イージスやシグーが中々粘り、援護に回る事が出来ないでいる。それに苛立つ彼女だったが、それはそもそも前提が間違っている。

 ショウでなければ1対9、後から来たシグーも含めれば1対10の状況下で敵機を自分に引き付け、なおかつ撃墜するなどという芸当が出来る訳が無いのだ。少なくとも本来Gのパイロットとなる筈だった者達には無理だろう。

 帰艦したムウからも通信が入った。

<駄目だ!! 離脱しなきゃこちらまでやられるぞ!!>

「しかし・・・」

 この期に及んでまだ決断できないマリュー。と、そこに、フレイが再びブリッジに入ってきた。眼を異様にぎらつかせて、ラクスを引きずるようにして連れている。

「この子を殺すわ・・・」

「「「!!!」」」

 その口から出た言葉に、ブリッジにいる全員が衝撃を受ける。

「パパの船を撃ったら、この子を殺すって、あいつらに言って!! そう言ってぇぇぇ!!」

 血を吐く様に叫ぶフレイ。ラクスはそれを悲しそうな眼で見ていた。



「見えた・・・次はそこだーーーッ!!」

 ショウの叫びと共に、ストライクの放ったビームがシグーの右腕を吹き飛ばした。本当はコクピットを撃ち抜く筈が、クルーゼは咄嗟に機体に制動をかけて、狙いを外したのである。だが戦闘力を奪われ、離脱していくシグー。残るはイージスとジン一機のみ。

 流石にアスランもイージスのコクピットの中で、死を覚悟する。だが、その時、

『アスラン・・・』

 不意に自分の婚約者、ラクスの顔が浮かんだ。

「ラクス・・・?」

 それを見たアスランは、頭を振って、自分の中の恐怖を振り払った。そうだ、死んでどうする。自分には守るべき者が、ラクスがいる。彼女より先に死ねるものか。そして、彼女をこんなに早く自分の母の居る場所に行かせられるものか。そしてこれ以上、同胞を死なせるものか。その為に、目の前の敵は撃たなければならない。

「おおおおおおお!!!!」

 雄叫びを上げてイージスを駆るアスラン。不意に、自分の中で何かが弾けるのを感じた。それに伴い、全ての感覚が今まで一度も無かったほどに研ぎ澄まされていくのが分かる。その感覚が何なのか、アスランには分からない。だが、

『これなら・・・いける!!』

 そう確信し、ストライクに向けて、イージスを突進させる。ショウも、向かってくる真紅の機体に今までに無い何かを感じたのか、ストライクに迎撃の構えを取らせる。

 二機が激突する。その一瞬前に、その間をヴェサリウスの主砲の光が横切った。二機とも動きを止める。その光は戦闘で疲弊しきっていたモントゴメリを貫き、轟沈させた。刹那、

『いやああああああっっっっっ』

「っ!!」

 無駄だとは知りつつも思わず自分の耳を押さえるショウ。彼の頭の中に、フレイの叫び声が反響する。そしてそれに込められた悲しみと絶望が、彼の心に入ってくる。

 そして、今度は戦場全体に全周波通信で、彼女とは別の女性の声が響き渡った。

<ザフト軍に告ぐ!! こちらは地球軍所属艦、アークエンジェル!! 当艦はプラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!!> ←フォント大きく

 その放送に、戦場全体の動きが止まった。





TO BE CONTINUED..