<偶発的に救命ポッドを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降本艦に攻撃が加えられた場合、それは貴官らのラクス・クライン嬢への責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりである事をお伝えする!!> 

 戦場全体に響き渡るナタルの声。激突寸前だったストライクとイージス、ショウとアスランもその動きを止め、放送を聞いていたが、それが終わった時、アスランはその胸の中の憤怒を露にして、叫んだ。

「卑怯なぁっ!! 救助した民間人を人質に取る・・・これが地球軍のやり方か!!!!」

「・・・」

 尤も、目の前の機体、ストライクに向けて叫んだ所でどうなるものでもないのだが。

 ショウはそれに静かな口調でただ一言、言い返した。

「では、たとえそこで地球軍の兵器が開発されていたとは言え、民間のコロニーを攻撃し、あまつさえ要塞攻撃用の装備を持つMSを使い、何十万の戦う術を持たない人達の家を、故郷そのものを宇宙の藻屑と化す事がザフトのやり方なのですか?」

「!! ・・・それは・・・」

 その言葉にアスランは愕然とする。自分達が破壊してしまったコロニーにも、確かに人々の営みがあったのだ。住民の避難はほぼ完了していたとは言え、住む場所を失ってしまった人々の痛みは、絶望は計り知れないものだろう。そしてそれに、自分も加担していたのだ。確実に。だが、今は過去を振り返っている時ではない。彼はすぐに頭を切り替えた。

「彼女は取り戻す・・・必ずな!!」

 アスランはそう言い放つと、帰艦命令に従い、ヴェサリウスへと、イージスを反転させた。ショウはその姿を黙って見つめていたが、呆れた様に首を横に振ると、ストライクをアークエンジェルに向かわせた。

『副長の判断でこの場は凌げたが、状況に何の変化も無し、どころかむしろ悪化したと言えるだろうな。考えられる次の一手は・・・・・・さて、どうしようか、面倒だな』


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OPERATION,7 ラクス救出作戦 く

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 ショウがアークエンジェルに戻った時、フレイは半狂乱状態だった。

「そんな・・・パパが・・・パパの船が・・・!!」

 その声を聞きつけて医務室に彼が入ると、フレイは凄まじい目つきでショウを睨み付けた。

「何でよ!! 何でパパの船を守ってくれなかったの!? 何であいつらをやっつけてくれなかったのよ!!?」

 金切り声を上げてショウを罵る。ショウはそれを見ても、眉一つ動かさない、無表情に、ただその言葉と、溢れ出る激情を受け止めている。サイやミリアリアが制止するが、フレイは聞き入れない。

「あんた、自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!!」

「・・・今の僕の全力は尽くしました。僕とて好んで人を殺める訳じゃないし、目の前で人が死の危険に瀕していれば守りたいと思う。ナチュラルもコーディネイターも関係無くね・・・それだけは、理解して欲しい・・・」

 それだけ言うと、まだ言い足りないとばかりに叫び続けるフレイを尻目に、彼は医務室を出た。



「なあ、俺達これからどうなるんだろ?」

 営巣でディアッカが他の二人、ニコルとイザークに問い掛けた。返答は、

「「・・・・・・」」

 沈黙のみだった。ディアッカ自身も自分達がこれからどうなるのか、その可能性を何通りか考えてみたが、どれもぞっとしない。この艦ごと宇宙の藻屑になるか、月の地球軍本部へこの艦が着いたら、そこで使えるだけ使われて、そして殺されるか。

 自分達がこんな状況下にあるためか、かなりネガティブな可能性ばかりが頭に浮かぶ。彼はそれをブンブンと頭を振って振り払うと、何とか脱出の方法を考えようと、ベッドに仰向けに寝転がった。当然視線は上を向く。すると、

「・・・・・・ん・・・?」

 ガタガタ・・・ガタガタ・・・

 自分達のいる営倉の、天井の金網が動くのが見えた。



 ガンッ!! 

 ショウが壁に拳を叩き付けた。頑丈に造られている筈の壁は打ちつけられた部分が砕け、破片が舞う。その八つ当たりで少しは気分が治まったのか、彼は荒くなっていた呼吸を落ち着かせると、窓から見える宇宙を眺めた。

「ショウ様」

「! ラクスさん、またですか。あまりうろつかない方が良いですよ。今は皆、戦闘が終わった後で、気が立っています。スパイと思われかねません」

 不意に現われたラクスにも別段動じる事無く、ショウはそう返した。彼女はその言葉に笑って、

「お気遣いありがとうございます。でも、このピンクちゃんはとってもお散歩好きで、鍵がかかっているとついつい開けてしまいますの」

 成る程、これで確かにドアをロックした筈なのに彼女が現われるのも分かる。それにしてもこんなペットロボットにそんな機能を持たせるとは、一体これを造った奴は何を考えていたのだろう、という思考が浮かぶが、すぐに思い直す。

『この程度なら可愛い物だよね。僕達にとって”ハロ”とはマスコットロボットであると同時に、『丸い魔神』とまで呼ばれた凶悪な戦闘機械でもあった訳だし・・・』

「戦いは終わりましたのね?」

「はい、ひとまずは・・・」

 物思いにふけっていたショウだったが、ラクスの声で我に返ると、答えた。その理由となったのは他でもない彼女自身なのだが、彼女はそれを理解していないのか、それとも全て理解していて、そのように振舞っているのか。とにかく、あのような形で利用された事を気に病んでいる様子は無かった。

「なのにあなたは哀しそうなお顔ですわね・・・」

 その言葉にショウは少し驚いたような顔になった。自分はそんな顔をしていたのだろうか。だが少し考えて、ああそうかと納得した。確かに自分の中には護れなかった無念がある。それが顔に出ていたのかもしれない。

「そう、哀しいですね。戦う事は哀しい・・・ 戦いは死を生み、死は哀しみを生み、哀しみはまた新たな戦いを生む。僕もその哀しみの一つ・・・・・・戦場には、いやこの世界には哀しみが満ちている・・・」

「私にはまだよく分かりませんが、死は確かに哀しいですわ。だから私はその哀しみを少しでも和らげる事が出来るならと、だから歌うのです。それぐらいしか私には出来ませんから」

「そうですね。どんな力を持っていてもそれだけでは本当の平和はもたらせない。戦争によって手に入れた平和は戦争でしか維持できない。本当の平和、二度と戦争の起こらない世界。それはきっと誰もが望んでいる筈なのに、でも、どんな時代、どんな場所でも、人は争う」

 宇宙の闇を見据えながら静かに呟くショウ。その眼が何を見据えているのか。傍らに立つラクスは静かな口調で、言った。

「ショウ様は何の為に戦われるのですか?」

 以前ニコルも同じ質問をした。ショウはふと意外そうな顔で暫くラクスを見つめると、言った。

「僕の戦う理由は一人でも多くの力弱き人々の命と笑顔を護る事。戦争は民の難儀を伴うものですから。僕自身それを痛いほど味わった。だから、そんな愚かなシステムと戦う為に、長い間訓練して今の力を手に入れたんです」

「そうですか・・・・・・ 永い戦いになるでしょうが、あなたの戦いもきっといつか終わる時が来ます。あなたの目的もその時達成されるでしょう。出来ると信じて進み続ける限り」

「・・・・・・ありがとうございます。少し、気が楽になったように思えますよ。ラクスさん」

 ラクスに微笑み返すショウ。それは彼の本心だった。頼れる者の一人もなく、唐突に見知らぬ世界に飛ばされてきて、心を張り詰めていた彼にとって、彼女の包み込むような笑顔に、今自分の心が救われているのだと感じていた。その時、

「!!」

 何かを感じ取ったかのように、ショウはその身を震わせた。

「どうなされましたの?」

 少し心配したような様子のラクスが彼の顔を覗きこむ。ショウは、彼女の手を掴むと、言った。

「どうやら、迎えの者が来たようですよ。ラクスさん」



「よし、イザーク達はこれで大丈夫だろう、次はラクスだ・・・一体どこに・・・」

 ヘリオポリスへの潜入時にも使用したステルス艇を使い、単独でアークエンジェルに乗り込んできたアスラン・ザラは、まずは営巣に捕らえられていたイザーク達を救出し、自分の通ってきた通風ダクトを通って格納庫へ行き、デュエル、ブリッツ、バスターを再度奪い、脱出するように指示した。そして彼自身はラクスを救出し、彼女を連れてストライクを奪い、遅れて脱出するつもりである事も伝えた。

 何をやっているのだろう。

 アスランには彼自身にも、今自分のやっている行動が信じられなかった。いくら救出任務、戦闘が目的でないとは言え、独断専行で敵艦に単独で潜入するなど無謀としか言い様がない。だが、それでも、ラクスが人質にとられていると言うのに、じっとしている事など今の彼には出来なかった。

「ここまで来た以上・・・やるしかないか!!」

 自分に言い聞かせるように呟き、腰のホルスターから拳銃を取り出し、セーフティーを外す。そこに、

「おやおや、やっぱり一人でしたか。もっと大人数で来ると思ったんですがね」

 掛けられる幼い声。アスランは反射的に振り向き、声のした方向に拳銃を向ける。そこには10歳ぐらいの少年が立っていた。

「君は・・・」

 驚くアスラン。彼はその少年に見覚えがあった。そう、ヘリオポリスでのG強奪作戦の折、何故か地球軍の士官と共にいた少年だ。そしてその声にも聞き覚えがあった。これは先程の戦闘で、自分の叫びに言い返したパイロットの声、では、まさかこの少年が?

 そんな幼い少年がパイロットであるという結論に達し、動揺するアスラン。そこに一瞬の隙が生まれる。少年、ショウはその一瞬を逃さず距離を詰めると、アスランの胸を軽く小突き、後ろへと吹き飛ばした。

「クッ・・・何故だ? センサー類は全て誤魔化した筈・・・」

 アスランは受身を取り、起き上がると拳銃を少年に向ける。だがその拳銃は銃身の部分が外されていた。驚いてショウを見ると、彼の右手にはアスランの銃の銃身の部品が握られていた。恐らくは今の交錯の瞬間に分解してしまったのだろう。自分はそれに何の違和感も感じなかった。恐るべき手際だ。

 アスランは目の前の少年が、未だかつてない強敵だということを悟り、ナイフを取り出そうとするが、それより早くショウが両手を上げ、ホールドアップの構えを取った。

「?」

「僕にはセンサーなど使わずとも侵入者の存在とその居場所くらい分かります。心配しなくても戦うつもりはありません。僕はあなたにあなたの大切な人を返しに来たんです」

 そう言って彼が後ろを指差すとそこには、

「まあ、アスラン。お久し振りですわね」

「ラクス・・・」

 彼の婚約者が、優しい笑みを浮かべて立っていた。アスランは思わず彼女に駆け寄ると、その身体を抱きしめた。

「アスラン・・・」

「ラクス・・・無事で・・・よかった・・・」

 アスランに抱かれながら眼を丸くするラクスと、彼女のぬくもりを離すまいとするかのように、強く抱きしめるアスラン。

「あの、僕の事忘れてませんか?」

 少し遠慮がちにショウが声をかける。アスランははっとして、ラクスを放すと、彼女を庇うようにして前に出た。その手には隠してあったナイフが握られている。だがショウは、怯える様子も無く、言った。

「だから言っているでしょう、僕はラクスさんを返しに来たって。あなたに引き渡しに来たのですよ」

「・・・何故だ・・・? そんな事をしてお前に何のメリットがある?」

 ショウからは殺意や敵意は感じないが、それでも警戒しながら、質問するアスラン。

「それは・・・」

 その質問に答えようとした時、アークエンジェルが大きく揺れた。アスランはラクスの身体を支える。

「もうあなたの仲間が機体を取り戻したようですね。少し急ぎましょうか」

 ショウはそう言うと、近くにあったインターホンを取った。番号を押し、ブリッジへ繋げる。程無くして、慌てた顔のマリューが画面に映った。

「マリューさん、この振動はどうしたんです?」

<ショウ君、捕虜が脱走して、デュエル、ブリッツ、バスターが再び奪取されて格納庫で暴れてるわ!!>

「そうですか。実は僕の前にも潜入してきたザフトの兵士がいまして、どうやらラクスさん達を救出しに来たようです。そこで僕は彼女を引き渡して、この場は退いてもらおうと思うのですが」

 とんでもない提案をするショウ。案の定、マリューの傍らに映っているナタルが、「何をバカな」とでも言いたげな眼でこちらを見ている。まあ確かに教科書に載っているような案ではないので、彼女の疑問も無理は無い。だがショウは、彼女の口から反論が出る前に、その作戦の真意を説明する。

「現在、ストライク以外の三機は、ビームライフルのような破壊力の強い兵器を使ってはいないでしょう?」

 まずは確認。マリューも格納庫からの報告を聞いて、頷く。

「それはまだこの艦に彼等の仲間のザフト兵と、VIPであるラクスさんがいるからです。でも、だからと言っていつまでも拘り続けたり、下手に危害を加えたりすれば今度は外で追撃してきているナスカ級から集団で白兵戦を仕掛けてくるか、もしくは内側からMSで攻撃されるか。どちらにせよ良い事は無い。ならばいっそ引き渡す事で、この場は退いてもらった方が上策だと思いますが?」

 その説明にマリューはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、きっぱりと言った。

<分かったわ、あなたに任せます>

<艦長!!>

 ナタルが反論する。彼女にしてみれば、折角の外交上の強力な切り札をみすみす手放すなど何を考えているのだ、と言う所だろう。しかし、マリューは少し強い口調で言う。

<責任は私が取ります!! ショウ君、お願いね!!>

「了解です」

 そうして通信が切れた。ショウは後ろのアスランとラクスを見ると、笑って言う。

「と、そう言う事ですよ、僕がラクスさんを引き渡す理由は。あなたがやって見せたように、潜入して、白兵戦という事になるとこちらは現在避難民を満載しているからどれほどの死傷者が出るか分からないし、だからと言ってあなた達に危害を加えれば格納庫のあなた達の仲間がこの艦を沈めるでしょうしね。どちらにしても始末に終えないですから」

「・・・・・・」

 アスランは最初はこの少年は善意でラクスを逃がしてくれるのだと思った。だが実際には、無論それもあるだろうが、この艦への被害を極力避ける為の合理的な考えに基づいての行動でもあったのだ。確かにこのままいつまでもラクス等を捕えていたなら、その奪還の為に自分達が白兵戦を選択する可能性はある。彼女を引き渡し、イザーク達を逃がすのは、それを避ける為なのだ。

「さあ、艦長公認ということですし、行きましょう」

 彼は二人の手を引いて、格納庫へと案内した。



 アスランによって逃がされたイザーク達は、通風ダクトから格納庫に辿り着き、それぞれ自分の機体のコクピットに着くと、システムを立ち上げ、再び機体を奪取した。その後、しばらくは溜飲を下げるように暴れていたが、

「イザーク、ディアッカ、いつまでも暴れていないで、脱出しましょう」

 とのニコルの声で冷静さを取り戻すと、ビームライフルの一射で格納庫のハッチを破り、宇宙空間に脱出した。そして距離を取る。すると後方のアークエンジェルから自分達の後を追うようにして、最後の一機、ストライクが発進してきた。

「アスラン、お前か!?」

 その声に喜びを滲ませながらストライクへ通信をつなげるイザークだが、返ってきたのは、

<アスランさんじゃなくてすいません>

 自分達を倒し、捕えた少年、ショウ・ルスカの声だった。

「貴様!! アスランは、ラクス様はどうした!!」

 画面にかじりつく様な勢いでイザークは叫ぶ。さしものショウもその迫力に押されたのか、慌ててカメラを遠ざける。すると、彼の後ろに座っている、アスランとラクスの姿が見えた。

<俺達は無事だよ、イザーク>

<ご心配をおかけしました>

<それでは、艦からも十分離れた事ですし、ここで引き渡しますね>

 と、ショウ。ストライクのコクピットハッチを開けると、確かにそこには三人の人間が座っているのが見えた。その内の二人に動きがあった。アスランがラクスを抱き上げ、こちらへと向かってくる。イザークはコクピットハッチを開くと、彼等を受け止めた。

「ありがとうございます、ショウ様」

「・・・正直君とは戦いたくないが、俺も軍人だ。次に会う時には、俺が君を撃たねばならない」

 柔らかい声で言うラクスとは対照的に、消え入りそうな声で言うアスラン。ニコルとディアッカもそれぞれの機体のコクピットハッチを開いた。この状況で彼等がそんな事をするのに何の意味も無いが、それでもモニター越しではなく、自分の眼でこの光景を見たいという意識が働いたのかもしれない。

「だから今のうちに言っておく、ラクスに良くしてくれて・・・・・・ありがとう!!」

 ラクスの様子から、彼女がショウは信頼できる人物と見ているのはきっと彼が、囚われの身のラクスに優しく接してくれたからに違いない。まるで自分の記憶の中の、おとなしいくせに誰とでも良く打ち解けた、自分の親友のように。アスランにもそれぐらいは分かった。だからいずれ戦場で戦わなくてはならないとしても、この言葉だけは言っておきたかったのだ。

 そしてイザーク達も、

「アスランはああ言っているが、お前を倒すのはこの俺だ!! 次に会った時は覚悟しろ!!」

「俺はもう会いたくないね。お前みたいなバケモノとはもう戦いたくないぜ」

「君とは、出来れば・・・戦場以外のどこかでまた会いたいのですが・・・」

 それぞれの言葉で別れを告げると、彼等はヴェサリウスへと機体を反転させた。そしてショウも、それを見届けるとストライクをアークエンジェルへと向かわせた。



 そしてアークエンジェルは遂に第八艦隊と合流した。

 第八艦隊は数十隻の戦艦や駆逐艦によって構成される大艦隊で、現在その旗艦、メネラオスがアークエンジェルに接舷していた。第八艦隊司令、知将・ハルバートン提督が合流に際して今後の方針を決めるために会談を行おうとアークエンジェルに出向いて来たからである。

 普通ならアークエンジェル側から、マリュー、ムウ、ナタルの三人がメネラオスに赴くのが筋なので、いくら自分が開発を推進したXナンバーや新造艦のアークエンジェルに興味を惹かれたにしても、中々型破りな行動であると言える。

『・・・とりあえず任務完了(ミッション・コンプリート)・・・これから先どうしようかな・・・』

 ショウはそんな事を考えながらストライクを整備しつつ、眼下の喧騒をチラリと見た。艦隊と合流したとは言え、仕事はいくらでもある。機体の修理や整備、新しく補給されてきた物資や戦闘機などの積み込み等、整備班も大忙しだ。

 その中で一際彼の眼を引いたのが、アークエンジェルに運び込まれてきたMSだった。

 ジンだ。だが自分がこれまで戦ってきたジンとは明らかに違う、一種のカスタム機の様だ。まず通常のジンと比べて明らかに異なるのが全身に装備された無数のスラスターと通常の物よりもかなり巨大に改造された背中の翼だった。これは機動性を重視した結果だろう。

 次にその装備だが、バズーカやマシンガンのようなものは装備されておらず、代わりにその両腕にグレネードランチャーが付けられており、更にボディには4本のMS用ナイフ、アーマーシュナイダーが装備され、腰にも2本の重斬刀が装備されている。その他にも予備と思われる何本かの重斬刀が運び込まれていた。恐らくはこれがこの機体の主力武器なのだろう。

 そしてその全身は光を飲み込むような漆黒に塗装されていた。

「いい機体のようだね・・・」

 と呟き、整備に戻ろうとすると、マリューがやって来て、少し用がある、と彼を士官室に呼び出した。



 通された士官室では、一人の女性士官が彼を待っていた。

 ショウは第一印象として、その女性士官に理知的な印象を受けた。腰まである金色の髪と、それと同じ色の静かな輝きを湛えた瞳を持ち、眼鏡を掛けている、美しい風貌の女性だ。年齢は二十歳前後と言った所だろうか。

 彼女はショウを見ると、まずは握手を求めてきた。ショウも快くそれに応じる。

「アークエンジェルを守っていただいて、感謝しています。私はシェリル・ルシフェル。地球軍、大西洋連邦の大佐です。あなたに報酬をお渡しするのと、少し話があるので、こうして来て貰いました。まずはこれが報酬です、確かめて下さい」

 と、彼女、シェリルは机の上に置いてあったケースをショウに渡す。彼がそれを開くと、中には一杯の金塊が入っていた。ショウはそれを見て軽く頷くと、そのケースを手にした。

「さて、ショウ・ルスカ、あなたはこれからどうするつもりなのです?」

「どう、とは?」

 お互い相手の腹の底を探るような眼で相手を見る。だがまだどちらもその底を見る事は出来ない。だがそれでも、一筋縄ではいかない相手だということは分かった。シェリルが話を切り出す。

「あなたの能力は正直魅力的です。出来れば地球軍に志願して・・・それが嫌だと言うのなら傭兵として地球軍に雇われてもらえないでしょうか? あなたのような力を、私達は必要としています・・・ですがこれは命令でも義務でもなく、あくまでこちらの希望なので、断ってもらっても構いません」

「・・・あなたはどうしたいのですか?」

 と、ショウ。地球軍ではなく、今、自分の目の前にいて、自分にその話を持ちかけている、シェリル・ルシフェルという女性は自分にどう行動して欲しいのか、と言う意味だ。それで多少なりとも彼女の本質を見極めようという腹積もりだ。

 無論シェリルの方もそんな事は分かっている。目の前の少年に口先だけの誤魔化しなどは何の意味も持たない事は先程彼の眼を見た瞬間に分かっていた。肉体的にも精神的にもこの少年は見た目通りの人物ではないと彼女の中の何かが理解していたのだ。

「出来るなら・・・戦って欲しくはないです。少なくとも私個人としては。それに、戦争のツケは常に一般人に回されるもの。それを出来うる限り減らす事もまた、軍人の務めだと思いますから。それにあなたは一応民間人です。志願を強要する権限を私は持ちません。それに意思が無い兵士など戦場においては役には立ちませんし、信用も信頼も出来ません。ですから、あなたの意思で、あなたの道を決めてください」

 その言葉はシェリルの本心だった。それが心を感じる事の出来るショウにも伝わってきた。そして彼の答えは、

「分かりました」

「良いのですか?」

 少し驚いた様子のシェリルを見て、ショウは頷いて、静かに語り始めた。

「僕が今まで歩いてきた道は、人から用意されたものだった。勿論僕はその道が正しいと信じていたし、それが実感できる出来事も色々あった。そしてその中で、僕の中に志が生まれて、仲間とも出会った。でも、今は仲間とは離れ離れになって、歩いてきた道も消えた。だけど、立ち止まっている訳にはいかない、僕は僕の志、信念の為に、この戦争を終わらせようと、そう思うんです」

「地球軍に与して戦う事が平和に繋がるのですか?」

「・・・分かりません。今の僕は無為。力も想いもあるけれど道が見えない。目標を達成する方法を知らない。どんなに願っても、力があっても、行動できなければ何も変わりはしない。だからそれを見つける為にも、平和の為に僕の力をどう使うのか、一人の人間として何が出来るのか、それを見極める為にもしばらく残ろうと思います」

 迷いの無い表情で言うショウ。それを聞いたシェリルは満足そうに笑って頷くと、彼ともう一度握手を交わした。

「お強いのですね。では正式にこの私がクライアントとして、しばらくの間ストライクをあなたに任せます。頑張って下さい」

「了解」

 今度の握手は契約は交わされた事の、その証としてだったが、シェリルはもう一言、それに付け加えた。

「それと改めて、これからよろしくお願いしますね。本日付けでアークエンジェルに転属となりました、元第八艦隊所属『ソードダンサー』シェリル・ルシフェル大佐です」





TO BE CONTINUED..