「と、言う訳であなたにはアークエンジェルがアラスカに降下した後、暫く私の指揮下に入り働いていただきたい。それと、降下中にザフトの攻撃またはその他の原因により、突入ポイントがずれた場合にはアラスカの防空圏にこの艦が到達するまでの護衛を頼みます。この条件でよろしいですか?」

「ええ、分かりました」

 アークエンジェルの士官室のひとつで、シェリル・ルシフェル大佐と、彼女に雇われた傭兵となったショウが話していた。ショウを傭兵として雇うに当っての契約の条件を詳しく確認するためである。

「報酬は全額前金でお支払いします。確認してください」

 と、彼女は座っていた机の下から先程ショウに渡したものと同じぐらいの大きさのバッグを取り出すと彼に渡した。彼がそれを開けて中身を見ると、そこにはやはり、一杯の金塊が詰まっていた。

「いいんですか? たかが一傭兵である僕にこんな大金を…」

 流石にショウもその金額に圧倒されているようだ。別にこんな金塊を見るのが初めてと言う訳ではないが、この金額は明らかに傭兵一人を雇うには破格のものと言う他は無い。単に気前が良いとかそんなものではない。常軌を逸していると言っても良いかもしれない額の報酬。そんな彼の目を見て、シェリルは笑って言った。

「いいんですよ。これは私のあなたの能力に対しての正当な評価です。それにある意味これは正しいお金の使い方です。あなたを雇う事で、一人でも多くのナチュラル、いえ、地球連合の庇護の下にある人々が死んだり傷つかなくて良いように使うのです。有意義な使い方でしょう?」

「はあ……」

 ショウは少し物珍しいものを見るような眼でシェリルを見た。確かに自分の能力にはその程度の価値があると評価できない事も無いが、それにしても金額が大きすぎる。これは彼女がただ単に太っ腹なのかそれとも別に何か理由があるのか。

『でも、まあいいか…』

 そう考えを切り替えて注意深く見てみると、先程は気付かなかったが、彼女の身に纏っている雰囲気は普通の人とはどこか違う。勿論それは最初から感じていた事で、ある程度以上の実力を備えた人間、そう武術の達人などにはそういう雰囲気が宿るのでそれだと思っていたが、どうやらそれとも違う。何かもっと深い所にある覚悟のようなものを目の前の女性からは感じる。

『……僕も今まで色んな人に出会ったけど、こんなタイプの人は見た事がない……興味深くはあるね…』

 と、ショウが考えていると、シェリルは彼に渡したのよりも一回り大きい別のバッグから、自分の私物を取り出して、机の引き出しなどに仕舞い始めた。本や化粧品、書類、何種類かの医薬品。それに銃。

 その中で特に銃が彼の目に留まった。古めかしいデザインのリボルバー式の銃だ。

「シングル・アクション・アーミーですか? えらくクラシックな銃を使っているんですね」

 シェリルはそれにほう、という顔になった。荷物の整理の手を止めて、その銃をクルクルと回しながら話し始める。

「以前はオートマチックを使っていたのですが、一度白兵戦の最中にジャム(弾詰まり)を起こして死に掛けましてね。それ以来これに持ち替えたのです。まあ少々リロードには時間がかかりますがストッピングパワーは絶大ですし、動作は確実です。色々改造もしてありますしね」

 人事のように淡々と語るシェリル。その最中にも彼女はガンアクションを続けている。見事なものだ。彼女は右手に持っていた銃を投げ上げる。ここが重力のある地上であるなら銃はそのまま落下して来ただろうが、ここは無重力なので銃はそのまま上に舞い上がってしまう。

 落ちてきた銃をキャッチしようとして、それをうっかり失念していたシェリルはこれは失敗、という表情になったが、その銃が天井に当たる前にショウが掴むと、そのまま彼がその銃をクルクルと回し始めた。

「良い銃ですね。かなり使い込まれている」

 そう言うと彼は銃身の部分を持ち、その銃を彼女に返した。シェリルはそれを受け取るとホルスターに収め、それから改めてショウを見て、言った。

「不思議な人ですね、あなたは」

「そうですか?」

「そうですよ」

 と、シェリル。ショウもそう言われるのには慣れているのか別段否定はしない。どころか、確かに自分ほど変わった人生を歩んでいる人間はそうはいないだろう、と頭の中で納得してしまった。シェリルは微笑を浮かべながら、続ける。

「どうしてでしょう? 私の方がずっと年上の筈なのに、あなたの方がずっと私より永い時を生きてきたように思えますね。その眼を見れば分かりますよ……あなたとはまた今度ゆっくり話したいものですね。さて、私はこれから資料に目を通さねばなりませんので、申し訳ありませんが席を外していただけますか?」

 ショウは頷くとそのまま退室した。シェリルは荷物の中にあった薬品の瓶から錠剤を取り出し、それを飲み込むと、書類に目を通し始めた。




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OPERATION,8 燃える地球 

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「失礼します」

 ヴェサリウスの一室、今はラクスの部屋として割り当てられているその士官室に、アスランが入ってきた。彼はヴェサリウスに帰艦後、すぐにクルーゼに呼び出され先の独断専行について叱責されたが、今回はラクスやイザーク達を救出した功績に免じ、お咎め無し、という事になっていた。

「あら、アスラン、どうなされましたの?」

 普段のように少し緊張しながら入ってきたアスランを、ラクスもやはり普段のように屈託の無い笑顔で迎えた。

「あ、ラクス。帰る艦の準備が出来ましたので、お迎えに参りました」

 アスランは如何に二人きりだとは言え、ここが軍艦内であるという事を考えて、極力事務的な口調で話す。と、そんな彼の視界に突然ピンク色の塊が飛んできた。

<ハロ・ハロ・アスラン!!>

 アスランはそれ、自分が彼女に贈ったハロをキャッチすると、ラクスに投げ渡した。

「ハロも喜んでいるみたいですわ。久し振りにあなたに会えて」

「そうかも知れませんね……ところでラクス、大丈夫ですか? その…人質にとられたり、色々ありましたから」

「私は大丈夫ですわ。あちらの船でも良くしてもらえましたから」

 と、ラクス。その言葉を聞いたアスランの脳裏に、潜入したアークエンジェルで出会った、あの黒髪の少年の姿が浮かぶ。アスランは、自分が敵である筈の彼に、心のどこかで好感を抱いていることに気付いた。

 今が平和な時代であれば、あるいは自分と彼とは友達になれたかもしれない。共に尽きぬ夢を語り合う、そんな間柄に。かつての自分とキラのように。だが今は戦乱の時代。そして彼と自分は敵同士。そんな事は許されない。たとえどれほどそれを願っていても。

「ショウ、ですか…」

「あの方はとても優しいお方なのですね。そしてとてもお強い方…」

「強すぎるのです。あいつには力がありすぎる。次に会う時こそ撃たなければ私達の同胞が際限なくその手にかけられる。たとえそれが、あんな子供であったとしても……」

 拳を握り締めて話すアスラン。ラクスはそんな彼に近づくと、そっ、と彼の頬に触れた。それにアスランは急に気恥ずかしくなって、身を引く。

「あの方も言ってられましたわ。戦いは死を生み、死は哀しみを生み、哀しみは新たな戦いを生む…と。でも、それが分かっていても、戦わなくてはならないこともあるのですね。……どうか、無事でいてくださいね、アスラン」

 ラクスはそう言うと、その身を乗り出して、アスランの頬に口付けした。一瞬遅れて真っ赤になって後ずさるアスラン。ラクスはそんな彼を見て、クスッ、と笑った。

「さあ、案内してください、アスラン」

 こうして、ラクスはラコーニ隊長の部隊に送られて、プラントへと帰っていった。アスランは彼女の笑顔を曇らせないためにも、自分は必ず再び生きて帰る、そう強く思った。

 自分は血のバレンタインで母を亡くし、その哀しみを一つでも減らす事が出来るならと、ザフトに入隊し、戦ってきた。その気持ちは今も変わっていない。だが、ラクスの口からの又聞きではあるが、あの少年、ショウ・ルスカの言葉を聞いて思い知らされた事があった。

 自分が戦って、敵を撃つという事は、確実にどこかの誰かに、自分が味わったものと同じ哀しみを背負わせている。ナチュラルとてヒトである事には変わりは無い。幼い頃、キラの両親のようなナチュラルとも触れ合った事のあるアスランはそれを良く知っていた。彼等も自分達コーディネイターと変わらない、傷つけば血を流し、時には涙を流す、同じ人間だ。

 軍人として生きているのなら当然の事ではあるが、時としてそれを忘れそうになる事がアスランは怖かった。だが、それでも人には優先順位というものがある。戦いたくはないが、それでも戦わなくては彼女のような人の笑顔も命も守る事は出来ない、だから自分は戦う。その手を数え切れないナチュラルの血で濡らす事となっても。アスランは自分の戦いにかける想いを再確認した。

 大丈夫、戦える。

 自分の信念を信じていなければ、戦う事など出来はしない。そうでなければ人を殺す事に耐えられないから。誰かの人生を断ち切っても、それでも護りたい者が、譲れない想いがある。

 だから自分は戦うのだ。



 シェリルとの契約を終えたショウがアークエンジェルの通路を歩いていると、前方からトール、サイ、カズイ、ミリアリアの四人が歩いてきた。だが、除隊許可証を貰った筈の彼等が未だに地球軍の軍服を着ているのはどういう訳だ? と、疑問に思ったショウが質問すると、

「俺達、軍に志願したんだ」

 と、トールが答えた。これにはショウも驚きを隠せなかった。先日までただの学生であった筈の彼等が何故軍に志願などするのか。戦争など嫌だから中立国に住んでいたのではなかったのか? と、彼の中にそんな疑問が生まれる。だが、ミリアリアがその疑問の答えを言った。

「フレイが軍に志願したの。それでサイが残るって言って、それで私達も…」

「……何処にいるんです?」

「え?」

 突然のショウからの質問にミリアリアは戸惑う。

「フレイさんは何処にいるんですか!?」

 と、物凄い剣幕で詰め寄るショウ。ミリアリアはそれに気圧されて一言も口に出来ない。と、そこに、

「何? 何の騒ぎ?」

「フレイさん…」

 ミリアリアが着ているものと同じ、下士官用の制服を着たフレイがやって来た。彼女はショウが少し大きな声を上げていたので、どこか怯えている様にも見える。

 そしてショウは、怒っていた。彼女が地球軍に志願した理由が理解できるが故に、その理由の一端を担った自分自身に、只、怒っていた。

「どうしてあなたが軍などに志願したのですか? 率直に言って、あなたには向いていません、今ならまだ遅くない、入隊の取り消しを打診した方が良いのではないのですか?」

 自分の中の複雑な感情を全て押し殺し、抑揚の無い声で話すショウ。フレイは暫く俯いていたが、やがて顔を上げると、彼を真っ直ぐに見た。その目は涙で潤んでいた。

「だって、これで安心できるとは限らないから、ヘリオポリスの時みたいに、また戦争に巻き込まれるかも知れないし……だから、私は戦いたい!! 何も出来ずに逃げ回って殺されるぐらいなら…」

「自分を殺そうとする誰かを、コーディネイターを、殺すんですか? あなたが? 自分の手で?」

「!!」

 相変わらずの静かなショウの声。だがそこに込められた強い想いに押され、フレイは一瞬、声を詰まらせた。自分はそんな事など思いもしていなかった。自分はショウを、この目の前の少年に優しさを見せつける事で、彼を傀儡として操って、自分の父を殺したコーディネイター達を同じコーディネイターの手で、殺させていくつもりでいたから。

 そんなフレイの内面の混乱に関わり無く、ショウは続ける。

「人を殺すという事がどれほど大変な事か分かって言っているんですか? 分かっていて志願したんですか? まさか映画や小説のように簡単に人を殺せるものだと思っているんではないでしょうね?」

 今の彼の声にははっきりと怒りが滲み出ていた。決して激しいものではない、だが強くて、深い怒りが。

 ショウは懐からナイフを取り出すと、それで自分の掌を刺し貫いた。傷口から血が流れ出し、ここが無重力であるため流れ出した血液は大小の赤い球体となって浮遊する。

 彼の周りにいたミリアリア達四人は血を見て反射的に彼から距離を取った。フレイは、動けなかった。ショウはゆっくりと彼女に、血が流れ出し続けている掌をかざして近づいていく。その全身からは何か、形容しがたい何か、黒を通り越した闇色の、何か禍々しい物が噴出しているようでもあった。

「あ…あああ……」

 恐怖の余りその場にへたり込んでしまうフレイ。その顔は恐怖の余り涙でぐちゃぐちゃになっていた。ショウはそんな彼女に一歩、また一歩と近づき、やがて肉迫すると血の流れ出しているその掌を、そっと彼女の顔に当てた。すると当然、彼女の顔にも血がベットリとつく。

 彼女にはそれが限界だった。

「イ……イヤアアアアアアアアアアアッ!!!!」 

 フレイはショウの言葉と、彼の体から発散されている禍々しい雰囲気と、自分の顔についた血の恐怖で絶叫した。それを見たサイが何かを言おうと進み出ようとしたが、トールに止められた。

 ショウは懐から取り出した包帯で傷を止血すると、床にうずくまって、未だに泣き叫んでいるフレイを見下ろして、言った。先程まで彼がその身に纏っていた禍々しい雰囲気は既に消えていた。

「確かにあなたのお父さんを死なせたのはコーディネイターだろうし、護り切れなかったのはこの僕だ。だが、だからと言って復讐などは考えない事ですね。少なくとも彼等はあなたのお父さんが憎くて殺した訳じゃない。彼等は目の前にいる敵を撃ったに過ぎない。彼等に復讐したいと思うのは一時の激情に過ぎないのではないですか? そしてそんな激情に任せて戦いの渦中に身を投じる人がいるから、哀しみの連鎖は止まらない…」

 そう言うと彼は、もうフレイには興味をなくした様に彼女の脇を通って通路の奥に行こうとしたが、何かを思い出したように振り返ると、言った。

「いいですか、言っておきますよ。人を殺せば、もう後戻りは出来ない。自分の手や顔、体についた血は決して消えはしない。死ぬまで、ね」

 それを聞いたフレイは自分の顔に両手を当て、そこについた血を見て、何かを考えているようだった。

 その時、アークエンジェル全体に警報が鳴り響いた。

「「「「「!?」」」」」

「攻撃ですね。また戦闘が始まりますよ」

 ショウはそのまま格納庫へと向かった。サイ達もブリッジに。後には泣き崩れていたフレイだけが残された。



<ザフトの攻撃ですね。向こうはどうあってもこの艦を地球に下ろしたくはないようですね>

 格納庫へ行き、ストライクのコクピットで待機しているショウに、ストライクの隣に立っている黒いジンから、機体色と同じ漆黒のパイロットスーツに身を包んだシェリルから通信が入ってくる。それにショウも頷く。

「そうですね。それだけの脅威と見なされているようです。さて、この状況下で、僕達はどう動きますか?」

<MAとMSではその戦力に5倍もの違いがあります。しかもそれはあくまでジンとメビウスの比。こちらの開発したXナンバーも加わっている訳ですから、かなりこちらには厳しい状況と言わざるをえません>

「……」

<でも、まあそれもやり方次第ですが、ね>

 シェリルはそう言うとブリッジのマリューに通信を入れた。彼女のジンを経由して、ショウのストライクのコクピットの画面にも緊張した顔つきのマリューが映る。

<ラミアス艦長、時間一杯まで私達が出撃し、迎撃します。発進の許可を頂きたいのですが…>

<大佐!! 今本艦は…>

<下は灼熱の大気圏だという事は分かっています。ですがはっきり言ってこのままでは確実に第八艦隊は全滅します>

<!!>

 愕然とした表情になるマリュー。シェリルは落ち着いた口調で説明していく。ショウは無言で彼女の言葉を聞いていた。

<敵はジンが十数機と四機のXナンバー。乗っているのは皆コーディネイターです。対してこちらはメビウス。パイロットは全員がずぶの素人も良い所です。戦い方を知らない兵士など何人いても物の役に立ちません。連携もろくに取れないでしょうしね。ならば私達が出る事で現場の指揮を執ると言っているのです>

<しかし、まだ本艦に出撃命令は…>

 確かにこの状況での出撃というのは余程熟練の艦長であっても許可すべきか否か、迷う所ではあるだろう。ましてやマリューは元技術士官。そういう決断力や判断力は、正直優秀であるとは言い難い。

 彼女の後ろのナタルでさえも判断に迷っているようだ。まあそれも無理もない。このような状況で出撃したという記録は過去の戦史のどこにも載ってはいないだろうから。

 だが、今回、アークエンジェルには例外が存在していた。大気圏突入時の戦闘など幾度も経験した歴戦の戦士が。言わずと知れたショウ・ルスカである。

「艦長、まだこの段階なら大丈夫です。降下シークエンスがフェイズ3になるまでなら、大佐のジンやストライク、少佐のメビウスでも大丈夫です。帰艦のタイミングさえ間違えなければね」

 そこまで言ってショウは沈黙する。以前、第八艦隊先遣隊が戦闘に巻き込まれた時、マリューに反転を進言した時もそうだったが、良くも悪くも今の彼は傭兵に徹しているのだ。

 つまりこの状況でどのように行動すべきか。それについてのアドバイスはする。だが最終的な決定は自分のクライアント、もしくは現在自分の所属している部隊の中で指揮権を持つ者に委ねるのだ。そして自分はその与えられた任務の中で成果を上げるためにその力を使う。軍人というのはそういうものだ、と、彼はそう教えられていた。彼の師匠から。

「……」

 その教えに従って、静かにマリューの決断を待つショウ。彼女はやがて俯いていた顔を上げると、格納庫に待機しているショウ、シェリル、ムウの三人に命令を下した。

<分かりました。ただし、フェイズ3までに帰艦して>

<高度と時間には常に気を配るように>

 マリューが作戦を許可し、ナタルが適切なアドバイスを送ってくる。普段は衝突を繰り返している二人だが、こういう時には不思議と息がピタリと合っている。それにショウは思わずクスッ、と笑い、そして表情を引き締めた。ミリアリアのアナウンスが入り、カタパルトハッチが開いていく。完全に開いたそこには、蒼い地球が視界一面に広がっていた。

 普段、遠くから見詰めているだけなら何か暖かいものや心が落ち着くような感覚を覚える地球の姿も、今は底知れぬ圧迫感を与えるものでしかなかった。まるでそのまま真っ逆さまに落ちていってしまいそうな錯覚すら覚える。

<こんな状況で出るなんて俺だって初めてだぜ!!>

 スピーカーから軽口を叩くムウの声が入ってきた。だがその声は普段より硬い。彼もまた緊張しているのだ。どんなベテランであっても足元に死が広がっているというのは落ち着かないのだろう。そうしてまずはゼロが発進した。

<シェリル・ルシフェル、ジン、発進します>

 続いて、通常通りの丁寧な、それでいて感情を感じさせない声のシェリルが乗る黒いジンが発進した。

「ショウ・ルスカ、ストライク、行きます!!」

 そして最後に、ショウの乗るストライクを、カタパルトが虚空へと放り出した。

『…やはりこれだけ地球が近いと、操縦もいささか勝手が違うな…』

 ショウはストライクのOSや操縦系統を微調整しながら、フットペダルを踏み込み、ストライクを移動させた。



「全艦密集陣形にて迎撃態勢!!」

「MA隊の発進を急がせろ!!」

 第八艦隊の旗艦、メネラオスのブリッジでは、ザフトの攻撃の報を受けて、指揮官であるハルバートンと副官のホフマンが矢継ぎ早に指示を出していた。と、そこに、

<いや、MA隊はすぐに発進させずにまずは艦砲射撃による牽制を行ってください。その後に私がMA隊を率いて、敵MS部隊を迎撃します>

「ルシフェル大佐!!」

 シェリルからの通信が入ってきた。アークエンジェルに転属となった筈の彼女がジンに乗って出撃しているのには一瞬ハルバートンも虚を衝かれた様であったが、すぐに気を取り直すと、シェリルの指示に従うように言う。

 それはハルバートンは自他共に認める優れた戦略家ではあるが、ことMSを相手とする戦術においては同じジンを駆り、MSと戦い続けてきたシェリルの方に一日の長がある、との判断からでもあった。

『…へえ、パイロットとしても凄そうだけど、ルシフェル大佐は軍師としても一流のようだね』

 と、その判断を聞いていたショウも彼女の提案に内心では感心していた。

 彼が今まで経験してきた戦闘でも、まずは戦艦による長距離射撃で敵の戦力を牽制、もしくは弱体化させることがセオリーだった。

 MSと戦闘機などの既存の兵器との違いは、まずその汎用性や宇宙空間での機動性などが挙げられるが、接近戦・格闘戦が可能だという事も挙げられる。一度接近されてしまえば高性能の戦闘機も大火力の戦艦もカモに過ぎない。近接戦闘のための兵器に勝てる道理が無いのだ。

 ならばMSに接近されてその自慢の火力が使えなくなる前に使っておこうというのは自然な考えではある。

 彼女の指示通りに、メネラオスを初めとする第八艦隊の各艦がその主砲、副砲を接近中のザフト艦三隻とその周囲に展開している十数機のMS部隊に向けて発射した。MSは当然乗り手であるコーディネイターの高い反応速度に物を言わせて回避するし、戦艦はアンチビーム爆雷を事前に発射しておいていたのでビームは拡散され、決定打には程遠いダメージではあったがそれでも牽制にはなった。

 MS部隊にも命中はしなかったものの隊列が乱れたので、そこに付け入る隙が生まれる。

<ではメビウス部隊、発進してください。ただしジンを落とそうなどとは考えないように。とにかく一撃離脱を心掛けて下さい。メビウスでは接近戦では勝ち目はありません。それと密集する事も避けるように。一網打尽にされます>

 シェリルはそこにメビウスの一隊を突っ込ませた。

 たちまちその宙域は80機以上のメビウスと11機のジン、それにその中に混じっているバスターとブリッツが入り乱れる激戦区となった。シェリルの指示通りメビウスの部隊は一撃離脱を繰り返していく。

「チッ、ちょこまかと…」

「この数では…」

 バスターに乗るディアッカとブリッツのニコルは歯噛みした。このように敵味方が入り乱れる戦場では味方をも巻き添えにする危険があるのでバスターの大火力は迂闊には使えず、またブリッツも接近戦が主体のため一撃離脱を繰り返すメビウスに簡単には近づけず、中々撃墜できない。

<ではもう一隊も突撃してください>

 MSが拘束されているのを見たシェリルは更に自分のジンの背後に控えていた50機以上のメビウスを突っ込ませた。当然ザフト側はこれにも対応しなければならないので、11機のジンの内6機がその新たに突撃してきた部隊を迎撃すべく、向かってきた。

 これでザフトのMS部隊は真っ二つに分断された事になる。

「見事、ですね」

 ストライクのコクピットの中で思わずそう呟くショウ。まず敵を大部隊でその動きを封じ、別働隊で敵の戦力を分断し、そして自軍の中で最大の戦力を持つ者、つまりシェリル、ムウ、そしてショウの三人で分断された敵を叩く。実に計算された戦法だ。

<それでは行きましょう。フラガ少佐、それにショウ>

<オウ!!>

「了解しました」

 そうしてシェリルのジン、ムウのメビウスゼロ、そしてショウのストライクがその混戦の中に突撃した。



「ええい、ちょこまかと!! うん? あれは…ジン!? 味方機? いや…?」

「お生憎ですが、敵です」

 シェリルのジンが向かってきた事で、メビウスの相手をしていたジンのパイロットは一瞬、シェリルのジンを味方機だと勘違いし、迷った。その一瞬の逡巡が明暗を分けた。

 シェリルのジンは腰の重斬刀を抜くと、そのジンを頭から真っ二つに切り裂いた。見事な切れ味だ。ジンに装備されている剣はその形状や名前からも分かる事だが、重さで敵を斬る、と言うより叩き潰す事を目的としている。が、彼女の乗るジンの剣はいとも容易く敵のジンを切り裂いた。これは恐らく機体そのものにかなりの改良が施されパワーが向上しているのと、OSのプログラムにも改良がなされているのだろう。

「くそっ!! ナチュラルめ、姑息な真似を…」

 その黒いジンが敵だという事に気付いた別のジンがマシンガンを放つが、シェリルのジンはそれをまるで空中を舞う羽のように、無駄の全く無い動きでヒラリと避けると、一気に接近し、またしても重斬刀でそのジンを一刀両断にした。

「姑息とは失礼な。敵から鹵獲した兵器や武器は、それが性能の良い物であれば研究に役立てたり、そのまま自軍の戦力として使うのは大昔の戦争からずっと行われてきた事です。何を今更」



「くらえっ!!」

 ムウのゼロがガンバレルを展開し、ジンの頭部や右腕を同時に吹き飛ばし、戦闘力を奪う。が、次の瞬間、コクピットに警告音が鳴り響いた。ムウが振り向くと、ベージュ色の機体が眼に入った。

「しまった、後ろか!? うわっ!!」

 ゼロの後ろにバスターが取り付いたのだ。何とか取り付かれた瞬間に放たれた第一射はかわしたものの、次の攻撃で止めを刺さんとバスターのコクピットの中でディアッカは照準を合わせ、そして引き金を引いた。

 バスターの両腕に持つ砲から走った光線がゼロに向かう。しかしそのビームがゼロを捉える事は無く、どこからか飛んできたシールドによって阻まれてしまった。

「何ィッ!!」

 ディアッカは驚きつつもそのシールドが飛んできた方向に機体を向ける。すると彼の視界の隅に、それとはまるで正反対の方向から向かってくる白い影が見えた。

 ヤバイ!!

 背筋に走ったその直感のままに機体を回避させる。そして実際その判断は正解だった。バスターを真っ二つにする筈だったビームサーベルの斬撃をギリギリのところで回避する事が出来たからだ。が、左腕と左足が斬り飛ばされた。それをやったのはやはりショウの操るストライクだった。

「チッ!! またお前かよ!!」

 ディアッカは突然現われたストライクを見て舌打ちすると、バスターを離脱させた。

「少佐、大丈夫ですか? 油断禁物ですよ」

 ショウはムウのゼロにお肌の触れ合い回線で通信を入れた。

<すまん、助かったぜ>

「僕はデュエルやイージスの相手に回ります。現在までで7隻の艦が沈められているようですから」

 と、ショウのストライクもその宙域を離脱した。



 一方、シェリルのジンは既に5機のジンを撃破し、ブリッツを相手に戦っていた。

「こいつ…強い!!」

 ブリッツの中のニコルは目の前を飛び回る黒いジンに向かってビームライフルを乱射するが、シェリルのジンはそれを悉く回避してしまうか、もしくは刀で銃弾を弾くように、手にした重斬刀をシールド代わりにして、ビームを受け止めてしまう。コーディネイターですらそんな芸当が出来るのは極々一部の限られた者だけだ。

「これが本当にナチュラルなのか…?」

「そう、私はナチュラルですよ。所詮ナチュラルとコーディネイターの差など、その程度のものでしかないという事です」

「くっ!!」

 ブリッツはランサーダートを射出するが、シェリルのジンはその内2本は回避し、1本は重斬刀で弾くと、機体の胸に装備されたアーマーシュナイダーを抜き、ブリッツに向けて投げつけた。

「そんなもの!!」

 ニコルはブリッツの右手のトリケロスの盾でそのアーマーシュナイダーを弾いた。が、

「確かに良い機体、良いパイロットですね。だがまだまだ青い。その程度では私の敵ではありません」

 それすらもシェリルの計算通りだった。ブリッツの装備はトリケロスのある右腕に集中している。つまりそれを防御に使うという事は、一瞬ではあるが攻撃のための手段が左腕のピアサーロック、グレイプニールしかなくなるという事なのだ。そしてそれさえも、シェリルのジンがその強化された推力で間合いを詰めた為に使えなくなる。

 斬!!

 シェリルのジンの重斬刀がブリッツの右腕を肘の部分から斬り飛ばした。

「なっ…そんな、PS装甲のブリッツを…?」

「関節部分までPS装甲にする訳にはいきませんからね。MSなどという物は所詮は機械。やり方、狙い所次第でどうとでもなるのですよ」

 そう言って止めの一撃を加えんと重斬刀を振りかぶるシェリルのジンだが、そこに別のジンからの攻撃を受けたので、そのジンに向かって行った。ブリッツを撃破しなかったのは、ブリッツの戦闘力は大幅にダウンしており、また機体に受けたダメージから考えても一旦帰艦して修理と補給を必要とする。恐らくこの戦闘が終結するまでには間に合わないだろう。ならば今この戦場に存在する敵の戦力を一機でも減らしておく方が良い、とそう判断したためだ。

 彼女の判断通り、ブリッツは一旦ヴェサリウスに帰艦した。



 このように地球軍はシェリルやムウ、ショウの活躍で当初に予測されたよりもかなり優勢であったが、ザフト側もやられっぱなしではない。アスランのイージスと、イザークのアサルトシュラウドを装備したデュエルが次々に戦艦を沈めていく。

 シェリルが艦隊の護衛の為に残しておいたメビウス30機も殆どが撃破され、艦隊もその三分の一が戦闘不能となっていた。と、そのように向かう所敵無しの進撃を続けるイージスとデュエルだが、そこに一機のMSが立ち塞がった。

 彼等二人には因縁深い機体、ショウの操るストライクである。

「ショウ・ルスカか…」

「良い所で会ったな。今日こそ決着を着けてやるぞ!!」

「……始めましょうか」

 と、臨戦態勢に入る三機。その時、ストライクにはアークエンジェルから、イージスとデュエルにはヴェサリウスから、それぞれレーザー回線で通信が入る。内容は、”アークエンジェルはこれより大気圏に突入する”だった。

「「……」」

「同じ通信が入った筈です。時間が無い、行きますよ」

 ショウのその言葉を合図に、ストライクとイージス、デュエルは激突した。



「アークエンジェルは大気圏に突入するのですね…確かにこのまま粘ればあるいはこちらが勝利出来るかも知れませんが、向こうに援軍でも来れば間違いなくこちらの敗北に終わるでしょうし…目標であるアークエンジェルがいなくなればこれ以上戦闘を継続する理由は無くなる…致し方ないですね。フラガ少佐!! 聞いての通りです。アークエンジェルに帰艦して下さい!! 私もすぐに戻ります!!」

<了解!!>

 既にジンを全滅させたシェリルが、ムウに命令した。この戦闘の勝敗は既に決している。もう自分達に出来る事は無い。彼女はそう判断した。ゼロがアークエンジェルに戻って行くのが見える。彼女も戻ろうとすると、ローラシア級の戦艦が一隻、艦体の各所から火を噴きながら、メネラオスに向かって突進してくるのが見えた。

 メネラオスや残存する艦隊も砲撃を浴びせてはいるが、そのローラシア級、ガモフも猛射を続けているので攻撃が相殺され、中々決定打を与えられない。メネラオスからは避難民を乗せたシャトルが発進した。

「この戦闘が負け戦ならせめてハルバートン提督の首は取ろう、とそう言う訳ですか。させません!!」

 シェリルはそう叫び、スラスターを噴射させジンに最大の速度を与えると、ガモフに肉迫し、その勢いのままに艦体に重斬刀を深く突き立て、そのまま機体を動かし、一気に艦を切り裂いた。砲撃で疲弊しきっていたガモフはひとたまりも無く、シェリルのジンがつけた切り口から次々と誘爆し、爆沈した。

 シェリルのジンはその爆発の中から飛び出すと、そのままアークエンジェルに向かった。コクピットの中でシェリルはメネラオスのブリッジにいるハルバートンへ、敬礼した。艦長席にいるハルバートンにそれが見えている筈も無いが、だが、彼がシェリルに敬礼を返したのが見えた。

「ご武運を」

 そう一言だけ言うと、彼女もジンをアークエンジェルに着艦させた。



 ストライク、イージス、デュエルの三機はまだ戦い続けていた。その間にも機体はどんどん大気圏に近づいており、計器がアラートを表示し、警報を鳴らす。しかしそれすらも三人の戦いを止める事は出来ない。

 イージスとデュエル、アスランとイザーク。この二人は、初めてショウが戦った時には全く見られなかった連携を取って攻めてきていた。以前は四機がてんでバラバラに攻めてきたから簡単にあしらう事が出来たが、今回はそうは行かない。

「やるようになった。だが、負けない!!」

 ショウの気合の込められたビームサーベルの一撃がイージスの両足を薙いだ。

「下がれアスラン!! 今ならまだ戻れる筈だ。こいつは俺が何とかする、たとえ刺し違えてでも…」

「イザーク…分かった、死ぬなよ!!」

 アスランはダメージを受けたイージスを離脱させた。

「さあ!! 続きだ!!」

 デュエルがビームサーベルを振り下ろす。ストライクはそれをすんでの所で避け、逆にデュエルに蹴りを喰らわす。二機の間に距離が開く。二機とも得物をビームライフルに持ち替え、互いの相手を狙う。その時、偶然にも二機の間をシャトルが横切った。

「メネラオスのシャトル!?」

 ガモフの特攻による万一の事態を懸念したハルバートンが発進させたシャトルだ。

「よくも邪魔を…逃げ出した腰抜け兵がぁぁぁ!!」

 イザークはデュエルのビームライフルの先をシャトルに向ける。だがそれよりも早く、ショウは次の行動を起こしていた。ストライクを最大加速で猛然とデュエルに突進させ、パンチでビームライフルを持つ右腕を跳ね上げる。それによって本来ならシャトルを撃ち抜く筈のビームは全く見当違いの方向に飛んで行った。

「あなたの相手はこの僕だ!! 関係の無い人を巻き込むんじゃない!!」

「どいつもこいつも…俺の邪魔を…!!」

 激昂するイザーク。その激情のままにデュエルを操り、ストライクに掴み掛かってくる。その衝撃で二機ともバランスを崩し、大気圏へ向けて落ちて行く。

「くっ…まずい…」

 この時になって、初めてショウの背中を冷たい汗が流れた。この落下は大気圏への突入角ではない。いかにPS装甲があるとは言え、このままでは二機とも燃え尽きてしまう可能性がある。

「ええい!! 世話の焼ける!!」

 ショウはストライクのスラスターを吹かし、掴んでいるデュエル共々その突入角を変えていく。

 二機は真っ赤に燃え上がりながら、巨大な地球に呑み込まれていった。





TO BE CONTINUED..


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 地球軌道会戦ですか。さて、ショウ君はデュエルと一緒に落ちたという事は、ザフトに拾われる? 
 あと、シェリル大佐ですが、階級上の上位者が指揮下に入ってるというのは何故なんでしょう? マリューさんは所詮は技術士官の少佐で、指揮官としての教育を受けているわけではない筈ですが。