「…どうかな? 噂の『大天使』のご様子は?」

 頭の上から掛けられた上官の声に、夜間用の双眼鏡でアークエンジェルを覗き込んでいた赤髪の青年、マーチン・ダコスタは顔を上げた。

「はっ、依然何の動きもありません!!」

「地上はNジャマーの影響で電波状況が滅茶苦茶だからな。『彼女』は未だスヤスヤとお休みか…」

 砂漠用の迷彩服に身を包んだ彼の上官、アンドリュー・バルトフェルドは手に持ったカップを口に運び、「んっ!!」と表情を変える。それを見たダコスタは何か異変が起こったのかと周囲を見回すが…

「いや今回はモカマタリを五パーセント減らしてみたんだが、こいつは良いな!!」

 彼の飲んでいるコーヒーの感想だった。カクッ、となってしまうダコスタ。

「次はシバモカ辺りで試してみるかな」

 と、バルフェルドは上機嫌だ。こういう面だけ見れば彼はちょっと風変わりな男にしか見えない。とてもとてもザフト軍地上部隊の屈指の名将にして名パイロット、『砂漠の虎』と呼ばれている男には見えなかった。

 彼は作戦行動中とは思えないほどに悠然とした態度で砂丘を下ってゆく。その砂丘の麓には獣を思わせるフォルムを持つ巨大な影と、ヘリコプターやバギーが多数。そしてその周囲を動き回る男達の姿があった。

 彼等はバルトフェルドに気付くと、素早く整列する。バルトフェルドが口を開く。

「ではこれより地球連合軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は敵艦及び搭載モビルスーツの戦力評価である!!」

「倒してはいけないのでありますか?」

 彼の命令を受けて、質問するパイロットの一人。それにバルトフェルドはちょっと困った顔になって答えた。

「うーん…まあその時はその時だが…ただあれはクルーゼ隊ですらも仕留め切れなかった艦だからな。その事を忘れるな。…一応な。では諸君の無事と健闘を祈る!!」

 その言葉を合図に、一斉に自分達の上官に向けて、敬礼する兵士達。バルトフェルドも片手を上げて応える。彼の隣に立っていたダコスタが号令を掛けた。

「総員、搭乗!!」

 兵士達が四方へ散り、先頭ヘリコプターや、四足歩行型MS・バクゥのコクピットに次々とその身を収めていく。バルトフェルドもダコスタが運転席に座る指揮車に乗り込んだ。先程までは穏やかだったその瞳に、鋭い光が宿る。

「コーヒーが美味いと気分が良い。さあ、戦争をしに行くぞ!!」

 どこかおどけたような調子で、だがまったくその言動とは一致しない鋭い眼と雰囲気で以って、バルトフェルドは部下達に出撃を命令した。風の音の他は本当に静かだった砂漠の一角がエンジン音とMSの足音によって、にわかに騒がしくなった。




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OPERATION,10 激闘の砂漠 

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「艦の排熱はブラックホール排気システムを通じて冷却されるので、衛星からの赤外線探査を誤魔化せればどうにかなるとは思いますが…」

 アークエンジェルのブリッジでは、シェリルがチャンドラの出したデータをチェックしていた。現在自分達は敵地に孤立無援の状態にあるのである。そのような現状にあって、艦の偽装が上手く行っているかどうかと言うのは死活問題と言っても過言ではなかった。

 アークエンジェルの熱は外気を取り込んで冷却する事で探知されにくくなっている。そうでもなければこんな開けた場所でのんびりとはしていられない。

「Nジャマーの影響でレーダーは当てになりませんし…」

「後は人の目、ですね」

 データに目を通し終わり、そう呟くシェリル。チャンドラもその一言には頷く。レーダーがNジャマーの電波妨害によって役立たずとなっている現在では、目視による監視・観測もその重要度を高めている。アークエンジェルの巨体は遠くからでも良く目立つ。何かのきっかけで偵察員が近くを通りかかったりするだけで命取りだ。そういう危険もあるので、長い間こうしてはいられない。というのはシェリルやマリュー達の中では共通の認識でもあった。

「Nジャマーか。何でこんな面倒な物、ザフトはばら撒いてくれたんだか」

 チャンドラの後ろの席に座っていたカズイがうんざりした声で言う。敵のレーダーに探知されないのは確かにありがたいが、味方と連絡が取れないという不安の方が切実だ。

「ま、いろいろ影響被害はあるけど、核ミサイルがガンガン飛び交うよりは良いんじゃないの? ユニウスセブンの後、核で報復されていたら、今頃地球無いぜ?」

 と、半分冗談のように言うチャンドラ。勿論カズイはそれを冗談として受け止めていた。だがもう一人、シェリルの方は、彼の話は冗談にはとても聞こえなかった。

『…それは実際に有り得た事。ユニウスセブンにおいて、私達地球連合は開けてはならない禁断の箱を開け、そこに収められていた天地を焼く剣を振るった。その結果生まれた物が……名誉でも誇りでも栄光でもなく、この日に日に泥沼と化してゆく戦争と、あの死を具現化したような凍てついた墓標……ならば……私は何の為に…』

 徐々に思考の海に意識を沈めていくシェリル。その時、けたたましい警告音が鳴り響き、CICから叫び声が上がった。それが彼女を現実へと引き戻す。

「本艦、レーザー照射されています!!」

 ノイマンと地下の空洞の話をしていたナタルが振り向く。

「照合…測定照準と確認!!」

 そう告げるチャンドラ。その言葉の意味する所は誰にも明らかだった。何者かがこの艦を撃とうとしている。その何者かとは、敵、以外にありえなかった。

<第二戦闘配備発令!! 第二戦闘配備発令!!>

 すぐさま艦全体にも警報が鳴り響き、眠っていたクルー達は飛び起きた。全員が全員、慌てて身支度をし、それぞれの持ち場へと走る。その放送が流れて数分でブリッジに上がってきたマリューは、第一戦闘配備を発令すると共に、エンジンの始動と、迎撃の開始を命令した。





 砂丘の向こう側からアークエンジェルめがけて飛来するミサイル。イーゲルシュテルンがそれを迎撃し、撃ち落す。鈍く響くその爆音を感じながら、格納庫ではムウとマードックが口論していた。

「だから、とにかく飛べるようにしてくれるだけで良いんだよ!!」

「それが難しいって言ってんでしょうが!!」

 ムウの乗機であるスカイグラスパーはまだ重力下における調整が終了しておらず、まず出撃は不可能。ストライクをロストしている現状にあっては、シェリルの専用ジンのみがアークエンジェルの唯一の戦力と言う事になる。そのコクピットの中で、シェリルはブリッジから送られてくる情報に目を通し、戦況を分析していた。

「……」

 彼女は無言のまま、艦長の指示を待っていたが、程無くしてマリューから出撃の要請が来た。彼女は頷くと、ジンをカタパルトへと移動させる。

 基本的には接近戦を得意とする彼女に合わせて装備なども調整されている専用のジンだが、今回はアークエンジェルにミサイルを撃ってきている戦闘ヘリが相手なので、その右手には飛び道具としてマシンガンも持っている。

「…シェリル・ルシフェル、ジン、発進します」

 リニアカタパルトが機体を勢い良く射出し、今が夜という事もあって、その闇に同化するがごとき漆黒のジンが砂漠に降り立つ。しかし、降り立った次の瞬間、機体は大きくそのバランスを崩してしまい、膝をついてしまう。

「…これは…そうか、ここは砂地でしたね。私とした事が失念していました」

 瞬時にその原因を分析すると、シェリルは機体のバランスを操作して、体勢を立て直し、周囲に気を配る。すると砂丘の向こう側から戦闘ヘリがその姿を現し、彼女のジンに向けてミサイルを放つ。シェリルはマシンガンの連射でそのミサイルを撃墜すると共に、戦闘ヘリも撃ち落そうとするが、そのヘリは素早く機体を翻すとマシンガンの射程外に離脱してしまう。

『……追いましょうか? いや、これは陽動でしょうね。ヘリで私を引き付け、アークエンジェルから引き離し、主戦力、恐らくはMSによる攻撃で私とアークエンジェルを各個撃破する。シンプルですがその分隙がありませんね…』

 冷静に現在の状況を分析し、それに対抗する策を練るシェリル。あちらにどれ程の戦力があるのかは分からないが、間違い無くMSの数機はあると見ていい。対してこちらはムウのスカイグラスパーが飛べるようになったとしてもMS1機と戦闘機1機。この状況で生き延びるためには頭を使うより他に無い。

『…とにかく、その手には乗りません。その間に…』

 こちらが誘いに乗って相手を追っていかなければ、待ち伏せしていた戦力がこちらを有効射程に捉えるのに時間がかかる。と、言ってもほんの数分ではあるが、その時間を使って、彼女はやっておきたい事があった。

 コクピットの脇からキーボードを取り出し、OSを書き換える。彼女の指はショウ程ではないにしろ、常人には到底ありえない速度でキーボードを叩く。

『…逃げる圧力を想定し…接地圧は…砂の粒状性を想定した場合、マイナス15…いや…マイナス20といった所ですか…これで…どうですか?』

 彼女がOSを書き終えるとほぼ同時にコクピット内にアラートが鳴り響き、一瞬遅れて、目の前の砂丘から黒い影が躍り出た。ヘリではなく、4本の足にキャタピラを装備し、それを駆動させて砂漠を疾走する機体。それも1機ではなく、次々と現われる。

「…TMF/A-802、バクゥ、ですね…」

 それを見たシェリルの声に驚きは無かった。本来、目の前を走り回り、自分を幻惑しているこの機体は地球、それも砂漠という局地に対応して、設計されたものだ。そこでの戦闘にこの機体が使われるのは当然だ。

「…数は…1、2…全部で5機…少々厳しいとは思いますが、仕方ありません」

 自分のジンの周囲を走り回り、撹乱しようとしているが、シェリルには通用しなかった。彼女はわざと機体の頭部を左右に動かし、あたかも自分がバクゥの動きに惑わされているかの様に見せる。それを見て取ったバクゥのパイロットの一人は、その動きが自分達の作戦が図に当り、このジンのパイロットが混乱しているものだと解釈する。そこにはこの機体を操縦しているのが所詮はナチュラル、だという意識も当然ながらあった。

 バクゥの内の一機が背後から黒いジンに向けて飛びかかる。

 もらった!! 

 そのバクゥのパイロットは当然そう思った。そして次の瞬間、彼の意識は永遠に途絶えた。

 それを見ていた誰もがもう勝負は決まった、と思った刹那、黒いジンは振り向きざまの斬撃で、そのバクゥを真っ二つに切り裂いたのだ。切り裂かれたバクゥは地面に落ち、数瞬の間を置いて、爆発した。

 その一撃は、他の4機のバクゥのパイロット達に、目の前の黒いジンに最大レベルの警戒心を抱かせるのに十分だった。ジンの周りを旋回する4機は、微妙にその包囲の輪を広げた。これは…

「…私は一人、疲れを待ってじっくりと仕留めよう、という事ですか」

 戦術の定石ではある。シェリルは1機倒した事で、自分に不利な要素は減るどころか、増したのではないか、とさえ思った。先程自分が撃破したバクゥのその動きには少なからず油断があった。そこに付込んだのも、撃破できた要因だと考えられる。だが、残りの4機にはその手は通用しないだろう。

 しかし、今の一撃でこちらにもチャンスはある事が分かった。

 バクゥを真っ二つに出来た事である。これはしっかりと大地を踏みしめ、人間で言うと腰の入った動きでなければ出来る事ではない。それが出来た、と言う事は、砂地に合わせたOSの調整が上手く行っている、という証明に他ならなかった。

「…行きます。私の命はそう簡単ではありませんよ?」

 彼女はそう呟くと、スラスターを吹かし、機体を跳躍させた。





 戦っているのは彼女だけではない。アークエンジェルも、その装備された火器の全てを使い、様々な方位から放たれるミサイルを迎撃していく。周囲に展開していた戦闘ヘリもその本来は戦艦やMSに対して振るわれる筈の圧倒的な破壊力の前に、次々と火の玉と化し、落ちていく。

 それを見たブリッジのクルーは、マリューやナタルを含めて、個人差はあれど、いける。という想いを胸に抱く。この艦に乗っているのは、殆どが実戦経験の無い者ばかりで、現地徴用の兵であるサイ達は、当然の事ながら訓練などした事は無い。

 訓練の中で指揮官は可能性を確認し、兵士は自信を獲得する。これまでの、そして一瞬前までのアークエンジェルにはそれが欠けていた。それに必要としていなかった。今までの戦闘では良くも悪くもショウと、彼の圧倒的な戦力に頼り切っていたから。だから彼がいない今、クルー達の中には自分達だけで大丈夫なのだろうか、という不安が渦巻いていた。

 その不安がたとえ一時の事であるにせよ、晴れたのだ。ブリッジの士気が上がる。

「状況はこちらに圧倒的に不利、しかし最後まで諦めず各員奮闘を期待します!! ゴッドフリート照準合わせ、ヘルダート、てぇっ!!」

 マリューが吼えた。



「…感じる…」

 ソニックストライカーを装備し、砂漠を低空で、猛スピードで飛行するストライクのコクピットの中で、ショウの研ぎ澄まされた感覚は、強力なセンサーの様にエレンから受け取ったマップの目的地、アークエンジェルの予測降下地点の付近で戦闘が行われている事を察知していた。

 流石に距離的な事もあって、敵がどれ程の規模なのかとか、そこまで正確には分からないが、自分の視界の遥か彼方から、強烈な殺意や闘志を感じる。戦闘が行われている事は疑いようが無かった。

「…この装備、僕とはかなり相性が良いな。全力には程遠いにしても、これならかなりの事は出来る」

 機体の慣熟も兼ねて、少し無理な動きをとらせてみたが、ストライク本体もソニックストライカーも、音を上げず、自分の操縦についてきてくれた。ただ高性能なだけではなく、実用性やパイロットの事も良く考えて設計された、あらゆる意味で極めて完成度の高い装備。

 それがショウがこのソニックストライカーに抱いた印象だった。

「さて、と…」

 機体と装備を楽しむのはここまで。彼は表情を引き締めると、精神を集中する。戦闘が行われていると言う事は、一刻も早くアークエンジェルの下へと向かわねばならないという事だ。

 彼が傭兵としてシェリルから受けた依頼。それはアークエンジェルがアラスカに降下した場合は彼女の指揮下で暫く働き、何かしらの原因で突入するポイントがずれた場合は、アラスカの防空圏内に到着するまでの間の艦の護衛。この場合は後者だ。自分はシェリルと約束した。それを裏切らない為にも、一刻も早く行かねばならない。

 ショウは眼を瞑り、精神を集中する。すると、彼の体がうっすらと緑色に光り輝いた。と、同時にストライクの周囲に気流、風が集まっていく。ショウは静かに呟く。まるで眼には見えない、されど”そこ”にいる、誰かに語りかけるように。

「…風の精霊達よ、その力を貸してくれ…」

 そして眼を見開く。その瞬間、機体にかかるGが急激に強くなる。一瞬前と比べて、ストライクの速度が格段に上昇したのだ。その全身に風を纏ったストライクの速度は、音速を軽く超え、機体周囲に発生する衝撃波で地上の砂を遥か上空へと巻き上げながら、疾駆する。これなら確実に間に合うだろう。

『…ラクロアや天宮(アーク)、ザードという所では、機体そのものにこういった法術を施す事で高機動のMS、いや機兵だったかを造る事が出来たんだったな……”リコリス”の持っていたデータからの独学で多分に我流混じりではあるけど、やっぱり身に付けてて良かったよ。そして…』

 彼はその身に心地良いGを感じながら、前を見据えた。まだまだ視界は空と砂しかないが、確実に目的地に近づいている事は、彼の感覚が何よりも正確に教えていた。

『やっぱり自分がニュータイプで良かった。色々苦労もしたけど、こんな時自分が何をするべきなのか、どこへ行くべきなのか、僕の中の何かが、はっきりと教えてくれるから』

 ……自分のその力で、誰かを守る事が出来るから。

 ショウの力によって限界以上の速度を得たストライクは、引き絞られた矢弓の様に、砂漠の夜空を駆け抜けた。



「…隊長」

「何だね? ダコスタ君」

 アークエンジェル及びシェリル専用ジンと自軍の戦いを、やや離れた砂丘の頂上に指揮車を止め、見ていたダコスタがスコープから目を離し、助手席に座っているバルトフェルドに向き直る。

 バルトフェルドは自分のスコープからは目を離さず、戦闘の様子を追っている。ダコスタはそれに構わずに、言った。

「あの黒いジン、確か『ソードダンサー』、でしたっけ? あれを動かしているのは本当にナチュラルなんでしょうか?」

 勿論、そんな事をバルトフェルドに聞いた所で、真相が分かる筈も無い。彼がシェリルを知っている訳も無いのだから。

「さあねぇ? だが、噂に聞くその力は伊達じゃない様だよ」

 ダコスタも半ば予想していた事だったが、その質問に対してバルトフェルドは興味の無さそうな声で返した。少なくとも声の調子だけは。だが、その返答とは裏腹に、彼はスコープの倍率を調整するなどして、戦闘の様子を一瞬たりとも見逃すまいとしている。

 彼にとってはあの中にいるのがナチュラルだろうとコーディネイターだろうと問題ではなかった。それ以前に”敵”だと言う事には変わりないのだから。それよりも、

「…問題はあの戦闘能力だよ。噂の大天使様は奪取し損ねた最後の1機、ストライクさえ無ければ大した事は無い、って評議会やクルーゼの変態仮面は言ってきたけど、実際どうだい、これは?」

 ダコスタはその上官の指摘に頷いて、自分もスコープを構え直す。

 足つき、アークエンジェルはその武装をフルに使って、こちらの戦闘ヘリのミサイル攻撃を寄せ付けない。それに、ちょっとやそっと当った所で、大抵はその強固な装甲に跳ね返される。

 また、その足元で戦っている、地球軍最強のパイロットと呼ばれ、ザフトの間でも最大級の脅威と認識されている人物の操るジンは、汎用型と局地対応型という地形適応での不利、そして4対1という数的での絶対不利。その二重の不利を物ともせず、こちらのバクゥと五分以上に渡り合っている。

 勿論こちらのパイロットとて馬鹿ではない。むしろ、名将であるバルトフェルドの部隊に配属されているのだ。ザフトの中でもかなりの腕利きが集まっている。彼等も彼等なりに考えて戦っている。

 相手が接近戦が主体であるのなら、それに付き合う必要は無い。バクゥはある機体は背中のミサイルポッドからミサイルを吐き出し、またある機体は、レールガンでジンの装甲を撃ち抜かんとする。

 しかしその黒いジンは、ミサイルは避け、避け切れない物はその弾頭を手にした重斬刀で斬り落とし、放たれるレールガンは、その弾の通る軌道に重斬刀の刀身を置く。勿論そのまま真正面から受け止めようとすれば重斬刀は折れる。そこで刀身を少し斜めに傾け、それで弾丸の軌道をずらしているのだ。弾かれた弾丸は斜め後ろへと、虚しく飛んでいく。

「う……ウソォ…」

 あんぐりと大口開けて、呆然と呟くダコスタ。レールガンを放ったバクゥのパイロットも、目の前の光景が信じられないのか、続けてレールガンを発射するが、黒いジンはその全てに対して、素早く、かつ自然に重斬刀を動かし、発射される弾丸を悉く弾く。

 だが、バルトフェルドは同時にもう一つの事にも気付いていた。

「成る程、あんな芸当が出来るのなら弾丸は避けた方が確実かつ手っ取り早い筈。なのにそれをしない理由は二つ。一つはこちらの戦意を喪失させる狙い、そしてもう一つは…」

 バルトフェルドはスコープの倍率を下げ、視野を広くする。そうする事で、黒いジンだけを見ていた時には見えていなかったものが見えてきた。黒いジンの背後にはアークエンジェルの巨体がある。

「…避けたら後ろの大天使様に当るから、か。そこまでの状況判断の出来る相手……怖い、怖いねぇ…」

 その上官の独り言を聞いて、ああそうかと思うダコスタだが、横に座るバルトフェルドをふと見て、ゾクッとした。彼が怖いと言っているのは嘘ではあるまい。実際にあれほどの戦力を見せ付けているのだ。しかしそれでもなお、彼は笑っていた。

 その心理はダコスタには理解を超える部分がある。バルトフェルドはパイロットとして今の地位を築き上げた人間であり、今なおパイロットだ。だから強敵と出会えて、その心が昂ぶると言うのは、まあ、理解できる。だがそれで死んでしまっては元も子もないではないか。やはりこの上官は分からない。ダコスタは改めてその認識を強くした。

 そうこうしている間にも戦闘に動きがあった。

 黒いジンが目の前のレールガンを乱射するバクゥへとどんどん近づいていく。そのバクゥはパイロットが恐怖に駆られているのか、基本の回避も忘れて、ただレールガンを撃ちまくっている。当然放たれた弾丸は弾かれ、明後日の方向へと飛んでいく。

 二機の距離が、十分に重斬刀でも届く間合いまで詰められ、黒いジンはその得物を振り上げる。だがその至近距離にあっても、標的となったバクゥはレールガンを放った。この距離での回避は不可能、の筈だったが、それすらもその黒いジンはまるで流れるような動きで避けた。弾丸はそのジンの装甲をほんの少し掠めただけだった。

 そしてそのまま改めて重斬刀を構え直す事無く、まるで先程の回避と今の攻撃がそのまま一連の動作となっているかのような華麗な動きで、そのバクゥを頭から切り裂く。

 その戦い振りは、まるで舞踊、舞踏。まさに”ソードダンサー”の、その二つ名に相応しいものだと、ダコスタはそれが敵であると言う事も一瞬だが忘れて、その流麗なる動きに見惚れた。

 だがバルトフェルドは違った。

 通信機を手に取り、バクゥ各機に指示を出す。

「無理にあの黒いのをやろうとするな!! まずは足つきを仕留めろ!! 足つきは艦の底部の武装が弱い、そこを狙え!! あの黒いのとて中に乗っているのが人間である以上パーフェクトではない、母艦をヤれば必ず隙は生まれる!!」

 クルーゼや評議会の判断を甘い、と断じていたバルトフェルドだったが、送られてきたデータにはちゃんと目を通し、それに対する策も講じていた。

 ただ、相手が宇宙艦である事、また搭載しているMSもジンが一機である事から、それを使わなくとも力押しで十分相手できると踏んでいたが、そこはそのデータの送り主程ではないにしろ、自分の認識も甘かったのだと、認めざるを得なかった。

 彼の指示通り、バクゥ3機は一旦目標をアークエンジェルに移し、立ちはだかっているシェリルのジンを、回り込むようにして迂回し、アークエンジェルに向かおうとしていた。

「……!!」

 シェリルもその動きが先程までのものと明らかに違う事から、すぐさま目標が変わったと見抜く。自分のジンの腕部に装備されたグレネードランチャーを発射し、バクゥを牽制する。それで二機までは止める事が出来たが、残りの一機がアークエンジェルに向かう。

「…クッ!!」

 その一機に向けて、重斬刀を投げつける。だがそのバクゥに命中する事は無く、手前の地面に突き刺さっただけだった。





「バクゥが一機、迎撃を抜けました!! 近すぎて攻撃のオプションが取れません!!」

 MSが戦艦を相手とする時の典型的な戦術。それは懐に入り込む事。暴風の如き凄まじい火力を持っていても、一旦懐に飛び込んでしまえばそこはMSにとっては台風の目の様なもの。安全に、かつ確実に、その戦艦を撃破できる場所だ。

 特にアークエンジェルの場合、新型艦として、その形状ゆえか火器の配置がかなり偏っており、そこに生まれた銃座の死角にバクゥは入り込んだのだ。勝ち誇ったかのように背中のレールガンを動かし、照準を合わせるバクゥ。

「各員ショック対応姿勢!! 衝撃に備えよ!!」

 その指示を出したマリュー以下全員が、レールガンの弾の直撃を予想し、その身を緊張させる。

 しかし、



 ズキューーーーン……



 直撃を喰らったのは、そのバクゥの方だった。上空から放たれた一条の光の槍がバクゥを串刺しにし、爆発。その余りに意外な光景に、それを見ていた者は全員が全員、その眼を見張った。

 ピピピピピ……

 CICのミリアリアが、計器の鳴らす警告音によって、その驚愕からいち早く脱し、その計器に目をやる。

「艦長!! 後方より高熱源体が接近中です。距離6000、速度は……えっ!?」

 そこに表示されていた情報が信じられず、思わず自分の目を疑うミリアリア。そこにナタルが、

「どうした、早く報告しろ」

 と、叱咤する。

「は、はい!! 速度マッハ3,7、このままだと後数秒でこちらの射程内に…」

「なっ…バカな!! マッハ3,7だと!? 偵察機か?」

「いえ、これはMSのようです……熱紋照合…!! …嘘…これは…」

 画面に表示されたデータに、ミリアリアはまたしても自分の目を疑い、言葉を失った。





 そして”それ”が姿を現す。

 一筋の流星のように、しかし流星では決してありえない鋭角的な機動で、アークエンジェルの上空を飛び回ると、一旦上昇し、そこからそのまま一気に大地へと、シェリルのジンのすぐ側へと降下する。

 ドオオオオオン……!! 

 音速をも遥かに超える速度で着地した為、そのエネルギーによってまるで地面に埋められていた爆弾が爆発でもしたかのような轟音と共に、砂が舞い上げられ、それによって視界が遮られる。

 砂煙が晴れた時、そこには一機のMSが立っていた。それはマリューやナタル達には、見慣れた機影であった。

「!!」

「そんな…どうしてストライクがここに…」

 常識で考えればありえない事だった。しかし、確かにそこに立っているのは、背中の装備や腰部に若干の違いはあれど、確かにGAT-X105”ストライク”の白い巨体だった。ストライクから、アークエンジェルとシェリルのジンへと通信が入る。

 そしてモニターに映ったその顔は、スピーカーから聞こえてくるその声は、紛れも無くあの少年のそれだった。

「…どうやら、間に合ったみたいですね。皆さん大丈夫ですか?」

「…よく帰ってきてくれました。今の所健在です、ショウ・ルスカ」

 そこに確認の意味も込めて尋ねるショウと、生真面目に返すシェリル。二人ともそれぞれの機体のコクピットの中でほぼ同時に頷くと、目の前の敵の方に、向き直った。





 突然現われたストライクに、バクゥのパイロットも少なからず動揺しているのか動きが止まる。それを見て取ったバルトフェルドは、いつもの軽口のような口調で呟きつつ、彼の母艦であるレセップスに通信を入れた。

「あれが、クルーゼが仕留め切れなかったストライクか。確かに並のMSじゃあないねえ。では、一度の戦闘で7機ものジンを落としたと言うその力、見せて貰うとしようか。レセップス!! 遠距離から足つきを砲撃しろ!!」





「南西より熱源接近!! 艦砲です!!」

「緊急回避!! 迎撃急いで」

 マリューの指示を待つまでも無く、アークエンジェルの巨体がゆっくりと動き、飛んでくる砲弾を回避しようとし、また対応できる全てのイーゲルシュテルンがフル稼働し、砲弾を撃ち落す。

 だがそれでも撃ち落せなかった数発がアークエンジェルに着弾し、艦内に衝撃が走る。

「どこからだ!!」

「な、南西20キロの地点と推測!!」

「本艦の装備では対応できません」

 サイとトノムラの報告に歯軋りするナタル。打つ手が無いという事がこれほどに歯痒いものだとは知らなかった。と、その時、格納庫から通信が入る。

<スカイグラスパー、出るぞ!!>

 ムウだ。ようやく1号機の調整が完了、と言ってもそれはあくまで飛ぶ為の調整で、武装などは何も使えないのだが、とにかく動けるようにはなったスカイグラスパーのコクピットから、通信が入ってきた。

<俺が行ってレーザーデジネーターを照射する。それを照準にミサイルを撃ち込め!!>

「そんな!! 今から行っても間に合いません!!」

<やらなきゃやられるだろうが!! それまで当るなよ!!>

 ナタルの反論を振り切って、ムウはスカイグラスパーを発進させる。武器の使えない間に合わせの調整、間に合わせの機体で、無謀、だとは思うが、それしか打つ手が無い事も今は事実なのだ。ただでさえ状況は不利。打つ手を選ぶ余裕は無い。

 ナタルは彼女らしくもなく、ムウの無事を神に祈った。

 それと前後して、チャンドラの声が響く。

「第二波接近!!」

「回避!! 総員ショック対応姿勢!!」

「直撃!! 来ます!!」

 ブリッジの全員が、再び直撃を覚悟して、その身を固くする。





 アークエンジェルに向けて飛んでくる砲弾。それはその真下で戦っているストライクとシェリル専用ジンのコクピットからも見えていた。

「…あれが全て当っては流石のアークエンジェルとて無事ではすまないでしょうね…」

 その状況にあっても相変わらず冷静な口調で状況を分析しているシェリル。そこにストライクから通信が入ってくる。

「ルシフェル大佐!!」

「どうしました? ショウ」

「あのミサイルの迎撃は任せてください。ルシフェル大佐はバクゥを牽制してください」

 ほんの一瞬だが考え込むシェリル。ストライクの射撃兵装はビームライフルと後はバルカン。これであれだけの数の砲弾を撃ち落す事が出来るのか、と。しかし、ショウのパイロットとしての能力は彼女も認めているし、また短い間ではあるが、彼を見ていた事で、彼がハッタリで物を言うような人間ではないとは知っていた。

 もしかすると自分には思いもよらぬ戦法を使うのかも知れない。

 不謹慎ではあるが、そんな考えと期待も僅かだが彼女の中を横切った。そして、

「…分かりました。お願いします」

「了解!!」

 シェリルの許可を得たショウは、ソニックストライカーの翼のスラスターを吹かし、機体を浮上させ、腰に装備されていたビームサーベルを二本とも抜いた。

 実はこれもエレンがストライクに施していた改良で、ストライクは設計上エールストライカーを装備している時しか格闘戦の兵装としてビームサーベルは使えない。これはPS装甲を持つ機体との戦闘において重大なデメリットとなる。

 その欠点を克服するため、彼女は大破したエールの中からビームサーベルを回収し、それを元にして新たに造った(正確には以前から造っていた物を、エールのビームサーベルのデータによって完成させた)、試作型ビームサーベルを二本、ストライクの本体に装着していたのだ。

 ショウがここに来るまでにチェックしていた情報では、この試作型ビームサーベルはエールストライカーに装備されていた物と比較して、エネルギー効率やビームの収束率が段違いであり、3分の2のエネルギーで2倍以上の切れ味を持つ、とされていた。

「そのデータに間違いが無いか、確かめさせてもらいますよ、エレンさん!!」

 ショウはそう叫ぶとソニックストライカーの翼を動かし、ストライクをアークエンジェルに向かう砲弾へと突っ込ませた。

 自殺行為か!!?

 それを見ていた者、ブリッジにいるマリュー達、シェリルやバクゥのパイロット、そしてダコスタやバルトフェルドまでがそう思う。しかしショウには当然、そんなつもりなど無かった。

 精神を集中する。すると、砲弾の一発一発の動きが徐々に遅くなり、ついにはコマ送りのようになる。無論本当にそうなっているのではなく、ショウの集中力が極限に達しているので、そう見えているのだ。

 そして、ストライクの諸手のサーベルを、その砲弾に向けて、振る。

 斬!! 斬!! 斬!! 斬!!

 切り裂かれた砲弾は次々に爆発、その周りの砲弾をも巻き込んで誘爆し、その閃光が砂漠の夜を照らす。その爆炎の中から姿を現し、砂漠に降り立つストライク。その装甲には殆ど損傷は見られない。本体は勿論だが、背中の翼も恐らくはPS装甲。それを知っていたからこその、この荒業だったのだろう。

 シェリルと、技術士官であったマリュー。そしてバルトフェルドは、即座に全員が同じ結論に達する。





「…確かにとんでもない奴等だねぇ。特にあのストライクのパイロット。野球じゃあるまいし、飛んでくる砲弾をビームサーベルで叩き落すなんて、人間業じゃない。…あれは僕でも正直手に余るかも、だねぇ」

 と、やはり軽口調に、だが額に冷や汗を流しながら、語るバルトフェルド。それを聞いたダコスタは、「えっ!?」と言いそうな表情で彼を振り返る。彼、いやバルトフェルドの部下達にとっては、バルトフェルドは絶対的な存在だ。そんな彼が万一にも遅れを取る、という事など、ダコスタには考えられなかった。

 が、強い者ほど同じく強い者に敏感だ。それは本能に近い部分もある。バルトフェルドはダコスタに諭すように言った。

「僕だって自分が最強とか、無敵って思うほど自惚れちゃあいないさ。……あいつらと互角以上に戦える者、と言ったら……まあ、ザフトには一人だろうね。君も名前ぐらい聞いた事があるだろ? 『黄金の戦神』って」

 その言葉に反応するダコスタ。

「それって…あの『最強の剣』の事ですか!!?」

「他に誰がいるね? 国防委員会の戦略研究所、エスパーダ所長。少なくとも彼は僕よりは強い。いい勝負は出来るんじゃないかな。でも、残念な事にそれを見る事は出来そうに無いねぇ」

 世間話は切り上げて、鋭い眼で二機を睨むバルトフェルド。送られてきたデータにこれもあった。

「そろそろパワーダウンする筈だ……仕留めさせてもらおう!!」





 シェリル専用ジンのすぐ側に着地したストライク。バクゥも先程までの二機の出鱈目と言って良い様な神業を目の当たりにしている為か、積極的に前進し、攻撃をかけてきたりはしない。

 その行動にショウとシェリルは僅かながら危機感を覚えていた。

 残る敵はバクゥ2機と戦闘ヘリが数機。何とかならない数ではないが、こちらのバッテリーの残量もレッドゲージに突入している。

 シェリルのジンは最初から戦い続けていたし、ストライクも最速で最短距離を移動してきたとは言え、一日中動かしていたのである。更にそこに先程の砲弾の迎撃。あれで受けた衝撃で、かなりエネルギーを使ってしまった。まあ全てをビームライフルで撃ち落すよりは消費量は少なかったのであるが。

 どうするか!?

 二人とも判断に迷う。むざむざ逃がしてくれるような相手ではないのは分かっている。ならば殲滅する他は無いのだが、どうやってそれをやるか。

 それを考えていた時、不意に、あらぬ方向から飛んできたミサイルが、アジャイルを吹き飛ばした。その突然の出来事に、ショウもシェリルも、機体のカメラを動かして、そのミサイルの飛んできた方向を見る。

「あれは…」

 数台のバギーに乗った一団が、こちらに向かってくる。乗っている者達は、皆ロケットランチャー等で武装していた。

「…レジスタンス、と考えるのが妥当ですね」

 シェリルの言葉を裏付ける様に、その一団はランチャーやグレネードで果敢に立ち向かっていく。この事から、彼等は反ザフトのレジスタンスである、と考えられるが…

 と、ショウが思考を巡らせていると、ストライクの足元に止まったバギーの、助手席に座っていた金髪の、画像が少々不鮮明で良く分からないが、恐らくは女性だろう、から、ワイヤーがストライクの装甲に打ち付けられ、通信が入ってくる。

<そこのMSのパイロット、死にたくなければこちらの指示に従え!!>

 その声に続いてコクピットにマップが転送されてくる。そのマップにはここから少し離れた場所に、赤い二重丸があり、どうやらそこに何かがあるらしい、と言う事はすぐに読み取れた。

<そのポイントにトラップがある、そこまでバクゥをおびき寄せるんだ!!>

 それだけ言って、返事も待たずに通信が途切れ、そのバギーも走り去ってしまう。

「随分と一方的ですね。さて、どうします、ルシフェル大佐?」

 少しばかり呆れた様にショウが言う。状況から判断して敵ではないとは考えられるが、それでも身元・所属のはっきりしない者達に、正規軍が(尤も自分は傭兵だが)そう簡単に従うと思っているのだろうか。

<…信用できる相手だと思いますか? 彼等の声を聞いたのはあなたです>

「……はい、それにこの場に留まっていても手はありません、行きましょう」

 本来なら雇い主(ボス)であるシェリルに命令権がある。だがシェリルはショウの判断を尊重した。とは言っても彼女自身、行くしかあるまいとは思っていたのだが。

 ストライクがシェリル専用ジンを掴むと、そのまま宙に舞い上がり、先行するバギーの一団を追う。

 MS一機を掴んでもかなりの高速で飛行する事が出来る。ソニックストライカーはその推力もかなりの物だ。

『…確かに、自分で言っている通り、エレンさんは天才ですね』

 と、内心あのオッドアイの少女に舌を巻くショウ。そう考えながら、眼下を走るバギー群に眼をやる。自分達は餌にされているという訳だ。とは言え、それでこの窮地を脱する事が出来るのなら、文句は無い。

 そんな風に考えてる内に、指定されたポイントに到達した。一旦ストライクを降下させる。バギーは既にここを走り去っている。バクゥが猛然とこちらに突っ込んでくる。ショウはタイミングを見計らって、ストライクを急上昇させた。先程まで二機がいた場所に、入れ替わりにバクゥが降り立つ。次の瞬間!!



 チュドオオオオオオンン……  



 突然の爆発。それと共に地面が陥没し、二機のバクゥはそれに飲み込まれた。更にその下の、空洞になっていた部分に残留していた天然ガスに引火・誘爆し、更に巨大な爆発が起こり、キノコ雲が立ち上った。

 ストライクとシェリル専用ジンは、陥没した地面の影響を受けない場所に着陸した。粉々になったバクゥの破片が、二機の装甲にぶつかり、カン、カンと乾いた音を立てる。

 ショウはそれを聞きながらふうっ、と深い息をつき、シェリルは静かに眼を伏せた。



「…撤退するぞ、この戦闘の目的は果たした」

 バルトフェルドは部隊に退却の命令を下した。そう、確かにこの戦闘の目的、アークエンジェルとその搭載MSの戦力評価は十分すぎるほどに果たした。たった2機のMSを相手に被った被害はバクゥ5機、戦闘ヘリ多数という、本末転倒と言っても良い結果で。

「しかし…あのパイロット達…」

 改良が加えられているとは言え、たかがジンでバクゥ5機と互角以上に戦った『ソードダンサー』、そして戦闘の中盤に突然現われ発射された砲弾を真っ向からビームサーベルで叩き落したストライクのパイロット。

「…とにかく、久し振りに楽しませてくれそうな相手だ。大天使と、その二人の護人(もりと)殿…」

 バルトフェルドは発進する指揮車の助手席から、名残を惜しむように、上り始めた太陽の光の中に佇む、二機のMSを見詰めるのだった。



 絶体絶命かと思われた状況を切り抜け、更に行方不明であったショウとストライクの帰還ということもあって、アークエンジェルにも安堵の空気が流れていた。そこにレーザー通信が入り、ミリアリアがそれを読み上げる。

「…フラガ大…いえ少佐より入電、『敵母艦を発見するも攻撃を断念、敵母艦は”レセップス”』」

「レセップス!?」

 その電文の内容に、思わず声を上げるマリュー。

「『繰り返す、敵母艦はレセップス、これより帰投する』…以上です」

「艦長、”レセップス”とは…」

「…アンドリュー・バルトフェルドの母艦だわ。敵は、『砂漠の虎』と言う事ね…」

 マリューは更なる死闘の予感を感じながら、ブリッジから見える、朝の砂漠を見据えた。





TO BE CONTINUED..


感想
あっと、シェリル大佐ってナチュラルでしたよね? 実はスーパーコーディでしたというオチが待ってるのかもしれないですが、戦闘中のOS調整まで出来るのは不味いのではないかと。 キラが戦闘中に調整したのを見て驚いてましたから、バルトフェルドたち普通のコーディネイターでは出来ない芸当のようですし。