「さ、もうジブラルタル基地も近い事だし、ここでお別れだね」

 専用艦の格納庫で発進の準備を整えているデュエルを前に、エレンが隣に立っているイザークに言った。彼も既に赤のパイロットスーツに着替えている。

 イザークは名残を惜しむような、恥ずかしがっているような、そんな口調でエレンに言った。

「あー……その、何だ、お前には世話になったな……サルベージしてもらって、その上デュエルの整備と、ジブラルタルの近くまで送って貰うなんてな……残念だが…今の俺にはお前に報いる物が無い…すまない…な…」

 そう言ってから、イザークはナチュラルである筈のこの少女に、そんな言葉を掛けている自分に気付いて、内心かなり驚いた。今まで自分はナチュラルなど、能力的にも精神的にも自分達コーディネイターとは比べ物にならないほどに格下の存在だと、そう思っていた筈だった。しかし、それが間違いであった事を、他の誰の伝聞でもない、自分の目で見て、体験した事を通して、彼は理解していた。

 自分達にとって地球軍は悪だ。しかしナチュラルの全てが悪ではない。

 イザークはそう認識を改めている自分に気付いた。今の彼は、ショウやエレンとは、ナチュラルやコーディネイターではない、同じ”ヒト”として、同じ場所に立っていた。元々イザークは功名心や出世欲も強いが、それ以上に義理堅い性格なので、この少女に作った借りを返したい、と思っていた。しかし、今の彼には何も無い。

 エレンはそんなイザークの内面をどれ程理解しているのか。殆ど完全に理解しているのかも知れないし、全くと言って良いほどに、理解していないのかも知れない。ただ、彼の言葉を受けて、

「気にしなくていいよ。デュエルの戦闘データはコピーさせて貰ったし、久し振りに良いMSに触らせてもらえたからね。あなたのデュエルも重力下での戦闘用に足回りや関節部分をチューンしてあるから、次に会う事があったら感想を聞かせてね♪」

 そう、笑いながら言った。イザークはそんな彼女を見て、この少女は今の自分の生き方に本当に満足しているんだな、と思った。そうでなければこんなに自然に笑えはしないだろう。本当に良く笑う少女だ。つられてイザークもフッ、と微笑んだ。そしてヘルメットを装着し、デュエルに乗り込む。

「グゥルはサービスしておくよ。それじゃあハッチ開けて!!」

 エレンがインターホンに向けてそう叫ぶと、

<アイアイサー!!>

 と、声が返ってきて、先日ソニックストライカーを装備したストライクが飛び立っていった時と同じ様に、ハッチが開き、空が見えてくる。

 デュエルのコクピットでもそれを確認したらしく、デュエルのPS装甲が作動し、機体の、追加装甲の隙間から見える部分が鋼色から青と白に色付くのが確認できる。それとほぼ同時に、デュエルの足元のサブフライトシステム、グゥルのエンジンにも火が入り、その音が聞こえてくる。

 いよいよ発進、というその時に、デュエルのコクピットハッチが開いた。そこからイザークは身を乗り出して、傍らのキャットウォークで、先日のストライクと同じ様にデュエルの発進シークエンスを見守っているエレンに向けて叫ぶ。

「エレン、世話になった!! お互い生きていたらまた会おう!! その時は出来れば平和な時にな!!」

 少し乱暴な言い方ではあるがエレンはそんなイザークを見て、クスッ、と笑うと、強く頷いた。それを見たイザークも満足そうな笑みを浮かべ、再び体をシートに着かせ、ハッチを閉めると、

「イザーク・ジュール出るぞ!!」

 その掛け声と共に、デュエルを発進させた。エレンはその巨体が徐々に小さくなっていくのを感慨深げに見ていたが、やがてハッチが閉じてその姿が見えなくなると、自分の研究室へと戻った。





 研究室と言えば聞こえは良いが、その実、物置かさもなくばガラクタ置き場かゴミの山か。と勘違いしてしまうほどに、その部屋は一見すると何に使うのかも分からないような機械やその部品などが乱雑に積み上げられていた。

 その研究室の中央、パソコンを積み上げた”山”の頂上で彼女は、目の前のモニターと睨めっこしていた。ストライクとデュエルのOSに残されていた戦闘データや機体のデータを、今後どのように使うか、考えていたのである。

「うーん……中々良いアイデアが出ないなあ…これらの戦闘データを活かせる機体となると、ジンじゃあもう役不足だし…と言ってシグーとかの上位機種は中々手に入らないし……はあ、良い機体が手に入るまで、暫くMSの開発は止めて、研究中の新型迷彩服でも完成させようかなあ…」

 そう溜息をついて、”山”から降り、ちょうど椅子のように積み上げられた、もう何の機械か原型も分からない塊の上に座り込むエレン。彼女は今、壁に突き当たっていた。

 思いもかけず、ストライクとデュエルをサルベージし、ジンよりも遥かに高性能な機体、しかも試作機という性格上その限界性能が極めて高いMSを整備し、その潜在能力を引き出す事が出来たのは、メカニックである彼女にとっては至福だった。しかし、その後は、皮肉な事にそれで得られたデータをどのように活用するかという問題が彼女を悩ませていた。

 次の彼女の研究課題はストライクやデュエルから得られたデータを基にオリジナルのOSを構築し、それによってその性能を最大に引き出す事の出来るMSを造る事だった。しかし、試しに自分が構築したOSを組み込んだジンをシュミレーターで動かしてみたが、ハードの方がソフトに追従できず、ものの数秒でバラバラに分解してしまうか、オーバーヒートしてしまうかという結果に終わった。

 これらのシュミレーションで得られた結論は、自分の技術を活かす為には、ジンよりももっと基本性能が高く、頑丈なMSが必要と言う事だ。だが、そんな物がそう簡単に手に入る筈も無い。

 と、彼女が諦めかけていた時、部屋にあった電話が鳴った。受話器を取る。

「はいはい、私だよ……え? あなた……エリカ!!? 懐かしいわね。それで何の用?」

 どうやら電話の相手は彼女の知り合いのようだ。暫く世間話を続けていたが、やがて相手から伝えられた用件に、彼女の表情が一変した。思わず立ち上がり、声を大きくする。

「え? 新型のMS!!? うんうん、分かった。ええ、喜んで参加させてもらうわ!! それじゃあまた後で連絡するよ!!」

 彼女はその電話を切ると、クルクルと踊りながら、インターホンを取り、ブリッジに繋いだ。その声に滲み出る、無上の歓喜を隠そうともせずに、命令する。

「ああ、航海長? 私よ……うん、そう……ええ、予定は変更、オーブへ行くわよ!!」

 ……どうやら彼女の挑戦はまだまだ終わりそうになかった。




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OPERATION,11 砂漠での再会  

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「味方、と判断されますか?」

 CIC席から立ち上がったナタルが、艦長席に座るマリューに近づいて、言った。その口調から、彼女の中では敵と味方、どちらになる可能性も、まず五分と五分と見ているようだ。『敵の敵は味方』、とは限らないのだ。

 マリューも同じ事を考えていて、しばし迷う。

 あの戦闘の後、アークエンジェルは先程の戦場から少し離れた場所に着陸した。勿論ストライクと、シェリルのジンもそのすぐ側に来ている。そしてその周りには、その戦闘の終盤に介入してきた一団のバギーが停まっていた。そこから降り立った人々は、その年齢などはまちまちで、そのいずれもが、一癖ありそうな、そして手強そうな面持ちの男達であった。

「少なくとも、銃口は向けらられていないわね」

 それすらもポーズである可能性はあるが、あえてそれには目を瞑り、マリューは席を立った。エレベーターに向かう。乗り込む前に彼女はナタルに向かって、

「後はお願い」

 そう微笑んで言った。クルー達がどこか不安げな表情を見せる一方でナタルは、

「ハッ!!」

 そう生真面目に敬礼した。





 ハッチの前では、帰艦したスカイグラスパーから降りたムウと、数人の兵士達が待っていた。ムウはライフルを持っている兵士から拳銃を受け取ると、カートリッジを確認し、装填した。安全装置が外れている事を確認すると、ホルスターに入れる。

「俺、銃はあんまり得意じゃないんだけどね…」

 愚痴るように言うムウ。マリューはそれを聞いて意外そうな顔になった。地球軍屈指のパイロットであり『エンディミオンの鷹』と呼ばれ、何機ものジンを落としてきたムウが、銃が苦手だとは。

 しかしそれを聞いた事で、多少なりとも緊張がほぐれた。もしかしたら最初から彼はそのつもりでそう言ったのかも知れない。真実は分からないが、マリューはそう思う事にした。兵士の一人に命令して、ハッチを開けさせる。

 砂漠とは言え、まだ朝であるのでひんやりとした空気と少量の砂、そしてまぶしい太陽の光が入ってくる。

 マリューとムウ、そして数名の兵士達は、砂漠の大地へと降り立った。それを見守っていた一団の中で、一際存在感のある、恰幅のいい男が進み出てきた。その行動から考えても、彼がこの一団のリーダーだという事は容易に推測できた。彼と向き合って、最初に口を開いたのはマリューの方だった。

「…助けていただいてありがとう、と、お礼を言うべきなのでしょうね? 地球軍第八艦隊所属、マリュー・ラミアスです」

 そう言われて、マリュー達を値踏みするかのように観察していたその男の方も、口を開いた。

「俺達は『明けの砂漠』だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。……別に礼なぞ要らんさ、分かってるんだろ? 別にアンタ方を助けた訳じゃあない。俺達は俺達の敵を討っただけでね」

 ぶっきらぼうに言うサイーブ。マリューもそれはある程度予想していた事であったので、別に驚きはしなかった。先の戦闘の終盤での彼等の動きは、こちらを助けると言うよりは、ストライクとシェリルのジンを餌に、自分達の敵を討とうというものだという事は、指揮官として正式な訓練を受けた訳ではないマリューでも分かっていた。だからこそ、『敵の敵は敵』の可能性を考慮したのだ。

「…『砂漠の虎』を相手にずっとこんな事を?」

 サイーブの言動から、シェリルが予測したように彼等が現地の、反ザフトのレジスタンスである事はほぼ確定的となった。ムウが少し呆れたような口調で言う。サイーブはマリューから彼に視線を移した。

「……あんたの顔はどこかで見た事があるな?」

「ムウ・ラ・フラガだ。砂漠に知り合いはいないんだがねぇ?」

 そっけなく答えるムウ。サイーブはにやりと笑った。

「ほう? 『エンディミオンの鷹』にこんな所でお会いできるとはな」

 マリューはムウの二つ名を即座に言ってみせたサイーブに内心驚いていた。こんな辺境の地で、バギーやロケットランチャーで戦闘しているゲリラにしては大した情報通である。

「情報も色々とお持ちのようね、それでは当然私達の事も?」

「地球軍の新型艦、アークエンジェルだろ? クルーゼ隊に追われて地球に逃げてきた。そしてあっちのがジンと…」

「X-105”ストライク”、地球軍の新型機動兵器、そのプロトタイプだ」

 サイーブの言葉を継いだその声に、今度こそマリューは驚いた。その声を上げたのは少女のようだったが、一体どのような経緯で、そこまで詳細なデータを彼等が持っているのだろうか。マリューのその驚愕を見抜いたサイーブは一瞬だがニヤリと笑った。表面上は穏やかだがその実、どちらも交渉の主導権を握ろうと必死だ。

「さて、お互い何者か分かってめでたしめでたし、と、言いたい所なんだが、こっちとしてはとんだ災いの種に、文字通り降ってこられてビックリしてんだ。まああんた達にとってはこんな所に下りてしまったのが不運だったんだろうが…これからどうするつもりかね?」

 出来る限りマリュー達に警戒心を抱かせないように話しかけてくるサイーブ。『敵でないのなら味方』という意識が働いているのだろう。だがその”味方”の定義にも色々あって、今の所はお互い利用し合おうという、打算のみでの”味方”だろう。だが、この場合はそちらの方が信用できる。下手な友情や仲間意識よりも、そういう打算のみの方が、何しろ自分達の為なので、信用できる場合もある。今回はそんなケースだった。

「……力になっていただけるのかしら?」

 それがこの会談での最重要のポイントだった。イエスかノーか。その返答次第で、マリュー達も態度を決めなくてはならない。

「話し合おうと言うのなら、まずは銃を下ろしてもらわんとな」

 鼻を鳴らして言うサイーブ。マリューとムウは顔を見合わせた。どうやらこちらの考えはお見通しだったらしい。ムウが手を振って合図すると、サイーブ達からは死角になっている場所から、兵士達が出てきた。

「…で?」

「あれのパイロットもだ」

 まあこれも当然の要求ではある。マリューも、伏兵を下がらせるよりも、まずはこの要求が来るだろうな、とは思っていた。溜息をついて、この会談の立会人のように佇んでいる二機に向かって、叫ぶ。

「ショウ君!! ルシフェル大佐!! 降りてきて下さい!!」

 その声はちゃんとストライクとジンの外部マイクに届いていたようだ。数秒の間を置いて、二機のコクピットハッチが開き、そこから二つの人影が飛び降りてくる。ショウとシェリルだ。二人ともまるで自分達に重さと言うものが存在しないかのような軽やかな動きで、音も無く、砂漠の大地に降り立った。二人とも無言で、ヘルメットに手をかける。その下から現われた素顔に、特にショウに、ストライクを動かしていたのが彼のような少年であったという事で、レジスタンス達もどよめいた。

「おいおい、あいつがパイロットか?」

「まだエレメンタリースクールの生徒ぐらいじゃないのか?」

「あんな子供がMSを動かしていたのか?」

 お決まりの反応と言う奴だ。ショウも最早この手の反応は慣れっこになっているので、別段何の感情もそれに抱かない。シェリルは眼鏡を掛け直すと、一度手を腰に当てて、そこに愛銃を入れたホルスターがある事を確認した。

 と、次の瞬間。レジスタンス達の中から飛び出した者がいた。シェリルのものより、やや硬質の金色の髪と目をした少女だ。彼女はショウの前で止まると、まじまじと彼の顔を見詰めた。

「お前っ…」

「……あなたは…」

 この慎重さが要求される会談において、彼女の行為は極めて軽率なものと映った。ショウが彼女の顔を見返す。以前どこかでこの人と出会った事があっただろうか…?

 ここ最近の記憶を検索するショウ。そして、ハッ!! と思い出す。それと彼女が彼に対して喧嘩腰でその拳を振り上げたのはほぼ同時だった。

「…あなた…カガリさん…ですか!?」

「お前が何故あんなものに乗っている!!?」

 繰り出された拳を避けようともしないショウ。彼からすれば彼女のパンチの速さなど自分に辿りつくまでに眠ってしまうほど遅い。だからその気になれば避けるなり反撃するなり出来たのだが、それよりも彼女が何故こんな所にいるのか、その事への驚きの方が強く、動けなかった。

 カガリのパンチは、ショウの顔に届く前に、シェリルが横から手を出して止めた。今度は彼女を睨むカガリ。その彼女の手を振り払おうとするが、その細腕からは考えられないほどシェリルの力は強く、押せども引けどもビクともしない。シェリルは困ったような顔になって、苦笑いしながらカガリに言った。

「…ええと…お二人の間にどのような理由があるのかは存じ上げませんが…いきなり人を殴ろうというのはどうかと思いますが…」

 いつも通り敬語で話しかけるシェリル。だが、こんな時に敬語を使われては、勿論本人にはそんなつもりは毛頭無いにしても、自分を挑発していると感じる者もいる。そしてカガリは見事にそういうタイプだった。

「くっ…離せこのバカ!!」

 怒りに顔を赤くして、もう一方の手で彼女を殴ろうとする。

「……バカとは失礼ですね…」

 が、それより早く、シェリルが次の行動を起こした。足払いでカガリのバランスを崩すと、同時に手首を捻り、彼女の体は宙を舞う。しかし、そのまま地面に叩きつけられる事も、頭から落下する事も無く、無事に足から着地する。正確にはそうなるようにシェリルがコントロールしたのだ。ただ力が強いだけではなく、技術も必要な離れ業だ。

 ショウも彼女のこの芸当には、ほう、という顔になる。どうやら自分の雇い主(ボス)が強いのはMS戦だけではないらしい。その彼女が、

『…と、まあこんなものです』

 とでも言いたげに両手を広げる。これにはその場のほぼ全員が、地球軍側もレジスタンス側も、唖然、となった。例外は数名。そのうちの二人、彼女の隣で興味深そうな目でシェリルとカガリを交互に見ているショウと、簡単にあしらわれた屈辱に、頭から湯気が出そうなくらいカッカしているカガリ。

 後者は問題外として、前者は別の側面からこの事態を観察してもいた。

『なかなかどうして策士ですね、ルシフェル大佐……離れ業を見せ付けることで注意を自分に引き付け、同時に自分の実力をアピールし、交渉のアドバンテージを握る……計算されてるな…これに気付いているのは…?』

 周囲を見回す。ただ驚いているだけではなく、シェリルの思惑を見破っている、もしくは疑問を感じている様子があるのは……

『…レジスタンス側はサイーブという人一人、アークエンジェルの方は、フラガ少佐とラミアス少佐か……マニュアル重視のバジルール中尉にはこういう駆け引きは理解しづらいかも知れないな…』

 見た所互いの陣営のトップはそれなりに”分かっている”様子。今後の戦いにもそれなりに希望が持てるかな? と、ショウはそう思った。

 結局その場はサイーブがカガリを制止し、アークエンジェルを自分達の前線基地に移動させ、そこでこちらの士官達と今後の作戦行動について会議を開くという結論に落ち着いた。



 アークエンジェルの白い艦体は砂漠ではかなり浮いて見える。勿論巨体なのでそれはどうしようもないが、それよりも問題はその色彩だ。チラッと遠くから見ただけで、戦艦とは分からなくとも、そこに何かがある、と悟られてしまう。

 その危険を、たとえそれが気休め程度の差だとしても軽減するために、アークエンジェルには迷彩ネットが掛けられる。当然その巨体全体に被せようと言うのだから、ネットも自然、相当な大きさになる。ここで役に立つのがストライクと、シェリルの専用ジンだった。

「MSは今でこそ兵器だけど、昔はこれで牛を掴んだり積み木を組み立てたりしてた頃があったんだよね……本来はこういう事の為に使うのが良いんだけどね…」

 ストライクのコクピットでそう呟くショウ。その口調にはどこか残念さと寂しさが感じられた。この世界で、最初にどんな人がMSを設計したのかはショウは知らない。だがその人は兵器としてMSを造ったのだろうか。

 恐らく違う。

 本来、MSの力強い手足はこの様な作業に使われるべき物だ。少なくとも、自分が生まれた世界ではそうだった。尤もその世界でも、やがて起こった戦争によって、画期的な新型兵器として使われる事となったのだが。

 戦争はものの在り方までも変えていってしまう。それはたとえ世界が違っても普遍の事らしい。

 そんな事を考えている内に、作業は終了した。近くから見ればまだ一目瞭然だが、遠くからならそうは分からないだろう。アークエンジェルの偽装度はそんな所だった。まあ何もしないよりは随分とましだ。

 ストライクから降り、近くの岩に腰掛けて一息つくショウ。空を見上げる。薄暗いと思ったら、もう夕方になっていた。ここへの移動や機体の整備、物資の運び込み等で忙しくて、時間など気にしていなかったから、分からなかった。

 そこにカガリがやって来た。

「さっきは悪かったな」

 彼女は開口一番に、少し怒ったような調子で、ボソッと言った。先程のいざこざはショウは別に気にしてもいなかったが、それで彼女の気が済むのなら、と思い、黙ってその言葉を聞いている。

「殴るつもりは無かった…」

 そう言い掛けて、彼女は先程の自分の行動を思い出したのか、慌てて訂正する。

「…訳でもないが、あれははずみだ、許せ」

 生真面目に締めくくるのはいいが、はっきり言ってこの態度はとても謝っているようには見えない。だからと言って怒るようなショウではないが、ちょっとその様子がおかしかったのか、吹き出してしまう。この時、彼の中のカガリの評価に、『熱くなると周りが見えなくなり、喧嘩っ早い』という一文が加えられた。

 自分が笑われたのが心外なように、彼女は憤慨して叫ぶ。

「何がおかしい!!」

「ごめんなさい、失笑でした」

 どうやらショウの評価は間違ってはいないらしい。

 ナタルやシェリルとはまた別の意味で、真面目な性格の人。ショウはカガリにそういう印象を受けた。だから自分が笑われたりする事を我慢できない。

 しばらく怒りっぱなしかとも思ったが、意外にも彼女はすぐにその怒りの矛先を納め、目を逸らして、言った。

「…ずっと気になっていた。あの後、お前はどうしたんだろうと」

 その声の響きからは、怒りと、気まずさが感じられた。そういう心理はショウにも理解できた。

 あの時、ヘリオポリスでは自分があそこに残る事が最も賢い選択だと彼は結論し、シェルターにカガリとキラを押し込んだ。そしてその結果、自分とカガリ、そしてキラも同じシェルターに入った彼女が無事だという事とは恐らくは大丈夫だろうから、三人とも無事生き延びる事が出来た事になる。命が助かる事が正しいという前提であればショウの選択は確かに正しかった。

 だが、心の方はそうは行かない。もし立場が逆だったら、と想像してみると、ショウの背筋にも、ゾッ、とした感覚が走った。自分よりずっと幼い少年が、自分達だけを助けて、その為にコロニーの崩壊に巻き込まれたら……

 勿論、いちいち説明している時間などは無かったのだし、命を助ける事が優先だったのだから自分の行動は間違ってはいないと考えるショウだが、カガリがこうして怒る気持ちも、無理は無い。

「で、そのお前が何でこんなものに乗っている? おまけに今は地球軍か?」

 別に自分がどう行動しようと彼女とは赤の他人なのだからこうまで咎められる筋合いではない。そんな思いと、ほんの少し、彼女をからかってやろうという悪戯心も働いたのか、ショウが反撃に出た。

「それはこちらの台詞。何故あなたがこんな所にいるんです? おまけに今はレジスタンスですか?」

 カガリの台詞を、言葉通り殆どそのままお返しするショウ。途端に彼女の様子がしどろもどろになる。そっぽを向いて、

「あー…いや、その…」

 と誤魔化す。ショウはそれを見て苦笑する。彼の中のカガリの評価に、今度は、『自分の言いたい事は好き勝手言うが、相手からの反撃には弱い』と言う一文が付け加えられた。

「フフ…まあ、積もる話はまた今度…」





 そうしてカガリと別れ、マリュー達の会議で、そろそろ今後の作戦も決まった頃だろう、と思ってそちらへ向かおうと基地の中をショウが歩いていると、今度はフレイがやって来た。

「……!!」

 一瞬、彼女を見てショウは息を呑んだ。

 彼女の顔は青白く、それでいてその目は血走っていて、妙な鋭さがあった。ショウでなくとも、一目で普通ではない、様子がおかしい、という印象を抱くだろう。当の本人はショウを見て、その身に纏う雰囲気には余りにそぐわない笑顔を浮かべて、近づいてきた。

「ショウ君…もう…会えないと思ってた…だから、また会えて…生きててくれて…私、本当に嬉しい…」

 彼女の声は震えていた。そうして、ゆっくりと、一歩、また一歩と近づいてくる。まるでこちらに警戒心を抱かせまいとしているかのように。だが、その歩みは止められた。ショウが発した次の一言で。

「…自分の手で僕を殺す事が出来るから、ですか?」

 余りにもあっさりと彼は言い切った。その言葉を受けて、フレイの表情が引き攣った。

『何で知ってるの!!?』

 口に出さずとも、雰囲気と眼と表情がそう言っている。それが何よりショウの言葉が核心を突いていた事を雄弁に物語っていた。ショウは、フレイにしてもカガリにしても、隠し事や嘘が下手だな、と思った。何故自分が彼女の思惑を察知出来たのか? そんな事は決まっている。

「…そんなに殺気立っていては、警戒するなと言う方が無理ですよ。それともう一つ、その右手の”重み”を何と説明するつもりですか?」

 ショウは、彼女がショウからは死角の位置に、不自然に隠している右手を指差して、言った。その指摘に、フレイの動揺はますます激しくなる。

「っ…コーディネイターなんて……みんな死んじゃえばいいのよ…」

 彼女の右手は黒光りする、どう見てもモデルガンとは思えない重量感を感じさせる拳銃を握っていた。それを眼前のショウに向ける。フレイは射撃の訓練などは受けていないが、ショウとフレイの距離はほんの2メートル。外す方が難しい距離だ。ショウは動かない。

 フレイは薄笑いを浮かべていた。父を殺したコーディネイターを自分の手で殺す事が出来る事、そして銃を突きつけた事で勝利を確信した事、それによって今自分はこの少年の生殺与奪の権利を握っている事への、歪んだ喜びの感情だ。

 妙に冷めた風に自分に向けられる銃口を見詰めながら、心の中でショウは溜息をついた。結局彼女は宇宙で自分が言った事を何一つ理解してはいない。それどころかあの忠告さえ、自分への憎しみに転化している。これでは駄目だ。

 冷静に考えると、今の彼女の行動はかなり後先を考えていない。こんな所で銃を撃てばたとえショウを殺せたとしても、その後すぐ自分も取り押さえられ、銃殺刑となっても不思議は無い。なのにそれを行うとは。今の彼女は憎しみに囚われ、目の前にあるものしか見えなくなっているのだ。そんな彼女にショウは憐憫の情を抱いた。

 ……出来る事なら彼女を傷つけたくは無いが、このまま彼女が激情のままに引き金を引くなら、自分も身を守るため覚悟を決めなければならない。

「…その銃で僕を撃つなら結構ですが、それなりの覚悟はあるのでしょうね?」

 彼は最後通告のつもりで、フレイに言った。フレイの方は、もうその言葉が聞こえているのかも疑わしい。両眼を爛々と輝かせ、手にした銃でショウを狙っている。彼は構わずに続けた。

「あなたがその引き金を引いたが最後、僕も自分の身を守る為に応戦せざるを得ない。そうなったらもう僕の意識に関係無く、反射的にあなたを傷つけてしまうだろう……以前にも言いましたよね? 人を殺すのは簡単じゃないって。それと人を殺すと言う事は、その人に逆に自分が殺されるかもしれないって事……殺す覚悟と殺される覚悟。それがあなたに備わっているのなら…その引き金を引けばいい…それが殺し合いの合図…」

 銃を突きつけられているとは思えないほどに穏やかな口調でショウはフレイに話しかけた。彼はそれでフレイが自身を見詰め直し、思い留まってくれる事を願って、そう言った。しかしその言葉も今のフレイには届かない。グリップを握る手に力が込められるのが分かる。

 止むを得ないか。そう判断した時、彼は一つの事に気付いた。

「…フレイさん、あなた一つ、根本的な誤解をしていますね…」

「……?」

 不意にそう言われて、フレイは銃をショウに向けたまま、その眼に僅かに疑問の色を見せる。

「あなたに、僕は、殺せない」

 そう言うと、ショウは無防備に両腕を広げた。撃てるものなら撃ってみろ。そう言っているのだと、フレイは解釈する。

 バカにするな!! 私が撃てないとでも思っているのか!!

 手にした銃の引き金に掛けられた彼女の右手人差し指に、力が入る。これで終わりだ。一瞬後には、手にした銃が火を吹き、目の前の”コーディネイター”が血塗れで倒れる筈だ。彼女はその姿を夢想し、黒い笑みを浮かべた。

 だがその期待に反して、いくら力を込めても、何度試しても、彼女は引き金を引く事は出来なかった。

「え!?」

 思わず構えを解いて、手にした銃を見詰めるフレイ。

 次の瞬間、いきなり後ろから手が延びてきて、フレイの手にしている銃と、フレイの手首を掴むと、そのまま彼女を投げ飛ばし、地面に叩き付けた。

「あがっ!!……ううっ…」

 したたかに背中を打ったフレイが見上げると、そこには地球軍の士官の制服を着た、金色の髪の女性が立っていた。シェリルだ。彼女は無表情でフレイの持っていた銃を見て、呆れたように言った。

「…安全装置(セーフティー)を外さなければ、銃は撃てません」

 そしてその銃をバラバラに分解してしまう。時計のように滑らかな動作で。フレイは痛みを堪えて立ち上がると、相手が自分よりも遥かに階級が上の上官である事も忘れて、喚いた。

「何よ!! 何で邪魔するの!!? 地球軍の仕事はコーディネイターを殺す事でしょ!? なら何で私がそれをしちゃいけないの!? 何でナチュラルのあなたがそれを邪魔するのよ!!」

 その言葉を受けても、シェリルの表情から感情の動きを見出す事は出来なかった。だが、

 パン!!

 乾いた音が響く。シェリルがフレイの頬を張ったのだ。フレイは一瞬、何が起こったのか分からないようだったが、すぐにシェリルに向き直ると、ショウに向けていたのとはまた別の憎しみを燃やして、シェリルを睨み付けた。

「な…何するのよ!!」

「…私達はザフトと戦っているんです…」

 シェリルはフレイの抗議には取り合わず、ただ先程の彼女の質問にだけは答えた。コーディネイターだから殺す、ナチュラルだから守る。それは違うと彼女は言っているのだ。言外にたとえコーディネイターでも地球軍側なら守る、という意味も、その言葉には込められていた。彼女は軍人だった。

「…アルスター二等兵、あなたは暫く独房で頭を冷やしてもらいます。その考え方を…少しは改めてください…」

「それってどういう…」

 自分の行った暴挙を理解せず、なおも言い募ろうとするフレイには構わず、シェリルは彼女の首筋にトン、と軽く手刀を落とした。その一撃でフレイの意識は断ち切られ、崩れ落ちるその体をシェリルは支え、抱き上げた。そのシェリルにショウは近づくと、言った。

「ありがとう、ルシフェル大佐…」

「…私がしゃしゃり出なくても、あなたなら彼女をどうにでも出来たでしょう?」

「ええ…でも、そうなったら僕はフレイさんを傷付けてただろうから…だから、ありがとう」

「……あなたと彼女との間に何があったのかはラミアス少佐からの報告書を読んで大体把握しています。今回の事は……彼女の父親のアルスター外務次官の身に起こった不幸と、その後の大気圏突入による環境の変化により、彼女の精神が不安定であった為であるとして、しばらくの独房入りで済ませるよう、私が何とかします」

「感謝します。ルシフェル大佐」

「シェリルで結構ですよ。ショウ……んっ!!?」

「これは…!!」

 会話を中断し、二人とも同じ異変を感じて、同じ方向に振り向く。先に口を開いたのはシェリルだった。

「…感じますか? ショウ…」

「ええ、爆音ですね。空気も震えている…戦闘…? まさか…」

 ショウは不安そうに言う。ここで戦闘を行う者と言えばやはりザフト軍だろう。そしてその標的となっているのが、この前線基地やアークエンジェルではないとすると、他にザフトが攻撃をかける場所と言えば…

 数分後、その基地中に警報が鳴り響き、ショウの危惧通り、「明けの砂漠」のメンバーの多くが住む町、タッシルが砂漠の虎の率いる部隊に襲われたという報告が入った。



「ふざけた真似を!! どういうつもりだ虎め!!」

 現場に急行したメンバーの中で、サイーブが拳を握り締めて叫んだ。





 遠くからもはっきりと見えるほどに、タッシルの町は激しい炎に包まれていた。サイーブの指示で、レジスタンスは半数が前線基地に残り、もう半数がこの町に。アークエンジェル側からは万一の場合に備え、シェリルが残り、スカイグラスパーにムウ、他にジープに医師とその手伝いをする者が数名。そしてショウがソニックストライカー装備のストライクに乗り、この町に来ていた。

 ショウを派遣したのはマリューの指示だった。Xナンバーの持つPS装甲は熱にも強い耐性を持つ。燃え盛る町中での救助活動には、適任と言えた。

 ソニックストライカーの推力に物を言わせ、ショウがこの町に到着した時、既に町は火の海と化していた。無事な区画は無く、あと数時間もすれば延焼によって町そのものが灰と化してしまうだろう。ましてや今は夜。寝込みを襲われたのだ。生存者がいる可能性は絶望的、とショウは考えていた。

 その時、上空を旋回しているムウのスカイグラスパーから通信が入った。

<ショウ、こちらムウだ。生存者を確認したぜ>

 その知らせに、ショウの沈んでいた表情が僅かに明るくなった。

「そうですか、ではポイントを教えて下さい。これより救助活動に当たりますので…」

<…それが…殆ど皆さん無事のようだぜ?>

「え?」

 疑問を抱きつつもショウがムウから指示されたポイントである、町外れの小高い丘にストライクを移動させると、確かにそこにはかなりの数の住民が避難していた。その数は、町の規模から考えても決して少なくない数。襲撃した部隊の目的が殲滅であったのならこれだけの住民が生き残るのはどう考えても不自然だ。と、すれば”砂漠の虎”は、意図的に住民達を生き残らせた事になる。

 また、レジスタンスをおびき寄せて待ち伏せている可能性も当然考慮し、周囲を索敵したが、それらしき気配は無い。

「…コーディネイターの考える事は分からんねぇ…あっ…!!」

 思わず口から出たその言葉を、ストライクにいる”コーディネイター”のショウも聞いている事を思い出し、慌てて口を噤むムウ。しかし、ショウはそんな事は聞こえなかったかのように、呟いた。

「……兵糧攻め、ですか」

 ショウが看破したように、バルトフェルドの狙いはそこにあった。昨日の戦闘ではレジスタンス達が用意していたトラップによって、バクゥとそのパイロットを失ったが、真正面からぶつかればその戦力差は勝負以前の問題だ。それよりも多数の難民を作り出し、アークエンジェルの物資を放出させる事を、バルトフェルドは狙っていたのだ。ショウは相手の巧妙な策を認めるしかなかった。

「…砂漠の虎か……手強い、な…」





 その後、ナタル達や「明けの砂漠」の面々も到着し、負傷した者の手当てなどをしていた時、長老とされる老人から、この余りにも多すぎる生存者についての説明がなされた。

 彼の話によると攻撃の15分前に警告があったらしい。『これから町を焼く、逃げろ』と。そしてその後本当にバクゥが来て、町を食料、弾薬、燃料、それら全てを焼き払ったと言う事だ。

 ショウもその話を聞いていたが、予想の範疇であったのでさほど驚きはしなかった。そうでもなければ、寝込みを襲われて、これだけの数の民間人が生きている事が出来る訳も無いのだ。

「随分と優しいじゃないの、虎は」

「何だと!!」

 未だに火勢の衰えないタッシルを見ながら、ムウは肩を竦めて、言った。その軽い言葉にカガリが飛び出し、胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。

「町を焼かれたんだぞ!? これのどこが優しい!!?」

「ムウさんの言う通りですよ。相手は正規軍。その気になればこの程度の被害では済まないという事は分かるでしょう?」

 ショウもムウと同意見だった。仮に普通に襲撃が行われていれば、生存者は殆ど皆無だった筈だ。まあその為にアークエンジェルは”足枷”を嵌められる事となったのだが、それでも生きている事の方が重要だった。

 そういう現実を教えるつもりで言った言葉だったが、残念ながらそれはカガリの怒りの火に油を注ぐ結果に終わってしまった。彼女は今度はショウに詰め寄って来て、叫んだ。

「あいつは卑怯な臆病者だ!! 我々が留守の町を焼いて、それで勝ったつもりか!? 我々はいつだって勇敢に戦ってきた、昨日だってバクゥを倒したんだ!! だから臆病で卑怯なあいつは、こんな風に仕返しするしかないんだ、何が『砂漠の虎』だ!!」

 周囲を見回すと、レジスタンス達もショウとムウを軽蔑の眼で見ていた。駄目だ。完全に頭に血が上っている。

 ショウはまた、心の中で溜息をついた。彼にしてみればカガリの言っている事は、戦場を知らない者の戯言でしかない。戦場において卑怯などという言葉は通用しないし、時には臆病になる事だって要求される。相手の戦力が出払っている隙を突いて拠点を叩くのは戦術の初歩、勇敢でも死んだら何にもならない。そして昨日バクゥを倒せたのは地下の仕掛けと、バクゥがストライクやシェリル専用ジンに気を取られていたからだ。

 だが、それを言っても今の彼等の耳には届かないだろう。そう彼が思っていた矢先に、

「お前等どこに行く!!」

 サイーブの鋭い声が響いた。一同がそちらを見るとレジスタンスのメンバー達が手に手に武器を持ち、ジープに乗り込もうとしていた。

「奴が町を出てそう経っていない、今なら追いつける筈だ!!」

「何を…」

 そのやり取りを聞いたムウが、思わず口の中で呟く。

「ちょっ、ちょっと、マジ?」

 その言葉はすぐ近くにいたカガリに聞こえてしまったらしい。彼女は親の仇を見るような眼で、ムウを睨みつける。それに気付いたムウは、慌てて誤魔化しの笑いを浮かべた。

「…あー、やな奴だな虎って」

「アンタもな!!」

 そうしてカガリもいつも側にいる大男、キサカを乗せたレジスタンスの少年、アフメドのジープに乗り、仲間と一緒にバルトフェルドの部隊を追おうとする。

 しかしその時、ショウが動いた。

 彼は腰にぶら下げた大小二丁の拳銃の内、大型の方を手に取ると、躊躇う事無く引き金を引いた。

 タタタタタタ……

 その拳銃から凄まじい勢いで何百発の弾丸がフルオートで吐き出され、正確にジープのタイヤの部分だけを撃ち抜いていく。ほんの十数秒で、レジスタンス達が乗り込んだジープは悉く走行不能にされてしまった。ショウはそれを確認すると無言で銃を下ろした。

 これにはムウやナタル達もゴクリ、と唾を飲み込んだ。確かにロケットランチャーなどでまともにバクゥと戦える訳もないが、だからと言ってこうまで力づくで止めるとは。これではこちらと戦争になりかねないではないか。

 そうムウが懸念した通り、ショウによってバルトフェルドを追う事が出来なくなったレジスタンス達は、ジープから降りると、今度はショウに詰め寄ってきた。カガリが彼に近づくと、胸倉を掴む。

「お前!! これは一体どういう事だ!!」

「どうもこうもない、あなた達が死地に向かおうと言うのだから、それを止めたんですが、それが何か?」

「何だと…?」

 怒りに言葉も無いカガリ。他のレジスタンス達も、先程と違い、ショウを見る目には明らかに殺意が混ざっていた。そして口々に彼を罵る。ショウはその言葉が全く聞こえていないかのような無表情でカガリの手を振り払うと、二、三歩離れた。

 そして無造作に腕を振り上げると、拳を握り、それを一気に地面に向かって振り下ろす。

 次の瞬間!!



 ゴオオオオオオオオオン!!!! 



 震度7以上、直下型の局地地震。そうとしか形容できないほどの振動がその場にいた全員を襲った。ショウの振り下ろした拳は、そこが砂地であるにも拘らず、地面に突き刺さり、巨大なクレーターを生み出していた。

 この所業にその場から一切の声が消え、全員が顔面蒼白となる。それを見て取ったショウが、その場の全員に向けて言った。

「……命を捨てても戦わなければならない時はある。それは僕も否定はしません。ですが今はその時ではないでしょう? 今のあなた達には戦いに行くよりもやることがあるでしょう? 怪我人の手当てをし、奥さんやお子さんについててやる事。その方がずっと大事でしょう?」

 穏やかな口調だったが、たった今の圧倒的な破壊劇を目にした後で彼に逆らう事が出来る勇者はいなかった。つい1分前まで「虎を倒してやる!!」と息巻いていた男達も、一も二も無く彼の言葉に従った。

 カガリだけは相変わらず彼を睨み付けていたが、ショウはそれを笑って見返した。

 一部始終を見ていたムウは、隣にいるナタルに引き攣った顔と声で言った。

「つくづく…あいつが敵でなくて良かったと思うよ、中尉…」

「私も同感です、少佐…」



「追撃、してきませんね…」

 タッシルの町を襲撃し、基地への帰路についているバクゥ部隊に守られるように走る指揮車の運転席で、ダコスタは呟いた。てっきり、町を焼き払われた事で怒り狂ったレジスタンス達が追撃をしてくると思っていたのだが…

「運命の分かれ道だな」

 助手席のバルトフェルドはそう返した。言葉の意味が分からず、ダコスタは「は?」と聞き返す。

「好死は悪活に如かず。死んだ方がマシ、と言う言葉は良く聞くが、どうやらあちらさんにもそれなりに冷静な人がいたらしいねぇ……カッコ良く死ぬよりも無様に生きる方を選ぶ……そいつがどんな顔をしてるのか知らないが、一度会ってみたいものだねぇ」

 バルトフェルドはそう言うと、視線を上に上げた。そこには砂漠の深く、青い空が広がっていた。





TO BE CONTINUED..


感想
 エレンさんはオーブ行きですか。となると、獲物はM1かルージュですかな。ジンより高性能ですし。
 あと、2つ気になることが。何でフレイは拳銃持ってるんでしょうか? 軍艦の中で銃を持てるのは艦長の許可を受けてる者だけで、普通は警備兵だけの筈なんですが。後は全部武器庫で管理されてる筈です。
 後、ショウの拳銃って装弾数何発なんですか? 数百発もフルオートで撃てるのは重機関銃くらいなんですが。