バナディーヤ。砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドの部隊の駐留地であるその町は、予想に反して平和そうな町だった。道行く人々の顔には活気があり、あちこちで物売りの声が響いている。

 その町の一角にジープが二台、止まった。そのジープから勢い良く、二つの人影が飛び降りる。一人はカガリ。そしてもう一人は彼女の護衛でもあるショウ。

「じゃ、4時間後だな」

「気をつけろ」

 カガリが軽く言ったのに対して、いつも彼女の側についている大男、キサカは真剣な声で言った。カガリは少し心配そうな顔になって、

「…分かってる。そっちこそ、な。アル・ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ」

 そう返した。アル・ジャイリーというのはサイーブ達の、今回の交渉相手の名だ。キサカは彼女の隣に立っているショウに視線を移す。先日の彼の破壊劇を目にしているだけに厳しい表情だったが、ショウはそれを受けても、クスッと笑って頷いた。これにはキサカの方が毒気を抜かれたらしく、僅かにいつもむっつりしているその顔が綻んだ。

「ショウ、それでは彼女の護衛、お願いしますね。後で追加料金をお支払いしますので…」

 前の車に座っていたシェリルが、ショウにそう言った。カガリの護衛は本来のショウの任務ではないので、シェリルは別料金で報酬を支払ってくれる事になっていた。彼女にもショウは頷く。シェリルもそれを笑って返すと、運転手に合図する。

 そうして2台のジープは走り去り、雑踏の中にショウとカガリが残された。

 今回、彼等は先日のバルトフェルドの部隊の攻撃により消耗した物資の補給の為にここ、バナディーヤに来ていた。カガリはマーケットで日用品の買出し。ショウは彼女の護衛。そしてサイーブやシェリル達はアル・ジャイリーの元で、一般の店舗では手に入らない物を調達に行く事となった。

「…ここが砂漠の虎の本拠地ですか…随分平和そうですね…」

 彼の言葉通り、この町の様子は平和そのものだった。人々の顔にも、無理して笑っているような不自然さは無い。

「…ついて来い」

 それを聞いたカガリが不愉快そうに顎をしゃくってそう命令する。とりあえず彼女の後について行くショウ。雑踏を歩き、裏路地に入る。そこにあったものは、その平和そうな町には余りに不釣合いな爆撃の跡だった。表通りが平和なだけに、その爆撃の跡は白いスーツについた赤ワインの染みのように際立って映った。

「いくら平和そうに見えてもそんな物は見せかけだ」

 そう言ったカガリが視線を上に上げる。その先には、建物の陰から戦艦の一部が見えていた。レセップス。アンドリュー・バルトフェルドの母艦だ。

「あれがこの町の本当の支配者だ。逆らう者は容赦無く消される。ここはザフトの、砂漠の虎のものなんだ…」

「…難しい所ですね」

「? 何がだ?」

 ショウが口を開いた。そこから出てきた言葉は、一人で呟いているようにも聞こえるし、カガリに言っているようにも聞こえる。その言葉の意味を計りかねたカガリが聞き返す。

「……箱庭の中を歩く自由と、嵐の海だがどこまでも泳げる自由……どちらが本当に幸せなんでしょうね…少なくとも自分の命や大切な者の為なら、前者も一つの選択ではあるけど…」

 ザフトの庇護の下で生きているバナディーヤの人々と、それを良しとせず、レジスタンスとなって戦う事を選択した『明けの砂漠』。どちらの選択が正しいのか。いや、どちらも間違っているし、どちらも正しいのかも知れない。両者とも、自分が正しいと考えているのだろうから。

「…まあ、僕には関係無い、さあ行きましょう。仮にもここは敵地なのでしょう? 余り長くウロウロしていると怪しまれますよ」

 そう言うとショウは振り返り、今歩いてきた路地を引き返し始めた。彼の言葉の意味を考えていたカガリも、それを見て慌ててその後を追った。




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OPERATION,12 敵将の貌 

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「しかし、驚きましたよ。あなたが私の所においでなさるとは……」

 一方、裏の取引の為にアル・ジャイリーの元へ向かった一行は、豪華な応接間に通され、30分ほど待たされた後、彼等の前に現われたのはそんな粘着質な口調で話す中年の優男だった。彼の首に掛けた太い金のネックレスは、いやらしい、という第一印象を増幅する効果があった。

「水を押さえて優雅な暮らしだな、ジャイリー」

 そんなアル・ジャイリーとは対照的に、どこまでも無骨な調子で言うサイーブ。彼が生理的にか、それとも昔何かあったのか、それは分からないが、アル・ジャイリーを嫌っているのは疑問の余地も無かった。

「俺も出来れば貴様の顔などは二度と見たくもなかったんだが、仕方ない。俺達の水瓶を枯れさせるわけにもいかん」

「お考えを変えられればよろしいものを…大事なのは信念より命ですよ、サイーブ・アシュマン…」

 穏やかな口調や態度だが、どこかこの男の物言いは上からこちらを見下しているような、そんな印象を受ける。同じ敬語でもシェリルの物とは全く違う。トノムラはそう思った。

 チラリ、と視線を動かす。彼が今目の前の男と比較の対象とした上官は、優雅に出された紅茶を飲んでいた。完全にくつろいでいる。自分はこの高価すぎる成金趣味丸出しの部屋に落ち着かないと言うのに…

『…渇すれども盗泉を飲まず、という言葉がありますが…それで死んだら私に言わせればただの阿呆ですし…彼の言っている事も一理はあるのですがね…まあ、ミスター・サイーブには我慢していただきましょう…』

 と、その上官、シェリルは、そう考えていた。それは奇しくもショウがカガリに言ったのと同じ内容だった。ジャイリーとサイーブ。この二人の関係は、ある意味バナディーヤと『明けの砂漠』の縮図だな、と、シェリルは思った。

「どうなんだ、こちらの要望を聞く気があるのか無いのか」

「それは無論…同胞は助け合うもの…」

 サイーブのぶっきらぼうな声にそう返すジャイリーだが、その言葉は白々しく響いた。どう見てもこの男はこちらが払うものにしか興味は持っていない。それどころかその払うもの次第では同胞を売り渡すタイプ、にも見える。

「…まあ、具体的な話はファクトリーの方で…」

 ジャイリーはそう言うと、甲高い笑い声を上げ、一行を町外れの古びた倉庫へと案内した。何しろ今回は品物が品物だ。誰かの目に付く危険はお互い万が一にも避けたいところなのだから当然だろう。

「……」

 シェリルは油断無く、彼と、その取り巻きの数と戦力を把握する。このバナディーヤでもかなりの有力者であるジャイリーなら、当然ザフトとも交流があるだろう。とすると、彼等が自分達を捕らえ、ザフトに引き渡す、と言う事態も十分に考えられる。

『……ジャイリー本人は問題外…他の者は…数は4人…まあ皆それなりに鍛えてはいるようですが所詮は素人ですね、立ち振る舞いが隙だらけ…いざとなれば私一人でも制圧は可能ですね……トラップが仕掛けられていた場合は…』

 このように彼女はファクトリーまでの移動の最中、こんな事ばかり考えていた。その為、彼女の周囲だけ気温が20℃以上も下がっているような、そんな感覚を隣にいたナタルは覚えた。



「これと…これだ、それにあれもな」

 日用品の買出しをしているカガリとショウは、様々な店を回り、必要な物を買い揃えていた。女性との買い物において、荷物持ちは当然男の仕事である。と、言う訳で買った品物はショウが持っているのだが、その量は多く、小柄なショウは既にその上半身が荷物に隠されて見えなくなっていた。そんなになっても荷物を落としたりしないのはやはり流石、と言うべきか。

「これで一通り揃ったな」

「そうですね。カガリさん、10分ほど待っていてもらえますか? 僕も頼まれた買い物を済ませないといけないので…」

「ああ、別に構わないが…」

 そう言ってカフェの椅子に荷物を下ろしたショウは、雑踏を抜け、書店を見つけた。懐からメモを取り出す。ムウやノイマンから頼まれていた買い物を済ませる為だ。

『…皆さん修行が足りない…軍人なら”こんな物”に頼らず処理する方法を教えられている筈なんだけどな…』

 自分も一応師匠から戦闘技術や戦術・戦略、心理学の他に”そういう”方法も教えられていた。尤も実際に”それ”を試した事は無いが……そんな事を考えながらショウはてきぱきと、メモに書いてある”こんな物”を選び、清算を済ませる。書店の店員はどう見ても小学生にしか見えないショウが”こんな物”を買っていくのを少し怪しむような目で見ていた。

 買い物を済ませ、カガリの待っているカフェに戻る。ショウが椅子に座るとすぐに、既にカガリが注文していたドネル・ケバブを給仕が持ってきた。ショウにはこれは初めて見る料理だったので、当然、

「…? 何ですか、これは?」

 珍しそうにカガリに尋ねる。カガリは、

「ドレル・ケバブさ、お前も食えよ! このチリソースをかけてだな…」

 そう言って赤いソースの容器を手にする。が、そこに、

「あいや待った!!」

 突然脇から声がかかった。二人がそちらに目を向けると、そこにはアロハシャツにカンカン帽、サングラスというド派手な格好の男が立っていた。アラブ系の民族衣装が多いこの町では男の服装は目立つ事この上ない。風貌は北欧系だが…旅行者なのだろうか?

 カガリはそう考えて胡散臭い目をその男に向けていたが、ショウは別の事で驚いていた。

『……この人、この僕に気付かれずにこの距離まで…? 気配を感じなかった…一体?』

 ……何にせよこの男が只者ではない事は確かなようだ。そう、色んな意味で。

「ケバブにチリソースなんて何を考えてるんだ!! キミは!! ここはこのヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!!」

 男は右手は拳を握り締め、左手にはヨーグルトソースの白い容器を持ち、力説している。カガリは「はァ???!!」となり、隣に座っているショウもどうコメントしてよいのやら…突込み所が多すぎて突っ込めない状態に陥っていた。男は両手を大仰に振り回し、更に続ける。

「いや常識と言うよりももっとこう……そう、ヨーグルトソースをかけずに食べるなんてこの料理に対する冒涜に等しい!!」

「何なんだお前は? 見ず知らずの奴に私の食べ方をどうこう言われる筋合いは無い!!」

 カガリはそう至極まともな返答を返し、これ見よがしにケバブにチリソースをかけ、頬張る。気持ちは分からないでもないが彼女だって15、6歳だろうに、大人気ない。と、そんな感想をショウは抱いた。

「ああ…なんという…」

 男の方はカガリの行動に打ちひしがれているようだが…この人もこの人でかなり大人気ない。

『…どっちもいい年して…』

 心の中で溜息をつくショウ。どうも最近は溜息をつく事が多くなった気がする。心労のせいだろうか? なんてショウが考えていると、目の前の二人は殆ど同時に、ショウに向き直った。そしてお互いに、

「ほら、お前も、ケバブにはチリソースが当たり前だ!!」

「ああっ!! 待ちたまえ!! 彼まで邪道に堕とす気か!?」

 と、チリソースとヨーグルトソースを握り締め、ショウに迫ってくる。百戦錬磨のショウも思わず悲鳴を上げそうになる凄まじい迫力だ。二人はショウのケバブの上で争っているが、このままではどうなるか? そんな事は火を見るより明らかだ。このままでは間違い無く自分はソースの味しかしないケバブを食べねばならなくなる。それはニュータイプでなくとも予知できる未来だ。

「…じゃあ僕はヨーグルトソースで…」

 その未来を回避すべく、ショウは男の意見を採用した。流石に食べるのはショウ本人なので、そう言われてはカガリも引き下がるより他になかった。だが、その目は「裏切り者!!」と、ショウを睨んでいる。

「…だってこの人の方が違いが分かる人に見えますし…」

 弁解するようにショウは言う。褒められた男は上機嫌になって、

「おっ、人を見る目があるねぇ、少年!! 気に入ったぞ!!」

 そう言いながらショウの背中を叩いた。ショウはヨーグルトソースをケバブにかけて食べた。チリソースをかけたのを食べていないのでどちらが上なのかは分からないが、中々美味しかった。





「いやあ、君も中々違いの分かる男だねぇ。しかもその歳で…」

 いつの間にかその男はすっかりカガリとショウの席に腰を落ち着けていた。ショウは口直しに紅茶を飲みながら適当に応じている。カガリは憮然としていた。ある意味彼女はショウよりも子供だ。

「…しかし、凄い買い物の量だねぇ、パーティーでもやるの?」

 男が買い物袋を覗き込む。するとカガリがまた噛み付いた。

「余計なお世話だ!! 大体お前、さっきから何なんだ!? 誰もお前なんか招待してないぞ!!」

「食事の席で余り大声を上げるのは………マナー違反ですよ、カガリさん?」

 そう叫ぶカガリを、ショウが横からなだめる。が、その言葉の最中でふと、視線を泳がせ、外に目をやる。視線を戻し二人を見ると、カガリは気付いていないようだが、男の方は気付いているようだ。彼はショウも”その気配”に気付いている事を見抜いているようで、にやりと笑う。やはり只者ではない。ショウは腰に左手を伸ばした。

「…それなのに勝手に座り込んで…」

 まだ言い続けているカガリ。まだ言い足りないとばかりに次の言葉を口にしようとする。が、その時、いきなりショウが左手に拳銃を持ち、その拳銃を男の眉間に突きつけた。今彼が持っているのは大小二丁の内の小型の方、白銀に輝くオートマティックだ。

「お、おい!?」

「……」

 突然のショウの行動にカガリは面食らい、対照的に男の方は眉一つ動かさない。口元には笑みさえ浮かべている。無言で男に銃を突きつけ続けるショウ。彼の周りの気配の幾つかが、息を呑むのが感じられた。

「伏せて!!」

 ショウが叫ぶ。殆ど同時に男は身を屈め、カガリの手を引っ張り、体勢を低くする。一瞬遅れて響く空気をつんざく様な音。それに向かってショウが引き金を引く。響く銃声。

 次の瞬間、空中でショウの放った銃弾に撃ち落されたロケット弾が炸裂した。ショウがテーブルを跳ね上げ、自分とカガリ、そして男の三人をその陰に隠れるようにして襲ってくる爆風や破片から守る。その際カガリが頭からお茶やチリソースを被ったようだが、そんな事を気にしてはいられない。

「やるな、少年!!」

 帽子が吹っ飛んだ以外は外傷一つ無い男が、足首のホルスターから拳銃を取り出しながら、大声で叫ぶ。そうでもしないとこの轟音の中では聞き取れない。テーブル越しに見ると、マシンガンを持った男達が店の外から突入してくる。

「死ねコーディネイター、宇宙の化け物め!!」

「蒼き清浄なる世界の為に!!」

 襲撃者達は口々にそう叫びながら、こちらに向かってくる。それを聞いたカガリが、「ブルーコスモスか!?」と、目を見開く。ショウもブルーコスモスという団体の事は知っていた。反コーディネイターを標榜する勢力の事だ。今自分達を襲っているのは、その中でも極右の過激派グループだろう。

「…こんな不特定多数の人達がいる場所でテロを行うとは…民間人に出る被害と言うものを考えないのか!?」

 今度は心の中ではなく、憤りも込めて、実際に溜息をつくショウ。懐に手を入れ、マカロフを取り出すと、それをカガリに渡した。

「カガリさんもそれを持っていて。あいつらは僕が迎撃しますけどいざと言う時はそれで身を守って下さい」

 そう言って、ショウは腰にぶら下げたもう一丁、突撃拳銃も取り出すとテーブルの陰から出て、ゆっくりと銃撃戦の最中に歩みだしていく。

 襲撃者達も、それに応戦している客に変装した武器を持った男達も、彼の全身から発散される異様なプレッシャーを受け、動きが止まる。

 そして、あたかも預言者モーゼの行く先の海が割れる様に、襲撃者達が幼いショウに気圧され、道を開けていく。そうしてショウが銃撃戦のほぼど真ん中に達した時だった。襲撃者達の一人がプレッシャーに耐え切れなくなり、悲鳴とも吼え声ともつかない叫び声を上げながら、手にした銃をショウに向ける。

 その一人に続いて二人、三人と、周りの襲撃者達の銃口が一斉にショウに向けられる。

 しかし、彼等の指が引き金を引くよりも、ショウの方が速かった。両手の銃をそれぞれ別の方向に向けて、そのどちらの方向も一瞥すらせず、引き金を引く。彼の両手の銃が火を噴き、正確にテロリスト達の頭や心臓を撃ち抜いていく。

 右手の銃で3人、左手の銃で1人。まず一瞬で4人のテロリストが倒された。

「あ、うあ……おおおおおおおっ!!!!!!」

 仲間をやられて他の者達も恐怖に駆られたのだろう、次々に意味不明な雄叫びを上げながら、ある者はショウに向かって突進しつつ、またある者はテーブルを遮蔽物にしながら、彼に向けてマシンガンを乱射する。

 だが、それだけの火力を以ってしても、彼等の放った弾丸は一発もショウに命中する事は無かった。ショウはまるで踊るように軽やかな足運びで飛んでくる銃弾を避け、逆に彼の放つ銃弾はまるで吸い付けられるように次々とテロリスト達の急所に着弾し、葬り去っていく。

 彼に突っ込んできた2人は近づく前に頭部に銃弾を撃ち込まれ、テーブルに隠れていた者はテーブル越しに右手の拳銃の猛射を喰らい、テーブルは木っ端微塵に、その男は体を蜂の巣にされ、後ろに吹き飛ばされた。

「く…くそっ!!」

 一人がショウの背中から狙おうと、銃を構えるも、ショウは肩越しにそちらをチラリとも見ずに左手の銃を撃ち、一発でその男の脳天に命中させた。そうしてテロリスト達は次々とショウに倒されていく。5分と経たず、路地にいたテロリスト達は全滅した。

 建物の屋上にいた最後の一人、最初にロケットランチャーをカフェに撃ち込んだ男が、腰が引けつつもライフルの照準を合わせるが、ショウがそちらを振り向き、左手の銃の銃口を向けると恐れをなして、体を低くする。これなら角度の関係であちらの弾丸は当らない筈だ。男は安堵の息を吐く。

 が、その考えは甘かった。ショウはその男のいる建物の屋上にある看板を目掛けて銃を撃つ。響く銃声。一瞬遅れて、

 カン!!

 と、金属音を立てて弾丸が跳ね返る。そして、

「ぎゃあーーーーーっ!!!!」

 悲鳴が轟き、その最後のテロリストが右肩から血を流して、地面に落ちてくる。その建物の高さはそれほどではなく、頭から落ちなかったのでその男はまだ息はあるようだ。ショウはその男に近づくと、男の頭に、銃を向ける。

「や、やめて、助けて……」

 男は恐怖に顔を歪めて、ショウに哀願する。だが、それにショウは冷たく返した。

「…殺されたくないのなら……殺そうとしなければいいんですよ……」

 それだけ言うと彼は無表情のまま引き金を引く。銃弾は正確に眉間を貫き、男は絶命した。襲撃者達は全滅した。ショウは辺りを見回し、それを確認すると腰のホルスターに銃を戻し、呆然としている同席の男と、カガリの元へ戻る。

「…終わりました」

「あ、ああ……これ…返すよ」

 カガリは戸惑いつつも、ショウから渡されたマカロフを彼に返した。ショウはそれを受け取ると、懐に仕舞う。と、その時、カガリはある事に気付き、彼の顔を覗き込んだ。

「お前…何で泣いてるんだ?」

 彼女にそう言われてショウが顔に手を当てると、確かにそこには涙が伝っていた。それを拭うと、その拭った手を見ながら、言う。

「…哀しいから、でしょうね。それがたとえ自分の命を狙っていた者であっても…死は哀しい…哀しい…」

 そんな二人を横目に、同席者の下に、赤髪の青年、マーチン・ダコスタが駆け寄る。

「隊長、ご無事で!?」

「ああ、私は平気だよ、彼のお陰でね」

 そう言ってその同席者は、顎をしゃくって傍らに立っているショウを示し、今の騒動で埃まみれになったサングラスを外す。その下から現われた素顔を見て、思わずカガリが息を呑んだ。

「…アンドリュー・バルトフェルド…!!」

 小声で呟かれたその名を聞き、ショウもああ成る程と納得する。この町でブルーコスモスの標的となる者と言えば一人。それこそが彼、『砂漠の虎』であった。



「水や食料、燃料などは既に用意させました、後は問題の品ですが…」

 ジャイリーの後ろからこれまた彼に負けず劣らず胡散臭い男達が、シェリル達の前に木箱をいくつか運んできた。ジャイリーが気取った仕草で右手を上げると、その合図に応じて男達は蓋を開ける。そこに入っていた物は、

「75ミリAP弾、モルゲンレーテ社製EQ17磁場遮断ユニット、マーク500レーダーアレイ……」

 エトセトラ、エトセトラ…それらの品名をずらずらと読み上げるジャイリーの横で、トノムラが木箱の中身を改め、思わず声を上げる。

「うわっ、純正品じゃないか」

「呆れるな、まったく、どこから…」

 苦々しくコメントするナタル。コピーではない純正品がこんな所にあるという事は、軍内部に横流しをしている者がいるという事に他ならない。それは彼女の軍に対する考え方からすると、許しがたい事実であった。が、だからと言ってこの品を受け取らないわけには行かない。今の自分達の現状からすれば地獄に仏と言う他は無い。

「世界には知られていない地下水脈も多うございましょう?」

 と、甲高い声を上げて笑うジャイリー。

「…余程水量が豊富なのですね。その水脈は…」

 シェリルはそれに合わせて軽く皮肉るように言った。彼女の隣に立っていたサイーブがジャイリーに、不機嫌そうに言う。

「希望した物は全て揃うんだろうな?」

「それはもう……ただしその代わりと言っては何でございますが…」

 そう言ってジャイリーは計算書らしきものをサイーブに渡した。シェリルやサイーブはそこに示されていた金額にさほど動揺したようにも見えないが、後ろからそれを覗き込んだトノムラは、クラッ、となった。如何にこの手の輩が足元を見るのは世の常とは言え、これはふっかけ過ぎではないか。彼のそんな心境を読み取ったように、ジャイリーは笑うと、しれっと言った。

「貴重な水は高うございます。お命を繋ぐ物でしょう?」

「…クス…分かっていますよ」

 シェリルは余裕の表情でそう返すと、ジャイリーと同じく気取った仕草で、パンパン、と手を叩く。するとファクトリーの出口の方から3人の男が入ってきた。いずれもアークエンジェルのクルーで、彼女が随員として連れてきた者達だ。

 彼等は3人で巨大なケースを持っていた。どうやらそのケースの中身はかなり重い物の様で、全員が一杯一杯と言った感じで顔を赤くしている。3メートルほど歩いた所で、彼等は力尽きたのかそのケースを落としてしまい、ドスン、という音がする。その音からして、やはり中に相当重い物が入っているらしい。

「やれやれ、だらしないですね……か弱い女性に力仕事をさせるとは……」

 シェリルは溜息をつくと彼等に近づき、男3人でやっとの重さのケースを片手で軽々と持ち上げた。周りから「おおっ」と声が上がる。そしてそのケースをジャイリーの前に持って行き、蓋を開ける。中には一杯の金塊が入っていた。これならあの重さも納得だ。

 それを見たジャイリーの目の色が変わる。

「これが代金です。他に何か言う事がありますか?」

「い、いいえ、とんでもない!! ありがとうございます!!」

 その企業のような見事な買いっぷりに、途端に上から見下ろすような雰囲気が消え、へりくだった態度に変わるジャイリー。シェリルは彼の返事に頷くと、話は終わりだ、とでも言うかのようにナタル達の方に振り向き、荷物を運ぶように指示する。それを見たトノムラの眩暈はますます酷くなった。

 あれだけの金額を値切りもせず、一括で。しかもルシフェル大佐の用意していた金塊のその量は、EarthDollarに換算しなくても自分には一生縁の無い程の大金だと分かる。そんな物をこの上官は一体どうやって用意したのか。

 彼は隣でやはり呆然としているナタルに話しかけた。

「ど……どうなってるんですかね? ついていけないですよ俺…」

「わ、私に聞くな!!」

 目の前の状況についていけない人間が自分だけではないと、トノムラはほんの少し、妙な安心感を覚えた。



「…うん、ちょっと自己主張が激しいですけど中々良い苦味ですね。大人の味、ですか…」

 ショウがバルトフェルドから出されたコーヒーを口にして、その感想を言う。バルトフェルドはショウの感想に気を良くしたようだった。どうやら的確な意見だったらしい。

「へえ? まだジュースの方が好きな年頃だろうに、こっちも分かるんだねぇ。いや、ますます気に入ったよ少年……そう言えば、まだ名前を聞いていなかったね。僕の方はもう知ってると思ってるけどアンドリュー・バルトフェルド。この地方のザフト軍の司令官さ。君は?」

「…僕はショウ・ルスカ…ただの傭兵です…」

 と、簡素に自己紹介するショウ。

 先程のテロ騒動の後、彼とカガリは豪勢なホテル、ザフトの接収したものだろう、に、招待されていた。バルトフェルドの言う所では、

『お茶を台無しにしたってのに、こっちはその上命を助けてもらったんだよ? このまま返す訳には行かないでしょ!!』

 だそうだ。まあその他にもカガリの服がグチャグチャになってしまったので、せめてそれだけでも、とも言われた。当然カガリは拒んだが、バルトフェルドもそれでは自分の気が済まない、と一歩も引き下がらず、そうまで言われては無理に辞退するのもかえって不自然だろう、というショウの判断によって、その招待を受ける事となった。

 カガリはホテルに入ってすぐに出会ったバルトフェルドの恋人らしい、アイシャという女性に連れられて奥の部屋に行ってしまった。そしてショウはバルトフェルドの部屋に招かれ、彼のコーヒーをご馳走になっている、と言う訳である。

「…傭兵、ねぇ……君のような子供がそんな仕事をしているのか…? でも、あの動きは素人じゃあなかった。本能や才能だけじゃない、余程良い先生に訓練されたんだろうねぇ…」

「…!!」

 バルトフェルドの言葉を受けて、ショウは僅かに目を見張る。目の前の少年の中に生まれたほんの少しの動揺を見て取ったバルトフェルドは悪戯が成功した時の子供のような、無邪気な光を目に浮かべた。ショウは少しだけこの敵将に対する警戒心を強くする。

 と、そこに、控えめなノックの音が響く。ショウがそちらを振り向くとドアが開き、アイシャが入ってくる。カガリは…なぜか彼女の後ろに隠れていて良く姿が見えない。

「なあに? 恥ずかしがる事無いじゃない?」

 そう言ってアイシャはカガリを前に押し出す。

「…これはこれは…上手く化けられたもので…」

「ほほう」

 ショウもバルトフェルドも、そのカガリに驚いているようだ。今の彼女は、髪を結い、薄く化粧を施され、裾の長いドレスに身を包んでいる。いつもの格好とは180度違う印象を受けるが、これが中々似合っている。

 カガリは「何で自分がこんな服を着なければならないんだ!!」とか、「それにしたってもっと違う服は無いのか!!」とかしきりに抗議するが全く誰にも相手にされていない。ショウも含めてその部屋にいる三人とも大笑いしている。

 バルトフェルドは笑いながら彼女を席に座らせ、彼女にもコーヒーを勧めた。その合間に軽口を叩く事も忘れない。

「さっきまでの服もいいけどドレスも良く似合うね。と言うかそういう姿も実に板についている感じだ」

 さりげなく褒めもするのだがカガリは更に不機嫌になってしまう。しかし、バルトフェルドの感想は実はショウも同じく抱いていた事だった。

 カガリの動きはドレスを着慣れた者の動きだ。裾を踏んだり足運びが崩れたりする事も無い。中世ではあるまいし、ドレスを着慣れている人間なんて今時本当に限られている。やはり彼女はこの土地の人ではないらしい。そしてもう一つ、それを裏付ける状況証拠があった。

『このフレイって奴の注文は無茶だぞ。”エリザリオ”の乳液だとか化粧品なんて、こんな所にあるもんか』

 買い物の最中に、女性用の化粧品や下着を専門に取り扱っている店から出てきたカガリがショウに言った言葉である。正確にはフレイ本人ではなく、彼女の婚約者であるサイが、今独房にいるフレイに代わって頼んだ物だが、勿論その”エリザリオ”がどのようなものなのか、男で、しかも子供のショウには分からない。が、少なくともこんな所では手に入らない高級なブランドである事は推測できた。

 一方カガリはそれがどんな物なのか理解していた様子だ。つまりそれが手に入る土地の人間である事になる。

 これらの点から導き出される結論は、彼女はこんな辺境の生まれではなく、もっと先進国の、それもかなりの上流階級の生まれであると言う事だ。そんな人がヘリオポリスにいたのはまだ分かるとして、何故こんな砂漠でレジスタンスと共に戦っているのか。ショウにはそこが理解できなかった。

 このようにろくに会話に加わらず、思考を巡らしていたショウを現実に引き戻したのは、カガリの叫びだった。

「ふざけるな!!」

 勢い良く立ち上がるカガリ。その衝撃でテーブルの上のコーヒーがこぼれる。ショウが彼女を見る。彼女の肩は震えていた。どんな会話があったのかは良く分からないが、この状況から考えるに、バルトフェルドが彼女の神経を逆撫でするような言葉を口にしたらしい。

 そのバルトフェルドは、先程までの陽気さが嘘のように感じられるほどの冷たい眼差しで二人を見詰めた。思わずそれに威圧されるカガリ。ショウは無反応だ。放たれるプレッシャーに対して体や精神を緊張させる事も無く、また萎縮させる事も無く、自然体だ。

「…君は死んだ方がマシな口かね?」

 次に彼はショウに目をやって、尋ねる。

「ショウ君、君はどう思う? どうしたらこの戦争は終わると思う? MSのパイロットとしては」

 彼は言葉の最後に地雷を配置する。

「お、お前!! どうしてそれを!!」

 そしてカガリはものの見事にその地雷を踏んでしまった。バルトフェルドは吹き出し、ショウは呆れたように額に手をやる。

「おいおい…あんまり真っ直ぐすぎるのも考え物だぞ?」

 と、バルトフェルド。ショウも心の中で『全く同感です』とコメントした。見え見えのハッタリではないか。こんなものにまんまと引っ掛かるとは……と、流石にカガリを非難するが、その一方で、先程のテロであんな大立ち回りを演じてしまった自分にも原因があるのだろうな。と、反省する。バルトフェルドは続けた。

「戦争には制限時間も得点も無い、スポーツやゲームみたいには、ね。ならばどこで勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい?」

 それは軍人が口にすべき問題ではない筈だった。軍人は本来政治の道具に過ぎない。主義や思想も関係ない。敵も味方もない。ただ任務でしかない。命ぜられるままに戦い、時には死ぬ事を求められる。どんな命令にも従う。それが軍人だ。

 ショウは師匠からそう教えられていた。だが、幼い彼は当然それに疑問を感じ、師匠に質問した事があった。彼女はこう答えた。

『あなたも私も…優れた兵士であり戦士には間違いありませんが…軍人にはなり切れない所があるのですよ…』

 結局その時は彼が求めていた答えは見つからなかった。だが、今はおぼろげながらそれが見えてきているような、そんな気もしている。ひょっとしたら目の前のこの男も、その答えを求めているのかも知れない。

「敵である者を全て滅ぼして……かね?」

 バルトフェルドは一瞬身を屈め、次に振り向いた時、彼の手には銃が握られていた。銃口は二人に向けられている。ショウの耳にカガリが小さく息を呑む音が聞こえる。ショウは立ち上がると、首を横に振って、言った。

「滅ぼそうと滅ぼすまいと、同じ事ですよ…今のままならね…」

「ほお?」

「断言しても構いませんよ? この戦争で仮にコーディネイターがナチュラルを一人残らず根絶した所で、今度はコーディネイター同士の争いが始まるでしょうね。闘争の歴史とはそういうもの…所詮戦う相手と場所が変わるだけで、人は戦い続ける…」

「随分と悲観的だねぇ。まだ若いのに」

 茶化すようにバルトフェルドは言う。だがその眼は真剣だ。同じくその視線の先にあるショウの瞳も真剣だった。ショウは昔を懐かしむように視線を空中に泳がせながら、続けた。

「……でも、ないさ。僕はこれでも人を信じてる。人はいつか分かり合える。きっと、ね……そう信じてるから、その為に僕は僕に出来る事をやる。ただ…それだけ…」

「…そう、か…僕も闘いは嫌いじゃあないが戦争は嫌いでね…分かり合う事が出来るなら…どんなに素晴らしいだろうねぇ…」

 バルトフェルドはそう言うと銃を下ろした。彼の目はいつの間にか冷たさや鋭さは消え失せ、優しそうで、切なげな目になっていた。彼は銃をそれを取り出した抽斗の中に仕舞った。

「帰りたまえ。今日は話が出来て楽しかった。良かったかどうかは分からんがね」

 彼の語尾に僅かに苦いものが漂うのをショウは感じていた。ショウには今の彼の心理が良く分かった。今の自分も彼と同じ気分だったからだ。

 たとえ今は互いに撃ち合う事を避けられても、次に戦場で出会う事があれば互いを撃たなければならない。そんな相手と話をする事はショウは嫌いだった。トリガーを引く時にどうしてもその人の顔が自分の頭を横切ってしまうからだ。ひょっとしたら彼がカガリの事を推理して、バルトフェルドとろくに話をしようとしなかったのは、無意識にそんな思考が働いていたからかも知れない。

 でも…それなら、いや、だからこそ、この言葉だけは言っておきたかった。彼は部屋を出る前に振り返って、バルトフェルドを見て、今にも泣きそうな笑顔で言った。

「ありがとう……コーヒー…美味しかった……」





 二人が帰った後、部屋に入ったアイシャがバルトフェルドの背中越しに尋ねた。

「どうでした?」

「…酷い気分だ…」

「あらあら」

 アイシャはバルトフェルドの正面に回りこむ。彼は困ったような顔をして、自分の眼を覗き込んでいる恋人を見た。

「可愛い子達だったじゃない? どこが気に入らなかったの?」

「そうじゃない、気に入ったんだ。だからこそ、だよ。だから気分が悪い。最悪に近いよ。気まぐれなんて起こすもんじゃないな…敵方にあんな子がいるなんてね…気付いたかい、アイシャ? 彼の眼…」

「綺麗なルビーのような眼だったわね」

 アイシャの感想にバルトフェルドは苦笑しながら頷いた。

「そう…綺麗な眼だった…哀しげで、でも優しくて…澄み切ってて、深くて…不思議な子だった…あんな子を…殺さなくちゃならないなんてね…」

 彼はテーブルに座り、天井を仰ぎ見る。アイシャは彼の背中にその体をすり寄せ、後ろから抱きしめた。そしてそのままどれ程の時間そうしていただろう。不意にバルトフェルドの顔から迷いが消え、アンディではない、『砂漠の虎』の顔になる。

「…だが、僕達は戦争をしているんだ…」

 それでもまだ胸の中に残るほんの僅かな迷いを断ち切ろうと自分自身に言い聞かせるように、バルトフェルドはそう呟くと、テーブルに置かれていた電話の受話器を手に取った。



 ラグランジュ5に浮かぶプラントの内の一つ、国家としてのプラントの政治的中心地、アプリリウス市。その一角にあるプラント国防委員会本部。その一室にて、一人の男が目の前の書類に目を通していた。

 年齢は20代前半だろう、混じり気の無い純白の髪、腰まであるそれを無造作に束ね、その鋭い赤い瞳は書類の一文字一文字を読み取るため、せわしなく動いている。顔つきは精悍で、国防委員の制服を身に纏っている。

 彼はその書類、「オペレーション・スピットブレイクに関するプログラム」と、表紙に書かれたそれに対する戦略面からの自分の意見をレポートにまとめると、それを傍らに立っていた秘書官に渡した。そこに電話が鳴る。彼は受話器を取った。

「私だ」

<よお、久し振り、そっちはどうだい? マルス!!>

 受話器の向こう側から陽気な声が聞こえてきた。彼、マルス・エスパーダは即座に電話の主が誰であるか分かった。仮にも戦略研究所の所長である自分に対して仕事の場でここまでフランクに話しかけてくる人間は一人しかいない。

「アンディか…秘匿回線で何の用だ? 私は仕事中だ。私用の通信は困るぞ?」

<安心したまえ、僕もアフリカ方面軍の司令官として話しているよ>

「ならいい、さっさと用件を言え」

 マルスは抑揚の無い声でそう返す。バルトフェルドの方はそれに慣れているのだろう、別段声色を変えずに、本題に入る。

<単刀直入に言うとね、砂漠に来て欲しいんだよ、君に。『黄金の戦神』と呼ばれたその力を、僕に貸して欲しいんだ>

「……」

 その用件に、マルスは即答を控える。そしてその答えの代わりに聞き返した。

「…今、お前が相手している地球軍と言うと砂漠に降下した地球軍の新型戦艦、通称”足つき”、だったな…奴の力はそれほどに脅威なのか? お前ともあろう者が私の助けを必要とする程に…?」

<だからこうしてわざわざ協力を頼んでるんでしょうが!!>

 と、バルトフェルド。マルスもこの質問はむしろ確認の意味が強かった。彼も普段の素行はさておき、指揮官として、パイロットとしてのバルトフェルドの能力は良く知っている。その彼が言う事だ。間違いはあるまい。

「……その前に一つ答えろ」

<…何だい?>

「その足つきに新型…ストライクだったな、それの他に黒いジンが搭載されているそうだがそれは確かなのか?」

<ああ、間違いない。地球軍最強のパイロット、『ソードダンサー』があの艦にいる…>

 その返答に、彼、マルスはほんの数瞬、複雑な表情を浮かべ、そして、

「……了解した。今からでは間に合うかどうか分からんが、とにかく急いでそちらに向かう。それまで生きていろよ…」

<来てくれるのか、ありがとう。じゃあ、期待してるよ…>

 そう言って電話は切れた。マルスは受話器を置くと、椅子に深く座り、大きく息をつき、立ち上がった。秘書官に命令する。

「ナスカ級を一隻と私の”ミリオン”を用意しろ。これから地球に行く」

「え?」

 秘書官は彼のそのいきなりの突拍子も無い命令に虚を突かれた様な表情になる。何かの冗談かとも思い聞き返すが、どうやら彼は本気のようだ。既に椅子から立ち上がり、部屋の外へ行こうとしている。秘書官はそんなマルスの後を追いながら、彼を呼び止めるように声を掛ける。

「ですが…午後から新型MSの開発状況の視察と外交委員の方々との会議の予定が……」



「全部キャンセルだっ!!!!」



「は…では、そのように…」

 この1時間後、一隻のナスカ級が地球へ向けて、プラントを発進した。





TO BE CONTINUED..


感想
おお、初めてショウ君が状況に押されるシーンを見たw 恐るべしカガリとバルドフェルド。
戦争を終わらせても内乱が起きるだけ、と言ったのは誰だったか。時々内乱より戦争の方がマシ、という事もたまにありますが。
マルス氏は随分偉いようですが、通信はレーザー回線かな。かなりの凄腕のようですが、お仕事ほっぽりだして戦場行きは不味いのでは。
メールの件は了解です。間違えてましたか、すいませんです。