「…ブルーコスモスのテロに遭ったそうですね、大丈夫でしたか?」

 ショウがアークエンジェルに戻ると、シェリルは開口一番にそう聞いてきた。見上げると、彼女はいつも通り無表情だがその眼に嘘は無かった。この人は本当に自分の事を心配してくれている。それがショウには分かった。

「ええ、心配は無用です」

「…そうですか…実は私もブルーコスモスなのですが…そのような哲学も何も無いような連中が我々の末席にその名を連ねているとは…不愉快至極です……」

 彼女はぼやくように言った。ショウは少し驚いたように彼女を見る。ブルーコスモスとは反コーディネイターの団体だ。が、彼女は”コーディネイター”(という事にしている)の自分に格別蔑視の視線を向けた事は、少なくとも自分の記憶の中には無い。その視線に気付いたシェリルは慌てた素振りは見せず、あくまで冷静に補足説明した。

「……ブルーコスモスと言っても私はいわゆる穏健派です。現在この世界に生きているコーディネイターの人格や人権は認めています。実際今は戦争中で音信不通ではありますが、プラントにコーディネイターの友人も何人かいますしね。ただ、これ以上遺伝子操作を行い、新たなコーディネイターを生み出す事に反対しているだけです」

「何故です?」

 少し深く聞くショウ。彼はこの女性に恋愛とかではない、不思議な興味を抱いている事に気付いていた。自分も人の事は言えないが、この人もまた奥が深い。そう思った。シェリルは教師が教え子に向けるような眼で彼を見て、言った。

「……C.E15、後にファーストコーディネイターと呼ばれる事になる男、ジョージ・グレンが木星への旅に出る直前に、遺伝子操作に関する技術、つまりコーディネイターの生み出し方を世界中のネットワークに公開して、もう半世紀以上が過ぎています。その間に何百万人もの第一世代コーディネイターが生み出されました。丈夫な体、明晰な頭脳……どんな親だって自分の子供は才能に溢れ、健康でいて欲しいと願う。始まりはそんな小さな願いと大きな愛……でも、いつしかそれは親の方だけのエゴに姿を変えていったのです…」

 シェリルはそう言って一息置く。ショウは黙って彼女の話を聞き続けている。

「…C.E29以降、ジョージ・グレンが地球外生物の化石である「Evidence01」と共に地球圏に帰還。宗教界の権威失墜。それに伴う俗に言うコーディネイターブームの到来。コーディネイターは一部の富裕層だけのものではなくなり、人々は先を争うように自分の子供をコーディネイターにしようとしました」

「ブームに乗り遅れたくなかった、ですか。いつの時代もそういうのは変わりませんね」

 呆れたように肩を竦めるショウ。シェリルはその感想に頷く。彼女は続けた。

「……その結果何が起こったか。各地で起こる過激派ブルーコスモスによるコーディネイターの暗殺事件、コーディネイターによる犯罪の増加……他にも例を挙げればキリがありませんが……子供が生まれてくるという事がどれほど価値のある事なのか、それすらも理解できない人間が増えたりもしました。嘆かわしい事です」

「……」

「…親が子供の能力をまるで商品のように操作する…そんな技術は生み出してはいけなかったんです。そしてそれをやってしまったのはナチュラルです。ならば、その責任は同じナチュラルが取らねばなりません。今を生きているコーディネイターの為にも…それが私がブルーコスモスに所属している理由ですよ…」

「本当にそれだけですか?」

「…? どういう意味です?」

 シェリルは疑問の眼をショウに向ける。ショウは少し意地悪な調子で、言った。

「…何かもっと他の理由があるんじゃないんですか?」

 彼のその指摘に少し彼女は驚いたような表情になったが、それも一瞬の事で、すぐに平静さを取り戻すと、

「…それは私のプライベートですよ。あなたに話す筋合いのものではありません。私とて軍務や公務の為だけに行動するわけではありませんしね」

 そう返した。それがもっともな理由だったので、ショウもそれ以上深く聞くことはしなかった。シェリルが話題を変える。

「…そう言えば随分帰りが遅かったですけど、何かあったのですか?」

 これは当然の質問だ。ショウは困ったように笑うと、

「ええ、砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドとお茶してました」

「…そうですか。どんな方でした? アンドリュー・バルトフェルドは?」

 普通ならその回答に対して、ザフトの指揮官と会って何を話していた、と問い詰めるか、さもなくば疑いの眼差しで彼を睨むだろう。だが、シェリルはそのどちらでもなく、おっとりと笑いながら、彼にその相手の感想を聞いた。

 その反応はショウにも予想外だった。少しばかり驚きつつも、とりあえず質問に答える。

「…とても面白い人でしたよ。一緒にいると退屈しない、って感じの」

「…そう、ですか…私の地球軍の戦友にもコーディネイターは一人いますが…あなたはその人とも随分違いますね? と、言うより…私の知っているどのコーディネイターとも全く違う…興味深いですよ…」

「女の人も男の人も、魅力的な人間に秘密はつきものですよ」

 と、軽口を叩くショウ。シェリルはそれに、「全くその通りですね」と同意した。彼女はその後、ジャイリーから購入した兵器類のチェックの為にその場を去り、ショウもストライクの整備の為、格納庫へと向かった。

 ふと、シェリルは振り返り、ショウの背中を見て、呟く。

「…そう…誰でも人には知られたくない過去はあるもの…誰にでも、ね…」



OPERATION,13 束の間の平穏 



 プラント、アプリリウス市。その底部には海が、勿論地球にあるオリジナルのそれにはその規模は到底及ばないが、それが広がり、その中にポッカリと浮かんだ島々がある。その内の一つで、道路を走るエレカが一台。それを運転するのはアスラン・ザラ。

 彼は少し視線を動かし、周りに眼をやる。周囲は閑静な住宅街だ。完全に環境調整されたプラント、いやコロニー特有の適度に湿度を保った風が、彼の黒髪を撫でた。誰も座っていない助手席には、今は花束が置かれていた。

 やがて彼の運転するエレカは目的地に近づいた。他の建物と比べても、一際広く、そして大きな一軒の邸宅の、そこに続く私道へとアスランはエレカを入れ、門の前で停めた。門柱に取り付けられたカメラが動き、車両を認識し、緑のランプが点灯する。

<確認しました、どうぞ>

 合成音が促す。アスランは懐から身分証を取り出すと、カメラの前にかざした。

「認識番号285002、クルーゼ隊、アスラン・ザラ。ラクス嬢との面会の約束です」

 自分の証明と要件を告げると、コンピューターがデータを照合し、門が開く。アスランはそのまま車を進めると、待っていた執事の一人に鍵を預け、自分は屋敷の中に入る。

 今でも初めてこの屋敷を訪れた時の事は鮮明に思い出せた。あれは自分が14歳になったある日の事。普段は多忙で滅多に家に帰る事もない父が突然アスランの前に現われて一言。

『あのラクス・クラインがお前の婚約者だ』

 基礎能力の高いコーディネイターの社会で、14歳と言えばもう成人として扱われる年齢である。だから婚約者がいても別に不思議ではない。が、当のアスラン本人はその話に乗り気ではなかった。

 まず自分に何の相談もなく、一方的にその話が決められた事が不満だったし、また、それにしても父が本当に自分の幸福だけを願ってそう決めたならまだマシだったろうが、残念ながらそう思えるほどアスランは子供ではなかった。これは明らかな政略結婚だ。それがアスランは気に入らなかった。

 尤も、父が一方的に色んな事を押し付けてくるのはいつもの事だったし、無論アスランもそういう父なのだと、承知してはいた筈だった。しかし、結婚となるとまた話が違ってくる。何しろ自分の一生に関わる事だ。いくら慣れているとは言え、そんな事まで勝手に決められては不満の一つも出ると言うものである。

 が、その話を聞いて暫く塞ぎこんでいた後、頭を冷やして考えてみると、父は息子である自分の一生に関わる事だからこそ、この話を纏めた、という見方も出来るようになってくる。それに自分はプラントでは『パトリック・ザラの息子』であって、只の『アスラン・ザラ』として行動する事は出来ないのだ、という諦めにも似た想い。加えて母、レノアが、

『まあとにかく一度会ってきてみなさい。あなたがどうするも、全てはそれからよ』

 と、彼の相談にそう答えてくれたのもあって、アスランはこの屋敷を訪れたのだ。当時既にラクスは歌姫としてプラントでは知らぬ者のいない有名人だった。そんな彼女に会いに行くので、アスランは表面上は平静を装いながらも、内心はガチガチに緊張していた。そして…

「いらっしゃい……来てくださって嬉しいですわ」

 そんな事を思い出していたアスランを、上から降ってきた柔らかい声が穏やかに回想から現実へと引き戻した。一瞬遅れて彼が見上げると、ラクスが多くのハロ達に囲まれながら、階段を下りてきていた。側にハロがいる以外は、2年前、初めて彼女と会った時と全く同じだ。アスランは軽いデジャブを感じた。

<ハロ・ハロ・アスラーン!>

 階段を下りてくるラクスと、その周りを飛び跳ねる色とりどりのハロ達。

「すいません、少し遅れました」

「あら? そうでしたか?」

 ペコリ、と頭を下げるアスランと、微笑んでいるラクス。アスランは持参した花束を彼女に渡した。彼女はそれを受け取るとその香りを嗅いだ。その間にも、ハロ達は彼女の周りを飛び跳ねている。

「…なんですか? このハロ達は…」

「お客様を歓迎しているのですわ、さあ、どうぞ…」

 それを見て、自分が造ってプレゼントした物ではあるが、ついついそう聞いてしまうアスラン。ラクスは慣れているらしく、別段不愉快にも邪魔にも思っている様子は無い。非日常も毎日続けば日常と化す。人は適応する生き物なのだ。アスランはラクスが『気に入りました』と言ってくれたのを良い事に、考え無しに造っては贈り、贈っては造っていた自分を少し反省した。

 二人は長い廊下を抜けると、屋敷の裏にある庭へと出た。その二人の足元に寄ってきた四足歩行のロボット、ラクスはそれを”オカピ”と呼び、背中の荷台に花束を乗せると、「お茶を持ってきて」と言った。オカピは目の部分を数回点滅させると、屋敷の中へと入っていった。

 暫くぶらぶらと庭を歩いていたが、やがて庭の中央にあるサンルームに腰を落ち着ける。だが、話をしようにもやはり周りを飛び跳ねるハロ達がうるさくて仕方ない。アスランは反省を通り越して後悔し始めていた。

 ラクスも同じ事を感じているのか、テーブルの物入れからペンを取り出すと、

「ネイビーちゃん、おいで」

 そう言ってネイビーブルーのハロを呼んだ。呼ばれたネイビーハロはぴょん、と彼女の膝に飛び乗る。アスランが何をするのか、と見ていると…

「今日はお髭にしましょうね」

 取り出したホワイトのペンで、ネイビーハロのちょうど口の少し上の部分に見事な上向きの髭を描いた。

 一部の例外を除き、コーディネイターは皆何かしらの分野で突出した能力・技能を持っている。ラクスのそれは、100人に聞けば100人が歌・歌唱力だと答えるだろう。だが、本当の彼女の能力はもっと広いもので、「芸術」ではないだろうか、と、その描かれた見事な髭を見て、アスランは思った。

「さあ、お髭の子が鬼ですよ」

 ラクスはそのネイビーハロを離す。すると他のハロ達も、ネイビーを追って、離れていった。アスランはそれを見送った後、ラクスに向き直り、口を開く。

「…追悼式典には戻れず、申し訳ありませんでした」

 2月14日。地球軍が行った核攻撃によって食糧生産プラント、ユニウスセブンが崩壊し、243721人の命が喪われてちょうど1周年のその日、プラントでは国を挙げて追悼式典が行われた。アスランもその時母である、レノア・ザラを喪っている。だから心情的には出席したくはあったのだが、任務があったので、戻る事は出来なかった。

 ラクスからも出席するように言われていたので、それをアスランは気にしていたのだが、ラクスは優しく首を振ると、

「いいえ、お母様の分まで、私が祈らせていただきましたわ」

 そう返すラクス。母、という単語にアスランの脳裏に一瞬、あのユニウスセブンの光景がフラッシュバックする。だが、それも一瞬の事で顔には出ない、筈だったのだが、

「…どうかなされましたの?」

 少し心配そうな様子で、ラクスは彼の顔を覗きこんでくる。距離が近づいて慌てるアスランだが、咳払いをすると、「何でもありません」と、言った。ラクスも一応それで納得したのか、引き下がる。そこにオカピが背中の荷台に、花束の代わりにお茶の入ったポットとティーカップを乗せて戻ってきた。

「お戻りと聞いて、お会いできる日を楽しみにしていましたのよ。今度はゆっくりおできになりますの?」

「ええ、何か急な任務が入らない限りは、ですが…」

 注がれたお茶を口に運びながら話すラクス。アスランは微妙に言葉を濁しつつ、また彼女を失望させないように、とも気遣いながらその質問に答える。軍隊での休暇はあくまで予定だ。リベラルな軍隊であるザフトにおいても例外ではない。

 勿論アスランも、こうして尋ねてくる事で、自分にはもったいないくらい喜んでくれるラクスの気持ちに何とか応えたい、とは思っているが、約束してもし任務が入ってそれを守れなかったら…という思考も同時に働いているので、はかばかしい返事が出来ないのだ。彼なりの気遣いではあるのだが、ラクスがそれをどう受け止めているのか。アスランはそれも気になった。

「…この頃はまた、軍に入る方が増えていらっしゃるようですわね。私のお友達も、何人も志願されて…」

 憂いを込めた表情でラクスは海を見ながら、そう呟く。彼女にしてはそう見せる事も無い、そんな表情を見て、アスランは複雑な想いになる。自分の知っている情報では少し前まで、”ある要因”によって一時的に軍への志願者は激減していたが、最近は盛り返してきている。

「…戦争はどんどん大きくなっていく気がします」

「そうなのかも知れません、実際…」

 戦争を早期に終結させる。その志を持ってザフトに入隊したアスランだったが、彼はそこで一個人の無力を思い知らされた。どれ程優秀であろうと、一人の兵士の力など取るに足りない。そんな事は承知していた筈だった、が、頭と心は別物だ。心のどこかで、彼は自分の行動が無意味ではないのか? と、そんな疑問ともどかしさを感じていた。彼自身が気付かないほどの心の奥底で。

 自分が戦って、それで何が変わる? むしろ戦いに加わった事で、戦争を悪化させてしまっているのではないか? そんな疑問すら、考えてはならない、と理屈で押さえつけつつも、頭をもたげるようになった。

 駄目だ、考えるな。迷うな。自分の正義を疑うな。

 アスランは自分の中で、半ば意識的に、半ば無意識に蠢くそれを、必死で押さえつけようとする。疑えば、今まで信じてきた事の全てを否定しなければならなくなる。そんな事は耐えられない。

「……」

「…そう言えば…」

 ラクスはすっかり沈んでしまったそんな空気を跳ねのけるような、穏やかな声で話を変えた。

「…ショウ様は今頃、どうしてらっしゃるでしょうね?」

「……!!」

 不意に話題がアークエンジェルで出会った、あの少年の事に切り替わり、アスランは驚いたように顔を上げる。ラクスはいつものように微笑んでいた。

 アスランが驚いた原因は、単純にラクスがショウの事を話題にしたからだけではない。実は彼こそが一時、軍への志願者が激減したその要因なのだ。

 少し前に自分の父、パトリック・ザラはショウが操縦するストライクの、正確な情報、そう、正確に彼の選んだ情報、つまりヴェサリウスが持ち帰った地球軍、足つきと奪取に失敗したストライクとの戦闘映像を公開した。ナチュラル側の新兵器の存在をアピールし、国民の危機感を煽る為である。

 ところがそれが完全に裏目に出てしまった。

 10対1のこちらの圧倒的優位でありながら、ジンを次々と叩き落していくストライクの鬼神の如き戦い振り。それを見て、国民は危機感より何より先に恐怖を感じてしまったのである。勿論人の感情は荒れっ放しではない。嵐の海もいつかは静まるように、現在はその恐怖心も薄れ、再び志願者が増えてきている。

 そういう事なのでストライクの戦闘の映像が流れたのはほんの一時期に過ぎないが、たとえその一時とは言え、彼は一人で確実にプラントを揺るがしたのだ。何も変えられていない自分とは良くも悪くも対照的だ。それにアスランも、もう脅威を感じるのを通り越して感心していたくらいだった。

「あいつは…今は地球でしょう、多分無事、だとは思いますが…」

 先日、イザークが無事デュエルでジブラルタル基地に到着したという情報が入った。と言う事はデュエルと一緒に大気圏に突入したストライクと、そのパイロット、つまりショウも無事と考えていいだろう。しかし、ショウ・ルスカ、イコール地球軍に雇われた傭兵、イコール敵、という意識が働いており、なおかつ自分でも分かるレベルで彼に好感を抱いている為、アスランの返答は鈍い。どんな顔をして、どんな声でラクスに答えればいいのか、それが彼には分からなかった。

「…アークエンジェルにいた時、あの子は私の話し相手になって下さいましたわ。とても面白い人でした。今度一緒にお茶する事も約束しました。あなたの事もお話しましたのよ」

 と、ラクス。アスランは黙って彼女の話を聞いていた、が、次に語られた言葉で彼の表情に明らかな変化が生まれる。

「あなたの事を、『下手に手料理を褒めたが最後、一週間ぐらい同じ料理が食卓に並ぶタイプ』と、仰っていましたわ」

 ガン!!

 アスランはガクッ、となり、勢い良くテーブルに頭をぶつけた。

 ラクスの話から考えるに、恐らくハロの事が話題に上ったのだろう。彼女が自分のプレゼント重爆の事を話したに違いない。当然ラクスに悪意などは毛頭あるまいが……ハロの事で後ろ向きな感情を覚えるのは本日三度目。アスランは穴があったら入りたい気分になってきた。

 何とか忘れようと、あの少年の事を思い出す。ふと、アスランの脳裏をよぎる想いがあった。

 彼はどうして戦っているのだろう。

 あのアークエンジェルの営巣で出会った時、自分には彼がとてもずっと年下の少年には見えなかった。それどころか、まるで何百年の永きを生きているような……有り得ない事だが、そんな奇妙な存在感をあの少年から感じた。

『あれほどの力を持ち……お前は一体何の為に戦うと言うんだ…? ショウ・ルスカ…』



「うわあっ!! すげえ!! これで15機目だぜ!!」

「へええ…」

 アークエンジェルの左舷格納庫の一角で、トールやサイといった少年のクルー達がシミュレーターを囲んで、興奮した声を上げていた。今、シミュレーターの操縦席には、カガリが座っている。

「…? 何の騒ぎですか?」

 そこにショウがやってきた。彼等は一瞬、その体をびくつかせるが、すぐに平静さを取り戻すと少しぎこちない調子で、彼に説明した。

「ああ、ショウ君、カガリさん凄いんだよ!!」

 と、席に座っているカガリとショウを交互に見ながら、ミリアリアが言う。ショウが覗き込むと、確かに後ろ姿だが、席に着いているのはカガリのようだ。彼女はシミュレーションに熱中しているらしく、ショウに気付いた様子はない。

「確かにやるねえ。空中戦の経験ある?」

 同じくそばにいたノイマンが話しかけた。カガリは得意そうに笑うと操縦桿を動かし、照準を定め、トリガーを引く。画面がシミュレーション終了を示すものに切り替わり、今回の彼女の成績を表示していく。作戦の所要時間、被弾数、こちらの攻撃の命中率などが次々と表示され、最後にそれらを総合的に計算したスコアが表示される。彼女の他にもトールやサイの名前があるが、スコアはカガリがダントツのトップだった。

「二発喰らっちゃったけどな」

 席から降りて、謙遜気味にカガリがつぶやく。

「でも凄いじゃん、俺なんか戦場入った途端に落とされたもん」

「私も…」

 笑いながらそう言うカズイとミリアリア。カガリは少し得意そうな顔になって、

「お前等軍人のくせに情けなさ過ぎ。銃も撃ったことないんだって? んなこっちゃ死ぬよ? 戦争してるんだろ?」

 と、馬鹿にした調子で言い、立ち去る。声が彼女に聞こえない距離まで離れたのを確認してから、ミリアリアが膨れて言う。

「なによお、自慢できる事じゃないわよ、銃を撃ったことがあるなんて!!」

「撃った事があるにしてもないにしても同じ事ですよ」

 少し距離を置いて立っていたショウが話に加わった。すると、やはり全員が一斉にこちらを向き、警戒心を露わにした。ショウもそれを感じはしたが、何も言わなかった。

「…軍というのは極論すれば敵を殺すために存在する組織。それに入ってしまった以上、たとえ直接銃を撃ち人を殺めていないとしても、あなた達は人の生死に関与しているのですよ? 事実、アークエンジェルとて多くのMSや戦闘機を落としています。その操艦を手伝っている以上、あなた達の手も僕や大佐と同じで血に塗れているという事だけは、覚えていて欲しいですね…」

 そう釘を刺す。サイ達はしゅんとなってしまった。ショウの言っている事が正しかったからだ。

「戦争では罪の意識は緩和される…人はすぐに慣れる。恐怖にも、トリガーを引く事にも。でも、どんな理由があるにせよ、自分が一人の人の人生を断ち切っているという事だけは忘れて欲しくない……大切なのは考える事。自分が何の為に、誰の為に、今ここにいて、そのトリガーを引くのか。それを常に考えていて欲しい…」

 戦争だから、殺さなければ殺されるから。コーディネイターは化け物だから。ナチュラルは猿に毛が生えたような劣等種だから。言い訳は幾らでも用意できる。そうして罪悪感を薄める事は無限に出来る。だが、どんなお題目を並べようと、殺人には変わりはない。それを忘れるな、とショウは言っているのだ。そしてそうしてでも何を為さねばならないのか。それを考える事を止めるな、とも。

「…戦う理由を自問しなくなった時、人は兵士でも軍人でもなくなる。それはただの殺人狂、異常者だ。あなた達は…そうなって欲しくないですからね…」

 彼はそうなった人間をもう何人も見てきていた。ある者は憎しみに囚われ、またある者は戦いの中で主義も思想も見失い、殺人欲のみで行動するようになり……そんな者にだけはなりたくないし、誰かがなるのを見たくもない。その為の忠告だった。彼の目には…彼等は到底戦争というシステムの狂気を理解しているようには見えなかったから。

「…失礼、偉そうな事を言ってしまいましたね…僕はこれで…」

 そう言い目礼すると、ショウは格納庫から立ち去る。ふと出口のところで振り返ると、カガリがスカイグラスパーの白い機体を眺めているのが見えた。

「……」

 ショウは少しだけその背中を見ていたが、今度は本当に立ち去った。



「それではアスラン、またいつでも来てくれたまえ。私もラクスも楽しみに待っているよ」

 すっかり夜も更けたプラント。クライン邸の玄関で、アスランはラクスと、この屋敷の主であるシーゲルの二人に挨拶していた。

 実は本来の帰宅の時間はとっくに過ぎていた。それをラクスに伝え、帰ろうとしたのだが、そこに彼女から夕食の誘いがあった。またシーゲルが彼に会いたがっているとも。アスランはその誘いを受け、夕食をご馳走になったのである。

 父は昔も今も仕事で殆ど家には戻らず、また母とも離れて暮らしていたアスランにとって、プライベートでそんな風に誰かとテーブルを囲むのは久し振りだった。そして本当に楽しかった。

「はい、やる事は色々ありますが、時間がとれれば是非、お伺いさせていただきます」

 アスランはペコッと彼に頭を下げて言った。

「本当に? お待ちしていますわ」

 嬉しそうに笑うラクス。彼女はチラッ、と隣に立っている父を振り返る。シーゲルはその視線の意図を察したのか、適当にアスランに二言三言言うと、屋敷の中に引っ込んだ。それを確認すると、ラクスはアスランへと近づいていく。

「ラクス…」

「アスラン…」

 アスランも彼女に近づき、腰に手を回し、彼女のほっそりとした体を抱き寄せる。二人の眼が合う。ほんの僅かな逡巡の後、どちらからともなく、顔を近づけていく。殆ど同時にその瞳は閉じられ、そして、唇が触れた。唇に柔らかな感触を覚えるアスラン。

しばらくそうしていて、やがて体を離す。ラクスは今までアスランが見た中で一番美しいと、そして一番悲しげだと、そんな表情でアスランを見て、言った。今にも消え入りそうな、震えた声で。

「帰ってきてくださいね、アスラン…」

「ラクス…」

「私の元へ…」

「ラクス…」

 彼女の願いに、アスランは返答を返す事が出来なかった。

『俺は死ぬかも知れない』

 どういう訳か、アスランの頭にそんなイメージがよぎった。戦場でそういう緊張感を感じた事はある。だが、こんな日常の中で感じた事はこれが初めてだった。それが何故かは分からない。アスランはただ無言で、不安そうに自分を見詰めるラクスにぎこちなく笑いかけた。

 そうして駐めてある自分の車へと向かう。二、三歩歩くと、何かを思い出したようにラクスに振り返って、言った。

「ラクス…また…」

 気の利いた言葉を掛ける事も出来ない。そんな自分を恥じるアスラン。だがその言葉には今の彼の精一杯の想いが込められていた。そしてそれはラクスには確かに伝わったらしい。沈んでいた彼女の顔が再び明るさを取り戻すと、もう一度、言った。

「お待ちしていますわ、アスラン…」



「ふう、やれやれ…」

 砂漠でももう夜になっていた。ショウはアークエンジェルのブリッジの上に立ち、夜空を見上げた。都会では決して見えないだろう視界一杯の星空が広がっている。宇宙にいて、宇宙の広さを感じる事はある。地上にいる時に感じる宇宙の広さは、宇宙にいる時とはまた違った趣があった。

「疲れるなあ…」

 ゴロン、と横になる。彼が呟いたように、その姿は確かにどこか疲れているようにも見える。

「…星が綺麗…」

 うっとりとして、星空を見ているショウ。こうしていると落ち着く。飽きるという事はなかった。何も考えないで済む。感じないで済む。たとえそれが一時の事であったとしても。

 最近、目に見えて自分へのクルーの接し方が腫れ物に触れるようになってきた。恐らくは先日の一件、自分が強引にレジスタンスを止めた出来事がクルー達にも伝わっているのだろう。尾鰭も当然付きまくり、今ではクルー達はその殆どが自分のクシャミを恐れるようになってしまった。

 自分の力を、自分を、気味悪がられる。

 覚悟はしているし、慣れてもいるが、やはりそれを苦痛に感じる時もある。特に心を感じる事の出来るショウは、それが顕著だった。

 だから多くの人が寝静まり、音だけでなく、心の声も少ない、静謐な夜の空気がショウは好きだった。

「ふう…」

 寝転がったままで懐に手を入れると、その手には一枚の写真があった。ピンボケの上、すっかり色褪せた素人写真だ。そこには9人の男女が写っていた。彼等は年齢も人種も、『明けの砂漠』以上にまちまちで、共通点が見当たらない。そこに写っている人物の中に、ショウの姿もあった。

 彼等は家族、には見えないし、一体どういう集まりなのか、一見しただけでは分からない。

 ショウは穏やかな眼で、その写真を眺める。

「みんな…今頃どうしてるかな…? 僕がいなくても頑張ってやっているかな…カチュアちゃんはわがまま言って他の人に迷惑掛けてないかな…? シスちゃんは一人でお風呂に入れてるかな…? ユリウスはまた引き籠もっていないだろうか…? ケインさんはまた切腹でもしなければいいんだけど…それに他の人達も…まあ、エターナ先生がいれば大丈夫か……」

 一部問題発言があったが、そう呟き、仲間の事を回想するショウ。急に彼の視界がぼやけた。頬に手を当てると、涙が流れていた。

「……」

 悲しいのだろうか? いや違う。寂しいのだ。どんなにそれが叶わない願いだと分かっていても、そう自分に言い聞かせていても、時には願ってしまう時もある。今はちょうどそんな時だった。

「…会いたいな…もう一度、みんなに…」

 それが今の彼の中にある、たった一つの切なる願いだった。ショウは涙を拭う。クリアになった星空を、右から左に、一筋の光が横切った。流れ星だ。

 彼は戯れに目を閉じると、心の中で呟く。

『…みんなにもう一度会えますように…みんなにもう一度会えますように…みんなにもう一度会えますように…』

 その三度の願い事を祈り終わって、ショウは体を起こすと、自嘲気味に笑った。

 馬鹿馬鹿しい。願い事など…叶う筈はない。

 そう、叶う筈がないのだ。やはり少し疲れているらしい。自分が神頼みなど…

「さて、もう遅い事だし、部屋に戻るかな」

 そう言うと彼はアークエンジェルの艦内へと戻っていった。

 砂漠の夜空には、宝石をちりばめたような星々が煌めいていた。



 同時刻、地球、太平洋。

 その日の海は風も静かで、優しい顔を見せていた。波も穏やかで、遙か彼方には釣り人の乗るボートも見える。

 が、不意に風が止んだ。そして数瞬の間を置いて、今度は一つの方向にまるで竜巻のように風が集まり始める。近くの海を泳いでいた魚やイルカ達も、その動物特有の直感で、説明できない何かを、自分達の理解を超越した何かを感じたのだろう。我先にと離れていく。

 風はますます勢いを強め、同時に波も荒れ狂う。しかもまるで空間を切り取ったようにその周囲数百メートルだけが。その外は相変わらず穏やかな風と波が続いている。

 やがてその風と波の中心の空間に、ポッカリと青い光の玉のような物が現れた。

 最初はそれは精々バスケットボール程度の大きさだったのが、ほんの数秒でどんどん大きくなり、同時に高圧電流が走って周囲に火花を散らす。遠くからそれを双眼鏡で見ていた釣り人はポカン、と口を開けて、目を皿のようにしていた。

 そして大きくなった光が巨大な球状から、徐々に別の形へとその姿を変えていく。

 その変化が終わり、光が形を完全に変え終えたと同時に、周囲に強烈な閃光と衝撃波が走る。近くのヨットはそれに吹き飛ばされ、転覆させられそうになるが、何とか持ちこたえる。釣り人は手摺りに必死に掴まって、海に投げ出されまいとしていた。幸いその閃光も衝撃波も、第二波は来ないようだ。彼は恐る恐る顔を上げ、光の玉があった方向に目を向けて、そして信じられない物を見た。

 そこには宮殿があった。曲線を中心としたフォルムを持つ巨大な白亜の宮殿。そうとしか形容できない物が空中に浮かんでいたのだ。

 彼は頬をつねった。痛い。夢ではないようだ。だが、今自分が見た事を人に言っても誰一人信じはすまい。彼は呆然と、その空飛ぶ宮殿が向きを変え、何処かへと飛び去るのを、見えなくなるまで見ていた。





「通常空間への復帰、完了しました。時空転移誤差、空間座標、時間座標共に許容範囲内です。現在本艦及び搭載MSに異常がないかチェックしています、少々お待ちください…」

 その空飛ぶ宮殿、万能型戦艦ソレイユのブリッジで、数名の男女が慌ただしく様々なデータをチェックし、動いていた。その中の一人、オペレーター席に座り、インカムを身に付け、首には黄色いスカーフを巻いた、少女と女性、その二つの言葉のちょうど中間のような顔立ちの黒髪の女が、矢継ぎ早にモニターに表示される情報を読み取り、彼女の後ろ、他より一段高い、艦長席に座っている女性へと報告する。

 それを受けた艦長は、

「5分でお願いします」

 そう、静かに言うと、他の者からの報告を待った。

 そのオペレーター、ラ・ミナ・ルナは顔を紅潮させ、些か興奮気味に情報を次々と処理していく。事実彼女は興奮していた。今まで誰も出来なかった、まだ自分達の知らぬ黒歴史への独断での干渉。しかもそれは事実上本隊への反逆。そんな少し後ろめたくもある歓びが、彼女を酔わせていた。

 本隊への反逆に相当する行為は、発覚した時点で軍法会議にかけられるのを待つ事無く、銃殺が確定する。勿論それは全て承知の上で、それでも彼女はこの道を選んだ。それは彼女だけではない、この艦の乗員全員がそうだった。彼等は皆、軍務や大儀よりも、自分と、そしてかつて自分達を束ねた一人の少年を選んだ。そうしてこの世界へと彼等は来た。もう、戻れない。追ってくる者もいない。

 ミナは何度やってもタイムトラベルは慣れない物だな、と思う。やはりどうしても時を越える瞬間は体が緊張してしまう。シャトルで宇宙に出る時と同じだ。もっともスケールは天と地の差ではあるが。

 そんな事を考えつつも、彼女の指はどんな熟練のオペレータよりも早く、情報を捌いていく。価値のある物、無い物、報告する必要のある物、無い物。もしこの場にアークエンジェルのCICを担当する誰かがいたら、それこそ真っ青になっていただろう。それほど早い。しかしそれすらも、彼女にとっては居眠りしながらでも出来るような、退屈な作業でしかない。オペレーターとしての能力だけで大佐の地位にまでに上り詰めた彼女ならではの能力だ。

 ミナは3分で全ての情報を処理すると、それらを艦長席に座る大人しそうな印象を受ける銀髪の女性、エターナ・フレイルへと報告した。どうやら艦にもMSにも異常はないようだ。エターナは落ち着いた様子で、

「了解しました」

 と、ミナに声を掛けると、ふうっ、と息を吐き出し、席に深く腰を下ろした。どうやら彼女もミナと同じで緊張していたらしい。

「…こちらも異常は無い」

 そんな彼女に、野太い男の声が掛けられる。声を掛けたのは操舵席に座る、濃い青色の長髪と、眼帯がトレードマークの男性、オグマ・フレイブだ。彼はミナとはまた違ったベクトルで、しかし同じように興奮している自分を隠そうともしない。彼もあの少年、自分達の隊長がMIAとなってから今まで、この日が来るのを待っていた。待ち続けていた。

「で、これからどうしますか?」

 艦長席の横、ゲスト席に座る、青みのかかった黒のロングヘアと、エターナとはまた違う落ち着きを感じさせる鋭い目の女性、ニキ・テイラーが言った。エターナの落ち着きが水面なら、さしずめ彼女は氷と言ったところか。と、以前ミナは話した事があった。

「…取りあえず、ユリウス、カチュア、ケイン、シスのMS部隊の方も呼び出して下さい。部隊会議を開きます。会議の議題は二つ。一つは当面の活動方針の決定。もう一つは隊長が不在の今、彼が見つかるまでの暫定リーダーの選出です」

「了解!!」

 ミナはその指示に頷くと、インカムに向けて叫んだ。部隊会議の招集が艦内中に放送され、数分後に、

「とうとう来てしまいましたねぇ、皆さん」

 白衣を着たソバカス顔の少年、ユリウス・フォン・ギュンター。

「この世界の何処かに、我が主がいるのでござるか…」

 陣羽織を着て、腰に刀を差した侍風の男、ケイン・ダナート。

「ショウはきっと生きてる、私探すよ!!」

 赤い髪の活発な印象を受ける幼女、カチュア・リィス。

「……もう一度…会いたいと、そう心から願うから…」

 そして物静かで無表情な栗色の髪の少女、シス・ミッドヴィル。

 以上現在この艦にいる4人のMSパイロット達がブリッジに入ってきた。ブリッジクルー達も彼等を見て笑顔を浮かべる。オグマは唇の端をつり上げてニヤリと笑い、他の3人は微笑む。






 彼等8人こそフェニックス部隊。かつてショウ・ルスカが最強の兵士を集めて編成し、そして彼自身が隊長を務めた黒歴史最強の特殊部隊。その面々であった。





TO BE CONTINUED..


感想
なにやらいきなりオーバーテクノロジーの塊が。タイムマシンとは、悪用したら歴史が変わってしまうかも。でもヴェルヌの逆説をどう扱うのかな?ところでMSという事は、まさか歴代の最強MS部隊が大集合ですか?