「…ディンが2機にバクゥ4機、ザウートが3機か…随分ジブラルタルの連中も奮発してくれたものだねぇ」

 バルトフェルドは手元の書類を見て、満足げに唸ると、その書類にサインを入れる。正直これほどの戦力を回してくれるとは思ってもいなかった。良くてもバクゥの2機か3機が関の山であろう、と考えていたので、これは彼にとっては嬉しい誤算であった。

 彼の傍らに立っていたダコスタも同じだった。

 やはり頭の固い上層部の目にも、あの足つきと、それに搭載されているMSの戦力はそれほどの驚異と映っているらしい。話によると宇宙ではクルーゼ隊が、対ストライクの為に10機のジンを動員して、それでもなお、足つきとストライクを討ち漏らしたという。今回はそこに地球軍最強のパイロットと言われる『ソードダンサー』も加わっているのだ。ダコスタは、正直、これだけの戦力で攻め立てたとしても、自分達は足つきを仕留められないのではないか、という不安を抱いていた。

 彼でなくとも、先日の黒いジンとストライクの戦闘を見れば、そういう想いを抱かずにはいられないだろう。それほどまでにあの2機の戦い振りは超越的であった。まるでコーディネイターである自分達すら遙かに遠く、高い領域を見せつけられたような。

 バルトフェルドはこれに対抗する為、ザフト最強のMS乗りとして名高い、『黄金の戦神』『最強の剣』、マルス・エスパーダを呼び出したが、時間的、距離的な問題の為、今回の戦闘には間に合わないだろう、とされていた。

「それに彼か…役に立つのかね? 地上戦の経験無いんでしょ?」

 そう言ってバルトフェルドは、部屋の窓から、レセップスに着艦した輸送機から、ザウートやバクゥに混じって降りてくる、見慣れない形状のMSに目をやる。見慣れないとは言っても、彼もダコスタも、そのMSについての資料には目を通した事があった。

 GAT−X102、デュエル。へリオポリスでクルーゼ隊が強奪した4機の内の1機で、恐らくは奪取し損ねたストライクも含む5機の中で、最初に作られたであろう、汎用性の高い機体。奪取したすぐ後の戦闘でまた足つきに奪還され、それから暫くしてまた強奪し…と、MS自体もパイロットもかなり波瀾万丈な経歴が、そのデータには記されていた。

「エリート部隊ですからね…」

 ダコスタはこれにも同じ感想を持った。クルーゼ隊と言えば、ザフトでも知らぬ者のいない有名な部隊で、所属できるのはアカデミー、もしくは実戦で、著しい成績・戦績を収めた優秀な者だけだ。ちなみに今回こちらに回されてきたパイロットは、前者の赤服だった。その生え抜きのパイロットとあれば、当然プライドも高いだろうし、扱いにくいに違いない。

「クルーゼ隊ってのが気に入らん、僕はあいつの事は嫌いでね」

 突然そう言うバルトフェルド。

「って、ラウ・ル・クルーゼがですか?」

 クルーゼはバルトフェルドと並んで、ザフトでも十指に入るとされている優秀なパイロットであり、指揮官だ。それを気に入らないとは…ダコスタは彼等二人の間に何か確執でもあるのだろうか、とも考えてみるが、

「他人に目を見せない奴なんて信用できるか」

 と、シンプル、かつ何の根拠もない答えが返ってきた。やれやれ、とダコスタは思う。ならばそのラウ・ル・クルーゼはコーヒーに凝ったり滅茶苦茶に目立つ変装をして占領地に繰り出すような癖があるのだろうか、とも考えてみる。恐らく、いや100パーセント無いだろうが…奇行、という意味では両者はいい勝負をしている、と彼は思った。同時に、それでもどちらかの上官の下につく事になったら、自分は間違いなくバルトフェルドの元に行くだろう、とも。

「ま、今は正直猫の手も借りたいんだ。戦力は多い方がいい。取りあえず増援に来てくれた皆に、挨拶に行くとしようか」

 バルトフェルドはそう言って、椅子から立ち上がり、部屋を出て行く。ダコスタもその後に続いた。



OPERATION,14 牙剥く虎



「…ではこれはこの辺りに隠しておきましょう」

 来るべきバルトフェルドの部隊との決戦に向けて、アークエンジェル側でも準備は進められていた。シェリルのジンとストライクが、その予想される戦闘ポイントからやや離れた、岩陰に、幾つかの武器を隠しておく。これらはシェリルのジンの装備として第八艦隊から運び込まれた物の中で、取り回しの難しさや重量などの関係で、バクゥなどのMSを相手とする今回の戦闘には使えないと判断された物だった。

 それでもいざと言う時の為の一手としてここに隠しておくのだ。状況と運用次第では劣勢をひっくり返す事が出来るかも知れない。少なくとも無駄にはならないだろう。

「…では、戻りますよ。戦闘に備えて、食事にしましょう」

 戦いの準備は終わった。彼女はそう言うと専用のジンをアークエンジェルへと戻す。ショウもそれに続いた。





 そしてその数時間後、アークエンジェルのエンジンに火が入り、岩壁を震わせていく。いよいよだ。恐らくはこの戦いで、アラスカへと向かう為、紅海へと抜ける事が出来るか、さもなくば砂漠の砂となるか。どちらかが決まる。

 誰もそんな事は口にしてはいないが、自然とそれは共通の認識となっていた。ザフトもその戦力を惜しみなくぶつけてくるだろう。かつてない厳しい戦いになる。それが分かっているから、ある者は黙々と自分の作業に没頭し、ある者は怒鳴り合い、それでも自分の仕事をこなしている。

 それはアークエンジェルのクルー達だけに限った事ではなく、レジスタンス達も同じだった。彼等もてきぱきと戦闘準備を整えていく。その中にはカガリの姿もあった。

『…あんなふざけた奴に…』

 今の彼女の中には、バルトフェルドに対する強い怒りが渦巻いていた。

 同席したショウが何を感じていたか知らないが、あいつはふざけた奴だ。遊びで町を焼き払い、この土地に争いを持ち込み、人々を苦しめている、許し難い、悪い奴だ。私達はこんなにも必死に戦っているというのに、それすらもあいつにとっては遊戯でしかないというのか。

 許せない。今日こそ、本気になるまで追い込んでやる…

 彼女にとってはバルトフェルドはこの砂漠に争いを持ち込んだ人物だ。尤もこの土地へと侵攻する事を決定したのはザフトの上層部なので、正確にはザフトそのものがそうなのだが、それは問題ではなかった。

 彼女の中ではバルトフェルドは倒さなければならない敵。絶対悪であった。

 しかし、ザフトにもまた大義はあるし、それが正しいのか間違っているのか? それを考える事をカガリはしていない。いや、そもそも知ろうとさえしなかった。彼女の性格からも言える事だが、彼女は良くも悪くも真っ直ぐな性格だ。イエスかノー、白か黒。どんな命題に関してでも、毅然とした態度、絶対的な答えを求める。故に善か悪かと言うのなら、彼女にとって、バルトフェルドは明らかに悪だった。





「1号機にはランチャー、2号機にはソードパックを装備してくれ!!」

 アークエンジェルのロッカールームでは、ムウがパイロットスーツに着替えながら、通信機に向かって指示を飛ばしていた。

「何でって、換装するより俺が乗り換えた方が早いからさ!!」

 これはスカイグラスパーの装備についての指示だ。長期戦になった場合、スカイグラスパーはストライクに換えのバッテリーパックを運ぶ役目も持っている。その時にいちいち換装するよりも、ムウが乗り換えた方が早いに決まっている。戦場ではほんの僅かな時間の差でも、致命的な傷となる事だってあるのだ。

 ちなみに、エールストライカーはショウが大気圏に突入した時に失われ、またその代わりとして装備されているソニックストライカーは、エレンが独自に設計した装備である為、重量や形状の問題で、スカイグラスパーには装備する事は出来なかった。

 ムウは振り返る。そこには既に着替えを済ませたショウが立っていた。

「連中には悪いが、レジスタンスの戦力なんざ正直言って当てにはならん」

「…でしょうね」

 ショウもその意見に賛成する。そうでなければ、先日自分の力を使ってまで彼等を止めたりはしなかった。そもそも、彼等がまともに戦えるのなら砂漠の虎は既に本腰を入れて彼等を叩き潰しているだろう。それをしないと言う事は、つまり、所詮虎、バルトフェルドにとっては「明けの砂漠」など、その程度のものでしかないと言う事だ。

「…俺が言うのも何だけど、お前も踏ん張れよ」

 そう言ってムウはショウの背中をポン、と叩いた。ショウは彼の顔を見上げて、

「あなたも、ね。フラガ少佐…」

 と、そう返した。そこに、スピーカーからミリアリアの声が響く。

〈ルシフェル大佐、フラガ少佐、ショウ君は搭乗機へ…〉

 それを聞いた二人がロッカールームを出ると、そこには漆黒のパイロットスーツに着替えたシェリルが待っていた。彼女はムウとショウを交互に見て、そして、

「…行きましょう」

 そう一言だけ、ポツリ、と言う。3人はカタパルトデッキへと走った。



「…足つき…ショウ・ルスカ…今日こそ俺が倒す!!」

 レセップスの艦上で、砲台代わりに配置されたデュエル。赤を基調としたボディのザウートや、レセップスの砂漠用迷彩の茶色い艦体の上にあって、青と白を基調とするデュエルのボディは目立って映る。そのコクピットの中で、イザークは拳を握り締め、ともすれば先走りそうになる自分を必死に押さえつつ、モニターに映るアークエンジェルの姿を見詰めていた。

 アークエンジェルの姿、と言っても、それはレセップスのカメラがズームで捉えた映像がデュエルに転送されているのであって、また、それでもまだかなり距離が離れているので映像は砂嵐が酷く、艦影が小さく見えているだけである。が、それがアークエンジェルである事は疑いようもなかった。この付近にいる地球軍の艦船など、現時点で確認されている情報では、足つき以外にはないし、何より幾度か戦っているイザークがたとえ不鮮明な画像と言えども、それを見間違える筈がなかった。

「………」

 と、意気込んでみても、彼の乗機であるデュエルが配置されているのは艦上で、その役目は通常の砲台ではどうしても生まれてしまう死角を移動する事でカバーする事。要するに支援攻撃に徹せよ、と言う事だ。これでは自分の目的が達成される確率はこの戦闘でこちらが勝っても負けても、限りなく低い。最初はイザークもそれに抵抗を覚えたが、一時の激情が冷めるとそれも仕方のない事だ、と、一応、ではあるが納得している。

 自分はまだ宇宙から降りてきて、一週間程度の、地上戦においては素人も良い所だ。そんな奴が汎用型、しかもアサルトシュラウドによって重力下での運動性が著しく低下しているデュエルで、局地型で高速戦闘を行うバクゥの中に混ざっても足手纏い以外の何者にもなりはしないだろう。

 以前のイザークなら、これに納得できず、バルトフェルドの所まで行って、彼に噛み付いていたかも知れない。だが、今の彼は自分と敵の実力を正しく評価する事の出来る冷静さを獲得していた。

 負けて得る物もある。イザーク自身気付いていないが、そういう事だった。

 ショウとイザークはこれまで何度か戦っているが、結果はイザークの全敗。MS戦だけではなく、格闘戦もやったが、その全てにおいて完膚無きまでに叩きのめされている。大気圏に突入する間際、アスランと組んでの2対1ですら、あの少年を、ショウ・ルスカを倒す事は出来なかった。

 それらの敗北が、イザークのプライドを粉々に打ち砕いた。それこそ気持ちの良いほどに。

 今のイザークにはコーディネイターもナチュラルも関係無かった。ただ一人の戦士として、倒さなければならない宿敵を、越えなければならない壁を見つけた。その為なら、強くなる為なら何だってしよう。その想いが今の彼を動かしていた。そしてそれが彼の精神の成長を促していた。

 ショウの、あの力なら、この戦闘がどう進むにせよ、必ず乱戦になる。そうすれば自分が奴を仕留める機会はきっと巡ってくる。今の自分の役目はそれを待ち、それまでは支援に徹する事だ。自分一人の都合で周囲の者を巻き込む訳には行かない。そう自分に言い聞かせながら、イザークはモニターに映るアークエンジェルを睨み付けるのだった。





 アークエンジェルの長距離レーダーでも、レセップスの接近は探知していた。低空を飛行するアークエンジェルがちょうど今回の戦闘領域として、事前にショウとシェリルが想定していた工場区跡地の上空にさしかかった時、戦闘距離にこちらに向かってかなりの速度で向かってくるレセップスと、その隣を移動する2隻の駆逐艦の姿を捉えた。

 その報告を受けたマリューが指示を出す。

「対空、対艦、対モビルスーツ戦闘、迎撃開始!!」

 それを受けてナタルも命ずる。

「ストライク、ジン、スカイグラスパー、発進!!」

〈ムウ・ラ・フラガ、スカイグラスパー、出るぜ!!〉

 まずはムウのスカイグラスパー1号機が、発進した。次にシェリル専用の漆黒のジンが、カタパルトに移動し、定位置につく。

〈シェリル・ルシフェル、ジン発進します〉

 そして最後にショウのストライクが、発進の準備をする。装備は機動力重視のソニックストライカーだ。



『話せて楽しかったよ、良かったかどうかは、分からんがね』



 一瞬、ショウの脳裏に、あの時のバルトフェルドの顔が横切った。

 この戦いはお互い総力戦。まず確実にあの人とも戦う事になるだろう。それを自分は躊躇って、迷っているのだろうか?

 ショウはそう自分自身に問いかける。答えは出ない。だが、ここは戦場だ。迷いは自分を、そして仲間をも殺す事になる。彼は首を振り、その感情を胸の奥底に仕舞い込むと、叫んだ。

「ショウ・ルスカ、ストライク、発進します!!」

 リニアカタパルトがストライクを撃ち出す。心地良くも感じられるGがショウの体にかかる。周囲の景色がアークエンジェルの内壁から、上は青空、下は砂漠、に変わる。そしてその途端に、戦闘ヘリ、アジャイルやVTOL戦闘機、インフェストゥスが、装備されたバルカンやミサイルを放ちつつ、迫ってくる。

 ショウはソニックストライカーの両翼をそれぞれ別々に動かし、通常重力下では有り得ない、曲線的な動きで全ての攻撃を回避すると、イーゲルシュテルンの連射と、近くの機体には腰のビームサーベルによる斬撃で、あっという間に数機を撃破した。





「…バクゥ12、ディン2、ザウート3、ですか…まあ、何とかならない数ではありませんね」

 専用のジンのコクピットの中で、シェリルはモニターに表示される情報を読み取りながら、ジンにマシンガンとバズーカを連射させる。正確な射撃で、直撃こそしないものの、バクゥの足を止め、牽制する。

 動きの止まったそこに、上空のスカイグラスパーの放ったアグニの光条が突き刺さり、そのバクゥは爆発した。その爆炎の中に、シェリルはペダルを踏み、ジンを突進させる。一瞬モニターが煙と炎に遮られ真っ黒になり、それが晴れた時には、至近距離にバクゥの姿があった。

 相手のパイロットは突然爆発の中から現れたジンに驚愕したのだろう。動きに動揺が見られる。シェリルのジンは腰の重斬刀を抜くと、そのバクゥを真っ二つに切り裂いた。一瞬遅れて、二つに切れたバクゥも炎に包まれた。

 これで2機を撃破。だがバクゥだけでもまだ10機も残っている。





「そこだっ!!」

 ショウはスコープも覗かずに照準を合わせると、ビームライフルのトリガーを引く。彼に言わせれば十分な訓練を積んだパイロットにはスコープなど不要な物だった。いちいちスコープを出したり戻したりして、隙が生まれるのを嫌ったのだ。頼るのは積み重ねた訓練によって体得した感覚。それでも彼の射撃は今まで百発百中を誇っていた。

 が、今回放たれたビームは狙ったバクゥを外れた。

「?」

 もう一度撃ってみる。しかし今度もそのビームは不自然に目標を逸れてしまう。

「ビームが曲がって…? そうか、砂漠の熱対流で…」

 彼はすぐさま原因に気付いた。今はちょうど夜明け時で砂漠の気温は急激に上昇し、大気が激しく対流している状態だ。ビームがそれによって軌道が逸れてしまうのだ。出力の高いアグニを装備したランチャーグラスパーや、実弾兵器を装備したルシフェル大佐のジンではそれらは問題ではない。しかし、ビームライフルが主装備であるソニックストライカー装備のストライクには、かなりのハンデとなる。

「…だけど、そうと分かれば方法はある…」

 ショウはそう小声で呟くと、再びビームライフルを目の前に迫るバクゥに向ける。だが、それを向けられてもバクゥの、その中のパイロットもこちらのビームライフルの精度が当てにならない事を先程の2発で読み取ったのだろう。臆せずに突っ込んでくる。

 ショウはすぐにはトリガーを引かず、ライフルの先端を微妙にずらし、それから引き金を引く。

 放たれたビームは熱対流によって曲線の軌道を描き、そして突っ込んできたバクゥに見事命中。推進剤に引火したのだろう、派手に爆発する。

 それを見た3機が、仲間をやられた事に逆上したのだろう、その背中に装備されたミサイルポッドやレールキャノンを滅茶苦茶に撃ちまくってくる。ショウはソニックストライカーの推力と翼の角度を調整し、地面ギリギリを滑るようにしてその攻撃を回避すると、同じように微妙に照準をずらした射撃で、2機を撃破する。

 残った1機は恐怖に駆られたのか動きが止まる。その時、後ろから黒い影、シェリル専用ジンが飛び出し、重斬刀でそのバクゥの頭部を貫いた。機体の中枢が集中している頭部を破壊されたバクゥは痙攣するようにその体を震わせた後、地面に倒れた。

 ストライクにシェリルのジンからお肌の触れあい回線で通信が入る。

〈ショウ、フラガ少佐の援護をお願いできますか? 地上はバクゥ6機、何とか私だけでやってみます〉

 戦闘中だというのに、相変わらず彼女の声にはいささかの興奮も感じられず、冷静そのものだ。その指示を受けたショウが上を見てみると、ムウのスカイグラスパーがアジャイルやインフェストゥス、そしてディン相手に猛戦していた。

 機体を旋回させての砲撃で次々に敵機を落としていくが、ザフト側もディンが肉迫して重斬刀を振るい、反撃する。その攻撃はなんとかかわしたムウだったが、その回避によって体制が崩れた所に集中攻撃を受け、それはギリギリでかわしきったものの、主導権は相手に握られてしまった。

「了解しました。地上はお願いします」

 ショウはそう言うとソニックストライカーのスラスターを吹かし、ストライクを飛び上がらせ、背後からの射撃でディンを落とした。他のディンやアジャイル、インフェストゥスの注意がストライクに向く。ショウもそれを感じ取り、ストライクを敵中へと突進させる。

 その動きはムウのスカイグラスパーから彼等の注意を逸らす事が目的であった。その目論見は成功し、ノーマークとなったムウのスカイグラスパーは、2隻の僚艦と共に、アークエンジェルと激しい砲撃戦を繰り広げているレセップスの攻撃へと向かった。





「…凄いわね…」

 レセップスから発進したオレンジ色の四足歩行型MS、ラゴゥ。バクゥをベースに、大幅な改良の加えられた指揮官用の機体である。その砲手席で、ピンク色のパイロットスーツに身を包んだアイシャは、ストライクの戦い振りに、見惚れるような表情でそう言った。

「…どうやらこの前の白兵戦で見せた芸当はまぐれではなかったようだねぇ。まさか熱対流に”乗せて”、バナナシュートのようにビームを命中させるとは。それをしかも実戦に組み込むとはね…」

 バルトフェルドも、同じく感心するような口ぶりだった。先日、彼はバナディーヤでの白兵戦で、ショウが障害物に弾丸を当て、それによって生じた跳弾によって死角に隠れたテロリストを倒すのを見た。そして今、それと同じくらいの神業を、あの少年が乗っているであろう、白いMSが見せている。

 ショウは熱対流によるビームの曲がり具合を最初の2発で完璧に把握し、それを計算に入れて照準をあえてずらし、バクゥを狙撃したのだ。神業と言う他はない。

 あるいは『お約束』の中でなら、それも可能かも知れない。

 しかし千変万化する実戦の中にそんな物を組み込むなど、バルトフェルドには信じられない事だった。それほどあの少年の力が凄まじいという事なのだろうが、彼は恐らくナチュラルの筈だ。しかしあのような芸当、コーディネイターでも出来る者が何人いるだろうか…?

 バルトフェルドは肌が粟立つのを感じた。恐怖ではない。今まで感じた事の無い、歓喜によって、だ。ようやく巡り会えた。普段は眠らせておくしかない自分の能力をフルに発揮できる、それに相応しい、と言うよりも、そうしなければ勝てないだろう、至高の敵に。今の彼は戦士であり、チャレンジャーだった。



『ありがとう…コーヒー…美味しかった…』



 一瞬、バルトフェルドの脳裏に、あの少年の、哀しそうで優しげな笑顔がフラッシュバックする。彼はフッ、と笑うと、ペダルを踏み締める。ラゴゥは弾丸のように、砂漠の大地を疾駆した。

 あの少年には悪いが付き合ってもらおう。自分の能力の限界がどこにあるのか。それを知る為にまたとない強敵と出会えたのだ。この機会を逃すつもりはない。そして…彼なら、あるいは…

「…!!」

 バルトフェルドは思考をそこで打ち切ると、目の前にある戦場に、感覚を集中させた。





「ゴッドフリート、バリアント、てェーっ!!」

 アークエンジェルのブリッジでもひっきりなしにマリューの指示と、ナタルの号令が響いていた。アークエンジェルはその火力でレセップスと2隻の駆逐艦相手に激しい砲撃を加えているが、向こうも負けじと撃ち返してくるので、艦をほとんど絶え間なく衝撃が襲う。

 足下ではレジスタンス達がロケットランチャーで懸命の援護を試みている。その内の1発がアジャイルを撃ち落とすが、相手もミサイルを反撃に放ち、レジスタンス達を吹き飛ばしていく。

「バリアント砲身温度、危険域に近づいています!!」

「艦長、ローエングリンの使用許可を!!」

「駄目よ、あれは地表への汚染被害が大きすぎるわ!! バリアントの出力調整とチャージサイクルで対応して!!」

 ナタルがアークエンジェルの最大の武器の使用を提案するが、マリューが却下した。汚染被害にはあえて目を瞑るとしても足下にはレジスタンス達もいるのだ。流石に彼等を巻き込む訳にはいかない。

 が、ナタルは不満げな表情だ。彼女が何か言おうと口を開いた時、またしても艦に衝撃が走った。数発のミサイルが命中したのだ。直撃を受けた艦は大きく傾く。ノイマンが何とか体勢を立て直そうとするが、その努力も空しく、工場区跡地に突っ込む。

 動きの止まったアークエンジェルにここぞとばかりに砲撃が集中する。

 そんな時、ムウのスカイグラスパーがアグニを放ち、駆逐艦の艦上で砲台の役目をこなしていたザウートごと駆逐艦を撃ち抜いた。どうやら機関部か弾薬庫に命中したらしく、次々に誘爆が起こっていく。

 駆逐艦の1隻は黒煙を吐き出しながら、転進した。が、依然レセップスともう1隻の駆逐艦は砲撃を続けている。ムウはそれも相手にしようとしたが、レセップスの艦上のデュエルがビームライフルで牽制し、一旦距離を置くしかなかった。

「スラスター全開、上昇、これではゴッドフリートの射線がとれない!!」

「やってます、ですが船体が何かに引っ掛かって…」

 ノイマンの苛立ちの含まれた報告がクルーの背筋を冷たくする。この状況はつまり、相手からの攻撃を避ける事も出来ず、こちらからも攻撃できないと言う事だ。ブリッジに絶望感が漂った。





「アークエンジェルがっ…」

 身動きの取れなくなったアークエンジェルに気付き、カガリとキサカがバギーを停めた。

「これでは狙い撃ちだぞ…ストライクは…」

 キサカはその姿を求めて視線を動かす。その一瞬に、カガリはアークエンジェルへと走り出していた。

「カガリ!!」

 気付いたキサカが追おうとするが、目の前で爆発が起こり、立ち止まらざるを得なくなる。その間にカガリはアークエンジェルまで辿り着くと、格納庫へと飛び込んだ。彼女の姿に気付いたマードックが怒鳴る。

「おい!! 何するんだ嬢ちゃん!!」

 しかしカガリは取り合わず、スカイグラスパー2号機のコクピットに飛び乗ると、計器をチェックし始める。なおもマードックが何か言っているので、彼女も怒鳴り返す。

「機体を遊ばせていられる状況か!! 私がこいつで出る!!」

「何だってぇっ!!?」

 無茶だ。彼女の経験と言えば精々シュミレーターでほんの数十分。出撃しても何にもならない。と、マードックでなくともそう思う所だが、カガリはどんどん発進のシークエンスを進めていく。そしてとうとう、スカイグラスパーのエンジンに火が入った。

「下がれ、吹っ飛ぶぞ!!」

「ああもう…ええい、ハッチ開けてやれ!! 落としたら承知しねえからな!!」

 その言葉を最後にマードック以下、整備班は退避し、2号機が発進する。視界が一気に開けた感覚にカガリは一瞬戸惑うが、操縦桿を引くと、シミュレーターと同じように機体は上昇する。それに自信を持って、カガリはすでに1号機が攻撃しているレセップスを目指す。

 するといきなりビームが飛んできて、右エンジンに当たった。それを放ったのはレセップス艦上で応戦していたデュエルだった。2号機は黒煙を吹き出しながらどんどん下降し、砂漠に軟着陸する。アークエンジェルから出撃して1分と経たない間の出来事。カガリは自分の無力に歯噛みした。





「…スカイグラスパー2号機? 一体誰が…? それにアークエンジェルも…」

 専用ジンのコクピットで、バクゥと戦いながら、シェリルもそれに気が付いた。アークエンジェルが工場区に突っ込んで動きが取れなくなっており、またムウの乗る1号機が依然レセップスへの攻撃を続けているというのに、何故か出撃している2号機が撃墜され、砂漠に軟着陸している。

 状況が鮮明に把握できないが、とにかくこの場合、アークエンジェルを何とか動けるようにするのが先決。シェリルはジンの腕に装備されたグレネードランチャーを放ち、最後のバクゥを撃破すると、機体を跳躍させ、主戦場からやや離れたポイントにある岩陰に着地する。

 彼女はそこに隠してあった武器の中から、M69バルルス改・特火重粒子砲を選択すると、その照準をアークエンジェルへと向ける。

「多少のダメージは覚悟して下さいね!! 行きますよ!!」

 いささか虫の良い事を言いつつ、トリガーを引く。アグニには及ばないが、それでも十分に強力なビームが放たれ、アークエンジェルの船体を掠めて飛び、工場の残骸を吹き飛ばす。戒めから解き放たれたアークエンジェルの艦体に浮力が得られ、浮き上がる。

 すかさずゴッドフリートがレセップスに向け、火を噴いた。

 デュエルは飛び上がってそれをかわすが、鈍重なザウートに同じ真似は出来ず、艦を突き刺した太い熱線に巻き込まれ、爆発。次々に誘爆を起こしていく。レセップスは座礁したように、その動きを止めた。






「くそっ、足つきめ、あれだけの攻撃でまだ…」

 バルトフェルドはいつの間にか形勢が逆転した戦場を見て、舌打ちした。

 落ちるのは時間の問題かと思われたアークエンジェルは再び空に浮かび、自分達の母艦は勢い良く黒煙を噴いている。手持ちのMSはと言うと、バクゥは『ソードダンサー』によって撃破され、ディンはとうの昔にストライクによって叩き落とされている。デュエルは砂漠に着地したまでは良かったが、その刹那に超低空を滑るように飛んできたストライクの蹴りを喰らい、砂丘に突っ込んで、埋まっている。

 負けた。

 この戦い、自分達に勝ちの目はもう無い。圧倒的な物量が、それすらも凌駕する”力”に負けた。屈辱的ではあるが、認めざるを得ない事だった。バルトフェルドはダコスタに通信を繋ぐ。殺気立ち、疲れた面持ちの彼は、バルトフェルドの顔を見た途端、目を輝かせた。待ち望んでいるのだ。この劣勢をひっくり返す事の出来る、バルトフェルドの、魔法の言葉を。

 バルトフェルドはそんな部下を、彼等の盲目的な信頼を感じ取り、それを不憫に思った。自分もまた、部下と同じ、限界ある一人の人間でしかないと言うのに…

「ダコスタ君、退艦命令を出したまえ。勝敗は決した。残存兵をまとめてバナディーヤに引き返し、ジブラルタルと連絡を取れ」

〈たいちょ…〉

 ダコスタが驚いたように聞き返すが、バルトフェルドは一方的に通信を切ると、モニターに映るストライクの白いボディを睨み付ける。部下には悪いが、正直もう全てがどうでも良い事だった。ただ、目の前のこの敵を倒す事以外は。

「君も脱出しろ、アイシャ」

 そう彼女に言う。しかし、

「そんな事するくらいなら、死んだ方がマシね」

 即座にそんな返答が帰ってきた。バルトフェルドは苦笑する。死んだ方がマシ、という言葉の意味が分かった気がした。

「君も馬鹿だな。では付き合ってくれ!!」

 決意も新たにラゴゥを駆るバルトフェルド。ストライクの方もラゴゥの姿に気付いたのだろう、接近戦でのデッドウエイトとなるシールドを捨て、自由になった左手には腰のビームサーベルを持つ。

 交錯。2機の影が一瞬だけ一つになり、また二つに戻る。ラゴゥの背中のビーム砲が切り裂かれた。バルトフェルドはそれをパージすると、再び機体を旋回させ、ストライクに向けてラゴゥを突進させる。

 ショウは通信回線を開き、呼びかけた。

「バルトフェルドさん!!」

〈ショウ君!! まだだ!! まだ終わってない!!〉

 再びの交錯。今度はラゴゥの翼が切り裂かれた。ストライクの方には損傷は無い。バルトフェルド自身、今の一瞬で左腕を切り落とす事は出来たか、と思ったが、その攻撃もすんでの所で避けられた。恐るべき反射神経。そして操縦技術。間違いなく、あの少年は射撃、格闘、戦術、あらゆる面で自分よりも遙かに上のパイロットだ。しかし、だからこそ、勝ちたい。バルトフェルドはそう思った。

〈言った筈だぞ、戦いに明確な終わりのルールなど無いと!! 戦うしかなかろう、どちらかが滅びるまで!!〉

 吼えるバルトフェルド。だがそれに、ショウはやんわりと反論する。

「嘘ですね。なら、何故あなたの統治下にあるあのバナディーヤの町はあんなに平和そうなのですか? それはあなたが本当は戦いなど望まないと、そう思っているからではないのですか? 気付いているんでしょう? あなたが誰よりも、戦いの無意味さに…」

 痛い所を突かれた。バルトフェルドは苦笑いする。アイシャも思わず肩を竦めた。

「あの時…僕に言ったその言葉は…本当はあなた自身が、その答えを欲していたから…違いますか?」

〈…そうかも知れんな。だが、今の私を突き動かしているのはそんなものではない!! ただ、君との一時を楽しみたい、一人の戦士として、最強の敵と戦いたい!! ただそれだけだ!!〉

 一瞬の沈黙。その後に溜息が聞こえ、ショウの声が再び聞こえてくる。

「やれやれ……でも、そういう感情、衝動は僕にも理解できない事はありませんがね。僕も男ですから………いいでしょう、フェニックス部隊隊長ショウ・ルスカ!! 参る!!!!」

 ストライクの背中の翼の出力が最大にまで引き上げられ、最高の加速が機体にかかる。ショウはビームライフルも捨てさせると、右手もビームサーベルを抜き、二刀流で突進してくるラゴゥを迎え撃つ。ラゴゥは頭部のビームサーベルを振ってくるが、ストライクの方が早かった。

 左手のサーベルを振る。その攻撃がまずラゴゥの両前足を薙いだ。そしてそのままラゴゥが前のめりに崩れ落ちる体勢を利用し、右手のサーベルを振り上げ、頭部を斬り落とす。それが決定打となった。ラゴゥは砂漠に沈み込むようにして倒れ、それっきり動かなくなる。

 コクピットの計器もその殆どが沈黙した。バルトフェルドは数少ない生き残っている計器の内、サブカメラを見る。ちょうどそこにはストライクの姿が映っていた。まるで勝利を確信した剣士が敗者にするようにして、手にしたビームサーベルを突きつけている。いや事実そうなのだろう。相手の何倍もの物量を以てしても、結局こちらはストライクにダメージらしいダメージを負わせる事さえ出来なかった。

 この戦いはこちらの、自分の完敗だ。疑う余地はなかった。

 バルトフェルドは一つだけ、気になっていた事を口にした。

「…何故、とどめを刺さない?」

「…クス、何、簡単な事ですよ。あなたの言った僕との楽しい一時は終わったと言うだけ……僕とて好き好んで人を殺める訳ではありません。まあこれが戦争ならまだ分かりませんが…これは僕とあなたの個人的な勝負でしょう? 必ずしも生きるか死ぬかじゃない、勝つか負けるかでいい…」

 と、ショウ。つまり殺さずに済むならその方が良いという事だ。今までは戦争だったから相手を殺すのも止むを得なかった。しかしこの最後の戦いはショウとバルトフェルドとの純粋な勝負だった。その違いだ。それを聞いたバルトフェルドはああ、その通りだな、と思った。

 確かに彼の言う様に、自分は生きているにしろ、もう彼と戦う気力は失っている。この戦いが自分の負けである事を自覚したからだ。目的は達せられた。自分の力を完全に開放して、それでもなお届かなかった。悔しさは当然あった。しかしそれよりも、力を出し切った事への解放のカタルシスが勝っていた。

〈…終わっているようですね…〉

 不意に、通信機から別の女性の声が聞こえてくる。見るとストライクの隣に、黒いジンが来ていた。『ソードダンサー』だ。ジンの右手のマシンガンは倒れているラゴゥにその銃口が向いている。ショウがそのジンに向けて通信を入れる。

「大佐、彼等にもう戦力は残っていません。この場はこれで十分でしょう、退いていただけませんか?」

 その申し出に、数瞬シェリルは考えるように押し黙ると、言った。

〈…では一つお聞きします、ショウ。銃を持たない敵は何ですか?〉

 その質問にショウは即座に答えた。

「ただのヒトでしょう? 大佐…」

〈…正解です。戻りますよ。無駄弾を使う余裕など無いのですから…〉

 そう言うとシェリルのジンはマシンガンを下ろす。ショウも安心したように息をつく。その時。

「!!!!」

 彼の背筋にゾクッとした感覚が走る。それが教えるままに機体のカメラを動かし、上を見上げる。

〈…? どうしました? ショウ…〉

「…来る!!…何か…強い意志と力を持った人が、真っ直ぐにこちらに向かってくる……!!」

 モニターに映るのは砂漠の青い空、白い雲。しかしその中に、一カ所だけ、ポツンと黒い点が見える。その点はどんどん大きくなる。勿論実際に大きくなっているのではなく、その点に見えている物がどんどんこちらへと近づいてきているのだ。

 そしてかなり大きく見えるまで近づいた所で、その点、大気圏突入ポッドが分解し、中から1機のMSが飛び出してくる。

 ショウやシェリルが迎撃するよりも早く、そのMSは着地し、砂埃が巻き起こる。それが晴れた時、そこにはシグーがいた。通常のシグーとは違う。全身を金色に塗装され、機体の細部も通常の物とはかなり違う。装備も重斬刀がレーザー対艦刀に、マシンガンがビームライフルに置き換えられている。

 それを見たシェリルが、まるで畏敬の念が込められているかのように呟く。

〈…シグー・ミリオン……『黄金の戦神』の専用機…〉

 全周波通信だったので、その声はその金色のシグーにも届いていたのだろう、返事が返ってくる。低い、男の声だ。

〈そうだ…久し振りだな、『ソードダンサー』…そしてバルトフェルド、どうやら間に合わなかったようだな…〉

 シェリルのものとはまた違う、感情を感じさせない声で、そのシグーのパイロット、マルス・エスパーダは言った。ショウとシェリルはそれぞれストライクとジンに戦闘態勢を取らせるが、マルスはそれを制するようにシグーの右手を前に出して、

〈…よせ…今ここで私に戦う意志は無い…お前達はアンディを、私の戦友を見逃してくれた。それに敬意を表し、この場はこちらから退こう…それでどうだ?〉

 そう提案してくる。シェリルもその提案には考える。普通ならこんな提案など議論の余地も無く却下する所であるが、今は戦闘が終わった直後で、こちらの武器弾薬やバッテリーの残量も少ない。そして相手はザフトでも最強とされる凄腕。2対1であるが、勝てるという保証はない。

〈…分かりました。決着は次の機会に…〉

〈そう言う事だ。お前との決着はいずれ必ずつける……それまで死ぬなよ…〉

 そう言葉を交わすと、シェリルのジンはアークエンジェルへと戻っていく。ショウのストライクも、それに続いた。マルスはそれを確認すると、スクラップと化したラゴゥに手を差し伸べる。

「アンディ、動けるなら乗り移れ」

 ぶっきらぼうな物言いだが、バルトフェルドはこれが彼なりの精一杯の思いやりだという事を知っていた。笑いながらハッチを蹴り破ると、アイシャを連れて、その掌に乗り移る。それを見たマルスは、二人を落とさないようにシグーの胸元に、大事に抱え込むように持たせると、既に引き上げた残存部隊を追って、機体をバナディーヤへと向かわせる。

 その最中、彼はバルトフェルドに聞いた。

「アンディ、お前ほどの者がこれほどの一敗地にまみれるとは…足つきの、ストライクの戦力は予想以上のようだな…」

「ああ、君でも生半可な事では倒せないと思うよ。負けた僕が言うのも何だけどさ」

「…そうか…だが、それにしては随分嬉しそうだな?」

 マルスはバルトフェルドの声ににじみ出る、晴れやかなものに気付いていた。少しばかり深く聞いてみる。聞かれたバルトフェルドは、

「ああ、ホント、気持ちの良いくらい完全に叩きのめされた。これほどまでに完璧に負けたら、もう悔しくも何ともないっていうかね。楽しかったよ」

「…そう、か…」

 マルスはそれ以上追求する事はしなかった。彼のシグーの掌の上で、バルトフェルドはアイシャを抱き締めた。



「…やってくれましたね…私や艦長の許可もなく地球軍の機密であるスカイグラスパー2号機を持ち出し、それで1機の敵を落とす事もせず、撃墜……自分が何をしたか分かっているのでしょうね?」

 アークエンジェルに帰艦してすぐに、シェリルはカガリを呼び出した。彼女は申し訳の無さそうな顔で、シェリルから目を逸らしている。周りには彼女と同じく帰艦したショウやムウ、それに整備班達もやってきているが、シェリルの迫力に気圧され、近づけないでいる。

 怖い。

 彼等は純粋にそう思った。今のシェリルは怒っている。それも角を出して怒る、といったタイプのものではなく、無言で静かに怒るタイプだ。彼女の周りから冷たい風が吹いてくるようで、一名を除いてその場にいる全員がその身を震わせていた。

 その例外の一名、ショウはシェリルの隣で腕を組み、事の成り行きを見守っている。彼はシェリルが醸し出す妖気の中にあってもいつも通りの自然体を保っている。と、いきなり彼女が腰のホルスターから、SAAを取り出した。それも腰の右前、右後ろ、左後ろの3つから、三丁を取り出す。

 何か良からぬ事が始まるという事を本能的に察したのだろう。ショウと立ち竦んでいるカガリ以外の全員が、彼女から一歩距離を離す。彼女は三丁のSAAの一つに、一発だけ弾を装填すると、カガリの目を見て、言った。

「…軍法会議にかけるまでもない、この場で私が裁いてあげます」

「…え…?」

 言葉の意味が分からずに戸惑ったように聞き返すカガリ。シェリルは弾を装填したシリンダーを回転させ、適当な所で止めると、それを含む三丁をカガリに見せる。

「…この3つの銃のどれかに一発だけ実弾が入っています。続けて6回トリガーを引きます、…良いですね?」

「なっ…お…おい…」

 動揺したカガリが上擦った声で何か抗議しようとするが、シェリルはそれには取り合わず、三丁の内一丁を上へと投げ上げる。そしてそれが落ちてくるタイミングを見計らって、まるでお手玉のように華麗なジャグリングを見せる。

 ガチン!!

 一つの銃が右手にある一瞬で、彼女は撃鉄を起こし、カガリの胸めがけて引き金を引く。その一発目は外れだった。そしてその銃を左手に渡し、ジャグリングを続ける。

 ガチン!! ガチン!! ガチン!!

 撃鉄が当たる音が次々に鳴り響く。カガリの顔から血の気が引き、体は小刻みに震える。それでもシェリルはまるで能面の様な表情を保ったまま、黙々と引き金を引いていく。キサカが駆け寄ろうとするが、彼女の側にはショウがいるので、近づけない。

 ガチン!!

 五回目の外れ。残るは一回。その時、側に立っていたショウが横から、迷いの無い手つきで一つの銃を奪い取ると、撃鉄を起こし、天井に向けて引き金を引く。

 パン!!

 乾いた発砲音が鳴る。ムウやマードック達は思わず体を萎縮させ、カガリはへたり込んでしまう。キサカはシェリルを睨み付けていたが彼女はそんな視線など気にならないかのように目の前のショウを見ている。ショウはクルクルと、その奪い取った銃を回すと、銃身に持ち替え、彼女に渡す仕草を見せる。

 シェリルはそれを暫く見ていたが、やがて溜息一つと共に、両手の二丁を仕舞うと、ショウから最後の一丁も受け取り、それも仕舞った。そして格納庫の床に座り込んで、虚脱したような表情で、その瞳からは涙を流しているカガリに向けて、

「…今回はショウに免じてここまでにしておきます。ですが…次に同じ事があったら…その時は覚悟して下さいね…」

 静かな威圧感を込めて、そう言い放つと格納庫を後にした。ショウも彼女の後について行く。

 その後しばらくは全員が固まっていたが、我に返ったマードックが全員を怒鳴りつけると、整備班は作業に戻っていく。それを見届けたマードックは、傍らに立っていたムウに話しかけた。

「少佐、大佐は本当に運次第であの嬢ちゃんを殺すつもりであんな事したんでしょうかね…?」

「俺にもそんな事は分からんよ。だけど今回はショウが止めてくれたな」

「それは偶然でしょう?」

 と、状況から見て当然の反論をするマードック。しかしムウは、難しい表情で返す。

「…の、筈なんだけどねぇ…あいつが止めに入る事まで大佐が読んでいたとしたら…?」

「まさか…」

「そう、まさかなんだけど…もしそうだとしたら…恐ろしいねぇ…」

 この艦には自分の理解を超えた人間が二人も乗っている。今は味方だから良いが…敵だったら正直生きた心地がしない、と、ムウはそう思い、空恐ろしい気分になった。



 ちなみにこの後、シェリルの指示によって彼女のジンと2機のスカイグラスパー、そしてストライクに、ムウ、シェリル、ショウの三人以外解除する事の不可能なロックがそれぞれの機体に組み込まれる事となった。





「大佐!!」

 着替えを済ませ、自室に戻ろうとしているシェリルに、同じく着替えを済ませたショウが後ろから呼びかけた。

「…何です? ショウ…」

 彼女は歩きながら、ショウは彼女の横に追いついて、一つ質問する。

「大佐はあの時、本気でカガリさんを殺すつもりだったんですか?」

 実にストレートな質問だ。それに対するシェリルの回答は、

「…無論、本気でしたよ?」

 こちらも実にストレートなものだった。だが、それを聞いたショウは、ニヤリと少し意地の悪そうな笑顔を浮かべ、少々演技過剰な身振り手振りで、大袈裟に言う。

「へえ? では何であの銃に入ってたのが実弾じゃなくて、音と光だけの音響弾だったんです?」

「……!!」

 その言葉に、珍しく慌てたようにショウに向き直るシェリル。ショウの顔はいつの間にか、意地の悪そうな笑みから、いつもの優しい微笑みに戻っている。

「…いい人ですね、大佐は…」

 と、ショウ。それを受けたシェリルは思わず顔を赤らめて、足早に自室へと向かう。ショウは小柄で歩幅も小さいので、小走りになってついて行く。少し歩いた所で彼女は足を止めると、ショウを振り返らずに言った。

「…あなただけは騙せませんでしたか…」

 それから振り返り、ショウの頭をくしゃっ、と撫でながら、

「…どうです? 私の部屋で一杯やりませんか?」

「いっぱい?」

 オウム返しに聞き返すショウ。今度はシェリルの方がニヤリと笑って、

「ええ、紅茶とケーキで」

 そう言った。その誘いにショウは、

「それじゃあ、御呼ばれしますよ、シェリルさん」

 そう返すと、彼女の部屋へと入っていった。





TO BE CONTINUED..


感想
なるほど、ライバルはマルスでしたか。でもちょっと気になった事が。何でこの時期にシグーがビームライフルを持ってるのでしょう? ザフトの小型ビーム兵器はGを強奪して得たデータを元に開発されてる筈なので、この時期は無理だと思うのですが。 
しかしカガリ、飛び出した直後に撃墜されるとは……。弁償しろと言われたらどうする気なのだ。