「しかし、ヤキン・ドゥーエ攻防戦においてはあなたと私はそれぞれ一パイロットに過ぎなかったというのに、今は私は一部隊の指揮官で、あなたは国防委員会直属の戦略研究所の所長…差をつけられてしまいましたね…」

「出世したいのならまずその仮面をどうにかしろ。それとその物言いにも気をつけた方が良いのではないか? もしそうだったら私はとっくの昔にお前の昇進を上に申請しているぞ? 他人に目を見せないような者など信用できるか」

 ザフト軍の地上における一大拠点の一つ、ジブラルタル基地。そのブリーフィングルームでは、二人の男が向き合っていた。一人はザフト屈指の名指揮官『仮面の男』ラウ・ル・クルーゼ。もう一人はザフト最強のパイロットと言われる『黄金の戦神』マルス・エスパーダだった。

「そんな事より足つきの様子はどうなっている?」

「気になるので?」

「……お前が討ち漏らし、アンディの部隊が壊滅させられ、追撃に出たカーペンタリアのモラシムの部隊も先日全滅させたという足つき、それに搭載されているMSがそれ程の威力を持っているのなら、そんな物をアラスカまで行かせられる道理が無かろう…」

 マルスは腕組みしたまま、クルーゼに言い放つ。

「それは勿論ですが…あなたなら…」

 『あなたなら勝てるのですか?』失礼とも取れるその言葉をクルーゼが口にしかけた時、ブリーフィングルームの扉が開き、赤を身に纏った4人の少年達が足を踏み入れてきた。アスラン、イザーク、ディアッカ、ニコル。それぞれ奪取したXナンバーのパイロット、と、マルスは資料で読んだ事があるのを思い出した。

 イザークはバルトフェルド隊長の下で足つき、アークエンジェルと戦ったが、彼が上げた戦果と言えば戦闘機を1機撃墜しただけで、ストライクには殆ど相手にされず、砂の中に埋められ、やっとの事で脱出、バナディーヤから撤退する部隊と合流して、このジブラルタル基地までやってきたのである。アスラン達3人は、オペレーション・スピットブレイクの発動準備に伴って、地球に降りてきていた。

 自分達の上官に当たる人物の姿を認め、敬礼する4人。それを受けたマルスとクルーゼも同様に敬礼する。マルスの顔を見た彼等は息を呑んだ。彼等もマルスの勇名は知っている。と言うよりプラントでは彼の名前や顔を知らない者を探す方が難しい。ザフトでは地球軍とは異なり、エースパイロットは軍の広報部だけでなく民間の広告代理店も参加して大々的に報道する。

 物量では地球とプラントは勝負にならないので、この戦争でプラントが勝利する為にはその他の要素で上回る必要がある。それがMSやNジャマーといった技術力、コーディネイターの持つ優れた身体能力、兵の士気も当然その一つだ。

 プラントの食糧供給の大部分を賄っていたユニウスセブンを失っている現在、農業政策は本国では急ピッチで進められているが、未だに良い知らせは聞こえてこない。故に長期戦になればなる程プラントは不利であるので、短期決戦に持ち込む為に、厭戦気分は払拭する必要がある。その為に英雄の存在は必要だった。それに選ばれたのがクルーゼやバルトフェルド、グゥド・ヴェイアであり、マルスはその中でも筆頭と言って良い人物だった。

 今や彼の名声はザフト、地球軍双方のパワーバランスに影響を与える程に大きい。そんな人物が目の前にいるのである。緊張するなと言う方が無理な話であった。

「…お前達がクルーゼ隊が奪取したGのパイロットか…クルーゼ、この4人を暫く借りれるか?」

 品定めするようにアスラン達4人を見回した後、クルーゼに向き直って問うマルス。

「…それは構いませんが、何の為に?」

「分かり切った事を聞くな、足つきを討ちに行くのだ。流石に私一人では荷が重いのでな」

 それを聞いた4人は顔を上げ、特にアークエンジェル、ストライクとの戦闘の回数の最も多いイザークは目を輝かせる。正直諦めかけていた事だった。実は彼は以前にクルーゼに足つきの追撃を打診していたのだが、色好い返事は返ってこず、別命あるまで待機を命ぜられ、彼の仕事が一段落付いたのを見計らって、今度はアスラン達を伴って来たのだが、

『カーペンタリアの部隊に任せたまえ』

 という判で押したような返答が返ってくる確率を、彼の中では80パーセント以上と見ていただけに、今回の話は喜びも一入だった。しかも、あのマルス・エスパーダと共に戦える。今度こそ、足つきを、ストライクを、ショウ・ルスカを倒す。イザークは新たに決意を固める。

 そこにマルスが歩み寄ってきて、彼等のすぐ前に立った。そして踵を揃え、最敬礼する。

「では、よろしく頼むぞ諸君」

「「「「ハッ!!!!」」」」

 イザーク達も、それに最敬礼で返した。



OPERATION,16 オーブでの再会 



「…『秘密結社ロゴスと大西洋連邦上層部との癒着関係暴かれる』……『プラント、ギルバート・デュランダル外交委員、ロゴスとの蜜月関係が暴露され失脚、国家反逆罪として終身刑が言い渡される模様』……『ブルーコスモスでも大幅な人事の刷新、ロード・ジブリールを含む幹部十数名の更迭』……最近どのテレビも新聞も、このニュースばっかりだねぇ」

 中立国オーブがその技術力の高さを世界に誇る軍事企業、モルゲンレーテ。その社内の、彼女にあてがわれたオフィスで、その豪華な部屋には、少々悪い言い方をすれば不釣り合いな少女、エレン・アルビレオは椅子に腰掛けて、幾つかの新聞に目を通していた。

 彼女の言葉通り最近はどのテレビもラジオも新聞も、まるでビデオのリプレイのように、同じニュースばかりを報道している。

 世界の政治を裏で操ってきた『ロゴス』と呼ばれる秘密結社と、彼等とプラント、地球連合の上層部との癒着に関するニュースだ。

 事の始まりは一週間前。世界中のネットワークにある情報が公開された事だった。

 そこに記されていたのは、非合法すれすれ、もしくは明確に非合法の活動記録の数々だった。株価の操作、不正カルテル、押収品の横流し、不動産の転売、公務員の買収、不正企業を摘発しようとする市民団体や弁護士、ジャーナリストに対する暴力的な脅迫、恐喝、殺人。

 反コーディネイターに世論を傾ける為、コーディネイターとの共存を訴えるナチュラルの政治家や活動家の暗殺の記録もあった。コーディネイターや戦災孤児を使った人体実験の記録もあった。官民の癒着と腐敗。無為に浪費される公金。

 そうして多くの人々の平和と生命と財産を犠牲にして集められた資金は、全体からの比率で言えばゼロコンマ1パーセントにも満たない特権階級の懐へ、彼等の飽食を満たす為だけに、まるで滝のように流れ落ちていく。そこにはその金の流れも全て記されていた。

 当然ロゴスのメンバーである老人達は自分の身を守ろうとし、彼等の資金を使ってその情報を揉み消そうとした。しかし出来なかった。誰の仕業かは定かではないが、彼等の活動資金は根こそぎ奪い去られていたのである。それもかなり以前に。それでも彼等は自分の私財を投げ打ってでも保身を謀ろうとしたが、活動資金に比べれば彼等の私財など雀の涙程の物で、到底それは叶わぬ事だった。

 こうしてロゴスの支配体制は事実上瓦解した。何十年にも渡って世界の政治経済の中枢に巣喰ってきた組織が一斉に摘発され、また、プラント、地球連合の上層部には、それぞれロゴスのメンバーとして末席にその名を連ねていた者がおり、ロゴスの悪事が明らかになると同時に、彼等も逮捕・失脚している。

 プラントと連合の、それぞれ戦争を指導している立場にある者は幸いと言うべきか、彼等とは無関係であったので、未だに戦争は続くだろうが、この背後にあった者の暴露はいずれこの先の歴史に対する大きな転機となるだろう。エレンはそう思った。

 そしてもう一つ、彼女の興味を惹いていたのは、ロゴスの存在を暴露した者の事だった。色々とネットワークを調べてみると、2月28日、約一月前に、世界中の医療団体や慈善団体、孤児院や施設などに一斉に、常軌を逸する程多額の寄付が行われている。彼女はこの寄付を行った者がロゴスを倒し、彼等の資金を奪取した者ではないか、と考えていた。

 あくまでも推論に過ぎないが、もしそうだとしたら彼女はそれを行った者に会ってみたいと思った。本当に久し振りだ。メカや自分の研究以外に、こんなに心を奪われるのは。まだまだ世界には面白い物がたくさんある。この世界も捨てた物ではない。彼女は自分の中での認識を改めた。

「…ま、それを調べるのはプライベートな時間にやるとして、お仕事お仕事」

 そう言うと彼女は新聞を放り出し、目の前のパソコンを立ち上げる。モニターにはMSの設計図のような物が映った。現在このオーブで開発中のMS、M1アストレイの改良プランだ。

 ザフトがMSを戦線に投入してから、戦争は大きくその様相を変えた。国力においては遥かに劣るプラントが地球連合を相手にここまでの戦いを繰り広げているのも、MSが持つ兵器としての優位性に依る部分が大きい。プラントと戦争状態にある地球連合は言うに及ばず、自国の防衛の為に地球の諸国家がMSの開発・研究に手をつけるのは必然と言えた。

 だが、MSそれ自体を開発する事は不可能ではなかったが、問題はそれを動かすパイロットの方だった。要するに本来プラントで生まれたMSは高い反射神経や耐久力を持つコーディネイターが乗る事を前提としており、ナチュラルが動かす事は想定していない。宝の持ち腐れという言葉があるが、いくら良い機体を造っても乗り手がそれを使いこなせなければ意味は無い。ナチュラルの中にはコーディネイターと同等、あるいはそれ以上の能力を持つ者もいるにはいるが、そんな者は例外中の例外だ。

 この問題を解決する為に、導き出される結論はそう多くない。その一つがOSを改良し、ナチュラルでも操縦できるようにする事。現在のオーブではそのサポートOSの開発が急務とされている。だが、エレンはそれでは駄目だ、とも考える。

 OSに補助を行わせるという事はつまり幾つかの基本的な状況と、それに対する対応をプログラミングし、機体がある程度自動でその行動を取るようにする事だ。しかし当然それでは変則的な状況には対応が鈍くなるし、それはMSの持つ限界性能を削ってそちらに回しているという事なので、その機体の実戦における性能は本来のそれよりもかなり低いものになってしまう。

 勿論戦争は数なので、10の性能の機体1機より、6の性能の機体10機が求められるのは当然だ。少しくらい性能が低くても、誰にでも操縦できた方が良いに決まっている。1対1で戦う必要などどこにも無いのだから。MSは兵器。兵器は戦争に勝つ為のものであって戦闘に勝つ為のものではない。

 故にここオーブでも、その方向でナチュラル用のサポートOSの開発が進められている。

 エレンのここでの仕事はそれとは全く逆の、コーディネイター、あるいは一部の優秀なナチュラルに照準を合わせた機体の開発だった。万人に操縦できる機体である必要は無い。エース級のパイロットの能力を限界以上に引き出せる一騎当千の機体。

 その為の研究はある程度まで進んでいる。それに使用するOSは以前ストライクやデュエルを整備した時に手に入れた戦闘データから構築した彼女のオリジナルの物があるし、機動性の研究はショウ・ルスカに譲ったソニックストライカーがその一つの完成形だ。

 それらの研究を統合し、M1をベースとして、一機のMSとして完成させる事が彼女の目標だ。しかし残念ながら、完成したとしてもそれを使いこなす事が出来るのは今のオーブには数人しかいないだろう。その一人が彼女自身であり、現在M1のテストパイロットとして、彼女の年の離れた友人、エリカ・シモンズの元でデータの収集と機体の改良に携わっている少年であった。

 そんな状況下であるので、当然陰口を叩く者もいるが、それでも彼女の研究が容認されているのは、そこで生み出されたデータや技術の幾つかが通常のM1のスペックの底上げに還元されているからだ。エリカが彼女をオーブに呼んだのはその為でもあった。

「うーん…PS装甲を採用するとなると、消費電力の問題がねぇ…何とかならないかなぁ…PS装甲の機体との戦闘を想定し、近接戦闘用の装備にはビームサーベルを装備させるとして…バッテリーだけではなくライフルやサーベル自体にも改良の余地が…」

 次々と問題点が挙げられ、それに対する改良プランが彼女の中で練られていく。彼女は今、とても充実した時間を過ごしていた。



「…やっぱ駄目かなあ…」

「目的地はアラスカだぜ? オーブになんか寄ったって、回り道になるだけじゃないか」

「大体寄ってどうするの? 私達今は軍人よ? 作戦行動中は除隊できないって言われたじゃない」

 アークエンジェルの食堂で、カズイが漏らした呟きに、サイとミリアリアは共に現実的な意見を返す。とは言ったものの、二人にも彼の気持ちが分からない訳ではない。先日もザフトの水中部隊の攻撃を受け、ショウとシェリルの活躍で何とか撃破したものの、こんないつ命が吹っ飛ぶとも知れぬ航海から逃げ出したいという気持ちも心情的には彼等にも十分分かる。

「こんな筈じゃなかったのに…アラスカへ降りるだけだって言うから…だったらって僕も…」

 二人に言っても何の解決にもならないが、カズイはそう反論する。だが、ここにショウかシェリルがいれば、間違い無くこう言うだろう。

『そんなに後悔するぐらいなら、何故あの時改めて志願したのですか? 何故あの時、もっと良く考えなかったのですか?』

 と。そんな事をほとんど同時に頭に思い浮かべたサイとミリアリア。二人して黙ってしまい、その場に気まずい沈黙が降りる。

「何? 何の話?」

 そこにトールがやってきた。ミリアリアは待ち人来たる、といった表情で、

「ああ、なんでもないわよ」

 そう言いながら、トールと腕を組んで出て行ってしまい、サイもそれに続くようにして食堂から退室した。一人残されたカズイはポケットから紙切れを取り出す。それは以前、ナタルから渡され、そして破り捨てた除隊許可証だった。彼はそれをテープで貼り合わせ、持っていたのだ。

 が、少し考えればこんな物はもはや無効であると、誰でも気付く。宇宙で彼等は除隊したその後、改めて志願したのだから。それでもその頼りない紙切れは、カズイにとってはお守りのような物だった。





「…オーブの近くを通るとなると、クルーの中にはオーブに立ち寄りたいという方もいるようですね。カズイさんなんかは口に出しているし、トールさんやサイさん、ミリアリアさんも半ば無意識にそういう感情を持っているようですしね」

 と、ショウ。言い終わると同時に彼は机の上に置かれたボードの上の駒を動かす。

 ここ、シェリルの部屋に最近は毎日午後のティータイムに立ち寄るようになったショウ。紅茶とクッキーを食べながら、部屋の主であるシェリルと世間話に花咲かせる。紅海にアークエンジェルが出たのを前後して、彼のシェリルへの呼び方は「大佐」から「シェリルさん」になっている。最初は軍規に厳しいナタルが当然それを注意したが、ショウはあくまでシェリルが個人的に雇った傭兵である事と、シェリル本人がそれを認めているので強くは言えず、結局放置状態となっている。

 今日はお茶の傍ら、二人はチェスに興じていた。今の所形勢は五分五分のようだ。

「望郷の念、ですか…まあ色々ありましたが彼等はまだ10代の子供、仕方が無いと言えば仕方の無い感情ではありますが…残念ながら今は作戦行動中ですからね…わざわざそんな迂回ルートを通る余裕はありません…艦の損傷も無視できないレベルに達しつつありますし…」

 今後のルートと次の一手、同時に考えているシェリル。

 正直な話アークエンジェルのダメージは度重なる戦闘でかなり蓄積されている。マードック達メカニックの頑張りによって、騙し騙し保たせてはいるものの、彼女としてはどこか設備の整った所で、一度徹底的にメンテナンスを行いたいと思っていた。

 それが出来ないのは仕方が無いとしてもせめて補給物資が欲しい、とは思わずにはいられなかった。彼女にしてもマリューと同じ様にアークエンジェルの「積み荷」であるストライクは、今後の戦争における希望となる存在と思っている。これのデータがあればこの戦争を早期に終結させ、犠牲者を減らす事が出来る、そう信じている。

 しかし最近は、上層部が戦争を終わらせるつもりがあるのかどうか、正直疑問に思ってきた。本当にストライクとアークエンジェルの重要性を理解しているのなら多少のリスクが伴うにしても補給の一つは送ってきても良い筈だ。だが、アラスカの本部からは補給どころか一度の通信も無い。

「…とにかく、無い物ねだりをしても仕方が無いでしょうが…」

 言いつつ、自分の側の駒を動かすシェリル。ショウの表情が「むっ」と変わる。対してシェリルは余裕の笑みを浮かべる。唸り声を上げ、腕組みしながら考えるショウ。と、その時、艦内に警報が鳴り響く。

「!! これは…」

「敵襲…出撃ですね…」

 二人はいち早くそれに反応し、飲みかけだった紅茶を飲み干し、チェスボードを片づけると部屋を出て、格納庫へと走り出す。

「シェリルさん、勝負の続きは戻ってからと言う事で!!」

「…了解です、お互いこんな所で死ぬつもりもないでしょうしね」





「くっ、また敵襲か? こんな所まで来て!!」

 通路で、カガリは警報を聞いて、怒鳴った。

 彼女は砂漠での戦いの後、半ば無理強いするような形でこの艦に乗った。それに彼女の側にいつもいる大男のキサカも付いてきた。ナタルやムウは最初は良い顔をしなかったが、シェリルが、

『密航でもされると厄介ですし、乗せろ乗せないで押し問答をして時間を不要に浪費させたくありませんしね』

 と言って、結局二人とも上官である彼女の言葉には逆らえず、シェリルが二人に関しては責任を持つという形で同行を許された。だが、カガリはどうだか知らないが、キサカにはどうもあの女は信用がならなかった。まるで人を見透かすような目をしていつも遠くから事の成り行きを見守っている。捉え所の無い不気味さをあの女からは感じていた。

「とにかく部屋の中へ、カガリ…」

 彼女を居住区へと押し込むキサカ。これが同行に当たって、シェリルが出してきた条件の一つだった。

『戦闘中は居住区に入って戦闘終了まで一歩も出ない事』

 またスカイグラスパーを持ち出されてはかなわないという事なのだろう。尤も、現在、アークエンジェルの全ての機体にはロックが施され、ショウ、シェリル、ムウの3人以外は動かせないのだが。

 カガリは不満げな表情で、部屋へと入っていった。



 アークエンジェルを襲ったのは5機のMS、マルスの専用シグーを先頭に、イージス、デュエル、ブリッツ、バスターの4機が続く。

「…ソードダンサーの相手は私がする。お前達はその間に足つきを沈めろ。ストライクとは無理に戦おうとは思うな、いいな」

 静かな口調でアスラン達4人に命令するマルス。通信機から、それぞれ、「わかりました」とか「了解」とかの返事が返ってくる。

 コクピットの計器が警報を鳴らす。見ると足つきから、MSが発進してきた。ストライクは背中の翼で空中を飛び、黒いジンは足つきの艦上に立つ。戦闘機は真っ直ぐこちらに向かってくる。マルスはそれを確認すると、自分の新しい部下達に命令する。

「では、各機散開して敵を叩け、行け!!」

 その命令に従い、グゥルに乗った4機が足つきへと向かう。そしてマルスも。

 こういう作戦において威力を発揮するのは、高い火力を持ち、砲撃戦に特化したバスターだ。ディアッカもそれが分かっているようで、超高インパルス長射程狙撃ライフルを放つ。

 アークエンジェルは艦を傾けてその攻撃をかわす。何とか直撃は避けたものの、その衝撃で艦体がビリビリと揺れる。目標を見失ったビームは海面に命中し、巨大な水柱を立てる。

 この辺りは幾つもの小島が点在し、美しい海と空のある、リゾートにはもってこいののどかな風景だ。そんな中で、追う者と追われる者との、死闘が繰り広げられていた。

 ショウやシェリルも頑張っているが、アークエンジェルは徐々にその艦体に被弾し、あちこちから黒煙を上げている。

「くっ…指揮官が違うだけでこうも動きに差が出るとは…」

 シェリルが舌打ちし、ジンの持つマシンガンを乱射し、デュエルの放ってきたミサイルを撃ち落とす。その時、後ろから凄まじい殺気を感じた。咄嗟にマシンガンを盾にしながら、機体を後退させる。次の瞬間にはマシンガンの銃身は真っ二つに断ち切られていた。体勢を立て直し、前方を睨み据える。そこには金色のシグーがレーザー対艦刀を手に、仁王立ちしていた。

「…対空砲火をかいくぐり、艦に取り付くとは…」

 マルスの腕前に感心したように言いつつも、彼女はどこかでそれを予測していた。相手はこれまで幾度も戦った宿敵。奴ならこの程度の事は造作も無くやってのけるだろう、と。通常の戦闘で感じる物ではない、不思議な昂揚感が自分の中から沸き上がってくるのが分かる。

 腰の重斬刀を抜き、スラスターを吹かして斬りかかる黒いジン。金色のシグーは対艦刀でそれを受け止める。パワーはほぼ互角のようだ。

「相変わらず、やる…!!」

 マルスも専用シグーのコクピットの中で、まるで畏敬の念がこもっているかのような呟きを漏らした。後ろに飛んで距離を置き、次の瞬間にはまた突進し、突きを繰り出す。黒いジンはそれを避けると跳躍し、重斬刀を振り下ろしてくる。マルスはステップを踏むように機体を移動させ、その攻撃をかわすと、再び攻撃に転じる。

 その戦いの余りの速さに、アークエンジェルのブリッジでも一部始終全てを捉える事は出来なかった。ただ、金色と黒色の二つの影がぶつかり合っているようにしか見えない。その戦いはどちらが勝つのか、皆目見当も付かなかった。

 アスラン達はマルスが黒いジンの注意を引きつけている間に、アークエンジェルへと集中砲火を浴びせていた。その効果はそれなりに上がっているが、やはりそう全て思い通りにはさせてくれなかった。スカイグラスパーはバスターの周りを飛び回って幻惑し、その注意を逸らせ、ショウの乗るストライクは接近戦に持ち込み、アークエンジェルへの攻撃を中々通させない。

 特にストライクの機動は彼等にとっては驚異だった。MSの戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)の一つには、従来の兵器に無い機動力がある。だが、本来MSは宇宙空間での運用の為に開発された物で、地上ではかなりその能力に制限がかかる。その為に開発されたのがディンやバクゥのような地上に対応した機体で、また汎用型もグゥルというサブフライトシステムによって、ある程度の空中機動が可能になる。

 だが、グゥルに乗っている他のXナンバーに対して、ストライクはソニックストライカーの推力によって自力で飛行する事が出来る。空中での機動力や運動性、小回りの利き方は比較にならなかった。

 ショウはイージスの乗るグゥルの下に、ストライクを潜り込ませる。一瞬ではあるが目標を見失い、アスランは混乱する。

「くそっ!! どこに…」

 慌てて機体を反転させ、前後左右を見渡す。ストライクの姿は見えず、計器にも反応は無い、と思われたその時、突然コクピットにアラートが鳴り響いた。計器をチェックするアスラン。そこに示されたのは、

「…っ!!? 上!?」

 見上げると太陽を背にして、ストライクが腰のサーベルを抜き、向かってきていた。全ての予想を裏切る方向からの攻撃に、アスランは反応が遅れる。コクピットに衝撃が走り、イージスの右腕が斬り落とされた。そこに更に蹴りを入れられ、海面に向かって落下するイージス。だが落ちることなく、回り込んだブリッツがキャッチした。

〈大丈夫ですか、アスラン!!〉

「ああ、何とか…」

〈無理するな下がれ!! 俺が何とかする!!〉

 通信機からイザークの声が聞こえてくる。デュエルが背中のサーベルを抜いて、イージスの乗っていたグゥルを奪って乗っているストライクに向かっていくのが見えた。気合いの入った一撃を、ストライクもその手に持つビームサーベルで受け止め、鍔迫り合いになる。だがサーベルの出力ではストライクの方が勝っているらしく、徐々にデュエルは押されていく。

 イザークはその至近距離からデュエルの右肩に装備されたレールガン、シヴァを撃つが、それすらもストライクはかわしてしまう。そしてそのままデュエルに蹴りを入れ、その反動で再び空中に飛び上がった、

 機体のバランスを調整するイザーク。どうやら大した事はないらしい。それをチェックするイザークの頭に、エレンの顔が浮かんだ。自分一人でここまでストライクとまがりなりにも戦いらしい戦いが出来ているのには、間違いなくあの少女がデュエルに施してくれた改良のおかげもあるだろう。しかし自分を苦しめているストライクの背中のパーツも、そのエレンが造った物だ。

 あの少女に感謝すればいいのか、それとも怒ればいいのか。一瞬そんな不思議な気分になる。それに気付いたイザークは頭を振って思考を切り替えると、ビームライフルの銃口をストライクに向けた。



「フフ…流石はショウ君、ソニックストライカーの性能を100パーセント以上に引き出してる。それにイザークも思ったよりやるじゃない。成長した、のかな?」

 エレンはオフィスのパソコンを操作し、現在オーブで報道されているニュースを見て、そこに映るストライクやデュエルの動きを見て、楽しそうに笑う。メカニックとして、研究者として、自分の手がけた改良や装備がそれを使いこなせる者の手にあると言う事は幸福だった。

〈政府は不測の事態に備え既に軍を出撃、緊急首長会議を召集…〉

 画面の中では興奮気味の女性キャスターが同じような文句を何度も何度も繰り返している。エレンがキーボードを操作すると画像が切り替わり、モニターにオーブの町並みが映った。彼女が町に設置しておいた手製の監視カメラからの映像だ。

 それの捉えた町行く人々は、街頭の巨大モニターに映る戦闘の様子に思わず足を止め、見上げている。だがそこに緊張や深刻さなどは感じられない。彼等にとって戦争とは地球や宇宙で起きている出来事ではない。”どこか遠い世界”そう形容するのが相応しい所で起きている出来事なのだ。だからその火の粉が自分達に飛び火するかも、なんて事は考えもしない。

 領海からたった20キロの所で起きている戦闘の映像でさえ、まるで良くできた映画のような物と考えているのだ。

「ふう…」

 エレンはそれに溜息をつくと、再びモニターを戦闘の様子へと切り替えた。こうしている間にもどんどん白い戦艦、以前地球連合の中枢にハッキングした時に見たデータには、アークエンジェル級一番艦・アークエンジェルとあったそれと、ザフトとの戦闘は、オーブの領海へと近づいている。その様子を見ていると、出動したオーブ艦隊が、そこに近づいているのが見える。

 この状況でオーブ側が取るオプションは、領海からの退去を勧告することだろう。そして従わない場合攻撃すると警告する。

 それを考えたエレンは、机に置かれた手製の無線機のスイッチを入れ、周波数を合わせる。通信を傍受する為だ。すると、

〈…この警告が受け入れられない場合、我が国は自衛権を行使し、貴艦らを攻撃する!!〉

 と、彼女の予想通りの型にはまった警告が聞こえてきた。声からして性別は男、年齢は50代。恐らく艦隊の司令官だろう。この警告に対して、ザフトとアークエンジェルはどのように対応するのか。エレンが興味深そうに回答を待っていると、予想もしない反応がアークエンジェルから返ってきた。

〈この状況を見ていてよくそんな事が言えるな!! アークエンジェルは今からオーブの領海に入る!! だが攻撃はするな!!〉

「???」

 通信機から、10代のものだろう、少女の声が聞こえてきた。発信源をチェックするが、間違いなくアークエンジェルからのものだ。それにしても何と勝手な言い草か。これでは無駄にオーブ艦隊を刺激して、攻撃される理由を作りかねない。そんな状況判断も出来ないような者が、今この通信を行っているのか? この展開はエレンにも予測できなかった。

〈何だ!! お前は!!〉

 と、オーブの将校。流石に映像までは傍受できないので、どんな顔をしているのかはエレンには分からないが、まず間違いなく怒っているだろう。声を聞いただけで分かる。まあ、こんな不作法な対応をされれば怒るのも当然ではあるが。

 だが、アークエンジェル側の少女の方も負けてはいなかった。

〈お前こそ何だ!! お前では話にならん!! 行政府に繋げ、父を…〉

 そこでその声が、一瞬躊躇ったようにつまり、だがついに叫ぶ。

〈ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!! 私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!〉

「!! ……へえ…」

 先程よりも更に意外な展開に、エレンは驚きと興味の入り混じった笑顔を浮かべる。カガリ・ユラ・アスハと言えばこの国の姫君だ。それがどうして地球軍の戦艦に乗っているのか。だが、これでこの先どうなるか。それを見届けようとするかのように、彼女はモニターの映像を見詰めた。

 そこに映るアークエンジェルの艦体はあちこちから黒煙を上げ、大きく傾きながらオーブの領海へと突っ込む。だが、エレンの目にはそれが航行不能を装った操艦であると一目瞭然だった。艦上で激しい戦いを繰り広げていた2機の内、金色の機体は事態を理解しているらしく、跳躍すると、空中に待機させてあったグゥルへ飛び乗り、領海から離れる。

 着水したアークエンジェルを囲むように艦隊が展開すると、全ての艦の砲がアークエンジェルを向く。そして、

〈警告に従わない貴艦らに対して、我が国はこれより自衛権を行使するものとする!!〉

 その言葉を最後に砲撃が始まり、白い艦体は無数の水柱に覆い隠される。だが、その攻撃はアークエンジェルは身動きが取れず、また距離もそれ程離れている訳でもないのに、その周囲にばかり着弾して、この映像で確認できる限り、直撃弾は一発も無い。それの意味する所は…?

 暫くの間腕を組んで考えるエレン。そして一つの結論に達する。

「ふうん…そういう事…茶番ね…クス……面白くなりそうね。そして、忙しくなりそう…」

 彼女はそう言うと、パソコンの電源を切り、その部屋を後にした。



「私は反対です!! この国は危険だ!!」

 艦長室でナタルが声高に言った。

 アークエンジェルは先の戦闘の後、秘密裏にオーブのオノゴロ島に入港し、その後、マリュー、ナタル、ムウ、シェリルの4名がオーブのウズミ・ナラ・アスハ前代表と非公式の会見を行った。

 彼等は今、その会見でオーブ側から出された要求を呑むか否かを、相談しているのだ。この席には4人の他に、ショウも同席させられていた。正直彼もいろんな事が起こりすぎて状況の把握に苦労している。

 分かっている事はカガリがこの国の前代表の一人娘である事と、この中立国である筈のオーブが、何故か地球軍の艦であるアークエンジェルを匿ってくれているという事だけだ。前者のカガリに関しては先程侍女だとかいう中年の女性にドレスを着せられて、艦内を歩いていたのを見た。

 ナタル達が揉めているのは恐らく後者に関する事だろう。オーブが中立国である以上、この事が表沙汰になれば大変な事になる。それを承知の上での行動だとすると、そのリスクに見合う物を要求してくるのが定石。今、アークエンジェルにある、それ程の価値のある物とは…?

「ではどうすると? 何かを得る為にはそれ相応の代価を。オーブが言っているのはそういう事です。払いたくないと言うのなら何か有効な代案でもあるのですか? バジルール中尉?」

 そうシェリルに言われてナタルは言葉に詰まる。あの時オーブが”巧く”やらず、そのまま普通に自衛権を行使していれば、こうして生きて今後の事に対して議論する事も出来なかっただろう。今、こうしていられるのも言ってみればオーブのおかげだ。ある程度の代価は要求されて、当然と言えば当然だろう。

「大体、癒着や裏取引ならそもそも無理難題を言ってへリオポリスでXナンバーを開発していた私達地球軍が先です。相手にそれを要求しておいて自分達が求められた時だけ軍規や機密が、というのは少し虫が良すぎるのではないですか? 私としては無事にアラスカに到着する可能性をコンマ1パーセントでも上げる為にも、ここでアークエンジェルは万全の状態にしておきたいですね」

 と、シェリル。相手が年下とは言え上官なので、ナタルも強く言えない。

「艦長、この件については私が全ての責任を持つ、と言う事でよろしいですね?」

 今度はマリューに向き直って言うシェリル。マリューはアークエンジェルの艦長ではあるが、実質的なこの部隊の指揮権はシェリルが持っている。その彼女がそう言うのであれば、拒否する権限をマリューは持っていない。この言葉も半ば決定のような物だ。それに自分が責任を取るとも言っている。こう言われてはナタルも従うしかなかった。

「大佐がそう仰るのであれば私には反対する権限はありませんが…」

「アラスカに辿り着けた場合は、上層部に好きに報告しなさい」

 シェリルはナタルの言葉を先取りして言う。完全にやりこめられたナタルは、不満を隠そうともせずに退室していった。シェリルはそれを微笑みながら見送った後、ショウの方を向いて言った。

「さて、ショウ、あなたに頼みがあるのですが…」

「…僕に?」



 次の日の早朝、朝霧の中をモルゲンレーテのバギーに先導されて、ストライクが歩いていた。戦闘に行く訳ではないので、装甲はディアクティブモードのままだ。

 オーブ側からの修理と補給の代価として要求された物は、ショウのモルゲンレーテへの技術協力だった。ショウやアークエンジェルのクルーは知らない事だったが、実は彼やアークエンジェルの事は、裏の世界ではかなり有名な物となっている。

 特にショウはザフトの追撃を何度となく退けた傭兵として、その武勇伝は尾鰭も付けて広まっており、一説には戦闘能力だけなら業界最強の傭兵部隊『サーペントテール』のリーダー、叢雲劾をも凌ぐとも言われており、『浮遊する悪魔』の二つ名で恐れられている。オーブでも軍事を司り、アンダーグラウンドでの活動も多いサハク家や、元国家元首であるウズミ辺りはそれを知っている。

 その彼の戦闘データは、確かに魅力的な物だ。ショウの雇い主(ボス)であるシェリルからは、

『…最終的に技術協力するかしないかは、あなた自身が決めてもらって結構です。私もこれはあなたに強要する権限を持ちませんので…』

 と、言われている。そう言ってもらえるとショウも態度が決めやすかった。別に彼は技術協力にはやぶさかではない。しかし自分の力は世界全体で見ても突出した戦力である事には間違いはない。だから協力するにしても、条件は出すつもりでいた。

 しかし彼女は、どうも掴み所のないしたたかさがある。大体このオーブにアークエンジェルが入港した件にしたって、こう言っては何だが、カガリはショウに言わせると、『ビルから飛び降りるな』と言われたら飛び降りるタイプだ。その彼女に『何もするな』と言えば状況が悪くなると彼女はああいう行動に出る、それを最初からあの人は予測していたのではないか、とさえ思えてくる。いくら何でも、と思いつつも、否定も出来ない。

 そして今回も、『好きにしろ』と言う事で、結果として自分が技術協力する様に仕向けているのでは?

 いずれにせよシッポを掴ませてくれない。彼女の話術は奥が深い。

「……」

 そんな事を考えている内に目的地に着いた。ゲートが開き、そこから先はエレベーターに乗って地下へと運ばれていく。エレベーターが止まるとそこは広大な空間、それこそMSを思い切り動かせるぐらいのスペースになっていた。

〈そちらのゲージへ〉

 無線機から女性の声が聞こえてくる。ショウは指示通りにストライクをメンテナンスベッドに進ませると、コクピットから降りた。その際はやはりラダーなどは使わず、直接飛び降りたので、周りから驚きの声が上がったのは言うまでもない。

「ようこそモルゲンレーテへ。ショウ・ルスカ君ね?」

 そこにラフな格好をした、30代ぐらいの女性がやって来て、彼に声をかけた。もっともわざわざ呼びつけるぐらいだからこちらの名前と顔など知っていると考えるのが自然だ。この挨拶も形式的な物なのだろう。

「私はエリカ・シモンズ、あなたに見てもらいたい物はこっちよ」

 と、早足で歩いていくエリカ。ショウも小走りになってその後に付いていく。二人がゲートをくぐり、次の区画へと入ると、ショウはそこにあったものに、半分は予想通りだと頷き、もう半分は思わず息を呑んだ。

 そこには数機のMSが佇んでいた。その形状はストライクにかなり近いフォルムを持っている。つまりショウの言う所のガンダム。それは彼には特別な意味を持っている。技術云々で自分を呼び出すと言う事はMSに関しての事だろう、と、それは最初から見当が付いていた。だが、そのMSが、それもストライクと同じガンダムであるとは彼も思っていなかった。

「これが中立国オーブの、本当の姿だ」

 不意に、後ろから聞き慣れた声がかかる。ショウが振り向くと、そこにはカガリがいた。服装は昨日目にしたドレス姿から、いつものTシャツとカーゴパンツに戻っている。いや本来彼女はこの国の姫なのだから、デフォルトはああいう姿の筈なのだが、どうもショウの目にはこういうラフな格好の方が彼女らしいと映ってしまう。

「これはオーブの護りだ、オーブは他国を侵略しない、他国の侵略を許さない。他国の争いに介入しない。その意志を貫く為の力さ」

「……」

 そう言われてショウは改めてそのMS、MBF−M1・M1アストレイを見上げる。確かにこの戦乱の時代、一つの国の主権を守る為にはこれぐらいの牙は必要だろう。見た限りこのM1はかなり完成度が高いように見える。少なくとも量産機としては。

「…そういう国の筈だった、父上が裏切るまではな!!」

 吐き捨てるカガリ。彼女の父、とはオーブの前代表であったウズミという人物の事だろう。しかし、裏切った、とは?

「まだ仰っているんですか? そうではない、と何度も申し上げましたでしょ? へリオポリスの事はサハク家の独断で、ウズミ様はご存じなかった…」

 ウズミを弁護するエリカ。彼女の言葉からショウが推察するに、このオーブという国も一枚岩ではないらしい。

「黙れ!! そんな言い訳通ると思うか? 国の最高責任者が!! 知らなかったと言う所でそれも罪だ!!」

「だから責任はお取りになったじゃありませんか」

「叔父上に職を譲った所で常にああだこうだと口を出して!! 結局何も変わってないじゃないか!!」

「仕方ありませんよ、ウズミ様は今のオーブには必要な方なんですから」

「あんな卑怯者のどこが!!」

 二人の会話は平行線のままだ。

「どうでもいいですが僕はここで何をすればいいんです?」

 自分が置いてけぼりを喰らっている事にいささかうんざりした顔でショウが口を挟む。カガリは『どうでもいい』と言われた事に腹を立てているようだったが、エリカは逆に良い所で話を区切れるきっかけを作ってくれたショウに感謝の目をして、向き直った。

「まあこんなお馬鹿さんは放っておいて…それはこれの開発に携わっている二人も交えて説明するわ。呼び出しておいたからそろそろ来ると思うんだけど…」

 と、エリカ。そこにショウが、

「一人はもう来ているみたいですよ?」

 そう言う。エリカは周囲を見回すが、それらしい人影はない。かつがれたのだろう。そう思っていると、

『へえ? 流石じゃない。分かるものなんだねぇ』

 と、少女の声が、姿は見えないのに響く。エリカとカガリがまた見回すが、やはりどこにも見えない。すると、

「フィアアアアアーーーッ!!!!」

 いきなり空間から溶け出すように、奇声を上げて、少女、エレン・アルビレオが姿を現した。ショウを除くその場にいた全員がそのド派手、かつ馬鹿馬鹿しさ爆発の登場に目を丸くしている。エレンもそれを見て、ご満悦のようだ。

「エ…エレン、これは一体…?」

 いち早く我に返ったエリカが質問する。エレンは『よくぞ聞いてくれました!!』という表情になると、作業着の上にジャケットの様に着ていた服を脱いで、それを広げて見せた。

「どう? 新発明の特殊迷彩服。光を曲げて姿を隠す、画期的な一品よ!! 昨日徹夜をして仕上げたんだから!!」

 自慢気に言うエレン。良く見ると髪には艶が無く。目の下には隈ができている。徹夜して仕上げたと言うのは本当らしい。実際その迷彩服はショウの眼鏡にかなったようで、彼は、

「いいなこれ…」

 と、出来の良い玩具を見つけた子供のような目でその服をしげしげと眺めていた。エレンもその反応に嬉しそうだ。と、その時、

 バサッ!!

 書類やらファイルが床に落ちる音が聞こえてくる。一同がそちらを振り向くと、そこにはモルゲンレーテの作業服を着た、茶髪の少年が呆然と突っ立っていた。その彼の、アメジストのような瞳は、大きく見開かれ、そして潤んでいた。

「あなたは……」

 ショウはその少年に見覚えがあった。そう、先程話題に上っていたあのへリオポリスで出会った、あの時、自分がカガリと一緒に脱出ポッドに放り込んだ……

 その少年は涙を流しながら、震える声で言葉を紡ぐ。

「き……奇跡だ…!! 生きてたの…? ショウ君…」

 そしてショウも、その真紅の瞳を驚愕に見開いていた。まさかこんな所で彼と出会うとは。思ってもいなかった。

「あなたは…キラ…さん…ですね?」





TO BE CONTINUED.


感想
キラ、何時の間にモルゲンレーテに就職を。こいつ居るならショウ協力しなくてもM1完成するのでは、とは言ってはいけないことなのでしょうが。しかし、マルスはクルーゼとは顔見知りだったんですか。この2人が一緒の艦でパイロットやってたら……艦長が倒れて後送されそうです。